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2018-09-19

生きる意味が見出せない。

欲しいものがない。

あるいは欲しいものを得られない。

孤独や疲労、世間の冷たい態度や疎外、そういったものものを越える理由がない。

あそこでの仕事をしていた時も、虚しさが拭いきれなかった。生きることはできても、動いていても、心は死んだように輝かず、生きているのに死んでいるようだった。

とてもとても、虚しかった。

それを克服しようと、したいことをしようとこちらへ来たけれど、その仕事も「違う」と感じ、その仕事なすためのハードルを越える必要もないと感じ、やめてしまった。

自分の持つものを上手く活かせる場はあるのだろうけど、探す気にならない。

そうまでして生きる意味が僕にはない。

生きるというより、諸処のストレスを越える理由が。

それに、したいことが思い浮かばない。

自信がなくなってしまった。自己能力、体力に対して、そしてまた、自分を動かす「したいこと」に対しても。

力が湧いてこない。この心と体で出来ることなど、なにもない。それほどまでに、心と体が動かない。

場所があれば違うのかもしれない。

でも依るべき場所がない。

実家はない。

ママは僕が自死したら死ぬまで苦しむだろう。一人でに自分を責めるだろう。

可哀想だとは思う。

ママはあの苗字として出来る限りのことを僕にしてくれたけど、でもやはり、あの苗字という選択は僕にとって大きく間違ってたみたいだ。僕には、母が消えてしまったような、取られてしまったような、そんな気持ちが常にあり、こんな歳になっても消え切らなかった。

その反動恋人に熱を入れたけれど、あの人とも一緒になることはできなかった。でも僕も子供が欲しかったし、いい父親になるだろうと思ったから、可能になったとしても一緒にいない選択をとるだろう。

それでもあの人との恋愛は、生きていて良かったと、それまでの孤独や寂しさは、この幸福を感じるためだったのだと思えたほど、素晴らしいものだった。あんな素敵な体験が出来る人は、地位や富や歴史的人物だとしても、そうはいない。そう思える。

でも逆に、失った後に苦しむことにもなる。

あれから数年が経っても、落ち着いた恋愛が未だ出来ず、「出来ない」という経験けが積み重なった。

仕事家族恋愛

全てにおいて失った感覚

日々や人生で沈むときは、そういった捉えを強く感じる。そんな僕には、何かを得られる気がしない。ただ転がり落ち続けるだけだ。

生きたい理由がなく、不幸を避ける。

から死ぬ

僕と関わった方々の今後の日々に、一抹の影を残してしまうことを心苦しく思います申し訳ありません。

僕の死は、誰にでもある宿命や産まれながらの不幸に対し、僕自身が勝てなかったというだけです。そしてまた、破滅的な傾向と不安定精神に依りますたまたまが重なり、ここまでに至ってしまった。そういう人生もあります人生選択できるほどの熱量を、誰しもが持てるわけではない。

これまでの日々で、笑顔や温かい気持ち、感動する体験ができたことを幸福に思います

2018-09-16

人に感謝されることをしよう

子供の時から晩酌ときいつも会社文句を言う父親をみて、会社員にはなりたくないと思っていた。

しかし人に雇われる以外の生き方を知らなかったので、大学4年のときなんとなく就職活動して失敗。大学院に入院した。

今、なんとか研究者として食えてるものの、大学業界の先行きは暗い。

ここまでは、人から必要とされることをやっていたら、自然と食えるようになってきたのだが、上司が変わり、私の仕事はあまり必要ではなくなったと言われ、やっても評価されない仕事押し付けられ、家でも家族邪魔者扱いされ、誰から感謝されないと思うと、近い内に自死するしかないと思えてしまう。

人に感謝される仕事をしたい。じゃないと生きていけない。きつい仕事でも、大変な仕事でも、必要として、喜んでくれる人がいれば楽しい仕事になる。

翻って見ると、日本人は人に感謝を伝えるのが下手だ。

から多くの仕事がつまらない仕事になっている。人手不足になるのも当たり前ではないか

郵便配達にもありがとう言おうよ。

2018-09-14

物心ついて間もない時期に、母から無理心中を迫られたことがある。

物心ついて間もない時期に、母から無理心中を迫られたことがある。

死についてよく分かってなかった自分は、「死にたくない」と母に答えた記憶がある。

母はその場で泣き崩れ、何とか死なずに済んだ。

後で詳細を描くかもしれないけれど、自分の生まれた家庭は不完全家庭だった。

とにかく、その日から、死ってなんなんだと考えこむようになった。

幼稚園に上がってしばらくした頃、悩みはピークに達してあまり眠れなくなった。

周りの子供に相談しても不安がらせてしまって、当時の幼稚園先生からこっぴどく怒られた覚えがある。

書いてて思ったけれど、幼児が眠れなくなるって大ごとだ。

小学校に上がってから記憶ほとんどない、ただ周りに合わせてテキトーに振舞い続けた。

唯一記憶に残っているのは三年生だった時で、担任が超熱血教師だった。

うちに家庭訪問しに来た時、和室に入った時の言葉は今でも覚えている。

和室にある仏壇を見て、「ああ、創価学会員でしたか、うちは妻が幹部をやっておりまして。ちなみに私は共産党系です。」

当時はあまりピンとこなかったが、しばらく経ってから自分で調べてみた。

けっこう対立してる組織だったのね。

対立組織に属する夫婦、すごい。

私は熱心で信仰深かったかというと、それの真逆だった。

親に連れまわされて行っていた会館などの集いも、小学校に上がる前に全力で拒否して行かなくなっていた。

当然親からは殴られた。それでも反抗した。

そして家族の中で一番信仰深かったのは母だった。

父はそれほど熱心でもなかった、気が向けば仏壇に手を合わせている程度。

三年生だったころはその熱血教師とも気が合って、それなりに楽しく過ごせた。

でも家庭はぐっちゃぐちゃで、母からよくなじられた。

「お前が信心深くないから家庭が上手くいかない。」

「お前が(ryから父さんもあまり家庭と向かい合ってくれない。」

父も父で、母に対して気に喰わないことがあると自分を経由して文句を伝えさせようとしてきた。

言わないとそれはそれで面倒なので、父の伝言を母に伝えた。

母は激怒し、私に当たり、そして父にこう伝えろ、と迫る。

その伝言を父に伝えても、特に私に当たったりなどは無かった。

そういう板挟みが続いたころ、もうどうしようもなく死にたくなって、自宅で包丁飛び降りコンボを使って未遂を起こした。

ベランダの上に立って、首を切った瞬間に飛び降りようとしたのだった。

首にあてがった包丁感覚は今でも覚えている。

その時、家には誰も居なかったのだが、実行しようとしたタイミングで母が帰ってきていた。

私は母に気が付かず、後ろから羽交い絞めにされた。

母は号泣していた。

この人、昔心中を迫ってきたくせに泣くんだなと思った。

あなたはこんなことする子じゃないでしょ、何があったの?」

いやいや、目の前でこんなことをしようとしてたのが、アンタの子だよ。

そういう事件中学に上がるまでに二回ほどあった。

ショックを受けた母はどんどん宗教にのめり込んだ。

中学に上がってから記憶もあまりない、気が付いたら中二の年越しで食物アレルギーを起こした。

唯一携帯電話を持っている友人が私の家族電話しても全く出ず、友人たちは仕方なく私を自宅に運んでくれた。

寒い寒い、とうわごとを繰り返す私に友人が毛布を掛けて温めてくれる。

両親が帰ってきたのはそれから2~30分後。宗教集会に行っていたらしい。

私の状態さらに悪くなっていて、意識が途切れ途切れだった。

そして病院に運び込まれ、友人と両親、私は病院で年越しをした。

翌日、小児科医師が私の様子を見に来た。

蕎麦アレルギーで年越しとは幸先が悪いねハハハ。ところで、その手首の傷は自分でやったの?」

思いがけない質問が飛んできたけれど、意を決して私は頷いた。

あとで知ったけれど、その医師は小児神経科も診ることが出来る人だった。

「目の下のクマもすごいね、週にどれくらい寝てるの?」

「…二時間くらい。」

「何とかしたいと思う?」

私は静かにうなずいた。

その日から私の精神疾患に対して、具体的な治療が始まった。

私につけられた診断名は自律神経失調症とそれで発生した鬱、そして重度の不眠だった。

治療内容は、ルボックスという抗うつ剤と、生活リズムを記録につけるように指示された。

治療は三歩進んで二歩下がるという感じの速度で進んでいき、気が付いたらリストカットをやめていた。

鬱がひどい時でも気合いのような何かで無理くり体を動かし、学校へ通った。

精神的に辛くて行きたくない時は、母が私をぶん殴って無理やり車に乗せ、保健室に突っ込まれた。

そんな凸凹でも何とか成績は維持していたらしく、高校入試指定校推薦を受けることが出来た。

ちなみにこの時点でまだ鬱の治療は続いている。

高校合格した時、母の言葉を未だに覚えている。

「お母さんの信心が届いたおかげよ。」

この人は自分のやっている事しか見えていないんだな、と思った。

不思議なことに落胆はしなかった。

あきらめていたんだと思う。

高校楽しい記憶で埋め尽くされていたけれど、相変わらず頭の中は生死の概念を掴むことに夢中だった。

高2の春休みが終わる頃に、自転車日光に行き、華厳の滝に飛び込んで、すべて終わらせようとした。

夜の7時ごろに家を出て、携帯の電源を切って、ひたすら自転車を走らせた。

国道四号線をずっと北上し、もうそろそろ日光につく頃だったと思う。

東の空が明るくなった。

夜明けだ。

夜明けなら、夜はどこに行ったのだろう?

そう思って反対側を見るとまだ夜だった。

月と太陽が同時に見えた。

その時の自然の美しさに心を打たれてしまって、私はその場で泣き崩れた。

けっこうな時間泣いて、家に帰った。

この時は特に家族から怒られることは無かった。

そんなこんなで、そこから数ヶ月経過した高2の夏休み最後に、小児神経科主治医判断により治療がひと段落した。

不眠は改善し、リストカット癖も消えていたからだ。

希死念慮だけは消えてなかった。

主治医見立てでは、「まあ何とか乗り切れると思うよ、強いし。」とのことだった。

実際強かったと思う、よく耐えきれたと思う。

大学入試指定校推薦理系私立短大を受けて、合格した。

大学はかなり白熱した環境だったので研究学業にのめり込んだ。

2年後の卒業を経て、私は教授のツテで食品物流会社就職した。

仕事は楽しかったけれど、忙しい部署にいたのでしょっぱなから残業まみれになった。

そして、就職してから数か月後に精神疾患を再発した。

今度の病名は統合失調症

そこからは闘病しつつも、ちょくちょくバイトを始めて、そして体力的限界で辞めての繰り返しだった。

統失治療を始めてから最初の5年の間に、母はがんで亡くなった。

しかったけれど、多分一般家庭の子供よりは悲しんでいなかったと思う。涙は一応出たけど。

そこから5年後に、当時所属していたコミュニティメンバーの誘いを受けて、ルームシェアみたいな環境引越しをした。

その日から今日までの1年の間に色々なことがあった。

引っ越した月に友達付き合いが続いていた元恋人自死

病名が統合失調症から統合失調感情障害になった。

そこから半年後に父が癌で余命半年の宣告を受け。

自分自身も体調がすぐれないので、実家に戻ってきた。

そして実家に戻ってきたときに、もう一人友達付き合いが続いていた元恋人自死

私が実家引っ越しから、父の治療は順調に事が進み、抗がん剤放射線治療、本人努力甲斐があって腫瘍が消えた。

これには驚かされた、父本人が一番驚いているけども。

あとは5年間再発が無ければ安心とのことだった。

そして現在に至る。

今日は暇だったので、思い出しながら勢いでバババっと書いてみた。

しかしたら時系列おかしくなっているかもしれない。

疲れてめんどくさいので、推敲はしないでアップします。

人生いろいろあるよねってお話でした。

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます

お互い、人生を良い旅にしていきましょう。

2018-09-06

SNSリア充写真あげまくってイキリまくってた知り合いが自死してしまった

なんつーか悲しいというより虚しい

そこまで追い詰められてたならイキるより先に俺らに言うことあっただろって思う

いやリア充にとっては俺らみたいな雑魚に頼るくらいなら死んだほうがマシなんだろうか

よくわかんね

2018-09-04

惨めくん @mijimekun 9月2日

僕の母校では生徒が自殺してやる!って屋上で叫んだら生活指導先生死ねるもんなら死んでみろ!と煽り立ててマジで自殺しました。教師は素晴らしい!!!

普通に美談だ。

自死権を尊重する素晴らしい教師

2018-09-03

「これは水です」を読んで考えたこと → まるで水のように。

話題になっていた標題記事を読みました。いろいろと考えました。

内容そのもののこともそうだけど、訳がやっぱこなれていないのなかなぁと。

たとえば、私だったら、下の本文の原案の訳は、次のように考えます

”The capital-T Truth is about life before death. It is about making it to thirty, or maybe fifty, without wanting to shoot yourself in the head. It is about simple awareness-awareness of what is so real and essential, so hidden in plain sight all around us, that we have to keep reminding ourselves, over and over: "This is water, this is water."

 真実、といっても、普通真実じゃなくて、カッコづきにしたいくらい別格の『真実』ですね。

 その『真実』とは、死を迎える前の「生」、つまり皆さんが生きている日々のことです。

 自死、つまり自殺などしたいと思わず、30歳、人によっては50歳くらいまで、何とか生きていくこと。

 これは、ただひたすら「意識して、意識を高くもつこと」。

 何が本当にリアルで、大切なのか、私たち視野に入っていて、そのままの中に溶け込んでいるいることに対して。

 そして、私たちが何度も、何度も、自分自身に対して注意を向けなければならないことなのです。

 まるで、水のように。

 魚にとっての、水のように。と。

 =====

 訳したとき考えたこ

 ・”Tを大文字にした真実”は、つまり”平たい真実ではない”ってことと解釈

 ・make it to 30 or maybe 50を読んだとき「生き延びる」に近いニュアンスに感じたのと、この場合maybeは、「場合によっては」のニュアンスかなと。

 ・アメリカとかだと銃が蔓延しているので、shoot oneself in headはなじみ深いけど、字義通り訳すと日本スピーチではあんまなさそう。と思って、平たい自殺に。

 ・It is about~から始まる、重要だけど、やや長いところは、文法的にがちがちに解釈せず、あえて切り分けた。

  これは文字として読ませた文章ではない。なので、あるメッセージ連続してつなげてお話しているイメージでとらえたので、

  むしろ一つ一つが独立した区切りで実際はスピーチしてそうだな、と考えた結果。

 ・awareness-awarenessの訳に「意識高い」って言葉を使うのは結構悩んだけど、「意識もつ」という平たい表現で「意識して意識もつ」とすると

  なんだかまた違うニュアンスになってしまうので。

  日本で「意識高い系」なんて言葉が生まれたのが良くないねーなどと考えましたが、そこに翻訳に際して文化的側面が影響を与える興味深い事象などと思ったり。

 ・hiddenの訳を最初「潜む」って訳しましたが、「見えてるけど実は意識しないと見えないもの」だとしたら「溶け込む」っていう表現ありかな、などと。

 ・This is water。この訳は、いろいろとできそうですね。私が文面から感じたニュアンスは、訳のとおり。

 =====

 別に翻訳家でもないけど、言語表現についてはいろんな局面で考えることがあって。

 「これは水です」の中身はとってもしみじみと感じ入ることができたわけですが、

 ブコメ読むと、そもそも日本表現になじんでないことが障壁となって、理解が得られていないのかな、などと考えたので。

2018-09-01

なんでテレビ業界ってネット不謹慎2chネタ の認識から抜け出せないんだろうな

アベマだのアマプラのさぁ

倫理観から逸脱したようなバラエティー見てても

ただただやたら下品不謹慎攻撃的でぜんっぜん面白くないの

 

アレって結局のとこ

テレビマン自分たちの「時間」というパイを奪われた理由

2ch特定コミュニティ不謹慎さにやたら求めているというかね

仮想敵相手シャドーボクシングしてるだけ

 

現実パンピーSNSユーチューブニコニコを見たり

やたら溢れてるネットサービスソシャゲをして

ぶっちゃけ地上波では倫理的に無理」っつう不謹慎ネタ

ニコニコのインム系動画とか、ネットミームのごく限られたものしか存在しない訳なんだ

 

ソシャゲゲーム性ストーリーはしょぼい紙芝居だし

Vチューバーはひたすらゲーム実況してるだけだし

実はネットコンテンツ一つ一つはかなり薄味だったりする

それが集積することでTVを見る2時間3時間を奪ってるだけであってね

 

それに気づかず、ネット電車男2ch地上波は無理

って10年前くらいのイメージにそって

「じゃあもっと過激なモン作ればいいんじゃね?」

って発想になってるのがホント酷いっつうか

 

ネットに出たらとりあえず裸になってAV女優はべらせて奇声あげてってさぁ・・・

ダッシュ島のようにコツコツストーリーを作り上げるような

予算のあるテレビならではの長所を捨てて

糞みたいなユーチューバー崩れになってしまってるの

テレビが築き上げた優良な文化破壊して、ますます自死に向かうだけだ

 

過激なモンみたけりゃ

ライブリークISIS人殺したり

レイプ動画世界一人気なはずだろ?

エログロ限界突破正義っつう、まず前提がおかしいんだよ

いい加減気づけ

2018-08-23

死がベストソリューション

転職して年収がガクッと減って、生活が苦しい。お金だけじゃないけれど、いろいろ問題もあり、毎日がつらい。

家計補償定期に入ってるし、遺族年金も出るだろう。持ち家は団信があるので、自分死ぬのが家族にとってベストソリューションなんだよなあ。家族もそれを望んでいる気がする。

そうなると、生きるモチベーションがぜんぜん保てない。ただ、保険金満額もらうには自死は選べないのが難しいところ。

から、何年か前に工事中ビルフェンスが倒れて亡くなった人のニュースをしばしば思い出す。憧れてしまう。

2018-08-09

無職としての学問

 特に文系において、大学研究を取り巻く環境が厳しいので、少し愚痴を書かせていただきたくお邪魔します。

* * *

 研究生活が実生活、ことに家庭生活に対し極度の不安定性を与えることは、今日に始まったことではない。

 例えばかの有名なマックス・ウェーバーによる1919年の講演の中では、「大学に職を奉ずるもの生活はすべて僥倖支配下にある」と語られており、「精神的に打撃を受けることなくこうした境遇に堪ええたためしは極めて少ない」とまで言われている。

 このような状況は、100年の時と洋の東西とを超えた今日日本においても、同様である。むしろ人口減少と学問に対する軽蔑——それはおそらく、ウェーバーが講演の中で強調した、学問がなんの「救い」も「啓示」ももたらさないということを、多くの人々が正しく認識たからに他ならないが——に直面している極東島国の方が、研究生活を取り巻く環境過酷であるといえるだろう。

 博士号を取ったとしても多くの人々には就職先がなく、あっても有期雇用で、しか低賃金であり、長期的な研究生活の途を描くことは全く不可能である

 日本より恵まれ研究環境を有する国、例えば博士課程から給与が出るアメリカや、高等教育がほぼ無償であるフランスの例を持ち出すことは簡単であるしかし、研究生活はその研究者が根ざしている言語文化、あるいは人的ネットワークにある程度は依存せざるをえない。また、他国研究環境は、一部だけを切り出せば外面的には羨望の的になりえるが、実際は、給与と引き換えに研究テーマ選択制限されたり、あるいは無償で得られる研究環境には限りがあったりするのである

 当然のことながら、研究者における研究成果はそれぞれのおかれた研究生活の諸条件に左右されるのであり、それは資本的な制約を大きく受ける理工学系のみならず、人文系についてもそうなのである

 ハンナ・アーレントのように、生地での生活を根こそぎ奪われ、新天地で大きな研究成果を挙げる例もないわけではない。大学官職への道を閉ざされてから活躍したカール・マルクスそもそも学歴のなかったピエールプルードンなども、偉大な思想家としてのちに崇められる存在であるしかしながら、すべての人が偉大な人、指導者のような人、あるいは預言者になることを目指して研究に励んでいるわけではない。実態はむしろ逆であり、陽が当たらない部屋で日がな一日、誰も読まないような古雑誌の1ページをどう解釈するかについて考え、その謎を解けた時に無常の喜びを感じる、そういう人が研究生活に入るのである。そのような、全くつまらないことこそ重要研究成果なのであり、むしろ大きな社会的反響を呼び起こす御宣託が科学的な研究成果とは全く呼べないようなものであることは、ウェーバーの指摘するところであり、歴史が度々証明してくれたところでもある。いずれにせよ、研究生活とは社会的名声や富と全く関係がないどころか、資本主義社会ではしばしばそれらは相反するものとなるのである

 尤も研究者も所詮人間であるからして、研究のものの「客観性」や科学位置付けとは無関係に、それぞれの求める研究生活上のあり方というのは存在する。名声や富を求めて研究に取り組む人もいるのかもしれない。しかしそれは明らかに悪手だ。羽生名人でも挽回できないぐらいの悪手だと思う。

* * *

 さて、反面、家庭生活はまさに「経済」の必要に駆られるところのものであり、十分な収入、定住可能な住居、そして可能な限り多くの家事労働自動化が進んだとはいえなお労働集約的だ)が投入されて、初めて成り立つものである

 収入がないなどもっての外であり、亡命収監失踪放浪なども、家庭生活とは相容れないものである

 歴史を顧みれば、自死発狂、子捨て、虐殺に至るまで研究に身を置いた人々の末路は様々であるが、なんとかしてそのような事態は避けたいと誰しもが願うところであろう。

 できれば平穏無事に、昭和時代理想とされたライフスタイル、すなわち夫婦円満子供と共にマイホームに住み、安定した立場で働き定年後は年金生活という人生を歩みたいところである(これは皮肉である)。

 しか今日の若き研究者は、子供はおろか結婚もままならず、マイホームマイカーも持たず、年金制度破綻を前に怯えながら年老いるのである

 もしあなた結婚したとすれば、それはパートナーの全く寛大な心によるものか、パートナー無知蒙昧で完全に誤った選択をしたかのいずれかであろう。

 さら子供がいるとすれば、当然あなた研究生活放棄するか、あるいはなんらかの安定した不労所得に拠って研究生活と家庭生活の両立を試みねばなるまい。(あるいは、あなたが非常に体制時代に順応的な研究をなしていたとすれば、すでに十分な収入に恵まれいるかもしれない。これこそウェーバーの言った「僥倖である。そういう人には心から祝福を送ろう。願わくば同じような僥倖が数多の迷える研究者たちにあらんことを。)

 多くの研究者たちにとって、結婚出産研究生活首にかけられた縄である

 女性研究者の研究生活性別役割分業的発想や家庭生活に対する支援パートナーから十分に得られないなどの理由によりすぐに縛り首になってしまうが、男性研究者の研究生活も同様に性別役割分業的発想や金銭支援パートナーから十分に得られないことですぐにギロチンにかけられてしまう。

 いずれにしろ他者にとって金にならず有用性のわからない行為としての研究は、家庭生活に直面すると挫折する公算が大きいのである

 だからといって、家庭生活を全く否定してしまうことも困難である穂積陳重来日本の身分法学者は、日本国民の位置付けを次の三つの身分のいずれかあるいは複数に属するもの定義した。すなわち、夫婦、親子、親族である

 しかし、親が死に、結婚もせず、親族との紐帯も弱いとなれば、その人は社会的にも法律的にも、全く孤立した存在となってしまう。

 その人は十分な社会保障の対象にならないことはもちろん、社会生活上の様々な面で制約や不利益を受けることとなる。

 実際上の問題として、社会的要請として家庭生活に入ることを我々は求められており、多くの人はその生活が全く不幸であり耐え難く絶望的なものだと感じていたとしてもなお、家庭生活に甘んじているのである

 当然、研究をしていなければ家庭生活が楽になるとは全く言うことができない。しかし、少なくとも研究生活が家庭生活と激しく対立することであることは自明であることのように思われる。

 あるいは「家庭」という理想像の崩壊高齢者二人世帯や単身世帯シングルマザーの増加、生涯独身者の増加などによって、家庭生活という名付け自体空虚ものになっているという批判があるかもしれない。

 しかし反面で、なお結婚出産経験する人は半数を占めており、「家庭」に代わるほど普遍化された結婚出産を前提とした私的領域生活モデルはいまだに存在しないわけだから、やはり家庭生活という呼称を用い、特に若い研究者たちにとってはそれを重視せざるを得ない現状もあるのだ。

* * *

 収入、定住、家事労働を求める家庭生活は、無収入、度々の転職と転居をもたらし、にもかかわらず時間の余裕を求める研究生活とは、完全かつ深刻に対立する。

 では、この間の解決はどのようにしてもたらされるのか。非研究であるパートナーの忍耐によってであろうか。あるいは研究生活の適度な抑制によってであろうか。

 前者はこれまでの男性研究者がしばしば採用した方法であり、女性人権がない時代であればよかったが、21世紀にもなってこの方法採用しようと思っている人がいるなら、その人は妻を見つけることができないであろう。

 後者方法は、実際には採用し得ないものであり、つまりそれは相撲レスラー炭水化物摂取を控えるとか、プログラマーが1日3時間しかモニターを見ないようにするとかいう話であって、研究生活を「適度に抑制する」などということは単に研究生活否定しかない。

 研究者はその人をして全的に研究に没頭せしめなければ、素晴らしい「霊感」を得られないものである。そうでなければ、特に人文学研究においては、それは単なるジャーナリズムに陥るであろう。

 そして、これもウェーバーと同じく声を大にして言いたいところであるが、そのような素晴らしい「霊感」、今日言葉であれば「イノベーション」などというものは、研究のみならず仕事や様々な形の労働の中でも、それに没頭し専心していなければつかむことの能わざるものであり、行政府が旗をふって労働時間の長短や職業訓練の有無をいくら弁じ扇動しようとも、生まれてこないものなのである

 家事労働ワークライフバランス長時間労働問題は、まさにこの没頭の可能性にあるのであり、特に家事労働時間を細切れにしてしまうために人をして何かに没頭させることを妨げること大であるワークライフバランスも、結局その目的とすることが明らかでないか低賃金かつやることのない中途半端余暇をもたらすだけである長時間労働改善しても、人々が自ら欲するところのものに取り組めるような労働時間の設定でなければ、それが長かろうが短かろうが、人々の不満は変わらない。いくら労働時間が短いとしても過労死は起こりうるし、長く労働していても過労死しない場合があるのは、この理由によるのである

 とにかく、家庭生活の求めるもの根本的に否定しなければ、研究生活は成り立たないのである

* * *

 では、解決方法は何か。家庭生活問題点は、それが夫婦という二者で成立するように想定されていることである。それゆえ、収入と定住を男性が支え、家事労働女性が支えるという構図が出来上がった。

 しかしこの想定は噴飯ものであり、シングルマザーは全て一人でやらざるを得ず、あるいは逆に親族から支援収入不安が軽減されたり、実家を譲り受ければ定住も可能というように、家庭生活の諸条件の実現は夫婦という関係性の外部で決まっていることが多い。

 もし家庭生活に関与してから研究生活継続するためには、家庭生活を成立するためのリソースを外部から調達することが最も望ましい。(逆にいえば、外部からリソース調達できなければ、ついにここで研究生活のお墓を立てるしかない。自分研究というアイデンティティよ、さようなら、と。)

 ただ、ここには二つの問題がある。一つは、リソース調達である大川周明のように徳川家から調達したり、大杉栄のように政治家からぶんどってくることができれば最高だし、あるいは明治時代のように女中を置いたりできれば最高だが、なかなかそういうわけにはいかない。もう一つは、その調達個人能力に帰せられることで、研究能力とは別にそれに取り組む環境規定されてしまうということである

 この二つの問題解決するためには、若い研究者同士で研究生活を支えるための生活ネットワークを構築するしかない。あるところには金がある人もいるだろう、あるところには手が余っている人もいるに違いない。

 どうせ研究生活に勤しんでいる人以外に若い研究者に対して同情を寄せてくれる人はいないのである

 アカデメイアリュケイオンがどうだったかはわからないが、古今東西大学に併設されている寮や大学街(カレッジ)では生活上でも学術上でも研究者のコミュニティ形成されていたはずだ。修道院のようなものである

 いま、若い研究者は官僚主義的な大学制度によって互いに分断され、地方に散住し、有能なもの国外へ出て行ってしまっている。もう最後タイミングである

 いま我々若い研究者が団結して助け合わなければ、この国の研究はすぐになくなる。もし研究のなくなり方が緩やかであれば、日本語で達成された学術的成果を、多少なりとも国際的に、人類のために遺す時間猶予が生まれるかもしれない。あるいは、国外から救いの手が差し伸べられるやもしれぬ。「タコツボ」を脱しなければならない。近くで助け合って生活し、なんなら雑誌なども出して(いまであればブログでいいのかもしれないが)、特に文系では消え掛かっている研究の灯火を、なんとか引き継いでいかねばならぬ。ならぬと思う。

いや、それとももう、研究生活を諦めるべきなのか。

2018-08-01

https://anond.hatelabo.jp/20180801095258

子孫を残すことが重要で、種の存続こそが最重要

地獄から蟻が逃げるのは蟻地獄に食われたら子孫残せないか

種のために自死を選ばない生物人間くらい

2018-07-29

anond:20180729211539

なんで「情けない野郎だな」じゃなくて「情けないオカマ野郎だな」になるのか謎

俺もアレは自死を脅しに使ったり実にみっともないと思ったけど、それはあの増田が情けないのであってオカマかどうかは関係ないと思うんだが

ディストピアに陥った日本

自民党政権下においては弱者排他主義推し進められ性差に関する公平な国家としては国際的には後進国レベルの水準に陥っている。それにも関わらず、安倍政権大企業経営者から成る経団連就職活動に強い興味を示す若者年代からの強い支持を中心に、依然として最大支持政党として盤石な体制を築きつつある。社会的弱者への排他主義(国際男女平等ランキグン114位)・経団連の駒となる労働者から権利剥奪働き方改革)・基礎科学の根幹からの弱体化(ネイチャー誌による2017年の批判・及び国立大学縮小改革)などこの政権下において進められた改革という名の行政行動に従って、この国は福祉人権科学於いて再起不能とも言えるダメージを負った。この世で真に正しいはずの自由平等権利といった概念は、多数決という名の暴力に取ってすげ替えられた偽りの民主主義によって地に落ちたのである。これらが示すことは、この国家は安定した負のスパイラルの潮流の上に乗り、2度と戻ることのできない底無し沼で沈み続けるということである未来はすでに失われた。

一方で、洗脳教育においては一定の成果を挙げ、教育水準が格段に低下しているにも関わらず(https://www.asahi.com/articles/ASKC36GYCKC3UTIL01K.html)、軽犯罪を中心とする犯罪率は格段に減少した(https://www.nippon.com/ja/features/h00068/)。人々は自分を取り巻く世相への理解に鈍くなる一方、穏やかになり荒げた行動を示さなくなった。オウム心理教によるサリン事件実行犯への一斉死刑執行などにも妥当である理解を示した(http://news.livedoor.com/article/detail/15080532/)。オウム心理教への破防法適用以降、組織的強硬無差別殺人は起こっていない。

一見して、世の中穏やかな人々が増え平和になりつつあるように見えるが、冒頭で示した通り国家未来の礎を築くための萌芽は摘み取られつつある。ここにある仮説を立てたい。即ち人々は自分意識の外で、いつの間にか国家にその精神支配されてしまったのである社会的弱者への排他排除への批判理解を示し、後退しつつあるはずの国際的評価無視して、極めてニッチでかつバブル期までに成長を築き上げた分野における国際的存在感https://seattley.hatenablog.com/entry/2017/11/04/141432)への強制的共感(いわゆるホルホル)による自己陶酔大中小企業強制残業が深い問題になっているも関わらず、労働者の芽を摘む施策への支持。この国家国民は爽やかな笑顔自分自身の首を締め付け自死に追いやっているのである

恐怖の無い平穏雰囲気形成した上での国民支配。まさに映画マトリックス」の世界。かつて世界で猛威を奮った共産主義国家が、未来の先に思い描いたユートピアのその先、ディストピアが今の日本でないだろうか(https://ja.wikipedia.org/wiki/ディストピア)。いや、支配的状況を平和自由錯覚している人々が大多数のこの国はディストピアさえ凌駕した修正ディストピアと言っても過言は無いかもしれない。この先起こりうる具体的なディストピア事象としては、東京五輪への強制ボランティア)参加であろう。すでに粛清対象も挙げられている(https://togetter.com/li/1212415)。もうすでに始まってしまって、予言へったくれもないが...さらにその先、この国には何の救済も無い絶望を突き進むのは間違いない。

北朝鮮アメリカ武力衝突中国との東南シナ海での覇権争いなど破滅武力行為による日本国家崩壊を期待して自民党投票された方もいらっしゃるかもしれないがそれらすら期待できなくなりつつある。安定的負のスパイラルに乗りディストピアを突き進む日本。一体全体、いつディストピアに陥ったのだろうか...僕のようなド素人ではなく有識者に論を讓りたい。

anond:20180729095147

日本よりも」ってなんか勘違いしてないか

日本世界でも安全な国」って言われてるの知ってると思うけど、逆になんでアメリカじゃ犯罪多いんだって言うと貧乏人が犯罪犯すからだよ

無能大人しく自死選ぶ?んなわけ無いじゃん

武器持って人を襲うんだよ

2018-07-24

anond:20180724164307

じゃ親が自死すれば?

つか産まなきゃよくね?

anond:20180724163525

そういう矯正圧力自死に追い込んでいることも知らずに

おまえみたいなのからすれば惜しくもない命だろうけど

そういえばヨーロッパでは戦前まで矯正しようと電気ショックかけて殺してたな

2018-07-22

イキリオタクならイキって自死成功させたいのに失敗する

2018-07-04

anond:20180702044133

当時のメモ読み返してきた。

背景3点

承認欲求の不満

・自活能力の不足

包摂能力の不足

家庭内の状況

示威行為による萎縮→自尊感情の培われない土壌

暴行、怒号の常態化、またその痕跡(壊れた家具)の放置

地位確保のための示威行為蔓延社会性の低さ

排除による連帯他者否定による自己肯定侮辱による相対的優位

感情的折檻理由の分からない罰

・兄との関係性に暴力が介在、母への侮辱

保護者社会不信と承認の拠り所としての家族観

自身社会に対する諦めの気持ち自尊心とのバランス

・自立能力の低さと伝達能力の低さ

社会地位の低さの自覚

・家庭を持つことでのみ自尊心が保たれる

・所有物としての子ども、家族

身近に自傷自死自尊感情の低さ、残すべきもの

ネガティブロールモデルしかない

・居場所を確保した経験がない

・母への呪い個人情報の開示

2018-07-02

anond:20180702115641

これは反応に迷うよなあー。

まず最初に断っておくと、自殺は良くないことだよ。

現状の法律では良かれと思って手伝った人まで幇助罪に問われるし(某評論家のケースとか)、

何らかの違法性プロセスのどこかで発生することが多い。

          

それに電車自動車事故飛び降り縊死、どんな手段をとっても物凄く辛い目に遭う人が出るからね。

お家で首を吊ると、大島てる掲載されて大家さんが凄く困ったり、公有地でも捜索隊や警察の手を煩わせる。

飛び降りも巻き添えを食らう人が出てしまう。

自動車の前に飛び込むと、運転手の残りの人生を終わらせるが、電車事故場合でも、人生のかかった商取引に向かえなくなる会社員

親の死に目に会えなくなる人、色んな人にとって取り返しのつかない遅延を発生させるからね。

とにかく、他人への迷惑を考えると、自殺だけは思いとどまるべき。

元増田死ぬ瞬間、どんな手段であっても激痛が走ると思うしね。

          

以上の前提を考慮した上で言うが、私は「死」自体自己決定権の一部だし、むしろ個人意思に沿って選んでいいと思う。

欧米人権先進諸国とは違い、今の日本は遅れていて、安楽死制度が整っていない。

自殺ダメだが、そうではなく、医療的に痛みを伴わず公共機関不動産への支障を及ぼさず、

法律上も問題のない安楽死制度ができれば私はそれを尊重する。

進路指導転職面談カウンセリングの場で安楽死という選択肢が出ることすら自由主義社会の一環だと思う。

うーん、この成績だと、希望の進路は難しいかな、、、かといって就職斡旋も難しいし、、、君の第一志望が安楽死ということなら、しょうがない、推薦状書くよ」

あなた境遇では確かに奥さんの希望お仕事との間で整合性がとれないし、希望するのであれば確かに安楽死もあり」

人生絶頂での安楽死家族負担結婚考慮しての安楽死難病苦痛から逃れるための安楽死、色々なありかたがあると思う。

      

脱線してしまった、、、。

以上のように安楽死制度があればいいのだが、不幸にも本国には存在しない。

子供が欲しいという奥さんの希望尊重しつつ、元増田がとれる選択肢としては、、、。

          

1.自死遺児の講演会に参加して、どうするか決める

親が自殺によって亡くなった遺児の団体というもの存在する。

時折、講演会のようなイベントを開催して当事者体験談を話すことがある。

講演会趣旨からは逸脱するのだが、元増田は一度聞きに行くことを勧める。

そこで元遺児の話を聞き、「これは、、、親が自殺したら、子供経済的にも世の偏見からしても不憫だな、、、」と感じるなら、子を作らずに死ぬしかない。

でも、ご自身年収とも相談して、十分な遺産貯金)や保険金・遺族年金さえあればどうにかなりそうかな?って感じたら、奥さんの希望を叶えてとりあえず子供は作り、そのあと死んでもどうにかなるだろう。

          

2.奥さんといったん離婚して、妊娠出産の後に再婚する

子供にとって「父親自殺した」というレッテルからも逃れる方法として、いったん離婚するという選択肢がある。

ただし、元増田のことを奥さんが好きだ、という面にも配慮する必要がある。

いったん離婚して、しばらく子供が生まれても嫡出推定元増田に及ばないだけの時間、奥さんに我慢してもらう。

法律上はとりあえず離婚して、ちょっと時間を置いて、その間に奥さんが妊娠出産して、

まれ子供父親元増田だと法的に推定されないだけの期間が経過してから、もう一回奥さんと再婚する。

その後に死ぬ

そうすれば元増田の死は、子供からすれば父親でもない単なる母親のツレの死ということで処理され、不利益はかなり軽減される。

問題妊娠のための精子をどこから出すかということ。

精子提供が得られれば良いが、不妊医学認定などが条件として課される場合は厳しい。

別のセックスパートナーを奥さんに見つけてもらうという選択肢もあるが、

もしその男性が子供父親として法的に認定されたら男性にも迷惑がかかるし、そもそも奥さんは元増田以外の性交相手を探すことに抵抗を感じるかもしれない。

だとすると、いったん離婚して嫡出推定無効になった期間に、元増田精子提供するしかない。

          

以上のように、

子供が生まれたら自殺しか選択肢存在しない

・奥さんは元増田が好き

・奥さんは子供が欲しい

この三条件を同時に満たす選択肢は意外にトリッキーもの存在する。

元増田希望は一個しか叶えられないにも関わらず、奥さんの希望は二つも叶えるのだから、奥さんにはなんとか妥協して欲しいところだよな。

2018-07-01

心に開いた穴を埋めるより前に穴を開けられる事を防ぎたい

そう願ってしまったが最後、最速にして最適な回答が「自死」になってしまうんだよなあ

2018-06-23

刑務所に行きたがる奴の気持ち分からん

刑務所マジでヤバいぞ。

特に次の3つがヤバイ

・周りは犯罪者だらけ

インターネットが使えない

労働のための労働のための労働という虚無

その中でも最初に言った周りが全員犯罪者ってのは本当にヤバい

想像力が足りてない人間犯罪者と聞いても自分と同じような人種がたくさんいると勘違いしてしまうかも知れんがそんな事はない。

多種多様だ。

人間ピンからキリまでが全部揃っている。

知能障害があるという判定を受けていないのが不思議すぎる奴もいれば、生まれついての悪としか言いようがない奴、ひねくれきった奴に、自分世界に籠もりきってる奴、ヤクザ鉄砲玉、ステレオタイプすぎる性犯罪者自分が捕まったことにまだ納得してない奴、マジで冤罪なんちゃうかって奴、色々いる。

小学校教室なんて目じゃないぐらいの人種のるつぼだ。

色々あって社会から弾き出された人間の寄せ集めなのだから無作為ピックアップではとても実現できないほどのカオスが生まれるのは当然といえば当然。

まともな人間のフリをして社会に合わせていくということが出来ず、そこからはみ出してしまった連中が大部分ということは、そうなるレベルである種の奇人変人ないしは我慢強さや協調性が欠如しているってことなのだから

そういう空間適応できるのは、社会カオスを求める人種だ。

逆に「世の中はもっとまともであるべきだと思うんだが」なんて考えてるやつは詰む。

完全に詰む。

何より詰んでいるのは、刑務所シャバと違っていざとなったら自殺するって自由すら無いってことだ。

圧倒的なストレス違和感の中で刑期が終わる日を待ちわびて、そうして社会に出て、やっと自死を選ぶ権利が手元に戻る。

一部の人種にとっては文字通りの地獄体験ツアーとなることだろう。

2018-06-21

anond:20180621232712

自死はそうとう精神力ないと無理だと思うよ

かといって金がなく苦しみの中死ぬのはなあ

やっぱ即しでしょ!

2018-06-18

https://anond.hatelabo.jp/20180618024944

増田気持ちはわかるが、この時期は自殺したくなるトラップみたいな時期だから

自死家族自死やすいってのはうちもそうだからわかるし、だからこそ生きてほしいな。

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