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2022-05-14

チェスに自信ニキちょっと来て

将棋好きなんだけど、AI研究が進みすぎたせいでもう強いと言える戦法が角換わり腰掛け銀と相掛かりしかなくなってしまって詰まらん。タイトル戦みたいな強いプロ同士の戦いではほとんど序盤に違いがなくなってしまった。

で、チェス将棋よりはるかAI法研究が深いところまで進んでると思うけど、同じ悩みを抱えてないの?もう序盤はほとんど差し手が変わらなくなったりしてないの?誰か教えてクレメンス

2022-05-07

再度、カモに餌やり。

 五月五日、また公園にカモに餌やりをしに行った。

 前日よりも人の出が少ないようだった。広場にあったワンタッチテントの数も前日の半数以下だ。だが、駐車場の空きは少なかった。隣接のサッカー場子供サッカーチーム試合をしていたので、公園駐車場がその関係者達に占拠されてしまい、他所から公園に遊びに来た人達は、駐車出来ずに諦めて帰ったのかもしれない。

 前日は公園に着いたらまずは敷地内をぐるりと一周散歩したが、この日は真っ直ぐ管理事務所に入った。「鯉とカモの餌」を三つ買う。300円なり。上の子と下の子のぶん、そして私のぶんだ。

 池の周りでカモに餌やりをする人々やザリガニ釣りをしている人々も、少なめ。連休最後の日はインドアに過ごしたい人が多いのだろうか?

 前日にはいくらか居た鯉の姿があまり見えない。カモは前日と同数くらいいるが、同一カモかどうかは不明

 私と子供達がカモに餌をやっている間、夫が池の周りをぐるりと回って鯉の様子を見て来た。夫によれば、鯉は燕子花の間により集まっていたそう。鯉は、産卵に忙しくて餌どころじゃないらしい。

 産卵があろうがなかろうが、この池の鯉は何故か人に餌をねだることを全くせず、人影に向かって寄ってくることもない。昔からそうなのだ。「鯉とカモの餌」は実質「カモの餌」である

 連休中、人々の投げ寄越す餌にカモは飽きてしまったのか、前日よりも食い付きが悪い。食い付きが悪いと、子供達はむきになって餌を次から次へ、なんなら鷲掴みで一度に投げつける。面倒臭そうな仕草で、カモは泳いで行ってしまう。

 前日に学んだ通り、カモは真正面に落ちて来た餌にはあまり反応しないので、横か、なんなら背後めがけて投げるのがよい。一粒ずつ投げて、食べたらより手前の方に投げて、少しずつカモをこちらの方に誘き寄せる。……と、言い聞かせても、子供達の逸る気持ちを宥めるのは無理なので、子供達がやたらめったら投げて全部外しているうちに、背後から私が投げて、カモ達をこちらに誘導する。

 公園のカモは人慣れしているが、それでも野鳥なので、決まったセーフティーゾーンを越えて近づいてくることはない。一番寄って来て、岸から1.5mくらいの所。だが、それだけ近づいてくれれば、子供の手で投げた餌でもカモはもれなく拾ってくれる。

 カモを岸に寄せたら、私の役目は終わりだ。早くも手持ちの餌を投げきってしまった下の子に残りの餌を手渡し、子供達の隣にしゃがんでカモを眺めていた。

 やがて二羽いたカモのうちの一羽が、人間相手をするのに飽きたらしく、水面に浮いた水草の根で遊び始めた。猫がねこじゃらしにじゃれつく時のように、根っこの切れっぱしを仮想敵とみなしてつつき回している。するともう一羽は反対方向へとすいすい泳いで行ってしまった。

 よく、水辺の白鳥の姿は夕方だが、水面下では白鳥の足はジタバタと不恰好に水を掻いているという。だが、カルガモ達が水面をすいすい行く時の足の動きは優雅無駄がない。茶色と緑の入り雑じった泥水の中でも、カモの足のオレンジ色は鮮やかに映えている。

 子供達は橋を渡って池の向こう岸へ行き、別のカモのコンビに餌をやり始めた。私と夫は日陰に入り、また別の二羽を眺めた。なんと、二羽のうちの一羽がうたた寝をし始めた。私と夫の他にも人間いくらかいる、その前で、自らの羽の合間に嘴を突っ込んで、うつらうつらと目を閉じたり開いたりしている。警戒心がだいぶ薄れているようで、風に吹かれるままに岸辺に流されて来て縁に敷かれた石にぶつかりそうになったところで目を覚まし、いそいそと池の中央に戻っていく。だが、しばらくするとまたこちらに流れてくる。カモ達の、ここに来る人間達への信頼度半端ない

 あまり昼寝の邪魔になるのもなんなので、こちから遠慮して岸を離れた。池の中央にかかった橋を通ると、水面に亀がひょっこり顔を出していた。種類はわからないが、外来種ではなさそうだ。どう見ても、こっちを意識している。子供達を呼び寄せて、亀がいるよと教えてやると、子供達は亀に餌を投げた。すると亀はカモよりも機敏に餌を追いかけて食べた。だが、カモほど食欲が底なしではないらしく、いくつか食べただけでくるり身体の向きを変え、泥水の中へと姿を消した。

 対岸で、子供達がカモに餌を投げるのを見守る。子供達はやはり闇雲に餌を投げるばかりで、大人のようにテクニックを駆使してカモを手懐けることは出来ないようだ。それでも、力技で遠投した餌をカモに拾われて喜んでいる。

 二人の少し後ろに、三歳くらいくらいの男の子がとことことやって来た。手には餌の袋を持っている。だが、まだ小さいので餌を遠くに投げることができない。男の子は、うちの子供達が餌を投げているのを、恨めしそうにじっと見ているだけだ。そのまた背後に、父親心配そうな顔で着いている。うちの子供達が邪魔男の子がカモに餌をあげられないという構図になってしまっていた。なので、私は子供達に声をかけて、あっちのカモに餌をやりに行こうと促した。

 池の周囲でカモに餌をあげようとしている子供の多くは、五歳以下に見える。自分の足元も覚束無い幼児もいる。彼らはどうしたらカモの気を惹けるか考えて餌を投げるということが出来ないので、節分豆まきのように餌を投げまくった末にカモ達に完全無視を決め込まれる。ガッカリしている子もいれば、とりあえず好きに餌を投げただけで満足という様子の子もいる。

 うちの子供達がその年頃のころ、私は子供達にカモの餌やりはさせなかった。うっかり足を滑らせて池に落ちることを恐れてのことでもあり、こんな小さな子に失敗が運命付けられているような事をさせても可哀想なだけなのではないかと思った。それに、その当時は池の畔に集まる子供の多くが小学生で、幼児の方こそ場違いに見えた。

 だが今は、頭の重みでいつ前のめりに転がり落ちるかわからない幼児が、器用に池の縁の石の上に立ち、池の中を覗いているのだ。

 うちの上の子はもう五年生で、この歳までカモに餌をやって遊ぶことをしないで来たわけだが、もうじき自分から幼児に紛れてこんな風に遊びたいと言うような年頃ではなくなってしまうだろう。少々の危険覚悟で、もっと小さいうちから好きに遊ばせておけば良かったのではないかという後悔を感じないでもない。だが、一人で池を覗き込んでいる年端のいかない幼児が池に転がり落ちないで済んでいるのは、単に運がいいだけにも思える。

 餌を全部投げ終わると、子供達は手を繋いで、中央広場遊具で遊んで来ると駆けていった。私が子供達の手助けをする必要はもうない。遊具で遊んでいるのも幼児とその保護者ばかりで、小学校高学年の子供達はマイナーだ。十年前は逆に大きな子供達ばかりが、少数の幼児を蹴散らすような勢いで遊具に飛び付いていて、危なっかしくひやひやしたものだ。

 後で上の子に聞いたところ、遊具には小さい子が沢山いるから、小さい子に出会ったら危なくないように道や順番を譲ったとのことだった。

 子供達が遊具で遊んでいる間、私と夫は木陰のベンチに腰掛けて待っていた。

 蓮池のところでザリガニを捕っている親子連れがいた。事務所で売られている「ザリガニ釣りキット」ではなく虫捕り網を持っている。ザリガニは釣るより手掴みした方が早いのは確かだ。

 母親が威勢よく小学校低学年くらいの息子に怒鳴っている。ここぞという時に息子が網を持ってふらふらとどこかに行こうとしたからのようだ。母親は、ザリガニ捕りどころか公園遊びにも向かないようなくるぶし丈のスカンツの裾を片手で引き上げ、もう片方の手を蓮池に突っ込んでザリガニを捕ろうとしている。根っからお転婆ではなさそうだ。そんな妻の横に立つ夫は「男らしさ」とは縁の無さそうなおっとり系だ。私の観測範囲だと、自分の息子を「男の子でしょ!」と叱る人ほどお転婆そうではなく、配偶者大人しそうな優男であることが多い。

 振り返って広場の方を見ると、上から下までスポーティーな格好の母親と、やはり上から下までスポーティーな格好の小学校高学年か中学生くらいの娘がバドミントンに興じているのが見えた。楽しそうだ。子供が大きくなったら大きくなったなりの遊び方があるようだ。私の乏しい体力では、バドミントンは無理そうだが……。

2022-05-06

anond:20220505230809

そんな会社あるの???新卒女だけどお茶汲みしかしたくない。それでも総合職給料もらえるとか羨まし過ぎる。腰掛け全然やる気ないのにそこそこの学歴のせいで総合職しかなれなくて元増田でいう後者みたいな会社で働くことになってだるすぎる。

2022-05-05

anond:20220505081540

こんな優しいトラバつくことってあるの?ここはてなだよね??

心配してくれてありがとう

でも、たまたま縁あってサラリーマンを続けてしまったんだけど、独立起業が当たり前の有資格職業なんで大丈夫なのよ。同じ会社から会社への不満やトラブル独立した先輩も多数。

もともと起業予定で腰掛けで入る人も昔は多かった。

BtoCなんだけど、会社じゃなくて俺個人についてくれている顧客を全部引っ張るので、リスクは最小なのよ。

指名顧客多数の人気美容師が勤務地のすぐ近くで自分の店を出すイメージ

2022-05-04

よくわからんがキツキツなんだな締まり良さそうだ

という投稿をこの増田につけようかどうか迷っている

一瞬面白いと思ったのだが、あまり発展性もなさそうだし下品の匙加減間違っている気もする

グヘグヘというオッサンムーブを付け足そうかも迷ったのだがさすがにちょっとと思って取りやめ中

今は家賃補助とかの福利厚生的に総合職降りるのキツい新卒だけど、彼氏の準備が整うまでの5年くらいの腰掛けなので羨ましすぎる。

試用期間終わったら夜保守ローテ入れられそうだし定時帰宅もキツそう。働く気なんてないよ〜〜〜〜〜

2022-04-20

anond:20220420162303

いまベッドに寝転がってスマホ見ながらでけー袋に入ったクッキー食ってる

堕天使ナイトルーティンたことないけど多分こういうことしてると思う

天使は多分清潔な椅子腰掛けきれいな姿勢ムーンライト食うと思う

2022-04-15

最近読んだBLではない本と、関連BL本・関連するがBLではない本。(ネタバレあり)

 けっこういい感じに分厚かったけど、半日没頭して読んでしまった。

流浪の月』(凪良ゆう)

 来月辺りに広瀬すず松坂桃李の主演の映画が公開されるし、TSUTAYAに行けば売れ筋ナンバーワンとしていっぱい平積みされているので、わざわざ私が紹介しなくてもいい気がするが……。

 著者の凪良ゆう先生BL小説家としてデビューした人気作家。数年前からBLレーベル外の小説も書くようになった。『美しい彼』『わたしの美しい庭』『滅びの前のシャングリラ』など著書多数。

あらすじ

 主人公の更紗(さらさ)は、風変わりな両親に愛され、自由奔放で健やかに育っていた。だが、平和な日々は突然瓦解してしまう。天涯孤独となった更紗は伯母の家に預けられたものの、普通の家庭に馴染むことが出来ない。居場所のない彼女放課後、独りきりで公園に行き、ベンチに腰掛け読書をして時間を潰すようになる。

 公園には更紗以外にもう一人、ベンチの常連がいた。更紗の学校の友人達からは「ロリコン」と呼ばれる、痩身の若い男。彼は毎日、暗い目で女児達の姿を追っていた。

 更紗が伯母の家での暮らし限界を感じた夕方、これまで更紗に対して無関心を貫いていた「ロリコン」が彼女に近づいてきて……。


増田感想ネタバレあり)

 ざっくりと言えば、かつてTwitterとかでフルボッコにされた伝説の『幸色のワンルーム』(はくり)みたいなストーリー。傍目には、猥褻目的誘拐犯に性犯罪被害者が懐いてしまストックホルム症候群しか見えないけれど、実は訳ありのお兄さんが虐待を受けている女の子を救い、それをきっかけに強い絆で結ばれ、唯一無二の関係性を築いた二人の物語

 なんか物議を醸しそうな筋書きだけど、今のところ『幸色のワンルーム』のようなボコられ方はされていなさそうだし、これからもそうはならないかもしれない。

 ただ、レビューを見てみると、猫も杓子も作者が読んで欲しいように読んでいるというか、「事実真実とは違うということがわかりました。わたし無理解から他人を傷つけないように気をつけてようと思いました」と多くの人々が判を押したように書いていて、道徳時間小学生じみていて、うすら怖い。一体どうした、みんな真面目か。

 まあそれは置いといて。『幸色―』よりは好意的に受け入れられているっぽいのはたぶん、そもそも挿し絵無しの小説なので、女児可愛い言動性犯罪被害を描いてもそれを「性的消費」目的で書かれたとは思われ難いというのがあるのかなと思う。それに、物語全体のうち、被害者女児誘拐犯の暮らしが書かれた部分はそんなに多くない。それより、更紗が事件以来、15年の歳月をどのように生きてきて、現在はどんな風に暮らしているのかに多くのページが割かれている。そして、更紗が性的虐待を受けている場面や、彼女にとってはしんどいだけの性行為の場面は、心情はリアルに書かれても行為のものは生々しく描写されはしないので、虐待描写オカズ化は防がれている。そういう意味では安心

 未成年略取という犯罪に夢見すぎという批判はあると思う。だがそれも罪を犯した文(ふみ)の内心が吐露される章で緩和されるのかな、たぶん。

 現実にも起こりうる、子供被害に遭う犯罪とその冤罪当事者しか真実は知らないはずなのに憶測が飛び交い、被害者加害者ともにオーバーキルとなるほど晒し者にされ平穏日常生活を奪われ追い詰められること。そういうことを物語ネタとして取り上げることの良し悪し。それについて私自身がどう思うのかといえば、良しとも悪しとも言えないなぁという歯切れの悪いことを言うしかない。

 個人的好き嫌いのことをいえば、センシティブネタほど「逃げの一手」を打たない方が好き。例えば近親相姦もので実は血が繋がっていなかったのでセーフでしたとか、小児性愛者が未成年略取の罪を犯したと思ったら実はそいつ小児性愛者ではなかったのでセーフでしたとかいうのは、何がセーフじゃ甘えんな! もっと業に正面から向き合えと思う。

 『流浪の月』はどうだったかといえば、文は実は小児性愛者ではなかったので、そういうとこは私のあまりきじゃないものの類なんだけれど。だってたぶん多くの読者が「更紗と文にはこれからは静かなところで幸せ暮らして欲しい」とレビューに書いているのって、文が「安全な人」だとわかったからで、もしもまじもんの小児性愛者だったら同じ感想が出るか? っていう。なんていうのか、結局は罪を軽減して世間並に受け入れられるレベルまで物語引き下ろした感が出てしまうというか。それで事実真実は違うよねーと言われてもなって感じがする。

 だが、文がなぜ自らを偽ってまで小児性愛者のふりをしてきたのか、その事情と心情があまりにも切々と書かれていて胸を打たれたので、私の個人的好き嫌いとかどうでもいいかもう、と思い直した。

 事実真実は違う。人それぞれに抱えているものがあって、それを他人が何も知らない癖に常識だのなんだのを笠に着て叩くことが許されようか? 本作のテーマはそんな感じだが、幼い頃の更紗を育んだ家庭や、大人になった更紗に関わる人々などを、更紗が許容するもの・拒絶するものに、そうは言ってもな……とちょっと疑問が残るようになっているところが良いと思った。

 たとえば、母親が無理をせずに幸せであることは大切だとして、更紗は彼女自身母親や、同僚の子持ち女性自由奔放ぶりを許容する。ところが更紗の母親と同僚女性は娘の物分りのよさに甘え、自分恋愛にかまけて娘を放置するという全く同じ行動をする。だが、その結果は大きく異なる。更紗は母親に遺棄されたせいで理不尽辛酸なめることになったが、同僚女性の娘は放置されたものの完全には棄てられず、それが切っ掛けで更紗と文という年の離れた友人に出会い精神的に救われることとなる。同僚女性は更紗と文という協力者を得たお陰で、娘を遺棄せずに自分人生も大切にできたとも言えるかもしれない。同じ事が起きても結果は違う。これを人それぞれと言うか、そんなんただの運だから最初からちゃんとしているに越した事はないと思うか。現実としては、周囲から親にかけられるプレッシャーのお陰で子供が守られているという事も、往々にしてあるが……? などと、ちょっと考え込んでしま余地が読者には与えられている。

 一方で、更紗はDV気質のある恋人の亮のことは、交り合うところが一つもないと拒絶し切り捨ててしまう。亮がなぜDVを止められなくなってしまったのか、その理由を知っていながら、理解共感彼女拒否するのだ。母親が我が子を遺棄することには同情すら示すというのに、DV男はどんな事情があれどもダメであるというアンバランスDV男は許してはならない、そんな奴からは早急に逃げるべきだというのは正しい。ここを違えたら今時の読者には受入れられないのは想像に難くないが、世間へのご機嫌取りとも思えない、あえての偏った描写なのだろうか。と、ここにも悶々と考えさせられる余地がある。

 また、他人無理解によって苦しめられてきた更紗もまた無謬の人という訳でもなく、無邪気な思い込みで発した一言で文を深く傷つけたのに長い間気づかず、文の真実を知らないままであった。それは、読者が安易に更紗と自己を同一視して気分を良くするだけにとどまるのを阻んでいる。更紗が文の真実を知った時、それまで更紗と一緒に被害者意識を持って、解っていない人々を糾弾出来る立場にいたはずの我々は、自分達が解っていない人々と同じ穴の狢であることに気付かされ、ショックを受けるのだ。

 後半、読者目線では余裕で予想できる破滅的な結末に向けて、更紗と文が善意ちょっとした人としての良識を発揮したせいで転がり落ちてゆくところは、はらはらしてつい目が離せなかった。それはダメだ、善意でもやったらいけないやつだと、更紗達を批判することを、圧巻の心理描写妨害してくる。簡単に教訓を得ていい気分になって読み終えることを許してはくれない。それがこの小説のすごい所なのかなと思う。

 にも関わらず、レビュー者が判を押したように教訓を得た事ばかりを書くのは、この小説安易共感を読者に許さない、熟考を強いてくるからなのかもと私は思った。そう易々とは自分意見を書くことが出来ないから、かえってテンプレみたいな感想を書いてお茶を濁すことになるのだ。


さて、以下は凪良ゆう先生BL作品の紹介と、『流浪の月』とテーマが似ていると思う作品とかの紹介。

『美しい彼』(凪良ゆう)※BL小説

 主人公平良吃音を持っているせいで上手く喋ることができず、学校生活の中ではスクールカースト底辺に追いやられていた。両親に心配をかけることを畏れた平良は、イジメターゲットにならないように極力目立たぬよう、息をひそめて暮らしている。

 そんな平良は、高校二年の新学期、同じクラスになった清居(きよい)に一目惚れをしてしまう。清居はスクールカーストの頂点に君臨し、陽キャの面々に一目置かれながらも孤高にマイペースを貫く、まさに王者である。そんな清居とそのしもべ達から奴隷のようにこき遣われる平良だったが、清居が気まぐれに差し伸べる暴力的な救いの手や、逆境ものともしない凛とした姿勢に心酔する。やがて平良は、清居の一兵卒から立派なストーカーへと進化していくのだった……。

 凪良ゆう先生BL小説のなかでたぶん最も人気のあるシリーズであるイジメ被害者加害者カップリング主人公平良と、平良に惚れられた清居、それぞれの視点によって相手人間性共通体験についての見方ががらりと変わる。事実真実は違うとはまさにこのこと。

『にいちゃん』(はらだ)※BL漫画

 幼い頃、近所に住む「にいちゃん」に遊んでもらっていた、ゆい。彼はにいちゃんのことが大好きだった。ところがある日、にいちゃんが奇妙な遊びに誘ってきた。怖くなったゆいは、にいちゃんの部屋から逃げ出した。そこへゆいの母親鉢合わせたことにより、にいちゃん逮捕されてしまう。

 数年後。高校生になっても、ゆいはにいちゃんのことが忘れられず、親には内緒でにいちゃん行方を探していた。そして遂ににいちゃんと再会を果たしたゆいだったが、にいちゃんはゆいを怨んでいた。にいちゃんはゆいを拘束して動画を取り、それを脅迫材料として、ゆいを呼び出し、苛烈性的虐待を加えるのだった。


 ほんもの小児性愛者でしか性犯罪者の大人と、ストックホルム症候群高校生のカップリング虐待描写があまりにも凄惨で心を折ってくるので、性描写ゴリゴリにあるが抜けないエロ本みたいなことになっている。ヤバい奴に雁字搦めにされてしまった状況での愛は偽りなのかもしれないが、渦中にある本人にとっては本物に見える。その様を綺麗事なしに描写した怪作である


『私の男』桜庭一樹

 腐野花(くさりの はな)は、恋人との結婚をもって養父の腐野淳吾の手を離れることになった。花は幼いうちからまだ年若い養父性的関係を持ち、そしてもう一つ、誰にも言えない秘密を淳吾と共有していた。

 そんな花と淳吾の暮らしを、時の流れとは逆順に、章ごとに語り手を変えつつ描いた物語最後には花と淳吾の真の関係性が明かされる。

 はたからみれば養父から性的虐待を受ける女児物語だが、やはりこれも事実真実は違う系。ところが真実事実よりもどろどろとしていて、なのに純心であり耽美でもあるが、物凄い業の深さでもある。

 第1章が花と淳吾の別れの話で、それから章ごとに時を遡っていき、最終章家族を亡くして孤児になった花が淳吾と出会い養子になるところで終わる。

 私は初読の時に、まるでハッピーエンドのように終わるなぁと思ったのだが、再読したら別にハッピーエンドには思えなかったのは何故なんだ。もう一度読めってことかな、ハハッ。

 映画にもなっているのだが、映画版はまるで小さな悪女・花に淳吾が狂わされ搾り滓にされたみたいなラストだったから、あまりきじゃないな。


『つみびと』(山田詠美

 酷暑真夏若い母親は幼い子供達を部屋に置き去りにし、餓死させた。懲役30年の実刑判決を受けた母親を、世間の人々は好き勝手糾弾する。一体、母親は何故、愛していたはずの子供達を死に追いやってしまったのか? 母親自身の生い立ち、彼女祖母の代から続く凄絶な負の連鎖とは……。

 小説しか描けない現実があるとして、実際に起こった事件モチーフに書かれたフィクション小説である

 児童虐待と、世間の人々が助けたいとは思わないタイプ社会的弱者物語。著者の山田詠美先生自由女性恋愛小説を書く一方で、昔から社会の最下層にひっそりと生きる人々の事も書いてきた。中でもこれはすごい作品

 山田先生作品にしては珍しく、リベラル無責任で冷酷な一面が批判的に描写されている。

2022-04-09

ロシア思ひ出

と言っても、俺はロシアに行ったことはない。

俺の田舎ロシアテーマパークがあって、それの思い出がとてもきらきらしいのに何で今こんなことになっちまってるんだろうという懐古話だ。

新潟ロシア村

ググればWikipediaは出てくるが、写真が既に潰れたあとの廃墟画像しかない。

でもあそこはとてもきれいな、光り輝くような場所だった。少なくとも俺の脳内では。

新潟なんて、特に冬は、毎日たいていどんより暗い。雪降るし雨降るしみぞれも降る。

関東から嫁いできた俺の母親は俺の幼少期のころからうんざりしていたようで未だに愚痴る。晴れの日が本当に少ない、寒くて暗くて気が滅入ると。

でもロシア村ではそれが反転する。

あそこでは雪が降ってる方がいい。明かりをたくさん灯すので、暗い方が映える。暗い中に白いものが舞っているのが照らされて見えるのも美しいが、施設のものがとてもきらきらしく作られていたので明かりが灯るとそこらじゅう何もかもが輝き出しているように見えた。

教会のあのタマネギみたいなかたちの屋根ステンドグラス、当時の俺の身長の何倍くらいあったのか、大人でも見上げるような高さの大きなクリスマスツリーに飾られた玉飾り。

反射された光が雪の地面に落ちて、なお光っている、その光景

ロシア伝統衣装で着飾った、完全にスラブ系の顔立ちのスタッフたち。

明るく照らされた館内に敷かれていたカーペット

土産物マトリョーシカの、俺の小指の一関節分くらいしかない一番小さいやつに至るまでに手描きで施された繊細な模様。

全部、とても、きらきらして綺麗だった。

ハスキー犬かひょっとしてマラミュートだったのか、でかい犬が何頭か飼われていて犬ぞり体験とかやっていた。乗りたかったが乗れなかった。時間がなくてだったか、それとも犬ぞりやるには雪が足らなかったんだったか

マトリョーシカと、あとサンタクロースガラス細工を買ったはずだ。ロシアサンタは青いのだと紹介されてて、青いサンタガラス人形を買ったはず。深い濃い青のサンタ。どこ行っちまったかなあれは。

それと、アライグマ尻尾のついた、毛皮の帽子子どもに買い与えられたものから流石にマジモンの毛皮ではなかったはずだが、いかにもそれっぽいかたちの、そして実際ちゃん暖かい帽子。めちゃめちゃ気に入って何年かかぶっていた。本物の毛皮のマフとかも売っていて、とても手触りが良かった。

あとなんか、キャビアとか食べた気がする。三代珍味だつって親が食わしてくれたのだが、そもそも当時えらい偏食だった俺には何がそんなに評価されている旨さなのかよくわからなかった。あんまりしょっぱくもなくて、なんかこう、変な味だったような、「なんじゃこりゃ」ってなった記憶けがある。ボルシチも食べたんだろうが、ちょっと変わったビーフシチューみたいな感じだったような。あんまり記憶にない。

記憶にあるのは子ども3人連れでヘトヘトで食堂の長椅子(俺の向かい)に腰掛け子どもに何か食わせながら父を待っている厚着した母親

あとはとにかく、きらきらしてきれいな建物土産物屋とスタッフたちの姿ばかりだ。

寒くても暗くても何も気にならなかった。毛皮は暖かく、建物は照らされ、ステンドグラスは色とりどりで輝くようだった。

電気の明かりも当然あったが雰囲気出すためかガチロウソクも随所にけっこうあって、その小さな火の灯りがものを照らすさまが美しかった。

俺にとってのロシアは寒くて美しい国だった。

Wikipedia写真は閉園後の廃墟だし、検索キーワードサジェスト心霊がどうのこうのとかだし、今のロシアとくりゃご覧の有り様だが、

俺にとっては寒くて薄暗い中できらきら輝いている、青いサンタアライグマ尻尾帽子の国だったんだ。

どうしてこんなことになっちまったんだろう。

2022-04-08

anond:20220408001359

腰痛がピキッてきたとき、メシ食って風呂入って、みのもんたが話してた背骨を直す体操をやって寝るようにしてる。

❶ 堅い椅子に浅く腰掛ける。膝直角、股関節直角、軽く背筋を伸ばす

❷ 頭だけゆっくり左を向く。次に右を向く。どちらかが向き難いはずだ

❸ その反対側の尻の下にタオルなどを敷く。左が向きづらいなら尻の右側の下、右なら左側だ

❹ また頭だけで左右を向く。まだどちらかが向き難いなら、敷くものの厚みを増して同じことを試す

❺ 両方同じ角度で向けたら、そのまま頭の後ろを両手の指を組んで押さえ、ゆっくり背中をくねらせながら頭を傾けて時計回り反時計回りグルグル回す。背中が微かにポキポキ鳴る

タオルを抜いて、また左右を向く。まだどちらかが向き難いなら、もう一度試みる

俺はこの体操の後、今度は立って同じことをやる。尻のタオルの代わりに、かかとの下にスリッパを敷いて。背骨の直せる位置が高くなる(気がする)。

経験上、なぜか空腹時にこの体操をやっても効果がない。数分後に向きづらさが戻ってしまう(追記スーツなど拘束の強い衣服は脱ぐか、緩めるかする必要がある)。

このルーチンで腰痛が治らなかったとき病院行くつもりだが、幸いにして、そんな事態はまだ来てない。

2022-04-03

岡村オムツも代えてます

そりゃ代えるだろ、赤ちゃんなんだから

ほんとなんかオムツ代えることが特別みたいに言うよね。女な人が出産してわざわざ「おむつも代えてます」とか言う?ほんとそういうとこだよな〜って思う。

なんかほんとそういうところ、男は家事育児に参加してないだろ!って偏見に晒されてわざわざ言わなきゃいけないこの社会、間違ってるよなぁ。今どき会社に入った女性社員だって腰掛けじゃありませんよ」なんてわざわざ言わんくて普通に仕事するやん。男性差別って本当に見えないようにされてるわ〜

2022-03-31

なんか毎年雨降る時期あるよな anond:20220330232514

ていう、2ch(現5ch)の有名なコピペがあるが、それに似たような心境(?)で、

「なんか、うんちスンナリ出る時期と出ない時期あるよな」

最近気がついたよw

おおむね毎日出るんだけど、トイレ腰掛けて秒でサッサと済ませられる日と、う〜〜〜〜〜んって5分とか10分とか唸ってないと出ない日が周期的にやってくる気がする。

そうか、これがあの有名な「バイオリズム」か!

れいわゆるパソコン世間に普及し始めた80年代後半とかにめっちゃブームだったよなw

Wikipediaに曰く:

身体リズム23日、感情リズム28日、知性リズム33日の周期をもつ

とか言って、生年月日から始まるサインウェーブ今日現在前後グラフ描いて、「今日は全ての波の山が重なって絶好調ですよ!」みたいなこと言って、しろーとをダマくらかす的なww

いや、全員同じ周期のはずないやろ個人差あるし、同一人物でもずっと周期が不変で単純に正弦波引けばいいだけなわけ無いだろ!って全然信じてなかったけどなw

2022-03-16

弱者男性話題に便乗して、私が見た弱者女性の話がしたい

弱者男性話題流行っているらしいので、便乗して私が過去に見てきた「弱者女性」の話がしたい。

どこでそんなもの見たのかというと、ずばりピンサ○である

から15,6年ほど前、私は東京底辺大学底辺学生をしていた。底辺過ぎて一年休学し、ヒマを持て余しバイトをするも長続きせず、転々としているうちにピ○サロのボーイへと辿り着いた。

その店は30分4000円(だったはず)の格安店で、やはりというかスタッフも客もクオリティ格安であった。

店長だけは常勤で唯一マトモだったが、他の人ボーイは皆バイト腰掛けで、一ヶ月で殆どメンバーが入れ替わる有様だった。そんな店で私は半年ほど続いた。優秀な方だと思う。

客層についても買いておきたい。他の店の事情は全く知らないが、あの店の客層は相当底辺寄りである。まず約6割くらいが体臭口臭のキツい肥満者。店舗入口で手の除菌マウスウォッシュをしていたが、正直焼け石に水だった。臭いもんは臭い

デブでなくとも浮浪者のような見た目の臭い中年男性が大半。レベチで不潔な人は流石に入店拒否されていたようだが、少なくともまともに社会人をやれてるような人はほとんど居なかったと思う。

そんなお客様方をお相手して彼らのイチモツをしゃぶり抜き奉るのが、嬢と呼ばれる女性店員である。その店はキスOKだったと記憶しているので、実際そこまでやってたんだろう。それ以外もやっていたかもしれない。

当時、私自身は嬢と全くと言っていいほど会話していなかったが、なんとなく噂を聞くに彼女らは年齢や病気で外の店に居られなくなり、その店に墜ちて来た人ばかりだったようだ。確かに年齢層は高めだった。

嬢の給料は知らなかったが、格安店だから普通のピン○ロより安いだろう。調べたところ一般的に時給3〜5000円程度なんだそうだ。とするとあの店では2〜3000円程度か。

...

時給2000円で浮浪者オッサンとベロチューしてブツをしゃぶり口の中に出させる。

間違いなく弱者だと思う。それも最底辺の。男性でもこのレベルでキツい人はほとんどいないんじゃないかしかも誰からも救おうとされていない。

私はただそういう女性たちを過去にを見たという話をしたいだけで、ここから何かを主張したいとか救うためにどうしたいとかいう気は全然ない。ただ、彼女らのような女性もなんとか生きていけるような政治になればいいなと思っている。

2022-02-23

anond:20220223200313

むかーし昔、大観光地アーケード商店街の途中にあった中古レコード屋で、大学だかの先輩後輩ノリで横並びにカウンターの向こうに腰掛けて仲良く談笑しとった三人組男子のもとへ、商品もって近付いたとたん瞬間的に三人ともそれまでとは打って変わって冷たい無表情になり、レジに最も近いニイチャンが冷たく値段を伝えてきたのをいまだにおもいだす(…(笑)『せやけど“ イジリ ”さんてホンマにおる名前やしなぁ(笑)』どうも苗字性質リンクしてるあるあるネタで談笑してたっぽかった)

2022-02-16

anond:20220216213537

単なる腰掛け被雇用者「いや知らんし、てか、ワシはアンタと違うしなー」

2022-02-15

anond:20220215124430

まあ、正社員で40年勤めあげるなら、「会社は第二の家庭」みたいなものからそういうことも必要というのは理解できる。

派遣社員とかの腰掛けがそういう情報に首を突っ込んでるなら、「暇人かよバカジャネーノ」としか

2022-02-12

ひろこちゃんのこと

子供時代の頃は断片的な記憶しかないのだけれど、ひろこちゃんと遊んだあの日の事は何故かしっかりと記憶している。

ひろこちゃんとは小3の時に同じクラスになり知り合った。昭和59年80年代の独特な空気感があった。

ひろこちゃんはストレートショートヘアでいつもどこかがぴょこんと寝癖で髪がはねていて、アレルギー皮膚炎なのか、目の周りや膝の裏がポツポツと赤かった。

掃除時間雑巾がけをするひろこちゃんの下着が見えた事があった。

茶色く変色していてびっくりした。いつもフッと尿臭がすることがあった。

ひろこちゃんはひとえの、フニャッとした顔立ちでふわふわとした性格だった、どこかいつも泣きそうな表情をしていた。性格が暗いというのではなく…どこかいつも「困ったなぁ」という感じの雰囲気だった。

ある日ひろこちゃんと放課後遊ぶことになった。ひろこちゃんが私を自宅に招いてくれるという。ただしお母さんの了解がいるらしい。お母さんの働く美容室に一緒に向かった。お母さんの姿は細部まで覚えている。

当時ダイアナブームだったせいか美容師のお母さんはダイアナ妃と同じ、キレイに両サイドをブローした洗練されたヘアスタイルをしていた。真珠の一粒ピアスベージュニット、チェックの細身のパンツスタイル

長身パンプス自分母親との違い、地味なひろこちゃんとのギャップ。お母さんはお客さんの髪をブローしている。ドライヤーの音でひろこちゃんとの会話は分からないが自宅で遊ぶ事を了解してくれたらしい。

ひろこちゃんの家は古い長屋のようなところだった。木製の引き戸ガラガラ開ける。

初めに目についたのは暗い廊下の両脇に溜まった埃だった。

ひろこちゃんの部屋に入る。砂壁の小さな部屋。ベッドに腰掛けると布団が湿気でじっとりと重かった。

ひろこちゃんは当時流行っていたファンシーしおりを一枚くれた。

「海の王 シャチ みんな楽しそう」

シャチの群れを眺める女の子のしおり。

何故か台所に移動する。途中、模様ガラス引き戸の向こうから男性のグォーグォーというイビキが聞こえる。豆電球の灯り。お父さんは夜勤で昼間は寝ているらしい。

突き当たりにお兄ちゃんの部屋、というかスペースがある。物が溢れて窓を塞いでいる。当時の少年が夢中だったプラモデルがひしめいている。

暗い、日の差さな台所食堂から引き戸が全開になっているお風呂場が丸見えになっている。風呂場が長い間使われていないことが何となくわかる。タイルが干からびていてどこから舞い込んだのかカラカラ落ち葉が洗い場に落ちていた…

マンモス小学校だったのでひろこちゃんとはそれきり、同じクラスになることはなかった。6年生で私は転校した。

子供の頃はひろこちゃんの、けして明るいわけでない境遇を何とも思わなかった。

ただ、そうなんだ、と。それだけだった。

何故かあの陰鬱とも言える家庭の環境は逆に私の心を捉えた。

からこそ細部まで記憶しているのだろう。

ひろこちゃんはどんな人生を歩んだのか?

美しいお母さんは?

あの日は何月何日だったのか、あの日私とひろこちゃんはどんな夕飯を食べたのか?

ひろこちゃんは私の事を覚えているだろうか?

80年代のあの、独特な空気感も相まって強烈なノスタルジーとなっている子供時代

タイムスリップできるなら、当時を俯瞰で見てみたい。

2022-01-30

anond:20220130211341

末期癌を宣告された中年から初老リーマンが帰り道の人気の無い児童公園で独りブランコ腰掛けて唄う映画だよな、それ観た男色家ボディビルダー右翼思想家の著名作家が「中学生メンタリティ(笑)」て切り捨てて自分切腹して死んだんだけど

2022-01-25

マトリックス外伝

マトリックス レザレクションズ』を観に行って、わたしが観たかったのはコレじゃない感があって、だったらどういうのが観たかったのかという妄想が膨らんだのだけれど、そういうのを書くと2次創作になるのかな。著作権侵害? ウォシャウスキーに怒られる? でも膨らんだ妄想放出しておきたいのでここに。

わたしが好きなのは『MATRIX』。1999年3月全米公開。

ぜんぶ妄想です。

1998年9月モンタナ州ロッキー山脈のふもとに住む14歳のジョージは、遂にボンダイブルーiMacを手に入れた。8月Appleから発売された最新機種で、ディスプレイ一体型のパーソナルコンピュータは、長らく遅れのAmigaしか与えられていなかったジョージ狂気乱舞しても足りないほどのものであった。

インターネット接続し、睡眠時間も惜しんでありとあらゆるもの検索した。様々な都市伝説真偽不明陰謀論、そしてハッカーという恐ろしくも魅力的なソフトウェア魔術師たちの存在も知るようになった。

コンピュータに齧りついているジョージを見かねて母親は言う。

「裏山にトレッキングにでも行ってみては?」

父親

ティエイジャーの男ならそれくらいの冒険必要だ」

と言う。ジョージiMacを取り上げられる可能性があるとみて素直に両親の提言に従った。

その日、ジョージリュックサンドウィッチ飲料水を詰め込んだ。母親父親陸軍病院に車で連れて行くという。父は軍属だったが、数年前のハイチでの作戦に参加して負傷して車椅子生活になり、何よりも精神を病んで家族はこのモンタナ州に越して来たのだった。軍医自然豊かな土地で療養することを父に勧めたらしい。

幾つかキノコでも採ってくれば両親は納得するだろう、そんな気持ちジョージは出発したのだった。

から少し離れた森の中でキノコを狩り、昼時にサンドウィッチをもそもそ食べて、もう帰ってもいい頃だろう、そんな風に思った時に遠くから人が近づいてくる気配がした。そして遠くから銃声。ジョージは素早く大きな木の根本の窪みに身を隠した。誰か、恐らく二人の人間が走り去る足音がする。

しばらくすると数人の足音がする。ジョージ好奇心を抑えられず音のする方向をそっと見ると黒のスーツサングラス、耳には大統領の警護官のようなイヤフォンをした男たちがいた。先程の二人を追っているのだろうか。男たちはまた走り去ってしまった。

ジョージは走って山を降り、森を抜け出した。家に着いた時には助かったという気持ちでいっぱいだった。キッチンでコップに水を汲んでがぶがぶと飲んだ。その時、家の呼び鈴が鳴る。両親が帰ってきたのだと思ったが、玄関には見知らぬ男と女が立っていた。

白いスーツの短髪の女と黒いスーツに髪を後ろに撫でつけた男、女は男の腕を肩に抱えて男はうつむいている。女は言う。

友達怪我をしたの、電話を貸してくれませんか?」

電話を貸すだけなら別に構わない。隣家も離れているこんな田舎ではこういうことも仕方ない。最近普及している携帯電話を持っていない人たちなのだろう。父親のように分厚いモトローラ電話を持っている人はまだ少ないのだから

家に二人を招き入れたが、男の方は腹部に血が滲んでいる。その時に気づいた。あの黒いスーツの男たちに追われていたのはこの二人なのではないのかと。

電話場所に二人を案内すると女は言う。

「私はスイッチ、彼はエイポックと言うの、ありがとうこれで助かるわ」

不安に思っているジョージを尻目に、部屋を見回したスイッチiMacを見つけたのだろう。

あなたコンピュータに興味があるようね」と言う。

ジョージは頷く。

「どんなものインターネットで見つけたの?」スイッチは言う。エイポックは体の傷が痛むのか椅子腰掛けうずくまっている。

ジョージは素直に陰謀論都市伝説、そしてハッカーのことを調べたということを話した。スイッチは言う。

国税局侵入したハッカーのことは知ってる?」

トリニティ?」ジョージは答える。

その時FAX兼用固定電話が鳴った。

エイポックは受話器を取りスイッチ差し出したが、スイッチ

あなた怪我をしている、先に行くべきよ」と言った。

エイポックは素直に受話器を耳に押し付ける。すると驚くべきことに彼の姿は受話器に吸い込まれるように消えてしまった。

「今のを見たわよね?」スイッチは言う。ジョージ言葉を失ってうなずくしかなかった。

あなたが見た都市伝説陰謀論の中には真実が少しだけある、この世界ソフトウェアだという話を目にしたことは?」

ジョージは確かにそのような荒唐無稽な話をインターネットで読んだことがあった。

「それはマトリックスよ、トリニティを探しなさい、そうすればあなたも目覚めることができるわ」スイッチのその言葉の返事としてジョージ

あなた達は何を探してるの?」と訊いた。

スイッチは少し逡巡して

救世主を探している、ネオと言う名よ」

そして電話機がまた鳴った。

「行くわね」スイッチ笑顔で受話器を取って耳に押し付けると彼女の姿も消えて、コードにぶら下がった受話器だけが残った。

マトリックスとは?

ジョージは、インターネットに今すぐ接続すべきだと思った。

おしまい

2022-01-21

コロナ禍で祖母を亡くして思うこと

亡くなった、と病院から連絡が来た。

コロナ禍じゃなければ多分、危ないですって連絡が事前にきてたんだと思う。

それでもまだ生きてる内に会いたかったなぁ。

入院前に会った老人ホーム車椅子腰掛けて、こちらを見てくれる祖母はちっちゃかった。

この日が生きてる内に会える最後かもなぁとぼんやり思ってたけど、振り返るとやっぱり最後だった。

私も母も隣の市に住んでいて、コロナ禍での病院規定上、面会は一度もさせてもらえなかった。

受付だけ済ませて車内で待ち、タブレットを受け取ってほとんど返事も目線も返ってこない祖母を少し見ただけ。

しかもそれも一回。

生きてるおばあちゃんに泣いて縋って抱きつきたかった。

さな頃、ほとんど祖母に育てられていた期間があって、とある宗教信仰している祖母はよくそ教会に私を引き連れた。

教会にいくと祖母には祖母仕事があり、事務所のようなところに籠もるので私は寂しかった。

同じような子どもたちもいたけれど、私はあまり人と仲良くなるのが得意ではなく、誰ひとり好きでもなかった。現に今でも誰一人として顔も名前も覚えていない。

私はその宗教信仰していなかったし、神だ教えだは興味がなかった。

それでも少年部に属されることになり、何度か導師(式典においてメインで読経する位置)もさせられた。祖母は鼻高々って感じだったのを覚えてる。

母も青年部にいやいや属して、いやいや導師経験していた。

属しているかと言って全員が全員式典などで導師をできるものじゃないんだろうと思う。

高校生にもなれば自らの意思で参加不参加を決められたので、(祖母的には出てほしかっただろうが)基本的にそういったものは以降すべて不参加にした。

そんな宗教祖母が亡くなったことでもう完全に抜けさせてもらえると思う。母も私も信心深くなければ御布施も払わないタイプなので。

あぁでももっと、行ってあげたら良かったのかなぁ。

おばあちゃんがそれで、喜んでくれるのなら。

でもあそこトイレめちゃめちゃ寒いし、うん、嫌だな。

おばあちゃんがお墓参りときに作ってくれる鬼まんじゅうが好きだった。蒸しパンと呼んでいたが、多分鬼まんじゅうだったと思う。

おばあちゃんがよく作ってくれたヒメジの酢漬け、何故かいつも口内炎があるときに作ってくれるから、よく泣きながら食べてたな。

祖母の家に泊まって迎えた日曜日の朝、「ピザにしてあげようね」と作ってもらえるピザトーストが大好きだった。

なんか食べ物の話ばっかりだな。

皮のたるんで柔らかい腕が好きだった。冷たくてぽってりしている耳たぶが好きだった。「ただいま」と言う時のイントネーションが好きだった。(中一高で完全に“ヘタリア”と同じだった)

今考えたら軽度の認知症が出始めた頃、週に一回くらい祖母の家で一緒に食事を摂っていた。基本的祖母食事の準備をしていくれていたのだが、一度、私が食べたいからという理由筑前煮を作ったことがある。

「おいしいねぇ。これで○○ちゃんもいつお嫁に行っても困らんねぇ」

これを50回位言われた。

当時私には恋人がいたが、最悪なことにその恋人には妻子がいた。

ごめんね、お嫁には行けないかも。

内心でめちゃめちゃ泣きながら「大げさすぎん?」って言いながら祖母の倍食べた。食べたくて作ったのですごい美味しかった。

妻子がいる人とお付き合いするのは本当に最低なのだが、一番最低なのは妻子がいる身分新入社員に手を出したそいつだと思う。あとこの世にいるご結婚なさってる方々、指輪嵌めろマジで。知らなくて好きになったあとだともう狂ってるから遅いんだよ。

言い訳はこの辺にしとく

棺桶に花を供える時に撫でた頬は芯から冷えていたね。

あの世がもしもあるなら、どこも痛くなといいな。

輪廻転生をすることがあるのなら、次はおばあちゃんのなりたいものになって、幸せに過ごしてもらえると嬉しいな。

火葬ボタン喪主に押させるのって酷だね。震える母の背中を見ながらそう思った。

もうおばあちゃんは私の名前を読んでくれない。

思い出すといつもちゃん付けで呼んでくれてたなとか、眠りが浅くてすぐに起きてしまうのに何故か毎晩ラジオをつけて寝ていたこととか、こたつ眠る私に毛布をかけてくれたこととか、思い出すのは些細なことで、そしてちょっとずつ美化されてる。

ちょっとまれが複雑な私に思うところとかたくさんあったと思う。叔母に幼少時首を締められた私としては叔母を擁護する家族に思うところもあったし。

それでもやっぱり大好きだったよ。洗脳でも刷り込みでも、大好きだった。

ありがとう

2022-01-20

anond:20220120182657

高校ときの体育教員の一人は、何が気に入らなかったのか、体育教員職員室にワイを呼んで、そのゴッツ身体腰掛けたまま、ゴルフクラブサンドウェッジだったかな)をいじりながらワイの出自を訊いてきよったやで

2022-01-14

anond:20220114085216

立ち上がるってほどじゃないけど、便座から腰は浮かす

貴殿腰掛けたままお手入れする感じです?

2022-01-11

3歳の息子と8歳の少年公園にて。

3歳の息子を昨日、公園に連れて行った。

たまの祝日ものんびりしてられないのが

子育て世代の辛いところだ。

いつも行く近所の公園ではなく、

歩いて15分ほどの方に行くことにした。

さな公園で、遊具ブランコすべり台だけ。

しかし息子のお気に入り公園なのだ

公園につくなり、テンションがあがった息子は

「あそぼーーー!」と大きな声をあげた。

それは父親自分への発言だったのだが、

声が大きすぎた。一人で滑り台で遊んでいた

少年が「いーいーよー!」と言いながら

こっちに向かって走って来る。自分への

呼びかけだと勘違いしたのだ。

小学2〜3年生くらいだろうか。どうしよう、

ちょっとヤバい子かもしれない…と心配していたが

彼はとにかく良い子であった。

ブランコでも滑り台でも先に息子に遊ばせ、

息子が上手にできない時は自分がやって手本を見せ、

遊んでいる中で息子が電車が好きだと分かるや、

足で地面に線路を描き電車ごっこを始める。

とんでもないサービス精神の持ち主である

最終的にはぐるぐると追いかけっこするだけの

遊びとすら言えない行為に延々付き合ってくれた。

自分は一つしかないベンチに

腰掛けて、ずっと二人を眺めていた。

しばらく追いかけっこをすると

少し疲れてしまったようで、少年

自分の隣に座った。息子は少年と遊ぶのが

よほど楽しかったのか、余韻を楽しむように

まだ一人でぐるぐると走っている。

はいくつなの?と聞くと

7歳。でも、来月に8歳だと言う。

小学2年生であった。初見の時の

読みはだいたい当たっていた。

本当はこっちから声をかけようと思ったんだけど

コロナでそんなことしたら怒られちゃうかもと

思って声かけられなかったから、声かけてくれて

しかったと話してくれた。いや、それは

君の勘違いなんだけど…とは言わなかった。

小学校2年生って言うと、学校入ってから

ずっとコロナだね、と聞いてみると

そう。だから、こうやって遊んだ

あんまりできないんだと答えてくれた。

しゃべりながら遊んだりしちゃダメな感じが

あるんだと。それは大変だねと返事して

なかなか二の句を告げられずにいると、

喉乾いたから水飲もうと言って

少年はベンチからすっと駆けだした。

ねえ、君も水を飲みなよ、と彼は息子を

水飲み場に呼んでいる。

走る彼の背中を見ながら、

ああ、随分と長い間彼のような子たちに、

我慢経験喪失を味わわせているんだなあと思い

胸が傷んだ。そうして我々が手にした物は、

小学生のみならず

10代の若者たちに2年間もの期間を

無為に過ごさせてまで

手に入れる価値本当にあったんだろうか。

そんなふうに自問してしまう。

あと2か月もすれば春になる。

次の新学期には、せめて若者たちだけでも

これまでどおりの生活ができるように

してほしい。めいっぱい

しゃべって、遊んで、楽しんで

日々を過ごしてほしい。そんなことを思いながら、

夢中で遊び続ける二人を見ていた。

お昼ご飯も食べぬまま1時をまわり、さすがに

少年より先に息子と公園を後にすることにした。

二人でさよなら挨拶をして帰ろうとしたら

もう一度バイバイしてくると言って

息子は少年のところに駆け戻り、随分と長い間

バイバイしていた。ようやく戻ってきて

二人で歩き始めると、振り返る度に少年

手を振っている。曲道で僕達が見えなくなるまで

彼は手を振り続けていた。

2021-12-31

問題職員の正しい辞めさせ方 3/10

case2.B子さん

二人目のB子さんは、ある意味で私と同期だった。私がK市に採用された年に、高校を出たばかりの彼女が入庁してきた。

K市に入ってからの私というのは、せっせと新人公務員として基本的事柄勉強したり、各庁舎をぐるぐると見回って雰囲気を掴んだり(大抵は職員への挨拶を兼ねている)、K市が主催するイベントスタッフとして十数回と参加したり、多くの自治体職員が集まる研修に出席したり、ほかの幹部がまとめた人事政策に対してフィードバックを述べたり……あっという間に5ヵ月が過ぎていった。

その頃だった。B子さんについての苦情が寄せられたのは。毎年9月にある新人職員への人事面談の折に、B子さんのいる課から上がってきた。一応、直属の上司事実であると認めた苦情ということで、今度はB子さんと面談室で話をすることになった。指導的な色合いが強い内容になる。

今でも思い出す。あの女は人生をナメていた。なめ猫なんて甘っちょろいものではない。すでに組織を蝕む害獣となりかけていた。

面談室に入ってきた彼女を見て衝撃を受けた。髪の毛は脱色しているし、恰好女性向けファッション誌に出てくるそのものだったし、朱色のスカートの丈は相当な短さだったし、口紅は真っ赤だったし、ピアスをしていたし、首に〇〇〇〇〇もついていたし……どこから突っ込んでいいのかわからない。

私も、世間一般では活発で知られた営業会社で働いていたが、彼女ほど派手な恰好女子社員はさすがに見たことがない。せいぜい茶髪や控えめなチークだった。多くのお客様の前に出ないといけないからだ。

A夫さんの時と同じく、面談室の両側のソファにお互いに座った。こちらには人事課長が、向こうにはB子さんの直属の上司がいる。

面談が始まった。初めに私の方から、「B子さんですね。お仕事で忙しいところすいません。まずは事実確認ですが、今着用しているような衣服を先輩に注意されたことはありますか」と尋ねた。

以下、大まかなやりとりになる。

「あります。年のいった人から注意されました」

「その先輩には、なんて言って答えましたか

「私の自由です、と何度言ってもわかってもらえないんで、『ハラスメントです、やめてください、気持ち悪いです。これ以上は親に話します』と伝えました」

「それは、先輩があなたのことを思って言ってくれたのではないですか?」

「違います

「では、どんな気持ちだったと思う?」

「ムカついたから言ってきたんだと思います

ほかの行動、例えば自分が気に入らない職員無視するとか、夜の窓口勤務中にチョコレートを食べながらほかの女性職員雑談していたとか、勤務時間中に携帯をいじって過ごしていたことなど、色々と聞いていったが、終始ブスッとした調子で返答するのみだった。最後に、だるそうな口調で「何とかやってみます」とだけ告げた。

面談中、私はB子さんの履歴書採用試験時の成績を見ていた。偏差値50くらいの公立高校を出ていて、英検漢検の初級程度を持っていて、採用試験筆記試験)ではほぼ満点を取っていて、性格適性検査ではやや嘘つきと出ていて、肝心の面接試験では、「明るくハキハキしていて、利発な印象を受ける」とあった――採用試験でわかることなど、この程度のものだ。

いったん話は逸れる。私が採用された背景(どんな目的を叶えたくて私を採用したのか)、当時の市長から受けた勅命を述べる。

「優れた職員を残し、不要人間は残さない」「次世代に残すべき職員採用する」「そうした職員が辞めない環境を作る」といったものだ。

冒頭に述べたように、このK市の新規採用職員の3年以内離職率について、十数年前は1割未満だったものが、私が市長からスカウトされた年には約35%まで悪化していた。20採用したら、3年以内に7人が辞めていることになる。3年超えになると、もう数パーセント上昇する。

辞めた者の中には、将来を嘱望される人材が何人も含まれていた。ボリュームゾーンは30才手前で、これまで将来を期待されて県庁や国の機関に出向したり、エース級の職員が配属される部署で頑張っていた職員らが退職を選んでいた。この状況を正すことが、私に課せられた任務だ。

市長の談によると、人事課が収集した退職理由の中でトップだったのが、「将来、昇進しても幸せになる未来が見えない」で、肉薄して2番目だったのが、「異常な言動を取る職員が多いうえ、上の人が彼らに何の対策もしない。働いているのがばかばかしい」というものだった。

このうち、私が解決に役立ちそうなのは二番目の課題だった。一番目の課題は、プロパー職員が自ら考えて実行すべきことである。外部の人間である私が考えるのはお門違いだ。アドバイスはさせてもらうが……。

話を戻す。

これらを踏まえて、B子さんへの対応を考えることになる。面談を終えて、私はその場で人事課長に目配せをして問いかけた。

「B子さんを切りましょう」

「試用期間とはいえ、難しいのでは。やめておきましょう。あの子はまだ若い。立ち直るかもしれない」

ツッコミが入った。想定どおりだ。

試用期間中分限免職処分は、K市はもちろん、県内他市町でもほとんど例がない。が、私はそれに成功した市町村のいくつかを研究していた。

「試用期間での成績が不良である場合正式採用しないことができます判例を調べましたが、いくつかの市町村では実際に行われているようです」

「うん……考えるべきところではある。あの子は、ちょっとひどいとも思います。ただ、私の権限ではちょっと決めかねます

権限は置いといて、あなた個人判断は?」

「わかりません。市長にも副市長にも総務部長にも伺ってみないと。これは全庁的な問題なので、もっと、いろいろと議論を重ねてみるべきかと」

市長問題ないでしょう。ほかの人は私が説得してみますしかし、第一には人事課長であるあなたの職分ではないですか」

「それはそうですが、職員の進退そのもの判断することはできません。それを言うなら、私さんの役職は一応は部長級なんですし、私らと違って一流の会社にいましたし、市長の元部下なんでしょう。私よりもやりやすいんじゃないですか。とにかく、私にはどうすべきかわかりません。例年であれば、あの子はそのまま正式採用されます

人事課長は乗り気でないようだった。

それから面談室を出て、人事課に戻って、課内の奥野須美に着席した。

私の机と椅子は人事課の奥にある。

2022/01/02 追記 奥野須美さんには着席していません。奥の隅の誤りです。

その後も何度か討論を重ねた後、B子さんへの対応が決まった――退職勧告だ。

後日、総務部長の口頭での承認を得た。市長は、「お前の好きにやれ。判は押す。証拠絶対に固めるように」とのこと。副市長は猛反対だった。予想どおりの瞬殺だった。

そして、不安そうにする人事課の職員らに対して私は、「市長からは、現場判断していいとの答えをもらっています。何かあれば私が責任を取りますあなた達に迷惑はかけません。協力を求めます」と答えた。

責任など取りたいはずもない。が、ここはレイズの場面だ。攻めるのだ。戦え。今しかない。ここで勝てれば、私の信用は外部登用組の管理職(※当時、国や県や民間から計4人の出向を受け入れていた)の中でも相当に高くなる。ここは何としても取りたい。

方針が決まったとなれば、後は実行だ。

今回のメンバーは、人事課長と私だった。前回は私が面談を主導したので、今回は課長が行うことになった。こういう貴重な経験は、多くの人間シェアすべきという考えによる。

人事課長は、不安そうな顔つきだった――この人は将来を嘱望されている。当時は50代半ばで、順当に上の人間の席が空けば総務部長にもなると言われていた。

安心してください。上の人間は『方針』を認めていますあくま方針だけですが。今後のK市のためにも、ぜひあなた実施すべきです」

私が激すると、彼はしぶしぶ動き出した。

そして、いよいよ始まった面談は、思ったよりも淡々としていた。B子さんが面談室に1人で入ってきた時、人事課長ソファ中央腰掛けていた。話の最中は、私が脇にある椅子で見守っていた。

さて、Bさんとのちょっとしたやりとりの後、人事課長は「あなたを本採用できません」と告げた。それから理由などの説明が終わると――B子さんは顔を一瞬だけ歪ませて、また元の顔に戻ると、「わかりました」とだけ告げた。面談後は、泣きそうな表情でその場を後にした。抵抗はなかった。

あっけないほどすぐに終わった。時間にして5、6分だった。もっと抵抗されると思っていた。本人もわかっていたのではないだろうか。自分がこうなることを。

「〇〇課長、やりましたね。苦しかったでしょうが、これが新しい一歩なんですよ。踏み出せたじゃないですか」

私は、片方の拳で人事課長の脇腹を貫いた。彼はちょっと痛がるようにしてから、拳を額に当ててソファの上で態勢を沈ませる。

神妙な面持ちで、「B子さんは何とかなるんですかね。これは脅しの一種ですよね。反省すれば、クビにはならないんですよね?」と呟くように述べた。

「お前みたいな悪いお人好しが組織を腐らせるんだよ。もっと組織のために悪者になってみろ」

という言葉を飲み込んで私は、その場の片付けを始めた。

B子さんの退職の話を聞いた副市長が、再び私と総務部長を呼び出した。やはり逆鱗に触れたようだった。今回は稟議書(※B子さんの聴取記録のこと。A夫さんは犯罪関係市長までそれを回す必要があった)を回すほどの案件ではなかったのに、なぜわかったのだろうか。私だってB子さんの今後を考えている。分限免職だが、形式上は年度末での通常の退職という形にしていた。

副市長とは激しい議論になった。彼が退職するまで、少なくとも5回は苛烈な論戦をした思い出がある。私は何度も説明した。これから公務員業界が厳しくなっていく中で、これまでの人事政策を変えていく必要があることを。勤務成績が極端に悪い職員を追い出すことの合理性を説いた。

が、わかってもらえることはなかった。副市長は、人事課の主導で職員を辞めさせるのを避けたいようだった。最後に、こういうやり取りがあった。

市長が「それでいい」と、どうしても言うなら私は反対しない。一番に重い責任を取るのは市長なんだからしかし……こうした案件について私は承認しない。法令上は、市長意思さえあれば有効意思決定だ。やりたいなら好きにやれ。もうこういった件は私のところに持ってくるな。不愉快だ。いいね?」

「いえ、それでも副市長に話は持っていきます。ここのルールですからね」

数日後、B子さんの母親から人事課に電話がかかってきた。電話を受けたのは私だった。「B子の母です」と名乗る声を聞いた時、私はB子さんに関係する資料を手元に手繰り寄せた。

「この度は、娘が申し訳ないことをしました。本当にすいません」

開口一番がそれだった。

B子さんが本採用にならなかった理由は本人に説明したが、母親再確認をしたかったようだ。

理由はB子さんが述べたとおりです。公務員、いや社会人としてよくない面が多すぎました。もちろん、いきなり職場に来るなということではなく、来年3月末までは在籍できます給料ボーナスも満額払われます。その間に、また就職活動の方をしていただいて~」

「本当にすいませんでした……お給料までお支払いいただいて。今回はご迷惑をかけましたが、何かあったらまたよろしくお願いします」

終始謝りっぱなしだった。この子にしてこの親あり、という俗諺の例外を今まさに見ていた。

「この親からの子が育ったのか!?」とその時は何となく考えていたのだが、後日、答えのようなものが見つかった。申し訳ないが、ここで公表することはできない。一線を越えていると判断する。

その時、私の中に罪悪感のようなものが込み上げてきた。世の中には、どうしようもない事情というものがあって、それに翻弄され続ける人間も当然に存在する。B子さんも、その1人だった。

少しだけ話そう。あの後、総務部長が、「せっかくだからもっとの子を調べてみたら」と助言してくれた。指示されるがまま、市民課(住基ネット)や税務課(税務情報システム)や福祉課(福祉情報システム)でB子さんの情報を集めてみた。すると……。

今の私が、当時の私にアドバイスをするとしたら、「あと1年は様子を見てもいい」(地方公務員法には試用期間延長のルールがある)と告げるに違いない。

いかに私が民間企業で人事責任者をやっていたとしても、人にはその数だけ事情がある。即座にすべてを把握する力はない。結果的に、私はそれを汲み取ることができなかった。もっと、深く細かくB子さんに寄り添っていたらよかった。

[追記]

ここまでの描写だと、まるで私と副市長犬猿の仲だったように映るが、実際には違う。仕事で一緒になることがあれば、普通に冗談などを言い合っていた。

例えば、遠方にある他市町の児童福祉施設を視察していた時だった。市長副市長と私その他は、保育の現場を見た後に自由見学していたのだが、やがて2階の大きな吹き抜けになったフロアの隅に辿り着いた。そこには、「幼児 プレイコーナー」と看板に書かれたスペースがあって、どうやら小さい子ども向けの遊び場のようだった。プラ素材の小さい滑り台から小学校低学年向けのジャングルジムまで、様々な遊具が置いてある。

副市長は、「あの名前は気に入らない」と呟いた。文書のインデントが0.5文字ズレているだけで不機嫌になる人だ。例えば、いま私は、上の「幼児 プレイコーナー」を半角スペースとしたが、K市で働いている時なら公務員業界慣行に従って全角スペースにしただろう。

私は、「一般的な名称だと思いますが……どこかおかしいところが?」と意見したところ、「色々ある」とだけ返ってきた。

夜になって、視察終了祝いの一次会があった。さあ次はどこで飲もうかと、市長副市長その他と歓楽街をうろついていた。このレベル役職の人はK市内で飲めないため、こういった視察が貴重な機会になる。

「××君。ほら、あれ見てみろ! 幼児プレイだ」

と、酔っぱらった副市長が私の襟ぐりを掴んだ。風俗街の一角を指さしている。

幼児プレイあります」「ママに甘えたい!」「授乳OK」などと書かれた看板のぼりが立ち並んでいた。

「後で行ってみるか。おごるぞ」と意気込む副市長に対し、市長が「昼もやってるみたいだ。なあ副市長、視察の前に(以下自主規制)」とツッコミを入れていた。

それで私は、「もしかして副市長はあのとき風俗のことを考えてたんですか!? あの真剣な顔で、さっき現場で見たどの先生がよかったとか? ねえ副市長

「ふざけているのかお前はッ!! 真面目にやれ!」

副市長は激昂していた。

仕事馬鹿にするのも大概にしろ!」

歓楽街一角で怒鳴られる私を尻目に、市長とほかの幹部はどこかに行き始めていた。

「お前、幼児意味がわかってんのか!?」

「わからないです」

法律では満1歳から就学前の子どもを幼児と言うんだろうが!! あそこには小学生も遊べる立体遊具があっただろうが!! 矛盾に気づけッ!」

「すいませんでした」

年に一度は視察などで副市長と飲む機会があったが、普段が真面目すぎるだけで、面白い顔もちゃんとある

人間基本的にそうだ。あなたにとって好きな面も嫌いな面も、両方ちゃんと澄んだ目で見ることができるのなら、ケンカになっても関係が壊れることはない。

あなたは、自分が嫌いな人間のことを認めることができるだろうか。人のいいところを見つけることができるだろうか? 自分でも今、何を書いているのかわからなくなってきた……。

https://anond.hatelabo.jp/20211231220517

2021-12-10

小の方でも便座に腰掛けて用を足す派なんだけど

今朝、家で用を足した際におちんちん明後日の方向を向いてることに気づかず

おしっこの初出が思わぬ方向に飛んでしまい、膝の下ほどまで脱いでいたパンツを濡らしてしまった

寒い朝のおちんちんは縮こまって陰毛を巻き込み、便器の外に発射するという事故に至ったのだ

仕方ないのでパンツを履き替え、濡れた方は部屋で干して夜に風呂から出たら履くことにした

臭わないといいけど

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