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はてなキーワード: 生命とは

2018-08-16

anond:20180816122237

いや、読み方としては筋が通ってるはず。

十三条

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重必要とする。

公共の福祉キーワードではあるが、基本自分の命は自分で決められる権利を有していると見做しても問題ない。

anond:20180816121841

んで、憲法13条は、「オメーの命はオメーのもので、他の誰にもその決定権はない」ってことを書いてあるんだが、

日本国憲法

十三条

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重必要とする。

ソバカさんの自分にとって都合のよすぎる法解釈全米が泣いた

世界よ、これがクソバカだ!!!

あと、お前が他人自殺教唆していいことにはならねーから

anond:20180816121317

法律の上位存在憲法だろw 憲法を守れないならその法律は守らなくていい。

んで、憲法13条は、「オメーの命はオメーのもので、他の誰にもその決定権はない」ってことを書いてあるんだが、それはつまり増田自殺するかどうかについても「おめーの決定であればそれを憲法尊重する」ということなんだ。

まり、この文言増田が遵守し、なおかつ増田が本当に死にたいというのであれば、憲法はそれを止めないしむしろ推進する側にあるんだよ。

他に自身生命について言及している条文は、刑罰関連にしかいからな。これはガチだぞ。

増田死ぬことを許されているんだ。

分かったな?

anond:20180816120111

「第十三条

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重必要とする。」

流石クソバカ。遵法とこの文が矛盾してると思っている。クソバカ、サイッコー!(全員でジャンプ)

2018-08-15

anond:20180815211518

日本人場合

自分家族生命危険が及ぶ可能性がある場合相手を殺しても構わない。

と思ってる人が多いと思うので、そこまで追い詰められないと無理ちゃうかな。

2018-08-13

医療機器が誤動作したら患者死ぬんだよ」

時計が狂った程度で誤作動するIT技術者がメンテする生命維持装置とは一体。

ゴミクズIT技術者って、睡眠障害二次障害死ぬ弱い人の存在を軽視してるよな。

こいつらにとって人間の体調より技術が上位なのだろう。

やっぱり、ITぎじゅつしゃは精神小学生レベル

2018-08-12

anond:20180812204642

からブクマカなんていう生命はいないんだから具体的にIDを出しなさいっていつもいってるでしょ

意外とダブスタ見つからないんだよこれが

http://fut573.com/compare/

これ使って見つかったらまた来なさい

2018-08-10

anond:20180810120512

こういうのって活動家的発想で、24時間365日動いてないと死んじゃう生命維持装置とか使っている人とか真の弱者の命を危険さらす事だと思うけどね。

自分サマータイムに賛成して、何か起きてから為政者非難の為の燃料にしたい気満々で怖い。

anond:20180810012418

 "Space, the final frontier. These are the voyages of the starship Enterprise. It's five year mission, to explore strange new worlds, to seek out new life and new civilizations, to boldly go where no man has gone before...

宇宙、それは人類に残された最後開拓地である。そこには人類想像を絶する新しい文明、新しい生命が待ち受けているに違いない。これは人類最初の試みとして、5年間の調査旅行に飛び立った宇宙船U.S.S.エンタープライズ号の驚異に満ちた物語である。)" (TOS冒頭のナレーションより)

http://amija.fc2web.com/st/startrek.html

🖖

2018-08-08

anond:20180808231245

服もヅラ生命エネルギーとしてのイメージの一部だよ。

葬られる時に素っ裸って奴はいない。

そこはあくまで生きた時の姿だよ。

2018-08-07

なにか言わずにいられないが、もう黙ろうと思う

医大の点数差別の件である。ここに書きなぐってもうこの件については発言しない。批判者の正義のエサになるのはもうやめだ。

  

色んな場所で、外科医師の窮状とそれを解消するための患者側の金銭面・時間面・利便性ひいては生命犠牲必要であることを発言してきた。

人的・金銭資源の不足も言ってきた。

犠牲という言葉を使ったのは病院の集約を行い、足りない医師をなんとかしようとすれば病院へ着くまでの時間は長くなる。

それは脳梗塞治療など一時間早く病院についていれば助かっていた人が死ぬからだ。時間がかかる=死ぬ確率が高くなるからだ。

  

だがそれでもそれを「医療崩壊という脅し」「工夫が足りない」「現状維持への言い訳」「差別容認」と捉える正義漢が後を絶たない。

女性減点の記事の一週間前に出てた「日赤医師に200時間残業容認」という記事はここまで燃えていなかった。

要は医療界をなんとかしたいのではなく、差別というわかりやす絶対悪糾弾したいのだろう。

残業三昧の医師は嫌だ、医療崩壊は許さん、金は払っているだろ、工夫しろ

もう体を張らない正義たわごとうんざりだ。

  

最後

医療業界は急性期病院の集約という形で動いている。来年辺りから病院倒産診療科閉鎖が相次ぐだろう。だが、最悪よりだいぶマシな選択だ。

正義批判者様へ。これは正義のための犠牲だ。不便だろうが人が死のうがこれは金も人も不足している中で仕方がないことだと覚悟していただきたい。

この構造はもう10年以上前から続いており、負担を伴う改善策を出すたびに批判殺到した。君らが喜んで金を出すことに期待はしていない。

少子化対策

少子化対策で何が有効なのだろう。

子供は持たないと決めている自分が「この条件なら考える」という条件を考えてみた。

まずお金

共働き夫婦で妻(自分自身)は育休3年取れるけどお金子供のために使いたくない。

なので、教育費は無料で。

その他子供にかかるお金も1円たりとも使いたくないので子供を生んだら1億円ほしい。

そして時間

平日は夜、土日は全て、それらの時間子供のために使いたくない。

なので、親に預ける。

幸いなことに徒歩5分のところに妻の両親がいるのでここに預ける。

ただ、両親が死んだら困るので365日24時間いつでも使えてずっと預けておける無料保育園を設置してほしい。

さら出産

10ヶ月も腹の中に別の生命体入れて歩くとか無理。

しか死ぬほど痛いとか無理。

なので代理母にお願いしたい。

さいごに遺伝子

卵子精子を抜き取って人工授精して代理母に託す、という手もあるが、

妻の遺伝子やら夫の遺伝子やら、そんな劣った遺伝子の子供とかいらない。

なので、北川景子ダイゴ卵子精子で作りたい。

…………お金子供のために一切使わず時間子供のために一切使わず出産は別の人にお願いして、遺伝子も全くの他人のものをもらう。

うん、この条件なら子供を持つことを考えるよ!

という結論になったのだが、よく考えたらこ子供を作ったことになんねーな。

要するに「産みたくない奴は何したって産まねーよ」ということ。

2018-08-06

anond:20180806215843

2.を突き詰めて自分自身生命を終了させれば悩みはなくなると思います

なぜ生き物は子孫繁栄しようとするのか

これずっと考えてたんだけど

生存バイアスかな

 

生命というもの誕生して

色々変化した結果、繁栄しようとする指向性を持ったものが「結果的に残った」ってだけで

そう考えると繁栄というのは結果論しかないのかもしれない

 

生命と言えば、多様化というのも特徴だが

繁栄する」と「多様化」は一部でコンフリクトする

繁栄しない」という手もあるから

両方の性質を持ったのが生命であり、結果として残るのは繁栄指向性を持ったものだと考えるとしっくりくるし

じゃあ多様化は要らないのかと言うとそうではなくて、多様化性質も持った種が残ってきたわけで両方必要なのかもしれない

 

そう考えるとLGBT周りの議論ってまんま生命本能のぶつかり合いみたいで面白い

でも結局「繁栄側」が勝つんだろうな、そうじゃないと辻褄が合わない

 

おととい帰宅中に考えた

校庭にクジラが流れ着いた

日曜日文化祭の準備で朝から学校に来てみたら、校庭にクジラが流れ着いていた。

学校の仕組み上、昇降口から校庭は見えない。

キャーキャーと声が上がっているのは知ってたけど、僕はそれを無視して4階の図書室に行ってしまたから。

そんなわけで図書室の窓からクジラを見下ろしたときも、僕にはグラウンドに横たわる巨大な茄子のようにしか見えなかった。

このコロニーの液体層の深度はレベル2。まさに平均的な擬似海面を保っていると言える。

ただ昨今の猛暑に伴う資源の確保と安定性は急務となった。それで、コロニーを群体として有機的に相互接続を繰り返した。結果、その中に大海生命体をコロニー化してたどこかの研究機関のものたまたま混ざり込んでいたらしい。研究規格のコロニーを使えばいいものを、わざわざ一般規格り混ぜていたのだからタチが悪い。

ともかく、一般規格扱いということで、このクジラが乗ったコロニーは学園区画に無理矢理に接続されてしまったというわけである

クジラにとっては案外快適だったのではないか。きっとこのクジラは、一時的にでも疑似的な海に収まることをよしとせず、無重力空間という非日常を最大限に享受しようとしたに違いない。

空気クジラ、浮かぶクジラわたしたちフィクション世界で会うクジラたちに彼はなろうとしたのだ。あるいは、飼育されているうちに、そんな知識を得ていたのかもしれない。

ただ、浮かぶクジラ自由はもたなかつた。

たまたま降りたところがまた文化祭前の学校だった。

彼はまたどうなるんだろう。まだ生きているのだろうか。生きているなら、再び空が海に帰れるのか、このまま文化祭オブジェになるのか。

あいいかクジラ次第だしな。

2018-08-05

anond:20180805033642

たくさん食べなくてもいいけど、お腹空いてると不安になるから空腹は避けたほうがいいと思う。

多分、本能的に生命危機を感じているからだと思ってる。

水も同様。

歩くのも本来人間は歩き回って食べ物を探していたので「歩く=生きる」と感じて死にたくなくなるのではないかと思ったから。

2018-08-02

医学自由であるべき」という主義自分としては当然に東京医大

女性受験者に対する一律減点措置に対しては避難する立場にある。

医学学問であり,学問の自由の下に一定学力日本国籍があれば,年齢性別出身地人種において差別されることなく学ぶことができなければならないと考えている。

したがって今回の東京医大女性受験者への一律減点措置醜悪性差別であると同時に,日本国憲法への重大な挑戦であると受けとめ,誠に遺憾であるとこれを匿名非難する。

また「予め減点を広報すべきである」という意見は男女共同社会及びポリティカル・コレクトネス時代において愚考と言う他ないだろう。

が,個人として絶賛過疎であるおらが村に女性医師が来てほしい,また入院中の担当医になって欲しいか?と問われれば断固として拒否する。

その理由は散々言われていることであろう女性医師ゆえの不具合が多すぎるからである

まして担当が変わっても製品は変わらない通常の会社業務と違い,出産育児限定したライフイベントによる医療過疎,

担当医師一時的変更による一貫性のある治療が受けられないこと,

さら生理日による感情と体質の変化によって診断の基準が変化することに依って患者が被る負担は計り知れないものがある。

また飢餓不眠不休への耐性はあるが,一般的責任感が欠けていることを否定する要素がないことを統計証明してしまっている。

かつて結城法子三佐という女性医官(と同時に部隊を率いる幹部自衛官)が舞台に無断でチュニジア旅行に行き,そこでテロによる負傷を受けた。

当時の状況の説明を求める記者へ「頭が真っ白になり涙が溢れて」と取材を拒絶したこと批判が集まったことを覚えている人も多いだろう。

氏は結局逃げるように依願退職したが,こんなことを過疎の村や重大災害時にやられてはたまったものではないだろう。

それを男女共同参画実現のために受任せよと,そのために増税を受け入れろ言われて黙っていられるだろうか。

生命がかかっているのである

劇場版ポケットモンスター みんなの物語を見た

劇場版ポケットモンスター みんなの物語」を見たので感想。と言うか自分メモネタバレ気にしてないのでそういうの嫌な人は回避推奨。

総評

「まさに千八百円と上映時間分の時間投資する価値がある映画」を100点だと考えたときの点数は15点位。ひどみ。低評価。なんだこれ。

しか微塵も揺るがない増田。なぜなら(自分的には大体似たカテゴリに入る)「ドラえもん のび太の宝島」が脅威のマイナス点数の失神級駄作だったので免疫がついたのだった。

群像劇という野心的な企画

シナリオの作りが野心的で100分という尺の中でなんと群像劇をやろうとしていた。

主な人物として「市長の娘ヒロインのラルゴ」「ギャルっぽいヒロインリサ」「過去を抱えた市長オリバー」「後悔に生きる老婆ヒスイ」「コミュ障ポケモン学者トリト」「口からのでまかせで生きてきた男カガチ」あたりがいて、それぞれが内面問題を抱えつつ生きている。物語舞台ウラティを訪れたサトシは、この街生命線とも言える「風祭り」に参加。そこで起きる大事件に様々な人間と関わり合いながら立ち向かう……という映画のメインストリー

この「群像劇をやりたい」という企画性というか意気込みを、まずは評価する。……んだけど、それはやっぱり難易度は高い。脚本はあちこち駄目ぽだった。大きな問題点としては感情動線理屈建て不足で、なんか悩みやトラウマがある→でも私の力が必要っぽい→周りが盛り上がってる→感動パワーでうわー解決! というのが群像劇分水コピーされている。

そこには「今までの悩みやトラウマを超克するための内面的な気付きやきっかけ」みたいなものが不足していて、「今までダメだった理由」「今回は立ち上がった理由」が極めて薄いかキャラによっては存在すらない。感動的な音楽がかかって背景で大火災とかあるからやらなきゃならないやったでーというわりと雑なほうりなげだった。そんなんだったらそもそもトラウマいらんでしょ。

そのほかにも、山の中で発見された聖火を市長が街まで持って帰れば時間は余裕なのに(また普通に考えて街の宝を放置するほうがありえないのに)、わざわざ間に合わないギリギリまで放置して女子高生ギャルスプリントさせるとか、なんかこう……脚本レベルで穴が多い。

「みんなの物語」「みんなで協力するという感動」という企画性は理解できるんだけど、脚本陣にそれを実装する能力が欠けていたように思われる。かと言ってそれは脚本家をけなしているわけではなくて、企画レベルで(つまり脚本方法性や盛り込もうとした素材のボリュームレベルで)無理があったんじゃなかろうか? 登場人物を絞るなり(その意味サトシポケモンピカチュウだけに絞ったのは良かった)、あるいは尺を圧迫しないおりたたみで内面描写したりという工夫が足りなかったように思う。

ポケモン人権問題

今回ピックアップされたポケモンゼラオラでんきタイプ)。

ゼラオラ物語舞台ウラティ周辺のポケモンの守り神とでも云うべき存在で、フウラティが成立する前から周辺のポケモン自然を守ってきた。しかし、産物に乏しいこの地にルギアがあらわれて風を呼び、この風をもとにした風力発電でフウラティは成立。人間ドンドコ森を切り開き、ポケモン自然生息域を圧迫、その件でゼラオラとは対立せざるを得ないようになっていった。五〇年前、人間たちは自己から森林火災をおこしてしまい、火災からポケモンを守るためにゼラオラは負傷。当時の市長ゼラオラを守るために、山林は人間立入禁止として立ち入ったものゼラオラ呪いがあると嘘の噂をばらまいた――というのが物語の背景。

なんだけど、なんかもうこの時点で2周半くらい人間側がクズじゃねえ?

ゼラオラ何も悪い事してないじゃないですか。と言うか、その点ではなく、むしろ人間人間の都合(街を拡張したい)で森林伐採をするならそれはそれで良いんだけど(なんせ人間はそういう存在なので)それならそれで、そのように述べてやれば良いわけで、「ゼラオラ呪い」なんていう相手名誉毀損するでっち上げをしながら、相手を救うとかいう恩着せをするのが全く救えない。んで50年もの間「かー、ゼラオラに呪われちゃうんであの山には入れないんだよなー。かーっ。呪い無ければ事故調査も開発もできるのになー。かー」とか責任転嫁をしてきたという醜悪さがある。

それがポケモン世界観だと言えば世界観なのかもしれないが、そのゼラオラサトシピカチューは叩きのめすことで「ともだち」にして「ともだちだからもう遺恨はないよな?」とする脚本は、おいおいいくらなんでもそれマジで書いてるのかよ? 的な部分はあった。

ポケモンは三歳児程度には意思疎通な生命体なんだけど、ペット(守るべき対象)なのか、それとも一種亜人権利を認めるべき存在)なのか? って言うこの問題意識はポケモン第一から見え隠れしている。しかし今回は輪をかけて「ポケモンはともだち」というパワーワードゼラオラが見かけ上はネコ科の獣人っぽい外見(人型)であるという2点で、極まってしまっているように思える。明らかに独自言語能力を有して、周囲の同族ポケモンを守り、森林火災から救助するほどの知能を持つ知性体を「呪い」扱いしてトラブル責任転嫁をするって、どうなのよ。

そもそもウラティルギアの呼んだ風を用いる発電で街を興し、毎年一度「風祭り」の日にルギアを招いては風力発電の維持を願っているような街である。風がとまれば電力も絶えて街は闇に包まれ住民たちはうなだれる。そういう関係を「ともだち」っていうのか? 母親の財布から毎月数千円くすねて上納することによって「ともだち」になってくれるクラスメイトより気持ち悪くないか

そういう意味で今回の映画は、自分個人が楽しめないとか以上に「この映画を無邪気に楽しめるってやばくね?」的な心配が発生してしまった。この心配方向性は「ドラえもん のび太の宝島」によく似ている(ドラえもんのほうがヤバさは上だが)。

いいとこその1

ポケモン映画は毎回なんだけど、街の人混みの中や自然の中にちょこちょこと数え切れないほどのポケモンが登場していて楽しいウォーリーを探せ的な楽しさがある。その気持ちよさ楽しさは今回もたっぷり楽しめた。

いいとこその2

要人物の一人「コミュ障ポケモン研究者トリト」のパートナーポケモンであるラッキーがよい。

脚本演出がどこまで自覚的だったのか怪しいのだけどこのラッキー存在が、映画全体に対するアンチテーゼになっている。

トリトポケモン研究者でいつも多くのポケモンに囲まれているんだけど、いつも一番近くにいるのが癒し系ラッキーで、おそらくこのラッキーは、トリトを飼い主であるとか主人であるとか思っていない。トリトのことを自分保護すべき存在だと、あるいは下手をしたら、トリト自分の子供だと思っている。

ポケモンが一体何なのか? 都合の良い労働動物なのか? 資源なのか? 生存権保護すべき対象なのか? 人権さえ認めるべき存在なのか? というテーマシリーズにグッサリ刺さった楔なわけだけど、それってあくま人間を中心にした人間視点しかない。

ラッキートリトのことを意気地無しで世話が焼ける存在だと思っていて(そしてそれは正しい)、そのうえ自分が世話をしてやる対象だと思ってる。

それはポケモンの側からみて、人間が「時々発狂して面倒くさいメンヘラ同居人」なのかもしれない、というシリーズブレイクスルーになりうる(非常に薄くて小さな突破口だ。

女が減点されてるって聞いても

別に驚かない。

新卒大企業入ったが、同期の男女比は8:2くらい。

女はもれなく東大京大クラスガチ高学歴入社後もガチ優秀だった。

一方男は、Fランとは言わないまでも、名も知らぬCランDラン私大が大半で

一番いいのでも一橋院卒や電通大が何名かいるくらいだった。

人事は「女子応募者の学力が高いのは最近トレンド学力で採ると女子ばかりになってしまう」と言っていた。

企業生命維持を考慮する立場から言わせれば、ブランク必須女子社員は「女子であることそのものマイナス要因」

そのマイナスを乗り越えられるのはよほどのハイスペ女だけということなんだろう。

多分こういう現象はありとあらゆる所にある。

こういう性差別必要悪として生まれ集団は、所属員のワークライフバランスとか何も考えちゃいない。

まり結局は女にも男にも不寛容だ。だからこそ、あの会社も男女問わず離職率はそこそこ高かった。俺も過労で辞めた。

となると、元の話題に帰ると「医者という職業のものが女にも男にも不寛容だ」と飛躍しそうになるが

飛躍でも何でも無くその通りなんだよな。

2018-07-31

続 高知市職員だけど、「高知市幹部豪雨時に旅行ニュースを見て

高知市職員ですが、以前のエントリーが思った以上に反響がありましたので、書きます

以前のエントリー

https://anond.hatelabo.jp/20180728154743


さて、本日ニュースに動きがありました。

競馬旅行横田高知市教育長が辞任

https://www.kochinews.co.jp/article/203672/

高知市横田寿生教育長31日付で辞任。7月上旬西日本豪雨さなかに北海道へ市幹部ら7人で競馬旅行していたことに批判が高まっていた。岡﨑誠也市長記者会見して発表。

高知市幹部豪雨時に旅行ニュースのおさらい*

まず、今回の報道をおさらします。

7月4日から発生している豪雨災害さなか、今回辞任した横田教育長教育次長総務部の弘瀬優総務部長、諸石信広総務部副部長、その他副部長級2人、課長級1人の合計7人が函館競馬観戦の旅行に出かけていたことが発端です。(この7人というのが、競馬好きで20年以上の付き合いで趣味で、全国の競馬観戦をしている「有馬会」のメンバーであり、後述しますが、事実上高知市役所人事権を牛耳っているメンバーでありました。)

このうち、横田教育長と弘瀬部長は、災害対策本部メンバーであることから、庁内外はもちろん、市民から非難の声が集まり全国区ニュースとなりました。

ここで、誤解してほしくないのが、単におじさん7人が趣味競馬旅行を行っていたのが問題ありません。公務員からといって、競馬をしてはいけない、という理由は無いと思います。ただ、タイミングが最悪だった。豪雨災害西日本を中心に被害が発生しており、高知県内では3人が死亡している最中、この7人は競馬観戦をして、すき焼きに舌鼓を打っていたということ、道義的責任が生じるとともに、公務員にとって最もと大事な「信用」失墜行為にあたるということです。

なお、出発した時点は大きな被害は出ていなかったと、それに代理を立てて準備をしていた等、一部弁明していますが、これもおかしな話です。

というのは、そもそも災害対策本部というのは、当該自治体における防災対策の最高意思決定機関であり、避難所開設、避難指示避難勧告といった市民生命に直結する、非常に重要な決定を行う機関です。

責任が非常に重いのでそもそも課長課長補佐といった代理で務まるわけがありません。そのような理由もあり、大きく報道されました。

後述しますが、この報道に対して当の教育長が「道義的責任はない」と開き直ったこから市議会与党会派新風クラブ」「市民クラブ」「公明党」が激怒し、公明党出身市議会議長市長文書で申し入れをする構えを見せたことで、事態は急変しました。

有馬会の首領 横田教育長の電撃辞任

今回、競馬旅行にいった有馬会のボスである横田教育長道義的責任はない、と高知新聞7月28日付朝刊においてコメントしていました。

「(旅行間中は)学校休み行事もない。用意周到に必要な指示を出し、態勢を敷いていたのえ、(私が不在でも)特に支障なはなかった。道義的責任も生じない」という認識を示した。

避難所として小中学校機能するにかかわらず、教育委員会トップと思えない軽い認識で、道義的責任を生じないというコメントには、失望しました。

しかし、冒頭のニュースにあるように、本日付で横田教育長が辞任しました。

長年、高知市役所において、人事課長財務部長歴任し、最終的に教育長という副市長クラス特別職として君臨していた男のあっけない退場でした。最終的な肩書が「人事の横田」「競馬旅行教育長」という肩書とともに。

有馬ナンバー2 弘瀬部長処遇は?

今回の競馬旅行事件は、教育長の辞任をもって幕引きとなるでしょう。本来的には、職員人事権綱紀粛正などを統括する総務部長が一定処分を受けると思いますが、今のところ、減給程度で終わるようです。

しかし、有馬会のナンバーである弘瀬部長がこのまま総務部に留任ということは、ありえないと一般的に思いますが、仮に弘瀬部長こそ、次期副市長の最有力候補であり、やもすれば、市長の呼び声も大きいので、ここでキャリアに傷をつけるのは、何としても避けたいところでしょう。

それに、現在岡崎市長の最側近でもあり、かつて、弘瀬部長課長時代に、同和問題部落解放同盟糾弾された際も処分はせず、現在総務部長のポストにつけたこから、その信頼の強さがうかがえます

よって、道義的責任は生じないと言っていた横田教育長が辞任したことは、有馬トップの座を弘瀬部長禅譲することも意味します。

高知市最有力派閥 有馬会とは

高知市役所も結局、組織でありヒエラルキー存在し、派閥一定存在します。そのような派閥で最大の力を誇るのが、有馬会です。

有馬会は、報道ではただの競馬大好きクラブといったような趣ですが、そうではありません。(ちなみに有馬会の由来は、有馬記念から来ています

そのメンバーが、今回のニュースで明らかになったように、教育長教育次長総務部長、総務副部長さら副部長級があと2人、課長級が1人と上級幹部ばかりです。

今回旅行行ったのは、有馬会の中でも有力メンバーであり、その他にも有馬会のメンバー、もしくは有馬会「系」の派閥存在しています

彼らの力の源泉は、財政課、企画課、人事課、行政管理課といった役所内の中枢出身者ばかりということです。

では、なぜ有馬会がここまでの力を持つようになったのか?これは、前市長にまで話はさかのぼます、が、長くなっても仕方ないので機会があれば書きます

ただ、一般的役所世界出世したければ、上記のセクションに配属され、市長に最も近い派閥に属することです。

役所という世界は、実力云々というよりも、どこに配属されていたか?ということが重要ですので、下手を打たずレールにいれば、そこそこのポジションにありつけます。そのメインストリーム有馬会というわけです。

一強支配が腐敗をもたらすのは地方自治体も同じ

今回の教訓を単なる、競馬大好きおじさん達の軽率な行動というレベルで片づけるのではなく、このおじさん達が庁内で権力を握り、人事権を牛耳り、誰も文句を言えなかったという事実です。普通職員ならば、台風災害中に旅行には行きませんし、まさか役所の仲間と行くなんてありえません。異常です。異常ですが、そのように感じないほどの空気役所内にはありました。

なので、今回の報道でも職員も「大げさすぎる」という意見一定数あったので、役所世論も完全に2分していました。なので、今回議会の指摘があったのは、不幸中の幸いです。ある意味民主主義の自浄作用が働いた形です。しかし、この災害中に飲み会というニュースは、既読感がみなさんあったと思います。あえて言いませんが、同じことが今回、悲しくも私の高知市役所でもありました。

必要な指示をしているか問題ない。

では、指示で動くのは誰でしょうか?動くのは、主事主査補、主査主任係長課長補佐、課長といった人々です。部長副部長といった上級管理職以下の職員です。上司が部下を見るように、部下も上司を見ています。とはいえ、職務命令があれば動きます。これがルールからです。気に入らないという個人的に思いはありますが、役所という完全タテ社会では、それが言えない空気があります

高知市は、これから全国でも例をみない、高知県ほぼすべての市町村連携中枢都市圏構成する巨大プロジェクトを進めており、そのフロントランナー高知市です。そんな他市町村を束ねる役割を担う高知市でこのような報道があったことは悲しく、情けなく、それ以上に怒りを感じます

現場職員は、災害時だろうと、市民暮らしを守るということ一番に考えております。これまでの高知市三位一体改革前市長の極端な積極財政による財政危機のため、職員給与カットされるとともに、職員数も減らされて中核市ワーストクラスとなりました。

まりしわ寄せは少ない人数で、時間外手当も限られている中で現場は工夫をしてきました。だからこそ、今回の事件は、これまで築き上げてきた高知市矜持を深く傷づけているのです。それが職員綱紀粛正大本営である総務部長、副部長ということが、何ともいえない気持ちになるわけです。

組織は、上から腐る。これを思い知りました

今後もこの動きを注視していきたいと思います。なので、みなさんも忘れないでください。

 

正直ロリコンなんてこの世で最もいやらしいゴキブリ以下の生命体なんだから駆除してほしいよ

VR界隈もいくらコンテンツ不足でひもじいからってブラウザ必要ないだろ

すべての活動VR内で済ませるなら別だけど、PCしろスマフォしろCS機にしろ、わざわざVR画面内に

解像度落としたブラウザ画面映して何のメリットあるの?

VRで何をするかじゃなくてVRプラットフォーム生命維持自体目的になってるよな。

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