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2021-05-10

眠れない夜と、ダムタイプ「S/N」について

深夜に殴り書いた言葉を公開させてください。

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私は夢見る、私の性別がなくなることを。

女友達手作り料理を持ち寄って会った。母親に男かと揶揄されるたび居た堪れない気持ちになる、と話したらいつのまにか女性の生きづらさの話になって、社会で圧迫される自分自身のことについて話してた。

絵の中で無性別になれるようになったこと、裸を描けるようになったこと。それは昨年唐突に訪れた解放で、ふりでない、本当の意味での理解が訪れた瞬間だった。昔から友達に突然カミングアウトされたり、周りにいろんなセクシュアリティの人が増えて、そこに対して何も思わなかったけど、一方で私はどう考えてもシスヘテロで、ただ家族強制する性の価値観あんまり理解できなかった。

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女の子らしさはガサツで割と男性的とされる趣味の多い私にはハードルの高い問題で、170cm近い体躯王子役を押し付けられまくった経験からLGBTなの?」「腐女子なの?」と言われることも多々あり、それが耐え難き苦痛に感じる私自身も嫌だった。

普通であることに安心する家族普通であることに怯えるわたし曖昧言葉には常に適度な距離感必要で、冷静さを欠いた議論には意味がない。そういう話をするたび、周りの“いい人”たちはみんな私のことを考えすぎだと言った。そんなに思い悩むから生きづらいのだと。

思考をやめる気はさらさらないが、一方で年々神経を蝕まれつつあるのも事実だった。精神科にかかったことはないし、これからもお世話になるつもりはないが、胃痛で薬を飲むという意味がわかるようになってしまった。自傷的に何度か手を出した煙草のせいだが、倦怠感で身体が動かなくなったりもした。腹痛で意識を失いかけた。神経症で人は死ぬんだと思った。

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「S/N」を見たのは好きな人の影響だが、どうしてあの人を好きになったのかを思い出した。どうして彼じゃなきゃだめだったのかを。酷い時も、辛い時も沢山あったし、客観的に考えればこうした方がいい、とかもいっぱいある。ただ、それが重要なわけではなくて。愛の器官が母親の甘い束縛と重め(笑)の虐めで壊れて、他人から暴力罵詈雑言を崇拝の一形態だと感じるようになってしまったんだと思ってた。精神的に魘されないと安心できないのかと。でも違う。

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わたしはきっと、何者にもなりたくなかったんだと思う。透明になりたいし、全てになりたい。もう殴られたくないよと強く願ったら17歳になる頃には殴られなくなったけど、真綿で締め付けられるような虚無が残ったからいつも首に縄をつけてぎりぎりで生きてる。側からはそう見えないはずだけど。好きなトラックメイカー音楽よりもいつか結婚した時の愛する人の方が大事だよ、と言っていて、すごく驚いた。私はずっと、天啓のような何かを信じることでしか、辛い過去を受け入れられずにいたから。いまもそうだし、そうでないといけないと思うの。

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本当にばかばかしくて、ちょっと幼い話だけど。わたしは、好きな人わたしの目をじっと見て、「眼鏡でもかわいいよ」と言ってくれたその一言で22年近くの呪いが解けた人間である。でも、親の呪いがこんなに深くわたしの中にあるって知らなかった。

小さい頃から蝶よ花よと育てたられた私だけど、母は写真を撮るたびに眼鏡を外させた。かわいくないから外しなさい、と言った言葉はいつの間にか習慣になって、眼鏡さえ外せば最強なのだという行きすぎた自尊心すら生んだ。実際に眼鏡の有無で同一人物だと気付かれないことがあったのも遠因だろう。わたし眼鏡諸悪の根源にすることで耐えていた。

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恋愛にもそんなに恵まれず、高校で軽い虐めに遭った際「わたしかわいいからでしょう?」と母の言葉確認をとったら、途端にキョトンとした顔をされ、その時から全てがわからなくなった。ルッキズムの最下層に突き落とされたような気分だった。

当時の私は髪のとかし方も知らず、見えている世界レイヤーが少なすぎたので、たしかに見目麗しくはなかったと思う。でも好きなバンドインストアイベントで憧れていたギタリストに前の女の子と明らかに異なる冷たい目を向けられたこととか、そういう体験が、私の不安を加速させた。何をやっても痩せなかったし、服屋の服は全部小さすぎて似合わなかった。最悪だった。

大学生になって古着にハマって、ようやくアメリカサイズの服を着ることでサイズ問題解決したけど、やはり可愛いという言葉が怖かった。私から一番遠いところにある気がした。

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好きな人言葉は頭の先から足元まで響くような衝撃で、衒いのないトーンは私を惑わせた。本当に、本当に、誰に言われても嘘だろうと、嫌悪感しか抱かなかったその恐怖が、ようやく解放されたような気がしたのだ。それ以降は人の褒め言葉を、きちんと信じられるようになった。

まあ今もコンタクトはたまにしてるけど、選択肢眼鏡を含められるようになったのは、あの時好きな人が認めてくれたからだった。それだけで意味がある。私は体質的に目が乾きがちで、眼鏡ですら頭痛眩暈がすることがある。健康被害よりも強迫的なコンタクト依存から解放されたのは、本当に嬉しかった。

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「S/N」を見た時に自覚した。わたしは他の人では満たされない渇きを、好きな人ならわかってもらえる気がしたのだと思う。ジェンダーの話はわたしも後追いだし、LGBT当事者でもなくて、フェミニズムに明るいわけでもない。どちらかと言うと旧体制的で、内心少し男根主義に傾いてるけど、でも、多様性を締め付けられる社会が本当に息苦しかった。私が可愛いものを好きなのはかなり異常者で、可愛くないことは罪だって、ずっと見えない誰かの声が聞こえて死にたかった。でもそれを人は幼いという。若気の至りだと。本当にそうだろうか?

好きな人に会う前から男性に恋をしても、きっと眺めるのが好きなだけだった。男性男性性は愛おしくはあるが恐怖で、私は母の教育方針もあって、結構性をタブー視してた。ちょっとフィクトセクシュアルの気もあるせいか虚構を覗き見ることだけが唯一許されてる気がして、それ以外は全部怖かった。そこがギリギリライン

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それでもようやく付き合ってもいいかなという人に告白されて、焦りであっさり色んなことを済ませてしまったわけだけど、思ったより呆気なくて、何も感じなくて、その行為はいつの間にか虚無感に満ちた義務になった。心がない行動は演技で、いつも断れない自分も嫌だった。でも私というキャラクターが彼を承認した以上、そのキャラクターには責任を持たなければならない。告白承認する、他人人生を背負うとはそういうことだと思った。

そこには頭では納得していたけれど、ある時期から本当に、他人身体に触れられること、好意を抱かれることに恐怖を抱くようになった。何度か背筋が凍るほど嫌な思いをしたせいもあるだろう。私を世の中に貸し出すのが無理になって、人が信じられなかった。そしてどこかで、プツンと糸が切れた。

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好きな人もその一人といえばそうだし、それは最悪の搾取の仕方ではあったけれど、あれよあれよと巻き込まれプライベート時間は、たぶん優しさであったように思う。私は余りにも臆病で、そして彼の傷は大きすぎたから、私たちは付き合うという選択を保留することにしたけれど、彼は私に好意を伝えてくれたし、たくさん泣いていた。

なんかもう、それだけでよかった。

セックス搾取じゃなくて優しさで、きっとお互いを信じ合うことで、小さな希望で、だから好きになってくれる人たちに怯えるのは私が間違ってるって思う。でも怖かった。

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好きな人は、私が今まで誰にも話さずに来た、心の穴を知っていた。きっと直感的に。運命いたことを言うとキザだから言わないけど、彼は他の誰にもない魔法で、私を狂わせるけど、よく考えたらそれが無ければ痛くて痛くて生きてられなかったかもしれないし、また勉強が好きになれたからとか、恋心で作品が作れるからとかそんな現金理由よりも、なによりも私が感じていた性の不安とか、かわいいに怯える切実な揺らぎとか、そういう感情無理解でいなかったから。普通に属してるひとたちは…家族も含めて、気づいてなかったのだろう。私が泣くたびに宥められて惨めになる。好きな人だって適当な時あるけど、もしかしたら私のその不安を、あなたならわかってくれるんじゃないかと。

そういう、希望だったんだ。

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私の部屋はいま彼がくれたお洋服とか、お揃いのものとか、ドローイング、筆跡で満ちている。ちょっとファナティックだと自分でも思う。

でもこれしかなかった。彼になりたかったというよりか、嘘でもいいから愛されてみたくて、その嘘を嘘で終わらせるのが本当に耐えられなくて、本人の知らないところでそれを実現させるために、彼を統合失調的に創造しようとしたのだ。なぜか告白されたり、結局関係性がよくわからなくなったりして、側からみればきっと軽い地獄なんだろうけど。毎日家でも学校でも暴力を振るわれたり表現手段を持たなかった頃よりは、全然幸福だよ。

わたしあなたが好き。

それそのものが救済なんだ。

私はセックスのない世界に行きたかった。それが思い出せたことだけでも、(私が生まれる前に作られた)この作品はとても、とても深い爪痕を私の身体に残したと思う。

2021-05-01

東京大学博士女性が、男性セクシュアリティ研究していて、弱者男性に寄り添うような本を書いていたのに、

それでも最近Twitter弱者男性を突き放すようになっているって、弱者男性は数少ない味方さえ失って、何をやってんだよ。

一般女性弱者男性に興味を示さないのが悪い、寄り添おうとしないのが悪い、みたいな言い方をされていたけど、

高学歴女性が本を書くほど寄り添っても、結果がこれだよ。最初は味方だった女性すら敵に回るほど、最悪な弱者男性

 

思えば小山晃弘という男性も、精神病弱者女性のためのウェブ媒体赤字運営していたけど、

最近だと大量の精神病女性と関わってうんざりしたのか、女叩きグループの一味に加わっているよな。

やっぱり弱者異性を救おうとして関わって、実際に影響力ある存在になり救いを求めた弱者異性に群がられるようになると、

全知全能の神にしか実現できないような過大な期待をされて、さすがにうざくなって、憎むようになるのだろうか?

2021-04-30

anond:20210430150007

anond:20210430152129

こういうことを書いたんだけど、どこが事実でどこが感情か分かりづらいだろうから解説するね。


まず、「こういう結論しかならない」のは単なる事実。私がどんなに優しい言葉をかけたとしても、論理的帰結としては「現状の議論のまま進むなら、対人性愛はいずれ淘汰される」のは必然であって、私や非対人性愛者の感情が入り込むまでもなく、そうならざるを得ないだろう。

ただ、一般論として、「何のフォローもなく事実を指摘する」ことそれ自体には間違いなく政治性がある。その意味では、この議論において私の感情によるところも少なからずある。だからそこを少しでもフラットにするために、「対人性愛セクシュアリティについて議論する方針も有り得るのではないか?」と提案している。これは一方的善意であって、揶揄目的としている訳でも何でもない。

荻野さんのツイート趣旨はここまでだが、私はそこに「でもそういう優しさにすら反応無いじゃん」という恨み節を込めているので、そこは100%私の下らない感情

https://twitter.com/ogi_fuji_npo/status/1387758116045918208

「実害を差し引いても、対人性愛というセクシュアリティもまた守られなければならない領域がある」という議題を掲げるのであれば議論余地はもちろんあるんだけど、対人性愛特権性を自明視して、「我々は守られて当然」とばかりに他のセクシュアリティ断罪する議論ばかりが先行する限り、こういう結論しかならんわな。

しかし我々非対人性愛者も鬼ではないので、以下のような提案も度々してきているのだが、

https://twitter.com/ogi_fuji_npo/status/1387780921621811202

こっちについての反応すらないのだから、まあ「そういうこと」なんじゃないですかね。

2021-04-17

「恋をしない」ことは異常なのだろうか

先日Twitter話題になっていた(と思う)、アセクシャル・アロマンティック(以下、Aセク・Aロマ)をテーマにした漫画を読んだ。現在は作者がアカウントに鍵をかけたため、見れないようだ。別にかの漫画否定したい文章ではないので、これ以上の言及は避けるが。

先に言うが、私は当事者だ。漫画登場人物と同じように、他者に性欲や恋愛感情を抱いたことは無い。恐らく、これからもないだろう。

作者は「Aセク・Aロマを知ってもらうため」とツイートしていた、気がする。なにせ、私は作者のフォロワーじゃないので確認ができない。

かに「知ってもらう」ことは大事だ。実際、かの漫画を読んだことでAセク・Aロマというセクシャルマイノリティを知った人もいるのではないだろうか。

ここで私が言いたいことがある。「恋愛感情」が無いことは、異常なのだろうか。

異性愛者であろうが同性愛者であろうが、「性愛」があることが前提で、当たり前とされている。しかし世の中には、私のように「性愛」が分からない人がいる。それは、異常なのだろうか。

「それはモテない己を肯定するためでは?」「本当に好きな人に会ったことがないだけだよ」「恋はするものじゃなくて、落ちるものだ」「恋愛感情が無いなんて、冷たい人」

これは私が言われたことがある言葉だ。どれもこれも一理ある、のかもしれない。私にはよく分からないが。

恋愛感情性愛がないと、「無感情」で「冷たい」人なのだろうか。私だって、無感情では無いので面白い話で笑うし、人情話で泣くのだが。それでも冷たいのだろうか。冷たい人、とはなんだろう。

実際、Aセクでも結婚した人や結婚願望がある人はいる。Aロマでも恋愛願望がある人もいる。おそらく、Aセク・Aロマだったが無事に恋愛感情を抱けた人もいるだろう。逆に、性愛がなくなる人もいるかもしれない。

なぜなら、セクシュアリティは線引きされるものではなく、グラデーションのように、移り代われるものからだ。恐らく。少なくとも、私はそう考えている。

ここまで読んでくれた方は薄々感じていると思うが、結局私自身、セクシュアリティを完全に分かってはいない。もしかしたら本当に、「そういう人」に会ったことがないだけかもしれない。

しかし、Aセク・Aロマのような人がいることを知って、理解してくれる人がいても良いのではないだろうか。恋愛をしなければ死ぬなら話は別かもしれないが、実際私は恋愛をしなくても生きている。それでいいのではないだろうか。それでも、異常だと思われるのだろうか。

かの漫画に衝撃と悲しさを覚えた私は、両親にAセク・Aロマであることを相談した。「そういう人に会ったことがないだけだよ」と言われた。

そうなのかもしれない。が、胸のモヤモヤは晴れない。なので私はこうして、キーボードモヤモヤを叩きつけている。考えが纏まったわけでもないのに。

そもそもセクシュアリティに悩んでいない人間は、己の性について疑問に思わないのかもしれない。こうしてグダグダ悩んでいる時点で私はセクシャルマイノリティであるのかもしれない。

からない。分からいから美味しいご飯でも食べようと思う。お腹もすいたし。生きてるし。それでいいや。

おしまい

2021-04-04

anond:20210404054705

それぞれ切り分けて考えれば、どれもこれもかなり前向きに議論の進んできている話なんだけど、なんで未だに「俺たちは無視されてる」って勘違いしてしまうんだろうね。まあアウトリーチが足りないという側面はかなりあるんだろうけど。

複数の異なる話を全部「実在異性の恋人」の話に集約させようとすること自体が「性差別的」だと言われてることに気付かないとね。

2021-03-30

「好きになった人がたまたま同性だったけど、できれば異性であって欲しかった」というのは、ティピカルな同性愛者ではないかもしれないけど、セクシュアリティというものスペクトラム状だし、「本物の同性愛者ではない」という話ではないと思う。

「好きになった人がたまたま架空キャラクターだったけど、できれば実在して欲しかった」というのは、ティピカルなフィクトセクシュアルではないかもしれないけど、セクシュアリティというものスペクトラム状だし、「本物のフィクトセクシュアルではない」という話ではないと思う。

2021-03-28

anond:20210323220429

そこまで言うならいかにBLが「正しくない」ジャンルなのかを説明してあげるね。まあどうせ釣りなんだろうけど。

なんか勘違いしてるかもしんないけど、BLの最大の問題点エロとかじゃないからね。エロあくまで付随的な問題

女性一方的に鑑賞される側におき、客体として消費することはフェミニズムにおいて長年批判対象になってきた。女が、男に都合の良い客体である鑑賞物のように扱われることはよくないことである、という主張は強い賛同を集めてきた。とりわけ、女性差別存在する現状においては。

であれば、同性愛差別存在する現状において、ゲイを、女に都合の良い鑑賞物のように扱うこともまた、よくないことだと言わなければならない。これは論理的に当然導かれる帰結だ。

要するに、BLエロいか問題なのではない。マイノリティを客体化し、都合よく消費しているか問題なのだ

とはいえ抽象論だけ言われてもわけがからないと思うので、具体的にどういう点が問題なのか説明してみよう。

何年か前、人工知能学会をめぐる炎上が起きたことがある。人工知能学会という学会が出している学術誌の表紙に、箒を持っている女性ロボットイラスト掲載されたのだ。これはまったくエロではないがフェミニストを中心に猛烈な非難が浴びせられた。

このイラスト批判されたのは、女は男に従属して家事をするものである、という女性に対する偏見ステレオタイプ助長するからだ。もちろん、日本には多くの専業主婦がいる。だが、たとえそれが統計的傾向として事実であっても「女は家事」というのは偏見でありバイアスである。そのようなジェンダーバイアスけしからん、というのが批判側の主張だった。

NHKによるノーベル賞解説記事聞き手役としてキズナアイが選ばれたとき番組構成彼女の振る舞いに対して「男が解説し女はふんふん頷くものだというジェンダーバイアス」「女に理数系のことはどうせわからないという偏見」のような批判が浴びせられたのも記憶に新しい。

ところで、現代において、男同士のカップルには「男役と女役がある」あるいは「挿入する側とされる側は固定されている」というステレオタイプがある。実際に固定しているカップルもいるだろう。しかしそういう問題ではない。問題はそれが偏見バイアス助長するということなのだ。

まり、攻めと受けとを固定している時点で、「女キャラは全員家庭に入って家事をしている/することを希望している」並の偏見に満ちた作品であるということになる。あるいはそれを暗示するのと同じことだということになる。

すなわち、CPの左右を固定している腐女子には、「この作品におけるこの描写ジェンダーバイアスなのでは?」などと物申す資格はない

なるほど女がBLを真似て性犯罪を起こすことは身体構造上ありえないかもしれない。だが女もゲイへの偏見の流布の加害者になりうる。

これはあくまで一例に過ぎない。他にも「『優しい世界』は差別の透明化なのでは?」「非当事者マイノリティセクシュアリティを題材に創作するのは文化の盗用だ」「同性愛かどうかを明示せずに『匂わせ』て視聴者を釣るのはクィア・ベイティングであり搾取だと思う」など、ポリティカル・コレクトネス観点から見たときBLは様々な観点から問題視されうる。

繰り返す。エロ問題ではないのだ。女性文化としてのBL根本的に「正しくない」。

そしてもちろん、「正しくない」ことは「滅ぼすべき」を意味しない。開き直って「正しくない創作でも堂々と存在してよい。それが表現の自由だ」と吼えることもできる。というよりも、そう吼えるしかBLにとって生き残りの道はもはや存在しない。

2021-03-25

雑誌映画秘宝』の記憶(26)

町山智浩柳下毅一郎問題発言集】(No.05)

元『映画秘宝編集部員の秋山直斗(ナオト)さんにも不正義や不公正と一緒に闘ってもらえるように、引き続き頑張ります。これまでと同じく、出典は『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判』(2002年洋泉社)、発言者を「町山」及び「柳下」と表記記述形式

   [ページ数]

   発言者発言内容

   【※】付随情報や私個人の感想など(適宜)

   (初出)

です。

 なお、問題発言だけでなく「今から見返したら『味わい深い』」と云う発言も有ります

〈警告!〉「同性愛者に対する差別発言」などの引用が含まれるため、読むと気分が悪くなる可能性が有ります

引用ここから

[p213]

【※】『スペースカウボーイ』の話題

 柳下:『スペースカウボーイ』って『アルマゲドンそっくりだよね。

 町山:あれは「ドカタは地球を救う」だったけど、こっちは「ジジイ地球を救う」。

【※】肉体労働者に対する差別意識も度々見られる。

(初出『映画秘宝』00年vol.19+『MEN’S CLUB』00年11月号)

[p217]

【※】『X-MEN』の話題

 町山:最初ゲイブライアン・シンガー監督ってことで心配してたんだ。ゲイジョエル・シュマッカー監督の『バットマン』(89年)が新宿オカマパブのショーみたいだったからさ。

【※】町山智浩が貶す基準の一つが「ゲイであること」です。

[p219]

【※】『パーフェクトストーム』の話題

 町山:男にはダメだとわかっていても、荒波に立ち向かわなきゃならない時があるんだよ!

【※】立ち向かうよりも、逃走するパターンの方が多くないでしょうか。

(初出『映画秘宝』00年vol.19)

[p222]

【※】『マルコヴィッチの穴』の話題

 町山:でも『シュワルツェネッガーの穴』だったら入りたいというか、入れたい人多いと思うよ。淀川先生とか(笑)

【※】またも、反撃ができない故人のセクシュアリティ揶揄

(初出『映画秘宝』00年10月号)

[p229]

 柳下:さて、最近スキャンダルといえば、まずはメグ・ライアン不倫ですね。ヘッヘッヘッ。

 町山:それ、嬉しいか

 柳下メグ・ライアンって、日本じゃ好感度女優で、良妻賢母イメージだけど、夫と息子を捨てて、年下の種馬ラッセル・クロウに走った。ほれ見ろ。僕は昔から絶対バカ女だと思ってたんスよ。

 町山:バカ女に決まってるよなー。

【※】個人的好き嫌いはともかく、必要以上に不倫スキャンダルの発覚を囃し立てたり、バカ女呼ばわりしたりと、女性憎悪蔑視感情垣間見える。

[p231]

【※】節の小見出しが「演じたいレズ否定したいホモ?」と差別意識を顕にした表現。それに続けてまたも「疑惑」呼ばわり。

 町山:本人が否定しても否定しても、一向にゲイ疑惑が消えないケヴィン・スペイシー

(中略)

【※】『ペイ・フォワード』で共演したヘレン・ハントケヴィン・スペイシーとの交際情報が流れた話題に。

 柳下:だからスペイシーに乗り換えたのかも。「オスカー男優の方がいいわ。ホモハゲだけど」(笑)

※最終的には交際否定されたとはいえ他人交際相手揶揄するのも如何なものかと思うし、加えて「ホモだけど」と言うのは欠点呼ばわりで明確に差別でしょう。

(初出『クレア』00年12月号)

感想他人恋愛沙汰や不倫スキャンダル話ではしゃぎ過ぎると後でしっぺ返しを受けるという、まるで寓話を見ているようです。

今回はここまでにします。ヘイル・サタン

【2021/03/26誤字脱字等を訂正しました。】

2021-03-13

anond:20210313191847 anond:20210313192056 anond:20210313191948

やっぱりここからコケてるんだよな。自己決定から逃避している。他者強要されたと。

セックスするのは義務ではなく増田選択だ。

世の中には『アセクシャル』も『デミセクシャル』もいる。

 

一応確認だけど この増田(anond:20210313190848)であってる?

それとも横?男女厨ちゃんとは話したくないよ?

 

一度に詰め込んでも読まない・読めないと思うので、ここでは『セックス義務ではない』と

下記の2つの概念、『アセクシャル』、『デミセクシャル』があることだけ理解できればいいよ。

 

 

増田(anond:20210313190848)だと想定して

 

アセクシャル (Asexuality)

他者に対して性的欲求(や恋愛感情)を抱かないセクシュアリティ

 → 誰に対しても性的な魅力を感じないし他者に向ける制欲がない

 

▼ デミセクシュアル(demisexual)

他者に対して基本的性的欲求を抱くことはありませんが、強い愛情や深い友情を持った相手に対してなど、

ごく一部の場合性的欲求を抱くこともあるセクシュアリティです。「半性愛」とも呼ばれています

 → たとえ結婚しても本心から心が通じ合ったと納得できるまで性欲が湧かない

 

[WIRED] セックスを拒絶する若者たち──アロマンティック・アセクシャル

https://wired.jp/2016/05/08/aromantic-asexual/

 

「手を握る以上のことは、わたしにはとても奇妙に思えました」。高校に入ると、人生は厳しさを増した。

周囲にアンドロイドだとか血の通わないやつだと呼ばれ、いつも自分変人であるかのように感じていたという。

彼女は、自分に異常があるのではないかと考えるようになった。医師にも診てもらったが、君はかわいくて若いんだから心配しなくてよろしい、と笑われた。

情報が何もなかったんです」と彼女は言う。「真っ暗闇のなかにいるようでした」

 

そこで彼女は、自分が唯一愛せるものである音楽に身を捧げることにした。17歳のころまでに、彼女バンドは少数ながら熱狂的なファンを獲得し、

本物のロックスターたちが出演する大きなイヴェント前座を務めたり、そのバックステージに出入りできるようになったりもした。

 

スターグルーピーたちのふしだらで乱れた世界10代で投げ込まれたにもかかわらず、彼女はそんなことにはまったく興味が湧かなかった。

セックスを誓っていたわけでも、眼前の光景道徳的に反発したわけでもない。ただ単に心惹かれるものがなかったのだ。

 

しかし、いずれ自分もそれに調子を合わせることを期待されると彼女は知っていた。よりセクシーイメージをつくるために、

スカートを短くし、トップスタイトにするといったようなことだ。幻滅した彼女ロック世界から距離を置いた。

アートの話がしたいのに、楽屋に行ってヤるだけなんて」

 

そんなとき彼女ネットジェイムズと知り合った。数カ月の間親しく友達付き合いをしたあと、1年間の遠距離恋愛を経て、

彼女は彼のいるテネシー州へと引っ越してきた。

 

「性衝動という点では、わたしたちは一致していませんでした。でも彼は、わたしには欲情しないようにしてくれたのです」。

ジュヌヴィエーヴは言う。彼は我慢していた。ずっと我慢していたのだ。彼らが出会ってから3年後、彼女はようやく初めて自分のなかで欲望うずくのを感じ、
彼と性的関係もつようになった。

 

「彼のことを十分に知って、わたしの心が『彼こそがソウルメイトだ』と判断したときに、体のほうもそう判断したんだと思う」。彼女Tumblrにそう綴っている。

2021-03-11

anond:20210311105049

フィクトセクシュアルの人でこういう感覚を持っている人がいるもんなんだね

元増田はアロマンティックなんだけど、セクシュアリティ作品の捉え方にも関わってくるのかな?と思うと面白い

anond:20210311104118

割とわかる。キャラ萌えはするけど。

声優が表に出ると夢が壊れる~」みたいな意見が全く分からない。脚本家アニメーター演出家、そして声優、様々なクリエイター技術結晶が「キャラ」であって、「作り物だからこそ萌える」という感覚は意外と共有できない。

まあ別に共有できなくてもいいんだけど。

私はフィクトセクシュアルなんだけど、同じセクシュアリティを自認していてもその辺の感覚結構違うんだよなー。

2021-03-10

雑誌映画秘宝』の記憶(7)

今回は、町山智浩による同性愛者への差別がメインです。

書棚の片隅から発掘した町山智浩柳下毅一郎の共著『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判』を改めて読み返してみました。強く感じたのは、本書における町山智浩柳下毅一郎の二人が、とにかく「『自分たちは男である』と云うことの証明アピール」に躍起となっている点です。

ただし、その「男であること」の証明アピールとは、例えば「自分よりも弱い者を守る」姿勢を示すとか「大人としての責任を果たす」姿勢を示すといった、立派な行動に依るものでは決してありません。(※なお、言うまでも無いことですが、これらの立派な行動は「男性だけのもの」ではありません。これらの行動による美徳は、女性性的マイノリティを含めた「全ての人間が持ち得る美徳」です。)

しろ、本書では「弱い者や価値観の異なる者を嘲笑する姿勢」を示したり「男の性(サガ)だからバカな事をしても『仕方が無い』」という言い訳することこそが、町山らにとっての「『男であること』の証明」なのです。

更に、この「男であること」の証明は、町山や柳下の中では「『ゲイではないこと』を証明すること」とイコールで結ばれています。それを物語るかのように、本書の中で町山智浩柳下毅一郎は熱心に、執拗なまでに「同性愛者(特にゲイ)への嘲笑差別」を繰り返します。それによって、町山と柳下は「俺たちは『彼ら(同性愛者)』とは違うのだ」とアピールします。

本書の中でゲイについて語る際、町山智浩柳下毅一郎は盛んに「ホモ」と云う単語使用します。そして、彼らがこの「ホモ」という表現を使う時には、しばしば「(笑)」という表現だけでなく「疑惑」という表現も伴います。「ホモ疑惑』」という風にです。

例えば、ケヴィン・スペイシーが『アメリカン・ビューティ』に主演してアカデミー賞を受賞した際には、町山智浩は「これでケヴィン・スペイシーホモ疑惑』も晴れる」と言い放ちます。これは、この映画ケヴィン・スペイシーの演じる主人公が、隣人の女子高校生との情事妄想しながら自慰行為に耽るという場面がある事を受けての発言です。

考えてみて下さい。一般的に『疑惑』という表現は「汚職疑惑』」や「捏造疑惑』」等の「悪い事」を表すために使用されるものです。つまり町山智浩柳下毅一郎にとって「ゲイ(であること)」は「『嘲笑』する対象であるだけでなく「『罪』として裁かれるべき対象」なのです。

また、本書の元となった記事が各種媒体掲載された時点で既に故人であった(従って、否定反論などの意思表明を当事者が行う事は不可能であった)淀川長治セクシュアリティ嘲弄する場面が、何度も見られます。これまでにも指摘したことですが「彼らの目から見て『弱そう』に思える相手にはヤンチャに振る舞う」という、町山智浩/柳下毅一郎/高橋ヨシキ/てらさわホーク等を中心とする『映画秘宝』界隈にお馴染みの行動パターンは、ここでも観察されるのです。

恫喝DM事件が発覚した直後に『映画秘宝』関係者は「これまで映画を通じて不正差別と闘う姿勢を学んできた」と主張しました。しかし、ここまで読まれた方には、それがいか実態と懸け離れた虚偽の主張であるか分かっていただけると思います

最近町山智浩高橋ヨシキてらさわホークは、彼らと同じく「反・権力」をビジネス上の売り物とするヒップホップミュージシャンの一人ダースレイダーと共同して行った映像配信で「こんなディストピアはイヤだ」と云う内容のトーク披露して、信者たちと共に盛り上がっていました。しかし、彼らの言う「ディストピア」とは、当に「町山智浩高橋ヨシキが中心となって『ヤンチャ』な振る舞いをし続けてきた『映画秘宝』」そのものではないでしょうか。

町山智浩の機嫌を取る為に、自分男性パートナーが「町山さんに胸を揉ませろ」と言い、周囲の人間が誰もそれを止めようとせず、それが起きた後も批判しない『映画秘宝』内部のホモソーシャル社会いか同性愛者を差別し、嘲笑できるかを競う『映画秘宝』のムラ社会女性性的マイノリティから見れば、それは立派に完成された『ディストピア』だと私は思いますあなたなら、どう思いますか?

気が向いたら、また何か書きますアーメン

2021-03-08

anond:20210307104424

そもそも他人勝手にその人の恋愛セクシュアリティ妄想してあれこれ書くこと自体人権侵害なんだけど(異性間だろうが同性間だろうが)。お前の人権概念どうなってんの?

何の人権侵害してるんだ? 言ってみろよ。

妄想してあれこれ書くこと自体は何の人権侵害でもない。お前の人権概念どうなってんの?

元増田自分自分で “言われたら言い返せない” と言っている。それを厳密どころか雑に再解釈したオレオレ人権差し替えて同じ文意で言い直してみても、マウント取りたいおじさんを風刺した喜劇しか見えない。この人あんまりものを考えてないな、って感想にどうしてもなってしまう。失笑提供したい意図でなければ。

それと裸で絡み合うBLとの違いが答えられないというならお前の頭おかしすぎますわ。

裸で汗かいて絡み合っている男同士だって大してエロくはないだろう。女性の裸と比べて男性の裸は性的とみなされてないし、表紙を問題にしてるんだから作品本編で二人が恋仲だとか恋仲でないとかは関係ない。読者を性的挑発したいって意図はどっちのデザイン共通している。勝手に「セリフの内容が性的挑発している」って発言捏造して両者は違うってゴリ押されてもそれは違いを指摘したことにはならないし、知らんがな、同じやろ、以外に言えないわ。お前こそ自分認知が歪んでるのを自覚しろ

2021-03-07

anond:20210306181117

やっぱ腐女子フェミってあんもの考えてないんだなって改めてわかったわ。

商業BLの多くは、表紙から男性同士の恋愛ものなんだな」と察することができる程度だけど、裸で汗かいて絡み合っている表紙のもの普通書店平積みで置かれていることもある。

それが宇崎ちゃんとどう違うのかと聞かれたら、答えられない。

宇崎ちゃん、単におっぱいデカくて表情が挑発的なだけで、作中ではハプニングで乳に触っちゃったりするシーンはあるけど、能動的な行為としてはキスすらしてないんだけど。ていうか、ニコニコ静画で読める最新の話を見てきた限りでは、まだ付き合ってないし。あの二人(あれ、恋心はもう自覚したってことでいいんだっけ?)。

それと裸で絡み合うBLとの違いが答えられないというならお前の頭おかしすぎますわ。

自分を庇いたい気持ちがあるから言い訳するけど、私は男性人権を踏みにじる二次創作はしていないつもりだ。

原作で妻や恋人のいないキャラクターしか二次創作しないという個人的ラインを守っている。

えーっと、仮に「人権」の話をするなら、そもそも他人勝手にその人の恋愛セクシュアリティ妄想してあれこれ書くこと自体人権侵害なんだけど(異性間だろうが同性間だろうが)。お前の人権概念どうなってんの?

もちろん、創作されたキャラクター人権なんてあるわけないんだから原作で妻子がいるキャラクターでも好きなだけ男とセックスさせればいいんだけどさぁ(原作貞淑乙女ビッチ化するエロ同人と一緒だよね)、仮にキャラクター人権を重視するんならそもそも人権のある存在対象にした二次創作なんてしてるんじゃねーよ。人権は「お前にとって都合の良いライン」のことじゃないんです。

追記

anond:20210307104856

横だけど

単におっぱいデカくて表情が挑発的なだけで

は裸で絡み合う男と同程度にエロいもんだと思うけど。

挑発的ってのは「性的に誘ってる」って意味じゃなくて「ガキの喧嘩みたいなノリで煽ってくる」「ウザ絡みしてくる」って意味な。ポスター台詞も「注射が怖いんすか~?」だったけど、どう考えても性的意味での挑発ではないよね。あれを性的意味での挑発だと読解する人は認知が歪みすぎてるだろ。

anond:20210307110321

原作貞淑乙女ビッチ化するエロ同人と一緒だよね

いいえ、違います

ただし、原作に敬意を払わないという点ではセクシャル言及があるキャラセクシャルを変えるのと同じです

意味わかんないよ。同じじゃん……

「どっちも原作蹂躙していてクソ」という意見ならともかく、「女キャラビッチ化する二次創作と男キャラゲイ化する二次創作は違う!」と言われても、知らんがな、同じやろ、以外に言えないわ。

2021-03-02

増田は2つの「嫌う自由」を混同してるぞ

増田文章の中では、直結させちゃいけないこと、混ぜちゃいけないことが色々と混ざって、飛躍した結論を導いてるけど、社会的少数派を「(内心で)嫌う自由」と「(偏見に基づいて)嫌いだと口にする自由」は全く別のことだよ。

まず、女性男性について。「男性なのにクネクネしていたり、男性なのに女性みたいな服装をしたりしているのはどうしても受け入れられない」。非典型的ジェンダー表現所作を身に付けた男性ゲイだとは限らないし、ゲイがみんなそうしてるとも限らないけど、まあとにかく増田はそれを気持ち悪い、受け入れられないと思っている。で、それが「わたしが彼らを嫌いだということも認められるべきだ」と繋がる。主観として何かを気持ち悪い、受けいられないと「思う」ことと、他人(その中には当然、LGBT人達いるかもしれない)に向けて彼らを嫌いだと「言う」ことは全然別だ。

次に、アフリカ系の男性について。「わたしは正直に黒人男性が怖い。体も大きいし、意思の読み取れない表情も怖い。黒人男性を怖がる自由わたしにのこされているのだろうか」。それが偏見に基づいている感情だとしても、増田が何かを怖いと感じること自体規制する方法はない。その意味増田は「黒人男性を怖がる自由」を持っている。でも、「黒人男性は体も大きいし、意思の読み取れない表情も怖いから、彼らが嫌いだ」と公に「言う」ことは、それとは次元の違う話だ。

「思うこと」と「言うこと」は全く違う効果を持つ。特にマジョリティマイノリティに対しての嫌悪や恐怖を公に「言う」ことが当然のように許されたら、増田の言う「差別のない世界」=「誰もが当たり前に存在して、誰もが当たり前に自分に正直でいられる世界」は成り立たない社会的多数派が少数派を「クネクネしてて気持ち悪い」とか「表情から意志を読み取れない」から「嫌い」だと公言するのは「私たちあなたたちがこの社会の中で当たり前に存在することを許さない」という価値観の表明で、それは彼らに対する抑圧に直結する。

増田がそういうことを公言し、それを誰もが咎めず暗黙裏に合意するような社会空間では、たとえば本当は女性的な所作表現も交えつつ生活したい男性(繰り返すけど、それがゲイとは限らない)は、本来自分がそうしたいと思っている振る舞いを抑制したり、(ゲイやMtFTSGなら)セクシュアリティ性自認を隠さなければならなくなるだろう。これは明らかに「誰もが当たり前に自分に正直でいられる世界」じゃない。

増田は内心で思っていることを「言わない、言えない」という状態が著しい自由の制約だと感じているのかもしれないけど、世の中には「自分が何者なのか隠さない」という自由すら持っていない人達がいっぱいいる。増田は「私の自由規制されている、私を規制するな」と主張するけど、偏見にもとづいてマイノリティを嫌いだと公言する自由をよこせ」というのは「彼らを黙らせる自由、彼らを抑圧する自由をよこせ」と言っているのと同じなんだ。で、自由民主主義社会価値観のなかでどちらが優先されるべき自由かと言えば、〈誰かを公に差別する自由、嫌いと表明する自由〉よりも、〈誰かが(他者の同じ権利侵害しない限り)自分自身として存在できる自由本来のかたちで生存する自由〉のほうだ。

から増田は、社会的少数派を偏見に基づいて「嫌いだ」と口にする自由は制約される(ヘイトスピーチ法/条例抵触する範囲では法的に制約されるし、そうした見解批判する立場から言論によって---増田が「周囲から攻撃を食らった」ように---社会的に制約されることもある)けど、彼らを内心で嫌う自由はある。マジョリティ100%保障されたその自由を、存分に享受してほしい。それって、すごい特権だと思わないか だってマイノリティにはさまざまな社会的抑圧や差別によって、内心ですら自分自身を100%受容・肯定することがままならない人達もたくさんいるんだぜ。

最後の「「嫌いだ」と口にする自由は制約される」のところに少し追記しました。


anond:20210301102544

2021-02-23

anond:20210223181217

LGBTQの議員が全議員の半数になるまで活動すると、さら多様性が素晴らしく増す。

で、声を上げないと議員を選ぶ時に基準となるセクシュアリティマジョリティかLGBTQか他人には判別つかないので、やはり声を上げてもらうことが必要となる。

2021-02-07

anond:20210207230040

フェミニズムLGBTって元々相性が悪くて、TERF問題とか(なんなら今でも)色々あるんだけど、一応最先端セクシュアリティ研究ではそれらを統一的に語って「同じ目的の元に連帯できる」という議論も重ねられつつある。

それはそうなんだけど、そういう長い歴史の元に勝ち取ってきたという難しさを、最近社会運動タダ乗りしてるだけの人は知らないし知る気もないんだろうなとはたまに感じる。

2021-01-25

anond:20210125094119

横ですが。

というより、男児向け・男性向け漫画の中に「少年漫画パンチラ」的なものしかないと思い込んでいるとか、同じ「少年漫画パンチラ」でも「抜き目的のものとそうでないものまたはその両方の側面を持つものがあるという複雑さが見えていないところに、偏見があると指摘されているのではないでしょうか?

難しいのは、「抜ける」と「抜き目的」は違うし、また「何が抜けるか追求されている」とも違うんですよね。「抜き目的だけど抜けない」ものもあるし、「抜けるけど抜き目的ではない」ものもある。

また三つ目は、例えば計算可能性の研究は、計算可能性という真理を追求するのが目的であって、必ずしも「計算する行為」が目的ではないのと似ているかもしれない。

セクシュアリティ発見」は大事テーマだと思いますよ。

anond:20210125091453

BLに限らず、性表現ってそういうところあるのに無視されがちだよなぁ。

Gender Expressionであったりだとか、個人セクシュアリティアイデンティティに密接な関わりがあるのに、「オナネタ」と揶揄されて一蹴されてしまう。

対人性愛者はセックスパートナーを「恋人」と呼んで、まるでセックスとは無縁かのように振る舞うことが許されるのに、性表現を「オナニー」という直接的な性行為と結びつけることがセクハラだと認識して貰えない。

「美しい性表現」とかそういう話(だけ)ではなく。「我々の性のあり方」というアイデンティティ表現しようと思った時に、「俺にとってはこういうのが抜けるんだ」と表現するのは自然だし、表出の文脈次第で「オナネタ」は「オナネタ」でなくなることもありますよね、という話。

2021-01-20

anond:20210120234808

金八自衛隊志願の生徒をみんなで止めさせようとしたりする古い考え方の人間だよ。

ネット観もジェンダー観も典型的昭和おっさん

今はカジュアルセクシュアリティ時代になった。

価値観アップデート必要

2021-01-18

anond:20210118013819

犯罪取り締まり対象黒人に片寄っていないか?」という問題提起は「論点のすり替え」ではないです。

「しれっとすり替えてる」のではなく、はっきりと提起してるわけですから

フェミニズム系の言説が空想性的対象とするセクシュアリティを周縁化してきたのは事実ですから、「こういう視点・考え方もありますよ」と提示することには意味があると思う。

エコーチェンバーに浸っていたら気付けないこともありますよね。

2021-01-08

恋愛感情の延長で結婚を考えるのは幼稚(笑)ってマジョリティの発想だよね

よく婚活アドバイスとかで恋愛感情を抱ける相手結婚に向いてる相手かどうかは別、結婚恋愛の延長で考えてはいけないとか言う意味で「恋愛感情のゴールで結婚とか思ってるんだ(笑)」というマウントがあるが、待ってほしい。これはマジョリティの考え方でマイノリティを圧迫している。

デミ・セクシュアルというセクシュアリティがある。平たく言うと、恋愛性愛衝動や突発的な情動産物ではないタイプである相手をよく知り、人生ともに歩めるパートナーと思えてはじめて恋愛感情が芽生えるような、そういう衝動とか唐突恋愛とは無縁なタイプ性的マイノリティ

このタイプにとっては恋愛結婚はわりと地続きであり、地続きでも実際あまり問題がない。マジョリティ感覚で言えば、結婚に向いている人が恋愛対象となるから

自分はデミセクではないが、だからこそ、些細なところにマジョリティの抑圧ってあるよなーと思うという話

から私は家を出る

※ド自分語りです

私は、性別性自認は女であり、全性愛者だ。

分かりやすく言えば「好きになるのに性別なんて関係ない」と思っている、人間だ。

から私は、今住んでいる家を近いうちに出ようと思っている。

どう繋がんのか、って話だよね。

ある意味情勢が理由になるのかな、とも思うが、匿名でない限り、友達にも、ましてや恋人にも言えないことだから、この匿名で言わせてほしい。

自分にとっては言わないとあまりにも辛いが、誰に言えたことでもないから。

ちょっと引っ張るとあるある言いたい〜みたいな感じになってくるからそろそろ本題に入ろう。

言ってしまえば、今は実家暮らしに近いものだ。というか、母方の実家暮らしている。祖母と私の二人暮らし生活必要な金は、医療費以外は祖母が出してくれるような、そんなぬるい環境だった。とあるところから逃げ帰ってきて今までおおよそ一年間、それにずっと甘えてきた。

私は祖母が大好きで、ここに来た当初は支えていこうとすら思っていた。

しか結論から言えば、その意思が無くなってしまった。今ではもうどうでもいいとすら思っている。


何故か?

まりは多分、去年の8月も半ばくらいだったかな。

朝、祖母一言が耳に入ってきた。

「○○(私の名前)ちゃん! お見合いの話が来てるんだけど」

受話器を持ちながらそう言われた。

んで、びっくりした私はこう答える。

「え、彼女いるから無理」

朝だよ? 何なら寝起き。返答の判断なんてつかないじゃんと思って聞いてほしい。それにしても不注意だったなとは思うけど。

前提として私自身は女であり、この時には女の子恋人がいて、それをうっかり言ってしまった。一般人には理解がないから、なるべく言わないようにしていたのに。

今思えば祖母に相当気を許していたんじゃないかなと思う。


それと、前々そういう題材を取り上げている番組とかを観て、そういう時代だよね〜とか言ってた祖母を見て、私もうっかり大丈夫なんだと、無意識大丈夫だと思っていたのかもしれない。

ただ、それが一番の間違いだった。

それ以降、祖母からその話をされることは無くなったんだが、ある日、受け入れられてると思い、とある話題で、「私にも守りたい人くらいいる〜」みたいなことを言った訳さ。

ああ、ほんとバカ。あの時の自分を殴ってやりたいさ。

私がそれ言った直後の祖母一言が、これだったから。

だって女の子でしょ、そりゃ、ダメだよ」

笑いながら、そう言われた。

頭に重石が乗っかったみたいな感覚、目頭が熱くなっていく。悔しさのせいで。ここまで悔しかったのは一生でこれ以上ないかもしれないってくらい、悔しかった。

うっかりカムみたいなことになってしまった自分が一番悪いかもしれないけど、その時ばかりは普段から直球な物言いしか出来ない祖母に苛立ちを感じてしまった。

けど、その時の私は何故か、一晩だけでどうにかこの気持ちをおさめようとして、次の日からは明るく振舞おうと思ったわけ。で、実際そう振舞ったと。

問題はその次の日から、定期的に電話で出された見合いの話を言われるようになったこと。

それと度々「○○ちゃんなら素敵な人に出会えるよ」って言われるようになったこと。

日々ふざけんな、と思いながら苦笑いで済ませてきたけど、後者朝ドラのいいシーンが来る度に行われたから、さすがの私も気が狂いそうになった。故に朝ドラちょっと苦手になった。作品に罪はないんだけどね。

あと覚えてる語録で言えば、ちょっとお高めのアクセサリー買った時に、

「それを買ってくれるような人がきっとできるよ」

とか、

世の中でBL流行ってると(タイミング悪く)テレビで流れた時に、

男の子男の子だって! 女の子女の子じゃない」

とかですかね。こっちに至っては最後一言いらねーよな?

とにかく覚えきれないくらい言われたことが、いっぱいある。

こんなん、いくら悪気がないと言えど、言葉暴力だと思うんですよね。



ここまで言われた私は当たり前に辛くて、もう耐えられないと思った訳よ。

からつい2,3ヶ月くらい前に、ちゃんセクシュアリティも含めた、この日記の冒頭みたいな説明をしっかりした訳ですよ。全性愛であること、(言い方はアレだが)好きでこうなった訳ではないこと。

から偏見みたいなことは言わないでほしいし、結婚の話ももうやめてほしい、と言った。普段から都合の悪い話を聞かない祖母に、度々「話を聞いて」と声を上げながら、伝えた。

言って最初の頃は言わなかったかもしれない。

でも、もう、多分1ヶ月くらい経った頃には忘れられたのか、以前と同じ頻度で言われるようになった。

それでいて、私が自主的に、生活費のほぼを支えてくれているからという理由でやっていた家事も、徐々に要望が上がっていき、最近では夜に突然「これ買ってきたから煮てほしい」とか、そんな急なレベルで頼まれるようになった。

ルーティーンに縛られる生活があまりにも嫌な自分性格のおかげで、その辺の歯車も段々と狂いつつあった。

あとは、在宅で仕事をしているから、密接になりすぎて嫌になった、とか、そんなところもあるのかもしれない。

で、耐えられなくなったのが、年の瀬大晦日前日。この日もイマイチやる気が起きない上に「唐揚げの下準備を〜」と言われていた日。

ただどうしてもその日に下準備をしたくなくて

明日の朝とかでも良くね?」

って言ったら、

唐揚げは一晩つけなきゃダメから今日風呂入る前にやらなきゃね」

何か、その一言で急に耐えられなくなった。

今まで色々散々に言われた上、そいつの手伝いどころかほぼをやって、それで風呂時間までそれに縛られて……?

私は一体、誰の時間を生きているのだろう。

そう思った瞬間にはもう無理で、気がついたらあのクソ寒い夜に、河川敷を歩いていた。風がすごく強かった。

間近で水面を見ながら、ぶっちゃけ波にさらわれてもいいとすら思った。

辛くて、母親電話をかけた。でも、繋がらなかった。

それから寒さに耐えかねて、重い足取りで大人しく家に帰った。

それから渋々祖母の言う通り、唐揚げの下準備をしていると、母親から折り返しの電話がかかってきた。

もう、わんわん泣いたよな。


母親の前で泣くとか何年ぶりだよってくらい、泣いた。もう20代も半ばに差し掛かるのにぼろっぼろ泣きながら、もう頼まれるのが辛い、無理だ、って訴えた。

当たり前だが、恋人のくだりは伏せた。なんもねーのに結婚だの、素敵な人が〜の話されるのが辛いって話はしたが。

したら母親は、

「辛いなら帰ってくれば?」

コロナ禍が頭をよぎってずっと帰っていなかった実家

今年も帰ってはいけないと思っていた実家

この一言で、また泣いた。

から私は、皆が我慢している中すまない、と思いながら、今年も実家に帰った。

もちろん、混んでいない早朝を狙って、実家へと向かった。大晦日でこのご時世ということもあり、人はほぼ、誰もいなかった。

まあ帰省の話は長くなるから割愛するが、家族が全員食卓に揃った瞬間にも泣きそうになったとだけ……(ひたすらに涙もろい)

で、また祖母宅に帰る時も、うだうだ言っている私に対して母が「あの人は身近にいる人をすぐ使うから、たまには嫌だって言うしかない」「もうある程度諦めるしかない」と助言をいただいた。

でも、それって同居しててほしいっていう母親気持ちの表れじゃん? いや分かるよ。いくら近くに親族がいると言えど高齢者を一人で住まわせたくない気持ちは。私もそうだったからこの家にいたわけだしね。

けど、誰だったかはもう分からないが、こんな名言を残した人がいた。

「辛い時は、逃げてもいいんだよ」

うん、すまんが、逃げるわ。


ってことで、家に帰ってからすーぐ祖母に「最近よく頭働かないし、その理由は多分頼まれのしんどいからだと思うので家を出る」と説明

祖母はその説明

「私が邪魔なのね」

とか言ってきたが、知らねー。それより私は色々嫌なことされてきてんだ知らねー! と遅れてきた反抗期みたいなことを思いながら部屋に帰った。

そこからの私の行動は早かった。言ったその日のうちに物件を探して、その内見を近い日付で取り付けた。

まだ見れていないが、余程悪くない限り、そこで決めたいと思っている。

と、現状がここまでなんですが、最後

度々愚痴を聞いてくれた友達がいなかったらこうもなっていないと思うのでひたすらに感謝しています

ありがとう友達。本当によき友を持ったよあたしゃ……

ということで、最後までありがとうございました。

家出て無事に暮らせるよう、頑張ります

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