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はてなキーワード: 査読とは

2022-08-05

anond:20220805124910

他の女性査読を既に通った男なら、多少ひどくてもケチをつけにくくなるわね

から女の査読に比べ、女から男への査読は厳しいもの

2022-08-02

アカデミアは一度潰されるべき

科学活動は素晴らしい。しか運営はクソだ。

まず博士号というネズミ講をやめるべきだ。何年も研究を重ねてようやく取れる仕組みはおかしい。大半の人は裕福な家庭の出身でも無い限りは20代後半を極貧で過ごすことを強制される。もちろん歳を食ってから博士課程に行くことも可能であるがかかる時間を考えると躊躇する人は多いだろう。研究職は基本的には博士号要求されるため大きな参入障壁存在する。医者など他人の命を預かる職業であるわけもなくただ研究を行うというに資格必要であるというのは甚だおかしな話である

そして最も変えなければならないゴミ中のゴミ論文誌だ。インターネット全盛のこのご時世に論文誌など本来必要がない。しか歴史的な経緯から特定論文誌に栄誉や注目が集結している。ここに載せるために研究者はお金を払わなければならない。査読を引き受けるのも無料奉仕しなければならない。アクセプトされた論文は公開されるが何故か大きなペイウォールの後ろ側に置かれる。論文を読みたいものは都度購入するか論文誌に超高額なサブスクリプション登録をする必要がある。この利益研究者に還元されない。論文誌が全部むしり取る。こんな滅茶苦茶な搾取スキームがまかり通っていて論文誌以外誰も得をしないのはおかしい。全ての論文特に税金をかけて行われた研究ならなおさら、全ての人に無料で公開されるべきである。Sci-Hubなどのプロジェクトはあるが何度も既得権益攻撃をされている。

アカデミアは一度潰されて一から作り直されるべきであろう。

2022-08-01

anond:20220801173939

https://www.jsnfs.or.jp/pub/pub_jjsnfs.html

日本栄養食糧学会誌、いちおう査読はあるようだが、IFの出てない典型的国内学会誌だな。

学生がこんな論文持ってきて「先行研究つけました!」って言ったら教授にどやされるやつw

2022-07-31

「女は議論に向かない」っていうのは

自分ジャッジする側であって、される側に回ったら負け!」という自意識があって

多少お勉強したぐらいじゃ抜けきらねえんだろうな

から査読だってお嫌いなの

2022-07-28

エロ漫画性犯罪を誘発する

エロ漫画性犯罪を誘発する。これは揺るがない。

ただし条件付きである物事判断がつかない人間性犯罪を誘発するのである

ケーキの切れない非行少年」という新書が一昔前に話題になった。簡単に内容を説明しておくと、「軽度知的障害者現実を正しく認識できないので短絡的に犯罪に走る(ので、認知機能向上訓練をしよう!)」という本だ。

後半の商業臭さもあるし、一個人の未査読(まあ論文じゃないか査読がないのは当たり前だが)の文献をすべて信じるわけでもないが、著者の経歴などからもその解釈はともかく書かれている事実に限ればとりあえず信頼してよいだろう。

この本には性犯罪をした少年が「エロ漫画で見た内容に興味を持って実際に強姦に走った」「マンガのように女性も最終的に喜ぶと思った」などと述べることを紹介する部分がある。

これは本当にあることだと思うし、「エロ漫画性犯罪を誘発するなんて証拠はあるのか」という問いに対して十分に証拠となるだろう。

もちろん、認知機能障害が無くとも、判断力が未熟な子供性犯罪を誘発することもあるだろう。

エロ漫画性犯罪を誘発する。これは認めるべき事実である

現代インターネット言論は極めて潔癖主義的で簡単二元論物事を考えすぎていると思う。

エロ漫画規制が許せない時、思考停止で「エロ漫画100%潔癖だ」と考えるのではなく、一旦それを引き受けて、「それでも規制ダメなんだ」と考えた方がより議論が深まるだろうと思った次第である

エロ漫画性犯罪助長するというのは、つまりエロ漫画によって性欲が刺激され、その性欲を満たすために判断力のない人間犯罪手段として選択するということである

しかし「AがX欲を刺激し、我慢できないor適切な方法を知らない人間犯罪選択する」ということは普遍的現象ではないのか。

ゲームが遊びたいという欲求を刺激し、我慢できないor適切な方法を知らない人間犯罪選択する(窃盗)」のと違いがあるのだろうか。

お金が欲しいという欲求我慢できないor適切な方法を知らない人間犯罪選択する(強盗)」のと違いがあるのだろうか。

少し変形させて「人づきあいが苦しい、解法されたいという欲求我慢できないor適切な方法を知らない人間犯罪選択する(殺人)」のと違いがあるのだろうか。

以下捕捉

因みに、エロ漫画定義は「R-18で性行為を描くことを主目的としたマンガ」のことである

私はエロコメディ(いわゆる全年齢向けのちょっとエッチハプニングシーン)は本当に良くないし淘汰されるべきだと考えている。

ただしこれは淘汰だ。法規制はもちろん、業界による自主規制もあまり好ましくはない。

現在ものの数十年前の手塚治虫黒人差別描写が「当然悪い」ものとして扱われるように、数十年後には「昔はよくあったけどやっぱりちょっとエッチなシーンは女性蔑視、あるいは女性の性被害矮小化して、それを子供に向けて発信しちゃうのはよくないよね」と当然全員思っているような価値観アップデートが行われていることが望ましいし、そのためには漫画家が率先してそういう姿勢を描かないように意識することが大事だよね、という意味である

2022-07-14

アプリ版かブラウザかによる

2022-07-13

■お前らの意見を聞きたいんだ

ZOOMやらTeamsでの会議、やったことある人が多いと思うんだ。

社内の会議上司が「カメラはオンにしろ。オンにした方が会議の進行がスムーズだ、という調査もある」

と言い切って強制的カメラオンにさせる。

一方、カメラ強制的にオンにさせることで、リモートハラスメントリスクもある。

カメラオンと会議スムーズさとの相関を検証した研究はない。ただアンケートを取って「そうかも?」と

書いてる記事はいくつかある。いまいち信頼に値しない。

逆に、オンにすることでパフォーマンスが低下するという研究論文査読付き)は見つけた。

他人の進言を受け入れない上司にこの件を伝えても反対するだろう。

私自身は、正直カメラのオンやオフ業務パフォーマンスが変わるとは思えないし、正直どっちでも良い。

聞きかじった知識で、強制的カメラをオンにさせる上司をなんとかしたい。みんな、カメラはどうしてる?

anond:20220713235908

2022-07-13

お前らの意見を聞きたいんだ

ZOOMやらTeamsでの会議、やったことある人が多いと思うんだ。

社内の会議上司が「カメラはオンにしろ。オンにした方が会議の進行がスムーズだ、という調査もある」

と言い切って強制的カメラオンにさせる。

一方、カメラ強制的にオンにさせることで、リモートハラスメントリスクもある。

カメラオンと会議スムーズさとの相関を検証した研究はない。ただアンケートを取って「そうかも?」と

書いてる記事はいくつかある。いまいち信頼に値しない。

逆に、オンにすることでパフォーマンスが低下するという研究論文査読付き)は見つけた。

他人の進言を受け入れない上司にこの件を伝えても反対するだろう。

私自身は、正直カメラのオンやオフ業務パフォーマンスが変わるとは思えないし、正直どっちでも良い。

聞きかじった知識で、強制的カメラをオンにさせる上司をなんとかしたい。みんな、カメラはどうしてる?

2022-07-02

ヤマノススメの面々の将来予測妄想とも言う)

anond:20220702130156

独断偏見による勝手予想

楓さん

山に登りたいから、と言う理由で上を目指さず、自宅から通えるそこそこの大学に進学して登山三昧。ところが、ある日、偶然(?)山小屋に来ていた准教授に、大学院の山岳教育プログラムなるものを知らされる。

下山後、准教授に誘われて研究室を尋ねると、何故かその場にここなさんが。准教授とここなさんに、一年中山籠もっても誰も怒られないどころか、それを仕事にできると騙されて と聞かされて、学部卒業後、その教授所属する山岳教育プログラムのある大学院に進学。

さらに気がつくと大キレットを滑落する勢いで転がり落ち、ふと気がつくと先進であるヨーロッパ大学留学

その頃、日本で山岳メディアライターを始めていたひなたに強制されまれ、現地からコラムVlogをアップしはじめたところ人気に。それで手に入れた金を丸ごと山狂い山岳文化に関する研究につぎ込み、若手研究者として頭角を現す。

しかし、本人の行動様式はあまり変わっていない。(ただの山馬鹿)。しかしなぜそんな楓が学術界でもやっていけてるのか?その正体は、いつも論文のSecond Author以下に載っているYuuka Sasahara (Holy Hope High school)の名前にヒントがある。

ひなた

特にこだわりも無く、父親も無いか強制する事も無かったので、大学は得意な科目があるところに進学すればいいかなーと思っていた。ただ、両親と離れるのもなんとなく嫌で、自宅から通える条件の大学を選んだところ、なにげにかなりのレベルが高い大学合格

大学生活も楽しくやっていたが、その頃から父親仕事に興味を持つように。ライター業、文章写真だけでは無く映像撮影しなければならない事も増えた父親アシスタントとしてついていく。

つの間にか撮影する側から撮影される側になっていて大学在学中にライターデビュー卒業後は、父親法人化した会社所属して、山岳と自然、それを切り口に地域などもテーマにした専門ライターとして、日本中、そして世界を歩き回る。

ヨーロッパ留学した楓を尋ねて行くも、楓のあまりにも無頓着生活に、機材一式をを置いて帰り、ゆうかにチクると言う暴挙を働く。それがきっかけで楓をタレント研究者として父親会社所属させ、自分自身と二大看板活躍している。

ここなさん

高校は、あおい、ひなた、楓とおなじ高校の、奨学金制度を利用して進学する。授業料免除は受けられたものの、私立高校授業料以外もお金がかかる。また登山も続けたかったので、アルバイトを始めようとする。

しかし、母親はそれは助かるけれども、せっかく良い学校に入れたのだから学業に専念して欲しいと言われて反対される。思い詰めたここなは、先生相談すると、先生から学校運営法人小学生向けにやっているサイエンススクールアシスタントバイトを紹介される。

そこの講師できていた准教授と仲良くなり、大学研究室に出入りするようになる。(そこで、楓さんの話をしたところ、准教授は楓さんを捕獲に動く)

3年生になるころには単著論文論文誌のプレプリントに発表。プレプリントとは言え大学レポジトリであり、それを学校宣伝したために一躍時の人に。しかしそれは大学奨学金問題なく得るための動きで、それをテコに大学全面的奨学金を受けて大学に進学。高校時代執筆した論文は、当たり前のように査読を通ってインパクトファクターの高い論文誌に掲載さらに2年時でスキップ申請修士への進学)して修士号を得て製薬会社研究所に就職。その研究所では開設以来最年で少採用であった。

普段は、世界から集められた様々な植物から、薬になりそうな成分を探し、研究しているが、自分趣味を兼々山々をさんぽ。なんでもない場所から新しい研究成果を見つけてくるので、実は天狗かなにかではないかと噂がある。

あおい

みんなの癒やし。

今日お菓子屋さんに行くとあおいちゃんがいて、みんななんとなく疲れたらあおいちゃんと一緒に登山しに行きます

2022-06-23

思想歴史狭間

 研究の専門を問われると、答えに窮する。一応、思想史をやっているのだが、思想史というとよくわからない。そこで簡便のため、歴史をやっています、と答えることもある。しかしこれこそ、全く間違い千万自称である日本史研究として自分研究を認めてもらいたいと、何度も歴史学系の雑誌論文投稿したが、一度も採用に至ったことがない。査読結果に書いてある不採用理由簡単である。僕の論文はあまり思弁的すぎて、実証性を欠く、というのだ。この指摘は、思想史立場にいるものにとっては、非常に頭の痛い指摘である思想史の分野では、あまり事実の羅列に過ぎて、思弁的でないということが批判対象となる。思弁的な論理合理的に組み立てることに研究論文の眼目がある。これが、歴史学と真逆なである

 思想とは、人が思ったこと考えたことであり、思想史とは、人が思ったこと考えたことの歴史であるしかし、人の考えたことがそのまままるっと資料に残されていることなどまずない。大著をいくつもものした人であっても、そこに書かれていることに矛盾があったりすると、その人が何を考えているのか途端にわからなくなったりする。一つ一つの概念時代によって、また人によって意味が異なり、それをどのような意味で用いているのかを確定するには手間がかかる。そして、そうであるからこそ、思想史研究の叙述は思弁的にならざるを得ない。単に書かれていることではなく、書かれているものと書かれているものとの間の関係、書かれた時の状況などから総合的にその時その人が考えていたことを明らかにするからだ。新しい資料を積み上げて細かく実証しても、矛盾と不整合が増えるばかりでどこにも辿り着けなくなってしまう。ここが、細かく明らかにすればより解像度が上がる歴史学と、思想史学とが決定的に異なる部分だ。

 だからといって、思想史学が歴史学でないというわけではない。人の営みを分析するとき、どのような政策が出されたか、どのような契約が行われたか、何について合意たか、といったことを分析すれば、人の営みの歴史はわかるが、なぜそれらの人々がそれを行ったか、ということについては十分に明らかにならない。たとえば、資料を発掘すれば、太平洋戦争期に戦争協力をした人などいくらでも新しく発見することができる。しかし、その事実いくら指摘しても、なぜその人たちが戦争協力をしたのか、どう考えてそれを正当化したのか、あるいは正当化せずとも正しいことのように考えているように振る舞ったのか、ということについては、何もわからないのである。何の思想史分析もなしに、その人たちは国に騙されたのだ、とか、ファシスト的心性を抱えていたのだ、と断じることは、客観的見方ではない。なぜ戦争協力をしたのか、ということについては、一人ずつ、その人の生きてきた人生、書いてきたものを取り上げ、分析し、その人の価値観優先順位、置かれていた状況、表現戦略といったことを、コツコツと吟味していかなければならない。その時に取り上げる資料がすでに広く知られていたものであったとしても、その資料から思想を読み込んでいくという作業がそれまでなされていなかったというのであれば、その研究には新規性があり、意義があるのだ。あるいはその場合、たとえば検閲弾圧があったり、出版事情が悪かったりして、かえってその人の考えを示す何の手がかりもないということがあり得る。それでも、ある人の思想総体的分析するという場合は、合理的範囲でその人の考えの範疇を示すぐらいのことは、しなければならない。そうした思想史分析を、実証的でない、と切り捨ててしまえば、いつまで経っても平板人間理解しか歴史の中に生まれない、ということになってしまう。

 さらに厄介なのは思想史分析の結果が、概念だけ取り出すと、既存研究との違いがわからない、という場合である。たとえばある歴史上の人物Aが主張したXという概念重要だったとして、当然様々な歴史研究はAはXを主張した、と論じる。そして、思想史研究がそのXについて分析し、それはこれこれこういうXであった、と論じたとしても、その研究を遠目から見れば、やはりAはXを主張した、という論文に見えてしまうのである思想史研究者の間では、「これこれこういう」という、そのXに至りそれを規定するところの論理重要になるわけだが、歴史研究者には、その論理の中に何か新しい資料だとか、裏付けるこれまで知られていない資料だとか、そういうものが入っていないと何が新しいのかわからない。AはXを主張したという歴史事実に変わりはないではないか、というわけである先の戦争協力の論理で行けば、いかなる理由があれ、結局皇国日本肯定して戦争協力をしたではないか、というわけだ。それで結局、その「これこれこういう」という論理の部分が思弁的で実証的でないと歴史研究者に批判されることになり、思想史歴史との間の溝はますます深まるばかりなのである

 これは研究分野、手法の違いということで、仕方ないことなのかもしれない。だが、だからと言って思想史研究新規性学問無意味だということにはならない。全ての人間行為にはその人の思想が伴っているからだ。

* * *

 以上のことは全てイチャモンである。僕の思想を表したものではない。実際のところ、僕に宛てられた「思弁である」「難解である」という査読結果は、「お前の論は一貫しておらず破綻しているのでまず論文になっていない、小学生からやり直せ」という意味であるから、変に解釈して大きな敵と戦わないようにしたい。論理シンプルに、証明実証的に、新規性は明快に。それに沿ってたくさん書けば、評価も頂けて、就職もできるというわけだ。僕にはできない。せめて諸賢の憐憫を乞う。

2022-06-20

anond:20220620151124

「こんな常識レベルの事を説明するのに査読論文を引っ張り出してたら馬鹿あつかいされるだけだろうに…  

手許の百科事典ものぞいて見たら?(何の根拠もない感想を言って論破されてしまった)」

anond:20220620142259

こんな常識レベルの事を説明するのに査読論文を引っ張り出してたら馬鹿あつかいされるだけだろうに…  

手許の百科事典ものぞいて見たら?

anond:20220620140255

一緒でーす

人間絶滅させたのを淘汰とは言いませーん」

一緒でーす

違うというなら査読付き論文でも持ってこーい

あたまわる

anond:20220620121126

一緒でーす

人間絶滅させたのを淘汰とは言いませーん

一緒でーす

違うというなら査読付き論文でも持ってこーい

あたまわる

anond:20220620113641

人間の乱獲が自然淘汰に当てはまらないのと一緒で

人間子供作る機会奪ってるだけなので淘汰とは言えません

残念でしたー

違うというなら査読付き論文でも持ってこーい

あたまわる

自分は0.01%の男ほどモテてると思えない女さん、それを実感できる割と簡単方法があります

anond:20220619175902

女は16歳から24歳くらいまでは男でいえば全男の上位0.01%レベル程度にモテる



これ数字は盛ってるとはいえ真実の一端ではあるので、信じたくない女性諸氏は下記の手順を追実験して査読してみればよろしいか

①女としてマッチングアプリ登録しま

②ばーっと眺めて男についてるいいねの数を確認しま

③あとクッソ雑に自分プロフィールを埋めて、自分モテないと思うんなら自分モテなそうな属性を色々並べて、自分に来るいいねの数を確認しておきましょう

④男としてマッチングアプリ登録しま

⑤ばーっと眺めて女についてるいいねの数を確認します(課金だったら彼氏かに頼んで課金してください。男はマッチングアプリをやるのに金がかかるんです、知らないでしょうけど)

⑥ついでに自分にどれくらい女からいいねが来るか確認しといてください

まあ僕はやってみたことあるんですけど

女には最低レベルでも数十、普通そうな女には数百数千、人によっちゃ数万という大量のいいねがついているのに比べて、男には「5未満」とかが大量にいるのがわかると思います

男の「5未満」は新規登録ブーストの1~2人を除けばゼロとかそんなもんです

上記ふまえて割り算してください

現場からは以上です

あと、上位の男には(それでも女の上位レベルには遠く及ばないとはいえいいねが3~4桁ついているのも観測でき、男の中の格差もついでに実感できます

注目したいのは「底辺レベルモテに男女でどれくらいの乖離があるのか」なので、この観測に限ってはトップ層は外れ値として除外してしまってよいと思います

アプリによっては新規登録者・新規課金者へのブーストがかかるみたいなアルゴリズム邪魔されて実態が見えないか

これを理解するには両方の性で1ヶ月半(大体ブースト切れそうなくらいまで)やってみる必要があるかもしれんけどね

2022-06-08

anond:20220608222829

てかそのペーパー

当のKendallがacknowledgementに入ってるやん

文章内の扱いからしても「価値が無いか査読されてない」みたいな扱いじゃなくて

ちゃんと主要な先行研究として扱われてるし

引用する価値もないクソ研究みたいな批判は完全にデタラメでは

anond:20220607121318

疲れた

DeepLも活用しながら頑張って英文論文読んだんだけど、正確に読めてるのか自信はない。ただ、知的誠実さって意味では自分なりに最大誠意持って情報に当たってみたつもりだぞ

ちなみに

https://www.cesifo.org/DocDL/cesifo1_wp3871.pdf

ここのpdf、Kendall (2007)に関する言及は1章の途中にあったけど、先行研究の1つとして参考に上げてるが

id:hesopenn が言うほど「査読されてない」「価値が低い」という扱いにはなっておらず

 

To avoid the problems associated with laboratory experiments, some researchers have opted for observational data. A recent example is Kendall (2007).

実験室での実験に伴う問題回避するために、観察データ選択する研究者もいる。最近の例としては、Kendall (2007)が挙げられる

→要するに実験室での心理学実験プライベートでの状況とは違うんじゃないか(likely to be quite different in a controlled and supervised setting such as a laboratory )って理由から

 社会学的観察的アプローチをした先行研究としてむしろ評価している筆致に見える

ただ、Kendall (2007) の結果と今回の論文の結果がなぜ違うかについてはあまり明確に説明がされておらず、

Kendall (2007)については

The hope in these observational studies is that any remaining bias is small after controlling for area fixed effects and observables.

と述べるのみだ。DeepLの翻訳眺めてもいまいち意味が飲みこめないんだが

「このような観察研究では、地域固定効果観測値でコントロールした後、残ったバイアスは小さいことが期待される。」

って翻訳結果が出てる。ちょっとわからん地域固定効果地域固定観測値をコントロールして、残ったバイアスをどれもこれも小さくすることが期待される(The hope)んだが、実際はバイアスが大きいから、

今回のBhuller et. al. (2013) ワーキングペーパーでは exogenous variation(外生的な変動?)を利用することで、バイアスを小さくしたってことかな?

 

とりあえずBhuller et. al. (2013) と思われるワーキングペーパーは読んだ

次はKendall (2007)だ

はてなーは飽きっぽいからもう別の話題で遊んでると思うけど俺は続けるぞ

anond:20220608181343

Abstractしか読んでいない疑惑自身ダブスタな態度など他増田ブコメによる都合の悪い指摘に無視または言い訳を続ける増田果たして他人知的誠実さを偉そうにジャッジする資格()を満たすだけの知的誠実さは備わっているのか問題

結論に「反する」論文を「無視」と語気を強めて言い切っていた増田の論旨は変わってるんだが、それはそれとして)

かい論点だとか論旨には影響しませんで言い逃れできるなら手嶋の記事だって前後の総説論文メタアナリシス否定されない以上は記事全体としての論旨には大して影響しないだろうに、記事全体のキャンセルを試みるのは無理があるって自分でも薄々分かってるよな

自分に都合の良い方向にねじ曲げた誤訳にしても査読の持つ意味合いにしても最初に強い言葉で耳目を集めてから後で軌道修正すればよしっていう怠惰姿勢から知的誠実さなんて欠片も感じられないんだが?

ブコメでもお前の印象操作オタクヘイター表現規制派の方々が釣られまくってるんだから相手印象操作を責めるなら自分記事全体の論旨は否定できませんと明言して釣られた馬鹿の後始末しとけ

つい適当なこと言っちゃったけど相手だって同じなんだとか全く言い訳にもなってないからな

その相手をお前は「学問への冒涜であり、科学と対極に位置するものです」「論文を読む、ましてやそれを基に文章を書く資格などありません」「知的怠慢であり、知的誠実さの欠如でしょう」と切り捨てたんだから

他人より先にまず自分をその立派に研ぎ澄ました鎌で断罪してはどうか

(Full-Textを読まずにAbstractだけで済ませる怠惰も刈り取れないナマクラみたいだから研ぎ直すのが先か?)




アレな評論家の得意技モット・アンド・ベイリー論法

http://www.anlyznews.com/2017/10/blog-post_15.html

anond:20220606174313

anond:20220606232556

前段の総説論文を踏まえた上で論じている内容であり、総説に沿わない主張をする側には沿った主張に比してより明確な根拠が求められるわけで、総説に沿わない推論と沿った推論を「確かに推論だけどそっちだって推論じゃん」では相殺できない話

問題の多い論文を絶賛する迂闊さは批判に値するだろうが、ポルノの影響については推論に留まる上に、主題インターネットであってポルノではない論文を仔細に紹介しないことを不誠実とまでは言えない

これを不誠実とするならBhuller et. al. (2013)の総説に沿っておらず満足な検証も行われていない推論部分、及び主題でないとはいえその推論を無批判で通してしまった査読者や掲載誌も不誠実の謗りを受けることになるが・・・そんなわけはないだろう

ましてや学問への冒涜だとか論文を読む資格文章を書く資格がないとすら断じて、当該の箇所以外の文章まで丸ごと切り捨てを図るような強引すぎる主張には苦笑を禁じ得ない

(都合の悪いエビデンスは隠すと公言しても地位を失う気配がない某氏存在など、自身の強烈すぎる信念と現実との齟齬をどう頭の中で処理しているのか気になるところ)

anond:20220607234113

anond:20220608181343

知的誠実さを説いた自身大言壮語の釈明に追われる姿の滑稽さよ・・・

anond:20220607234113

hesopennです。仰ることはその通りで、私は指摘されるまでBhuller, Havnes, Leuven and Mogstad (2013)は指摘されて追記したのであり、最初は無かったことに気付いていませんでした。さすがに発表されてからこんな短時間批判修正が入るとはちょっと想像していなかったのもあります元増田のほうの冒頭に追記しますね。ご指摘ありがとうございます

とはいえ、手嶋氏に論文を読み、それを説明する資格はない、という意見に変わりはありません。無査読論文を大々的に紹介し、それの結果に反するトップジャーナル掲載された論文提示されたにもかかわらず、あたかもそれが重要でないような(その論文が元の論文と食い違うことも述べず)扱いをすることは研究自分目的のために恣意的に歪めて紹介する行為からです。修正したといっても、最後に「実際のところ、社会統計からポルノ性犯罪を引き起こす!」と主張する研究者は、もうほぼ絶滅しているわ。」という文章は残っています。これは明らかに間違いであり、Bhuller et. al. (2013)の結果を(経済学研究の蓄積において明らかに重要である判断されているにも関わらず)無視する行為です。

Kendall (2007)について適当に調べました。

Kendall (2007)に関する雑感。筆者は経済学学位を持っていますが、因果推論は専門ではありません。なのでコアな分析妥当性について判断を下すことはありません。あと短時間でパパっとみた結果なので、網羅的に全ての情報を集めることはできていません。それを理解した上で読んでください。興味深い部分をまとめると

1. Kendall自体はしっかりした経済学者。指導教官ヤバい経済学で有名な Steve Levitt。

2. 指導教官のLevittは自身ブログで、読んではいないけど、結果にはSkepticalと述べている。自然実験を探さないとね、とのこと。

3. Kendall (2007)は最終稿のようなものではなく、これからブラッシュアップしていく段階のように(僕は)感じる。

4. Kendallは2008年民間に移ったので、それでこの研究は中断されたのでは。

5. ただKendall自身はこのあとも研究活動を共著者らと続けているようなので、なぜこの論文だけ宙に浮いてしまったのかはよく分からない。

査読論文ならこんな素人探偵みたいなことをしなくていいのにね!

Kendallについて

-- 所属時系列とともに整合的。論文テーマから見ても同一人物でしょう。

-- 2003年シカゴ大学経済学博士号を取得した後、2003年から2008年にかけてアメリカのクレメント大学助教授として勤める。その後に転職し、現職のCompass Lexeconに勤める。

-- 最初査読論文2003年にSouthern Economic Journalに掲載されたもの

-- この謝辞にGary Becker. Pete Klenow, Steve Levitt, Casey Mulligan, Kevin M. Murphy, Derek Neal, Allen Sanderson, Lester Telser名前があることから、ここらへんの人に指導されたことが推測できる。Gary Becker, Pete Klenow, Kevin M. Murphy, Steve Levittは僕でも知っている有名人指導教官はSteve Levittのよう(下記参照)。

-- そのあとの論文を見ていると、Journal of Sport Economicsに載せていたり、Steve Levittみたいなヤバい経済学スタイルを感じる。

-- Journal of Economic Behavior & OrganizationやJournal of Urban Economicsなどのソリッドな雑誌論文掲載している。一流とは言わないけど、ちゃんとした経済学者。Journal of Urban Economicsに載った論文(https://doi.org/10.1016/j.jue.2010.12.001)は2011年のものなので、転職後も研究活動自体は続けているよう。


Kendall (2007)について

-- どちらのバージョンもRepecを通しては見つからない。SSRN(プリプリントサーバー)にも登録されていない。

-- 2006年バージョンはToulouse School of Economicsで発表したときのものっぽい(http://idei.fr/sites/default/files/medias/doc/conf/sic/papers_2007/kendall.pdf)。

-- けっこう雑じゃない?(僕は専門じゃないので分からないけど)

-- Placeboとか、そういうお作法が広まるはもうちょっと後な気がするので、そこまで要求するのは酷かもしれない。

-- 指導教官のLevittは2006年の段階では、It is not really fair (especially to your former student) to be skeptical without reading the paper, but I have to say I am skeptical of the empirical resultと述べている。(https://freakonomics.com/2006/10/pornography-and-rape/) ちゃん自然実験を探した方がいいよ、とのこと。

-- このあと同じブログで他のライターがBhullerらの論文を紹介している。Bhullerらの論文自然実験を利用しているので、自然な流れ。(https://freakonomics.com/2011/08/more-on-rape-and-porn-does-internet-access-increase-sex-crimes/)

  • NBER Law and Economics Summer Instituteで発表しているようなので、それはかなりいいシグナルのように思うが…。
  • 論文体裁としては最終稿っぽくないけど…?

-- サブミット前の論文だったらもっとちゃんとしたドメインにありそう。

-- 2007年回帰表(表1から表5にかけて)がワードで作ったやつみたい…?

-- どうもStataを使っているようなので、綺麗に作れると思うのだけど…

-- ただ大量に脚注がついていて、これはもしかしたらレフェリー対応したのかもしれない。

-- LeamerExtreme bound analysisを使っている人、はじめてみた。

ここから完全にあてずっぽう


ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。筆者のhesopennです。前の投稿と直接関係はなく、あくま自分好奇心の赴くまま、適当に調べました。あまり信用しないで、気になる部分は自身で調べて頂ければ幸いです。個人的感想として、論文評価を非専門家がするのはあまりにも難しいなと感じました。僕個人のこの論文評価は「よく分からない」です。だから狭義の専門家査読するわけですよね。

ヘソペン氏は他者に求める規範自分にも適用するべきなのでは・・・

 

(ここから追記部分です)

 

本指摘を受けて元増田修正頂いた事を確認しました。対応ありがとうございます

元増田自身最初にBhuller, Havnes, Leuven and Mogstad (2013)についても記載されていたと誤解していたことが分かって良かったです。個人的にはそこが一番もやもやしていたので。分かってスッキリしました。

誤解について明記、修正したものの主要な意見に変更は無いとのことで、

個人的に思うところは無いでは無いですが

元増田は私の指摘を受けて修正を詳細化、明記したのだから、それでセーフ判定を貰えると思っているという事は、

手嶋氏が今後Bhuller, Havnes, Leuven and Mogstad (2013)に関する記述を詳細化すれば「論文を扱う資格はない」は撤回するんだよね?この期に及んで自分はセーフだけど手嶋氏はアウトなんて判定はしないよね?という疑念だったり。

そもそも論文を扱う資格はない」という非常に強い表現って、そんな容易く撤回できるほど軽いものなのか?という疑問だったり。

やはりどうにも元増田が手嶋氏に対する程には自分自身に対して厳しい態度を取れておらず、またそうしようとする意識も感じ取れず、結果的自分に甘く他人に厳しい人間になってしまっていないか、という懸念だったり)

まぁその辺りは当事者抜きでごちゃごちゃ言っても仕方ないでしょう。

せめて元増田氏が自身の信念と規範に照らし合わせて、自分を裁ける範囲基準他人も裁く誠実さを持つ事を期待します。

追記を冒頭に持って来たのは、追記を読み逃す人が出る事を防ぐ意図です。元増田が今回の修正を冒頭に持って来たのも同等の意図と推察します。誤解をなるべく防ぐよう対応してくれた事、感謝します)

 

追記ここまで)

 

 

anond:20220607234113

 

この元増田による訂正を読んで疑問を感じたので書います

 

まず手嶋氏の論考でのKendall (2007)とBhuller, Havnes, Leuven and Mogstad (2013)の扱いについて、手嶋氏のnote更新履歴にはこう書かれている。

更新履歴

2022/6/5 Kendall(2007)が批判されている論文があった為、それの紹介および信頼性嫌疑があることを付記。

2022/6/6 Ferguson(2022)の翻訳文を一部訂正(趣旨に大きな変更なし)。

2022/6/7 Kendall(2007)の信頼性に関する嫌疑を受け、本文および「まとめ」の文言修正。uncorrelated氏が検討したブログ記事へのURL追記

 

まり元々はKendall(2007)の記載しかなく(そして恐らくBhuller, Havnes, Leuven and Mogstad (2013)の存在を知らず)、

第三者からの指摘でBhuller, Havnes, Leuven and Mogstad (2013)を追加した、という時系列と思われる。(あくま更新履歴からの推測なので正確かは分からないが、以下この前提の下に書く)

しか元増田記述からはこの時系列が読み取れない、ばかりか

手嶋氏はなぜかKendall (2007)という査読されずに15年も経っている論文を子細に扱いつつ、Bhuller, Havnes, Leuven and Mogstad (2013)という経済学トップジャーナル掲載された論文無視しています

というように「手嶋氏はBhuller, Havnes, Leuven and Mogstad (2013)を最初から知っていながら、と意図的に無視した」と誤認させるような文章を書いているように私には見える。

これは問題ではないか

 

元増田が手嶋氏に求める規範は?

元増田は手嶋氏にどういう規範を守るべきと考えているのだろうか?

時系列から考えて、「査読有りの論文査読無しの論文を両方知っている状態で、前者を無視して後者を紹介するべきではない」ではあり得ない。

手嶋氏は論考を書いた時点ではBhuller, Havnes, Leuven and Mogstad (2013)の存在を知らなかった可能性が残っているからだ。

従って元増田の求める規範は、論考を書く際の規範ではなく「指摘をされて論考に追記する際の」規範という事になるだろう。

まり査読無しの論文を紹介して、その問題点を指摘する査読ありの論文を出されたら、その扱いを(手嶋氏がしたより)大きくするべきだ」といった感じになるだろう。

かに守った方が良い規範だが、これが

手嶋氏には論文を読む、ましてやそれを基に文章を書く資格などありません。

というかなり強い表現まで正当化するかは非常に疑問だ。

 

元増田自身規範を守っている?

さて、元増田は論考を書く際ではなく指摘を受けて修正する際の規範を手嶋氏に求めた訳だが、元増田自身はこの規範を守っているだろうか?

この点が非常に怪しく見える、何故なら元増田自身上記時系列問題含め様々な指摘を受けているが、その修正は冒頭の追加増田と、元増田への少しの追記に留まるからだ。

修正に関する過ちは「論文を読む、ましてやそれを基に文章を書く資格などない」とする程非常に重い物であると考えるなら、元増田自身も指摘への修正は非常に手厚い物でないと整合性が取れないのではないだろうか?

特に気になるのは元増田

間違った印象を読者に与えることに固執しています。この追記あくまお茶を濁し、読者の誤解を誘うように書かれています

と書いている事だ。

実は私は元増田の方を先に読んで、そのあと手嶋氏の論考を読んだ、その際、かなり驚いた。

何故なら私は元増田を読んだ時点で、手嶋氏はKendall (2007)とBhuller, Havnes, Leuven and Mogstad (2013)を最初から並置していて、最初から後者の扱いが軽かったのだと誤解していたからだ。

まさか「指摘→修整」という経緯で後者記載があとから追記されたものだとは思いもしなかった。

勿論私の読解力の問題である可能性もあるが、私にとって元増田文章は「読者の誤解を誘うように書かれて」いたし、その後の修正もこの点を明記しておらず、

「間違った印象を読者に与えることに固執し」「この追記あくまお茶を濁し、読者の誤解を誘うように書かれて」いるように見える。

元増田は手嶋氏に求める規範を当然自分にも適用するべきなのではないだろうか?

 

ただ、実は私は元増田は少なくとも最初意図的に誤解を誘ったのではなく、元増田自身も私と同じ誤解をしていた可能性もあるのではないかと思っている。

まり元増田自身も、指摘されるまで「Bhuller, Havnes, Leuven and Mogstad (2013)は指摘されて追記したのであり、最初は無かった」ことに気付かなかった、だからあいう書き方になった可能性もあるのでは?

しかしだとするなら、その事をちゃんと書くべきではないだろうか?元増田が手嶋氏に指摘している問題点が「指摘を受けての修正」にあるのなら猶更自ら範を示すべきだろう。

私の目から見て、時系列の違いを今なお明記しない元増田は、Bhuller, Havnes, Leuven and Mogstad (2013)をとりあえず取り上げはした手嶋氏よりも杜撰対応に見える。

追加増田の「Possibly」の訳の問題にしても、手嶋氏は指摘に対する修正をその該当箇所の近くに置いているのに対し、元増田追記として最後に置いたり、増田を分ける等、修整対象の個所から大きく離れている。さら元増田

それはBhuller, Havnes, Leuven and Mogstad (2013)がポルノの消費の増加によって性犯罪が増加したこと示唆する論文からです

等の記述修正されないまま残っている。これでは元増田は読んでも追加増田は読まない人が大量に居た場合、誤解を残す結果になるのではないか。これは元増田の手嶋氏への指摘と整合性は取れるだろうか?手嶋氏よりも杜撰ではないだろうか?

元増田自身には「論文を読む、ましてやそれを基に文章を書く資格」が有るのだろうか?

 

上記時系列以外にも様々な指摘が元増田に対してなされている。

元増田自身他者に求めている以上、元増田もそれらの指摘を受けた修正に誠実に尽力する事を期待する。

ただ、これだけの数の指摘に全て対応するのは現実的ではないと言うかも知れない。

だとすれば修正に対する規範

手嶋氏には論文を読む、ましてやそれを基に文章を書く資格などありません。

という強い重み付けをとるべきか、一度考えてみるべきだろう。

また、現実的には指摘の全てに対応できないので、指摘の中から自分重要だと思ったものを抜き出し、自分が十分だと思う修正を加える、というのが現実的対応だと元増田も考えるのではないだろうか?

しかしこの「自分重要だと思ったもの」「自分が十分だと思う修正」の内容は自明ではない。人によって基準が異なるだろう。

しか元増田規範はこの「自分重要だと思ったもの」「自分が十分だと思う修正」を自明視または論点先取し、自明では無い基準をもとに

手嶋氏には論文を読む、ましてやそれを基に文章を書く資格などありません。

表現したものだった。この行いが適切だったか元増田自身規範に問い、元増田自身規範に基づいて修整なり追記なりされる事を期待する。

 

 

 

最後に、ここまで書いたものの、私の手嶋氏の論考を読んだのが元増田の後であり、修正後の内容であったため、自分理解がこれで合っているか少し不安がある。

(例えばBhuller, Havnes, Leuven and Mogstad (2013)の記述は本当に最初バージョンでは無かったのか?等)

一応何度か読み返したが、読解力に自信がある方でも無いので、もし認識誤りの部分があればあらかじめ謝っておきたい。

また修正現実的範囲対応する。

私は修正や失敗に対して何らかの資格を問うほど強い規範は持っていないので・・・(これはつまり人間は失敗する生き物なので、失敗した時の為の逃げ道は作っておいた方が良いし、他者に不必要に強い規範求めない方が良い、という範を示したつもりである

指摘を受けてどういう修正をするべきか、なんて人によってかなり基準が変わりそうなんで、変に厳しくするより、大きめにバッファーをとっておいた方が良いですよ、何かと。

2022-06-07

anond:20220606174313

元増田です。一点、ちゃんと訂正(と追加的な説明)および指摘しておきたいことを話します。

インターネット性犯罪なのか、ポルノグラフィ性犯罪なのか?

いくらコメントを頂いた中でBhuller et. al. (2013)は「インターネット性犯罪関係を見ただけで、ポルノグラフィ性犯罪関係を見ているわけじゃないだろう」というコメントがありました。これについて少し説明します。

まず一点謝罪と訂正からです。私はBhuller et. al. (2013) のAbsractの最後文章”Our findings suggest that the direct effect on sex crime propensity is positive and non-negligible, possibly as a result of increased consumption of pornography.” を引用したうえで、「つまりインターネットによって性犯罪は増加したこと示唆され、おそらくそれはポルノ消費の増加によるものだろう」と訳しましたが、指摘もらった通り、Possiblyをおそらくと訳すのは間違っていました。Possiblyは恐らくよりもっと蓋然性の低い”もしかしたら”という訳のほうが適切だったように思います。この論文インターネット性犯罪の影響をメインに扱っているもので、ポルノグラフィの影響はあくま示唆的なものに留まるわけですね。

ではこれが何故、私の論旨に影響しないのか、という点に進みます。端的に言えば、Kendall (2007)も全く同じ限界(Limitation)を抱えているからです。Kendall (2007)は分析において、あくまインターネットの普及と性犯罪の関連を扱っています。Kendall は本文で"Nevertheless, it must be admitted that from this analysis one cannot fully distinguish between the effect of pornography and that of other content available online"、つまりこの分析では(インターネット上)のポルノグラフィの影響と、その他のインターネットコンテンツの影響を識別することはできない、と述べているわけです。この二つの論文は同じ論点とその示唆を持っています。この二つの論文が同じ限界に直面している以上、Bhullerらの論文がKendallの論文に比べてirrelevantとはいえないと私は考えます

査読至上主義

私は特に査読至上主義者ではありません。トップジャーナル掲載された論文辛辣批判されされた例はたくさんあります私自身、そのような論文瑕疵を見つけたこともあります。ただ蓋然性観点から、15年未査読である論文と、トップジャーナル掲載された論文の信ぴょう性を同等に扱うことはできないと主張しています。この二つにおいて前者より信ぴょう性がある(+重要であるものとすることは、経済学研究価値規範を逆さまにしない限り、ありえないことです。

anond:20220606174313

学術論文を書くときならそういうお作法もわかるけど、元の記事学術論文じゃないよね。書いた人も学者じゃないだろうし。俺も自分論文なり総説なり書くときには査読された論文引用しているけど、査読なし論文が参考にならないわけじゃないしね。未査読論文を子細に説明していることについて不誠実かというと、むしろ「子細に」説明できるなら未査読でも良いんじゃねって気はする。「本来であれば、なぜこの二つの論文の結果が食い違うのかを考察し、そのうえで自分の主張を説得力がある形で述べるべき」ってところは俺もその通りだと思うけど、そこまでやるなら、少なくともnote記事に書くくらいの文章では査読ありでも査読なしでもどっちでも良くない? なので、査読なしにここまで突っかかるのもなんかちょっとずれているように感じる。

ちなみに、Google Scholarで調べると、Kendall (2007)の引用は71、Bhuller et. al. (2013)の引用は194で、査読あり論文でも一桁から何万までバラツキがあることを考えると、被引用数ではどっちも大して差がないね信頼性に雲泥の差があるまで言ってしまって大丈夫なのかどうかね。どんな形で引用されているかまでは調べてないよ。それは興味ある人がやってくれ。

査読が怪しい論文をあたるのが知的不誠実なら、査読論文より招待論文のほうが格上とされる社会学はどうなってしまうんだ?

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