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はてなキーワード: 趣旨とは

2017-09-17

ネット集団リンチ怖い

twitterトレンドに 無許可RT ってあって何かと思ったら、無許可RTするなんて非常識 といった趣旨発言をして炎上した人がいたらしいのだが、

本人のアカウント現在消えて、真偽不明ではあるが、発言者本人の住所を調べ自宅の写真をアップし、電話をかけた、というツイートが『話題ツイート』に出てくる始末。

異なったルール解釈してるだけでそこまでするのか、怖すぎる。

面白可笑しく話題にしている奴もいじめに加担しているって事になるんじゃないのこれ?

ひるおび6・19田﨑は間違ってる

ひるおび6・19田﨑は間違ってる

田崎さんは文部科学省役人が「総理のご意向文書マスコミ提供したことなどを「霞が関では政権を守らなきゃいけないのに、こういうことをやるのは裏切りだと文科省以外の役所はみんなそう言っている」としていたが、それはおかしい。憲法15条2項「全ての公務員は、全体のための奉仕者であって、一部のための奉仕者ではない」とある。全体とはもちろん国民全体のことを指しており、一部とは利害の一致する人間など文字通り一部の国民のことを指している。

官僚安倍を守ることが公務員目的だと本気で考えてるなら大変なことだ。

およそ公務員はまずこの憲法15条2項を、もちろん字面ではなく中身という意味で守らなくてはいけないと叩き込まれる。文部科学省以外の役所がこれすら守る気がないなら、公務員失格である。この後さっそく各省庁に問い合わせてみようと思う。

で、文部科学省など各省のいくつかに問い合わせたら、「そのようなことを田﨑さんに言ったという事実はありません。」という趣旨の回答が来た。「そもそもその田﨑さんという人をこちらでは確認できていません。という回答も。」

2017-09-15

東京新聞望月衣塑子記者への殺害予告安倍総理や菅官房長官自民党が何も言わないのは、殺害予告を指示したからか

安倍自民党官邸は、東京新聞圧力とも取れる「安倍自民党不都合質問するな」という趣旨の抗議をしている。

2017-09-14

東京新聞望月衣塑子記者への殺害予告安倍総理や菅官房長官自民党が何も言わないのは、殺害予告を指示したからか

安倍自民党官邸は、東京新聞圧力とも取れる「安倍自民党不都合質問するな」という趣旨の抗議をしている。

https://anond.hatelabo.jp/20170914103840

ライブに行くと、ステージこっち側の人と、ステージの向こう側の人が、運営にとっても同じ存在だとはとても思えない。

それでも、そんな彼女たちもゲームには普通に課金しているだろうし、それを疑うより、一緒に楽しんだ方がいいじゃん。

っていう趣旨投稿だったのだが、まあ元増田ポスト賛同な人もいれば、賛同できない人もいる。それは仕方ないな。

2017-09-07

キリンのやれや上司がいたたまれない

ちゃんと見てないけど以降、妻子(兄と妹)持ちだったとして妄想する。

パパ、今度テレビ出るんだよとか言って、まだ小さい妹と奥さんはすごいねーかっこいいねーとか言って喜んでて、小学校高学年のお兄ちゃんは別に興味ないとかいいつつもちょっとうれしいししっかり視聴するみたいな。

で当日、家族正座して放送見て家族団らんみたいな感じで。

次の日、ネットで叩かれてるのに気づく。兄は学校友達スマホまとめページを見せられ、これ、おまえのとーちゃんだよなぁ、めっちゃたかれてるぞ、とか言われるんだよ。

当たり前の感想しか出てこないが、そんなんかわいそうすぎる。

バカだろうが無能だろうが間違っていようが、関係のない第三者が、人の人格を踏みにじっていいわけはないと思う。

罪を間違いを憎もうよ。

趣旨からはずれるけど、家族に宝として大事にされて育ってきた子どもが、学校という戦場無視されたりいじめられたりとか、その落差ほんとつらいか子どもなんて持てる気がしない。

2017-09-05

互助会最凶のブログはこれじゃない?

はてなブックマークを使い始めて、いろんなブログニュース話題を読む楽しさも味わえるようになった。

一月ほど前「ブログ日記人気エントリー毎日エントリーされるブログがあるのに気づいた。

何かの記事コピペか、1日の発電量が書かれているだけ。ブクマは同じメンツが多い。

そうこうしているうちに「互助会」と呼ばれる存在を知った。

そのブログが、はてなIDhiro-aug-1st」がやっている「サラリーマン大家太陽光発電日記」。

ブログサークル」に登録していると指摘されたこともあった。

https://blogcircle.jp/user/riekorieko

フォロワー950、所属サークル40。すごいよ。ブックマークしてほしい旨も明記している。

フォロワーを見るとブクマ常連がやっぱりいる。

フォロワーブクマ頻度が高い人をピックアップして8月以降のブクマ数を見てみた。

8月1日から9月5日まで計81本。うち35本が発電量だけの記事。残りは新聞社サイト等のコピペ記事

はてなID、太陽光発電日記ブクマした合計数ブログ名の順です。URLは書きません。

Nobuyukihoshi 67ブクマ公認会計士 税理士 星伸之のブログ」 

hitokoto-mania 50ブクマ「ヒトコトマニア

moririnpapa  40ブクマ「もりりんパパと二匹の怪獣姫」

mileget 30ブクマANAマイルiPhoneポイントで」「iphoneのある暮らし

marimo217   29ブクマ「朝5時に、ちょっとだけ」

tora_char   29ブクマ「おーい猫さんこっち向いて」と思われる

nekoyamafuutarou 27ブクマ「イイモノワルイモノ」

celiapagibig143 23ブクマ(※8月上旬から参戦)「ゆらゆら千鳥足人生

nikib184 21ブクマニキビに悩む40代メンズケア

Darly 17ブクマ(※8月下旬から参戦)「兼業トレードで気楽に生きる」

他にもまだまだあるけど、この辺で。

ブロガーか分からないけど常連さん

tmatsuura、79ブクマ sho11070714 29ブクマ sin-jack-in-a-box 23ブクマ

tmatsuuraは、サブのブログマメブクマ。本人の別アカ

IDを見ると、それぞれ色んなところとつながっているのがうかがえて、

どれだけの広がりがあるんだろうかと気が遠くなっちゃった

このブログ主ブクマしてくれる相手ブログはほぼスルー

セルフブックマークメーン恩恵のみ享受しようという姿勢なのか?

いつもブクマアピールする人のブログにも、どうやらこの人のブクマがつくことはない模様。

それでも健気にブクマする。どういう関係なんだろ?

はてな運営に伝えたら、「ブログサークルに対して利用停止措置依頼等を考える」という趣旨の回答が返ってきた。

自分とこのルール違反しているから、利用させないでくれ」。そんな理屈が通るはずがない。

ブログサークル規約違反していない限り、無理な話でしょうよ。

ただ一応、運営検討したようで一時はスパム認定されていた。

でもすぐ解除された。何か改善があったのかと思ったらそうでもない。

違反ブログ」との認識があったから、「ブログサークルへの利用停止措置等の依頼を検討する」と言い、

スパム認定して表示制限措置を取ったから、20~30ブクマ集めても表示されない時期があったんでしょう。

今も自分のとこの規約違反するサービスを使っている利用者たちがブクマを繰り返している。

通報毎日、山のように来て対応が大変なのは分かる。でも新たに調査対応を求めているんじゃないよ。

スパム認定しておいて改善が見られないのに解除しちゃうのは何なのか。

そこまで緩いものなら、いっそ禁止行為にするのをやめたらいいのに。

もう一つ、このブログは、ほぼ毎回、著作権侵害をしている。記事コピペして感想一言あるだけ。

楽してアドセンスで稼ぎたいってこと?オリジナル要素がなければポリシー違反になるんじゃなかったっけ?

著作権侵害可能性も、はてな運営には指摘した。回答は「ぱっと見では無断転載か分からない」という趣旨

ブログに「無許可です」と書くわけない。見れば許可の出ない手法だと分かる。

これが、はてなブログならまた対応が違うんだろうけどね。

他社のブログから仕方ない部分があるにしても、確認する術がないみたいなことを言ったらダメよ。

面倒くさいとは言えないだろうけど、そんなわけない。んじゃ、聞いてやると複数転載元確認した。

やっぱり無断転載だったよと、はてなに伝えたけど変化なし。そんな姿勢大丈夫なのか。

著作権問題を言い出したらキリがない。画像無断使用なんか日常茶飯事。

でも、このブログって著作権侵害前提に成り立ってるでしょ。あまりに悪質。

びっくりしたのがインタビュー記事までコピペしていたこと。

ブクマに「いい記事ありがとう」ってコメントしてる人がいた。

インタビューコピペにだよ。もうどうなってんだか。

転載元記事エントリーされることもあるわけで、後日このコピペブログが同じ内容でエントリーされるという現象も起きている。

こういうブログ毎日エントリーされる。それを許す運営通報が多すぎて大変なのは分かる。

でも新たに調べてと言ってるんじゃない。いったんスパム認定したのなら、状態改善されないのに解除したらダメでしょう。

最近エントリーについても、やっぱり回答が帰って来たところのは全部無断転載だった。

ブログサービス運営会社に削除申請するってところもあったし、ブログ主が削除に応じないから法的措置検討するってところもあった。

そこまで踏み切るかわかんないけど、一度ぐらい訴えられれば懲りるのかしら。

著作権者権利侵害との認識対応検討する。

それも、はてな運営には伝えているのに、スパム解除するってことは、そういうブログ大勢の人に読まれる手助けをしているようなものでしょ。

ある意味大胆というか、すごく疑問。そんなのでいいのかな。

2017-09-04

体罰」は違法行為なので覚醒剤麻薬に頼ることと同じ行為である

ここでは学校教育問題限定して体罰問題について述べるので、特定話題について触れることはしない。

まず、体罰は法的にどう扱われているのか

学校教育法11

校長及び教員は、教育必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、

児童、生徒及び学生懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。


文部省文部科学省に再編成されたさい、文部大臣文部科学大臣に変更されたこと以外はこの規定に変更はない。

まり、「体罰」と主張した時点で、加えた側が違法行為だと認めたことになる。

この点は戦後一貫しているので「昔は許されていたが、今は認められなくなった」という認識自体が正確でない。

よくある誤解に過ぎないのだ。

このような見解披露した時点で、学校教育に関してどの程度の知識しか持ち合わせていないか想像できる。

喩えて言えば、ヒロポンを服用すれば疲労回復が早くなるので使うよう勧めるのに近い論理だ。

ただ、あくまでも学校教育法で定められている「学校」に関しての話なので、その範囲が及ばないところに関しては言及できない。




職員会議でも校長は「体罰はいけません」と必ず言うが、それ以上踏み込むことはない。

実際、棒きれを振り回している教員を見ても、見て見ぬ振りをするのが常である

それらの行為は「体罰」でなく「懲戒」と見做すことにしていた、ただそれだけのことである

今も昔も「体罰」は違法行為であり、「懲戒」は合法的かつ教育的「指導」の一環なのだ


問題は、いかなる行為を「体罰」と見做し、いかなる行為を「懲戒」と認識するか、という点にあるのだ。

同じ行為をある時点においては「懲戒」と見做し、ある時点から体罰」と解釈するようになったか、というのが正確な問題提起である

たとえば以下のようなガイドラインが示されている。


文科省  学校教育法11条に規定する児童生徒の懲戒体罰等に関する参考事例

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1331908.htm

同初等中等教育局   体罰について

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouikusaisei/dai1/siryou4-2.pdf




ここでは学校教育における教員行為を3つに区分している。

1 体罰(通常、体罰判断されると考えられる行為

2 認められる懲戒(通常、懲戒権の範囲内と判断されると考えられる行為)(ただし肉体的苦痛を伴わないものに限る。)

3 正当な行為(通常、正当防衛、正当行為判断されると考えられる行為




愛のムチ」が教育効果的か否かは、ここでは問題にしない。

いずれにしろ文科省体罰を認めていないことだけは明確である

教室質問すれば、明確に「それは法律で禁じられているからです」と答えてくれるはずだ。

ただ、ある行為をめぐって「それは体罰ではないか」とか「いや懲戒範囲内だ」という議論は当然あり得る。

しかし「体罰」が許されると主張することは、違法行為をもって教育するのが望ましいというのに等しいことであるということは認識しておく必要があるだろう。

効果的であり、かつ「望ましい」とするならば、違法行為正当性まで議論範囲は広がらざるを得ない。

あるいは、体罰を望ましいとするなら、学校教育法改正対応するほかあるまい。

ともかく、「体罰」を論じる際「懲戒」との比較なしにあれこれ論じるのは意味がまったくない。

何が体罰で、何が懲戒かを明確にしないと、違法行為は正当だという主張に与することになる。

それが本望だという論者は別にしても、違法な「体罰」を容認するのかどうかはおさえる必要があるのだ。


ここでの話はあくまでも学校教育限定しているので、学校外での出来事適用できるものでないことは最初に断った通りだ。

補足

最近二言目には「学校で教えて欲しかった」という声を聞くが、それはそれほど効果的ではないと思う。

もしそれで習得できるのなら、みな満点で卒業していくはずだ。

たとえば、「冤罪があっても構わないと思う」という趣旨発言がされたと仄聞するが、

発言者は「推定無罪」の大原則を失念している点で、中学校卒業するにふさわしい知識を身につけていないわけである

今すぐにでも中学校に戻り、一から勉強するのが本人のためであろう。そして満点を取るまで卒業させてはならないと思う。

中学知識すら覚束ない者が訳知り顔でご高説を宣うのを、ありがたく拝聴する方々の姿を見るにつけ、日本の将来は暗いと断ぜざるを得ない。

2017-08-31

https://anond.hatelabo.jp/20170831193730

純粋映画を紹介しただけって趣旨なら何も言うことはない。

最後の2行に増田の主張が見え隠れしているように思われるけど。

麻生の「ヒトラー動機が正しくても」発言で…

麻生本来趣旨は「政治は結果だ。ヒトラー動機がたとえ正しかったとしても、結果として何百万人もの人間を殺したのだからダメだ」という話なので、麻生は「ヒトラー動機も結果も悪い」と言っている。

ここで気になるのは、麻生が例示した、「何百万人もの人間を殺す」ための「正しい動機」に何があるのか、という問題だ。

ヒトラーの「悪い動機」としては「アーリア人のための優性思想」というやつがあるだろう。

麻生は「どんな正しい動機でも何百万人も殺すことになってはダメだ」と言っているのだが、その「正しい動機」は何で、どんな「正しい動機」なら何人まで殺すことを良しとすると考えているのか。

そんなに難しいか

どれも迷うほどの問題とは思えない。

(1)老夫婦

殺してはならない。このケースならば公的支援を受けられる可能性があるので、まだ最善の努力を尽くした状態とは言えない。「公的支援は受けたくない」というのは個人的趣味に過ぎない。

(2)新生児

殺してはならない。夫婦事情夫婦解決すべき問題であり、他者忖度することは許されない。もちろん、当該の子を生きながらえさせるために莫大な費用が発生する、その費用を捻出できる見込みがない、という将来はもちろん見えているかもしれないが、「それでも(夫の忘れ形見を)殺したくない」と母親が主張する可能性はゼロではない。いずれにせよ助産婦に「殺す権利」はない。

(3)凶悪

殺してはならない。速やかに、当該の自動車隔離できる施設を準備し(たとえば使われていない埠頭倉庫など)そこに自動車誘導、その後、催眠ガスを投入するなどして無力化し拘束するなどの方法が考えられる。そうでなくても、周囲から十分隔離した状況で、拡声器等により抵抗は無力であることを宣言し、武装解除投降を呼びかける。ただし、抵抗した場合は最悪射殺も視野に入れて配置を行う。凶悪犯を殺す場合でも「殺すしか選択肢がない状況」に至っていなければならない。

(4)凶悪犯2

殺すことはありうる。犯罪既遂未遂にかかわらず、人質の命が現に急迫の状況であることが明白ならば、状況を見て(人質安全を最優先に)犯人の射殺も視野に入れるべきである。これは「刑」ではなく緊急避難行為であるので死刑廃止している法にもその趣旨にも抵触しない。

なお「その司令官も彼に妻や子供をすでに殺されているし、対応している警察官の多くの関係者被害者である」→可能な限り事件関係者事件対応から外すなどの措置が求められる。行政行為執行に当たって利害関係者が関与する状況はただでさえ(人道的に)避けるべきであるが、まして行為が「敵討ち」にしか見えない状況であれば、その正当性への疑いを呼びかねないことから対応する管理者には十分な配慮が求められる。

(5)未知の奇病感染

原則、殺してはならない。もちろん、法的にこのような危険感染病の罹患者の権利制限されうる(数年前のエボラ出血熱の事例など参照)。また、病気理解した上で「感染を広げてやる」と主張し行動する行為は、普通に群衆対象とした無差別殺人と変わりがない(たとえば、AIDS感染を知りながらそれを告げずに感染危険のある行為に及んだ人間傷害致死の罪に問われることがあるのと同じ)ので、治安維持権限ある人には速やかな対処が求められる。この場合普通に爆弾を所持しテロを予告した犯人」と扱いは同じである。防護服を着用した警察官等により速やかに制圧しての逮捕妥当である

もしそれが「いかなる防護服も通用しない強力な未知の病気(?)」を想定しているのだとしたら、その場合可能な限り、遠隔から麻酔銃等により制圧して逮捕。その後は、法による対応起訴等)を進めつつ、他の感染者同様、残された時間範囲内で人道的な対応治療等)を施すことになるだろう。射殺は、それも不可能場合の本当に最終の手段である。「死ぬ可能性が高い」から「殺しても良い」という理屈は成り立たない。

「どんなことがあっても殺してはならない」という命題は、「どんな手を尽くしてもどちらかを殺さざるを得ない状況」にあっては実現不可能になるので、「場合によっては殺しても良い」という別の命題によってかえざるを得ない。これが緊急避難という考え方である。たとえば「正当防衛」など。人を殺しうる凶器をもち殺意をもって襲ってきた相手を殺してはいけないとなると、「自分」という人間を「殺してもよい」と判断したのと同じ事になり、明らかな矛盾が生じるためである。この場合相手を殺してしまっても殺人罪とは見なされない。(「カルネアデスの舟板」論)

ただし、正当防衛などの「緊急避難」が成立するためには、「どんな手を尽くしても~である状況」であることを証明できなくてはならない。もし安易にその拡大解釈を許せば、社会弱者を切り捨てることを安易に認めることにつながりかねず、危険である(例:大量の医療費を使うのは、別に貧困にあえいでいる人の生活を脅かすので、見殺しにすべき、など。昨今は政治家にもこの程度のレベル人間が多い)。

以上のようなことは、法理の基本を説く本にはたいてい分かりやすく書いてある。元増田(や一部の政治家)は、ネットに張り付いて小理屈をひねり回し得意がるより、少しは読書をした方がよい。

https://anond.hatelabo.jp/20170830204145

2017-08-28

叩いて参加中止させるのは問題って言うけど

みんなこんな理由からそれはまずいし、こっちの方法のほうがあなた趣旨にはあってますよって言ってる意見無視して

叩いてる意見だけ取り上げて「こんなにいじめられてるんです―」ってやるのはいいのかって話で

そのへんでも叩かれてるから、なんていうかもう身から出た錆って感じだなぁ

あと、ファンへの恩返しで出したいって言ってるのに、イベント代や諸経費まで込みで出資金って

それ恩返しなの?って感覚がどうしてもするんだけど他の人はそう感じないのかな

自分表現のために自費出版写真集します、つきましては皆さんにご出資をお願いしたくとかならここまで叩かれなかったたろうなぁと

ついでに諸経費込みで会場借りてみたいなのなら、ふーんですんだだろうにな

事務所が噛んでるって言ってる人いるけど、事務所がかんでたらもっとうまくやってると思う

2017-08-27

https://anond.hatelabo.jp/20170827165853

即売会サークルスペースは長机で島を作る特殊な配置を使う。コミケ企業ブースは通常の展示会の配置が使われる。出展方法も申込もホールも別で、横並びに企業サークルが並ぶような仕組みではない。

サークル頒布物は開場前にスタッフ検閲と見本誌回収があり、違法もの趣旨に反したものがあればそこで止められる。通常の販路に乗るもの同人を混ぜることは準備会が嫌がるが、まあどうなるかはわからんな。そもそも落選して終わりかもしれん。

http://www.blossoms-japan.com/entry/2017/08/26/192202

id:blossoms_japan さんに IDコールされました。

>非常に申し訳ないのですが、わかりやすいまとめとは誰が述べているのでしょうか。そして余計な形容詞とはなんでしょうか。ご教授いただければ幸いです。

とあったので書きます反論になっていないかもしれませんが。

ブログを読み返してみて、確かに わかりやすいまとめ という記述はありませんでしたが、

blossoms_japan氏自身が同様の趣旨のことを述べていたと解釈したためそのように書きました。

タイトルに「(略)わかりやす解説」 とあり、赤字で「最近騒がれているワインセラー図面云々の話をまとめながら、

その周囲の野党議員をはじめとした人々の衝撃的発言をまとめておこうかと思います。」とあります

明らかに間違った記述ではないと思うのですがいかがでしょうか。

余計な形容詞とは、事実を述べるにあたって不要と思われる形容詞すべてです。

事実事実、それに対する筆者の評価評価として分けて記載するのがよいと私は考えます

例;

悲しいぐらい←筆者の嫌味を込めたレトリックであり事実記述としては不要

さな方向に向かって←終息しつつあるような印象を与える

総理意向どこ吹く風←追及側が総理意向に関して無視を決め込んでいるような誤解を与える

引っかかったのは序文だけであり、形容詞が「多い」は言い過ぎました。すみません

言いたかったこととしては、形容詞は必ずしも状態客観的表現とは限らず、

筆者の評価意見を強く反映していることに留意すべきということです。

ちなみに、もしもこんなに客観的記述しているのに何をいっているんだこいつはと

思わるのであれば無視して頂いて結構です。

叶姉妹を受け入れた人間が、真木よう子氏を叩くのはおかし

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.cinra.net/news/20170825-makiyoko

この記事ブコメに、叶姉妹ときとはうってかわって

彼女の参加に対して懐疑的な反応が集まっており、それが心底意外だった。

http://news.livedoor.com/article/detail/13524106/

そうした反応をまとめた、こんなニュースも。


コミックマーケットの開催趣旨

http://www.comiket.co.jp/info-a/WhatIsJpn201401.pdf

公式pdfにも書かれているように、

コミックマーケットは「自分たち作品の発表の場として編集発行する雑誌」を

頒布するための場として開かれている。

あくまで「個人サークル作品の発表が目的」の、文化的支援趣旨の場であり、

コミケ側も、サークル側も、「営利目的でやるのは違うよね」というスタンスである


実態

前項で書いたように、営利目的で参加するのは違うよね、とはされつつも、

実際には、営利目的で参加しているサークルも少なくない(とみられる)。

けれど彼らに「君ら本当は表現目的じゃないよね?お金けが目的でしょ?」なんて

問いただした所で水掛け論なので、特に出来ることもすべきこともない、という状況である

(界隈では、そういったサークル存在は「同人ゴロ」と呼ばれている)


叶姉妹真木よう子の違い

はっきり言ってしまえば、

お金儲けや話題作りへの下心を感じる」とバッシングされている真木よう子

それから叶姉妹小林幸子らの間に、サークル参加者としての明確な差異は全く無い。

確かにクラウドファンディングお金を集めたり、「皆さんにお会いしたい」と語るなど、

真木よう子氏のコミケ参加に、強い「ビジネス臭」がするのはわかる。

しかし、振り返って考えてみたときに、小林幸子叶姉妹は、

真木よう子氏とは違い、純粋作品頒布目的だったと言える証拠はあるだろうか?

新規市場に攻め込む際、市場文化を前もってよく調べるのは、マーケティングの基本だ。

彼女らはコミケ出展したことによって、当日の売上以外に利益享受してはいないだろうか?

彼女らは、目立ったり、好感度を高めることがビジネスの一部である芸能人」だ。


・私が危惧すること

叶姉妹小林幸子いかビジネス成功しようが、個人的にはどうでもいい。

別に彼女らのことが嫌いでこれを書いているわけではない。

オタクのチョロさに気づき、味をしめた存在

たとえばその他の有名人なり、諸団体なりが大量に流れてきたら、どうなるか?を心配している。

コミケという場の文化理解せずに流れてくるのは、サークル参加者側に限らない。

有名人に釣られて入ってくる一般参加だって、きっと増えるだろう。

それ以前に、スタッフ負担だって増える。待機列とは関係ないところに人だかりができる。

何かとヘイトを集めがちな有名人だ、トラブルリスクだって無視できない。

会場内が「一般人」の目に触れる機会が多くなりうるきっかけは、本当に是とすべきだろうか?

しかコミケ運営は「どうせ表現目的じゃないだろ」と「同人ゴロ」を弾けないように、

今回の真木よう子氏を含め、

そのようにして流れてくる連中もまた、受け入れざるを得ないし、そうするべきなのだ


真木よう子氏の参加に対してあるべき声

コミケ運営が「同人ゴロ」の参加申し込みを弾くことができないのと同じように、

今回も、コミケ側は真木よう子氏の参加申し込みを、他の申し込みと平等に扱うべきだし、

我々一般参加者も、叶姉妹小林幸子ときと同じ視線を向けるべきだ。

から、「コミケである必要性」とかの話ではない。

自分表現をどのような場に出そうとしようが、表現者自由であり、

また同時に、どのような表現も受け入れてきた広い受け皿でこそ、コミケはここまで発展してきた。

いかビジネス臭のする表現だろうが、それが自己表現だと言われればそれまでである

とは言いつつ、単に「ビジネス臭がする」という印象上の批判に収まらない、

コミケという場を文化的に最大限意義あるものにしようとする態度を含んだ批判はしていくべきだ。

個人的には、そのような批判は、外堀から埋めていく形をとる気がしている。


叶姉妹賞賛する人々は、こうしたことを少しでも考えたことはあるだろうか?

コミケは、作品頒布のための場」であることを、我々は思い出さなくてはならない。

2017-08-25

高須さんを応援してる人達(主にネトウヨ)って頭が悪すぎる(2)

最後に謎?

僕は今日から差別主義者だ

僕がTwitterをやっているとこんな記事を見つけた

「海、似合ってないねインドア派の青年が本物のサーファーになっていく『成長の記録』がステキ -http://corobuzz.com/archives/86161

内容については記事を参照してほしい

この記事についてある人がツイートしていた。内容は非常に息苦しいもので、噛み砕いて説明すると「性的隠喩を使わなくても観光地PRできるじゃん」と言った趣旨のものだ。一応リンクを貼っておく(https://twitter.com/katepanda2/status/900245111484727296)

このツイートを見た時、すでに僕は幻滅していたのだが、問題はこのツイートへのあるリプライだった。このツイートだ。(https://twitter.com/lunarainbow8/status/900430990069309440)

本当に意味がわからない。そもそもこの記事をこんな息苦しい解釈をしながら見られる神経がよく分からない

何故、太っている人間が「海が似合わないね」と言われただけで差別表現なんだ。

僕は肌の色や、ハンディキャップの有無、出生地性別等で差別する事は好まないし許せない。だけど最近ネットの奴らはあまりに過敏じゃないかおかしいだろ、普通に考えて。

こんなものすら差別なのだとしたら僕はレイシストで構わない。

なんで男差値って番組炎上してないんだ?

簡単に言うと男が女に査定される番組

結構ボロカスに言われるのが趣旨番組なんだろうけど、なんでこういうのは炎上しないんだろうな。男女逆にしたら大炎上不可避だろうに。

2017-08-21

コミュニケーショがヘタな人の愛情」〜への疑問

『「コミュニケーションがヘタな人の愛情」は、存在しないと同じなのだろうか?』

http://blog.tinect.jp/?p=42411

を読んで、疑問がわいた。

今の世にあふれているのは「『本当の』愛ではない」「伝わらなければ相手にとってはないのと同じ」といった言い回しであって、全面的存在のもの否定する言説はそこまで多くはないのでは?

それらの言い回しは文中の肉の例えを借りるなら、

生肉も肉ですね。でも、食べたらお腹をこわす危険の高い、まずくて栄養にならない肉ですね。お気持ちはありがたいですが、食べられません。

ということ。筆者自身がくり返している「食えたものじゃない」に近い趣旨だと思う。

「食えたものじゃない」ことを指摘せずに食べてみせなければ、全面否定と受け取られるのだろうか。だとしたら、加工を求めているのはどちらだろうか。

twitterでよく「論旨を理解せずに反論してくる人がいるのでしっかり説明します」って人がいるけどさ

1ツイートに対して趣旨説明が十ツイートくらいになるの勘弁してほしい。

しかも「なぜ理解できないのか」って感じでキレてんの。

2017-08-19

羽奏という名前がなんでダメなのか

羽奏という名前を、周囲の人が呼んでくれない、という釣り増田があった。

もともとの増田漁業から趣旨が外れるけれども、なぜ羽奏で「わかな」がダメなのか、忍者の里で暮らす私と一緒に考えてみよう。


日本語表意文字と言われる。

文字には読み方とともに、意味もくっついてくる。

羽と奏は、音以前に意味が繋がりにくいように思う。羽奏では、意味のつながりが連想イメージしづらいのだ。

要するに、羽は音を奏でないだろってこと。

同じ「ワカナ」音を重視するなら「和奏」ならすっきりする。

和音とかで和ってのわ使われるし、和風だとかのニュアンスでも繋がりやすい。

羽奏でワカナのいいところは、ワカナって音にある。

それに当てた漢字の読み方がクソ気味だったのは、多く先人の指摘するところなのでここでは贅言せんぞ。

から「若菜」という言葉がある。だから、音は他の人が聞いて違和感が少ない。

今までのことをまとめると、<漢字もつ音>と、<漢字もつ意味>の両方を他の人に連想させやすくするのが名付けでは重要だ。

ここでの音というのは、あくまでまとまった時に聞こえが悪くないか、ということで、伝統的な読みにそぐうかどうか、ではない。

例えば「奏」で「かな」だとか、あとは最近若い忍者も良く使うんだけれども「翔」で「と」と読むようなやり口。

もちろんこれは漢字の読みのうえでは間違いなんだけれど、私は名づけの上での省きはまぁいいんじゃないかと思うんだ。なんつーか流行ってるし。


部下の上忍の2人目の息子の名前が「拓路」くんで「たくみ」くんなんだけれど、いい名前じゃん。

路を拓く、という意味もいいし、音も「タクミ」は律令官制以来なじみ深い。

個人的には、ぶつ切りで読むのであっても、音と意味が整ってればいいじゃんってこと。


あと、意味を重視しないで音で当て字したいときジョーカー存在が万葉仮名だ。

これは、漢字意味を捨てて、音だけを表すために用いられた漢字だ。

漢字だけど、意味を考えなくてすむ。音だけでいい。

私の部下のくのいちに「利都」で「りつ」ってよむ女がいるんだが、いい名付けだなって思う。全身タイツスタイル忍者なんだけど。

まり万葉仮名は実質ひらがなみたいなもん。「あ」は「安」からきてるんだけど、「あ」は「安んずる」という意味はないでしょ。


森鴎外の子女たちが元祖キラキラネームといわれることがある。私はそうは思わない。

ルイとかオットーとか、すべて外国の人々の名前としては通用するもので、音は問題ない。

当てている漢字も穏当である。万葉仮名を用いてるしね。

森鴎外のをキラキラネームとか言っちゃうのは、逆にお前の頭の中がキラキラしてるんだぞ、と思う。


忍者ってのは顧客ありきなんだから、例えば三菱の人とかに名簿(みょうぶ、って里では読む。古い読みだ)見られたときに悪印象を与えない名前にするのが重要なんだ。

佐助とかってのはダメだぞ。狙いすぎだ。かといって昨今のキラキラネームでもダメ。黄熊でぷうとか弱そうじゃん。かませ犬ですぐ死にそうじゃん。熊だけどさ。

からさ、個人的には「翔」で「と」がオッケーな理由はこの辺りにあるんだよね。

翔ぶじゃん。忍者。だから忍者にピッタリな漢字なのよ。「遥翔」で「ハルト」って読むのが若い衆でいるんだけど、いいじゃん。

遥かに飛翔する。もうこれ絶対強い忍者じゃん!

こうしてみると女子は古風な名前が付きがちなんだよな。こういうのももしかしたらジェンダー性があるのかもと思う。

くのいちのほうが古風な名前が残るし、顧客からも尊ばれる。

「閑」で「しずか」とか、「青葉」で「あおば」とか。さっきの利都もそうか。ちなみに閑と青葉はミニスカタイプの装束のくのいちだぞ、諸君

ということで「羽奏」がなんでダメかわかったかな?

2017-08-17

増田に書いて「書きました」とかブコメするのやめろ

増田という聖域の趣旨を汚すな

アイマスについて考えた」の続き

これの続き→(https://anond.hatelabo.jp/20170816030530#tb

はじめに

友人から教えてもらい、ツイッターふくめ何やらだいぶ反応をもらえていたようであることを知ったので(批判ばかりだったけど)、ありがたいことだなぁと思い続きをしたためますちょっとズレてます明日ようやく仕事に帰るのですよね、暇なのです。


イチローとか羽生の例えが不適切

彼らは清宮や藤井四段より遥かに上であったり、勝ち続けた経歴があるからこそ人気があるのだからなんかおかしい。といった趣旨批判いただきました。お目通しありがとうございました。


しかにそうですね、勝ち続けたからこそのドラマであると思います。ここは例えがちょっと極端だったかもしれません。要は「実力があろうとなかろうと、彼らに語ることができるだけの哲学のようなものがあるかどうか」ということを言いたかったのです。

例えば、名前ちょっと出てこないのですが、全敗しつつも走り続けたあの競走馬のようなところでもよいのです。馬に人格ドラマがどうこうという話ではないのですが、読み取ることができるだけのドラマ性があるかどうか、という話であります


「765は歴史があるからすごい、後発は歴史がないかダメと言ってるのと同じ」という指摘もいただきましたが、誤魔化さずに言えばこれはその通りです。歴史というよりはキャラクターとしての物語性による厚みの話なのですが、765アニメなどと比較して考え、「強固な物語性があるキャラクターが好き」と結論づけておりました(先の文章でもたしか)。まぁそんな感じ…そんな感じですね。


理由をつけて貶めたいだけ。ただのダメオタク

へい、まったくもってその通りでありやす。現状のデレミリは、それなりに考えてみて自分には合わないなと思い、遠巻きに応援していこうと決めてしまいました。リアル体験併用が推奨される最前線には行けず悲しいですが、やはり人が増えていると、このような強く雑な言葉を使う方々がいるものなのだなとも確認できたので、自分はやっぱり主な住所である過疎コンテンツ平和に過ごします。しかし10RTもされてるの怖いですねアレ、765もアニメ以前はあん場末感あふれる感じだったのでしょうか…。


わかる気がする

「細かいところはともかくとして、強いストーリー性とか完成されたキャラクターという点ではやっぱりエロゲーヒロインとかの方があってるような気がするんだよな、多分この人には(だから765ASがその中間にあるものとして受け入れられている)。だから生きづらさを感じるのもわかる」


ありがとうございます。まったくもってその通りであり、わかりやすい要約であります私的にはミリオンアニメがとても楽しみで、細々とCDなど購入しつつ自分が好きな方向性のものが新しく始まるのを楽しみに待っています


また引用させていただきます

「まるで後発キャラには物語や背景ないかのような言い方。ASだってコミュから読み取って保管されていったりを繰り返してバックボーンが出来上がったやん。」


後発キャラにも物語や背景があることは理解しています。ただ、自分が765アニメを観て本格的に好きになり始めた頃の「劇場アイドル」の雰囲気を感じることができず、現状はそこが重視されていないなと感じる次第です。765の各コミュが漁られている段階では、自分ニコマスを観たりたまにCDを買ったりといった程度でした。つまり自分がいま後発のアイドルに抱いている感覚とその頃の感覚は近いものなのかなと改めて考え直しています。先日の文章自分が持ち上げているのは「アニメ放送期の765プロアイドル」であった、と認識してくださると幸いです。


シンデレラミリオンアイドルと向き合わかなかっただけ

その通りです。自分は変質する時代と、それに合わせて変化したアイドルについていくためのスイッチを切り換えることができませんでした。やはり孤独ぼっち自分性格にはあっていて、765のメンバーでのニコマスアニメは楽しかったのですが、メンバーが極端に増え、ソーシャル性が求められるようになっていった結果、自分は置いて行かれました。しかアイマス全体の雰囲気はいまでも好きです。陰ながら新しいアイドルも買って応援しています


団塊オタクって感じだ

そう思います。いい語呂なので、今後はこれを名乗らせていただこうと思います


今のデレミリは「ソーシャル型」から劇場型」への過渡期

これを読んで様々な意味で嬉しくなりました。ミリオンアニメ錦織監督でやってほしいです…。


ストーリーに重きを置きすぎると解釈の幅が狭まる

アイドルの「要素」を最も大事にして、そこからまれる「物語」は8通りくらい考えておくのが、アプローチをかけるうえでベストなんだと思う」


やはりいろんな方がおられるなぁと思いました。素直にすごいバイタリティだと尊敬します。自分は出されたものをしっかり理解して、それをわかった上で応援したいタイプだと気づきました。ゆえにアニメニコマス派だったなと。みんなで解釈を共有して楽しんだり、自分ひとりでワクワクするのも自分には難しいです。団塊オタクですね…。


薄利多売なわけない。もう6年やってるんだぞ。

薄利多売ではないというのは、「ソーシャル性を重視した結果としてのちょうどよいキャラの厚み」なのだなという理解文章を書いておりました。文面にもしたと思うのですが、走り書きゆえ伝わりにくかったのだと思います申し訳ないです。


年数についてはあまり関係ないですね。上にも先の文章にも書いたとおり、ソーシャルアイドルの持っている性質として書いただけです。


うーん?

 「"「社会」が乱される" 社会の変化についてけない時に新しいものを腐す人というのが居るが、そうでもしないとそのことを受け入れられない・踏ん切りがつかないということなのだろう」


別に腐してはいません。


デレマスの界隈は遠巻きに眺めてるが

彼女らとそれを応援する彼らの爆発力も大事だしすごいと思う。自分は入っていけないのだけれど。 」


その通りですね。なんだか仲間意識を感じます


765ASさんの活躍の中で

ニコニコでのファン動画存在も大きいのではないかと思うのですけど(私が最初に知ったのもニコマス)、公式だけでなくファン(P)と一緒に紡いできた物語ではないのかしら」


その通りですね。自分としてはその集大成としてアニメ劇場版があり、完成した(させられた)様を観て、深く感動したタイプです。ニコマスは当時から好きでした、こないだ見たときはあまり765アイドルのものがなくて寂しく思いました…。


おわりに

様々な反応があり嬉しく思いました。自分普段いる過疎コンテンツは、平和というか、自分と同じように一人で完結できる人が多いため、今回ちらほらいらっしゃったような深読みしない・言葉が強い方の反応はなんだか新鮮でした。やはり怖いので遠巻きに応援していようと思います


先の文章で書いたとおり、「アイドル/神は一方的に与えてくれる存在ではない」ということを理解せず、ただ「狂信」しておられる方だなと、怖い方々がされていた他のツイートからは感じられました。コンテンツバブルお祭り騒ぎは得てして彼らのような狂信者によって支えられており、それを理解してはいましたが、今回はそれを実感として理解できたのも大きな収穫のひとつです。とじまりすとこ(団塊オタク語)。


いやー楽しいですね。よければまた、どんなものでもコメントいただけると幸いです。では寝ます

2017-08-16

戦争に行ったじいさんの話を聞きにいったときのこと

https://anond.hatelabo.jp/20170815222213

がとても興味深かったので。

おれが小学生の時の話だ。昭和50年代後半の話だ。

学校で「戦争に行った方のお話を聞いてきましょう」という課題が出た。

いま思えば、悲惨戦争記憶を風化させることなく語り継ぎましょうという趣旨だったんだろう。

おれたちは4,5人の班で戦争に行ったというじいさんのうちを訪れた。

おそらく、そのじいさんは自分の話を聞きに子どもたちが来たことがかなり嬉しかったのだろう。とても饒舌に以下のような話を聞かせてくれた。

箇条書きにする。

・「ダイトーア戦争」が偉大な戦争であったこと

いか努力して二等兵から伍長にまで昇り詰めたか

いかに勇敢に戦ったか

戦闘を讃えられて、どのような勲章?たちをもらったか

 (じいさんは勲章?やぼろぼろの賞状を家の奥から大事そうに出してきて見せてくれた)

おれたちがこれをどのような報告にまとめたのか、それを聞いた教師がどのような表情をしたのか。

(いまのおれの息子でもおかしくない若い男性教師だった)

実はなにも覚えていない。

思い出したらいろいろモニョるだろうから、それで良しとする。

2017-08-15

https://anond.hatelabo.jp/20170815074955

あーなんか「セックスを推奨してるように読める」だけじゃなくて全体的に話が印象ありきになってるな

こちらがそちらが一番聞きたい部分にちゃんと答えられていなかった、ってのは認めるけど

そちらの

現状の教育が過剰に忌避してるとは思えない。

あんたが具体的にあげた項目は性行為作法以外全部現行の教育現場でやってるって言ってるじゃん。んでそれは流行りの同意プロセスと似たような話だと思うんだけど、コミュ力ありきで察しろみたいな記事しかないけど教育現場でどう教えるつもりなのかが俺はしりたい。

実践的な性教育って教育範疇超えちゃうよね。

このへんの発言も単なる主観の域を出てないよね。少なくとも「実践的な性教育教育範疇を超える」という増田理屈自分にはピンとこない。このまま話し合っても平行線になるし、自分意見の論拠となるデータをちゃんと提示しあって「なにを拠り所にしてそう考えるか・そう主張するのか」を踏まえ直すべきでは?

まずこちから先に提示するけど

自分意見形成過程で見聞きした情報、ないし見聞きした情報と同種の内容が掲載されているサイト。とくに「現状の性教育が不十分である」とする論拠、それから後で書く増田の「実践的な性教育セックス講習ではない」の根拠ととなっているのは1と5。

1ははてブでもホッテントリに上がるくらいブクマがついていたからもしかすると増田も読んだかもしれないけれど、この記事の中に「1990年代は熱心だった日本性教育」という項目があり、次のように書いている。

1990年代は熱心だった日本性教育

 実は、日本学校教育現場でも性教育に熱心だった時期はあった。「性教育元年」と言われた1992年からの約10年間がそれだ。1980年代エイズパニックきっかけとして、「エイズ感染予防のためにも性教育必要」と言われるようになり、学習指導要領改訂。「理科」や新たに始まった「保健」を通じて小学校段階から「性」を本格的に教えるようになった。

 流れが変わったのは、2000年に入ってからだと言われる。

きっかけは、厚生労働省所管の財団法人母子生協会が中学3年生向けに作成した冊子「思春期のためのラブ・アンド・ボディBOOK」の回収騒動だ。冊子にはコンドームの装着方法ピルの紹介などもあり、2002年頃、国会で「中学生の性行動をあおっている」といった激しい批判を受けた。冊子は結局、全面回収されてしまう。

 この当時、国会地方議会マスコミを主舞台として「過激性教育学校でまん延している」「教室性交渉方法を教えていいのか」といった批判が激しくなり、「性教育元年」と呼ばれた動きは教室から姿を消した。

 ここを読めば、現在性教育についての内容が行政の取り組みの段階から過去教育と比べて後退的であるということが分かる。また3の記事でも00年代初頭の性教育へのバッシングについての言及があり、ここでも同様の見方を取ることが出来る。

 「性教育の不十分さ」の可能性については増田自分とそれほど意見が違っていないようだから、ここはそのまま承服してくれるだろうと思う。

 次に5について。これは日本オランダアメリカタイといった実践教育を行っている国との教育内容の比較で、この中からオランダアメリカの部分を引用する。

オランダでは~(中略)~思春期を迎える前の時期から性は食事睡眠と同じように日常生活の一部であり、ごく自然で当たり前のことだと教えられます小学校によっては高学年でバナナを使って実際に避妊具を被せる実習を行うこともあるようです。

~(略)~

このように、オランダ若者は性に関する十分な知識を身につけているため、10代の出産率と中絶率が世界の中でも極めて低くなっています

アメリカでは大きく3つのパターンにわかます

○「総合性教育セクシュアリティ教育)」…性を生物学心理学社会学など多角的にとらえて1人の責任ある人間としていかに行動するかを教え、避妊妊娠中絶同性愛否定しません。

○「禁欲教育」…結婚まで性交せずに禁欲生活を送ることがいか重要かを教える教育です。

○「総合性教育禁欲教育プラスしたもの」はどちらか一方に比重が置かれる場合があります

(強調部分はいずれも元サイト準拠)

これ以外のタイでも、これらと同様に単に性機能避妊方法と言ったごく狭い範囲に教えるのではなく、対人関係人権視点と言った多角的目線で“性”を捉えることを重視している、といったような記述が成されている。

 それで、この1と5を踏まえて言えるのは、まず日本性教育世界はもちろんのこと“過去日本にさえ”遅れているということ。また、これだけ行き遅れている状態性教育についてのカリキュラムを多少なり進展させたところで、それが踏み込みすぎになることはあり得ない、とも言える。

 また、コンドーム仮想利用まで教育にとり入れることを容認しているオランダ出産率、中絶率の低さから言っても「踏み込んだ性教育が、乱れた性風紀を生み出すことと直結することはない」というのも明らか。これで自分

セックスという行為存在自体肯定的に捉えつつ、それはそれとしてセックスする前に必要不可欠な知識はしっかり頭に入れてからやってね」

が単にセックスを推奨するものではない、ということを理解してもらえると思う。

 そして最後増田の言う性教育には限界がある、という主張に対する反論として、先に引用したアメリカ性教育についての文章(抜粋なのでできれば元サイト文章も)を読んで欲しい。

 アメリカ場合特殊で、「同性愛避妊中絶」といった部分までひろく教えるところ、現状遅れているとされる日本さえ先進的に見えるくらいにガッチガチの「反中主義禁欲主義」を掲げるところと、州によって性教育カリキュラムに天と地ほどの差がある。つまりこれは性教育過程で教えるべき知識・教えるべきでない知識」「性教育限界がどこにあるのか」というのは、単に教育者側・行政者側の主観によってしか取り決められていないってこと。

 ともすれば、性教育限界説なんていうのは単なるまやかしで、本当に拠るべきは「性教育限界がどこにあるのか」なんていう主観いくらでも変わるものではなく、「実施した性教育が、実社会にどのような結果をもたらしたか」のはず。そしてその「踏み込んだ性教育実施した結果」は、オランダのそれを見れば分かるように、充分に好意的に捉えていいものになってる。

 はじめの増田記事自分含めたくさんのブクマが集まったのもこの増田のはじめに書いたように

実践的な内容に踏み込めば踏み込むほど、教育とはかけ離れていく

教育とかけ離れれば、それはもうセックス講習

っていう、主観しかない「実践的な性教育セックス講習と同義」「実践的な内容に踏み込む教育とは違うものになる」という理屈立てをさも自明の理であるかのように書いたからなんだよね。

で、自分含めみんなその理屈立てがそもそもおかしいことに気づききれないまま

コンドームを使いましょう

避妊薬を使いましょう

くらいまでならまだ教育範疇だけど

どちらもない時はシックスナインしましょうなんて言いだしたらもう教育はいえない

の部分に突っ込んで、「オーラセックス知識必要」「オーラセックスの話になる意味がわからない」といったように、概ね「踏み込んだ性教育をするべき」という意見にまとまっているはずなのに、各発言にばらつきが出てしまったわけだ。

それで、この辺の話を踏まえたうえで改めてトラバ言及するけど

元増田でも言ってるんだけど

実践的な性教育って教育範疇超えちゃうよね。じゃあ、結局性教育ってどうすればいいんよ

ってのが俺の趣旨なんだけど、言いたいことだけ言ってる感すごくない?

 まず自分質問をする前に、増田自分でさんざん挙げている「教育範疇」というものについて定義する必要がある。明確な定義けがなされなければ増田意見は単なる主観の域を出ないし、主観ありきの出発点で話を始めている以上、そのレールに乗ったまま自分が何か意見を挙げても増田が「それは教育範疇じゃない」と言えばそういうことになってしまう。これはこれまでのトラバ増田が「どう読んでもお前の意見セックスを推奨しているとしか読めない」と主張した、またそう主張し続けることができたことから言っても明らかだ。

 しかしながらそこで「教育範疇とは何か」を定義づけするにしても、先に挙げたアメリカオランダといった他国性教育の例を見れば明白なように、教育者行政者側の視点いくらでも変わり得る「教育範疇」に絶対的基準などないし、もし絶対的基準というものがあるのだとすれば、その基準にもとづいて性教育カリキュラムを制定すればいいわけで、増田の「性教育には限界がある」という主張は成立しなくなる。

 ただ、こう書いて「煙に巻いただけで、さんざん自分質問したことには答えてくれていない」と言われるのは嫌だから元増田

コンドームを使いましょう

避妊薬を使いましょう

くらいまでならまだ教育範疇だけど

どちらもない時はシックスナインしましょうなんて言いだしたらもう教育はいえない

 ここの部分を例に挙げて自分意見を述べておく。

 自分主観と、これまでに引用した記事の知見に拠るなら、妊娠リスク回避しつつ性的快感を互いに感じ合うというのは未成年に依らず性的機能を保持しているあらゆる男女で行われていることだし、別に自分オーラセックス存在を例示するのは何も問題があるとも思わないし、自分はそれが「教育ではない」とは思わない。

 ただ、オーラセックスでも性病感染リスクはあるわけで、「そうするようにしましょう」とまで言うべきだとも思わない。原則として「妊娠したくない(させたくない)、妊娠しても出産できない状況下では、妊娠リスクを伴う性交渉は最大限避けるように努めるべきだ」としつつ、避妊手段や口淫などの性器同士を直接触れ合わせずに性的快感を感じ合う手段を例示する(実際にそういった手段を行うかの判断は生徒側に任せる)のが理想的だと考える。

 どうだろう、増田意見に沿うかはさておいて、ひとまず確かな一意見提示として読んでもらえたなら幸いだけど。

2017-08-16 14:29追記: 全体的にタイプミス意見として明瞭でない部分があったので、論旨は維持しつつ一部文章を手直しした。なんか返信もらえなかったけど、それはそれとしてひとまず読んでくれたのならよかった。

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