「運動部」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 運動部とは

2022-05-22

anond:20220522134825

球技コミュニケーションのための教育なのかなと個人的には

体育祭でのダンスとかもそれ系かなと

大人になってそういう場になって、経験ゼロだと遊びで参加することもできないから、その下地というか

音楽なんかもそういう教育かなと思う

まあ運動音痴自分球技の授業は周囲の足を引っ張り楽しむどころではなく、学生時代部活球技運動部は入らなかったし、社会人になってからも一切縁が無いが

2022-05-17

anond:20220517152238

運動部ランニング掛け声部ファイ!オー!ファイ!オー!ファイ!オー!ファイ!

運動部ランニング掛け声部ファイ!オー!ファイ!オー!ファイ!オー!ファイ!

運動部ランニング掛け声wikiってないんか

運動部ランニング掛け声wikiってないんか

運動部ランニング掛け声wikiってないんか

2022-05-13

サッカー部指導者暴力問題になってる件

今頃全国の運動部で、お前ら勝手動画取るなよって通達が出たり、寮ではスマホを預かるとかやってんだろうな。

2022-05-12

文脈確認

立憲民主党川田龍平氏は新型コロナ対策でのマスクの着用について「子どもには感情の読み取り能力の影響や息苦しいため運動しなくなるといった弊害もある。これから夏に向かう中で熱中症心配だ。着用緩和をどう考えるのか」とただしました

これに対し、岸田総理大臣は「基本的予防策として着用は極めて重要だ。最大限の警戒を維持しつつ、できるかぎり行動制限をせずに社会経済活動を回していきたいが、今の段階で緩和することは現実的ではない」と述べました

一方で、「人との距離が十分とれれば屋外での着用は必ずしも必要ではない。特に気温や湿度が高い時には熱中症リスクが高くなるので人との距離が十分ある場合には外すことを奨励している」と述べました

体育の授業でマスク「外して」 末松文科相熱中症、命にかかわる」:朝日新聞デジタル

https://www.asahi.com/sp/articles/ASQ5D62XJQ5DUTIL026.html

末松信介文部科学相12日の参院文教科学委員会で、高温多湿になる夏を前にした児童生徒のマスク着用について「熱中症は即、命にかかわる」と述べ

屋内外にかかわらず体育の授業ではマスクを外すべきだとの認識を示した

文科省は新型コロナ対応学校向け衛生管理マニュアルで、マスクを「十分距離が取れないときは着用すべきだ」とする一方、「気温・湿度が高い日は外す」「体育では必要ない」と示している。しかし、この日の参院文科委で質問した伊藤孝恵氏(国民民主)によると、現場では校長判断で体育でも着用し、プールでも専用マスクを求められる事例があるという

この点について認識を問われた末松文科相は、「これから夏季を迎え、マスクを着用することで熱中症リスク高まる」と指摘。プールを含め、体育では屋内外のいずれもマスク不要と答弁した。文科省は先月28日に熱中症予防を促す通知を出し、改めて体育や運動活動マスク必要ない、と呼びかけている

2022-05-10

1990年代平成にしては普通にデタラメな世の中だった記憶がある

・客が普通に食ってんのに夫婦同士(店長店員)がくだらない喧嘩始める(しか個人店ではなくフランチャイズのチェーン)

小学校女子生徒に冗談めかして抱きつく男性教師男子生徒の局部を(なぜか手の甲で)触る女子教師

淫行逮捕されて懲戒免職食らった教師ほとぼり冷めたあとによその学校再就職してその後教頭に昇進(しか公立学校での話)

小学生ヌード写真集製造販売合法

長野県では淫行合法

高校運動部で血出るまで、怪我するまで部員を殴る蹴るする指導者が当たり前にいた

・(やった側、やられた側を合わせると)カツアゲ経験率の驚異的な高さ

万引き経験率の驚異的な高さ

飲酒運転の罪の重さは自爆の物損事故程度に見られてた

・酔っ払って仕事してる社員スルーされる。処分なし

受験合格学校卒業の記念に先生と生徒が2人きりで旅行

・課のみんなで風俗旅行(気合入ってるとタイ遠征して幼女買いに行く)

・当時の女子高生の援助交際経験率の高さ

薄給でいいからとにかく休みが多くて残業少ない仕事に就きたいという価値観キチガイ扱い

飲食店レベルが今じゃ考えられないほど軒並み低く、完食不能レベルにマズイ飲食店すらそこかしこにあったので外食ギャンブル

深夜番組オッパイ平気で出るし発売予定のAVの紹介なんかもしてた(ドラマGTOなんかでは作中でAV流れるシーンもあった)

精神病院障害者施設で生きるか死ぬかの虐待が平気で繰り返されてた(そういう闇を題材にした『聖者の行進』というドラマがあり、虐待描写が酷すぎて抗議が殺到したらしいが、現実事件はこれより全然酷かったという)。

また、精神疾患起因の妄想ではなく、健康にも関わらず陰謀によって精神病院強制連行され薬漬け&軟禁人生終了させられた人がマジでたくさんいた。

反社と強い関わりがある、のではなく反社のものベンチャー企業でも上場できた

・まだ北朝鮮拉致が行われてた

過激派内ゲバでまだ死人が出てたし、革マル系サークルに住み着いた部外者排除に踏み切った大学学部長が自宅から出た瞬間に角材で滅多打ちにされる事件なんかも

銀行支店長がたまに暗殺されてた

労働組合勧誘軟禁恫喝を駆使して行われてた

市役所職員市民に対して愛想がないどころではなく横柄

一般人被害者凶悪殺人事件が起きたら芸能レポーター取材陣が平気で葬式に押しかけてその時撮った映像夕方ニュース10分くらい流す

私立医学部入試が色々な意味めっちゃくちゃ

都心まで20分かつ駅近の下町湾岸エリア宅地と、都心まで80分かつ駅徒歩20分の新興住宅地の坪単価が同じだったりした

小売店なんかで相手子供だったら金持ってようが客扱いしない。下手すりゃ金の出どころを怪しがって売ろうとしない

・親の命令子供自販機までタバコを買いに行かされる

小学生学校トイレウンコしてるのバレたらお笑い系人気者でない限りは小学校生活終了

2022-05-06

東京都内の子育てこれで大丈夫だよね?

東京都内在住で長男中学一年生。今のところグレてなくて優しい良い子。

公立小学校から公立中学校に進学。東京東部だけど荒れてるという雰囲気ではない。

小学校同級生の約半分は私立中学に進学したみたい。

交友関係はすごく仲の良い友達が2人でそこそこ仲の良い友達が数人。

部活運動部小学生の頃は運動があまり好きそうではなかったけど

中学生になって友達と誘い合って運動部を選んだらしい。団体競技を選んでくれたのは嬉しい。

子供の頃の習い事はよくある水泳公文とか一般的ものだけ。トップを目指して多大な努力をするようなものではない。

勉強学校で教わる水準は理解できているみたい。小学校低学年から毎朝ドリル自主学習している。

自主学習は5年間ぐらい継続しているので本当にエライ。親からみても尊敬できる。おれはムリだったし今もムリ。

中学年で進学塾にも入ったが、親が受験に本気になれなかったので1ヶ月ぐらいで辞めた。

ちなみに夫婦ともに都内出身でたいした学歴は無い。専業家庭。

親としてはこのまま公立中学で過ごして高校受験をして大学まで進んで欲しいと思っている。

中学生になったので塾に通うつもりだが、放課後の大半をつぎ込むような進学塾は考えていない。

部活も続けて欲しいし友達と遊ぶ時間も大切にして欲しい。

ただ、ネット上で親である自分と同じような属性収入人達の話を読むとほぼ全員、子供私立に進学させているので少し心配している。

仕事で会った子持ちの人と話をしても私立中学に進むことが前提になっているようで

中学受験しないことを伝えると「あ、そうなんですね(失礼しました)」みたいな微妙雰囲気になることが何度かあった。

また、受験に力を入れていない家庭もあるにはあるが、そういう家庭は野球サッカープロを目指すような家庭だったりする。

我が家受験にも運動にも力を入れてなくてどちらも平均的というか悪く言えば中途半端状態ではある気がして

親としてどこまで子供人生に介入すべきか悩んでる。

2022-05-02

anond:20220502194001

ワイも運動音痴やったが運動部はいったやで

よく考えもせず1年の時の担任顧問部活に入ってサンドバッグ状態やったで

似たような人いませんか?:運動音痴なのに中学野球部に入った話

部活動のあり方がニュース記事になってたのを見て、自分人生にとって部活とは?とふと中学の頃を思い出した。

俺は小学生の頃、おそらく同級生の中で一番の運動音痴だった。なのに中学で突然思い立って、野球部に入った。

実をいうと、最初はなぜ皆は部活に入ってわざわざ忙しい道を選ぶのか、理解できなかった。が、体育の授業の持久走で同じく運動音痴だと思ってた奴より遅く走り、明らかに体力がないことに気づき、このままでは体育の授業すらついていけなくなるという危機感を抱いて運動部に入ることを決めたというのが実態だ。

ではなぜ野球部だったか理由は以下の2つ。

小学校時代の仲の良い友人が野球部で、誘われた

プロ野球テレビで見たり、野球漫画を読んだりはしてたので、他のスポーツよりはなじみがあった

さて、そうは言ってもド素人の俺。最初キャッチボールすらままならない状態だった。遠投で塁間届かないくらいだったし。見方によっては相当の「お荷物」なんだろうが、先輩も優しかったのと、一回戦勝てないことが多いくらいの決して強くはないチームだったのと、同級生中学から始めたのが大半で、俺ほどではないが決してうまくはない人も多かったので、まあ練習に混ぜてもらう分には問題なかった。

でも、スタートとしては大きく出遅れていた上に、同級生だけで12人。当然誰かよりも上手くならないとレギュラーになれない仕組みな上、2年生になると後輩がすぐにレギュラーになったりしてる有様なので、いわゆるレギュラー争いとは無縁だったし、そんなもんだろうと割り切っていた。

ただ、一生懸命やってるという評価だけはもらえたようで、背番号もらってベンチには入っていた。もはや補欠とも呼べないのに、これでいいのか?と困惑しながら。

3年になっても球拾いを続けてたが、最後大会だけ記念という理由だけで試合勝敗にかかわりそうにない場面で代打で出してもらい、見事に三振した。試合出たのはそれが最初最後

不思議と後悔はしてない。別に最後試合だって出れなかったらそれはそれで後で笑い話になるだろうと思ってたし。

万年補欠どころかそれ未満って、それはそれでいい思い出だったりする。活躍できないから辞めるなんて勿体ないよって思う。中学部活からそれが許されたとも思うし。

・・・ってことで、似たような境遇の人、いませんかね?

2022-04-22

スポーツ強豪の私立高校暴力蔓延する理由

首都圏と違って地方私立高校は、公立高校に落ちた子供か、学習障害の子供が行くところ

地方場合、「進学実績ブランド」を形成できているのは旧藩校旧制中学などの歴史がある公立高校か、国立大学教育学部附属高校だけ

地方私立高校は「スポーツ強豪校ブランド」以外に何の価値もなく、スポーツ特待制度を設けるところが多い

・成績が悪くて実家貧乏だと、中学部活で抜きんでた活躍をし、スポーツ特待で私立推薦という限られた道に縋ることになる

スポーツ特待生は、スポーツで成果をあげられない→詰み、顧問に嫌われる→詰みになる

スポーツでの成果や、顧問との関係が、スポーツ強豪の私立高校運動部の子供にとっては、死活問題なんですよね。

偏差値の高い公立高校や、首都圏偏差値の高い中高一貫私立で、軽いノリで運動部にいた人とは「必死さ」が違うんです。

メインが大学受験運動部息抜きみたいな立ち位置だった進学校と、スポーツ強豪校の特待生は、まったく違うものとして考えたほうが良いです。

スポーツ特待の子の大半は先天的勉強が不得意で、有名大一般入試合格できる可能性なんて無いですから。彼らにはスポーツしかないです。

スポーツ特待で入学したのに部活で全く活躍できないと退学に追い込まれ場合もあるんですよ。

運動部活躍して生き残ってプロスポーツ選手大学スポーツ推薦、大学スポーツ推薦からOBコネで「運動部枠」就職、みたいなルートからドロップアウトすると詰みます

スポーツ特待の子供は、子供なのにほぼ「被雇用者」みたいな状態です。私立高校お金に助けられている立場なので。

 

tenari 「非雇用者みたいな状態から暴力蔓延する」に至るまでのピースが欠けている

IthacaChasma 「被雇用者みたいな状態」だとしても、多くの企業被雇用者がたくさんいる)で暴力蔓延していないように、暴力蔓延する理由にはなっていない。そこを加筆してほしい。

「クソブラックに当たっても転職の仕方が分からない」ですかね。

被雇用者のなかでも転職意志能力がある人間はさっさと他に行くから潰されてないじゃないですか

転職する意志能力がない被雇用者がクソブラック職場いじめで潰されてますよね。

高校って流動性低いじゃないですか。「ブラックだった?じゃあ転職活動しないとね」みたいな発想が、高校では出て来ないんですよ。

で、誰も逃げられないから顧問や先輩は暴行し放題です。

anond:20220422074141

でも秀岳館高校の、教師顧問による高校生への暴力事案で、

成人女性は「老人に手を握られた女子生徒の被害」に寄り添い、校長攻撃したのに、

成人男性は「運動部男性顧問にかなり強く蹴りを入れられた男子生徒の被害」に全く寄り添わないし、放置ですよね。

自分さえ良ければよくて、同性がどんな酷い目に遭っていようが無関心なのは男性のほうではないですか?

はっきり言って、男子生徒が受けている被害のほうが苛烈暴力ですよ。なのに男性自分さえ良ければいいか放置している。

運動部引退したマッチョ高校3年生男子がすぐ小中学校教員になる場合

行儀がいい教室になりそうだ

2022-04-21

はてな民ブクマカメンタルって変質者と大差ないよな

営業職や高卒差別的に軽侮する

ITリテラシーの欠落を悪徳だと思っているのでスマホパソコン苦手な爺さん婆さんでも口撃対象

私立大学が大嫌い

自分の子供に対して何不自由ない額の金銭を援助する富裕層キチガイだと思ってる

東京23区で生まれ育った人間敵愾心を抱いている

フェミニスト

オフパコとかハメ撮りとか奔放な性的営みに嫌悪感を抱く

自民党が憎い

首都圏中高一貫校ありがちな放し飼い的な校風が大嫌い(地方高校行事運動部や補講や0限授業など束縛シャブ漬けにされた過去がありそれを誇りに思っているため)



これだけ香ばしくて社会に溶け込んでるだけ偉いよ

2022-04-19

害悪しか言いようがない自称フェミニストについて

MtFって、見た目男性として生きてきて、適合手術して、途中から見た目女性になり生きるようになったこから

https://mobile.twitter.com/party_othman/status/1515978986979196929

性別移行するまで全く同じ生活してたのに移行して半年で起きた出来事です。」

身長体重も中身も全く同じ人間が、女性に見える恰好生活するだけでこんなにも急激に犯罪に合う。」

という経験を語れる人々なのに、トランス嫌悪系の自称フェミニストは、こういう人々のことも敵視してて理解できない。

 

フェミニストにとっての「敵」は、性犯罪者と、性犯罪被害者叩きをする「性犯罪促進者」たちと思っていたけど違うのかな。

両方の性別から主観で見えるものを横断的に語れる人々は、どう考えてもフェミニストの味方だと思うのに。

 

横断的体験という意味では、VRchatで美少女アバターを着ている男性が、別のユーザーからバーチャル暴行を受けるケースもある。

男性確率からして性暴行に遭いにくい。

運動部イケメン高校生大学生ゲイ痴漢に遭うケースや、断れないイケメンストーカー女に暴行されるケースもあるけど、

過半数男性普通男性)には性的需要がなく、性犯罪者ターゲットにされることがなく、存在無視されがち。

それは安全享受しているといえるのだけど、多くの男性には「性的存在として無視されている」という被害者意識がある。

VRchatでバーチャル暴行を受けた男性は、性犯罪被害を受ける側の主観的な立場がわかる貴重な男性で、そういう人々の経験談も本当に貴重。

これらはフェミニズムにとってプラスに働く語りだと思うんだけど、「オタクキモw」みたいな反応を示す自称フェミニストがいて、本当に理解できない。

2022-04-17

中学時代友達巨乳で、

しか爆乳といって良いほどに巨乳で、目のやり場に困ったものだ。

中学一年生の春、その友人とはとある運動部見学に行った時に出会った。彼女は薄暗い所に一人でちんまり体育座りしていたので、パッと見男子かと思ったがよく見たら女子だった。そのとき巨乳であるとか気にしていなかった。ひとの乳の大きさに別に興味がなかったので見過ごしたようだ。

正式に入部して、部活更衣室を使うようになった頃になって初めて、友人が巨乳であることが気になりだす。その前に、部活の先輩達が人前でも臆面なく服やユニフォームを脱ぎ着し、友達同士で乳やブラジャー品評会みたいな事をし合う様に、おののきそして呆れ、やがて自他の乳に関心を持たざるようになった感じだったと思う。

私と友人はたった二人だけの新入部員で、先輩達が着替えているときは、いつも部室の隅っこでぴったり体を寄せあって体育坐りしていた。場所は薄暗がりだが、日なたに香箱を作っている仲良し猫みたいなもんで。そして我々は、中1にもなってブラジャーを着けていない者仲間であり、先輩達が他人ブラジャーの肩紐を引っ張って悪ふざけをする、そのノリに巻き込まれるのが嫌で、胸をガードするように膝を抱えていたのだったりする。二人で、昨日見アニメの話とかをしていた。

その頃(今でも)私は貧乳だったのだが、それでもブラジャーなしで体操着を着れば胸というか乳首下着体操着の布越しにも目立っていた。かといって良識を持った同級生達は何も言って来なかったが、持たない奴はなんか色々言ってくる。入学当初はブラジャーを着けていない女子は少なくなく、だがやがて同級生の反応に泣かされたり、直接の被害を受けなくとも、自衛をするようになっていくようで、仲間の出方を窺いつつブラを装備するようになっていった。

たった一級上の部活の先輩達は、ブラを着けることも乳が大きくなることも屁でもないぜという様子で、ブラも制服の下に隠した小粋なお洒落みたいに楽しんで好きな色柄のものを着けていた。なのに、一年の私達は、体育の授業の前に女子更衣室で着替える時は、他人に見られないように隠しながらそそくさと着替える。この文化の違いみたいなのが謎だった。

夏が過ぎ、秋頃だろうか。ある日突然、母が「初めてのブラ」とかいう白くてダサいブラジャーを買ってきて、今日からこれを着けろ、寝るときもだと私に言い渡した。それ以前は、私がもう恥ずかしいからブラがほしいと訴えても、そんなもんはまだ子供には要らないとにべもなかったが、おそらく母の事なので、ママ友達との井戸端会議で感化されただけなんだろう。そういう訳で、私はレベル1の装備を図らずも手に入れてしまった。正直、先輩達が着けているような、水色のチェックとかピンクレース付きのようなのがよかったと思いつつ。

装備レベル1を初めて身に付けた頃も、私と巨乳の友人は部活で二人きりの一年生で、部室で着替える時は先輩がふざけながら着替えを終えるまで、隅っこに肩を寄せあって体育座りで待っていた。

そしていつものように座っていると、不意に友人が私の背中に手を回して、体操着シャツの上からブラの紐を引っ張り、パチンてした。

「なんだよこれ」

友人は相変わらず、豊満なボディと不釣り合いな男子みたいな顔でいう。

「そっちこそ、なんなんだよ」

と私は言い返す。なんだなんなんだよと言い合いながら、小突き合い始め、仔犬の兄弟がする喧嘩の真似事みたいになる。先輩達が、お前ら本当に仲良いよね、という。だが、先輩達がお互いにセクハラのし合いをして悪ふざけをしている様子ほど、なんか楽しさがないよなと私は思った。友人は、私よりもずっと乳がでかいのに、まだブラを着けていなかった。二人だけのノーブラ仲間から1抜けしてしまった事への罪悪感がじわじわとひどい。

友人は、ふざけて私の膝を枕にすることがよくあった。私も友人の肩に凭れかかることがあったが、膝枕は遠慮した。友人は乳だけではなく体全体がむちむちしており、膝枕の柔らかさはたぶん何か他のものの柔らかさを連想させるし、ていうか、膝にも頭を乗せればその何かがすぐ顔の目の前にぶら下がることになる。目のやり場がないどころの話ではない。

友人は顔が男の子みたいだが、言動も男みたいで、男以上に野蛮だった。私はわりと野生児だったので気が合い、友人とどつきあいなどをして遊んだ。そんなんだったが、ある日友人がこそっと言った。

「この間、本屋立ち読みしてたら痴漢に遭ったんだよねー」

私は驚き、

本屋痴漢が出るの!?

と言った。痴漢放課後のひとけのない道端に出るものだとばかり。だが、広々として客が常時うろついているような大衆向け書店の中にも痴漢は出るものらしい。しかも、狙われたのは友人。乳はでかいものの女らしい格好をてんでしないような、パッと見男子に見える中学生ターゲットになるとは。友人は背後から尻を触られたそうだ。そこか。はあ、世の中は私の知らないことばかり……と思った。

友人は部活サボりまくるようになってしまい、クラスも離れていたのでしばらく接点がなくなってしまった。

二年と三年は同じクラスだった。いつのから友人がブラを装備するようになったのか、記憶にない。いつの間にか、ノーブラ普通に過ごしている様子を見た男子達が「見た? あい乳首立ってるぜ」と忍び笑いをする所を見かけなくなった。

ブラ装備になったとはいえ、友人の巨乳の迫力がすごいことには変わりなく、同じクラスになったので、気軽に私の席に友人が遊びに来る分けだが、名前を呼ばれて顔を上げると、まず視界に入るのはその大迫力の乳だった。よく巨乳の人が「男はあたしじゃなくてあたしの乳に挨拶してくる」と言うが、友人の場合、私にまず友人の乳が挨拶してくるような状態だった。

地味にリアクションに困った。同性同士なのであまり気兼ねしなくても良いのかもしれないが、私が先にブラを装備したときはだいぶ気にして私のブラの肩紐を引っ張ってみたり服の上からホックを外すような悪戯しかけて来たような奴だ。そして、性格が勇ましくて乱暴な癖に痴漢に遭った時は驚いて一言も喋れず身動ぎもできなかったというし、痴漢遭遇頻度が私よりもずっと高いような奴だ。同性の気安さでなんか言ったりしたらどう思われるかわからない。そんな怖さがあった。それ以前に、私があんまりそういう方向性のおふざけをするのは好きじゃない。

でも、ぶっちゃけて言うと、いつも突然視界にばいんと入って来るあれに、ちょっと触ってみたいなという気持ちがあった。でも私も女子の端くれなので、乳がただの脂肪の塊ではない事を知っているので、触ったって思ったような感触はしないし、触られた方は痛いだけで楽しくもなんともないだろうと思った。巨乳を気にされていたら、どうリアクションして良いのか、わからないし。

修学旅行の夜、同室の皆が、こんな夜だし恋バナをしようとか言い出した。友人も同じ部屋だった。そんな事言われても、私はそういう話をするのは好きではなかった。だが、私は幼馴染の男子毎日時間を合わせて下校していて付き合っていると思われていたので、誰が好きとは問われなかった。ところが幼馴染を他のクラス女子が好いていた事もあり、私と幼馴染みの話はタブーに近い話題だった。それで難を逃れたと思ったら、友人がやおら私に聞いてきた。

「お前、男同士ってどう思うの?」

当時はボーイズラブという言葉はなく、ゲイというのも一般的ではなく、かといって軽々しく当時普遍的に使われていた差別用語ホモというのはうっすらと憚られた。でも「やおい同人誌がめちゃめちゃ流行っていた。中学生でもけっこう際どい同人誌を平気で買って読んでいた。友人はやおい同人誌ものすごい数コレクションしていたような手合いだ。私にも貸すといって頼んでもいないのに押し付けて来ることがよくあった。そんな奴が、何を改まって男同士の恋愛をどう思うのか聞いて来たのか、意味がわからない。

「いいんじゃね、お互いに好きなら」

そう答えたら、同室の全員が黄色い声をあげた。男同士だよーとか、太っ腹とか心広すぎでしょ、とか言われた。お前らだってしょっちゅう更衣室でこそこそ隠れてやおい同人誌読みまくってるじゃん、なんだよその優等生ぶりっこは! と腹が立ったので布団を頭から被って寝ることにした。友人が、

「そっかそっか、お前は男同士でも受け入れられるんだな」

と布団越しに話しかけてくるので、

「おー。美しければな」

なんて、偏狭な応えを返したら、友人は何もこたえなかった。

そんな友人だったが、十何年後かにSNS相互になったところ、実はバイなんだと誰にともなくタイムライン告白していた。昔、いきなり私に男同士はどう思う? と聞いて来たのとそれは関係があったりするのだろうか。それを問うのは、その乳触ってもいい? と聞くのと同等にタブーな気がする。今となっては生活環境が違いすぎて、SNS上でさえ滅多に話すことがない。

最近とあるエッチ漫画を読んだ。要の部分だけ言うと、主人公に対して同性でありながら長年片恋をしていた人がいて、色々あって念願叶ってセックスしようってなるんだけど、そいつ経験がまるでないので、主人公に目隠しをして半裸に剥いたはいものの、次に何をしたら良いのかわからない。それで思いきって出た行動が、主人公の胸にぴとっと頬をくっつけて見ることだった。若干の羨ましさを感じるシーンだが、友人相手にこうはならんやろ、と自分に置き換えて想像してがっくりした。

2022-04-15

筋肉がついてきてから筋トレするのが楽しくなってきた

筋トレ初めて3か月

元々運動部経験なしのヒョロガリだったのがようやく筋肉らしきものがついてきた

それに伴ってようやく「効かせる」という感覚が分かってきた

これまではずっとやりながらも「これどこに効いてるんかよくわからん」みたいな感じだったけど

最近は広背筋に効いてるとか肩のフロントに効いてるみたいな感覚がわかるようになった

これは楽しい

 

たぶんこれまでは全身のあらゆる筋肉が少なすぎて全身使ってトレーニングしていたのが

各部筋肉がついてきたことで一つの筋肉でより大きな仕事ができるようになって

対象筋への比重を高めることができるようになってきたのだと思われる

 

よく初心者はとりあえずジムにあるマシン全部使ってトレーニングしろとか

かいパーツに分けるよりは全身トレーニングをすべきみたいな話を聞くけど

こういうことやったんやね

ただ、楽しくなってくるまでの期間が結構あるからこれを乗り越えられない人も多そう

みんながんばえ~

2022-04-14

運動部体育祭死ぬ気でやってもらうから浪人してもらう前提だから

「高3夏より前から受験勉強に本腰入れる奴とかカスから


こういう方針トップ進学校、どの地方(特に九州)にも必ずあるけど戸塚ヨットスクールとか昭和受験少年院とかと同じノリとしか思えない。

このご時世もっと軽蔑されていいと思う。

文化系キャラ普通にイジりの建前で実質的イジメられるし。

2022-04-11

anond:20220411004449

おじさんもそういうとこあるよね

学生時代運動部でよく食べるキャラだとそのまま大食いキャラから変えられないでいるおじさんとかい

ほんとはそんなに食わんでもいいくせに

2022-04-07

anond:20220407162414

増田イメージしてる「子供がいたらこんなふうに退屈しないはず」ってどんななの?

実際育てて、時間精神を消費するのを思い出してみた。40代設定だから子供小学校中学年〜中高生と想定。

子供との会話

・週末遊んでやる

必死学費を稼ぐ

・塾や志望校リサーチ見学

PTAなど学校用事

夏休みなどのレジャーの取捨選択や日程調整

習い事送り迎え、人によってはスポ少地域によっては中学まで

不登校対応病院関係(人による)

部活関係運動部なら大会応援音楽関係なら演奏会とか)

子供の分の家事

楽しいこともしんどいこともあるな。健康トラブルがなければ平日はそれほど関わりがないかもしれない、男親でも女親でも。

anond:20220407144542

成績トップだけ集めるってことはあるんだ、結構露骨だね

あと、その運動部クラス体育祭とかで無双しそう

anond:20220407143605

1年生の頃はみんなごちゃまぜだけど、2年に上がる際に成績上位者が行くクラスとそうじゃないクラス

あと運動部が集まるクラスっていう風に別れる学校だったな。

成績悪いクズが集められたクラス、なんていうのはさすがになかったが。

1:8:1っていう割合だった。

2022-03-31

修了しました

どうしてこんなことになったんだろう。ここ数年で何度も思ったことだ。

これは奇妙な巡り合わせで出会った私にそっくりの友人が大学卒業時に書いた文章の書き出しである。この鏡合わせの彼が書いた文章を何度も自分事のように反芻してきた私は今年大学院を出る。修了という立場に際して、私も少し自分語りをしてみようと思う。他人自分語りなど興味の無いという方もたくさんいるだろうから、そういう方はこの時点で引き返してほしい。思うままに書き殴っているので読みづらいし長いと思うが、それに我慢できる人だけ読んでもらえればと思う。

・生い立ち

私はごく普通環境で育ったと思っている。地方在住で金持ちでも貧乏でもない家で、両親は優しくて、友達もいた。小中学生のころの自分一言でいうと優等生気質だった。学校勉強はそこまで苦にしなかったし、危ないこともしなかった。先生の言うことには従っていたし、学級委員を務めたりするタイプ人間だった。強いて言えば両親が少し頑固だったくらいだ。

小学校では初めに陸上クラブに入った。運動は苦手かつ嫌いだったし、何よりブラスバンドのようなクラブがありそちらに入りたかった。父が無理にでも私を陸上クラブに入れたのは運動の楽しさを知ってほしかったのだと思っている。運動神経のいい父にしてみれば運動は娯楽だったのかもしれないが、運動神経が壊滅的な私にとっては純粋身体能力を問われる陸上は苦しかった。そのため5年生からブラスバンドやらせてくれと懇願した。タダで許してくれるはずもないので中学では運動部に入ると交換条件を付けた。5年生から始めたトランペットは本当に楽しくて練習した。6年生の途中からは1stトランペットを担うこともできた。

中学では周りの部員吹奏楽部に行くのを横目に約束通り運動部に入った。誤解のないように言っておくと別に部活動自体は楽しかった。ただ音楽から聞こえてくる音を聞くたびに自分もこの中にいたらどうだったろうと思うことは度々あった。中学では同学年内でいじめもあって、被害者ではなかったものの学年中を巻き込みつつも教師黙殺しているそれに優等生気取りの私は心を痛めたものだった。その頃の私はもっぱら公正世界仮説(当時この言葉は知らなかったが)の敬虔信者であり、親や先生にほめられている優等生自分はいつか報われるし、逆にいじめなんぞ加担している人間はその人間からどこかで破綻すると思っていた。

 高校は少し離れた進学校に入った。近隣の学校に行く人が多かったが、いじめの件もあり彼らと距離を置きたい気持ちも大きかった。流石にレベルの高い授業でもあったが、モラル教養を持った人が多く非常に楽しい生活を送った。高校部活軽音部と兼任しようかなと考えていたが、他方の顧問専任希望するような言い方をしたので諦めた。別に悪い人ではないと思うが、他人に機嫌を取らせるタイプ人間だった。高校では成績をぐんぐん落とした。周囲のレベルの高さもそうだが、私には2点の欠陥が見え始めていた。1つは努力中学生まであまり勉学に苦労しなかった私は勉強に労力をかける癖がなかったし。加えて苦手な運動は一向にできなかったし、好きな人アプローチしても付き合えなかったし、理論武装して親に頼み込んだことも結局許されなかったり、努力してできた経験と言えば自転車の補助輪を外すときくらいのものであったように思う。努力の数と成功体験の数なんて鶏と卵かもしれないが、努力をした経験もおそらく人よりは少なく、努力が実った経験もっと少ない人間だったように思う。もう1つは先天的能力限界である。これまでの自分は「丁寧に教えてもらえば理解ができる」という能力を有していたと思っている。中学生までの自分が苦労しなかったのもこれが原因だと思っている。しか高校3年生になると少しそれに陰りが見えているのを人知れず自覚していた。周囲の人間には見えていないようで、親や先生は褒めてくれるし、同級生から勉強ができるという認識をされていた。

 3年生になると嫌でも受験を考えなければならなくなる。私はどこに行って何をするのだろう。勉強は好きではない。高校では文芸部の本に部外から投稿してすごく評判が良かったし、文化祭の劇の脚本演出担当して最優秀賞を取れた。そのあたりの活動は楽しかったしクリエイティブなことがしたいかな、あと音楽。それとなく親に専門学校の打診してみたけど、4年制大学に行けといわれた。「いい大学に行けばいい企業に行けるからね」と言われてきていたし、親心としてはそんなもんだよねと理解した。自分としてもレールを外れることに恐怖はあったし、レールに従うことで周りと同じように大学に行って、就職して、結婚して子供を作って、今の家族のような生活が送れるならそれでいいと思っていたのでじゃあ普通大学に行くねとなった。

 問題になるのは何がやりたいかである。私がやりたいことって何だったんだろう。結局見つからなかった。そこで親がアドバイスをくれた。

「まだやりたいことが見つかっていないなら、ここに行けばいいんじゃない?」

親が指し示した大学は、入学時に専攻を決めなくてよいという特殊制度もつ大学だった。みなさん名前ぐらいはご存じの都内大学である。幸か不幸か、私にはそこを目指せるだけの能力はあった。

長くなったが、これが地獄の幕開けである

大学という場所

1浪しなんとか2年目で合格して大学1年目。はじめに学んだ格言がある。

大学では勉強サークル恋愛バイトのうち2つしかできない」

勉強は好きではないので、サークルバイトをやるんだろう、恋愛もあるのかななどと入学後の私は胸を躍らせていた。憧れのバンドサークルにも入った。周りは経験者なので食らいつこうと頑張った。大学から帰って仮眠を取り深夜の安いパック料金で明け方までスタジオ個人練、シャワーを浴びて大学へ。その生活をしていたら資金ショートした。親にバイト禁止されていたため練習交流のためのお金が足りず、実力もつかず人脈もできずにフェードアウトした。

 大学の授業はひどく不親切であった。大学レベルも相まって何をやっているのか理解できなかった。高校の時に疑問を持っていた内容が解決されるかと期待していたが、それらは大体1,2回目の講義解決してしまものか、もしくは深くがっつり専攻しないと理解できないようなもののどちらかで、学ぶモチベーションにはつながらなかった。教える側も教科書も「説明してはいる」「書いてはある」という感じで、高校までのようにわかやすくとはいかなかったから、「丁寧に教えてもらえば理解できる」タイプの私では太刀打ちできなかった。つまらないし時間無駄に思えて次第に講義休みがちになった。

 それでも、とりあえず大学を出れば何とかなると思っていた。ここで耐えている自分はきっと報われると思っていた。好きなもの大学で見つかればいいし、そうでなかったら高校までの勉強ができるから教師になればいい。これが1年目の私であった。

崩壊

 初めてショックを受けたのは成人式のことだった。新成人代表として何人かの陽キャ集団が壇上にあがった。式の前後に彼らと会ったがある人はバツが悪そうに私から目をそらし、ある人は肩を組んで話しかけてきた。どちらもいい気はしなかった。彼らはいじめの関係者である。なんで彼らの方が人生謳歌しているんだろうか。その時にふと思った。「結局彼らは世渡りがうまかったんだ」と。くだらない正義なんて捨ててその場で空気を読んで得なほうに回るっていうのが正解で、黙殺していた奴らもそうだったんだ、なんて自分は愚かだったのかと。そう考えてみると社会に明確な悪役はいなくて、したがって明確な正義存在しない。正義道徳立脚した自尊心のなんと脆いことかと思い知らされた。

 そして、もう一つ。親や教師というのもまた所詮人間だとこの年になって気づいた。この中の何人かが数年のうちに教師になって、親になる。はっきり言って話の通じない人だっているが、そんな人も年さえ取ればいつかは親や教師になりうる。だから黙殺した教師も、話の出来ない親もおかしくはない。じゃあ私が優等生してきた、私が正しさの根拠としてきたものは何だったんだろう。優等生であることを数字で示してくれるものは成績くらいしかない。世渡りが下手で運動などの技能も持たず、それでも私が公正世界仮説を信じてこれたのは、案外「勉強ができること」に依存していたのかもしれない。勉強しかできないやつだけど勉強ができるから何とかなる、そんな風に自分無能さを騙して生きていたのかもしれない。

 さらに拠り所の勉学さえ崩れ落ちた。留年が確定したのだ。受験でも足を引っ張った物理がとことん苦手で何も理解できなかった。2年目は学費負担を減らすべくバイトをさせてもらった。サークル活動事実上全部やめ、バイト勉強の日々が始まった。バイト先は学生が割と多かったため、みんなと仲良くなれた半面、繁忙期が重なった。私は試験前はむしろシフトが増加し、結果的に致命的な必修単位だけ落としてしまった。2留である。親に電話して事情説明した。単位くらい取れとストレートに怒られるかと思った。代わってあげる優しさを評価しつつもやりすぎだと注意されるかもとも思った。

あんた人にいいように使われてるだけでしょうが

人にやさしく優等生してきた自分生き方への批判自分が仲良くしている人たちへの非難ダブルパンチで頭に血が上った。怒りで何も言葉が出ずに何秒か無言の後電話を切って、壁を殴った。

数日すると気分が落ち込んできた。親はそれを「単位を落としたから」と解釈したようであるが、全く違う。私は他の人が当たり前のようにサークルバイト恋愛を掛け持ちして進級している中で、バイトしながら進級できなかった。私は当たり前のことすら満足にできない無能であると、薄々感じていた自分無能が隠せなくなってしまったのである

 3年目は再びバイト禁止した。クラスでの試験対策仕事もやり、その科目の勉強をしなければいけない状況を作った。サークルとしては冒頭の彼の紹介で新しいサークルに入った。サークルでできた友人とは本当に仲が良く、勉強を助けてもらったり、サークル関係なしに遊んだ大学での生活の基盤になった。助けてもらえる人も増え、自分学習するようになり、この年の上半期では単位の取得ができた。しかし、私が感じていたことは決してポジティブなことではなかった。私がこの年の経験でわかったことは「お前はやればできるが、環境サポートがあって自分勉強してもちゃんとできるのは2単位」ということである。私は2年で70単位以上取得する想定のカリキュラムを、半年で2単位しか取れない脳みそでやっている。無能すぎてもはや卒業が無理なのではないかと思った。

公正世界仮説評価軸としてきた大人たちへの信頼、自身の実力への評価の3つが音を立てて崩れて、この時私は確かに一度死んでしまった。このことに気づく前の自分に戻れなくなってしまった。中学いじめがらみで「死にたいけど死ぬ勇気もない」って言ったときに「死ぬのなんて勇気って言わねえ」って怒鳴りつけてくれた友人がいた。

・専攻決定

4年目にして2年生。この年は諸々の事情クラスから孤立した。喧嘩別れのようなものである。私としても仲良くする気はなかったので1人でどこまでできるかやってみようと思った。結果は惨敗だった。単位取得こそぎりぎりできたものの私はこの大学では人に寄生しないとやっていけないと気づかされた。

そして、4年前に選択先延ばしにしたツケの返済期限が来ていた。専攻の決定である。結局4年間でやりたいことは見つからなかった。勉強面白くないし、勉強以外の何かを思い切って始める余裕もなかった。教員になろうかとも思ったが、それもかなわないと思った。教職卒業単位には含まれないため、追加でいくつも講義を取る必要がある。通常のカリキュラムすらまともにできない私にそれは無理だろう。ちなみに私と同じく成績の芳しくなかった冒頭の彼は教職を志して単位を取得しに行ったが、弊学では満足に教職まで取り切れなかった。教職を目指した世界線の私もきっとこんなものだろうと思ってしまった。

理系科目はわからなかったので、唯一興味がわいた心理学を専攻しようと思った。しかし、成績が足りなくて進むことが絶望的だった。ここで初めて間違いに気が付いた。この大学システムは何をやりたいか不明瞭な人間を救済するシステムではなく、やりたいことや才能が複数ある人間選択肢を与えるシステムなのだと。私などがこの大学には来てはいけなかったんだと激しく後悔した。

このシステムでは通常、成績が足りなければ次の年に再挑戦することができる。しかし、私は4年目であったがために在学年限が迫っており、この年で専攻を決定しなければならなかった。そのため、当時人気の低かった化学を選んだ。化学は苦手で高校化学すらわからないが「とりあえず大学を出れば何とかなる」のであれば、と苦渋の選択をした。

実験異変

5年目、3年生。1限からの授業と週3回の実験があり、9時-18時のような生活になる。実験には予習とレポートがあるため、実際の拘束時間はこれより長い。何とか4月を乗り切ったところで、レポートを1つ残してしまった。GWに入ってレポートをやらなければと思って毎日机に向かおうとした。いや、向かったこともあった。だが、ペンを持っても何も書けない。そのまま時間が過ぎてごはん時になり席を外してご飯を食べる。そんな日が続いてGWの最終日、床にへたり込んで泣いた。書かなきゃいけないと思いつつも1文字も書けなかった。

 3年生の必修は実験だけだったので、他の単位犠牲にしてでも取ろうと考えた。1時間だけ講義を休んで...その1時間を何も書けずに終えた。これを繰り返してほぼ全ての講義を欠席した。次第にいろいろおかしくなっていった。頭痛もちでもないのに頭が痛みだした。文字が読めなくなり、教科書はおろかネットニュースくらいの簡単文章でも字が滑るようになった。1日にできることがゴミ出しと洗濯くらいになり、起きて寝る以外に食事、入浴、ソシャゲの周回くらいしかしてない生活になった。

 溜まりに溜まったレポート夏休み前に呼び出しを食らったことで、無理やり夏休みを使って消化した。歯を食いしばりながら全部消化したことは覚えているが、歯を食いしばればできたことがなぜここまでできなかったのかこの時は疑問だった。

 4年生になり、大学院へ進学することになったが、大学院の手続き入試勉強、足りなかった単位試験勉強などでタスクが溜まった瞬間、この症状は再発した。友人の勧めを受けて学生相談所に通うことになった。

能力環境

学生相談所のカウンセラーはいい人だった。いろいろお話をして気持ちは和らいだ。専門的なこととしてはWAISの検査を受けた。結果は処理速度だけが異様にへこんでいる格好になった。別に数値は低くないので大丈夫と言われたが、「問題の有無は環境によって決まりませんか?能力の高い人が集まる環境ではそれなりの能力要求されますよね?」という質問には満足のいく回答は得られなかった。

 親にも何度か愚痴を言ったことがある。そのたびに「あなた世間一般には優秀だから大丈夫」と返されるのである。何が大丈夫なんだろうか。”今の環境”が辛いと言っているのに”世間一般”という別の集団を持ち出して何の救いになるんだろうか。これ自体も言ってみたことがあるが「なんでそんなこと言うの」と言わんばかりの困惑した顔をするだけだったのでやめた。別に親以外でも同様のことを言う人はいる。世間一般評価邪魔をして、まともに助けを求めることすらままならない。内部の人間から見て無能で、外部の人間から見て有能な私は、共感を得られる対象がとても限られていて苦しかった。大学ブランドという呪いにかけられて苦しかった。

 やりたいことをやれていればよかったのだろうか。サークル作曲体験させてもらう機会があった。でも続かなかった。結局忙しいとかいろいろ言ってインプットから逃げている自分がいる。クリエイターにはなれなかっただろうなと思った。好きなことも頑張れない自分に「自分が勉学を頑張れなかったのは勉強が嫌いだからじゃない、努力が嫌いなんだ」という事実を突きつけられてまた悲しくなった。あれほどに信じてきた公正世界仮説は「お前が苦しいのはお前が間違ってきたからだ」と自分に牙をむき始めていた。

・進学と私

大学院へ進学することにした私だが、実は私は望んでいなかった。学部時代夜遅くまで研究に勤しむ先輩たちを見ていて「私にこれは無理だ」と実感していたかである研究への熱意はおろか、化学への意欲も知識もないのである。ただでさえ病む人が多く出る大学院という環境にこんな人間が行くのは自殺行為に他ならない。そのため、私は就職を強く希望した。しかし、親にそれを伝えると「今のお前に就職はできない」と言われた。就活を終えた今だから言えるが、これは正しかったように思う。議論は「就職はできないから進学しろ」「院でやっていけないか就職させろ」の平行線で、就職も進学もろくにできない無能をぼこぼこにリンチするだけで生産性はなく、結局「とりあえず進学はするがいつでも辞めてよい」という落としどころになった。

 私は院試に落ちるのが最適解だと思った。学力もないので真面目に受けても受からないだろう。院試を受けたけど落ちましたというのが親にも研究室にも一番角が立たない。しかし、筆記試験が思ったより点数が低かったのか通ってしまった。面接をすっぽかすことも考えたが、会場に研究室の先生方がいるかもしれないことを考えると気が引けた。面接では辞退の意思を伝えるつもりだった。面接官と私だけの秘密である。私は院試を受けて落ちたのだと周りに言えばよい。

 Permalink | 記事への反応(0) | 23:43

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん