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はてなキーワード: アカデミックとは

2022-05-28

ブログネット時代は、知力と発信力さえあればちりきんさんみたいにエヴァンジェリストになれるんだよな

昔の時代は本を出すのすら紙が高くて無理だったし、印刷が発達してから出版できるのは一部のアカデミックな人に限られたからなあ

二宮尊徳のような人は稀有である

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%A1%E3%81%8D%E3%82%8A%E3%82%93

2022-05-14

anond:20220514160912

いやTOEICちょっとやってサークル入るだけで就活対策できるところに言ったんだよね

アカデミックに染まるのは素晴らしいと思うぜ

anond:20220514160613

アカデミックに染まるのは悪いことではないと思うが…

anond:20220514155223

少しでもいい企業就職して稼ぎたい

これだけだったら正直、文系ならTOEIC勉強して適当サークル活動してれば良いだけの話。大学学部生へのライティング指導してるんだけど、最近男子学部生は就職とかを度外視したアカデミック学習抵抗がないというか、寧ろ貪欲勉強しようとしてる感がある。文理問わず

2022-05-11

偽装アカウント話題の青識亜論だが

擁護論法として

「青識はソーカル事件をなぞる形で偽アカウント・偽ツィートを利用したに過ぎない。 これは運動内部での熟議が行われず、愚劣な発言でもフェミ側の発言であるなら批判しないフェミニズム運動偽善性を鋭く指摘するアカデミックな働きである

みたいな話が「理系を自認するアカウントから出てきそうな気がする。

 

「青識がダメならソーカルのしたこともダメだということになる」

 

みたいな。

2022-05-06

「たわわ」がNG園子温が"無罪"になる、フェミニスト不都合な真実

※末尾に追記付与

※末尾に追記2(5/7 19:26)、追記3(5/8 01:45)を付与

追記3のリンク先に追記4(5/8 9:21)を付与

※園子音氏に関する一部表現修正週刊誌報道を認めての謝罪ではないと判断したため。こちらで係争中と見られる件の善悪についての判断をするのは不適切判断し、関連する記述は削除した。(5/8)

何故、フェミニストの中では「たわわ」がNGで、園子温は"無罪"(論じる必要がない対象)なのか?何故、オタクバッシング対象で、ホスト共感対象なのか?フェミニスト性質の中にその答えが眠っている。

フェミニスト活動家達には、何故こんなに一貫性が無いのか???

こんな事を一度でも思った事のある方は、少なく無いのでは無いか

フェミニズム不思議

何故、フェミニストは、実際の被害者が居ない「たわわ」にお熱になるのに、被害者と称する女性からの訴えが週刊誌に載った園子温にはさほど関心を示さないのだろうか。

何故、フェミニストは、「海、似合って無いね動画における反応のようにインドア派の男性(というかオタク)への蔑視を隠しもしない一方で、実際に女性搾取するホストに対しては、さほど怒りの声を上げず丁重に扱ってしまうのだろうか。

何故、成人指定でも無いお色気漫画ゾーニングを強く求める一方で、BLに対するゾーニング抵抗自由を求めてしまフェミニストが出て来てしまうのだろうか。

その背景には共通パターン確認する事が出来る。

そのパターンについて、ここから解説する。

フェミニスト諸兄は、胸に手を当てながら読んで頂き、自分に当てはまる点について、「アップデート」する事は出来ないか、じっくりと考えてみてほしい。

フェミニスト論理は「〜だからダメ」ばかり

フェミニストは、「〜だからダメ」というタイプ論理を多用する。

性的魅力を強調するからダメ

性差別的だからダメ

「○○な表象が含まれいるから、ダメ

公共の場に相応しくないから、ダメ

フェミニストが火をつける炎上は、基本、この論理タイプで起きる。

一方、フェミニストは「〜だから、良い」というタイプ論理使用する事については慎重だ。

男と女制度上同等であるから、良い」

女性積極的登用があるから、良い」

男性育児に参加するから、良い」

この論理使用する場合フェミニストでなくても言える以上の結論となる事は、あまりない。「性的表象」のような妙なフェミニスト用語を使うケースは滅多に見ない。誰もが「そりゃそうだ」と思えるレベルの、ある意味無意味な内容の時に、好んでこの論理を使う事になる。

これはどういう事を意味するのか。

フェミニズムは良し悪しの線引きに向き合わない

フェミニズムは「何が良いのか」「何がダメなのか」という事の境界線をきっちり引くことに、正面から向き合っていない、ということだ。

そして、境界線がないが故に、個々の事象に対する良し悪しの判断が、個々のフェミニストに内在する、明確な境界線のない嫌悪の反応(つまりは「お気持ち」)に委ねられてしまう事になる。

一人一派」と言う表現は、その現状を言い換えているだけに過ぎない。

次の論戦を見てみよう。

https://togetter.com/li/1873195

この議論で最も重要な指摘はCDB氏による以下のコメントである

小宮先生は『まずUN WOMENの主張を理解せよ』と仰いました。なので、『UNWは広告表象問題にしており、表現修正すれば掲載可能である』と主張していると解釈されるのか、それともUNWは作品のもの広告掲載不適切であると主張している』と解釈されたのか、小宮先生解釈を伺っています

「たわわ」の広告表象問題であるのか、作品問題であるのか、という質問である小宮氏はこれに直接回答する事を避けている。

小宮氏を少し擁護すると、これは小宮氏でなくとも回答が困難な問いであろう。何故なら、UN WOMAN側がどちらの解釈が適切なのかを提示していないからだ。そもそもフェミニズムが、この場合にどう判断するかという線引きに十分に向き合ってこなかったのだから小宮氏にはどちらとも言えないのである

フェミニスト理屈はいつも後付け

UN WOMANコメントがなければ解釈が出来ない、という構造は興味深い。つまり結論が先にあって、その理論付けは後から行う、と言う実態示唆しているかである

多くのフェミニストの主張では、個々の事象に対して、それを許すか許さないか、についての個人無意識的なバイアスに基づく判断が先にある。そこから理屈が逆算される形で構築されるのである

最近、「当事者性がある人が批判するべき」「当事者性がなくても批判できるべき」と、シチュエーションによって主張が安定しない論者が話題になった。

理由簡単で、その場その場で結論から後付けで理屈を構築しているかである

シチュエーションによって、議論構造と前提が異なるため、その場で自分に都合の良い形(言い換えると「お気持ち」)で論理を組む事になる。結果として、ダブルスタンダードな主張が散見される事になる。

フェミニスト自分ジェンダー観に鈍感

良し悪しに関する客観的物差しの不在はまた、男性に向ける物差し自分適用しないように巧妙にサボる事も可能にする。

「海、似合ってないね」という例の動画を見れば、これがジェンダー的にかなり多くの要求男性に課している事は間違いない(性別を逆にして、スタイルの悪い女性に「海、似合ってないね」と言ったら大炎上するのは、火を見るよりも明らか)。しかし、何人かのフェミニストはこの動画を絶賛した。

それは、彼女らが自身の中にジェンダーについての規範インストールしてこなかった事を強く示唆している。言い換えると、相手に求める厳しさを自分適用していない、という事である

「たわわ」や「宇崎ちゃん」に怒りながら、BLの不健全図書扱いに怒るフェミニストもまた、非常にわかやすい例である。男女間で別の基準適用することの狡さを、本人の中で言い訳をしながら共存させてしまっているのである

フェミニスト自分を省みない

フェミニストは、ダブルスタンダードと言われても意に解さない。

自分悪者になりうるような基準を、そもそも自分の中に持たない(もしくは言い訳、という形でパッチを当てる)事で、「自分おかしいのではないか」と懐疑心を持たなくても済む、という構造があるからである

なので、フェミニスト自分が責められた時によく使うロジックは、「それには当たらない(だから自分は悪くない)」である常に自分は(何やかやと言い訳をして)安全地帯にいることになっているのだ。

私見だが、

この文章を読んだフェミニストは恐らく「これは、きちんと書けていない。だから自分の話では無い」と矮小化するか、「この論理破綻している。だから認める必要はない」と全てを排除するか、の大きく2つの類型に向かうのではないか、と予想している。

フェミニストの一部に非常に性格の悪い人間が居る。多分本人は気づいていないだろうが、周囲からは丸わかりである。これはフェミニズム他責型の人間にとって居心地が良い構造にあることと無縁ではないだろう。

フェミニスト自分の行動に責任を取らない

フェミニストは行動を起こした結果がどうなろうと、その事にはあまり関心を持たないし、結果に責任を取ろうともしない。ましてや「これはやり過ぎたのでは?」と思う事もない。

オープンレターの件が良い例である

最後の点が特に問題だ。

大量の人間を集めて、一人の人間を徹底的に糾弾するほど、社会的に強いメッセージを発している。にも関わらず、問題が起きても、誰も責任者が出てこない。これはあまりに情けない話で、呆れている。何故フェミニストはこんなにも無責任人間の集まりなのだろうか?

フェミニストには権威主義者が多い

オープンレターでもう一つ興味深いのは、「教授」などの肩書きをとても重要視している事だ。単なる署名であれば肩書き不要であるはず。肩書きをつける事で権威を付けて相手攻撃しようと言う意図を読み取る事ができる。

たわわの件でも「UN WOMAN」が日経新聞に抗議するというアクションが取られている。

演繹的な議論を嫌う性質と、結論ありきの権威主義は相性が良いといえば言い過ぎだろうか?

この文を読んで、「アカデミックバックグラウンドを持つ人物かどうか確認出来ないかダメ」と考えるならば、それはつまり権威主義の病が膏肓に入っていると言えるだろう。

まとめと提言

以下、フェミニストフェミニズムの特徴をまとめてみる。

フェミニスト自分を省みないので、まともにこれを読まない人間がきっと多数だろうが、フェミニストでなければ首肯する点が多いのではないか

また、上記の逆になるように行動するようなフェミニスト健全であるとも言える。皮肉ではなく、そのようなフェミニストであれば全力で応援したい。

他者にばかりアップデートを求めるフェミニストに自らのアップデートが出来るとは到底思えないが、実現すれば結果としてもっとジェンダー的にフェアな状況が生まれるように思える。

若い世代フェミニズム離れが進むのは、こういうフェミニストフェミニズムの(卑怯な)特性に嫌気が差している部分も大きいと考えるからだ。

追記

面白いなー。園子温への対応の話以外にも一貫性の無さを取り上げているのだけど、園子温の件を否定できれば俺無罪!!という感じのブコメが多くて興味深い。通底するテーマ批判するかしないかに関する基準の無さ、一貫性のなさだよ。園子温に対する考え方をちょろっと批判した、という程度では揺らがない部分。

BL無罪の人なんて、フェミニスト矛盾体現するようなアクションだったけど、そこには全く目を向けない。まー、フェミニストは、自分問題があるかもしれない、という論理は受け入れ無いということが良くわかる。

追記2

lacucaracha:

無罪なんて言ってるひと見たことないが、単に『100%有罪なので語るべきものがない』だけでは。

有罪から語るべきものがない、って不思議論理だね。UN WOMANが、園子温(や榊秀雄)のような現在進行形問題よりも先に、たわわのように複雑な議論必要事象糾弾したのは何故?

cinefuk:

園子温批判しないフェミニストなんか、僕の少ない観測範囲はいなかったけどな。

女性差別的な文化を脱するために」と、特定人間貶めるためにフェミニスト結集し、オープンレターを叩きつけ、失職に追い込んだのと比べると、今回は弱々しいですね。名指しでないオープンレターぐらいはあってもよかった。

(女性原作者オープンレターフェミニストの手柄にするような下衆しぐさはしませんよね?)

「たわわ」との違いは、園を免罪しようとする擁護が出なかったからでは。炎上案件は、フェミ批判より反フェミが盛り上げてる印象

たわわには反論すべき論理もあるけど、それ故に炎上責任を負わされる、という構造があるのであれば、それは容認していいの?

ウクライナ抵抗たか戦争が激しくなった、みたいな論理ですよ、それ。

todomadrid:

園子温を支持しているフェミニストなんて存在するの?そしてそもそも広告バッシング広告主や媒体、もしくは痴漢バッシングしているのであって、オタクバッシングしてるわけじゃないので勘違いでは。

何で「園子温を支持している」にすり替えてるんだよ。こういうフェミニズム卑怯さの構造説明したんだからしっかり読め。

フェミニストオタクバッシング結構見苦しいものがあるので、これも話をすり替えないように。だから、たわわと園子温事案の熱量の差は何だよ?という話をしている。

kohgethu:

誰が性的加害やらかし映画監督どもを無罪と言ってるんだ?奴らは粛々と社会的制裁を受けてるし騒がなくても罰せられている真っ最中なので騒ぐ必要が全く無い。もしも当人が足掻いたならたわわレベル炎上するよ。

当人が足掻いたならたわわレベル炎上する?本当に?

https://www.jprime.jp/articles/-/23703

Domino-R:

主語が大きいとも違うが、この「オレは他者を語れる」という自信は一体どこからくるのだろうか?

やりたかったのは、フェミニストの不誠実さの見える化

一昔前に、一部の女性自分フェミニストをやめたと、怒りながらに距離を置くのを見ていたが、理由が分からなかったんだな。

フェミニストとの議論を通じて気付いたのは、フェミニストの立論が場当たり的で、論理がなく、端的に不誠実だという事。何故か自己中心的で、話のすり替えに余念がないクズが多くて、腹が立つ事がやたら多いんだよ。

それを単に整理整頓たかっただけ。

フェミニストは、ツイフェミに限らず、例えば立憲民主の中で、まともな議論を尽くさずに議員を辞職させたりしている。害悪が大きくなるばかりじゃん。その構造クリアでなかったので、まず見える化をしようとして書いた。

今回まとめた特徴に合致しないフェミニスト、ほんと見つからいね。居たら連れてきてよ。1人でも居ます

追記3

こっちに移動

https://anond.hatelabo.jp/20220508015135

2022-05-01

anond:20220501072627

田舎だと99%そうだね。

地方だと77%くらい。

首都圏でようやく50%くらいかな。だから日本フェミニストは怒るわけ。

その記事のどこにもこんな数字出てないでしょ。統計資料出して、どうぞ。

事実と言ったのも数字を出したのもそっちなんだからさ。

田舎中学だと、部室で酒とセックスパチンコの話しかしてないよ。

中学で、アカデミックな話をする個体は1/280くらいだね。

一%もない。

高校で、アカデミックな話をする個体は3/440くらいかな。

これまた一%もない。

その3はすぐインターネットで顔が出てくるけど。(大学とか病院サイトだよ)

これが田舎現実

こっちも統計資料よろしく。具体的な数字が出してるんだから当然あるよね。

2022-04-30

BLの加害性とナマモノにおける「隠れる」の現状

BL現実の加害に繋がらない」ってのが、一般的腐女子の間でもアカデミックBL研究してる人の間でも一定コンセンサスとしてあるみたいなんだけど、あれは全くおかしいよ。

オープンめな腐女子による男性(ゲイカップル等も含む)へのセクハラ言動とか、重めの話ならBL好きの姉に性的イタズラやレイプをされた弟の話とか、まああげれば色々あってキリがないんだけど…

表現のものでいえば「ナマモノBL」ね。

題名にもある実在人物を使った2次創作

あれ、村の中でのルールでは"隠れてればOK"ってことになっていて、検索避けや伏せ字等をどれくらい徹底するかで常にケンカしてるんだけど

まり語られない重要な点として、ここで言われてる「隠れる」って、リアル友達2〜3人同士でこっそりノートを見せ合うようなものとは全然違うわけ。

pixivとかで見てみたら分かるけど、タグ付け等で"隠れた"先に

50人、100人いや場合によっては1000人、10000人の読者がいるの。

これは果たして隠れているのか?

隠れているってなんだ?ってならない?

"隠れ家"の中にさ、日本武道館3分の2埋まるくらいの人がいて公開されてるわけよ。1万人っていえば。

でもタグ付け等してれば「配慮されている。合格。」ってことになる。

これ普通に考えて認知が歪んでると思うんだよね。

たとえ本人に見えないようにしても

同好の士1万人」に公開してる時点で問題あるに決まってるだろ。

そろそろ自分に都合の良い"村の掟"から脱して自分の加害性に向き合った方がいいよ。

2022-04-15

フェミニズムが傷を抱えた人間セラピーになることについて

前書き

現代日本フェミニズムは、傷ついた人間が慰め合うセラピー看板のような機能を持っていると言える。

弱者が慰め合える駆け込み寺、いわばフェミニス堂があること自体は良いことだ。

エンパワメントシスターフッドという精神性・関係性を重視した言葉最近人気なのもその一環かもしれないし、そこまで前向きな気持ちになれないからとにかく苦しみや怒りを吐き出させてくれという層だって駆け込み寺には居場所がある。

だが、「セラピーとしてのフェミニズム」と「学問言論としてのフェミニズム」が分離されていないために、言論としてのフェミニズム信頼度が著しく弱まっている。

セラピー面も学問言論面もひと固まりからフェミニストはメンヘラだとか、他人幸せを許せないだとか、ミサンドリストセックスヘイタージェンダークレーマーだとかの批判に繋がってしまっているのだろう。

私自身も精神疾患持ちなので、精神が弱っていることを批判する気はないのだが、セラピー的な語り合いと、学問的討論がごっちゃになっている状況は大いに問題視している。

追記:↑ここで私の精神疾患に言及したのは、私も議論の場で当事者性を武器として使おうという態度でよくなかった。反省する。)


本稿で主張するのは、「冷静な研究者としての立場」と「傷つき怒れる当事者としての立場」は、兼任すると問題が生まれるのでどちらか片方だけの立場に立つべきだ、ということだ。

たとえ学位免許を持っていても、冷静になれない話題については傷が治っていない当事者から理論議論を使いこなせる研究者ではなくあくまで苦しむ当事者個人として発言した方が良い。

本論前に、何がOKで何がNGかおおざっぱに切り分けておこう。

冷静なフェミニズム研究者が、「困った女性のための駆け込み寺やセラピーの場や、肯定しあえる関係必要だよね」という学問理論を組み立てる。
冷静なフェミニズム研究者もしくは心理医療専門家が、セラピーの場の最低限の安全が保たれるように監督をする。
セラピーに集まる傷ついた人たちが、フェミニズム用語理論武装したり、怨恨を吐き出したり、過激むちゃくちゃな主張をする。(なぜなら、セラピー的な場では、ひどい発言原則許されるべきだから。ただし、それをそのまま社会への要求として広めるべきではない)

×
まだ傷が深く残っていて冷静な振る舞いができない人間研究者としての発言力を得て、本来患者としてすべき主張を研究者立場でする。
×
傷の残っている研究者セラピー監督役をやり、セラピー患者同調してしま患者内面吐露検討・洗練せずそのまま社会にぶつける。
×
研究者同士でも肯定しあえないと傷が痛んで耐えられないので、アカデミックであるべき関係を仲良しグループにする。




本論

フェミニズムという看板のもとに、傷ついた人々が集い、辛さや怒りを語り合い共感あい心を癒そうとする様子は、当事者会に近い。

当事者自体は、様々な依存症障害事故被害者などについて行われており、有用セラピーと言っていい。

だが「セラピーとしてのフェミニズム」の問題は、当事者会で癒される患者と、当事者会を監督したり理論を語る研究者がかなり重なってしまってるということだ。

要するに、当事者として治療を受けるべき傷を抱えたままの人間が、セラピスト役もやってしまっているという問題が、「セラピーとしてのフェミニズム」にはある。

全てのフェミニストが病んでいると言っているわけではない。

だが、SNSのそこら中で行われている「セラピーとしてのフェミニズム当事者会の多さに比べて、監督できる冷静な研究者は全く足りていない。


普通当事者会やセラピーは、福祉医療心理専門家によって研究理論化がされ、社会に対して有用性が主張され、会の時にはその場にいて見守ったりもするはずだ。

傷ついた当事者たちの語りは、しばしば自己中心的だったり理屈が通ってなかったり乱暴だったりするが、それは回復必要な心の解放だ。

それがそのまま社会への要求として世の中に出されたりはしないので、当事者会で語ったことが間違ってるなんて責任を問われることもない。

客観的専門家当事者たちの感情吐露分析して理論化した上で、必要な部分は社会に訴えるようになっている。

から普通健全当事者セラピーは、傷ついている当事者が冷静さを求められたりはしないし、当事者ヤバいことを主張していても研究者評価が下がることもない。研究者監督しているか当事者同士の会話が先鋭化するエコーチェンバーも防げる。当事者要求研究者が整理したうえで一般社会に伝えるので、外部の一般人当事者過激すぎる主張を直に聞かされて悪感情を持つこともない。

全てが完全に徹底されているわけではないが、それでも、当事者セラピーで語り合う患者とそれを監督する研究者の間に線が引かれていることで、ある程度は弊害抑制ができている。

しかし、「セラピーとしてのフェミニズム」では、患者監督者、研究者区切り曖昧になりやすいので、普通当事者セラピーでは減らせる弊害がモロに発生しているのだろう。

たとえばフェミニストが「トーンポリシングはやめろ」と主張し、議論や説得において言い方ってのは大事だろと反論されるのをよく見るが、あれも、内輪の癒しセラピー的な感覚と対外交議論感覚がごちゃまぜになっているせいだ。

「私はいま苦しすぎて言葉を選んでいられないのでセラピー患者として気持ちをぶちまけてるんだからトーンポリシング(言い方警察)するな」、という話なら真っ当である

「私は冷静を保ち、言い方や内容にしっかり気を使うから議論として発言を真面目に聞いてくれ」、というのも真っ当である

だがそれを同時にやろうとする、「自分セラピー的に感情をぶちまけるが聴衆は真面目に聞いてくれ」というのは無法な要求だ。

せめて、セラピー監督する冷静な研究者に向かってぶちまけて、その研究者理屈の通らないところを補助し冷静な言い方に直して議論の場に持っていくという形にしなければいけない。

なのにフェミニズム議論では、何もかも一緒くたになりがちである


当事者研究者の分離は、簡単なことではないとは思う。

特に精神思想分野ではそうだ。

臨床心理士カウンセラー看護師助産師になりたがる人間はしばしば自分が精神不安定を抱えているというのは、統計はともかく実体験としてはよく聞く話である

博物学系でも、たとえば動物学者はだいたい動物好きで、心情的には動物保護したがるだろう。

だが、そこは資格団体ががんばってたり教育だったりで、臨床心理士精神保健福祉士はある程度の信用をしてもいいだろうとなっているし、動物学者も後先考えない動物愛護活動をする人は目立ってないわけだ。

しろ愛護派の過激な主張の角を取って一般社会的に可能動物保護のやり方を訴えたりしていて、それはまさに、感情的になりがちな当事者の語りを、研究者自分のところで一度止めて丸め社会に伝える、当事者会に対する医療福祉関係者の立場と近い。

から臨床心理士動物学者などの学問的信用はまあ保たれている。


ところがフェミニズムや一部社会学は、理論家や研究者が、傷ついた当事者と近かったり同一人物だったりするせいで、冷静な監督者のいないまま野良セラピー的な語りあいを続け、当事者の悲痛な心情吐露ではあるがそのまま社会要求するには妥当性に欠ける内容が研究者学問立場から主張されてしまっている。

フェミニストはメンヘラだとか他人幸せを許せないだとかミサンドリストセックスヘイターだとか言われてしまうのはこのせいだ。

それにもかかわらずフェミニズム大義名分世界中で力があり、フェミニストの要求の内容を精査して妥当性十分の時は応じますという態度は悪だと指弾されるのが、本当に良くない。

ここで断言しておくが、メンヘラも、他人幸せを許せない人も、ミサンドリストミソジニストも、セックスヘイターも、楽しく生きてよいし好きに発言してよい。当事者会で同病相憐れむのだって、傷ついた人間には大切だと思う。

過激思想トラウマは緩んだ方がいいとは思うが、それもあまりに大きな加害に繋がらないのであれば自由だ。

ただし、その好き勝手発言暴言あくまで傷つき冷静さを欠いた人の胡乱な言動として生暖かく聞き流されている方が、周囲にとっても当人にとってもよいはずだ。

弱者の声は社会から無視されるべきではないが、そのままで妥当性が低いので、客観的研究者が集積して適度に理論化と穏健化した上で世の中に訴えるべきだろう。

フェミニズムが、弱者に肩入れしようとするあまり病んだ当事者発言をそのまま重用したり、著名な研究者が「冷静さを保つために私の当事者としての感情一時的に抑えよう」という努力をおろそかにしているのは、誰にとっても不幸である

辛すぎて悲鳴を上げざるをえない当事者と、冷静で他者対話可能研究者弁別は、完璧でなくとも努力する価値がある。できたぶんだけ弊害が減るはずだ。




おまけの具体例 朝日新聞運営の『かがみよかがみ』について

一つ、わかりやすい事例を挙げる。

フェミニズムジェンダー学周辺で、セラピー機能学問言論機能が混在することの弊害を私がはっきり感じたのは、朝日新聞運営の『かがみよかがみ』である

読者投稿エッセイメインコンテンツとするWebサイトだ。

「私のコンプレックスを私のアドバンテージにする」とか「私は変わらない、社会を変える」とかをコンセプトにして、女性自己肯定感の爆上げを目指すメディアであることを謳い続けている。

18~29歳の女性からエッセイ募集して、編集部がチェックして載せている。著名人契約コラムニストの連載もある。

そして投稿者を「かがみすと」と呼び運営ボランティアを「ミラリスト」と呼んで連帯感を出し、若い女性同士で肯定しあえるコミュニティを作ることも意図しているようである。(かがみすとは今もしっかり使われているが、ミラリストTwitter検索してもほぼ出てこないので今も使われてるかは外部からは謎)

二年くらい前に数回燃えたが、扱っている内容の割にはてはで話題になる回数は少ない気がする。はてなとは読者層が違うのだろう。

上野千鶴子さんに質問「ベッドの上では男が求める女を演じてしまう」 | かがみよかがみ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/mirror.asahi.com/article/12881008

フェミニストでも、守られたい。フェミニストだから、守りたい | かがみよかがみ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/mirror.asahi.com/article/13432941

これの上の記事に関わっていたコラムニスト(かがみすと)が、謝罪をしつつかがみよかがみを批判したnoteを全三回書いていたのだが、その第三回と、ここから辿れる記事類を読み、フェミニズムセラピー言論を区切らずやっている弊害はあるな、と強く感じた。

上野千鶴子座談会セックスワーカー差別炎上とかがみよかがみコミュニティ雰囲気について(下)|滝薫

https://note.com/hannnahkuku0819/n/n6514127ed85a

私はこれを読んだ時、伊藤編集長があらゆる批判に応じないのもわかる、といっそ清々しささえ覚える形で納得してしまった。「セーファープレイス」を構築しようとして、内部を守っているのではないかと思った。

(略)

『かがみよかがみ』を必要としている利用者はいる。それはわかっている。私も、エッセイ投稿した後の”共感”と”褒め合い”によって自信がついた一人であることは変えようがない事実である。その価値を認めていても、『かがみよかがみ』の未来に不穏さを感じてしまう。

『かがみよかがみ』が目指すのは、あくま女性自己肯定感の爆上げである。正しさではなく、自己肯定感である

それも、明言はしていないが18~29歳の女性だけを狙っているだろう。

若い女性たちがエッセイで悩みを語り合い、書き手同士のSlackか何かでも褒め合い、お互いが何を言っても原則として批判しないし自虐もしない。まさに当事者会でありセラピーのやり方である

フェミニズムジェンダーなどの内容が多く扱われているが、それはあくま自己肯定感爆上げの道具なので、理論的な正しさを保とうとして心が苦しくなってしまうようなら、正しさを追求しなくてよい。

エッセイ投稿年齢制限も無い方が「正しい」のはわかってるだろうが、年上の説教エッセイ愚痴エッセイが載ってるサイトは鬱陶しくて気持ちよくなれないという若者本音を慮って、微妙理屈をつけて年齢制限をかけていると思われる。

投稿者をかがみすとと呼んで内輪感を作るのも、その繋がりで孤独が癒える人がいるかである。そういう内輪感にウエッとなる人もいるだろうが、そのタイプの人は他のどこかで癒されればよいというスタンスだろう。

伊藤あかり編集長モットーらしい「全ての人を満足させようと思ったら、一人も熱狂させられない」とも合致する態度だ。

傷ついた若い女性のために、正しさではなく自己肯定感爆上げを目的とした当事者セラピーの場があること自体は、良いと思う。

だがそれが、朝日新聞運営メディアとして広くネット広告され、上野千鶴子石川優実企画に呼び、ヒコロヒーなどの連載があり、エッセイ投稿者ジェンダー学やフェミニズムで多少の理論武装をして識者っぽい人もたまに言及するとなれば、そこはもう言論の場となってしまう。苦しい内面安心して吐き出せる、責任を負わなくていいし怒られもしないセラピーの場としては相応しくない。

なのに、そこが曖昧に混ざった立場で『かがみよかがみ』の文章は発表され続けている。

から『かがみよかがみ』の記事批判されたのである

そして、これは、インターネットにおける様々なフェミニズム活動についても近いことが言える。



まとめ

最後にもう一度まとめる。

傷ついた当事者同士が慰め合うセラピー看板としてのフェミニズムと、冷静さと客観性を保つ学問研究としてのフェミニズムは、分割しておく必要がある。

現在日本では、セラピーの場としてのフェミニズムと、学問としてのフェミニズムが、ごちゃごちゃ混ざっている。

心が乱れてフェミニズムセラピーを求める患者と、冷静であるべきフェミニズム研究者が、ある程度重なってしまっている。

この状況を解消しないと、世の中の幸せにはつながらないだろう。



追記。本稿は3か月ほど前に増田に投げたが無反応だったものの再投稿である。)

2022-04-02

日文研井上章一所長の電話 文字起こしオープンレター問題

オープンレター問題さらなる燃料が投下されました。

今度はがんりん氏ではなく、発端となったG先生こと呉座勇一氏の訴訟に関する話題です。

一連の流れが再度整理されているので、ぜひ一度『委員長日記』に目を通してみてください。

 http://shinseikiunion.blog104.fc2.com/blog-entry-3548.html



5月21日、G先生日文研に呼び出され、井上章一所長、瀧井一博副所長、松田利彦副所長から「辞めてはどうか?」と退職勧奨を受けます

5月27日、G先生退職勧奨に応じない旨をメールで回答したところ、夜に井上所長から電話があり、「法律上テニュア取消しは無理だと思う」「私としてはなんとか軟着陸させたい」と伝えられました。


以下は、その電話の録音を文字起こししたものです:



身柄を抑えるべく呉座氏を説得しようとする井上所長

井上:‪(呉座さんが 2021/06/04(金) に行なわれる予定となっている "相談" の場に)‬行きたくないとおっしゃられているということを松田さんから伺いました

   それはやむおえないと思うんですが、ただあの仮に怒られるにしても、怒られた時の手立てとか、今後の対応検討していかないといけないと思うので…

   で、前も申し上げたけど、ゴザさんにとってそんなに居心地のいい道ではないような気がしているんで、一度その辺のことを語り合う場は、これは運営会議が終わった後の方がいいかもしれへんけど、持っていただきたいと思っています


呉座:はい


井上明日は家にいらしてる?


呉座:そのつもりですが…


井上:わかりました、それならそれで大丈夫です ……調査委員会がどんな結論を出して、運営会議がどんな結論を出すか私には見えていないんだけれども、もし、まぁなんというか、人事権濫用みたいなことになり得るので変な判断をすると…

   そうした場合あなた不服申立てをしたら私ら日文研に勝ち目がないような気がしてる


呉座:はい


井上:ただまぁ、もっというと私はそういうふうにしたくないという強い思いがあるんだけれども、少なくとも私はゴザさんに日文研に留まる「権利」は担保されていると考えています

   ただ残り方は…残っていただく場合の綱渡りみたいなことはちゃんと決めていかないといけないと思うので…

   おんなじこと言うとるねさっきから笑 それは語り合う場に、ぜひ来てください



井上所長の見解


呉座:えーとつまり、私がどういう形で残ることになるのか、ということを話し合う場を設けたいということですかね


井上:そうですね……どういう形…いやカタチじゃあなくて…


呉座:え、え、エ……ちょっとお話抽象的でいまひとつからない


井上:ぼくが調査委員会メンバーではないし、運営会議判断ちょっといまんところみえないので、抽象的に話さざるを得ないんですよ

   ぼくの勝手素人の法理解だと、あなたは業績で准教授昇任を認められたわけやから、これを覆すことはできないと思います


呉座:はい


井上:ただこれはあくまで私が素人からこう思っているのでね、どんな判断が下されるかはわからないし……ただ、あなたにとって悪い判断が下されても、あなたには抵抗する権利があるとは思います


呉座:はい


井上:これはあくまで……、何を言ってるのかわからへんと言われたからもうちょっとはっきり言うたんだけど、これは私の素人判断です、そこは御容赦してください……

   仮に准教授になられたとしても、たぶん「普通准教授」という格好になりにくいと思う


呉座:はい


井上:そういう相談事にも対ぉu……乗ってもらわないと困るんですよ


呉座:あくまでたとえばの話ですけど、仮に准教授になったとしても、通常の准教授よりも職務権限などが制約された形になるんではなったりするんでないか、ということですか?


井上:まぁそういうことは考えられる

   大きい大学なら、ゴザさんも見はったことがあると思うけれども、職場がやや持て余しながらずっと居座り続ける教員ていらっしゃるでしょう?


呉座:はい


井上:あの道を……あんな道にはいって欲しくない…が、そういう風になってしまいそうな気がするんですよ


呉座:はい


井上:それも覚悟の上なら…………………手続き粛々と進めるしかないんですけども

   その場合でも、例えば新しい人を採用する人事とかには、たぶん私がやめた後の人事委員会かもしれへんけど、ゴザさんに入ってもらおうということにはなりにくいじゃないか


呉座:はいはいはいはい……なるほどなるほど


井上:あるいは共同研究主催者をどうする?というときに、まぁ「割り切れば」ね??割り切れば色々な業務から外してもらえるんでラクなんですと思えんことはないんだけれども、率直に言って居心地はいことないとおもうよ


呉座:まぁそれは笑 そうなるでしょうね当然ね


井上:そこは覚悟の上で、でも日文研に留まるという風に仰るならそれはそれで手立てを考えないといけないし、僕はなるべくゴザさんの問題職場の中で軟着陸させたいと思ってるんですよ

   みんなが両手を上げておかえり〜おめでとう、というふうにはまずならないと思うんだけれども……


呉座:そりゃあそうでしょうね笑


井上:うん、まぁ宥めたりすかしたりしながらだと思うんだけれど……ごめん、これも仮定の話をしてるんでごめんなさいなんやけど……

   もし運営会議も経た上でゴザさんに止まってもらうようになった場合は、みんなの前で丁寧な謝罪とか、自分の今の率直な思いをホンマに素直に語られるのは辛い気もしれへんけど(苦笑)

   今後自分がどうするとかの殊勝なお言葉とかを頂戴する場を設けなイカン、そのほか憂慮を検討せなあかんことはあると思うので……そこは覚悟しておいてください


呉座:それは私も当然考えておりました



運営会議」と「調査委員会


井上調査委員会にも法律専門家が二人いらっしゃっるので、たぶん今の日本現行法規判断しはると、私は思います

   日本現行法規SNSでの発言が、なんていうか、降格とかにぶっていうのはありえないと私は思っています

   だけどまぁ、なんというか……ぁの……アカデミックの「世界」の気配は……感じはるでしょう??


呉座:そうですねぇ……


井上普通の……「労働者権利」とは違うカラクリが働く世界じゃない?


呉座:……(曖昧な応答)……


井上:そこもまぁ飲み込んどいてもらわないといけないし、今後色々あなた自身屈辱を感じるようなことも、ままあるんかとおもうんだけれども……


呉座:はい


井上ちょっとね〜いまこの話をするのひょっとしたら早いのかもしれへん、運営委員会で・運営会議で大体の結論が出たときに喋った方がいいような話なのかもしれないけれど…

   松田さんから金曜日会議2021年6月4日)に出たくないというふうに言うてはると話を聞いて、私はややフライング気味に、まぁなんていうたらいいのかな…、井上はゴザさんを見捨てる気になっていないということをお伝えしたかったので……


呉座:それはありがとうございます、大変ご迷惑をおかけしておきながらそういう風に言っていただけるのは……

   で、念のため確認するんですけど、きょう所長がわたしにお電話くださったのは、これは所長の一存ですか?


井上:一存です、いちおう松田さんとも相談したんやけどねぇ、電話してもいいかという風に

   もうそれは、自分ではそういうときは止められないからと、まぁ松田さんが止める話でもないやろうし、いちおう松田さんから了解はもらいました


呉座:はぁ



自発的辞職への圧力


井上:というか、ゴザさんが松田さんにそう返事しはったんでしょう行きたくないという風に


呉座:そうですね……前回はどういう話になるのかというのがまったくわからないでいきましたので……えー、前回の感じだと「辞めてくれ」という話としか解釈できなかったので、そうすると、それの返事ってことになりますと、その話にしかならないであろうと。

   で、まぁ、さすがに監禁されてですね、サインするまで返さないとかそんなことはないと思いますけれども、いずれにせよ重苦しい空気がずっと流れて、お互い気分が悪くなってもなぁというふうにおもいまして……


井上:それは……あの……やめさせることは絶対できんと思うし、ただ自発的にやめてくださったらありがたいなぁという気分があるのも間違いないし……


呉座:いやまぁそれは……そうだろうなと、客観的に見れば私もわからないではないですが……


井上:そこへ踏み込むのは人事権濫用やと思うし、ゴザさんが不服の申し立てをすればゴザさんが勝つと思う……

   で、まぁ私はそういう事態に持ち込みたくないと思っているし、もしそういう事態に持ち込んで日文研が負ければ、それはたぶん、私が責任を取って辞めるという話になると思います

   で、まぁ余生は [^1] そういう揉め事にはしたくないので、なんとか軟着陸させたいと思ってるんですよ

[^1]: ここはよく聞き取れなかった、


呉座:なるほど、わたしもできれば、まぁあまりそういう、泥試合みたいなことはなるべく避けたいなぁというふうにはおもっていますけれども(苦笑)

   なにぶんどういう形の処分が出るのか……が、ちょっと見当がつかない状況ですので……


井上:今述べたのは、私の素人感想責任をもって述べることはできない


呉座:もちろんです、なので…そこは、私も職場とあまりやり合うということは、今までお世話になってきた先生方と争うみたいなことは……まぁ、なるべく避けたいと思っていますけれども


井上:じゃああの……私たちは……、「私たちは」ていうたらいかんな笑

   私たちなかに、この際退いてくれたらいいのにと思う人が少なからずいることと、だけれども、たぶん法的にはそういう主張には通り目がない、ということをお伝えして、その上で運営会議判断が決まった後で、もう一度相談を……私と瀧井さん、松田さんと4人で…もう一度その相談の場を設けることで

   で、明日はとりあえずキャンセルということで


呉座:あ、はい、それでお願いできますかすみません


井上はい、じゃあごめんなさいね時間とってもろて


呉座:いえいえこちらこそ、多大なご迷惑をおかけしました、本当に申し訳ございません


井上:じゃあ失礼しま


呉座:失礼いたしま




参考文献


日文研解雇事件の背景と井上章一所長らの騙し討ち! || 委員長日記

 cf. http://shinseikiunion.blog104.fc2.com/blog-entry-3548.html

音声ファイルへのリンク(2022/04/08 (金) まで有効):

 ttps://32.gigafile.nu/0408-c0810247479d25142f5e50249c12f3d9d?fbclid=IwAR0YL3G3O6nPcHt0MJVNSRFjhJGOpo21wHuNd67UniDrdvR8jyShNMwrkuU


追記1

書いた人の勘違いで日付が間違っていたのを修正(27日の会話なので、その次の金曜日は 2021-06-04 であるはず)



2022-03-30

大学で学び直したい

大学学部生ではテストの答案を再現できるような勉強しかしてこなかった

厳密なところはよくわかってないけど留数定理を使えたらいい、よくわかってないけど安定性解析も使えたらいいで勉強していた。

から複素解析ベクトル解析もすっかり頭から離れてしまった

大人になってアカデミックを離れてみるとそういう部分に憧れるが時間をとって勉強する余裕もない。

大学で学び直したいなと思う

2022-03-27

anond:20220327235343

Nature掲載されてもアカデミックさる事が多い以上、根本的に日本は基礎研究にカネは出さんからな。

まあ、中国にごっそり行って吠え面書くのがいいわ。

2022-03-24

日本って科研費などで出た研究結果を活かせてるのか?

文部科学省研究結果の売り込みは積極的にやってないように見えるし、

アカデミックの人は論文書いて終わりで、産業利用までは持っていくだけのインセンティブないし。


毎日ニュースで盛り上がるのは政治のことばかりだしさ。

一言物申したくなるようなニュースが出たときだけ話題になる(不正とか)

論文数などの国際ランキングは皆話題にするけど、国内で筋が良さそうな研究がないかって、皆探さないよね

人目につかないか産業応用もない。

2022-03-21

anond:20220321230032

高卒アカデミック増田と遊ぶのも飽きてきたしなあ、頭の悪さを移される前に俺は退散するわ

じゃあな

anond:20220321225727

じゃ頑張ってまともな大学入学してちゃんとしたアカデミックを身に着けてくれよ、頑張れよー

anond:20220321225152

アカデミック論破」なんて恥ずかしいこと口走っちゃだめよ、馬鹿丸出しなんだから

anond:20220321224716

いやー疲れたわwww

久々に身の程を知らない勘違いちゃんを見つけてしまったわ

やっぱ馬鹿ってのは最強だよなあ

頭が悪いからアカデミック論破」なんて糞恥ずかしいこと口走っても、俺は賢いあいつが頭悪いって思えちゃうんだから


お前幸せだよなあ、なりたくはないけど

anond:20220321224104

いやwwwwそれwwwアカデミックなんすかwwww?

アカデミック舐めすぎじゃないですかwwww?

まじすかwww?どこ高校で習ったんですかwww?それともFランっすかwww?

アカデミック増田さんwww高卒っすよねwww?論文いたこともないっすよねwwww?

anond:20220321223951

アカデミック論破増田ちゃんwww

アカデミック論破」とか恥ずかしいワード馬鹿にされてるのにwwww

「言われて痛かった」www思っちゃうwwww


まじwwwwwまじwwwwお前最高だよwwww!!!

お前がナンバーワンだよwwww

anond:20220321223804

是非www是非wwwアカデミック論破増田さんにアカデミックとは何かをwwwご教授いただきたいですwwww

anond:20220321223313

あれ?www俺 「アカデミック論破」されちゃいましたかーーー?www

しゅwwwしゅごいーーーーwwww

アカデミック論破増田は最強だwwww

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