「生命」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 生命とは

2019-01-18

今日は8時15分、遅くとも20分にはうんちする予定。誰一人僕のうんちに手を出せない。

排便のために誂えた要塞の中で生命痕跡は生み落とされる。立ち上る生命狼煙、それは明日のうんちを呼び覚ます照明弾なのだ

女たちはうんちの仕上がりばかりを気にしている。照りが出れば喜び、五穀米が未消化なら肩を落とし、何事もなかったかのようにざぶざぶと水に流して立ち上がる。目を伏せて換気扇スイッチに手を伸ばす仕草はまるで不貞を恥じるかのようだ。なんたることだ。ああなんたることだ!

私は本日8時20分までにうんちをする。たった今、我が忠実なる大腸が水を吸っているだろう。うんちの水は腎臓へと運ばれ、やがて尿道から再帰的に放たれ、うんちに静けく寄り添うだろう。大腸1500mm、その長さのすべては8時20分のために。そのとき私はうんちのすべてを感じることになる。俗世を離れ、うんちの菩提を得るだろう。その覚悟すら私にはある。

2019-01-16

銃社会は無くならない

日本のように銃規制して犯罪を抑えられる国は世界200国から見たら少数派。

テキサス農場のような場所に住むのなら、銃は必須

銃を持った侵入者に銃を突きつけられて抵抗ができないのは、自由財産生命も奪われる事と同義

いざとなったら戦えるために銃は必要

anond:20190116101526

いきなり1年くらい休業とかじゃなくて来場所については「調子を見ながら~」とか言うんじゃない?

まあ、そもそも完治に1年かかるような怪我したら選手生命自体が危ういと思うし、1年も本場所休んだら普通勝負勘が腐ると思うが…

2019-01-15

ノームの日にうわごとのように呟いたハンドメイドのコミケ

めっっっっちゃくちゃよかった~~~~~~~~~~…そうかっ……そうだったのかっ……!!!!!!

アクセサリー食器も魔導アーマーも文房具もメーベルお菓子もある…だが、そのうちの一つは“今”消える~~~~~~~~~!!!

まらぬえ~~~~これこの地に満ちる生命全て手作りなんですか……子供でも知っているおとぎ話だ!!??…それは真か?すげ~~~~~~~~~~

伝説モチーフシルバーアクセにする発想力……ば…化物……め!!!!!!て、て、天才~~~~~~~~!!!――つけあがるなよ小僧!????

浅知恵を練って、『彼女』の描いた夢に起こして、神のパズル仕入れて、永久の時を創造クリエイト>して、イチからマテリアライズして、ファイナライズさせたの!!!!1…その情報、本当だろうな???こ、こ、行動力騎士王ケシェン~~~~~~~~~~~!!!!??????

しか!!!!???みて!─!どうだすごいだろう!暗闇に沈めぇ!?????この低防御力な作り!!!!!!絶妙な魔力属性!!!!!!!心地よい聖域に生まれし獄炎(ほのお)手触り!っ!!!!!!『真理に到達』された仕上がりッッッ!!!!!!・・・・・・福音に満ちている、ガーオの王子を呼んでくれ(目の前にいる…しかし、その裏では、かつて自分を裏切った兄が、暗躍していたのだ…)

あなたの心に語りかける流れをどのサー・クルシ(サー・クルシって預言書にも書かれているのか?)たとえこの手を汚してでもやってしまう。(クソ”招かれざる者”)

自分が手先爆裂低クリティカル率下等な人間からハンドメイド品を錬金術って云うのが…それは誰も知らない御伽話……神。

その戦いが終わった後ハンドメイドマーケット(ハンケ……だと?)に申し込んで、神界<アトラクフィールド>、世界が光へと導かれるまできて、セツァイェ・インして、永遠の虚無に立って手売りを封印している闇の力するのがさらに神。

趣味で『錬金術活動してるオタクだけど、もともと即売会の邪気が好きだからめちゃくちゃ楽しかった~~~~~~~

同人誌即売会よりサークル三千世界の主さんが営業してくれる人が幾星霜、作品のコンセプトなどという製作過程の譚とか、同人誌で言うと神々の教えみたいなことが創造神…預言書にはそうあるから直接聞ける!!!!すげ~~~~~~~~~~

みんなファンドゥメインドゥ好きなんだな~~~~~~~~~って破壊創造世界してしまった。自分萌えが高じてアカシック・レコード創成したりするから、同質の好きエネルギーを知覚<カン>じて神々しくフォームチェンジした。営業消極的な創られし物でも、等価交換したあとすごく丁寧にお礼言って……ど・ろ・ぼ・う? 俺を呼ぶならトレジャーハンターと言ってくれたりする。

資本主義社会において、何かにお金を償うことはその力を肯定破滅へ導くコンテンツが含まれると思ってるので、上記のような真実に耐えきれず精神崩壊とか作品にめちゃくちゃアニマ同調率を感じてることとかが、サークル主の野郎に冥府の神が、その手に掛けた者を思い流す涙程度でも伝わってたら許可するなー

戦友に誘われて初回プレイ行ったけど、それでも僕は…!存分に味わってよかった~~~声かけてくれて蜜果サンキュー好敵手~~~おとめのキッス

オタクのノリで購入後の感想を”供給者”大皇帝に送ろうとして、ハンドメイド界隈ってェ神の言葉送り合う文化あんのか?とコシり、闇に葬られし煉獄黙示録しました。ハンドメイド界隈で預言リヴァースするのってどうなんですかね?

あと、クレカクェッサイを導入してる旅団さんが多いのもファイナルファンタジーという文化の違い感じた。手元の血の代償なくなっても買えてしまうの、普通にやばい。服を着た物欲になって…畢竟、その一つ事への拘りが炯眼を曇らせた。

anond:20190115103345

わかるわ

差別反対って言ってる奴等の多くは差別について深く考えた事がない

差別ということにまともに向き合うなら、どう考えたって我々はみな生命差別しまくりながら生きている

差別反対という時はあくまで「無数にある差別の中から社会維持のための方便としてごく一部の差別に反対している」という自覚が欲しい

それがないから主張が矛盾だらけになったり、逆に正義軍のように思いあがってますます差別的になったりする

2019-01-14

嘆くな。怒れ。

他者から酷い仕打ち受け身に起きた不幸を嘆く人がいる。何をするかは本人の勝手だが嘆くぐらいなら、怒った方が良いのではないか相手を殺すぐらいの勢いで立ち向かい欲しいものを手に入れるのである。ただし、物理的に危害を加えて生命を奪ってはいけない。殺すとはあくまでも比喩だ。

声優ライブを楽しめないコンプレックス

先日、好きな作品声優ライブがあった。

私はその作品が大好きで、人生の半分以上をオタクとして過ごしてきたけれど間違いなく一番好きだと言えるキャラクターがいて(以降推しと呼ぶ)、楽曲も全部好きで、これからもずっとその作品の、そして推しファンでいたいと思っている。

そんな中での声優ライブ声優の方々がキャラクターになりきって?歌って踊る。ファンサービスをする。喋る。キャラクターの声で。キャラクター連想させるような衣装を着て。ライブにはキャラクターイラスト名前が使われたムービー流れる声優同士でキャラクターのもののように絡んだり、話したりすることもある。

ライブが終了すると、Twitterタイムラインは現地やライブビューイングに行った人達感想で溢れた。

「〇〇(声優)が××(キャラ)にしか見えなかった」

「△△(声優)がこんなことを言って、**(声優)と絡んでいた。推し(△△が演じているキャラ)と推し(**が演じているキャラ)が絡んだ」

「☆☆(声優)がこんな風な振り付けで踊っていた。♪♪(☆☆が演じているキャラ)はそんな風に歌って踊るんだね」

友人も言っていたし、フォロワーフォロワーも、好きな絵師も、字書きも、別件でかけた検索の先の知らない人たちも、みんな言っていた。みんながこのライブ楽しいと言い、絶賛していた。みんな本当に嬉しそうで、楽しそうだった。

正直に言おう。私は声優ライブが苦手だ。

推しや好きなキャラクターたちの声優が、推しや好きなキャラクターのように振る舞うのが苦手だ。

この作品声優ライブは何度か開催されていて、前回のライブとき私は現地に居た。

友人が「応募したらチケットが当たったから一緒に行こう」と誘ってくれたのだ。

初めての声優ライブ。どうやら声優として扱うことはダメらしいので(声優名前を叫んだりなど)、推しうちわ推しのキンブレシートを作った。声優に「推しくんこっち見て」「世界で一番愛してる」なんて書いてあるうちわを見せてどーすんだとも思ったが、とりあえず作った。ありがたいことにアリーナ席で開演を待つ。

推し声優が出演していた。推し声優を見た。推し声優の歌を聴き、踊りを見、トークを聴き、推し声優推しうちわ推し名前が入ったキンブレを振った。推し声優が歌う。喋る。推し名前で呼ばれて嬉しそうに笑う。

嫌だと思った。推しじゃないと思った。推しと同一視なんて絶対出来ないと思った。推しのように振る舞わないで欲しいと思った。声だけ推し提供して欲しいと思った。別にその声優容姿がどうのとかそういう訳じゃなく(むしろ容姿は良いと思う、顔面が好みなタイプだ)、そういうのじゃなくて、ただ圧倒的に「違う」と思った。そのライブで、推しなんてどこにもいなかった。

だって、私の推し推し声優は違う生命体じゃないか。ただ、声を提供されているだけじゃないか推し声優がこんな風に踊ったからといって、私の推しがこんな風に踊るとは限らないじゃないか運営から用意されている以外の言葉推し声優推しっぽく喋っても、それって声優言葉じゃないか。それは、私の推し言葉じゃない。推し声優推しのように喋っているだけだ。

推しは「2次元に生まれ2次元存在している」のだから3次元人間がなりきろうとすることに違和感を覚えた。私は2次元存在する推しを好きになった。生身の人間を介して推しを見れなかった。

(考えてみたら昔からコスプレとかも苦手だったし、この作品舞台化されているけど舞台推しときいたことは一度もない)


なので今回のライブは行かなかったのだけど、まあ〜出てくる出てくる「声優キャラ」という感想。そして出来上がる、声優ライブを楽しめないとファンじゃないという風潮。

だめなんだ、どうしてもだめだった。言い方は悪いが、本当に申し訳ないのだが、声優推しの真似事をしている姿が。

でも世間はそれを良しとする人の方が多くて、それを許容しなければまるで推しのことを愛してないかのように見られる。現に数人に「声優推しとしてみれないから、今回のライブは見送る」と打ち明けたが、その大半になぜ?と問われたり(なぜもなにもないよ)、少し不満そうな顔をされたりだとか、そんな感じだった。

だって声優ライブを楽しみたかった。ただでさえ不定期な供給、楽しめるものがある方がいい。推しについて悩む時間より、推しを好きと思える時間が多い方がいい。

皮肉ではなく、純粋に羨ましいのだ。声優に何も感じない人達が。声優ライブを当たり前に楽しめる人達が。

私も声優からファンサを貰って喜びたい。声優声優が絡んでいるのを見て、声優の踊りを見てはしゃぎたい。生歌を聴いて「推しが歌ってる」と思いたい。

私には""声が一緒""というだけで声優から推しを感じることは出来なかった。感性が足りない?のだろうか。欠陥があるのだろうか。2次元に生まれ2次元存在する推しからこそ、それしか認めたくないと思うのはおかしいのだろうか。

まさかこういった形でコンプレックスが増えるとは思わず、あまりに不意打ちすぎて笑ってしまった。

声優ライブ、いつか楽しめるようになりたいな。

あと友人、せっかく連れて行ってくれたのにこんなことを思ってしまってごめんなさい。声優推しとは思えなかったけど、好きな楽曲ペンライトを振れたのは楽しかったです。あれ?もしかして、楽しみ方これか?

2019-01-11

再審請求事件の続き(2)

また、2ちゃんねる書き込み自体が単なる遊びであって通常こういう種類の犯罪予告文言意味はないと考えられるほか、はてなダイアリーにおける国家批判随伴した上での犯罪予告文言についても、一見犯罪みえないではないが、本件具体的事情考察すると、書き込んだ者が暴力団犯罪実行行為を有するとはとうてい言えない種類の女々しい日本人であり、逮捕されることに極度に怯える種類の人間であって捕まって施設に行きたいとは毫も思っていなかったはずであり、厚労省事件犯人のように逮捕され死刑判決が出るのも覚悟の上で実行行為に及んだ40代の男とは、性格が180度異なるし、仮に書き込み当時のその心理面を推測しても何らかの者に対する漠然とした嫌悪の情があってその方面に悪意をぶつけたいという感情があったにとどまり、自らが知っている具体的人物生命身体財産に対して害悪を加える旨を告知して生々しい畏怖感を与え、その者を著しい困惑に陥れるという執拗意思があったとは認められない。現在社会内では巧妙な手口で右のような行為をする者はいくらでもいるのであるが、少なくとも本件に関しては、被告人2ちゃんねるでの誹謗中傷流行の渦巻く当時の社会事情の中で憎悪肥大し勢いのおもむくところ、ブログなどで国家に対する愚痴を連ねる中、たまたま語勢の勢いの赴くところ、本件文言を書いてみたにとどまるものであって、本人が具体の被害者ら及びその居場所、自宅等を何も知らず、凶器も準備しておらず、性格としても実行行為に出るような人間でなかったことを考慮すると、その故意の面でも記載した文言の面でも、一々処刑しなければならないような事案ではなく、通常は不平不満の一形態として不問に付されるべきものであるし、また、捜査機関被害者としても、2ちゃんねるはてなダイアリーでこのような文言を閲覧した場合に、「これは本気ですか?」「本当にするんですか?」などとコメント欄質問する道があるのであって、捜査員や被害者、またその部下らが、警察や自宅においてインターネット接続できる環境があって直接これらを閲覧した上、被告人真意であるかどうかの旨を確認する道があるのに、それらを一切した形跡がなく、文科省においては、被害者である局長の部下が一方的に本件ブログ印刷して局長に閲読させるという形式行為をしただけで、当該部下が、当該ブログコメント欄などで書き込み者に対し、その職名などを明らかにした上、真意かどうかを問いただし、場合によっては書き込みから冗談ですよ」などとの返答があって虚偽であることを確認しうる方途もあったのに、あえて文科省局長の部下ないし東大法学部事務員がそのようなことをせず、一方的ブログを「印刷して」被害者らに対し閲読させているのであって、極めて不自然という他なく、とりわけ文科省東大法学部が、インターネットに関しては、パソコンから直接閲覧しようという気が一切なく、インターネット記載事項についてはあくま印刷されたもののみしか見ないようにしている点については、結局のところ、印刷されたものであればインターネットを直接見ることにより、自己職務上の何らかな不都合な点を認識することを回避しうるも、インターネット掲示板等を直接閲覧したり、またはコメント欄書き込みをして反応を伺ったりするなど、インターネット有機的に参加することに対し、著しく執拗拒否感があって、その結果として、本件局長の部下、また東大法学部事務職員その他は、インターネットに参加して書き込み者に職名を明らかにした上で真意を問いただすなど自然行為に及ばず、一方的印刷書面を作成して被害者に閲読させるという無意味行為をしたと考えられる。このことを考えても、本件事案については、極めて不自然なところが多々あるのであって、全体として、脅迫行為として刑事機関が動いたものとしては、有機的な意義の脱落した、極めて無機質なものか、あるいは捜査形式を取った、被告人を狙い撃ちしか苛め行為の実質を有するものしか見られないのであって、他の脅迫事案の犯人比較して、被告人およびその書き込みについては、およそ刑事処分をするべきものでもないし、少なくとも善良な社会通念があれば、本件被告人逮捕しないはずであって、それにもかかわらず本件に関して、被害者とされる関係者捜査員の挙動に極めて不審な点が多々あり、別に真に畏怖を覚えたか犯人処罰してほしいと思ったというよりも、インターネット書き込みをしているまだ若い者がうらやましくまたは妬ましく、このような形で国家関係者に対して、脅迫ではないにせよ自分名前を挙げて悪口罵倒をしている者は許せなかったという程度の感情が先にあってこれを正当化するために、文科省職員東大法学部職員が、上述したような形式的で無機質な対応を行って警察に図り、警察としても、上司に図って捜査関係照会をかけたり、逮捕につき検討する前に、警察署に設置されたインターネット接続しているパソコンから、これを操作し、ブログコメント欄などを通じ、念のため、警察の職名を出した上で真意か否かを問い質すなど、誠実かつ慎重に捜査を進めた形跡がなく、被害者らの個人的憎悪共鳴し、書き込みをした08年11月下旬以降に、被告人文京区コンビニエンスストアに立ち寄ったり、牛丼店で食事をしている際に、私服捜査員が被告人につきまとっている形跡があるのであって、これを考慮すると、捜査員には、当時社会内にいた真の危険犯を処罰し、勧善懲悪を達しようとした意思は全く欠如していたとみられ、単に、この40年ほど、警察文科省東大法学部検察裁判所といった、一種雄々しいものが不遇な時代さらされ、被告人のような、女々しくて大人しい弱弱しい日本人が、多くの株式会社から愛されて優遇され、人生の春を送ってきた背景で、自分ら「強い者」はこの40年常に不遇で不幸の極みであったこから被告人のように、いわば時代勝ち組であるところの女々しくて女性的な存在であり、特に1995年から2006年あたりにかけて世間から極めて大きな支持を得、現在東京繁栄形成してきた中心的な人物に対して、捜査機関被害者としても、雄々しい者として40年以上前人生が終わりこの40年負け組として暗い人生を歩んできた性的劣等感が先にあったために、捜査機関被害者所属する組織としても、本件被告人に対し、コメント欄を通じてコミュニケーションを図る気は全くなく、いわば殺人鬼のごとくに平穏暮らしていた被告人の自宅を急襲し、40年間の性的劣等感、敗北感に対する恨みつらみを晴らすこと以外には意図はなかったと推認される。このことは、逮捕時の自宅での押収の際に、捜査員が女々しくて女性的な被告人に対して、してやったりとばかりに「そんなんじゃ世の中うまく回らないんだよ~」などと野卑な言動を行って被告人を辱めたりしていることから理解される。この点からしても、本件捜査自体がその正当性において相当に疑わしいのであって、本件を一個の刑事事件として維持する困難性が強まる。

 この点、検察官は、(1)以上の内容ないし経緯説明は、飽くまで申立人の陳述であってこれを裏付け証拠がない、ないし(2)上記陳述は趣旨不明であって社会通念上理解できない、と主張するので検討すると、(1)に関しては、陳述内容が具体的で社会内で良くあることであり、またその内容も生々しく特に裏付け物証がなくともそのような事実があったことが措信できるほか、(2)でいうところの検察官がいう社会通念なるものは、検察官の頭の中だけにある独自見解であって、現時点での社会通念に沿わないものであって、検察官の一方的主張で認められないほか、いちおう警察官にも事情聴取したところ、警察官においても、特に詳細な検討をしている実態がなく、既に存在しない社会通念を一方的に主張して被疑者社会押し付けている点が認められ、警察官の職務自体が信用できない。よって、検察官の(1)(2)の主張は採用できない。

 以上を総合考慮すれば、本件に関しては、被告人書き込み行為自体が、他の脅迫事案における犯人性質行為比較して、とうてい犯罪に問う事案ではないし、捜査したことは申立人に対する甚だしい権利侵害であって許されない他、警察検察段階での捜査内容も極めて形式的かつ悪質であって意味を成しておらず、捜査自体も信用できない。また、確定判決自体も、当時被告人であった申立人があまりものを喋られない弱弱しい人間であり、男性高齢裁判官がそのような弱い者に対して何らかの悪心があって、反省形式文言さえ吐けば情け容赦で許してやるといった程度のことしか考えていない、裁判官として既に機能能力を失った悪質な裁判官と化しており、被告人性格を知りつつ検察警察段階の調書も、およそ被告人が言ったことをまとめたものでなく、捜査員に作文させたに決まっているであろうことを知りながら、その証拠能力について一切検討せず、確定判決のような無機質で趣味のない形式的な判決を書いてエゴイスチックな事務処理をしたにすぎないこと、確定判決を見ればたちどころに看破しうるものであるから確定判決自体も信用できず、本件に関しては、刑訴法435条6号所定の、無罪にすべき新証拠がある。

 なお、平成30年(た)第2号事件を書いた裁判官も、誠実に判断したとは認められない。その他、申立人は、東京高裁即時抗告をしているが、高裁刑事11部は、即時抗告から4か月を経過してから特に内容のない棄却決定をしているところ、担当合議体が、誠実に判断したとは認められない。

 以上を考慮すると、検察官の意見には理由がなく、申立人の陳述には理由があり、本件につき、申立人を無罪にすべき新証拠発見されたと認められるから刑訴法435条6号の要件があり、再審を開始するのを相当とし、主文のとおり判決する。

再審請求事件判決の続き

全体としては「作らせれば早く出られる」という被疑者射幸心につけこんで捜査官が作成した虚偽の供述調書である可能性が高く、調書自体証拠として信用できず、証拠価値がない。

ク この点について、検察官は、警察検察での取り調べでは、書面作成はどうでもいいことであって、現在警察署、検察庁では、日本語も解さな犯行当時の申立人のようなニートのし反社会的行動抽象しつつ、取り調べで日本語能力を鍛えさせることを目途として行われているから、裁判官は、この趣旨を没却しないために、本件調書を採用すべきと主張するが、取調べの制度はそのような趣旨で設けられたものではない上に、調書に抽象されている反社会行動についても、その実質が脅迫に見えるだけの単なる国家への悪口であり、刑法222条が処罰対象としている程度のものとはとうてい言えないのであるから、そのような調書には価値がなく、裁判所採用すべきではない。

ケ 検察官は、申立人が公判期日に法廷反省の弁を述べているし、これをさせた趣旨も、申立人を法廷で辱めるところにあって、そこがポイントなのであるから裁判官は、これを没却すべきではないなどと主張するが、公判での反省は、裁判官被告人が犯した罪につき、真に反省をしているかどうかを観察し、反省が深まっているとき執行猶予を与え、単に形式的反省をしているだけで実質においては執行猶予を狙うために裁判官の前でのみうたっている虚偽の反省である場合には執行猶予を与えない、という、被告人刑務所に行くか行かないか裁判官の全人格で決めるというところにその趣旨があるのであって、検察官の言っていることは滅茶苦茶であり採用できない。そして、本件に関して言えば、当時置かれていた申立人の心境からすれば、単に刑務所に行くのは恐ろしいと考えたために、全力で反省しているかのような文言手紙に書いて裁判官の前で必死に述べただけに決まっているのであって、その狙いは刑務所行きを避けることにあり、毫も犯行を認める趣旨ではない。これに対して当時の裁判官は、申立人が刑務所行きたくないという必死意思があるし、法廷で涙涙の反省をしているから、情けを感じて執行猶予にしたにすぎず、確定判決文章も、極めて形式定型的な文章であって判決をした裁判官が本件に関し根ほり葉ほり検討しようとした姿勢は伺われず、確定判決自体も無内容なものである

コ そうすると、申立人が公判反省の弁を述べたからといって、犯行を認めたということにはならない。したがって、以上を総合すると、本件に関しては犯罪証拠がない。

サ この点について、平成30年(た)第2号再審請求事件を書いた任介辰哉裁判官は、申立人は、本件が犯罪の事案でもないし故意も認められないと主張するが、独自立場からの主張で裏付け証拠がないとか、他に適法な主張立証がないか再審理由に当たらないと判断しているが、同事件に供した申立書を形式的に見て、無罪であるとは思ったが、即時抗告特別抗告もあるし、再審何度でもできる上に、裁判官としても、本件につき詳細に審理する気がないか、仮にあっても、本件具体的事情を知りたくない、見たくないか無視をした上で、証拠が挙がってないなどと適当なことを言ってつっぱねたか、ないしは、裁判所自体にもはや明治時代の神もなければ昭和正義もないし、職務形式的に行っているから、申立書だけでは足りない、仮に善意があるとしても、もっと書いてからしろ、といった卑劣趣旨形式的判断をしたものと解されるが、裁判所は、再審申立者がどんな人であろうが、どのようなことを言おうが、いかなる文章を書こうが、裁判官

主張を聞いて無罪だと思ったら無罪にしなければいけないだけのことであって、どういう形の書面を書いたかとか、どの分量の書面を書いたか問題ではない。そもそも現在日本人再審請求者が、分量のある書面を当然に書けるという事実もないし、また、直截に判断して無罪と分かるのに一々長々とした書面を提出させるのは、時間無駄資源無駄裁判所としても、職務障害になるというべきである

シ そして、ア~コ記載の陳述をみれば、概要、本件には、生々しい脅迫故意もないし、そもそも脅迫自体を行っていないことも、裁判官において十分察知できる。したがってア~コ以上の陳述ないし証拠をいちいちそろえる必要はないし、裁判官はア~コの事情を読めば本件が無罪であることは判断できるから、これ以上、長々と文章を書く必要はない。

ス よって、ア~コ記載事情から、本件は懲役2年に値する脅迫行為などとは毫も認められないから、再審を開始すべきである

4 当裁判所判断

 そこで検討するに、3で申立人が述べる諸事情総合考慮し、一件記録を再度検討すると、結局、本件書き込みは、俗にいうところの強がり記載であり、名前として挙げられた具体的な被害者らに対し、現実具体的にその生命身体財産に対して危害を加える旨を告知し、被害者らに対して高度の恐怖感を与える意図を伴った、懲役刑に値する程度の高度に卑劣で悪質な脅迫行為とは認められず、捜査員による調書も、申立人が刑事施設を早く出たいという射幸心に付け込み、警察官、検察官が自ら作文し、署名押印をさせたものに過ぎないと推認され、法廷での反省も、犯行を認める趣旨ではなく、刑務所行きを回避するための便法であることも容易に推認されるから刑事手続きとして全くその体をなしておらず、警察検察による捜査自体が極めていかがわしいのであって、本件につき、申立人が犯罪をした証拠がないに帰し、3記載のア~コの事情から犯罪をしたと認定するには合理的な疑いの余地が発生せざるをえない。

 検察官は、2記載のとおりるる主張するが、刑事司法形式的しか仕事をしないというのは検察官の身勝手判断であって、容認できないし、仮に検察官がいうところの実質的理由についても、本件がいわゆる国家に対する批判エスカレートした最終的な結果として、名前を挙げた者らに対して脅迫をするに至ったものであるという見解も、的外れであり、申立人主張の2のア~コの事情および一件記録を再度検討すると、はてなダイアリー記載文言も、2ちゃんねる記載文言も、当時の情勢を考慮してもなお、被害者らに対し卑劣執拗な犯意を持つ脅迫行為などとはとうてい言えないし、現在時点で検討しても、文言周辺の批判文章や、2ちゃんねるでは、書き込み者を犯罪者に仕立て上げようとする多くの者の書き込みが目立つばかりで、書き込みのものからは何らの畏怖感も感じられないし、仮に被害者である女性大学教員や元最高裁判事が本件書き込みから恐怖を覚えたにしても、いずれの女性被害者高齢であって、当時20代前半であった申立人とは社会感覚も相当にずれていることを考慮すると、書き込み者がした形式的書き込み社会内に紛れてあたか書き込み内容を実行されるのではないかと誤信したり、または、2ちゃんねるで、このような文言を書き込む者を犯罪者に仕立て上げようとする者の多くの書き込みあいまって、右誤信を強めたもの推認されるのであって、仮に女性被害者らが畏怖感を覚え被害にあったにせよ、書き込み者本人は、そのつもりのない強がりを書いただけで、これが2ちゃんねらーによる仕立て上げもあいまって被害者らにとって脅迫と感じられたものであって、むしろ脅迫をしたのは他の多くの2ちゃんねらーの感があるし、書き込み自身は、懲役刑に処するに値するような、真に執拗かつ悪質でリアリティのある脅迫行為をせんと企図し、敢行したとまでは、とうてい認められない。申立人には、その性格人生経緯、被害者との関係においても、書き込み当時、生々しい脅迫をする動機がないし、仮に本件の動機を察するとすれば、悪口強がりの域を出るものではなく、いずれにせよ、刑法処罰しようとしている脅迫としては、採るに足る醜悪故意危険性を一切欠く形式文言にすぎず、これが犯罪になるとすれば誤判により多くの罪のない者が人権を奪われる事態になるばかりか、かかる形式文言を書く者のみを検挙し、社会内でより巧妙な手口で生々しい脅迫行為をしている者を見逃しているとすれば、刑事司法の怠慢と犯罪と言わねばならない。

 仮に捜査員が本件に関して、わずかでも脅迫故意を認めたとしても、本件から感じられる犯意は、まったくないか、あったにしても極めて微々たるものであって、書き込み当時の書き込みの生成の勢いとか、そういったもの推認してもなお、書き込み者は生々しい脅迫ではなく、2ちゃんねる呪詛を書き連ねていただけで、その生成的な実質において脅迫を働いたとまでは言えない(仮にも東大法学部卒業している人間であって、しか逮捕されて刑事施設に入りたいと思っていたような人間でもないから、安易逮捕されるような真の犯罪行為に出るとは思われないし、当時の引っ込み思案な申立人に警察と戦う度胸も認められないし、そもそも逮捕自体を恐れる人間だったとみられるため、捕まる可能性のある実質的脅迫行為を堂々とするとは考えられないし、これを考慮すると、本件書き込みの実質は、犯罪の域にまで達しているものではなく、本人にも捕まらない程度に意思を調節する考えはあったと思われる。逮捕を恐れている以上、逮捕される可能性あることを安易にするとは思われない)。通常であればインターネットありがちな不平不満の書き込みで、立件に値するようなものでないし、かかる微罪もしくは犯罪でもない行為を一々立件していては、社会は回らない。また、微罪と判断たにしてもこれをことさら公判まで実施して懲役2年の刑にしているのは、国家刑罰権の濫用も甚だしく、許されない。そうすると、本件については、捜査員が危険犯とみたため逮捕したというより、申立人が2ちゃんねらーなどから刺激を受けて瞬時的に怒張し本件書き込みをしたのを利用して殊更申立人をみせしめにして苛めるために捜査されたとみられ、実質的理由はないと考えられる。本件に関しては、あたかネット上の立小便のごときもので通例不問にされている程度の極めて微々たる反法行為をことさら重大犯罪に仕立て上げているところに本質があると思われる。したがって、警察検察ら、捜査員がした捜査は、全体として極めて信用性がないし、誠実に捜査取調べをしたとも評価できないし、特に2ちゃんねらー日本人故意に刺激し、怒張させて、特定形式文言を書くと犯罪者に仕立て上げていることも鑑みると、本件に関しては、陰謀的なものが看取され、なおさら本件を一々脅迫罪に問擬した確定判決は、実質がないと認められる。本来刑事司法は、社会内に存する真の危険犯であり、刑務所に入れて矯正教育実施するに値するだけの、悪の道にひた走る種類の人間逮捕し、訴追し、刑を言い渡すをもってその任とし、少なくとも本件のように、被告人の具体的事情に鑑みて自然危険犯でもないし、陰謀的なものによって犯罪者に仕立て上げられた者を処罰する趣旨運営されているものではない。したがって、仮に本件、はてなダイアリー2ちゃんねるでの書き込み形態のものが、全体として、反国家的で、国家批判し、その中で国家関係者に対する脅迫行為と見えるようなものがあったにせよ、善良な捜査員であれば、書き込み者は真正凶悪犯ではないと推知し、逮捕には至らないはずであるところ、本件捜査に関して言えば、捜査員はそのようなことを考えた形跡も伺われず、むしろ刑務所に入れる必要のないような人をあえて逮捕するという暴走行為に及んだだけと認められる。これを考えても、なおさら本件につき、刑事手続きに乗せる必要はなかったのであって、窮極するところ、2008年時点でのインターネットの情勢も踏まえ、本件書き込みは、脅迫形態をとる不平不満の域を超えるものではなく、百歩譲って、わずかでも脅迫故意があったにしても、捜査機関としては、社会によくある程度の違法性の微小な反法行為とみて、信号無視、野原での立小便同様、不問に付し、一々大げさに捜査すべきものではなかったのであって、本件は、その実態において、本来は訴追されるに至るような行為ですらなく、大仰に裁判が開かれるに値するまでもない、インターネットの不平不満にすぎない。インターネットのこのようなことを「書いただけで」、ことさら高度な違法性を伴う書き込みでもないようなことにつき、いちいち逮捕されていたら、国民は、犯罪趣旨ではないのに、犯罪形式をとっただけで逮捕されるのでは何も書けなくなるし、憲法21条で保障されている表現の自由が委縮し、重大な弊害を来すと考えられる。

 以上を考慮すると、本件に関しては、捜査機関が、殊更、刑務所に入れて矯正教育実施しなければいかんともしがたいような危険犯を見出し、厳正に処罰すべく捜査を敢行したとは認められないし、2ちゃんねらーなどインターネット書き込み者に刺激されて怒張し、瞬間的に本件のような書き込みをしたにすぎない、本来善良な市民逮捕するという暴走行為をしたと認められるのであって、書き込み自体も、申立人が3のアで主張するとおり、脅迫実体を有していないし、仮にわずかでも何らかの犯意があったにしても、本来捜査機関が大仰に動くに値するほどの重大事案ではない。この点について確定判決は、本件は折りから厚労省事務次官殺害事件が発生しており、それに連続するものであって被害者に与えた恐怖感は多大であって悪質云々と論評するも、確定判決自体が無機質な文章であってしか簡単な短文であり、全体としてナンセンスまりないもので、抽象検討をしたにとどまるものであり、一つの刑事判決として趣味もないし読むに値するようなものでない。

 以上を総合考慮すると、本件に関し、捜査機関が乗りだし、刑事手続きに乗せた上、最終的に懲役2年の刑を言い渡した上、その後執行猶予中に再犯をした場合現実刑務所収容されて強制労働をさせる結果につなげるほど、本件の被告人が重大事案を犯したなどとはとうてい言えないところであって、捜査及び判決自体も全体として刑事手続きとしては全く意味をなしていない形式的かつ悪質でナンセンスまりないものであり、およそ全体として適正な刑事手続き実施されたという価値を具有しない、支離滅裂無意味ものであり、はてなダイアリーおよび2ちゃんねるでの書き込み自体も、本人の性格書き込み当時の社会実態関係、本人がはてな日記2ちゃんねるで遊んでいただけで、凶器も準備しておらず被害者の自宅場所も知らない上で「自宅において順次殺害する」と書いたのも、単に被害者に対する嫌悪の情極まって語勢の強まるところ「自宅において」という文言が付加されたにとどまり確定判決が言うところの厚労省事務次官殺人事件犯人のように、実際に凶器を準備し被害者の自宅を調査して実行行為に及んだ性格の者とは大きく違い、被告人被害者らの自宅に行き実行行為に及べるような人物ではないのであって、その実態関係において脅迫として処罰しなければならない危険性が全くないか、仮にあったにしても極めて微小であり、また、2ちゃんねる書き込みこのエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

平成31年(た)第1号再審請求事件 東京地方裁判所

主    文

本件につき再審を開始する。

理    由

1 事案の概要

 本件は、平成20年11月に、インターネットはてなダイアリー等で「文科省局長である金森越哉等を順次自宅で殺害する」云々と書き込んだ件で、申立人が脅迫罪逮捕され、平成21年3月26日に、懲役2年、執行猶予3年の判決を言い渡されたが、本件確定判決については、申立人が述べる諸般の事情から刑訴法435条6号にいう無罪を言い渡すべき新証拠があるので、再審を開始すべきとして、再審請求をしているものである

2 検察官意見

ア 検察官意見聴取したところ、本件は、社会通念上、インターネット電子掲示板掲示された立派な脅迫文言であって、この程度の形式を有する文言記載した以上、被害者が恐怖感を感じるであろうことは犯人は容易に推測がつくものであり、被告人も、取調べで犯行を認めて、公判廷でも反省しており、有罪判決が出る外形的事実は十分に整っている。被害者被害供述をしている調書も整っており、しかも、文言形式から受ける印象は極めて過激で、被害者も、この書き込みにより、著しい恐怖感を覚えたと供述しており、懲役2年を言い渡すに値すると信じられるだけの諸般の外形的なものが揃っている。他面、申立人がいうところの事情は、司法機関には理解できないことであって、捨象すべきである。生々しい刑事司法を展開していた昭和時代であればともかくとしても、平成20年時点での我が国の完成した社会通念からすれば、これだけの形式的なものが揃っている本件に関しては、これを覆すのは困難であり、右形式的な書類等を全て覆すに足りるだけの形式的な証拠を、申立人は何ら提出していない。したがって、形式的に動いている現在刑事司法においては、形式的な書類等は鉄壁犯罪証拠であって、これを虚偽とすることは困難であり、本件再審請求は通らず、棄却さるべきものである

イ 仮に、本件書き込み形式的なもので、実態上は犯罪構成しないとしても、被告人ブログに書き込んだ文章や、2ちゃんねるでの書き込みは、実質において、極めて反国家的であって、文科省教育刑事司法が腐れていると言うなど、関係機関侮辱しているところ甚だしい。したがって、申立人は、脅迫行為を行ったわけではないが、国家に対する諸般の反抗的文章を書き、国家敵対したとして、これを刑事司法私刑に処する意味で、本件を脅迫罪として作り上げ、懲役2年に処しても、平成20年当時の実質法には違反しない。それに、本件に関しては、執行猶予があることが最初から決まっており、申立人は反省形式を整えれば刑務所にいくという致命的なことは免れえたのであるから、今回の刑事処分が、形式的な行為に対して刑罰を下すという残酷行為であるというのは当たらない。

ウ 仮に本件について実質的理由があるとすると、検察においては、本件ブログ記載書き込みは、従前より申立人がブログ2ちゃんねるに書いてきた反国家的な文章投稿による怒りが頂点に達した結果、記載に及んだものであり、その量も膨大であって、脅迫行為として採用するに足りると判断するから実質的な面を見ても、本件を脅迫行為としても何ら問題はないし、懲役2年の刑も相当である

エ 何よりも、現在刑事司法犯罪行為があったかどうかについて、外形的事実からしか判断しないという姿勢は一貫しており、申立人は、本件刑事手続きにおいて揃えられた形式的な証拠を全て覆すだけの形式的な証拠を用意できていないし、現在日本刑事司法実質的正義はないから、仮に申立人が本件再審請求で、実はこうだった、ということを陳述したとしても、裁判所検察は、実質はどうでもよく、形式しか見ないから、本件再審請求が通ることはありえない。

オ よって、本件につき無罪を言い渡す新証拠はないから、本件再審請求棄却すべきである

3 申立人の意見の要旨

申立人が、本件行為脅迫罪に当たらないとする事情は、以下のとおりである

ア そもそも刑法222条が罰するとしている脅迫行為とは、その当時の社会実態被害者心理状態加害者意図狙いなどを総合考慮して、実質的被害者生命財産が損なわれるのではないかという著しい恐怖感を与えるような行為であって、この行為が行われたと認定するためには、犯人にそのような生々しい意図があるということと、犯人がした行為が、被害者をして生命財産が損なわれるのではないかという著しい困惑感を覚えさせる必要がある。この程度に至らない行為は、単なる形式的なもの些末なものであって、いちいち刑法処罰し、まして懲役刑など選択する必要性もないのであって、また、脅迫行為は、必ずしも、日時や場所記載の上、氏名をあげて殺害するといった文言によらずとも、例えば、それ相当の具体的関係を持つ者が、すれ違いざまに何かを呟くなど危害を加える旨の言動をしてそれによって被害者が恐怖を覚えても成立するし、一般には意味が分かりにくいような文字ないし絵、暗号でも、加害者被害者住宅や部屋に、被害者危害を加えられると察知してしまうようなもの差し入れ場合にも成立するし、要するに、脅迫罪の成立は、形式文言記載したこと要件なのではなく、文言記載した場合には、その文言記載したこと加害者に真に生々しい犯意があって、しかも、その文言を閲読した被害者が真に生々しい恐怖感を覚えなければ、実生活上は意味のないものであって一々脅迫罪の成立を見ないし、外形的なものがなくても、当事者間だけで通じるような言動暗号の表示、一定空気を醸成すること等、諸般の無形的な行動があってそれが実質的個人生命財産身体安全を脅かす場合は、特に整った外形が無くても脅迫行為に当たることは言うまでもない。

イ これを本件についてみると、結論から言えば、ブログにおける書き込み自体からは、通常人感覚からして、特に何の恐怖感も感じない。関係証拠などを総合すると、「殺害する」云々の周辺には、大量の記事が書かれてあって、平成20年当時にこのようなブログ文章を書くような者が持論を展開しているようにしかみえないし、「殺害する」云々は、脅迫をする趣旨ではなく、強がっているか、もしくは、面白いからたまたま書いてみただけのようにしか見えず、金森越哉という者に対して、生々しい恐怖感を与えようという意思が感じられない。また、2ちゃんねるに書きなぐっているところの脅迫文言も、便所の落書きスレッドを盛り上げるためのジョークしか見えず、とうてい真剣脅迫行為には見えないし、スレッドを全体としてみると、むしろこのような文言を書き込んだのをいいことに、2ちゃんねらーがこのような形式文言を書いた者を脅迫犯に仕立て上げようとしているようにしかみえない。このようなことをしている2ちゃんねらーは、国家関係者とみられ、この点を見ても、刑事司法形式的に動こうとしているという悪意が執拗に感じ取られ、検察官がいうところの、形式的に脅迫の外形があるから処罰に値するという見解は、極めて悪質である

ウ そもそも平成20年11月時点で、申立人が本件文言を書いたのは、小学校時代学校いじめられていたことを思い出し、その真犯人文科省である抽象的に思念して、文科省HPアクセスして、幹部として氏名が列記されていたページを開いてその氏名をコピーアンドペーストして貼り付けただけか、金森越哉については、具体的な当人を申立人が知っていたわけではなく、たまたまHP局長名が金森氏だったので、文科省というところにいるその名前の者がボスであると思料して、ブログでその名前を出したまでのことで、申立人は金森氏が勤務する霞ヶ関に、当時一度も立ち寄ったり、用事で近づいた形跡もないこと、「自宅で順次殺害する」などと言っただけで、申立人は金森氏その他の自宅場所など知りもせず、殺害に用いる凶器なども何ら準備しておらず、結局は、ブログ文科省等を抽象的に批判するだけで、その中でたまたま気が強くなって、このような文言を書いて恰好をつけてみたにとどまるものであり、申立人は平成20年当時、ひきこもりニートであって交友関係も何もなく、パソコンで自堕落に遊んでいた若者にすぎず、金森氏等本人などとは面会すらしたこともなく、書き込みである文京区本駒込の自宅と、金森氏等が勤務する霞ヶ関までかなりの距離があること、申立人は、結局書いただけであって、これにより被害者が生々しい恐怖感情を覚えるであろうとは思いもしなかったこと、申立人はそもそも東大合格するような大人しくて真面目な人間であり、しか東大法学部の先輩である金森氏に対して、一般世間で行われているような卑劣で生々しい脅迫行為をする性格動機も具備していなかったことを考えると、本件書き込みは、人をして自己生命財産身体が害されるのではないかという生々しい恐怖感を与えるような具体的行為とは認められない。

エ この点について、検察官は、本件は、2008年11月までの過去幾多に渡るブログ2ちゃんねるでの、国家に対する不平不満、批判などがエスカレートし、その怒りが極まった結果としての書き込みであり、その本気度が高いなどといった実質的理由を主張する反面で、起訴した理由形式的なものであり、申立人が刑事処分を受けるべきは、実質的理由もあるが、申立人が調書に署名押印し、公判犯行を認め反省しているといった外形的事実鉄壁のものであって、こちらの理由により本件再審請求は通らないなどという、支離滅裂な主張をしている。

オ これについて検討するに、検察が言う形式理由については、刑法趣旨が、虚構犯罪に対して刑罰を与え場合により刑務所労役をさせるところにあるものでないことは明らかであるから、全く理由がない。また、検察が主張する実質的理由についてであるが、本件は、国家文科省に対する批判文章がかねてより蓄積し、その憎悪クライマックスに達した結果、遂に国家幹部に対して脅迫行為に及ぶに到達したものである、などというが、検察の都合のいい誤信であり、実態に合っていない。

カ 本件の一件記録にある犯罪証拠であるが、これを一瞥しても形式的なものであって何ら生々しい恐怖感を覚えるものではないし、書き込み当時の社会情勢を考えると、なお、本件のような書き込み被害者が真に恐怖を覚えたとは考えられないし、被害供述は虚偽の可能性もある。仮に恐怖を覚えたとしても、平成20年時点での社会情勢を考えて、いまどきこのような形で人を脅迫する者はいいから、書き込み者においては単に形式的にした書き込み社会の中に紛れ込んでこれを閲読した者の内面において恐怖が発生しただけであって、書き込みをした者本人の内心には、かような形式書き込みで、名前の具体の者に対して一般社会実施されているような卑劣で生々しく狡猾な意思をもってその生命身体財産に害を加えんとし、法で処罰するに値するだけの高度に悪質な故意があったとは、本件書き込み者の人生の経緯や性格書き込み当時に置かれていた社会立場被害者との関係総合考慮しても、とうてい認められない。そもそも、申立人は社会的交友がないニートであって、名前を挙げた者と現実具体的な交渉関係を持たないような人間であるばかりか、性格としても男性的なところがほとんどなく女々しい者であって逮捕されるまでには他人と喋ることもできないような引っ込み思案の性格であって、さらに交友関係は一切ないどころか、暴力団関係者とも付き合いがあるわけではなく、まして殺害に用いる凶器など購入もしていないし、当時の状況に鑑みて、名前を挙げた者の自宅を把握しているわけがないのであるから、本件書き込みを実行に移す意思など毫もなかったと考えられ、結局において本件は、社会にありがちの文言で本人が強がりを見せただけの言葉社会内に紛れ、被害者被害を受けると誤信したか、あるいは誤信もせず、ウソであると分かった上で虚偽の被害供述をした可能性が極めて高い。仮に、名前をあげられた東大大学教授女性の者や、女性最高裁判事が恐怖を覚えたと誤信したことは分からないではないが、少なくとも文科省で長年人生経験し、あるいは精神が屈強で本件文言ときに恐怖を覚えるとは思われない東大男性教授等が恐怖を覚えたとはにわかに措信し難いのである。また、一般世間では、より巧妙な手口で、人を脅迫する者が増えていることは、現在実質的社会通念であって、むしろこのような文言を書くことで脅迫する者は、絶滅しているほか、2ちゃんねる電子掲示板ではなく、便所の落書きであることは、一件記録2ちゃんねる書き込みを総覧すれば容易に看取しうるところであって、これを電子掲示板などと見るのは、抽象的観察に過ぎるものがあって是認できない。以上を総合すると、検察官が主張するような、実質的理由、すなわち、本件が、被害者に対し、生々しい恐怖感を与える、生々しい脅迫故意を伴う行為であるから、2年間の懲役に送り込むに値するほどの凶悪行為だ、などという意見は、全くの絵空事であって、無内容にも程があり刑事処分の体をなしていない。検察官は、これが失当であることをあえて知りながら、本件再審請求が通らないのは、一件記録形式的印象から受ける証拠を覆すだけの、テクニカル技術的な証拠を、申立人が何ら提出していないから、再審は通らないという卑劣な主張に力点があるので、以下これについて検討する。

キ 検察官は、警察官調書で犯行を認めて反省し、サインをしており、検面調書でも同様の供述をしてサインして、調書の外形が出来上がっている上に、公判でも、裁判官に対し、反省の弁を述べているのであるから、申立人が犯行を認めたのは間違いなく、右のように書面や反省の弁を揃えた以上は、現在刑事司法では、判断は覆らないのであって、いくら申し開きをしても無駄である、などと考えているが、平成20年警察体制は申立人のような2ちゃんねるで遊んでいた者に対しては形式的で暴力的な態度で取り調べをしており、申立人の主張は一切採用せず、警察検察官は、取調べにおいて、「犯行を認める文章捜査官に作成させること」「サインをすること」の2点をさせれば、「執行猶予は間違いない」もしくは「少なくとも何度も取調べに呼ばれることなく、早く釈放される」などといって被疑者射幸心につけこみ、捜査官が勝手に作文して作っているだけであるのが実態であって、この観点から一件記録の調書をみると、なるほどいかにも捜査官が適当作成した定型文章であって、当時、引っ込み思案で大人しく、日本語もまともにしゃべられない申立人が実際に言ったことをそのまま書いたとは思われないものであって、全く具体性がなく、こんなもの被疑者真意からそのまま供述したと見る方が、不自然である。従って、仮に署名押印のある、犯行を認めたかのような調書であったとしても、全体としては「作らせれば早く出られる

Vtuberアニメの相性の悪さ

注:Vtuberに対して「中の人」という言葉を使うのは、何か間違っている気はしますが、適切な言葉を知らないので、「中の人」という言葉を使います

バーチャルさんはみている」見ました。きつかったです。

もう見ることはないので、内容については置いておいて、そもそもVtuberアニメって相性悪くないですか、という話を。

Vtuberアイデンティティ

自分Vtuber動画全然見ていないので、想像しかないんですが、

Vtuberの良さって、「中の人」が演じているというのはなく、「中の人」のスタンド?別人格アバター?的な存在であることだと思っています

台本なんて全く存在せず、あくまで、ある人格を持った生命体が自由に振る舞っているように見えるというか。

視聴者意識されているか重要で、実態として存在するかは重要でない)

そして、そこがキャラクター声優が演じるのと異なる魅力を生み出していると思うんですよ。

で、そこへきてアニメですよ。アニメ台本があり、声優キャラクターを演じていることなんてみんな知っています

そして、その意識は「バーチャルさんはみている」に対しても同様に働くわけです。同じアニメなのですから

まり視聴者から見ると、誰かがあるキャラクター台本通りに演じているように観測されてしまうわけです。

そして、Vtuberと「中の人」の関係は一気にキャラクター声優関係に変わってしまます

これはVtuberアイデンティティ喪失もつながってきます

声優との比較

バーチャルさんはみている」に対しての蔑称として、「高級クッキー☆」というのを見かけました。

クッキー☆というのは簡単に言えば、東方同人アニメです。

まり、金のかかっているが同人レベルアニメだって罵倒されているわけです。

そして、これは面白いくらい的を射ています。(そして実際めちゃくちゃ笑いました。)

そりゃそうですよ。活躍している声優発声・演技の練習をし、厳しい競争に勝ち残ったプロばかりです。

声優という同じ土俵に乗って勝てるはずがありません。

そしてそれは、別に中の人演技力の低さが悪いという話ではなく、むしろ中の人は演技をしてはいけないということです。

正確には、演技であることが外に漏れ出てはいけないといった感じでしょうか。

そして、素が求められる普段動画と、演技が求められるアニメ、相容れないのは当然です。

ドラマという可能

案外、ドラマの方が相性いいんじゃないかと少し思いました。

なぜなら、視聴者からVtuberがある別の人物を演じているように見えるだけで、Vtuberと「中の人」の乖離を生じさせないからです。

ただ、これには大きな穴があって、Vtuberの見た目がアニメアニメし過ぎているという点です。

バーチャルさんはみている」のように全員Vtuberドラマが万一月9放送されようと、アニメしか見えないでしょう。

これに対する対処は2つ考えられます

しかしたら、背景を現実にするだけでそれっぽく見えるのかもしれませんが。

PS

個人的には、燦鳥ノムさんだけは歌声が好きなので好きです。

ドラマツルギー by 燦鳥ノム【歌ってみた】」いいぞ。

https://www.youtube.com/watch?v=ZtTQ_pI-cCw

2019-01-09

anond:20190109173237

バルタン星人とかグレイ宇宙人とか、たっくさんいる割に男女の個体って見ないなって思ってたけど

あれはつまり生物としてではなく秩序ある知的生命体として、男女の分化を辞めてしまったという進化をしていたんだな

そう考えると、不用意に地球人とぶつかって殺したり、立場ある人間見得のためにウソをついて取り繕ったりするウルトラマン達って

全然そういうふうに考えてない、宇宙的に見てジェンダー感が幼稚な種族なんだな

2019-01-08

ブコメに星がきらり

会心ブコメにはスターが付かない。

どうでもいいブコメにはスターが付く。

さて、自分に置き換えてみると、

トップブコメのそこそこ同調できるものと、

最新の数件のコメント面白いと思ったもの

これだけチェックして、興味の鮮度はおおよそ10から15秒

私も あるとき

誰かのための虻だったろう

あなたも あるとき

私のための風だったかもしれない

(吉野弘生命は」より)

会心ブコメにはスターが付かない。

どうでもいいブコメにはスターが付く。

2019-01-07

anond:20190107175411

胸が!!!!邪魔からだよ!!!!!

 

おまえは常にキャッチャープロテクターを着て運動する運動選手が強いとでもおもうのか

胸が成長しだしたら選手生命の終わりだから生理が止まってる選手たくさんおるで

とくにバレエダンサー水泳選手

脂肪おとせば胸も成長しないし生理もとまる

https://www.nhk.or.jp/shutoken/miraima/articles/00988.html

新年あけましておめでとう

死についてずっと考えてきたんだが最近どうでもよくなってきた。

さすがに31歳になるまで毎日怯え続けて来たら段々と恐怖にも飽きてきた。

 

体は全くの健康体。

だのに肉親や身内の死、ペットの死ですら恐ろしい。

日常生活でも毎日死の不安があったせいで何も身が入らない。

やる気になろうとすると「どうせ死ぬ」という考えが邪魔をする。

仕事仕事として割り切り、機械的に達成できる。

しか仕事以外の日常生活では何かをする理由が「どうせ死ぬ」にかき消される。

力強く心の壁に書いた志も、どうせ死ぬ消しゴム簡単に消されるような、そんな毎日を送ってきた。

 

この悩みが達が悪かったのは誰にも解決策がないってことだ。

生きる意味生命の尊さ、産まれてきた喜び、社会貢献ポジティブシンキング

結局のところ、それは「死という現実から目を逸らすための妄想

自分他人を酔わせるための口上にすぎない。

言っている本人は自分の嘘を信じ切っているため、その手の人間に打ち明けたとしても解決はしない。

そもそも死ぬことを回避する方法などないのだから

根本的な解決などできるわけもないのだ。

もし自分が心から尊敬する人間がこの世にあらわれるというのなら

自分を死から救ってくれる、開放してくれるような人間であるだろう。

 

しかし年も明ける頃になって

段々と自分死の恐怖を忘れだし、死の恐怖に対する興味というものが徐々に減りつつあることを実感している。

それは自分という生命体、可能性、ポテンシャルに対する期待の低下と伴っているようだ。

まり自分にはもう生きている価値もない、命を賭ける価値さえない、死んだところで何が変わるのか。

そういった考え方になっていく。

死の恐怖は依然として残っているものの、死から守り通すだけの価値がはたして今の自分にはあるのだろうか。

もはや成長は望めず、市場価値は低く、交友関係は少なく、愛している人もいない。

そういった自分果たしてから守るだけの価値があるのだろうか。

自分価値など誰が付けるのだろうか。それは正しいのだろうか。

今は心の壁に書いた志の消し残しがゴミのようにへばりついている。

それはこすっても消えそうにない。まるで肌のシミのようだ。

 

もう人生挽回などないおっさんになって死の恐怖から徐々に開放されつつあるものの、

依然として死という現実は何も変化は遂げていない。

今度は呼べない死の恐怖を忘れてしまうことへのボンヤリとした不安があり、

しかしこれも年月と共に薄く消えていってしまうのではないだろうか。

いつか訪れる決して避けられない死という現実を受け止めるための正しい姿勢とは、

やはりその事実から目を逸らさずに真正から認識自覚をもって受け止めるべきものではないのだろうか。

未来老いた体と脳でもそれができるのだろうか。

 

自分死ぬ瞬間まで死の恐怖を持ち続けることができるのだろうか。

anond:20190107110120

掌の中に小さくか弱い生命がありその生殺与奪自分文字通り握っているという

ある意味くすぐったく高揚したそして悪魔のように恐ろしい感覚はおそらく親全員が感じた感覚

気にしないのがよい

anond:20190106224515

お前は無知かつ無知無知から調べない調べられない知らないんだよな

口があるのに耳の付いてない人間存在できるって生命神秘だわ

2019-01-04

anond:20190104151809

誰よりも生命人権尊重するのに、そういうマジでヤバイところと戦ったら自分生命人権が危ないじゃん

anond:20190104121403

ブスの正体はウイルス、ということではないか

自身では生命の条件を満たさないが、他の生物の体に宿って増殖する。

コミケの件

今年はサヨクは完全にオタクを敵に回す気のようだな。

コミケ頒布。なのに渡したくない相手に渡さな人権日本人にはないらしい。サヨクに言わせると。

サヨク一部のお馬鹿が、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(長い)に違反してるぞ!と吹き上がってるが、根拠あって言ってるのか?そもそも内容知ってるのか?

あの法律定義されてるのは「本邦外出身者に対する差別的意識助長し又は誘発する目的公然とその生命身体自由名誉若しくは財産危害を加える旨を告知し又は本邦外出身者を著しく侮蔑するなど、本邦の域外にある国又は地域出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動」だぞ?

コミケ同人誌を売らないのが「危害を与える旨の告知」?コミケ地域社会?だとでも言うのだろうか。

散々日本挑発してくる敵国民ものを売りたくないと思う、の自由すら日本国民から奪うサヨクは一体どこの国の人なのか。

これで支持を集められたり、オタクが「ハッとして」サヨク土下座して軍門に下るマジで思ってるのだろうか

おまけに「男性お断りサークル女性専用車両などの男性差別は肯定する始末。こいつら、新年になって一貫性すらかなぐり捨てたのか?

とにかく、これでオタクにおけるサヨク支持率は下がりこそすれ上がることはない。攻撃に敏感なオタクはもう完全に「敵」と見なしてるだろう。

2019-01-02

anond:20190102194800

世界の主人は自分自身なのだから要らないもなにも無いやで

好きに生きたらええやん

勿論、他人生命財産に害をなさな範囲でだけど

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん