「漠然」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 漠然とは

2017-06-25

https://anond.hatelabo.jp/20170624172536

増田さんの危機感というか不安というか、それの本質が何なのかにもよると思うな。

本をよく読んでおられるようなので趣味はたぶん読書でしょう。立派な趣味だと思います。つまり無趣味なわけではない。読書いいよね。

休日の間ずっと家の中にいるのは気が滅入る、ということが課題なら、文庫本一、二冊持って外出すればよろしい。喫茶店図書館公園ロケーションを変えると本を読む気分も変わります。ついでに一本映画を観るとか。お出かけの足を自転車にすれば軽い運動にもなって一石二鳥かも。

非リア感に漠然危機感があってキラキラOL気分になれさえすればよいならカルチャースクールとかでいいでしょう。ただしOL習い事は短スパン流行りすたりがあるので、毎年習うものを変える、〈何でもいい何か〉を習うのが趣味、くらいの割り切りは必要かもしれません。

気分ではなく本気で出会いを求めてるなら男女比の適当運動系サークルとか男のいそうな料理教室とかに飛び込めばよいのかもしれませんが、そうした切迫感はあまり文章からは感じませんでした。

出会いは求めていないが孤独感に圧倒されかけているのなら手軽なのはやっぱりカルチャースクール。受講生が中高年主体の講座を選べば人間関係がラクなはずだし若いというだけでチヤホヤされるし年長者の話は面白い

まあ、今何かを「市民向けに開かれたスクール」で習おうとするとどこもかしこもヒマを持て余した老人だらけなのでその点はあらかじめ覚悟しておくのがよいかと。

2017-06-23

https://anond.hatelabo.jp/20170622220827

他の人からも色々意見があると思うし、人それぞれ合うスタイル合わないスタイルがあるからあくまで俺自身のケースでいうのだが、高校時代は全く勉強せずに遊んでいて、本当に正解だったと思う。

 

いま38歳なんだけど、振り返ってみると、「高校大学で好き放題遊んだ思い出」ってのは、自分人生に対する満足感を長きにわたってもたらしてくれるものだ。「俺は不幸な人生を送っている人間ではない」という漠然とした自信みたいなものは、仕事やら恋愛やらで辛いことがあったときの、回復力の基礎にもなっていると思う。

ちなみに俺は、遊びまくっていたと言っても、彼女がいなかったから、遊び人として不完全ではあった。イケメンではないし性格が変わってるほうなので、初めて彼女ができたのは大学に入ってからだ。

 

高校は、東大京大に行くやつもチラホラいる程度のそれなりの進学校だったんだけど、校風自由だったこともあり、俺を含めて一部の生徒は「勉強を頑張ろうと思ったことは一度もない」という感じで3年間を過ごしていた。

学校はけっこう好きだったので欠席はあまりしていないのだが、授業は嫌いなので年間200回ぐらいは遅刻していて、午後からどっかに行ってしまうこともあった。

 

勉強せずに何をしていたのかはイマイチ詳しくは思い出せないんだけど(彼女いなかったし)、似たようなタイプ友達が何人かいたので、そいつらとブラブラしていたという感じだ。バイトしまくりでカネが割とあったのと、土日は毎週競馬場に行っていたことは覚えている。

 

当時それが楽しかったのかというと、高揚するような楽しさはなかった(彼女いなかったし)と思う。色々難しい年頃だから漠然とした倦怠感や鬱屈もけっこうあったと思う。

だけど何かの義務に縛られて過ごすのではなく、けだるさの中で自由にできていたというのは、今から振り返ると「あの頃があってよかった」と思える記憶になっている。

 

当然、勉強してないから俺の高校の奴らが受けるレベル大学には受からないわけなんだけど、ありがたいことに親の経済力には余裕があったので、一浪してそこそこの国立大に進んだ。

 

で、ここからが言いたいことなんだが、その当時の周りの勉強とかもみていて分かったのは、大学受験必要な「集中して勉強する期間」は、だいたい1年から2年の間だってことだ。3年間頑張って勉強しても上積みはあまりないし、半年とかだと分量的に受験の最低限の範囲カバーできないことが多い。

1年頑張るか2年頑張るかで、行ける大学の幅が多少は変わるが、2年やって受からない大学に、3年やって受かるのかは疑問だ。

 

ということは、現役で大学に進む前提で、かつ勉強期間を2年確保するとしても、高校1年の間は遊びまくってて全く問題がないという結論になる。浪人まで覚悟し、かつ1年で行ける大学でいいやと割り切れば、高3まで遊んでいても問題はない。

ちなみに浪人の1年間は、現役の1年間の1.5倍ぐらいの効率勉強できるから、高3の4月から勉強を頑張って現役で進学した奴よりもいい大学に行ける可能性がある。

ざっくり言えば、「高2の夏休みぐらいか気合いれて勉強して、現役で受かる大学」=「浪人してから気合い入れて1浪で受かる大学」=「自分能力の上限レベル」という理解でいいと思う。

 

なお、就活などを経るとわかるのだが、だいたい3浪の年齢ぐらいまでは差別されないことが多く(新卒採用で25歳までのところはチラホラあったが、それ以下は見たことがない)、浪人はべつに人生のハンデにはならない。

というわけで、今はひたすら遊んでいて何の問題もないと思えばいいと思う。

 

あと一つ言いたいことがあって、高校卒業してから人生の進み方なんて、本当に予測不可能

はいま、色々あって世間的にはトップ校に数えられる大学教員になってしまったんだけど、高校生の時点ではこんなことになるとは思ってもみなかった。

色々な偶然の出会いによって、自分も色々と変わっていく。俺は大学に入ってから大学単位を取るための勉強高校以上にサボりまくったから、卒業がやばかったんだけど、一部関心を持てる分野があって、そこについてはべつに苦労することもなく気づいたら知見が蓄積されていて、修士まで出たあといったん企業就職し、その後博士課程に戻って博士号を取り、研究職にまでなってしまった。いい先生と偶然出会えたのも大きい。

 

勉強量がある程度モノを言う職に就いてしまった今でも、「高校の時にもっと勉強しとけばよかった」とはべつに思わない。もちろん、中高生の頃から真面目に勉強しまくってた先生も周りにはけっこういて(逆に遊びまくってた先生も意外といる)、かなわんなと思うけど、別にはいいやって感じ。

俺は東大には入れなかったけど、浪人1年の労力ではいれる大学で十分だったと思うし、なにより自由に過ごした(彼女はいなかったけど)数年間が俺の人生にあったという記憶は、今の俺のさまざまな気力・精神力を支える一つのベースになっていると思う。

賃貸アパートの退去

引越しを考えている。

今の賃貸アパートに住んで8年目。

ワンルーム以外の家に住みたいという漠然とした思いが出てきて、あと通勤時間ももう少し短くしたいのもある。

問題は、退去時の費用だ。

決して綺麗には住めていない。掃除全然熱心ではない。トイレとかお風呂かめっちゃ汚い。

でもゴミ屋敷ほどではない(と、自分では思う)。

普段から綺麗にしてりゃ、不安にならなくて済んだんだろうけど。

高額請求されたらどうしよう。消費者センター相談すればいいんだよね。

適切な請求かどうかって見てくれるの?

不動産に詳しい知り合いとかいないんだけど。

知識をつけなくては。

と、まとまらない考えと文章のままここに書き出しておく。

[] #28-3「超絶平等

貴様遅刻とは珍しいな」

俺はウサクにその時の出来事を話す。

「それは……あの市長もまた妙なことを」

おかしくないか? 二足歩行で歩いただけで、足が不自由な人を差別していることになるのか?」

「そうだなあ、時と場合による……」

「ウサク、この会話は俺とお前だけだ。そういうのはいいから」

「ふむ……まあ、それだけでは差別ではないだろうな。仮になったとして、その解決方法が『自分たちも同じような移動方法をする』ってのは、すごく間抜けな話ではある」

まり市長の態度や、周りの対応不可思議だったか不安になったが、やはり俺の違和感は気のせいではなかったか

「そうか……だが、どうしてみんな市長のやり方に大人しく従うんだ」

俺みたいに面倒くさいから建前だけ従ったりする人ばかりでもないだろう。

まさか市長のやり方に賛同しているわけでもないだろうし。

「みんな“差別主義者”にはなりたくないのだろう」

ウサクの言っている意味がよく分からない。

差別にはならないはずなのに、それでは辻褄が合わないじゃないか

俺の怪訝な表情を察したのか、ウサクはそれを補足するかのように言葉を続ける。

とある至言があってな。『相手差別されたと思ったら差別』なんだよ」

「おいおい、それが大した理屈じゃないってこと位さすがに分かるぞ」

字面通りに受け取るもんじゃあない。この至言本質は、『差別じゃないかどうかを安易に決められない』という点だ」

ウサクの言いたいことが何となく分かってきた。

みんな慎重になっているってことか。

「ああ、はいはい。いわゆる“デリケート問題”ってやつだ」

「そういうことだ。何かを『差別じゃない』って明言することは、シガラミの多いこの社会ではかなり難しいことなのだ」

市長みたいな人から言わせれば、俺たちがそうやってオカシイと考えるのも差別的からってなる。

恐らく他の人たちも、それを踏まえた上で批判しにくいわけだ。

ウサクのいう「差別主義者になりたくない」ってのはそういう意味なんだろう。

「この調子だと、『ヘテロセクシャル差別的から全員バイセクシャルになれ』とか言ってきそうだな」

ウサクは乾いた笑い声をあげながら、冗談めかしてそう言う。

冗談ではないが、このままだと冗談にもならない。

その説得力が今回の市長にはあったのだ。

実の所、俺には差別がどうのとかはよく分からないが、今回の市長のやっていることがおかしいってことだけは分かった。

ただ、いかんせん今回は“デリケート問題”な分、声を大にして反対することが憚られたのだ。

そして、それは俺やウサクだけではなく、他の住人たちも漠然と抱えていたものだった。

例えそれが市長定義した頭でっかちものだったとしても、みんな差別主義者になることや、その予備軍の疑いをかけられることすら恐れていたんだ。

(#28-4へ続く)

2017-06-22

https://anond.hatelabo.jp/20170622081347

ありがとう。とりあえず言葉をもらえただけで嬉しいです。

-

だいたい2ですね。将来に対して漠然としたどうしようもなさを感じる部分は。

1については、どちらかというと大丈夫です。過去の友人は残っているほうだと思います。ただ普段平日に絡む相手のいない環境というのが今のしんどさにもつながっているんでしょうが

自分の売りと好みの違いはあまり考えたことがありませんでした。というか個人レベルでない「好み」とかもあまり固まっていなかったりするので明らかにそのあたりの考慮不足、経験不足ですね。

-

どちらにしても今の拘束時間の長さはダメだということが再確認できました。早いとこ脱出に向けて動きます

2017-06-17

若手研究者待遇問題は結局は経済問題なんじゃないのか。

単純な話、日本研究の質が落ちるのは、結局そのベースとなる家庭に問題を求めるべきなんじゃないのかって思う。

家庭に於ける可処分所得が増えれば大学院に行く人も増えると思う。

こう言えば必ず「どうでもいい程度の非難」があるけど、そこからキラリと光る批判を拾いたい。

物事は複雑だからこそ、まずは単純化して考えるのがベストだと思う。

人間なんて複雑な問題を複雑なままに問題を解けるほど賢い奴らばかりじゃない。

から単純化して、そこからifを考えて肉付けを行っていけばいいと思ってる。

まず教育を十分に得るためには親ないし自身における十分な収入必要で、例えばそれは仮想通貨マイニングをするコンピューターの質と同等な気がする。

単純に考えて、性能の高いコンピューター投資できる資本があれば、仮想通貨マイニングできる量も増える。

塾や予備校、あるいは有名私学に入れる資本があれば、高度な教育を受ける機会が増える。

有名私立に入るのは学力必要だって言われるけど、その学力を得るのは独学的な個人の力だけじゃ叶わない。

個人の考え方なんていうのは、その人を取り巻く人たちの束のようなものなんだから、その束が貧相であっては学力なんて望めない。

これを読んでいる人の中で、自分だけの本当のオリジナルの考えを持っている人なんて0.1%もいたら驚きの数字だと思う。

ほとんどが誰かの影響を受けていたり、誰かの公式を使ったり、誰かの理論で武装したりしているはずだ。

その束を肥やさんがためには、結局のところ金を払って優秀な束となり得る人材を集めなきゃならない。

たとえば、超が5つ付きそうな程の敏腕プログラマー慈善事業のような最低賃金マンツーマンで教える?ないない。

教育にしても、マイニングにしても、どちらも少ない資本でチマチマやっても無駄なことに間違いはないと思う。

世の中は「金」だ。

日本論文数の低下云々は経済的問題是正すれば改善が見込めると思う。

大学にだけ潤沢に資金を回してもダメだ。

金食い虫のクソコネ教授がわんさか沸いてるからね。

大学事務局から言わせてもらえば、大学だってコネだけの教員も雇ってやらないと面倒なことになる。

金で避けられる不幸があるんだったら、それはしかるべきだろう。

クソコネ教授なんて首を刎ねて若手を雇えっていうのは筋違いで、クソコネ教授も使いようではい出汁は取れる。

存在しているだけで、会話するだけで人を苛立たせる才能があるクソコネ教授は正直消えて欲しいとは思うけど人脈は財産だ。

私の知り合いで、訪日した途端に旧帝大大学院博士に行って、今や地方大学教授になっている。

博士論文の流暢な日本語難易度の高い漢字の羅列があるのに、メールなんてカタカナ平仮名しか入力できない。

ましてや未だに日常会話に於いてすら「それなんて意味ですか?」といった次第だ。

英語ができる?アブストには流暢な英語が書かれているけど片言英語アジア人だよ。

こんな状況は全く不思議現象なんだけど、結局はそこの国とのコネ必要から仕方ないね。めちゃくちゃ腹立たしいけど。

財産には負債も含まれるわけで、必ずしも良いことばかりじゃないのは推して知るべし

うそう、若手の研究者の不遇が話題になってるけど、結局そこに至れる人ってのは既に結構まれた人な気がする。

少なくとも漠然とした考えで、独自問題意識を持たなくてもなんとなく院に行く人なんて特に

博士課程まで行くのに一体どれだけの金が必要なのか分かってるとは思うけど、それを回収できるかできないかは別の問題だと思う。

今や通信教育でも博士号を取得できる時代、量産される博士の全てが優秀なわけでもなく玉石混交だ。

通信教育 博士号」でググったら、それなりのサイトは出てくる。

それらの博士たちにも回収できるメリットを必ず与えよというのであれば、結局は生まれた時からまれた人の大勝利に終始する。

結局は通信制大学院であっても結構学費は要するし、地方ともなればスクーリングだけでも結構な出費となる。

バイトとか奨学金とか、大学院に行くための学費をどうするのかってことに対して色々なことを言う人はいるだろう。

だけどバイトをして学業投資できる環境があるというだけで十分な勝ち組だ。

バイト代が親の介護に消えざるを得ない人たちの多いこと多いこと。

学部生でも普通にいる。

親のために働いて昼は大学生なんていうのも。

そういう学生経験則で言えば得てして成績は悪いし、仮に頑張って院まで行ったにしても有象無象の類で終わる。

そういう有象無象の類も「若手」なんだけど、それを教授職に据えるのがお望みなのかしら。

奨学金を得られるほど努力しろと言う人は、奨学金を得る努力をしなくても院に行ける人たちとの資本の差は問題にしない。

資本が豊かである人は、奨学金の奪い合いという不毛な戦いをしなくてもいい、すでにシード権を得た特別存在だ。

借金して学費を捻出できるのだって信用力が必要だし、その信用は結局は「金」だ。

言いたいことが山ほどありすぎて、取り留めのない文になっているけど申し訳ない。

結局は自分の心のモヤモヤを整理して、どうすべきなのかを模索するラバーダッキングのようなものと思って欲しい。

2017-06-16

お金欲しいと言うけれど

いっぱいお金あったらどうしたいの?って聞くと、大体、車買いたいだの、家買いたいだの、美味しいものいっぱい食べたいだの、みんな大体似たり寄ったり。

まり漠然としているし大した目的でもない。

本当に金が欲しいならば、目的は明確になっているべきなのに、そうではない。

でもそもそも目的がはっきりしていないところに金は集まりません。

大丈夫、君が金持ちになることはないから。

それと金で買えるものは有限だ。

人はそれじゃ満足できない。

それは人には心があるから

金じゃ心は埋まらない。

断言しよう。

金じゃ心は埋まらない。

しろ心の穴を拡げる。

どんどんどんどん虚しくなって、終いにはノイローゼになる。

から稼げない君は幸せ者だ。

現状の方がよっぽどマシだということに気づいた方がいい。

2017-06-15

あんさんぶるガールズが終わる

まず、あんガルプレイしたこともない人にあんガルを語られたくない。サービス終了についても喋らないでほしいです。ただただ不愉快最後ぐらいそのギャンギャンうるさい口閉じて黙っててください。



リニューアルなんてしない方が良かった。リニュ前のまま細々とやってりゃ良かったんだ』とは、正直なところ思います

アプリから入ったのですが、日日日先生ストーリーキャラデザよりも縦画面でスイスイと体力消費出来るポチゲー部分を気に入り、続けてきました。

なのでリニューアルは嫌な予感がしましたし、本当に横画面になると情報が出た時はがっかりしました。

そして度重なるリリース延期。私は結局長メンテが入るまでやり続けましたが、何度「リニューアル前に辞めてしまおうか」と考えたか分かりません。実際ここで辞めてしまわれたユーザーもいたでしょう。

横画面になったのに加え、ふれあいやおしゃべりなどの要素が追加されテンポが悪くなったのは、旧アプリユーザーにとって相当痛かったと思います

リニューアル後も、リリースされて真っ先に始めたのにチュートリアルで進行バグがおきて丸二日(?)ほどプレイ出来なかったり、ランキングURキラ枠がとてつもなく狭くて阿鼻叫喚したり、新イベントイラストが際ど過ぎてアップル審査に通らずイベントが延期されたり、そのエロが喜ばれたり叩かれたり、イベントキャラローテがクソと叩かれたり。コレクトイベント鬼畜でした。

イベントに関しては、試行錯誤を繰り返してこれからもっと良くなっていくのだろうと、あんガル運営を信じて疑いませんでした。コレクトイベ実装から見るに、双六などの旧アプリイベント実装する予定だったのかな。プレイたかったです。

リニューアルしない方が良かったとはいっても、「れっつめいく☆あんさんぶる!」は良い曲ですし、推しがLive2Dで動いてることに感動しました。着せ替え衣装も本当良くて。本当に、本当に、幸せでした。

みんな可愛いんですよ。全員のおっぱいを触って怒られたりしました?勿論しましたよね。可愛かったな。

今年のエイプリルフール眼鏡集めも、71人分集めるのは少々面倒臭くもありましたが楽しかったです。みんな違う眼鏡ならもっと面白かったのに、なんて思いました。ああ、来年エイプリルフールは何をするんだろうか、とか考えたり。

コラボカフェも。あれが最後なら行ってれば良かった。

あと一年ぐらい続くだろうと、何の根拠もないのに、漠然と思っていました。甘かったです。見ないフリを続けていただけかもしれません。イベントキャラのクソローテも、いきなりのフィルム制度導入も、全て予兆ですよね。

リニューアルコンテンツ寿命を縮めてしまったんでしょうか。それともあんガルの命運をかけた渾身のリニューアルだったんでしょうか。


TLにガチャ予告もイベント予告も流れてないのをおかしく思い、あんガルホームに飛んだその瞬間サービス終了のお知らせツイート投稿されました。今もまだ信じられず悲しくて寂しくて泣きながらここまで書き殴りました。乱文で申し訳ない。

2017年11月30日まで君咲学院2-A転校生くんを楽しみたいと思います

ありがとうございました。

大学4年にもなって初めてフラれるという経験をした

キツすぎて涙と吐き気が止まらん...

コンビニで酒買ってっきてバカみたい飲んでるけど、気持ち全然整理つかないからここに書かせてもらう

同じゼミのお互い就職活動が終わった大学4年。両方とも第一志望の企業内定貰えたから、就活は一応成功したことになるのかな。

その就活が原因なんだけど、、

就活が始まるまではお互いそこまで親しい間柄ではなく、仲のいい友人の一人みたいな感じだった。

それでも、すごく笑顔が可愛かったり、人当たりが凄くいいところが良くて、漠然と「付き合えたらめっちゃ幸せだろうなー」ってくらいの高嶺の花みたいな感じで思ってた。

そして就活

たまたま見てる業界が似てたり、お互い彼氏彼女がいなかったりで、就活対策を一緒に二人三脚みたいな感じでやっていくようになった。

最終的には、お互いの本当に深いところまで話せるような信頼関係が出来上がっていった。

ES面接でよく聞かれる学生時代に頑張ったことからまり、それ以上に、お互いの小さい頃から今までの人生山谷家族のこと、今までの恋愛、、、彼女がみんなに振りまいてる笑顔の裏には、たくさんの葛藤や苦労があって今の彼女が出来上がってることを知って、本当に芯の強い女性なんだな、、と思ってそこからますます彼女に惹かれていって好きになった。

彼女が目指してた企業がその業界では最大手のところで難関だったから、ES添削も何度もしたし、電話で連日深夜まで面接練習をしたり、、彼女も言ってたけど、二人で支え合ったからこそ内定を勝ち取れたんじゃないか

自分はこれまで他人を頼って弱い部分を見せるのが苦手だったが、

(前の彼女もこの性格が原因で相手に頼られっぱなしなのが辛くなって別れた)

彼女自身の弱い部分を、自分を信用した上で見せてくれたのが嬉しくて、自分彼女には、たかだか20数年の人生かもしれないけど、その中の本当に辛かったことまで全部包み隠さず話せた。

その上で、過去の無かったことにしたかった出来事も、ちゃんと今の自分の成長に繋がってることを彼女が腹落ちさせてくれて、本当に嬉しかった。感謝してもしきれないくらい。

それくらいお互いのことを深く分かり合ってる仲だと思っていた。

完全に就活だけの繋がりってわけでもなく、一緒に温泉に行ったりパンケーキ食べに行ったり、デートっぽいこともしてた。

LINEで「ここまで私のこと理解してくれる人にこれから出会える気がしないわー笑」とか言われたら、、もうね

あーーー、胃液が上がってくる

で、今日

就活お疲れさま会みたいな感じで二人で飯食いに行って、その帰りに公園

「このタイミングでちゃんと伝えておきたい事があるんだけど、、」って切り出したら、

「ごめん、それはやめよう」と言い捨てられて駅まで走って逃げられた

就活が終わるまでは自分の中でちゃんとケジメを付けて溜め込んでおいた気持ちを、勇気出して相手に伝えようと思っていたのに、、ちゃんと向き合って聞いて貰うことさえ出来なかったのは本当に深く傷ついた

今まで色々腹を割って話してきたことが全部嘘っぱちみたいに思えて涙が止まらなかった

その後電話で話して、傷つけるのが怖くてその場を立ち去ってしまった旨を謝られた。

「大切な友人だけど、それ以上は思ったことがない」

ってことを何度も謝られた上で最後に言われた。

で酒買ってガバガバ飲んで増田に殴り書きしてる

これから先いったいどうしたら、、

恋愛経験は少ない、前に3年近く付き合った彼女が一人いるだけ。告白してフラれたのは今回はじめて。

まだ会って直接話した訳じゃないし、思ってた期間も長いからそんなにすっぱり諦めきれる気がしない

これは引きずりそう、、

1.期間を空けて何度も再挑戦

2.とっとと切り替えて次、次

3.友人として気長にアプローチ

4.趣味勉強に没頭

どれが正しいのかも分からん

迷える子羊にご教授下さい。

2017-06-12

幼馴染を開放したい

当方27歳女。

相手27歳(数え)男。

同級生小学一年生からの幼馴染である

その昔いにしえの小学生時代クラスの連中から冷やかされるようなあまずっぱい関係だった。

わたしはその頃の気持ちがずーっと忘れられず、中学に上がり彼に彼女ができても、高校に上がり彼と進路を別っても、大学に上がってお酒やいろんな楽しいコトを覚えても、心の片隅に居座る消えない懸想に引きずられて生きてきた。

卒業後も、彼の誕生日は毎年メールを送った。たまにクラス同窓会では顔を合わせた。それだけのかすかなつながりの中でも好意が薄らぐことはないどころか日増しに増していった。きっとこの人以外に心奪われることはない、そういう人生なんだろうと開き直っていた。われながらアホすぎる青春の浪費である

そんな彼と、就職後に再会した。

お互い就職した業界が偶然にも近かった。そのことを人づてに知ったわたしは、それを口実に彼を夕食に誘った。

そしてその晩、初めて彼に抱かれた。

ここまでド純情っぽい文章を書いておいてなんだが、彼以外に恋できない人生だと開き直ってからは、わたしも相当奔放に生きてきた。来る者拒まず去る者追わず。どうせ心から求める人とできないなら同じことだと。そういう欲望が強いという自覚もある。

彼を夕食に誘ったのもそういう下心込みだったので、うまく誘って結果としては上々だった。

でもこの晩ばかりは、(この人とこうできるとわかっていたら、とっておいたのにな)と感傷的になって少し泣いた。

まりにもピュアな長年の片思いと、心を置き去りにした奔放な生活アンバランスさに、すっかり疲弊していると自覚したのもこの時だった。

それからもう4年になるけど、相変わらずわたしたちは抱き合っている。

この4年間で、ただ漠然と思い続けていた17年間とは比べ物にならないほど彼と対話し彼を知った。

進路を別ってからのこと。ずっと執着心にも似た恋心を抱き続けてきたのに、知らないことばかりだった(当たり前だけど)。

就職してからのこと。職場のこと。業務のこと。心のこと。

うれしいことや悔しいこと、悲しいことがあったら自然に飲みにでかけた。

たからみてると危なっかしいくらいの彼の仕事への愚直さに、改めて惚れた。

この四年間の間にわたしは随分強くなった。

心と身体乖離へのジレンマから解放された。

私を縛り付けていた偶像片思いは消えた。

今まで注ぎたくて仕方がなかった行き場のない愛情を、他でもない彼に(曲がりなりにではあれど)そそぐことができた。

今まで空想し続けた彼の声を聴くことができた。触れることもできた。

それだけのことに相当癒された。

彼には感謝してる。

このまま永遠にそばにいてほしい。

だけどそろそろ彼を開放してあげたい。

世界一好き。

だけどそれだけで引き止めるわけにはいかない。

実は四年間の間にも、彼はなんども別れようとしたり迷ったりを繰り返していた。

一年近く会わない期間もあった。

いつも結局、惰性だか怠慢だかわたしに根負けしたんだか、最後のところでわたしのところに戻ってきてくれたけれど。

彼はきっと、今後もわたしを拒絶はしないけれど、わたしを選ぶこともない。

今夜、ずっと避けてきたその"本題"について話すつもり。

結婚交際が男女のすべてじゃないとはわたしも思う。

いやそう自分に言い聞かせて生きてきたけど、この春27歳になって、綺麗ごとも言ってられなくなってきた。

わたしが27歳ということは、彼ももうじき27歳。

わたしはこのまま売れ残るけど、彼はまだ間に合う。

からでも、20代のお嫁さんと、彼が30歳になるまでに結婚できる。

彼はだらしがなくて優しいから、わたしが終わりにしてあげる。

それが、わたしが彼に唯一してあげられることなんだよね。

2017-06-11

恋人趣味があわない

23歳の時、37歳の男性と付き合っていた。

彼とはあまり趣味があわなかった。はじめは、年齢が14歳も離れているのでジェネレーションギャップは仕方がないと思っていた。しかし、付き合いが長くなってくると、私と彼の趣味の相違は年齢が原因ではないことに気がついた。「この人と同級生でもあまり話があわなかっただろうな」というタイプだったのだ。

美大に通っていた私は、いわゆる青文字系サブカルチャーみたいなものが好きだった。好きな芸能人ピースの又吉と小松菜奈好きな音楽くるりtofubeatsや好きな映画岩井俊二とグザヴィエ・ドラン。赤い口紅をつけて、現代アート展覧会デートたかった。

大手メーカー営業をしていた彼が選ぶものは、私の感覚と少し違った。好きな芸能人磯山さやか好きな音楽キロロミスチル、好きな映画インディペンデンスデイ。カラオケ好きな人で、キロロの「長い間」という曲を覚えて歌ってほしいとリクエストされた。彼は赤い口紅を嫌っていたし、ゴッホゴーギャン区別ができなかった。

私には彼の趣味がよくわからなかった。磯山さやかかわいいし、キロロの「長い間」はいい歌だし、インディペンデンスデイは今日の土曜ロードショーだった。それらの良さがわからないわけではないが、そういうものを「良い趣味」だと感じることは難しかった。これからも難しいと思う。

彼は、私が赤い口紅をつけると「ちょっと派手だな」と顔をしかめた。彼とデートするとき、私はピンク口紅をつけ、赤文字系の店で購入したワンピースを着るように心がけた。彼はとても優しく、マメ性格で、仕事を精力的にこなしており、私はそんな彼が好きだった。ただ時おり漠然と、「この人は私のパーソナリティーにあんま興味なさそうだな、興味ないってか私の趣味領域について考えたこともなさそうだな」と思って寂しくなった。

結局、「早く結婚して子どもが欲しい」という彼の期待に応えることができず、半年もたたず破局した。

そのすぐ後、ものすごく趣味があう男性出会った。彼は当時26歳だったので、年齢も近い。ただ、「この人とは年齢が離れてても話があうだろうな」と思うような人だった。

彼の好きな芸能人二階堂ふみ好きな音楽くるりtofubeats、好きな映画ダージリン急行だった。ガロ系漫画町田康小説が好きで、とにかくサブカル臭がすごい人だった。恋に落ちるのに1秒もいらず、私は久しぶりに赤い口紅をつけて彼とデートを重ねた。彼は私の口紅をほめてくれた。音楽映画小説お笑い、彼の話はどれも面白く、「世の中にこんな趣味のあう人が存在しているんだ」と私は有頂天になった。彼は無精な性格で、仕事への情熱はあまりなかったが、それでも私は彼を好きだった。

しかし、彼とは2回目のセックスのあと連絡がとれなくなってしまった。「愛してる」、でもまさかね、そんなこと言えなかった。彼とはそのまま終わってしまった。

趣味があわない人とも、あう人とも、私の恋は上手くいかなかった。

2017-06-10

なぜころの私の答え

なぜころ問答2017 <http://anond.hatelabo.jp/20170610011500>

嫌いだった人が亡くなった。 <http://anond.hatelabo.jp/20170609200433>

なぜころの答え。そして、「なぜ自殺してはいけないのか」の答え。

それはあなた自殺する、人を殺すことによって、得られる「満足」と関係者にかかるストレスバランスがとれないから。

「嫌いだった人が~」が顕著だけど、嫌いな人、いなくても構わない人の死に対して増田は非常にストレスを抱えている。

他人なのに、一時期いっしょに仕事していただけの関係なのに、非常にストレスを抱え苦しんでいる。

そして「なぜころ問答」にあるように、縁もゆかりもない人が人が死ぬこと殺すことに心を痛める。

人はひとりで生まれることができないし、生きていくことができない。

そして生まれから死ぬまでの関係者全員がその人の死によってなんらかのストレスを抱えると予想できる。

それは事故病気などの不可避なものでもそうだ。

死によって多大な人に与えるストレスは全体の生産を下げ、地球を「悪く」する。ざっくりと「悪く」なる。

たとえば憎まれている独裁者が死んだことによって喜ぶ人が多いという場合もあるかもしれない。

でもそんな独裁者でも死を悼みストレスを抱える人はゼロではない

そもそもが測定のしようがないことだ。ただ、基本悲しむ人は多いだろう。漠然となんの根拠もなく言い切るが多いはずだ。

逆にいうと生きる目的とは自分死ぬことで悲しんでくれる人を増やすためともいえる。

その多大なストレス自分感情を満たすために生み出すのは愚の骨頂だ。

自分が死んだらみんな喜ぶから問題ない。あいつを殺しても悲しむ人はいいか問題ない。

というのは誤りであることがわかりますね。なぜなら上記のようにあなたを憎んでいる人も死によってストレスを持つから

そして逆に、自分死ぬことで困ればいいんだってのも間違い。想像が及ばないレベルで困る人がいる、想定していたターゲットだけにとどまらいから。

まり、「死ぬ(殺す)とは非常に思い上がった行為」ということです。

寿命まで生きて不可避の状態で死んでいくのが生きてきたからにはの使命なのです。

かなり命をかけて生きることが生まれてきたからには求められるのです。

宗教じみてますがそう思ったのでした。

2017-06-09

腐女子も女なんだなって思った話

漫画ジャンルにはまって、二次創作をするようになった

pixivtwitter登録して、そこで友人もたくさんできた

仲良くなった人とは個人的スカイプしたりもしたけれど、オンでの活動が主だったから実際にフォロワーさんと会ったことは一度もなかった


数か月ほど経って、同人誌を作ってイベントで売ることになった

オフ活動をするのは初めてだった

初めての同人誌づくりが上手くいくかということよりも、ネット出会った人と実際に顔を合わせることの方が緊張していた


自分同人交流目的twitterを始めたのはこのジャンルが初めてなんだけれど、色々と面白いなーと思うことがあった

その一つがオフ会後のフォロワー同士が過剰とも思えるほどの容姿褒めをすること

「○○さんにお会いしたんだけどほんとすっごい美人でびっくりしちゃって~」

「××さん超美女でこれで腐女子とか詐欺かよって思ったもう誰も信じられない~」

みたいなやつ


自分も長年腐女子をやっているので分かるが、腐女子にそうそうそんな美人はいない

よく「最近腐女子可愛い」的な言説を目にするけれど、あれもそう思いたい腐女子が多いだけなんだろうなって思う

本当に可愛かったとしてもそれは腐女子というコミュニティの中で見ればの話で、

その美人とやらを非オタ集団に放り込んでみれば差は歴然だと思う

メークのやり方とか服のセンスとか喋り方とか声のトーンとか、長年染み付いたオタクらしさはそこかしこに滲み出る

腐女子に限らず女の言う「カワイイ」はアテにならないものだが、

腐女子コミュニティにおいてもこういうコミュニケーション存在するんだな、と驚いた


ところで、私の仲のいいフォロワーさんにAちゃんという子がいた

Aちゃんはとても綺麗でわくわくする作品を書く人で、私は彼女の大ファンだった

彼女の方も私の作品を読んでくれていて、次のイベントで初めて会えることをお互いすごく楽しみにしていた

顔は直接見たことはなかったけれど、スカイプ越しに聞くAちゃんの声も話し方もすごく可愛らしくて、

作品通りのかわいい感じの子なのかな、と漠然と思っていた


そしてイベント当日がやって来た

朝一通りの設営を終えて少しまったりしていたら、私のスペースに誰かがやって来た

Aちゃんだった

彼女を見て絶句してしまった

かわいい系とかそんなもんじゃない、信じられないくらいの美人がいた

「女の言うカワイイなんて信じられない」とか言った口で言うのもアレなんだけど、本当にびっくりするくらいの美女だった

髪型、メーク、服装、小物、靴、喋り方、立ち居振る舞い、全てが完璧で、

ここビッグサイトだよ?来る場所間違ってない?と思わずはいられなかった

「私ちゃんー!会いたかったー!」とにこにこ笑顔のAちゃんを前に、自分なんて「アッ…モッ……アエテ……ウレシ……」としどろもどろに返すのが精いっぱい

腐女子美人なんていない、という長年の常識を一瞬でぶち壊された


イベント翌日、TL上ではイベント後の挨拶が飛び交っていた

予想通り「○○さんほんと綺麗でびっくりー!会えてよかったー!」「××さん相変わらず可愛くて~!」的なやり取りがずらりと並ぶ

画面をスクロールしながら気づいた

その「カワイイ」の応酬の中に、Aちゃんの名前が一つもないのだ

Aちゃんに挨拶してる人自体はたくさんいたのだが、「お会いできてよかったです」「新刊ゲット出来て幸せです!」みたいな言葉だけ

彼女容姿について触れている人はただの一人もいなかった


女って自分安心できるレベル相手しか褒めないってマジなんだな

フォロワーからの「私さんほんと可愛くて会えてすごく嬉しかったです!」というリプに無表情で返事を打ちながらしみじみそう思った

http://anond.hatelabo.jp/20170609003429

少なくとも日本じゃ無理だろう。

中国辺りならもしかすると…という漠然とした期待はあるけど、いまいちそういった他にない唯一無二な所はなかなか生まれてきてないね

2017-06-08

研究者、諦めました

研究者になりたかった。

から探求心旺盛で、虫眼鏡を持って空き地を歩いたり、図鑑を端から端まで読んだりして、気づいたら研究者が夢になっていた。

中学校に上がって嫌がらせにあっても、(自分には夢がある、こいつらに潰されていい人間じゃない)と思うことでなんとか耐えしのいでいたし、高校時代には特に興味のある研究分野を見つけ、その研究をやってる研究室を探したり、その研究室教授の本を読んだりもしていた。

そして大学受験第一志望には落ちたもの大学院でそこに行けばいいと割り切って、後期で受かった大学入学し、希望の分野とは少し違う分野の研究室に入った。

『この分野を研究する第一人者になる』という夢が若き私を支え続けていたのは確かだった。

そして3年の終わり、いくつか希望研究室訪問した。

ある教授お話させていただいた時、「君の問題意識はどこにあるの?」と聞かれ、はじめて気づいた。

私、研究者向いてない。

自身典型的なENTP気質

新たな知見を得ることが好きで他人議論することを望むけれど、飽きっぽくて一つの物事を突きつめる前に他のものに手を出してしまう。

もちろん高校生の時からこの研究テーマがやりたいと思ってたので、その分野に対する知識はそこそこある。

けれども研究者になるためには、更にその問題に対してどうアプローチしていくかまで考えないと論文なぞ書けない。書けるわけがない。

私は漠然研究室内でできる範囲研究をしようと考えていたけれど、そもそもその研究分野にこういったアプローチがしたい!そしたら新規性がある!って言えないとこの研究室に行く意味など、いやそもそも研究をする意味などない。

それすら持たずなんとなくこの分野のなにかをやれたらいいと思う程度の人間が真っ当な研究者になれるだろうか。

気づくのが遅い。

研究室訪問後、駅のホームで泣きじゃくった。訪問後しばらくして、訪問先の研究室受験しない旨のメールを出した。

ある研究室の方には「とても残念です…」とお返事をいただいてまた泣きそうになった。私もあなた研究たかった。

外部院進を考えていた私は就活などしていなかったため、現在所属する研究室に内部進学して、院で就活することに決めた。

そもそも今いる分野の方が就職は確実にいいだろう…それに学部から院まで同分野にいた方が、日本では専門性が高いとみなされて内定をもらいやすい。

ただ、これまで研究者になるという夢のようななにかを軸に生きていた私にとっては、アイデンティティの損失というべきだろうか、物事に対する選択基準を一つ失った気分である

一応技術職志望だけど、もう自分研究は無理だと気づくとそこから離れたい気もしてきて、院卒文系就職もありだな…とか考えている。

自分の軸がないとこんなに不安定なんだな…って20過ぎて気づく自分の愚かさよ。

自分に適性がないことにもっと早く気づきたかった…そしたら学部就職たかもしれないのに…。

でも中途半端就活してしまったら、それはそれで院行けばよかったかなって後悔してたのかもしれない。こんな軟弱者のことだし。


追記です→http://anond.hatelabo.jp/20170609195742

正直ここまで反響あると思っていませんでした。なんだか申し訳ないです。

察しのいい女

1

「起きろーー!」

 

娘の声に促されて1階に降りると、

夫が朝食を用意してくれていた。

十八番スフレオムレツに、

ベーコンレタストマトトースト

目覚まし代わりに

淹れたてのコーヒーをすする。

今日休みなんだっけ?」

「そ。ぽっかりスケジュールが空いてね。

ま、いーかって。ジム行くことにした」

 

スポーツバッグを抱えて玄関を出て、

ジムへ向かう道……、から

途中で逸れて駅へ。

跨線橋階段から最も遠い位置電車を待ち、

人もまばらな車両に乗り込んで、

ポーチを取り出す。

車内で化粧するという行為を、

昔は全く理解できなかったけれど、

今は、その理由の一つだけは分かるようになった。

 

太陽から隔絶された数時間を先輩と過ごし、

駅ビル寿司屋へ。

カウンターに並んで座り、

刺身つまみビールグラスを傾けながら、

先輩の変わらぬ……少し変わったかな?……横顔を見て、

人生面白いと、改めて思う。

 

先輩と夫とは、大学からの友人で、

私との出会いも同時。

2人でペアになって、私をサークル勧誘したときだ。

積極的アプローチしてきた夫とは対照的に、

先輩はそのときも、その後も、

一歩引いた位置にいた。

何事も控えめで真面目で、

友情を何よりも大事にする先輩に、

形にならない感情を抱いてはいたが、

私は分かりやす好意を向けてくれる夫を選んだ。

 

 

2

二年前。

「アイツのことで、内緒で、ちょっと話したいことが」

そんなふうに誘っておきながら、

幾度かの催促にも言葉を濁す先輩に疑念を感じ、

バーを出た後、その汗ばんだ手が、

探るように、私の手に触れたことで

ますます強まったが、

そのとき不意に、先輩の態度と、

私がかねてより持っていたいくつかの疑問とに対し、

その全てに回答を与えてくれる、一つの仮説を思い付いた。

 

友情大事にする先輩が夫を裏切ろうとするのは、夫への友情を失ったから。

夫を見限ったのは、夫が見限られることをしたから。

見限られることとは、私が漠然と感じていた、女の影。

話そうとしたのは、その核心的な証拠

話せなかったのは、決定的なトリガーを引くことへのためらい。

そして、先輩が昔から私に向けていた、感情のありか。

なるほど。

 

「これは面白いことになりました」

つい口をついた、場違いな私の言葉に、戸惑い、慌てて引っ込めようとする、

その汗ばんだ手を、強く握り返した。

(そういうのって、もっとずっと早い方がよかったと思いますよ、先輩。

でも、奥さまや息子さんのこと、いいんですか?

ま、いいんでしょうし、いいんですけど)

  

  

3

スーパーサーモンの切り身とほうれんそう

その他少々の野菜

牛乳ベーコンを購入して帰宅

娘はまだ友だちとの買い物を楽しんでいるのだろう。

夫もどこかへ出掛けたようだ。

テレビの音声を聞きながら

夕ご飯の下ごしらえをしているうちに、

娘と夫が次々に帰ってきた。

 

食後、娘が買ってきた服を、

ファッションショーのように

次々に着替えて見せてくれる。

その姿を見ていたら、

昨日、衣装合わせをしたカップルの、

華やかで美しく、それでいて

明るくて気さくな女性のことを思い出した。

男性会社の後輩だといっていた。

彼は職場でさぞうらやましがられていることだろう。

 

夫も娘も早々に入浴し、自分の部屋に引っ込んでいった。

私は一人キッチン食器を洗い、

ひとしきりリビングを片付け、お風呂場へ。

入浴後、浴室の床と排水口を軽く流し、

起きたらすぐ干せるようにと、

2人が脱ぎ捨てた衣類に、私のものを合わせて

洗濯機に入れようとしたら、洗濯槽に水が張られていた。

私は少しだけ考えてから、それを排水し、

リビングの端に立て掛けていたスポーツバッグの中から

れいに折りたたまれていたウェアを取り出して、

ほかの衣類ともども洗濯機に放り込んで予約ボタンを押した。

2017-06-06

今日学校どうだった?」と聞かれるのがイヤだった

別にイジメを受けていたとかいう話ではない。

毎日楽しく過ごしていたのだが、ただなんとなく自分のことを他人に語ることに抵抗があってイヤだった。

自分の行動や考えを知られるのが怖いという漠然とした恐怖が一番近いだろうか。

一種自己防衛的な気持ちが働いてしまうようだった。

その言葉についての私の理解は、相手から情報を引き出して判断材料を増やすことで、相手より優位にコミュニケーションを進めるための「攻撃」だった。

親や級友やその他大勢から相手の知らない自分時間について質問されるたびに、既に相手が知っている当たり障りのない内容や虚実織り交ぜた返事をしつつ、

同じように「そっちはどう?」と聞き返して逆に有利を取りに行くという方法自然選択するようになり、私は息をするように嘘をついて、精神的な安定を得る子供になった。

ありもしない失敗談を語ったりもしていたので、自分を良く見せようという心理とも、また別なものだろうと思う。

「お、新しいTシャツ?」

「うん、赤いのと迷ったんだけどこっち買ったんだ」(別に迷ってない)

といった具合に、それらの嘘はそれが露呈したことも問題になったことも一度もないような、実にどうだっていいものばかりである

それでも、自分ウソをついているということは、他人もそうに違いないと考えていたので、周囲の人の話は常に疑い続けていたし、

自分が聞かれてイヤだということは、他人も聞かれたくないに違いないのだと想像していたことで、歪みは確かに存在していた。

そんな私も、成長し恋人が出来た。

当然自分の知らない時間相手の行動について、何を言われても半信半疑のため可能性は大きく広がったままであり、

浮気している可能性を疑わなかった瞬間はないし、人間関係というのはそういうものなのだろうと思っていたので、

それを疑問に思うことも、相手を信じられないことを辛いと思ったこともなかった。

また、相手を大切に思えば思うほど、相手はきっと聞かれたくないだろうと考えて、

相手が「昨日○○してきた」と言ったような時に、詳しい様子をたずねることをグッと我慢するようになった。

「お前は他人に興味がないのだろう。」と言われることがよくあるが、そういうわけではなく、興味はあっても聞くことを我慢しているだけなのだ

そのフラストレーションは、よくこれまで盗聴器を他人に仕掛けるような行動に出ず踏みとどまっていられたものだと感じる程度には強い。

様子を聞かれることで、相手から興味を持たれていると実感する。という構造理解できていなかったので、

「私に興味がないんでしょう!」と言われ、なぜそんなことを言われてしまうのか困惑したこともあるが、そもそも感覚が大きくズレていたのだった。

また、愛想を尽かしかけた相手が私への興味を失ってアレコレ聞かれなくなったことで、自分を想って聞かずにいてくれているのだと感じ、

私は逆に相手から愛情を強く感じ、二人の関係が大変良好である勘違いするという盛大なすれ違いも幾度かあった。

現在、私はカウンセラー相手に偶然「親や彼女からでも、今日何してた?って聞かれるのってすごくイヤですよね」という話をしたところから感覚の違いに気付くことができた。

関係性の遠い相手から聞かれると警戒するのは割と普通のことのようだが、親しい相手からでも警戒し反射的にウソを吐いてしまうというのがカウンセラーから見た特異な点のようだった。

その後、普通の人の思考パターンを知ったことで相手に合わせたコミュニケーションの取り方を選び、適度に「今日どうだった?」と聞くことができるようになった。

自分自身は今でも聞かれると素直に答えることに抵抗があるので、話の中にウソバラ撒く癖はまだ治っていないが、それでもまあ、理解した上でなんとかうまくやっている。

しかしたら、私が一番根本にわかっていないのは、他人を信用するという感覚のものなのかも。と最近思い始めた。

とりあえず私の場合は、普通の人の考え方の理屈を知っただけで対応できるようになったので、本当に些細なキッカケがあれば改善されることも多いのかもしれない。

しか自分の中で疑う余地のないほど当たり前な感覚を、敢えて否定したり他人説明する機会はなかなかないので、偶然カウンセラーが気付かなければ私の歪みはもっと長い間そのままだっただろう。

聞いた話では、こういった自己情報相手に渡すことにとにかく不安を覚える秘密主義的な性質を持った人間は、一定数いるのだそうだ。

もし私と同じような感覚を持っていて、そのことが一般的感覚ではないとまだ認識していない人がいたら、いずれどこかで大きなコミュニケーションエラーを発生させる原因になってしまうと思うので、

この日記同族たちにとって、自分と周囲のコミュニケーション方法の差に気付くきっかけになるといいなと思う。

自分人生に誇りを持てない…?

高校を出るくらいまでは常に成績トップで、1浪したけど旧帝大の中でも上位のほうの大学へ行った。

中高生ときから漠然とではあるが将来の夢を持ち、それにまい進していたのだが、大学在学中に急に覇気がなくなって人生諦めモードになり、夢を捨て、就活の準備もできずに失敗し、今日までの10数年間、何度か会社を変わりながら現在地元に帰って地元中小企業の世話になっている。

大学学部サークルの同期・先輩・後輩は皆ことごとく大手上場企業就職したり独立系資格を取得したりして各方面活躍しており、素晴らしい社会的ステータスを手に入れている。

(その分心労は絶えないのだろうが)

それに引き替え自分は夢だった資格取得は挫折し、就職先も転々としながら地元に逃げ帰って名も知らぬ中小企業にいる。

こんな自分がみじめに思えてしかたがない。

たまに同窓会的なものがあれば呼んでもらえることがあるが、皆が内心自分のことを嘲笑しているように思えてならない(被害妄想なんだろうけど…)。

当然と言えば当然か、平均的な願望はあるが結婚もしていない。

上記の通り自分に自信が持てないから、好きな人を振り向かせることすらできない。

自分自身は今の生活が気に入っている(地元というだけで無意識のうちにどこか安心できる環境が好き)し、そもそもこうやって他人比較ばかりする生き方なんて自分の首を絞めるだけだってことは頭ではわかっている。

ただ、周囲はそうは見てくれないから、どんどん自分の居場所を狭められる…ような気がしてくる。

地元に帰ったのは、両親だけは絶対自分を蔑んだり嘲笑したりはしないという安心感があるからだ。

本当は1人暮らしして名実ともに自活したいのだけど、今ならおそらく心を壊してしまうだろう。

過去が誇らしく思える分、今のみじめな生活はなおのこと耐えがたいものがある。

かといってすぐにタヒぬ勇気もなく、このままみじめな姿をさらし続けなければならないと思うと、この先暗闇しかない。

これから先、周りを見返す(…という表現は語弊あるのだが「アッといわせる」というのが適切?)ことはできるのか。

今の唯一の目標がこれである

2017-06-04

大学に入って二年。なんだかとってもつらい。

 二年前、大学に入ったばかりのころが懐かしい。入学したとき田舎とは違うなにもかもに驚いた。人の数が多くて、夜中までそこらじゅう明かりがついていて、ネットで話題になった店には電車一本でいける。当時の僕は起業漠然とした憧れを抱いていて、渋谷でよく分からんなりに勉強会とかMeetupに参加した。大学講義が終わった後は、高校の頃から疑問に思っていたことや、講義で納得いかないところを教授にぶつけて議論をして、好奇心の赴くまま、成長を求めて邁進していた。大学には思ったよりまじめな人がいなくて、みんなどうやって楽に単位と点数を得るのかとか、家系ラーメンTwitterの話ばかりしていてびっくりしたけど、そういう人々とも楽しくやっていた。なんだかやけにキラキラとしていて、これが大学生活というものかと思った。一方で都会と田舎格差を感じていたので、絶対ここでチャンスをつかんでやる、勉強するぞと意気込んでいた。

 そしたら、キャパオーバーして小さいころかかった病気が再発してしまった。

 ずいぶん昔に何年かかけて完治したのでもう大丈夫だと思って油断していた。きっと原因は、不規則生活とひどい食生活のせいと思う。当時は前のめり過ぎて寝てなかった。それでも、案外治療がうまくいって秋ごろからまた大学に通えそうなレベル回復した。

 秋から大学に戻ったとき、周りの景色全然違っていたのを覚えている。なんだか周りの大学生自分より数段先を行っているような、もう自分が取り戻せないくらいの、どうがんばっても追いつけない差を感じた。それは、僕が夏学期のテストに出られず、追試期間も治療に専念していて、単位の差ができていたからかもしれないし、固まってきたクラスグループになじめなかったせいかもしれない。久々に会った知り合いにどう声をかけたらいいかもわからなくて、だんだんキャンパスで人ごみにまぎれて歩くのが息苦しくなって、講義に出るだけで精一杯になって、思考だんだん余裕を失っていった。ホームで帰りの電車を待つ間、なんだかどうしようもなく逃げたい気持ちになった。そして、ついに大学に行けなくなった。

 何か月も家にこもっていた。たまに夜中に目が覚めて無性に外に出たくなるので、そのときはチャンスと思ってコンビニに行って食料と水を確保した。親からの連絡も全部無視して、同級生高校友達からLINESNSも全部無視して、とにかく一人で、ずっと寝ていた。ほんとうにつらいとき自分は誰もいない薄暗がりの中でしか動けなくなってしまうんだなと思った。とにかく、意識があるときは常に死にたいと思っていて、その気持ちが強いほど空がやけにきれいに見えて、とにかく夕焼けが美しくて、雨粒がきれいで、あぁほんとうに世界がきれいだ、僕は死ぬのか、みたいなことをずっと考えていた。

 翌年の四月になって、もう一度通おうと思った。時間自分回復させてくれたのもあったし、もう一度チャレンジしてみようと思っていた。でも、大学事務書類を提出しにいったとき、少しきつい対応をされて、ぎりぎりのいっぱいいっぱいで大学にたどり着いた僕は、もうそこで、また、つぶれてしまった。

 それから二か月後、去年6月に、精神科を受けた。一か月ほど前に、外へ体を慣らそうと思って電車に乗ったところで強烈な吐き気を感じて倒れて病院に運ばれたが、精密検査をしてもらってもなにも異常がなく、精神科を勧められたからだ。そこで症状を話して薬をもらったが、どうも先生性格が合わず精神科に行くこと自体苦痛になってしまい、薬を飲んでないけど飲んでると嘘をつくようになり、それから3か月ほどたって、精神科に通うのをやめた。もちろん大学にも通えず、一週間に一度外に出られるレベルの低空飛行を維持していた。親は精神科とか精神病気にあまりいい反応を示さない感じだったので、自分のつらさとか、不安が話せなかった。高校とき友達だんだんそれぞれの忙しさに巻き込まれていくのを見て、自分不安を上乗せしちゃうのはよくないなって思って、なんだか頼れなかった。結局、それは自分がただ人に甘えることができないだけなんだってことは、後から気づくんだけど。

 今年の一月になって、僕は自分の体調・精神管理する方法を思いついた。それは、日々考えたことと体調をすべて記録して、その記録からよくないときはどうしたらよくなるか、どのくらいの期間でよくなるのか、自分はなんの音楽テンションが上がるのか、なんの食べ物テンションが上がるのか、そしてそれらはどのくらい持続するのか、かなり細かく症状別に対策をたてる、というものプログラミングちょっと勉強したおかげで、これらの記録を入力して分析やすい形にする、調べやすくするといった工夫ができるようになったのが大きかった。まぁなんというか、今まではまったパターンはきっちり学習して調べ上げて次来たら潰しましょうということで、言ってみれば当たり前なんだけど今までそれができてなかった。

 これが案外うまくいって、洗濯や茶碗洗いをためずにできるようになり、毎日外に出ても気分が悪くなったり体がだるくなったりすることもなくなり、電車に乗っても吐き気はせず、春休み大学キャンパスを歩いても、それほどつらく感じなくなっていった。

 そして今年四月、僕は三度目の1年生になり、自分なりの体調・精神管理方法を投入して講義に通い始めた。途中から大学医療機関と心療相談所も利用して、薬と対話によるものを並行して取り入れている。躁鬱混合判断され、確かに今までのを見ると春ごろに無限にやる気が湧く躁が来て、夏から秋にかけて鬱に転落というパターンが多い。躁のときブレーキをかける、鬱のときは下がりすぎないように薬を投入する。精神科先生となんだか気が合って心理的安全性を築けて、この人に任せよう、と思えた。心療相談所でははじめ性格が合わなかったが、去年精神科先生とうまくいかず失敗した経験から、まず心理的安全性を築くことだけを目標に話を続けていたら最近しづつ話せるようになってきた。ここではカウンセリングを受けながら、認知行動療法を学んでいる。

 そして4月は出席率が90パーセントを超えた。これはほんとにうれしかった。がんばればなんとかなる、今までもほんとにつらかった、大学に行かずゴミみたいな生活してるくせに気持ちはぜんっぜん晴れなくてとにかく苦しさでいっぱいだったけど、ここを回していけば光が見える、と思った。

 そして今、5月中頃から精神的にどうしてもつらくなってしまって、また大学に通えなくなってしまった。今回の鬱はとにかくズドンと来て、一気に外に出られなくなって、しかも一週間あまりごはんが喉を通らなかった。それからしづ回復して、今は普通にご飯が食べられるようになった。ようやく先日先生からももらえて、少しづつ安定してきている。僕が積み上げてきた体調精神管理方法も、さすがに一気になにもできなくなるレベルに突き落とされることは想定しておらず無力だった。でも、これでまたひとつ学習したので、次は負けない。来週、講義に一回でも行けたら自分の勝ち、と思っている。また一からだけど、積み上げよう。

 親からお金もらって、環境も与えられて、自分の望む大学自分学力で入って、一般的に見て自分はきっと幸せなんだろうな、と思う。特に、親にはほんとうに申し訳ない気持ちでいっぱいである。その申し訳なさと、そろそろ自分反抗期が終わってきたのと、愚痴を吐き出すのは精神的によいことだ、という気づきから最近週に一回田舎にいる親とSkypeをしている。ぬいぐるみウェブカメラにぐいぐい押しつけて「あー俺は同級生SNS就活関連の意識高い系発言してるのとか、遊びに行ったとかの楽しそうな写真とか見てほんとうらやましいんだチクショウ、あと彼女ほしい」などととりとめもない話をする僕に「なんか自分のかっこ悪いところも話してくれるようになって嬉しい」と返してくれる親はほんとうに優しくて、高校のころは言えなかった感謝ストレートに言えるようになって、そこは少しだけ成長したのかもしれない。親って案外話してみるもんなんだなと思う。

 でも、こんな夜はときどきつらくなる。自分は死にたくないけど、衝動的に思考が狭まり死にたくなることはよくある。それがより強くなるとやっぱり周りの景色がきれいに見えるようになる。少し恐怖を感じる。自分思考が当てにならないことに悲しくなる。そもそも今の悲しみも躁鬱の波によるものなのかも、と思う。よく分からない。ほんとうによく分からない曖昧ものの中で生きていて、これから自分がどこへ行きたいかもよく分からず、その行き場所を探そうにも体力がない。優先順位はよく分かっている。精神回復させ、生活を回し、運動を投入し、筋トレに入って自分に少し自信がついたところで、自分の好きなことを片っ端から試して、好きなことと向いていることを探す。それが分かっていても、そこに至るまでの膨大な試行錯誤を予感してしまう。なんだかこんな夜はとってもつらくって仕方なくて、とりとめもなく書き込んでみたくなった。もし読んでくれる人がいたなら嬉しいな。ありがとう

2017-06-03

まれ変わったら「世界で一番かわいい女の子(かっこいい男の子)」に会いたい

いつまでもこんな事言ってるから童貞なんだろうなと我ながら思う。

だけど折角生まれたのだから一度は本気の恋愛がしたい。

他の人から見たら大したことなくて自分にとっては世界一好きな人だと言える人に会いたかった

手を繋ぐことすらしなくていい。

デートすら出来なくていい。

ただ一度そんな人に会って雷に撃たれるような感覚とやらを味わってみたい。

でもこの歳で今更会ってもしょうがいから生まれ変わってから会いたい。

幼稚園高校生までの期間に出会いたい。

小賢しくなってからでは雷に撃たれることなんて出来ないだろうから

具体的に世界一かわいい女の子がどんな人なのかは分からない。

白馬に乗った王子様よりも曖昧イメージだけだ。

ひまわり畑と白いワンピースとか、線路の向こう側からこっちを見つけて逆光の中ガッツポーズを決めてくるとか、坂道の向こう側で自転車から降りてこちらを見つめてるとか、なんというかそういう感じの、少女趣味なホワホワとした漠然とした感覚しかない。

そういったイメージを塗り替えて、世界で一番かわいい女の子ってのは本当はこういう物なんだって認識自分に与えてくれるような誰かに会いたかった

元増田です

http://anond.hatelabo.jp/20170602214735

これの元増田です。すごい伸びてる。

世間結婚圧力といえば、よくある「なんかよくわかんねーけど結婚しないと不幸になるぞ、多分な〜!」みたいな、漠然とした不安を煽ってくる人達が苦手なんだなぁと思った。

未来ことなんて誰もわからない、正解か不正解かわからないことに対して、「どうせ後悔するぞw」みたいな言葉卑怯だと思う。

なぜなら誰も「確実に後悔しない」と断言できないから。不確実な未来不安を煽って論破した気になるのは、不安を煽ってものを売りつける商法と同じ。

はいえ、そんなことを言われるとつい動揺してしまうけど、じゃあ具体的に何が不安なの?って考えた時に、その答えとして書いたのが元エントリ。同じ所をグルグルしないためのただのメモ

ちなみに私は元から恋愛結婚否定してない。「絶対結婚なんてしない!」という意思を固めた訳でもない。損得関係なしに好きになれたら、普通に結婚すればいいと思う。しなくてもいい。扶養控除いらないなら事実婚でもいい。変な強迫観念がなくなって、今はそのくらいのノリに落ち着いた。

"今は良いだろうけど、アラフォーになると友達はみんな家庭に入って疎遠になるよ"

というブコメが多かったかコメントしてみる。実感として周りに非婚は増えてるし、今の友人全員100%結婚するとは全く思わないけど、自由に動ける友達が減るのは確実なのは知ってる。だからこそ「独身友達を探せるようなコミュニティがあれば〜」と元増田に書いたんだけど、分かりにくかったか

今の友人で人脈をクローズさせることは考えてないし所属コミュニティは常に複数持ってるから、新しい友達はすぐ作れると前向きに思ってるよ。一芸あれば友達作りは更に容易になる。インターネットさまさまですね。

2017-05-30

就活就職に対する恐怖感

最近就活に関するエントリが多数上がっているので自分も書いてみるとする。

当方MARCHの4年生、第一志望の企業群に順調に落選し、集中力がぷつんと切れてしまった。

どうしてこんな事になったのだろうと、グループディスカッションであったり面接であったり、現在までの就職活動問題点を振り返ってみると、自分の心の中に「長期的な就職への恐怖」「ブラック企業に対する恐怖」が漠然として存在することに気づいた。

別に「やりたいことがない」というわけではない。「他人比較してしまって焦っている」というわけでもない。

一応、「やりたい仕事」「興味のある分野」「就活の軸」というのは自分の中では決まっていて、

・「問題解決」の仕事

・「情報発信」の仕事

・「社会貢献収益方法合致している」合致している仕事

・「働きがい、働きやすさ」がある職場環境

・「若手への裁量権の多さ」

というものだ。

これらはサークル大学勉強自分営業ライター企画として参加した長期インターン(という名目バイト)での経験から得たことで、面接の場で具体的に理由説明することもできる。

しかし、上に挙げた「軸」というものは、実際に働いてみないとわからないことでもあり

自分にとって劣悪な体制を持った企業」には入りたくないという恐怖によって、就業経験もない人間のくせに、面接の場で要らぬことを言ったり聞いてしまっているのも事実だった。無意識企業をかなりより好みしていたのだ。

この恐怖は何に由来するのだろうと今一度考えてみると、親から受けたものが大きいことに気づいた。

私は幼い頃から仕事愚痴が絶えない家庭で育ってきた。両親は共働きだったが、朝は会社行きたくないといい、夜は部下と上司愚痴をいい、休日は二人共昼まで寝ていて、こどもが病気にかかると「どうして病気になった。職場迷惑がかかるだろう。」と怒るような社畜だった。

極めつけは私が小学生時代夏休み計画表のずさんさに対して母親激怒し、幼い私に実際に仕事で使っているタスクマネジメント術を叩き込んだことだ。怒られたくない一心でとにかく覚えて実践したのを記憶している。

両親がこんな社畜になってしまったのも原因はあった。職場ミスマッチだ。

両親が入社したころはまだまだ規模の小さい会社で、ベンチャーと呼べるレベルだったのだが、会社は急成長をとげ、現在では大企業と呼ばれるにまで至った。

私の両親も会社の成長と共に、役職が上がり上級管理職にまで上り詰めた。それがいけなかった。二人共向いていなかったのだ。

不向きな仕事上級職に対する社会的責任、そして子供の養育。溜まりに溜まったストレスが、子供に向かうことは必然だった。

最終的に父はうつ病寸前まで至って休職し、回復してから辞職したものの、抜けたことで職場が回らなくなったらしく会社に呼び戻されてしまった。

母は転職することに成功したものの、また向いてない管理職になってしまった。

幸い、子供一人暮らしを果たすことで、育児から開放されて趣味時間を手に入れることが出来た両親は、いくぶんか心持ちがマシになり、現在夫婦むつまじく暮らしているようだ。

私は絶対こうなりたくない。社会歯車として社会を回すのは全く構わないが、社会に振り回されたくはない。だが実際そういうもんだというのもふつふつと感じている。

ちんけなプライドだとは自覚しているものの、どうしても拭い去ることができない。また自分を殺し続けるしかないのだろうか。

2017-05-29

http://anond.hatelabo.jp/20170529163524

よく知らない時は漠然とそんな偏見を持ってました、っていう一文を拾い上げて書いてもいないことを読み取って

まくしたててて気持ち悪すぎワロタ

2017-05-28

なんでか分からないけどいつも漠然不安

え、そんな事も?って事でも不安

何か失敗してないか不安

自分では思ってなかったけど、完璧主義なんだろうか

不安を取り除くにはどうしたら良いのか

アラサー喪女の週末

アラサー喪女である

アラサーの男女で飲むと話題は年齢のことになりがちだ。

30を越えた男が世間から見られる目が29とはがらりと変わったことを嘆くのを、周囲がそろそろ地に足をつけ=彼女を作り結婚をしないとダメだと煽る。

何故か付近の私にも火の粉が降りかかり、異性と交際する気はないのかと聞かれた。

彼氏いない歴=年齢の生粋喪女のため、交際結婚も全く視野になかったが、漠然子供が欲しい気持ちはあった。

子供は産みたい」と伝えると「女の子は30前には産まないと」「子供欲しいならそろそろ相手を見つけないとダメだよ」

そんな流れから、件の30歳についてどう思うかと水を向けられ、私がまんざらでもないようなことを言うと、周囲の主導からLINEの交換をすることになった。

多分、相手は乗り気ではなかった。

仕事を辞めることはまったく考えていない。

でも、子供を産むなら早い方がいいことも、そろそろ相手を見つけなければいけないこともよくわかっている。

どうして女にだけ明白なタイムリミットがあるのか。

どうしてそのタイムリミットにそぐわない時代業界職種に生きているのか。

最初挨拶からまったく進展がないトークルームのことを思いながら、鬱になるだけの週末だった。

今、漠然としにたい。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん