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はてなキーワード: デザインとは

2018-07-19

anond:20180718110114

いやいや...デスクPCよりノートPC日常的に使うんなら、それでゲームするのは当然。

携帯ゲーム機ではなくスマホゲームするようなもの

ゲーム機単体に何万も出したくない層で、それでもゲームはやりたいなって人が増えてきたんでしょ。

良いことだよゲーム人口増えるんだから裾野が広がったんだよ。無意味に敷居を上げようとするなや。

デスクPCよりノートで出来ることが増えた結果デスクPCの意義が減った。

満足できない人向けにゲーミングPCかいう名で、言ってしまえば情弱向けのモデル出して、知名度も出た。(もともと出来る人は自作とか色々選択肢あるので)

スペック不足で本人が困るだけならそれでゲーミングPC等買う分水嶺になる。

スペック不足でオンラインゲームなどで他人迷惑かかる場合あるけど、あれはゲームデザインが悪い、本人が悪いのではないよ。

ところでボイスチャット一般的になってからスピーカーゲームする人たちの通話の雑音が困るな~と思う。

2018-07-18

何で質の悪いデザイナーがこれほど多いのか

IT系

 

たまたま案件で一緒になった人の使えねー率が高すぎる

ほんと何でだ

そのView縦横比まずいだろとか

それ実装できねーよとか

プラットフォームお約束漏れてるとか

大文字数のこと考えてないとか

そこに文字重ねたら後ろ同じ色の画像だと詰むだろとか

単色過ぎて全体変な感じになってるとか

レイヤー無視してるとか

文脈無視した画面フローとか

なのに辺にこだわり強くてデザイン仕様絶対視しがちだし

 

なんていうかなー

システムのこと考えてないんだよなー

デバイス差とか、親Viewサイズとか、バージョンとか、得手不得手とか、システムはいろいろ制約があるから

世の中にはガイドラインお約束)がいっぱいあるんだがそういうの知らないんだよなー

納品してそのまま実装したらまずいことになるのは分かると思うんだが

そういう経験ないんだろうか

うーん

 

場所によっては「前は居たけどもうデザイナー居ないよ」みたいなこともある

さもありなん

ディレクターやお客さんの方がまだ分かってる

 

まともな人どこらへんに生息してるんだ?

日本の伝統品・イベントって、冷静になって見るとくっそダサくない?

BrandLand JAPAN[ブランドランドジャパン]

経産省がやってる事業らしいんだけど

山伏www

地味なデザインwww

って感じでダサいしか思えないんだけど

有識者の暑さ対策すげええええええええええええ

真夏東京五輪、暑さ対策打ち水など検討

2015年04月17日 10時01分

有識者会議は、打ち水のほか、浴衣、よしずの活用など日本ならではの対策を盛り込み、観光PRにも生かしたい考えだ。

外国人観光客に快適に過ごしてもらうため、路上オープンカフェを開きやすいよう規制を緩和することや、案内標識デザイン見直しなども検討する。さらに、赤外線を反射する遮熱材を路面に施して温度を上がりにくくする舗装技術などの効果検証する。

https://www.yomiuri.co.jp/olympic/2020/20150417-OYT1T50027.html

上記ソースを私が知ったのはAnarchy実況のお陰です

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anond:20180718065555

デザイン知識がない人が言ってるんだろうなあ。

デッサンの方でも人体は3Dモデルみたいにきっちり左右対称じゃないし、建物も地形の凹凸や経年劣化による歪みでパース(笑)なことにだってあるのに、それを「リアルに」描いておかしいという奴はいる。

ロゴ存在について

車や衣類、わりとあらゆるものロゴが付いている。

そんな中、デザインはすごく好きだけれど、ロゴ邪魔って思う商品がある。

付けてもいいけれど、もっと目立たないようにするとか方法はあるのではないかと。

ロゴ(宣伝)込みの価格というのはあるだろうけれど、そこら辺をメーカの人はどう考えているんだろう。

たとえ有名ブランドの人だろうと皆が皆、妄信的に私たちブランドは素晴らしいかロゴが目立って当たり前って考えているわけじゃないと思うし、

デザイン的にロゴがある事でそのデザイン性が損なわれる事もあると理解していると思っているのだけれど。

世の中、ロゴを目立たなくするような流れってあまり感じられなくて不思議

じぶんで思考してないような感覚をおぼえている

人と話すとき、周りのものやそれまでの話の流れから、何かをおもいつくことがある。実際はおもいつくとかいうか、おもいつかされているという感覚なのだが。

ふとんを触っていたら、ふとんに関連する記憶が呼び起こされて頭の中で話題が完成して、「ふとんに喋らされている」という、ぼくもふとんも同等であるような奇妙な感じ。

自分で考えたとおもっていても、体調によって考えが変わり、他人発言・目に入ってきたもの感情が刺激されるので、自分思考が疑わしい。自分感情わずらわしい。

ほとんど無意識の行動が積み重なって、次の自分思考や行動が構築されているというのは当然のことだけど、ずいぶんしゃらくせえものだ。こっちでデザインさせてほしい。

自分思考結果を自分再検証すると「なんでそんなふうに考えたのか」「なぜそんなことをするのか」が意味不明だったりして怖いことがよくある。それは今まで自分の身にふりかかってきたものや、社会通念、子どものころから積み重ねたいわゆる常識というものによってそのように考えるのであって、明確にそうであるべき理由は何一つないことで「なぜ自分はそう考えたか」と絶えず疑問を抱く。自分存在がひたすらあいまいものになってきている。今の自分と数時間後の自分とではっきりとした境界がある。

もともと無気力だったがもっと無気力になり、他人わずらわしい。いちいちこちらの思考説明するのもめんどうくさい。

あるいはこの鬱病じみたやる気の無さを発散できるロジックがあればいいなとおもっている。

2018-07-17

anond:20180717124520

今はまだ気色悪がられるだろうけど、ファミレス飲み放題ジュースサーバで、甘い水または炭酸水に色と香料を好きに選んでジュース(果汁もどき)がつくられることが、やがて受け入れられる時代が来るのかもなあ、デザインドリンクとか呼ばれて。

食品本来どうやってできるものか、知らないし、知る機会もないし、興味すらもたない層って、かなりいるのかも。

anond:20180717142012

どうだろう、何か憧れとかこだわりのあるものでもあるし。

もちろん、そんなことでこじれるような友情ならがっかりだけども、

年代でも、家業のある友達商品買ってたり、

服を作れる友人にオーダーしてたり(既製服が合わないような母ではなかったけど)

ひょっとしたらお付き合いなのかな?と思うふしもあったので。

車みたいな高価なものから、気にしないと言えばそうだけれども。

もちろんなんでも自由に考えるのも今を生きてる自分のためでもあるとは思う。

私は異様にいろいろ考えるたちなので、もし車のメーカーの友人がいたらそこで買うだろうな。

ただ好きなメーカーや車種もあるのと買える懐もあるので、

用途にあうか・操作性・安全最後デザインかな。

anond:20180717141915

デザインが好きならわかるけどなぁ

その車会社信者で身の丈に合う車ならなんでもいいって事?

好きな人教えてほしい

国産のが修理とかの際に便利なのに外車買ってる人ってなんなの?

いや、見た目が好きだから!このデザインがかっこいいから!って理由で買うってのは全然わかる。納得する。

ぱっと見外車に見えない人ってのは何で外車買ってるの?

具体的に言うとBMWセダンタイプのような奴よ

トヨタの車と見分けがつかない(いや、トヨタのがパクってるんだろうと思うけどね)

別に特段カッコイイとも思えないんだが普通の車やん?ってなる

以前上司ベンツだったらしいんだけど全く気付いてなかったからな普通の車だったので…エンブレムフロントに立ってないとわからん

駐車してるとこしか見てないから前しか見えんしよー

そんな私は今の軽にのって2年だがまだ顔覚えてなくてナンバープレートで覚えております

本当はビートルしゅきだよぉ…むかしのやつ

anond:20180717124816

二次元三次元区別しろとあれほど・・・

二次元キャラ服装ってそのキャラの体格や顔に似合うようにデザインされてるから

リアルでやると違和感が爆発して苦手なんじゃないのかな

おれも彼氏さんに同意する

2018-07-16

anond:20180714203618

この手の話ははてなで定期的に出てくるんで、今まで見られた反応とその展開、個人的意見をまとめる

近親間の子供は遺伝子疾患を誘発するから結婚禁止すべき

悪手。

遺伝子疾患を持っている人間子供を作ってはいけないという思想と近似している

また、そもそも子供を作る予定がないカップル場合結婚してもいいの?という問題対応していない

不妊カップル同性カップルは近親間でも結婚可?そうでないならその理由は?

自分兄弟姉妹がいるが、結婚したくない。多くの人もそう思っているはず

悪手。

結婚制度の良し悪しを個人の肌感覚判断するのは、LGBT結婚否定する思想と地続き

個人的感覚ではなく、数字調査して「多くの人から支持されていない」という理由否定するのは

一部肯定できる。これは後述する

性的虐待の防止のために禁止すべき

まり有効でない。

性的虐待の防止は近親婚ではなく児童婚カバーすべき問題

成人には十全たる判断力があるので、当事者同士のみの決定で結婚できてよいはず

成人後にも親子の場合には権力差があるからNGという論建てをするなら、他に権力差がある関係

(例えば教師と教え子、上司と部下、芸能人とそのマネージャー)の結婚規制すべきだが、これはあるべき社会とは思えない

結婚家族を新たに作る制度なので、すでに家族である関係では不要

まり有効ではない。

例えば相続では兄弟配偶者で割当が異なり、これを強化するために結婚したいという動機が考えられる

その他、世帯関係にない離婚した親子や叔父・姪の婚姻については否定できない

そもそも結婚制度自体自由主義に反する

有効反論

結婚とは世帯形成する行為だが、今の結婚制度世帯形成様態当事者以外が口出ししている状態であり

自由主義とは相容れない。

ただし理論実践は異なる。かつてヒッピー文化結婚にとらわれない自由家族形成を試みたことがあるが、

やがて崩壊して失敗したらしい。(昔村上春樹ブログで見た)

その理由はわからないが、自由恋愛・自由SEX嫉妬などの問題があり普通精神人間には受け入れられなかったのだろう

というわけで、、

人は因習にとらわれるため、近親婚は理論的にはありだがすぐには受け入れられない

この反論が最も妥当

自由人権思想は全てに優先されるわけではない

特に家族結婚などは、過去因習に深く根ざす問題なので、変えるにしても急激に変えるわけにはいかないのだ

近年世界的に同性婚が許されるようになったのは、LGBTの声が主に欧米中心に大きくなったことと、

これを許可しても社会システムを揺るがさないことが徐々に明らかになったか

近親婚・複婚が今後許されるには、まず声を大きくして先進的な社会実験をし、問題がないことがわかってから

徐々に世界中に浸透するという段階を踏まなくてはいけない

おまけ

レヴィストロース読めばわかるけど、どの関係までを近親婚と呼ぶかは文化によって違いがあり、

最も緩い日本のような社会では従兄弟婚は平行イトコも交差イトコもOK

最も厳しい韓国のような社会では本貫と呼ばれる祖先が同じ人間であればどんなに親等が離れててもNG

これらの法則普遍性など何もなく、もっぱら過去因習で決まっている

からといって非合理的から捨ててしまおう、などということはできないので

これらの問題は「我々の社会をどうデザインするべきか」という戦略を前提に話をしなくてはいけない

地盤レイヤー

先日、土木技術は「技術の中の技術」と呼ばれると知って国土計画歴史とかネットサフしてて

国交省の「国土グランドデザインスライドの見ながらさほど関係ないことを思いついて、備忘録

地盤ってそもそも多重レイヤーで出来てて

そこに埋まってる絶滅生物は超えられなかったレイヤーで出来てる

んで地盤の上で仮初めの繁栄を築き、新たなレイヤーで濾されるというのが続く

どうして繁栄が築けるかというと時間世代交代が上手く釣り合ってたから。

それを保証せずに新レイヤーかけまくると真っ白更地化する

から、究極目的を据えて AかつBかつCかつ…(A∧B∧C…)ってレイヤーはやめて

AまたはBまたはCまたは…(A∨B∨C…)ってレイヤーにしよう

これがダイバーシティ云々多様性云々なんだろうと思ってる

ただし、更地の上にやっても動物園or植物園で、金食い虫&温室なだけ

あくま地盤の上にかけるレイヤーだし時間世代交代保証無視できない

植生(針葉樹林帯・広葉樹林帯・照葉樹林帯)境界線の多さや複雑さこそが多様性

国土計画ってそういう地盤の方をどうこうするもんだと思ってたなぁ

2018-07-15

豪雨災害について、書きなぐり

2011年3月に、大阪大学で行われた卒業式において、

当時、学長であった哲学者鷲田清一教授は、一通りの -文字数として数えると

240文字ほどの祝辞をを述べた後、

「途方もない災害が起こってしまいました」

との言葉で、卒業式スピーチをはじめました。

原発問題の有無や、テレビ流れる「亡くなった方」の数字の桁こそ違えど、

豪雨災害としては、「未曽有の」災害であった点、そして

これから対策根本的に見直さなければいけないという点、

そしてなにより、

近しい人を亡くされた痛切さが伝わってくるという点で、

今回の2018年7月豪雨、ぼくは、3.11と同質のものを感じています

また、途方もない災害が起こってしまいました。

今回の豪雨、ぼくは降水量としては3番目に多かった神戸に住んでおり

かにいままでにない雨の降りかたでした。

加えて、徒歩にして500mほどの場所土砂崩れが発生していましたが、

それでも、「災害に巻きこまれつつある」という意識希薄でした。

「雨が降っている」というのは日常範囲現象だもんなあ。

NHK広島の人が、こんなことを書いています

広島でも「当事者として行動する」ことは難しかったようです。

被害地域が広域であったこと、下手に現地取材を行えば自身被害者になってしまマスコミリスクに加え、

しかすると「雨の災害」だと、心のどこかでラベリングをしていた(し続けている)人も多くいたんじゃないかなあ。

現在は、豪雨災害ニュース一色、現地から報道ばかり、といった感じですけれど

実際の雨が降っているとき映像は、ほとんどが京都嵐山だったり

神戸大学の裏山のものばかりだった印象です。

それらのニュースをみて感じたことがあったので、書いておきます


取り返しつつあるように、豪雨災害一色となったニュースの中で

「ご家族を亡くされた方」に密着しているものが、目立ちます

家族を亡くしたお父さんの後ろには、画面を通じて確認できただけで

お父さんの後を追うように、20人ぐらいの「マスコミの人」がいました。

よく「心ないマスコミが!」という意見は目にするけれど、ぼくは今回

少し別のことを、その映像から感じました。

「このお父さんは、ひとりでこの時間を過ごすことにならなくてよかったんじゃないか?」

家族を亡くされた苦しみ。

自宅が浸水し、心の支えを失ったなか、  

いったいなにを支えに生活を取り戻していくんでしょう。

想像するだけで胸が引き裂かれそうになるよ。

そんな苦しみと喪失感のなか、あのテレビに写ったお父さんが

「だれにも見向きもされず、ひとり」だったら、どうだったのだろう。

もちろん、痛みから回復過程において、

「ひとりで悼む」という時間は、きっと、必要になるでしょう。

そのような時間が、最初必要なひともいるでしょう。

から一部の人たちから「クソマスコミが!」と呼ばれるのでしょう。

けれど、人間みんなが「苦しみをひとりで耐え忍ぶ」ことをできるように

デザインされているとは思えないのです。

ぼくだったら、どうだろう。

家族を失くし、立ち向かわなければいけない現実は山積み…

そんなときに、それがたとえ気遣いからでの「ひとり」であったとしても

その孤独に耐えきれないのではないか

そんなふうに感じます。きっと気が狂ってしまうよ。

カメラをかつぎ、マイクを握ったマスコミのみなさんではあるけれど、

自分ではない他者」に囲まれながら、

これもまた回復過程において必要な「言葉にする」ことを

きっと、しぼりだすように、されているお父さん。

きっとあの映像を、ぼくらが痛みへの共感を持ちながら

受け止めることができるか、それを試されているんじゃないかなあと思うよ。

ああ、痛い体験ですね。強くなろう。

3.11、多くの人がそうできたように、また今回も。

そう、3.11です。ぼくはニュースで水につかった西日本の街を見るたびに、三陸を思い出します。

みんな、元気かい? ぼくでもそうなんだから、みんなはきっと

ぼく以上に思い出すよなあ。

しんどかったら、テレビ、消していいからな。

逃げているように思わないで。

あれだけの傷をうけてまだ7年です、

「みんなが生活してくれている」それは奇蹟だし、

その事実が、関西を救うよ。もう救われてる。

みんなが絶望していないんだよ。それは、みなさんが、

暮らしている、その事実がおっきいと思うよ。

すっごいワガママを言うと、

笑って生活してくれていたら、もっと勇気づけられる!

「ただ、いてくれること」そのことがどれだけぼくらを救うか。です。

いつもありがとう(^_^)

みなさんがそういてくれるんだもの

きっと、ぼくらにできないはずはない。

なにもできない自分を責めてしまうみんなへ。

大丈夫役割がくるよ。

倉敷市市役所職員友達がいるんだけれど、

もう、寝る暇もなく働いてるって。

いま、できることがある人が、必死にやってくれてるから

そんな皆さんに敬意を持って過ごせたらいいよなあ。

そして、それが原因で心を痛めるかもしれないけれど、

「関心」が向けられていること、

さっきのお父さんの話のように、間違いなく支えになるから

FIGHT BACK!

それぞれの立場で、穏やかに、闘おうな。

みんなの状況が少しでも良くなっていきますように。

写真の色というものがわかった

写真についてのいくつかの疑問を総合すると、写真の色というものがどういう性質のものなのか分かった

次のような個別認識はあった

写真一般的に見たとおりの色が再現できない

・人の印象には誇張されている部分がある(赤い色はより赤く、など)のである程度は仕方ない

・にもかかわらず、誰が撮ってもある程度綺麗に見えるもの存在する

これらから、「人の目に綺麗に見えるように写真にも綺麗に写るもの」の条件を考えると

デザインとしても色の印象が誇張されているものであると推測できる

実際簡単写真映えする被写体見直してみると、「純白のキャンバス原色スポット」のような

くっきりメリハリがつけてあるものであることが確認できる

この仮説から、次のようなことが言える

写真映えを目指すなら、多少誇張しすぎなくらいにシンプルデザインを心がけること

・逆に複雑なデザインのものを撮りたいなら、全体の中から出来るだけメリハリの利いた側面を探すようにすること

どちらにしろ繊細なマテリアルの風合いのようなもの写真に収められるものではないと諦めなければならない

2018-07-14

初めて作ったWEBサービスが3日で2000アクセス集めた結果思ったこ

10秒でわかる内容まとめ

小説家になろうNAVERまとめみたいなサービスを作った

・「自分の詳しいもので、自分の欲しいもので、世間需要のあるもの

・「見た目が綺麗でなくてもアクセスしてもらえるもの

レイアウトより、機能より、まずはコンテンツ

・これで生きていきたいという決意表明

1, 何を作ったのか

なろうまとめ(http://narou-matome.com)

小説家になろうNAVERまとめを目指して作りました

それぞれが読んだお気に入り小説を、お気に入りポイントと一緒に載せられるようになっています

2, 何を思ってそれを作ったのか

自分の詳しいもので、自分の欲しいもので、世間需要のあるもの

を目指して作りました

自分の詳しいもの

個人開発では初期コンテンツ自家生産できる必要があると思います

お客さんは「コンテンツを見るために来る」ので、

どれだけ綺麗な見た目、システムでもコンテンツスカスカなら誰も見ないサイトになってしまます

魅力的なコンテンツ自家生産できる自分の詳しいジャンルに的を絞りました。

自分の欲しいもの

自分が欲しいものを作ることで、自分仮想お客様としてどんな機能レイアウトが良いかを感じることができます

また、細部のこだわりをする際に、

自分の好きなものでなければ「まぁ、いいか」と妥協する確率が上がります

世間需要

需要ないものを作っても意味がないので先に確かめるのが精神衛生上良いと思っています

今回はブログで30個の関連記事を書いてgoogleから検索流入があるかどうかを確かめました。

これが1記事につき5~50PV/日あったのでこのジャンルで上の検索順位を取れればまぁ流入が見込めるなと思って始めました。

3, 作っている時に思っていたこ

1人だけでもWEBサービス全然作れるな

PCで何かを作ること、それに世間様がアクセスできる状態にすることがここまで簡単だとは思ってもいませんでした。

やってみたら意外と簡単ハードルめっちゃ下がる

そんな体験ができました。

スピード最重視

ノーテストコードデザインはざっくり、

アイコンロゴネットでざっくり作る、大変そうな機能は後回し。

コンテンツの充実を最優先しています

逆に言えば、

「見た目が綺麗でなくてもアクセスしてもらえるものを作る」

ということを大事にしています

4, 作った後に思ったこ

これだけやって生きていけたらめっちゃ幸せだ。

好きなものについてのWEBサービスを作って、

ゆるり収益を得て生きていく。

そんな未来が欲しいなぁと真剣に思いました。

自分プログラマーというより企画屋だ。
【だれ】の【どんな問題】を解決するため【なに】を作るかということを考えることが好きです。

その反面、プログラムを綺麗に書くということに偏執的な情熱を燃やせるほうではありません。

(もちろんなるべく綺麗なコードを書こうとはしますが。。。)

将来的には自分サービス収益をあげるようになって、

それでプログラマを迎え入れて一緒にサービスを作って遊ぶように暮らして生きたいと思います

5, 不安だけど正しい道を歩いている

現在、働いていた時の貯金で生きています

日々減ってゆく貯金を見て不安にも思います

それでも正しい道を歩いている感じがしています

日々、自分で手を動かして何かを生産して前へ進んでいます

さいごに

こんな長い記事を読んでいただき本当にありがとうございました

サービスを見て改善点をコメントいただけると嬉しいです。

良いものを作りたい、そのための意見を聞きたいと思っています

友達に見せたところ「色が暗い」と言われ改善中です笑

↓↓↓作成したサービス↓↓↓

なろうまとめ

http://narou-matome.com

「おしゃれだから」っていう理由だけでMacを買うデザイン大学生

あとから文句をいうな

anond:20180714032519

デザイン領域ってそうとうに広いし応用が効くから学んで損は無いと思うんだけどね

anond:20180713191200

デザイン教えればいいのになぁとは前から思ってる

2018-07-13

絵を描けるようになるまで

たまに「絵がうまくなるには」みたいな記事を見るので

私がまあまあ描けるようになるまでの経緯を載せておく。

めちゃくちゃうまくもないがなんとなくときどきpixivランキングはいれたりRTを稼げたりはする程度。

ノートにらくがき期

もともと授業中にらくがきをしてしまタイプの子どもではあった。

二次創作絵も描くことはあったが、下手くそ自分がっかりするのであまり熱心ではなく、もっぱらなんとなく、好きな漫画家の真似をしながら意図もなく女の子男の子を描いていた。

なんでか意味もなく女の子の目に涙かいて泣かせるとかね、よくあったよね。

お絵描き掲示板

ネットを始めた頃、お絵描き掲示板が爆発的にはやり

漫画ファンサイトで300*300の大きさに狂ったようにマウスで絵を描いていた。

もちろんこの頃も下手くそだったが、同い年くらいのこどもたちがなれ合いでほめてくれた。

なにもかも人まねだったし稚拙だったし、お絵描き掲示板機能制限されていたが、「人に見せるため」の絵をたくさんかけたのはよかった。

自分技術でも、すこしはかわいいとか面白いとか思ってもらえるように、モチーフや色使いや画面内の余白を意識したり、人の絵を観察する習慣がついた。

細部をちゃんと描くとほめられるし説得力がでることに気づいたので、服のディティールや靴や小物なんかを面倒がらず資料探してかくようになったのもこの頃。

③人を描くのって楽しいね!

http://www.asahi-net.or.jp/~zm5s-nkmr/

しばらく小手先で描いていたものの、ガチで上手い人たちの絵がうらやましくなったので

当時流行っていたhitokakuではじめて「アタリをとる」という概念を導入した。

「上手い人たちは、顔を描くときに十字を描くらしい」

ということは知っていたが、他はなにも知らなかったので

頭のバランス、人体の骨格、全然できなかった手や足の描き方などをここで知った。

このときはじめて絵を練習するという行為をしたと思う。

ゆうちょうを一冊買ってきてお手本を真似していると、「自分に描けるもの」が飛躍的に広がったのを感じてすごく楽しかった。

この頃にペンタブを買った。

余談だが

東村アキコが「ロボット設計図」とめちゃくちゃにバカにしていたが

https://logmi.jp/259876

写真を見て漫画絵にレンダリングして模写できる」というのは結構習熟の必要作業だと思う。

絵心」ってなにか、といったら、見えてるところから見えない部分を想像する能力じゃないかと思う。

立方体を見たときの底面、手のひらを見たときの手の甲、立ってる足を見たとき土踏まず、顔を見たときの眼球。

目で見えてる範囲から見えない部分へどう繋がっているか、がわからず、「目に見えたものをなぞろう」としても、絵に落としてもなんか不自然になる。

なぞり書きだってうまくいかないときがあるのに、模写となるとなおさらだ

私には絵心がないので、それを理論的に教えてくれる「ロボット設計図」はほんとうにありがたかった。

漫画に挑戦期

お絵描き掲示板が下火になってくるとsaiを手に入れ、色塗りの技法効果お絵描き講座から仕入れて画面を華やかにできるようになった。

なんとなく上手く描けないな?というときもあったんだが、誤魔化しごまかしでなんとなくそれっぽい絵を描いていた。

ただ、漫画に挑戦してみた結果、ものすごい量の課題に否応なく気づかされた。

大きく分けて次の三つ。

1:パースがわからない。

2:意外と描きたいポーズが描けない。

3:白黒で見たときに絵の魅力がない。

⑤-1 パースがわからない

背景を誤魔化すにも限界があった。

それまでも、ときどき思い立ってパースについての解説をぱらぱら眺めてみたが

「あー、ふーん、相似ね? なるほどね???

みたくなってしまいよくわからないまま放置していたのだ。

ただ、人物からアイレベルを求めたりする解説ネットにいくつか掲載されるようになり、そのおかげでなんとなくそれっぽくできるようになった。

パースかんたん解説1:アイレベルの求め方 | 摩耶薫子着物の描き方」発売中 https://www.pixiv.net/member_illust.php?illust_id=3933143


今も三点透視でばりばりに背景描けるぜ!って感じではなく

なんとなーく一点透視や二点透視のやりかたがわかったな、という程度だが

今のところそれで困ってないので、なんとなくの知識パース定規を駆使してなんとかしている。

ビルの谷間を駆け降りるような絵が描きたくなったらまた頑張ろうと思う。


あとは、人体のパースという概念を手に入れたのはすごく大きかった。

それまでも、たとえば奥から手前にまっすぐ伸ばした腕やあぐらを組んだ足なんかがうまく描けないという自覚はあったのだが

人体のパースがわかってないからか!と気づいたとき目から鱗だった。

『やさしい人物画』のパースのあたりが楽しくてたくさん描いた。

http://loomis.sblo.jp/s/ (※原書)

それと、人物を描くとき、アイレベルより上をあおり、下は俯瞰、と意識して描くようになった。

それまではなんとなくぺらぺらしていた自分の絵に立体感が出た気がして、これも嬉しくてたくさん描いた。


⑤-2 意外と描きたいポーズが描けない

漫画のなかで、どうも自分の描くポーズが硬い気がして嫌だった。

ポーズ個性がない。

たとえば歩く人を複数人描いたときに、左右どちらの足が出ているかの違いしか出せないこと。

本当はちゃきちゃきした歩き方、靴を引きずるような歩き方、スカートズボンの違い、ヒールと革靴とスニーカーの違い、色々あるはずなのに、絵のなかでそれが表現できない。

「絵になるポーズ」の絵しかない。

たとえば座ってごはんを食べる時に、背中丸めただらしない食べ方や、へんなコップの持ち方や、そういう「絵にならない」瞬間が描きたかったし、そういう絵のある漫画は魅力的に思えた。

これについては「他人を観察する」というのを意識的にするようになった。

居酒屋のシーンを描くなら居酒屋で、電車のシーンを描くなら電車

どんな人がどんなポーズをしているかをみる。

ばれない環境なら真似してみるのもよかった。

もちろんその場で全部覚えられるわけでもないが、インプットした分は絵を描くときになんとなくにじみ出てくる気がする。

⑤-3 模索中、そしてhitokakuに戻る

3についてはいまだに模索しているところだ。

白黒の絵の魅力はすなわち描線の魅力だと思う。

グレーで細かく陰影をつければ疑似カラーみたいにできるけど、それは私の描きたい絵ではない。

線の魅力って不思議なもんで、絵のうまさや好みとは別のところで

すごく魅力的でいきいきした線の人がいる。

もしや才能なのか…と思いつつ、ペンの設定を変えたりソフト補正を調整したり、何より繰り返してかきながら自分の思ったような線が描けるように練習している。

hitokakuのはじめは「◯と│をひたすら描こう」と言われるのだが、当時の私はほとんど飛ばしていた。

最近またやってみている。


フラストレーションモチベーション

私は「基本から、教本にしたがって、積み重ねるように」練習をするほどまじめにはなれなくて、

その時その時で絵を描きながら、「もうちょいこういう風に描けたら楽しいのに…」というフラストレーション自分なかに溜まったら練習する、という感じでここまで来た。

もともと私のやる気はそういうふうにできている気がする。

道具もあまり新調しなくて、

今使ってる道具をうんざりするまで使い倒しながら

新しいソフトほしいあたらしいペンタブほしい、とフラストレーションが貯まったところで買うと

わー!なんてべんり!なんてすてき!!と思えて格段に楽しくなる。


二次創作効能

最近気づいたこととして、

二次創作軽率にたくさんやった方がいい」

と思う。

オリジナルの絵を描くのはすごく楽しいのだが、

なんと言っても二次創作他人デザインだ。

そこには自分では思いもよらなかった意匠がある。

そして、好きな作品であればあるほど、顔をかわいく描くことにすごくこだわるようになる。

他人作品触媒にしていろんなアイデア生まれる。

ひとつ作品をねっちり長く描くことも、ちょっと好きな作品をたくさんかきちらかすことも、どちらもすごく絵の練習になった。




前述のように私は今もまだまだ完全に描きたいように描けるわけではなく練習中の身だが、

なんとなく、こういうだらだらした練習のしかたでもそこそこはいけるようになるぜと言いたくなった。

ジュラシックパーク恐竜たちの出自についての考察

先日ジュラシックパークの最新作が全国公開された。

クリス=プラット演じる主人公活躍する新生ジュラシックパーク第二弾とも言える作品だ。

前作よりもよりホラー寄りに回帰したりラプトルとの交流が見られたりとにかく面白いので是非見て欲しい。

ちなみに僕はまだ見ていない。

前置きはさておき、ジュラシックパーク恐竜たちは一体何者かという僕独自考察をここに記しておこうと思う。

結論からいうと彼らは恐竜ではなく恐竜のようにデザインされた何かである

以降はその根拠について記述しようと思う。

そもそもジュラシックパークの”恐竜たち”はどうやって作られたのか?


ジュラシックパークファンなら勿論知っている情報だと思うがおさらいをしてみよう。

恐竜が生きていた時代には現代の蚊はすでに生息していた。

そして、その蚊たちは現代と同じように動物の血を吸っていた。

蚊が木で休んだ際に樹液に絡め取られ、恐竜の血を体内に含んだまま長い時間をかけ「琥珀」になった。

現代になり琥珀の中に閉じ込められた恐竜の血から取り出されたDNAを元に恐竜たちが生まれた。

これが定説というかジュラシックパーク第1作目で作中アニメで語られている内容だ。

かに説得力があり、当時子供だった僕はそのサイエンティックな内容に釘付けになり、よりストーリーに惹きつけられた。

しかし、これは無闇に説得力があると考えていい内容だろうか?

最新の学説での否定


このような記事がある。

恐竜DNAから復元することは不可能?(オーストラリア研究

http://karapaia.com/archives/52104981.html

まり物質は必ず劣化するものであり、恐竜DNAも例に漏れはいないということだ。

ただし、作中ではそれを予見してか、「不足しているDNAカエルのもので補っている」とも語られている。

これにより、一見して最新の学説へのアンサーとしては成り立っているように見える。

どうしてだか、僕はここに違和感を感じている。

なぜカエルなのか。なぜ進化の経路上として爬虫類鳥類よりも遠い両生類DNAを使うのか。

ヘンリー・ウー博士

パークの恐竜たちを語る上でこの人は外せない。

氏は新旧パーク双方に勤務し、実際に作中にも登場している。

いわば恐竜たちの生みの親であるパーク研究所の遺伝主任である

作中で語れられている氏の実績を大雑把に下記の通りまとめてみた。



僕が気になるのは最後の項目「恐竜のリデザイン」だ。


先に仮説を述べておくと、

インドミナスに限らず、パークの恐竜たちは全て「リデザイン」されたのではないのだろうか。

まり、形状的に模倣はされているが、必ずしも遺伝子として合致あるいは類似しているものではない。

ウー博士により作られた全く新しい生物たちである

作中のヴェロキラプトルという存在



作中のヴェロキラプトルは実際の世界ヴェロキラプトルとは違うというのは割と有名な話だとは思う。

実際のヴェロキラプトルは鶏ほどの大きさで主に小動物昆虫を餌にし、大きくてもせいぜい小型の角竜を襲うことができていたのではないかと言われる。

実際にはデイノニクスと呼ばれる馬ほどの大きさの肉食恐竜ヴェロキラプトル名前と足についている「大きな鉤爪」だけ借りて登場している。

演出のためだと言われればそれまでだが、

これは「リデザインされた恐竜に名付けた結果」と想像している。

あれだけ一作目から科学考察が作中でされているのに、そこだけ演出のために実際の世界と違えるというのは個人的には違和感だ。

冒頭アラン博士化石採集所の場面



土中にエコーを打ち込んだ後、その結果をモニターで見る場面。

一緒にモニターに現れるスケール確認できると思う。スケールには単位が表示されていないので正確には分からないが

あの同時に現れたスケールは「実際のラプトルと同じスケール」だと示唆する製作からメッセージなのではないかと考えている。

また、博士が持っているラプトルの爪は「デイノニクス」の爪としては小さすぎる気がする。

まりアラン博士はパークのラプトルラプトルとしては認識していない

少なくとも作中に出てきたパーク監視員ロバート確認するまでは認識していなかったと思う。

学者全般に言えることだと思うが、学者は全てが解明されているという前提で研究をしているものはいない。

常に新しい情報で自らをアップデートしていくため、パークでラプトルのものを見せつけられたら

パーク内で生まれラプトルは大きな個体のもの存在すると捉えるのは自然なことだと感じる。

ましてや、欠損部分をカバーしていると事前に聞いているので多少の差異覚悟しているとは思う。

ラプトルの特徴である大きな鉤爪も有しているし。

アランはきっと「我々が思っているよりラプトル整体はずっと大きかった」と思ったのではないか

羽毛恐竜


ジュラシックパーク一作目が公開された当初から、羽毛恐竜存在はほぼ定説となっていた。

それらを作中に取り入れなかった理由として単に「一般恐竜イメージが損なわれる」というものではない気がする。

どちらかというと、パークの経営的な判断として、よりイメージに近い「恐竜」を生み出して欲しいというオーダーがウー博士にされた結果、

羽毛のない恐竜になったというのが個人的スッキリ腑に落ちるところである

その極たる例としては、前述した「インドミナスレックス」が当てはまる。

あれは作中でも経営から「より恐ろしい恐竜」を依頼されたため、その通り作ったと氏自身が語っている。

モササウルス存在

(まあこれは恐竜ではないが)

作中のモササウルスだが、ものすごく巨大な生き物として描かれている。

少なく見積もっても30m以上はある。

実際に発掘されたモササウルスは18mが最大だそうだ。

水中に生息しているモササウルスの血を吸えるのか?

これも非常に疑問に思う。

原生のクジラなどと同じく極度に海中に特化した外形のため、モササウルスはその巨体故に陸上が近いと座礁してしまう。

そのため、陸に近い、蚊が発生する真水のある環境近くに接近し、蚊に吸血されてしまうとは考えづらい。

仮にされたとしてもその頻度は非常にレアなのではないだろうか。

まとめ


以上、記憶の片隅にでも残しておいてくれたら嬉しい考察である

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