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はてなキーワード: 漠然とは

2017-08-21

辞める時は会社上司、部下などの非を収集した方がいい

一度はその非を咎めたにも関わらず、改めないという実績を収集

他の社員が見てる前で相手の非が露呈するとなお良い

漠然とした「会社に不満があります」では我慢が足りないなど自分に矛先が向く

2017-08-20

休日や平日の帰宅後をどうしていいかからなくなった

平日の帰宅後は早くて22時遅くて25時なのでご飯食べて寝ればいいのかもしれないが不眠症焦燥感で27時くらいまではぽっかりと無為の時を過ごしている

本当は勉強しなくちゃいけないのだけど思考が散漫で読書すら捗らない状態では勉強する気力もわかず

一応ゲームなどして時間を埋めてはいるが眠れない悪循環なうえ楽しさも薄れてきた

番手軽なはずのソシャゲも疲れていまいちやる気になれなくて最近は日付変わる前に家に居ても連続ログインできない



やりたい(はずの)こと:現状

読書小説):たまに入り込めることがあるが集中力が一旦途切れると数日できなくなる また熱中できている日はそれ以外が上の空になるので仕事やばい

・絵を描く:本来はこれが生きがいのはずだった 今は真っ白の紙を前に何もできない たまに手癖で雑に微妙ポーズ女の子を描いたり模写してみたりはするがそこから何も展開できずむなしさが募る

・その他創作趣味:同上

勉強仕事関係ありそうなやつ):これはしないとやばい 試験もある それなりに興味はあるはずなのに全く内容が頭に入らずただ重い本が床に開いて置かれたまま埃をかぶっている

勉強仕事関係ないやつ):漠然となんかやろうと思ってそれなりの興味と期待感を持って本を買ってはみるがただただ積まれている

ギター練習:これは本当にどうしていいかからない 弾きたい曲も発表のあてもなく漠然と弾けたら楽しかろうかっこいいだろう程度 山奥の一軒家に住んでいるわけではないため深夜には当然できない

ネトゲ:好きなゲームがあって 実装されてるけど行ったことな場所に行ったり手を出してない要素に手を出したりしたいけどそもそもPC立ち上げるのがしんどい いざログインしても放置してしま

とにかく気力がなくあらゆることに理由を付けて何もしたくないけど何もしないことで焦燥を感じて休まらない なんか常に疲れている

風呂に入りたいと思ってから20時間経った

2017-08-19

3000万円ほしい

なんでかわからないけれど昔から、いつか貧乏になることが怖かった。

今も怖くて、お金の使い方が下手。その価値観判断基準をまず見直すべきだというのは重々承知なのだけれど、お金を使うことに抵抗があって(物を買うのがそもそも好きではない)、消費せず経験せず年を重ねるのも怖くて、貯金がほしい。

3000万あれば自分安心する、として、考える。

前提:貯金が3,000万あれば自分安心する

収入:現状 普通預金967万+投資用の口座に206万=資産計1,173万

昨年度年収約500万、今年度見込み年収約600万(月平均60時間残業代その他手当込)

支出家賃3万+光熱費ネット計1万+被服費・交際費・娯楽費は月によるけど多くて3万+食費2万=生活費9万

計算

目標3,000万-資産1,173万=1,827万円ほしい

今の収入支出を維持すると年に収入600万-(支出9万*12ヵ月=108万)=492万の黒字目標達成まで45ヵ月=3年9ヵ月

自分

25歳、女、文系大卒社会学、中堅国立)、海外営業(兼 営業事務貿易事務?)。結婚願望もマイホーム願望も欲しいもの趣味もない。子供もほしくない。家族自分健康だし、両親ともそれなりに稼いでいるから、コントロールできない出費はない、はず。(友達も少ないからお祝儀貧乏にもならない)

3年9ヵ月後には30歳になる。それで、仮に貯金が3,000万あったとして、「よし安心だ、あとは稼いだ分好きに使おう」と思えたとして、なにに使おう?もう手遅れ?このペースで30歳まで貯金を続けるのも漠然不安

使うとしたら:

歯列矯正。住居。親孝行海外移住起業

できること:

英語がまぁまぁ話せる。よく知らない分野でもとりあえず自分で考えて動ける。事務一般まぁできる。パソコンも一通り扱える。勉強するのが好き。人と話すのも好き。

遠くで暮らしてもいい。地方でも、外国でも。一人でいられる。暑さにも寒さにも汚れにも強い。(でも体力・筋力はそんなにない。)性風俗大丈夫、と思う。割り切って数年で大金を稼ぐ方法

計算その2:

1,827万ほしい。月1万多く稼げると、

ていうか:

こうやって計算して、大丈夫だと思うための材料を探しているけれども、既にもう、大丈夫だと思う。同世代の平均より稼いでいて、貯めていて、学歴も職歴も悪くない。最悪両親が稼いでいるし、兄もいるし。

最初に戻るけれど、不安不安だと思う心のありようをどうにかすべきなんだろうなぁ。

結論安心は3,000万では買えない。

2017-08-18

件の牛乳石鹸CMがまずかったポイント

https://www.youtube.com/watch?v=CkYHlvzW3IM

なんで炎上したのか、漠然と思ったことを書く。

男性100%共感することはできないけれど、自分自分父親とは全く違う父親になっているので、ふんわりとした言いたいことは分かる。さすがに誕生日に飲んで帰るという暴挙にはでないが、翌日から旅行とか用事があるとかいときに飲みに行って、奥さんから怒られたことは何度かある。

いいパパをやっている人たちも、ふと魔が差しちゃうことがあるわけで、大目にみてほしい。

2017-08-11

https://anond.hatelabo.jp/20170811232009

 オレも東京特別じゃないと思う・・・・というか。東京独自ポジション持ってるのは確かだけど、地元松屋やサイザリヤ無いぐらいで何なのかって感じ。

そもそも単に「東京」ってワードだけじゃ何もできない訳で、「コミケ」とか「大学」とか「秋葉原」っていう、集まるためのコンテキストがあるから何かが生み出されるんで。

 

 目的意識もなく漠然と行ってもまず間違いなく苦しい思いするだろうし、家賃地元の方がずっと安い。

 最寄りの地方都市だってそれなりに集まれるし、職場や友人繋がりもある(オレはない)。

 まず何をしたいのか明確にすべきでは。

 多くの情報に触れたいなら、まずは経済的に自立するのが第一だし。ネット回線ぐらい自前で用意すべき。

 要するに子どもなだけなんだよ。今はまだ親に守られてると思ったほうがいいね

2017-08-10

幼稚園の頃

同級生(っていいかたでいいのか?)の男の子友達の家に数人で遊びに行ってかくれんぼした時、隠れていたらその家主の男の子わたしのところへ来て「お尻触らせてよ」と言われて実際に触られたことをふと思い出した

当時は微妙嫌悪感はありつつもよくわからなくてなんなんだろう…と漠然不思議気持ちになったけど、今思い出すと身の毛がよだつ。

同じ小学校に進んで二年生か三年生くらいになった時もまた触らせてよって言われたのは覚えてるんだけど、あの時はどうしたんだっけな ぜんぜんおぼえてねーわ

あー思い出さなきゃよかった。しんでくれ

2017-08-09

https://anond.hatelabo.jp/20170809233407

不安」ってのは物事漠然と考えるから発生するものであって

そういう風に順序立てて考えない人がタイトルのような人になる

ちょっと意地悪なこと言ってしまうと、増田は順序立てて考える人のようだから、そこまで突っ込んで考えてほしかった

2017-07-31

キモくて金のないおっさん定義せよ

金が無い事とおっさんであることは共通理解があると思う

問題は何がキモいのか?

それが人によってバラバラキモくて金のないおっさん話題になると毎度話がこんがらがってる

想定してるキモくて金のないおっさん像がバラバラ状態では話が噛み合うはずがない

キモいのは見た目なのか?

性格なのか?

発言思考形態なのか?

おっさんの癖に(若い女性性的対象にするという行為なのか?

なんかキモいという漠然としたものなのか?

批判するにせよ擁護するにせよ、想定してる人物像はしっかり定義しないとただの罵り合いにしかならん

それじゃ不毛過ぎるよ

anond:20170731191512

言葉尻をとらえて細かいこと言い始めたらもう増田でどうこうの領域じゃないよね?

そりゃ Platform は Linux に限らないよ。

でも元増田客先常駐してたと言ってるんだから WindowsLinux を触っていた可能性が高いと思うのはおかしいかな?

組み込みだって主張してみる?

客先常駐するSEならその2つのメジャーOS については触ったことがあってもおかしくないと思う。

「社内インフラ管理を一手に引き受けてるかもしれないし、VBAの達人かもしれないし、DBめっちゃ詳しいかもしれないし」なら

大学ソフトウェア関係を専攻していたので、今はソフトウェア関係仕事をしているし」というような漠然とした書き方になるだろうか?

もっと自分の得意分野に関するキーワードを使って言及しないだろうか?

VBAはよく知らないのだが、インフラ系やDB系のエンジニアはしばしば自身を「インフラ屋」「DB屋」のように呼称し誇りに思っている人が多いと思うんだけど。

面接で聞くでしょ」と言う前に業務経歴書を提出してもらうよね普通

元増田面接をしてるわけじゃないのに「聞いてみないとわからない」も何もないんだよ。

と、私もあなた言葉尻をとらえてみたが、こういうのって不毛でしょ?(ごめんな。)

NEW GAME!!みておもったこと

もっと早くこの作品を見たかった。

今は26歳でゲーム系の専門学校行って結局そのまま身につくこともなくSEという名の営業をしている。

アニメのNEW GAMEをみるのがつらい。

主人公高校卒業ゲーム会社就職。正直これは夢物語過ぎる。私も高校の時に就職担当にそういうところがないか聞いたら「あぁいうところは未経験は採らないよ」との話で、ならばということで奨学金をかりてゲーム開発専門学校に。

専門学校には私と似たように漠然と「ゲーム開発に携わりたい」という夢をもった人間が40数名。何かの漫画ゲーム専門学校実態みたいなのがあったけど、あれを読むと息遣いが荒くなる程度には合ってる。仲間も出来てそれなりに楽しく学生生活謳歌し、そして3年後、私のクラスゲームの開発会社就職できたのは数名。私は、学校で教えてもらえる程度のプログラミングは身につけたので、未経験歓迎のITシステム会社就職できた。スマホアプリの開発をしているので、どこかでスマホゲームの開発に携われるだろうという気持ちで。←大バカ

話を戻す。NEW GAMEだけど、バリバリゲーム開発会社の話。そこに主人公の友人の桜ねね(ねねっち)がデバッガーのバイトで来る。そしてそこのメインプログラマーに気に入られて、二期ではゲーム作りをしたい一心夜遅くまで自作ゲームを作り、イーグルジャンプ社員アドバイスをもらい、着実にプログラマーとして力をつけて、漫画ではバイトまでする。多分、このまま大学卒業したら現在コネクションを使ってイーグルジャンプ入社するのは容易であると予想される。

対して私はどうだ。ゲーム専門学校にいればゲーム開発会社入社できると漠然と思って、インターン就職担当課に言われたままの場所に1ヶ月ほどいって何も得ずに帰ってきて、ゲーム作りは学校課題だけ。

NEW GAMEのねねっちをみていると私と明らかに違いすぎる。もちろん、ねねっちは理想の姿だ。人間だれしもがねねっちになれるわけではない。でも、これをみていると過去自分が完全に駄目だったとわかりすぎて辛い。

2017-07-30

2006年秋の日記

阪大論文捏造事件があったとき、よくある話だしまあ今のオレにはカンケーネーと思っていた。

先月のある日の夜、知り合いが急きょ関西に行くと言って最終を予約したり駅まで送ったりの騒ぎになった。知人の兄弟にあたるAが関西研究職についているので、漠然とそこに行くのかと思っていた。土産六兵衛のスグキとグジの干物お香と有次のおでん鍋と吉富お菓子と尾札部の昆布越後屋多齢堂のカステラバウムクーヘンをたのもうとしたが、何かあわただしいのでいわなかった。

その日、阪大では例の教授助手が命を絶っていた。

なんとなく関連が気になっていたので先日聞いてみると、直接ではないがやはり関連はあったのだった。

Aが消息不明になった、数日前から出勤しなくなりメールもケータイもデンワもつながらずアパートにいってチャイムを鳴らしても応答がない、場合によっては大家警察立ち会いのもとで解錠したいからまずは家族に来てくれという話だったそうだ。

あの阪大教授のやったことは論文捏造だけではない。この教授によって研究室を辞めざるを得なくなったある研究者(B)が被害届訴訟を起こすことを考えており、AはBから証言を頼まれていた。不条理きわまる話だが、B側に立って証言することは、阪大所属ではないにせよ同分野を専攻するAの将来に計り知れない悪影響をもたらす可能性がある。かといって証言を拒むことは人の道にはずれる、その間で煩悶した挙げ句消息不明騒ぎだった。

結局Aは部屋に引きこもっていただけで、数日休んだ後出勤を再開したそうだ。

一連の騒ぎを聞いた後でこちらまでガックリきた。ここには書きたくもない。

ただ自分体験(やはりここには書きたくもない)も踏まえて言うと、日本学問環境は、権威に成り上がった(成り下がった)者たちが有能な若手の研究者ゴーストとして使い回しその挙げ句頭角をあらわしそうな者たちを抹殺するような土壌があるようだ。

無名研究者たちが営々と築き上げた成果やコンセプトが権威によって簒奪され、それが結局権威自己保存の自己目的化寄与することとなる。こうした環境はまた、若手の自由な発想を制限する。画期的な仮説やデータ横取りされることがわかっていて、学問のため、人類のためとそれをよろこんで提供しつづけることには限度がある。こうした回路で公表されない発見、仮説、理論が、この国には相当数眠っている。

民間に行く気もなく、なおかつ自由環境での研究を望むなら、研究者若いうちに海外に出たほうがいいかもしれない。これは日本国益という見地から短期的にはマイナス作用するだろう。しかし長期的に見れば、日本学問環境再生への産みの苦しみとなるはず。たとえそうならなかったとしても特に問題はない。そんな腐れ切った学問環境が淘汰されるのは必然からだ。ただ、この日本を何とかしたいという使命感を持つ、あるいはそうしたテーマに取り組むおもに社会科学系の研究者にとっては、海外脱出は無理なことかもしれない。これはきつい。

助手の死の真相には興味がある。断片的な情報統合すると、助手の口が封じられたことによって安堵している者たちがいる。そして、助手の死の背後には生き地獄のような環境下働きを強いられる研究者たちが大勢いる。使い捨てられて無駄死によりは海外だな。個人的には。鬱病可能性のあるAに対しては通院をすすめるメッセージ外伝えてはいないが。ともかく日本にいては犠牲者が増える一方だ。

2017-07-29

主人公になると決めた

 僕はずっと、自分人生傍観者だった。

 この感覚自体理解出来ないという人が多そうだ。と言うか、そうであって欲しい。僕という人間世界中に一人しかいないと理屈では分かっているが、僕に対する僕自身評価が「その他大勢」だったのだ。世界主人公は僕以外の誰かで、僕はそうではない有象無象の一部だった。

 キモオタコミュ障で、学生時代教室の隅でキノコを生やしながら本を読んでいた。イジメの標的にされなかったのは、比較的育ちのいい子ばかりの私立学校ゆえイジメ自体が少なかったからで、公立に通っていれば悲惨学生時代になっていたと思う。

 本や漫画の好きな、いわゆるオタ友達ならいたのだが、彼らとも時々隔たりを感じていた。「普通高校生が異世界召喚されちゃう、みたいな話あるじゃん。もし自分がそうなったらどうする?」なんて話をしていると、僕は野垂れ死にする自分しか想像出来なかった。ファンタジー世界に行ったらこ属性魔法が使えそう、とか、さすがに王族に見初められる自信はねーわ、とか、そういうバカ話をする友達が眩しく見えた。彼らは自分主人公である世界想像出来るのだと知って、羨ましかった。

 仮に最初からファンタジーRPG世界に生まれ落ちたなら、僕には名もなきNPCがお似合いだろう。世界を救う旅をする主人公に話し掛けられて、「夕食の材料を買いに来たんだ」とかのどうでもいい話をする人。ゲーム攻略の手掛かりを提供することも、プレイヤーの心に残ることもない、そういう存在

 頭も顔もよろしくない僕が、器用に生きるのは無理だった。せめて真面目に勉強して、それなりの大学に行き、手堅い職に就こうと思った。そして当初思い描いていたレールと比べれば、多少の紆余曲折はあったものの、最終的には建築系の企業入社図面を書く仕事に辿り着く。

 この仕事は僕に合っていた。PCに張り付いてCAD操作をするのは得意だった。雑談が苦手でも、最低限の挨拶情報交換さえハキハキとしていれば「自分作業に没頭できる人」としてプラス評価を受けられるのもありがたかった。休み時間にも図面を書いて練習したり、参考書を読んで勉強していれば、そっとしておいてもらえた。人間関係の苦悩も、当面は食いっぱぐれの心配もなく、収入は安定していた。

 顧客の「こういうものを建てたい」という注文や、上司の「法に触れないように調整しておいて」といった指示を、PC画面上に反映させていく毎日。僕は自分意思を持たない、人の言葉PCに受け渡すだけの変換機みたいなものだった。仕事自体は好きでも嫌いでもなく、ただ毎日が過ぎていく。それでいいと思っていたし、僕にはそれがお似合いだと思った。

 そこそこ経験も積んで三十歳になったある日、僕は小さな建築現場事務所に配属されることになった。

 現場事務所にも色々あるが、僕が回された先は労働衛生基準法に照らせば真っ黒な、およそ人の働ける環境ではないという最悪の部類である間取り関係上、空調の効きが悪く、夏は暑く冬は寒い。窓はないため無風であり、日光は差さず、機械音だけがうるさい。

 環境改善要望無視され続け、僕のメンタル一年でイカレた。それでも一年間は問題なく務めたのだから、この人事は正解だったと言うべきだろう。最初からいた現場長以外の、僕の後任として入った人たちは、ほとんどが数日でダウンするか逃げ出してしまったらしい。退職間際、現場長一人で仕事を回しているので大変そうだ、と人づてに聞いた。

 そんなことを言われても、発熱眩暈、圧迫感、何の刺激もない時に突然涙が出る。労働どころか外出もままならなくなった僕は、仕事を辞めざるを得なかった。休職も出来ると言われたが、回復後に同じ環境に戻される可能性を考えると気分が悪くなったので、丁重お断りした。

 変換機として生きて行くことは、もう出来なくなった。

 かような経緯から、今の僕は三十路過ぎのニートである。なんと切ない響きだろうか。結婚どころか恋人もいない上、肉体と精神も損なってしまった。あとは失うものと言えば貯金残高と寿命だけ、というこの状況にあって、僕は一つの気付きを得た。

 職と健康を失ったことで、親には心配を掛け、友人からは「無茶しやがって……」とオタクらしいコメントを頂戴し、必然的に世話を焼いてもらう機会が増えた。それはとてもありがたく心強いことなのだが、申し訳ないことに、施される親切が僕の欲求とずれていることがある。たとえば今はさっぱりしたものが食べたい気分なのに、友人が手土産としてベイクドチーズケーキをくれる、というような。

 当たり前だ。僕の親しい人たちは、僕自身ではないのだから。彼らは彼らなりに、良かれと思うことをしてくれるのであって、僕の漠然とした欲求を察してくれるエスパーではない。友人は僕が「チーズケーキが好きだ」と言っていたことを覚えてくれてはいても、僕が今なんとなく食べたいものまでは分からない。

 ましてや職場において、僕が本当は日の当たる綺麗なオフィスで働きたがっているだなんて、誰が想像出来ただろう。ぼっちが平気で本さえあればゴキゲンコイツなら、環境が多少劣悪な現場でも耐えられるだろう、と判断されたのに違いなかった。

 僕の欲求を察して満たしてくれるヒーローなんて、どこにもいないのだ。

 ならば僕自身が、僕の欲求を聞いてくれるヒーローにならねばなるまい。主人公の座に戻らなければ。次はどんな働き方をしたいのか、どういう生活をしたいのか、趣味だって好きなだけ増やせばいい。一つずつ確かめて実現させて行く必要がある。

 今までは周囲に流されながら、手の届くものだけを掴んでいたけれど、本当は自分で水を掻いて行きたい場所に行けばいいし、欲しいものに手を伸ばしたっていいのだ。

 そういう風に考えて顔を上げると、空が今までよりも広く見えた。ごちゃごちゃと続く街並みを眺めるだけで、心が躍った。

 世間には「誰もが主人公」というメッセージが溢れている。その言葉自分には当てはまらないと、僕はずっと思っていた。

 だが今なら、「誰もが主人公」という言葉を受け入れられる。主人公とは、舞台の上で華々しく歓声やスポットライトを浴びる人を指す言葉ではないと気が付いた。演劇よりもゲームイメージした方が分かりやすいだろう。僕は多くの人にとっての「その他大勢」だが、物語の中で果たす役割が何であれ、僕は常にその人物を通して世界を感じ取り、考え、行動する。使用するキャラクターカスタマイズは出来ても変更は出来ず、人に操作を代わってもらうことも出来ない。生まれた時から死ぬ時まで、ずっと主人公であり続ける。

 だから、僕は主人公だ。非力でいいとこなしで、ステータス異常「うつ」まで付いてる始末だけれど、装備やスキルを工夫しながら目的地に向かうことを許された主人公なのだ。設定された座標を往復するだけのNPCじゃない。

 今の僕は三十一歳。自分がやりたいことを見極め、がむしゃらに夢を追い始めるには微妙な年齢である。夢を叶えようとしても、たとえば警察官になるには既に受験資格を失っているし、俳優を目指そうにもこの年齢の未経験者を入れてくれる劇団を探すのは難しい。

 僕の場合は更に厄介なことに、そもそも自分のやりたいことが分からない。趣味と言えば読書ゲームジョギングくらいで、人に誇れるものは何もない。小学四年生くらいまでは作家になりたいと思っていたが、三十一歳になった僕が小学生自分を参考にするというのも情けない話である

 しかし、うん、作家か。今も昔も、本が好きなのは確かだ。文章が書ける限り何歳からでも目指せる、年齢制限のない夢があるというのは悪くない。故に諦めを付けるのが難しいという、泥沼のような側面には注意を払う必要がありそうだが。

 他にもきっと、意識するより先に諦めてしまった「好き」や「やりたい」が山ほどあるのだろう。中には既に、年齢制限に引っ掛かってしまって叶わないものもあるだろう。それでも今の僕は、それらを探しに行きたいと思う。仕事でも、趣味でもいいから、傍観者をやめて、僕自身物語に介入したいと思う。

 それにしても、まさか三十路を超えた後にやりたいこと探しをする羽目になるとは。作家になりたいです!と公言するのは匿名記事ですら気恥ずかしいのに、年齢がそれに拍車を掛ける。若い人は是非、若い内にこの恥をかき捨てておいて欲しい。

 僕の物語ハッピーエンドである保証はない。夢を一つも叶えられないまま死ぬのかも知れない。そうだとしても、ジタバタもがいた後の方がきっと安らかに死ねると信じ、決意を固めるべくこの記事を書いた。デスクワークしかしなかった日よりも、気力を振り絞ってジョギングに出た日の方がよく眠れるのと同じように。

 三十一歳、無職独身恋人なし、病身。見事な詰みの現状から、この先何が得られるのか、少しワクワクしている。



追記:

 コメントトラバともありがたく拝読している。僕は個別に返信出来るほどマメではないので、かいつまんで書く。

 とりあえず、今の僕は既に心療内科のお世話になっていること、療養二ヵ月目でそれなりに落ち着いていることをお伝えしておきたい。

 この記事では「主人公」という、誰にでも通じるであろう言葉を用いたけれど、意味としてはゲーム用語の「プレイヤーキャラ」の方が適切だと思う。僕の自意識主人公のそれになっても、他の人から見れば立派なモブのままだ。

 ブクマコメで指摘されている、「これといってやりたい事が無さそうに見える」は、本当にその通りだ。自分のやりたいことを考えてみた時、小学生の頃の夢しか思い出せないくらいには何もない。

 最初から主人公としての自意識がある人には分かってもらえないかも知れないのだが、「お前は主人公じゃない」「どうせ何も出来ない」と自分に言い聞かせ続けていると、やりたいという気持ち自体が起こらなくなる。出来もしないことについて考えるのは、不毛無駄なことだから。出来る人を羨むのはしんどいから。心を守るために、「別に自分はやりたいとも思わないし」と思い込むようになってしまう。

 ずっとそんな風に生きてきた僕は、まずやりたいことを探すところから始めなければならない。言われてみれば、似たような筋書きの作品はいくつも思い当たるのに、僕は今まで何を読んでいたのだろう。本で読むのと、体で理解するのは別のことだということか。

 実は僕の状況は、詰みというほど悪くはない。失ったものは大きいが、得たものもまた大きかった。この記事に書いた自意識の変化が一つと、もう一つは人に恵まれていると実感出来たことだ。

 別地方勤務の同期が突然旅行で近くまで来てくれたり(うつ患者観光案内させるとか鬼か)、元上司が飲みに連れ出してくれたり(薬の関係で僕は飲めないのに)、オタク友達はここぞとばかりにDVD押し付けてくる(全部観ているとただのヒキコモリになってしまうからやめて欲しい)。

 盛大に人生をスッ転んだ結果、それでも助け起こそうとしてくれる数少ない人、僕が大切にすべき人たちをハッキリと見分けられるようになった。今のところ僕のやりたいことリスト最上位は、「この人たちに恩返しがしたい」だ。自分欲求とのバランスを取りながら、頑張ってみたいと思う。

 今はチーズケーキの気分じゃないとか言ってごめん。今度は僕が、自分で選んだ菓子を持って遊びに行く。

iPhone壊れて一ヶ月経った

iPhoneを落としてぶっ壊してしまって一ヶ月が経った。

iPhoneの無い生活はこれでもかという位快適な生活だった。

無いと困るんだろうなぁと漠然と思っていたが全くそんなこと無い。

何かを気にする必要が無い。

上手い例えが見つからないけど、何も無い大草原で時間を気にせずひなたぼっこしながら昼寝をするくらいの開放感。

他の人にiPhone壊れてて、というと「えぇっ?!不便じゃない?」という反応がくるが

このことを言うとほぼ100%で「確かにそうかもしれない」と言ってくれた。

皆、便利だけどこの連絡ツールに何処かしら疲れているんだろうなぁと思った。

だけど流石に連絡手段が無いからという事で今日やっとショップに行く。

一ヶ月間快適に過ごさせてもらったよ、ありがとう

壊れたiPhone、どこにおいたかな。

原因も告げずに漠然と辞任を相談する人

私たち、わかれたほうがいいと思うの…」

「なんだよいきなり。冗談よせよ」

「もうダメなの。わかれるしかないの」

「なんでだよ。俺たちうまくいってるじゃないか

理由は… いえない… いえないの」

「なんだよ。いってくれよ。俺なんでもするよ」

「……」

まさか、お前、あの日報…」

「ううん、私、隠せなんて言ってない。ただ、何も言わなかっただけ」

みたいな会話が首相防衛相の間で交わされてたのかよマジか。

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/210411?pc=true

2017-07-27

とにかく怒鳴り声が苦手

で小さい頃から反射的に耳を塞ぐ癖があった。思春期頃に流石にまずいと思って何とか無意識に耳を塞がないようにまでは自力で治したけど、今でも怒鳴り声を聴くとたとえ自分に対するものでなくても身が強張る。

大きな音が苦手というわけでも雑音が苦手というわけでもない。雷鳴りまくってる中でもバイク騒音野郎が夜中車道をぶっ飛ばしてる中でも普通に寝られるし、多少の人の話し声のノイズがあった方が集中して作業が出来るタイプだ。

怒鳴り声特有のなんかこう暴力的空気というか気配と言うかそういうのが苦手。

母親情緒不安定気味で機嫌が悪いとすぐ怒鳴るタイプだし、小さい頃世話になったピアノ教師も指使い間違えるとめっちゃ怒鳴ってくるタイプだったし、小学校担任ヒステリックなおばさん先生だったこともあったし、そういうのが積み重なって苦手意識みたいなものが出来てしまったんだろうなとは漠然と思っている。ただ同年代の友人もわりと同じような環境で育っている人がいて、でも彼女は「怒鳴り声なんて慣れた」とさらっと流せてしまタイプらしく、そのあたりは結構羨ましかったりする。

フィクションだと全然大丈夫で、むしろ登場人物が罵り合いながら殴り合うシーンなんかはアニメは勿論実写でもかなり盛り上がって見られるので、そこはまだ良かったなあという感じ。

環境に恵まれたおかげで何とか今のところ仕事にはありつけているけれど、今後日常生活に困ることがあったらやっぱ心療内科とかのお世話になった方が良いんだろうな。

2017-07-26

前川平氏議事録もっと楽しむ

自分ブログに書いても読まれないので増田で。

前川平氏が登場する議事録を発掘したエントリーが人気を博しています

前川平氏 発掘された12年前の「笑ってはいけない議事録」が話題

http://nots.hatenablog.com/entry/2017/07/26/120000

元の議事録こちらのリンク

第14回 教育WG 議事次第

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/old/minutes/wg/2005/0712/agenda.html

読んでいただければ分かりますが、前川氏はWGの民間議員から質問に全く答えず堂々巡りをする香ばしい議事録となっています

エントリも紹介していますが以下のような流れです。

福井秀夫政策研究大学院大学教授)専門委員「我々は日本教育制度議論しているわけだが、その養成制度免許制度の効果測定について、実証的で科学的なものを一度も見聞きしたことがない。それは文科省責任できちんと調べていただくべきものだと思う。」

次の質問ですが。

前川企画室長 ちょっとお待ちください。もし今の教員免許制度意味がないとか、必要がないとおっしゃるのであれば、そちらの理由を挙げていただきたいと思います

中略

前川企画室長 疑問を提示されているのであれば、疑問を提示するだけの理由を出していただかなければ我々は答えられません。

〇安念専門委員 エビデンスがないものを初めから信じるなどというのはばかけたことでしょう。

このあと延々と堂々巡りをするのですが、まあ酷いものです。典型的ダメ議論です。誰が悪いって?もちろんWGメンバーです。

これ、WGメンバーがやっているのは藁人形論法です。詭弁の一つです。「免許制度の効果測定について、実証的で科学的なものを一度も見聞きしたことがない。」一見正しいことを言っているように見えますが、「免許制度の効果測定」という藁人形を持ち出しています。これは「免許制度における教育実習の回数について、多い場合と少ないで優位な差はあるのか?」などであれば妥当ですが、余りにも漠然としすぎていて妥当ではありません。

この手の要求は良くシステム開発で、「このシステムではこの数字が見れればいいよ」「この数字をだすなら帳票形式なのは当たり前だろ?」「帳票だすならグラフが見れるのは当然じゃないか」等と、要件定義の段階で「この数字が見れればいいよ」を詰めないせいでデスマーチするあれと一緒です。

明確に定義をしない「免許制度の効果測定」について永遠要求を出し続けるわけです。「エビデンス」「エビデンス」と連呼するわけですが、明確に定義されていない効果測定エビデンスなど出せるわけがないです。

いません?明確なゴールを決めずに新人資料を作らせて、「これは思っているのと違うな」とか言って作り直しを連発してマウントとる上司。やり口が全く一緒です。

前川氏の蒟蒻問答を笑いどころですが、議論を重ねるのではなく、詭弁を弄してマウントを取りに行っているWGの腐臭も笑いどころの議事録です。

https://anond.hatelabo.jp/20170726031924

途中から唐突自分が全男性代表的存在で、不倫相手全女性の代表みたいな書き方して一般論に逃げてるところが自分問題として真面目に反省する気がない証拠だな。

そもそも不倫した女が境界性人格障害で災難だった」という考えが間違いで、枯れたオッサンの誘いにホイホイ乗って不倫する女は境界性人格障害の傾向があるんだよ。

そうでもなければ腹の出た社会自分環境愚痴をダラダラもらすみっともないオッサンと付き合いたいと思うわけないじゃん。

子供の時から自己否定をされ続けてきた自己確立ができてこなかった「女」が年上と不倫すんの。

不倫漠然と憧れを持ってる40代オーバーのオッサンどもはそれを知って知らないふりしてんだろ。

2017-07-25

母を亡くした話

先月、母が亡くなった。

母を亡くしてからとても寂しくて時々私も死にたくなる。

早く死んでしまいたい。

私には父がいない。いないというより、いるにはいるが私が生まれる頃から別々に暮らしていて、あまり面識がない。あまり会ったことのない人を父親だと思えないので、父がいないということにしている。

から、私の家族は母と姉の2人だ。

私は昔から内弁慶で外では大人しく良い子のように振る舞うのに家ではワガママ自己中だ。母には何度もワガママを言った。母が私を生んだ歳は初老に近い歳と言ってもいいと思う。その為、私が小学生に上がる頃には母は子育てだけではなく、更年期とも戦っていた。更年期で気分の下がる中、私のワガママはうっとおしかっただろう。更に気分の下がった母はよく、「死ぬ」ということを口にしていた。その母の口癖がうつったのか、中学に上がる前には「死にたい」とよく言う子供になっていた。

小学校高学年のとき、私はいじめにあった。今思うと、いじめではないのかもしれない。ただ、「からかい」の延長線なのかもしれない。クラス男の子から見た目のことをよくからかわれ、それが嫌で嫌でたまらなく、自殺をした。「死ぬ」という言葉が身近だったからつらいことがあれば死ねばいいのだと思った。でも自殺は失敗した。遺書まで書いたのに、首を吊ろうとしたロープは途中で千切れ、ただ首に痣を残しただけだった。死ねなかったことがあまりにも惨めで寂しく感じ、母に、男子いじめられてること、自殺しようとしたことを伝えたら母は泣いた。「気付いてあげられなくてごめんね」と言いながら泣いた。なんだか余計に自分が惨めだと感じた。

中学の頃もいじめられた。これももしかしたらいじめられてはないのかもしれない。ただ、私は人付き合いが苦手で上手くクラスの子と話せず、完全にクラスで浮いてた。親友だった子は他の子といっぱい喋っていた。親友を取られたように感じた。

私は被害妄想が激しい方なのでもしかしたらそれは妄想かもしれない。でも、私を菌扱いしてる男子いたことは事実だし妄想じゃないことははっきりしている。

この時も死にたくなった。でももう失敗はしたくないし、あんな惨めな思いはしたくなくて、なんとか学校に行って生きてた。

学校から帰ってきて、家の庭で何度も泣いた。家の中で泣いたらいじめられてることが母や姉にバレるから。なぜか家族にバレたくなかった。理由はよく覚えてないけど、とにかくバレたくなかった。

でも精神不安定から家の中で横暴な態度を取り続け、母に当たっていた。何かを察した母は「またいじめられたの?」と聞いてきた。私が母に当たる度に母はそれを聞いてきた。私はそれに腹がたって更に母に強く当たった。

そんなことが続いて、ある日母と大げんかをした。私は何かを言った。言った内容は覚えてないけど、何か、母をとても傷付けることを言った。それを聞いて母は私に「あんたなんか産まなきゃ良かった」と言った。私は泣いた。産まなきゃ良かったと言われたことではなく、母にそんなことを言わせてしまったことに泣いた。私があの時母に言った言葉は覚えていないが、私が母に「産まなきゃ良かった」と言わせるような、誘導するような言葉を言った気がする。私は母をすごく傷つけただろう。

私が高校にあがり、しばらく経った時、母は癌になった。家族でいっぱい泣いた。みんなで頑張ろうと言いながら泣いた。

何度か入退院を繰り返し、発症から約1年後、母は頑張って癌を治した。

それで安心したのも束の間、私が高校卒業する頃には母の癌が再発した。脳腫瘍だった。

私は高校卒業した後、短大に通うために少し遠くで一人暮らしをした。母が再び闘病する姿は近くでは見ていない。姉や母がたまにかけてくる電話で母の様子を知っていた。

私が短大卒業し、地元に戻って来る頃、二度目の闘病を母は乗り越えた。

でも、後遺症は残っていた。

身体の左半分は思うように動かないし、少し認知症のような感じの言動も見られた。

母の闘病を間近で見ていない私は認知症のように幼児退行した言動を時々起こしたり、理不尽なことを言う母を自分の母と思えなかった。

別人のように感じた。

どうしても受け入れられず、また、キツく当たってしまった。

最低だ。恥ずかしい。そんな思いはあったが、気付くとキツく当たっていた。本当にバカだと思う。

私がバカから、母はとても辛かっただろう。

母の脳腫瘍はまた再発したのだ。

もうこれで三度目の闘病だ。担当医は「もうダメだ」というようなことを言った。

そのことは母には伝えなかった。だからなのかわからないが、母は、担当医が予想するよりも長く生きた。最後の方は意識ほとんどなかったがそれでも生きていた。

それでも私はバカから母との残された時間大事にしていなかった。

母が死んだのは朝方だった。病院は家から車で1時間ほどかかるところにある。寝起きの姉と私は母の最後に間に合わず、看取ることができなかった。私達が病室に着いた時、母はもう冷たかった。

「なんで私達のことを待ってくれなかったんだろう」そう思ったとき、母の「あんたなんか産まなきゃ良かった」という声が頭の中に響いた。

姉は献身的に母のことを見てたが、私は違う。バカから母を沢山傷付けたし、悲しませた。

しかしたら母は死に際に私の顔なんて見たくなかったのかもしれない。

通夜葬式で沢山泣いた。

一番泣いたのは火葬場で母を焼くときだ。声をあげて泣いた。

周りの、親戚や母の知り合いはそんな私のことを慰めた。

「お母さんはあんたたちのような娘がいて幸せだっただろう」

ありがたい言葉だ。でも、そんなの他人の予想でしかない。母の本心はわからない。私にあんなに傷付けられ、本当に幸せだったのだろうか。自分が授けた命を無駄にしようとし、酷い言葉を投げるような娘など本当は大嫌いなのかもしれない。

だって、「あんたなんか産まなきゃ良かった」と言わせてしまった。

母の本心が知りたい。

私はバカからまた、母を傷付けるようなことを口にしてしまう。死にたい

また命を無駄にしたいと思っている。

でも痛いのや苦しいのは嫌だから楽をして死にたい

今夜眠りに着いたら明日の朝、目が覚めなければいいのにと思う。

死んで、母に会いたい。母に会って母に謝りたい。沢山傷付けた分、沢山沢山謝りたい。

そして母の本心を知りたい。私のことを許さなくてもいい。私のことが嫌いなら罵倒されたって構わない。「あんたなんか産まなきゃ良かった」ともう一度言ってくれたっていい。なんで私達を待たずに死んでしまったのか聞きたい。

母の本心を聞いたら私のこの不安定気持ちは落ち着く気がする。早く死にたいという漠然とした不安も無くなる気がする。

さっさと死んで、母に会いたい。

明日の朝、目が覚めなきゃいいのに。

2017-07-21

anond:20170721100416

そういう漠然とした返事しか出来ない時点でお察しなの

ついでに経常利益がどんだけ増えたかも調べてみたらいいよ?

死んでも調べないだろうけど

2017-07-20

バーテンダーになりたいなって漠然と思ってるんだけど、将来的にお酒法律禁止されると思いますか?

2017-07-19

https://anond.hatelabo.jp/20170719184550

そもそも死ね」とか「氏ね」って初期の2ちゃんねるで爆発的に流行った単語でしょ

漠然とやめてと言うより、この頃のコア世代に言わなくさせたら激減すると思うが

2017-07-18

何者にもなりたくたい症候群

これに罹る人自体は、めずらしくない(私だってそうだ)。だが今後、きっと爆発的に増えていく。デジタルネイティブ若者に関しては特に著しく勢力を増やしていくだろう。

情報技術が発展し、情報リテラシーが高まり他人多種多様生き様や頭の中をヴァーチャル追体験できるようになっていくほど、そうなる。

あるいは、縮小し閉塞感に満ちていく社会において「○○のような人材」が求められれば求められるほど、他人の望む人間になることを是とする人は減り、真逆にあたるこの症候群が増える。

現代は多くの人が情報の海に晒されているが、基本的にはみな、好きで晒されている。

情報から距離を置けない理由には社会的欲求(横並び意識)も関係しているだろうが、根源的な部分で、人間知識欲ははかりしれない。

ともかく数年もそういう情報収集に没頭するうちに、人はすべての情報客観的に見るようになる。

言い方をかえると、すべてが他人事になっていく。自分思想行動様式と一致する主張ですら、他人事であり、移入することができなくなる。

感動しないわけではない。心酔しないわけでもない。でも、その素晴らしいものは(ゴミみたいなものもだが)、すべて、自分とは別の世界のことだ。無意識距離を置くようになる。

自分世界には、何もない。ゼロではないが、大したものはない。そのことに虚しさや悔しさなどを感じる時期も通り過ぎてしまった。きりがないのだ。自分空っぽでいい。そうなっていく。

はてブなんていうメタツールを使っている人ならその感覚がよく分かるはずだ。

自分主観的意見」ですら客観視しだして、「これはくだらない、取るに足らないものだ」と思うようになり、いずれ黙るようになっていく。

自分が言わなくても、自分が思いつく程度のことは静観していれば誰かが必ず言う。それどころかもっと洗練された素養を感じる意見が次々と出る。

たまに黙るようにはならない人もいるが、そういう人は、自己空虚さを完全に意識から消しているので、傲慢上から目線発言をするようになる。覚えがあるだろう。

 

自己主体とすることを肯定することは、一人の人間としての人生に埋没してしまうことだ。

それは極めて当たり前のことだが、しかしそうではない、メタ視野の万能感を、我々はもう知ってしまっている。

他人企業社会、そういった観察対象生き様、行く末を見るのは刺激的だけれど、自分がそれに加わろうとは思わない。

できることな人間をやめて、電脳化して、この先数千年くらいの人類を観察していたい。

それはある意味で、死へのあこがれかもしれない。

そうでないのなら、これは静かなる反抗だ。

まりにもできの悪い現実に対する?いや、違うだろう。情報を手にしてしまったことに対する、が妥当だろうか。

もう少し踏み込むなら、世の中にあふれる要素に対して、人生があまりにも短すぎることを知らされてしまったこと、

そして「実体験」の価値相対的に見て瑣末なレベルにまで薄れてしまったこと、その2点に対するハンガーストライキだ。

から何もせず、社会にも加わらず、ひたすら情報摂取して、内なる膨張を続けながら生きる。

 

労働者」になりたくない。

「親」になりたくない。

「男(女)」になりたくない。

強者(=搾取肯定するもの)」になりたくない。

「○○主義者(=世界を狭くするもの)」になりたくない。

「○○ファン/シンパ(=何かに従属するもの)」になりたくない。

ひとつひとつを見れば、中二病高二病かといったものをこじらせたんだな、と一笑に付されて終わるかもしれない。

けれどもこうした「○○になりたくない」という思いはインターネットの海で練り上げられて竜となり、

それらが寄り集まった集合体として、漠然とした怪物の姿となる。

その影はどこにでもあり、その姿は気づけば心のどこかに転写されている。

現代人のほとんどが、そうやって心に怪物を飼っているはずだ。

その怪物こそが、何者にもなりたくない症候群の主たる発生源だと思う。

  

この症候群に罹るのは、若者の間だけではない。

中年になっても、老年になっても、一言で表せるような身分を勝ち取る行動を頑なに起こさず、さまよい続ける境界者であり続ける。

そんな境界者とて、なにか巡り合わせた特定の状況に依存して生きているわけだが、決してその状況を肯定したり、堅持しようとするわけではない。

吹けば飛ぶような場所にいて、弱者であることにこだわり、風が吹くならば死んでも仕方ないと覚悟しつつも、防御行動を取らない人達だ。

そういう人の割合がふえてくると、これまで人類の築いてきたコミュニティの在り方は根底から崩れる。

それが悪いと言うわけではない。いち罹患者として言わせてもらうと、自然の成り行きなのかもしれないし、興味深いと思っている。

 

ある中年職歴なし引きこもりすねかじりもやしメガネより。

2017-07-17

[]7月16日

○朝食:牛丼サラダ、卵)

○昼食:なし

○夕食:ご飯、納豆(二つ)

○間食:ポップコーンあずきバー

調子

はややー、むきゅー、ちゃらちゃらんりゅー。

今日明日もお休みなので、今日こそ掃除した、さらに、散髪にも行ってスッキリ

いつもいく散髪屋さんは、シャンプーときにすごく気持ちいいブラシで頭を洗ってくれるんだけど、

気持ちいいのでもっとしてください」と勇気を出して行ったら、普段の3倍ぐらいしてくれて、気持ちよすぎてアヘ顔になってた。あのブラシ家にも欲しいなあ。

その後、レイトショーで毎年恒例のポケモン映画を見てきた。

この日記を書き始めてからだと、ディアンシーの頃からからディアンシーフーパボルケニオン、きみにきめたで4回目ですね。

感想は次の○で。

ポケモンきみにきめた

映画20周年を記念した作品

今まではテレビシリーズ旅の途中の一コマという作品だったんだけど、今年はテレビシリーズとは世界観を共有しない、オリジナル世界観

さすがに公開二日目なのでネタバレは抑えめに書きます

本題のストーリーは、とにかくよかった。

首藤剛志さんの名前が一部脚本みたいなクレジットで入っていたけど、1話リメイク部分だけじゃなくて、ネットでよく話題になる最終回ボツプロットとか、幻の映画第三作目のボツプロット意識したような展開もあったから、その辺を示唆しているのかなあ、とも思った。

とにかく、ポケモンというコンテンツの奥深さを感じさせられる作品でした。

こう、言い方が難しいんだけど、ポケモンってはっきり言ってなんでもできるんですよ。

名探偵ピカチュウみたいなミステリもできるし、

ポケダンみたいなポケモン同士の大スペクタタルな感動ストーリーもできるし、

コマスターに至ってはポケモン関係なくAIと人の関係性のお話だし、

本編だってサンムーンリーリエは、ポケモンと旅に出る前の親からの自立できない子供なんてテーマもやってる。

じゃあ、それら全部を包括して

ポケモンとは?」と聞かれた時に、何が答えになるんだろう。

そんなことをエンディングスタッフロールを見ながら考えていました。

もちろん、人それぞれ答えはあって、きみにきめたという映画がそれら全てを内包するわけじゃないんだけど、

漠然と思ったのが「終わらない旅」なのかなあ、と。

きみにきめたの作中でも、この「終わらない旅」を示唆する言葉がいくつかあって、

あるキャラがその終わらない旅に対して「同じことの繰り返しなのかも」と、ある種達観、ある種悲観、ある種憧れじみたことを言います

それにサトシは「でも行ってみなきゃわからないだろ」と返します。

最後スタッフロールが流れながら、色々と印象的なカットが続くのですが、

これらこそまさに、終わらない同じことの繰り返しの中にある、行ってみなきゃわからないことだったなあ、と一視聴者プレイヤーとして思うのです。

ただこの「終わらない旅」は

「「シナリオえーだば創作術」 首藤剛志第155回 人間の言うなりにならないポケモン

http://www.style.fm/as/05_column/shudo155.shtml

の中で脚本家首藤剛志さんが言っている

虚構世界で夢に酔いしれている、外見だけは大人で心はいつまでも子供、という人間

肯定ではない、とも思うんです。

終わらない旅は、決して、心はいつまでも子供でいいじゃない、という肯定メッセージではない。

ポケモン世界観に合わせると、

十歳の子供が旅に出てその旅が終わらないなら、まさに心はいつまでも子供なんじゃないか

と思われるのは、そうなんだけど、

そうなんだけど、自分意見は違っていて。

大人子供が1か0でハッキリ区切られて、

ある時二十歳になったときか、就職した時か、結婚した時か、子供が生まれた時か、

とにかくいつかある日何処かのタイミングスイッチが押されて、明確に子供大人になる。

なんてことは、決してなくて。

どこか子供っぽいところが誰しもあって、100パーセント大人なんて人はきっといないんだと思うんですよ。

から日中真面目に仕事をして、通勤時間帰宅してから寝るまでのわずかな時間だけでも、子供に戻る時間があって、

それがポケモンでもいいじゃないと。

「いやでも、昔の大人大人になったら子供の遊びはしなかった」

という意見もあると思います

だけれども、大人風俗に行く時心は大人なのか?

大人ゴルフに行く時心は大人なのか?

そういうことを、つらつらと考えてしまます

結局、ある程度年齢がいって、仕事もできている自分を、大人規定したいだけで、

明確に大人検定や大人点数を図ることができない以上、こんなのただの言いたいだけなんですよ。

確かに、ある種の夢オチじみた展開をもって、虚構否定現実に連れ戻すことも必要かもしれないけど、

実際のところ、そうやって子供時代大人時代を明確にスイッチできると考える方が、虚構的なんじゃないかなあ、と思ってしまう。

100%大人になって、ポケモンのことをあの楽しかった思い出の中にしまい込んでしまうのは勿体無いと思うんですよ。

結局、バランス問題で。

確かに、仕事もせず、三十歳近くになって親の金ポケモンをする人生を全肯定することはできないです。

(もちろん、全否定もできないです)

自分の中で、程よいバランスを保って、虚構ポケモンと付き合っていける、

ポケモンという終わらない旅を続けていける、

この「バランス感覚」こそが、ある意味大人なんじゃないかなあ。

そんなことを、つらつらとあてもなく考えてしまうぐらいには、いい作品でした。

アニポケアローラ編がまだまだ続くでしょうし、

ゲーム本編は秋に新作のUSUMが出るし、金銀のVCもありますし、

カードは新レギュレーション環境が動くでしょうし、

ポケスペはB2W2がまだ続いてはいものの、さすがにそろそろ終わりが見えてきたし、

ポッ拳スイッチ版でジュナイパー参戦だし、

ガオーレは、ダッシュになって、まあ評判は悪いものの続いているようですし、

ポケとるは、映画タイアップピカチュウ祭りがそろそろさすがに終わって、アローポケモン実装が進むでしょうし、

コマスターは、水曜日の大型アップデート一年越しにストーリーが進むと噂されてるし、

名探偵ピカチュウは、あれから一切音沙汰がないけど本編のスイッチ以降までにはなんとかなるかなあだし、

ポケモンGOは大型イベントが開催されるらしいですし、

はねろコイキングは、リーグの先のアップデートがあるらしいですし、

ポケダンアローラ追加の新作が出るかなあ、スイッチ向けかもなー、とかだし、

ポケランドはオープンベータだかオープンアルファだかでそこそこ好評だったみたいだから、僕も早くプレイしたいし、

とにかく、ポケモンという凄く広い作品群に、また一つ名作が生まれたと思います

映画館に行こう! 本編のゲームがあればマーシャドーもらえるし、ゲームがなくても、サトシピカチュウのガオーレディスクがもらえるよ! ガオーレはオススメしないけどね!

3DS

ポケモンSM

マーシャドー受け取りのために、カートリッジ版のサンムーンポケモンセンターまで進めた。

メインはDLサンもあるので、マーシャドーが三匹ももらえていい感じ。

はいえ、対戦はご無沙汰。

ポケモン熱は高いので、USUMで復帰しようかな。

いやこれ、ポケとるコマスター自分の中でケリがついてのがよくないんだよなあ。

なんかこう、うまいこと自分の中でキリのいい出来事を決めて、ばさっとプレイをやめた方がいい気がしてきた。

ポケとる

デイリー要素のみ。

iPhone

コマスター

ログボのみ。

FGO

水着イベント第1部をクリア

さらに、アサシンのスカサハ進化素材も全部入手。

これで残るは礼装とかアイテム系、礼装は同一礼装を重ねた方がいいのかな、この辺の機敏がまだよくわからないや。

スタミナ消費アイテムは、第二部にとっておこうかなあ。

あと、マシュの「時に煙る白亜の壁」のスキルレベル6にした。

2017-07-15

コミュニケーションは失敗するもの

という前提認識ちゃんと持ってますか皆さん?

そもそも伝えたい事が100%伝わること自体絶対にありえないんですよ。

そもそも伝える側が自分の伝えたいことを100.00000%整理できているとは言い切れないわけですから

その上で伝達手段としての言葉や図でも受け止め方の微妙差異によってどうやっても齟齬が生じますからね。

数字を使えば齟齬は大幅に減らせますから数字だけで伝えられる物なら何とかなりますけどね。

はい数字書類への印刷時に字が潰れて見づらいとか簡単計算ミスをそのままにしたとかがあるんで完全には信頼できないわけで(出力しようとした言葉の言い間違いとかもコミュニケーションにおけるエラーだと私は認識しています。そこはコミュニケーションではなくて作業エラーだと考えることも出来ますが、人に伝えるための図面文章を用意する出力作業は大きな括りではコミュニケーションに含まれるというのが私の考えです。異論は認めます)。

そうなると必要なのは伝達の再確認なんですよ。

こういう伝達をしましたよね伝わってますかユーコピー?→伝わりましたよアイコピー

自分の周りだけなのかも知れないのですが、それを怠ってる人が多いなと感じます

わざわざ確認なんてするまでもないよねハイハイ伝わってるよねで全部済ませていて問題が起きてから「は?コミュ障アスペ?えっ?俺がアスペ?」とかなってしまっている人をかなり見かけます

そういった時に、確認を怠ったという事に問題の原因があると考えず、どちらかのコミュニケーション能力に原因があったと考える癖がついてる人もまた多く見かけます

これって良くないと思うんですよね。

曖昧表現を上手に汲み取る能力を上げましょうという漠然とした改善案を出すよりも、再確認の頻度を高めましょうという明確な改善をした方がいいのではないでしょうか。

コミュニケーション人間のやることですから失敗する可能性を考慮して、それを確認する作業も含めて工数見積もりしていかないとリスキーなんじゃないですかという話でした。

以上です。

2017-07-14

https://anond.hatelabo.jp/20170713082843

おそらく無意識のうちにやっているであろう事を考えてみたけれど

自分位置を知りたいとき

1.窓から外を見て、現在時刻と太陽位置を考えて把握する。

2.今いる建物の目の前の道路がどの方向に向いているか意識を向ける。

3.目の前の道路が最寄り駅やランドマークからどちらの方向に進んできたかを考える。

という順番で考えてはいる。

あとは、太平洋側なら海側は南・山側が北と漠然と考えたりもするし

渋谷新宿なら駅からと駅への人の流れでなんとなくわかるはず。

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