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はてなキーワード: 車椅子とは

2017-11-12

[]2017/11/10

山田孝之が、競技用の三輪車車椅子に乗って、富士山に登ってるのを見てる夢

山田孝之すげーなーって思ってみてた

山は、ただでさえ傾斜きついのに、全部階段になってて、車椅子でのぼるとガックンガックンなってた

2017-11-07

「日帰り入浴 女性 拒否

などで検索しているが、1件も見つからない。

この時代、そういうのがあれば出てきそうなものだが。

子供拒否されたとか、息子の女湯を拒否されたとか、車椅子拒否されたとかは出てくる。

女性から拒否みたいなのはないなぁ。

2017-11-04

車椅子婚活して成功した、って人がいたら話が聞きたい

聞きたい

2017-10-20

旦那が不治の病に罹った

あと何年かしたら車椅子、更に何年かしたら寝たきりになるらしい。

まだ全然元気だし、本人は(外見上は)普通に振舞っているけれど、私はショックで泣いてしまった。

泣きたいのは本人の方だろうに、ほんとごめん…

でも先のことを考えたら不安しかなくて、動悸が収まらない。

代わりに私が罹ればよかったのに、と思わず口に出てしまった。

そうしたら「そんなの俺が嫌だよ。」と返された。

そうだよな…そんなこと言われても困るよな。

残された時間がどれだけなのか分からないけど、とにかくなるべく楽しく過ごして欲しい。

少しでも元気で過ごせる時間が延びますように。

2017-10-12

[]10月11日

○朝食:なし

○昼食:助六寿司

○夕食:ご飯、納豆(二つ)、生卵減塩野菜たっぷり味噌汁フリーズドライ)、大根水菜サラダ水菜って野菜の中で一番美味しいな、大根は二番目に美味しいから、このサラダはよく食べよう)

○間食:アーモンドカルピス

調子

はややー。

仕事適当にそれなりにこなした。

来週の木曜日から東京に一週間出張なので、体調を崩さないように頑張るぞいや。

360

デッドライジング2

6月だか7月だかでプレイを中断していたのを、昨日の次にプレイするゲームアンケートでなんと最も票を獲得したので、プレイを再開しました。

ゾンビがアホみたいにウヨウヨしているフィールドで様々なアイテムを使って自由ゾンビを殺しまくる系ゲーム

1と、2の前日談になるCASE:0から続けてのプレイ

(ちなみに、2の後日談CASE:WEST、続編の3、続編の4とあと三本も積んでいる)

さすがにストーリーの筋を忘れているので、最初からプレイ

1とCASE:0のあらすじは自分日記を読み返すことで把握した。(2017年6月あたり)

ストーリーは、CASE:0のあとフォーチュンシティーでゾンビ虐殺ショーに参加して日銭を稼いでいたチャック。

しかし、そのゾンビ虐殺ショーのためのゾンビが何者かにより暴走し始め、恒例のゾンビ山盛りフィールドに閉じ込められてしまう。

そして、国のなんか警察だか軍隊だかの人と避難するも、なぜかチャックがゾンビ解放した映像テレビで流されてんやわんやしだす。

キャスターレベッカさんをセーフハウスに連れてくるところまで、ストーリーは進めた。

デッドライジング1のときも思ったけど、シナリオを進めたい気持ちと、レベルを上げたい気持ちがうまく合致しないから、まずはレベル上げを頑張ろうかなあ、と思った。

というわけで、救助者を助けたり、サイコパスと戦ったり、バケツに電動ドリルコンボアイテムや、車椅子バッテリーコンボアイテムなどで、経験値を稼いで、レベル12まで上げた。

レベル12かあ、最大が50なので、まだまだまだまだまだまだだなあ、スムーズストーリーだけを追うには、もっともっともっと欲しいよね。

この辺は効率のいいやり方をググるかいなか悩ましいところだなあ。

2017-10-10

anond:20171010192724

そうすると言い方は悪いかもしれないけど、女性ある意味障害者みたいに扱うべき、ということになるよね。

車椅子の人を鉄道会社乗務員が手助けするように、女性にも一定配慮必要だってことになる。(鉄道会社車椅子の人の乗り降りを手伝ってるのは良いことだと思ってるよ)

しかに、自らの属性によって損してる人たちを同じ場所まで引っ張り上げるべき、という意味では同じだと思う。

男女平等!って人は男女の違い(差)を認めたがらないように感じてたんだけど違うのかな。

男女平等!」って言う人にもいろいろいて、その中でも実質的な男女の違いを認めたがらない人もいる。でもそれは間違っている。事実、そうではないから。

男と女は違う、的な発言不用意にする人は徹底的に叩かれてるイメージ


不用意だからではないか

「女より男のほうが平均知能が高い、だから男のほうがエラい」みたいな短絡思考になるひとがめちゃくちゃ多いから、それが事実だとしてもそういうアレな方向に傾かないような慎重に言葉を選べ、ということだと思う。

単純化すると、

差別してしまとき、人は理念上の格差と実質上の格差混同している。

男は強い(実質上の格差)、強いものエラい、男は女よりエラい理念上の格差)、というように。

そしてまた、

差別に対抗しようというとき、人は理念上の平等と実質上の平等混同する。

男女は平等だ(理念上の平等)、平等から男と女は変わらない、男も女も強さはおんなじだ(実質上の平等)、というように。

理性的に考えればどちらも間違っていて「実質的に生まれ持った格差がある」ということと「理念上は平等でなければならない」は両立するはずなんだけど、うっかりするとどっちかに傾いちゃう

anond:20171010170830

そうすると言い方は悪いかもしれないけど、女性ある意味障害者みたいに扱うべき、ということになるよね。車椅子の人を鉄道会社乗務員が手助けするように、女性にも一定配慮必要だってことになる。(鉄道会社車椅子の人の乗り降りを手伝ってるのは良いことだと思ってるよ)

男女平等!って人は男女の違い(差)を認めたがらないように感じてたんだけど違うのかな。男と女は違う、的な発言不用意にする人は徹底的に叩かれてるイメージ

2017-10-09

anond:20171009225114

介護士たかだか20mも逃げる努力もせずに即効で見捨てて逃げたんだろ。

せめて10秒くらいどうにかしようと努力してたら結果が違ってただろ。

ビビりはハチ一匹飛んでるくらいで大袈裟に騒いでパニくるから、そんな感じでハチを見た時点で車椅子を投げ出して逃げたんだろ。

見なくてもわかるわ。

老人がスズメバチに150箇所刺されて死んだ事件

某所で「介護士はなんで見捨てて逃げてるんだよ。ハチくらいでビビんなよ。車椅子押してダッシュで逃げればいいだろ」とか感想を述べたら、俺のほうが馬鹿みたいに言われたけど、今日テレビを見てたら巣から20mも離れたら追ってこないって言ってたわ。

何箇所かくらい刺されても死にはしないから、行けよって感じだわ。

2,30mくらいなら、車椅子押してても10秒で離脱できただろ。

家にゴキブリがでてるんじゃなくて、命がかかってんだからいい大人が虫ごときビビりすぎだろ。

車椅子ユーザーで、婚活中なんだが

今日婚活パーティーで、何も伝えてないのに最初から席の椅子が外してあった。

多分スタッフの間で有名人になってる。

つらい。

2017-10-06

車椅子の人がスズメバチに刺されたニュース

馬鹿にしたようなツイートが多くて悲しくなった

2017-10-03

泣ける話じゃないけど、5,6年前のことです。

会社から帰る途中の電車に、車椅子男の子が1人で乗ってきた。

車内は割りと混んでいたので、「ちゃんと降りられるかな?」とは思ったけど、

そのまま読書を続けてました。

電車が終着駅に着きました。

ホーム電車の間に、結構大きな段差があったので、危ないなと思ったけど、

嫌がられるかも知れないので、手伝うことはせず、車椅子の後ろに立つだけにした。

周りでは、中年サラリーマンOLが数人とメール打ってる茶髪のにーちゃんが居ましたが、

全員興味なさそうに、そっぽを向いています

ちょっと苦労していましたが、車椅子男の子ホームに降りようとした時、

車椅子が大きく傾きました。

すぐに手が出せるように、あらかじめ後ろに居た私は、支えようとして車椅子に飛びつきました。

その時、

周りに居た人全員が、一斉に車椅子に飛びつきました。

男の子もびっくりしていたけど、私は中年のおじさんと頭をぶつけるし、

OLさんはブランド物のバッグ踏まれてるし、

茶髪のにーちゃんは携帯落っことしてるし…

知らん顔してて、皆同じこと考えてたんだと思う。

男の子ホームに降りた後、みんなちょっと照れくさそうにして、無言で改札口に向かいました。

-

増田警察

2017-09-24

今まで生きてきた中で一番の悪夢を見た

きつかった…

悪夢といってもバケモノに追いかけられるとか、高い崖から落ちるとか、乗ってたエレベーターの底が抜けて落ち続ける夢とかではない。

私の身から出た錆と不安と心の闇を凝縮した夢だった。

私は勉強が出来ない。これは私一番の…悩みであり弱みであり、身から出た錆だ。

中学受験志望校へまぐれで受かり、落ちこぼれて今の高校に通い二年生になった今に至るまで、大小様々な悩みはあれどこれまで自分を苦しめているものはないだろう。

なぜ身から出た錆なのかは単純に、勉強が出来ない事に悩みつつもそれを解決しようと勉強してないかである勉強をしていないならまだしも、長期休み宿題課題を出さない。これがいけない。

かつ、私は親を裏切り続けている。何度今度こそは頑張って成績を上げて提出物を出すと言っただろうか、何度欠点電話に怯える母を、面談の度に恥ずかしい思いをさせてしまっただろうか。ちなみにこれらは現在進行形で続いている。それを何とかしようと真剣に思うぐらいには恐ろしい夢だった。まあこう思う事は初めてではなく、20回目ぐらいだったりするのだが。

そろそろ夢の内容へ移ろうと思う。

通っていた中学校高校が混ざった校舎の廊下に私は立っていた。対面にいる担任から今学期の成績表を渡される。読まずとも壊滅的な内容だと私は知っていた。特に英語の成績が。担任は母を呼んであると言う。もうこの成績は伝えてあるらしい。

私はふらふらと教室へ戻った。母がいた。実際に最後に見た服装と1年の面談に来て来た服が混ざっていた。まあどちらも似たような格好だったが。彼女は黒に白いレースの縁取りがついた日傘を持ち、赤い口紅差していて、シックな印象を与えた。この格好をした母と歩くのが好きだった事を思い出した。

母は私を責めた。彼女は怒っていて、呆れていて、悲しんでいた。私は辛くて、自席の机へ目をそらした。小学生の時使っていたうさぎの手提げ(これは母が祖母ふたり、母娘水入らずの旅行先でお土産で買ってくれたものだった)と、それに入った手紙が見えた。

手紙といっても置き書きのようなもので、A4サイズの裏紙に青いサインペンで書かれていた。母のそばを離れて手紙を取るわけにもいかず、手提げから半分程度はみ出した部分しか読めなかった。すぐ会えるとは思っておらず、手紙に気づいてもらえるようわざとそうしたのだろう。

手紙には「ママちゃんは悲しんでいますときれいな字で、というか思い返せば私の字で書かれてあった。母の字は丸っこく、独特なのだが、私は習字に通わせてもらっていたのである程度綺麗な字をしている。

ママちゃん、というのは彼女が私とふたりきりで楽しく話している時にふざけて使う愛称だった。普段怒った母はもっと威圧的で、口汚い言葉を使った手紙を書いていた。

私はここで

ああ、何ということをしてしまったのだろう、と思った。

気づけば母は成績表の入ったファイルを私に押しつけ、廊下を歩き出していた。階段を降りゆくところで私は慌てて追いつき、どこへ行くのかと訪ねた。彼女履歴書を書きに行く、と言った。私は冗談じゃないと思い、持っていたファイルを踊り場に叩きつけた。中に入っていたプリントが舞い散った。母はどこかへ行ってしまっていた。

私がプリントを集めていると、どこからともなく8歳ぐらいの男の子女の子が寄ってきて、プリントを拾うのを手伝ってくれた。男の子が私の成績表を見て、お姉ちゃんなのに成績わるーい、と言うので 私はうーん、お姉ちゃん認知症になってるからかも知らんなあ、若年アルツハイマーやわ、と笑って返した。そうすると女の子は じゃああそこにおらなあかんちゃうん、と指さした。

その先にはステージがあり、私と変わらない年格好の車椅子に乗った人や移動式のベッドに寝たきりの人と共に講演をする大人がいた。私はなんだかぞっとして、あははせやな〜とかなんとか言った。

プリントが集まり終わり、最後に成績表を入れるだけになった。そこで初めて成績表を見た。惨憺此処に極めり、といった内容だったが一番は英語だった。1だった。ここでそういえば私、留学したいんだったと思い出した。こんな成績じゃ無理だとも。担任からの欄には、ずいぶんとかっこいいですね、と書いてあった。彼がよく言う皮肉だった。

私はファイルを持って立ち上がり、母を追いかけるべく走り出した。半分泣いていた。私は就職希望なんだからもう成績で取り返しがつかないとか、留学たかったなとか、母に申し訳ないなとかなんとか思いながら。中学校高校廊下を走り抜け、職員室の中を突っ切った時に母の背中が見えた。もう少しで追いつく、という時に目が覚めた。

いつもの布団じゃないので混乱した。が、よく思い出せばここはホームステイ先の自室のベッドの上だった。

現実の私は、このままの成績では留学することは出来ないと言われ、学年順位をどうにかこうにか100番上げてニュージーランドへ来たのだった。

怖い夢だった。もう二度と見たくない。その為にも勉強し始めようかな。

さな頃丘を登ったことがある。丘と言っても公園にある3mほどの段差のような存在だ。

手で草を掴み、脚で懸命に地面を捉え、よじ登る。

世界が変わった。

せいぜい130cm程しかない身長では知り得なかった光景が視界に広がっていったのだ。

それからというもの冷静な大人では進まないような草木生い茂る道だろうと、高い場所なら登り続けた。

知らない世界を見るたびに心躍り、世界を好きになっていった。

大きくなり山を登り始めた。

たことのない花や透き通った渓流は美しい。険しい道すら日常から乖離を感じさせ楽しくあった。

何より山頂にたどり着いた時の光景、あれだけは何にも代えがたい。人生の拠り所とすら言える存在だ。

事故にあった。

なんてことはない自損事故だ。

原付なのにスピードを出していて、飛び出してきた猫に気を取られて、ハンドル操作を誤って、地面を滑るように転げていった。ただそれだけ。

ただそれだけなのに脊髄をひどく傷つけてしまったらしい。

下半身不随となり車椅子での生活を余儀なくされた。

世界がくすんでいった。

座って見る世界は閉塞感がひどく、山頂のような自由を感じさせる光景とは程遠い。

ただぼんやりと過ごす時間が増えた。

大学に行くこともなくなった。

ただぼうっと自宅の窓から外を眺めるだけ。

残念ながらこの話に救いはない。

ただ山登りを愛していた青年は脚が動かなくなり、引きこもりになった。それだけ。

これから先ツラい現実と戦うかどうか、今はその一点のみを考えてる。

どうせ生きていても面白くはないだろう、けど死ぬのは怖い。

ぐるぐる思考が巡ってしょうがないので現状をまとめる意味を込めて書いた。

今年中には考えをまとめたい。

2017-09-22

あれってジェネリクスの話じゃなくて福祉の話だよなぁ

自分医者ではないし、そうであっても診察もしていないのに診断を下すことはできないけども、golangのあれ、本人は本気で不快にさせるつもりはないというのだから、害意が本当にないならもうあれだよね。健常者が読んだら不快にさせてしま文書を書けるということで、まあ、あれ。

ダイバーシティ云々するなら、健常者はそれをくみ取って接しなければならないよ。大変かもしれないけど。繰り返しだけど、これは福祉の話だ。Scala使っとけ、で終わらせてしまったら、車椅子ユーザは家から出るなっていうのと同じになってしま・・・

2017-09-10

同僚の息子さんが亡くなった

昨日、飲みの席で唐突に言われた。

実は4月に息子が死んだんだってと。享年7歳。

全然知らなかったので、びっくりしてお悔やみをいったら。

まぁ、ほとんど病院にいたしね、、、と教えてくれた。

なんでも珍しい生まれつきの障害児で、脳の発達はなく、

喋ることはおろか、感情もよくわからないような状態だったそうだ。

それでも、植物状態ということではなく、車椅子生活をして、

病院スタッフサポートしていたとのこと。

その代わり症例報告として学会で発表されたりそんなことはあったそうだ。

ある日、朝になったら病床で冷たくなっていたそうだ。

医療事故かもしれないが、そこは追求しないことにしたそうだ。

しろ、いままで面倒みていただいて感謝していると。

その同僚にこの秋、弟と妹(双子)が生まれるそうだ。

楽しみだなーと言ったところ、奥さんが急性白血病(の一種)になり、

喜んでる場合じゃないとのこと。ほぼ助からないと言っていた。

ココまで聞かされたら俺にできることは何かあるんだろうか。

ものすごくもやもやとして帰宅した。

2017-09-05

anond:20170905172452

手漕ぎの車椅子はともかく、シニアカー歩行者って言われると違和感あるな

(電動の)歩行補助車は車いす同様に歩行者とみなされてるんだから仕方がない

道交法文句言えw

2017-09-03

初めての衝撃体験全身麻酔ポリープ除去手術した話

◼️ポリープあるってよ◼️

健康診断婦人系項目でいつからか必ずといっていいほど、ひっかかるようになり、早数年。

自宅に届く健康診断結果に、さらりと書いてある「E判定 要精密検査」に最初ビビっていたものの、ここのところはすっかりあーはいはい、またね、といった具合に慣れてしまった。

ぶっちゃけ、あの流れ作業的な中で行われる健康診断検査項目は、数値で計れるもの(体重血液、○○値みたいなもの)以外は、人によって見方が違うから専門医でない限りアテにならないと聞いたことがある。

確かに、Aという項目でひっかかって再検査してるのに、いやBの方が問題ですよ、といわれることもしばしば。

そんなこんなで、今回も右卵巣がなんやらで判定が出てしまったので、不妊治療でゆるく通っているかかりつけ医に診てもらうことに。

そしたら、まさか健康診断結果とは違う左の方が腫れてると言われるし、左腫れてるけど基準値内、周期のホルモンバランスの影響でしょう、と。。

そして、むしろ子宮内膜にポリープが3つ程あると!まじかーい!

良性のものが多いけど、妊娠を望む女性にとってやっかいものらしく、

着床障害を起こし、不妊の原因の可能性の1つらしい。個人差はあるけどとったら妊娠した、という事例もあるそうなので、ポリープを残しておく理由はない。

であれば、とってしまえ!!と思い、手術予約をとったのでした。

◼️初めての全身麻酔手術◼️

まあ、書き方おおげさなんだが、、局所麻酔経験あるのだけど、眠らされる経験は初めてなので、記念に書いておこうと思い、今に至るのである

まず、手術タイミングについて。子宮内膜の厚さが周期によって変わるため、手術時期が限られているとのこと。

生理開始から1週間後の内膜が薄くなっている時期が、ポリープがしっかり見えるのでその時期なんだとか。

手術前日、21時以降は絶飲食

しかし、仕事帰宅が間に合わず、22時前に夫が買ってきてくれた焼き鳥を食べノンアルコールビール飲んだのはここだけの話。。

水は24時頃までなら少量okとのことで飲む。なんとかなるでしょ。

当日。午前9時に自宅にて事前に処方された、痛み止めの座薬注入。

予約していた10時に病院に到着後、程なくして診察室に呼ばれる。

手術はすぐ行われるわけではなく、まずは子宮を広げる薬と布?みたいなものを入れられる。

うぅー、ちょっと痛いよ、先生。。あの、パッカーンの診療台での診察、何度やっても慣れないわ。。

そのブツが、入った状態で2時間程ベッドで休みブドウ糖の点滴も打ってもらう。

あぁ、病院のベッドで点滴なんて何年ぶりだろ。仕事大丈夫かなー(その日は金曜日で、仕事がかなり忙しい日)とか色々考えながら過ごす。

13時くらいに看護師さんが呼びに来る。

点滴つけたまま2つ隣くらいの部屋に移動し、パッカーン診察台に座らせられる。

よくテレビで見る、心電図と指にはめる脈測るものを装着し、医師が3人くらい登場。おいおい、まあまあ本格的やないか、、と心配になりながらもなされるがまま。

そして、女医さんが点滴から何かを入れ、次第に眠くなりますよーと言われたのが最後記憶となるのでした。

◼️気づいたら、、◼️

最初にいたベッドの部屋の景色。手術終わったっぽい!

意識朦朧としているんだが、下腹部の激痛と、車酔いみたいな気持ち悪さで頭がクラクラする。。

下腹部の激痛といっても、冷静に今思えば生理痛のもう少し重い時くらいの感覚なんだけど、なんせ、麻酔により本当に眠らされてショック?だったのと、何が起こったかからないプチパニックになり、思わずナースコールを押してしまった。

30分ほどで落ち着きますよ、といわれ耐え続ける。

ん?パンツがはかされて、ナプキンもつけられてる。。まじか。記憶がない。

看護師さんに聞いたけど、手術時間は15分から20分くらい。手術後車椅子でベッドまで運んでくれたというではないか

くそ記憶がない。パンツはかせてもらったことも、運ばれてきたことも。。

初めての経験の衝撃と痛みと気持ち悪さで動けないのでしばらく横になって休む。痛みがだんだん落ち着き、軽い生理痛くらいになった時看護師さんが来てくれた。

無理しないでもう少し休んでもいいですよ、と言われたが、タクシーで帰るだけだし、早く家に帰りたいし、お腹すいたし帰る準備を始める。

最後に、薬を4日分処方され、経過観察のため1週間後にまた来てください、お風呂シャワーのみで、といわれ、その日は終了。お会計20000円弱でした。

病院をでた頃はすでに16時をまわっていた。

◼️最後に◼️

今回色々調べてわかったこと。

子宮内膜ポリープ不妊の原因の一つの可能性がある、ということ。

まだ、手術終わったばかりでその効果はわからないけど、不妊治療の色々な検査をしても異常がないのに、なかなか授からなくモヤモヤしていたので、やってよかった。

1週間は断酒だけど、また頑張るかな!

ポリープとともにモヤモヤしたネガディブな感情も削ぎ落とされた、初手術体験でした。

2017-09-01

新宿寸借詐欺に遭いかけた

昨日の午後、某百貨店下りエレベーターにて、車椅子に乗った男性からの困ったような視線を感じた。

振り向くと、彼は”電話お願い手帳”なる濃青色カバーのよれよれな手帳を鞄から取り出して開き、「私は言葉や耳が不自由です、手を貸してください」との旨が書かれたページを震える指(麻痺ゆえ?)で差してみせてきた。

私は、きっと彼が降りる階になったら知らせてほしいのだろうと思い、「1階ですか?」と尋ねた。それが運の尽きだった…

彼は、「いや、地下1階で降りる」と言い、続けて「車椅子サポートをお願いできますか?」と頼んできた。本当は1階で降り別の百貨店に行こうと思っていたのに、急ぎの用もないしサポートといってもせいぜい改札口までだろうと楽観視し快諾した自分の愚かさよ…

地下1階でエレベーターを降りると、彼は都庁都庁前駅?(どちらだったか忘れた)に行きたいので大江戸線新宿西口駅から電車に乗りたいと言った。そこから西口駅へはかなりの距離があるように思えたが、彼の指差しや案内板に従って車椅子を只管押していった。

道中で彼は、

・喉が枯れているので手帳掲載五十音表でコミュニケーションをとっていること(と述べつつも聴き取れる程度の発話は可能であるこちらの発声理解している模様)

ネットカフェに通い慣れている様子で、その料金体系について、また今日も手持ちが少ないが行こうとしていること(この発言や彼のにおい、荷物の多さからしても浮浪者だったのではないか帰宅してから思った…彼の車椅子はひどく重くて僅かな傾斜も本当に辛かった)

・喉が乾いたとき飲み物を買いたいが、お金が足りない時は(サポートを?)頼んだ人にいつも借りていること(ここで私は漸くたかられるのではないかとの不安を覚え始めた)

今日肌寒いですね、といった世間話(同じ内容を何度も繰り返し話していたため、知的障害もつのではないかと推測した)

・家へは大江戸線練馬駅経由か西武新宿線で帰ること、またそれらの終電時間について(これはあまり覚えていない)

などを五十音表、声を入り交ぜて伝えてきた。

ところが随分近づいたところで彼は西口駅への案内板を無視し、地上の小田急百貨店の前あたりに出るエレベーターに乗るよう促してきた。ここで私の中の不信感が増幅した。

態々地上に出たからには西口周辺に用があるのかと思いきやなんとガード下の奥、歌舞伎町方面を指差したのだ。なら何故今まで遠回りさせたのか。おい。都庁はどうした。もうこんな奇妙な役目今すぐ放棄してしまいたいと思ったが、移動も儘ならない(はずの)人をこんな人混みの中で一人にするのも気が引ける…横断歩道を渡ってガード下へと進んでいる時、彼はコーヒーを飲みたいと言った。ネカフェ勝手に好きなだけ飲んでくれと思ったが、ぺぺ前のマック付近で彼は止まった。ここでコーヒーを注文するという。(そういえばこの辺りでは手帳五十音表は全く使っていなかった)

先程の発言を踏まえ、お金はあるんですか?と訊くと、あなたお金ないんですか?と訊き返された。ここで私は本日一番のハッキリした声で「ありません!」と答えた。本当はいつもより持っていたのだが。

するとどうだろう、序盤で彼が持ちますよと言い、車椅子に引っ掛けて握り締められていた私の傘をスッと外して、じゃあもういいですと手渡しすんなり私を解放するではないか守銭奴に生まれて、良かった!!!!!!!!!

ここで彼は金目当てにすぎなかったことが窺えるが、馬鹿真骨頂の私は最後まで「お気をつけて!」と別れの挨拶をし、彼のその後の動向を警戒しつつ三丁目方面へ歩きだした。

恐怖心のせいか記憶が定かでない部分も多々あるが、これが全容だ。

中高生活をミッションスクールで送り育まれ隣人愛の心が見事に仇となった出来事であった。貴重な若い時期の多大なる時間無駄と重大な腰痛を被った。無論私の無知が最大の原因であるのだが。寸借詐欺の名さえ、帰宅して自分と似た事例をネットツイッターで片っ端から検索するまで知らなかったのだ。

7月中旬ツイッター話題になったらしいある方の寸借詐欺被害に関するTogetterを読むと、状況や男性様相まで酷似していて衝撃を受けた。これを昨日出かける前までに知りたかったものだ……

から考えれば彼の発言不審な点だらけであるし、見返りを求めるわけではないが私が車椅子を延々押したことに対してお礼の言葉の一つもなかったこと(私の記憶が正しければ、だが)、そもそも最初会った時は一人でいたがそこまでどのようにして来たのか?などと突っ込みどころは枚挙に暇がないが、多くのハンディキャップを抱えている(ように見えた)彼を見捨てるのは良心が痛む上、一度相手のペースに乗せられてしまった際の恐怖感は言葉説明し難いものがある。ハンディキャップを負っているとはい相手男性であるから万が一手を挙げられたらどうなるかわからなかったのも逆らえなかった一因に挙げられる。とにかく冷静な判断能力を完全に欠いていた。恐ろしいことだ。

恐怖は不信感へ、そして帰宅後には自分間抜けさへの落胆、やがて詐欺行為への怒りに変わり、こんな時間になっても一向に腹の虫がおさまらないので、もしまた同じような人物に遭遇したら警察に突き出すことを堅く決心したが、果たして警察官はどのあたりから相手にしてくれるのだろうか?金銭被害なしに、金の無心を仄めかされたと言っても取り合ってはくれないのだろうか…

なお、彼の持っていた、NTTによる”電話お願い手帳”は私が調べたところ公共施設に置いてあり誰もが自由に持ち帰れるかのようにも捉えられる記述があった。彼が本当に障害者であったのか否かはもう分からないが、私は初めに彼の手帳の表紙にある”NTTグループ”の文字を見て、信頼できる機関の発行する手帳を持っている、と少し警戒心を緩めてしまったところがある。もっと他に配布の仕方はないのだろうか????????完全なる悪用、と断言はしないが、思えばこれを持っていれば、かなり乱暴な言い方になってしまうが誰もが耳や言葉不自由な人を装えそうなものである。そのためスマホアプリ版という誰もが扱い得る形で存在していることにも一抹の不安を感じてしまう。悪質な事案を防ぐため、ヘルプマークマタニティマークのようにせめて対人で受け渡してほしいもである

私のように騙されやす自覚のある人は十分に気をつけてほしいが、それよりもこのように人の良心に漬け込む至極卑劣極悪非道犯罪可及的速やかに滅びることを祈る。

百貨店ベビーカーで来るなってよく見かけるけど

例えば

百貨店ベビーカー車椅子優先エレベーターが何度来ても満員で誰も譲ってくれず、毎回20分以上待つ事になります

優先エレベーター優先席のように広く認知されたらいいのですが

みたいな書き込みがあったら

百貨店乳幼児を連れて来るのは非常識では、赤ちゃんベビーカーに乗る数年くらいは百貨店我慢できないのでしょうか

みたいなレスがまず間違いなくつく

これを見る度不思議になる

百貨店ベビーカーを貸し出したり、授乳室を設置したり、ワンフロアベビーキッズに割いたり、めちゃくちゃベビーウエルカムな店なのに何で非常識勘違いしているのだろう

2017-08-26

24時間テレビのメインテーマがどんどん気持ち悪くなっている

80年代前後24時間テレビのメインテーマは、必要支援は何かということを明確化していた。

気持ち悪さはあまり感じない。むしろ誠実さや実直さといった、プラスイメージを抱くテーマである

回数(放送年)メインテーマ
第1回(1978年)・第2回(1979年寝たきり老人にお風呂を!身障者にリフト付きバス車椅子を!
第3回(1980年カンボジアベトナムラオス難民のために!
第4回(1981年アジアアフリカ障害者のために!国際障害者年記念
第5回(1982年ストップ!ニッポン姥捨て時代!
第6回(1983年君の地球ボランティア!アフリカ飢餓緊急援助!世界コミュニケーション記念
第7回(1984年この地球未来子どもたちのもの!
第8回(1985年アフリカ飢餓救援
第9回(1986年寝たきり老人にお風呂を!身障者にリフト付きバス車椅子を!そしてアジアアフリカの飢えた子どもたちのために!
10回(1987年SAVE THE CHILDREN
11回(1988年君は地球ボランティア年寄りに在宅福祉を、障害者社会参加を!
12回(1989年アジアアフリカの子どもたちに海外援助を!
第13回(1990年地球を救え!10計画
第14回(1991年雲仙・普賢岳災害救援!寝たきりのお年寄りにお風呂カーを!障害者社会参加を!アジアアフリカ海外援助を!

 

90年代ごろ、何が必要支援かということがメインテーマから消えた。

その代わり、メインテーマ薄っぺら美辞麗句だけで構成されるようになった。

個人的にはポジティブ押し売りみたいな薄気味悪さを感じるし、一抹の気持ち悪さすら感じる。

回数(放送年)メインテーマ
第15回(1992年愛の歌声地球を救う
第16回(1993年出会い
17回(1994年チャレンジ!
第18回(1995年もう一度、チャレンジ
第19回(1996年ONE LOVE〜つなげよう!ひとつの愛〜
20回(1997年勇気を出して
第21回(1998年いま、始めよう
第22回(1999年伝えたい…夢のちから!
23回(2000年がんばる…君のために!
24回(2001年家族って何?
第25回(2002年家族で笑ってますか…?
第26回(2003年あなたを一番愛する人
第27回(2004年あなたの夢はみんなの夢
28回(2005年生きる

 

2000年代の中ごろ以降、メインテーマ90年代以降の薄っぺら美辞麗句路線を維持しつつも、

本来漢字ひらがな表記すべきところを意味もなくカタカナ表記キズナ・キセキなど)したり、

一般受けやす単語(絆・愛など)に薄っぺらポエムドッキングさせたりしている。

得も言われぬ気持ち悪さを感じさせるものばかりという印象。

回数(放送年)メインテーマ
第29回(2006年絆(キズナ)〜今、私たちにできること
第30回(2007年人生が変わる瞬間(とき
31回(2008年誓い〜一番大切な約束
第32回(2009年START!〜一歩を踏みだそう〜
33回(2010年ありがとう〜今、あの人に伝えたい〜
第34回(2011年力(ちから)〜わたしは、たいせつなひとり。〜
第35回(2012年未来 みらい
第36回(2013年ニッポンって…?〜この国のかたち
第37回(2014年さなキセキ、大きなキセキ
第38回(2015年つなぐ〜時を超えて笑顔を〜
第39回(2016年愛〜これが私の生きる道
第40回(2017年告白勇気を出して伝えよう〜

 

数十年もの間、毎年数億円単位募金を集め、それを社会福祉のために役立てている24時間テレビ存在には頭が下がる思いだ。

そういう実績がある以上、今後も続けていくべき番組だろうとは思う。

しかし感動やポジティブ押し付けと言い、気持ち悪いメインテーマと言い、見ていて歯が浮く番組でもある。

2017-08-16

僕と認知症祖母

地元に帰ると基本的祖母に会いに行く。

しかし住んでるのは、家は家でも老人ホームだ。

僕は老人ホームに行くのが嫌いだ。

正確に言えば、『認知症の進んだ祖母のいる老人ホーム』に行くのが。

今年で96歳。

あと1年半ほど生きていれば、大正昭和平成、そしてその次と、4つの時代を生きていることになる。

10年前までは普通に一人暮らしをしていたけれど、ある日偶然足を骨折してしまった。

年のせいでなかなか回復せず、やっと治った頃には筋肉の方が衰え、どんどん動けなくなった。

これじゃ一人暮らしはもう無理だということで親戚の家に移ることになった。

最終的に、介護する余裕のある伯母(祖母からすりゃ娘)の家に住むことになり、割と裕福な家庭だったので段差を無くしたり手すりをつけたりするようなリフォームなどもしていた。

しかし伯父と伯母も70過ぎで、どちらかと言うとそろそろ介護される側だ。

だんだん余裕がなくなり、近くにある老人ホームに移ることとなった。

それ以前にもデイケアでお世話になっていた所なので安心ではあった。

しか他人ばかりの、自分で好きに出来ない施設に送られるというのはどうにもモヤモヤするものがあった。どうにもできなかったけど。

1年ほどは普通に過ごしていた。

でも、老人ホームに入り2年目になったあたりでボケ始めた。



確か大学2年生の夏休みだろうか。

車椅子にこそ座っているが、至って元気そうな姿を見て安心した覚えがある。

僕の顔も名前も覚えていた。

でも、ちょっと舌が回っていないようだったし、母と祖母の2人にしかからないような話をしていた様子だったので、僕は横で微笑むしかなかった。

祖母はしきりに

『伯母夫婦が私の貯金勝手に使っている』

という旨の話をしていた。

僕は

『世話をしていたとはいえ、勝手に使うのはなあ』

と、少し伯母夫婦に不信感を覚えた。

僕はバカだった。

足腰以外は至って健康だと思っていた祖母は、既にボケていたのだった。

だって、2人にしかからない話をしていたのではなく、優しく話を合わせていただけでしかなかった。


次の帰省で会いに行った時、

残念ながら症状は進行していた。

僕の顔を見て、

『〇〇かい?(別の孫の名前)』と言った。

正直、親戚の家に移った8年程前から半年に1度ほどしか会っていないし、仕方の無いことだと思った。

この辺りからは杖を使って歩くこともダメになっていた。

車椅子から職員に肩を抱えられベッドに移る姿は悲しいものだった。

この時は、話している途中で僕のことを思い出したようで、すると

タンスにお菓子仕舞ってあるから出そうね』と言って立ち上がろうとして、隣にいた職員に止められていた。何度も。

もちろんタンスにお菓子などない。

その時、祖母の頭の中では、自分はまだ自由に動けて、僕はまだ小学生くらいの小さい子供だったのかもしれない。

切なくて涙がこぼれた。

感動映画とか、ドラマとか、漫画とかを読んでも基本泣かない人間なのにだ。




そして今回。

まり帰省出来る金がなく、1年ぶりの帰省となってしまった。

僕は大学卒業して社会人になった。

祖母の中では僕がどう映っているかからないが。

もう、祖母が僕のことは露ほども覚えていないことを覚悟して向かった。

顔を合わせると、

『どちらさまですか』と言われた。

娘と孫だ。

前までは名前を言えばなんとか思い出せていた。

しかダメだった。

僕はむしろスッキリしたのかもしれない。

その後も、ずっと祖母は見知らぬ人間と話すように、敬語を使い続けた。

しかし、途中から

『見覚えのある方ですね。どこでお会いしましたっけ?』と繰り返すようになった。

中途半端希望的な言葉を言われ、ここまでこらえていた涙が出てきた。



すこし話はズレるが、

僕は日本一泣ける歌はPV込みで

ミドリカワ書房の『恍惚の人』だと思っている。

僕の祖母もこの歌の歌詞みたいに、

一番関わりのある(面会に来る)伯母の名前だけを覚えている。

でも、自分の娘だということはよく分かっていない。


僕はこれからも、祖母と顔を合わせるたびに泣いてしまうだろう。

そして、きっと祖母が死んだときは、それほど泣かないのだと思う。

理由は、はっきりと言うのはあまりに非倫理的であるように思われるので

心のうちにとどめておきたい。匿名であってもだ。

親孝行 したいときには 親はなし」

こんな言葉があるけれど、今では亡くなるのではなく、

無くなってしまうのだ。記憶が。思い出が。

寿命は延びたかもしれないけど、やはり五体満足である期間は短い。

子供の作文の締めくくりみたいになるけど、

やはり親も先は長くないし、出来ることは今のうちにしなきゃいけないなと思った。

2017-08-15

https://anond.hatelabo.jp/20170815221336

先週の日曜日山梨方面ドライブ中、

突然の土砂降りがきて

須走の道の駅に寄ったら

車椅子用の屋根がついた駐車場のところに

やたらめったらデカバイクの奴らがそこに停めて

雨を避けてて

プカプカ煙草ふかして

かい声で話して

もうなんだか

なんだかなぁって思いました。

かいバイクで、金もってそうないい歳したオッさんとオバはんで

なんだかなぁって。

結構な台数を停めてあって、誰か一台停めたからいいだろ俺もみたいな空気感

とても迷惑だった。

2017-08-05

https://anond.hatelabo.jp/20170804230345

多分ハブハブなんだろうけど、

炎上に対してオルタナ意見が出て来ることがあり、

変な炎上に対しては地味に冷水ぶっかけることもあるんだよな。

基本燃え上がっちゃう方に使われちゃうんだろうけど。


この前の車椅子の人の話とか本当に色んな話出て来たよ。

あれはいい使われ方だったと思う。

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