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はてなキーワード: 本質的とは

2018-06-19

anond:20180619085347

ってことはこの二作品本質的には変わらないってこと?

どっちも叩かれるべき?

それとも叩くのはおかしい?

なんでこんなに世間論調が違うのかがきになる。作品としての質の違い?

2018-06-17

プロ奢ラレヤー、プロ無職落合陽一、ホリエモンイケダハヤト家入なんとかに群がる全てのクズどもに捧ぐ

最近増えてるフリーランス最高!!!とか、起業最高!!!とか言ってる人種が嫌いだ。差別化!!!独自性!!!自分だけの強み!!!叫びながら、一部のインフルエンサーの言うことをクソ真面目に聞いて、俺も新しい時代生き方をするんだと意気込んだ無が無を呟くのが気持ち悪くて仕方ない。これから評価経済時代プロ奢ラレヤーは新しい生き方体現しているんだと大真面目に信じ込んでる大脳皮質がないバカどもを見ていて気分が悪くなる。否定から入るコミュニケーションはよくないってつぶやきリツイートしながら、自分たちは既存文化社会体制否定することで連帯しようとしているのもクソ寒い共通の敵を作って仲間内ぬるま湯に浸かるのが楽しいのか。そうかそうか。まぁそういうもんだよな。

俺たちは異常なんだ〜と対して異常でもない奴らが自分凡庸さと無から目を背けてヘラヘラ笑ってるのも気持ち悪い。オタクが狭いコミュニティの中で自分性癖いかに歪んでいるかアピールして、マウントとってポジショニングするのと構図が同じなんだよ。何も持っていない人間がせめて肩書きだけでもと自分の”個性”を演出しようとしているのもダセェ。自分専門性がないヤツでも0から始められるアクション代表起業とかフリーライターだ。無が肩書きを持って有っぽく振る舞おうとしてる。その人自体に何か新しい価値が付随してるわけではない。もはや個性的な人材でも新しい生き方でもなんでもない。

プロ奢ラレヤーを過剰評価してる人類うんざりだ。あれを新しい生き方だと褒め称えてる奴、頭おかしいよ。なんでtwitterで見ただけの人をそこまで尊敬できるのさ。だってどう考えても社会不適合者じゃん。会ったらわかると思うんですけど、ただの多動ですよ。新しい生き方なんじゃなくて、プロ奢ラレヤーの生き方。手放しで崇拝するなよ。他人他人、お前はお前の人生を生きろよ。そりゃあプロ奢氏の無を惹きつける能力は素晴らしい。真似しようと思ってできることではない。すごいんだけど、盲目的に「俺もプロ奢になるんだ!!」ってうおーしようとしてるワナビは、虚無へまっしぐらだなぁと思って受け付けないです。twitterであそこらへんの界隈?に絡んでる奴のプロフィール見てたらあ〜〜〜なるほどね〜〜〜つまんないな〜〜〜って気持ちになった。フリーランス×ブロガーやりたいんだったらつまんないのはダメだよ。他人言葉コピーしても熱量コピーされないんだからお前にしか言えないことを言って欲しい。

成功した人のやり方を真似ても、成功した人以上の存在にはなれないでしょう?その人はその人独自の居場所確立たか成功しているのであって、成功法則はその人が作った評価時空なんじゃん?そういう人もいるんだなぁと思う以上にのめり込んでどっぷり浸かるのは思考停止で先に待ち構えてるのは穏やかな死か搾取される未来でしょ。成功者に会った人に対する普通の人の反応は、驚愕尊敬・相対化の3ステージをたどると僕は考えている。これまでの自分世界観とは異質な世界観に触れて驚く。これはかなりショックの大きいイベントで、受け入れられる人と拒絶する人にわかれる。ふるいにかけられて生き残った人、つまりすごい!!!と心の底から感動した人だけが次の尊敬ステージに移行する。プロ無職すげぇ!!だとか、イケダハヤトはすげぇ!!だとか、そういう精神状態だ。そして「まぁ、あの人はこういう考えだけど、自分は違うんだな」「私のスタンスとあの人のスタンスはここが違う。でもいいところは取り入れよう」と分析して相対化に至る。で、いわゆる信者というのは、尊敬ステージから盲信のステージに入り込んじゃった人のことで、相対化に行けなかった人なのだ特定思想絶対的だと信じて疑わない人。信奉することは何も悪くないと思う。だが、わざと教えにカルト的要素を仕込んでいる教祖はずるいというか、悪徳だなぁと思う。

エホバの証人の教えには、「悪霊​たち​からいやがらせ​を​される​場合​は,み名​を​口​に​し​て​エホバ​を​呼ぶ​と​よい​でしょ​う。そう​すれ​ば​エホバ​は​あなた​を​守っ​て​ください​ます。(箴言 18:10しかし​神​の​保護​を​受ける​に​は,心霊​術​や​悪霊​崇拝​と​かかわり​の​ある​ものから​すべて​完全​に​離れ​なけれ​ば​なり​ませ​ん。古代エフェソス​に​い​た​神​の​崇拝​者​たち​は​それ​を​実行​し​まし​た。魔術​の​本​を​全部​集め​て​燃やし​た​の​です。(使徒 19:19,20現代​の​神​の​僕​たち​も​同じ​よう​に​し​なけれ​ば​なり​ませ​ん。あなた​の​お札​や​魔よけ,“お守り”の​ひも,呪物,魔術​の​本​など,心霊​術​と​かかわり​の​ある​もの​すべて​から​離れ​て​ください」

というように書いてある。要は、「エホバの証人以外の人は悪魔サタン支配されているから関わりを断て」ということだ。#起業しろの人とかはまさにそうで、自分の仲間を増やしたいがために、若者に後戻りさせないよう引き返せないよう迅速な決断を迫っているのである(ここら辺の決断を熟慮せず悩むことなくできるのが、ADHDで多動入ってる系なんだろうなという雑感想)。えいやっと割り切ることでしか手に入らないものもあるし見えてこない世界もあるのはわかるから起業推進系VCとかエンジェル投資家否定しようというわけではないのはわかってほしいな。

落合陽一周りをうろうろしてるNewspick張り付き意識高い系おじさんも嫌いだ。手を動かせっつってんだろ。落合陽一の文章うまいところは、カタカナシマ学術用語シマシで翻訳したら簡単なことしか言ってないというところだ。彼がAI偏微分装置だなんだ生物計算機だどうのこうの未来自然ネイチャー)に計算機が溶け込んでいくのだなどと冗長表現するのを、専門外の意識高い理系が頑張って解釈して、「俺はわかってる側なんだ」と優越感・選民意識を持つ。さすがだ。これはまさに与沢翼信者に買わせているメルマガで使っている手法だ。脳に負担を掛けさせるだけのガチガチに硬い文章を読ませて、単純な内容を苦労して理解させる。こうして得られた情報は、信者にとっては神託として作用し、自分は周りと違って「リテラシー」のある人材なのだ錯覚するのだ。うまい、うますぎる。

互いに褒めるのが一時期流行ってたけど、あれも最高にキモい。なんだよ構ってちゃんかよ。そんなに褒めてもらわないと死んでしま病気にかかってんのか?一般社会に適合できなかった人が自分のいいところを見つけてもらって承認されようとしている光景が嫌だ。別に承認を求めるのは悪くない。だってみんな承認されないと生きていけないから。でもその承認過程を、さも新しい運動だと喧伝して新しい活動だとアピールするのは、欲望を綺麗にパッケージングしているにすぎない。自分の居場所を、アイデンティティの固定を求めているのだと意識していないのを嫌悪している。

これがワールドスタンダードから、とかアメリカでは〜だからと言って日本の文化風土が遅れていると批判している奴に、ここは世界じゃない日本だと言いたい。海外には海外文化風土国民性歴史があって、これらに合致した制度が作られてるの。日本には日本文脈があるの。そりゃあ日本制度は非効率的グダグダで今にも沈みゆく船かもしれないけど、そこにしがみついて生きるしかない人々もいるわけ。変えるなら場所を変えろ。ここにいるな。一人で逃げるのが寂しいからって他の人を巻き込んで行くんじゃない。まずはお前が一人で出て行け。そんで出ていった先で幸せそうにしておけ。本当にそこがよかったら自然に人は流出して行くから。いいか、一人でやれ。

zozotownの平社員だかなんだかの、炎上商法で人の感情煽り立てては「はい今お前俺の言ったことに反応した〜〜〜wwwww俺の勝ち〜〜〜〜〜wwwww」という姿勢がめちゃくちゃ嫌いだ。メッセージを伝える、少なくとも見てもらうための方法なのは理解できるけれど、他人不快にさせてもいいという態度はさっさと死んでしまえと思う。伝えたいことは、相手が受け取りやすい形で伝えるべきだ。キンコン西野もだぞ。あとこいつらのやり方をみて、フォロワーを獲得するのに繋がるからはいいと思うけどな〜ってしたり顔で語る意識高い系を装ったクソも嫌いだ。他人迷惑をかけるのは仕方ない。誰もが迷惑をかけてかけられて生きていくしかないのだから。でも意識的に他人不快にしてもいいわけじゃないだろ。さっさと熱狂的なファンに刺されてしまえ。腹が立つ。善意を利用して金をとる、愛につけ込んで時間を奪う、畜生だな。おい、秋元康、聞いてんのか?おまえもだ。ソシャゲガチャを考案した奴もだからな。天国に行けると思うなよ。

フォロワー◯◯人集める方法教えます!!とかスポンサーつけて●●円稼ぐ方法noteで売ります!!っていうのに嫌悪感がある。あれじゃん、与沢翼とか情報商材と同じじゃん。「お金稼ぐ方法売ります」が「フォロワー稼ぐ方法売ります」に変わっただけじゃん。ごく少数のインフルエンサーが大多数の無から金を吸い上げるだけ。確かに、金よりはフォロワー稼ぐ方が実現のためのハードルは低いから、まだ優良なのかもしれないが、本質的価値を生み出すような行動で金を稼いでいないのは気持ち悪いと思う。実労働が伴っていないのだ。あぁ、もし僕にお金があれば、インフルエンサーが売っている無の情報を買い集めて無料で公開できるのに。情報は広がっていく性質を持っている。その流れをせき止めて、価値があるように見せかけて利ざやを稼ぐ行為を私は好まない。価値を生み出せ価値を。お前にしかできないことかそれは?実質を伴っているのか?他人劣化コピーに成り下がった人間死ぬほどつまらないぞ。

あと何かにつけて海外に行こうとするのなんなの?トビタテなんとかプロジェクトをいろんな大学が推進してたけど、大学教育する気力もリソースもないか外注するってバカなの?いつから大学は知の養成機関から二流旅行代理店になったわけ?海外留学がレールを外れることみたいな風潮あるけど、それめっちゃ他人にレール敷かれてるじゃん。ありきたりすぎる。海外にいくのが異常で独自性で新しくて自分らしさだとかマジで信じ込んでるの?短絡的すぎて脳みそショートするわ。わざわざ国の税金を浪費しなくても、日本にも新しい価値観に触れられる場所はいくらでもあるぞ。なんなら日本国土の三分の二は森だからな、近くの山に行って森で一ヶ月暮らした方が圧倒的にブルーオーシャンでしょ。西成に行って日雇い労働してみた方が誰もやってないかレアでしょ。なんとなくみんなが行ってるから海外に行くっていうのはレッドオーシャンじゃない?あとたか海外に行った程度で価値観変わった〜〜って思うくらいの経験しかしてないのってめちゃくちゃダサくない?wowwow

インフルエンサーはわりとまともなことを言っていたり、真理情報を握っているのだが、その周りでうろちょろしてる人間が大嫌いだ。ホリエモンが言った言葉文字起こしする、図解する、本にする、ゴーストライトするなどの仕事をもらって日々口に糊する糧にするのは大いに結構だが、インフルエンサー提示する価値観に染まりきって他の文化体系を取り込もうとしない態度は気持ち悪い。それ、ただの新興宗教やぞ。カルトやぞ。ロールモデル大事だ。正しさなんて誰も保証してくれない世の中で、生きる指針・データセットとして有用だ。だが、特定の人、特定集団共鳴して絶対的だと信奉するのはあまりにも気持ち悪い。そこにお前という個人存在しなくて、ただの情報結節点に成り下がっている。いいのか、それで。つまらなくないか?みんながみんな、「ひととの繋がりってやっぱ大切だよね〜」と同じ表情で同調して笑う世界がそんなに面白いか?僕はそう思わない。ヘラヘラ馴れ合うな。お前は個性的なんじゃないぞ。ただの社会不適合者だとを手帳にでもMacBookデスクトップにでも書いておけ。

どいつもこいつも多様性大事大事だと言いつつも、多様性死ぬコミュニティに飛び込んでいる。矛盾だ。クズも利口もエリート筋肉メンヘラオタク意識高い系引きこもりニート普通会社員もおじいちゃん赤ちゃんヤクザアルコール依存症発達障害健康優良児も腕がない人もある人もゲイレズポリアモリーノンセクシャルノーマル自営業高学歴も中卒も野蛮人文明人も右翼左翼リベラル宗教家メンサ会員もいるのが多様性だろ。

普通社会」に生きづらさを感じて逃げてきたのは素晴らしいことだと僕は思うだって辛いことをしてたらしんどいものしんどいことを続けてたら死んでしまもの。死んでしまうと僕は悲しい。人はすぐに忘れる生き物だというこじらせメンヘラいるかもしれないが、それは誤りだ。僕は死んだ父のことを一生忘れることはないだろう。虐待で死んだ女の子のことも、自殺したご当地アイドルも、メンヘラ.jpライターの首をつった妹も、もしかたらこの後自殺する予定のお前のことも、僕は一生死ぬまで抱えて生きていくからなバーカバーカ。忘れるんじゃなくて、心の中から反吐をドバドバ垂れ流しながらとてつもない喪失感に慣れるんだからな、そこんとこ履き違えるなよ。死にたいと思うならいくらでも死にたいと言え。希死念慮なら僕も持ってる。いつもそばにいてさっさと消えちまえよと囁いてくる。俺も消えたいよ。この世には苦しみしかない。生きる意味なんてどこにもない。意味があると盲信して生きている人しかいない。だから僕より先に死んで勝手に救われようとしてんじゃねえよ。

取り乱した。申し訳ない。

つい数日前に、名刺を全部捨ててる発言たかーぎとかいう奴がなかなかホットだったが、僕もあれは嫌いだ。嫌悪。上の世代価値観を否定することで自分立ち位置確立し、賛同者を集めるという行為は、フォロワー集めと信頼稼ぎの手法として効率が最高に良いし実際にやろうとしてやれる人はいない。素晴らしいと思う。天才だ。だけど、この世界ほとんどは従来のパラダイムに乗っかっている人で動かされているわけで、彼のパフォーマンスは彼らに対するリスペクトを捨てているからこそ得られる効用なのだ認識しなくてはならない。新しいパラダイムを作り出す集団は、旧来の価値観の否定なしには動くことができない。これもまた事実だ。僕が言いたいのは、手放しに全てを賞賛するのは間違いだということだ。アリストテレス孔子中庸こそが目指すべき立ち位置だと言っている。

歴史コンテクスト共感不可能他者への尊重を失ったムーヴメントを、私は拒否する。

これが僕の基本的な生きる姿勢だ。好き・嫌いと関わりたい・関わりたくないは別方向のベクトルだと僕は考えている。正直起業ワナビプロなんたらもほにゃらら2.0を進めていくんだと意気込む虚無も、大嫌いだ。だとしても、嫌いなものから目を背けてしまっては学びがない。可能性を捨てている。共感不可能他者共感可能自己理解比較して初めて知を獲得できる。範馬勇次郎はこう言っている。

「防腐剤...着色料...保存料...様々な化学物質身体によかろうハズもない」

しかしだからとて健康にいいものだけを採る、これも健全とは言い難い」

「毒も喰らう、栄養も喰らう」

「両方を共に美味いと感じ、血肉に変える度量こそが食には肝要だ」

泣きそうですねほんと。やばい。#真理情報タグをつけて全世界拡散したい。グラップラー刃牙読んだことないけど。

2018-06-16

アイカツ!シリーズ5thフェスティバル!!」について思うこと

 あの日武道館で『輝きのエチュード』を聴きながら、左隣りの人も右隣の人も、嗚咽を漏らして泣いていました。私も泣いていて、まともにサイリウムを振ることすらできませんでした。会場中から鼻をすする音が聞こえてきました。でも、こんな企画をやられてしまうと、あの武道館は一体何だったんだろうと、そう思わざるを得ません。

 別に「卒業」したはずの歌唱担当が『アイカツ』のイベントに登壇することに文句を言いたいわけではありません。「あなたたちは卒業したので来ないでください。歌は全部声優が歌います」なんてことになったら、それこそひどい話です。だからそういうことではなくて、「5周年」にかこつけてイベントを乱発すること自体問題だと思うわけです(というかもうすぐ6周年じゃないですか?)。「思い出は未来の中に」ではなかったのか。「同じ光のなかこれからも 迷わないでわたし歩いていける」と、あの日誰もがそう思ったのではなかったのか。「心に集めるたくさんの永遠」とは、「いやあアイカツは素晴らしいね尊いいつまでも終わらないね」と定期的に執拗確認しないと消えてしまうような「永遠」だったのだろうか。これではまるで、星宮いちごアメリカ行きを無理矢理引き止めているみたいではないか。なんでも弁当スターライト学園も全部放ったらかしにして、無理矢理マスカレードステージに立たせているようなものではないか。霧矢あおいが、光石織姫が、星宮りんごが、一体そんなことをするだろうか。大げさかもしれませんが、そう考えてしまます

 東日本大震災が起きたあの日を契機に、『アイカツ』は「皆で一緒に笑いながら身近な幸せを改めて感じ、明日を信じる力、未来への夢を持てる作品」を目指してきました。「こんなことが起きたら、いままで話したような作品はできないね」と。

——その後、ゲームおよびアニメ企画は、どうなったのでしょう?

加藤陽一)大きな転機になったのが、東日本大震災です。コンセプトを固めている最中2011年3月に、東日本大震災が発生しました。地震が起きた瞬間、僕は東京浅草バンダイ本社で『アイカツ!』の会議に出席していたんです。地震電車が止まったので、車で来ていた僕が3人に声をかけて、皆を送っていくことになりました。TV原発津波ニュースを見ながら進むうち、都心で車も動かなくなっちゃって。結局浅草を出て、皆を送って23区内の家に帰るまで12時間位かかりました。そのとき一緒にいたのが、アニメアイカツ!』の若鍋竜太プロデューサー企画スタッフです。車に缶詰状態で、8時間から10時間ぐらい、地震の影響を目の当たりにしながら、皆で『アイカツ!』のことを話しました。まるで合宿みたいな濃い時間でした。「こんなことが起きたら、いままで話したような作品はできないね」という話もその場で出て。それを受けて書き直した企画書の内容が、そのときの僕らの思いを込めたものだったんです。

——どんなふうに変わったのでしょうか?

 ネガティブ出来事も起こりえるレトロスポ根路線は消えてなくなり、代わりに、「皆で一緒に笑いながら身近な幸せを改めて感じ、明日を信じる力、未来への夢を持てる作品」が必要だろうということになったんです。「トップアイドルを目指すスポ根サクセスストーリー」の部分はそのままに、「温かくて前向きな気持ちになれる作品を作ろう」と、企画ブラッシュアップしていきました。この段階の企画書に書いてあることは。現在のところほぼすべてが、作品内で実現しています。あの震災が、『アイカツ!』という作品にとっての転機だったと思いますね。

アイカツオフィシャルコンプリートブック』(学研パブリッシング2014年、130頁)

 そして『アイカツ』はたくさんの人を「温かくて前向きな気持ち」にし、たくさんの人が前へと進みました。「今日が生まれかわるセンセイション」、「いつだって、ここから、あたらしい夢 どこにだって行けるよ!」。『アイカツ』を観たたくさんの人が「素敵な明日」を迎え、「未来向きの今」から未来へと全力で走り出したはずです。『アイカツスターズ』もそうです。あれだけの作品を前にして、前作とは別の方向へと舵を切るなど、並大抵の覚悟ではできません。巴山萌菜さんもそうです。私は詳しい動向を追ってはいませんが、TVドラマ『賭ケグルイ』のOPを歌っていたようですし、ワンマンライブもやっていたと思いますSTAR☆ANIS/AIKATSU☆STARS!から卒業し、自分の決めた道で頑張っています

 それが、何故こうなるのでしょうか。別にイベントをやるなとは言いません。「卒業」した歌唱担当を呼ぶなとももちろん言いません。ただ、何故今なのか。10周年や20周年まで待てないのか。これではまるで、私たちに「明日を信じる力、未来への夢」なんかないのだと言わんばかりではないか。全く「未来向き」じゃない、完全に過去を向いている。私にビジネスの知見はありませんが、商業的に考えてもこんなやり方では長生きできないと思います

 昨年9月、甘粕試金氏によって『この幼形成熟の世紀に』と題された原稿が公開されました。当時それを読んだ私は「言いたいことはわかるし何も間違ってないと思うけど、アイカツファンダムはそんな人ばっかりじゃないのになあ」とかなんとか思っていました。でも、どうやらもうそんなことを言ってはいられないみたいです。

アイカツ!』が放送終了して新シリーズアイカツスターズ!』が始まった今『アイドル活動!』よもう一度とばかりに『アイカツメロディ!』が来ることの意味は、先述の原稿の論旨で言えば「和声」的解決意味することになり、『アイカツ!』も円環的時間気持ちよさによって欲望生産する作品だったという結論にならざるをえなくなる。それを証し立てるきっかけになったのが「シリーズ5周年記念企画」の楽曲だったという事実は、フランチャイズ圏内にある作品ファンク的時間を持つことの不可能性をも証明してしまったのではないか。このことに私はほとんど嘔吐せんばかりになってしまったわけです。

「なんで和声的ならダメなの? 気持ちよければ良いじゃん」という問いに答えるには、それだけで一つのまとまった原稿必要になるのでここでは書きません。フランチャイズに話を絞りましょう。ここ数年で最も忘れがたいフランチャイズ批判高橋ヨシキさんが『ローグ・ワン』を前にして発表した「幼年期の終わり 〜さようならスターウォーズ』〜」を部分的引用しま

観客が耽溺し続けること自体を難ずる権利はぼくにはありません。〔中略〕それでも、観客を「耽溺させることを目的に」商品を作り、供給することは邪悪なことではないかとぼくは思うのです。

〔中略〕

なぜなら、それは観客を消費者へと変え、幼児化させ、駄々っ子のように振る舞うことを是とするものであり、その駄々っ子の口に好物を際限なく突っ込み続けることで、彼らを判断能力を失った中毒患者へと変える行為からです。

〔中略〕

「前へ!」というのは、ルーカスだけでなく、どのようなクリエイターにとってもいちばん重要姿勢だとぼくは信じています。その先に何があるか分からなくても、あるいはそれがどういう評価を下されるにせよ、とにかく 「前へ!」。これはクリエイターに課せられた祝福でもあり呪いでもあるのですが、「前へ!」という大前提は旧三部作でも、またプリクエルでも(プリクエルは実は後退していたわけではないとぼくは思っています。何度も言いますがコンセプトに対してエクセキューションが貧しかったのがまずかった)、そして部分的ではあれど『フォース覚醒』にも共通していました。前へ!

〔中略〕

ところが『ローグ・ワン』は「もはや前に進む必要などない」という、ルーカスフィルム/ディズニー宣言のように、ぼくには見えました。なぜ前に進む必要がないのか? なぜならそれを誰も望んでいないからです。誰も、 というのは『スター・ウォーズ世界に耽溺することに慣れきった観客のことです(ぼくも含みます

〔中略〕

興行的に、『スター・ウォーズ』が「前へ」進む必要がないことを『ローグ・ワン』は証明してしまったのです。

Crazy Culture Guide Vol,30-30,5(http://www.mag2.com/m/0001673228.html

 SWシリーズにまったく思い入れを抱いていないうえに『ローグ・ワン』も(ドニー・イェンドン・キホーテ役をやっている映画なのだし)楽しく観ることができてしまった私は、当時「はぁ、そういうものなのかなぁ」程度にしか読めなかったのですが、少なからず前のめりに接してきた『アイカツ!』5周年企画に際して、これらの文章は「あっ、この状況を言ってたのか!」という今更の得心とともに蘇ってきました。「前へ」進む必要がないこと、それは「和声」的時間に閉じること、フランチャイズの体系に閉じること、円環的時間=手回しオルガンの歌に耽溺しきることを意味してはいいかベケットらを念頭に置いて「終わる必要がない」作品だと言うとき、それは「終わりが永遠に引き伸ばされる」作品偽装された姿を言っていはしないか。それこそがフランチャイズの罠であり病ではないのか。という疑惧と危惧が一斉に襲ってきたわけです。これは単に「前に書いた文章矛盾しちゃった」から狼狽えているのではありません。「あれっ、自分は《これ前にも聴いたことあるわ、良いわ〜、知ってるわ〜、延々と続けられる正当な伝統、良いわ〜》みたいなことに気持ちよくなりたくてこの作品を支持してたのか? そもそもこれってそういう気持ちよさを是とする作品だったか?」という、本質的な足場が揺るがされたことに原因があります。それも公式の「5周年記念企画」によって。

甘粕試金『この幼形成熟の世紀に』(http://petrushkajp.blog.fc2.com/blog-entry-165.html

 

アイカツシリーズ5thフェスティバル!!」を楽しめる人を悪だとは一切思わないですし、主催者ダメだとも思いません。もちろん、私が正しいとも一切思っていません。私も何かの手違いでチケットを手に入れたら、それはそれでそれなりに楽しめるんじゃないかと思います。そりゃあ声優歌唱担当が揃ったら嬉しいです。生アフレコなんてしたら最高です。そりゃそうです。ただ、あの日「車に缶詰状態」で「合宿みたいな濃い時間」を過ごし、それを受けて書き直した企画書は、そこに込められた思いは、「皆で一緒に笑いながら身近な幸せを改めて感じ、明日を信じる力、未来への夢を持てる作品」とは、こういう類のものだったのか。木村監督プロットを書いた「大スターいちごまつり」のMCの「みんなの今日が、明日が、少しでも素敵になったらいいな」とは、「いつでも何度でも集まって際限なく盛り上がれる。いつまでも終わりを引き伸ばせる。ずっとここにいられる」という意味だったのだろうか。『アイカツ』が3年半、『アイカツスターズ』が2年かけて描いてきたことは、そういうことだったのだろうか。どうしたって、そう頭を悩ませずにはいられないわけです。そして、“「終わる必要がない」作品だと言うとき、それは「終わりが永遠に引き伸ばされる」作品偽装された姿を言っていはしないか。”。このことは、常に考えるべき問題であると思います

 でも、ツイッターを見ている限り「歌唱担当戻ってくるなら純粋に楽しめばいいじゃん」「そんなにヒリつくことじゃなくない?」という人が多数派を占めているようです。だから私がおかしいのかもしれません。「めんどくさいオタク」なだけなのかもしれません。なので、「アイカツシリーズ5thフェスティバル!!」に行かれる方には、純粋に楽しんで来て欲しいと思っています皮肉でも嫌味でもなく、本当にただ純粋に、楽しい時間を過ごしてきて欲しいと思いますアイカツファンの方々——あるいは演者スタッフの方が読んでいないとも限りません——、お気を悪くされた方がいたら、本当に申し訳ありません。拗らせたアイカツファン戯言だと思って、どうかご容赦ください。

[]6月15日

○朝食:コーヒー

○昼食:助六寿司

○夕食:唐揚げフライドポテト枝豆ビール(ロング缶一本と、普通の一本)

○間食:ポテチ

調子

むきゅー!

花金なので仕事の話はいいじゃないですか、適当にそれなりにこなしました。

久々にお酒を飲んだので、気分がいいです。

あのですね、FF7の話しします。

FF7って、ティファエアリスを通じてクラウド人間として好きになる物語だと思うんですよね。

ティファだけでも、クラウドだけでもダメで、あそこにあのタイミングエアリスがいないと、きっと二人は互いの気持ちに気づけなかった。

そしして、それはものすごく局所的でかつ、極論を言ってしまうと、本当はクラウドなんかじゃなくてよかったんですよ。

だってクラウドと一緒にいても幸せなんかまってないのだから

それはアドベントチルドレンという答え合わせがなくても明確で。

初めから明らかにティファは戦いなんて望んでなくて、平和しか望んでない。

だのにクラウドは明らかに向いて入る方向が違う。

それは当然セフィロスのことや神羅とのことやザックスのことがあったからなんだけど、それでもきっと本質的クラウド平和でいられないタイプ人間だったのだと思う。

それじゃあ。

どうすればよかったかといえば、ティファエアリスのことが好きだったと気付くべきなんだよ。

これは決して打算なんかじゃなくて。

ティファエアリスのことが好きだし、エアリスティファのことが好きだったとしか思えないんだよ。

けれど、その間にたまたまクラウドがいたから二人はそうならなかった。

だらればどうして、あの間にクラウドがいたのか。

これはもうねザックスのせいですよ、クラウドもまた被害者ですよ。

だってクラウドにはユフィという生涯の伴侶候補がいるのだから

合計四人もの恋路を捻じ曲げたザックスを許すべきではない。

FF7リメイクでは、是非ともこのティファエアリス恋愛模様に焦点を当ててお送りしてほしいですね。

以下、FFシリーズ女性同士のカップルについて話そうと思いましたが、FF13の話だけで日が登るまでキーボードを叩き続けそうになったので、FF13以外です。

え?

FF4のローザとリディア? うーん、100点! だから日が昇るまでどころか、来週までかかりますからFF13とFF4以外!

はい

FF5のレナファリスクルル三角関係はいこれはもう150点! これはもう来月までかかりますからFF13、FF4、FF5以外!

ん?

FF6のリルムとセリスはいもう来年まで予定は埋まりました!

どんどんこいよ!

FF15はこういう過去の名作たちを(以下略



ゲームの話はたくさん書いたのでゲームプレイしていないが看板に偽りはないのである

2018-06-15

[]無期転換ルール雇い止め法理について

 国会ウォッチャーです。

 派遣法の時の質疑を振り返るシリーズで書こうと思ってたら、

https://news.yahoo.co.jp/feature/985

 こういう記事が出ていて、その反応がすごく気になりました。なので2012年に改正された労働契約法に関して当時の議論や経緯などをご紹介したいと思いました。

労政審とは

 まず基本ですが、労働政策は、労働政策審議会を通して、公労使の3者が話し合って決める事となっています。これは公契約における労働条項に関する条約に定められた原則です。労政審厚生労働省の設置法で定められた審議会で、公労使は同数委員を設置することになっています。あの高度プロフェッショナル制度でさえ、労政審から、概ね妥当とされながらも、労働者側からの指摘として、高プロは危ないという付言がされています委員は2年交代で、特に公共有識者構成政権に近い人に変えていけば、労政審答申政権に近い形で出すことは可能ですが、しか政権交代、即委員交代!ともならないわけで、労働政策の審議は基本的に慎重に行われているとは言って良いと思います。ちなみに安倍政権では、この原則に反して、労政審に諮らずに特措法を制定し、無期転換ルールの緩和を行っていますし、昨年7月には、労働代表構成員に含まない(国家戦略特区諮問会議を思いだせ!)、労働政策本部会を設置し、各分科会にこだわらない、横断的な政策諮問する、としています。詳しく書かないけど、これめっちゃくちゃ危ないですからね。高プロ立法事実とされるものは、産業競争力会議とかみたいな安倍政権が大好きな有識者会議から出てくるわけだけど、それを労政審の中に作っちゃったようなもんだから。まぁ本当に現政権議論が大嫌いなんだなぁと思いますけど、とりあえずそこは置いとく。

無期労働者を守る解雇濫用法理と有期労働者を守る雇い止め法理

 字数制限的にそれぞれを説明はしないですが、労働者は基本的使用者よりも立場が弱いので、解雇をする際には合理的であると認められる理由がないといけません。それが解雇濫用法理と呼ばれるものです。一方、有期労働者に対しても、期間満了による解雇であっても、無条件であってはならないとするのが雇い止め法理です。雇い止め法理は、無期労働本質的に違いがない場合と、有期労働者が更新合理的に期待できる場合に、解雇濫用法理を類推して適用する、というものです。これは法律に書かれていたわけではなく、幾つかの裁判事例において、確立された裁判例に基づいた規範です。原理的に有期労働者の方が要件が増えているので、保護される確率が下がっている建てつけですね。2008年のリーマンショックでは、無期雇用者も大量に整理解雇されましたが、それよりも、派遣労働者や有期雇用労働者が大量に解雇され、大きな社会問題になりました。そこで麻生政権時代に、有期契約労働者の働き方が労政審諮問され、鳩山政権時代に、有期労働契約研究会報告が出されました。

 

有期労働規制論点

 有期労働契約研究会報告では、雇い止めに関して、主に3つの論点が話し合われました。

1.入り口規制=有期契約が結べる業務業態などを規制し、原則無期、例外的に有期が可能とするか否か

2.出口規制=有期契約を結べる期間、更新回数を規制するか否か

3.雇い止め法理の明確化

 単純に労働組合民主党支持母体と言っても、組合内でもこれは意見が分かれていましたね。この3つをすべて導入しないとうまくいかないぜ!っていう主張(自治労など総評系に多かった)と、少なくともどれか一つでも合意できるならするべきだとする主張(同盟系に多かった)が当時から分かれてた。審議入りしてからは、社民党福島みずほさんや、共産党田村智子さんなどが前者の立場に立った批判を何回もやっていました。こう言う批判をしておくことは本当に大事で、当時の西村ちなみ副大臣の答弁をもとに、後述する通達が出されています

 有期労働契約研究会では、労働者の雇用を安定化させることで、生産性が向上するという学術的な指摘がなされ、規制の導入に対して前向きな報告が出されました。

労働政策審議会労働条件分科会では使用者側が猛反発

 議事録を見てもらえば分かりますが、使用者側の委員はほぼすべての規制に反対していますが、特に入り口規制の導入に関してはものすごく反発している。有期雇用雇用不安定要因ではなく、有期雇用によって雇用の安定化が図られている、だの、入り口規制をすると、企業雇用をやめるだろう、という話を延々とやっている。しまいには労働者の権利の話ばかりするな、経営者側が雇用を調整する権利はどうなるんだ、というようなことも言っている(ちなみにこの方は、高プロが1000万以上と言われると中小企業活用できないとかも言ってる方です・・・)。まぁ経営陣がそういうことを言うのは当然なのですけど、ポイントはこの法律案が労政審諮問された時はすでにねじれ国会になっていて、野党の協力なしには法案の成立はできない状況だったというところです。仮に民主党が有期労働契約研究会報告に基づいて、労働契約法改正案を提出していたとしたら成立は難しかったと思われます。そこで、入り口規制は外され、2、3のみを取り入れた法案ができ、5年以上の契約更新によって、無期転換の申し込み権が発生する、という法案になりました。これも使用者側の意見採用されていて、5年以上の有期雇用という形態禁止してはいないし(契約時にあらかじめ申し込み権を放棄させるとかいう潜脱が使いたい)、無期転換ルール説明義務なども盛り込まれなかった。民主党バカだったということは簡単ですが、労政審による審議は時間がかかるものだし、民主党がやりたいように法案を整備できた期間はものすごく短かったことにも留意必要だったと思います(例えば共謀罪なしのTOC 条約批准や、死刑廃止法制化などは平岡秀夫江田五月法相の頃にやりたがっていたけど、結局諮問したままで、法案化まで持って行けなかった)。2011年から東日本大震災対応に追われ、ねじれ国会によって国会運営は難航し、特例公債法ですら野党に譲歩しなければ通らない状況になっていた2012年に、労働契約法は、社民共産を除いた自民公みんなどの主要政党の賛成で改正されています

雇い止め法理の法定化の意味

 冒頭に紹介した記事への反応を見ると、有期雇用の人は雇い止めされてもしょうがないんだ、というような諦観が見られ、それがちょっと残念に思いました。2012年の改正では、もう一つ、雇い止め法理が労働契約法第19条に書き込まれることになりました。これはパナソニックプラズマディスプレイ事件最高裁判断をほぼそのまま法律に書き込んだものです。つまりたとえ有期雇用であっても、実質的労働が、無期雇用職員と同様であるか、雇用継続合理的に期待される場合には、雇い止めをすることはできません。これは、従前は裁判規範であったものが、明文化されたことで、経営者が遵守しなければならない法規になったということは言えます、もちろん不十分ですが。

下田村智子議員127月の質疑から

田村智子

「これからは5年で労働者を入れ替える、これスタンダードになる。こういう事態を起こさない歯止めはどこにあるんですか。」

西村智奈美

「今回は、雇い止め法理が法律に明記されるということになります使用者合理的理由のない雇い止め回避する行動を取ることがこれによって促進されるほか、その趣旨考慮した労使の話合いが促されると、これも十分期待されることであります企業の実情に応じた無期転換の自主的ルールの整備が進むことも期待されます

 改正法が成立した際には、法律に明文化されたこ雇い止め法理の趣旨と内容について周知徹底を図っていきまして、現場の労使にしっかりとそこは浸透させていきたいと考えています。」

田村

「これ、雇い止め法理って強制力はないわけですよね。それで、これもう既に起きているんです。株式会社シャノアール、これ、シャノアールベローチェ等の喫茶店を全国展開している企業ですけれども、全国のチェーン店で約五千人の非正規雇用労働者が働いています。このシャノアールは、今年3月、突然、社内通達で、有期雇用労働者に対して契約期間3か月の更新は15回を上限とすると、入社契約から通算で4年の勤務をもって満了という方針を全ての店舗に徹底しました。現在4年を超えて働いている方々は、全て来年3月で雇い止めにするという方針です。

 7年以上働いてきたAさん、直接お話をお聞きしました。これまでは更新の上限はなかった、なぜ来年3月までなのかと管理職に問い合わせたと、そうすると、法律改正に伴うものだと聞いていると、こういう説明をしているんです。Aさんは、お店の立ち上げから働いて、いいお店にしたいと意欲的に働いてきて店長代理にまでなっていると、自分は働き続ける意思からこの不更新条項は認めないということでサインしていない、だけど、サインしなかったら仕事を失うかもしれないと泣く泣くサインをしている同僚を目の当たりにしているわけですね。

 大臣、この労働契約法が変わるということで、既に五年を超えないように雇い止めをするという新しい動きが起こっています法施行後5年の話じゃないんです。8年の話でもないんです。こういう企業対応は看過するわけにはいかないと思いますが、いかがですか。

西村

「これは裁判例の一般的な傾向を申し上げるわけですけれども、一旦労働者が雇用継続への合理的な期待を抱いていた場合に、使用者更新年数あるいは更新回数の上限などを一方的宣言したことによって労働者の雇用継続への合理的な期待が失われることにはならないということだと裁判例の傾向からは申し上げることができます

 また、あらかじめ設定された更新上限に達した場合でも、他の労働者の更新の状況など様々な事情総合判断して雇い止めの可否が決せられるというのが、またこ裁判例の傾向であるというふうに考えております

 ですので、不更新条項を入れさえすれば雇い止め法理の適用排除されるといった誤解を招くことがないように、従来の判例法理が変更されるものではないということを解釈通達などを通じて周知徹底を図ってまいりたいと考えています。」

田村

「現に新しい動きで、今まで不更新条項なんか入れていなかった企業がこうやってやっているんですよ。例えばこのシャノアール労働者が労働局などに訴えていったら、これ指導できるんですか。どうですか。」

金子労働基準局長 

個別のことでいろいろ御相談があれば、これは民事ルールでございますので我々の労働基準監督機関として指導するという性質のものではございませんが、総合労働相談コーナーなど、そういったことへの対応に当たって、労働局や労働基準監督署に窓口を設けておりますので、そういった相談があった場合には適切に対応していくことになると思います。」

田村智子 

「これ、労働基準違反だったら労働基準監督署が捜査権を持って会社に入ることもできるんですよ、是正指導を強く行うことできるんですよ。だけど、非正規労働者はそういう範疇にも入っていない。今回雇い止め法理を法制化したと言うけれども、これはどういうことかといったら、裁判で訴えたときに有利な条項が一つ法律の中にできましたよというだけのことなんですよ。」

 田村智子議員の指摘は正しい。結局、このシャノアール事件地裁原告敗訴、高裁原告有利の和解となったわけですが、2016年2月の話です。3年以上法廷で争える人がどれほどいるのか、という話なんですよね。この時の西村ちなみ副大臣の答弁にもある、解釈通達は24年8月10日付で出されていますが、その後の企業対象とした調査で、認知度を調べたら、使用者労働者も8割近くが正確なルールを把握していない、という結果になっていました。冒頭の記事への反応を見ても、雇い止めは、合理的理由なしには、たとえ期間満了による結果でもできないとか、そういう基本的なところで労使ともに理解されていないし、そういう状況で、使用者法律趣旨に則った運用を促すだけでは、十分に労働者の権利保護されないんですよね。当時の政府側答弁でも、不更新条項を無期転換回避のために行うことは、公序良俗に反して無効とは、答弁してるんですけど、それはあくまで答弁だし、本当に無期転換回避のためにやったのかは裁判で争わないといけないわけですよ。で、この法制化で、無期転換ルールをきっちり運用に乗せている企業も多くあるわけで、この規制が全く無駄だった、逆効果だったというのも違うのではないかなと思います。だからやっぱり入り口規制とか不更新条項規制とか、そういう規制必要だと思うし、そういう方向に議論を持っていかないといけないと考えます

次回の労働契約法改正では無期転換ルールをなくす方向に行きかねない

 労働契約法は、定期的に見直しがされる付帯がありますので、おそらく今年か来年には再び労政審で議題にのぼってくると思います現在政府の動向を見ていると、どうも無期転換ルールをなくして、むしろ同一労働同一待遇文脈で、解雇濫用法理の方をいじってきそうな気すらします。冒頭述べたように、労働政策本部会には労働者側の意見は入りません。高プロを含んだ働き方改革関連法案は残念ながら、成立してしま可能性が高いですが、派遣法とは違って、廃止した時に不利益を被る人がそれほど大きな人数になるとは思えず、十分に再改正できる段階にとどまっていると思います政治を諦めてしまっては、好き放題にされてしまますので、ぜひとも国会議論されている内容に関心を持って、誰がどういうことを言っているのか、しっかりと見ていってほしいと切に願っています

[] #57-5「ナントカさんはカントカしたい」

「ほら、どうだマスダ。これが、いま一部の界隈で密かに話題の『ナントカさんはカントカしたい』だ」

タイナイは意気揚々とススメてくるが、何が面白いか俺にはよく分からなかった。

カントカ”というものについて講釈を垂れて、後は登場人物の中身がない掛け合い。

しかしたら読み込めば中身があるのかもしれないが、俺はそもそもこの漫画の中身になんて興味ない。

「……カントカに興味がない読者にとっては長々と説明されても困るし、興味のある人間にとっては基礎的すぎて退屈な内容だと思うんだが。キャラクターも、物語テーマ必然性を感じないというか……」

「マスダは相変わらず表面的な感想というか、粗探しばっかりするなあ」

そう言われても、この作品のものに興味がないから、感想言語化しようとしたらその程度しか出てこない。

「こういった作品はそんな細かいことを気にするんじゃなくて、キャラクター関係性とかも加味して、もっと全体的な空気感を楽しむものなんだよ」

「じゃあ、そういう楽しみ方ができない俺がダメってことで、この話は終わりだな」

「いやいや、マスダ。もっと、こう……あるだろ?」

いや、ない。

今ですら、内心では「興味ない」の一言で済ませたいんだ。

だが、「興味ない」では済ましてくれないから、どうにか搾り出している。

「マスダ。もっと総括的な感想を言ってくれよ。魚だって大事なのは味であって、小骨の数じゃないだろ」

「いや、それ大した理屈じゃないよな。小骨が多かったら味わえないだろ」

かといって、正直な感想タイナイに言ったところで、こちらの数倍の言葉を用いて反論してくる。

挙句、それを理解できない俺が愚か者だという前提で罵ってくるるのがオチだ。

タイナイは自分の好きなもの他人も好きじゃなきゃ間違っていると思っている。

そして、間違っている人間は許せない。

上辺こそ取り繕ってはいるが、本質的精神構造は極めて単純であること俺は知っている。

その状態タイナイの相手をすることが、時間無駄だということも。

タイナイから言わせれば、そういった意見のぶつかり合いこそ醍醐味なのかもしれないが。

違う意見を持つ相手に対して、自分感情コントロールできない人間がやることじゃない。

から、俺がこういうときに言うことはいだって同じ。

「まあ……面白いと思っている人がいて、お前も面白いと思っているなら、それでいいんじゃないか?」

「なんだよ、それ。僕はマスダの意見を聞きたいんだよ。好きか、嫌いか、そんな単純な感想から始めていいんだ」

どうもこいつの中では、前提として「好き」か「嫌い」かの二択しかないらしい。

だが、俺の中にそんな二択は存在しない。

「いや、どっちでもない」

「どっちでもない、ってどういうことだ?」

実際問題、俺にとってこの作品は好きでも嫌いでもない。

タイナイの中にはその二択しかないようだが、好きだとか嫌いだとかっていうのは、その対象をどうあれ評価しているからこそ出てくる気持ちだ。

自分にとって評価に値しないものに対して、好きだとか嫌いだなんて感情は湧かない。

作品賞賛するにしろ批判するにしろ、それは評価している人間にある選択肢なんだ。

「……例えば七ならべをする。お前は都合のいいカードが手持ちにたくさんある。そして俺は手持ちに都合のいいカードがない……というレベルですらなく、何のカードも持っていない。七ならべに参加していないからだ」

「マスダ、その例え意味不明

その後も、俺は穏便に済ませようと遠まわしに表現するが、タイナイは首を傾げるばかりだ。

「あ、そうだ、『海のススメ』の話しようぜ。タイナイ、あれ好きだろ?」

「いや、最近の『海のススメ』は海の説明ばっかりで、漫画としては退屈な内容だから話したくない」

ちょっと前まで熱く語っていたくせに、何なんだそれ」

俺が結局のところは時間無駄にしていると気づいたのは、その問答を繰り返してしばらくのことだった。


人物紹介

マスダ:同級生タイナイにススメられ、『ナントカさんはカントカしたい』を読むことに。もとから興味のなかったものをススメられたので読むこと自体が乗り気じゃない。それでもタイナイの普段ネットでの立ち振る舞いを知っているため、穏当に済ませようとする。結局、カントカが何なのかは未だよく分かっていないし、分かる気もない。

タイナイ:マスダに『ナントカさんはカントカしたい』をススメた。読んだあとのマスダの感想が気になっていたが、まさかの無関心に肩透かしを食らっている。「どんな意見でもいいから」と言っているが、批判的な意見に寛容というわけではない。

(おわり)

2018-06-14

anond:20180614173549

たとえば俺は発達障害を持っている

・物覚えが悪い

・単調な事務作業などでミス根本的に減らすのが難しい

会議結論に早い段階で気付き、待ってる間に退屈して眠気に襲われる

・それが嫌なので議論が進むよう口を挟んで顰蹙を買う

・朝起きられず、夜眠れない、という症状が常人10倍ほど酷い

コンプレックスというか、非常に辛い

ライフハック的な手法を駆使して解消してはいるが

小手先の道具に頼ってると言われりゃそうだし

本質的に自堕落存在だと言われれば首を垂れるしかない

だが一応、最低限の自己肯定感はある

死ぬ気でやってきて、使い物になるスキルをいくつか身に着けたからだ

だが、根本的には劣った存在であることは間違いないと思う

これはコンプレックスの克服になってんのかね

ならんよな、一生向き合い続けるしかないよな

2018-06-13

殺人事件被害者に対するマスコミ報道現実

・遺族が悲痛なコメントと併せて報道自粛を呼びかけても、「報道自粛」の部分だけ切り取ったコメント掲載

無関係市民(主に地元同級生等)の氏名や住所を本人の同意も無しに聞き出して張り込み

・やはり同級生から卒業アルバム写真を入手し、遺族の意思関係なく公開

かに国民には知る権利がある。

しかし一方で、遺族や被害者事件について知られたくないと感じる際は、その「知られない権利」も保証されるべきだと思う。

特に上記でも挙げた、無関係市民の氏名や住所といった個人情報同意も得ずに聞き出す行為は、ストリートビューSNS等でいくらでも周辺情報が得られる昨今、記者身分を偽った悪質な人間による犯罪行為を誘発する危険すらある。

日本政府国民の「知られない権利」を明確にし、殺人以外であっても、刑事事件被害者・遺族にはまずその権利行使するかどうかの選択肢を与えるべきだ。

そして、刑事事件被害者が死亡や意識不明など、何らかの理由自己決定能力を失っている場合には、その権利親族に引き継がせる。

その上で報道希望するメディアに対しては、全て裁判所を経由して、被害者本人・遺族に許可を取る仕組みにするべきだよ。

個人情報に対する意識がこれだけ変わってきている世の中なのに、マスコミ姿勢昭和それから本質的には何ら変化がない。

定義」を絶対視するラノベオタク陳腐科学主義に染まっている

 アフィカスがまとめたくだらないまとめをまた読んでしまった http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1236466

 ラノベオタクはすぐにラノベの「定義」がどうのと言うけど、このことこそ彼らがいかに無教養かということを示している。「定義」を絶対視し厳密に議論しようという科学的態度の自分たちこそ教養ある人間だと思っているかもしれないが、実はそれは単なる盲目的な科学主義にすぎず、文学(もちろんラノベも含まれる)という現場とは相性が良くない。いかにも中途半端理系が多そうな発言ではある。

 本来言葉定義というもの存在しない。辞書に書かれてあるのは編纂者が勝手にまとめたものにすぎない。彼らは神ではない。権威ある辞書存在しない時代にも言葉はすでに存在したなんてことは誰にとっても明らかだろう。

 言葉というのは使い方によって意味が決まってくる。言語使用こそがすべてである辞書に書かれた定義という閉鎖的な意味だけを持つのではなく、言葉というのはもっと開放的自由ものだ。もっといえば創造的なものだ。それこそが詩というものであるわけだし。極端なことを言えば、同じ言葉でも発されるたびにすべて意味的にも差異がある。本質的言葉というのはいつもアドホック意味を持っている。辞書定義のもので厳密に語られるということは実はそれほど多くない。

 文脈を共有し言葉アドホック意味を込める、そしてその意味を共有しあう、そういうのが人間同士のコミュニケーションだ。定義通りにやり取りするのはAに対してはBという動作で確実に反応するようにプログラムされたロボットだろう。ラノベオタクはこういうロボット的なコミュニケーションこそ科学的で崇高で尊敬されるべきだと考えているのかもしれない。しか現実はそうではない。むしろ逆だ。冗談を言い合うとき無意識のうちに通常の辞書言語使用とはずれた使い方をするし、そういうずれをお互いがすぐに理解して笑いあう。そんなことは日常生活に当たり前に存在する。「定義」がどうのと言っているのはそれこそ文字通りにしか文章を読めない人たちであり、彼らはたしか科学者ではあろうが、文学者ではない。ラノベオタクにはそういう科学者的態度の人が多いというのが不思議だ。彼らは文学愛好家ではないのか。

 件のまとめも、定義がどうのと言わず意図を読み取ろうとすれば読み取れるわけで、またつまらない揚げ足をとって、他者発言理解しようとしていないではないかラノベオタクというのは基本的他者に対する興味が乏しい。世間の人々は平凡な言葉アドホック意味を込めて使うが、ラノベオタクはそういった辞書定義から外れた言語使用嘲笑して、そんなものは厳密な言語ではないからと認めようとしない。これは他者理解しようという意志がないということを意味する。要するにラノベオタクにとって世界他者存在せず、自分しかいない。だから自分攻撃性には無自覚で、簡単に人を傷つけ、ひどい差別語で罵るようなことを毎日やっている。

 ラノベオタクはたくさん読書をしているのに、想像力貧困で、人文科学蔑視し、科学主義に凝り固まっている堅物でしかない。そして彼らは自分たちこそ真に教養ある知識人だと思っていて、自分たちのやり方以外のもの自分たち思考様式を外れたもの非科学的で嘲笑すべきと思っている。これによって出来上がるのは他者に対して不寛容な厄介なおっさんなのである

2018-06-12

anond:20180612235414

いきなり拒絶するのは本質的には誤りであり、悪気がないのならなおさら分析と説得からするべきである


…が、子供にその対応を求めるのは酷である

誰も間違ってはいないと思うよ

Windows8でなくしたスタートメニュー10で復活したけど失敗だよな

スタートメニューの小さいエリアごにょごにょするより、アプリ選択画面が画面いっぱいに広まったほうが分かりやすいのは明らか。

メニューが画面いっぱいに広まるようになっただけで本質的にはなんら変わってないのに、わからないって文句言って元にもどさせた連中の頭の固さに絶望するしかない。

anond:20180612115524

宇宙人って科学が発達した結果、全ての生命体の意識統合し、1つの巨大な思念体になってるんですよ。

なので、本質的には一人の個体としてみるべきなんですが、人間のその価値観理解するのは難しいので、

我々はという言い方を便宜的に行っているだけなのです。

2018-06-11

コナン映画感想

良かった点

テンポが良かったから見てて飽きない。

気になった点

パスワード6桁なら全通り試せば良くないか

毛利小五郎をわざと逮捕した理由は分かったが、そこはコナンは怒らないとだめでは?

動機は分かったが、おっちゃんの人権無視するなよ!」って言って欲しかった。

彼らくらいレベルが高いと、本質的には人を駒としか見てないのかな。

あれだけ好きだったVtuberに冷めてしまった

元々、ただのオタクリーマンだった自分が4月頃にツイッターを眺めてたらキズナアイ動画が流れてきて

そこからVtuber存在を知った。最初は、今でいう大手キズナアイミライアカリ)の動画だけ見ていたが

に〇さんじのVtuberを知り、恥ずかしい話ドハマりしてしまった。可愛いキャラ可愛い声で自分の好きなゲームアニメの話をしてる。ハマるにはこれで十分だった

このサイト見てる人間に若年層は居ないと思いながら敢えて書くけど、自分所謂「ちょwwおまww」(この表現も古いかな)

みたいな人間とは相容れないと思っていたが、コメントしそれにVtuberが返事をくれるのは嬉しいものだった。

そこからはそのVtuberツイッターフォローして、配信がある日は上司に早上がりを願って配信の前にはPCに立つ自分がいた。それだけ興味を惹いていたコンテンツだった。

でも、ある日の配信Vtuberが「〇〇さんって絵描きの方が~」とか、みたいな事を自慢気に話していた。何気なく見ていたが、

心の底で「羨ましいな、自分も絵が描けたら~」くらいの感情が浮かんでいた。でまたふとある日に、Vtuber絵描きと仲良くリプライ飛ばしあってるのを見て

自分の中の黒い感情がハッキリと浮かんでしまった。「絵が描ける奴が羨ましい」これだ。色々オブラートな書き方も考えられたが、多分これが一番伝わりやすいだろう。

そもそも何も生み出さな有象無象の中であるファンの一人を認識しろなんて事は言わないが、やっぱりファンの中で一部の人間とだけ関わってるのを見るとどうしても嫉妬してしまった。

こんな事で嫉妬する自分が情けないと思いながらも、嫉妬心という物はどうしても湧いて出てくる物で辛かった。

じゃあお前も絵を描けばいいじゃんという話だが、自慢じゃないが自分ピカチュウを描いて10人に見せて3人がピカチュウ認識出来るレベル画力なので、ファンアートなんて投稿しようものなら

Vtuberコメントに困りながら「独創的ですね」みたいな気まずい返事をされる事だろうと思い、描けなかった。

その感情が生まれからは、そのVtuberリツイート也でファンアートの紹介やリプライ絵描きと慣れ合うのを見て、辛くなりツイッターフォローも外して見なくなってしまった。

それ以来、Vtuber動画はあまり見てない。こんな日記書いてる時点で未練タラタラだが、辛くなるのが分かってるので見なくなってしまった。

距離感の近いのがVtuberの人を惹き付ける所でもあり、また離れる原因にもなるのだろうか?それともこの感情を持ったのは自分だけなのだろうか。それが知りたくて日記を書いた。

勘違いされたくないので最後に書いておくが、絵描きとだけリプライ飛ばしあうのも、Vtuberの「自身知名度を上げる」という本来目的の一つだろうし何も悪い事はしていないと思う。寧ろ正解である

Vtuberを嫌いになったのではなく、自分が辛くなるから自分から距離を置いただけの話だ。

補足

思いの外反応を貰ったので驚愕している。黙って絵を描く努力しろという意見や、他の創作物で、無産の嫉妬etc等の言及は正直最初から来るだろうなと思っていたし、

それに返す言葉も無い。ごもっとも。

が、「Vtuberになればいい」等の意見が点々あるのを見て驚いた(現実性は兎も角として)。全く自分の中にその考えが無かったし、これもまた的を得ている言及だと思った。

広大な海に手紙を投げてみるものだ。

最後に、自分は"まだ"誰も嫌っていないという事だけ伝えさせて欲しい。強いて言及するならこんな情けない記事を書いている自分くらいのもの

こんな記事書いておいてなんだが、自分絵描きだったらVtuberリプライ飛ばし合ってるだろうと考えるし、そもそも好きなキャラクターの絵を描いている人間を嫌う訳が無い。

彼等はコンテンツの拡大という点において凄まじい貢献をしている。嫉妬憎悪はかなり近い存在だが、本質的には別物と考えている。

(最も、嫉妬から憎悪に変わるのは容易な事なので、冒頭に"まだ"と記述した)

色んな言及を見て、少なくとも負の方向には自分気持ちは向かなかった。感謝の意を伝えたい。

沸点の低い自分に疲れる

あるプロジェクトの進め方について会社上司に指摘されたんだけど,

その指摘は論理も通ってるし,感情的文体でもない.

ただ,本質的でない重箱の隅をつつくような指摘が気に入らなくて,退社して喫茶店でこの文章を書きながらでもイライラが止まらない.

別にその上司が嫌いなわけではないし,客観的に見ればイライラするようなことではない.

なのに,なぜわたしはこんなにもイライラしているのか自分でもわからない.

沸点が低い自分に疲れてきた...

怒りを昇華して何かに打ち込めるといいんだけどね.

2018-06-09

子は親を選べない

目黒の件の本質的な原因はここにある

anond:20180609183242

リンク先の概要増田による解釈込み)

ナショナリズム同胞意識)は以下の3つが混在したもの

民衆ナショナリズム自分生活運命自分で決めたい、自己決定欲求に基盤)

公定ナショナリズム(↑から「お前は我々かそうでないのか」と問われたトップによる民衆への回答)

情報ナショナリズム「我々」はどこまで我々になり得るか、状況を共にしうるかの共有イメージ

この3つのナショナリズム」は国家State)にとって都合のいいものばかりではない。特に民衆ナショナリズムは時に国家破壊しかねない。

なのでそれを制御する必要があり、公定ナショナリズムによって国体民衆の間で握手が試みられる。

日の丸君が代だのは、その我々感覚をお互いに持っていることを確認する便利な道具として公定ナショナリズムが用意したもの

インドネシアでは異なる言葉を話し異なる宗教を信じる人々が「同じインドネシア人」になるために、どの集団言葉でも無い言語新造したように

日本のように伝統から調達されることもあれば、逆に自分たちの伝統から離れたシンボルを新しく作って「我々」になることもある。

「われわれ」という感覚を「お互いに想像できること」が大切で、事実である必要は必ずしも無い。

ナショナリズム本質的矛盾だらけのパッチワークだが、矛盾だらけだからこそ成り立っていて、ご都合次第で中身やメンバーを変化させうる。

そういうご都合主義の我々意識がないと、アフリカ部族間の絶滅紛争のような隣人同士の殺し合いを防げない。

日本最初に公定ナショナリズム(我々の定義)に踏み込んだのは天武天皇

コモンズ問題

anond:20180609114041

それはコモンズ問題社会を維持するためには様々な物が必要で、そのひとつコモンズ社会参加者の行動規範もあたえるし、法や制度にまで落とし込まれていない福祉とか地域社会の維持とかもコモンズに寄りかかっている。「みんなが当然だと思ってるから機能している無形のインフラ」はおおよそコモンズ

もちろん町内会PTAのように徐々に時代とそぐわなくなる慣習やコモンズもあるんだけど、公園きれいなのも、人気のラーメン屋行列ができるのも、コモンズのおかげ。

これがあるからみんなが快適に暮らせているわけなんだけど、これって参加者がそれぞれに行動自制や労力を持ち寄ってるから維持されてるわけ。コモンズによって生きていられるのだから、その維持には全員参加で貢献しなければならない。

日本比較的恵まれてて豊かな先進国なのだけど、その居心地の良さはコモンズが強力であることが背景にある。悪い方面で評すれば同調圧力だけど、良い方向に評すれば謙虚几帳面生活文化があるから。金払ったんだから俺らはお客様だぞー! なんてサッカースタジアムうんこゲロ撒き散らかしたりはしない。

んでまあ、コモンズは前出したように「みんなが心地よく過ごせるという利益を得ているんだから、みんなも維持に貢献しましょうね」って理屈で動いてるんだけど、それを、子どもに言い含めるように理屈抜きで感情駆動にした表現が「日本は良い国、愛そうぜ」ってものだ。

から本質的には愛情必要ない。愛情なくただコモンズの維持に貢献すればいい。でもそれって普通人間精神には難しい。参加コミュへ「参加している意識」が必要で、必要ならば愛着心とか向上心とかあったほうがずっと楽で、多くの場合まっとうだ。愛国心はそこまで必要じゃないけれど、社会貢献は必要だ。

「法に反しない範囲であるのならば暗黙の前提や協定であるコモンズなんて破ってもOKだ」という人間がいるけれど、じゃあ、彼らはコモンズから利益を得ていないかというと、得ている。秩序ある社会利益万民にとって有益から。なので、そういうことを言う人は「社会維持観点でのフリーライダー」だとみなされる。

近年、経済的に厳しさを増す中で、ベンチャー企業オーナー発言などが合理主義に偏りすぎて、この種の「コモンズに対する搾取」方向になったりして炎上する(法的には無罪なんだから何言っても/何やっても良いだろう系)。また移民が増えれば、彼らは日本旧来のコモンズ維持の習慣なんかは学習していないわけだから、当然日本コモンズへ貢献しない(でも清潔や安全や信頼ベースの商習慣などの利益は得る)。そういう光景日常化して、世間でも、コモンズの維持に敏感になってきているように思える。日本的に言うと「これだから他所者は信用できない」だ。

愛国心を求めるような言説はその文脈に従って理解されるべきだと思う。要するに大事なのは地域社会の心地よさなんだから、そこに参加して貢献すればそれでいいだけだ。

2018/06/10 13:44 追記

なんかブコメいっぱいつけてもらったんで、補足を追記。上記生地は裏返しても成立する。つまり「国を愛する精神を声高に叫んでも、地域社会の維持に貢献しなければコモンズ的にはタダ乗り」。素人Web論壇みたいなのが花盛りで、そういう「愛国心だけをさけぶひと」が可視化されちゃったのも不幸なことだと思う。公共の場所はきれいに使う、列の割り込みはしない、軽挙妄動せず災害に備えて準備する、子どもがかけだしたら安全に注意する。別に大した話じゃないのに愛国なんとかで締め付けるのは窮屈。良い文化は捨てる必要ないよ。

anond:20180608113647

あれほどネトウヨバカの『地震の際に○○人が毒を流した!』とかのデマフェイクニュースにはそれにあっさり引っかかるバカも含めてブチギレてた正義はてな民が、このデマにキレないのが不思議でならない。

けど、大抵そういう人達ってこういうときは、「日本人は『地震の際に○○人が毒を流した)』言ってたけどな」みたいに言って、日本のことだけ見ろと言ってなぜか両方叩くということをしない、本質的にはネトウヨと同じ日本大好きっ子だしそんなもんか。

2018-06-08

まじで教育もうちょっとどうにかならないのかね

大人になってから半年か1年かで音楽についての知見が広がった

音楽歴史からから、心地良い音楽楽しい音楽は何が良いのかなど

ええ年のおっさんが、今さら色々な音楽を漁りまくってる

これは音楽に限ったことじゃなくて、他の分野でも同じ

本質的なことを伝えてくれる機会が、もう少しあればなぁ

知りたいと思って聞いたこともたくさんあった

でも聞けたのは通り一遍道徳観だけで、それ以上のことは聞けなかったな

育ちの悪い俺には、知らないことが多すぎたよ

まあ、しょーがないけどね

anond:20180608100444

大人の発達障害」なんて言葉にも表れている通り、本質的(というか規定されている)発達障害って「成長途中にある子供の為の概念」であって、

大人の発達障害ってのは<発達障害を抱えたことで、現在生活に困難を伴っている人>であって「発達障害があったかどうかで発達障害だとは判断しない」スタンスなんだよね…

なんで、殆どの人は「過去発達障害ではあったがなんとか克服している」の筈なのにアスペやらなんやらが弱者バリアとして使える状態になってる。

これ、かなり歪んでいる状態であるはずなのでなんらかの是正はせんとあかんやろなあってのはそうだろうな。

もうちょい定義自己申告にしないで定量的にすればええんちゃうと思うんやけどなあ。

日本」の

「幼い子供」が

虐待」されて

「死亡」

さて一番重要なのはどれでしょう

恐らく「日本」です

自爆テロ外人の子供が死んでも誰も何も言いません

身近さが悲劇には重要なんだとわかります

ロミジュリとか面白くないですし

追記:

いや変わんねえよ?本質的他人の死を慈しむのは共感しかいか

誰が死のうと泣けるのは自分脳みそがそう感じる=共感しかないよ

創作死ぬのと実際に人が死ぬのは何も変わらない

海外の子供が死んで泣けるやつがいないのはその状況そのもの情報が少なくて泣くことが出来ないからだ

虐待児童に対して想像がしやすい分泣けるだけ

創作で泣いてるのと大差ないと思うよー

そしてこんなことを書くと冷たい人ねって思われそうだけど

追記(2018/6/21)

これは俺の書いたものではないよー

https://anond.hatelabo.jp/20180620193354

大阪地震については盗撮防止目的で設置したもの地震対策の不備のせいで死亡したという

正義遂行して満足気にしていた学校関係者顔面蒼白になったであろうと想像すると本当に愉快で仕方ない

いや子供が死んで運悪かったなあと思うよ?可哀そうとは思わない

しろ地震なんてどこで起こるかわからないし壁際に歩くのはやめようと思うばかりだ

2018-06-07

ネトウヨと反ネトウヨ本質的に一緒

かに悪のレッテルを貼って、それを打ち倒す自分たちこそが正義だと言い張るだけの行為

自分が正しい人間であるのを自分普段の行動によって示すのではなく、特定の悪への攻撃によって証明しようとする薄汚い活動

毎日1パックダイエット食品食ってるから俺の食生活完璧だぜと言い張ってる生活習慣病患者みたいなもん。

さなからコツコツ積み上げるのを面倒臭がって、デカイ山で一発当てようというズボラさが常に悪い結果を生むとは言わんが、それじゃ通らんシチュエーションも無数にあることから目を逸らしては駄目。

ヘイトはどう頑張っても正義にはならんよ。

2018-06-06

ネトウヨリベラルを見習うべき

ネトウヨがやることなんてちょっとデモするか

ネット嫌がらせメールするくらい

リベラル現実でもがっつり嫌がらせして営業妨害したり脅しをかけたり

個人情報特定して威圧したり言論を封じることに積極的

ネトウヨももっと勇気を出してリベラル排除しないと自分たちが何も言えなくなるぞ

自由を守るために闘わなければ自由を守ることはできない

なぜなら本質的自由なんてもの存在しないからだ

自由とは”力”によって相手ねじ伏せた結果ついてくる状態を言い換えたものにすぎない

ナチス最高!と言う自由が許されないように、人間判断が伴うし

判断をするのは力をもった人間たちなのだ

もっと本気になれ

戦え

それができないならネトウヨなんてやめちまえ

どうせ排除されてつらい思いするだけだぞ

これから二極の対立が激化していけば乱闘も起きるだろう

俺はその血みどろの喧嘩を見ながら自分平和を噛みしめたい

彼岸火事けが平和のありがたみを実感させてくれる

争え

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