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はてなキーワード: 運動部とは

2018-01-19

anond:20180115013925

昼間定時制高校はどう?

私の通っていた昼間定時制はこんな感じでした。

・通ってる人は、不登校だった人、高校をやめた人、スポーツ選手になろうとして高校に行かなかったが怪我等でリタイアした人。

・年齢層は15歳~22歳くらいが多かった。

単位制だった。好きな授業を大学のように自分で決めて学習できる。

時間割自由に組めたため、週4で通い、週3でフルタイムバイトすることができた。

文化祭運動会はなかった。修学旅行任意で参加率10%程度。

定時制なので大学入学資格検定(今はなく高等学校卒業程度認定試験に変わっている)を受験することが出来た。

大検合格科目を高校単位に読み替えできたし、高校単位大検免除科目とすることも出来た。

・昼間通えるので、夜時給の高い仕事ができた。

・男女比率とんとん結構可愛い子も多かったし、イケメンも多かった。もちろんアキバ系も。

運動部は1,2勝すれば全国大会へ行ける世界

・私から見てもバカが多かった。英語アルファベット26文字書く授業から。なお、書けない人もいる・・・

・それでも、数学3Cとか、保育とか、商業工業プログラミングなどなど、特化したければ難易度の高い授業も取れるし、その授業に来る生徒はガチで頭いい。

・3年間で卒業できる(大体の定時制は4年)

願書は余裕で間に合うよ。

でも、君、高校卒業してるんだよね。

はっきり言って大学のほうが楽しいぞw

俺は22歳で入学したし、大学2回目という人も同期にいた。

年齢隠してなかったけど、年齢を知ると、ストレート大学へ来てる人たちは急に敬語になるし、

先輩ですら、敬語になったりするものから必要なければ言わないようになった。

合コンしまくったし、いろんなイベントサークルに顔出したし。

そんでもって、高校時代とは違って、みんな頭いいんだよな。

高校と違って、今から大学受験とか、手遅れ感あるし、

いい大学狙えなさそうだから、1年予備校いくとか。

私は2回目の高校休学して、1年予備校通って、大検使って大学進んだけど、

1年で中高6年分の勉強は大変だったけど、予備校前と大学入学後の学力は段違い。

21歳も22歳も変わらないし、一度真面目に学力上げて、できるだけ上の大学狙ってみるのもいいと思うよ。

正直、大卒ってだけで、日本じゃ大分楽になれるからどこでもいいっちゃいいのかもしれないけど、

つのラベリング効果受けるから偏差値高い大学のほうが気分も待遇大分違うはず。

人生、やりなおすのに遅すぎるということは絶対ないんで、

本当に高校行きたいと思ってるなら、迷わず行くべし。

先のこと考えて生きてる人間なんて1割もいないんじゃないかと。

もちろん、考えて生きてる人たちは、ほとんど成功してる人たちだけど。

少なくとも、匿名掲示板でぼやいて、匿名で煽る人たちのネタになって、嫌な思いしてるよりは、

かに有意義だと思うよw

高校受験してみて、失敗したらそれはそれ。

2回目の高校に無事通うことになって、やっぱり気が変わったとしてもそれはそれ。

やって後悔するほうが遥かに有意義

もちろん、やってよかったと思えたら、大勝利

とらわれていることがあると人は成長が止まる気がしてる。

まずは、君の視界を晴らそう。

高校受験するんだ。そして、通うんだ。

予備校はいつでも受け入れてくれるよ。営利目的でやってる会社なのだから

大学行きたくなったら、高校辞めて予備校行けばいい。

21歳で生きてる意味・・・とか早すぎない?

とりあえず、10人恋人作ってから考え直してw

2018-01-16

私小説 不登校

私は中一の途中から不登校になった。

元はと言えば小学校高学年で「ハブる」という文化のもと、クラスメイトからの徹底的に無視をされたことが発端である担任との相性の悪さなども相まって、学校生活への自信や信頼をなくしていった。核家族共働き家庭の一人っ子の私は、学校では人と話せず、放課後時間も一人で過ごした。特に習い事などもしておらず、学校と家庭の二つしか生活の場がなかった私は人間関係における信頼や安心などを失い、自分の考えを人に話すことや言葉スムーズに出すことができなくなっていった。

そして中学入学環境が変わることを期待したが、結果的には悪化した。たいていの公立中学では部活動には強制参加させられる。しかし私が入学した中学校は全校生徒が少なく、文化部は一つだけ。他運動部一般的にはあるような部活がなかった。当時文化部に入るとスクールカースト底辺になる空気があり、私は運動部所属した。しかし、運動神経が良くない方だったため部活でもうまくいかず。小学校高学年で人間関係に対する安心や信頼を失った私は、中学出会ったクラスメイトともうまく接することができなかった。

そして決定打となったのは合唱コンクール「絆」「仲間」「大きな声を出す」「グループ練習」などといったものは当時の私には地獄だった。音楽時間が恐怖の時間になり、合唱コンクールが近づくにつれ朝練や帰りの学活でも練習を行うようになり、一日の始まりから終わりまで恐怖の時間となった。そこから学校に行けなくなるまでは簡単だった。学校に向かう足が遠のき、制服に袖を通すのが怖くなり、家から出られなくなった。共働きの私の家で朝一番最後に家を出るのは私で、一番最初に帰るのも私だった。そんな中で、朝起きて制服を着て仕事に行く親を見送り自分学校へ行かず無断欠席をするようになった。当然学校から固定電話電話が掛かってくるが、家には私しかいないため無視。親に連絡が行く。意外にも親は私が不登校になったことを受け入れてくれた。

会話からまり日常生活の行動全てに自信をなくした私は学校での学習電車に乗るといった行為もおぼつかなくなっていた。授業で先生から発問されれば、注目される恐怖や答えを急かされるような焦燥感で「わかりません」というのが精いっぱいだった。「私は何をしてもうまくできない」という強迫観念に襲われ、不登校の間に学習障害検査などを受けたこともあった。一人で家で勉強する分には問題なく、また中間テスト期末テストを受ける分には人と関わらず済むため、それなりの点を取れていた。

不登校だろうが、家から出られなくなろうが、無情にも時は過ぎていく。中二では、通知表は「1」「2」「-」がほとんどになっていた。中三が見えてくると頭をよぎる高校受験入試資料集などを見ると、入学選抜に当たっての内申点基準数字が踊っていた。家から出られなくても、学力低下だけは避けたかった私は家で学習を続けていた。当時、私の学力から出される偏差値は60〜63あたりであった。それくらいの学力層の高校では、おおよそ大半が9教科36以上の内申点基準としていた。一方、私の内申点は9教科で23地元工業高校ですらあやしい点になっていた。また、中二の時の担任は繰り返し私に面談の場を設けてくれた。私の話を無視したり、相槌を打たないなどということはなく、久々に会話ができることに感動した。担任もっと話したいと思うようになり、徐々に学校に行けるようになっていった。

この状況の中で、私には一つだけ自信が持てるものがあった。それは絵を描くことである。まだ学校に行けていた中一の初めに美術先生から風景画を褒められ、不登校になってからは家でよく写真模写などをしていた。授業にも出られるようになった中三一学期、今まで体験たことのなかった画材出会った。油絵である。失敗しても被覆度が高く上から重ねることができ、乾くのも遅くゆっくり描くことができるこの画材は私の中で革命的であった。人間関係で失敗を重ね、急かされることに恐怖を覚えていた私は、個人で取り組むことができ、ゆっくりと描ける油絵具に希望見出した。もっと油絵が描きたいと思い、誕生日には親から油絵セットを買ってもらった。もっと油絵を描きたいと思い、美術コースのある普通科高校への進学の意思を固めた。

その高校を受けるにあたり、偏差値は足りていた。美術コースを受けるにあたり、実技の力も合格するであろうという程度には達していた。しか問題となったのは、やはり内申点であった。担任からは渋い顔をされた。それでもやっぱり受けたい、あの高校に行きたいと思い受験制度などを調べ尽くした。すると、不登校などを経験した生徒のための特別選抜制度発見した。内申点度外視し、受験時の学力テストと実技、面接入学選抜を行うという制度だ。その制度担任に報告すると、なんと担任は知らなかった。50も過ぎたベテラン教員がその制度を知らないということにはがっかりした。その教員が受け持ったクラス過去不登校の生徒はどんな進路をたどったのか心配になる。

何はともあれ、私はその制度活用し無事志望校合格することができた。入学後は絵と勉強に励み、学力では上位10%あたりを維持し絵では県の高校美術展で賞を取った。

そしてやってくる大学受験もっと油絵を描きたかったので美大を望むも、家計が厳しく断念せざるを得なかった。幸い、学力はそれなりにあったため国立大教育学部美術専攻に進学することでどうにか油絵を続ける手段を得た。

時は流れ大学四年。義務教育時代に失った人間として生きる自信や信頼関係高校大学の友人と接するうちに取り戻し、バイトをしたり彼氏ができたりと一般的大学生として大学生活を送ることができるようになった。教育学部で学ぶ中で、義務教育時代自分メタ認知することができた。当時の自分と同じように人間関係に悩む子供に接し前向きな未来を示せたらと思い、教員の道を選び教員採用試験合格した。

卒業制作バイトに追われる今日、私が四月より働く予定の自治体では不登校の生徒が高校に進学する際の特別選抜制度が数年前に廃止されたと知った。

anond:20180116072052

運動部が自信満々は絶対ではないな。

強豪校で普通の生徒との差が圧倒的な場合ぐらいだろう。

通常ケースでは、部活というよりは上級生下級生ではないかな?

日本体育会系になる理由

日本人他者の目を神の目として内在化する。宗教がない日本人にとっては、他者の目が、即ち神の目となる。よって、注察妄想などの被害妄想が発生しやすくなる。思春期以降、教室で生徒が発表しなくなるのもそのせいである。

これから逃れるには生の強いパワーが必要である。生の力、即ち、性の力=リビドー現代日本人にはこれが欠けているように思われる。みんな凄十を飲めばいい。運動部の人が自信満々な感じになるのは、男性ホルモンの分泌によってリビドー高まるからである

宗教がない日本体育会系になるのは、そういう背景がある。

2018-01-14

anond:20180114133138

俺、テスト期間以外は中高部活漬けだったよ(運動部ね)。

しかも、リア充 = 運動部だったからみんなそんな感じだよ。

都会だと違うのかな?

anond:20180114132222

放課後集まって、

その日の復習やったり

次の日の予習やったり

する感じか、

苦手な科目は先輩に教えてもらったり

得意な科目は後輩に教えたり

そして、統一模試で各学校順位を競うのか

なにこれ、かなり良いじゃん

どうして俺が学生時代なかったの?

文部科学省役人ってアホなの?

6年間運動部やってたけど、何も役に立ってないよ?

でも、権力持ってる男が好きなんでしょ?

セクハラ問題の源泉ってここにあると思うんだよね

誰が悪いかって言ったら、そりゃ勝手に誤解して行動に移しちゃう奴が悪いに決まってるんだけど、

でもその誤解に根拠がないわけじゃないの

女は得てしてその場で権力を持った男を好きになっちゃ

もちろん全員が全員じゃないし、さすがにみんな直接そう言うことは少ない

から「頼り甲斐がある」とか言ってごまかすけど、そういうのって要するに権力のことじゃないの?

会社上司に限ったことじゃなく、学校運動部だったり、大学サークル幹部だったり、

から思えばバカバカしいものでも、ヒエラルキーのある所にはそういう現象が発生する

ガキの頃足の速い奴がモテたとかいうのもそれで、足の速さ自体はどうでもいいけど、

それがヒエラルキーを成せば上位の者はモテるようになってしま

からこそセクハラというのは、単なる個人勘違いだけの問題ではない

お前のせいとは言わないが、お前も加担しているというのは認めてもらわないと、たぶん話が進まない

2018-01-08

部活動消滅部活漫画ピンチ

今のスポーツ漫画青春漫画はたいてい部活依拠してるストーリーが多いのだけど、はてなで叩かれてるみたいに部活がなくなったらどうなるのだろうね。

 

まず強制入部がなくなったら物語のとっかかりとなる入学シーンで主人公の「どの部活に入ろう」からのそのジャンルとの出会いというパターンが使いにくくなる。読者の共通体験じゃなくなるから

運動部スポ根練習はすでになくなって久しいか部活クラブチーム化しても練習試合描写はあまり変化はしないだろうが、チームが学校単位でなくなることで目的目標はだいぶ変わらざるを得ないだろう。「この学校には○○部が強いから入ったんだ」という部活目的とした進学描写がなくなる。

また、今まで学校ごとに不良とかガリ勉とか色をつけて作られてたチームが、地域ごとのクラブチームになることでそういった特徴をつけられなくなる。

 

何より今まで数多く作られてきた名作漫画が一気に時代遅れのものになり、若者に読み継がれることがなくなる。

2018-01-05

中学時代

ふと思い出した中学時代の思い出。

バレーボール部だった俺。「文化系運動部」と名高かった。その名の通り、体育館半面をバスケ部と分け合ってはいものの、ネットも張らずにガラケーゲームするか、エロサイト見るかの毎日。そんな二択の生活にも飽きたのか、編み出したのが「あんしんホットラインゲーム」だった。

説明しよう!あんしんホットラインゲームとは、よく学校で親や先生に言えない悩みがある…ならば私たち電話してください!みたいなプリントが配られたのを覚えているだろうか?あれにいたずらの電話をして、一番おもしろかった奴が優勝!というゲームだ!ひどい!

さて、その中でも覚えているものを紹介する。

ホットライン「お電話ありがとうあんしんホットラインです。この電話で話したことは絶対に誰にも話さないから、なんでも相談してね?」

俺「ほんとに誰にもいいませんか?」

ホ「うん、話さないよ〜」

俺「あの、じゃあ、その…なぞなぞを作ったので解いて欲しくて…」

ホ「な、なぞなぞ!?

俺「ですよね!こんな歳でなぞなぞなんて変ですよね、幼稚ですよね!」

ホ「ううん!ううん!そんなことない!お姉さんなぞなぞ大好きだから!」←ホント優しい

俺「ほ、ほんとですか…じゃあ、問題。森の中でクリさんとリスさんが出会いました!さて、これなーに?」

ホ「えーと、うーん、ちょっと難しいな」

俺「そのままです!そのまま答えてもらったら!」

ホ「う、うーん……クリリス。」

俺「残念!!クリトリスでした!!!!」

ホ「え、えへへ…」

ブチッ

ホ「お電話ありがとうあんしんホットラインです。この電話で話したことは絶対に誰にも話さないから、なんでも相談してね?」

俺「あの、俺、怖いんです…」

ホ「あら、どうしたの…大丈夫?」

俺「はい…僕、ずっと病気で…明日手術で…どうしても怖くて…」

ホ「そうなんだね…怖いよね手術。私は受けたことないけど、私のお母さんも怖いって言ってた。でもすぐ終わるって言ってたよ!」

俺「そうなんですか…?でも、夜も眠れなくて…グスン」

ホ「大丈夫大丈夫。ちなみに、何の手術なの?難しい病気…?」

俺「…包茎です。」

ホ「ほ、ほっ…ブハッ…ほ、包茎かぁ」

俺「そうです…しかも…カントン包茎…」

ホ「ブフッ…」

ブチッ

ホットラインさん、ごめんなさい。二度としません。

2017-12-29

大学の同期がホモビ出てた

旧帝理系大学院増田大学同期の運動部イケメンホモビ出てて焦った。

動画サイトで物色してたら見つけてしまった・・・

ほとんど話したことなかったけど、学部時代は同じクラス分けで、イケイケな感じで目立つ奴だったから、ひと目でわかった。

そのビデオ所謂素人ノンケモノで,尺は約20分、本番(?)こそ無いけど、同期の控えめな松茸がオッサンに食われてる感じの奴だった。

他のにも出てないかメーカーサイト漁ったら、もう1本出てた。内容はさっきのと似たようなソフトな感じだった。

ただ、どっちも今年発売のだから、また新しいの出てくるかもしれない。

修論執筆の合間に何やってんだろうか。普通に就職決まってるだろうし、悪い人にだけは見つけられないようにしてほしい。

まさか、こんなことが現実にあるとは。宝くじ当てるよりレアじゃね。誰にも言えないので、ここで供養させてくれ。

2017-12-24

坊主頭受験

最近観たテレビドラマ(元商社マン高校校長先生になるやつ)で、

入学試験の段階で問題のありそうな生徒を見分けるポイントとして、

運動部でもないのに坊主頭なのは、染めていた髪をその場しのぎで坊主にしてきた可能性がある」

みたいなこと(うろ覚え)を言っていた。

そんな風に見られることって、本当にあるものかな?

2017-12-17

運動部文化部

中学まで運動部高校では文化部に入っていた男です。

現在大学の2回生なのですが、大学に入ってから文化部出身者の扱いがひどすぎます

高校時代部活全国大会まで行っているのでそれが誇りでしたし、学校内で文化部運動部区別をつけるような人もいなかったので何とも思わなかったのですが、大学に入ってから自分出身部活をいうと必ず顔をしかめられます

「あっ、そうなんだ...」みたいな感じですかね。ちょっとした引きが入ってる。うすら笑いされることもあります全国大会まで行ったのにゴミ以下の扱いをされるのは非常に違和感がありますまさか大学に入ってから高校部活のことで思い悩むとは。

もう自分高校生活は終わったので今から高校時代の経歴をいじったりすることはできませんが、そもそも高校の3年間は一点の闇もなく楽しかったので、自分自身では経歴を恥とは思っていませんでした。全県大会で優勝し全国大会でも入賞しているので何を言われても堂々としていればいいのですが、人に経歴を笑われるのは流石に動揺します。こういう扱いを受けるのがわかっていたなら高校入学した時に文化部に入るかどうかの参考にしたと思うのですが(中学までは運動部でした)、当時は幼くて世間知らずだったのであまり考えていませんでした。親とか周りの大人にも高校時代があったはずなので「将来困るよ」って一言くらいは忠告して欲しかった...。

大学では高校部活延長戦上の活動をしているのと、中学時代にやっていたスポーツを再び始めました。

これから高校に入る人がいれば、中学までスポーツをしていたなら高校までは続けたほうがいいです。高校文化部は潰しが利かない(大学スポーツ写真とかボランティアなどの文化的活動に転じる人はいますが逆は人の視線的にかなり厳しい)のと、文化部はどうしてもスポーツできない人が入る部活というイメージがあり、どちらも努力しているのは変わりませんが、厳しい練習に耐えたり自主的トレーニングしたりなど、目に見える結果を非常に重視する社会が求める人間像にあまり合致しない部分があるので、できるなら避けたほうがいいというのが2年間批判に晒された自分個人的意見男と女でもまた扱いが違うと思うのですが、男は特にではないでしょうか。こればかりは高校時代文化部で実績を積んだからどうだという話ではないです。大学最初の2年間で批判を跳ね返す元気を失ってしまいました。

文化部出身の皆さんも少なから経験があることだと思うのですが、どのようにして対処していますか。

2017-12-13

働く母、子に太ったと言われる。

受注で仕事をするようになってから、明らかに運動量が減った。

最近デニムが少しきついなとは思っていたけど気のせいではなかったようで、子に太ったと指摘されてしまった。

正直、家事育児仕事ワンオペなんてしてたら時間はいくらあっても足りず、美容の為にお金かけたり時間かけたりしてられない。

食事制限を少しして運動は一切せず痩せる方法はないだろうか」と子に聞いたら「ない」の一言だった。

運動部に入ってるんだから顧問に聞いてみたら何か知ってそうじゃない」と食い下がると、そんなことを聞いたら自分顧問に怒られるとのこと。

そりゃそうだ。

自宅で仕事をするのはこういったデメリットもある。

せっかくダメ会社仕事は終わったし、派遣にでも登録して、単発や短期ででも働きに出るかと悩む。

運動量が増えてお金も稼げて一石二鳥

ところが世帯年収が500万ない家庭の人は派遣では働けないんだそうだ。

ちょっと何言ってるのかわからない。

年収500万あるならわざわざ派遣単発バイトなどせずとも良いのでは?

日本ってホント変な法律作るよね。

とにかく単発バイトがしたいなら、派遣ではなく自分で探すしかないのだそうな。

派遣のほうがたくさん案件持ってそうなのにな〜…。

2017-12-03

http://b.hatena.ne.jp/entry/350812875/comment/hogefugapiyox

東大にもヤリサーってあったのか」あるらしいね。真面目な運動部の奴らが合格発表の日に「お父さん、お嬢さんがテニサーに狙われています」って書いた貼り紙背中にして歩き回ってる写真見たわ

東大女子を受け入れるテニサーって数限られてるし、同大学の狭い人間関係の中で無茶はできない必然的構造の中にあるので、学内専用テニサーは酒こそ問題だけど、女関係大人しいと聞いた。

しろ大学女子だけを受け入れるサークル問題があったように記憶してる。とくに鉄門系とか。

リサーにいたアラサー女が思い出を書くよ。

小学校とき結構成績よくってクラスで1番だったんだよね。

でも、親が教育熱心でなく、中高公立で、大学早慶行けそうだったのに女だからって女子大

上に行くなって言われる人生ってストレスで、大学生活は目いっぱい羽を伸ばそうって思って。

そんな感じで大学入学手続きの3月4月。

毎日毎日大学の近くでサークル勧誘男子がたくさんいて。

いちばんイケてた男子のお誘いで新歓コンパ(当時はそんなのがあった)の毎日

最終的に某有名私立大学スポーツイベントサークルに落ち着くことになった。

男子はそこの大学の人ばかりで、女子女子大ばかり。

スポーツイベントは単なるネタで、活動のメインは飲み会。ほぼ毎週。

GW明けの飲み会で3年生の先輩から付き合おうって言われて2人で泊まり旅行に行った。

初めての彼氏。そのころから先輩と付き合う女子がぼちぼち出てきて、6月にはほぼすべての女子彼氏がいた。

そのころ、彼氏過去カノのことを聞いたりしたときにやや違和感があった。

異変が起きたのは夏だった。

夏休みに入って、先輩に振られた。たいした理由もなく喧嘩して、そのままもう付き合えないって。

私にとっては初めての男性だったし、夏は彼と海に行こうとか楽しみにしてたから凄いショック。

でも、夏休みサークル平常運転飲み会だらけ。

飲んで泣いているところで、別の2年生の先輩に慰められて、その日のうちに抱かれ、そのまま流れで付き合う。

ふと周りを見ると、夏休みに先輩から振られる1年生の子が次々に。

私と同じように、傷心の女の子を、別の先輩や同級生が慰めて、流れで付き合っちゃってた。

夏休みが明けて、またその2年生の彼氏に振られた。飲み会で(略)別の2年生の先輩と付き合うことになった。

だいたいみんな1年生の女の子は、そういう感じで付き合っては2~3か月で振られて、別の男子と付き合ってた。

そうやって何人かの男の子と付き合って、心が燃え尽きた女の子からサークルを抜けていく。

男の子と付き合ったこともない子が、大学でたった半年で2~3人の男子と付き合い、振られるのは精神的にきつい。

ちなみに1年生の男の子は、早々に彼女を見つけた男子サークルから抜けてくか、2か月ほどで別の子と付き合うサイクルに入る。

要は、このサークルは、男子計画的に何人かの女子シェアするシステムだった。

女子大の1年生を勧誘し、3年生の男子から優先的に手を付ける。

ずっと付き合う気にならなければその子を2年生→1年生と払い下げるシステム

どこかで男子が気に入って長く付き合う彼女にしたいと思ったらそうなる仕組み。

でも上位の男子から下位の男子に払い下げる際、女子のいろいろなことを話して、

下位の男子がどの女子に行くかドラフトみたいに調整してたらしいので、

まあ、普通感覚を持った男子なら、長く付き合う彼女にしたいとは思わない。

だって、話される内容はほとんど身体の特徴とか寝たときの反応とかだったらしいから。

そんなのを知られてる人を真面目な彼女にする男性は少ない…らしい。

男子のその辺の感覚っていまいち理解しがたいところもあるけど。

私は、3人目に付き合った男子と気が合って、長く付き合うことになったのでそのサークルに居残った。

世渡り上手くて高校まで運動部で、サークルの中でも顔の効く、いわゆるアルファメールですな。

なんだかんだで有名大学の男子と付き合うのは自慢だったし「上に行った」感がある。

その彼氏も1年生のつまみ食いとかしてて、牽制たかったってのもある。

結局その彼氏卒業までに20人近くの子関係があったはず。

私はそれまでの3人だけだったけど。

あ、ウソウソ彼氏浮気の仕返しに一年生をつまみ食いたことはある。3人ほど。

在学中に例の早稲田事件が起きて、彼氏とかは「早稲田のあの連中は合意なしでやるからダメなんだ」

って言ってたけど、本質的には変わらないじゃんって思いながら話を聞いてた。

実際、うちの大学の中では、うちのサークルは「やや危ないところ」って評判あったし。

結局そのサークルは4年生で引退して、就職して、大学時代のことはなかったように真面目に過ごし、仕事一筋。

うまく乗って、周りはエリートちゃんばかりの大企業総合職やってます

それで職場結婚しました。東大卒。クッソ真面目でいい感じの出世系。

と思って会社の同僚の東大卒に聞いたら、こっそり教えてくれました。

あいつが学生時代いたサークルって、ヤリサーなんだよ。

東大にもヤリサーってあったのか。まあいいけど。

2017-11-28

anond:20171128135411

話聞いてみると大体運動部崩れで

ガチオタで論理的にやってるタイプって本当にすくないな

こりゃ配信で小遣い稼ぎは出来てもレベルがあがることはないなって思った

2017-11-24

anond:20171123235618

男2女3のグループとかで遊ぶのが普通から、男女きっちり分かれる運動部みたいなノリはよくわからない

2017-11-23

ある男子高校生の日常

以前勤めていた某役所に、1人で3人分の仕事をこなす事務のおばちゃんがいた。

彼女仕事は裏方仕事でありながら、ある種の専門性必要

なのに、役所がその部署人員を一向に拡充しないうえに、彼女の異動も見送りまくった。

今や彼女がその役職に就いてから、実に15年が経過しようとしている。

結果、昔でも2人分の仕事量だったのが、彼女自身仕事をしやすくするよう徐々に権限を強化していったため、気がついたら3人分の仕事量になっていた。

権限が集中したら、そりゃ業務だって増えるさ。

でも旦那単身赴任かつ3児の親ということもあり、仕事めっちゃ速い。15年の積み重ねが仕事の速さをブーストしていることは言うまでもない。

ほぼ必ず定時で上がっている。


そんな彼女には自慢の息子が3人いるわけだが、そのうちの1人、末っ子高校生にして超絶リア充なのだ

彼女から伝え聞く所、こんな感じ。

…まあとにかく「凄い」の一言に尽きる。

この母親あってこの息子ありと言っていい。

勿論「誰にでも優しい」ことが引っかかる人(特に一部の女子)はいると思うが、そういう手合でさえ「憎めないやつ」くらいの位置確立してそうな勢いである。


しかし、教師の中にはそんな彼を快く思わず、目をつけている教師もいるのだから世の中分からない。

しかも彼が一番苦手な「自分を嫌っている人間がいる」ことをハッキリ示す叱責で責めてくるとか、指導者失格というか人でなしじゃね?

今の御時世「仕事問題≒人の問題なのだから、それを率先して解決できる素質を持っている、彼のような若者を潰そうとするとか、どういう了見なのか。

まあとにかく、彼のような超凄い若者がいる限り、日本の将来は決して暗くないと思う。

2017-11-20

anond:20171120164737

収入が安定していて実家との関係も良いか結婚相手には良いけど、魅力度で考えると「無理!!」な男と

結婚につながらない交際を続けるのは損でしかないでしょ。

その男は私とそれほど年が変わりませんが、かなりの高学歴かつ稼ぎも相当良く、身長が高く、運動部にいたためガタイもよく、見た目や服装に気をつかえて、人の話を膨らませて聞き役に回ることが非常にうまく、連れて行くと女性が喜ぶお店をたくさん知っていて、またセックスもとても上手でした。

彼氏が持っていないものをたくさん、たくさん持っていました。

こっちは結婚展望など度外視しても、いくつかの素晴らしい贈り物をくれる関係だったわけだけど。

見た目に気をつかわず女性として扱われず、飲み会では自らを犠牲に笑いをとり、

女子大生なのに「もう今後誰にも言い寄られる可能性がない者」なんていうありえないほど卑屈な自己認識で腐って、

せっかくの若さ可能性、伸びしろ台無しにしようとしてた子が自ら変わることを望んだきっかけを作ったのは鼻毛元彼ではなくオフ会男。

大学4年生が経験した恋愛の記録

私には3年半付き合った彼氏がいました。

大学生になってから付き合い始めた初彼氏社会人

アラサーで、多忙職種の人で、仕事が大好きで、多趣味で、友達仕事人間との関係構築も良好で、兄弟実家との関係問題なし。

何より私が勉強したいことや興味のあることを応援してくれる、まさかこれまで彼女がいなかったとは到底考えられないほど素晴らしい人でした。

私はこの人と結婚するつもりでいました。

一人暮らしが長いため生活力があったこと、自分能力を以って稼ぎ続ける人だったこと、友人や家族上司・部下といった人間関係の構築に一切の難がなく人望が厚いこと、貯金ができること、何より私を心から気遣って大切にしてくれる人だったことです。

結婚相手にはこの上なく素晴らしい、最高のひとです。

そんな彼と私にはある共通認識がありました。

自分みたいな非モテなんかが、ここまで異性に気に入ってもらえることなんて今後ありえない」です。

彼はアラサーになるまで仕事一筋、恋愛にも興味がないため、モテの何たるかを一切心得ていません。

デートでも鼻毛は伸び放題、身体微妙にあっていないサイズの服。

でも私にとってそれは、好きな人と一緒に過ごす上では瑣末なことなので、鼻毛カッター買いなよと言ったくらいで別に気にしませんでした。

彼の誠実で実直な人間性を好きになったからです。

それゆえに彼は、彼のままでありつづけながらも離れない私を見て、前述した共通認識を持つようになりました。


一方私は、高校大学時代全然モテませんでした。

もっと言うと、女性として扱われることが少なかったです。

彼氏がいると公言していたり、飲み会では自らを犠牲に笑いをとって盛り上がる側になる他、見た目にもそれほど気をつかわずに生きてきた期間も長いものでした。

またそもそもの人相があんまり良くない上にそれをカバーすることも特にしませんでした。

そんな自分でも彼は私を好きでいてくれたからです。

それゆえに私は「自分なんかにはもう異性に言い寄られることなんかないし、それでいい」と思うようになりました。

まり、「もう今後誰にも言い寄られる可能性がない者同士」という利害関係の一致が、学生社会人カップルを長く続かせる要因になりました。

しかし、もうすぐ4年目にさしかかるところでこの関係は終わりを告げました。

原因は私の浮気です。


きっかけは某SNS

オフ会出会ってから仲良くなった男性がいました。

いい友達になれるかも!と思い、2回目に会って食事をしたときお酒の勢いで家に連れ込まれました。

なぜ断らずに家に入ったか

彼氏多忙でなかなか会えない寂しさをまぎらわせるため

・正直、男性に求められることが嬉しかった

彼氏以外の男を知る経験をしてみたかった

から、です。

寂しさを紛らわせるための浮気、よくありますね。

そこに、自分が信じ込んでいた「自分にはもう異性に好かれる可能性がない」という思い込みを壊してくれる期待が重なります

それに、男性経験が一人の人生でいいのだろうか…?という考えもよぎります

その上お酒の力で気分がいいので尚更判断力は鈍り、結果男の家にほいほいと入って行きました。

こうして私は初めて、彼氏以外の男と唇を重ね、セックスをしてしまいました。

その男は私とそれほど年が変わりませんが、かなりの高学歴かつ稼ぎも相当良く、身長が高く、運動部にいたためガタイもよく、見た目や服装に気をつかえて、人の話を膨らませて聞き役に回ることが非常にうまく、連れて行くと女性が喜ぶお店をたくさん知っていて、またセックスもとても上手でした。

彼氏が持っていないものをたくさん、たくさん持っていました。

ことを終えた後、酔いも覚めてきて、罪悪感に支配されました。

しかし男が持つハイスペックぶりと彼氏スペックを比べたり、「私を好きでいてくれる男がいる喜び」に味をしめるようになったり、これまで経験たことがない性的快感にハマったこともあり、オフ会で知り合った男に入れ込むようになりました。

何度も何度も逢瀬を重ねるようになりました。

何日か経って、彼氏に会った時、自分の中に異変が起きていました。

デートなのにあまりにモサっとした見た目… 行く飲食店も変わり映えのしないところばかり… セックスもあの男の方が全然気持ちいいじゃん… といったこれまで気に留めなかったことばかりが目につくようになりました。

私は彼氏以外の男と交わることで、初めて比較対象というものを得ました。

これによって私は、これまで良しとしていた彼を「無理!!」と感じました。

何より「もう今後誰にも言い寄られる可能性がない者同士」という利害関係崩壊たことが決め手でした。

こうしてもう彼氏として見ることができなくなり、気持ちが離れていきました。

3年半も付き合ってきたのに、あっけない終わりでした。

長かった彼氏との関係を解消し、オフ会で知り合った男にいよいよ本気になった私は徐々に、自分所詮セフレ以上の存在にはなれないことを悟ります

私以外にも同じように、オフ会で知り合ってセフレにしている女が何人もいたことを男本人から伝えられました。

私を好きになってくれたのではなく、ただの暇を繕う玩具として扱っていただけのことに気づきました。

まり経験が浅い私は、こんな人本当にいるんだ…というショックを受けました。

今まで彼氏は私一人を大事に扱ってくれたので、それと同じように、オフ会で知り合った男も私を大事にしてくれるのだと思い込んでいたのです。

私はやっと、彼氏がどれだけ愛情を注いでくれたか気づきました。

自分勝手な都合で、彼氏気持ち裏切りました。

男は私がだんだん本気になり始めたとわかると、連絡を無視するようになりました。

嫌われたんだというショックよりも、自分はもう用済みなんだという屈辱的な扱いに愕然しました。

何より「気持ちが離れたから捨てた」というこの男の行動は、私が彼氏にしたことと同じです。

因果応報、彼をいかに傷つけたかに気付きました。

なんとか彼女に昇格しようとして気を引くのも、気に入られようと努力するのも、全てが虚しく感じました。

こんなことをしても私は結局幸せじゃない。

結果として私は多くを失い、今フリーとして生きています

しかし、その最低と言わんばかりの男からは、いくつかの素晴らしい贈り物をもらいました。

・恋をしたので見た目に気をつかうようになった(事実母親女友達インターン先の女性社員から見た目を褒められることがグッと増えました。美容室で髪の毛を整えたり、自分に合うメイク研究したり、ジムに通い始めたのも、オフ会で知り合った男がきっかけです。)

・「私を気に入ってくれる異性なんかいない、私にはもう次がない」などという後ろ向きな思い込みを捨てさせ、未来希望を持たせたこと(穴扱いとはいえ、頭脳や見た目はハイスペックの選別するレベルにかなったようなので、私はちゃんとすればまだまだイケるんだ!と思うようになりました。これがたとえ盲信だったとしても、後ろ向きなまま生きるよりはきっと健康的です。)

・人はスペックではなく、人間性を何よりも重要視すること。スペックだけに目がくらんで作った人間関係では幸せになれない。

自分もまた、見た目やスペックに加え、最後人間性によって選ばれているということ。

・人から好かれるためには、まず自信を持つこと。その自信を持つために、自分がやるべき仕事をきちんとこなし、よりよい仕事をするための勉強を欠かさず行い、時間厳守挨拶気遣いといった人として当たり前のことを当たり前のようにやる。そうして昨日の自分より頭のいい自分になる努力を重ねていくこと。

フリーになって自分を見つめ直したとき、気づいたのはこれでした。

自分を無理やり切り替えて前向きに生きなおすための思い込みですが、「あの男との出会い自分を次のステージに進めるための必然出会いだったのだ。私はもう二度と同じような過ちをしない。これ以上不必要に人を傷つけずにうまくやっていくための気づきを与えてくれたのだ」と思うことにしました。

そう思いながら、学生の本分である勉強を、心を入れ替えて始めました。

そしてもうしばらく、恋愛はいらないなぁと思いました。

こうして大学生活、終わると思います。読んでくださってありがとうございました。

2017-11-18

ヒミズ読んでて思ったがありもしない「普通」に踊らされて狂ってるだけなのがネット民なのかも

古田実の「ヒミズ」を読んでて思ったことがある

意識高い系増田も、自称日本を愛する普通の日本人ネトウヨさん達も、ネットキモオタのできそこないみたいな陰キャも、みんな苦しんでルサンチマンを抱えて

その闇を逆張りや、大嘘マウンティングや見え張り、攻撃性にネットで発露しているが、それの根拠って彼らが思う「普通」の水準に自分が達してないからだよな

で、彼らのいうその「普通」って具体的にどんなの?っていうのを聞くと、新卒から3年目には年収500万を超えて、大学MARCH以上がギリギリ許容できる最低ライン

中学高校運動部大会などの実績を重ねて、彼女にもあまり困らないし女友達友達付き合いもよく、家庭環境円満良好で、生活水準ラノベ主人公並のアッパードルが最低限、大学ではサークル活動コンパ飲み会バイトに頑張って、インターンだとか就活上場企業かイケイケのwebベンチャーで、周りにも上司にも恵まれて、それで20後半で結婚(相手は現役JKかJD、もしくは年収400万以上の家庭環境問題がないOL)、30くらいでマイホーム買って、子供も生まれていずれは管理職起業か…って感じ(女性側も似たよなもん)

まぁ一言で言いますとね

そんなもんが普通な訳ねぇだろヴァァァァァァアアアアアア~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~カwwwwwwwwwww

鏡見てから寝言をほざけよ何のとりえもない愛想もないつまんねー無能がよwww

あのね、そんなのは宝くじで1等を生涯3回連続で当てるくらいの確率な訳よ、欠けてる部分を努力で補おうと思うなら、犯罪スレスレのダーティ手段でもしないと触れうる資格すらないレベルだぞw

いい加減現実見ろよ、そんなものを手に入れようとしたら、それこそルールに則ってたら絶対に無理だろ、てかルール破っても不可能に近いんだけどさ

キミらの普通は「普通じゃない」の「異常」なの、わかる?それが普通ネットで空しくピーチクパーチク喚いたところで、心の闇が深まるばかりですよ?最後はヨーゲンルートか、米10kg買うのが夢のワープアエンドか、刑務所永久就職のどっちかだぞw

ま、悔しいのはわかるがこれが現実だよ心の中の「一つ目の怪物」を育てないようにな

2017-11-15

バレーボール部だった中学時代、私は初心者でヒーヒー言いながら練習していたけど、あとから入ってきた後輩があろうことか全員小学生時代からやっていた経験者で、あっという間に、というかとっくに実力で抜かされていた。屈辱感はなかった。結局私は最上級生になっても玉拾いに勤しんでいたのだった。

玉拾いだからもちろんレギュラーメンバーになることはなく、練習試合でもウォーミングアップ以外は参加させてもらえなかった。ずっと立って見学をしているだけだった。また、審判をやるとき主審副審経験不足のため仕事を与えられず、永遠にラインズマンだった。練習試合中にすることといえば、ラインズマン得点付けか見学くらいのものだった。見学するとき顧問の横に一列に並んで立ったままだが、私はいつも友達とたわいもないおしゃべりをして叱られていた。叱られてもしゃべっていた。たまに「ナイスキー」とか言うくらいで、それ以外にすることがなかった。

練習中の唯一の楽しみが、仲のいい友人や後輩とのおしゃべりだった。ほとんどがくだらないテレビゲームの話だったが、たった一人不思議な後輩がいた。仮に杉浦としよう。杉浦は私とよく話をしていた。知識豊富でどこか達観していた奴だった。今思えばただのRADWIMPS好きの厨二病なのだが。杉浦は私を「先輩」と呼ぶ以外には、私にだけ敬語を使わなかった。どこか私を下に見ていたようだった。ちなみにバレーボールに関しては奴も例に漏れ経験者で、私より実力は上であった。そのためか、私に対して啓蒙的な口調で話しかけていた。しかし、その話が私はとても好きだった。

私はとにかく練習が嫌いだった。毎日部活動憂鬱だった。たった1時間や2時間がとても厭だった。動きたくもなかった。準備運動をしてサーブ練習だかレシーブ練習だかやって、そのあとは玉拾いする毎日だった。とても退屈だった。今思えば大した運動もしていないが、それでもつらかった。ある時杉浦は私に言った。「君は一つの視点から物事を捉えすぎているんだ。もっと客観的に、多角的物事を見られるようになれ。」正確には思い出せないが、その言葉を私は忘れることができない。なぜなら、それが私が体感した「啓蒙」の瞬間だったからだ。あの言葉にハッとさせられたのだ。

またある時言われた。「『万物の集約に返り咲きしは王の影』この言葉意味がわかるかい?」私は練習中にぼーっと考えていた。考えども考えども答えは出なかった。それを見かねて杉浦は答えを私に教えてくれた。しかし私はその答えを覚えていない。その答えを理解することができなかったからだろう。「何かを忘れたとき いつも君がそばにいたけど 今回ばかりはそうじゃない これってまだ忘れてないってことなのかな 今、僕が覚えている全てのことと 僕と君にまつわる全てのこととの差は ゼロにはならないのかな」これもアイツが言ったことだが、これが自作なのか、引用なのかがわからない……

「生きていくことが罪になるなら、死んでいくことが罰になる。死んでいくことが罪になるなら、生きていくことが罰になる。さて、僕の罪名と刑法はどうなることやら。」これも。出典がどこなのかわからない。

話が脱線してしまった。いや、線路なんて最初からないのだが。

まあそういう後輩がいて、今でも私の心に残っているということだ。ちょうど中2という多感な時期の出来事であったから、印象が強いのだろう。今どこで何をしているのかが気になるな。会って話でもしてみたい。

さて、中学時代部活に話を戻そう。後輩よりも下手で要領の悪い私でも、一度だけ本番の試合に出させてもらったことがあった。それは、私のところに比べてとても弱いチームだったので、私のような2軍補欠を出させても勝てると監督が考えたのだった。

それは中3の夏、要するに最後の夏で、監督は記念のために私をコートに立たせてくれたのだ。試合の途中で交代して、サーブを数本打って、それで終わった。私が中学3年間嫌々バレーボールをやってきたすべてが、それだけだった。それを考えると、私が必死に耐えてきた3年間ってなんだったんだろうな。

数ある運動部の中でもなぜ私がバレーボール部を選んだかって、ただ仲の良かった友達が1人そこに行ったから。私はホイホイついていっただけ。あと、なんとなくラクそうだと思っていた。それだけだ。まあ中学卒業後にその友達はウェイになって地元ヤンキーとつるむようになったのだが。私と正反対で。

安易気持ち部活を選んでしまって、とても後悔した。実は、私は小1からずっといじめられていて、そんな私が中学運動部に行くもんだからいじめの標的になるのは当然だった。いじめを受けて部活をやめようとは思ったことはあったが、踏ん切りがつかずそのままズルズルと最後まで続けてしまった。なんの成果も残せずに部活引退した私を、両親は「部活は続けることに意義がある」と慰めてくれた。それはうれしかった。自分でもよく耐えたなと思う。私の我慢強さってここにも表れているのかもしれない。ただ、それ以上のものは得られなかった。

2017-11-13

中学同窓会に行ってきた

当方不惑を越えたおっさん出身中学同窓会に行ってきたので、その時に得られた知見をシェアしたい。

美少女美女だがブスはブスではない

中学時代美少女モテモテだったような女子不惑を越えてもやっぱり美女だった。ブスはブスのままの人もいたけど、中学当時ブス認定されていたような子が大人になったら化けてあっと驚くような美女になっているのが数名いた。工事したのかも知らんけど。

一人、中学時代に密かに可愛い子だなと思っていたけど周囲からは見向きもされていない女の子がいた。久しぶりに会ったらすごい美女に成長していて、我が慧眼を誇った。

モテモテだが非モテ非モテママ

中学校モテる男子って、大体はサッカー部とかバスケ部とか、運動部所属する目立つ生徒か、あるいはちょっと不良っぽさを醸し出しているヤツというのがお約束

一方自分中学時代文化系クラブ所属し、女子生徒とはほぼ接触せずに暮らしていた。いわゆる非モテクラスタであった。

大学生社会人の頃は人並みに女性デートしたりする経験もして結婚することもできたから、まぁ大学デビューと言えばそれまでだけど、非モテ卒業したつもりでいた。

しかし、久しぶりに同級生たちと会うと一気に時間中学校の頃に引き戻されてしまった。非モテだった自分非モテとしての行動を無意識にとってしまい、同級生女子とはほとんど口も聞けず、非モテ男子たちと会場の隅の方で喋るのに終始してしまった。がっかりだ。

現在非モテ中学生に贈る人生戦略

以上を踏まえて現在非モテ中学生贈る言葉

クラスに眠っている、今は周りから見向きもされていないようなダイヤの原石的女子見出して、その子と頑張って仲良くしておくと良い。将来あっと驚く美女に成長したその子をゲットするのだ!

こちらからは以上です

ほんじゃーね。

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