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はてなキーワード: 設計とは

2021-10-26

メディア効果論についてはちゃんと先行研究があって、総論としては現状ではcontravercialな状態社会設計エビデンスとして使用に耐え得るものではないでしょう。

イキって英語使う割にはスペル間違っててワロタ

2021-10-25

anond:20211025211920

盗難は、GT-Rとか、RX-7とかシルビアみたいなヤンチャな車の方がリスクあると思う。すぐ売れるし。

あとはトヨタレクサスSUV。盗んでくださいと言わんばかりの設計になってるので、盗難が多発してる。

半導体設計方法ってなんで書籍ネット記事にならなかったのか

CPUGPUなど、一部の界隈には注目される。

でも、半導体設計方法やら、設計に使うソフトになると全然話題にならない。

身近にあるわりに、ほぼブラックボックスだ。

真剣にググって設計ソフト名はわかるだろう。

そこからどうやってソフトを使って設計するかになると、深淵を覗き込むようなものになる。

十月ゴキブリ 続

 天皇皇族戸籍がなく別に皇統譜登録されるというあり方について、遠藤正敬は近代日本において戸籍天皇一人を別格の「上御一人」とすることを法制上明示する役割を担ったことを指摘する(『天皇戸籍筑摩選書)。

 天皇以外が等しく「臣民」として戸籍登録され、戸籍は戸主とその家にある者を一つの氏を持つ「家族」として定め、神武以来替わることが無かったゆえに表徴必要とせず氏姓を持たない(「私」を表すことのない公平無私な)天皇の下で国民として統合する臣民簿としての戸籍

 戸籍表現された家制度・続き柄で示された家の連続性が、天壌無窮の皇統と接続することで父母たる天皇とその赤子である臣民による家族国家思想が導かれる。

 敗戦後も戸籍はその基本性格を変えず家制度は影響を残した。

 天皇皇族戸籍に乗ることは無く、氏を名乗ることもなかった。

 そして、戦後主権者ではなくなったが、象徴として「政治的に無色≒公正無私」である要請から選挙権を持つこともなかった。憲法上の象徴天皇一人であるはずだが、皇族にも象徴としての制約は及びMは選挙権を持っていない。

 このような天皇皇族に対する象徴としての制約について遠藤はこう述べている(p.276)

 “天皇及び皇族は、戸籍法の適用がない点では外国人と同じであるが、住民登録対象外であるから理論上で言えば、彼らは外国人保証される権利さえも否定されていることになる。では、天皇家の人々は「国民」として無権利状態に置かれているのかといえば、そうではない。(中略)

 天皇家については、一般国民外国人が有する諸々の権利自由が停止ないし制約されるものの、それを補って余りあるだけの物質的な補償が完備されている。天皇および皇族が自らの人権と引き換えに手にする、そうした特権優遇措置果たしてどれほどの“幸福”を彼らにもたらすかはともかく(中略)そこに、彼らの人権がどこまで保障されるべきかという問題が、一般に切実なものと受け止められ難い理由がある。”

 憲法上の象徴天皇一人であるはずが、その家族である皇族にまで及び制約を課す様に、皇族婚約者にまで特権優遇が及ぶ様をKに見た様に思う。

 それがKの場合にあからさまに見えただけで、実際はこれまでの女性皇族との婚姻相手に何らかの社会的利益を及ぼした・ていることは想像される。

 もっと言えば、それが社会的利益となるような相手女性皇族結婚してきた、いわば「釣り合い」の取れる相手結婚したとも言えるかもしれない。

 しかしもう一点気付くのは相手に何らかの「公共指向」があったことだ。

 近例で高円宮から婚姻により皇籍を離れた二人の相手出雲大社権宮司大手海運企業勤務で子ども支援NGO運営しているなど、何らかの公共的な指向が見て取れる。

 その前にあった明仁上皇の娘で徳仁天皇の妹である清子内親王結婚相手都庁職員だ。

 想像されるように彼らに程度の多少はあれ何らかの社会的利益皇族との婚姻によりあった・あるだろうが、それが「釣り合い」や「公共指向」によりあからさまなものとならなかったのだろう。そこまであからさまな利得が必要ない環境の人たちだったとも言えるかもしれない。

 この特権優遇公共性格釣り合わせる様な作用は、天皇皇族に働いているのは言うまでもない。

 象徴天皇にあるのは公共指向どころではなく、存在のもの公共的と(明確に切り離すことが困難だと)言われるわけだから、その特権優遇の力は測り難い。

 そこで要請されるのが、あの戦後天皇制を模索する中で持ち出された道徳性だ。

 皇太子時代明仁上皇東宮教育参与となった小泉信三は共にハロルドニコルソン著『ジョオジ五世伝』を原文で講読する中で、ジョージ5世立憲君主としての在り方について大きな影響を与えたウォルター・バジョット『イギリス憲政論』に示された君主道徳的指導者としての在り方を伝えた。

 そして、敗戦と言う前例無いとされた惨事大元帥であった昭和天皇にも関わらず日本国民の心が皇室から離れなかったのは“一には長い歴史でありますが、その大半は陛下の御君徳によるもの”だと。

 君塚直隆はこのような君主のあり方は日本のみならず世界立憲主義君主に影響を与えたことを指摘しこう言う(『立憲君主制の現在新潮選書p270)

 “国民からそのように(注・道徳的指導者)思われてこそ、君主国民の「象徴」になれるのであり、また「象徴」の立場について国民理解してもらえるのである

 立憲君主制も制度と言うからには、本来、「個人道徳的資質」などに依存せずとも、ある程度安定的機能することが期待あれるものであろう。そして実際、現存する君主制の多くが、道徳的にいささか逸脱した君主が現れても大きな問題おこらないように、細心の注意を払って設計されている。しかし(中略)安定的機能していくためには、やはり君主個人にある一定道徳的規範必要である結論せざるをえない”

 君塚は多くの君主制で逸脱した君主が大問題にならない様に設計されているというが、私は日本では制度こそがMKの結婚騒動では問題を引き起こす根幹に近いのだと思う。

 そう戸籍制度だ。

 

 戸籍は既に述べたように、個人という発想を容れず、家の繋がりで人を把握する制度だ。

 Kについて金銭問題はKの母親と元婚約者との法的問題(贈与か消費貸借か)であって、Kは当事者ではなくしか未成年だったと主張される。

 対して、Kの母親そもそもなぜ金銭を元婚約者に頼ったかと言えばKの教育費に必要だったからだ。また、未成年といっても大学生で年齢的に成人に達していた状況もあったのではないか。そこで自分は法的に債権債務関係当事者ではないので法的に関係ありません、元婚約者には世話になりましたがお礼以上に何か提供する法的責任はありません、という主張や態度は法的に間違いではなくとも、果たして戸籍が表す価値観からして道徳的なのか。

 

 そして「親子だって法的には別人格」というそ自体は法的に正しい主張を阻むものこそ戸籍制度であり、戸籍制度という「型」は天皇と言う「家元」によって維持継承されている。

 親が天皇からという理由だけで男子孫は天皇となる資格が与えられ、天皇の直系子孫か傍系か、天皇との血縁の直近関係皇族か否かが決められる。血統距離こそが至上価値を持つ家。Kが結婚しようとしているMはその一員だ。

 日本法治国家だ。しかし、日本国の象徴たる天皇とそれを支える皇室とは、今まで見てきたように決して法規範根拠に明確に個々を切り分け法的判断を明らかにすることに適合する存在ではない。

もっと言えば、それをやり出したら維持できるものではない。

 先に天皇皇族選挙権について、それが戸籍法の規定で停止されていることを述べたが、投票ではなく例えば選挙運動についてはどうか、考えてみよう。

 公選法未成年公務員などについて選挙運動禁止しているが、皇族について明文で禁止されてない。

 しかし、容易に憲法15条選挙権憲法21条が天皇象徴としての制約が皇族にも及ぶと解されることは納得されるだろう。

 では、就職についてはどうだろう。Mも東大博物館に勤務していたように、高円宮承子女王日本ユニセフ協会に非常勤で勤務している。

 これが例えば、大手人材派遣会社会長秘書だったらどうだろう。

 

 おそらく一部(はてな村?)で批判する声が上がる。

 そして批判に対して憲法22条職業選択の自由をもちだして批判する声が上がるだろう。

 合法活動をしている企業経営政府委員会委員歴任する会長秘書を、イギリス留学経験があり早稲田大卒業皇族としての様々な経験を積んで、大抵の大舞台著名人に会っても動じないだろう世界の有力者とも面識がある女性皇族適材適所ではないか?何が問題なのだ?と。

 正しい意見だと思うが、私はやはり批判するだろう。

 皇族として相応しいとは思えないからだ。

 

 国民権利を定めた憲法第三章は第一章の天皇にも適用されるが、象徴としての制限を受ける。

 女性皇族については男性皇族についての皇室典範10条の様に明確に婚姻について制限を設ける規定はなく、憲法24条の婚姻自由適用されることから、それを法的に制限するものないと考えられる。

 正しい意見だ。

 だが、私はKが皇族結婚相手として相応しいと思わないので批判的な意見を言う。

 M個人結婚相手は誰が相応しいかについては、Mが決めること(姻族となる人たちは結婚の結果に無関係ではなく、いくらか口を挟むことがあっても仕方がないと思うが)で、他人が口を出すことでは全くないと思う。

 しかし幸か不幸かMは個人ではない、少なくとも個人個人として切り離す制度を生きていない。

 そして、おそらく明日婚姻により皇籍を離れてKとの戸籍を創設され登録されても、個人個人として切り離さな制度血統の繋がりと距離を至上価値とする制度の影響から幸か不幸か逃れることは無いだろう。

 もっともと、これはKがインターナショナルスクール卒業して英語武器としていたことの単なる偶然的な選択なのかもしれないが、彼がアメリカ法曹資格を得ようとしたこと・Mとアメリカ生活を送ろうとしていることは、もしかたらこ制度に大きな影響を与えるかもしれない。

 日本アジア・太平洋戦争敗戦後に天皇制を維持できた最大の要因はアメリカ占領政策天皇制を利用することが肝要だと判断したことにあるのは異論がないだろう。

 そして、象徴天皇像が昭和天皇より明仁上皇によって美智子上皇后との成婚を一到達点に形成し収斂していったことは述べたが、吉見俊哉はこの過程アメリカという要素を焦点にこう表現している。(『天皇アメリカ集英社新書p139)

 “天皇をめぐるイメージが、アメリカ眼差しの中にきれいにおさまっていくプロセス、それが50年代から60年代にかけてありました。皇太子ご成婚以降、メディア上で日本皇室代表するのは天皇よりも皇太子夫妻、とりわけ「美智子さん」になっていきます。(中略)

 戦後、人々が眼差していったのは、まずは天皇ではなくアメリカでした。人々の目の前にあるのはアメリカの豊かさだった。だから皇室イメージの焦点は、天皇のものではなく、皇太子と美智子さん、ここにおける皇室は消費のモデルです。(略)マッカーサー昭和天皇政治的婚礼写真は、同時代の人々に違和感を残していましたが、その15年後のもう一つの婚礼では、アメリカ生活様式の勝利国民的に祝福されていった。”

 60年安保後には“ナショナルものアメリカンなもの、つまり天皇」と「アメリカ」を見事に合致させた体制が作りあげられていた”(p153)と。

アメリカライフスタイルを手動してきた明仁皇太子夫妻は、昭和天皇死後90年代から皇室文化外交的ネオ国際化を企業グローバル化と軌を一にしてきた。“グローバル資本生産拠点を展開している日本企業皇室多国籍資本主義に役立つ「国際親善」の担い手とし考え始めている”(p205)。

 ところがそういった皇室生存戦略日本右翼ネオナショナリズムの動きと逆方向に向いてしまうことになる。

 日本企業が発展することと国民が豊かになることが相関しなくなった時代に、皇室コスモポリタン化して企業活動グローバル化した体制適用しとうとするが、国内企業グローバル化に取り残された人たちはかつてなく不満をため込む。

 しかし“冷戦期には、人々の「希望」のシンボルであった皇室が、ポスト冷戦期において人々の「不満」のシンボルになるかというと、おそらくならないでしょう”(p207)

 経済活動グローバル化皇室コスモポリタン化。

 不気味なほどにMKの結婚連想させる。

今、皇室は違う意味国民から「不満」のシンボルとなり得る危機だとも言えるかもしれない。

 そして、より切迫した皇位継承の維持という危機に対してMKの結婚は影響を与える。

 既に皇位継承現実的可能男性皇族が実質一人、Mの弟である秋篠宮悠仁親王になってしまった現状に対して上がっている女性宮家の創設や結婚後も女性皇族地位を維持して活動してもらう案を考える際に、MKのことが否が応でも顧慮されることになるだろう。

 吉見皇位継承に関して女性天皇可能性を問われて、変化は不可避であり、それを一番望んでいるのは「万世一系」というフィクションで最も苦しんでいる皇族自身かもしれないと答え、こう言う。

 “しかし、天皇家がごく普通王家と変わらぬものになるとすると、戦後象徴天皇制も、その根幹が変化するように思います皇族としての「宮」は残るかもしれませんが、「象徴天皇」はもう日本には要らない。少なくともそれは純粋法律規定された世俗役割になり、(略)徐々に重みをはずしていくことが可能になっていきます。”(p223)

 ごく普通欧州王家の様に変化する部分については君塚の意見とも重なる。

 先に君主道徳性に関して紹介した引用箇所の続きで君塚はこう述べている。

 “だが、そのことは一方で、国民の側にも寛容さや賢慮が求められることを意味しよう(略)国民の側がどれだけ成熟した態度を採り、一定理解と支持を示すことができるかに、その国の立憲君主制を維持し、その優れた果実享受しつづけられるかがかかっているのである。”

 

 吉見天皇世俗役割のみの王家となることに続けてこう言う。

 “何よりも国民が、自分たちの社会未来について根本的に考える機会を、おそらく150年ぶりくらいに取り戻すことにもつながるのではないでしょうか。”

  MKの結婚に関連するゴシップ記事掲載してきたヤフーニュースコメント欄が、今までさんざんその問題点が指摘されてきたなかで、突然コメント欄健全化に向けた取り組みとやらを公表したことから見ても、国民の寛容や賢慮も社会について根本的に考えることもなく、技術進歩を活かした取り締まりによる象徴秩序の維持といった中国的な未来しか予想できない。

 妄想連想に任せて書き続けて疲れた今の私には。

 

十月ゴキブリ

 今、僕は語ろうと思う。

  もちろん問題は何ひとつ解決してはいないし、語り終えた時点でもあるいは事態は全く同じということになるかもしれない。結局のところ、文章を書くことは自己療養の手段ではなく、自己療養へのささやかな試みにしか過ぎないからだ。

 しかし、正直に語ることはひどくむずかしい。僕が正直になろうとすればするほど、正確な言葉は闇の奥深くへと沈み込んでいく。

  弁解するつもりはない。少なくともここに語られていることは現在の僕におけるベストだ。付け加えることは何もない。それでも僕はこんな風に考えている。

 鼠やジェイのことでも、僕が寝た三番目の女の子のことでもない。

 

 MとKについてだ。

 Mの父親である秋篠宮文仁皇嗣は、2011月30日の会見でこう語った。

 “それは結婚することを認めるということです。これは憲法にも結婚は両性の合意のみに基づいてというのがあります。本人たちが本当にそういう気持ちであれば,親としてはそれを尊重するべきものだというふうに考えています。”

           宮内庁 https://www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/show/39

 そして、同様に憲法24条を持ち出して、MとKの結婚に対して批判的な意見批判する意見は多くみられる。

 

 憲法24条1項は「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」と規定している。

 確かだ。「両性の合意のみ」と念を押している。

 しかしだ。大抵の日本義務教育を受けた人間それから先に何らかの事情機会に憲法勉強したことがある人間は気づくと思うが、この24条が置かれているのは憲法第三章だ。

 そして、第三章ということは、その前に第一章と二章があるということだ。

 第三章は章題を「国民権利と義務」とされている。第一章は「天皇」だ。

 そこには大きな分かりにくい問題が2つある。

 一つは、憲法学に触れたことのある人にはお馴染みではあるが、そもそも第三章「国民権利と義務」は第一章に規定される「天皇」に適用されるのかという問題だ。

 もう一つは、第一章は章題にある様に基本的には天皇という地位存在について規定するもので、Mのような皇族については殆ど何も言ってないことだ。

 一つ目については、「天皇憲法三章にいう国民に含まれ憲法保障する基本的人権の享有主体であって、その地位世襲制象徴としての地位職務からくる最小限の特別扱いのみが認められる」との裁判例(コラージュ事件)や政府見解(47年7月31日衆院司法委員会)や芦辺信喜ら代表的憲法学者も同様に「適用はされるが象徴としての制約を受ける」という見解で一致している。

 問題二つ目だ。憲法第一章でMのような皇族内親王)に直接かかわるものは第八条の「皇室財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会議決に基かなければならない」だけだ。

 他の例えば第二条皇位は、世襲のものであつて、国会議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」も皇室典範に言及しているためMと関係が無くは無いが、現行法上は直接かかわりがない。

 他は章題の示す通り「天皇」の地位役割について規定するのみで、Mの活動生活について規定するものはない。

 皇室典範を見てみても、同法天皇位の継承皇族地位範囲の他に皇室会議について定められたもので、内親王であるMについては皇族範囲(5・6条)や殿下呼称23条2項)や今回のような婚姻による皇籍離脱12条)や皇統譜への身分登録(26条)についての規定はあるが、そのほかの地位性質を示す規則活動制限について明示されたものはない。

 Mのような内親王に限らず、例えば皇位継承権のある親王皇嗣であっても、似たように「どうあるべきか・なにをすべき(してはならないか)・なにができるのか(できないのか」についてほぼ何も明文規範存在しないのだ。

 憲法テキストなら、第一章「天皇」については第一条「象徴」や第3条「国事行為」や第4条「権能の限界」であったり、近年話題となる第7条3号「衆院解散」といったことについて相当に詳しく論じられるが、皇族については継承関係する部分(2条)や財産(8条)で言及される位だ。継承が絡む親王皇嗣であっても、その地位活動について論じると表現されるほどに言及されることがない。

 法的に語られるのは、ほぼ天皇について。憲法上の象徴とは天皇一人だからだ。

 次の天皇となる予定の皇嗣であっても、憲法上は象徴たる地位を有しない。

 では、天皇がそうであると言われ、多く論じられる「日本国の象徴であり日本国民統合象徴」(憲法1条)とは何であるのかは、明らかなのかと言えば、全くそうではない。

 1890年施行された大日本帝国憲法天皇神聖不可侵統治者であった天皇が、敗戦後の1947年施行現行憲法によりその地位象徴とされた、この「象徴」なる言葉概念がどこに由来するのかに関しては、アメリカイギリス日本の3つのルートが指摘されている。

 複数ルートから影響を受けて持ち出された「象徴」という言葉は、憲法制定(改正)の国会審議でも明確に定義されることはなく、今もそれは変わらない。

  しかし、それは曖昧個々と拡散していったのではない。

 その逆にある方向性へと収斂していった一つの形を以下の様に明仁上皇と美智子上皇后の成婚を収束点に河西秀哉は見る(『「象徴天皇制」の戦後史』講談社メチエ)。

 敗戦直前から国内では政治家知識人らによって天皇制存続のための改革再編の必要性が共有され、民主制における天皇制に関して敗戦を挟み模索されていった。その中で天皇道徳的退位をすべきとの論が知識人から複数だされた。結局は、退位はなされなかったが、そこで展開された天皇道徳性強調や天皇制維持と国家の一体性保持との関連などはその後の象徴天皇制像へと影響する。

46年1月1日のいわゆる「人間宣言」を経て昭和天皇は、人間天皇という新しい姿を、戦前大元帥服姿から背広姿に装いを新たにして巡幸により国民へとアピールしていく。

人間天皇の姿は女性皇族と共に写された写真効果的に用いられた新聞記事をはじめとしてマスメディア皇室記者)により、生物学者スポーツの愛好家や文化人・家庭人などの姿として意図的に広められていく。

だが、どこまでも戦争責任の影が付きまとう昭和天皇には新生日本象徴として無理があり、52年発効サンフランシスコ講和条約を機に退位するのではなど退位論はくすぶり続ける。

 そこで新生日本文化国家日本象徴として期待されたのは、戦争中は未成年だった明仁親王存在立太子礼がちょうど講和条約発効と同年となり翌年のイギリス女王エリザベス2世戴冠式への派遣なども重なり、新生日本明仁皇太子イメージマスメディアで強く結びつけられる。

さら明仁皇太子結婚適齢期となったことでお妃候補報道過熱するが、その加熱はむしろ皇太子自体への関心期待の低下をお妃候補報道補填しなければ新生日本象徴像を保持し得ない衰退を顕した。

 58年にようやく正田美智子との結婚決定が公表されるとミッチーブームが巻き起こり、特に恋愛結婚であることがメディアで強調され、日本憲法の下で民主化された新生日本表象し、象徴天皇像が変化した時代社会に適合的であることを示すことになった。

 このように、憲法上は天皇一人が象徴規定されているが、実態として象徴天皇制を作り支えてきたのは天皇一人ではなく、皇族存在活動が不可欠であり、特に女性皇族存在活動象徴天皇制に大きな影響を与えてきた・いる。

 にもかかわらず、繰り返すが、憲法にも皇室典範にも皇族存在の在り様や活動制限に関して明確な規定はない。

 はじめに分かりにくい問題が2つあると言い、一つ目については判例政府見解学説も「憲法第三章「国民権利と義務」の規定第一章の天皇にも及ぶが、象徴としての制約を受ける」ことで概ね一致していると述べたことを、思い出して欲しい。

天皇については「象徴としての制約」があることは分かった。

象徴天皇像が明仁皇太子夫妻の成婚を一つの到達点としてある方向性・形へと結んでいったことも分かったと思う。

 このように形成された象徴について、園部逸夫は「憲法制度による象徴」と「家族関係による象徴」と呼ぶ(『皇室制度を考える』中央公論新社)。

現行憲法天皇を「主権の存する日本国民の総意」(憲法第1条)と法的に規定し、天皇はその存立の基礎を国民の支持に置く制度としている。

 同時に、憲法上の象徴たる天皇は一人であるものの、皇位世襲により維持される(憲法第2条)ことから天皇一族である皇族を含めて構成される皇室の在り方、いわば天皇一家国民にとっては象徴天皇と切り離せず大きな影響を持っている。

 つまり家族関係と言う一般には私的関係であるものがそのまま公的制度となっているのが(象徴天皇なのだと言える。

 象徴のこの切り分け難さは当然に「象徴としての制約」がいかなるもの判断することに困難を産む。

天皇行為としては、まず憲法第4条「国事に関する行為のみ行い、国政に関する権能を有しない」との規定から国事行為」があり、国事行為を行うに当たっては「内閣の助言と承認必要とし、内閣が、その責任を負う」(憲法第3条)ことが分かる。

又、天皇人間なので国事行為だけやっていたら食事睡眠もできずに死んでしまうことから日常生活を送る必要があり「私的行為」があるのも分かる。

さらに、条文で列記された国事行為でも日常生活のような私的行為でもない、例えば国会開会式戦没者追悼式に出席して「おことば」を述べるなど「公的行為」があることも何となくは多くが知っているだろう。

これはいわゆる三分説と言われる主要な学説の一つで、公的行為の内容については更に解釈が分かれる。

政府も同様に象徴たる天皇行為について3つに分けて考える説を取っているのだが、国事行為公的行為までは同じであるものの、私的行為ではなく「その他の行為」と分類していることに特色がある。

園田逸夫によると、天皇行為には国家機関としての国事行為象徴としての地位に基づく公的行為があり、さらに「その他の行為」にも私人として行うが公的色彩・性格があり公的支出可能行為(例えば天皇代替わり行事福祉施設企業訪問やご進講)と可能ではない私的行為があるとの解釈制度運用上なされていると言う。

どうしてこのように複雑な運用上の解釈が採られるかと言う点について、そもそも象徴意味多義的解釈幅が広いことや、さら天皇行為に全く象徴性が無い場合が稀で、例えば天皇研究など純粋私的行為に見える行為もその及ぼす影響からみて全くの私的行為とも言いきれないことが挙げられている。

 こうした行為の分類は、「国政に関する権能を有しない」天皇の行動の憲法正当化内閣コントロールを及ぼすことを目的にしている訳だが、特に政府の分類解釈はずるずると天皇活動の拡大を正当化しているようにも思えるし、公的行為の先駆けとなった戦後ご巡幸は昭和天皇意思によるものだったことなど解釈制御ではなく追認に回っていたことも指摘されている。

 もう結局訳が分からないことになっている。何を言いたいんだ俺は。

 

 そこではっきりと分かることを探してみると、一つは明らかなことがある。

 何度も出てきているように、象徴たる天皇には政治的権能はない、天皇主権者ではない。

 だから天皇には憲法第三章にある第15条「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」は適用されない。

 つまり、来る第49回衆議院議員選挙天皇立候補することも投票権行使することも許されてない。

 では、MやMの妹である秋篠宮佳子内親王は次の衆議院選挙投票できるのか。

 もちろん出来ない。

 なぜだろう。人の憲法上の権利を制約する以上は根拠となる法規範が求められ、制限する根拠がなければ国家権力が権利制限することは許されないというのが立憲主義自由主義)における解釈の基本であるはずだ。

 近代憲法を備えた民主主義国家において、選挙権という極めて基本的重要的な権利佳子内親王は制約されているわけだから当然に、法的根拠はある。

 それは公職選挙法付則3条「戸籍法昭和二十二年法律第二百二十四号)の適用を受けない者の選挙権及び被選挙権は、当分の間、停止する。」だ。

 

 Mのような内親王について憲法皇室典範もほぼ規定がないが、その僅かに規定された一つ皇室典範26条は「天皇及び皇族身分に関する事項は、これを皇統譜登録する。」と定められ、天皇はじめMも佳子内親王皇族は我々一般国民の様に戸籍を持たない。

 そこで、公選法付則の規定根拠天皇のみならずMや佳子内親王のように皇位継承権もない(象徴たる天皇となることが現行法上はない)皇族にも選挙権被選挙権も与えないことになっている。

 もちろんこれは技術的な回答で、実質的には天皇象徴として「政治的に無色」であることが要請されるからだと内閣法制局は答弁している(1980年3月27日参院内閣委員会

 https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=109114889X00619800327&spkNum=96&single

 この答弁の面白いところは、質問者である和泉照雄参議院議員が「天皇及び皇族には選挙権はないというのが現在の取り扱いのようでございますが、その理由」と尋ねているのに、回答した内閣法制局の味村治が「天皇は」と皇族について回答してない点だ。

この回答は意図的皇族参政権制限する条文が見当たらないことから、あえて「天皇は」とのみ回答したのかは分からないが、実質的には皇族から天皇家族であることが制限根拠とされているわけだ。

 「象徴」という内容の定かではない概念により制約を受けるのみならず、そもそも憲法上の「象徴」ではないはずのMたち皇族が「象徴」を理由に、憲法上の国民権利を大きく制約されている現実

 その現実を前に、MとKの結婚憲法24条を持ち出す Permalink | 記事への反応(0) | 19:30

最近プレイしたオープンワールドゲーム感想

少し前にようやくPS5を入手できていろいろプレイしてみているので適当感想

FINAL FANTASY XV

中盤の入り口くらいまでプレイ

男子大学生の気ままな卒業旅行」の雰囲気完璧再現している。男の子たちが移動中でもずーっと軽口を叩き合ってる感じ。

基本の移動手段自動車で、クエストの近くの駐車場まで行って停めて、そこから徒歩、みたいな手順がいかにも旅行っぽい。

世界観FFならではの現代ファンタジーで新鮮に感じられる。それにシドニーちゃんがとにかく可愛い

一方、戦闘は大味なわりに難易度が高くてあまり楽しめない。

トータルでのゲームの良し悪しはともかく、プレイ感覚が唯一無二であることは間違いない。

Marvel's Spider-Man:Miles Morales

メインシナリオクリア

とにかく移動システムの良さは随一。ビルの隙間をぎゅんぎゅんと跳んでいくだけで面白い

戦闘ステルスしながら一人ひとり吊っていくのが好きだったが、もちろん格闘でぶっ飛ばすのも楽しい

ただスパイダーマンという原作がある以上、アクションの種類が限定されてる感じもあって、そこは気になるかな。

ストーリーは「短い」と言われてるようだけど個人的にはちょうどよかった。アプリで依頼されるサイドミッションは少なすぎる。

総じて出来のよい作品だった。

inFAMOUS Second Son

メインシナリオクリア

スパイダーマンほどではないが広大な街を自由に飛び回れるのは楽しい

スーパーヒーローとして複数超能力を扱えるためアクションの幅が広い。これはスパイダーマンにはない長所

ただし、異なる能力を同時に使えない、能力を切り替えるのにひと手間が必要エネルギーチャージ必要、といったあたりの「制限」は無意味で爽快感を削いでいる。

ストーリープレイヤーの行動によって善ルートと悪ルート分岐するのだが、事実上最初に選んだ方のルートを進むだけなので、むしろ一本道に感じられる。

その行動が善に働くのか悪に働くのかを明示しないほうがよかった。

あと「煙を操る」「石を操る」「光を操る」と来て「ゲームキャラクター現実に呼び出す」ってなんだよ。毛色が違いすぎないか

Batman: Arkham Knight

序盤を少しだけやって辞めた。

操作がややこしいわりにアクションの幅が狭い。

画面が暗くてどこに行けばいいのかよく分からない。

モブがいない「都合のよいオープンワールド」でつまらない。

他のゲームをやってからプレイすると様々な「制約」があると感じる。

まあ序盤しかやってないから、もっとちゃんとやれば違う感想になると思うけどね。評判は良い作品だし。

Fallout4

序盤を少しだけやって辞めた。

巨大ゴキブリグロさとかはFalloutの特徴ではあるんだろうけど、やはりあまり気持ちのよいプレイ感覚ではないよな。

手垢のついたポストアポカリプス表現にも期待が持てなくてシナリオを進める気が起きなかった。

欧米RPGってなんでこんな悪い意味で「古典的」「ありきたり」な設定しかやらないんだろうな。少しはFF15を見習え。

まあ序盤しかやってないから、もっとちゃんとやれば違う感想になると思うけどね。評判は良い作品だし。

Assassin's Creed Origins

中盤まで。途中でヴァルハラに移行してそのまま放置してる。

アサクリシリーズ史実に則っているので少なくとも「ありきたり」とは感じないのが良い。

鷹がめちゃくちゃ優秀で、とりあえず上空から眺めて敵の位置を把握してステルスしていたので、アクションが苦手でも楽しめた。

ヴァルハラでは鴉になって大幅に弱体化していたので、これはオリジンズ長所だな。

スキルリーが少なくてつまらない。

アサクリシリーズやってるとスパイダーマンみたいな移動をしたくなってくるが難しいだろうな…。

Assassin's Creed Valhalla

とりあえずメインシナリオクリア

バグが多いのが難点。PS5への最適化も甘いように思える。

見た目の変更ができるのが売りのわりに、装備の数も、髪型の種類も少ない。課金ありきの設計なのかな。

スキルの種類は非常に多くてカスタマイズのしがいがあり、いつでもリセット可能なのも素晴らしい。

船に乗って河を移動するのはFF15のプレイ感覚と似てる。FF15ほど徹底してないけど。

スキルの多さによって戦闘もより楽しめるようになっている。

オープンワールドって「移動の自由度」だけじゃなくて「キャラメイク自由度」と「ストーリー自由度」が重要だと思うんだよな。

その点で言えばヴァルハラストーリーは、いちおう選択肢はあるけど、どれを選んでもあんまり変わらないのが残念。

今回は「暗殺者」っていうより「イングランド各地の王やら太守やらを手助けして同盟を結んでいく」という戦記ものっぽいシナリオ

アサクリのシステム水滸伝やりてえよなあ。中国全土を巡りながら仲間をスカウトしてくみたいな。

武侠ものっぽい気功とかの要素も入れてさ。絶対面白いんだけど。頼みますよUBIさん。

anond:20211025014151

他人の前にまず自分幸せを追求するのはいいんだけど、生活がカツカツで余裕がない人ならともかく、そうではない裕福な人は出来るだけ社会公共利益も考えて活動してほしいと思うおいらです。

自分家族幸せを考えてます」という人のほとんども「社会公共利益」なんて1ミリも考えてないよね。「自分家族幸せを考える」ことをもって「社会公共利益を考えてる」と思い込んでるけど、それって都合のいい妄想であって、家族幸せを考えてるのは100%自分のためでしかないよね。もちろんそうじゃない人もごく僅かにいるけど、それは別に一人でも社会公共利益を考えてる人がごく僅かにいるのと大して変わらないのではと思う。

もちろん、一般市民が「社会公共利益」なんて考えなくていいんだよ。自分(と家族)の幸せだけ追求してりゃいいのであって、それを社会公共利益と両立させるのが社会システム設計するエリート仕事から。ただ、自分(と家族)の幸せを追求してるだけなのに調子に乗って「自分社会公共利益を考えてる!」とか言い出すのはちょっと違うんじゃないかなと思う。

2021-10-24

anond:20211024214023

意識改革じゃだめなんだよ。というか、意識を変えろと言うだけじゃ意識は変わらない。

給与所得者のほとんどの人はルールを変えるだけの力を持っていないので、今あるルールの中で自分もっとも得する(もっと幸せになる)道を選ぶ。頭のいい人ほどそうする。

から女性男性と同じレベル競争をする方が得になるような制度と、男性女性と同じレベル家事ちゃん負担する方が得になるような制度国家レベル設計するべきで、それがなかなか難しいという話。

それが実現できたら意識はおのずと変わる。

anond:20211024155000

①同じ仕事をしても男性社員より給料が低い

出世願望のある女性社員出世願望のある男性社員より少ない

出世願望のある女性社員出世願望のある男性社員より出世しにくい

はそれぞれ別の話なのに雑に平均で議論するから意味がないんだよな。

①はかなり解決されたと思う。解決されていないなら違法なので通報すべし。

②は社会問題ではあるが、それぞれ個人が最適戦略をとった結果なのでどこかに悪者がいるわけではない。長い目で社会制度設計を見直すべきだが簡単な正解はないので1020単位試行錯誤する必要がある。

③だけが本当に今すぐ議論したり法整備したりして解決するべき話。

anond:20211020230609

言いたいことはわかるが、それはテーブル設計ミスあるよ。あと、Ruby 界隈で DSL常人が扱えるようにすると、事故るって噂を聞いた。

2021-10-23

受精卵や胎児に関する検査全面禁止にすべきではないか

不妊治療の着床前検査を条件付き容認 日産婦、反復流産など対象

https://mainichi.jp/articles/20211023/k00/00m/040/265000c

不妊治療に着床前検査 「障害者を苦しめる」関係団体懸念

https://mainichi.jp/articles/20211023/k00/00m/040/291000c?inb=ys

シンポでは、日本ダウン症協会意見書を出した。意見書は「対象疾患が排除すべき疾患として固定観念化されることは今を生きる障害者を苦しめることになる」と指摘。検査がマススクリーニング(一斉検査)化につながらないような制度設計検証を求めた。

これらの検査に関しては産科医も懸念を示してきた経緯があるが、それ以上に当事者危機感は強い。

当事者が苦しむことになる以上、検査全面禁止にすべきであろう。

少なくとも社会的マイノリティ支援する立場から検査肯定しえない。

検査希望する夫婦は元々疾患のある子を望んでいないため、強制的に産ませたところで虐待に走る懸念があるとの考え方もあろう。

しかし、たとえ虐待が生じるとしても児童相談所の立ち入りなり親権停止なりで対応すれば良いのであって、それとこれとは話が別である

まずはとにかく、出生する権利自体を守ってからであろう。

anond:20211023232815

設計ミス」ですって?

ククク……人類とき設計者の視点に立つのは53万年早いんですよ

[]パンチリスト

a punch list〈米〉(建設工事の)〔完成が近づいた工事現場設計者が検査し、契約どおりに行われていない部分や、未完成の部分をリストアップしたものパンチリスト工事が行われて初めて最終支払いが行われる。◆【語源】2部作成したリストの、完成した工事部分に同じ穴を開けて確認をした習慣から。〕

ダメ工事リスト、駄目工事リストのこと。ダメ工事ダメ囲碁用語の駄目から。施主からの駄目出リスト

最終段階まで来ると進捗率は90%前後から変化しないS字カーブとなるため、進捗率管理ではなく項目での管理をして行くことになる。

リストアップし項目の達成率で進捗を管理し完成へと向かうこと。

ソシャゲには一円たりとも課金はしてはいけない

ソシャゲ課金要素には大抵お得な課金パックが用意されている。

120円で少し強いキャラが手に入ったり、1000円で一か月間石が貰えたり。


しかし、それらは罠だ。

無課金者にも課金し易い額のパックを用意し、課金誘導する。

そして、課金をすることでゲームが有利になることを実感させる。


そもそもソシャゲストレスが溜まるように設計されている。

キャラが手に入らない、スタミナが足りなくて遊べない。

そういった不満を、課金することで解決できるようにしている。


しませてもらったから数百円ぐらいならいいか

そう考えて課金すると、「問題解決の為に課金する」という選択肢生まれる。

そして気付いた時には、課金額が数千円、数万円になってしまっている。


からソシャゲには一円たりとも課金はしてはいけない。

その一円が将来の数万円の損失に繋がるから

anond:20211022231541

髪の毛

設計仕様 → 頭部を守る

目的仕様 → おしゃれをする

設計仕様 → ものを引っ掻いたり引っ掛けたりする

目的仕様 → おしゃれをする

設計仕様 → ?????

目的仕様 → おしゃれをする

2021-10-22

設計仕様外の用途使用されている体の部位

第一位:耳

設計仕様 → 音を集める

目的用途 → メガネをかける、マスクをつける、ピアスイヤリングで飾る

 

第二位:尻

設計仕様 → 排泄物を出す

目的用途 → おもちゃを出し入れする

 

第三位以降は思いつかない。

anond:20180805172834

俺の聞いた話だと、古代エジプトピラミッド建設にたずさわった人々は、設計から労働者に至るまで全員がその後死んだそうだ。ファラオ呪いなのか、何かの陰謀なのか.....

anond:20211022204416

ベーシックインカムA

社会保障を削減しよう派

貧乏から金を奪って金持ちに配るのが目的だが、直接言うと体裁が悪いので、行政効率化という言い方で誤魔化してる派

ベーシックインカムB

行政機関をスリム化しよう派

行政は非効率なので極力民間やらせた方が良いよ派

新自由主義一種行政仕事既得権益とみなしてポジションを奪いたいと画策している一派

ベーシックインカムC

社会保障行政機関は据え置き、BIは経済対策だよ派

民間の消費の底上げインフレ率の上昇を狙ってベーシックインカムが使えるよ派

税金で金を集めて配ると意味がないので、国債発行による財源調達を主張する

古典的ケインズ主義

ベーシックインカムD

働きたくないかベーシックインカム欲しいよ派

ニート気質若者が多い。インフルエンサーとか尊敬しているタイプ

頭が悪いので難しいことは考えられないし、具体的な制度設計については何も意見がないので、

A,B,Cのコバンザメとしておこぼれを狙ってるタイプ

anond:20211022074238

ID設計すらしてなかったようでrootパスワードを30人で使いまわすというヤバすぎる案件なら知ってる

サイロ化された10年前のシステムの小規模案件

ガバガバ設計を人力でカバーしてなんとか稼ぐという肉体労働

こんなのに長期に関わって人生棒にふりたくないよな

客もクラウドに移行したいけどベンダーロックインされて何もできないという

2021-10-21

anond:20211021134248

昔の取引先にワンダースワン音響部分の設計したおっさんおったな

まだ生きてるんやろか

anond:20211021124545

リフトから落下しようと思えば落下できる、という設計問題がある

電車走行中に降りようと思えば降りられる、という設計にはなっていない

スキーリフト設計ミスだと思う

いわゆるリフトから降りない、落下しようと思えばいつでもできる、

というアフォーダンス存在することが間違っている

スキーリフトデザイン工学的に根本から間違っている

anond:20211021085837

洗わせる気無いのって家事したことない男が設計してるからだろうな

2021-10-20

anond:20211020150802

その世代社会設計の負荷を押し付けるって言うのも不幸を生んでるよね

押し付け

そんな社会になったらそれなりの社会自然と作り変えていくだけだよw

護憲脳で理解できないのかな?

anond:20211020150519

この前提が間違い

減少していく人口に合わせてうまく社会を作ればいいだけ

で?その社会デザイン案は?

その世代社会設計の負荷を押し付けるって言うのも不幸を生んでるよね

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