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はてなキーワード: 物言いとは

2018-10-16

anond:20181016202406

三宅乱丈イムリ読んでみろ。

ごめんなさい浅はかな物言いでしたってなるから

2018-10-14

乞食ジャンルを離れた日

神がジャンルを移動した日https://anond.hatelabo.jp/20180327003348

人間ジャンルをあがる、最後の遠吠え

https://anond.hatelabo.jp/20181008162057

両方の日記を読んで神でも人でもない立場日記があってもいいかなと思ったので書いてみた。

読んで欲しいとは思わないし、むしろ無用な争いを避けるために読んで欲しくないけどせっかく神と人がそろったからその下がいてもいいかなと。

はいわゆるROM専である創作活動したことがない。

まずこのブログの前提としてROM専全員を代表しているつもりは一切ない。勝手わたし感情である

ROM専が思ってるわけではなく、私がROM専をしていて感じたこと。

かに何かを改善して欲しいとも思ってないし溜まった気持ちを吐き出したいだけ。

その程度の自由は許されたい。

人として迷惑なことはしないようにして来たし、当たり前だがマナーを守りROM専として生きてきたつもりだ。

時には作家さんにポジティブ感想応援する言葉を送ってきた。

というかコミュ障だし語彙力も勇気もないので少ない感想をしたため拍手なりなんなりで送るのが精一杯。

読んだ後なんか違ったなと思ってもそれは自分リサーチ不足であり、文句を言うような発想も思い至らない。

自衛は己の力で行うもの地雷を踏んだら黙って死すべしを信条にこの戦場をかけぬけている。

そもそも他人の行動や意見を変えることはできないしそんな権利は誰にもない。そこを履き違えてる人が炎上騒ぎを起こすのだと思う)

私が良く好きになるジャンルは大規模ジャンルだ。ハマると長く留まるタイプなのでここ20年弱で4つ程度のジャンルが好きになった。

移動しても前のジャンルが大好きで、嫌いになったから離れようという気持ちにはなったことはない。1度を除いて。

その1度が起きる前、同人界隈における「作家」という立場の人に対する不信感のようなものが芽生えたきっかけになるツイートをみかけた。

少しぼかすが「ROM専が『○○(カップリング名)読みたい増えて欲しい』という発言を見ると不快」というものだった。

私の好きな作家さんが言ったわけではないが、「えっツイート独り言いうのもダメなの?」と思った。

同人界隈においてROM専は無産と呼ばれ、創作物をよこからかすめ取って生きる乞食であるとわかっていたつもりだったが思った以上に人権がなかった。

でもさすがにこう思うのはきっと一部の人だろう、この発言をした人ももしかしたらROM専全員というわけでもどんな状況でもというわけでなく、もっとシチュエーション限定されたとき不快に思ったのかもと気を取り直し、とりあえずそういう発言ツイッターでしないと心に誓った。(幸い大規模ジャンルなので発言する機会もなかった)

大規模ジャンルだと学級会や炎上作家さんがこんな悪意にさらされたなんて話はしょっちゅうだった。その中であるたまたま作家さんがリプライし合っているのが目に入ってしまった。

やらかしてくるやつよりも、「気にしないでください!」とか「作家さんになんてことするんだ、萌えをいただいている立場なのに」とか言うROM専が一番うざい』

下手に学級会を盛り上げる自治厨ROM専はたしかやらかした人と同じぐらい害悪だろう。

でも多くのROM専は盛り上げる影響力なんてない。好きな人を傷つけられた悲しみで「なんでそんなこというの」って独り言を言うだけだ。

やはり独り言を言うのもダメなんだろうか。

作家さんの目に入らないようにしろってことなのだろうか。

でもそれこそ嫌なら見るなブロック世界のはず。

作家さんにとってROM専ってなんなんだろう。ROM専はいない方がいい存在なのだろうか。

イベントの後も楽しそうなツイートはその日だけで翌日になると毎回荒れた。

何か荒れたら「作ったことない人はわからないと思うけど」っていつも犯人ROM専だった。本当に犯人がそうかは知らない。

余計なこと言うROM専が多いのは事実だと思う。作家さんもそれに疲れてるんだと思う。

何度も何度も同じ注意をして疲れてしまってるのも見ていてわかった。

でもその結果バカにでもわかるように注意事項書きましたと言ってるような物言いを見るとわたしもこのバカの一人と思われてるんだろうなと寂しくなった。

この1度が起こる前はツイッターなんてなかったからきっと私が知らなかっただけで裏では似たような話がいっぱいあったんだと思う。

でもツイッター作家さんの思いが直接見えるようになってシンプルROM専ファンではなくて嫌われてるんだなって思った。感想マシーンとして生きるとしても感想も送っていいのか送らない方がいいのかわからないし。もう疲れてしまった。ジャンル雰囲気がもう嫌いになってしまったのだ。私は初めてネガティヴ理由ジャンルを離れた。

次のジャンルに移ってもし創作活動をするとしても私はこの悲しい気持ちは忘れない

以上乞食独り言でした

匿名ダイアリーの仕組みがまだ理解できてないけど、この後一切ブログ更新しないしなんの反応もしません。

そのうちアカウントごと消すと思います

2018-10-13

anond:20181013101648

デブスはそれはそれで「この女なら俺でも相手にされるかも」と言うキモ男に粘着されるんだよ…

そういう男は相手を徹底的に見下しているか

断ると逆切れするので性質が悪い

うわー、相手を徹底的に見下した物言いだな。

キモ男」「粘着」等、見下してる&邪推しといて人の事言えんのかよ

2018-10-12

日本版文化の盗用」議論

アメリカでは文化の盗用」に関する議論が喧しい。ボストン美術館キモ体験についたクレームだとか、当事者であるはずの日本人から見ても「別にいいじゃん」と思わせられるようなケースさえあり、それ自体差別的発想だという批判もあるくらいだ。実際、例の企画は、元々の画がジャポニスムテーマにした画であり、その画の前で日本人ではない人がkimonoを着て写真を撮る行為は、むしろ「ある時代存在したジャポニスム」そして「それを描いた画」という『オリジナル』を尊重した行為ですらある。たとえば日本人着物を着てその前に立っても全く意味がないどころか、むしろそれこそ「オリジナルへの敬意を欠いた振る舞い」として批判されるおそれさえあるだろう(皮肉)。

(※ちなみに、時間のない方は、このあと太字部分だけ読めば大体の内容が分かります。)

だが、そんな自分が、日本でしばしば気になって仕方ない「文化の盗用」がある。それは、TV番組などでしばしばみられる「関東言語話者による恣意的方言使用である。よく例にあげられる「外国の都会の人の言葉標準語で訳されるが、農夫の言葉東北弁で訳される」みたいな問題だけではない。地方舞台にしたドラマ登場人物が喋る台詞などにおいても、方言が、その地方やその地方言語に対する十分な理解を欠いた人間、つまりネイティブ以外によって「ちょっとした彩り要素」としてカジュアル使用される結果、おそろしくひどい形で表現されている。文化への敬意を欠いた使用は、まさに「盗用」と呼ばれるのにふさわしい。

たとえば、関西ネイティブとして断言するが、TVドラマや公に出版されるフィクションなどで見かける関西弁による会話」をみて「自然だ」と感じることは99%ない。それなりにお金をかけているはずのNHK朝ドラ関西指導:●●、などとクレジットが入っているのに)などは、最もひどい例の筆頭である

そういうひどい例を具体的にあげると枚挙に暇がないので、1%の「よい」例をあげてみよう。たとえば谷崎潤一郎細雪戦前作品だが、関西文化に対する深い理解をもとに、「自然な」関西弁が用いられている数少ないフィクションである。谷崎は江戸っ子だが、言語に対する深い感覚と、関西に移り住み関西ネイティブ結婚して緻密にその文化所作、その背後にある思考法を観察した結果として、たとえば第一章冒頭の流れるような会話描写を実現した。相手の反応を伺うような、どこで途切れるのか分からない古典時代のような会話、相手を立てるように話す長女と蓮っ葉な口をきく三女は、それぞれ阿吽の呼吸で話を推進する役/突っ込みを入れる役/疑問・答によって話のオチを付ける役、などの役割(ロール)を自在に演じながら会話を展開させていく。これに較べれば、NHK朝ドラ等の会話が、いか醜悪な「関西弁モドキ」の会話であり、結局「関東弁を関西弁ぽい口調にしただけ」の底の浅いものかがよく分かる。少なくとも関西ネイティブなら、その違いは明白に感じ取れるものだ。

NHK朝ドラで、たとえばヒロインに対して友人が、あるいはヒロインが知人や親に、時に熱く、あるいは涙を浮かべて関西弁で「○○○○なんや!」と叫ぶ。見ている私の胸には「ああ、またか」と鼻白む思いが広がっていく。あれで関西配慮しているつもりなのか。関西東京にとって単なる感傷的なエキゾチシズムの対象なのか。あん関西人おらへんねん。ほんまに。

関西では、関東人のように「正論」を「熱弁」することは、申し訳ないがノーマルナチュラルな振る舞いとは見なされない。話の半分をジョーク構成し、自分を「落とし」て低姿勢で粘り強く交渉するスタンス疑問形を多用して「相手に語らせる」手法、話にはヤマとオチをつけるという作法、そういうものを欠く会話は、下品で場をわきまえない失礼なものとみなされ、見下される。幼い子供を除けば、自分意志相手に伝えたいときにはもっとも用いないやり方だ。関西ネイティブ一見感情かに見えるが、それはあくまでロールを演じる意味においてでしかない。生の感情を表に出すのは、基本的に大きな怒りを感じている相当限られたケース・シチュエーションであり、その際にはまた普段とは全くことなる口調・態度・話の作法を取る(先ほどの「細雪」では、たとえば上巻九で女中を叱責するときの口調がその好例となるだろう)が、それもまた原則的にはストレート物言いを避けながら結論へと近づいてゆき、「自分の言いたいことを相手に悟らせ言わせる」ことを目指したやり方を取るのが通常である。そして、可能な限りすみやかに、通常の流れの会話への復帰が図られることで、その特異な状況の調停と幕引きが図られるのが常である(たとえば先の「細雪」の例では、女中を叱責して帰したあとすぐ長女が「やっぱり自分に落ち度があったのだろうか」という意味自分の「落とし」を始めることで、通常モードへの復帰を図っている。もっともこのシーンでは、普段無口な次女が想像以上にこの件について腹を立てていたため、復帰があまりうまくいかない、というシーンになっているが)。

真顔で、正論を、熱弁するヒロイン これを関西弁でやられると、演技の上手下手に関わらず(むしろうまければうまいだけ)、申し訳ないが周囲との調和を失い破綻した人格を演じているようにしか見えないのだ。このため、たいていの関西人が、あれを見て「奇妙に大げさで下手な演技をする演出朝ドラスタンダード」という歪んだ認知もつことでスルーしていることを、NHK関係者理解されているだろうか? 役者が上手に真面目に演じれば演じるほど、関西人には「下手糞」な演技に見え、演じたい役と演技の乖離は増してゆく。方言文化に対する敬意を欠いた行為は、こういう一見滑稽な、内実を考えれば誠に悲惨結論を生んでしまうのだ。

いったい、メディア関係者はこの明白な「盗用」行為について、どのように考えているのか。私はこれが何かを「考えた」結果であればまだ救いはあると思っている。しかし、おそらく「何も考えてない」というのが実情だろう。何も考えていないからこそ平気で「盗用」できるのだ。盗まれた側の痛みなどまったく想像もしていないから、平気で盗んで見せびらかすような真似ができるのだ。とんだ裸の王様である

国内メジャー方言である関西弁ですらこの有様だというところから見ると、おそらくそれ以外の方言についてはもっとひどいことになっているのだろう。異文化カジュアルに親しむことが「悪い」ことだとは言わないし、敬意をもって接してもらえるなら、触れてもらう側にとってもそれは喜びとなる。だが、少なからず敬意を欠いた異文化との接触は、しばしば悲劇的な結論しか生まないものだ。国内異文化に対する振る舞いは、必然的国外異文化に対する振る舞いにも敷衍される。奇妙に滑稽な「クールジャパンの現状、昨今の極めて「内向的な」外交のありようと、このことは無関係ではないだろう。私たち自分たちが何ものかも知らず、他者が本当は何者なのかも分からない中で、相手の予想のつかない振る舞いに、奇妙に怖れ、怯え、媚びているのだ。


文化の盗用」議論に実りある内容があるとすれば、こういったことへの自覚が少しでも私たちの中に生まれることにあるのではないだろうか。私たち自分たちのオリジナル文化とは何なのかについてもう少し自覚的になり、「(異)文化とは何か」ということについてもう少し考えてみるべきだと思う。無邪気な子供のように「世界中ミナトモダチ」では片付かない、異文化接触する際には慎重で警戒した身振りが必要となる、そういうリアル感覚をもう少し我々はもつべきだ。そうすれば、外交についてももう少し現実に即した対応が行われるようになり、海外との交流スムースに進み、そして関西に対する誤解をただただ広めるようなフィクション制作されなくなり私がイライラする機会ももう少し減るのではないかと期待する。(←これがオチ

2018-10-10

[]若おかみは小学生!

若おかみは小学生!』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨です。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向け。またこ作品書籍漫画版アニメ版あるけれど、それらは横に置いといて映画の話します。

総評

これは120点っすな。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」なので、「見れて大満足! もうちょいお布施したい」でした。

演出とは裏腹に内容的にはかなりヘビー(というのを見越して爽やかで明るい演出を用いていた)なので、児童文学原作でお子様向け痛快娯楽活劇とは言い切れないんですが、個人的にはクオリティさえ伴えば子供を思いテーマや悲しい作品でぶん殴ってもええやないか、いてもうたれ、子供ってのは子供なりに受け取るんだ派なので、クオリティでぶん殴ればいいと思いますふるぼっこドン

この映画に関してはTwitter児童労働がどうのこうのという話もちらりと耳にした程度で事前情報収集もなく見に行ったんですが、そういう物語じゃなかったですよ。

喪失を乗り越えるという話

じゃあ、どういう物語だったかといいますと、大きく2つの柱が絡み合うストーリーでした。それは大きなテーマで言えば「喪失を乗り越える」と「自分自身と居場所を見つける」という話。

初っ端から重いですが、主人公である女子小学生・関織子(通称おっこ)は、本作冒頭の交通事故において両親を失います。もうこの時点で軽い話になりようがないわけですよ。にも関わらず事故被害のシーンはグロカットされ、葬儀とそれに続くドタバタのシーンも描写はされず、おっこは新生活の場であるところの、祖母の営む温泉旅館「春の屋旅館」へと向かいますトランクひとつ持って別に落ち込むわけでもなく、ちょっと大変なだなあくらいの顔色で一人旅をして、到着し、新しい部屋(いままでのマンションとは違う昭和的な和室)を与えられ、転校して新しいクラスメイト挨拶をして、ひょんなことから家業である温泉旅館を手伝うことになります

若おかみは小学生!』って言うタイトルから当たり前ですが、こうして女子小学生おっこの若女将修行生活が始まるわけです。

「春の屋旅館」がある「花の湯温泉」は歴史のある温泉街で、古都然としたまちなみに浴衣姿の観光客が歩く割合賑やかで、カラフルな町です。この辺音楽美術演出あいまって、しみじみと明るく暖かく描かれていて雰囲気良いですね。美術レベルは高かったです。

でも、この明るく爽やかなあたりが(とうぜんそれは演出意図に沿ったものなんですが)、ある意味ホラーでもあるわけです。

小学生児童にとって、両親を失うというのは、最愛家族を失うということであるのみならず、加護者も生活基盤も導き手も失うということです。もう、それは世界崩壊かいレベルでの悲哀なわけですよ。

にも関わらずおっこはそこまでの苦しさを見せない。両親を思い出してちょっとうつむくことはあっても、笑うし、日常生活を送るし、新しい出会いにも前向きでいる。それはよく考えればとてもとても異常なことなわけです。

異常なおっこの新生活は、やはり物語後半に向けて徐々に破綻してゆきます。「両親がまだ生存していて自分と一緒に暮らしている」という幻想を何度もみてしまうおっこは、あるシーンにおいて事故の原因となった(もちろん別のですが)大型トラックを見て、事故フラッシュバックから過呼吸になってしまう。おっこは、両親の喪失という悲しみを乗り越えたわけではなくて、ただ単に今まで封印をして日常生活を演じていたに過ぎなかったわけです。

あらすじなんかにおいて本作は「主人公おっこの成長を描く」なんてサラリと書かれているわけですけれど、それは不誠実な欺瞞であって、おそらくおっこの身になってみれば、それは成長じゃなくて引きちぎられてバラバラにされてしまった自己の修復というサバイバルなわけです。失った何かから目を背けて、決定的な破綻をしないようにごまかしながら疾走するというのが、この物語の前半部分でした。

自分自身と居場所を見つけるという話

そういう意味で、おっこが若女将をやるというのは、児童労働とかそういうレイヤーの話ではないのです。両親を失って加護者も生活基盤も支えも失ってしまったおっこにとって「いまできるなにか」に必死に飛びついて自分を騙そうとしていたとも見ることができます祖母である旅館経営者(現女将)の後継者問題という、旅館側の都合があったにせよ、おっこが旅館雑務に飛び込んで笑顔で充実していく背景にはそれがあるはずです。

事実おっこの若女将雑誌に取り上げられて評判を呼ぶという広告的な価値はあったものの、従業員としてみたとき、お客さんに感情移入しすぎて夜闇の中に駆け出すなど(一般的社会人価値からすれば)行き過ぎな面もありました。

でもそれも仕方がないと思うのです。両親という生活基盤を失ったおっこは、同時に目指すべき将来の自分像も失っています。「将来こういう自分になったらいいな」です。その空隙を、目の前に提出された安易な「若女将」で埋めてしまったわけですから、その意味では、おっこの若女将労働としての若女将ではなく「若女将ごっこ」でもあって、つまりはある種の自分の居場所探しなわけです。

たとえおっこ自身がそれを言語化できるレベルで気づいてなかったとしても、まだ収入もなく住む場所自分では決められない小学性にとって、他にできることなんて事実ないじゃないですか。それはせめて居場所を獲得するという生存努力です。

おそらく祖母はそのおっこの悲痛に気がついていて、周囲が無責任に「若女将誕生!」とはしゃぐなかで、決して自分からは手伝え、継げとはいいませんでしたし、おっこの労働危惧してた素振りも見えました。経営者として「子供接客なんてさせられない!」と拒絶することもできたでしょうけれど、おっこから女将をとりあげて、じゃあ不安定彼女精神に何をしてあげられるかと言えば何もない。だから黙認しかないわけです。

だいたい「自分自身と居場所を見つけるという話」なんてもの現代社会において、大学卒業して就職して一年二年経った青年が、俺はどうやらこういう方面には我慢が効くがこういう方面は苦手だぞ、どうやらおれはこういう仕事とこういう人間関係の中でなら生きていけそうだ――みたいなのをやっとこさやるものなわけで。そんなものを、小学生が引きちぎられるような喪失を乗り越えるのと二正面作戦でやるのは無茶というものです。

そういう意味では、周囲の大人たちはもうちょいどうにかフォローしてやれなかったのかよ、とも感じるんですが、でも逆にそれこそ大人視点傲慢物言いであって、大人だろうが子供だろうがどんな人間でも自分自身の心の中の悲しみや未来とは、自分一人で向き合うしかないというのも一面の真実です。

おっこは画面上の軽やかさやおっちょこちょいさに隠されがちですが、実は誇り高い女の子です。特に自分が設定した自己目標に対しては愚直なまでに誠実です。だからこそ、宿泊客のために対立している真月に頭を下げて教えを請うこともします。その実直さが両親を失うという危地の中で彼女孤立してしまった原因だし、それが巡って彼女の味方を増やす原因でもあったのは素敵だったと思います

ふたつの話の交差点

おっこは「喪失を乗り越えること」から逃避して、目の前のロールである女将に飛びつき、そこで必死に働くことによって苦しかった過去ある意味塗りつぶそうとしたわけですが、その逃避が「自分自身と居場所を見つける」ことにつながってゆきます

幾つかの出会いがあって、目指すべき未来のヒント、ロールモデル出会います。たくさん登場人物がいるのですが特筆すべきなのは三人でしょう。

まずは旅館女将である祖母。登場シーンは少ないのですが、彼女個人人格職業倫理が融合してしまったあの佇まいは、今は亡き母経由もふくめておっこの誠実さの根っこのように思います職業倫理がついには人格化しちゃうって、昭和的な善人のあり方としてすごく共感できるんですけど、今の時代では流行らないのかもしれないと思ってちょっとロリしました。

二番目には、おっこの同級生、秋野真月(大旅館の跡取り娘、通称ピンフリ)でしょう。この娘は小学生女子なのですが、広い視野旅館業と湯の花温泉京の未来を見つめていて、顧客に対して誠実であろうという、幼いながらある種の達人系キャラです(傲慢物言いをする残念キャラでもあるのですが)。この娘と同年代として出会うことができた、ライバルとして対立したり和解したりできた、というのはおっこを取り巻く幸運の中でも格別のものでした。彼女との交友は、悲痛から逃げ出して飛びついた「若女将ごっこ」に、その内実の精神性を加えて「本当の若女将」へ進化させてくれたと思います

(余談&劇中では語られませんが、温泉郷に住まう子供の中でも誰よりも本気で町の未来について抱え込んでしまってる真月の孤独にとって、その孤独の闇に現れて、自分の高さまで登ってくれると約束してくれたおっこの存在は、想像すると涙がこぼれるものが有ります。真月からみてもおっこは救いであったと思うし、そうだと良いなあ)

三番目は宿泊客である占い師グローリー水領です。長い黒髪をたなびかせたこ宿泊客は、都心部事務所を構える凄腕の女占い師なのですが、私生活での失意から「春の屋旅館」で飲んだくれ生活をしています

抑制的な演出描写される彼女鬱屈をおっこはどうにかして励まそうと、浴衣を着たことのないという彼女着付けを手伝います浴衣経験のそんな彼女艶姿におっこが感嘆した感想が「格好いい!」でした。

ものすごくさり気ないシーンだったのですが、それはおっこが喪失していた「自立した憧れるべき大人の女性像」を見出した場面だったんじゃないでしょうか?

私生活で辛いことがあっても他者に当たらず、それどころか宿泊先の幼い従業員おっこに気を使っておどけてまで見せる。グローリー水領はおっこ視点では「素敵な大人のお姉さん」です。その素敵な年上のお姉さんに、「可愛い」でも「素敵」でも「綺麗」でもなく「格好いい!」と小さく叫んだおっこに、少し泣けました。お洒落で(←女子小学視点では重要です)、颯爽としてて、自立をしてて、視線を合わせて話してくれる。そんなお姉さんはおっこにとってどれほど輝いて見えたことでしょう。暗闇の中で我武者羅に迷走していた、それでも笑顔だけは守っていたおっこにとって、それは小さな灯火で「未来自分」「目指すべき形」です。

祖母の言う「誰も拒まない花の湯」、同級生真月のいう「客を癒やすレストスペース」、女占い師自分仕事を「他人を励ます仕事」だと評したこと。それらは全て本作テーマに重なるパラフレーズです。そしてそういう人々の輪の中に、自分も入っていける。癒やしたり癒やされたりしながら前へ進んでいくコミュニティの一員になる。「若女将」という「自分自身と居場所を見つける話」は、おっこにとっては生存努力であり逃避だったわけですが、それを誠実に、ごっこから実体にしていくのならば、結局逃げていた「両親の喪失という苦しみを越えていく」につながっていくのだ、という脚本はすごく良かったです。

別れ

ここまで触れてませんでしたけれど、おっこには霊感があるという設定で「春の屋旅館」にきてから騒々しい幽霊少年やおませな幽霊少女出会い、励まされています。両親が今でも生存していて日常は壊れていないという幻想に悩まされていた頃おっこを支えていたこ幽霊たちですが、物語終盤でおっこから見えなくなってしまうという形で別れが示唆されます

でもそれは、おっこが人間社会のなかで居場所確立した――七つまでは神のうちといういわばまだ神様たちの一員であり神楽の主役でもあったおっこたちが、社会の中で着地して、痛みも悲しみも乗り越えていく季節がやってきたのだというエピソードです(おそらく魔女の宅急便黒猫ジジが喋れなくなる、も同様の構造ですよね)。

見終わってから気づいたのですが、この作品幽霊や鬼たちは、幼いおっこが空想したイマジナリーフレンズだとしても物語が成立するように設計されています

おっこは自分の中の勇気かしこさと一緒に自分の悲しみと戦った。「春の屋旅館」はその舞台であり、若女将はおっこが戦うための姿だった。

すべてのフィクションファンタジーなので現実視点を持ち込みすぎるのは野暮というものなわけですが、今後おっこは中学入学卒業して、大学はともかく高校くらいは出るはずで、一人前になるまで十年近い時間があります。(このお話のおっこは絶対旅館業一筋だと思うのとは別に一般化するのならば)そのなかで、旅館から離れるかもしれない。現実に寄せて考えるならその可能性は高い。

でもそんなことはおっこの戦いとそこで得たものとは関係がないわけです。おっこは若女将というコスチューム身分を手に入れたわけではなく、戦いの中で手に入れた人間関係自分自身がある。将来どこでなにをしようと、おっこの手に入れたものが曇ることは二度とない。それがこの映画の中心であって、それは児童労働とかそういうのではなく、もっとパーソナルで尊いものだったと思います

ps.おう真月ちゃんパート書き足したで!

海外から見ると恥ずかしい」というリベラリズム保守的感性

海外はこうなのに日本はまだこうなの恥ずかしい」

 という意見を見るたびに、その個別妥当性はひとまずおいておいて、

 なんか田舎の近所付き合いっぽい物言いだなと毎回思う

 あるじゃん

「○○さんちではああなのにうちではこうなのは恥ずかしい」

 とか

「△△みたいなことをやったら他所様に顔向けできない」

 とか

 いかにもふつうならリベラルが嫌いそうなもの言いがさ。

 正義思想や筋よりも「恥」を規範最上位に置くやりくちがさ。

 似てなくないか

「ご先祖様に申し訳が立たない」

 とか抜かすネトウヨ同類に見える

 見えてしま

 もちろん国際社会日本が一人前の面するにはグローバルスタンダード大事にしなきゃいけない

 でも正義ロジックまでそこから持ち出すのは正当性があるんだろうか

 自分たち正義自分たちロジックで導く努力をすべきではないのだろうか

 自分たちの嫌っているはずの感性に乗っかってあれこれやってるかぎりは腐った旧弊の打破なんざ夢のまた夢ではないのか

海外基準だと〜」にかぎらず、

 リベラル的な言説の陰に田舎保守性が垣間見えてしまうと、

 気持ち悪くなってしま

自称フェミニストの何が気に入らないかやっとわかった。

こっちは全くかかわる気が無いのに勝手に踏み入っては、常に一緒にいる前提で色々物言いをしてくるのが気に入らないんだ。

身内に気に入らない奴がいることは重々分かったから、そういうのはお前の身内に言ってくれ。

無関係な俺らに文句言って憂さ晴らしをしないでくれ。

キズナアイの件、海外ボコボコにされてほしい」に釣られてるフェミさんwww

フェミニストの主張ってこんな感じだろって皮肉で書いてるのに、そうだそうだその通りだって感じで同調してるヤツwww

やっぱりフェミニストって本気でこの物言いを信じてるのかwww

ばかだなー

anond:20181010091048

払うべき社会コストを払った人間に対してその物言いは人して無いと思う

ワイは、

1. いつでも学びの門が開いているのは万人にとって有益だと思う

2. ヒャッハーする若者であふれる未来になっても一般人セキュリティ連れて歩けない

3. どうしようもなくなったら海外へ行くがどう考えも今と同じ生活水準は見込めない(少なくとも今の語学レベルでは)

この3つから賛成するだけであって高いのはおかしい、払わないのは当然とは思ってないよ

anond:20181010082648

さらに言うなら、ああい物言いって、女性をまるで「自説に従うことの特典・メリットであるかのように都合よく扱っているようにしか思えないんだけど、

当のあの人たちがなんでああいうことを平気で言えるのか正直謎だ

「俺の言うこと聞いたら女ぐらいあてがってやるぞ」とか抜かす保守おじさんと発想が変わらない

2018-10-09

anond:20181009090713

べつにどれがゾーニングされても構わんよ。やれるだけやったらいいんじゃねえの?嫌がらせを受けた人が主張して支持を得ればそうなっていくだろうよ。

構図を考えれば「セクハラするほうの気持ちも考えて!」って言ってるように見えるがどうだ?

てか一応確認するけど、例えばライトノベルゾーニングされることでお前は気分を害するのか?それ本当謎。

俺もアニメラノベ好きなほうなんだけど、それとこれとは話が別で、対象によってはゾーニングもやむなしと考える。

最後に読んだラノベ俺ガイルなんで結構前。とらドラでは大河派で異端扱いだった)

話ずれるけど、ゾーニング対象となるべきものってなんだろうな。お前は性器が見えていなければセーフ派か?乳首が見ているかどうかか?

自身は正直マヒしてるからどうでもいい。ただ将来娘ができたらどうしよっかなって考えながら話している。

ちなみに本当に害があるんじゃねえのと感じているのはネット電子コミック広告でな、男性向けも女性向けも、あれほんとどうにかならんかね。

社会学者擁護する気はおよそない。ただ発言権剥奪しようとする物言い一般が嫌いなだけだ。お前も言われたらイヤじゃないか?「お前は劣等だから発言権は無い黙れ」とかってさ

俺はただ単にカルチャー抹殺されることに抗っているようには見えないんだわ。炎上しているものを好んで叩いているようで、その加虐嗜好が見るに堪えない

つーかゾーニングカルチャーの死なのか?やたらと過激な言い方をせんでもいいだろ

べつに誰を敵にしたいわけでもないんだけど、この感じ伝わらねえか。

2018-10-08

キズナアイモデル配布はMMDの延長線でもあるがVTuber特有の背景もある

VTuber界隈ってかなり潔癖というか、全然荒れないのよ

善意で突き進んできた感じはある

罵倒するようなコメントもほぼないから見やすいのよめちゃめちゃ

(たまにやべーやつは居るけど気にならないくらいに)

規約があるからでは無く、それを利用してなにかしてやろうって人は

自分認識範囲では居なかった

そりゃ自分の好きなコンテンツをかき回しても誰も得しないか

そう。だから今回キズナアイモデルを使って何か主張したやつはそういうやつなんだよ

社会学やってんのにVTuber的側面を一切理解しようとせず

中の人なんか居ないとでもいわんばかりの物言いである

自分の主張さえできればいいのが学者なんですか?

そんなこと言ったらそこら中学者だらけですね

そんな世の中嫌なんでもうちょっと学者定義どうにかしてくれませんか?

追記

それぞれの問題は知っているが、配信を見るだけではそれらはわからないと思うが

から配信が見やすいといったのはそれです

荒れないというのはすべての問題においてではなくもっと言及すべきだったのは反省しま

anond:20181009005846

この方には感謝しま

日本人だってパクってる。ホリエモンとこうみく問題を整理する【中国の件】

https://twitter.com/takapon_jp/status/1048569686424612864

堀江貴文さんから「まじこの作者アホすぎる笑。消えて無くなった方がいい」と言われてしまった、こうみくさん。

どの点に着目すべきなのか、しっかり考えてみます

~~こうみくの意見

1、中国パクる

2、発展途上の国は模倣する

3、中国人はパクることを教育課程で訓練される

4、日本人パクることを教育課程で訓練されない

5、中国ではパクリ上手が賞賛される

6、中国パクるだけに終始せず、ネタ元を追い越す「虎のようなパワー」を持つ

7、日本で「パクること」は「偽物の行動」とされる

8、中国で「どんな手段を使っても市場に勝った者」は「本物」とされる

9、中国人は商標権を先に取っちゃったりするので困る

10、上記のような土壌の中国では、オリジナリティが重視される芸術関連の産業が育たない

11、でも日本中国と違うからオリジナリティが重視される芸術関連の産業が育ってる

12、日本中国人のパクリ力やたくましさを取り入れ、競争で生き残ろう


こうみくの記事拡散された結果、こんな意見が出た

・「おもしろい」

・「わかりやすい」

・「日本人もがんばらなくっちゃね!」


しかしここでホリエモン登場

・「まじこの作者アホすぎる笑。消えて無くなった方がいい 」

・「消えて無くなって欲しいのは本音なので別に言い過ぎではない」

・「悲しいと思うくらいのこと言わないと気づかないだろ」

…毎度お馴染みのはっきりした物言いに「ヒドイ!😢」という反応も出たが、

ホリエモン意見は納得できるものである

なぜなら…

~~ホリエモン意見

1、パクるか、パクらないかはその人の性格意識によって違う

2、「中国人はパクる」など、国籍で決めつけてはダメ

3、しかも多くの人間は、文章を細部まで読まずタイトルなど雰囲気判断してしま

4、だから中国人はパクるんだ😠!」という差別的メッセージ大人数に拡散されてしま

5、影響力が強い人が差別的記事を書くのは危険からマジでやめろ。(消えてほしい=とても強い警告)

(実は、ホリエモンの行動の方が先を見ており、「優しい」のだ)

ここで重要なのは

ホリエモンはこうみくに注意喚起をしているわけだが、ホリエモンがこのメッセージを本当に届けたいのは

「よく考えずタイトルだけ見て、雰囲気に流される不特定多数の人たち」である


なぜならこのような人たちの脳に「中国パクるんだ😠」という

シンプルメッセージが刷り込まれることは危険からである


日本人にとっても中国人にとってもよくないことだろ」by堀江

=「こうみくは影響力もある。これは両国の溝を深めるような記事だぞ」と注意しているのではないだろうか。



ホリエモンは、

大衆がどんな風にメッセージを受け取り、それがどんな風に広がっていくか」

を熟知している人間である

彼はよく言う。

人間って大体のこと忘れちゃうんだよ」と。

それは私も、そう思う。

多くの人間は「あまりしっかり考えていない」。

何か商品を購入するときも、パッケージの格好よさや雰囲気で決める。

フォロワーが多いとか、全米が泣いたとか、観客動員000000万人とか、

なんか優しそうとか、なんかエコっぽいとか、そういう「雰囲気」に

流されてしまうのが多くの人間だ。

そしてそのような人間は、1つの記事を読んでも、文章を細部まで読み込めない。

そして、読んだ気になって内容をすぐに忘れてしまう。

その人たちの頭の中には、「インパクトの強かったフレーズ」や「画像記号)」だけが残る。


から、今回のこうみくの記事場合、それに当たるのは

1、「中国パクる」というフレーズ

2、アイキャッチ画像

この2つだと思う。


アイキャッチ画像には

中国の本物=市場で勝った人、はじめた順番は関係ない」

日本の本物=アイディアを考えた人、最初にはじめた人」

書いてあり、中国日本国旗差しまれている。

本当に、多くの人の頭の中に刷り込まれるのは、この情報だけだ。

彼女一生懸命時間を使って書いたこれ以外の情報は、

読者が夕飯を食べている時や、子供の送り迎えをしている時や、

セックスをしている時や、セックスがしたい時に

「忘れられてしまう」

ほとんどが。


(もちろん細部をしっかり覚えている人もいる。頭がいい人はそれをできる)

ニュアンス、作者の背景、性格文脈を読み、意見交換をしたいと思う「少数派」の人たちだ)


でもホリエモンがいつも考えているのは

「実際、世間ってどうなってるよ?」「どんなふうに情報をみんなが受け取る?」

という部分なのではないか?と思う。

そしてホリエモンは、

平和的に意見交換すればいいじゃない」

という意見を、時短で一番効率良い方法批判する。

なぜなら国際問題に関わるからだ。

「こうみくさんの文章をよく読めばわかるのに」とか「そんな差別的じゃないと思いますよ」

という意見を言いたいのもわかるのだが、

みんなその前に

・多くの人は細部を忘れる

・多くの人が自分に都合の良い部分だけ覚えている

・多くの人が印象的なフレーズや絵、情景だけを記憶している

・多くの人がなんとなく、ファッション的に情報いいねし、RTし、発言する

ということを忘れてはならないのだと思う。



そして影響力がある人は、このことを肝に命じて活動する必要が出てくるのだと思う。

インターネット時代、一人のツイートが国どうしの溝を広げることだって可能だ。

Webライター

クリックされやす題名画像を作ることが得意だし、

それが染み付いている。

長ったらしいタイトルにすれば、読まれいかもしれない。

「この記事拡散されたら、どんなことが起きるだろう」と影響力を真剣に考えすぎたら

いつまで経っても記事は下書きのままになってしまう。

から、短くてキャッチーで、刺激的なタイトルをつける。

ライター個人事情はあるだろうが、

影響力が強い人間特に意識しなければならない点なのだと思った。




~~日本人だってパクっている

そして最後に、私の意見ではあるが、「日本人だってパクっているよ」ということを説明していく。

中国は堂々とパクるが、日本ではパクることが恥だ」に関して

→いや、違う。日本はパクってる。

みんな自国に対する評価が甘いだけだ。

もしも、「メイソウが無印良品ダイソーユニクロをパクった」とするならば

ユニクロGAPをパクった。

モスバーガーマクドナルドをパクった。

サンリオピューロランドディズニーランドをパクった。


日本でもパクリ上手は賞賛される。

Youtube開始後、たくさんの動画サービス日本で生まれた。

SHOWROOM評価はどうだ?

海外投げ銭ビジネスパクリからダサい」と糾弾され、社員が恥ずかしい思いをしているか

前田祐二尊敬する人が、今この国で増えているのではなかったか



もし本当に「パクリが恥」で、日本人がパクらない国民なら

この国の人間

ハンバーガーを食べてないし

髪も染めてないし

洋服を着ていない。

海外アーティストのような歌い方をする歌手もいないはずだ。

浜崎あゆみマドンナに似たスタイル披露することがあるが、

あゆファンはそれを楽しんでいる。

日本人総出で、演歌能楽を楽しんでるか?

JAZZHIPHOPがこの国に存在しないのだろうか?

満員電車で、目の前の女子高校生雅楽Youtube見てるか?


違う。彼女BTS動画を楽しんでいて、

メイク韓国風で、セーラー服を着ている。

セーラー服日本オリジナルの服か?

違う。海軍制服ルーツがある。


パクってるのは中国だけじゃない。

日本はパクってる。盛大に。

から「虎のような力」は、日本だって持っている。


もちろん「パクリをカッコ悪い」と思う人だっているだろう。

でもじゃあなぜ、SONY日産はこの国で長らく賞賛され続けているんだ?

日本人海外冷蔵庫や車をパクったから、SONY日産が産まれたんだ。

から日本だって、「真似=パクリの達人」は賞賛されているんだよ。


中国中国は〜と言うけど、

日本だって同じだ。

欲望資本主義経済で動いてる国は、大体おんなじ道筋をたどる。

~~私の意見まとめ


日本パクるよ。中国だけじゃない

自分所属しているものに関することは評価が甘くなりがち

・実はホリエモンの方が優しい(本案件に関しては)

ホリエモンの方が先を見ているし、影響力も換算してる(その道のプロから彼の中にデータがある)

・世の中の大半の人は、細かいところまで文章を読んでない

・つまりキャッチフレーズ」や「トップ画像」は重要である

・「キャッチフレーズ」や「トップ画像」を演出するのが上手い人は、この時代注目されやす

しかし影響力がついた後は諸刃の刃。より多くの事柄を考える必要がある

国際関係些細なことで悪くするのは賢いとは言えないので、

本件ではホリエモンの方を支持します。

Written by ふるふるうさぎ

二次創作についての話

最近どうしてもいろいろなジャンルで様々なトラブルを目にするために思うことがあるので書こうと思った。匿名性というのは好きではないが、周囲に怖がられるのが目に見えているのでこちらに書こうと思う。

私はあまり文章を作るのが上手くない。少々論文調で乱暴な言に見えるかもしれないが、気にしないでほしい。

先日、二次創作同人誌を出している人がTwitter上で「(同人誌漫画は)成果が全て」という言葉を残していたのを目にした。たしか技術の向上や話のうまさな勉強できることはあるのだろう。

けれど二次創作理念という意味ではやはりその発言はグレーを通り越えてブラックにすぎていたたまれなくなった。

二次創作公式という存在に目溢しをしてもらえてるのは非営利であるからだ。本心で何を思ってもいいが、決してネットであっても人前で言わない方がいい言葉に私は思う。営利目的になった途端それはマナーという以前に公式から処罰されかねないからだ。

海賊版という言葉に非常に過敏な企業もある。海賊版と取られかねない書籍出版関係二次創作についてのガイドラインを出してしまった会社もある。

自ら「営利目的である」とも取れる内容を臆することなネットに書き込むのはいささか無用心にすぎる。

そして、解釈違いや地雷という理由他者罵詈雑言を浴びせるのを当たり前だと思い自分の意に沿わない作品排他しようという人たちにも辟易しているのでその話もしたい。

PixivTwitter無料公開されている二次創作同人誌化もされていない非営利かつ個人趣味領域だ。素人が作った作品しかない。もっというのなら子供の作ったガンプラだ。

ニッパーで切っただけのガタガタのガンプラ。作った本人はガンプラを楽しそうに作る。ただそれだけのものだ。

最近どうにもそのガタガタのガンプラに指を差しやすりがけがされてない、ニスが塗られてない、カラースプレーを使ってない」と指摘しだす人を多く見る。

考えてみてほしいのは子供に同様のことをして子供がガタガタのガンプラゴミ箱に捨ててしま可能性だ。そして子供ガンプラを二度と作らない。

ガタガタのガンプラが消えてせいせいしたと一部のモデラー人間は思うだろう。けれど、本質真逆だ。ガンプラは衰退する。ガンプラ子供が手に取らなくなる。ガンプラ布教目的としたモデラーにとって、そんなモデラーこそ老害まりない。

もう一度言うが二次創作でかつ無料公開されている作品というのは「子供の作ったガンプラ」だ。もしかしたら芽が出ていたかもしれないモデラーの才能を潰すと言うことだ。

未来があったかもしれない才能を潰すことをよく考えてほしい。

私は漫画小説映像作品いずれにおいても素人だ。

けれど長年投資を続けているジャンルがある。その会社クリエイターが作りたいものしか作らない。そして未だに有限会社である

ビジネスの面が弱そうにも見えるが、めでたくソシャゲ売上二位をキープし続けているのだ。

その有限会社ではメインとなるシナリオライターはそれこそメタ表現や、二次創作の吸収などがこの上ないほどに大好きだ。長年ファンをしていれば嫌気がさしそうになることも時にはあるが、それでも死ぬまでその会社作品投資をしようと決めている。

からこそ、無料公開の素人作品素人評価をしだすのは私にとって不気味以外の何者でもない。作品を良かったと賞賛することは理解できるが、比較して評価しだす姿は偉そう以外の言葉が私は出てこないのである

乱暴物言いであることは承知しているが、いい作品だったなら良いと良い、自分にとって悪い作品だったなら黙せよということだ。

解釈が違うから「◯◯の作品で××という考察だったけど、私は△△が好き」としだす精神構造が私にはわからない。

「私は△△が好き」ではなぜいけないのだろうか?

ガタガタのガンプラにも味はある。いずれも努力の成果である。味がないはずがない。やすりがけやニスが塗っていないことを指摘する某様とはどれほど偉い人間なのだろう。編集者でもプロ漫画家でも作家でもない。ただの読者様だ。そして読者は神ではない。

長年本を読む人間からこそ思う。読者は作者が本を出すことを祈るのが仕事だ。作家が続編を楽しみにし続けるだけの路傍の何かだ。

作者という神に祈れないのなら、それはもう読者じゃない。読者になれない自分を呪ったらいい。

それ以上に、人の筆を折って笑う人間は気色が悪い。

自分にとって解釈違いの作品を人が書かなくなったことを喜んでいる人間」が、私にとって最も気持ち悪いのだ。

二次創作一次創作を見ている自分の見ている幻影だ。幻影に答えなどありはしない。

こんなクソみたいな文章を読んでしまわれた方には申し訳なく思う。

だがいい加減限界だった。

読んでくれてありがとう

2018-10-07

anond:20181005160437

私は専門外で良く分からいから教えてほしいのですが、「理」に従って意見を交わすという前提である限り、ヘーゲル議論あなたが言うような「司会のいない多人数会議地獄」にはならないような気がするのですが。例えば教授らの飲み会とか、一見好き勝手物言い合っているようで、最終的にはお互い「理屈に合わないこと言ったら負け」という信頼感があるから結構話が落ち着くところに落ち着いたりするでしょう。ハーバーマスの考える市民的公共性の「自由さ」というのは、そういう「ルールを前提にすればどのような意見を述べることも誰にでも許される」という意味であって、議論の前提となる場を破壊するような「自由」の話なんかはしてないと思うのですよ。少数者が、論の中身ではなく数によって不利になるとか、つまり少数者の喋る権利を奪う「自由」などない。それはそもそも自由ではない。

ですからあなたの話だとヘーゲルが「公共性自由主義の相性が悪い」と考える理由が、腑に落ちないのです。あなたの論の中核にかかわる部分だと思うので、そこの所をもう少し丁寧に説明していただけませんか?

2018-10-06

子供道路で遊ばせる道路族、騒音扱いするな気にするほうがおかしい神経質だみたいな物言いがされてきたけど

注意に逆ギレした挙句その件について他の人に直撃されたら

「盗聴されてるから詳細は話せない」って言い出して完全にヤバい人なのが放送されてて笑ったわ。

パワハラ気味な上司の行動の言語化。ができない。

小規模企業に勤めていて、そこの社長の話なんだけど。

なんというか何に対しても攻撃的で批判的な物言いをしていて

なんの話をするにしても責めるような口調でだらだら話を続けるタイプなんだよ。

あなたのこういうところがパワハラで、そういうところは直してこういうふうにしてください。

って話をしたいなと思うんだけど、どこがパワハラなのかの言語化ってなんか上手くいかないんだよね。

↓ついさっきの会話例

「おう、ちょっと今日時間あるから俺が替わりに納品行ってやってもいいぞ。

まぁお前が暇で机の掃除しかやることがないんだったらお前が行ってもいいがな。」

僕「もうそういう予定組んでますし、私が行きますよ。」

「つまりお前は暇ってことか。暇なのはけっこうだが、きちんと業績も上げてくれないと困るぞ。」

なんかあんまりパワハラ度合いが伝わらないんだよなぁ。

だれか教えて??

2018-10-05

anond:20181005104013

自分属性以外への肩入れや自分属性に対する批判は素晴らしいとも一概に言えないんだよ。それを絶対だと思っている人が意外と多いんだけど。自己属性に対する否定ってリストカットみたいなもんでやってて気持ちがイイ面もあるんだと思う。

この正しさに酔っちゃうと、どんどん「敵」と認識した相手への物言い乱暴攻撃的になったり、外から見てイヤな感じになるんだよね。正しいからいいだろうって思っているんだろうけど。本人は正義だと思っているだけの人になっちゃう。相手と同レベルまで落ちるというか品位が下がるんだよ。

2018-10-04

事実誤認含んだクソバカな物言いでも知らない人にとっては含蓄ある発言に見えるんだな。

「この俳優声優はいつも同じ演技で幅が少ない」って言ってる無知蒙昧野郎みたい。

その演技が人気あって、求められてやってるんだよ。

デレステ担当SSRにならない悲しさと今後の総選挙提案について

さて少し出遅れ話題になってしまうが、デレステの月末ガチャについての話題

とうとう4周目のSSR実装され始めたことは既に話題になっている

納得いかないPも沢山いるようだが限定に関してはもはややむを得ない部分はあるように思ってる

プラチナスカウトチケット」が登場した以上、1年以上前限定アイドルは5000円払えば年三回確実に

ゲットできる状況になったが故に、トップクラスに人気のあるアイドルは1年サイクルで限定を出さなければ

利益を上げることが出来なくなった以上必然と言わざるを得なくなったかである

今回私が話題にするのは限定SSRではなく限定SRになった」アイドルの方である

しかしたら人によっては偉く身勝手なことを言っているかもしれないためそのことを踏まえたうえで

カーソルを下げてご覧いただきたい
























私は和久井留美のPであり昨年のキャラバンからやがて来るであろう和久井留美SSRのために

(丁度そのあたりから恒常SSRにボイス未実装で非ランカーのアイドル実装され始めた)

血と汗を流してジュエルを貯めていた

一時期端末がついてこれずにプレイが音飛びだらけでできなかった時でさえログインだけはして

ログボだけは稼ぐようにしていた

声付きの恒常二周目や9月の恒常全員声付きアイドルといった逆境にもめげず黙々とジュエルを貯めまくった

コミュ4がきていないキャラSSRになりやすいという不確定情報のみを信じて

そして今回まさかの恒常SSRではなく限定SR(それも既存絵という手抜き)という形で訪れたのである

ここ半年くらいは限定SRも声付きアイドルだっただけに完全に裏をかかれた感はあった

同じ和久井留美Pは手放しに喜んでたため水を差すようで申し訳ないが、とても私は喜ぶ気になんてなれなかった

今このタイミングSRが来たということは次回の総選挙(4月)までにSSRがくるのはほぼ絶望的になったかである

ただでさえ選挙デレステと合同になったことでボイス未実装アイドルが50番以内に入るのが狭き門になった状況下で

デレステのみのユーザーに最低限の認知をさせるために必要不可欠なSSR」がなければもはや死刑宣告を受けたも同然だからである

もちろんSSRけが全てではないだろうし選挙来年で終わることもないだろうとは思うがミリシタが出来た後にグリマスサービス

終了した経緯を考えるとモバマスの方のサービスがあとどのくらい続くかといった問題が発生してくる(もし総選挙デレステオンリーになった場合

運営ガチャブ等で力添えをしたアイドル以外のボイス未実装が勝ち上がるのは完全に不可能になるだろう)

そうすると多くの全圏外ボイス未実装担当Pにとっては来年ランクインできるかどうかというのはその後の展開も踏まえたうえで

色々と死活問題になってくることは言うまでもないわけで

とはいえ他の担当Pからしてみたら「いくら一部に熱狂的なPがいるとはいえ所詮総選挙全圏外が何を贅沢言ってやがるんだ」とか

「うちの担当アイドルなんてSR1枚しかないのにふざけんな」って思う人も居るかもしれない

少し上で書いた通り「SSRが次の総選挙までに来なければその後の展開踏まえて厄介なことになる」のは和久井留美だけではないわけだから

しかしながら以前は「総選挙50位未満」の内訳は解らなかったが、今はpixiv投稿数や同人本の数あるいはキャラソートの結果やデレステ

担当称号」を名乗っている人の数等で全圏外の中でも大体の人気順は把握できる

(例えば、pixiv一つとったって、調べたところ全圏外、SSR実装の中で投稿数1000超えてるのは10月3日現在和久井留美のみ

勿論pixivけが人気の指標ではないだろうが、これではあまりにも居たたまれない)

何より運営が「無料ガチャ終了」「ヘイト上等での4周目突入限定」のこのタイミング限定SRに抜擢したということは

「和久井留美にある程度以上の引きがある」と認めているようなものから尚更納得のいくものではない(最悪、和久井Pの強みである

発信力が仇となってヘイト反らしに担がれた可能だってある)

結局何が言いたいのかというと和久井留美SSR実装されないことについて運営から「引きがない」と思ってるのなら、自分の考えは

皆様が思ってるように「分不相応の贅沢」に相当するのはいうまでもなく、こちら側としても諦めがつくし「今後も頑張ってアピールしてこう」

という気にだってなる。しかしながら「一定の引きがある」と運営認知したうえで冷遇してるわけだから諦めがつかないのである

(その上で和久井留美コミュ4が「努力が報われた~」的な内容だからさらに茶化されてるように思えてならない)

これでは(一定需要を認めた上で)デレステ運営が和久井留美露骨に嫌っているかあるいはSSR実装したことで和久井留美が人気が出たら

今後の運営計画の中で何かしらの不都合が生じるかのどちらかとしか思えない(被害妄想と思われるかもしれないがそれならそれで

運営に問い合わせたら相応に納得のいく返答は返ってくると思うので問い合わせてみようと思ってる)

そしてもう一つ、運営の問い合わせにそれと同時に「もし次もデレステと同時開催するのなら、次回以降の総選挙は1位から183位まで

誰に何票入ったのかをきっちり公表してほしい」というのを要望しようと思ってる

以前は「下位のアイドル名誉のため」伏せていたと思われるが、今となってはこれは建前としか思えずもしかしたら運営

「51位以下を伏せておいたほうが誰を50番以内にするかである程度都合いいように誘導できる」ように思えてならないからだ。

また、自分担当含むボイス未実装担当アイドル立場からしたって今自分担当アイドルがのど位置に居るか分かったほうが、

今後の目標が立てやすくなるだろうし、ここまで来て自分担当が思ってた以上に不人気だからといった理由担当降りるなんて人は

もはやほとんどいないだろう

上記に書いた通りランキングには出なくても別の指標をすり合わせたら大体の位置は把握できるし何よりこれだけ長い間声がつかなかった

不遇に耐えてきた人たちに今さら「不人気」程度で担当Pを辞めるような薄っぺら人間なんて居ないように思うから

今回の一件で「担当Pとは何なのか?」ということについても色々考える機会も出来た

運営のやり方に無条件で従って担当アイドルの出番があればほめちぎる」本来それに越したことはないわけだし、

真っ当な愛し方でありそして模範的プロデュースの仕方だと思うから

しかし悲しいかな、時として運営のやり方に納得できずに今回の私のように解釈違い等も含めて「物言い」を

付ける人だってところどころで出てくると思うし実際ここ最近を振り返ってもケースは違えど何件か発生したことは確かである

ただその「物言い」を付けた人たちだって形こそ違えど「担当アイドルを愛している」からこそ納得いかないことについて

自分立場が不利になること上等できっちり物申してるわけでその人たちを「P失格」「同担として恥ずかしい」と

切り捨ててしまうのはいかがなものかと思わざるを得ない

担当を愛し「デレステというコンテンツ」をよりよいものにしたいからこそ出てくることだってあるわけだし

担当である前に1ユーザーであるわけだから(プロデュースしてお金をもらってるわけでない以上そこだけは

きっちり分別付けとく必要はある)、傍から見て多少のわがまま意見だったとしても、他の担当Pや

その担当アイドルをあからさまに傷つけるような発言でない限り許容するくらいの気持ちもつことが、

結局は他の担当アイドルリスペクトする気持ちだってつながるように思ってる


以上、長くなったが今回の件は本当に残念ではあるものの、担当への愛自体は変わらないので、

私は今後も紆余曲折しながら和久井留美プロデュースしていこうと思ってる(了)

2018-09-28

anond:20180928121555

二度目の人生問題とされたときもこの物言いよくあったけど、マジでこう考えているんだろうか。

これ同じ論法でありとあらゆる差別攻撃正当化出来る滅茶苦茶な理論だよね。

論戦のために分かって言っているならただのゲス野郎で済む話だけど、そうでないなら正気を疑う。

2018-09-26

言葉という形にしてはいけないこと。

LGBT騒動

発端の杉田水脈氏の発言に対して「政治家言ってはいけないことだが、生産性がないのは事実である」という言説を耳にした。おそらくネットでも同様の物言いが溢れていると思う。どうにも私には腑に落ちず、その言説を考えるとイライラしてくる。

まずは生産性の有無を主張するということ。主張するということは、当該事項にスポットをあてて、問題の是非を問うということである。そして、この言説の場合は、問題の是非を問うということをすっ飛ばして、いきなり結論に至っている。生産性がないのはよくないことである、と。

生産性。昨今、極右資本主義的な経営者が声高に唱える言葉である。そして、こういう人間たちが盲目的なシンパを抱え込んでいることは、ネットを見るとあきらかだ。意識高い系とか呼ばれる人々たち。もちろんすべてがそうであるとは言わないが。

私は、冒頭の発言が、これらの人間たちの意識に波乗りして、主張の正当性を強固にしているような気がしてならない。そこに媚び、というかずるさを感じる。

次。

こちらが本題なのだが、果たしてこういう発言をしてはならないのは、政治家に限ったこなのだろうか?言論の自由保証されているんだから云々だから、法的に問題がない。それにしても、発するものではないこともあると思う。

では何が、発することを押し止めるのか。それは、人々それぞれが持つ思いやりみたいなものだ。思いやりという言葉がきれいすぎるならば、倫理感、あるいは理性である

したがって「政治家言ってはいけないことだが」と発する人々をみると、劣する人間対峙しているという嫌悪感を抱いてしまう。言ってはいけないのは、政治家とかだけじゃなくて、普通の人々でも同様だと思う。

さらに、政治家からいけないという前置きで、自分は許されているという逃げ道を確保している態度が気に入らない。自らの愚を自覚せず、考えることすらしないで、高みから物を言っているということにすら気がついていない破廉恥

心の乱れた人が多くなったものだ。

2018-09-25

大きい水着の方が脱げやす???

ビーチバレー女子選手曰く、余裕のあるサイズだと砂や汗で脱げやすくなるからタイトビキニタイプ水着の方が機能的にいいという話だけど

それだと男子選手普通にハーフパンツに穿いてる理由説明がつかないと思うんだが

結局女子レスリングユニフォームをセパレートにしたらどうかとか言い出したのと同じ理由だろ?

陸上だって女子だけ腹出してる正当な理由何かあんの?

フェミ二次元ポスターかにどうでもいいとこに文句つけてる暇あるならこういう妙な性差物言いすりゃいいのに

男子側に合わせる(女子露出を減らす)か女子側に合わせる(男子露出を増やす)かすべきだろ

いつも真面目な話をしようとしてもかわされたり忙しいと言われたりして

付き合って5年も経つのになんの変化もなくダラダラしていたのだが

珍しく話がしたいと言われて、リビングに呼ばれた

もうお前のことは恋人として見れないし籍を入れるつもりもない

とハッキリ言われてしまった

色々気を使って遠回しな物言いをしてくれたけど

5年前あんなに大好きだと告白してくれて旅行デートが大好きで

一緒にいたいと言ってくれた人はもういないんだなと分かった

お互いもう恋人とは思えないでしょ?と言われたけど

私はここ2年くらいなんの恋人らしい言動もないことを気にしていたし

どんどん結婚出産していく同世代の友人たちを見てきて自分は惨めだなと感じていた

俺は仕事第一優先でお前やもし子供が生まれたとしても子供が最優先になることはない

とも合わせて言われた

まあ子供ができる行為なんてもう何年もしてないけど…

でも結婚したら子供が欲しいんだって そういう家庭が希望なんだって

から仕事趣味時間お金をかなり使う私は籍を入れたい対象ではないらしい

でも勝手家事やってくれるし楽だから籍入れなくて良いならこのまま一緒にいようだって

なんかもうよく分からなくなってきた

2018-09-23

趣味職場理屈を持ってくる友人

15年ほど付き合ってきた同性の友達がいたが、つい先日、一緒に参加してた趣味の集まり飲み会の参加についていざこざがあり、縁を切った。

彼は仕事ではそこそこうまくいってるようで、それなりに出世もしているが、どうも家庭では奥さんに邪険にされて居場所がなかったようだ。

そんなこともあってか趣味の集まりでも仕事ライクな物言いや進め方をするところがあったのだが、今年度に入って自分との仲がこじれ始めてから余計にひどくなったように思う。

縁を切ってすぐは苛立ちと不満でいっぱいだったけど、しばらく経って冷静になってみると、家庭では冷たくされて仕事しか自分を発揮出来ずに、ついに趣味グループにもその仕事理論を持ち込んでしまったのかな とか、仕事評価を得てるからって職場以外でも自分のやり方や物の言い方にみんなが賛同してくれるとおもっちゃったのかな とか考えられるようになってきた。

仕事でだけうまくいってるようじゃ、なかなか難しいね

定年退職するおじさんには職場での肩書き職場以外では使えないって教えてから出せよ」みたいな記事を読んで、ふと彼のことを思い出した。

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