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はてなキーワード: 学校教育とは

2017-10-13

善意に群がる者共が醜い

タデクーポンという取り組みがあることを知った。

貧困家庭中学生に塾に行ける機会を与えようという取り組みで、取り組み自体は良いんじゃないかと思う。

塾に行かないとまともな勉強ができないっていう根底にある考えはよくわからないのだけど、学校教育に期待できず、塾の方が進学的な意味で良い教育を行なっているのは事実だと思うから意味のある活動なんじゃないかと思った。

https://camp-fire.jp/projects/view/42198

関連する記事を読んでいると、主催者の人はなんらかの原体験があってこの取り組みを行なっているらしい。

よくもまあこんなお金につながらないことをやるよなと思いながらも、なんらかの原体験に突き動かされて金銭利益につながらない行動を取る気持ちはなんとなくわかるし、応援したいなとは思う。塾代のカンパっていう手段なのかと言う問いは一旦おいておくとして、直接お金を渡すよりもクリーンだし、用途も限られているし、生活保護とかとは違った仕組みとして成立できるし、良いと思う。お金が余ってる富裕層な人々は支援しまくれば良いと思う。

なぜかたまたま主催者の人とSNS的に知り合いの知り合いくらいだったりして、その人の投稿を読んでいた。

熱い想いでやってるんだなと思ってすごいなと思いながら、コメントを見ていたらこいつらほんと巫山戯んなよっていう気持ちになった。

「何か手伝えることがあれば言ってください」と、普通の人が言うのはいいんだ。

そこに自分サービス宣伝を混ぜようとした奴ら、全員恥を知れって思う。

お前のサービス宣伝のためにやってんじゃねーんだよ。

なんでこう、新しい取り組みをビジネスチャンスしかみれないのかな?

それを起業家だと思ってるのかな?

コラボでもなんでもねーんだよ。ただの売名だよそんなの。

ほんとに支援する気があるなら、持ち出しで勝手にやれよ。

かにお金を稼ぐことは大事だし、こんな取り組みを行うにしたってお金が続かない限り、取り組み自体も続かない。

お金があるというのは大前提だし、取り組みを継続させるためのお金を生み出す仕組みを作る必要があることも重々承知している。

から、中心になってやっている人が、多少なりともお金を生み出す行為時間を使うことはすごく大切だし、やるべきだと思う。

でもなんだよこの周りに掃いて湧くように出てきた奴らは。

自分が稼ぎたいがために、自分の虚栄心や承認欲求を満たすために、善意に群がって好き勝手荒らして。

本当に醜いと思うから、心当たりのある奴は1000万くらい支援したら良いんじゃないかな。

それくらい払っとけば、多少好き勝手やっても誰も文句いわねーだろ。

2017-10-10

日本人おもてなしの正体

海外旅行して帰ってきた時に、日本は総じてサービスレベルが高くて、

いわゆるおもてなしの心があるなあと感じて、その差は一体どこから来てるのか考察してみた。

それで思いついたのは

日本人おもてなしの正体は、恥をかくことへの恐怖と村八分されることへの恐怖が

たまたまいい方向に出たものだということだった。

日本では学校教育は優秀な子もそうでない子も横並びで勉強して、減点主義で間違えることは恥だと刷り込まれる。

(学校うんこするのも恥だと刷り込まれるw)

ちょっと変わっているといじめられるからいじめられないように皆と違うことを恐れる。

過去日本でも村八分にされちゃうと野垂れ死ぬ犯罪者になるかしかないだろうから

しかしたらDNA村八分への恐怖とルールから逸脱したものへの攻撃性が刷り込まれているのかもしれない。

そういうわけで恥をかかないように、

業界から世間からハブられないように、後ろ指をさされないように

サービスを日々改善し、おもてなしの心が誕生した。

恥をかくことへの恐怖と村八分されることへの恐怖は

自己主張をしない、破壊イノベーションが生まれにくい、

変わってるやつ、ルール違反したやつを徹底的にいじめる(ネット炎上したやつを安全から徹底的に攻撃する)っていう

日本人ダメ陰湿な影の部分も作っているが、

おもてなしの心、サービス改善による創造イノベーションという光の部分も作っているということだ。

まあこの推測が正しいとして、外人にこれを知られると幻滅されるだろうから

知られないほうがいいなあw

2017-10-06

anond:20171006154409

グランドピアノが欲しいところですが

両親がなくなったら改装ついでに購入予定ですね

今はおっしゃるとおりピアノタッチ電子ピアノを買うか検討中で、

紙に鍵盤の絵をかいて指を置くくらいでしょうか

この年齢になると体を動かしていくのと併行して楽典コードなどの理論を詰め込みながらいくとすんなり入ります

しろそのような教育をなぜしてくれなかったのかと思いますけどね

私は発達障害なので、なおさらそう思います

「こうやればいんだよ(仕草)」なんてされてもわからいから、理屈でおしえてくれたらいいのに

学校教育ではそういうのないですから

クラス全員にピアノ演奏させるなんてこともないですし(一部のピアノを習ってる子供たちが優先される)

ちょっとしたルサンチマン意識学習しています

それが独学の励みになることは確かです

2017-10-05

学校教育水泳音楽美術強制される意味ってなんかあるの?

別に泳げなくても、音楽が引けなくても、絵が描けなくても生きていけるし、学校教育強制する必要性がわからない。

anond:20171005093829

学校教育勉強だけじゃなくて社会学習の意味もあるんだいみたいなのを家庭教師浜中藍でみつけて英作文でぱくtったら先生にほめられた

せいとかいやくいんどもで下ネタばっかかいてんじゃなくてまともなこともかいてんだぞうじいえとぜんは

2017-09-22

日本人勉強しない

日本人は本当に勉強しない。

やれと言われてやる、昇進や資格必要からやる、というような勉強はする。

でもそういう勉強試験が終わったらまったく身に付かない。

何かやりたいことがあるから下調べをする、自分生活を向上させるために勉強する。そういう習慣が全くない。

勉強の仕方をそもそも知らないのだろう。

試験のための勉強だったら、参考書がある、塾もある。でもそういうお膳立てのない、「今それをやりたがっているのは世界自分だけかも知れない」という目的のために、似たような試みを探したり、参考になりそうな資料を集める、という訓練がまったくされてない。

じっさいこれは学校教育公教育と言う形で身に付けるのは無理なのかも知れない。

アメリカ人あんなに創造なのは開拓者DIY精神根付いているからではないか

スティーブ・ジョブズに一番影響を与えたのも、学校科学の授業などではなくエンジニアだった義父のガレージ作業だったと言う。

親や社会が、自分目的のために勉強創造するという姿勢を見せられないとだめなのではないか

 

日本人勉強しない。

から試験資格に関わらない勉強のためのリソースというものも、社会全体に驚くほど提供されていない。

自分最近わけあって英語を本格的に勉強し、その嬉しい副作用として英語世界には如何に「何かをなす」ための勉強指針が溢れているかを知った。

「何かになる」ためのものではない。

資格肩書きで、誰かに認めてもらうための勉強ではない。

ただどんなに簡単なことでも、自分のやりたいことをやり、自分のなしたいことをなすための教材が溢れているのだ。

日本社会はこの差をどうやれば埋められるのだろうか。

それは実のところ、この世界出会ってしまえば自明方法なのだが、日本人にはそもそも「それをする」ということ自体が受け入れ難いことだろうとも感じる。

どうせ反発を受けるだろうから自分からも言いはしない。

日本人には、開拓者精神はもてない。

2017-09-10

anond:20170910092444

少し真面目な話をすると、日本もっと学校教育実学を教えるべきなんだよ。

高度経済成長期に繁栄した根性論ではなくて、経済の仕組み、組織の仕組みなんかを。

そうすれば、今なぜ日本大企業が低迷しているのか答えられるようになるし、前の世代と同じ失敗を繰り返さな世代を作れる。

もう間に合わないかもしれないけどね

2017-09-04

生産性のこと、みんな勘違いしてない?

生産性を上げる=コストを下げる だと思ってる人ひょっとして多くないか

 

生産性じゃなくて効率でもいい

1タスク/1時間 っていうものを「効率良くやる」っていうときに、みんな時間の方を下げたがる

 

理由は分からないが、学校教育社会もそういう風潮なんだろうか

非常に工場的な考えだと思う

節約倹約精神っていうの?

 

8タスク/8時間を、8タスク/6時間でやって6時間労働にしたら、国際競争力上がるの? んなわけないでしょ

10タスク/8時間でようやく競争力が増す

もちろん理想10タスク/6時間だけど、分母の話を無視しすぎている

 

この分母の省力化による効率アップって、20年くらい大企業もこぞってやってたっぽいけど

その先に待ち受けてるのは地獄ってのは自明だと思う

もちろんそれも必要ことなんだけど

 

分母を減らす話がすげー出て来る一方で、分子を増やす(同じ時間生産高を増やす話題は驚くほど出てこない

一介の社員にはできないから?

自分タスク価値を正しく判別できないから?

タスクは与えられるものっていう考えの指示待ちが多いから?

それとも全部なのかな?

 

不思議だよなぁ

分母を減らす前提に立っちゃうと「分母を増やすことで分子をそれ以上に増やす」みたいな発想には絶対に至れない

「分母を増やすことで分子をそれ以上に増やす」ってのはつまり投資

投資をせずに、易きに流れて局所的最適解になっちゃうの

 

もちろんわざとやってるんじゃないだろうけど、多くの人はそういう発想がしみついちゃってるんじゃないか

もっと分子を増やす方向の話が活発化して欲しい 

あ、でも経営者批判は要らないです

https://anond.hatelabo.jp/20170904063505

仕事役に立つ」ことばっかり教えるのも問題だけどな

学校教育目的は、一生を仕事に捧げてこき使われて過労死する社畜を生み出すことじゃないんだし。

実際、最近のオッサンバサンの中には「仕事の役に立たないのに趣味なんて持つ意味あるの?」と言い出す人が増えてるらしいぜ

体罰」は違法行為なので覚醒剤麻薬に頼ることと同じ行為である

ここでは学校教育問題限定して体罰問題について述べるので、特定話題について触れることはしない。

まず、体罰は法的にどう扱われているのか

学校教育法11

校長及び教員は、教育必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、

児童、生徒及び学生懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。


文部省文部科学省に再編成されたさい、文部大臣文部科学大臣に変更されたこと以外はこの規定に変更はない。

まり、「体罰」と主張した時点で、加えた側が違法行為だと認めたことになる。

この点は戦後一貫しているので「昔は許されていたが、今は認められなくなった」という認識自体が正確でない。

よくある誤解に過ぎないのだ。

このような見解披露した時点で、学校教育に関してどの程度の知識しか持ち合わせていないか想像できる。

喩えて言えば、ヒロポンを服用すれば疲労回復が早くなるので使うよう勧めるのに近い論理だ。

ただ、あくまでも学校教育法で定められている「学校」に関しての話なので、その範囲が及ばないところに関しては言及できない。




職員会議でも校長は「体罰はいけません」と必ず言うが、それ以上踏み込むことはない。

実際、棒きれを振り回している教員を見ても、見て見ぬ振りをするのが常である

それらの行為は「体罰」でなく「懲戒」と見做すことにしていた、ただそれだけのことである

今も昔も「体罰」は違法行為であり、「懲戒」は合法的かつ教育的「指導」の一環なのだ


問題は、いかなる行為を「体罰」と見做し、いかなる行為を「懲戒」と認識するか、という点にあるのだ。

同じ行為をある時点においては「懲戒」と見做し、ある時点から体罰」と解釈するようになったか、というのが正確な問題提起である

たとえば以下のようなガイドラインが示されている。


文科省  学校教育法11条に規定する児童生徒の懲戒体罰等に関する参考事例

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1331908.htm

同初等中等教育局   体罰について

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouikusaisei/dai1/siryou4-2.pdf




ここでは学校教育における教員行為を3つに区分している。

1 体罰(通常、体罰判断されると考えられる行為

2 認められる懲戒(通常、懲戒権の範囲内と判断されると考えられる行為)(ただし肉体的苦痛を伴わないものに限る。)

3 正当な行為(通常、正当防衛、正当行為判断されると考えられる行為




愛のムチ」が教育効果的か否かは、ここでは問題にしない。

いずれにしろ文科省体罰を認めていないことだけは明確である

教室質問すれば、明確に「それは法律で禁じられているからです」と答えてくれるはずだ。

ただ、ある行為をめぐって「それは体罰ではないか」とか「いや懲戒範囲内だ」という議論は当然あり得る。

しかし「体罰」が許されると主張することは、違法行為をもって教育するのが望ましいというのに等しいことであるということは認識しておく必要があるだろう。

効果的であり、かつ「望ましい」とするならば、違法行為正当性まで議論範囲は広がらざるを得ない。

あるいは、体罰を望ましいとするなら、学校教育法改正対応するほかあるまい。

ともかく、「体罰」を論じる際「懲戒」との比較なしにあれこれ論じるのは意味がまったくない。

何が体罰で、何が懲戒かを明確にしないと、違法行為は正当だという主張に与することになる。

それが本望だという論者は別にしても、違法な「体罰」を容認するのかどうかはおさえる必要があるのだ。


ここでの話はあくまでも学校教育限定しているので、学校外での出来事適用できるものでないことは最初に断った通りだ。

補足

最近二言目には「学校で教えて欲しかった」という声を聞くが、それはそれほど効果的ではないと思う。

もしそれで習得できるのなら、みな満点で卒業していくはずだ。

たとえば、「冤罪があっても構わないと思う」という趣旨発言がされたと仄聞するが、

発言者は「推定無罪」の大原則を失念している点で、中学校卒業するにふさわしい知識を身につけていないわけである

今すぐにでも中学校に戻り、一から勉強するのが本人のためであろう。そして満点を取るまで卒業させてはならないと思う。

中学知識すら覚束ない者が訳知り顔でご高説を宣うのを、ありがたく拝聴する方々の姿を見るにつけ、日本の将来は暗いと断ぜざるを得ない。

2017-08-29

かけ算の順序問題

毎年毎年、自分かわいいむちゅこたんに☓つけられて頭にくるからか、掛け算の順序問題炎上するよね。

算数批判って、結局のところ「掛け算順序問題」とかいわれる時点でお察しよ。

文句を言う側は、そこに硬直化した小学校教育問題が凝縮されてるとか宣うんだろうけれどさ、アホくさいことこの上ない。

割り算の話になるととたんに小さい話になってく。

習ってない小数点使って☓とか、括弧をつけて☓とか、そんな感じ。

割り算の結果は現実でも「距離時間」とかの単位意味があるものになりやすいのも、掛け算だけに問題が集約する一因なのかも知れんが。

足し算が炎上しても、引き算はめったに炎上しないじゃん。

それって、違う回答できないからよね。

1+2を2+1と書けても、2-1を1-2って書くことは出来ない。

掛け算と割り算も同じ。

なのに、足し算と掛け算は、「それが出来るから」という理由で、学校教育否定される。

本当に、心の底から馬鹿馬鹿しい。

そんなに子供が賢いと思うなら、その程度の処世術、教えとけよ。

間抜け共。

2017-08-24

人の邪魔ならいようにする事だけ考えて生きてきた

学生時代から教師質問の出来ないタイプだった。

自分なんかが相手時間を奪うのが申し訳ないと思っていた。

卒論の提出もそれでギリギリになってしまった。

就活する時も自分なんかが社会にでるべきなのかと10月ぐらいまで悩んでいた。

今いる会社でも上司質問したり出来ないし取引先に意見したり出来ない。

とにかく全てが事なかれ主義未満であり、指示待ち人間未満である

他人に対して何かアプローチを起こすことが出来ない。

それどころか道で人とすれ違うだけでも「自分がいたせいでまっすぐ道を通れなくなるこの人の邪魔になりたくない」と考えて道の横にある普通なら人が通らないような段差の上を歩いたりしてしまう。

ひたすらに他人に対して道を譲りたがるのだ。

どうしてこんな人間になったんだろう。

もしかして日本学校教育真剣に受け続けたせいなのだろうか?

2017-08-23

https://anond.hatelabo.jp/20170823131956

問題なのは面識無い大人から接触される機会が制服を着用しているだけで格段に増える事。誰にも共感して貰えず、抱え込むしか無いという事。

その善意か悪意だか分からない物を抱える大人から遠ざかる術を学校教育では教えて貰えないって事。守る筈の大人制服という記号だけで年下の人間に好意を抱き不必要に接触してくる事。

言及していないが二例目、三例目に関して貴方はどう感じたのですか?

それと、未成年に外見だけで告白する男性、って倫理的にどうなの?したり顔であんたは私の何を知る?

2017-08-15

https://anond.hatelabo.jp/20170815074955

あーなんか「セックスを推奨してるように読める」だけじゃなくて全体的に話が印象ありきになってるな

こちらがそちらが一番聞きたい部分にちゃんと答えられていなかった、ってのは認めるけど

そちらの

現状の教育が過剰に忌避してるとは思えない。

あんたが具体的にあげた項目は性行為作法以外全部現行の教育現場でやってるって言ってるじゃん。んでそれは流行りの同意プロセスと似たような話だと思うんだけど、コミュ力ありきで察しろみたいな記事しかないけど教育現場でどう教えるつもりなのかが俺はしりたい。

実践的な性教育って教育範疇超えちゃうよね。

このへんの発言も単なる主観の域を出てないよね。少なくとも「実践的な性教育教育範疇を超える」という増田理屈自分にはピンとこない。このまま話し合っても平行線になるし、自分意見の論拠となるデータをちゃんと提示しあって「なにを拠り所にしてそう考えるか・そう主張するのか」を踏まえ直すべきでは?

まずこちから先に提示するけど

自分意見形成過程で見聞きした情報、ないし見聞きした情報と同種の内容が掲載されているサイト。とくに「現状の性教育が不十分である」とする論拠、それから後で書く増田の「実践的な性教育セックス講習ではない」の根拠ととなっているのは1と5。

1ははてブでもホッテントリに上がるくらいブクマがついていたからもしかすると増田も読んだかもしれないけれど、この記事の中に「1990年代は熱心だった日本性教育」という項目があり、次のように書いている。

1990年代は熱心だった日本性教育

 実は、日本学校教育現場でも性教育に熱心だった時期はあった。「性教育元年」と言われた1992年からの約10年間がそれだ。1980年代エイズパニックきっかけとして、「エイズ感染予防のためにも性教育必要」と言われるようになり、学習指導要領改訂。「理科」や新たに始まった「保健」を通じて小学校段階から「性」を本格的に教えるようになった。

 流れが変わったのは、2000年に入ってからだと言われる。

きっかけは、厚生労働省所管の財団法人母子生協会が中学3年生向けに作成した冊子「思春期のためのラブ・アンド・ボディBOOK」の回収騒動だ。冊子にはコンドームの装着方法ピルの紹介などもあり、2002年頃、国会で「中学生の性行動をあおっている」といった激しい批判を受けた。冊子は結局、全面回収されてしまう。

 この当時、国会地方議会マスコミを主舞台として「過激性教育学校でまん延している」「教室性交渉方法を教えていいのか」といった批判が激しくなり、「性教育元年」と呼ばれた動きは教室から姿を消した。

 ここを読めば、現在性教育についての内容が行政の取り組みの段階から過去教育と比べて後退的であるということが分かる。また3の記事でも00年代初頭の性教育へのバッシングについての言及があり、ここでも同様の見方を取ることが出来る。

 「性教育の不十分さ」の可能性については増田自分とそれほど意見が違っていないようだから、ここはそのまま承服してくれるだろうと思う。

 次に5について。これは日本オランダアメリカタイといった実践教育を行っている国との教育内容の比較で、この中からオランダアメリカの部分を引用する。

オランダでは~(中略)~思春期を迎える前の時期から性は食事睡眠と同じように日常生活の一部であり、ごく自然で当たり前のことだと教えられます小学校によっては高学年でバナナを使って実際に避妊具を被せる実習を行うこともあるようです。

~(略)~

このように、オランダ若者は性に関する十分な知識を身につけているため、10代の出産率と中絶率が世界の中でも極めて低くなっています

アメリカでは大きく3つのパターンにわかます

○「総合性教育セクシュアリティ教育)」…性を生物学心理学社会学など多角的にとらえて1人の責任ある人間としていかに行動するかを教え、避妊妊娠中絶同性愛否定しません。

○「禁欲教育」…結婚まで性交せずに禁欲生活を送ることがいか重要かを教える教育です。

○「総合性教育禁欲教育プラスしたもの」はどちらか一方に比重が置かれる場合があります

(強調部分はいずれも元サイト準拠)

これ以外のタイでも、これらと同様に単に性機能避妊方法と言ったごく狭い範囲に教えるのではなく、対人関係人権視点と言った多角的目線で“性”を捉えることを重視している、といったような記述が成されている。

 それで、この1と5を踏まえて言えるのは、まず日本性教育世界はもちろんのこと“過去日本にさえ”遅れているということ。また、これだけ行き遅れている状態性教育についてのカリキュラムを多少なり進展させたところで、それが踏み込みすぎになることはあり得ない、とも言える。

 また、コンドーム仮想利用まで教育にとり入れることを容認しているオランダ出産率、中絶率の低さから言っても「踏み込んだ性教育が、乱れた性風紀を生み出すことと直結することはない」というのも明らか。これで自分

セックスという行為存在自体肯定的に捉えつつ、それはそれとしてセックスする前に必要不可欠な知識はしっかり頭に入れてからやってね」

が単にセックスを推奨するものではない、ということを理解してもらえると思う。

 そして最後増田の言う性教育には限界がある、という主張に対する反論として、先に引用したアメリカ性教育についての文章(抜粋なのでできれば元サイト文章も)を読んで欲しい。

 アメリカ場合特殊で、「同性愛避妊中絶」といった部分までひろく教えるところ、現状遅れているとされる日本さえ先進的に見えるくらいにガッチガチの「反中主義禁欲主義」を掲げるところと、州によって性教育カリキュラムに天と地ほどの差がある。つまりこれは性教育過程で教えるべき知識・教えるべきでない知識」「性教育限界がどこにあるのか」というのは、単に教育者側・行政者側の主観によってしか取り決められていないってこと。

 ともすれば、性教育限界説なんていうのは単なるまやかしで、本当に拠るべきは「性教育限界がどこにあるのか」なんていう主観いくらでも変わるものではなく、「実施した性教育が、実社会にどのような結果をもたらしたか」のはず。そしてその「踏み込んだ性教育実施した結果」は、オランダのそれを見れば分かるように、充分に好意的に捉えていいものになってる。

 はじめの増田記事自分含めたくさんのブクマが集まったのもこの増田のはじめに書いたように

実践的な内容に踏み込めば踏み込むほど、教育とはかけ離れていく

教育とかけ離れれば、それはもうセックス講習

っていう、主観しかない「実践的な性教育セックス講習と同義」「実践的な内容に踏み込む教育とは違うものになる」という理屈立てをさも自明の理であるかのように書いたからなんだよね。

で、自分含めみんなその理屈立てがそもそもおかしいことに気づききれないまま

コンドームを使いましょう

避妊薬を使いましょう

くらいまでならまだ教育範疇だけど

どちらもない時はシックスナインしましょうなんて言いだしたらもう教育はいえない

の部分に突っ込んで、「オーラセックス知識必要」「オーラセックスの話になる意味がわからない」といったように、概ね「踏み込んだ性教育をするべき」という意見にまとまっているはずなのに、各発言にばらつきが出てしまったわけだ。

それで、この辺の話を踏まえたうえで改めてトラバ言及するけど

元増田でも言ってるんだけど

実践的な性教育って教育範疇超えちゃうよね。じゃあ、結局性教育ってどうすればいいんよ

ってのが俺の趣旨なんだけど、言いたいことだけ言ってる感すごくない?

 まず自分質問をする前に、増田自分でさんざん挙げている「教育範疇」というものについて定義する必要がある。明確な定義けがなされなければ増田意見は単なる主観の域を出ないし、主観ありきの出発点で話を始めている以上、そのレールに乗ったまま自分が何か意見を挙げても増田が「それは教育範疇じゃない」と言えばそういうことになってしまう。これはこれまでのトラバ増田が「どう読んでもお前の意見セックスを推奨しているとしか読めない」と主張した、またそう主張し続けることができたことから言っても明らかだ。

 しかしながらそこで「教育範疇とは何か」を定義づけするにしても、先に挙げたアメリカオランダといった他国性教育の例を見れば明白なように、教育者行政者側の視点いくらでも変わり得る「教育範疇」に絶対的基準などないし、もし絶対的基準というものがあるのだとすれば、その基準にもとづいて性教育カリキュラムを制定すればいいわけで、増田の「性教育には限界がある」という主張は成立しなくなる。

 ただ、こう書いて「煙に巻いただけで、さんざん自分質問したことには答えてくれていない」と言われるのは嫌だから元増田

コンドームを使いましょう

避妊薬を使いましょう

くらいまでならまだ教育範疇だけど

どちらもない時はシックスナインしましょうなんて言いだしたらもう教育はいえない

 ここの部分を例に挙げて自分意見を述べておく。

 自分主観と、これまでに引用した記事の知見に拠るなら、妊娠リスク回避しつつ性的快感を互いに感じ合うというのは未成年に依らず性的機能を保持しているあらゆる男女で行われていることだし、別に自分オーラセックス存在を例示するのは何も問題があるとも思わないし、自分はそれが「教育ではない」とは思わない。

 ただ、オーラセックスでも性病感染リスクはあるわけで、「そうするようにしましょう」とまで言うべきだとも思わない。原則として「妊娠したくない(させたくない)、妊娠しても出産できない状況下では、妊娠リスクを伴う性交渉は最大限避けるように努めるべきだ」としつつ、避妊手段や口淫などの性器同士を直接触れ合わせずに性的快感を感じ合う手段を例示する(実際にそういった手段を行うかの判断は生徒側に任せる)のが理想的だと考える。

 どうだろう、増田意見に沿うかはさておいて、ひとまず確かな一意見提示として読んでもらえたなら幸いだけど。

2017-08-16 14:29追記: 全体的にタイプミス意見として明瞭でない部分があったので、論旨は維持しつつ一部文章を手直しした。なんか返信もらえなかったけど、それはそれとしてひとまず読んでくれたのならよかった。

2017-08-14

https://anond.hatelabo.jp/20170814215211

想像してみてよ。自分が教える立場になったとして

セックスを誘う時はこうするんだよ。性行為に至るまでにはちゃんと作法があるんだよ。もし、避妊に失敗したらピルを服用するんだよ。じゃあ、ルールを守って気持ちよくセックスしてね!」これのどこが推奨してないの?

まあしてないと言われたら水掛け論になっちゃうからこれ以上言わないけどw

それに俺はセックスのもの危険視なんてしてないよ。あくま判断力もおぼつかないし責任のとれない子供が性行為することを前提にしたときに、どういうスタンス教育すべきかって話であって

あと、そのルールとしてあげてるやつほとんど現行の学校教育の中でやってるよ。あくま形式的実践的じゃないけど。新しく同意プロセスやら作法ってのが出てきてるけど、それは全然賛成。ただこれも無限にある同意プロセスをどう体系的に教えるのかって問題があるとは思ってる。

2017-08-12

https://anond.hatelabo.jp/20170812193356

ちょっと足りなかった

 

残業が多いブラックに対する正論の主張って意味

もちろん現在学校教育はそういったブラック企業のような実態になってる

2017-08-04

https://anond.hatelabo.jp/20170804165821

自分野田さんと倖田さんの話があるまで知らなかったよ。

自分世代より上の人は学校教育レベルではあの時まで知らなかったと思う。

今の学校教育でどこまで教科書に載ってるか知らないけど(不安煽るな的な意見あるし)教科書に載らずとも不妊の話はやってるとは思うので大丈夫だとは思う。

2017-08-02

ポニーテール禁止の件がデマだと確定したけど、お前ら反省しないの?

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1708/02/news107.html

まーたまんまと嘘松ラルキのデマに踊らされたはてなーたち。

しかに「ポニーテール禁止されている」ことは確認できたけど、今回の騒動の核である男子欲情を誘うため」という理由は完全に嘘だったな。

こんなあからさまに作り話でソースのはっきりしない話題にとびついて、男叩き・教育者叩き・学校教育叩き・社会叩きにいそしんだお前ら……。

そろそろちゃんと反省したら?

2017-07-23

今の学校教育での美術音楽・体育の存在意義って何?

出来る人間は退屈な時間を過ごし、出来ない人間苦痛時間を過ごすだけの無駄時間

教えるべきことはいくらでもあるんだから時間無駄にしてちゃいかん。

ただのルーチンワークなやっつけ実技をさせてる暇なんて本来は無いはずなのに何故か教えるべきことの半分も教えてない。

宗教芸術関係性や技法発明された順番を語れる日本人ってどれぐらいいます

キースケールコードを正しく把握してる日本人って何人いるんでしょうかね?

筋トレの正しいやり方を社会人になってから身につけた人って何割なんでしょうかね?

試しに手を動かすのはたしか大事ですよ。

ですが、今やっている事が何を学ぶための行為なのかを把握して無ければ折角手を動かしても全然身についてくれません。

それじゃ教育として不完全なんですよ。

その事をもっと知ってもらいたい。

文部科学省のお役人さん達に。

最終的には前線教員理解してもらう必要があるのですが、上が理解してくれないと下が理解しても枠に嵌められて元の木阿弥になるだけですので。

2017-07-03

学校教育について

最近部活問題だとか民営化しろだとか、教員多忙だとか、いろいろ話題になっているから、一教員として書いてみる。

自分東京都しか知らないので、東京都公立学校の話で。


まず大前提として

教員には、原則残業手当休日出勤手当とかはつきません。すべてサビ残、サビ出勤。

教員仕事は、家で教材研究したり、研修会に出たり、突然放課後生徒対応したりと、残業ってくくりで測れないからってのが理由

そのかわり教職調整額ってのが付くけど、残業代にしたら一日当たり20分足らずの額。

みなし残業20分と何ら変わらないのが現状。

まずここ押さえてくださいね

で、当然時間外勤務は義務じゃない、サービスから、「やらなくても良い」、もっというと「やりたい人が勝手に好きでやってる」という扱い。

土日祝日などの休日仕事も、勤務時間外の仕事も、すべて「その教員がやりたいか勝手にやってる」という扱いで、当然残業手当休日出勤手当もつかない。

(一応土日の部活は、特別勤務手当って名前で、4時間以上やれば4000円くらいもらえるようになってる。4時間未満だとゼロ。4時間以上なら8時間でも12時間でも4000円程度。交通費だけで足が出るから、時給換算するとコンビニバイトしてた方がマシw)


教員多忙か(部活問題からめて)

人によるし、学校による。

が、ほとんどの公立学校先生多忙。間違いない。

特別支援学校とか、一部の公立高校とか、年配教員は別。

問題は、多忙なことよりも、ブラック企業真っ青の勤務形態


まず、教員の勤務時間は、休憩込みで8時間半程度。

大体8時15分前後から16時45分前後くらい。


学生の人はわかると思うけど、先生たちが朝職員室で打ち合わせしてるでしょ?

その打ち合わせ開始時間が、勤務開始時間


はい、ここでまず一つ目の矛盾。勤務開始時間は8時15分とか8時半とかなのに、多くの教員はその前に出勤して登校立ち番とか補習とか朝練部活とかやってる。

これらは全て、「勤務時間外にその教員が、好きで勝手にやってること」という扱い。

当然お金は発生しない。

ある人は、「生徒のため」と使命感に燃えて、ある人は「みんなやってるから」と同町圧力に負け、ある人は「やって当たり前」と何の疑問も抱かず、今日搾取されていますうへぇ資本主義原則を身をもって教えてるんですね。さすが先生


はい、で、放課後

8時15分に朝の打ち合わせが始まる学校は、16時45分には勤務終了です。

8時半の学校なら、17時には勤務終了。


あれ? 放課後部活は?

当然そう思いますね。

あれは全て、「教員が勤務時間外に好きで勝手にやってる」という扱いです。

当然残業代も、部活の手当てもつきません。

だって好きで勝手学校設備借りてやってるんだもん。まぁ可哀そうだから事故とか怪我があったら学校保険適用内にはしてあげるよ、程度。


大抵の公立中学公立高校運動部は18時程度までは部活をやると思います。それは全て、教員サービス残業によるものですので、あしからず。勤務時間より後、教員部活をやる義務はありません。「その教員が好きで勝手にやってる」という扱いなんです。

これを読んでる公立学校中高生顧問先生は勤務時間後はボランティアで付き合ってくれてるわけで、練習日を増やせとか練習時間延ばせってのが、いかわがまま要求自覚しましょうね。


で、放課後部活があるせいで、授業の準備とか、担任だったらクラス事務作業とかは、部活が終わってからになる。

そう、自然と「勤務時間外」から仕事スタート

勤務時間がとっくに終わってから、ようやく仕事開始って、ナニコレ。


先生なんてそんな仕事あんのかよ。」って声が聞こえてきそうですが、近年どんどん増えてます保護者プリント一枚配るのでも、お役所的な書類作って、「これこれこういうプリントをいついつに出します」ってのを回覧して、許可とらなきゃいけない。

要はお偉方が責任取らないで済むように、何をやるにしても「事前に報告がきちんとなされていました」という事実を作るために、公務員っぽい書類を作らなきゃいけない。

学校によっては、授業一つやるにしても、その授業の案とか出さないといけないんだぜ?

正直、これら書類を勤務時間内に全部終わらせようとしたら、忙しくて授業なんてやってる暇がないってのが、教員ブラックジョーク


さらに、まじめで頑張る先生ほど、授業の準備とか、教材の準備とか、自分クラスのこととかに時間をかける。

部活終わってからこれらをやってると、23時なんてのもザラ。

当然サビ残です。


で、冒頭に「人によるし学校による」と書いたのは、人によっては「部活顧問なし」「授業準備一切しない(すべて去年使ったプリントをそのまま配るだけ。テストも去年使ったのをそのまま)」「担任してても自分クラスのために勤務時間外に時間使わない」って教員もいるし、それで成り立ってる学校もあるから

てか、教員が定時出勤定時退勤しようと本気で思ったら、このくらいしないと無理。

でも、ほとんどの先生はある程度の情熱を持って教員になってるので、人によりけりだけど、頑張っちゃう。だから多忙。勤務時間外になってようやく授業準備したり、テストの採点したり、家に持ち帰って頑張っちゃう

大体、定期テスト終わってその日に部活あって、いつ採点すんだよ。土日も部活で、家に持って帰ってやるしかねーわ、ってのが多くの教員の現状。

それが嫌なら、全部○×問題とかで、速攻で採点できるテストにするしかない。



実は民間経験者です

色々書いたけど、俺自身民間経験者。

教員民間経験者少ないから、世間知らずが多いってのは、本当。

から上記のような状況でも「それが当たり前」だと思ってる。

まして、「世間もっと厳しい」とか思ってる人までいる。


いやいや、俺から言わせればとんだブラック企業だよ?

ブラック度合いにかけては自信があるIT土方から転職だけど、それ以上にブラックよ?


なにより問題なのは、「頑張っても頑張らなくても給与は一緒」ってとこ。

ブラック企業に勤めてた頃は、一応歩合なり、成果報酬があった。

土日返上で働いて案件仕上げて、納品数多くすれば、その分歩合でお金貰えた。


公立学校教員は、基本的にクビにならない。それでいて、基本的に勤続年数に応じて給与が上がる。

から事件になるような問題起こさなければ、どんなに仕事サボってても、やる気なくても、給与が上がっていく。

逆に、どんなに頑張ってても、やる気で休日返上仕事してても、同期と給与一緒。


「生徒のため」を理由労働力搾取されちゃう人は、無限搾取されちゃうシステム。いやー、夢持って教員なっちゃったせいで、俺も順当に搾取されてますわ。


土日休みたいよ?

でも、生徒から部活もっとやりたいっす」「全国いきたいっす」とか言われたら「よーし、頑張るか」とかなっちゃうタイプ

受験近いんです」「先生の教え方がわかりやすいから、教えてください」とか言われたら、「よーし、放課後と土日、補講やるか」とかなっちゃうタイプ

予備校行けない生徒、家庭環境が悪くて家で勉強できない生徒のために、長期休業中も学校開放して自習&補習やる。

部活で全国まであとちょっとの連中のために、やりたいだけ練習やる。

あれ、気付いたら俺、去年10しか休んでないよ? 365日中だぜ?

なのに、土日祝日すべて休んで有給休暇全て消化した人と、同じ給料だぜ?


うーん、他に類を見ない、素敵な職業ですね。


ま、ここまでのは極端な例だとして

まぁ唐突だけど、民営化はまずいと思うんだよね。

部活制度是正されたり、勤務時間適正化とかは大賛成。

教員給与が高いってんなら、法外な時間外労働をなくすのと引き換えに、基本給引き下げもやむなし。


でもさ、「教育」って数値で出る結果だけが目標じゃないじゃん。

指導要領でも、教育目的って「人格形成」とかいう、わけわかんないのが目的にされちゃってるわけで。


大学進学率だとか、就職率だとか、そんなんじゃ教育成功たかどうかなんて測れねーのよ。

いやさ、じゃぁどうやって測るかって言われたら、そりゃ無理なんだけど。


というわけで、色んな奴が色んなように(人様に迷惑をかけない範囲内で)生きているのが面白い社会なんだから、そういう「色んな奴」を育むために「色んな教員」がいていいと思うし(いわゆる老害教員含め)、そういう「色んな大人がいる」ってのを身近に見られるってのが、学校教育の良いところの一つなんじゃないですかね、ええ。

から民営化して成果主義効率主義とかにならないためにも公教育ってのは必要なんじゃないかなー、と。


ただまぁ、生徒たちに「働き方」を見せる大人として、「サビ残当たり前」「滅私奉公」ってのを植え付けるのは、ちょっとなーと思うわけです。


教育にすべてをささげる熱血先生もいてもいいし、そういう人を必要としてる生徒もいると思うけど、のらりくらりの浮雲先生もまたどこかで必要とされてるんじゃないか、そういう人がほとんどいなくなっちゃったのは、物凄い損失なんじゃないか、と。


あー途中から支離滅裂の長文だが、伝わりますか?

https://anond.hatelabo.jp/20170703063117

1980年代学校教育では、九州説が優位だったんよ。

はっきりと畿内説が有力になったのは2000年代からじゃないかなと思う。

2017-07-02

日本人はなぜ入門者に厳しいのか?

週末の書店

プログラミングコーナーに行くと、いつもうんざりした気分になる。

何故ってこんなに入門書が溢れかえっているのに、何一つとして入門者向けの本が無いからだ。

日本書籍小売の総本山神保町三省堂書店の棚の端から端まで見た所で、ビギナー向けの本などありはしない。

なぜなら、入門書を謳っている本のコードほとんどが動かないコードからだ。

入門書だと言うのに、ページを割くべきところに文章イラストを割かない本が多すぎる。

例えばポインタコンストラクタインスタンスカプセル化…それぞれの概念

イラスト入門書だってそうだ。「入門」と書いてあるからといって、開いてみればデッサンや形のとり方を教える本などありはしない。

そう、日本入門書とは「元々デキる人がリメディアルとして持っておく本」のことであり、「ビギナー向けのウェルカム本」ではないのである

からといって、誰もがpython専門家になる胎教を受けて産まれるわけではないし、誰もが10代で写真と見まごうスケッチを描けるわけではない。

基本的には「デキる人」に着いて指導してもらうのである

では、その「デキる人」は誰に教わったのか?やはりデキる人たちや、海外入門書を車座になって読んで学習したのである

しかし、その「始祖・デキる人」がヒーロー時代とは、今とは複雑度合いも、求められるものも違う。

今は学生であっても、ある程度の高度な成果(ここでは、ネットで発表したものネットニュースでバズった経験や、学会評価された経験のこと)があって始めて企業受験票でしかない。

なぜ入門者向けの本がないのか?

それは(少なくとも)日本人初心者嫌いの民族からである

習うより慣れろ。仕事は見て盗め。教えられるのを待っているな。・・・

自分より出来ないやつに教えるのが大嫌いなのだ。(入門書の著者ですらそうなのだ!)

上にあるように、ある程度デキる人でないと、その手の会社には認められない。

からといって、大学教育で手ほどきを受けられるわけではない。これもある程度デキる人向けなのだ

では、書籍自助努力を、となっても、文頭にあるように、入門書向けの本など無く。

デキる人に一子相伝の手ほどきを受ける必要があるのだ。

では、デキる人はどこにいる?これもやはり雲の上の大学しかいない・・・

今はネットがある?これも難しい。

知恵袋や、teratailであっても、初心者に与えられる答えは「ググレカス」のみ。

では、ネットジャストな回答があるか?といえば・・・ない。基本的には公式リファレンスコピーや、動かないコードしかない。

デキる人は、デキない人の気持がわからない。何がわからないのかわからない。

からあいつらがわからないのは、あいつらが勉強不足だから、と考える。

からないのは、あいつらの自己責任だ。だから初心者は嫌なんだ。となる。

適性を測っている、という見方もある。

しかし、適性というもの基本的にやらなければわからないもので、やる前の教育から放棄しているのは適性を測るというより、

単純に教育放棄しているだけにほかならない。

日本人初心者軽視、というか教育軽視は今に始まったことではない。

「失敗の本質」でもそれは指摘されている。ということは戦時から既に教育嫌いなのだ

職場でもそう。教えられるのを待っているな、と言っておいて、いざ聞きに行けば「常識でわかるだろ」「ネットで調べて」「リファレンスマニュアル調べて」

学校でもそうだ。

授業の勉強も予習が前提。では授業ではより高度な話をするのか?しない。教師我流の演習である

演習するだけならば、家や図書館黒本赤本を解いていたほうがマシじゃないか

学校教育ですらこうだ。

日本人はとにかく初心者が憎い。潰したくて仕方がないのだ。

2017-07-01

https://anond.hatelabo.jp/20170701190204

こういう人ってなんで「学校教育がすべて」だと思ってんだろう

学校国語社会しかやってないけど

趣味プログラミングとかやってPC自作できるまでのレベルだけど文系だよ

https://anond.hatelabo.jp/20170701173208

助けてくれる人もいっぱいいるよ

人を助けることは押し付けてやるもんじゃない

学校教育で徹底することは大事だけどそれ以降は自由意志だよ

2017-06-29

中学の娘が所属している部活の先輩に、

変なことを言うのがいます

学校のことを部活に持ち込まないで!」と。w

そもそも部活動学校教育の一環で行われている訳で、学校リソースを使いまくって行われています

グラウンド体育館使用顧問の拘束、部活動費などなど)

中学校は授業と部活だけではなく、体育祭文化祭などいろいろなイベントがあり、実行委員になってしま場合もあるのです。

それに、図書委員や日直なども。

そういった委員会などで、たまたま放課後遅くなって部活に出られなくなってしまうことも。

そんな時、部活LINEに「学校のことを部活に持ち込まないで!」と流れてくるのです。

私は「中学の間はLINEの内容はたまに覗きますよ」と言って、スマホを渡しています

なので、部活LINEも、クラス男子ちょっかい出しているLINEも、たまにチェックしています

部活に熱心なことは悪いことではないのですが、過度になってはいけないと思うのです。

部活に熱心な先輩たちは、かなり勉学がヤバイらしと娘が言っています

勉学がおろそかになるような部活動ではまずいのではないでしょうか。

かと言って、その先輩たちが強いのかというと、そうでもなく、

市内の大会では1位や2位になれても、地域大会ではボロ負けするレベルしかないのです。

文科省中学部活動は、週に2日以上の休みを設けるように指針を出していますが、

平日に1日休みを設けただけで、土日は試合が多いのが現状。

定期テスト1週間前は部活動休み学校が決めていますが、先日は期末テストの前日に大会があり、

娘は試合に出るわけではないのですが、微熱を押して参加しました。

夕方帰宅したときには38度を超えていて、期末テスト1日目を休みました。

学校を休んだ日、ちゃんと寝てるのか覗いたら漫画読んでいたので、期末テスト云々はあまり言いませんけど。)

まあ、いろいろ思うことはありますが、その先輩にちょっと言ってやりたいことはあるのですが、

なんせ、子供同士のLINE内のことなので、娘の立場とかも考えると・・・

でも、その先輩は娘の友だちにも、「習い事とかで部活休むのは基本禁止から」とか、

私たち3年も習い事をやめたりしている」などとLINEを送ってきていて、おいおいと。

小学校から続けている習い事重要でしょう。

そんな先輩がいるので、娘たちの代は、何人も辞めてしまいました。

先輩たち、今の3年生は、試合に出られる人数は揃っているのですが

娘たち2年生は、新たに入った1年生と合わせても、試合に出る人数になりません。

今の3年生は、自分たちが勝つことだけを優先して、

後輩を育てず、試合にも使わず自分たちの思い出づくりだけをしているように感じています


などと、いろいろ書きましたが

懐かしいし! 微笑ましい!

30年近く前の記憶中学時代青春

私も、嫌いな先輩がいたな。

娘と同じく、ただただ、先輩を怖がっていたな。

こう、親になって、中学部活を思い出すと、

アホだったし、アホ発言していたなと。

娘も、この理不尽さを経験して、成長していくのでしょう。w

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