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2021-09-10

ガチャ

在日韓国人の家に生まれた。

父親は気に入らないことがあるとすぐに手を出す性格で、幼少の頃は止めて入った母親まで殴られて一緒に泣いている記憶ばかりだった。

祖父から継いだ仕事財産を築くも、それを自分の商才と勘違いした父親は引き継いだ仕事を辞めて趣味の延長である雀荘経営を始めた。

母親夕方から深夜まで手伝いに駆り出され、学校から帰ると家には誰もいなかった。

前の仕事で築き上げた財産で、家だけは無駄に広かったが、お化け屋敷に住んでいるみたいで落ち着かなかった。

両親は決まって夜中に酔っ払って帰ってきた。

大体の場合、帰ってくるなり怒鳴り合いの喧嘩を始めた。

今日接客がどうだとか、作った料理がどうだとか、売上とか従業員給料とかそんな話ばかりだった。

とにかく布団の中で聞かないふりをした。

たまに母親が泣きながら上がってきて、化粧と酒くさい顔を近づけて頭をなでながら何かをぶつぶつと言っていた。

その時もやっぱり寝たふりをしていた。

そのうち父親は朝方まで帰ってこなくなった。雀荘営業時間を伸ばしたらしい。

家での両親の喧嘩は減ったが、夕方近くまで眠って明け方に帰ってくる父とは会話をすることがなくなった。

見栄で通わされた私立小学校は家から遠く、地元同級生たちと馴染めないままいつも一人遊びをしていた。

誕生日プレゼントも買ってもらえたし、サンタも家に来た。

何か不自由を感じたことはなかったが、何かいつも足りないものを感じていた。

ある日公園で一人で砂場遊びをしているときに、近くの小学校に通う同級生たちに囲まれ砂場に首から下まで埋められたことがある。

家に帰ると母親が忙しそうに仕事に向かう準備をしていた。

砂まみれの自分に気がついたが、怒ることもしなかった代わりに、何かを聞かれることもなかった。

一人でそのまま風呂場に向かい洋服ごとシャワーを浴びた。

びちょびちょの洋服をそのまま洗濯機に投げ入れたが、そのことについても母親から何かを聞かれることはなかった。

毎日一生懸命に働いている母親を困らせるのは悪い子供がすることだ。

自分自分を責めた。

次の日に公園に向かうと、その時の同級生たちが野球ごっこで遊んでいた。

もう一度砂場に埋められるわけには行かない。そう思って、公園で遊ぶことはその日以来やめて、誰にも会わなそうな空き地や少し離れた河川敷で遊ぶようになった。

見栄で通わされた進学塾は、毎日終わり際にタイムカードだけを切りに行って、それ以外の時間は近くのゲームセンターに入り浸った。

夕食は塾の近くにあるファーストフードで食べなさいと、毎日500円をもらった。

そのうちの大半をゲームでつかった。

志望校は当然全て落ち、受験する3日前まで名前も聞いたことのないような私立中高一貫校に文字通り滑り込んだ。

ほぼ定員割れ名前が書ければ受かるような学校だった。

小学生までは頑張って起きて朝の支度をしてくれた母親も、自分中学生に上がると昼まで起きてこなくなった。

その代わりに、一日の昼食代500円が毎日テーブルに置かれるようになった。

からバス電車を乗り継いで1時間かかった。

途中にいくつかの繁華街がある駅を通るが、制服ゲームセンターに行くには邪魔だったおかげで、遅刻常習犯ながらも、日中は流石にサボることはできなかった。

昼食は甘ったるい菓子パン1つと甘いジュースだけでしのいで、残りは放課後ゲームセンターで使った。

作りおきの夜食栄養バランスをなんとか保ちつつも、それが理由かわからないが身長は165cmで止まった。

人付き合いというものをろくにしたことがなかったが、この頃一緒にゲームセンターで遊ぶ友人が何人かできた。

なんとなく、生まれてはじめて人間らしい営みを手にれた気がしたが、それも長くは続かなかった。

中2の初め頃、親が新しく始めた飲食店の手伝いのために、放課後部活も許されず店にまっすぐ向かって日付が変わるまで無給で働かされることになった。

雇われた店長父親の前だけへこへこして、溜め込んだ憎悪ストレス自分にぶつけてきた。

裏表のある大人を間近に見てこんな大人になるくらいなら死んだほうがマシだと思った。

放課後を奪われた学校生活無味乾燥のもので、授業の大半を寝て過ごし、夜は脇目もふらずに仕事に向かう生活を繰り返した。

高校2年のときバブル経済崩壊した。

家族内緒で行っていた父の株式投資負債によって、雀荘飲食店どころか家まで失うことになった。

荷物ほとんどを捨てて、親戚が管理人をしているワンルームアパート母親引っ越した。

その時は住むところを失った悲しさよりも、店の手伝いから開放された嬉しさが勝った。

負債家族に背負わせないために両親は離婚をして、その後父はどこにいったのかも聞かされなかった。

最後父親とどんな会話をしたのかも覚えていない。

母は親戚のパチンコ屋で換金所仕事を始めた。

親族のうち、以前から換金所で働いている人間はたんまりお金をもらっているのに、自分は足元を見られて少ししかお金をもらえていないと嘆いていた。

生活できるだけでもどれだけありがたいことか。母親の欲深さにうんざりした。

それでも贅沢はせず、母親は少なくとも高卒じゃなきゃ働き口なんてないという理由で、意地でもわたし卒業させてくれた。

この頃、親戚のおじさんが相次いで自殺をした。バブル崩壊で抱えた借金で首が回らなくなったからだという。

父親は生きているのだろうか。どちらにしても、お金が原因で命を失うなんて馬鹿げていると思った。

お金様の何が偉いのか。そもそも人の幸せとは何か、そのときに眠れなくなるくらいに考えたことを覚えている。

相変わらず夜の帰りは遅いものの、交代制シフトで働くようになった母親は、朝に起きて夜に眠る生活に戻った。

この歳になって面と向かって甘えるなんてことは流石にないが、学校でのくだらない出来事や、一緒に見ているテレビの内容のことを話す機会が増えた。

小学生ときにできなかった時間を取り戻しているような気がして、毎日が楽しかった。

たまにお酒が入ると、母親は決まって過去のことと今のことをわたしに謝った。

仕事の忙しさを理由全然世話をしてやれなかったこと、それなのに全ての財産を失って辛い生活を強いていることを、何度となく謝ってきた。

母親にそんなことを言わせてしまっている自分申し訳なくなった。

今がどれだけ満たされているか、どれだけ言葉にしても母親は首を横にふるだけだった。

別にお金がなくても、今が幸せと思えるならよいではないか

しろ自分にしてみれば、お金があった時代のほうが不幸だったのではないかと思えた。

在日韓国人である自分にとって、この頃はたとえ大学卒業したとしてもまともに就職できる企業なんてものはなかった。

から、その時には当たり前のように大学進学はせずに働くものだと決めていた。

高校卒業してすぐに建築業に進んだ。

親方の送迎で一度に現場に向かうために寮生活だった。

から原付きで30分ほどの床も壁も筒抜けのボロアパート引っ越しをした。

建築現場にはフィリピン人パキスタン人で溢れていた。

言葉の通じない相手に、いい年をした職人たちが代わる代わるいじめを繰り返していた。

在日韓国人であることを隠して働いていた自分は今で言うパワハラだけで済んだが、それこそ一歩間違えれば現場死亡事故にでもなりかねないようなことも行われていた。

自分はいじめに加わることも助けることもできなかったが、できるだけ彼らの話に耳を傾けるようにした。

いじめについて聞いたこともあるが、ここで稼いだ仕送りで国で待つ家族笑顔になることを考えれば何でもないと、全員が口を揃えていた。

少なくとも、自分からは彼らは幸せそうに見えた。

外国人いじめて楽しそうにしている職人と、いじめられても家族幸せを思って幸せを感じている外国人とを見比べて、幸せとは何かを再び深く考えた。

収入は確かに良かった。

とある事故きっかけに、2年ばかりで建築会社倒産してしまったが、使う当てもないままに親に仕送りをしながらも300万円くらいの貯金をすることができた。

実家(といっても親戚が管理人アパートだが。)に戻ると、その貯金でまずはパソコンを買った。高校時代ゲーム仲間のパソコンが詳しい人間に教えてもらいつつ、当時出たばかりのインクジェットプリンターと併せて全部で100万円くらいかかったと思う。

教習所短期コースに通いながら、一緒にもらった違法ソフトで本を読みながらウェブデザインを独学して、車の免許ウェブデザインの最低限の知識を2ヶ月位で詰め込んだ。

その後、貯金を切り崩しつつ就職活動をして、ソフトウェア開発の会社アルバイトとして入社した。

もともと大手通会社で勤めてから独立した社長がなかなかのやり手で、パソコンサポートのセット販売や、当時はまだ珍しかった個人ホームページ制作代行など、次々と事業を拡大していった。

世にいう就職氷河期の頃だったが、当時、個人パソコンを持つ人間はまだ少なく、また、車の免許や力仕事職人に鍛えられた物怖じのなさが気に入られて、その会社正社員として働けるようになった。

入社して数年、立場も順調に上がっていき、社宅手当をもらえるまでになったのをきっかけに、母親をつれて小さいながらマンションに引っ越すことができた。

これで母親に少しは惨めな思いをさせないで済む。そう思っていたが、母親はそうではなかった。

一度は財産を築いて豪邸(とはいっても本物の豪邸には程遠いが)に住んだ身にとって、マンション暮らしは惨めなのだという。

まだデザイナーマンションだとか億ションだとかタワマンという言葉が生まれる前の話だ。

戸建てを買えなかった人間が、渋々住むのがマンションだという思い込みが強かったのだろう。

一度は地に落ちた生活をここまで取り返すことができたのだから喜ぶだろうと思っていたが、そうではないという母を見て、素直に可愛そうだとおもった。

社長経営手腕のおかげで、今もその会社で、気がつけば重要立場を任されるまでになった。

母親は別のマンションに住まわせ、自分結婚して二人の子宝に恵まれた。

自分の親ガチャがあたりかはずれかなんて、今になってみればわからない。

羨ましいと思える親子関係も山のように見てきたし、両親がもっとまともだったら良かったと思うことなんていくらでもあった。

だけど、こんな親だったおかげで、自分幸せとは、お金とは何かを考える切っ掛けがたくさんあったし、そのことについて世間に流されるようなこともなかった。

未だに大学進学までしておいて定職につけないままの同級生もたくさんいる中で、自分は、本当にたまたま運が良かっただけなのだろう。

そんな自分がいうのもなんだが、親ガチャなんて人生の数多くのガチャの一つでしかないし、その一部分だけ切り取って見たところで何の意味もないのだと思う。

ゲームみたく課金でやり直せるものでもないのだから問題は、そのガチャの結果とどのように向かい合っていくのかなのだろう。

気に入らない結果をすぐにリセマラするのではなく、そのまま始めてみがほうが実は楽しいこともあるかもしれない。

なんだかとりとめのない文章を書いてしまった。

ガチャの結果くらいで、人生のものに悲観する必要なんてない。多分、そんなことを言いたかったのだと思う。

2021-08-20

anond:20210820011815

上昇婚して退社してさらハイスペの男性に養ってもらおうとはしてなくね?

ハイスペ精子ハイスペ卵子ハイスペのガキ作って、

共働きハイスペ労働都心マンション買って、小学校から進学塾通わせて、

都心の名門私立に入れて、大学アメリカ留学させようとしてね?

つかこういうハイスペ共働き夫婦が増えてるから都心ファミリー向けマンション

一馬世帯には手が届かないレベルに高騰してるんだよな?

2021-06-23

中学受験をさせるか、させないか

首都圏在住の小学校低学年の子どもを持つ親の悩みのひとつに「中学受験をさせるか、させないか」というのがあります首都圏中学受験をするのは6万人超で5人に1人、つまり20%くらいが中学受験をすると言われています

この文章は、私が「中学受験をさせるか、させないか」について相談されたときに、どのように考えるべきなのかという判断材料をお渡しするために書いています。なるべく客観的データに基いて記述をするために、偏差値といった数値的なデータを中心に取り上げることが多くなります。いわゆる学歴主義のように感じられる部分があるかと思いますが、そのような意図はまったくないということは強調させてください。私自身も中学受験経験し、偏差値だけでは表現しきれない私学教育の魅力や中高一貫教育メリットというのを肌で感じています判断材料として主観的記述を減らす都合で、このような記載になっているとご理解ください。

中学受験をさせると決めたら、一般的には新4年生の春休みから進学塾に通わせることになります。通塾費で200〜300万かかり、私立中学に無事に進学したとしても公立以上の費用がかかります。3年間の学習時間は2,000時間以上になるとも言われ、親はそのサポートに追われることになります中学受験は、並大抵のものではありません。金銭的にも時間的にも親の「覚悟」が必要になります特に金銭面での負担は大きく、私学中学に通う家庭の世帯年収は約800万円以上がほとんどだというのも事実です。

小学校の頃から塾通いなんてかわいそうだ、うちは『普通』でいい」

そう考える家庭も多いでしょう。中学受験をするには、多額の費用と労力がかかります。「そんなのは普通』ではない」そう考える気持ちは分かります。分かるのですが、ちょっと待ってほしいのです。中学受験をしなかった「普通」はどういうものなのか、それを理解した上での結論でしょうか。中学受験をしないと決めたら、地域公立中学校に進学します。そこで3年間を過ごし、ほぼ全員が高校受験します(高校進学率98.8%)。ですから、実のところ「中学受験をさせるか、させないか」という問題は「中学受験をさせるか、高校受験をさせるか」という問題になります

もし、中学受験ではなく高校受験選択し、平均的な学力高校、つまり高校受験偏差値50前後に進学したとします。進学先はどうなるのでしょうか。たとえば、都立S高校では、6割くらいが大学へ進学、3割が短大専門学校へ進学をしています大学進学先も、いわゆる大東亜帝国入学できれば成功の部類で、GMARCHは学年トップ数人だけが入学できる存在です。口コミ掲示板を見ると、数年前に上智合格をした先輩が伝説的な存在として語られているのが分かります

難関大学と呼ばれるGMARCHを狙える高校に進学したいのであれば、都立高校では高校偏差値65以上の進学指導特別推進校や進学指導特別推進校が選択肢になります早慶以上を目指すのであれば、高校偏差値70以上の進学指導重点校です。地元中学から進学指導重点校や進学指導特別推進校、進学指導推進校を目指すことを想像してみましょう。地域によって差がありますが、東京都区内の公立中学校の生徒数は、学年あたり100〜150人くらいの規模であることが多いようです。ですから偏差値65以上(上位6.68%)の学校に進学できるのは、学年で10名くらいになります都立高校への進学には内申点も大きく影響してきますから、主要教科だけではなく副教科も含めて学年でトップクラスになる必要があります。これって「普通」でしょうか?

一方で中学受験の「普通」はどのようなものでしょうか。中学受験生の平均的学力中学、つまり偏差値50前後日能研)の中学校に進学したときの、大学進学の実績を見てみましょう。たとえば、T中学であれば、ほぼ全員が大学に進学し、そのボリュームゾーンGMARCHになります。S中学のように大学付属ながら、内部進学の資格を保持したまま難関大学チャレンジできる学校もあります中学受験をする層というのは全体の20%で、経済的余裕があり教育熱心な家庭になります。そこでの平均となりますので、全体から見たら上位の学力になります

もちろん、中学受験をしたからといって、ただちに学力が上がったり、しないという選択学力が下がるというわけではありません。あくまでもデータからみると、こうなっているということを示しています生存バイアスだという指摘もあるかもしれませんが、中学受験から離脱する割合が高いというわけではありません。

ここまで、データが示す「普通」がどれくらいなのかを示してきました。ご家庭で暗黙的に考えている「普通」とのギャップはあったでしょうか。「中学受験をさせるか、させないか」という問題は「中学受験をさせるか、高校受験をさせるか」という問題であり、親としての子どもにどのくらいの学歴学力教育を期待しているかという問題になります子ども能力と比べて過大な期待を抱くと、良好な親子関係への障害となってしまます。かといって、過少な期待をもって「縛りプレイ」をさせるというのも違うと私は考えます子ども能力に対して親としてどのような環境提供できるのか、この文章がご家庭で考えるきっかけになれば幸いです。

2021-06-18

過去自分より進歩しても30点は30点

ドラえもんに、のび太ひみつ道具に頼ってテストを切り抜けようとしたか何かで、最終的に自力対処することにしたのか、ママに「30点も取れたの、よかったわね」と褒められておしまいというエピソードがあった。もう細部はだいぶ忘れたのでこんな書き方になってしまうが。

これはしばしば言われる「他人と比べるより過去自分と比べよう」を想起させる。他人、まあ当然のように100点取ってそうな出木杉あたりと比べりゃ30点なんぞハナクソみたいなもんだが、0点コレクターのび太にしてみりゃ自力で30点取ったのは大したものであろう、そりゃ。かくて彼の自己肯定感が育まれ

イヤ、でも。そうは言ってもお前30点だろ。親子してそんなんで喜んでる場合かよ。

俺はこのエピソードをそのようにしか受け取れない。中学受験のため小学校生活の後半を進学塾通いに費やし、成績が悪いと連帯責任クラス丸ごと正座で授業を受けさせられ、さらには講師から帝國海軍の甲板整列よろしくケツバットを頂戴仕り、苦労の甲斐あって入学した進学校にも学内の成績によって歴然たるカースト存在しており、定期テストで30点にも満たないような赤点を叩き出したりと底辺に甘んじた俺はやはりハナクソのような扱いを受け…という、曇りガラスの十代であった。常に他人との競争であり、成績上位の者が勝ち組で、最終的に東大地元旧帝大合格者こそが価値ある生徒だった。過去自分との比較などに甘んじる余裕はどこにもなかった。

まあそんな自分語りはどうでもいい。いくらね、当社比で成績向上したといってだ。常に他人比較「される」のだよのび太くん。自力で30点も取れたぞ、なんてのは自己満足もいいところなのだシャブ中が壁に向かって「俺かめはめ波撃てるぜぇ」とヘラヘラ笑ってるのと変わらんのだ。

せめて、80点90点取ってからデカい面することだ。さすれば下にも置かれまい。

2021-06-10

中学生を塾に通わせる前にこれを読んでくれ

この日記は某家庭教師塾のアルバイト講師が、主に中学1〜2年生の親に向けて切実に伝えたいことをまとめた文章である

誰か1人でもいい、悩んでいる方に届いて参考になれば幸いである。


【はじめに】

塾は万能ではない。塾に来る中学生の中には、まだ塾に来るべきではないのに来てしまい、泥沼に陥っている子たちがいる。

ここでは塾に来る前に確認してほしいこと、何をするべきか、本当に塾を活用するにはどうすればいいのかを教科ごとに書いていく。


数学

数学で躓く中学1、2年の子は大変に多い。

そしてそのできない原因はほぼ共通しているといっていい。

計算だ。計算ができないのだ。

公式は言えるのに肝心の計算で間違うのでいつまでたっても間違える。

九九が言えない、約分ができない、筆算に1分かかる……このような子は、率直に言って「まだ」塾に通うレベルではない。

このような子たちを指導するときに組むカリキュラムは当たり前だが計算練習を中心にしたものとなる。

しかしこの計算練習というのが塾のシステムとかなり相性が悪いのだ。

講師は生徒の間違いを指摘し、解説するために存在しているのだが、基本中の基本の計算練習においてはその存在感は希薄ものとなる。

サポートできるのはせいぜい「7の段を間違いがちだから一緒に言ってみよう」「丁寧に書くと計算を間違いにくいよ」くらいのもので、肝心の計算クオリティスピードに関してはもう完全に生徒本人が頑張るしかない。

講師としてもはやく基礎の計算練習を終わらせて本番である面積や平均、方程式などの難問を教えてあげたいのだが、しか計算ができるようにならなくてはスタートラインにすら立てないのだ。

早くスタートラインに立ってほしい、その一心で連絡ノートに「自宅で計算練習をしてください」と書き、計算プリントを持たせ、家で毎日1枚こなすように言いつけて親御さんにも協力を仰ぐのだが、そういう子に限って「なんで計算なんか練習してるんだ?早く単元の解説をしてほしい」というダメ出しを喰らってしまう。

違うのだ!

計算というのは本当に大事で、中学高校大学受験の全てに尾を引く。

土台がぼろぼろの家はすぐに倒壊する。

ミスなく、速く、基本的計算をこなすこと!これが全ての基本だ。

そしてその基本を中学1、2年生のうちにマスターしておけば本当に大きなアドバンテージとなる。

逆にここで躓いて中学3年生になり、高校受験を計算練習から始めるのはかなり厳しい戦いになる。

から伝えたいのは塾に通わせる前にまず自宅で計算練習をしてくれ!ということだ。

高い月謝を払ってわざわざ塾に来て黙々と計算練習をする羽目になるより前に、安い適当ドリルを買って家で一冊終わらせた方が絶対に良い。

できれば1週間集中して取り組んでほしい。

数日間が空くとすぐに忘れる。大人が思うよりもがっつり忘れる。

子ども1人では集中できないし親が面倒見れないから塾に通わせているんだ!と思っている方は、騙されたと思って1週間連続家庭教師を雇い、徹底的に計算練習を見てもらうのだ。

週に数日塾に通わせて中途半端熱量計算練習をするくらいならそちらの方が断然コスパはいい。

何度も言うが、長い人生の中で、この時期に基本の計算マスターしておくことは本当に大事なことだ。

中1、中2で計算で躓いている子どもを持つ親は相応の危機感をもってほしい。

計算練習だけは講師が教えてどうにかなるものではない、生徒が自分継続して頑張らなければ身につかない。

そしてある程度基本の計算ができるようになったら初めて塾に通えば良い。

計算ができない」というノイズが取り払われた子ども純粋に単元の理解に勤しめるし、講師も全力で教えられる。

子ども数学の成績が奮わず塾に通わせるか迷っている親御さんは、まず「計算で躓いている」のか「単元理解に躓いている」のかを見極めてください。わからなければ体験授業なりで講師に聞いてください。

計算で躓いている」ならやるべきことは塾に通うことではない!

その準備だ。前段階だ。とにかく計算練習をするんだ。話はそこからだ。

中学に向けて計算スキルを身につけたいという小学生、親御さんにはくもん教室おすすめする。

くもんの数学プリント殆ど計算の反復練習であり、毎日宿題プリントが5枚出るので継続した勉強習慣も身に付けやすい。

下手な進学塾に通うよりまずはここで計算スキルを身に付けるべきだ。

しかし、くもんは計算練習に特化しているため面積や平均など、応用した単元の練習には向いていない。というかプリント範囲に(ほぼ)入っていない。

なので、余裕のあるご家庭ならば、早い段階でくもんに通い、ある程度計算力を得たら進学塾に切り替えて単元の練習をするという流れが1番良いと思う。


国語

文章題ができない中1、2年の原因もシンプルだ。

本を読んでいない、これに尽きる。

実際に問題を解いてもらうと、普段文字を読んでいないので文章を読み終えるだけでタイムオーバーしてしまったり、最後まで読んだ時には前半の内容を忘れていたりする。

深刻だと感じるのは「嬉し泣き」の概念などを理解できていない子で、「泣く」のは痛い時、悲しい時のみだと思っているので誤読するのである

人生で「嬉し泣き」の概念出会たことがないのだ。

もうこれは人生経験の問題になってくる。

本を読むのだ。もしくは映画でも、漫画でも歌でもいい、とにかく作品に触れて、自分以外の人の感情の流れを知ること、新しい概念を学ぶことが重要だ。

塾講師が「嬉し泣き」とはこういう感情で、「切なさ」とはこうで…と教えるよりもそっちの方が余程スムーズ理解できるし記憶に残るしなにより生徒も楽しいだろう。

親御さんにお願いしたいのは、そのような作品子どもが触れる機会を作ってあげることだ。

本を買わなくてもいい。学校地域図書館に連れていき、子どもが読みたそうな本を数冊一緒に選べばいい。

この時に絶対やってはいけないのは、子どもの選ぶ本に口出しすることだ。

まり簡単だろうが、絵しかなかろうが、倫理的心配であろうがとりあえず読ませるのだ!

気になる本の魔力は他者が思うより強い。

一冊読めば似た本が読みたくなる。それを繰り返すうちに、放っておいても文字数の多い小説に手を出すようになる。

間違っても初手からこども名作文学など勧めてはいけない。

どうしても読ませたかったらリビングの目立つ本棚に置き、親が率先して読んでいれば興味をそそられていずれ読む。待つのだ。

そうやってある程度文字を読み、文章に慣れ、感情や行動のサンプルを身体で学ぶ、そうして初めて問題を解くスタートラインに立てる。

から文章題で躓いている普段全く本を読まない子どもは、まず本を読むところから始めてくれ!

その状態で塾に来ても、何十分もかけて文章を読む基本練習をするだけだ。

高い月謝を払っているのにあんまりだと思わないか?教えるこちらも心苦しい。

本当に塾を効果的に使いたいなら、まずその準備として文章を読むところから始めるんだ。話はそこからだ。


英語

これに関しては特に言うことはない。

中学1年で本格的に勉強が始まるため、ほぼ全員が同じスタートラインから始まる。

スタートラインの前にある基本的計算力や読解力を要求されることもない。

アルファベットが言えれば十分だ。最悪言えなくてもたった26文字なのですぐに追い付ける。

家庭でやってほしいおすすめ勉強リスニングくらいだろうか。

こればかりは塾で教えるのは厳しい。

計算練習と同じく、継続的で本人の努力の量に左右される単元なので、塾で、家庭で、自主的に反復練習を積んでもらう必要がある。

あとリスニング聞き取りにくい所を何度も繰り返して聞くのが重要になってくるのだが、その「聞き取りにくい所」は生徒本人しかからないので、他人が教えるとどうしても非効率的になってしまいがちなのだ

中学リスニングはあまり重視されないのだが(出るとしてもレベルは高くない。基本がわかっていれば十分だが、簡単な文の読み上げが聞き取れないようなら対策した方がよい)、高校大学受験、そして英検TOEICではかなりの何度のリスニングが出てくる。

これらのリスニング日本学校教育だけで立ち向かうことはほぼ不可能なので(そもそもリスニングの機会が少なすぎる)、自分で何かしら教材を買って学ぶ必要がある。

それを中学からやっておけば高校でだいぶ貯金ができるだろう。


社会理科

ほぼ暗記科目である

例えば社会で、応仁の乱が起きた理由が上手くわからないので覚えられない…という躓き方をしている生徒には塾講師が役立つだろう。

しかし、その点は教科書を読めば理解できて、単に暗記で躓いているなら塾講師なしでも解決できる場合が多い。

要するに復習サイクルを上手く立てれていないのだ。

躓いている子は宿題として出されたテスト範囲問題集を一回解いて、丸つけをして、あとは一切問題集に触れずにそのまま試験に臨んでいる。

これでは良い点数が取れないのも当たり前だ。

暗記科目において1番大事なのは復習。

一回問題集を解いたら間違った問題に印をつけて、翌日そこだけもう一回解く。そして1週間以内にもう一回解いて、全問正解できるまで何周でも繰り返す。

テスト前にも同じ事をやって、全ての間違いを潰した上で本番に臨む。これだけだ。暗記ものでやるべきことはこれしかない。

まぁこれができれば苦労はしない話でもあるのだが、しかしこのサイクルは中学のうちに自分でできるようになっておいた方が絶対に良い。

これができない子は塾講師にいつこのページの復習をして、そうしたらこ問題集をやって…と逐一指導されることになるのだが、これはもはや勉強指導というよりはマネジメント生活管理の域になってくる。

率直に言って、やはり高い月謝を払ってまで通わせる必要はないように思える。

勉強週間がついていない最初のうちは塾に通って復習のやり方を教えてもらえば良いと思うが、それは意識して慣れればいずれ自分でもできるようになることだ。

マネジメントを期待して塾に通って暗記物を学ぶのならそれは正解だが、数学文章題のような"コツ"を期待して通わせるのならやめた方がいい。

来たところで最終的にやるのは問題を解いて、覚える、それしかないのだ。


【おわりに】

とりあえず伝えたいことは以上になる。

とにかく塾は万能ではないこと、塾の効果を最大限に発揮するには家庭での準備や努力が不可欠なことを認識してもらえたなら嬉しい。

そして、今現在自分の子どもがどの段階にあるのかを見極めて適切な措置をとるようにしてほしい。

全く地力がないまま塾に放り込まれ指導時間内はひたすら文章を読み、九九の練習をし、そして家庭での勉強継続して行われないため次に教室に来たときには内容をあらかた忘れておりもう一度六の段から始める、このような中学生を指導するのは本当に辛い。虚無だ。

月謝の無駄だとも思う。高額なのだから、本当に有用なことに使ってほしい。

現在悩んでいる方、どういう措置をとればいいかからない方がいたら、コメントを貰えればできる限り答えるので活用してほしい。

少しでも多くの子どもが己のレベルにあった環境出会えることを望んでいる。

2021-05-31

夢日記 帰り道

小学校の帰り道、友達バスに乗っていたら強烈にトイレに行きたくなった。

まりかねて途中下車すると、友達が「私が通ってる塾がそこにあるからトイレ借りれるよ」と教えてくれた。

その塾は地元では有名な進学塾だが、看板ひとつもない白い建物で、一見して塾には見えなかった。

内部はとても整然としていて病院のようだった。玄関には観葉植物としてヤシの樹が飾ってあった。

肝心のトイレ講義室の隅っこにあって、室内では少なからぬ人数の小学生児童自由に走り回っていた。けれどうるさくはなくて、むしろみんな静かだった。

トイレのドアはウェスタン調の両開きで、ほとんどドアの役目を成していないけれど、あまり気にせず用を足した。トイレを出ると数名の児童よそ者を見るような目でこっちを見ていて、居づらくなってさっさと外に出た。

近所のコンビニまでたどり着くと、店の前で職場上司であるMさんに会った。私はよほど疲れた様子だったらしく、Mさんは「アイスをおごってあげる」と言ってくれた。

店内に入ると、ほとんどの棚がガランとしていて、まるで閉店セールの後みたいだった。照明もほとんどついていなくて、大きな窓から差し込む自然光だけが内部を照らしている。

店員二名だけで、レジ前でボソボソと何か話し込んでいた。冷凍庫のぞくハーゲンダッツが三つほどあったので、そのうちの一つをMさんに買って貰った。

自転車に乗って去ってゆくMさんを窓から見送っていると、四人組女性たちが店に入ってきた。みんなスッピンなのに服は派手でアンバランスだった。そのうちの一人と目が合うと、彼女は親し気に話しかけて来た。

私たちバンドやってて、今リハーサルの帰りなんだ。だから打ち上げのためにお菓子予約しといたの」

そう聞いてはじめて、このコンビニがいつの間にか予約制になっていたことを知った。道理で棚がガラガラなわけだ……と納得した。

アイスを持って店を出ると、四人組お菓子パンパンに詰まった大きなレジ袋をそれぞれ両手に提げて後をついてきた。くっついて歩いているのに、彼女たちはやたら大声で会話をする。コードギアスの話をしているようだったが、私はそのアニメほとんど観ていないし、会話に入っていく気力はなかった。

疲れた気分で手の中のハーゲンダッツをじっと見つめた。『ルルーシュ』をうまく発音できない彼女たちの会話を聞き流しながら、「もしかしたら、これはハーゲンダッツに見せかけて実はハーゲンダッツじゃないのかも……」と哲学的な疑いをもった。

おわり

2021-05-28

anond:20210528084432

ワイが小学校の頃仲良かった医者まれのT君を思い出した。T君のお父様はお医者さんで開業医お母様は専業だった。T君は長男医院を継ぐことを期待され進学塾に放り込まれ勉強をしていた。が、あまりデキはよくなかった。T君は勉強も嫌だし医者なんかなりたくないと言っていた。

T君は三浪してやっと私立医大に滑り込んで、2回くらい留年してやっとのことで医師免許を取った。その頃のTくんは嫌で嫌でしようがなくてちょっとおかしくなっているようだった。だがお父様との約束である医者になることは達成できた。

T君はもう約束果たしたからと言って地方引越し今は市役所に務めている。お父様はたまに見かけるがめっきり老け込んでいる。

2021-05-02

超時空要塞マクロスが嫌い

大昔の話なのでうろ覚えになるが、

工学社Computer fanという雑誌でYS11氏、shi3z氏、mitamex氏とかが対談した記事があって、

(YS11氏は某有名フライトシミュレーターの作者で今はカーネギーメロン?mitamex氏はゼンリン?shi3z氏は説明必要がないかenchantMOONの人w

しかshi3z氏がマクロスが好きだとかで、それに対してYS11氏だったか忘れたが誰かが俺はマクロスが嫌いという話があって、

今日になって自問自答してみると、俺もマクロス嫌いだわ、と思った

何が嫌いっていうか、その前にマクロスの話を米国が作ったらどうなるか考えてみると、

絶対歌姫、それも一人で戦況が変わるとか、そんな話にはならんと思うんだよなあ

チャック・ノリスでもカート・ラッセルでもスティーブン・セガールでもいいけど、もっと暴力を前面に出す気がする

ただ、脳筋すぎるのもネタとしてはマノウォーみたいで面白いが、現実味があるかというと違う

ある程度はリアリティがないとハッピートリガーでつまらない

歌姫特定周波数を出すと侵略してきた異星人が混乱するので、その隙を突いて総攻撃とかそんな感じだろうか

仮にこれから6年以内に本当に台湾有事が起こるとして、

中国日本アイドルとかAV女優とかアニメとかで戦争をやめるだろうか?日本攻撃しないだろうか?

今になってもゼントラーディメルトランディ地球人歌姫一人で簡単に寝返るのがギャグしか思えない

もちろん、劇場版庵野氏も参加した今からしても異常に緻密な描写だったり、ワカメ影だったり、

ヴィジュアル的に圧倒されるので、なんか情報量で無理矢理感動させるというか誤魔化された感があるのだが、

自分は今になって観ても、ラストの「愛覚えていますか」でどこか白けてしまうのだ

端的に言うなら、自分文化文明なんて簡単に蛮族に破壊されると思っている

高度な兵器より大量のコピー品のカラシニコフと死を厭わない大量の兵隊で、知性なんてものは野蛮な暴力に覆されてしま

自分はどちらかといえばインテリ側の人間なんだろうけど、ずっと昔からそう思っていた

ITバブルシリコンバレーが注目されるようになって、ヤンキー寄りの友人に、

「これから知的労働時代だ」

とか言われたのを今でも覚えているのだけど、

あのとき知的労働側の人間なのに妙に違和感があったのだけど、今ははっきり答えられる

ティム・オライリーに言われなくてもシリコンバレーはとっくに終わってるし、

コンピュータ業界はなんというか、つまらない世界になったと思う

https://yamdas.hatenablog.com/entry/20201109/the-fall-of-silicon-valley

老人がデジタルデジタル価値を認める時点でもう終わってる

まったくイノベーティブでないし、硬直化して抑圧的な受験勉強のような世界

受験勉強のような世界で「シリコンバレー流とは…」とか如何にも意識高そうな顎髭の馬鹿が語り出すが、

その本人が硬直的な発想に囚われているという自覚がない、

いや、顎髭くんは寧ろ意図的にそういった受験勉強的なルールを利用しているのかもしれない

進学塾産業とかと同じだ

私は詰め込み教育には肯定派だし、受験勉強も大切だとは思っているが、

製品を開発する、世の中に何かを生み出すにはその先があるのだ

受験勉強のような世界だけで終わっている人間では意味がない

それは受験勉強というゲームが得意なプロゲーマーしかない

話が脱線したので元に戻すと、その知的産業()もこの様なのだ

トランプアドバイザーだったバノン氏はフェイクニュースを流布したり、白人至上主義者を扇動したりしたが、

彼の語っていたフォース・ターニング、米国流の世代論みたいな話だけは面白く思えた

端的に言えば、コンドラチェフの波のように戦争や大きな災いが一定間隔で繰り返すような話ではあるが、

オカルト経験則の側面があるとはいえ、単純に考えても戦争を忘れた世代戦争を起こすのが歴史の常である

というのは自分はあると思っている

左の人間からすると、人間はそんなに愚かではないとか平和主義を掲げるのだろうけど、

自分たちはともかく、向かってくる敵、侵略者はそんなことは当然お構いなしである

バノン氏がフォース・ターニングを取り上げ、タイミング良く?コロナ禍になった

気持ちが悪いほどの縁を感じている

蛇足になるが、考えてみればマクロス一条輝リン・ミンメイではなく早瀬未沙を選択する話だった

自分はシンエヴァを観ていないのだが、これってシンエヴァマリエンドと似ているようにも思える

輝は最初早瀬のことをオバサン呼ばわりさえしていたわけだが、なんだかんだ現実的な解に落ち着くのだ

というか、ミンメイ一人で戦局が覆るような非現実的戦争を描いておきながら、

一方で恋愛結婚間に関しては極めて保守的というか、現実的に描いている感がある

マクロスはこのギャップを狙った作品であるのかもしれないが、

前にも書いたが、若いうちから諦め良く、俺にはミンメイより早瀬だな、みたいに考える若者

シンエヴァにただ納得するような若者にならないでほしい

https://logmi.jp/business/articles/324263

どうせ現実は、なんて考え方は、上述リンクに書かれているように高度経済成長期の発想だ

若いうちはマクロスやシンエヴァに納得なんかするな

夢を求めて何が悪い、限りない欲望を求めて何が悪い、それぐらいの野心を内には秘めていてほしい

あと、それを安易に口外するバカにもならないでほしい

といっても、この国は今になっても昭和平成の発想を引きずったままだ

令和になり、コロナになり、これから戦争を想定しなければならないのに、この国の政府自衛隊もアホばかりだ

自民党緊急事態条項を盛り込みたいか改憲したいというが、

私は基本的第三次世界大戦を想定して、国が国民への命令権を強めるというならば、賛成ではある

しかし、仮に改憲して強力なロックダウンができるようになっても、

その同じ口でオリンピックパラリンピック強行開催したいとほざいている

誰が二枚舌の人間を信用するだろうか

ベアソウスガモリイシハラ、クソばかりではないか

日和見ポピュリズム自己承認欲求を満たしたい、ユーチューバーみたいな政治家ばかりではないか

こんなんでこれから来るべき戦争なり、これから時代に生き残れるとは思えん

もういっそ中国支配されればいいとさえ思えてくる

中国支配されれば、宗教政治思想などはすべて粛清される

胡散臭い新興宗教、頼りにならない国民に向き合わない自分利益しか考えない政治家、くだらんラノベ、全部シベリア送りである

ロシア中国支配されないと、この国は目が覚めないのだろうか

というか、昨日まで鬼畜中!鬼畜露!とか叫んでた大人が、

次の日にはギミチョコ!ギミチョコ!になるだけなんだろう

もうこんな茶番はやめにしてほしい

毎日、嫌々でも世情を知るために一度はNHKニュースWebを見るが、

それだけでもウンザリする

政府が駄目、自衛隊というか軍隊オカルト陰謀論で駄目、国民も駄目、

ベトナム戦争中国が勝って、アメリカが負けたのをもう忘れたのだろうか?

みゆタイタニックの中で内輪揉めや脱出ボートの奪い合いで消耗していく

アソウやスガはもうワクチンを打ってるとしか思えない

ワクチンを打ってるから政治献金パーティーだのバイデンとの会食だのしたがるんだろう

そうでなかったら単なるバカである

医療関係者よりコッソリ先にワクチンを打ったかバカか、どちらかでしかない

なんか今日までの不満をだらだら書いてしまって消そうと思ったけど、とりあえず放流するかな

コロナになって仕事もなくなったし、体調もおかしいし、ニュース不愉快だし、

買い物に行けば家族連れや老人が店内で溢れかえっていてコロナ関係なくレジも長蛇で不愉快なので買わずに帰ってきた

もうウンザリ

2021-04-25

anond:20210424185039

これはもう当事者じゃないとわからんと思うわ。

うちもこれほどひどくはないけど、学校行けんかったことあったから。

外野ときは、親の対応が悪いんじゃねーか、学校対応もまずいよねとか、好き勝手言って批判できたけど、

いざ当事者になるとオタオタすることばかりだったよ。

発端の娘さんの件だって、なかなか担任が原因って疑うってできるもんじゃない。基本的には担任といい関係信頼関係を築きたいと思ってるわけだからね親は。

ゲーム機バケツ事件だって最悪だけど、わからんではない。

子供不登校って「日常」じゃないわけよ。非常事態なの。

非常事態がずーっと続いてて、それを打開するためいろいろ動いて考えてってやってたら、本当ストレスたまるもんよ。

だって人間からね。非常事態が続いてるとこに体調やら精神状態やらの加減が重なると、何かの拍子にブチって限界越えちゃう時もある。

あきらめてそれが「日常」だと思えばいい、親も一生懸命になり過ぎない方がいい、って思うだろうけど、

そこまで腹くくるにはもがいたり足掻いたりする時間必要なんだよね。

「散々、色々な関係機関への相談や、色んなことをしたけれど、何も出来なかった」

っていうのも実感できること。

うちも散々いろいろ相談したけど、結局決定的な打開策はなかったし、子供時間を待つほかなかったって感じだよ。

何がきっかけで学校に行けなくなったのか、そして行けるようになったのかもよくわからんかった。

その間、違う先生からは「原因がないなんてあり得ない、なにか原因があるはずだ」とか言われたりとかさー、

じゃあどうすりゃいいわけ?どうやって聞き出せばいいわけ?って思っちゃったわよ。そんなん言うんならうちの子と話してよってね。

もうなんか非常事態の間は、自分視野狭窄に陥ってんなーってわかるんだけど、最中はどうしようもないのよね。

今思えば、原因はたぶん一つじゃない、子にも要因があり、親にも要因があり、学校にも要因がありって感じなんだろうけど、

じゃあその親の要因、私は夫はどうしたらよかったのか、どうすればいいのかって、最中暗中模索状態なのよ。

もう一度言うけど、一人で悶々考えてんじゃないのよ?学校にも相談機関にも散々話してるのよ?決して一人で勝手に抱え込んだりしてないよ?この増田もそうでしょ。

スクールカウンセラーには発達障害可能性も提示されたりして、いや違うんじゃないかなーって思いつつ、病院予約する一歩前までいったこともある。

(のちカウンセラーから必要ないと判断されて止められた。幼い頃から見てきても、当てはまる要素がほとんどなかったし。)

でも本当にもう悩みつつも、その状態である子供を受け入れるしかなかったというか。

殴打事件も褒められたもんじゃないし、暴力肯定する気はないけど、結果的には決定的な打開策になったような感じだよね。

だけど、この親子の事例で、結果的に良い方向に進んだってだけで、すべての引きこもり事例に当てはまることじゃない。

こうすれば解決するよみたいなもんがない、いつまで続くかもわからない。先が見えないって本当に地獄だよね。子も親もね。

結局は子供の力を信じて待つしかないのかなーと思いつつ、何もしないで手を拱いてるわけにもいかないし、というジレンマ

追記学習面はどうしてた?というコメがあったので。

不登校以前から算数だけ進学塾に行ってたので、算数だけはなんとか手当てできてた。不登校中も通塾や習い事だけは意欲的だったし。

学校宿題もできる限りやってたし、保健室テストを受けることもあった。担任学習面の心配はしてなかったかな。

中学年だったのでなんとかなってた感じ。理科とか、のちのテストのでき具合見て、あー不登校時に抜けてたところだなと思うこともあった。

高学年とか中学生とかで、塾も嫌がって、勉強もしたくないとかだと、どうしてたかなーとも思う。

2021-04-19

anond:20210418215357

どうしたらパートナーができるか? 

それはパートナーを作ろうとすればできる。

 

例えば「頭が悪いやつがどうすれば受験合格できるか?」

それは勉強して受験すれば合格できるんだよね。

原因を取り違えているんだよ。彼は頭が悪いから合格できないんじゃないんだ。勉強してないから、あるいは受験票を出してないか合格できないんだ。

そりゃあ生まれ金持ちで潤沢に進学塾行ってて、受験票の出し方がわからないとか勉強しても覚えられない、なんてことはない奴もいるだろうさ。人生は不平等だ。だけど不平等は原因ではないよ。ゴールはどの道存在するんだから

 

まあ、受験先が東大だったらから何浪してもダメとか、試験範囲を把握してないから失敗してるだとか、そういう原因はあるだろうが、それらは生まれつきの頭の悪さとは関係ない。

 

VRで外見へのコンプレックスが捨てされて、それが取るべき行動を取る原動力になるなら、別に使えばいいけどね。

だいたいは外見要素がなければ上手くいったのに、なんて幻想が砕かれるだけになる。だってそれは原因じゃないからね。

2021-04-12

受験勉強をしたかった

最近仕事おもしろい。それでしみじみ思うのは、ああもっと十代の頃に、まじめに大学受験勉強を、あるいは血肉となるような勉強を、したかったなあ、ということである


自分はたぶん、学がない。たとえば地名だとか。●●の定理だとか▲▼の公式だとか。単純な暗記と、それに紐づいた概念自分の中で体系づいていない。いちいちインターネットで調べる(インターネットマジでありがとう)。世の中が、自分は覚えていないけれど他人は知っている情報だらけで怖くなる。たぶん高校生、いや中学生のほうが自分よりよほど賢いと思う。たくさん話すと自分バカだということがバレてしまうので、それが怖くて、話すのは注意深くなった。

自分学力に強いコンプレックスがある。その理由は、自分が転落型落ちこぼれだったせいだ。自分高校三年次が、軽い登校拒否状態であった。朝、家を出た後、垣根に隠れて親の出社を確認した後に家に戻り、親の声真似をして学校電話をかけた(「今日子供の具合が悪くて」等)。その後はなにをするでもなく寝るか、あるいは部屋の隅でうずくまっていた。そういうことを週に二回程度おこなった。

登校拒否理由は「授業についていけないから」である。通っていたのは進学校で、一度ついていけなくなるとまるで追いつかない。思えば入学時は、予習も復習も「楽しいから」やっていたが、一度「つらい」と感じるとあとは転げ落ちるようだった。入学時は学年で前から30位くらいの順位だったが、卒業時は学年で後ろから10番目くらいの成績だった。一年から進学塾東進衛星予備校)に通わされていたが全部寝ていた。


臆病な自尊心尊大羞恥心とはよく言ったもので、当然のことながらプライドはずたぼろだった。進学校通っていた子供は多かれ少なかれ皆そうだと思うが、小学生の頃からあなたは〇〇高校に通って、その後は地元で有名な◇◇大学へ行くのよ」と言って育てられる。そうして家族から様々なリソース供給を受ける。実際途中まではうまくいっていたのだ。全部自分が滅茶苦茶にしたのだ。幸運にもなんとか大学地元で有名な◇◇大学ではないが)には行けたが、これに受からなかったら特急列車に飛び込んで死のうと本気で思っていた。


詰め込み型の大学受験については批判もあるが、自分はやはり一定価値のあるものだと思う。とりあえず突っ込んで覚えてしまわないと話の土台に立てないし、十代の柔らかい頭脳からこそ吸収できることも多いのだから。それに大人になってからもっと大学受験勉強がしたかった」と思う人生は悲しい。自分出身大学学歴職歴に不満はない。ただただ自分知識のなさ、愚かさ、根気のなさが悔しく、悲しい。

三十路になって、いまの高校指定教科書を買った。クッソむずいわ。いやほんと、高校生ってすげえのな…。

2021-03-24

anond:20210324140236

塾の月謝は中学生の子供を抱える家庭の大きな負担となっています

高校入試を無くせばこういった負担もなくなるでしょう。

こういう根拠なら

主張すべきは「公営進学塾の設置」とか「中学カリキュラム強化」なのに

高校入試廃止に飛ぶあたり前述の根拠はとってつけた理由なんだろね

2021-02-10

子供ながらに家のお財布事情を察して、ずっと引きずってる話

小学生ときに家庭のお財布事情をなんとなく察してから、どこかずっと遠慮してしまってたかもなという話。

忘れられそうでずっと忘れられないし、かといって人に言える話でもないので書いて吐き出そう。


小学生の頃、いわゆる進学塾に通ってた。

最初共働きの親が夏休みの間の預け先の候補として通い始めた。

楽しくてその後も続けてたらいつの間にか中学受験のレールにのってた。中学受験しました。


放課後や土日に遊ぶのを犠牲にして通っていたけど、自分としては楽しんでいたと思う。講師の授業も勉強も楽しかった。

これは個人的な考えだが、中学受験勉強人生基本的な部分でめちゃくちゃ役立つので楽しく学べるようなら、ぜひおすすめする。


前置き長くなった。


その通ってた塾の夏期講習でどれを受講するか決めるときの話が本題。


プリントが配られ、ご両親と決めてねと言われる。

なるほどたくさんコースがある! お値段も……3万とか4万とか。

基本の4科目コース。これは必修でとっておきたい。たしか全部で20万くらいだったかな。

それとは別に理科実験中心のコースがあった。そのコースだけで5万くらい。

受験必須コースではないが、実験をするから少し高めだったんだろう。

必修コースに加えて実験コースも受けると25万ほど。


理科(特に実験! )が一番好きだった私はそのコースを受講したかたから、親に必修+実験コースが受けたいと言った。

まあ、進学塾に通わせてくれるような親だから学ぶことに対しては基本なんでもOK応援してくれるスタンスだった。

……だったはずなのだが、その時だけは違った。


実験コース……いる? 」


実験コースの受講を渋られたのだ。

私は必死に食い下がった。理科が好きで、実験も好きで、担当講師面白くてとても好きだった。

しかし、母がそのとき溢した。


「でも5万……うーん……受けなくていいんじゃない? 」

ちょっとね……」


20万の価値も、もちろん5万の価値もきちんと分かっていなかった私はそのあとも食い下がったが、結局実験コースは申し込まなかった。

子供心に悲しく、ショックだったのを覚えている。

学ぶ希望金銭面の理由で叶えられなかったような感覚が残った。

あと、月謝の高い塾に通う罪悪感もそのときからどこか感じるようになった。


社会人になったいま考えれば両親の気持ちも分かる。5万は高い。

きっと生活上払うものもたくさんあっただろう。

通ってた塾なんて毎月の月謝は5万以上だったと思う。

頭では理解している。きっと小学生ときも頭では理解していた。

でも受講したかったのだ。

そこから私は受験で国公立しか志望をしないようになった。

中学受験も、高校受験も、大学受験も。

中学受験は、運が良いことに受験した学校はすべて受かった。なかなか偏差値の良い私立も含めて。

でも、蹴って国公立私立は高いし。

高校大学は国公立しかまともに受けなかった。

私立は高いし。寄付金とか言ってくるらしいし……。


ずっと頭にお金のことがあった。

学費でも、高いのは避けたいな。塾もも行きたくないお金かかるから


親にはお金のことは言わなかった。なんか言いづらかった。

親を責めたいわけでもなくて、でもお金のことで遠慮してるのはおそらく事実から。後ろめたさがあった。


親がそれを感じてたのかは分からない。

でも、私が国公立に執着してるから何かは感じてたのかもな。

お金のことは気にするな」とかも言われたこともあった。

私は「制服が好きだからここにするだけ」とか言ってた。実際に制服が好きだったから嘘じゃないけど、ホントお金のことも考えてた。


そんなこんなで大学受験。塾に通う友達を尻目にこれまた頑固に塾に行かない私。


私立は狙ってないからwやればできるからw」


なんて軽口を親には叩いてた。

頭のなかには国公立しか選択肢がなかった。お金からないし。私立やばいもんなお金


塾にも行かず独学でうまく行くほどのストイックさも、頭脳もなく、努力家でもない。


結果、大学受験は失敗するんですが。


いま考えればもっと必死私立でもなんでも入ってれば良かったなぁと思う。

奨学金もあるのにな。


中学受験ときたくさんお金使ってくれたのに、お弁当とかもずっと作ってくれたのに、大学はいれなくてごめんなさい。


今は働いてお金ためて、いいタイミングあったら大学行きたいなと思ってる。

そんなこと言ってるうちにタイミング逃しそうだけど…


何が言いたかたかというと、子供時代大人のぽろっと溢した言葉って、意外と刺さって頭の片隅にずっとあったりするよね。

親を責めたいわけではないから、この話はここに置いたらそのあとは墓まで持っていくつもり。

高い月謝払って塾に行かせてくれたことに本当に感謝してるのに。

責めたいわけでは全くないのに。

それでも今も忘れられないから、たぶん…なにか思うところはあるんだろう。言語化するのは怖い気がして今はちょっとできない。結局は努力できない自分ダメなのだ


いまお子さんのいる親御さんは、お子さんの学びたいと言ったことに対しては、できるだけ叶えてあげてほしいです。

それと中学受験、楽しかったタイプの子供もいるよ。受けてよかったと心の底から思ってます。(いま話題らしいサp……スの回し者とかではないです。ライバル塾だったからサ……kスはあんまりきじゃなかった)


お金事情は、仕方ないことももちろんあるけど、できるだけうま~く隠してあげてほしいです。おたがい無理のしない範囲で。

隠せなくても、なにかフォローをいれてあげてほしいな。

うまくまとまらなかったけど、これで。

読んでくれたひとありがとう

追記

ボロクソに言われて、「ほんとそうですよね……頭悪いんですよ……すみません……」と凹むと同時に「あ?うるせえ見てろや」の気持ちもわいたのではやめに大学受けようと思う。

(頭悪いのと国公立狂いのため現役時代からずっと東大以外浮かばないんだけど、社会人受験するとなると海外とかのがいいんだろうか…)

大学のことが自分のなかで引っ掛かり続けてるのも実感できた。

受かっても落ちても日記書きます。そんときまた読んでくれたら嬉しいよ。

2021-02-04

中学校の思い出

小学5年の終わりに転入した小学から、ほぼ持ち上がりで中学校に進学した(公立だったけど、地域的に小学校、中学校は他の学校と学区が被っていなかった)。

もちろん、転入段階でできあがってた仲良しグループクラスカーストも全部持ち上がり。

よそ者の私は、カースト最下位からスタートだった。

けど、中学に上がる少し前に、カースト上位の女子が多くいる進学塾に入塾して、さらに(前年度まで大会の成績が良かったため半分内心目当てで)彼女たちと同じ部活に入部した私は、運よくカースト上位の子たちと仲良くなれた。

カースト最上位のA子(詳細はわからないけど、どうも地主の娘らしい)がオタク趣味だったこともあって、中学1年は非常に充実していた。

途中でクラスに入った私立から転入生のBとも仲良くなって、あの頃のクラスカーストが崩れかけていた。

進級のタイミングで、私は名字が変わった。

そして、同じクラスになったカースト上位の子から無視されるようになったし、小学から仲良くしてくれてた子からも、ハブられていた(思い込みかとも思っていたけど、卒業時に謝られたから本当にハブられていたらしい)。

家庭の事情について相談しなかったからかもしれない。けど、そもそも引っ越しの時点で予感はあったし、そのころから一人でゆっくり受け入れていて、私にとってはわざわざ相談するようなことじゃなかった。

私は一気にカースト最下位に転落して、そこは私一人しかいない場所だった。その時点で、正直人間不信は半分出来上がっていた。

そして、部活と塾にもその余波はやってくる。

小学からカースト上位の仲良しグループにいたC子が、別の小学から入学してきたD子と仲違いした(らしい)のだが、彼女親友だったE子や仲良しグループのA子たちが、D子を支持するようになったのだ。

C子は部活に来なくなり、やがて教室にも塾にも、学校にも来なくなってしまった。

いつもC子と一緒にいたA子やE子は、いつの間にか、当たり前のようにD子と行動を共にするようになっていた。

しばらくして、C子は別室登校を始めた。

同じクラスの元仲良しグループメンバーで、唯一彼女のことを心配していたFちゃんだけは受け入れて、それ以外の生徒と会うことは拒絶していたらしい。

私は、正直自分のことに精一杯だったけど、いつの間にかC子の机が物置みたいになっているのにはさすがに憤りを覚えて、毎日放課後彼女の机の中に無造作に入れられた物を取り出して、教卓の上に置くようにしていた。

けど、ある日、「C子ってずるいよね。うちら必死になって勉強してる間、ずっと保健室手芸してるんだよ」と、E子がA子やBと、教室で何の悪気もなく話しているのを聞いてしまった。

つい数か月前まであんなに仲良くしていたのに、とか、誰のせいでC子がそんなことになったと思ってるんだ、とか、思うことは山ほどあったけど、とっさに言葉が出てこなかったし、声を出したら泣いてしまいそうだった。

あの時、私の代わりに「そういうこと言うのやめろよ」と止めてくれた男子のことは、今でもヒーローだと思っている。

E子みたいな人がいる反面、彼のように思う人がいる。私も、少しでも力になりたい、そう思って、私は保健室のC子に充てて、ルーズリーフいっぱいに手紙を書いた。預けたのはFちゃんだったか保険先生だったかは覚えてないけど。

C子は、3年生に進級したタイミングで完全に教室復帰した。

A子やD子、E子とクラスが別れたのも理由かもしれない。

一方、私はなぜかA子たちと同じクラスに入れられていた。ついに先生にも見捨てられたかと思ったけど、差し伸べられた手をとらなかったこともあったし、まぁ仕方ないと思って受け入れた。

中3のときは、受験学年だからか、成績がトップだった私は、いつしかみんなから頼られるようになっていた。人に勉強を教える楽しさを知ったのもこの年だ。

大人になったのか、それともみんなが私に頼っているからなのか、私の目からカーストが見えなくなった。

卒業間際に私は色んな人に謝られた。

「助けてあげられなくてごめんね」

「ひどいことしてごめんね」

中には、私が音楽先生推し採用されて、卒業式に歌った曲の歌詞になぞらえて、すごく遠回しな謝罪をしてくる子もいた。

けど、私が本当に謝って、理由説明してほしかったA子やBからは何も言葉はなかった。

A子が幹部を務める成人式の後の同窓会に誘われたり、成人式でA子から声をかけられたりしたので、もしかしたら彼女の中ではあの中2の一年間は書き換えられているのかもしれない。

私は、この中学3年間で、「女の子同士の付き合い」というものを一切信用できなくなった。

育ちの良い子が多かったので、わかりやすくて派手な「イジメ」はなかったけど、その分みんな傷つきやすくて、やっていたことも陰湿だったんじゃないかと思う。

けど、目に見える行動ができなくても、気に掛けている人は絶対にいる、ということも学んだ。

から見ても明確な理由がないのに、なぜかハブられている人がいたら、大人だってそう簡単に行動を起こせない。カースト意識に縛られた中学生の女の子ならなおさらだ。

人に話すと同情されることが多いけど、私にとってはこれもまた、大切な過去の一つなのだと思う。

2020-12-13

anond:20201213092307

https://anond.hatelabo.jp/20201211195535

俺は中学受験をして中高一貫校経験したが、誰も本質を見抜けていないと思う。中学受験意味入学後の環境というよりも、大半が受験勉強をしない小学生の時期に進学塾に通って4年生・5年生頃から確固たる目標に向かって勉強することそのものにある。義務教育学習内容と全く違う思考義務教育だと植木算とか旅人算とか過不足算とかそもそもやらないよね)が必要で、地頭を良くするというと表現が違うかもしれないし、上手く例えることができないが、そういう効果が最大のメリットだ。

から実際のところ、入学後の環境としては多くの人が期待している程ではない。ありふれた子供集団だ。それなりに裕福な家庭は多かったと記憶しているが、大人になった今、それが環境として特段よかったなとは思わない。

2020-12-10

中学受験学歴問題というのが未だにピンとこない

自分中学受験私立に行った側なんだけども

自分場合は両親も自分小学6年生の8月か9月ぐらいまではそんな世界があるとすら知らなくて

元はというと小学校の成績表がどんどん落ちてったんでヤバイと親があわてて適当な塾に放り込んだらそこが進学塾だったという

それで妙に試験結果が良くなっちゃって3カ月ぐらいで一番下のコースから進学コースに上がっちゃって

つの間にか中学受験することになって気が付いたら合格してしまって

 

たまたま親が進学に金出せるぐらいは稼いでくれてたのが生まれ環境の違いといえば環境の違いなんだろうけど

学閥なんて概念すら親は知らなかったし、そんなん別世界だった

 

なお大学受験浪人するまで勉強したことなかったので勉強方法身に付かなかった

親も勉強したことなくて一夜漬けだけでだいたいどうにかなったと言って勉強のやりかたなんて教えてくれなかった

そんなんでも偏差値60ぐらいの学校は受かったし勉強なんてそんなもんだと思った

今となっては後悔してます

 

さておき中学私立に行った結果、地元ヤバイとこで有名な中学校には行かないで済んだことになった

もともと通ってた小学校の段階で学級崩壊先生管理放棄してたんでその進学先は推して知るべきなんだけども

その行くはずだった中学教師が生徒に虐められて失踪したと新聞記事になったのを見たのが中学2年か3年のとき

結果的に親は中学受験は子の危機回避に使えると学習し、自分の下の二人は私立中学進学前提になった

進学先でイジメ行為がなかったかというと実はあったんだけども、自分場合マイルドな程度に収まったと思う

(殴る蹴るはなく、筆箱に弁当の中身を入れられるとかそういうぐらい。小学校だとイジリと直接暴力カツアゲだった)

そんな感じなので中学受験イコール学歴というイメージ全然なくて済まん

自分の頃は高度成長の果実が得られた世代なので考え無しの能天気で済んだけど、

今の衰退の時代学歴ってのは事情がまるで違うんだろうなと、なんとなく推測はする

2020-12-07

anond:20201207151950

うちも母子家庭結構進学塾に通わせてもらっていたけど、いま改めて月謝聞くとその高さにびびる…。

おかげでまあ悪くない学歴就職していまは独り立ちできたけど、母にはもっとさないとと思う。

小学生で両親が離婚して転校したばかりのころ、面白がっていろいろな子が家に遊びにくるけどやはり良い子ばかりではなかったので、

そういう連中と距離を置かせるために生半可な塾じゃなく一番しっかりしたところに入れた、何かあったときに成績が良くないと学校は味方してくれない、と言っていた…

その通りだったよ。

都立中高一貫校の受検対策について

https://togetter.com/li/1632892中学受験生の『1月分』の塾代のあまりの高さに驚愕する人たち「新卒初任給より高い」「どんな世界なの…」 について。

当方について

2児の父。といっても、ふたりともすでに高校生

二人とも都立中高一貫校へ進学。ただし諸事情により、別々の学校へ進学。

の子大手進学塾に6年生から通わせた。塾費は毎月3.5万円くらい、夏冬は+5万くらい。下の子は通塾せず。

https://togetter.com/li/1632892について

月額としてはふつうにありえる金額だが、冬期講習は思いっきりカモにされている。

入試問題はこんなかんじ。https://www.metro.ed.jp/koishikawa-s/guide/test.html

以前、中学入試対策でやっていたようなパターン化された受験対策必要なく、思考力・読解力・表現力を試そうとしている。

とはいえ、まったくパターンがないわけではなく、入試問題である以上、ある程度の対策可能なのだが、それを網羅的に詰め込もうとすると子供家計にひどい負担がかかる。

中高一貫校ターゲットにした塾では、いわゆる算国理社の基本的指導のほか、過去問題や似たような傾向の問題を中心に、どうやって考えていけばいいのを教える。

どんな子も、親切に指導されると、ある程度、回答できるようにはなると思う。

だが、塾に行ったからといって、合格に見合う回答をできるようになるかは別問題

あと、都立中高一貫校は「入学試験」ではなく「適性検査」、「受験」ではなく「受検」と表記するのが正しいので、「中学受験」と書くこのツイ主は多少認識が甘そうである

実際の入学者について

それぞれの学校保護者会的な活動をしているのでよくわかるが、たしかに優秀な子が多い。しっかりしている親も多い。

ただ、課金額と合格率にはあまり相関がなさそう。

3年生から塾に通った子もいれば、ほとんど通わなかった子もいるからだ。

課金たから入れることになった子もいると思うが、それと同じくらい、さほど課金しなくても入れた子がいる。

ブコメにある「3塁ベースに生まれる」というのは、この子が無事合格して初めて入えることなのではないか

とはいえ、受検対策課金しなかった親も、ほかのことには課金している気がする。ピアノバイオリン英会話など。

ということもあって、結局、親の文化的資本が子の入学率に影響を与える可能性は多大にあると思う。

どうやったら都立中高一貫校合格できるのか。

うちの場合は「親が一緒に勉強をすること」がいちばん効いた。

子供が解いた過去問を、両親それぞれが子供の目の前で考えたことを声に出しながら解いていく。

(必ずしも、ベストな回答をできる必要はない。)

適性検査問題は回答の仕方がひとつに定まらないことが多いので、「多様な考え方」や「ことなる解き方」を見て、それを今までの自分が育てられた環境と重ね合わせることでその子ならではの回答の仕方がかたち作られていく。

それを数ヶ月みっちりやれば、本を読む習慣があって、学校で習うレベル学習ができる子ならなんとかなると思う。

ツイ主は両親が高学歴でも太刀打ちできないと書いていたが、それは自分たちの思考力がないからではないか知識を問うものではないのだし。

そういう親は、多分やみくもに課金せざるを得ないのだろうし、そういうやり方だと合格必要自分考える力がつくかはサイコロを投げるようなものだと思う。

うちの場合は、上の子を通じて、通塾は受検対策としての最適なアプローチではないと学習できたので、下の子は通塾させず模擬テストだけ利用させてもらった。

あとは、たくさん遊ばせて、おもしろそうな本や記事動画を紹介して、子供の考えをよく聞いて、子供に考えさせて、一緒に過去問をやって...っていうことで受検対策は十分だった。

実際に、兄弟全員、都立中高一貫校入学させている親も多く、そういう親はいくら塾に投資するかじゃなくて、どうやったら子供自分で考える子になるかを主体においていることが多い気がする。

2020-11-30

anond:20201130223027

昔はおおむね自分努力だけで成績を上げられる生徒が東大に行くことが多かった。

今は親が金払って進学塾やら家庭教師やらで猛烈にブーストされた生徒が東大に行くことが多くなった。

2020-11-11

教育方面に身を置くものの雑感

来年から高校学習指導要領が変わる

学習指導要領が変わると学ぶ内容ややり方が変わるゆとり教育ぐらい変わる

最近では文春も週刊誌も黙って眺めているがかなり大きな変革である

今回の主題は「主体的対話的で深い学び」。お分かりになるだろうか?

主体的はわかる自分からやるということ

対話的というのは他の人との意見交換を経て自分の力にするということ。コミュ力

深い学び。よーわからんが、知識ネットワークかをしてエウレーカ!自分で様々なことから学びとること。

さて、そんな時代出世競争とはどんなもんだろーか?

この改訂は30年前の受験戦争学力偏重社会とは大きく離れて、

何が受けるかわからない時代。何がこの先生き残れるかわからない時代を生きていく力という点に重点を置かれている。

そんな時代出身大学出世が決まるなんてナンセンス。無論学閥は残っているので、学閥出身者の引き受けはありあえる。

入試も変わる。これから共通テストの点数のみならず口頭試問やグループワークも入試に加わる。

どんどん大学入社試験が降りてきている感じだが、そんな感じになるんだろう。

立身出世自分の頑張りである学力だけでなく、地域文化力、家庭の文化資本、学友の知的レベルにまで波及する恐ろしい時代なのである

この場合に、階層固定化というのはどう作用するのか?進学塾に行ける家庭は確かに強い。

金持ちがこれまで以上に階層の上部を席巻する社会になるのか?

はたまた、地域ぐるみ教育にあたる文教都市受験に強くなる「地域学力差」が生まれ、やはり東京のあたりが強くなるのか?

それはわからない。

私としては社会人材育成観点から行って、社会人になった人間が改めて自分の専門に近いユニバーシティカレッジに通いやすリカレントがしやす社会であって、再挑戦・リベンジを後押ししてくれる社会になれば、日本社会としての強度も保たれるものと思う。以上、論考終わり。

2020-11-04

アニメーターになりたいムスメを憂う

高校生の娘がアニメーターになりたいんだそうな。

それ系の学部専門学校パンフレットが届くようになってきて、親としてはモヤモヤするのです。

小学校からわりと自由にさせて中高一貫校でも自由謳歌しているようだが、腐女という属性

よって来ているように見える。進学塾にも通っており私立難関コースだそうだが、本人の志望を

考慮するとマーチレベルにはアニメ関連学部はない。かといって、美大にいくセンスもない。

自分の親が自分にしてくれたように、子供への教育投資は惜しまなかったが、ここにきてアニメーター

目指す姿を素直に応援できない。職業に貴賎はないが現実残酷だ。

平均年収400万の日本において、それすら追いつかないアニメーター業界

公開されてる年齢ごとの年収推移やキャリアアップ例を可視化してしっかりインプットすべきか迷う。

そりゃ彼女人生ではあるけど、親としては心配でならない。

2020-10-09

医科歯科入試女性差別より酷い早慶入試女性差別を知ってくれ

よほど馬鹿じゃない限り全員持ち上がれる付属高校に入れる男女の数の差に誰も触れないのは何で?

男子校ばっかりで女子校全然ないよね。

早慶MARCH入るのには高校から入るのが1番楽だけど、女子男子に比べて圧倒的に入り口が狭い。

実際に進学塾大手早稲田アカデミーでも女子選抜テスト早慶目指す上位クラスに入るためには、男子より何十点も高い成績を取らなきゃいけない。

これめっちゃ女性差別じゃない?

早慶MARCHもっと女子付属高校入学者を増やせ。

自分の足元にある男女差別に気づかないで、リベラルごっこに勤しむご立派でおハイソ大学教授様を見ていると吐き気がする。

Twitter菅政権の男女比批判して承認欲求満たす前に鏡見たほうがいいんじゃないですか〜???

2020-10-07

天才が見たい 1/2

幼いころの記憶は、2歳ぐらいから残っている。初めて乗った三輪車、初めていった遊園地でのヒーローショー、流行に乗って買ってもらったローラースケートファミリーコンピュータ。皆覚えている。

幼稚園の頃には、既に自分他者とは異なる存在であることを認識していた。

幼稚園でやることは何もかもが退屈だった。何度同じことを教えてもらっても文字を読めない、たとえひらがなであっても自分名前を書けない。そんな同い年の園児達に辟易していたし、先生の言うことも最終的に言いたい・結論の読める、そんな通り一辺倒の話しばかりで、毎朝幼稚園に通うバスに乗る時には苦痛を感じていた。

ある日、そんな苦痛の発生源から「近所の公園落ち葉拾いをして、その落ち葉ちぎり絵を作りましょう!」と言われた。他の園児たちは落ち葉をかなり細かくちぎって、造形でギリギリ判別できるかどうかの「おさかなさん!」「おはな!」「おかあさん!」といったの作品を作って先生に持って行っていたが、俺は「いやいや、落ち葉で作るんだから落ち葉である事を活かせよ」と思い、少し捻くれた形をしたカエデ落ち葉を1枚と、他にも大量の落ち葉を拾って、「人喰いおおかみをやっつけた人が、その証としておおかみの右手バイクに積んで村に戻っているところ」という作品を作った。

作ったちぎり絵先生に見せた時、「これは・・・バイク・・・・・・手?」という反応をされたので、それは人の手では無く、怖くて悪い人喰い狼だと説明した。その際に俺は「これは他の人間にも説明必要だな」と何故かひとり勝手確信し、画用紙に黒のクレヨン物語を描き始めた。最初は延々と文字だけで説明していたが、文字だけだと寂しいので、余白に挿絵もつけた。

「悪くて怖い人喰い狼が現れて困っている村人たちのところに、腕利きの猟師がやって来て・・・」という、何とも陳腐な筋書きではあるが、画用紙を10枚以上使ったと記憶している。

俺のちぎり絵物語幼稚園話題になり、その年のお遊戯発表会の題材にもなった。先生は「やっぱり主役の猟師役は増田君がやるべき」と言ってくれたが、主役はガキ大将のS君に決まった。かけっこなどの身体を使う類いのことはからっきしだったので、俺はそれで良いと思った。

発表会は結構うまくいったようで、いつの間にか俺の「作品」達は、「画用紙に書いた物語と一緒に区役所に飾ろう」という話まで出て来ていた。

その事で幼稚園側と区役所側の担当者が何度か話し合いを持ったようだが、結局絵だけ飾る事になった。


区役所に絵を飾る事になるまでの一連の話を幼稚園から説明された両親は、たいそう喜んでくれた。

両親は平凡だった。見合い結婚し、中庸であることを良しとし、毎日を善良に暮らし、一人息子である俺にもしっかりと愛情を注いでくれる。そんな両親だった。

ただ、そんな両親が、幼稚園側が区役所絵画の話を交えつつ、「増田君は本当に優秀です。才能があります小学校は是非とも私立を考えられては・・・?」と強く推した途端、「いえ、結構です。ウチは公立小学校に行かせます」と、頑として譲らなかった。理由はわからない。金銭的な問題だったのかもしれないし、中庸を良しとする生き方に反していると考えたからかも知れない。

俺は単に「人間関係をリセットして、見知らぬ土地でまたイチからやり直すのは苦痛である」などとぼんやり考えており、小学校地元公立のほうが良いように思えた。

幼稚園の中に友達と呼べるような存在はいなかったと思うし、毎朝の通園バス苦痛ではあったが、それでも何とか周囲の人間為人を把握して対応方法ほぼほぼ確立していた矢先の話だった。小学校とやらに行く事になれば、公立でも私立でも「周囲の人間の数」は増えるのだろうが、私立ゼロから再構築するよりは公立のほうが幾分マシだろうと思っていた俺は、そのように両親に伝えた。


両親と俺の希望が一致していたので、当然小学校地元公立小学校入学することになった。

小学校に入っても、特に自身の変化はなかった。小学校に入ると本格的に「勉強」というカリキュラムがはじまったが、先生が言っている事を聞いて、板書をして、家に帰ってから宿題を済ませた後に復習・予習をしていれば、テストの点数は取れた。

この頃になると、自分状態客観的に捉えた上で、自身についての考察ができるようになっていた。

俺は結論として、「俺は天才である」と考えた。井の中の蛙どころの騒ぎではない。加えて、空の青さも知らないとなればもはや滑稽を通り越して害悪であるが、俺の周囲には俺より優れた学力を持つ者も、俺を諫めようとする者もいなかった。

言い訳がましいが、物差しが少ない小学生の時分である。「学力」という物差ししか持っていなかった俺は増長し、慢心し、周囲を哄笑した。将来は俺のような人間が、東京大学のような「賢い一流の大学」に入って、「でっかい一流の会社」に入社して、いずれは社長になって世の中を動かしていくと、本気で思っていた。

何より、公立小学校毎日がヒマだった。普段から見下している同級生とは、恐ろしいぐらいに会話がかみ合わなかった。俺にコミュニケーションスキルがあれば、「会話をあわせに行く」「自分の会話ができる場を作る」といった芸当も可能だったかも知れないが、ご多分に漏れず俺はコミュ障だったし、そもそも会話を合わせるという発想もなかった。

「名のある企業に入れる」「いずれは社長になる」などと思いこんでいるような人間コミュ障というのは、その時点でもう既に色々と破綻しているような気がしないでもない。

ともあれ、この頃の俺は毎日退屈な授業とかみ合わない会話をする為だけに、日帰りの監獄に通っていた。全国の小学生がこの地獄を味わっているとするなら、文部省は滅ぼさなければならないと本気で思っていた。その為に文部省に入って俺がこの国を変えてやるんだと、鼻息けが荒い小学生だったと思う。


─────「良い会社」に入るには「良い大学」に行かないといけないらしい。

─────日本一大学東京大学というところらしいが、真の天才であるならば京都大学に行くらしい。


そんな情報を入手したのは、忘れもしない、小学4年生の秋頃であるいかにも小学生摂取しそうな、狭い世界のテキトーな話である。だが俺は何故か純真無垢にその与太話を信じた。つまり、「将来は絶対京都大学に入ろう」と思った。

そこから俺は色々と京都大学情報収集しはじめた。「学部」など、小学生の俺の辞書には登録されていない概念に触れる度に興奮しつつ、どうやったら京都大学に入れるのか?という情報を求めて方々に聞いて回った。まず一番初めに、俺にとってもっとも身近な「大人である両親に「どうやったら京大に入れるのか?」と尋ねたところ、「知らん」と言われて会話を打ち切られてしまった。仕方なく学校先生などに尋ねたりしていたが、小学生調査能力などたかが知れており、当時はまだインターネットなども普及していなかったので、俺の京都大学情報収集はかなり早い段階で終止符を打たれることになってしまった。

しかし、京都大学に入れたとしても、大学入学までは今からでも約8年かかる。京都大学に入る方法とは別に、一刻も早くこの日帰り監獄から抜け出す方法はないもの・・・模索していたところ、どうやら「私立中学」というところに通えば俺の退屈な生活におさらばできるようだという情報を得た。

日帰り監獄の看守たる先生も、たいそう熱心に「増田君は灘中学東大寺学園に行かせるべきです。」と言ってくれた。特に小学6年生時の担当看守だったK先生は熱心で、何度も両親と懇談して、俺を私立に行かせようとしてくれた。

だが、ここでも両親は「ウチはあまり裕福ではなくて・・・。本人は成績も良いので、公立中学から北野高校にでも行ってくれたらいいと思っておりまして・・・。」と、俺を私立中学に進学させることは明確に拒否した。

看守は

給付型の奨学金制度などもある」

経済的に難しいと思っておられるなら、公立中学以下、なんなら増田君の学力ならおそらく無料で通える」

増田君には質の高い教育を受ける権利がある」

などと食い下がったが、両親は「もう公立に決めてますので・・・」と固辞した。

この頃になると、小学生の俺でもさすがに両親の言動に疑問を覚えるようになった。両親は「経済的に困窮しているか私立は行けない」の一点張りだったが、看守は「困窮していても通えます」という。イヤさすがにそれはちょっとヘンだろ、矛盾してるだろと思っていたが、当時の俺はそこまで頑なな両親を説き伏せてまで日帰り監獄から抜け出したいとまでの強い意志は持ちえなかったし、天才秀才・英傑達と机を並べて学びたいという願望も希薄だったし、それらの一連の俺の態度が招くであろう結果も、特に深くは考えてはいなかった。


当時の両親の真意が奈辺にあったのか、今となっては分からない。草葉の陰から、声は聞こえない。


そうして地元公立中学校に入学した俺は、特に変わり映えのしない日帰り監獄生活を送っていた。そんな俺だったが、中学生活の半ばに差し掛かろうという頃・・・具体的に言うと全国模試を受けたあたりで、「んん?あれ?・・・どうも俺って天才じゃないな、これは・・・」と薄々感づき始めた。全国模試偏差値が出るからである

そりゃもちろん、俺の偏差値は全国平均より遥か上には位置しているのだが、自分なりに努力をしてみても、偏差値的に灘高校にも東大寺学園高等部にも届かないという事実を突きつけられた。これは結構俺にとってはショックで、小学校の頃は「余裕で入れる」と言われた灘にも東大寺にも入れないという事実は俺に重くのしかかった。「このレベル高校が無理なら、こりゃ京大東大なんて夢のまた夢だろ、どうしよう・・・俺の人生、どうなるんだろう」と、本気で思い悩んだ。

悩みぬいた俺は中学2年の夏、両親に「塾に行きたい」と言ってみた。しかし結果はやはりというか順当というか、頑強に拒まれた。曰く

「成績がいいのに何故」

「塾はお金がかかる」

「家でも勉強はできる」

などなど、様々な言葉で塾に通うことを拒否された。

小学生の頃の俺なら諦めていただろうが、中学生になっていた俺は己の目標を達成する為に食い下がった。模試の結果を伝え、行きたい大学がある事、だが自分の今の成績ではそこに至ることができない事、自宅での自己学習には限界がある事などを説明した。

また、塾が無理なら定性的定量的評価可能代替案の提示をせまった。塾の代金は高校に行ったら必ずバイトして返す、なんなら今から新聞配達をして払うと、土下座までして塾に行かせてくれとせがんだ。

結局、中学3年の春から、塾に行く事を許してくれた。

半年ほど前に未亡人となった母はなんだかやつれて見えたが、当時の俺は塾に行けることが嬉しくて嬉しくてしょうがなくって、あまり母親のことを注意深く見ることはできなかった。今思えば、当時の母は様々な事に疲れ切って倦んでいたのだと思う。塾に行く許可も、根負けというよりかは思考放棄といったように俺には映った。

そんな母を尻目に意気揚々進学塾に入った俺は、成績順のクラス分けで上から2番目のクラスに入れられた。正直、体が震えた。自分よりはるか勉強ができる人間が、天才が、焦がれる存在が、今まさにすぐひとつ上のクラスにいるとリアルに感じられるのである。そして、その人間たちと同じ程度の授業を、自分も受けることができるのである。これがアニメだったら俄然燃えるBGMが聞こえてくるようだった。実際、あの時の俺には、何かが聴こえていたのだろう。俺は一心不乱に机に噛り付いた。机に歯形があるんじゃないのってぐらいには噛り付いていたと思う。

その甲斐あってか、入塾後すぐのクラス替えで、あっさりと一番上のクラスになれた。ここで俺は生まれて初めて、圧倒的な勉学の才能をもった人間、すなわち「天才」と直に出会った。それも一人や二人ではない。そんな輝ける才能がひとつ教室に雨後のタケノコのようにポコポコ存在している、そんな環境で学べるという喜びにも出会った。

毎日がただ楽しかった。自分天才ではないのかも知れないけど、努力すればちゃん数字が、成績がついてきてくれた。

幼少の頃、毎朝幼稚園に行くバスの中で感じていた苦痛や、小学生の頃に感じていた疎外感は、もう無かった。


高校公立北野高校というところに入った。維新橋下弁護士とか、日本マクドナルド創業者藤田田ふじたた、ではなく、ふじた・でん)とか、漫画家岡田あーみんとかが通っていた高校である

本当は東大寺学園に行きたかった。学力模試偏差値は足りていたと思う。赤本自己採点でも余裕で合格圏内だった。だが、中学3年時に入塾した際に母親と交わした「高校絶対公立高校にする事」という約束を守った。その約束をした時点では「受験までにどうやって説得するか・・・」などと考えたりもしていたが、塾での公立中学では考えられない授業スピードについていけたことや、並み居る才能たちと交わした会話の中で、「公立高校からでも京都大学は狙える」という感触を、俺は確かに掴んでいた。

中学の頃はあまりよく理解していなかった奨学金制度は、高校に入ると同時に申請した。家計理由に俺の私立進学を拒んだ母親は、中学時代に俺の奨学金申請していないこともその時に知った。俺はそんな母親を信用せず、奨学金申請手続きを自分自身で済ませた。

北野高校の授業の質は高いと思った。だが俺は油断せず、予備校にも通うことにした。私立中学入学組の連中は、少なくても俺より3年は早く走り出している。そいつらに追い付くには、そいつらと同等、いやそれ以上の勉強必要であると思ったからだ。

俺は詐欺師丸出しの口調で「高校学費が浮いたんだから、もともと払うつもりだった学費予備校に回してほしい。予備校バイトを完全両立させるのは時間的に難しい。学力的に、俺は中学までの借金がある状態プラスに転じるには積み上げるしかない」などと母親に申し入れたところ、すんなりと受け入れられた。

この頃になると、奨学金申請だけでなく、家の中の一通りの事は全て俺がやっていた。

自分でできるようになったから」というのももちろん理由としてはあるが、母親が炊事・選択家事全般を筆頭に、日常生活の様々な事をほぼ全て放棄してしまっている事のほうが、より比重の大きい理由だった。母親予備校行きを認めたのも、「認めた」というよりは「俺が『予備校に行きますよ』と報告した」といった表現のほうが正しいように思う。

俺が小学生中学生の頃には確かに存在していた、「理由なぞはよくわからないがとにかく自己の主張を持って論陣を張る頑強な”母”たる人間」は、もういなかった。朝起きて、TVをつけて、ご飯を食べて、夜眠るだけの人間がそこにはいた。

家計ほぼほぼ俺が全部見ていた。入ってくるカネと出ていくカネを計算して大幅なマイナスにならないと言う事だけを気にしていたので、一般的家計管理よりはラクだった。現に、今つけている家計簿よりは簡単だったように思う。父親の遺した資産が多少あったので、その管理も俺がしていた。

高校生活は楽しかった。学力差のある人間を十把一絡げにして地域ごとに押し込める日帰り監獄では味わえない切磋琢磨がそこにはあった。同程度の学力を持つ者同士が集まった結果としてのシナジーがあった。今までは暗い色で塗りつぶされていた「学校での生活」に色が付き始めた。毎日学校に行く事が楽しかった。対照的に、毎日家に帰るのが億劫になり、やがてそれは苦痛に変わり、それに伴い、家の中が暗い色で塗り潰されていった。

昔、母を名乗っていた人間は炊事もしないので、学校帰りは毎日スーパーに寄り、食材を買い、俺が晩ご飯を作った。予備校のない日は二人で食事をするようにしていたが、食事中に会話のようなものはなく、TVから流れるバラエティー番組の下らないやりとりだけがBGMだった。ご飯の味はしなかった。たぶん、母だった人も、ご飯の味はしていなかったと思う。


しかすると、家から目を逸らそうとして、無理に高校での生活が輝いていたんだ、良かったんだと自分自身に言い聞かせているだけなのかも知れない。我が事ながら、この頃の記憶は妙に混濁している。

大学入試は当然のように京都大学一本にした。学力模試結果も問題無いと判断したし、何より俺には京都大学以外の大学に通う価値を見出せなかった。入学できるまでは何浪でもするつもりだったが、幸いにも現役で合格することができた。

大学合格したこときっかけに、京都に引っ越す事にした。

ひとり身になったから身軽だったし、しばらく大阪から京都大学に通ってみたものの、さすがに京都の外れまで毎日通うのはちょっと辛いなと思った。何より、暗い色で塗り潰された、大阪のあの家に帰るのは嫌だった。もうTVの音は聞こえなくなったけど、あの家で目をつぶって眠るのが、怖かった。

大阪での様々な残務を片付けると、それらの結果や、これからの事、感謝気持ちなどを両親の墓前に報告して、俺は京都に移り住んだ。


後編に続く

anond:20201007170042

2020-09-01

anond:20200901231759

後半からして「趣味人」と言う要素も必須じゃなくて

(「有名進学塾に通ってて勉強取っちゃったら単にイワシ目の愚者なっちゃうオドオドした態度のボクちゃん」なんて何の趣味人でもないもんな)

ただ今でいう所のコミュ障根暗陰キャを指してるだけなんだよな

著者からしたら、自分アイドル研究家であってもコミュ障根暗陰キャではないから「おたく」じゃない、って事なんだろうか

それとも自虐なのか

2020-08-22

今更だけど上野千〇子の祝辞に関して東大生が思うこと

私は一生公教育なんて信じない。私の命は中学受験で救われた。

私が小学生時代を過ごした土地は、所謂ニュータウン。街がつくられる時にそのまま居着いたブルーカラーの家と、ベッドタウンとしていついたホワイトカラーの家が、住んでいる地域でわかるような土地柄だった。

とてもではないが治安がいいとは言えない街。小学生放火をし、中学生喫煙し、高校生バイクで走り抜ける街だ。某児童売春斡旋組織事件発覚の発端となった小学生もうちの地元出身だった。

私の家は紛うことなホワイトカラー一家だ。元ボンボンサラリーマンの父と江戸っ子の母の間で、歳をとってから出来た一人娘として、それなりに大切に育てられた。世帯収入は高くも低くもなく、他に兄弟姉妹がいれば私立に行くのは許されなかっただろうレベルだ。しか女子校に入れたいという父親たっての希望で、私の中学受験は私が園児の時に既に決められていたことだった。

そうは言っても、その受験計画は実にのんびりしたものだった。目的あくまで「公立中学校に行かないこと」。小学校一年から塾に行くような子もいる中で、私の中学受験小学校四年生から始まった。それもSAPIX日能研といった進学塾ではなく、まったりとした中堅の塾。10人に満たない同級生たちと、地元の中堅私立を目指す予定だった。

しかし、それでも学校教員からの敵意からは逃れられなかった。

彼らは常にブルーカラーの子供たちの味方だった。ブルーカラーの子供たちはまさにギャングエイジといった風体で、私の学年は4年生になる頃にはすっかり学級崩壊に陥っていた。

そんな状況の中で、私のような「恵まれた家庭」の子供は、彼らを「根性論で更生させる」ための必要悪にするのに適していた。ホロコーストと一緒。共通の敵をつくることで、教員たちは彼らと連携をとろうとしていた。

まずは保護者会で、担任教師が「私は中学受験と塾が嫌いです」と言い放つところからスタート。この言葉はあっという間に子供たちにも伝わった。小学生にとって、それがどんな不良小学生だったとしても、「先生言葉絶対」だ。「先生が悪いと言った」子は、いじめたっていいのだ。

休み時間円周率計算暗記表を見ていたら、担任にそれを取り上げられ、クラスメイトの前で激昂された。帰りの会で黒板の前に立たされ、「私は学校で塾の勉強しました。本当にごめんなさい」と謝らせられた。それを皮切りに、ブルーカラーの子供たちからいじめが始まった。

帰り道で待ち伏せされる。容姿についての罵倒や、時には両親への悪口もあった。ある時はマフラーで首を絞めあげられた。子供の力なので大事には至らなかったが、笑い声のなか、酸欠で頭がぼうっとしてきたことは覚えている。

先生の言うことは絶対」。これは私にも有効だった。だから私は、自分は悪い小学生なのだと思い込んだ。

おうちが貧乏で、ちょっと不良みたいで、勉強は嫌いで、でも、中休みになったら一番最初に校庭に出てドッジボールを始める。そんな生徒が、「良い小学生なのだクラスメイトたちが音楽室に立てこもって授業をボイコットしていた時、私は大人しく教室で待っていた。でも先生が好きなのは仲間意識の強い」彼らなのだ

悪い小学生なのだから、虐められて当然なのだ。そう思った私は、繰り返されるいじめを誰にも相談出来なかった。

また、これは本当は幸運と言えるのだが、殊にこの場合にのみ不運と言える、両親の誤算があった。私の成績だ。

私はどうやら「出来る子」に分類される子供だったらしい。入った中堅塾ではあっという間にトップに立ち、テストも満点以外とれなくなった。ここまで来ると両親にも欲が出てきたようで、私はバスで通える範囲に出来たS某超進学塾に通うようになった。そこでも女子ではトップの成績で、あれよあれよという間に御三家を目指すことになっていた。小学生にとっての成功体験は、その子人格形成において重要だ。私は勉強するのが楽しかった。そもそも運動は嫌いで、中休み図書館にいるような子供だった。かけっこしか見てくれない小学校教員たちとは違って、塾の先生は私の「勉強の」成績を褒めてくれた。後は好循環だ。持って生まれメンタルの弱さで、模試の前に嘔吐するようなこともあったが、私の中学受験は大方順調だった。

一方小学校生活は、ぼろぼろのメタメタだった。私の通塾先が変わったことがどこから漏れ出て、「エリート意識を持った嫌な奴」の烙印を押された。低学年までは仲良くしていた子達も、私のことを大腸菌呼ばわりするようになった。

担任が、わかりやすく私に嫌がらせをするようになったせいだった。授業中に指されて答えても、「どうせ塾でやったんでしょうね」。覚えもないいじめ事件の首謀者にも仕立て上げられた。

だんだんと体調にも影響が出るようになっていた。学校に行く前に必ず吐いた。食道は焼けただれ、小学校5年生の冬には胃薬が手放せない体になっていた。

真面目な気質のせいで、私はそれでも学校に行くのをやめられなかった。親も流石に勘付き、担任嘆願書を出した。しかしそれも虚しく、担任は私にその嘆願書を叩きつけ、「どうしてあたしがいじめなんて言われなきゃいけないんだよ!!」と私を怒鳴りつけた。

別の小学校越境入学しようと思ったこともあった。別の中学受験をする同級生が、そそくさと学校を変えてしまたからだ。実際両親はその準備もしていた。しかし、自分学校問題があることが外部に晒されることを恐れてか、校長はそれに難色を示し、「○○ちゃんだって仲良しと離れたくないでしょ」と、結局その小学校から離れることは叶わなかった。

私の小学校時代は闇だ。小学生5年生の学芸会の劇で、悪役の親分オーディションに受かったら、自分母親と隣のクラス教員が寝ていると噂されたこともある。最高学年になる頃には、私は両親と塾の教師以外の大人を信じられなくなっていた。

話は飛んで、中学受験の結果から言うと、私は第一志望には落ち、第二志望の女子校に通うことになった。そこは天国だった。私が休み時間勉強していても、誰も怒らないし、誰も馬鹿にしなかった。正直それだけで救われたし、良き友人にも多く恵まれた。そして高校生活を経て、今私は東京大学に通っている。

もし父親先見の明がなかったか、私が過度のストレス受験全滅していたことを考えると、今でも寒気がする。

数年前の東大入学式の祝辞は、ノブレス・オブリージュについての話だった。私も上野先生意見に大方は同意する。しかし私は、もし「恵まれ人間」として支えなければいけないのが「あいつら」なのだとしたら、それは吐き気を催す話だと思う。

エリートが冷たいなんていうのは嘘だ。いや、もしかしたら真実場合もあるかもしれない。でも、そんな言説よりずっと、「学のない連中は残酷で野卑だ」という言説が本当だと言うことを、私は知っている。

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