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はてなキーワード: 犠牲とは

2018-01-17

無償の愛って何処から出てくるわけ?

私は相手が「感謝してくれる」ということがわからないと

自分犠牲にしたくなくなる。究極の面倒臭がりだからだ。

洗濯物をする、料理をする。

自分のをやるついでに相手のご飯を作る。

ただ、感謝言葉が無いし、相手もやってくれないと

「何テメェはのんびりダラダラしてゲームしてんだコイツ

ってイライラしてしまう。

無償の愛ってどこからくるの?

子供でも産めば自然となるものなのか。


追記:共働きです。

私 週5日勤務 帰宅21時

彼 週6日勤務 帰宅18時(彼が相談も無く転職して決めてきた仕事)

2018-01-16

誰かのために脇役にされること

小学生の頃、私は信じられないほど足が遅かった。体はぽっちゃりぎみ、本を読むのが好きで運動からきしだった。鬼ごっこで逃げきれた試しなどない。中休みに外に出るのが辛くて仕方なかった。

私の通っていた小学校児童数が少なくて、一クラス20人ほど。体育の時間は一人一人が全員の前でやることが多く(実際にその時間をとることが容易だったから)、私には酷く苦痛時間だった。

小学校5年生の体育の授業で、リレー選手を選ぶために、80メートル走を二人組でやることになった。私と走ることになったのは少し知的障害ぎみで援護学級にも通っている体の大きな男の子だった。その子もあまり運動が得意ではなかったと思う。

先生の合図で走り始めて、みんなが私に注目する。それだけで嫌で嫌で仕方ないのに、隣の男の子とほぼ同列で走りながら私はびっくりした。

「〇〇(男の子名前)〜!!がんばれ〜!!」

「すごい〇〇!!勝てるかも!!」

クラスの子達が、目を輝かせて、大きな声で相手男の子応援していた。その中にはなんと、担任先生の姿もあった。ただでさえ動きにくい足が、ずんっと重くなったような気がした。

そのままずるずると遅れていって、結局リレーは負けた。クラスメイトその男の子の周りに集まって、「頑張ったね」「すごいね」と褒めている。担任先生も嬉しそうな顔でその輪の中にいた。

その日のヒーローその男の子だった。私はヒーローをつくるために脇役になった。脇役にさせられた。

家に帰ってから初めて涙が出た。正しく美談であるはずなのに、その輪の中に入れない自分が悲しくて仕方なかった。

先生はきっと、クラスの子達に「弱い子を理解し、応援する素晴らしさ」を教えたかったんだと思う。それでも、その犠牲なる子存在を、もっと意識して欲しかったと思う。

2018-01-14

長野博さんの一連の報道について

タイトルにがっつり書かなかったのは書いたら泣きそうだから

井ノ原コンサートでの結婚発表を生で見たならわかってたんだよなあ。それでいて結婚して、もうオタクなんでどうでもよかったんだろうな。それでもここまでついてきて、またこんなことがあって本当になんなんだろう自分

ガチ恋だから悲しいのかな?結婚とか受け入れているファン一定数いるし理解ができない。

なんか生々しいんだよね、結婚より今回のことの方が。あーそうですよねセックスしますよねってやさぐれ気持ちになる。

岡田に立て続いてこんな発表とかV6アイドルらしい活動もそろそろなくなるんだろうな。だからもうオタクなんていらないんだよね。

本当に本当にどこまでも好きで、長野さんがいればなんでもよくて、今日もずっとDVD見てあーかっこいいって思って過ごしてたんだ。馬鹿みたいだけど結婚の日もそうだった。そろそろ学ばないと。

結局自分にはなにもなかった。ないのにあるように感じたくて、長野さん長野さんって夢中になってた。ブスだしスタイル悪いし性格最悪だし根性ないし体力ないし運動神経ないし学力もないし金も去年のツアーで200万くらい使ったのかな。あーなんもない。

今まで生きてきたのは長野さんを見るためだしもう意味ないんだよね。これからどうしようかな。またこんな悲しいことが起きるなら早く辞めたいけど辞めたらなにして過ごせばいいのかわからない。思ったよりなんもないな自分

好きなことは長野さんを見ることで他はなにもない。得意なものもないし。あー長野さんは全部揃ったね。安定した仕事での立場子供、奥さん、趣味。よかったねよかったね

今は見るだけで辛いなあ。なにすればいいんだろうなあ。これって失恋ジャンルに入るのかな?最初から愛されてなかったし。オタクなんてキモい長野さんは嫌いだよね。ずっと好きでいてごめんなさい。

岡田に愛されなかったオタク長野さんと比較しがちだけど、長野さんも相当ひどいよ。所詮みんなそんなもんだよね。どこに降りても大事にしてもらえるオタクはいない。

こんなに人を好きになったことなかったよー!自分なんてどうでもよくなったしこんなに犠牲にした!本当に本当に好きだった!絶望の淵は覗くと吸い込まれるって言うじゃん?一番大事にしてきた人に覗かされちゃったなー。オタクやめればいいんですかね。自分には向いてなかったよ。

どうせまたしばらくやめられないんだけどね。未練タラタラ馬鹿オタク文句あるなら降りろって言う人いるけど、降りられるならとっくり降りてるよ。そんな簡単に諦められるくらいなものじゃないか理解してほしいな。

好きな人の悲しい顔は見たくないけど、他の女が幸せな顔にしてるのはもっと見たくない。普通のことだと思うんだけどな。

2018-01-13

anond:20180113034454

誤訳の指摘ありがとうございました。

以下、ご指摘の点について修正検討させていただきます

✖そのことがマッチョ侵害行為保証することにはならない。

⇒また、女性に対する慇懃な振る舞いを女性を傷つける男性優位の態度と見なすのは間違いです。

さっそく冒頭で私の訳はダメですね。galanterieをgarantirと完全に読み間違えてます

恋愛のお作法に乗っ取った男性からの誘惑の手順ですね。

https://fr.wikipedia.org/wiki/Galanterie

agression machisteは痴漢行為と訳すのが良さそうです。

violを指す犯罪crimeは殺人と同じくらいの犯罪なので、そのニュアンスの違いは入れるなら、

強姦殺人と同じくらい重大な犯罪だ。しかししつこかったり不器用だったりするナンパ犯罪ではないし、誘惑のお作法痴漢行為とみなすのも違う。

✖正しく意識されるようになった。

意識されるようになったのは正統なことだ。

プロフェッショナルのせかいにおける性暴力だ。

職業生活の中での性暴力だ。

ここは訂正どおりにさせていただきます

✖いわゆる普遍の名の下で、

⇒誰にとっても善いのはこういうことだと勝手に決めて、

(この下りはかなり皮肉な書き方になっていると思います)

公共利益代表者気取りで

✖実際、報道メディアソーシャルネット上で、#metooが巻き起こしたのは密告と、個人個人に抗弁の余地や弁護の余地を与えることなく、性暴力加害者と同じ俎上糾弾することだった。

事実、#metooを通して、報道メディアソーシャルネット上に密告と公の場での告発キャンペーンが発生した。犠牲になったのは、性暴力加害者たちとまったく同じ俎上に乗せられ、抗弁の余地も弁明の余地も与えられない人びとだった。<<

実際の所、#metoo引き起こしたのは、報道メディアソーシャルネット上での密告と公開の場での糾弾キャンペーンだ。槍玉にあげられた人々は抗弁の余地も弁明の余地も与えられず、性暴力加害者と同じ俎上に乗せられた。

✖「豚野郎」たちを屠殺場へ送り込むこの熱狂だが、女性が自立することを手助けるには程遠かった。 実際には性の自由の敵、宗教的過激主義、最悪の反動主義者に利益をもたらすことになってしまった。この反動主義者は、実質的にはヴィクトリア朝モラルのもとで、女性を「別扱いな」存在とみなし、女性保護することを求めながら大人の顔をした子供とみなすのだ。

⇒「豚野郎」どもを屠殺場へ送り込もうとするこの熱病は、女性自律的になるのをいささかも助けない。それどころか、実際にこの熱病から利益を得るのは、性の自由の敵たち、宗教的過激主義者たち、最悪の反動家たち、そして、実体論的な善概念とそれにともなうヴィクトリア朝風のモラルの名において女性一種「別扱いの」存在と、大人の顔をしていながら子供のように庇護されることを求める存在と見なす人びとなのである

豚野郎」たちを屠殺場に送り込もうとするこの熱狂状態は、女性が自立していくことを手助けするには程遠かった。それどころか実際には、性の自由の敵、宗教的過激主義者、最悪の反動主義者、そして善の本質的概念とそれに伴うヴィクトリア朝的なモラルを掲げ、女性を「別扱い」の存在にし、保護されることを求める大人の顔をした子供と考えるような人々に利益を与えてしまっているのだ。

ミケランジェロ・アントニオーニ映画欲望』を「女性差別」で

ミケランジェロ・アントニオーニ映画欲望』を「女性蔑視」で

mysogineはどちらの訳にもなると思われます

✖「女性として振舞うことのトラウマに苦しんでいる」ことを

⇒「女性登場人物たちが被ったトラウマ」を

✖「スイスで提出されている法案

⇒「スウェーデンで提出されている法案

✖「やりりたいこととやりたくないことに」

⇒「してもいいと思うことと、するのはいやだと思うことに」

ここはご指摘の通りです

中指を立てる自由

⇒人の気分を害する自由

この概念攻撃しようとするのは(神や国家指導者のような)「権力」「権威」とそれをアンタッチャブルものにする空気ですので、「人の気分を害する」は避けたいところでした。

彼女給与男性平等に支払われるように注意しているべきだ。しかし、地下鉄痴漢にあっても、それが犯罪からといって、トラウマを植え付けられたと感じる必要はない。

彼女彼女給与男性平等に支払われるように注意することができる。しかし、地下鉄痴漢にあっても、痴漢行為犯罪と見なされるからといって、一生涯続くトラウマを植え付けられたとは感じないでいることもできる。

彼女給与男性平等に支払われるように注意していることができる。しかし、それは確かに犯罪なのだが、地下鉄痴漢に体を触られたからといって生涯消えないトラウマを植え付けられたと感じなくてもよい。

✖評判だおれだったとさえ考えてもいい。

さらには、大した出来事ではなかったと考えることさえできる。

たいしたことは起こらなかったかのようにさえ考えてもよい

女性としての私たちは、自分たちが、力の乱用を超えて、男性たちとセクシャリティへの憎しみという顔をもったフェミニストになることを認めない。

私たち女性として、権力濫用告発することを超えて男性たちとセクシャリティへの憎しみとして表れるフェミニズムに強い違和感を覚える。

女性としての私たちは、権力の乱用を告発することを越え、男性たちとセクシャリティへの憎しみという様相を呈しつつあるこのフェミニズムを、自分たちのものとして受け入れることはできない。

✖ウザがられる自由無しでは上手く働かないと私たちは考える。

⇒ウザがられる自由が男たちの側にあってこそ意味を持つと私たちは考える。

ここは「ウザがられる自由」が男たちの側にあると解釈するのは無理ではないかと思います

性的提案(これはナンパかもしれませんし既に恋人同士の間で行われるものかもしれません)に対して「ノー」という自由は「ウザがられる自由」が無いと上手くたちゆかないということなので、

誘いを受けた側(これは男性であるとも女性あるとも異性愛者の間のこととも限りませんが)にあると考えるのが自然ではないでしょうか?

子供を持つことを選んだ人々のために、

私たちのうちで子供を持つことを選んだ者について言えば、

✖娘たちが気後れさせられたり罪の意識を感じさせられたりすることなどなく、自分人生を精一杯生きるために十分教育されて自覚を持つことが適切だと考えている。

自分の娘たちが、〔性について〕気後れさせられたり罪の意識を感じさせられたりすることなく、人生をのびのびと生きるのに十分なだけの知識を得て意識的になるように育てることこそ適切だと考えている。

私たちの中で子供を持つことを選んだ人達のために、私たちの娘たちは十分に教育され、気後れさせられたり罪の意識を感じさせられたりすることなく、人生謳歌できるように十分な知識を与えられ、意識的であるように育てられることが適切だと考えている。

✖たとえそれが辛く、生涯残る傷を残すものだったとしても、身体を傷つけられる事故にあった女性尊厳を傷つけられないし、傷つけられるべきでもない。

女性身体に関与するアクシデントは、必ずしもその女性尊厳を傷つけるわけではなく、ときにきわめて辛いものであっても、そのアクシデント理由に当該女性を終身犠牲者のように考えるのは必ずしも適切なことではない。

女性の体を傷つけるようなアクシデントは必ずしも彼女尊厳を傷つけるものではないし、ときには極めて辛いものであったとしても、彼女を当然の様に永遠犠牲者としてしまうべきではない。

まだまだ検討余地はあるかと思いますが、ご指摘の点については以上のように。

ベッキーの成し遂げたこ

千鳥オールナイトニッポンを聴いた。

2017年を振り返るという企画

今年も不倫が多かった。でもそもそも不倫ベッキーやらかしたのがはじまりだと。

あれから芸能人の男みんな金玉パンパンにして苦しんどると。

ベッキー学生のころ痴漢バンバン捕まえて駅員に突き出していたエピソードを思い出す。

なるほど彼女のしでかしたいわゆるゲス不倫は自らを犠牲にして世の中をクリーンにしたのだなと。

ベッキー以前ならば許されたケースも2017年は多かったはずだ。

そもそもベッキー事件にしても有耶無耶にすることは可能だったし本人もまわりもそのつもりでいた。

から最初はしおらしくみせようとおとなしくしてたしそのための記者会見絶対にいやだという本人の意志尊重した。

だけどそれが全部裏目にまわって長い長い間お茶を挽く羽目に陥ったわけだ。

そして様々な因果めぐりクリーン芸能界にしてしまった。金玉パンパンにするタレントが急増した。

この先彼女は色恋沙汰のたびにすごく慎重になるしむしろもう一生独身でいるんじゃないかと決意してるのかとすら思わせる。

そしてそうなるとタレントセックスできない=結婚できないってことをより強く求められるのではないか

小島瑠璃子などはそう決意してそうな気がする。というか逆に芸能界がよりクリーンになるきっかけは彼女の色恋沙汰で下手を打ったときだろう。

あと考えられるのは色恋沙汰発覚=芸能界引退の流れが生まれることも考えられる。

いずれにせよ芸能史にその名前を刻んだなベッキー

anond:20180111072916

『[翻訳] ドヌーヴ「女性口説く権利」 全訳』を掲載された方が、"la liberté d'importuner"を「ウザがられる自由」とお訳しになったのはなかなかの技だと思うのですが、惜しいことに、この全訳はかなりの数の誤訳を含み、その結果、多くの箇所で、原文の文意を正しく伝えていません。

 以下、大急ぎで、主だった誤訳箇所を列挙し、元記事http://www.lemonde.fr/idees/article/2018/01/09/nous-defendons-une-liberte-d-importuner-indispensable-a-la-liberte-sexuelle_5239134_3232.html)の正確な読み取りに基づく改訳を提案しておきます。「✖」で誤訳箇所を示します。「⇒」でその部分について、正確であろう訳文の例をを示します。ご検討ください。

✖そのことがマッチョ侵害行為保証することにはならない。

⇒また、女性に対する慇懃な振る舞いを女性を傷つける男性優位の態度と見なすのは間違いです。

✖正しく意識されるようになった。

意識されるようになったのは正統なことだ。

プロフェッショナルのせかいにおける性暴力だ。

職業生活の中での性暴力だ。

✖いわゆる普遍の名の下で、

⇒誰にとっても善いのはこういうことだと勝手に決めて、

✖実際、報道メディアソーシャルネット上で、#metooが巻き起こしたのは密告と、個人個人に抗弁の余地や弁護の余地を与えることなく、性暴力加害者と同じ俎上糾弾することだった。

事実、#metooを通して、報道メディアソーシャルネット上に密告と公の場での告発キャンペーンが発生した。犠牲になったのは、性暴力加害者たちとまったく同じ俎上に乗せられ、抗弁の余地も弁明の余地も与えられない人びとだった。

✖「豚野郎」たちを屠殺場へ送り込むこの熱狂だが、女性が自立することを手助けるには程遠かった。 実際には性の自由の敵、宗教的過激主義、最悪の反動主義者に利益をもたらすことになってしまった。この反動主義者は、実質的にはヴィクトリア朝モラルのもとで、女性を「別扱いな」存在とみなし、女性保護することを求めながら大人の顔をした子供とみなすのだ。

⇒「豚野郎」どもを屠殺場へ送り込もうとするこの熱病は、女性自律的になるのをいささかも助けない。それどころか、実際にこの熱病から利益を得るのは、性の自由の敵たち、宗教的過激主義者たち、最悪の反動家たち、そして、実体論的な善概念とそれにともなうヴィクトリア朝風のモラルの名において女性一種「別扱いの」存在と、大人の顔をしていながら子供のように庇護されることを求める存在と見なす人びとなのである

ミケランジェロ・アントニオーニ映画欲望』を「女性差別」で

ミケランジェロ・アントニオーニ映画欲望』を「女性蔑視」で

✖「女性として振舞うことのトラウマに苦しんでいる」ことを

⇒「女性登場人物たちが被ったトラウマ」を

✖「スイスで提出されている法案

⇒「スウェーデンで提出されている法案

✖「やりりたいこととやりたくないことに」

⇒「してもいいと思うことと、するのはいやだと思うことに」

中指を立てる自由

⇒人の気分を害する自由

彼女給与男性平等に支払われるように注意しているべきだ。しかし、地下鉄痴漢にあっても、それが犯罪からといって、トラウマを植え付けられたと感じる必要はない。

彼女彼女給与男性平等に支払われるように注意することができる。しかし、地下鉄痴漢にあっても、痴漢行為犯罪と見なされるからといって、一生涯続くトラウマを植え付けられたとは感じないでいることもできる。

✖評判だおれだったとさえ考えてもいい。

さらには、大した出来事ではなかったと考えることさえできる。

女性としての私たちは、自分たちが、力の乱用を超えて、男性たちとセクシャリティへの憎しみという顔をもったフェミニストになることを認めない。

私たち女性として、権力濫用告発することを超えて男性たちとセクシャリティへの憎しみとして表れるフェミニズムに強い違和感を覚える。

✖ウザがられる自由無しでは上手く働かないと私たちは考える。

⇒ウザがられる自由が男たちの側にあってこそ意味を持つと私たちは考える。

✖そして私たちは、このウザがられる自由にどう応えていくかを知らなければならない。性的な獲物の役割に閉じこもる以外のやり方でだ。

⇒そして私たちは、このウザがられる自由に対して、獲物の役割に閉じこもる以外のやり方で対応する能力を持っていなくてはいけない。

子供を持つことを選んだ人々のために、

私たちのうちで子供を持つことを選んだ者について言えば、

✖娘たちが気後れさせられたり罪の意識を感じさせられたりすることなどなく、自分人生を精一杯生きるために十分教育されて自覚を持つことが適切だと考えている。

自分の娘たちが、〔性について〕気後れさせられたり罪の意識を感じさせられたりすることなく、人生をのびのびと生きるのに十分なだけの知識を得て意識的になるように育てることこそ適切だと考えている。

✖たとえそれが辛く、生涯残る傷を残すものだったとしても、身体を傷つけられる事故にあった女性尊厳を傷つけられないし、傷つけられるべきでもない。

女性身体に関与するアクシデントは、必ずしもその女性尊厳を傷つけるわけではなく、ときにきわめて辛いものであっても、そのアクシデント理由に当該女性を終身犠牲者のように考えるのは必ずしも適切なことではない。

以上。

2018-01-11

尖閣諸島を取られたら中国軍事拠点にされるんですよ。

ウーマン村本も鳥越俊太郎もそうだが、

尖閣諸島が取られても構わないって言っている人って、

花畑を通り越して、バカなんでしょうか?

中国は、尖閣を取ったら、南沙諸島のように軍事拠点要塞しますよ。

もうおっかなくて周辺海域をうろちょろできなくなるし、

そこを足がかりに、もっと影響範囲を広げてくる。

尖閣を守ることが、水際であって、もっと犠牲コストも少ないのです。

尖閣を取られたら、その後は、もっと物騒で厄介なことになる。

中国が、尖閣諸島差し出せばそれで大人しくしてくれるとでも思っているんですかね?

2018-01-10

人間らしく生きる事とは

人間らしく生きるためには、考える力必要です。そして、考える力を取り戻すためには、「何もしなくて良い時間」を増やす事が必要なのです。子どもたちを成長させる遊びや、人々を感動させる芸術作品などは、「何もしなくて良い時間からまれています

最近時間の大切さに気付く人も増え、お金よりも時間価値を感じる人が増えてきました。特にお金がなくて困っている訳でもないのに、無理して働いているという状況に疑問を持ち、進んで仕事を辞めていく人も多いです。いくらお金があったとしても、過労で倒れてしまっては意味がないし、自分時間がなければ楽しめません。

多くの人は自分時間犠牲にして必死に働く事で、収入を得ていています。そのため、時間の大切さを忘れてしまい、いつの間にか年を取っていたり家族と過ごす時間を失ったりするのです。しかし、忙しく働いていると、そんな事を考える余裕すらなくなってしまます。それはすなわち、人間にとって大切な「考える」という力を仕事に奪われているという事です。実際にブラック企業などは、過酷労働環境に疑問を持たないように従業員考える力を失わせる事で成り立っています

この記事を読んでいるあなたも、きっとお金よりも時間が欲しいと思っている事でしょう。人間は誰もが未熟なんです。弱い人間とか未熟な人間の方が、はるかに膨れ上がる可能性を持っている。熟したものは逆に無抵抗ものなのです。いつも自分は未熟なんだという前提のもとに平気で生きること。それを忘れちゃいけないと思うのです。

人間本来生き方は無目的、無条件であるべきです。それが誇り!死ぬのもよし、生きるもよし。ただし、その瞬間にベストを尽くすことです。何か、これと思ったら、まず、他人の目を気にしないことです。また、他人の目ばかりでなく、自分の目を気にしないで、委縮せずありのままに生きていけば良いのです。これは、情熱を賭けられるものが見つからないときも大切です。つまり、駄目なら駄目人間でいいと思って、駄目なりに自由に制約を受けないで生きていく。そうすれば、何か、見つけられるチャンスがおのずから開けてくる。

さらですが僕たちが生きるこの社会では、お金がなければ生きていくのが不可能です。

お金が無いからと言って、人さまの家に勝手に上がり込んで冷蔵庫を漁ったり、畑から食べ物を盗むわけにはいきませんものね?

自分で稼いだお金で快適な衣食住環境を整え、毎日お金食べ物を交換し生きていくしかないのです。

要はなんらかの経済活動仕事)を行わなければお金が手に入らない社会システムの中に生きる限り、お金がなければ生きていくことが不可能なのですね。

ところがいざ社会に溶け込めば会社従業員同士の競争の縛りから逃れる事が出来ません。

この矛盾人間らしく生きる活力を奪い、僕らの健全思考さえも奪います

起きてから寝るまで競争。生まれから死ぬまで競争

しかし上には上がいるもので、時に誰かと自分を比べては落ち込んでしまう。

その意味では競争とは一般人24時間365日死ぬまで働かせるための罠なのかもしれません。

 

1年の価値理解するには、落第した学生に聞いてみるといいでしょう。

1ヶ月の価値理解するには、未熟児を産んだ母親に聞いてみると いいでしょう。

1週間の価値理解するには、週間新聞編集者に聞いてみるといいでしょう。

1時間価値理解するには、待ち合わせをしている恋人たちに聞いてみるといいでしょう。

1分の価値理解するには、電車をちょうど乗り過ごした人に聞いてみるといいでしょう。

1秒の価値理解するには、たった今、事故を避けることができた人に聞いてみるといいでしょう。

10分の1秒の価値理解するためには、オリンピック銀メダルに終わった人に聞いてみるといいでしょう。

何かを好きになるということ

小さい頃からお花が好きだから、お花屋さんになりました。

とか、

小さい頃から仮面ライダーが好きで、仮面ライダーになりたいか俳優になりました。

みたいな話を聞くと、やべえな、と思う。

やべえな、そんなに、自分人生プロデュースちゃうほどそんなに、何かを好きになった人なんだ、やべえな。

宗教アイドルスポーツチームや恋人アニメ歌手アーティストや……

とにかく、色々な 何かを好きになって、その為に他の何かを捨てたり貢いだり犠牲にしたりする人がいる。

私にはそれがない。

好きなものがないわけではない。

毎日食事は味覚が美味しいと感じるものを食べたいし、可愛いと思うから犬が飼いたい。テレビ情報番組より、笑えるからお笑いが観たい。

でもそれだけだ。

美味しいものの為に料理人にはならないし、犬を飼う為に引っ越さないし、テレビでやっていないからと、別に劇場まで行って漫才を見る気もない。

配偶者がいるけど、ドラマのような熱烈な恋のあとに結ばれた訳では無い。

一緒にいて心地よいか結婚したけど、例えば何か命の危険が起きた時、私は身体を張ってこの人の命を護ろうとするのだろうか。わからない。

好きなものがないわけではない。

本当に好きなものがないのかもしれない。本当に好きなことに気付いていないのかもしれない。

本当に好きなものがある人は、どのくらいいるのだろう。

2018-01-09

anond:20180109143007

自分場合フォトショクリップスタジオ等のソフト

3DCGネットのCC0画像とか使えば

1ページにつき

1時間ペン入れ

2時間ちょいでトーン、仕上げを済ませられたわ

 

作画に限って見れば、8時間労働×4日で

週刊誌ストーリー漫画16pを余裕で一人で作れるはず

ただ、時代劇みたいな作品だと、資料集めや新規3Dモデルを作る時間がかかる

あと、早く作るほどアナログ感が犠牲になる

2018-01-08

anond:20180108170759

犠牲だよ

言い方悪いけどえたひにんが汚れ仕事請け負ってるおかげで市民が皮使えたり肉食べたりできたのに差別されてたのと同じ

2018-01-07

バーチャルYoutuberと、ねこます・みゅみゅとの違い

妙な違和感があったんだけど

キズナアイの方はVRゴーグルしてないよね?

から豊かな表情が取れる

 

他方でねこますの方はVRしてるから表情が取れなくて無表情になってるんだと思うんだけど

あってるかな

 

キズナアイの方はVRじゃないから、空間内のオブジェクトを掴めないんじゃないか

かといってVR被ると表情が取れないかバーチャルYoutuberとしては痛い

この課題はやっぱりでかそう

表情orVR 

 

そう言えばミライアカリが、バーチャルYoutuberなのにVRゴーグルしてゲーム実況してることあったけど、そういうことなのか

違和感なかったから気づかなかった

 

バーチャルYoutuberならバーチャル空間で色々できそうだなぁとか思ってたけど、意外とまだ自由度が低そうだな

例えば「椅子テーブルを用意して、複数バーチャルYoutuberお茶会」みたいなことが未だできない

表情を無視すればできるけど

 

コラボも実は技術課題があるんじゃないか

ねこますとみゅみゅのコラボはあるが、表情筋犠牲にしている

 

まあ全部間違ってるかもしれんが

そもそも表情どうやってんだろ? 声とかでも判断してる?

やっぱちゃんとしてないとダメなんだよね。

おじさんになって一番思うのは、やっぱしちゃんとしてないと言いたいことを言えないんだってこと。

例えばさ、こんな口語体うんこみたいな知識を書くとするじゃん?

でもさ、昔のどっかのお偉いさんが四文字熟語とかでさ、古典とかひっぱってきてさ、

かっこよく賢そうに達筆で額なんかにして飾ってたとかだったらさ、

座右の銘だーとかいってたらさ、なんかすげえ良いこと言ったみたいにかっこいいじゃん?

でもさ、「やっぱしちゃんとしてないと言いたいことを言えないんだよー」って

酒金女に溺れたおっちゃんが夕刊フジを読みながらワンカップひっかけつつ増田書いてもさ、

そこまで感動しないじゃん。

あとさ、黒塗りの怖そうな車に乗ってる粗暴そうなオジサマが「この代金おかしいやんけ」っていうのと

よれよれの長袖ポロシャツインしてる松方弘樹メガネのオジサマが「この代金おかしいやんけ」っというのとさ、

求める力が違いすぎるでしょ。

説得力に差がありまくるでしょ。

それって結局のところ偏見なわけよ。先入観っつうかさ。

あるのよねえ。

 

理想を持って希望に満ち溢れて社会を良くしていこうって、変えていこうってさ、”先入観をなくそう”とかね。

夢膨らんでる若者はさ、輝いてるよね。素晴らしい。

でもね、やっぱしいろんな意味でちゃんとしてないと、伝えたいことって聞いてもらえないのよ。

ちゃんとするってね、社会マナーを守るってことね。

マナーってのは、村のオキテってやつ。不文律の。

おじさんたちはね、そのオキテに逆らう恐怖を知ってるの。

みんな守りたいものがあるからね。ちっぽけなものかもしれないけど、それぞれが守る価値があると信じてるものね。

たか必死にオキテを守るし、守らない人から自分たちを守ろうとするんだ。

それって悪いことじゃなくない?みんなそうするのは利益があるからだしね。

自分を守ることの善悪めんどいから置いとくか。ここで大事なことはオキテ、逆らう、良くない。

 

まあ、だから、オキテやぶりをするなら、それなりにちゃんとしてないといけない。

ちゃんとするには、おおざっぱに言って2種類あって、難しい方法と、簡単方法がある。

難しい方から説明すると、みんなの「ちゃんとしたい」とか「守りたい」って気持ち

全部まるっとうまくすくい上げること。あんたらに悪いことしませんよーって納得してもらうこと。

これめっちゃ難しいけど、うまくいくとめっちゃ気持ちいから。いいよ。

簡単な方はね、これズルいんだけどね、脅かすの。嫌なことするぞーって。

もちろん最初から全部この方法を使うわけじゃなくて、こっちの方では嫌なこと我慢するから

あんたらはここで我慢してくれよ、みたいなね、別にこっち嫌なこと我慢するわけじゃないのに

嘘ついたりごまかしたりしてね、いじわるするの。そうするとね、お願い聞いてもらえるのよ。

後味悪いよさすがに。そりゃ酒飲むよね。歌っちゃったりするよね。

でも、話を聞いてもらうにはちゃんとするしかないんだよね。

難しい方法ばっかりしてたら体壊したり無理しちゃったりするんだよ。早死にしたりね。

から簡単方法もした方がいいのよ。

 

でもね、難しい方法をね、少しずつだけど簡単にしていくこともできるんだよ。

それはね、肩書とか、賞状とか、そういうやつをいっぱい持つこと。

そういう「ちゃんとした」ワッペンがついてるとね、いろいろ聞いてもらえるんだよ。

東大卒、とかもそうだし、征夷大将軍、とか、代表取締役共同COO、とか、フォロワー数4.8M、とか、

読モ?とかもだし、いろんな意味のワッペンがたくさんあるんだ。

分かる人にしかからないワッペンもあるしね。バイターモリモリ不死マラソンスプーン余裕でした><とかね。

からワッペンたくさん持ってる方がいいよ。ちゃんとしたやつ。ちゃんとしてる風でもいいよ。

ちゃんとしてる風なワッペン付けてると、ラジオ番組持ったり政権に入り込んだりできるよ。

余談だけど、自分らしく生きたいとか思ってるなら、自分と大切な人にだけ通じるワッペンを付ければいいよ。

生体エロウィキペディアでもいいし、セクシーソムリエでもいいし、

ちゃんとしたやつじゃなくていいよ。てきとーで。

そんで周りの友達がそのワッペン気に入ってくれたら、そのワッペンが好きになってくるんだよ。

まあその話はいいや。長くなってめんどいから

 

結局言いたいのはね、ちゃんとしてないとダメってことよ。

ちゃんとしたワッペン付けてるとか、体力か良心犠牲にするかしないと、

言いたいこと言えないから守りたいものを守れないってことですね。

明後日から仕事やだよー。

ポプテピピック見てきた

私が犠牲になったから、あなた達は絶対に見るなよ

どうせこう書いても気になって見ちゃうやついると思うけどどうせ「もう見たくない」って思うから安心だけど

スマホ太郎ダイナミックコードってすごく面白かったんだね。

こんなもん作ったのが自分と同じ人類だって信じたくない…

炎上商法狙ってるのかもしれないけど、普通にお金出すやついないよ

話題になっても視聴率お金になる世界じゃないんだアニメは…

これ広告費回収できんのかな…誰が製作許可したんだよ…

キングレコードが嫌いになりそう…

2018-01-04

カードキャプターさくら』誤解される李小狼というキャラについて

再放送や、ぼんやり知ってる人たちが時々「小僧○ね。」というのをネタとして書き込んでいるのを見ることがある。

○ねとか言っちゃいけません。

これは萌えアニメで、可愛い女の子を男がかっさらうことに対し「××○ね」という流れを含んだものだろう。

再放送を見ている人でも、予告編を見たら分かるとおり、みんなの木之本桜さんは李小狼とくっつく。

あんなに可愛い、娘にしたいキャラナンバーワンの桜さんには、もう運命相手が居るのである

CCさくら萌え(豚)アニメと思っている人は、この事実小狼は叩かれたのだろうなと思ってる人が多い。

当時は事実ヤバい人も居た。(小狼○○したい、とか、○○したい)とか。

ただ…それは認識が異なるのだ。

小狼は愛されていた。いやむしろ、後半はヒロインだった。

少女漫画からヒーローが人気あって当然だろう。と言う人も居るかもしれないが、マジで小狼は凄いキャラクターなのだ

桜が(萌えキャラとして)完璧なことに隠れがちなのだが、小狼に人気が無いとCCさくらはここまで大きくなってないだろう。

李小狼最初はツンツンだが、中盤からツンデレ化し、デレデレになる。

再放送がはじまった「さくらカード編」はもはや副題「李小狼萌える編」である

李小狼というキャラクター結構複雑で、一部分を見ても理解できない。

家元的なところに念願の男児として生まれカードを集めるためだけに幼いころから訓練をさせられてきた。

男を好きになったりもしたが、それは色々と手違いだった。

さくら以外に彼女が居るように見えるが、天然ジゴロゆえ。小狼に非は無い。

そんな影を持ちながら、相手を思いやる心を持ち、いざとなれば自分犠牲になる強さを持っている。

一時は桜を想い、身を引こうと決意もした。

育ち上、友達も少なかったんだろうなと思えるコミュ症気味の天然だけど、料理ができて、家事も出来て、裁縫も出来る。

分かるだろうか。女キャラだったとしても人気が出ているのが李小狼なのだ

話が戻るが、(小狼○○したい、とか、○○したい)と書かれていたのは文脈をとると愛情の裏返しのヤバい書き込みだった。

嫌われたわけでは無く、愛されすぎたがための書き込みだったのだ。

それを後世のオタクが直接受け取ってしまい、「小狼は恨まれていた」という解釈になっているのがなんともむず痒い。

「桜に人生を狂わされた」人が居たように「小狼人生を狂わされた」人が多く居たはずだ。

そうでなければ、ツバサクロニクルなんて漫画は生まれない。

萌え~だけで、『劇場版 封印されたカード』という非リア抹殺映画リバイバル上映やコミケに、女性が溢れないのだ。(尚おっさんちょっと居た)

くまいもとこが登壇して一言しゃべっただけで死者が出る。これがCCさくら現場である

さくらカード再放送を前に新作放送が始まってしまう。この辺を誤解したままだと、小狼がいけすかないやつだと誤解したまま見てしまう人も多いのではないか不安である

是非、再放送円盤をじっくり見て劇場版2を見てから挑むことをオススメする。

李小狼と桜の恋に関してのCLAMP大川七瀬コメントが素敵なのだ

さくらは<年齢のつりあいが取れた男の子>だから小狼を選んだわけではないんです。たとえ小狼女の子でも、年齢がずっと離れていたとしても、小狼小狼であるかぎり、さくら小狼を選んだと思うんです。

このテーマが、この作品を包む、愛なのだと思う。

anond:20171002235516

市民蜂起で多大な犠牲と引き換えに得たヨーロッパ人権概念日本からすれば敗戦したら空から降ってきたぼたもちでありがたみがゼロ

実力がないのに強気交渉をして国際社会から孤立して戦争を始めでも実力がないからすぐに投げて残りは真面目に戦わず

負けるべくして戦争に負けて政治改革をしがらみのないGHQに代わりにしてもらい朝鮮特需でデミング理論練習させてもらって

ぜんぶが至れりつくせりで努力なしに手に入れた財産から大切さを知らないし

どうしてそれが生まれたのか経緯や背景も知らないか必要性理解できない

悪銭身につかず

はてなの読解力どうなってんの?

年始エントリを掘り返してて偶然見つけたため4年前のエントリ申し訳ないが、

これanond:20140102120436


これの感想トップブコメが、

ritena やはり無視される未婚女性

2014/01/02 リンク

これ?


タイトルこそ「男性」だけど、皆婚制度によって犠牲になる女性についても本文中繰り返し触れられてんじゃん。書き手は明かに女性についても意識がある。なんでこの文に対する感想トップが「やはり無視される未婚女性。 」になるの?あんたら読解力大丈夫togetter民を馬鹿に出来るレベルじゃないよ・・・

艦コレのイベント問題点

これは「札」に尽きると思う。


やってない人にシステム説明すると、艦これイベントは小規模なものでもステージが4つぐらいあって順番に1~4まで全部クリアしないといけない。そして、どこかのステージに1回でも出撃したキャラにはそのステージの「札」がついて、他のステージには出撃できなくなる。


まり手持ちの最強キャラで固めたユニット一個でステージ1~4までクリアすることを封じていて、色んなキャラを満遍なく使うように促してる。艦コレはどんどんキャラが増えていくので、相対的に性能が低いキャラが埃をかぶらず存在意義を保つ為にも「札」のようなものを設定するのは理解出来る。


けどこれ実際にはどういう効果になると思う?

イベントで「試しに出撃」っていうことが全然出来なくなるのよ。1回札が突いたら取り返しがつかないから。ステージ4で必須キャラをそうと知らずにステージ1で使っちゃったら取り返しがつかない。初心者~中級者で有るほど「自分なりの試行錯誤」ということが出来ない。


そして艦コレというゲームは一発勝負でなんとかするような性質じゃない。何度も出撃して敵の編成を調べたり、不可知ルート制御要因(これがほんとに明示的な情報がなく出撃前に知りようのない部分が大きいのでトライエラーが基本。)を推測したりしながらキャラ編成をいじっていじって、初めてステージ突破出来るゲーム冒険心や探究心は出しようがない。廃人の残した轍から外れれば無慈悲な大破撤退資源時間無駄にするだけだから


まり、ごく一部の廃人プレイヤー、有力キャラ有り余ってダブりまくってるような古参兵達だけがイベントで先陣を切って、中途のプレイヤー新参者イベントが始まっても様子見をしながら廃人達のイベントクリアを待ち、廃人達が出してくれた情報を見ながらステージクリア条件を把握して、自分の手持ちキャラをそのクリア条件に合わせるだけのゲームになるの。どうしても。だってデザインしてる人達がそれを前提にしてるとしか思えないステージ構成するんだもん。


廃人情報を生かして、身の程に沿って難易度を乙や丙に下げても、プレイヤーにはどうにも出来ないただの確率でいきなり直撃弾が来てキャラが大破することがままある。このゲーム駆逐艦1隻でも大破したら撤退が基本(冷静に考えたらどんな海戦だそれ)で、例えイベントと言えども最も低コストキャラ一隻すら捨て駒にする(ロストを覚悟するということ)って選択肢は有り得ない。それぐらい育成にかける時間がすごいから。


まりとっても保守的防衛的なプレイスタイルをどうしても強要されるのね。アグレッシブギャンブル的な行動を取っても全然見返りがないから。誰かを犠牲にして進軍したところで次で別の奴が突然直撃弾くらって大破する可能性は拭えないし。万全の準備をしても確率で大破撤退を強いられて、また艦隊時間かけて万全にする作業が始まる。



ちょっと話が逸れたけど、保守的防衛的にならざるを得ないゲーム性イベントでの「札」の存在は最悪の組み合わせではないか、という話。イベントストレスのかかる仕事をずーっとやってる感じがするのよ。報酬は合間にたまにドロップする新しいキャラ。このドロップ確率がかなり荒れるから運任せ感が非常に強い。楽しくなくなってくることも多い。



そこで改善の為の一案だけど、キャラの修理システムを大幅に見直しするのが良いと思う。

現状の修理システムは一瞬で修理できるアイテムに頼り過ぎの大味すぎるバランスになってる。馬鹿げた修理時間(強いキャラだと40時間かになる)か、アイテムで一瞬で修理完了かの2択。ドッグも4つしかないので一瞬修理完了アイテムを注ぐだけになってる。


修理ドッグの数を大幅に増やしつつ修理時間常識的ものに短縮して、途中までの修理も出来るようにして、その代わりにアイテム廃止してはどうだろうか。

これなら「1軍がダウンして戻ってくるまでの間は2軍が混ざって凌ぐ」といった状況が自然に現れてくる。「中途半端な修理を終えた1軍と万全の2軍どっちで行くか悩む」という状況も作れる。何より初心者~中級者もやる気があればイベント序盤から自力試行錯誤可能になる。自分の手持ちキャラなりに編成を組み替えて修理ドッグを回しながら戦っていくことが可能になる。


「艦コレのイベント問題点」というタイトルになったけど、根本的には修理システムの雑さの改善提案になった。でもここは本当に一番重要だと思う。






http://blog.livedoor.jp/sakurayuyuko/archives/21047041.html

2018-01-03

おせち料理おいしくない

保存のために美味しさを犠牲にしてるんでしょ?

おめでたい年始になんでそんなもん食わなきゃならないんだ。テンション下がるわ。

恵方巻きとか流行らす前におせち代替で美味いもの企画して流行らせてくれよ。

anond:20180102130531

ルートは当時叩いた人間の一人だったな

世界を敵に回しても好きな女の子を守る」「誰も犠牲にならない方法を見つける」なんて、ぶっちゃけよくある漫画小説主人公じゃん

こんな手垢のついた展開に大して人間味なんて感じないし、せっかくの型月世界が平凡な作品になってしまった

UBWが「借り物の理想だったけど理想自体は間違いじゃない」っていう、オリジナリティのある結論だっただけになおさら

最後唐突意味不明イリヤももちろんマイナス

2018-01-02

FGOが気に食わない

これは、典型的な「自分でやっていない、なにやら盛り上がっている作品を、気に食わないと上から目線批判する文章」だ。

本文は『月姫』と『Fate/stay night』のネタバレを含む可能性がある。特にFate/stay night原作を未プレイで、劇場版Fate/stay night [Heaven's Feel]』の続きを楽しみにしている人は、ネタバレを含むため読まないでほしい。

Blue Blue Glass Moon, Under the Crimson Air.

私が奈須きのこ作品出会ったのは2003年月姫月姫PLUS+DISC、歌月十夜の3作が収められた『月箱』であった。いわゆる型月ファンとしてそれほど古参というわけではない(型月における古参とは、竹箒に連載されていた時代の『空の境界』読者――とまでは言わないものの、最低でも2001年には『月姫』に触れたレベルを指すものだろう)。当時『ONE』『Kanon』『AIR』に心酔する所謂鍵っ子」であった私は、もちろん月姫の噂は聞いていたものの、手を出すきっかけを掴みかねていた。月箱が頒布されたのは、そんなときである歌月十夜まで一揃えで化粧箱に収められたそのパッケージは、初めてのTYPE-MOONとしては最適であった。同時期、彼らが商業へと移行し、次回作Fate」は商業ゲームとしてリリースすることを発表したことも背中を押した。群雄割拠エロゲ界についに鳴り物入りで乗り込んでくる新進気鋭の代表作を、体験しておかねばならぬと考えたのだ。

果たして、私はTYPE-MOONの虜となった。

月姫』は衝撃であった。連綿と積み重ねられてきたビジュアルノベル恋愛アドベンチャーゲーム文法に沿っていそうに見えながら、しかし決定的に異なる「それ」は、私に新しい刺激を与えてくれた。私はシエル先輩が好きになった。この文章を打っている2018年に至ってなお、人生オールタイムベストシエル先輩だと胸を張って言える。もちろんそれだけではない。ファーストインパクトとなったアルクェイドが醸し出す寂しさを、そして、ひまわり畑で微笑む琥珀さんの愛おしさを、今なお昨日のことのように思い出せる。

月姫の魅力のひとつに、不思議ノスタルジーがあると思っている。あの文章グラフィックと音楽には、懐かしいナニカを思い出させるものがある。去り行く少年時代を描いた作品だからだろうか。遠野邸の遠い記憶がそうさせるのかもしれない。

PLUS+DISC、歌月十夜まで一気にプレイした私は、そのまま『MELTY BLOOD』も楽しんだ。シエル先輩を動かせるのが楽しかった。弓塚さつきの話が出ると抜き身のナイフのようになる志貴を思うと切なくなった。琥珀さんが楽しそうで涙が出た。G秋葉ゲラゲラ笑った。

したらばのTYPE-MOON板にも入り浸った。それまで葉鍵板が主戦場であった自分が。当時、すでに「月厨」は鬱陶しい存在として認知されていた。私は努めて無関係な場ではTYPE-MOONの話をしないようにし、型月板でその分、目一杯、楽しんだ。たくさんのアンソロジーコミックにも手を出した。武梨えり佐々木少年磨伸映一郎……(そういえば特に好きだったこのお三方はみな現在商業作家として活躍中であり、同時に、シエル先輩ファンであった。当時、武内崇は「シエル先輩が好きな作家さんは漫画力が高い人が多い」というような趣旨の発言をしていた記憶がある)。

だが。不思議もので、このとき私は『空の境界』にはハマらなかった。もちろん原作は読んだのだが。当時、マルチシナリオ形式のビジュアルノベル未来を見ていたためか。あるいは、純粋に趣味に合わなかっただけなのか。後年、空の境界アニメ映画化され大ヒットを飛ばすことになる。

――――――体は剣で出来ている。

2004年、ついにTYPE-MOON商業作品第一弾『Fate/stan night』がリリースされる。もちろん発売日に予約して買った。事前の雑誌での情報を見ていて、藤ねえお気に入りだった(まさかあんなことになるなんて)。ライダーさんはビジュアルだけ見て絶対アサシンだと思っていた。体験版の段階でクオリティが大幅に上がっていることは明らかだった。心が躍った。世界が変わる瞬間が、目の前にあった。

魔術師英雄跋扈する本作を終えて、私は思った。私は優秀な魔術師でも高潔英雄でもなく、なんでもない、取るに足らない、醜い人間が好きなんだと。だから私は、間桐桜衛宮士郎物語が好きになった。

桜は魔術師ではあるが、本作においては魔術師としてよりも、もっと違う存在として描かれる。衛宮士郎もまた、魔術師ではなく魔術使いとして描かれる。そしてラストシナリオであるルートでは、桜は家族呪縛から解き放たれて人間として生き始め、士郎は正義の味方に憧れたロボットからひとりの人間に生まれ変わる。魔術師英雄が闘い続けた果てにたどり着いたのが、ふたり人間の、人間としての歩みであったことは、とても感動的で、同時にこれが、奈須きのこが幻の弓塚さつきルートで実現しようとした未来なのではないか想像した。

そして絶望する。ご存じの通り、桜ルート批判された。当時の型月板は荒れた。セイバールートと凛ルートが絶賛されるとともに、桜ルートは徹底的に批判されたのだ。

イリヤスフィール物語オーバーラップして主題が分かりづらいという主張には一理ある(一説にはイリヤルートを作るリソースが間に合わず、桜ルートに混ぜた、と言われている)。描写不足であるという批判も、ある意味では仕方ないだろう。だがそれ以上に、ファンたちは、「多くの人間を殺しながら幸せなエンドを迎える桜」と、「正義の味方であることを諦めてセイバー犠牲にした士郎」を批難した(正確には、彼ら2人に対してというより、そのようにある物語を避難した)。私は憤慨した。衛宮士郎の、何を見てきたというのだ。

正直に言うならば、私はセイバールートや凛ルート衛宮士郎が嫌いだ。凛ルート遠坂凛も苦手である。はっきりと言ってしまえば、物語として楽しみながら、登場人物たちに対しては苦々しい思いを抱き続けてプレイした。そんな彼らが、桜ルートで丸ごと好きになった。桜ルートでは、みな、人間として生きている。それが愛おしかった。

同時に、TYPE-MOON作品のふたつの側面のうち、ファンに望まれる側と、望まれない側が見えた気がした。考え過ぎかもしれないけれど、私がより好む側は、望まれていないように見えた。

それは、未来を取り戻す物語

これ以降、私はTYPE-MOON作品と少しずつ距離を置くようになっていく。厳密に言えば『Fate/hollow ataraxia』は心から楽しんだ(アンリマユとカレン・オルテンシア物語はとても好みだ)。だが、『DDD』は未読、『Fate/Zero』は同人誌として頒布された際に1巻だけ読んで断念、『Fate/unlimited codes』『Fate/EXTRA』には手を出さず、期待した『魔法使いの夜』はプレイしたものの、それほど心惹かれなかった。この間、各種メディア展開で楽しんだものは、佐々木少年による漫画版真月譚 月姫』のみであった。パスタ先輩のことは一生許さないよ。

時は流れ、2014年7月27日。もうTYPE-MOONに何の期待もしなくなった私は、それでも「Fate Project 最新情報発表会」をニコ生の中継で見ていた。そこでUBWのテレビアニメ化や『Fate/strange fake』の正式出版化に並んで、ひとつの新作が発表された。『Fate/Grand Order』。通称FGO。ついにソーシャルゲームをやるのか、と私は冷めた目で眺めていた。むしろ発表会本編終了後のサプライズHeaven's Feel劇場版制作決定の発表の方が魂が震えた(今でもあの瞬間の、観客席からの絶叫と、涙を流しながら挨拶をする下屋則子さんの姿をよく覚えている)。

私はソーシャルゲームほとんどやらなかった。手を出してみたことはあるが、純粋に楽しみ方が分からなかった。というよりそれ以前に、私はいわゆるオンラインゲーム全般が合わなかった。だからFGOが楽しめるかどうか不安だった。2015年サービス開始に合わせてダウンロードし、序盤をプレイした。だめだった。まったく合わなかった。どう頑張っても楽しむことができなかった。私はFGOをアンインストールし、Twitterタイムラインに流れてくるFGOプレイヤーたちの悲喜こもごもを眺めるだけになった。年を重ねてしまった、と感じた。

やがて、現実人間関係の中でも、FGOの話題が上がることが増えてきた。2016年末のイベントの様子はTwitterでも見ていたが、彼らはとても熱っぽくFGOがいか面白く、衝撃的で、とてつもないかを語った。私は羨ましかった。もうTYPE-MOON作品でこんなにも熱く語れることはないだろう。そう思った。

私はFGO本編をプレイしていない。いろいろと明かされたアレやソレを、なんとなく知識で知っているだけだ。そうした立場評価するのは御法度であろう。それでも私はFGOが気に食わない。これは負け惜しみだろうか。それともただの老害しかないのだろうか。私が好きだった奈須きのこTYPE-MOONの描く取るに足らない人間たちの物語は、もしかするとFGO本編でも繰り広げられているのかもしれない(琥珀さんルートや桜ルートが好きで、かつFGOのシナリオがそれと同様に面白い、という人がいたら、ぜひ魅力を語ってほしい。皮肉ではなく、ぜひ知りたい)。だけれども、数多くの英雄スマートフォン上で戦い続け、それをプレイするファンたちが嬉々としてお気に入り英雄が引けたことをTwitter上に報告する様子を、どこか冷めた気持ちで眺めてしまう自分に気付く。私がTYPE-MOONに求めていたものは、これだったのだろうか? 幾度となく繰り返されてきた、単に自分が望むような創作から外れていってしまった存在を寂しく思うという、これはきっとただそれだけのことなのだ。つまり、八つ当たりと取ってもらって構わない。

劇場版Fate/stay night [Heaven's Feel] I.presage flower』は、公開初日に映画館に観にいった。素晴らしかった。須藤友徳監督の、間桐桜と桜ルートに対する圧倒的な「理解」に目眩がした。アバンで桜と士郎の「それまでの日々」をたっぷり描いた時点で、完全に勝利だった。FGOで得た利益でこんなにも素晴らしい映像作品が作れるのなら、FGOに感謝すべきであろう、などと思った。第二章も楽しみだ。

なんて無様だ。意味もなく生きてるのはおまえのほうだろ

聞くところによると、FGOの世界には死徒二十七祖(という概念)は存在しないそうだ。私が好きだった奈須きのこワールドとは違う世界がそこにあるのだな、と改めて思った。繰り返すが、これはただの八つ当たりだ。

2017年末も、FGOは盛り上がっていた。きっと酸っぱいに違いないと、私は新年からこのような文章を打っている。2008年4月、月姫リメイク制作決定が発表された。今年、ついに発表から10年が経過する。優先順位があることくらい私だって理解できる。だからもう「月姫リメイクはよ」とは言わない。そのようなファンに耳を貸す必要だってない。FGOを楽しむ人々に向けて頑張っているスタッフの皆さんに、おつかれさまです、と声をかけたい(年始メンテおつかれさまです)。FGOという作品批判する気もない。そもそも批判できるだけの素地すらない。何しろプレイしていないのだから。本当に申し訳ない。

結局のところ、私はTYPE-MOONが、奈須きのこ世界が好きだったのではなく、ただ『月姫』という作品が好きだっただけなのだろう。あるいは、月姫が生まれた、あのころが。

これは八つ当たりだ。私はFGOが気に食わない。ただそれだけの、書き初めである

娘の抱負

‪うちの母はスラッとしたカッコいい女性が憧れだが自分チビデブ(母の談)だからそういう格好ができないといつも口癖のように言っていた。そのせいか、娘である私にボーイッシュな格好をさせたがったし、そんな格好をさせられた3歳の私が道であった外国人に「ボーイ?」とニコニコ声をかけられたというのが、母からもう何千回と聞かされた自慢話だった。‬

‪でもその裏で、幼児だった私が欲しいと言ったお姫様ドレスも、みんなが履いていた段フリルスカートも発表会の花柄ドレスも全部罵倒対象だった。笑ってバカにして、私にさせてる男の子っぽい格好やスッキリとしたデザインの服が一番可愛いと何度も言った。うちの子が一番可愛いの子は全く可愛くないと。他の子はダサくて芋くさくてどうしようもないと。私は常に誰かへの否定を聞いて育った。‬

‪私は発達の早い子供で、文字が読めるようになるのも抜群に早かった。賢い子ってのが小さい頃からの周りの評価で、周りの多くの人達が「ご両親に似たのね」と言った。母にはそれが最高の自慢だった。でも、私は高学年になる頃には落ちこぼれて、勉強について行けなくなった。‬

勉強しろと何度も言われたけど、勉強のやり方もわかっておらず、結果は出なかった。そんな中でも自分なりに考えてテスト前に一生懸命作ったノートを母に見せたら「今更そんなことしてんの」とまたバカにされた。机に向かえば「明日は雨が降るんじゃないか」と、わざわざ私の部屋を覗いては、母は何度も笑った。‬

‪中3の頃、教室私立高校の案内本の制服特集を眺めていたら、担任が「ここの制服可愛いよな?どうや?」と私に勧めてきた。可愛い制服がウリの偏差値はお世辞にも高くない学校。今思えば私の学力にちょうどいいレベル。‬

‪でも私の答えは「制服バカっぽいから嫌」担任ものすごく驚いた顔をしたのを見て、自分がひどい事を言ったことに気づいた。二度と口にしなかった。でもこれは母からずっと言われ続けてきた事そのままだった。バカっぽい制服。そんなところには行くな、と。‬

‪結局、私は高校地元底辺校に進んだ。その程度の成績しかなかったからだ。入学説明会の日、同じ高校に進む事になった近所の小学校から同級生の子ママさんが「お互い良かったですね」と母に声をかけたんだそうだ。そのママさんは高校合格を素直におめでとうという気持ちだったんだろう。‬

入学説明会からの帰りの車の中で「なんであんな子の親に『一緒でよかった』なんていわれなくちゃいけないんだ。恥だ。」と殴られた。この件はさすがに母も後からやり過ぎたんだと思ったんだろう。数年が経った頃に「あの時は悪かった」と潤んだ目で唐突に謝られた。「別にいいよ」と私は小さな声で答えたけど、それ以外の返事が許されただろうか?‬

大学は家を出て、実家から離れたところで一人暮らしをした。相変わらず私の成績は悪く勉強も好きではなかったが、大学進学は幼い頃からずっと母に言われ続けてきた進路だった(短大、専門、就職は母の激しいdisりの対象だった)し、一人暮らしも母がそうさせたいと強く希望した事でもあった。なぜなら、母自身がそういう学生生活を送ったからだ。‬

一人暮らしを始めてからバイトをしたいと何度も言ったし、実際いくつかしたけど、その度に母は「学生のうちから働くな」「金なら全部出してやる」と繰り返し、実際私がシフトがあるから実家に帰れないといえば「そんな事より家族大事にすべき」「親不孝だ」と私がバイトを続ける事を良しとしなかった。‬

‪それに乗って「じゃあいいか」と甘えた私にも問題はあったのだろう。しかし、それからはずっと「あんたは親に全部金を出させた親不孝者」「あんたは恵まれている。親に感謝すべき」「すねかじりが偉そうに金返せ」と言われ続けている。‬

自分が認めなかった事も、自分がそうするように私にいい続けた事も、母の中では全部なかったことになって、私の希望を全部言われるままに叶えてあげた優しい親だと自分の事を思っている。そして「子供犠牲になったかわいそうな私」と繰り返しアピールするのが母のいつものパターンだった。‬

‪同じ頃、父の浮気騒動があった。母は荒れた。何度も実家に呼び戻され、家族のための時間を過ごせと言われた。当時高校生の弟と二人で、母から涙ながらに「お父さんは『エッチはしてない』と泣きながら話した」と聞かされた。何で自分の親のそんな話を聞かなくてはいけないのだろう。心底気持ち悪いし聞きたくもないと思ったが、黙っていた。弟も何も言わなかった。‬

‪泣いて喚く母の話を何度も聞き、母を否定しないように過ごした。少しでも母を否定するニュアンスのことを言えば「あんたまで私をコケにするのか」と罵られるからだ。散々罵倒されたあとは「あんなことを言って悪かったね」と泣かれる。そして「いいよ」と私は言わなければならない。おきまりパターン。そんな気持ちの悪いやりとりをできるだけ避けたかった。‬

‪両親はその後関係を修復したようで、この頃の事はなかった事のように蒸し返されることのない家族タブーになった。‬

‪母は当時はまだ少数派のフルタイムWMだった。父も一流企業研究者で、高給取りだったので、母は止むに止まれず働きたくないのに働いていた…というわけではない。母も仕事がしたかった人だった。それは別に生き方の一つの選択だと私は思う。‬

‪でも母はそうは思ってなかった。働く自分は最高で、専業主婦いか無駄無能か、そんな選択バカだ、そんなだから○○ちゃんの母親や××ちゃんの母親は…と友達の親の非難を何度も子供だった私に聞かせた。‬

‪私が学生の頃も社会人になったあとも母と同じ職を選べと何度も言われたけど、それは断った。資格を取るための金も出してやると言われたけど、その職に興味がないからと避け続けたのは、今となっては本当によかったと思う。‬

‪私は妊娠した時に、仕事も辞めて一旦専業主婦になる道を選んだ。旦那希望でもあったし、私の希望でもあったから、私たち夫婦の中ではそれで問題はなかった。‬

‪でも、母は自分が散々バカにしてきた専業主婦の道を自分の娘が選んだことが面白くなかったようで、私が悪阻が辛いと寝ていると聞けば「私は仕事をしていて悪阻なんかで倒れていられなかった」と電話をしてきては繰り返した。‬

産後、初めての育児しんどいといえば「専業主婦しんどいわけあるか」「専業主婦のくせに忙しいわけがない」とバカにして笑った。その後にはいかに自分が働きながらの育児に苦労したか辛かったか、そんな思いをさせたあんたは親不孝、感謝すべきという言葉が必ず並んだ。‬

‪産まれたうちの子供は障害児だった。たくさん本を読んでネットでもたくさんの親子に関する情報に触れた。親子で療育にも通い、子供への接し方についても多く学んだ。そんな事をしながらの第二子妊娠出産。ここまでそれなりに大変な育児だったように思う。‬

‪そして、そんな子育ての中で薄皮を剥がすように少しずつ少しずつ、母の私に対するあれこれはおかしかったのではないか?そういう思いが私の中で浮かんでは消えていた。‬

‪数年前に実家リフォームをした。私はインテリア住宅特集を見るのが子供の頃から好きで得意だったのでアドバイスをして欲しいと言われ、何度も実家に通った。担当営業マンと、ここはこういう風にした方が…なんて話を一生懸命していたら横で聞いていた母が「はっ。偉そうに。」と吐き捨てるように言い放ったのは今も鮮明に蘇る。‬

自分が手伝ってくれと呼びつけておいたものの、娘が自分差し置いてイキイキと一人前に話をする姿に耐えられなかったんだろう。思えば、子供の頃から私が何をするにも「偉そうに」「いっちょまえに」「でも○○はできない」という言葉が付いてきたな、と思った。この頃から違和感がはっきりしてきたように思う。‬

‪定年を迎えた母は頻繁に我が家に来るようになった。孫へと過剰なほどの物を抱えて「ここに来ると金がかかる」と口癖のように言っていたが、どこにでもいる孫に甘すぎる祖母の姿だと思っていた。‬

‪母は会うたびに、私の掃除の仕方、家事の仕方、夕飯のおかずの品数、体型、服装生活全てを笑いながら否定し、自分はいかに頑張っているかを語っていたが、私は黙って聞いていた。母にとってそれは最高に面白いジョークのつもりだったからだ。‬

‪内心では苛立つ事もあったけど、それを表に出せば、それ以上の言葉否定されるのがわかっていた。母のその性格が治る日が来るとは思えなかった。老いていく母にもうそれを指摘するのも酷だと思っていた。だから私は何も言わなかった。‬

他人からみれば、楽しそうに会話する仲のいい母娘に見えていただろう。‬

しかしついに母と揉めた。きっかけは些細な売り言葉に買い言葉だった。私の中で剥がれ落ちた薄皮は相当な量に達していたのだろう。違和感に私が我慢しきれなかったのだ。‬

‪私に反発された事で、母は発狂した。浴びせられるマシンガンのような暴言否定。今までの私の人生否定し、いかに親不孝かを叫び怒鳴り散らしながら、自分子供(私)のせいで我慢を強いられているんだと喚き散らす母に「私にだってずっと我慢してきた事はある」と初めて言った。母はその内容を聞く事なく「お前のなにが我慢だ。親不孝め」と、また暴言否定を吐き続けた。‬

‪その場に居合わせたうちの娘たちは、自分母親(私)が目の前で罵倒される姿を見て、驚いて固まっていた。そして不安がって泣いた。その間も母の暴言は止まらず、うちの娘の障害名まで母は私への罵倒言葉に使った。娘たちの前でだ。無理だと思った。もう無理だと思った。‬

‪母は自分で「どうせ私は毒親だ」と叫んでいた。そんなふうに考えた事は今まで一度もなかったが、その時初めてそうかもしれないと思った。そしてまた、もう無理だと思った。‬

‪この先、私はどうするのか。もう答えは決まっているのではないか。本当にそれができるのか。いまはまだ立ち止まっている。‬

しかし目の前の扉は開いてしまった。扉の向こうの世界は明るいだろうか。険しいだろうか。一歩を踏み出す決意をしたい。それが娘である私の今年の抱負。‬

2017-12-31

どうしても無気力

ここ半年仕事をするマシーンになっている。面白みはないが、辞められない。部門の人数が少ないから、使命感だけでやっている感じ。

自分が抜けたら会社はどうなる?」っていう思いだけで続けてる。

年末連休に、楽しみにしてたイベントに行ったけど、途中から仕事のことが頭に浮かんできて全く楽しめなかった。

別の自分が「こんな所にお金かけて意味ないじゃん。無駄無駄。」って言ってる。

仕事は大切なんだけど、そのために自分犠牲にするのに疲れた

氷河期世代

https://www.asahi.com/articles/ASKDT6HWYKDTULZU014.html

とりあえず、自分就職活動してた時とか、日雇いで働いてたときに、「構造改革」と言ってた人たちとか、今「リベラル」って名乗ってる人たちは、何をしてくれたんですかね。

その後這い上がって今は技能職の正社員で部下無しだけど役付きなところまで来たけど、年も年だし、一生独身だと思う。

自分たち年金退職金のために自分の後の世代犠牲になれ」ってのを望んだんでしょ?

anond:20171231152832

団塊ジュニア世代を見殺しにした、それ以前の上世代だよ。

石油危機大阪万博が終わった時点で、工業化社会以後の「脱工業化社会」への転換をしなかったから。

金余りによるバブル膨張、そしてバブル崩壊犠牲となったのが氷河期世代

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