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はてなキーワード: 物言いとは

2018-05-20

あるパロディ漫画家の憂鬱

※これはフィクションです。














その漫画家は、イラついていた。

ネタがない。

正確に言えばネタがないわけではない。使えないのだ。

風刺したい、あるいはオマージュしたいテーマはそれなりにある。

しかし、自分の好みであるネットミーム揶揄は、悪意の第三者から私人侮辱するとは何事か」と物言いがつく。

オマージュにしたって、まず最近著作権が小うるさい。最近だと約十万歳の某悪魔に纏わるトラブルなど、その面倒臭さの代表例ともいえる事件だ。

自身だってネットカルト的人気を誇るパペットキャラクターイラストを公表したところ、悪意など表面上は欠片も見えないにも拘わらず元の作者(?)からクレームが入り、下げたくない頭を下げる羽目になってしまった。

それにそもそも、際どいパロディは概ね編集からボツを食らう。そして面白いパロディは大体際どい。

PC画面に、真っ白のハコが縦に四つ並ぶ。いや本当は真っ白ではいけないのだ。

苛立ちと焦燥感ばかり募る。締め切りまで時間がない。

少し旬を過ぎたが、淫行最近解雇された壮年アイドルはどうか。あるいはアメフトの件。あるいは例のあの殺人事件は?

いやどれも明確な被害者がいるため、どうせ不謹慎だと担当が許さない。

8万円のシャンパンタワーを皮肉るのはどうか。これはいけそうな気がするとネームを描いてみる。

描いては消し、描いては消し……

だめだ。面白く描こうとするとどうしてもディスり芸になり、角が立つ。

途方に暮れる。

こうしていたって埒が明かないと、気晴らしやネタ探しを兼ねてネットの海を漂ってみることにする。

そうしているうちに、既に知っているネタでも頭の中でうまい具合に整理できて、使えるものになるかもしれない。

スタイラスマウスに持ち替え、まずは yahoo ニュース、つぎに5chのニュース速報、と思いつくままにリンクを辿っていく。

そうやって十分、二十分と経ち、そのうち話題になっている事象に対する巷の反応が気になり、ツイッター上の様々な呟きを閲覧するようになっていた、そのときだった。

あるウェブメディアデスク肩書がある男のアカウント、彼の最新のツイートに目が留まった。話題にしているのは自分漫画である

絵が苦手。

まずそう書いてあった。続けて、より詳しく、作風のものもそうだが、特に「目」に嫌悪感を抱くとも。

そして極めつけは、締めの一文である。そのような苦手意識に対する共感意思表示を促すような、そんな問いかけがなされていた。

初めは戸惑いだった。そして、次第に、わな、わな、と、怒りが込み上げてきた。

なんだこれは。俺が毎日どういう苦労をしてどれだけ悩んで漫画を描いているのか知ってんのか。何年かけてこの画風、目の表現を身に付けたと思ってる。アレか? 逆張りか? 同人上がりのカジュアル漫画家が気楽にチャチャッと描いたように見える作品モドキがこれだけのムーブメントを巻き起こしている、そのことが気に食わなくてこんなことを言ってんのか? 大体、俺が他人ディスるのをこれだけ我慢しているのに、よくもこいつはこんな好き勝手他人コンテンツを苦手だの怖いだのいけしゃあしゃあといえるな。ウェブメディアデスクってのはそんなに偉いのか? こんな理不尽があるか。

憤りは沸々と激しく煮立ってゆく。目の前が真っ赤に染まっていくような錯覚

いったいどんな奴がこんな糞みたいなツイートをしているのかと、bioに目をやる。

そして、彼のウェブメディアの発行元の企業名を見て、更に愕然とする。

俺が一緒に仕事をしたところじゃないか

これは仲間殺しだ。それも共感者をまず集め、そいつらと背後から一斉に俺を撃ち殺そうとしている。

怒りは留まることを知らないが、その中で彼はふと、妙案を思いつく。

かつて自分も同様のことをやらかしかけたことが何回かある。そしてその度に担当編集などから怒られてきた。

「嫌い」「苦手」というネガティブ感情をあからさまに言うのは、後で面倒なことになるからウチではタブーなのだ、と。

ましてそれが自社コンテンツスポンサーに係わりそうなことであれば猶更である、とも。

だとしたら、この鼻持ちならない高学歴意識高い系野郎も、この件でこっぴどく怒られて然るべきではないか

そうだ。指摘してやろう。これはあくまで指摘なのだ

社会人かつ公人たるものが、ステークホルダーと少しでも係わりそうなものネガティブにいうのは、然るべき人から怒られるべき愚かな行為なのだ、と。

そしてこの業界は、どこで誰が繋がっているのかわからないのだから

俺は怒られた。オマエも怒られろ。



そして彼はツイートボタンクリックした。

2018-05-19

電話応対

三流の客と人間が出来てる客の違いが甚だしい

大体三流はマンション暮らしてて電話上でもボソボソとした物言いしか出来ない

必死に取り繕うが馬鹿相手だと流石にボロが出る。

なあ、◯洋某ティクスの腐れ◯◯◯さんよ

2018-05-16

anond:20180516201136

教えるのに向いてないかは知らんけど

そんな物言いをされてしまう立ち回りをしてる時点で、難関大に行った意味に疑問を感じる程度には知能が低いようだね。

2018-05-12

anond:20180512063724

セクハラ問答と同じで、個人不快感だけを定義にしちゃうと、ほぼ無限領域の拡大縮小が可能なっちゃうんすよね

あとはもう誰の感情尊重して誰の感情無視するかの取捨選択しかない

「感じた側がどう感じたか」みたいな物言いがよくあるけど、あれも結局言ってる側に共感してる奴が自分立場を補強する時以外使われないし

2018-05-07

anond:20180507120403

まるでフリーランスがいないと開発できないみたいな物言いだけど

単に人手不足のところに補充で入っただけの人間開発者面すんなってのがありがとう笑顔の裏だけどね

2018-05-04

漫画が下手とか上手とか

安田剛助って漫画が下手だと思う。

ちゃんとした物言いをすると、安田剛助の書く漫画って俺に致命的なまでに合わないんだと思う。

あらすじや設定は面白そうだし、キャラクタデザイン可愛いし、絵も上手だし、背景も綺麗だし、セリフキャラの魅力が出ててとても良い。

なのに、面白くない。

これ、じゃあ逆は誰だろう? と考えてみると。

三田紀房なんだよね。

あらすじや設定は面白くなさそうだし、キャラクタデザインブサイクだし、絵も下手だし、背景はまあ綺麗だけども、セリフも明らかに台本というか作者の言いたいことをただ喋らせてるだけ。

なのに、面白い。

言ってしまうと、自分の好みの設定や絵柄じゃないのに面白いと思わせる力というか

「いやそれ結局自分の好みだったってことでしょ?」と言われれば、まあそうなんだけど。

『読者が言語化できていない好みを、面白く思わせる力』とでも言うのかなあ?

こう、僕は百合が好きだから百合コーティングされている漫画は大体美味しくいただけるんですよ。

さらに、うんちく漫画も好きだから、うんちくが中に入ってればそれだけで割と満足するんですよ。

だけども、安田剛助の漫画はしっくりこない、直接的な物言いをしてしまえば面白く無い。

三田紀房は、受験就職お金の話もどれも興味がないジャンルだけども、読んでみると面白くてその間楽しく読める。

それを「漫画力」と言ってしまうと、言葉が強すぎるから『読者が言語化できていない好みを、面白く思わせる力』という長ったらしい言い回しになってしまうけども。

2018-05-03

わし、28歳、ホテル業。フロント

新卒カードなんて自分にはなく今の仕事に就き、思ったより自分に合ってて楽しくてその後転職も経て今に至る。

今になって、自分職業に大いに疑問を抱く。

特にスキル学歴もなく、何も考えずに応募したのが地元ホテルだった。

勤め始めた頃、この仕事は大いに魅力的だった。コミュ障でありながら仮面を被れば客とにこやかに接することが出来て、そんな自分自分じゃないみたいですごくたのしかった。

フリーターだった自分は、これを活かすしかないと別のホテル正社員として就職した。

そこで待っていたのは、20時間連続勤務に、客からの人を人と思わない物言い、それでいて月の手取りは15万。

「人にできないことをできる」ことが金になるのだという意識は当時22歳の頃からあって、極端な話サービス業は「人が我慢出来ないことを我慢できる」ことが職能なのか、と思って耐えてきた。

それでも、普段仕事取引先とのやり取りをこなしてるようなサラリーマンが平然とNoShowしたり、あまつさえ「予約メールなんて見てねえよ」と逆ギレされ、結局キャンセルチャージなんて払ってもらえない。本当にもう疲れた

パッと見では標準的サラリーマンであり、誰かの夫であり、誰かの父である。そんな人間がとても道理の通らないことを言ってる日本人人間性に疲れた

話を戻して、ホテル業界の話をしたい。

ホテルは維持費がかかる。建てるのは一瞬だが、築30年の不動産賃貸を誰もが忌避するように、内装は新しく、清潔感あるようにしなければ客はつかない。

そのためには会社は稼働や客室単価が良くてもそれが給与に反映されることはなく、来る東京五輪で最大のパフォーマンスを出すことしか考えない。

サービス業(ましてやホテル業なんて)の本質って人なのに、それをおろそかにして容れ物だけきれいにしてもまるで意味はないよね(ハハッワロス

結局、所謂ホテルマン」なんてのは、専門学校生大学生大学生ならもっとほかの道があるだろう)を惑わすための魔法ワードで、そこに夢なんか存在しない。

いわゆる御三家勤めの知り合いも、給与休日高卒クズ自分と五十歩百歩だ。

年間休日100日で年収はやっと300万。そんな世界

その割に「日本ならではのおもてなし」とか「ホスピタリティ」とか言って奴隷のように使役されるだけ。

増田おっさんしか居ないだろうが、もしこれを見てる若者がいるなら、悪いことは言わないかホテル業だけはやめとけ。

何より、自分人間扱いされたいと思うならやめておけ。

これは上司パワハラよりも恒常的なものだし、いくら耐性があっても人間性を見失ったら人はそこで前に進めなくなるぞ。

2018-05-01

anond:20180501222058

そこまでイキった物言いしといて自分調査しないのかよっていうネタなのかな

anond:20180501154359

は?

調子のん

俺がシコりたいと思った時がシコり時じゃああああ!!!

嘘です

ごめんなさい

乱暴物言いしてごめんなさい

シコりません!

絶対にシコりません!!!

反省します!

ゆるちでぐださいいいいいい!!!

2018-04-30

anond:20180430170917

そんなことは言われなくても分かってる

「5%以下だから無視しても差し支えない」という物言いが気に入らないだけ

無視してもいい理由は「5%以下だから」ではない

2018-04-27

おーいお茶

なんか「おーいお茶」の商品名が(一部の人の間で)問題になってるらしい

「おーい、お茶(持ってこい)」と言うのが妻に茶を呼びかける夫の姿だという連想らしい


現在、その(茶汲みは女の仕事的な)文脈で「おーい、お茶(持ってこい)」ってCM流したんなら

いくらでも叩けばいいけど、そうじゃないでしょ?

自分がそう感じるからダメだ!」って言う理論なら「"置換"と言う言葉不適切で変更すべきだ」と同じ言葉狩り族と同じですし。


一番気になったのが、歴史修正主義って言葉

https://togetter.com/li/1221958

の話。

そういう風にも取れるけど、そうじゃない風にも取れるものに対して

たかも、男尊女卑的な使われ方しかしてなかったみたいな物言いはどうなんですかね・・・


しか記事内の人の時制が現在に対して、修正云々の人は過去の事を言ってるんですけど

彼らはどうなれば気が済むんですか?

伊藤園過去CM不適切だと謝罪して欲しいんですか?

それって遡及裁判と同じだと思うんですけど。


ちょっと前の「ポリコレ棒が怖い人」の話はどうなったんですかね・・・

anond:20180427112847

西野うまいよな。

いいとか悪いとかはっきり言えない賛否が分かれることを、わざと反感買うような物言いで言って注目を集めるっていう。

2018-04-26

anond:20180425204114

① 本当に美味しさの問題なのか、友人を呼んでいくつか手料理を食べてもらう

② ↑が普通に食べられる範囲なら、何も変えずに出し続ける(食べないと予測して量を減らす)

③−1 夫から味や量に物言いがついたらその時点で意図説明して理解や変化を求めて決着

③−2 夫から物言いがつかなかったらどこかで好きなもの食べてるんだろうと察して、決着

外食を残さないなら、濃い味に染まっちゃったかもね。本人が食のチョイスを変えるか生活習慣病にならない限り、そこは変わんないよね。グルメぶるのは滑稽で笑っちゃうから止めてほしいねえ。

2018-04-25

インターネットを用いた自傷をやめられない

インターネットというかTwitter

自分が好きだと思うアカウントフォローしていたり呟きをいいねしているアカウントを、自分も受け入れなければいけないとほぼ強迫的に信じ込んでいて、どれだけ気分が落ち込もうともそういうアカウントの呟きを見るのをやめられない。

もちろん自分が受け入れようが受け入れまいが何も変わらないに決まっているし、好きな人好きな人が苦手で関わりたくないとか現実でもよくあることなのにインターネットになるとそれが受け入れられなくなる。

うまく言葉にできないけど、好きなアカウントの人たちがあの物言いに耐えられる、あるいは好むのだから自分もそうではないといけないと思っているような節がある。

好きなアカウントだってひとつふたつとかではないので、Aという好きなアカウントフォロワーをBという好きなアカウントブロックしていることとかも勿論あるのに、それでも受け入れないといけないと必死になってしまう。

ある程度元気があれば避けることもできるから、こういうことは軽く気分が落ち込んでいるときにやってしまいがちで、そしてさらに落ち込みが深まり動けなくなって時間を浪費する。いつまでたってもやめられない。無意味だと頭ではわかっているのにやってしまうので自分でもやめ方が分からない。Twitter向いてないとは思うがTwitter自体はやめたくない……。

オタク差別批判することを、やめることにします。

 趣旨は上の通り。

 自分オタクだと自認するようになってからこっち、10年以上にわたって、オタク差別けしからんと言い続けてきた。

 ここ数年、なんとなくそれに違和感を感じることが多くなってきたけれど、それでもやっぱり言い続けてきた。でも今回はっきりわかった。

 オタク差別批判とか、ただの害悪しかない。もうやめたほうがいい。

やはりオタク差別なんて(言うほど)なかったんじゃないのか。

 

 差別というのは、権力構造に根差すものであるという話をだいぶ前にツイッターで見た。

 つまらない約束事のように映ったけれど、まじめに考えるとこれを踏まえないから、差別を相対化して見せては矮小化言葉遊びにふけるような態度が出てくるのである日本人ヘイトだの専用車両男性差別だの在日韓国人による逆差別だの、差別者以外にとってはおもしろくもおかしくもない大喜利パズルでここ何年かでいったいどれだけ無駄な足止めにいそしんでいたというのか。ちゃんベースを踏まえてこそ、くだらない袋小路にはまらないで済む。これはちゃん物理を学んでいない人がブルーバックスくらいだけに目を通しただけで「矛盾」を発見し、相間さんと化すときに似ている。

 今まで自分存在していると思っていたオタク差別は、多分差別ではない。それは、いじめであり、パワハラであり、DVである

 そう視点を変えた方が、いろんなもの整合性をもって見える。中学校時代よくいじめにあっていた同級生は、オタクじゃなかった。正確に言うとオタク「も」いた。

 でもそれは、そいつと俺が割と仲が良いから知っていた話で、きっかけは別のところにあった。運動音痴から足手まといだという扱いだったり、成績がよくて生意気だという扱いだったり、DQN憧れの男の子彼女からだったりした。

 もちろんきっかけがオタクから」というケースもあるんだろう。でも、それはこういったきっかけのワンオブゼムでしかない。それを、民族差別女性差別と並べるのは、視野が広い人間ではなくただの雑な人間だ。

 「差別じゃない」というのは、多分そういうことなのだ。そして、差別じゃないか批判対象にする必要はないという話では、たぶんない。別の枠組で批判すればいい。

 なのにもかかわらず、熱心にじゃああれは差別じゃないんだーという大喜利ばかりをしているツイートばかりが「オタクから流れてくる。いや、どうしてもそこのところをわかりたくないのかもしれない。

 わかりたくないのか、わかろうとしないのか、本当にわからないのか、どれなんだ。

 いろいろ、「オタク差別の事例」というのが流れてきた。前なら、そうだそうだと怒りをぶちあげたであろうものがたくさんある。でもそれはどれもこれも、オタク差別の事例ではない。

 

 そういうものを引いて行って、ある程度確実にあったんじゃないかと思えるのは、「マスコミを通じたもの」だと思う。特にバラエティニュースを通したもの

オタへの偏見を植え付けたのは誰?

 それで思い出すのだけど、俺の中高時代あんまりオタクがいいとか悪いとかい意識を持つことじたいあまりなかった。今思えば自分の机でいつも小説を読んでいて、たまたまホームページの話になったとき「私も持ってる」と言ったのでURLは?と何の気なしに尋ねたらそれはちょっと……みたいに返してきた女の子なんかはオタクだったんだろう。自分だって漫画は好きだったしオタクだったはずだ、今にして思えば。

 じゃあ、そこにどうやってオタクキモイみたいな「偏見」の存在を知らされたかっつーと、漫画だったりインターネットだったり、そして「オタク自身の言説」からなんだよね。

 だってバラエティ番組なんて中二病まっさかり(高校になっても中二だったので)でほとんど見てなかったし。ニュースといってもこの手の話ってだいたいワイドショーである。やってる時間学校にいるんだから見るわけがない。

 金田一少年の事件簿には、小太りですぐキレ気味になる、「オタク」が登場した事件があった。こち亀で、美少女フィギュアを専門とする「色白でアニメ好き」なオタクが登場して、硬派フィギュアマニアのつもりな両津が逃げ出すという展開が「オチ」として機能していた回があった。名探偵コナンホームズフリークの回は……さすがにこの文脈で語るものではないか(でも動機の酷さは「オタクなんてそんなもんだろう」という共通認識が背後にあるような気がする。知らんけど)。

 テキストサイト一世を風靡していたころ、オタクオタクに向けられたコンテンツは叩かれる「べき」もの扱いだった。非オタク向けの、スポーツとかファッションを語るページに迷い込んだら叩かれたという話ではない。漫画感想サイトや、漫画ゲームをメインで扱う日記サイトでの話である

 何を言っているかからない人もいるかもしれない。例えば、ラブひないちご100%やBLACK CATは、軟弱な頭の弱いオタクのためのコンテンツであり、あんものにゲヘゲヘゆってるオタクマジキモイホイッスルミスフルテニスの王子様は腐狙いコンテンツであり、あんもの(ry そういう話である。この範囲結構広くて、らんま1/2H2ぐらいでもオタク向け扱いされることがあった(もちろん、当時これらが連載されてたわけではない。あれってオタ向けの駄作だったよね―みたいな扱い)。

 もちろん彼らが持ち上げるコンテンツというのもあったのだが、この文脈実例を挙げるの風評被害しかないので避ける。俺の好きな作家作品も混じるし。

 テキストサイトだけではなく、2ch(当時)もそんな感じだった。少年漫画板とかそのへんをよく覗いていたのだが、まあ当該作品スレは愛読者が集まるのでそうでもないこともあるのだが(そうであることもある)、総合スレでのオタクコンテンツ叩きはかなり強固だったし、漫画とか関係ないジャンルの板だとなおさらだった。

 そういうものにどっぷりつか……もとい接しているうちにオタクというのは叩かれるべき存在であるのだなというぼんやりとしたイメージ自分のなかで出来てきた。これにもう一つ後押しするように影響したのが、自分オタクだと称する人が、迷惑行為や触法行為のようなものを自慢しながら、「ホラ俺たちオタクからさ」みたいに語っている文章に接する機会があったのも、ああそういう人がオタクなんだなと認識させられた。

 ちょっと話はずれるけれど、当時は、オタクマニアの違いなんていう言い方があって、オタクはそういう迷惑ものを抱えた側の人間やハマりすぎて社会に順応できなくなっている人間、というような線の引き方もあった。

 これは、あくまで俺の話である。だから、他の人がどう偏見を植え付けられたかは、また別の話があるかもしれない。でも、オタク差別を煽ったものとして、「漫画」「インターネット」「オタク自身」という声を、この話でオタク差別に怒っている人の口から出てくるのを見ないのだ。

 ここで挙げたのは、知る人ぞ知るみたいなのじゃなく、だれもが知る有名漫画リドミで上位常連大手サイトオタク文化人として今でも名前を出せば通じる、みたいなのばかりを念頭においている(まあ当時のインターネット文化そもそも、知る人ぞ知るなものでしたけど)。みんな、俺とは違う漫画インターネットを見ていたんだろうか。ワイドショーバラエティばかりを見ていた「オタク」がそんなにたくさんいたんだろうか。

 本当に不思議なのだ。あそこでこんなオタクへの偏見に満ちた報道があったんですよっ!というようなツイートは大量に流れてくるのに。

加害者としてのオタク行方不明すぎる

 これが本当に、ここ数年で疑念として大きくなった末に、今回愛想がつきた一番のポイントなんだけど。

 オタク差別を受ける構造が、あったとする。それは、ネットで語られているほどは大きくないかもしれないけれど。

 それで、今、オタクってなんなんですか、と。特にネット上では、強者、抑圧する側、差別行使する側の「集団」として機能してませんか、と。

 腐女子叩きは昔からあったけれど、女叩き、中韓叩き、などは当たり前のように横行している。時々流れてくる、弱者権利をなんとかして奪ってやろう、人権思想じたいを矮小化してやろう、という意気に満ち満ちたツイッター漫画は誰によって大量RTされているのだろう。俺のところにはだいたいオタクさん経由で回ってくるんだけど。

 趣味、という切り口でみても、オタク文化を愛好する人が自分たちと関係のない趣味なら平気でdisる光景というのはそんなにたぐいまれだっただろうか。インスタ蠅なるイラストが回ってきたことがある。そもそもインスタに投稿するのが趣味になっているような女性を叩くようなツイートが回ってきたことがある。鉄オタは「池沼」「ガイジ」であるなんて言い方もある(「」内は原文の表記尊重)。ゴルフ車など老害趣味だとバカにしていたりもする。そうそう、スイーツ(笑)なる言い回しはいったいどこのどういう人によって流行したんだろうか。「リア充爆発しろ」というフレーズに何げなく込められた、自分関係ない集団への軽視に、どれだけの人が気づいてたんだろか(だって爆発しろ」だよ。あの連中、有明に15万人集まったタイミングで奴等爆発四散しねえかなーって非オタな人が言ってそれがそっちの界隈で大好評を博したら、インターネットな皆さんの間でどういう反応が起こるか考えてみたらいい)。

 そんなオタクばかりじゃないというのは分かる。というか俺がこういう文章を書いてる時点で分かれ。でも、個の話じゃないのだ。集団としての性質の話である。あれだけ、全共闘学生運動について冷笑ぶって叩く人が追いのに、そこに気づかないってどうかと思う。あとリア充爆発しろは使ってましたすいません。

 それに、そういったところで、こんなふうにちゃんと抵抗して、こんなふうに批判して、中から自浄する動きを作りました、このコンテンツからは離れましたと胸を張って言える事例、どれだけあるんですかね?俺が、ノットオールオタクと言い続けたところで、結局「自分批判対象から外してくださいあいつらは関係ない」と逃亡する以外に何の役回りも果たせなかったから、言っているのだ。この記事は違うよなあ~こういう作風は好きじゃないなあ~こういう物言いはよくないよなあ~と個別案件に不満ごちてみせ、自分は違うと思う、もっというなら思ってみただけで、肝心なところからは目をそらしていたんじゃないか? そう思うんである

 逆に、そこに自覚的になったんだろうな、と思える人も何人か知っている。そういう人は、結局C.R.A.C.やツイフェミのようなところに接近し、そのやり方すべてに同意はしないまでも、見解思想共感するようになっていく人がほとんどだ。おそらく今回「オタク差別」に怒っている人は、この人たちを敵であり、オタク仲間と認識していないと思う。

 つまりオタク文化加害者としての側面を見ないふりするか、オタク勘定してもらえなくなるか、二つに一つということだ。

 C.R.A.C.野間氏は個人的には大嫌いだし、たぶん単にオタクが嫌いなんだとは思う。でも今回ツイート応酬を見ていて、残念ながら主張にそれなりに同意せざるを得なかったのは、こういう背景について理解できてしまたからだ。そこで突然くっちゃべられる「オタク差別」。真面目に反差別を考えている人にとっては(多分そこは真面目なんだと思う。この人)、筆算の横棒がミニ定規で引かれていないから×、レベルの見当違い感があったんではないか野間氏の真意など知らないけれど。

 

 そういえばその昔、本田透の「電波男」に感銘を受けながら読み進めていて、後半のほうで腐女子フェミニストについてはずいぶん切り捨てたような言及の仕方なのに疑問を持ったことがあった。いや、フェミニストがオタク差別している、という文脈批判してるなら理解できるんだけど、そうじゃなかったから。権利意識を持つ女性自体が許せなさそうだった。その後「電波大戦」で喪女についての話題が出たとき、対談相手竹熊氏がわりと真面目に実態について話したりしているのに、「困ったモンですね」で終えているのを見て、クジャクママユを盗み出した同級生を見る眼つきになったのを覚えている。だってそこで語られてる喪女本田氏が救済しようとしてやまない喪男と違わないのに。

 そのあとしばらくは新刊も買って真面目に読んでたの、それもどうよって話だけど。

 10年くらい前に、俺たちの麻生なるムーブメントがあった。別に政治家を持ち上げること自体は好きにすればいいんだけど、そこでは当人が積み上げた迷言失言差別発言すべからく許容し、批判したマスコミへの叩きが横行していた。正直、あの政治家のどこがいいのかさっぱり分からなかった。

 当時はオタク個人ニュースが全盛期。そういったサイト管理人は、麻生氏を擁護するまとめブログエントリを紹介しては、叩かれていて困ったものですねぇ、正論なのに、というようなコメントをこぞってつけていた。オタク気質の知り合いなども、熱心に自ブログ擁護していた。

 あれから10年たった今も、麻生氏は差別発言侮蔑発言を繰り返している。あれを見ていて思うのは、この人は息を吸うようにハラスメントをする人なんだな、ということだ。それは、昔も同じだった。だから、どこがいいのかさっぱり分からなかったのだな、と腑に落ちたのだが、同時に当時持ち上げていた人たちにとっては、「だから良かった」んだろうかしら、とぼんやり邪推してしまう。

 今回オタク差別について怒っているツイッター主の中に、表現規制反対などをめぐっての発言をしばしばしているアカウントがいくつかいる。いずれもその界隈ではそれなりに大物だと思う。そして、俺のチェックしている反対派がぼんくら揃いなのかもしれないけれど、ヘイトスピーチの言論の自由を唱え、ポリコレで何も言えなくなることを憂い、自分関係ないところでの言論の自由に興味がないかしろ規制されることを望み、性差別についての提起が出てくるとそれについて考えるより先に提起者の揚げ足を取って袋叩きにするような人たちが勢ぞろいである。さすがに全部きれいに当てはまる人は少数だけれど。そんな反差別運動別にあの界隈に限らず、そういう発想自体)が大嫌いな人たちが、当然のように主張しだすオタク差別批判、いったいなんなのか。ただ、差別社会の中で特権階級になりたいだけじゃないのか。

 そういえば、これはある程度年配のオタクということになるけれど、昔(主に90年代くらい)のバラエティはこんなにおおらかだったのに、今はポリコレがうるさいせいでつまらなくなった、というような声が時々ある。なぜか、そういうつぶやきをしている人が「昔はオタクバカにする表現に寛容でよかったなあ」と語っている声を聴かない。今回オタク差別話題になって、バラエティなどでのオタクの扱われ方という話はけっこう出てきているのに、いない。どこへ行ったんだろう。

 オタク差別、という組み合わせでオタク文化っぽいものを思い返してみると、そんな案件ばかりが、思い出されてくるのだ。

 反差別のために立ち上がったオタク、というのはそれなりの数知っている。そういう人はオタクかそうじゃないかを越えたところのつながりで、反差別をやっている。でも、オタク差別けしからん以外の「反差別」がオタク文化の中心的な動きとしてあったところを、見たことがない。差別煽り偏見煽り強者に諂い(自分たち以外の)弱者嘲笑する、そんな動きならいくつも思い浮かぶのだけど。

 あ、一つ思い出した。(反差別とは少し離れるかもだけど)フリーチベットフリー東トルキスタン

 残念ながら、反中のダシ以上のものであった記憶はないけど。ああいうの、真面目なチベット東トルキスタンにおける人権運動家に失礼だったんじゃないか


 こんな「オタク差別批判」に大真面目に同意したところで、反差別には一ミリもつながらなさそう、むしろ後退させる役割しか果たせなさそうであるメディアを通した差別はもうかなり減ってるといわれるし、それ以外のものオタク差別というくくりより別のくくりで論じた方が有意義でより広い被害を論ずることができるようだ。となるとオタク差別なるものに拘る理由はない。

 もしかしたら、こんなことは本田透の2冊目の著書におかしさを感じた時点で、たどり着かなければならなかったのかもしれないけれど。

 そういう意味でも、失敗した責任を感じる。

2018-04-24

自分のことを棚にあげるマン

昨日友達3人で予約がなかなかとれない店に行くことになってたんだけど、夕方になって「予約してたの火曜だった」という連絡があった。

火曜は散髪の予約したから悲しいけど他の人探してって伝えたら、「散髪くらい他の日にしろwww」って言われた。

その場は「申し訳ない…ごめん」という態度でやり過ごしたけど、後から考えるとなんで店を予約する日を間違えたヤツにこんな物言いをされなければならないのかと考えると無性に腹が立ってきた。

こっちはこっちでGWに久しぶりの友達に会ったりするから今日しか髪切る日がねぇんだよ!!!

2018-04-23

anond:20180423193234

単純に「自分達が女性距離を縮められない」っていう「あなた自身問題」を他人社会の流れのせいにして駄々コネているだけじゃんか。

あなたが異性との距離を縮められないのは、セクハラ告発一般化しいている事とは一切関係ない。

呆れた…

あなた物言い、「フェミニズムは男にモテない女のひがみ」というレッテル貼りそっくりだよ

2018-04-21

anond:20180421030833

貴重なアドバイスありがとうございます

従いまして孔子の牛の例えもありますから、買って読みたいと思います。そのおすすめの書名をご教示いただけないでしょうか?

誠に勝手物言いであるとは存じますが、クソどうでもいい計算時間を浪費するよりも、休日を素晴らしく有意義ものにするために、ぜひお教えいただければ幸いです。


またご指摘の通り、現時点では数字の水増しにより誰も損をしていません。

ただ巡り巡って将来の作者と読者が、もしかしたら損をするかもしれないということだけが理由です。

来年のことを話すと鬼が笑うと言いますから仮定で話を進めてしまたことは、不肖一増田の至らぬところでありました。不快な思いをさせてしま申し訳ございません。

2018-04-19

anond:20180419132811

育児つれー仕事つれーでお互い様だって考えもあるんだよね

だいたい「進歩してない」って言い方すごい傲慢

何が進んでて何が遅れてるか一方的価値観押し付けてるから

「何考えてるの?」ってのも、他人が考えたプロセスを上から全否定している

すごい粗雑な物言い

2018-04-18

セクシャルマイノリティーの先生のはなし

高校生の頃、美術系の学校に通っていた

美術系の授業がたくさんあり美大芸大からも多くの講師が来ていた

その中の1人がA先生だった

先生は歳の頃は30前後スキンヘッド身長180超えてて、スラリと細身で足も長くて顔立ちもはっきりして、見たことないような柄のシャツネクタイとオシャレなスーツばしっと着こなしてて、まるでモデルみたいだった

ただいわゆる「オネエ」言葉を使う人だった

美術系の私のクラスほとんどが女生徒で、A先生はあっという間にクラスの人気者になった

作品講習では歯に衣着せぬ物言いでズバズバ言うにもかかわらず、「全然ダメ!何よこのデッサン!ここのパースが狂いまくってるじゃない!」みたいな調子テレビから出てきたタレントのようで、けちょんけちょんに言われても皆んな嬉しそうにしてい

ある時、休み時間に日直の私が黒板に書き物をしていたら、教壇に立ってたA先生のところにクラス女子が寄ってきて「先生ちょっと聞きたいことがあるんですけど…」と切り出した

の子はいわゆる「腐女子」でBLもの同人誌普段から描いている子だった

「なーに?」とA先生が聞くも、その子はモジモジしてなかなか質問を言わずA先生が重ねて問うてやっと口に出した

詳細は忘れてしまったけど、それはあまりにもプライベートな、性的質問だった

A先生が答える前に、私があんまりびっくりして動揺して、チョークがボキッと折れて床に落ちた

それで2人が私の方を振り向いたので、私は「躊躇ってた割に、すごい失礼なこと聞くんだね」と思わず言ってしまった

A先生はそれを聞いて手を叩いて大爆笑して、私の肩までバンバン叩きながら「ほんとそうよねー!!」と、私がひくくらい笑っていた

質問した子は、それで気がそがれたのかどこかへ行ってしまった

それからまた別の日、A先生が全校生徒の前で壇上に上がって話す機会があった

A先生がしゃべりだすと、他のクラスの生徒がザワザワし出すのが分かった

あちこちで笑ったり、驚くような声が上がった

先生は騒がれてもちっとも気にしない(ように見えた)で話し終えた

私たちクラスの子たちが近寄って行って、「先生すごい騒がれてたよー!」「他のクラスの子から『あれってホンモノなの?』って聞かれた!」などと囃し立てられていた

先生は笑っていた

の子たちが行ってしまって、先生が後ろを歩いていた私に気づいて、「なにが『ホンモノ』なんだか。ほっとけって言うのよ、ねえ?」と口を歪めた

私はこうしたことからA先生は当たり前だけどタレントさんじゃなくて、普段笑って上手に冗談にして返してるけど、本当は本当はセクシャリティのことを話題に騒がれるのは嫌なんだと気付かされた

一度気づくと先生には毎日のように性的からかいが投げかけられていた

生徒だけじゃなくて、先生からもだった

担任から「お前、かわいい男子生徒を見つけても手を出すなよ」と言われてクラス爆笑したり、

学年主任先生もみんなの前で「俺はその気はないからな」とか言って笑いを取っていた

尊敬していた別の講師が、「オネエ言葉なのに女の格好はしないの?」とニヤニヤ聞いてたのを見たときは、私がなんだかシュンとしてしまった

正直、私だって前はなんとも思わなかったでも先生は本当は嫌なのかもと気づいてからは、先生へのそういった性的からかいが、ヒリヒリして聞こえてきて辛かった

他人の私が、またかーってウンザリするくらいだから先生はこういう毎日をずーっとずーっと過ごしてて、怒ったりするのもとっくに諦めてるのかな、と思ったりした

だって女の先生にそういうこと聞いたらセクハラになるんじゃないの?A先生だとオールオッケーなの?

しかし私はおとなしく目立たない地味な、勇気も何もない生徒だったから、幼い義憤をかきたてられても何もできなかった

今思えばA先生オネエ言葉ではあったけれど男の格好をするのが好きといってた

当たり前みたいに先生を「同性愛者」として見ていたけれど、今思えば、恋愛対象が女か男かも、性自認が女か男かもわからない。しかし、一番大事なのは、そんなこと知る必要もないってことだった

大人になって大学社会に出てからも、美術系にはいわゆるカミングアウトした性的少数者が何人もいた

もちろん誰も表立って迫害したりはしないし、ふつうに仲良く過ごす

でも、悪意のない冗談めいた性的からかいしょっちゅう耳にした

その度にA先生を思い出した

誰もA先生を嫌いじゃなかった

みんなA先生が好きで、仲良くなりたがってた

それでも善意で、悪気なく、誰かを傷つけるかもしれないんだなと分かった

大人になって、社会でいわゆるセクハラのような扱いを受けたことが何度かあった

そのたびA先生をまた思い出した

先生、私も笑って受け流してるよ。だって相手に悪意がないのに戦っても仕方ないし良いこともないし そんな深刻な被害でもないからノリのいい女でいた方が生きやすいし

でも先生、なんかこれ削られるね

笑って流して大したことないって顔してるだけで、ちょっとずつ自分が削れていくもんなんだね

私もきっと知らずに誰かを削ってるんだね

まあ私はA先生じゃないかA先生のことが分かるわけでも代弁できるわけでもないんだけどね

今も忘れられないの

2018-04-17

anond:20180417160737

一頃「働きたくないでござる」「働いたら負け」という物言い流行ったけど、要するに大抵の人は、本当に働きたくないというよりは、この研修のようなひどい仕打ちや、あるいは諸々のパワハラモラハラセクハラのような仕打ちを受けたくない、つまり社畜」にはなりたくない・・・ということなのだと思う。

それは何らおかしなことではないと思う。自分だってこんな研修を受けるのは嫌だ。

身近な人が「テレビで〇〇見たらすげー劣化してたw」みたいな物言いしてたら

けっこう印象悪いよな。

同じこと言うにしても、もう少し言葉を選べよ、みたいな。

2018-04-14

anond:20180414150908

こち入社10年目の係長研修で似たような事言ったら「お前ふざけてんの?真面目にやろうよ」とキレられたのでそういうやつはずっとそんな感じ。

なおその意識高い系は頑張った分だけ必ず報われると思ってるからそんな物言いができている。(居残り1位がまさにそれ)

それが評価されないと精神壊すから増田が正解だよ。

ずっと意識高い系で要られる奴もいるけどそういうやつは居残りしなくても1位取れるような抜きん出て高スペックな奴だからな。

2018-04-13

働きたいけど、社畜にはなりたくない

一頃、「働いたら負け」「働きたくない」という物言い流行ったけど、大抵の人は働きたくないというよりは、「働いてもいいけど『社畜』にはなりたくない」「『社畜』になることなく働きたい」ということなのだと思う。

ここが重要なところで、「じゃあ社畜になりたくないなら、自営業フリーランス仕事をすればいいじゃん」と思って、そういった仕事をしようにも、今の日本では自営業フリーランスでさえ、「社畜的なもの」になることを求められてしまう。

からそんなものだったのか、近年になって急にそうなったのか、そこまでは自分にもわからないが。

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