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2021-05-08

増田が結婚できないのは面食いが主要因ではないと思う

本当の本当にルックスだけでいいんだったら、増田は既に結婚できているか、いいとこまでいけているはず(出会う機会を増やすための手段を、それなりに用いていることは大前提だが)。好みのルックスを持つ人間出会うより、むしろ性格がいい”だとか“相性がいい”という漠然とした条件の方が難しいからだ。ハードルが高くても、それさえ越えればクリアならばやろうって人はいるだろう。


じゃあ、なんで達成できる人が皆無に近いかというと、大きく分けて“二つの視点”がある。

一つ目は増田他のハードル(条件)を取り除けていない可能性。「ルックスさえ良ければいい」と思いつつも、無意識レベルで他のハードルを設けている。「この条件については高望みしないけど、少なくともこれくらいは越えてほしい」ってハードルがいくつかあるわけだ。

別にそれは悪いことじゃない。部屋を選ぶ時も、家賃だけで選ぶ人は稀だよな。狭くてもいいから浴室は欲しい。共同トイレは嫌だ。就業から遠すぎるのは困る。そういう人は多いと思う。

でも高いハードルを設けた上で他も越えなきゃならんってのは、かなり大変だろう。自分の考える「これだけは譲れない最高の条件」と「最低限の条件」の混合ハードル走。脱落者続出。参加する気すら起きないって人も出てくるだろうな。つまり結婚のしやすさはハードルの高さじゃなくて数の方が重要高望みしていない人が結婚できないのは、このハードルの数が多すぎるから)。


そして二つ目理由は、もちろん相手の設けたハードル増田も跳ばなければいけないってこと。

増田年収800万といってるが、それは“相手の設けたハードルひとつしかない”ってのは、一つ目の理由説明した時に理解しただろう。もちろん、増田年収でも越えられない高さって可能性もある。相手はそのハードルを設けていない可能性もある。

もちろん増田ルックスが悪いってのも、数あるハードルひとつしかないぞ。そのハードルを設けていない相手だっているだろうから重要なのは増田が“その他のハードルをどれだけ跳べるか”だ。


まとめると、増田結婚できない理由面食いかどうかはそこまで重要じゃなくて。

そもそもマッチング試行回数の不足

無意識レベルで他のハードルを取り除けていない

相手の設けたハードルを跳べていない

俺は増田ことなんて知らんし、面食いの条件さえなくせば結婚できるって可能性も否定はしない。

それでも誤解を恐れず言うのなら、結婚できない理由の9割はこれらで説明できる。

人間難しい

 なにも成さず、なにも残さず、周囲と疎遠になって死ぬことに対して、時々どうしようもない気持ちで窒息にそうになる。

人間関係が下手すぎる。

 長く続いた友人は数えるほどしかいない。こちから連絡を取ればいいのかもしれないけれど、ラインFacebookもインスタも、なにもかも「続ける」のが苦手。Twitterで吐き捨てている方が気楽過ぎる。

 少しでも嫌なことがあれば、解決するまで話したりしないで、すっと離れてしまう。だからもう周りの糸から抜け落ちているようなきもち自分が悪いのはわかっている。

 仕事にしても、よくある仕事について、よくある仕事をして、特にスキルがあるわけでもなく、仕事に誇りがあるわけでもない。私がいなくなっても、代わりの人間はいくらでも出てくるだろう。

 そもそも、なんのために働いてるんだろうか。今はエンタメも奪われ、イベントもなく、どんどん人との交流がなくなる。あっても、私は関係を維持するのが苦手すぎる。人を傷付けるし、人を不快にする。みんなごめんね。やって後悔してること、言って後悔してること、たくさんあります


人間に対して友情以上の感情を抱けない。

 

 周りが結婚しはじめた頃は、本当に親が望むような普通人間になろうとして色々試した。けれと、そんな一生一緒にいたい、煩雑手続きを踏んでまで一緒にいたい相手は結局見つかっていない。

 では同性が好きなのかな?と思ってみても、こちらもたぶん違う。たぶん、アセクシュアルだろうか?定義に当てはめたいわけじゃないけど、自分が何にも所属していないと思うと怖くなるから

 父さん、母さんごめんね。申し訳なさすぎてどうしたらいいかからない。これも怖いことの一つ。なにも問題がない家庭に育ったはずなのに、私がぶち壊してしまうのだろう。

 でも一番悲しいのは、その「普通」を嫌がってるくせに、ずっと執着してしま自分自身だと思う。


一人の時間も好き。

 人との関わりばかり話してきたが、一人の時間が好きなので、会社休みの日は一人でぼーっと過ごしたかったりもする。でも、一人過ぎるのもなんか辛い。今はいいけど、少しずつ輪が小さくなっていく。みんなパートナーができ、子供ができていく。もし定年が来たら?動けなくなったら?私はどうやって目の前に漠然と広がる時間を潰すの?

 パートナーが欲しいわけじゃないけれど、何が欲しいんだろう。なんか、どうしようもない。言葉にうまくできない。自分矛盾しすぎていて怖い。帰るところが常に欲しいのかもしれない。

 人間ってめちゃくちゃに難しい。

 なにしたいんだろな。狂ったようにハマってるものが落ち着いた時、呆然としている自分が怖すぎる。

 何も残さずに死ぬのかな。どうあるべきなのかな。もう少し、めんどくさくない人になりたかったな。

2021-05-07

弱いものがより弱いものを叩くという当然の構図なだけだよね

https://anond.hatelabo.jp/20210506195215

わかる。

弱者女性フェミニスト強者女性には逆らえないから反撃してこない異性である男性側を殴りに行くし

弱者男性ミソジニスト強者男性には逆らえないから反撃してこない異性である弱者女性やらフェミニストを殴りに行ってるだけだよね。

さらに弱い人間韓国叩きとかに逃げるみたいなので、まだ反撃してこない異性を叩いてるだけ健全なんじゃね?

どうせこの人たち何かしらを叩かないと死んでしまう生き物なんだから漠然とした集団に対してかみついてるくらいは無視したら?

2021-05-05

anond:20210504151645

こういうの通報すんのどうやるんだっけ。

どこでそんな“風潮”になったんだよ。おまえが見てるドブの中でだけでしょ。

弱者男性話題、なんでいつもいつも誰で構成されてるかもわからない「社会」とか「はてなー」とか、漠然とした集団に向かって針小棒大に物申すのが出るのかなと思ったら、

ウヨネトサポから、矛先を政治に向けたくないんだね。

弱者男性問題の根っこは経済格差です。

2021-05-04

anond:20210504232908

もし仮に、権力不作為による殺人現在進行形で行われているのであれば、もはやそれを実力で阻止することを法に反すると非難したところで一体何の意味があるのだろうか? という疑問がもう少しで全国各地で発生してしまうのではないかという漠然とした恐怖を最近感じる。

2021-05-01

弱者男性12年前の最前線から語る

 男性が常に強者で勝者であるとするならば、あの真夏なのにエアコンなんてものはなく巨大扇風機が生ぬるい風をだらだらと放出し続ける倉庫で、全員時給1000円で集められた日雇い現場で、女性にはビール段ボールベルトコンベアの上で景品を貼り付ける仕事があてがわれ、男性にはびろんびろんに伸びきったまさに言い訳程度のコルセット安全靴を装着させた上で、ビール350mlが2ダース入った段ボールを上げ下げする仕事があてがわれた思い出はどう処理すればいいんですかね(挨拶)。

 むろんこの場合女性を憎む……のではなく、日雇いという弱者同士で連帯してそこでボーッと突っ立ってる監視役の倉庫社員をぶん殴る……のでもなく、倉庫社員とも連帯してサントリーを誅して社会主義革命を起こすのが唯一の正解であることは皆さん御存知の通りである

 さて、この増田では2009年出版された澁谷知美平成オトコ塾―悩める男子のための全6章』の内容を紹介する。澁谷は上野千鶴子ゼミ出身であるようだが、いわゆる「フェミニズム」的なテーマではなく、『日本童貞』『立身出世下半身』などを出版している、個人的に信用している書き手である

 目次は次の通り。

第1章 その「男の友情」は役に立つか?

第2章 「僕がキミを守る!」と思ってる?

第3章 非モテはいかにして生きていくべきか

第4章 暴力はなぜ、いけないか

第5章 包茎手術はすべきか否か

第6章 性風俗に行ってはダメ

 2009年の本で、いま論じられているテーマの大体が既に出ていることに驚くだろう。我々は弱者男性問題それ自体だけでなく、議論12年でほとんど進んでいないこともまた嘆くべきだろう。というかこういう話になると非モテ論壇とか言って侃々諤々やってたのが昔のはてななんだよな今の新参は昔のはてなを知らないから困る。失われた10年……。

 それはともかく正直、456章はそれまでの言ってきたことと関連性が薄く、また前の章ほど爆発的に面白いわけでもないので、言いたいことはわかるのだがこの本にいるか?という感じはする。なので、とりあえず3章から見ていくことにする。

 3章の冒頭でいきなり研究者としての特大のお気持ちドロップされていて面白いので少し長くなるが引用しておこう。

ヘテロ男性非モテ現象だけを扱うというと、必ず来るのが「ヘテロ女性非モテの方が、あまり苦しみが言語化されないだけに問題が多い。なのに、なぜあなたヘテロ男性非モテを扱うのか」という反応です。世の中には、Aという現象を扱う人に対して「A以外も扱え」と指摘することがエライのだ、これこそ目配りというものだ、と思う方が多数存在するみたいで、かなりの確率で前述のような発言出会います

が、そういう発言魚屋に対して野菜を売れと主張するに等しい。非モテ女子の話がそんなに重要なら、重要と思う人がすればいい〔澁谷注:私もいつかはしたいと思っていますが、「非モテ女の話の方が重要だ!」って言う人はどうぞお先に。止めませんよ。〕。それに、その手の話が見当たらないということは、苦しみがそれだけ大きいことを表しているのかもしれませんが、苦しみの不在を端的に表しているだけかもしれません。有力な傍証でもないかぎり、言語化されていないということから苦しみの有無を推定することはできないという、当たり前の事実も指摘しておきます。(p.75-76)

 「女性問題を扱え」といちゃもんつけられたことが一度や二度ではないのであろうことが怨念の籠もった書きぶりからわかる。まあ、それは12年後のネットを見ていてもよくわかるところで。

 男性について語れば女性の方がつらいか女性について語れと言われ、女性について語れば男性の方がつらいか男性について語れと言われる。もういい加減そういう「やってる感」を出すための100字ですら余るようないちゃもんはやめにしませんか。お前がやれ。俺もそいつもやったのだから

 澁谷は非モテを3種類に分類する。

[a]恋愛したくてもできないタイプ(内発的非モテ

 a-1 性的存在としての異性との関係性を欲しているタイプセックスをしたい、「女性」の存在に癒されたい)

 a-2 とにかく他者承認を欲しているタイプ(オレを認めてほしい!)

[b]「恋愛」をしたくないタイプ(外発的非モテ

 「恋愛」を押しつけてくる世間や、いま現在恋愛」と呼ばれている行為の中身や、それを統制するルール等々に違和を感じているタイプ(p.90)

 この分類に対して何か意見を言うことは誰にとっても容易であり、それは分類表の絶えざる細分化を招くだろう。むろんその行き着く先は完全に無意味な、総人口分のパターンである。だから、ここでは非モテ男性に最低でも三種類ある、という点を強調しておくことが必要だろう。

 男で、かつ非モテ、という狭く見えるテーマに絞っても最低これだけのバリエーションがある。そのことを非モテ男性当人達ですら大抵わかっていない。aのタイプ非モテ男性が「今すぐ女をあてがうべき」とまでは言わなくても「女をあてがってくれると嬉しいのは確か」ぐらいに思うことは自然であるが、bのタイプ非モテ男性から見ればまったく話が合わず、「非モテの中でも過激野蛮人」と感じられることだろう。それをきっとaは「すかした奴だ」とか「きれい事を言っている」とか感じるだろう。まして女性受け手場合さらに混乱が深まるだろう(男女の非対称性については後で論じる)。

 澁谷は当時の主流であった「経済的問題解決すれば結婚は増える」「機会をつくれば結婚は増える」といった主張を論駁し、「フリーター論壇」が経済について述べたフレームワーク非モテ問題スライドさせることを試みている。その過程で澁谷は「あてがえ論」について、2009年の時点ですでに考察している。

非モテ問題場合、これ〔若年労働者問題におけるベーシックインカム〕を「ベーシック異性」によって解決する発想がありえます女性をもれなく男性に分配する制度です。(p.95)

 澁谷はこの論が全くの荒唐無稽でないことを、19世紀半ばの宗教的コミュニティ、オナイダコミュニティを例に挙げ示すが、結局現代においては不可能であろうと言う。

当然のことながらこれを現代日本でやることは不可能です。「分配」される側の女性の中には、どうしても相手のことが好きになれない人が出てくるでしょうし、男性つがいになりたくない人だって居ることでしょう。そうした女性男性との共同生活セックス強要するのは、現代日本常識においては、「人権侵害」となります

もちろん、男性にとっても全く同じことが言えますあなた好みの女性あなたのもとに「分配」される保証はありません。〔…〕「なんであいつには美人が来て、おれのとこにはそうでないのが来るんだ!」なんていう新手の「格差問題」も生じるかもしれません。(p.97)

 この「格差問題」という未来予測面白い。「チェンジ」なんて贅沢は、限られた資源女性)をやりくりしないといけない政府が許すはずもない。チェンジOKをうたう風俗でも2回目以降は有料だったりするのだから

 個人的にはこの例示こそ「あてがえ論」に対する何よりのカウンターであると感じる。仮に「あてがえ」とガチに主張する人がいたとして、その人に人権を説いても馬の耳に念仏だろうが、こっちの懸念は聞いてくれるような気がするのである

 澁谷は続いて、経済問題における社会保障にあたるものとして、思想セーフティーネットの構築を提唱する。まあそれ自体は正しいと思うのだが、本田透電波男』における主張ほど面白いものではないのでここでは省略する。『電波男』を読め。

暴力的だったり、女性にたいして思いやりがない場合のぞき、ある男性女性から選ばれないのは、その男性のせいではありません。女性にとっての「よき男性像」が特定の偏り――収入学歴一定以上あり、ある水準以上のルックスをしていて、会話が続く――を見せている限り、そこに当てはまらない人や当てはまろうとしてもできない人が出てくるのは当然のこと。それは、男性陣が特定の偏りを持った「よき女性像」を持っており、そこに当てはまらない女性非モテ女性)が出てくるのと同じことです。(p.100)

 おそらくこの記述で多少救われる人もいるに違いない。KKOは来世に期待するしかないが、それはあなたのせいではない。

 ただここで考えたいのは、「暴力的だったり、女性に対して思いやりがない場合」をしれっと除外している点である。そんな男でも「女をあてがわれた」のがかつての日本社会であったことは、澁谷も指摘している。

とはいえちょっと脇道にそれますと、「分配」の方法は問わずに「男性にもれなく女性がくっついた」という現象だけを切り取ってみれば、それに近いものを一九五〇~六〇年代日本に見出すことができます。当時の男性生涯未婚率(五〇歳時点で一度も結婚したことのない人の割合)はわずか一%台でした。九八%の男性が一度は結婚したことがある、つまり女性を「分配」されたことがあったのです。

何故これだけ広範囲の「女性の分配」が可能になったのか。「男女とも結婚して一人前」という社会規範が強かったこともありますが、なにより男女の経済格差が今以上に大きかったことが上げられます

この時代、一部の職種を除いて、女性が一生続けられるような仕事はありませんでした。有名企業就職できたとしても、当時は、女性にの適用される「三〇歳定年制度」によって追い出されてしまったのです。一方、男性には安定した仕事がありました。給料は毎年上がり、先の見通しも明るい、なんといっても高度成長の時代です。(p.97-98)

 ちなみに本書では2005年男性生涯未婚率15.4%という数字を引いているが、2020年には23.4%になっているらしい。

 それに加えて、上で述べた加害性が必ずしも本人の責任ではないということも、90年代以降の精神医学社会学が明らかにしてきたのではなかったか

 とすれば、KKOのみならず、KKKOキモくて金が無くて加害性があるおっさん)もまた、必ずしも本人のせいとばかりはいえず、社会包摂すべき、という話になってくるかもしれない。その際には「ラベリング」「過剰包摂」など、社会学障害者ホームレスなどについて積み上げてきた知見を生かすことができるだろう。というか、福祉現場の人たちはいまもKKOだけでなくKKKO社会の内側へと復帰させるべく頑張っているのではないか

 なぜ、おっさん問題なのだろうか。あるいはより学術的な言い方をするならば、非モテはなぜ男性問題になるのか。本書はその問いに直接的に答えてはいないが、ヒントは与えてくれる。以下は1章のはじめの方の記述である

皆さんは、なーんか気分が晴れない、ってことありませんか? あるいは、漠然とした不安があるとか。原因不明の体のだるさがあるとか。そういった不快状態、つまり精神的に健康で無い状態を「ディストレス」といいます。そのディストレスが、独身男性と既婚男性とで、どちらが高いかを測った調査があります。〔…〕結果は〔…〕二八歳から七八歳まで、どの年齢層においても既婚男性のディストレスのほうが低かったのです(稲葉昭英「配偶関係精神健康」『日本男性心理学』二〇〇八)。男性にとって、そばに異性(=妻)がいる人生は、いない人の人生にくらべて、ハッピーなようです。(p.15)

 澁谷はディストレスと妻帯のどちらが原因でどちらが結果かはこの調査からは分からないと述べるが、続いて妻に感情を見せることによって、夫が精神的に健康になっていくことを示す調査引用し、「つまり女性と一緒に暮らすことがディストレスを低くすると考えるのは、間違っていないようです」と一旦の結論を置く。そして次のように続ける。

ならば、男性女性から精神的なケアを引き出している、といえる。「女性だって同じことでは?」という反論に答えておくと、女性独身か既婚かでディストレスに大きな差はありませんでした。〔…〕統計的な傾向でいえば、男性精神健康女性存在は欠かせないが、その逆はない、ということです。(p.16)

 この下りはまったく読んだ記憶がなく、今回読み返して一番驚いた部分である増田の実感としては「男がいないと鬱病になって死にそうな女」はよくいるが、その逆はあまりいない印象であるが、それはどうやら必ずしも正しくないようである(むろん男がいる=結婚ではないとか、ディストレスが高い=鬱病になって死ぬではないとか、そもそも元の調査やその読解がどうなのか、とかは考えなければいけないだろうがそれはそれである)。

 上の論述は、女性強者弱者フェミニストフェミニストを問わず)による「女に頼らずに男同士の友情で満足すればいいじゃん(私であればそれで満足するのに)」という主張が、必ずしも的を射ているとは言えない可能性を示唆している。もちろん逆もしかりで、「男性夫婦になれば女性だって幸せになるはずだ(俺のように)」という男性の主張が間違っている可能性も同時に発生している。

 ここに性にまつわる問題の隠れた難しさがある。「相手気持ちになって考える」ことと「相手気持ちになって考えたつもり」を区別することは、専門家であっても難しい。さらに加えて、先に述べた非モテ男性の三分類といった差異も隠れている。とにかく、話題への参入障壁が低い(男もしくは女であれば誰でも一家言持っている)わりに、トラップが多すぎるのである。これが2009年から今に至っても議論が終わらないし前に進んでもいない一因だろう。

 こうした非対称性が発生する原因として澁谷は、現在社会において女性男性より相手の話をよく聞くように育てられており、それに対して男性競争的に育てられていることを挙げている。その結果として男性女性に癒やされているし、女性女性に癒やされているのだろう。

 一応言っておくとここで澁谷や増田は「男性と違って女性は人を癒やすべきだ」とか、まして「男は働いて女は家にいるべきだ」とか主張しているわけではない。ただ、そういう傾向がいまの社会にあるようだ、と言っているだけである。それを望ましいとか望ましくないとか考えるのは社会科学の領分ではない。「〈こうであるから〈こうであるべし〉を導くことは不可能である」(ウェーバー)。

 12年後のいま、澁谷の主張に触れると、多くの部分はそのまま現在に流用可能であると感じる。しかし、目配りが足りていない部分もある。おそらく澁谷は包茎手術と高須クリニック関係よりも、男性における経済的問題について語るべきであっただろう。「女はホームレスにならなくて済むからいいよな」「いや危険から女はホームレスになれないのだ」「それでも事実として死ぬでもホームレスになるでもない選択肢がある女は恵まれている」云々のあれである。むろんそれは今だから言えることであるのだが。

 それでも増田が望んでしまうのは、そうした議論が両者ともにマジでクソだと考えるためであるホームレスと実地で接しろとは言わないからせめて、ホームレス女性は本当に少ないのか、少ないだとすればホームレスになるはずの女性はどこへ言っているのか、それはほんとうに「恵まれている」といえるのか、といった事実についての認識は両陣営ともに共有すべきであるし、その時点で認識差異があるならどの点で異なるのかを明らかにすべきである

 そうした仕事を澁谷が12年前に済ませてくれていたら、と思う。思うのだが仕方ないことなので、現在を生きる我々がやるしかあるまい。というところまでは澁谷の背中に乗って増田が到達させたので、ここから先はお前の仕事だ。頑張ってください。たまに手伝いに行くかもしれない。

 

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追記

 バズったので宣伝します。狐火という、この記事や通念における弱者男性というカテゴリーからはみ出す部分はありながら、それでも弱者男性であることを納得せざるを得ないリリック10年以上紡ぎ続けているラッパーがいます。売れろ!

27才のリアル狐火(2010

https://www.youtube.com/watch?v=tmJBGEFXOvU

勇気が欲しい

特に上司が活発で生意気な年下でも

余裕で頭を下げられる

勇気が欲しい

月給25万以上社保険出来ればジムの割引券も欲しい

採用面接から働いている自分想像してネガティブにならない

勇気が欲しい

けど、本当は1つの事を信じて続ける勇気が一番欲しい

31才のリアル狐火(2013)

https://www.youtube.com/watch?v=MRLXZGylQRg

チューチュートレインの一番後ろでしゃがんでるだけの人生でいい

絶対こんなはずじゃなかった

オレこんなはずじゃなかったんだよ

上司に怒鳴られトイレで叫んだ

あんたらステージ上じゃ無力だ」

36才のリアル狐火(2019)

https://www.youtube.com/watch?v=loWcv5VEObM

よく聞かれる

「もし音楽成功したら、サラリーマン気持ち

歌えないんじゃないですか?」

サラリーマン気持ちを歌いたくて音楽を始めていたならどれほど楽だったか

37才のリアル狐火(2020)

https://www.youtube.com/watch?v=z1J8BbnBLyQ

27才までに見ていた夢は全て叶った

生意気な年下の上司はオレのファンになった

2021-04-30

anond:20210430101328

ICOSIREN面白かったし独自性もあった

技術勝負から逃げ「ゲーム性」のやうな漠然とした評価を全面に出したのが敗因

あれで劣ったハードという扱いになって、最新グラフィックスを駆使したい製作者がPC移住したのでは

PS3が2004-5年ぐらいにUSBマウスキーボード対応で出ていれば、FPSやストラテ時も全部PS3/4独占だったよ

チートが容易にできない優位は昔も同じはず

2021-04-29

じいちゃんが死んだ

年始電話で会話するくらい元気だったのに、先月親父から突然肺炎で多分もうすぐ死ぬ電話があった。

その通りじいちゃんはあっさり逝った。元気で歩けるし腰も曲がってない、介護もされてなかったのに。

じいちゃん子だった増田電話があった時すぐに地元に帰りたかったが流行りの奴のせいで帰れなかった。じいじばあばだらけの田舎には流行ってる街から帰ってくる人間には冷たいから悲しいけど仕方なかった。還暦を過ぎた親も嫌な顔していたし、そう自分に言い聞かせて納得させた。

死に目も、葬式も、お骨拾いも、納骨式も。結果報告だけ淡々と聞かされた。

ずっと入院中のばあちゃん電話で話をしたが、一昨年会った時から何年も経ったかのように声にはりがなく、ああ多分ばあちゃんももう会えないんだろうなと漠然と思った。

本当はこの連休帰省しようと葬式の時辺りから計画してたけど緊急事態宣言出されてやっぱり無理になったし、スマホで撮って残してるじいちゃんとの何気ない会話の動画を見ては時々泣いている。

この1年を振り返ってみた

正直あまり明確には覚えてない。

いまあれこれ言っても後知恵になってしまうだろうから政府などの擁護できる部分はなるべくそうすることでバランスを取りたいと思う。

初期〜第一緊急事態宣言

クルーズであるダイヤモンドプリンセス号で感染蔓延確認された。政府隔離措置を取り、乗員を下船させないまま医療関係者専門家を送り込んで防疫や治療などに当たることになった。

この1ヶ月ほど前に中国で新種の病気が広がっているという話はあったものの、やはり日本としては急に降ってきた事案だろう。対応がおぼつかないのは仕方ないと思う。

それでも専門家から見れば不手際は目立つし、実際に万全だったとは言い難いだろう。船内隔離にしても「入口が違うだけ」などのお粗末さはあった。

感染症のリスク評価も甘いまま乗客おろし、客はその足で公共交通機関を使って寿司屋に行ったことが報道されるとブーイングが起きたりもした。当時はまだそこまで危機感がなく、下手に私権制限するよりはそうするのが無難だったという判断もわからなくはない。

 

あれよあれよと感染が広がって緊急事態宣言を出す出さないで少し揉めたあと、初めて宣言が出された。

宣言自体に法的な強制力はなく都庁レインボーブリッジが光るだけなどと言われたが、国民意識は少し変わったと思う。マスクの着用率は急増してほぼ100%に近くなり、出入り口に消毒液を設置する店舗も増えた。官民問わず手探りで事態模索していたように思える。

マスクや消毒用アルコール在庫が払底して気軽に買えなくなってしまった。そこで政府が配った布マスクはアベノマスクなどと揶揄されていたが、政府が一括で購入して国民に配布するというアイデア自体は悪くなかったと思う。実行する能力にやや欠けていたのは政府というより官僚問題だと言えるかもしれないし、それを見切れずに強行した政府の責任とも言えるかもしれない。

このとき配られたアベノマスク安倍首相は退任までずっと着用していた。ただのパフォーマンスだというのは簡単だが、それでもやるべきことはきちんとやっているわけで、俺はこの点をけっこう評価している。会食禁止と言いつつ会食してる人々に比べれば圧倒的に真摯な態度だろう。

医療マスクなども手に入りづらい状況が続いていたが、こちらはどのような措置が行われたのか知らない。ツイッターで見るかぎり何もしてなかったわけではなさそうだし、ブルーインパルスを飛ばす以外にもなんらかの支援はあったようだ。

また給付金として10万円が支給されることが決まりバタバタはしたもの比較的早く国民の手に届いたのではないかと思う。事業主などへの特別給付金がどうだったかはあまり詳しくないが、大学生が軽い気持ちで詐取できる程度には審査などがゆるく、こちらもスピードハードルの低さを重視していたと思う。

小学校を急に閉鎖したりなど、とにかくいろんなことを慌ただしく実施していた印象があり、それらへの批判も出ていたが、なんだかんだで国民の側も混乱があったためお互い様だったと思う。

第一緊急事態宣言首相交代

第一緊急事態宣言が解除されたあとは、なんというか、漠然としていた気がする。感染者数は低い水準に留まり続けていた。

街を歩く人のほとんどはマスクをつけていたし(高リスク群の高齢者に限ってはなぜか着用率が低い印象があるが)、消毒液の設置率や利用率も高かったと思う。

飲食店でも対応が進み、換気装置を入れたり衝立を置いたりし始めていた。

3密やソーシャルディスタンスなどのキーワード意識されていたと思うが、東京以外でもそうだったのかは知らない。

この機会にテレワークを導入する企業散見されたと思う。ハンコ大臣が辞めたのもこの時期だったか

なんとなく、少しずつ、感染予防の意識が高まり対応も進み、敢えて反発するような人も少なく、小康状態が続いていた、というのが一市民としての感想だ。

政府がどういう動きをしていたかいまいち思い出せない。首相が交代したのは2020年8月ごろだった。

首相の息子と官僚利益供与を疑われるような状況下で会食をするなどがあったが、首相自身はもっぱら携帯電話料金の引き下げに意欲を示していた。

首相交代〜第二次緊急事態宣言

上記のようななんとなくの生活が続いていたが、感染者数が増えてきたということで、第二次緊急事態宣言が発出される。

今回は給付金もなく、マスク枯渇などの危機もなく、第一次に比べると日常の延長線上にあるかのようなものだったと思う。

二次緊急事態宣言はいまいち影が薄いが、制限は強くなっている。象徴なのは20時以降の飲食店営業自粛要請だ。ここで夕食難民が発生することになった。

以前から、深夜営業しているレストランコンビニ利用者こそ少ないもの需要はあると言われてきた。20時というのは少し残業すれば到達してしまう宵の口でもあるため、夕食を食べられないサラリーマンなどが急増した。

帰宅に片道1時間かかるような人なら、空腹のまま帰宅してから何か食べるより、コンビニで何かを買って駅や公園などで食べることを選んでもおかしくないだろう。あるいは営業している貴重な飲食店に集まることになる。

20時以降の営業自粛要請で防ぎたかったのはいわゆる飲み会なんだろうが、あまりにも副作用が大きかったと思う。そういう苦労に巻き込まれた人が、もっとも防ぎたかったであろう深夜の飲み会での感染発生を、よりによって厚労省役人が起こしたというニュースをどのように見たか政府想像できるのだろうか。

「気の緩み」というのであれば、まさしく厚労省こそが真っ先に非難されるべきだろう。そこをうやむやにしたまま国民に高圧的に指図するような態度もまた反感を買うものしかない。

国政はもっぱらオリンピックでごたごたしていたような気がする。地方自治体都庁に引きこもって沈黙するかテレビ毎日しゃべるなどの激務をこなしていたようだが、対策をきちんと進めていた自治体もあった。つまり、これといって統一的な基準目標などは共有されておらず、各自バラバラに動いていた。

二次緊急事態宣言現在

第三次緊急事態宣言が直前に予告され、いま現在はその状況下にある。

制限さらに強くなり、東京都では酒類提供禁止や夜間のネオン消灯など、強制力こそないもの制限事項は確実に増えている。

一方で国民の側も路上公園などで酒盛りを始める人が出てきた。大阪府では病床がパンクした。

IOC会長かなにかが来日するのに合わせて緊急事態宣言は解除される。

雑感

首相になってから途端にしょぼくなったように見えるんだけど、新任による不慣れから来るものでもなさそうで、なんなんでしょうねこれ。

2021-04-28

anond:20210428014129

1は論外として、2の立場キモくて金のないおっさんは、そういった古典的な男女観で家庭を運営する場合、かわりに自分は一生キモくて金のないおばさんのATMになる必要がある。

それでもいいという考えでの「あてがえ!」なら、潔さはあるよな。

そもそもキモくて金のないおばさんをあてがわれたとして、養っていけるんだろうか?ATMとして稼働出来るのか?

当たり前のように子供を持つ前提だけど、そのおばさんには金がないんだから育児費用だって自分で全部出さなきゃならないんだが…

今時専業主婦子供を養っていける男って弱者でもなければキモくて金のないおじさんでもないよな。

それは金のあるおじさんだし、それだけ稼げるって事は仕事が出来る≒最低限の人間関係もこなせるだろうからキモくもなさそうで、要はただの金あるおじさんだ。どう考えても強者側だ。

そもそもそういう人で結婚願望もあるなら、おじさんになる前に結婚してそうだし。

社会性皆無だけど特殊な尖った才能だけで稼いでるとか、自分で稼いだ金じゃなくて親の財産だとかだったら

キモくて金のあるおじさんもいるかもしれないが、それこそ例外だろうよ。

かと言って

1 なぜか自分にはキモくもなく金も普通にある若い女性があてがわれると考えている。

こっちの方は論外だし。

何でそれがお前にあてがわれると思ってんだよ。普通に強者男性が持ってくわ。

なんか前提が崩壊してるんだよなあ。

その辺の前提が理解出来るなら(恐らく本当に「弱者」側の男性でも大半はそうなんだろう)結婚すんの無理、ってなってるだろうけど

そういう事を考えずに漠然と女あてがわれ願望持ってる人って、すごく世間知らずな感じがする。

2021-04-26

anond:20210421111135

許されイケメン、またはコミュ強も最初から許されてばかりじゃない場合の方が多いからなあ。極端な例だけど、ナンパだってほぼフラレてその中から幾ばくかの成功を得てるわけで。今許されてる人は学生時代から何度もそういう思いして、だんだん許され力をつけてきたわけで。

いやいや学生時代から一軍いたじゃん!って思うかもしれないけど、彼らも内部ヒエラルキーに疲れつつ頑張ってもふとしたことからアイツイタくね?とか調子のってね?とか言われる綱渡りを続けてきたわけで。少なくともモテモテ男と言われる人たちは入学からワックスアイロンの使い方だの話題の振り方だの必死でやって、友達づくりも漠然とじゃなく脳みそフル回転でやってたと思うよ。そりゃ天然美男美女や愛されキャラはいるけど、それは一握りで大抵は早起きしてメイクやセットしてるし夜遅くまでラインのチェックしてる。

ちなみに自分非モテ側で、兄弟所謂一軍で頑張ってたのを見てた立場子供心にあんなの自分じゃ無理だと思ってたし、今でもあれでモテない方が理不尽だとさえ、勝ち組社会人になった兄弟を見て思う。羨ましくなかったわけじゃないけど、とても兄弟にお前はいいよなちやほやされてなんて言えない。でもそれは自分が「努力必要努力の仕方もお手本がいたのに努力放棄した」人間からなのかも。最初から努力必要って教えて貰えなかったら、おかげで人生台無しだって思ってしまうのかも。

anond:20210426141413

ワイは初めて見た時は学生だったけど漠然自分フリーター側になる予感がして笑えなかったやで

子供を作ることとは

入籍を控えている。

自分実家からは、数年前から早く結婚をだとか孫の顔が見たいだとか散々言われて、うんざりしていたところ。

元々両親との折り合いが悪く、思春期真っ只中の頃に不登校だったり精神疾患だったり発達障害持ちなのが分かったり、この10年間ホント無駄病気して勿体なかったな~とまで思うようになった。

幼少期から親にブスとかデブとか言われ、自分性別もクソだな~20代半ばまでに死にてえと思っていたのに、プラスアルファ年生きるどころか普通に会社員をして、結婚まで視野に入っているのだから人生とは全く分からない。

そんなデブメモリーを掘り起こされるような、親とのやり取りが先日あった。

親としてはイジリのつもりだったんだろうけど、こちらとしては全然嬉しくないと、文面でキレた。

子供は好きだ。だが、"家族"としての接し方が分からない。

"友達"のように、一緒にキャッキャやって遊ぶことは出来る。多分。

結婚相手機能不全家族で生きていたというのもあり、仮に子供が出来たとして、子育て漠然とした不安を抱いている。

以前自分実家挨拶に行った時に「孫は」と言われたが、経済的な面からも二人揃って「今は無理」と答えた。

というか自分発達障害持ちなのに子供を持っていいのかとか、生まれてきた子供を不幸にしてしまわないかとか、考えることが増えた。まだ結婚すらしていないのに。

完璧子育ても、正解もないし、当たり前だが経験すらないし、そこまで考えなくてもと思われそうだが。

離婚旦那悪口不倫ネタ、果てには某革命家Youtuberニュース記事をしょっぱい世の中だなぁと思いつつ見、そんなことをぼんやりと考えている。

まあ、経済的な面での諦めより自分の中の問題が大きすぎて、結果として子供を作らない可能性も大いにあるのだが。

そこら辺は二人でよく話し合おうと思う。

2021-04-25

婚活復帰戦で年齢と容姿が女の価値だということを理解した30代(追記

数年前、一時期婚活をしていた。

マッチングアプリは今ほど隆盛していなかったし、オンライン出会いデジタルネイティヴ世代な割に黎明期寄りの自分マインドとも合わないので活動現場婚活パーティーへの参加が主だった。

当時は結構な頻度で通っていたし、かなり成果もあった。しかし、親の病気自身結婚観の変化が重なり次第にパーティーから足が遠のき現在に至る。

先日、以前婚活で利用していた婚活サイトからお見合いパーティーの無料招待の知らせが届いた。男女比のバランスが悪い回や参加者キャンセルが生じた時にこういう知らせが届く。

普段は気にも留めないが、その日に限ってふと「行ってみようかな」という考えが起こった。

(これは余談だけど、恐らくコロナ禍の自粛生活で人との交流に飢えていた。婚活というより見知らぬ人間と会話したかったのだと思う)

数年振りに参加した婚活パーティーコロナの影響で規模はかなり縮小していた。会話の際は以前のような向かい合わせの形ではなく、横並びで座ったまま会話するスタイルに変わっていた。

挨拶の際に一瞬顔見せするものの、会話中は当然マスク姿なので声が聞き取りづらく不便に感じた。

それでもパーティー自体個人的にはブランクは感じなかったし、見知らぬ他人との会話はやはり楽しかった。

(これも余談だけど、当時は全く気にしていなかったが会場で記入するプロフィールカード女性のみ「得意料理」の項目があるのことが気になった※ちな男性年収

また、そこに違和感を持つ参加者がいないようにも見受けられた。婚活市場の男女観は前時代的なんだなと感じたし、人口減少・価値観多様化する現代においてこの価値観でこの企業大丈夫かと心配になった、大きなお世話だけど)

話が逸れた、ここからが本題なんだけど

結論から言うと婚活復帰戦の収穫はゼロ

マッチングはおろかアプローチカード的なものも貰えなかった。

手前味噌だが、以前は同様のパーティーに参加すればめちゃくちゃモテていたので今日も余裕とタカを括っていたらこのザマ、笑うしかない。

しかし、自分の魅力は婚活無双していた当時より確実に上がっていると自負している。そこそこ稀有人生経験を経て人間的にも成長した、習慣的に鍛えている今の体型が人生ベストに整っている、今の自分容姿が一番綺麗と自負している。この日参加者との会話だって盛り上がった。

じゃあ以前の私と何が違うのか、帰りの電車で1人考えた。服装髪型?少し喋り過ぎた?けれど考えを巡らせれば巡らせるほど当然の結果に行き着く。

自分の年齢が以前より増えた』

それに尽きるのだ。なるほど20代と30代ではこれほど異性から需要に差があるのかと思った。

以前は30人以上集まる会場で上位人気という経験もザラにあった、その時自分は(あくま婚活市場という枠内だけど)人間的な魅力があるから選ばれていると思っていた、私の努力の賜物だと思っていた。しかしそうではなかった、『年齢』だったのだ。

自分がブスと自覚した日から人一倍努力した、おかげで人と比較すればそこそこ美人になった。

礼儀所作も人より整っていると思う、今でも習慣的に本も読んでいる。確実に私は去年よりずっと魅力的になっている。ただ年齢という数字で私は以前よりずっと異性から選ばれない。

なにそれ馬鹿馬鹿しいと思った。

そもそもまれ持った容姿だって年齢だって自身ではどうすることもできない、整形だって限界がある。言わば不可抗力だ。

若い頃は『容姿』歳を重ねれば『年齢』

そんなもの自分を値踏みされて自尊心を削られ続ける女としての生き方に何の価値があるのかと思った。つくづく結婚に向いていない思考の女だと思う。

とはいえ、優秀な子孫を残そうとする生物本能という観点から捉えても男性が若く美しい女性を望むことは至極合理的で当然な選択だと思う、そこを責める気は一切ない(私は子を持つ気はないけど)

人間価値不可抗力以外の場所にある。それは刹那的に生きてルッキズムに囚われていた10代と20代前半の自分があったからこそ胸を張って言える。

ただ恋愛市場婚活市場における『価値』は圧倒的に『不可抗力』な側面が大きい。それを今回理解した。この知見を肌感覚で得られたことは大きい。

これは決してネガティブな話ではなく

恋愛/婚活市場での価値を失いつつ(もう失っているのかも)ある人間がそこを自覚してふっきれた時、人生はもう一段階面白くなるのではないかと感じた。努力ではどうにもならない事象に囚われることは無意味だ、投資する必要はない。

この市場で私はもう定年に近いが、人間年齢では私はまだまだ若いのだ。何にだって投資できる、オラわくわくすっぞ状態なのだ

男性の30代の市場価値はまだ高いので彼らがこの境地に至るのは肉体がもう少し衰えてからなのだろうと思うと、30代で前半でここに至った私(女)はラッキーなのかもしれない。

最後経験からアドバイスだけど本気で結婚したい人は市場価値の高い間に婚活を頑張った方が良いよ、突然暴落するからね。

私はもう婚活市場には積極的に戻らないと思う、ただDINKS希望パーティーがあれば一度参加したいかも。

さあ明日から何しようかな

おわり


追記

伸びてて笑った、少しだけ返信

婚活アドバイス

有益情報もあって大変有り難く読ませてもらった。ただ、そもそも今回婚活パーティーに参加したのは冒頭で書いた通り無料招待だった上に「見知らぬ他人との交流に飢えていた」からなんですね。

散々な結果やその後の思考気づきはその副産物子供は望まないので特に結婚に焦ってもないんだなこれが。

20代の頃は漠然とそろそろ結婚しなきゃと思い活動していたけれど、今は結婚という形にこだわる必要すらないと考えている。

30代独身女として”わきまえろ”と言うならそんな市場もこコミュニティも願い下げですね。

(ただ、一回の復帰戦で損切り決断するのは早い/戦う市場を間違えているというコメントは「たしかに」と思った)



②『お見合いパーティーの場で子供がいらないと言ってしまうことが原因、子供が欲しくて参加している人が多い』


百も承知お見合いパーティー時に子なし希望は言わないよ。数分の会話で初対面の人間に語れるほど軽い覚悟じゃないもの

ただプロフィールカード子供に関する欄がある場合は正直に書いていたし、最低限のマナーとしてマッチングした相手には一回目のデートまでには告げることをマイルールにしていたよ。


③ 頑張った分だけ人の魅力は増えるのか

他者評価に関しては一概には言えないが

少なくとも自己評価は上がる。本来自己肯定感理由なんて不要だけど、例えば筋トレなら引き締まっていく身体という目に見える裏付けが上乗せさると自己肯定感は爆上がりするよ。(筋トレは良いぞ)

仮に失敗したって”努力した”過去は消えない、その人間過去は誰にも奪えないと「夜と霧」のヴィクトール・フランクルも述べていた。

まり頑張り続ける限り人間の魅力は確実に上がるし、誰が何と言おうと私は昨日の私より魅力的なのです。



20代からって全員が無双できるわけではない

それもそうだね、元婚活無双女の婚活パーティーアドバイスとか書いたら需要あるかな

市場において年齢という最強のアドバンテージを持つ20代女子なら戦略次第で無双は余裕よ、婚活パーティー戦場だ。それに不特定多数人間と会話する経験はなかなか勉強になるし、刺激的で楽しいよ、頑張ってね。

返信おわり

では、またどこかで

2021-04-23

anond:20210423213408

いやいやいや

どんな賢者にも1つは過ちを犯し

どんな愚者にも1つ賢い考えが浮かぶ古代中国食客が言ったように

良い物にも悪い点はあり

悪い物にも良い所はある

肯定する必要全否定する必要も無い

あるがままに思うがままにただ綴れば良い

ただ、できれば漠然批判評価するのではなく、

切り口を、視方は1つに絞った方がいいらしい

2021-04-18

[] #93-3「栄光の懸け箸」

≪ 前

「音を立てるほど勢いよく啜るのは、麺に汁が絡んだ状態で口に運ぶためだ。物事には理由がある。その理由無視して、従来のやり方を抑え込む方が愚かだ」

「えー、でもそれを気にする人がいるってのは分かるでしょ」

個人の気にする気にしないレベルで是非を求めたら社会は回らん。何が正しいか間違ってるかも分からず何もできなくなる」

こういった法律に縛られない、慣習的な何かを俺たちは漠然と“かくあるべき”と思っている。

からこそ、その“かくあるべき”を常識だとか文化だとか、作法という言葉で簡潔にまとめられるんだ。

理屈が伴っているかどうかが重要なんだよ。米を炊く時だって、研ぐ段階から軟水を使うだろ」

「え? 米を洗う時にも市販水って勿体なくないすか」

「米は洗ったり研いだりする際にも水を吸うだろ。本当に勿体ないと思っているなら、最初から最後まで水道水を使えばいい」

「あー、なるほど」

「お前アレだろ? 座って用を足せと周りに言うくせに、流す時に蓋しないタイプだろ」

「おい、トイレ中に食事の話はやめろよ」

「逆だ、逆」

しかし、こういったルールの“延長線”を誰がどのように引いているのか、そして妥当なのか。

実際には誰も把握していなくて、共有できているかも怪しかった。

なので話を掘り下げようとするほど墓穴にハマりやすく、誰も出られなくなってしまうわけだ。

それでも概ね見解は一致していたから、さして険悪にはならなかった。

「でもマナーとか言われちゃうとなー」

「そりゃあ似非マナーとか、古臭いルールは無くなってもいいさ。でも、全てがそうじゃないだろう。箸の持ち方だって変わらない」

だけど話題が箸の持ち方になった時、なんだか雲行きが怪しくなってきた。

切り出したのは俺だったが、これは七面倒なことになると言ってから気づいた。

この時、ラーメンを食べている彼らの手元は三者三様だったんだ。

「えー、箸の持ち方くらい自由でいいじゃん」

「そりゃあ、まあ、ちゃんと持てた方が行儀は良いかも知れないけどさ」

「箸の持ち方ひとつで窮屈になる社会が良いとは、とても我は思えん」

「オイラ、この持ち方でも支障ないし」

「お前の持ち方は、さすがにクセがありすぎる」

「えー! “箸の持ち方くらい自由でいい”って、さっき言ったじゃん」

「そのセリフを言ったのは、おまえ自身だ」

ここで意見割れ割れた。

俺みたいにちゃんと持つべき派、多少なら構わない派、どんな持ち方でもOK派……

それを直すべきか、指摘するべきか等など。

皆その持ち方で、食事を数え切れないほど行ってきたんだ。

まり、この議論人生の一部をかけているに等しいといえ、それ故にみんな必死だった。

次 ≫

2021-04-17

もうどうしようもないから、カウンセリング受けたいと思ってるんだけど、いくらぐらい掛かるんだろう?

つーか、悩みが漠然としすぎてて何話していいかわからんのだが、そんなぼんくらでも話は聞いてもらえるんだろうか?

躁を経験した。初めてだった。

「昨日の朝の引き継ぎ、何かやばいことを言ったような気がする」という漠然とした記憶が芽生えたのは、昨日。

夜勤明けでその日と翌日は休みだったが、死んだように眠っていた。そこも記憶がない。

予感は的中した。

昨日の夜勤入りの夕方、同僚に「大丈夫?この仕事きつい?」と心配された。

とんでもない。仕事楽しいし、人間関係も全く悪くない。こんなホワイト自分がいていいのかというくらいの高待遇

どんな職種かは伏せる。お世話をする系の仕事

どのように変だったか聞いてみると、妙にハイテンションで、声がデカかったとのこと。

そして、睡眠導入剤を飲んでいることをベラベラと周囲に聞こえる声で誇らしく喋っていたようだ。

もう、最悪である

私は普段は温厚で、小動物系。ハイテンションとは真逆の生き物である

そんな生き物が突然、

自戒を込めて記す。

夜勤入り前】

から夜勤入りの正午まで飲んでいた。

前日の夜勤入りから仮眠までは、普通だった。

anond:20210416120237

そんな風に考えたい気持ちも分かるけど、教育学的に考えれば、そのモデルが正しい保証はない。

たとえば偏差値による階層化が進んだ地域高校を例にとれば、ある中学校から上位1/3がA校、中位1/3B校、かい1/3がC校ときれいに分かれて進学するとする(塾などの指導で実質これに近いことは起きる)。では、A校は優等生だらけ、B校は普通の子だらけ、C校は不良だらけになるか? …と言えば、そうはならないんだな。面白いことに、どの学校でも、それなりの割合優等生、それなりの割合普通の子、それなりの割合の手のかかる子……と分布する。B校にもC校にも、「その学校なりの優等生」は必ずいるし、A校にも必ず「手のかかる子」はいる。

まり学校におけるいい子悪い子というのは、かなりな程度、社会的に生み出されるポジションに左右されるということなのだ。考えてみれば分かるが、全員を混ぜていたら、B校で優等生になるはずだった子、C校で優等生となるはずだった子には、ずーーーっと光が当たる機会はなかっただろう。逆に、A校で手がかかるようになった子も、C校に行っていれば「開校以来の天才」として持ち上げられたかもしれない。

「じゃあA校に行かせる理由なんてねーじゃん」となるかというと、これはそうではなくて、多くの親は漠然と、もう一つの影響である競争効果」に期待しているのだ。つまり一般的に言って「競争」は、競い合いにふさわしい相手によってその効果高まる。「とても敵わねええええ」という相手競争心を発揮できるのはメンタルお化けくらいであって、普通の人は競争そんな風に考えたい気持ちも分かるけど、教育学的に考えれば、そのモデルが正しい保証はない。

たとえば偏差値による階層化が進んだ地域高校を例にとれば、ある中学校から上位1/3がA校、中位1/3B校、かい1/3がC校ときれいに分かれて進学するとする(塾などの指導で実質これに近いことは起きる)。では、A校は優等生だらけ、B校は普通の子だらけ、C校は不良だらけになるか? …と言えば、そうはならないんだな。面白いことに、どの学校でも、それなりの割合優等生、それなりの割合普通の子、それなりの割合の手のかかる子……と分布する。B校にもC校にも、「その学校なりの優等生」は必ずいるし、A校にも必ず「手のかかる子」はいる。つまり学校におけるいい子悪い子というのは、かなりな程度、社会的に生み出されるポジションに左右されるということなのだ。考えてみれば分かるが、全員を混ぜていたら、B校で優等生になるはずだった子、C校で優等生となるはずだった子には、ずーーーっと光が当たる機会はなかっただろう。逆に、A校で手がかかるようになった子も、C校に行っていれば「開校以来の天才」として持ち上げられたかもしれない。(※)

まして、今回の場合選別が行われているのは小学校入学時点である。正直なところ、その国立以外の2中学校問題が起きるのは、やはりそれらの中学校が作り出してきた指導体制、学風といったものが大きく影響していると思う。あるいは「どうせ俺らは公立…」的な意識を作り出してきた地域全体の問題ではないか


(※)

「じゃあA校に行かせる理由なんてねーじゃん」となるかというと、これはそうではなくて、多くの親は漠然と、もう一つの影響である競争効果」に期待しているのだ。つまり一般的に言って「競争」は、競い合いにふさわしい相手によってその効果高まる。「とても敵わねええええ」という相手競争心を発揮できるのはメンタルお化けくらいであって、普通の人は競争心を失うし、雑魚ばかり相手にしてもそれは同じだ。一般的に言えば、やはりA校の力をもった子はA校に行くのが一番「伸びる」。

マイノリティの人は、グレーゾーンにいる人たちには厳しいよね

最近聞いたラジオで、トランスジェンダーの人がゲストとして話していた。とても話の上手な方だった。

その方が「子供の頃からスカートを履くのが嫌で嫌で」と話しているのを聞いて、私は自分が幼い頃のことを思い出していた。

私も、スカートを履くのがとても嫌だった。小学校の頃はずっとズボンだったし、中高のときもずっと下に短パンはいていた。

女性らしい、といったことになんとも言えない嫌悪感を感じていたし、胸が大きくなることや、自分女性らしさを感じるたびに、心がもやもやした。

化粧もおしゃれも全く興味がなかったが、周りのマネをして女性誌?を読んでいたが、あまり楽しいとは思えなかった。

小学校の頃からずっと中の良かった女の子のことが大好きだった。それが友情なのか、それともそれを超えたなにかだったのかは今でもわからない。

からといって、異性に興味がなかったわけでもなく、片思いも何度もした。付き合うことも年頃なりに興味津々だったけど、悲しいかモテなかったので彼氏などできたことはなかった。

ずっと男として生まれたかった。今でも時々そう思う。なんだか自分が型から外れた存在な気がして、辛い、までは行かないけれど、漠然とした不安がいつもまとわりついていた。

随分歳をとって、私にも彼氏と呼べる人ができた。そしてその人が今の夫だ。不満がないわけではないが、夫と結婚できて私は幸せだと思っている。

母親彼氏ができたことを告げたとき「実は、異性に興味がないんじゃないか心配していた」と告白された。一緒にバレンタインチョコを作ったりしていたのだが、どうもそう思われていたらしい。

子供の頃は、世の中はすべて白か黒かにきちんと別れているものだと思っていた。でもそんなもの幻想で、殆どのものが大なり小なりグレーゾーンにいるのだと思う。

私はトランスジェンダーなのか?と聞かれれば、そうではないのだろう。だけど、100%女性なのか?(そんなものはないのだけれど)と聞かれれば、違うのだろう。

たとえば、女性が白で男性が黒だとすれば(色の選択に他意はない)、私は白に近いグレーだと思っている。

一度、知り合いのバイセクシュアルの子に、子供の頃のあのモヤモヤした感じを話したことがある。その時の返答は「そんなの、大したことじゃないよ」だった。

私達の苦労を、あなたの小さな違和感と一緒にしないでくれ。私達はあなたとは違うのだ、といったことを言われたのだけ覚えている。

往々にして、マイノリティーで迫害を受けている人たちは、同胞にはとても同情的だが、敵と自分たちとの間に落ちてしまったグレーゾーンの人に対してはとても厳しいのだ、という気がしている。

黒人の人だってアフリカ系の人と、白人とのハーフとの人では扱いを変える人がいる。お前は黒人じゃない、と言う人だっている。

そりゃ、苦労の程度は違うのだろう。同情しろだなんて思わないし、してほしくはない。ただ、濃度はどうであれ、同じ悩みや苦しみを経験した人に対して、お前なんかより私のほうが苦労した

なんて言ってしまう、言ってしまえる人たちが、一体差別の何と戦うのだろうか。

2021-04-15

部屋が肌寒い

肌寒いとなんだか怖くなってくる

何が怖いのかは分からない、将来に対する漠然とした恐怖なのか、人に嫌われるのが怖いのか、自分無能なのが怖いのか、それともそのすべて

こわい

2021-04-14

それなりに恵まれているはずなのに、不幸を感じる

28歳男

地方政令指定都市在住

地方大卒(工学修士)

日系メーカー勤務

年収550万

金融資産800万円(投資でこれまで250万プラス)

車持ち

奨学金なし

残業時間は年300時間程度

週の半分程度が在宅勤務

身長182cm

経験人間50人くらい(主にマッチングアプリ)

軽めのADHD(自称)

過保護母親のもとで育った(今は疎遠)

小中高は田舎公立学校に進学

小中と運動神経が悪いくせに無駄に成績だけはよく尊大な態度で生意気だったためいじめに遭っていた

中学身長が伸びて見た目が垢抜けると同時にいじめはなくなった

中高は運動部

大学での成績は普通

大学ではぼっちではなく文化系サークルにも加入していたが今でも連絡をとる友達はいない(結婚式年末年始に会う人がいる程度)

現在一年近く付き合っている彼女がいるが職業性格などを重視して見た目を妥協してしまった

セフレがいる

初対面の人とは上手く話せるが、だんだんと人と接するのが怖くなる傾向にある

あがり症プレゼンなどで人前で話すのが非常に苦手だが、原稿を準備してそれ通りに話すのは問題なくできる

今の仕事を続けていいのか漠然とした不安

そんなに不幸じゃないはずなのに不幸を感じている

漠然死にたいと思っている

漠然死ぬべきだと思っている

大学学部研究室が毎年一人は中退するような場所で私も一時期研究室に来れなくなった

どうにか卒業し、修士では研究室を変えたものの、精神が脆くなったようで少し嫌な事があると今でもたまに鬱病のような気分になる

たぶん今の死にたそうな気分も明日にはどうにかなっているはずだが、こんなものを書いて私は一体何がしたいのだろうか

からない

2021-04-13

anond:20210413223016

30だがめっちゃわかるわ

別に家族仲がよかったとかいうわけでもないんだが天涯孤独だと生きるモチダダ下がりするなと思う

歯止めがきかないというか

20台半ばくらいまではそれでもなんかそのうち生きるモチベ上がるんじゃないか漠然と思ったが

たぶんそんなことはないなと気付き始めている

キャリア的にまだ仕事に変化があり充実感を得られるときもあるのだが、「だから?」と思っている自分が常にいる

たぶんこれがエスカレートしていって42のころには増田くらい絶望してるんだろうな

私は円周率になりたかった

私は円周率になりたかった。

円周率はほぼ3。つまり保母さんになりたかった。

保育園に通っていた私は保母さんにいろんなことを教えてもらって、優しくてお母さんと違って怒らない保母さんのことが好きだった。

から漠然と、私は保母さんになりたいと思うようになった。

成長して、円周率を学んだ。

私が学んだとき円周率は「3.14」つまり、ほぼ3だった。

私は保母さんになったら「私、円周率なの」というジョークを言うのだと漠然と思っていた。

その時のことを想像してクスクス笑っていた。

時は経ち、将来のことを真面目に考えるようになった。保母さんになるための道を探した。

けれどその時にはもう、保母さんにはなれなかった。保育士というものに変わっていた。

円周率も3になっていた。

ダンジョキョードーサンカクカシャカイとやらはきっと社会を良くしている。保育士になりたかった男性が、呼称を気にしなくてよくなった。

子供の世話をするといえば母である、という固定概念も取り払われつつある。

教育要綱は二転三転していてよくわからない。今の円周率はいくつなんだろう。今の人達円周率をほぼ3と認識しているのだろうか。

とにかく、時代は変わった。

私は円周率になれなかった。

「私、円周率なの」というジョークは日の目を見ないままここで供養される。

バズツイ感想 子供に「お母さん、ゲームやってるとめっちゃ怒ってくる」と言われたけど

以下のバズったツイート感想

https://twitter.com/remsaka/status/1381610921261293569?s=20

子供に「お母さん、ゲームやってるとめっちゃ怒ってくる」と言われたけど、言ってる内容は、

モンスターにやられたくらいで泣かない!」とか

ゲームやるなら頭使ってやること!漠然とやらない!」なので、多分世間的にゲームやって怒るイメージと違う。

娯楽を怒る事なくない?

子供の成長になるかもしれんが

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