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はてなキーワード: 区別とは

2017-10-23

anond:20171023112804

なるほど。それは若者右傾化の話かも。

経済悪化や、あるいは好調であっても貧富の格差が拡大していたりするとき、足元の低賃金労働者失業者、一部の若者社会未来希望が持てなくなる。生活の厳しさから、彼らは自分たちの生きる理由を保つために誰でも例外なく所有している「民族」や「国家」というプロパティ大事にする。また、それらがより強力であることを政治要求するし、歓迎する。ナチ勝利とかがいい例すな。彼らにとっては国家が強くなることこそが大事で、税金必要ならとっていけばいいとも思ってる。つまり経済的保守主義とは別のもの区別して、国家社会主義民族主義と呼ばれるものだろうと思う。

彼らはいつでも「隣国の〇〇や〇〇を利する売国左翼どもに投票などできるわけがない!」と言って必ず右寄り政党投票する。つまり税金のことは深く考えてないと思う。右傾化した若者にとっては増税って多分些細なことなんじゃないかな。そんで生活に苦しんで、「俺がこんな生活してるのも左翼のせいだ!」って言う。一方、日本はこんなに保守の多い国なのに極右の受け皿ってないよね。外国人排除運動かいつかの都知事選でみた限りだわ。

実際には俺には彼らの思考あんまり理解できないから、ヒアリングしてみたい。

育休制度のあり方

ここ数日の育休関係増田読んで思ったが、子供の有り無しや男女で区別するから、一部が貧乏くじ引いたり犠牲になったりする。

資生堂休みを与えるより強制的に働かせる方を選んだが、逆に「在籍中に取れる長期休暇」として期間限度を設けて、男女独身わず取得できるようにすれば不平等感はなくなるなと思った。

休暇として与えられた年数内を、育児に充てるも勉強に充てるも自由、みたいなね。

それなら、かたや10年育休でフリーライド、かたや10年その分の人員不足を補う といった不公平が生まれずに済むのでは。

こういうこと言うと既得権益持ってるイキイキママさんらは反発するのかね?

anond:20171023084725

たとえば日本の先行きが暗いみたいな分析で大はしゃぎする人

問題から対策を打とう」っていう関心の人との区別は容易だと思うよ

君が区別する意思があれば

anond:20171023083256

国会からネット議論に至るまで彼ら同士がバトってる場面というのをまず見ないので

外部の人間からすると、わざわざ区別する意義を感じないんですよね

中学から友達フレネミーだった話

 「フレネミー」という言葉をご存知だろうか。

アメリカ大人TVシリーズセックスアンドザティ」などにも登場し、「フレンド(友達)」と「エネミー(敵)」から作られた造語で、いわば友達の顔をしながらも実は敵である人を指す言葉だ。

かげながら悪口を言ったり、マウンティングしてくる人などを思い浮かべる人もいるだろうが、フレネミーのなかでも厄介なのが「居場所をとる」「対象と成り代わる」人たちだ。

 私は最近中学時代からの友人Aをこれを理由音信不通にした。

Aと友達であった時は、得体の知れないモヤモヤを感じながらも「私の心が狭いのかも」とあまり考えないようにしていた。

ある日「フレネミー」とい言葉を知りぐぐると、ネットにかかれた説明はまさにAそのものだった。

そして多くの人、とくに女性で悩んでいる人が多いこともビックリした。

私のように長年「なにかおかしい、でもなにがおかしいんだろう?」とモヤモヤストレスをためながら、でもどうしていいかからない人たちの少しでも助けになればと思って書こうと思う。

 初めに結論を述べるとフレネミーへの対処法は「距離をとる」というのが一番効果的だ。

穏便に済ませたい人には申し訳ないが、フレネミー普通関係を築くのはほぼ無理だと思ったほうが良い。

 Aとの付き合いは長い。中学高校と一緒で、よく遊んでいたし連絡も取り合っていた。

大学は私は東京、Aは地元大学へいき少し間疎遠になった。

ある日、中学同窓会があった。そこでAと2年ぶりに再会しまた連絡を取り合うようになった。

専攻が近いためレポート前などはお互いスカイプしながら徹夜したり、彼女東京へ遊びに来ることもあった。この頃のAは私にとって何でも話せる気の合う友人だった。

 大学卒業後、Aは地元社会人になり、私は地元にはもどらず東京フリーターをしながら資格勉強をしていた。

Aは志望していた業界が人気だからと諦め、近いけど違う業界就職した。お互い新生活に追われながらも時々連絡をとりあっていた。

私が資格をとってやっと社会人になれたのがそれから3年後の春、ある日Aから東京で改めて学生をすることにした、初上京から色々よろしくー!不安がいっぱいだー!」とラインがきた。

私は嬉しかった。中学からの友人が近くに住むぞ!と意気揚々東京で仲良くなった友人達にAを紹介しようと飲み会などをセッティングした。

 夏にAが上京しまカフェで会うことにした。

私の電車人身事故で遅延し走ってカフェへいくとAが店前で待っていた。そのとき「あれ?」と思った。

彼女が着ているスカートが私がお気に入りのものだとSNSに何回かあげているものと全く一緒だった。

でもブランド品だしかぶることだってあるかな、とその時は何も言わずそのスカートについても触れなかった。

 諦めた業界へ30歳までにもう一度挑戦したい、と専門学校へ入りなおすことを決めたA。

夢を語る彼女の姿に私も嬉しくなったが、Aがふとカフェ内のすみの方で手を握り合っているカップルに対して「あんな顔でよく人前でいちゃつけるよねー気持ち悪くない?年齢考えてって感じ!」と周りに聞こえる声で言った。

私は突然のことにビックリしたし隣の席にいたおじさんたちは怪訝な顔をしていた。

 この頃はAのこういう行動に対して「東京生活ストレスが溜まっているのかも」「環境がかわって神経がたっているのかな」と思っていた。

これは私に非があるが、あまり深く考えないようにしていた。同級生の悪い方向への変化を認められるほど私自大人になっていなかった。正直このとき違和感を信じていれば、と今でも思う。

 私はAをよく遊ぶグループ趣味グループ習い事や同僚など様々な自分が属するコミュニティの人たちに紹介した。

Aは少しシャイだが、私の長くからの友人ということもあり私をネタにしつつ徐々に皆と仲良くなった。

18歳で上京したとき友達ができるか、親元を離れて生活できるか不安だった自分を思い出し、なるべく彼女孤独を感じないよう色々なイベントにも呼んだ。

春はお花見、夏はバーベキュー、秋はおうちパーティー、冬はスキークリスマスパーティー忘年会などなど、私が今まで毎年していたことにAが加わった。

 冬のある日、お台場イベント大人数で遊びにいくことになった。

駅で合流し、Aもそこにいた。私と全く同じコートを着て、同じカバンをもってそこにいた。

周りは「おおおーさすが中学からの仲だね!」「おそろい可愛い!」と盛り上がり、Aは「私このブランド大好きだからなあ~」と何食わぬ顔で話している。

このときもしかして真似されてる?」と、前のスカートの件とあわせて疑うようになった。

その日はあまりAと話さないようにした、なんだか話す内容から次なにか真似されたら嫌だな、となんとなく思った。

 そのあとも真似は続いた。一度違う友達に「真似されるのってちょっと辛い」と漏らしたときに「あなたのことは大好きなのよ」「そんな真似とかなんとか中学生みたいな悩みもつなんて」と笑われた。

なんだか自分の心が狭く子供っぽいことで愚痴ってるように感じてその後、このことは誰にも言わないようにした。

新しい服やアクセサリーをつけて次にあったら彼女が同じものを持っている、それについて特に触れるわけでもなく、周りも「おそろいだ~」と笑うのみ。そのたびにちょっともやっとしてる自分人間として未熟なんだと落ち込んだ。

 その後、Aの真似はファッションだけでなく趣味や考え・意見にも及んだ。

私が軽い気持ちで参加したボランティアで関わったスウェーデン伝統工芸に惚れ込み、実際にスウェーデンへいったり友人にも「本当に好きなんだね、いつかスウェーデン人結婚したりして」と笑われるレベルにその話をしていた。

Aは最初興味がなさそうにしていたが、「最近スウェーデンに興味がある」に始まりあたか自分はずっと前からスウェーデンが好きというような態度をとるようになった。

私が参加しているボランティアにも来て「私の友人なんです~」と色々な人たちと仲良くなっていった。

この頃になるとAの髪型服装は後ろからみれば私と区別つかないレベルに一緒になっていた。

 私はこの頃には彼女のまるで私の居場所というかコミュニティ内のポジションに居座るかのような、私の成り代わりになるかのような態度にかなりイライラしていた。

しかし、最初に色々な自分コミュニティにAを紹介したこからどのコミュニティで遊んでも彼女がいる状態になっていた。

どのコミュニティでも私が誰かと話していたらAが寄ってきて、いつのまにか私が話していた人とAが話し、私が傍観者のような立ち位置になることが繰り返された。

 Aの他者に対する暴言ますますひどくなり道端で「あんデブでよくあんな服着れるね」「ババアのくせにあの髪型痛い!」と言ったりしていた。

私はそういう言葉をきくたびに疲れるようになっていった。

 この頃一度ネットで「友達に居場所を奪われる」「友達コミュニティを乗っ取られる」と検索たことがあった。

ヒットしたのはほぼほぼ中高生の悩みで、それに対して「人をとるとかとらないとかものじゃないんだから」「まねしたっていうけど自意識過剰では?」という意見を読み、自分モヤモヤしていること自体が間違っているように感じた。自分性格が悪い心の狭い人間だといわれてるような気持ちだった。

 段々私はAに限らず友人たちと会うのが億劫になっていった。

何か買ってもそれを着たり使ったりするのが怖くなり、何か新しいことに興味がわいてもそれを人に話すのが嫌いなった。集めたスウェーデン工芸品も全部売り払った。

不思議なことに私が中々イベントなどに顔をださなくあると毎日あったAからラインはパッタリと途切れた。

 Aに真似されるというのが、大げさだが自分アイデンティティをどんどん奪われていくような感覚だった。

同じ趣味教室に通う同僚が心配して声をかけてくれた時、いっそぶちまけてラクになろうと思ったときに「Aも心配してたよー!」と言われ何ともいえない脱力感に襲われた。

 Aはその後も私の友人達遊んだ様子などをSNSにアップしていた。

最初は同郷の長い付き合いの友人が自分の友人達と仲良くなっていくのが楽しかったし嬉しかった。

なのに私はなぜか友人達と会いにくくなり、孤独を感じるようになっていた。

28歳にして人間関係を丸ごとAにもっていかれたような感覚だった。

 春先に会社帰りにバーへ立ち寄った。

久々にお酒が飲みたくなったけど誰かを誘うのも面倒だし、誘って「Aも呼ぼう」ってなるのが怖かったので一人だった。

しばらくぼんやり飲んでると隣に40代くらいの女性が座った。とても身なりが綺麗な人、仮にBとする。

マスターを介してBさんが話しかけてきた、彼女大手アパレル企画をしている人でいわゆるキャリウーマンだ。

しばらく他愛もない話をしてたが、私はふとAのこと、今の自分の現状を話したくなった。

バーで会った私のことを今日知った人、私の属しているコミュニティのどこにも属していない「他人」だから話せると思った。

 ポツポツと話し出しBさんは真剣な顔で聞いていた。

私は「子供ぽいんですが」「本当こんな悩み馬鹿馬鹿しいんですけど」「自分の心が狭いのはわかっているんですが」「女子中学生みたいですよね、ほんとしょうもないんですが」とそういう前置きを何度も使った。

話している最中に、自分が寂しいと思っていることをやっと受け入れられるような不思議感覚だった。

 18歳で初めてきた東京最初友達も知り合いもいなかった。

大学でできた友達大学の外でできた友達フリーター時代にであった人たち、就職してから一緒に働いている同僚、ボランティアで一緒に一生懸命になった仲間…それまで考えたこともなかったけど、人間関係というのは自分が築き上げてきた財産だ。

それが、その財産が急に人の手に渡ってしまったような感覚、Aに対する不信感とそれを誰にも相談できない孤独さ、私がいた場所に私と同じ服やアクセサリーカバンをもっているAがいる違和感

 話しながら涙と鼻水がでていた。Bさんがティッシュをくれたけどたりなくてマスターが箱ティッシュをくれた。

Aとの楽しかった思い出がいっぱい頭をかけめぐった。でもAが東京にきてからは辛い思い出の方が多くなった。

Bさんは「それってフレネミーってやつよ、辛かったね」といってお酒を一杯奢ってくれた。

 「年齢の話はしたくないんだけど」と前置きしてBさんが話してくれた。

人間は年齢と共に人格が少しずつ変わること、それがいい方向に変わる人もいれば悪い方向に変わる人もいる。私はながいAとの付き合いのなかで無意識にAの味方をして自分直感違和感を信じずそれでストレスが溜まっていること。

子供っぽいというが誰だって自分が見つけたものや持っているものを真似されたら気分が悪いこと。自分テリトリー必要以上に入ってくる人間には注意しなきゃいけないこと。

そして、Aは私がいたポジションにおさまることで優越感や承認欲求を満たしているのだから、それはもう友人とはいえない、と。人との関係には寿命があるということ。

 決定的だったのは「あなたはAさんを色んなコミュニティに紹介したけど、Aさんはあなを彼女コミュニティに紹介はしてくれた?」という質問だった。

私はハッとした。Aは学校での友人の話やイベントの話をしてくれるが私をその人たちにあわせたり、イベントに呼んでくれたことは一度としてなかった。

 Aは他の友人たちに悪口を吹き込んだりはしてない(と思う)が、なんというか私と他の友人達遮断する影のようだった。

私の前にAがいて私は彼女の影のなかにいるような、段々彼女が私のオリジナルで、私がコピーのような感覚というか、成り代わられるというのは自分を消されるような恐怖感があった。

今でも何でAがそういうことをしだしたのかはわからない。私は真似されるような魅力のある人間ではない、もしかしたらAはAで寂しくて必死だったのかもしれない。

決定的なことをしたわけじゃないが徐々に食い込んでくるあの不気味さから、私はもうAに会うのはやめようと決意した。

 Bさんは別れ際少しこわばった顔で「彼氏旦那ができたときに、彼女に紹介しちゃダメよ」と言った。

私は帰って「フレネミー」で検索をかけた。冒頭にのべた通り、多くの人々がこの厄介な存在に悩んでいることを知って、不謹慎ながら少しホッとしてしまった。

 Aとの関係は綺麗には切れない。

自分所属しているコミュニティ彼女もまたしっかり根を下ろしているか共通の友人が多い。

でも、Aとは今では全く会っていない。何度か会う機会はあったが私がそういう場には絶対に行かないようにしている。

友達結婚式などどうしても会わざるえない事で今後会う可能性はあるが…。

そういう制限のなかでなかなか会えない人もできてしまったが、前より心が平穏だ。

周りは不思議がっている人もいるし、友人伝手にAの話も聞くことがあるが、それはもうあまり気にしないようにしている。

 夏になって私は新しい趣味に手を出しそのつながりで新しい友人ができた。

前に比べ人に警戒心を抱くようになったけど、やはり人との繋がりから得るものは大きい。

自分が着たい服、身につけたいもので遊びに行き、好きな話をしても真似される心配がないのが嬉しい。

ずっと付きまとっていた違和感がなくなって、孤独感が消えた。

 「フレネミー」は十人十色、Aのように真似をしてポジションをとろうとする人や、マウンティングしてくる人、心配するふりして不安を煽ってくる人…色々いるみたいだ。

今もし、友達のことでしんどい思いをしている人がいたら、一旦冷静になって考えて欲しい。その人は本当に友達なのかどうかを。

「そんなことぐらいで」と他人が言う事でも自分しんどいのなら、それは「そんなことぐらい」じゃないのだ。

 時々Aと過ごす時間が多かった十代を思い出し少し悲しくなったりもする。

しかしたらずっと先の将来でまた友達になっているかもしれないし、もうこのまま会わずに終わるかもしれない。

 長文&駄文失礼しました。

2017-10-22

https://anond.hatelabo.jp/20171022142938

https://anond.hatelabo.jp/20171022142938

論客っぽい人も、SJW案件でメインを張ることは無いものの、同調してるからなー

反論は勿論、諌めたり、距離を取るような意見も見たことない。

なので、区別する必要を感じない。

anond:20171022143143

ネトウヨ最初からネット上の右翼傾向のある人々」くらいの漠然とした用語だったから仕方ないっちゃ仕方ないが、はてサは単に後から乗り込んできた奴が区別してないだけなのでちょっと違う。

増田にいるアンチはてサ

はてな全体の傾向として左寄りが多い

南京大虐殺慰安婦議論積極的コミットしていく一部の論客はてサ

・いわゆるSJW的な傾向を持つユーザー

この三つを区別せず「はてサ」と括ってしまうので「そんなヤツどこにいんだよ?」案件になってしまう。

anond:20171022083613

書いた者です

私も現代の諸問題が複雑になっていて、且つ右左のような立場では割り切れなくなっていると思い、このようなことを書きました。

いっきり整理して、経験主義に基づくか基づかないか、それのみを分類に採用しようと思います

なせならば、教会権威知を否定し、知識を疑いながら信じ、その手法を自ら所有するという科学思考と営みは、経験主義に基づくものであり

敵味方ではなく、個物と普遍眼差しを向けるのは、このような思考からです。理屈っぽく言うと。なお、私は聖書所有主義のようなプロテスタント宗教こちらに含めます

庶民への啓蒙机上の空論、などと言わず科学思考、というか敵味方で善悪判断してしまう傾向論と、個物つまり個人をちゃんと区別すること、などといった根本的なことを疎かにしてはいけないのではないか、と思います

リベラリズムって、単に経験主義や「科学主義」のことなんじゃないの

昨今、議論するほど取っ散らかって、結局ちっともまとまらないリベラルとは何か、ということについて

皆さん自由はもちろん、権利や、公正や、分配のことだと言うんですよ。でもね、それって本当にそうですか?そもそもなんでそんな考えが出てきたんですか?

遡るとリベラリズムジョン・ロックという人に行き着きます。ここまでは普通です。彼はイギリス経験論の人でした。そう、この時代までに経験哲学が生まれ、同時にそこから近代科学誕生したのです。

ロック氏は経験論を根拠に、国王統治権王権は“神”に与えられたものではなく、各人の持つ自然権を守るために委任されたものだ、という思想発明します。これがリベラリズム誕生です。本当です。

これってさ、科学じゃん。観測に基づいた帰納と仮説じゃん。リベラリズム自由の生みの親は、経験主義科学思考方法論なのです。

ブコメなどから社会契約説元ネタ聖書である、だから信仰一種である科学ではない)とのご指摘がありました。

私はこの時代科学宗教を、そんなに区別していませんでした。ガリレイキリスト教の“異説”を唱えたキリスト教徒であり科学者です。経験主義の祖のベーコンキリスト教徒です。

なので、ロックプロテスタント(だから王権神授説の異説を唱えた)であり社会科学者のプロトタイプなのではないでしょうか。

(続き)ロックから始まるリベラリズムは、この仮説をもとにして以後、市場経済功利主義ロールズ正義や公正などを発明していきます。また、自由科学知識をもった者は産業革命を担い、社会そして個人生活科学技術的に豊な方へと変えいきました。

でも私は思うんです。いつの間にが、現代リベラリズムからは「科学主義」が失われているんじゃないか自由のための公正や分配もいいけど、まずそれらを科学的に考えることがリベラルなんじゃないか

リベラリズムの遠戚である共産主義には、最初科学がありました。そしてその頃までは栄えていました(笑) これはリベラリズムにも言えて、現在低調と言われたりするのは、科学手法科学技術を援用し政治することが足りてないからなのではないのか!?

翻って日本リベラルを見てみると、どう思いますか。あれ、自民党の方が「現代経済学に根差し金融政策」してませんか?なんで理系ギーク系が自民党支持なんてすか?自民党リベラルと言うのは、なしです(笑)

日本、または世界リベラルが低調なのは、きっと保守科学手法を上手く使われているかなのだと、私は思いますリベラル革新的な利点そのものが無くなりますからね。必ずしもナショナリズム感情時代から、ではないのです。マイナンバー制度の根幹はIT技術です。IT技術であるツイッター世界でも保守言論がよく使っています

からリベラルは、ごちゃごちゃとリベラルとは何だなどと議論する前に、現代科学議論に基づいた政策と、科学技術振興策を取ってください。

そして物理科学社会科学者と科学技術者の信頼を取り戻し、本来科学進歩的リベラルに戻っていただきたい。 枝野さん、お願いしますよ。

2017-10-20

.hackみたいな作品って今はもう作れないんだろうな

「超リアルオンラインゲームから脱出できなくなったぞ!」と言われて昔はすげーすげーと皆思ったもんよ。

何がどう凄いのかって、まずその時代は本当にネトゲにハマりすぎて脱出できなくなっていた「元々は普通人間」が結構たから。

今はネトゲをやる前にそういう怖い話を聞いて置いて免疫をつけてる人が多いから元々現実捨ててる奴以外は廃人化しない。

いわば当事のネトゲは薬物に対する知識が薄い時代の阿片窟みたいなもんよ。

そして次に超リアルオンラインゲームへの謎のあこがれな。

ゲームのグラッフィクが高品質化していく事でゲーム面白くなるとまだ信じられていた時代だ。

今はVR使っても「これは新しい所がいいねゲームとして他の物と比べて面白いかはともかく新鮮な刺激がいいね」としか言われねえよな。

でも、当事はVRみたいのが出来たらゲームは超リアルウルトラ面白くなると信じられていたんだ。

そして当事は今ほどネットで人とつながる文化一般的じゃなかった。

ちょっと日常だったんだ。

知り合いとのチャットすら日常とは少し違った物を感じたよ。

そんな時代に、超リアルウルトラ面白くて他の人と繋がれちゃうゲームの中に閉じ込められる話を聞かされてみろよ。

現実ゲーム区別がついてるはずなのに、いつの間にかゲームの中で暮らすことになれていき、それでもそこは現実じゃなくて現実に戻らなければいけないと焦る気持ち共感するはずだ。

今はもう全部日常なんだ。

ネトゲですら、日常なんだ。

こんな時代に非日常が本当の非日常となって日常侵食する物語なんて描いても虚しいだけさ。

都会の夜空で松明を掲げるようなものさ。

全てが時代という奔流の中で飲み込まれしまうさ。

日本製造業江戸時代から進歩がない

現場で働く人は、作業を手仕事と捉えていて、工程勝手に省略・改良することに走る。

その人たちは、自己満足に浸り、仕事楽しい、誇りだと思い込んでいる。

カイゼン活動である程度は制御できるが、全てを報告させることは不可能

日本における製造業現場で働く人は、技術である作業の基礎理論職人芸的な技能区別できてないのではないか

anond:20171020101403

柿じゃなくてりんごのほうでスマンけど、農家も手間削減で、果実のまま出荷する高級品と、味は確かだが見た目はキニシナイはなからジュース向けと、区別して作ればどうか。と都市住まい人間がaqureの旨いりんごジュースを飲んで日々思う。

https://anond.hatelabo.jp/20171020013649

俺の話は憲法14条1項(ないし平等原則)で争う場面を想定して書いたものなんだけど、それを前提にするなら成立する。

何でかっていうと、これは単に誰と誰が区別差別)されてるのかをはっきりさせる作業をしているに過ぎないから。

もちろん「23年間事実上婚姻関係にあった同性カップルと、法律上婚姻関係にあるカップル」という捉え方より、問題実態をより良く捉えられる構図が見つかれば、裁判官はそっちを採用するだろうけどね。

https://anond.hatelabo.jp/20171020005831

増田が冷たいかどうかは知らん。こんなの好みの問題だし。好きに考えれば良い。

ただ法律に対する考え方はちょっと固い印象を受ける。事案の詳細は確認してないが、増田の書いた内容を前提にすると、割と筋は悪くない。

23年間事実上婚姻関係にあった同性カップルと、法律上婚姻関係にあるカップルとで、同性愛者か異性愛かに基づいてかなり大きな区別が生じている。その合理的根拠は何ですか?と聞かれたら結構答えに窮するのでは。

しか増田の言う通り「可哀想」。この「可哀想」ってので司法は動く。むしろここが一番重要当事者が「可哀想」でない限り裁判所は大胆な判断憲法判断)なんか踏み込まない。

これ良い事件だよ。裁判官弁護士も正直ワクワクしてるんじゃないかな。最高裁まで行けばそれなりにしっかりした判決が出るはず。

中学生くらいのとき

死にたいと死んだほうがよいと死ぬべきが区別されてなかったなあ。

区別するようになったのは大学くらいか

2017-10-18

anond:20171018141120

結論にはべつに異論がないのだがひとつだけ


話題が実際に起こったこであるかどうか」は、それについて語る際には別にどうでもよい

道徳教科書掲載されているストーリー事実であるかどうかを気にするか?

映画で感動したとか泣けたとか言ってる奴はそれが演出であることを理解できない低能なのか?

小説で感銘を受けたなんて言ってる奴は作家の行った空想現実区別できない危険人物か?

anond:20171018013605

頭が沸いている馬鹿はお前なんだが

いい加減妄想現実区別つけろよwww

2017-10-17

anond:20171017232339

どこまでが嘘か本当なのか…いや失礼、ええと、どこまでが客観でどこまでが主観でどこまでが願望でどこまでが妄想なのか区別なしにぺらぺらっと喋っちゃう人ね


親和性あるんじゃね?

女子って

本来所謂ドリーム小説ネット主人公名前を変換出来る小説自分名前を入れて読むのが前提)が好きなオタク女子、と言う意味だったと思うけど

最近は違う定義なんだろうか

何となく「男女恋愛ものが好きな女子」「男女恋愛ものを読んで『女の立場自分がなりたいなあ』と考える女子」くらいの意味で使われている気がする

今時ドリーム小説なんて聞かないし

女子腐女子に「現実二次元区別がつかないキモヲタ」としてやたら馬鹿にされていたもんだけど

今でもオタク女子界ではそういうヒエラルキーがあるんだろうか

今朝エレベーターに乗り込むと少し遅れて女性が入ってきた

俺は自分の階押したけど女性何も言わないし、押そうともしない

やれやれと思って、何階ですか、ときいたら、すこし驚いたような感じで〇階(俺の階)ですって答えたから、ああそういうことかとわかった

しかしたら隣のオフィスの人だったのかと思ったらやっぱりそうだった

普段通路ですれ違うくらいはしてたかもしれない

同じフロア人間ってことすら知らないとかどんだけだよとすごくびっくりしたかもしれない

いかん向こうがこっちを覚えてる前提で考えてるな

まあでも俺は特徴ある髪型してるせいで多分インパクトはあるから覚えられてそうな気はしてる

俺は女の区別つかんからこんな失礼なことしてしまったけど

まあそういう朝の一コマがありましたよっていう

別にからどうってわけじゃないけど

anond:20171017153725

区別がついている…と信じていた時期もあった。

性犯罪にあった女児セカンドレイプますのが日常化してしまった今やもう、誰もそんなことは言えない

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