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2022-05-22

子供だまし

子供なめるな、子供だましは通用しない、子供にも本物を見抜く力がある」みたいな話題ってネット上ではウケがいいんだけど

自分の子時代を振り返ってみるとくっだらねえ子供だましのおもちゃ/遊具/コンテンツに小遣い突っ込んでたよな

2022-05-07

再度、カモに餌やり。

 五月五日、また公園にカモに餌やりをしに行った。

 前日よりも人の出が少ないようだった。広場にあったワンタッチテントの数も前日の半数以下だ。だが、駐車場の空きは少なかった。隣接のサッカー場子供サッカーチーム試合をしていたので、公園駐車場がその関係者達に占拠されてしまい、他所から公園に遊びに来た人達は、駐車出来ずに諦めて帰ったのかもしれない。

 前日は公園に着いたらまずは敷地内をぐるりと一周散歩したが、この日は真っ直ぐ管理事務所に入った。「鯉とカモの餌」を三つ買う。300円なり。上の子と下の子のぶん、そして私のぶんだ。

 池の周りでカモに餌やりをする人々やザリガニ釣りをしている人々も、少なめ。連休最後の日はインドアに過ごしたい人が多いのだろうか?

 前日にはいくらか居た鯉の姿があまり見えない。カモは前日と同数くらいいるが、同一カモかどうかは不明

 私と子供達がカモに餌をやっている間、夫が池の周りをぐるりと回って鯉の様子を見て来た。夫によれば、鯉は燕子花の間により集まっていたそう。鯉は、産卵に忙しくて餌どころじゃないらしい。

 産卵があろうがなかろうが、この池の鯉は何故か人に餌をねだることを全くせず、人影に向かって寄ってくることもない。昔からそうなのだ。「鯉とカモの餌」は実質「カモの餌」である

 連休中、人々の投げ寄越す餌にカモは飽きてしまったのか、前日よりも食い付きが悪い。食い付きが悪いと、子供達はむきになって餌を次から次へ、なんなら鷲掴みで一度に投げつける。面倒臭そうな仕草で、カモは泳いで行ってしまう。

 前日に学んだ通り、カモは真正面に落ちて来た餌にはあまり反応しないので、横か、なんなら背後めがけて投げるのがよい。一粒ずつ投げて、食べたらより手前の方に投げて、少しずつカモをこちらの方に誘き寄せる。……と、言い聞かせても、子供達の逸る気持ちを宥めるのは無理なので、子供達がやたらめったら投げて全部外しているうちに、背後から私が投げて、カモ達をこちらに誘導する。

 公園のカモは人慣れしているが、それでも野鳥なので、決まったセーフティーゾーンを越えて近づいてくることはない。一番寄って来て、岸から1.5mくらいの所。だが、それだけ近づいてくれれば、子供の手で投げた餌でもカモはもれなく拾ってくれる。

 カモを岸に寄せたら、私の役目は終わりだ。早くも手持ちの餌を投げきってしまった下の子に残りの餌を手渡し、子供達の隣にしゃがんでカモを眺めていた。

 やがて二羽いたカモのうちの一羽が、人間相手をするのに飽きたらしく、水面に浮いた水草の根で遊び始めた。猫がねこじゃらしにじゃれつく時のように、根っこの切れっぱしを仮想敵とみなしてつつき回している。するともう一羽は反対方向へとすいすい泳いで行ってしまった。

 よく、水辺の白鳥の姿は夕方だが、水面下では白鳥の足はジタバタと不恰好に水を掻いているという。だが、カルガモ達が水面をすいすい行く時の足の動きは優雅無駄がない。茶色と緑の入り雑じった泥水の中でも、カモの足のオレンジ色は鮮やかに映えている。

 子供達は橋を渡って池の向こう岸へ行き、別のカモのコンビに餌をやり始めた。私と夫は日陰に入り、また別の二羽を眺めた。なんと、二羽のうちの一羽がうたた寝をし始めた。私と夫の他にも人間いくらかいる、その前で、自らの羽の合間に嘴を突っ込んで、うつらうつらと目を閉じたり開いたりしている。警戒心がだいぶ薄れているようで、風に吹かれるままに岸辺に流されて来て縁に敷かれた石にぶつかりそうになったところで目を覚まし、いそいそと池の中央に戻っていく。だが、しばらくするとまたこちらに流れてくる。カモ達の、ここに来る人間達への信頼度半端ない

 あまり昼寝の邪魔になるのもなんなので、こちから遠慮して岸を離れた。池の中央にかかった橋を通ると、水面に亀がひょっこり顔を出していた。種類はわからないが、外来種ではなさそうだ。どう見ても、こっちを意識している。子供達を呼び寄せて、亀がいるよと教えてやると、子供達は亀に餌を投げた。すると亀はカモよりも機敏に餌を追いかけて食べた。だが、カモほど食欲が底なしではないらしく、いくつか食べただけでくるり身体の向きを変え、泥水の中へと姿を消した。

 対岸で、子供達がカモに餌を投げるのを見守る。子供達はやはり闇雲に餌を投げるばかりで、大人のようにテクニックを駆使してカモを手懐けることは出来ないようだ。それでも、力技で遠投した餌をカモに拾われて喜んでいる。

 二人の少し後ろに、三歳くらいくらいの男の子がとことことやって来た。手には餌の袋を持っている。だが、まだ小さいので餌を遠くに投げることができない。男の子は、うちの子供達が餌を投げているのを、恨めしそうにじっと見ているだけだ。そのまた背後に、父親心配そうな顔で着いている。うちの子供達が邪魔男の子がカモに餌をあげられないという構図になってしまっていた。なので、私は子供達に声をかけて、あっちのカモに餌をやりに行こうと促した。

 池の周囲でカモに餌をあげようとしている子供の多くは、五歳以下に見える。自分の足元も覚束無い幼児もいる。彼らはどうしたらカモの気を惹けるか考えて餌を投げるということが出来ないので、節分豆まきのように餌を投げまくった末にカモ達に完全無視を決め込まれる。ガッカリしている子もいれば、とりあえず好きに餌を投げただけで満足という様子の子もいる。

 うちの子供達がその年頃のころ、私は子供達にカモの餌やりはさせなかった。うっかり足を滑らせて池に落ちることを恐れてのことでもあり、こんな小さな子に失敗が運命付けられているような事をさせても可哀想なだけなのではないかと思った。それに、その当時は池の畔に集まる子供の多くが小学生で、幼児の方こそ場違いに見えた。

 だが今は、頭の重みでいつ前のめりに転がり落ちるかわからない幼児が、器用に池の縁の石の上に立ち、池の中を覗いているのだ。

 うちの上の子はもう五年生で、この歳までカモに餌をやって遊ぶことをしないで来たわけだが、もうじき自分から幼児に紛れてこんな風に遊びたいと言うような年頃ではなくなってしまうだろう。少々の危険覚悟で、もっと小さいうちから好きに遊ばせておけば良かったのではないかという後悔を感じないでもない。だが、一人で池を覗き込んでいる年端のいかない幼児が池に転がり落ちないで済んでいるのは、単に運がいいだけにも思える。

 餌を全部投げ終わると、子供達は手を繋いで、中央広場遊具で遊んで来ると駆けていった。私が子供達の手助けをする必要はもうない。遊具で遊んでいるのも幼児とその保護者ばかりで、小学校高学年の子供達はマイナーだ。十年前は逆に大きな子供達ばかりが、少数の幼児を蹴散らすような勢いで遊具に飛び付いていて、危なっかしくひやひやしたものだ。

 後で上の子に聞いたところ、遊具には小さい子が沢山いるから、小さい子に出会ったら危なくないように道や順番を譲ったとのことだった。

 子供達が遊具で遊んでいる間、私と夫は木陰のベンチに腰掛けて待っていた。

 蓮池のところでザリガニを捕っている親子連れがいた。事務所で売られている「ザリガニ釣りキット」ではなく虫捕り網を持っている。ザリガニは釣るより手掴みした方が早いのは確かだ。

 母親が威勢よく小学校低学年くらいの息子に怒鳴っている。ここぞという時に息子が網を持ってふらふらとどこかに行こうとしたからのようだ。母親は、ザリガニ捕りどころか公園遊びにも向かないようなくるぶし丈のスカンツの裾を片手で引き上げ、もう片方の手を蓮池に突っ込んでザリガニを捕ろうとしている。根っからお転婆ではなさそうだ。そんな妻の横に立つ夫は「男らしさ」とは縁の無さそうなおっとり系だ。私の観測範囲だと、自分の息子を「男の子でしょ!」と叱る人ほどお転婆そうではなく、配偶者大人しそうな優男であることが多い。

 振り返って広場の方を見ると、上から下までスポーティーな格好の母親と、やはり上から下までスポーティーな格好の小学校高学年か中学生くらいの娘がバドミントンに興じているのが見えた。楽しそうだ。子供が大きくなったら大きくなったなりの遊び方があるようだ。私の乏しい体力では、バドミントンは無理そうだが……。

2022-05-05

カモに餌やり。

 「石の卵」という本を見た子供が、内部に宝石の入った石を探したいと騒ぐので、家族川原に行くことになった。

 ところが、川辺キャンプ場の駐車場に車を停めて川原を目指して歩いたところ、川原へ通じる小道の全てが封鎖され、「立ち入り禁止」の立札が立てられていた。

 車へ戻り、堤防沿いや川にかかる橋を通過してみたりして気づいたが、連休中でしかもいい天気なのに、川原には川遊びをする人々どころか釣り人さえ一人としていない。いつの間にか、川原全体が立ち入り禁止区域になっていたようだ。

 子供宿題の絵日記ネタが無くなったと泣いた。

 そんな訳で石拾いは諦め、翌日、市営のちょっと大きな公園に行った。お目当ては、公園の中心にある池だ。そこではザリガニ釣りと鯉に餌やりをすることが出来るのだ。

 公園に着くと、まずは散歩がてらぐるりと一回り。ここに来たのは数年ぶりだが、昔とほとんど変わっていない。芝生や樹木は手入れがなされてさっぱりとした様子。遊具では沢山の子供達が遊んでいる。噴水は十分おきに水を吹き上げる。そこに水着姿の幼児達が水浴びに興じている。

 変わった点はというと、芝生の半分くらいは沢山のポップアップテント占拠されていて、子供達が走り回る場所ではなくなっていたことくらいか

 だが、ふと気がついたが、うちの子供達は既にこういう公園で遊ぶような年齢ではなくなりつつあるのかもしれない。テントの合間をぬうように走り回る子供達より、我が子らはだいぶ大きい。うちの上の子小学五年生だ。下の子は二年生で小柄な方だが、それでもこの場所では少し浮いているかもしれない。

 池に行ってみると、昔のように畔には燕子花が葉を伸ばし、浅瀬は蓮の葉に覆われている。そして、池の中央にかかる橋から池に餌を投げ込んでいる人々がいた。どうやら今も池の鯉用の餌が売られているようだ。

 そこで、子供達を連れて公園入り口まで戻り、管理事務所に入った。昔は事務所の窓口で鯉の餌が売られていたはずだ。ところが、今は販売システムが変わっていた。事務所の裏口で「鯉・カモの餌」と「ザリガニ釣りキット」がそれぞれカプセルに入れられた状態販売されているのだ。1個100円なり。

 昔、子供達がまだ幼児だった頃は、どんなにせがまれても鯉の餌やりやザリガニ釣りはさせなかった。池の深さはそれなりにあるのに、周囲に柵などが全く設置されていないからだ。子供達が池に落ちるのを畏れた。だが、今では子供達も大きくなったことだし、これからこちらがここへ遊びに来ようと誘っても子供達の方が億劫がるかもしれない。もしかしたら、これが最初最後の機会になるかもしれないと思った。

 子供達は大喜びだ。上の子は鯉とカモの餌がいいと言い、下の子ザリガニ釣りキットを選んだ。鯉とカモの餌は思ったより多く入っていた。ザリガニ釣りキットは、タコ糸の先に小さな鉛の玉スルメの切れっぱしをくくりつけたものだった。それを園内で適当な木の枝を拾って結び着けて使うのだ。

 上の子に私がつき、下の子には夫がついた。私と上の子は池に餌を投げ込み易い、開けた場所に移動し、夫と下の子ザリガニがいそうな、浅瀬で草の陰になっている場所へと移動した。

 池の中を泳ぐ魚影は、昔に比べてだいぶ少ないように見えた。だが、一匹一匹がとても大きい。昔見たのよりも全長が倍くらいありそうな錦鯉が、泥水の中を悠々と泳いで行く。上の子はただの黒い鯉よりも錦鯉に餌を食べて欲しいらしく、餌を一粒ずつ、腕を振りかぶって遠投するが、まったくのなしのつぶて。どうやら、鯉達は全く腹を空かせていないらしい。風上の方から、ふやけた餌粒がいくつも漂ってくる。

 黙々と餌を投げ続ける上の子の横で、私はしゃがみ込み、時々水底に光る小魚の影や水面を漂う餌粒の合間をすいすいと泳ぐアメンボを眺めた。

「あーあ、全然食べてくれない」

 と、上の子が嘆いた時だった。燕子花の葉陰からカルガモが二羽、クワクワッと鳴きながら泳ぎ出て来、水面に浮かぶ餌粒を食べ始めた。ただ水の流れ任せにたゆたっていく餌粒を、カモはまるで生きている虫を捕まえるかのように、律儀に大げさに嘴を左右に振って、食んだ。そして、クワクワクワッと、まるで我々のことを「餌くれる人」と理解しているかのように見上げて鳴くのだ。時々田んぼの近くを散歩中に見かける彼らとは、ずいぶん態度が違う。用水路に浮かんでいる時の彼らは、人の気配がするやいなや、バタバタと飛び立ち、逃げてゆくというのに。人を見分けているというより、場所を見分けているのだろうという気がする。

 間近で見るカルガモは、思ったよりも目が顔の中心よりも上にあって、しかも目付きが鋭い。剣呑な目の真ん中の瞳孔は、鳩のそれと同様に虚ろだ。確か、渡辺崋山だったか……、江戸時代の終わりごろに、師匠の絵を手習いにするのではなく、自然花鳥風月を直接手本にして描く絵師がいたけれども、彼らの観察眼はかなり自然に忠実だったのだなあと、しみじみ思う。今目の前にいるカルガモは、私の子時代ワイドショーで持て囃されていた、雛を沢山連れて道路を横断するカルガモの親よりも、江戸時代の写実画によく似ている。

 上の子は、鯉を狙って餌を投げつけている間に投球のコントロールがよくなり、高確率でカモの真正面に餌を投げ込んだ。ところが、そういう時に限って、カモ達の食い付きは悪い。上の子の贔屓は、二羽のうちの後方にいる方で、これは前方に出て盛んにクワクワッ鳴いて餌を強請る奴よりも小柄で控えめに見えた。上の子は手前のカモに一粒投げたら、後ろのカモに二粒連続で投げた。だが、後ろのカモがきょとんとしている隙に手前のカモが自分に投げられた餌そっちのけで後ろのカモの分を横取りしてしまう。

「あー、ずるいーっ。なんで自分のを食べないのぉ!?

 上の子文句言い言い餌を投げる。ぼんやりと浮かぶだけの後ろのカモと、その周りを忙しなく動き回って餌を独占する、手前のカモ。後ろのカモがこちらに真っ直ぐ顔を向けたままほぼ動かないので、真正から見たカモの顔つきの不気味さがよく見える。ウサギなんかと同じで、目が顔の左右に着いているので、真向かいに向き合っても視線が合うことはない。カモのような鳥が真正から絵に描かれることが少ないのは、我々人間の顔とは違う顔をしているからであり……はっきりいって、正面から見ると別に可愛くないからでもあるんだろうな。

 と、考えていてふと気づいた。単に視野問題なのだ。私は上の子に餌を一粒貰い、後ろのカモの左脇を狙って投げた。すると、すかさず手前のカモも反応したが、後ろカモは横取りされる前に餌を食べた。やっぱり、目の前に落ちた餌は、見えないので気付き難いようだ。後ろのカモに与えようとして投げた餌はちょうど、手前のカモの視界をよぎって飛んでゆく。

 そのことを上の子に伝えたところ、上の子は二匹のカモに代わる代わるに餌を食べさせることに成功した。

 カモ達の食欲は底なしに見えたが、少しすると食べ飽きた様子で、餌を拾うのを止めてただ水を嘴で掬って飲んだ。水を飲むときは首を真上に長々と伸ばして、軽く嘴を左右に振りながら嚥下する。

 ふと、後方のカモがブルッと尻を振った。茶色い水中にあってもオレンジ色の鮮やかな、しんなりとした脚の周りを白いもやが漂っていく。

「すごい、うんちしたー!」

 なるほど、カモは水面に浮かんだままで排泄をするのか。野鳥の排泄なんて、カラス電線から飛び立ちざまに排泄をしてゆくところくらいしか見る機会がないので、いいものを見た気がする。Eテレ動物番組でも、なかなか映さないのではないか。せいぜい、ツバメの雛が親の顔に尻を向けて、ゼリー状に固まった糞を排泄して、親に糞を巣の外に捨てて貰う場面くらい。

 そういえば、冬に下の子を連れて散歩をしていたら、田んぼの真ん中でアオサギが糞をしているのを見かけた。まるで水道蛇口のように、長々と糞を噴き出し続けていた。食ったらすぐ全部排泄する。それが空を飛ぶ鳥の習性だ。

 餌を全て投げ終わったので、夫と下の子の所へ行ってみると、下の子ザリガニ全然釣れないと愚図っていた。下の子はすぐに癇癪を起こすが、案外粘り強い性格なので、取れないが食い付きはするからと、釣り上げるまで諦めないと言った。だが、夫の方が気短なので、早く帰ろうと言い出した。

 夫は、釣り場選びから釣糸の垂れ方まで下の子に口出しをしただけでもう疲れたらしい。池の周りには、夫と同じように子供以上にマジになってしまった父親達と、うんざりして別のことをやり始めた幼児があちこちにいる。

 どうしてもザリガニが釣れないので、鯉とカモの餌をもう一つ買って下の子に与えた。カモは目が左右に着いているため、真横はよく見えるが真正面はよく見えないようだ、と教えると、下の子はカモの体側にぶつけるように餌を投げた。カモは即座に反応してくるくる回りながら餌を取った。下の子がそうして黙々と餌を投げてると、やはりザリガニ取りに飽きたらしい幼児が我々の横にとことこ歩いて来て、ハルジオンの花をカモに向かってぽいぽい投げた。数メートル先の池畔では、その子父親が虫捕り網を手に持って、

「○君、ザリガニはー!?

 と怒鳴っていた。

 帰宅後、釣果が何もなかったので、日記が書けないと下の子が愚図った。でもカモに餌をやったじゃないかと宥めすかせ、日記を仕上げさせた。絵は下の子自分で描いたが、文章ほとんど私が書いたようなものだ。カモは横から餌を投げられるとよく食べる、と。カモの様子ばかりで「楽しかったです」や「面白かったです」などの自分自身の気持ち一言も書かれていない絵日記。そういうタイプの絵日記を、学校宿題として提出するなんて、子供時代には思いもしなかったなあ。

2022-04-21

anond:20220421131638

雲梯やブラ下がり型遊具撤去されましたよ 学校から

ランドセルごとうんていに挟まり小1窒息死 そして全く同じ事故が…対策なければ必ずまた起きる

anond:20220421131135

ランドセルごとうんていに挟まり小1窒息死 そして全く同じ事故が…対策なければ必ずまた起きる

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20201216-OYTET50005/

遊具事故、背負ったランドセルが… かばん、衣類のひもやフードも思わぬ事態

https://www.sankei.com/west/amp/170204/wst1702040014-a.html

重すぎるランドセル、“リスク”も背負う子どもたち

https://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/20171214-OYT8T50015/

ランドセルが重い」。最近小学生たちがこうボヤいていると聞いた。友人の子どもは小学校入学したばかりの頃、中身をつめたランドセルを背負った途端、後ろにひっくり返りそうになったという。

2022-04-05

毎日お花見

寺でお花見

 お寺の境内花見子供達と私の両親と弟と私で行った。七分咲きくらいだった。早咲きの品種の桜ばかりある山桜は葉が出始めで、花はまだたった。

 去年までは無かった立札があった。桜の枝を折らないでとか根を踏まないでとか、書いてあった。花見に沢山の人達が来るのは今に始まったことではないのだが、去年に何か悪質な悪戯でもあったのか、それともつもり積もった我慢がついに爆発したのか。

 お花見ついでにお賽銭箱に賽銭を入れて行く人が幾人か。アラサーくらいのカップルで、女性の方がお賽銭を放り込んだら、男性の方が女性の袖を引いて、なんか文句を言い、それで二人は揃って姿勢を正し、一礼二拍手をしてからまた賽銭を入れた。

 境内には桜の他にも花をつけた木が植わっている。細い花弁4枚の、黄色い花をたわわに着けた、枝の細い木があった。それを父が見て、「これはミツマタ」だと孫達に教えていたが完全に間違っている。ミツマタはその花とは似ても似つかない。沈丁花にならちょっと似ている。名前の通り、三つ又に別れた枝の先に花を咲かせる。何でそれを私が知っているのかといえば、うちの庭に生えているからだ。

 ミツマタでなければなんなんだ? と問われたが、知らないので答えられないでいると、父は「じゃあやっぱりミツマタじゃないか!」と怒り出し、勝手にそういうことにしてしまった。昔から癖の強い人だったが、歳を取るにつれて、いよいよ悪化していっている。今はなき母方の祖母が庭に植えた芙蓉のことも葵だと言ってきかない。父は祖母のことが嫌いなのでなおさらだ。母は父の言う事を何でも肯定するので、芙蓉と葵どっちだ問題でも父の方を持った。そもそも芙蓉と葵は紛らわしい見た目の花だが、苗木を買った人(祖母)が芙蓉って言ったんだからそうなんじゃねえのかな、知らんけど。

 両親と弟が一緒じゃない日にも何度か寺に花見に行った。

桜並木お花見

 ドライブスルーなだけのお花見。二十年以上前、私がこの街引っ越して来た翌日か翌々日に、この桜並木の桜が満開で、しかも桜祭りが開催されていた。それは絢爛豪華な感じだった。

 あれから二十年。当たり前だが桜はとても大きくなり、枝が電線に触れるほどの丈となった。すると近隣住民からの苦情が入るようになったらしく、桜の花や落ち葉路上に落ちないよう枝を剪定することになった。ところが、それを自治体から依頼された業者下請けに丸投げし、更に孫請の建設会社押し付けられたため、単なる素人作業となった。今の桜並木は目も当てられない有様で、何本か枯死した。でも一応はソメイヨシノらしく、沢山の花を咲かせる。あまり見映えはよくないにしろ。桜祭りは、私が見た華やかな歳が開催日に桜が咲いていた、最初最後の年だったらしい。毎年桜の開花と祭りの日程が合わずしかも決まって当日に雨の降る冬日となるので、十数年前に祭り廃止になった。

運動公園お花見

 運動公園の外周には立派な桜の木が何本も植わっている。いつか見に行こうと思っていたのだが、子供達が運動公園を怖がるので、いけないでいた。何故怖がるのかというと、運動公園には地元少年野球チームやサッカーチーム練習試合をしにやって来るからだ。

 広い公園の半分ほどは小さな子供達のためのスペースと散歩者のための遊歩道や憩いの場で、半分がサッカー場野球場なのだが、練習試合のある時は選手達が広場まで侵出してきてウォームアップをしたり、暇と体力をもて余して走り回っている。彼らは余所見をしながら全力疾走で、幼児たちがよちよち遊ぶ広場を突っ切り、順番待ちをする親子を押し退けて滑り台を駆け上がり、お年寄りの歩く遊歩道をジグザグに走ってゆく。

 ある時、子供達を連れて遊んでいたらそこへ野球チームが練習にやって来て広場しっちゃかめっちゃかになったことがあった。その時子供達は小さかったのだが、よほど恐ろしかったのだろう。いまだにその時の事を覚えているのだ。

 コロナのご時世のため、スポーツをしている人達は誰もいなかった。もしかするとグラウンド団体に貸していないのかもしれない。公園の中をぐるりと一周し、子供達を遊具で遊ばせた。広場の端に、「ここは子どものための広場です。危険ですので野球サッカーチーム侵入禁止します。練習ウォームアップ等に使用しないでください」という立札があるのを発見。見たところ、比較的新しい立札だった。

 桜の木の下を通ると、ヒヨドリ金切声を上げて飛び立つ。すると、ヒヨドリのいた枝から私達の頭上に、桜の花が花柄ごと降ってきた。地面は鳥に啄まれて落ちた花がびっしり敷き詰められていた。

 公園事務所ラウンジから死角となる場所桜の木の下で、お爺さん達のグループ酒盛りをしていた。

市民体育館お花見

 毎年花見に来るスポット子供達は、桜の花よりも、芝生を侵食しているクローバーに夢中。四つ葉が欲しいらしい。

 昼時から少し外れた時間に来ると、近隣の老人ホームデイサービスの車が何台も、車椅子に乗ったお年寄りを運んで来る。毎年の光景だ。うちの子供達が赤ん坊の頃から既に恒例行事で、お年寄りを乗せて来る車も毎年同じ施設の名が入っている。しかし毎年ここに花見に来ているお年寄りいるかどうかは知らない。

公民館お花見

 家から徒歩で行けるが、住宅街の真ん中でうちから見えるところではないため、何となく行かないまま終わる年もよくある。

 満開の花が風に煽られてはらはらと散っているところだった。子供達が花びらを追いかけて、犬みたいに走り回る。風が吹くたびに強い芳香がたつ。どこか近所の家で桜餅手作りしているのかと思って周囲を見回したら、匂いは桜の樹の下から漂って来るようだった。木根の辺りからひこばえがぼうぼうに生えていて、葉っぱと花を同時に着けている。それが匂うのだ。桜の木の上の部分はソメイヨシノで、枝に着いているのは花だけなのだが、根の部分は大島なのだ。つまり挿し木の土台だった部分がまだ大島桜の性質を遺している。

 たぶん、今は公民館の桜を管理している人は誰もいない。数年前までは公民館のすぐそばにある小さな一軒家に住んでいたお爺さんが公民館とその近くの 小さな公園植物の面倒を見ていた。だが、今はお爺さんの家は空家で、お爺さんの姿はもう長いこと見かけていない。昔はうちの前の通りを散歩して、うちの庭の桜を綺麗だとほめてくれたりした。

2022-03-29

anond:20220329092428

それは、所謂リスク社会批判に通じるだけの話だね。

 

危険可能性があるものを全て排除していった先には、何もない人生がある。

公園遊具撤去され、公園子供が来なくなる。

なんでフードがすたれないんだ

パーカーはほろびていい。冬のコートについてるフードも滅していい。ウィンドブレーカーのフードもなくていい

自分アラサー女だが、フードイコールださいという考え方。フードは服を一気にカジュアルダウンさせるし

服に大きいフードがあることによって小顔効果あるらしいがフードまじでいらん

頭を覆いたいとき帽子を被るし雨が降ったら傘をさす。なんでフードなん??いらん!!!!!

素敵な服をみつけたときフードついてたらまじがっかり

なんでトレーナースエットプルオーバーじゃだめなの?なぜパーカー??

ほんと素敵なデザインパーカー見つけたときがっかり感なんとかして

フードさえなければ買ったのに!!

それから幼児服にフードつけてる衣料メーカーばかなの??????

保育園とか幼稚園事故防止のためフード付きの服を着てこないでくださいって言われてるのしらないの????90~100サイズの服にフードもヒモもつけてるメーカーなんなん??????そのヒモ幼児の首を絞めたいのか??????

一歳二歳の子供なんかな、服にヒモがついてたらすぐにいじって悪いように遊んで事故が起きるわ。フードなんか公園遊具で遊ぶときじゃまだわ。

世の中のフードついた服はラッパーのためにあるんか??そんなにラッパー人口多いんか?

なんなんもう世の中にフードついた服ありす

2022-03-14

大怪獣のあとしまつ(マンション編)

・「ベランダの室外機が爆風で壊れた。これ修繕してくれるよね?」→共用部か専有部かを巡って紛糾

・「駐車場階段エレベーターも踏み潰されたときの衝撃で半壊か全壊してる。どれから修繕すればいいんだ」→修繕の優先順位対立住民投票をしたくても国外退避したオーナー、連絡が取れない住民多数で標準管理規約で定められた合意のための出席数を確保できず→「標準管理規約改定するしかない」「標準管理規約改訂合意も取れないじゃん」 苦悩する管理組合が描かれる

・「駐輪場駐車場が壊滅した。まあ大きな被害を受けていないだけマシだよね」→修繕業者の人手、部品不足で修繕に「N年」待ち→「うちは駐車場を使ってない。なんでうちまで駐車場修繕積立金お金さないといけないんですか?」→住民の間で議論 苦悩する管理組合が描かれる

・「うちのマンションもまあまあ被害受けたけど、どうにかなるやろ」→実は修繕積立金がない「借金マンション」でした 「は?修繕積立金がないか一時的に100万出せとか被災者に言うことか!!!」 「でも、お金がなきゃマンションを復旧できないんですけど……」「そんなんどうにかしろや!」 苦悩する管理組合が描かれる

・「被災から数カ月経ってるんだし、そろそろマンションの隣にあった憩いの場(公園)の復旧進んでほしいですが、(都道府県)は何してるの?」→「そこは公開空地となりますので、管理組合様で修繕してください」→「えっ!?」→「あと修繕するときは(都道府県)の届け出に沿って修繕してくださいね、植えていた木はこれで、遊具はこれですね!」 苦悩する管理組合が描かれる

・「補修工事をする前にアスベストが飛散してないか調査必要です」「半壊してるのに調査ってなんだよ(怒)」「この調査時間いただいておりまして、半年ほど待っていただけないかと」「いや、待てないすぐやれよ」「分かりました。それでは怪獣災害による特例措置を使って進めますので、自治体、(都道府県)、国への届け出をお願いします」 苦悩する管理組合が描かれる

高齢者が中心で判断決断もできない管理組合。見過ごされた欠陥、全てを丸投げしたヤバすぎる補修工事二次災害を予想させる形で終劇

2022-03-13

子供の頃、志摩スペイン村パルケエスパーニャ、という施設オープンして、遊びに行った。

おぼろげな記憶だが、遊具のことは全く覚えていないが、併設して外国製雑貨を売る店があった。

スペイン村にちなんで、お土産とともに売っていたのかもしれない。

外国製のものは、とても珍しくて、そして変わった不思議匂いがした。

それがとても楽しくて、面白くて、良い思い出として残っている。

ルピシアで購入したハーブティ「ハニーブッシュ」はその時の匂いがする。

美味しくないけど、飲むと幸せ気持ちを思い出す。

2022-02-22

公園遊具設置推奨派って舌がコンクリってこと忘れてんのか?

ジジイどもが生きてた時代の全面のっぱらじゃねーのよ。

ちゃんとしたアスレチック施設なら舌はクッションや土だぜ?

そこで運動すりゃいいのよ。

2022-02-01

うちの子が陽性になった

うちの4歳児が陽性になり、俺(父)と妻(母)が濃厚接触者になって現在半自宅蟄居中。

夜9時で子供が寝てヒマなので日記代わりにメモしとく

地方としては感染者の多い沖縄県南部在住

これまで周囲に陽性経験者なし

 

○今後の人へのアドバイス

・人から電話が来るのは、検査センターからの陽性判明連絡の第一報、陽性判明を受けての医者から聞き取り患者発性届作成のための事務的もので診察ではない)、保健所から法律に基づく就業制限の通知、の3回のみ。

・療養先希望確認パルスオキシメーターの配布、健康観察、マイハーシスへの登録(やった)、COCOAへの陽性登録アプリいまだ入れてない)についての説明やお願いは、検査時に書いた電話番号にCメールSMS)で来る。文字数制限があり分割されてくるので、着信音がピコピコンうるさい。陽性判明の初日と翌日はひっきりなしに鳴ってた。

・何も言わなければ自宅療養になり、ホテル療養を希望する人は自らメール希望を出さないといけない。うちは幼児をみないといけないので自宅希望で何も出してない。

・自宅療養での食料配布は希望しないと無い。自力調達が基本。うちの陽性者は偏食ぎみなので希望せず。

親の検査結果が出る前に大量の冷凍食品を買い込んでおいたが、すぐ飽きて冷凍庫在庫と化してる。(もともと外食が多かったこともあり、俺が飲食店電話テイクアウト注文して、妻が帰宅途中に受け取ってきてる)

外食が多かった人はウーバーイーツや出前館等の宅配サービス利用を検討したほうがいい。

パルスオキシメーターが届くのは遅い。まだ届いてない。

健康観察はマイハーシスユーザ登録ログインして体温や症状の有無を入力。5分もかからず手軽。と言ってられるのは無症状だからで、症状あったら不安だろうな。

マイハーシス登録できなければ機械から自動電話応答で、それもできなければ保健所職員から電話確認になるようだ。

 

保健所対応が追いついてなくて、極限まで省力化してるなという印象。

 

○経緯

 

●火曜

子の通う保育園園児プライバシー保護のためクラス不明)の親が陽性、園児が濃厚接触者になり検査中と保育園からアプリ経由で連絡。これはよくある事なので特に気にせず。

 

●木曜

夕方園児陽性判明とアプリで通知(これもよくある)、その夜に保育園から電話がきて、うちの子が濃厚接触者になって7日後まで(陽性園児の最終登園日から10日間)の登園停止と言われる。ここで初めてアプリ連絡の園児が同クラスと判明(この電話でもクラスは教えてもらってないが、濃接になったという事はそういう事でしょう)。

すぐに県南部接触PCR検査センターサイトで翌日金曜の検査予約をとり、妻は病院勤務でこの状況でも休みがとれないので事務職の俺が職場事情説明してとりあえず翌日の休暇取得。

 

●金曜

車で子と二人で検査場にいき、ドライブスルー子供のツバ(検体)を容器にとって提出。

 

●土曜

昼過ぎ検査センターから子供の陽性の電話連絡。株型は不明だが、県内の状況からしてオミクロン株でしょう。

子供毎日検温してるが発熱はなく、咳や機嫌の悪さや食欲不振もなく、普段通り元気で無症状。

(これからしばらく保育園休みでおうちだよと俺が言うと「やったー」と飛び上がって喜んでた。自宅にこもりきりになって公園に遊びに行けないのは理解してないな。)

 

すぐに妻にメールで伝え、俺の上司にも連絡。俺と妻の接触PCR検査を当日夕方に予約できた。

俺と妻は濃接者になったので、俺はしばらく出勤停止

妻は毎日朝に病院駐車場で抗元検査自分で鼻の奥まで長い綿棒つっこんでグリグリしないといけないんだぜ。病院人手不足で大変とはいえいね)して陰性なら勤務することになる。

 

正直、子供保育園に行けず妻は休暇とれないので、自分が子を見るため連続一週間以上の休暇を取りますというより、自分が濃厚接触者になって職場規定により強制出勤停止となったほうが気が楽なので、子が(無症状で元気な以上)陽性と判明してホッとした所もあった。

家庭の事情でなく自分意思によらない出勤停止で、それも自分の不注意行動による濃接でなく保育園幼児からという不可抗力なので。

 

ミクロン株の感染力の高さは聞いてるし、幼児と親が家庭内隔離なんて不可能だし、子の陽性判明の前日にも子が使ったスプーンストローを俺も妻も口に入れたりしてるので、俺と妻は陽性だろうなと予想。

陽性判明後は俺も妻も自宅から出てはいけなくなるので、妻の帰宅ついでにスーパーで大量の冷凍食品を買い込んできてもらった。(いちおうまだ濃厚接触者だし症状もないので、不要不急でなければ外出していいはずだ)

 

●日曜

車で3人で(この時だけ子供は外出させたが、車から出てないし家で見る人もいないから仕方ないだろう)検査センターに行き、ドライブスルーで俺と妻の検体(ツバ)採取して提出。

いつも休日公園に行き遊具自転車子供を遊ばせて体力発散させてるが、外に出られない(出してはいけない)ので、子供が暇をもてあまさないようyoutubeでロボカーポリーやベイビーバスを好きなだけ見せる。普段は見たい見たいと言うが、一日中見てるとさすがに飽きるようで、昼過ぎには絵本読んだり、点つなぎ本をやったり、庭でしゃぼんだま遊びしたり、リビングテント張ってキャンプごっこをする。

妻は病院ICT自分診療科部長と今後の出勤について電話でやりとりしてて忙しそうだ。翌日月曜は運良く妻の休暇がとれた。(陽性かもしれんから念の為休んどけということらしい)

 

●月曜

夕方に俺と妻の結果が電話でなくCメールで来た。つまり陰性。びっくりだ。

ミクロン株の感染力で、陽性者と自宅内でマスクなしで過ごして、一緒に風呂入って、体液(スプーンストローについた唾液)の交換してて、感染してないことってある!?

子供感染予想時期からして、日曜の検査時点で俺も妻も当然うつってると思ってたんだが。

もしかして年末に妻、正月に俺が風邪症状(数日の微熱、一週間の咳たんと喉の炎症)だったんだが、あれコロナだったのか?受診した耳鼻科クリニックの抗元検査で陰性だったので風邪と思ってたが、抗体検査は6割しか陽性検出率がないと言うから誤陰性だったのかも。

 

俺と妻の二人とも陽性になってこれから二人で子供をみる気でいたので、明日から俺一人で(陽性ながらも)元気な子供毎日みることになり、外で遊ばせて体力発散させる事もできず、金土日月の4日で既に相当子供が家の中続きで退屈してきてるので、これから木曜までどうやって過ごさせようか恐怖してる。

感染症法18条を読むと、陽性者にかけられる就業制限は「人との接触が多い仕事をやるな」と言うことなので、例えば車でひとけのないビーチや広場につれてって、誰とも接触させず遊ばせるぶんには、モラルには反してても違法ではないのではなかろうか。

子供過去に熱出して具合悪いときは俺も心が傷んで心配だったので、元気な悩みは贅沢ではあるんだが、でもこれはこれで切実な悩み。

子供我慢できそうになければ外に連れ出してしまいそうで怖い。

 

もう一つ心配なのが、俺が陽性なら検体採日から10日間の就業制限で終わりだが、自宅内隔離できない陽性者の濃厚接触者だと、子供検体採取から10日で子供就業制限解除となり、その日から(俺は社会機能維持の仕事なので)5日まで濃厚接触者としての出勤停止となり、15日間も職場に行かないことになる。

こんな長期の休みは四年前に半年間の育休をとって以来で、育休は数カ月かけて引き継ぎ準備して職場人員配置対処もあったが、今回は急な判明なのでやりかけの仕事が残ってて、しかも何も引き継ぎしてない。

とりあえずメールに直近の処理必要事項、追って発生が予想される仕事対処内容をズラズラっと書いて職場に送った。(テレワークなんて導入されてない、人対人が中心の仕事なので)

普通な休みは嬉しい嬉しいだが、急な長期休みだと周りにかける負担やうまく対処できるのかの不安ばかりで嬉しくないという知見が得られた。まさか俺が休みを嬉しくないと思うなんてな…

2022-01-25

ブーメランで鳥→当たらない。ブーメランイノシシノーダメ

何の意味がある道具なんだろうね

対人攻撃用の武器か、日常的にはそもそも遊具として製造されたのでは

2022-01-24

幼稚園児の頃に見た夢

 深い暗闇にすっぽりと包まれている。

 視界は殆ど無く、せいぜい足元の数歩が覗えるのみである

 地面は妙にのっぺりとしている。少なくとも、土や石などによる分かりやすい起伏も無ければ、草木などが生え揃っているわけではない。


 一方の腕には、金属の鎖が結ばれている。

 重く太い鎖であり、それは同じく金属の球体へと繋がっている。分かりやすい拘束具だったが、当時の自分はその用途を解さなかった。奴隷身分人間囚人が、そのような金属と鉄球をセットにした拘束具を(主に足首に)身に着けるという知識は、その時点ではまだ無い。


 そして、背中にはふさふさとした何かが触れている。

 大きく、仄かにかい何かである

 巨大な蛾が、背中にしがみついているのである

 自分身長と同じくらい大きな蛾だったが、大きさの割に重さは感じない。むしろ軽いと言ってよく、リュックサック程度のものである

 顧みるにおぞましいが、夢の中の自分はその蛾の存在に疑問を持っていない。その蛾に対して、気味が悪いと思うでもない。それを背負っていることを、不自然なこととも思わない。

 重たい球体が自分の腕に繋がれていることにも、特に疑念は無い。

 その金属の塊を遊具一種だとさえ思っている。それを引きずり回し、体操選手の操るリボンのように意のままにせんと試みている。

 背中にぶら下がる大きな蛾の重みが、少しだけ煩わしい。

 とても静かだった。

 周囲に立ち込める沈黙と同じく、心の中も凪いでおり、穏やかであった。


 とは言え、その沈黙も間もなく終わる。

 どこかから聞こえてくる。騒がしい音で終わる。

 その音は、徐々に近付いてくる。

 やがて、その近付いてくる音によって自分は夢から覚め、音の正体をも知ることになる。


 結局のところ、その音は自分自身の泣き声だった。


 現実世界では、自分リビングの床で昼寝をしており、火の点いたように泣き叫んでいたのである

 その大きすぎる泣き声によって、自分は目覚めたのであった。

 自分自分制御することができない。

 慌てて駆け寄ってきた両親も、泣き叫び続ける我が子の存在を持て余していた。



 背中にしがみついた巨大な蛾も、腕に繋がっていた金属の球も、双方共に、現実自分にとっては耐え難いものだった。夢の中の自分は、それを少しばかり持て余すだけだったにも関わらずである

 今になって考えたところで、その、背中と腕に結びついた重みが何を意味するのかははっきりとしない。

 とは言え、その名状し難い重さが、反省次元を持たない幼児にさえ付き纏うという事実に、後の自分は恐々としたものである

幼稚園児の頃に見た夢

 深い暗闇にすっぽりと包まれている。

 視界は殆ど無く、足元のせいぜい数歩が覗えるのみである

 地面は妙にのっぺりとしている。少なくとも、土や石などによる分かりやすい起伏も無ければ、草木などが生え揃っているわけではない。


 一方の腕には、金属の鎖が結ばれている。

 重く太い鎖であり、それは同じく金属の球体へと繋がっている。分かりやすい拘束具だったが、当時の自分はその用途を解さなかった。奴隷身分人間囚人が、そのような金属と鉄球をセットにした拘束具を(主に足首に)身に着けるという知識は、その時点ではまだ無い。


 そして、背中にはふさふさとした何かが触れている。

 大きく、仄かにかい何かである

 巨大な蛾が、背中にしがみついているのである

 自分身長と同じくらい大きな蛾だったが、大きさの割に重さは感じない。むしろ軽いと言ってよく、リュックサック程度のものである

 顧みるにおぞましいが、夢の中の自分はその蛾の存在に疑問を持っていない。その蛾に対して、気味が悪いと思うでもない。それを背負っていることを、不自然なこととも思わない。

 重たい球体が自分の腕に繋がれていることにも、特に疑念は無い。

 その金属の塊を遊具一種だとさえ思っている。それを引きずり回し、体操選手の操るリボンのように意のままにせんと試みている。

 背中にぶら下がる大きな蛾の重みが、少しだけ煩わしい。

 とても静かだった。

 周囲に立ち込める沈黙と同じく、心の中も凪いでおり、穏やかであった。


 とは言え、その沈黙も間もなく終わる。

 どこかから聞こえてくる。騒がしい音で終わる。

 その音は、徐々に近付いてくる。

 やがて、その近付いてくる音によって自分は夢から覚め、音の正体をも知ることになる。


 結局のところ、その音は自分自身の泣き声だった。


 現実世界では、自分リビングの床で昼寝をしており、火の点いたように泣き叫んでいたのである

 その大きすぎる泣き声によって、自分は目覚めたのであった。

 自分自分制御することができない。

 慌てて駆け寄ってきた両親も、泣き叫び続ける我が子の存在を持て余していた。



 背中にしがみついた巨大な蛾も、腕に繋がっていた金属の球も、双方共に、現実自分にとっては耐え難いものだった。夢の中の自分は、それを少しばかり持て余すだけで、自分身体自然に触れ合う物体しか認識していなかったにも関わらずである

 今になって考えたところで、その、背中と腕に結びついた重みが何を意味するのかははっきりとしない。

 とは言え、その名状し難い重さが、反省次元を持たない幼児にさえ付き纏うという事実に、後の自分は恐々としたものである

2022-01-11

3歳の息子と8歳の少年公園にて。

3歳の息子を昨日、公園に連れて行った。

たまの祝日ものんびりしてられないのが

子育て世代の辛いところだ。

いつも行く近所の公園ではなく、

歩いて15分ほどの方に行くことにした。

さな公園で、遊具ブランコすべり台だけ。

しかし息子のお気に入り公園なのだ

公園につくなり、テンションがあがった息子は

「あそぼーーー!」と大きな声をあげた。

それは父親自分への発言だったのだが、

声が大きすぎた。一人で滑り台で遊んでいた

少年が「いーいーよー!」と言いながら

こっちに向かって走って来る。自分への

呼びかけだと勘違いしたのだ。

小学2〜3年生くらいだろうか。どうしよう、

ちょっとヤバい子かもしれない…と心配していたが

彼はとにかく良い子であった。

ブランコでも滑り台でも先に息子に遊ばせ、

息子が上手にできない時は自分がやって手本を見せ、

遊んでいる中で息子が電車が好きだと分かるや、

足で地面に線路を描き電車ごっこを始める。

とんでもないサービス精神の持ち主である

最終的にはぐるぐると追いかけっこするだけの

遊びとすら言えない行為に延々付き合ってくれた。

自分は一つしかないベンチに

腰掛けて、ずっと二人を眺めていた。

しばらく追いかけっこをすると

少し疲れてしまったようで、少年

自分の隣に座った。息子は少年と遊ぶのが

よほど楽しかったのか、余韻を楽しむように

まだ一人でぐるぐると走っている。

はいくつなの?と聞くと

7歳。でも、来月に8歳だと言う。

小学2年生であった。初見の時の

読みはだいたい当たっていた。

本当はこっちから声をかけようと思ったんだけど

コロナでそんなことしたら怒られちゃうかもと

思って声かけられなかったから、声かけてくれて

しかったと話してくれた。いや、それは

君の勘違いなんだけど…とは言わなかった。

小学校2年生って言うと、学校入ってから

ずっとコロナだね、と聞いてみると

そう。だから、こうやって遊んだ

あんまりできないんだと答えてくれた。

しゃべりながら遊んだりしちゃダメな感じが

あるんだと。それは大変だねと返事して

なかなか二の句を告げられずにいると、

喉乾いたから水飲もうと言って

少年はベンチからすっと駆けだした。

ねえ、君も水を飲みなよ、と彼は息子を

水飲み場に呼んでいる。

走る彼の背中を見ながら、

ああ、随分と長い間彼のような子たちに、

我慢経験喪失を味わわせているんだなあと思い

胸が傷んだ。そうして我々が手にした物は、

小学生のみならず

10代の若者たちに2年間もの期間を

無為に過ごさせてまで

手に入れる価値本当にあったんだろうか。

そんなふうに自問してしまう。

あと2か月もすれば春になる。

次の新学期には、せめて若者たちだけでも

これまでどおりの生活ができるように

してほしい。めいっぱい

しゃべって、遊んで、楽しんで

日々を過ごしてほしい。そんなことを思いながら、

夢中で遊び続ける二人を見ていた。

お昼ご飯も食べぬまま1時をまわり、さすがに

少年より先に息子と公園を後にすることにした。

二人でさよなら挨拶をして帰ろうとしたら

もう一度バイバイしてくると言って

息子は少年のところに駆け戻り、随分と長い間

バイバイしていた。ようやく戻ってきて

二人で歩き始めると、振り返る度に少年

手を振っている。曲道で僕達が見えなくなるまで

彼は手を振り続けていた。

2022-01-05

マスクはあまりつけない

名古屋から電車で30分ちょっとのそこそこ田舎。家の周りは田んぼばっかり。スーパーなど店に入るときマスクつけるけど、近所のお散歩とか、公園に行くくらいだったら全く密にならないのでマスクは付けない。

地元公園には多いときで4組くらいの親子がいる。時間帯を選べば無人ときも多い。遊具使う間隔も広々としていて、一緒にわちゃわちゃ遊ぶわけではないので、親はマスクしてても3歳の娘はマスクしてないことが多い。

今での感染の波が大きかったときも、市内で発表される感染者はさほど多くなかった。

親が笑ってる顔、子供が笑ってる顔、お友達が笑ってる顔、そういうものをたくさん奪われた数年間。これから少しずつ取り戻していくのかなあ

2021-12-31

問題職員の正しい辞めさせ方 3/10

case2.B子さん

二人目のB子さんは、ある意味で私と同期だった。私がK市に採用された年に、高校を出たばかりの彼女が入庁してきた。

K市に入ってからの私というのは、せっせと新人公務員として基本的事柄勉強したり、各庁舎をぐるぐると見回って雰囲気を掴んだり(大抵は職員への挨拶を兼ねている)、K市が主催するイベントスタッフとして十数回と参加したり、多くの自治体職員が集まる研修に出席したり、ほかの幹部がまとめた人事政策に対してフィードバックを述べたり……あっという間に5ヵ月が過ぎていった。

その頃だった。B子さんについての苦情が寄せられたのは。毎年9月にある新人職員への人事面談の折に、B子さんのいる課から上がってきた。一応、直属の上司事実であると認めた苦情ということで、今度はB子さんと面談室で話をすることになった。指導的な色合いが強い内容になる。

今でも思い出す。あの女は人生をナメていた。なめ猫なんて甘っちょろいものではない。すでに組織を蝕む害獣となりかけていた。

面談室に入ってきた彼女を見て衝撃を受けた。髪の毛は脱色しているし、恰好女性向けファッション誌に出てくるそのものだったし、朱色のスカートの丈は相当な短さだったし、口紅は真っ赤だったし、ピアスをしていたし、首に〇〇〇〇〇もついていたし……どこから突っ込んでいいのかわからない。

私も、世間一般では活発で知られた営業会社で働いていたが、彼女ほど派手な恰好女子社員はさすがに見たことがない。せいぜい茶髪や控えめなチークだった。多くのお客様の前に出ないといけないからだ。

A夫さんの時と同じく、面談室の両側のソファにお互いに座った。こちらには人事課長が、向こうにはB子さんの直属の上司がいる。

面談が始まった。初めに私の方から、「B子さんですね。お仕事で忙しいところすいません。まずは事実確認ですが、今着用しているような衣服を先輩に注意されたことはありますか」と尋ねた。

以下、大まかなやりとりになる。

「あります。年のいった人から注意されました」

「その先輩には、なんて言って答えましたか

「私の自由です、と何度言ってもわかってもらえないんで、『ハラスメントです、やめてください、気持ち悪いです。これ以上は親に話します』と伝えました」

「それは、先輩があなたのことを思って言ってくれたのではないですか?」

「違います

「では、どんな気持ちだったと思う?」

「ムカついたから言ってきたんだと思います

ほかの行動、例えば自分が気に入らない職員無視するとか、夜の窓口勤務中にチョコレートを食べながらほかの女性職員雑談していたとか、勤務時間中に携帯をいじって過ごしていたことなど、色々と聞いていったが、終始ブスッとした調子で返答するのみだった。最後に、だるそうな口調で「何とかやってみます」とだけ告げた。

面談中、私はB子さんの履歴書採用試験時の成績を見ていた。偏差値50くらいの公立高校を出ていて、英検漢検の初級程度を持っていて、採用試験筆記試験)ではほぼ満点を取っていて、性格適性検査ではやや嘘つきと出ていて、肝心の面接試験では、「明るくハキハキしていて、利発な印象を受ける」とあった――採用試験でわかることなど、この程度のものだ。

いったん話は逸れる。私が採用された背景(どんな目的を叶えたくて私を採用したのか)、当時の市長から受けた勅命を述べる。

「優れた職員を残し、不要人間は残さない」「次世代に残すべき職員採用する」「そうした職員が辞めない環境を作る」といったものだ。

冒頭に述べたように、このK市の新規採用職員の3年以内離職率について、十数年前は1割未満だったものが、私が市長からスカウトされた年には約35%まで悪化していた。20採用したら、3年以内に7人が辞めていることになる。3年超えになると、もう数パーセント上昇する。

辞めた者の中には、将来を嘱望される人材が何人も含まれていた。ボリュームゾーンは30才手前で、これまで将来を期待されて県庁や国の機関に出向したり、エース級の職員が配属される部署で頑張っていた職員らが退職を選んでいた。この状況を正すことが、私に課せられた任務だ。

市長の談によると、人事課が収集した退職理由の中でトップだったのが、「将来、昇進しても幸せになる未来が見えない」で、肉薄して2番目だったのが、「異常な言動を取る職員が多いうえ、上の人が彼らに何の対策もしない。働いているのがばかばかしい」というものだった。

このうち、私が解決に役立ちそうなのは二番目の課題だった。一番目の課題は、プロパー職員が自ら考えて実行すべきことである。外部の人間である私が考えるのはお門違いだ。アドバイスはさせてもらうが……。

話を戻す。

これらを踏まえて、B子さんへの対応を考えることになる。面談を終えて、私はその場で人事課長に目配せをして問いかけた。

「B子さんを切りましょう」

「試用期間とはいえ、難しいのでは。やめておきましょう。あの子はまだ若い。立ち直るかもしれない」

ツッコミが入った。想定どおりだ。

試用期間中分限免職処分は、K市はもちろん、県内他市町でもほとんど例がない。が、私はそれに成功した市町村のいくつかを研究していた。

「試用期間での成績が不良である場合正式採用しないことができます判例を調べましたが、いくつかの市町村では実際に行われているようです」

「うん……考えるべきところではある。あの子は、ちょっとひどいとも思います。ただ、私の権限ではちょっと決めかねます

権限は置いといて、あなた個人判断は?」

「わかりません。市長にも副市長にも総務部長にも伺ってみないと。これは全庁的な問題なので、もっと、いろいろと議論を重ねてみるべきかと」

市長問題ないでしょう。ほかの人は私が説得してみますしかし、第一には人事課長であるあなたの職分ではないですか」

「それはそうですが、職員の進退そのもの判断することはできません。それを言うなら、私さんの役職は一応は部長級なんですし、私らと違って一流の会社にいましたし、市長の元部下なんでしょう。私よりもやりやすいんじゃないですか。とにかく、私にはどうすべきかわかりません。例年であれば、あの子はそのまま正式採用されます

人事課長は乗り気でないようだった。

それから面談室を出て、人事課に戻って、課内の奥野須美に着席した。

私の机と椅子は人事課の奥にある。

2022/01/02 追記 奥野須美さんには着席していません。奥の隅の誤りです。

その後も何度か討論を重ねた後、B子さんへの対応が決まった――退職勧告だ。

後日、総務部長の口頭での承認を得た。市長は、「お前の好きにやれ。判は押す。証拠絶対に固めるように」とのこと。副市長は猛反対だった。予想どおりの瞬殺だった。

そして、不安そうにする人事課の職員らに対して私は、「市長からは、現場判断していいとの答えをもらっています。何かあれば私が責任を取りますあなた達に迷惑はかけません。協力を求めます」と答えた。

責任など取りたいはずもない。が、ここはレイズの場面だ。攻めるのだ。戦え。今しかない。ここで勝てれば、私の信用は外部登用組の管理職(※当時、国や県や民間から計4人の出向を受け入れていた)の中でも相当に高くなる。ここは何としても取りたい。

方針が決まったとなれば、後は実行だ。

今回のメンバーは、人事課長と私だった。前回は私が面談を主導したので、今回は課長が行うことになった。こういう貴重な経験は、多くの人間シェアすべきという考えによる。

人事課長は、不安そうな顔つきだった――この人は将来を嘱望されている。当時は50代半ばで、順当に上の人間の席が空けば総務部長にもなると言われていた。

安心してください。上の人間は『方針』を認めていますあくま方針だけですが。今後のK市のためにも、ぜひあなた実施すべきです」

私が激すると、彼はしぶしぶ動き出した。

そして、いよいよ始まった面談は、思ったよりも淡々としていた。B子さんが面談室に1人で入ってきた時、人事課長ソファ中央腰掛けていた。話の最中は、私が脇にある椅子で見守っていた。

さて、Bさんとのちょっとしたやりとりの後、人事課長は「あなたを本採用できません」と告げた。それから理由などの説明が終わると――B子さんは顔を一瞬だけ歪ませて、また元の顔に戻ると、「わかりました」とだけ告げた。面談後は、泣きそうな表情でその場を後にした。抵抗はなかった。

あっけないほどすぐに終わった。時間にして5、6分だった。もっと抵抗されると思っていた。本人もわかっていたのではないだろうか。自分がこうなることを。

「〇〇課長、やりましたね。苦しかったでしょうが、これが新しい一歩なんですよ。踏み出せたじゃないですか」

私は、片方の拳で人事課長の脇腹を貫いた。彼はちょっと痛がるようにしてから、拳を額に当ててソファの上で態勢を沈ませる。

神妙な面持ちで、「B子さんは何とかなるんですかね。これは脅しの一種ですよね。反省すれば、クビにはならないんですよね?」と呟くように述べた。

「お前みたいな悪いお人好しが組織を腐らせるんだよ。もっと組織のために悪者になってみろ」

という言葉を飲み込んで私は、その場の片付けを始めた。

B子さんの退職の話を聞いた副市長が、再び私と総務部長を呼び出した。やはり逆鱗に触れたようだった。今回は稟議書(※B子さんの聴取記録のこと。A夫さんは犯罪関係市長までそれを回す必要があった)を回すほどの案件ではなかったのに、なぜわかったのだろうか。私だってB子さんの今後を考えている。分限免職だが、形式上は年度末での通常の退職という形にしていた。

副市長とは激しい議論になった。彼が退職するまで、少なくとも5回は苛烈な論戦をした思い出がある。私は何度も説明した。これから公務員業界が厳しくなっていく中で、これまでの人事政策を変えていく必要があることを。勤務成績が極端に悪い職員を追い出すことの合理性を説いた。

が、わかってもらえることはなかった。副市長は、人事課の主導で職員を辞めさせるのを避けたいようだった。最後に、こういうやり取りがあった。

市長が「それでいい」と、どうしても言うなら私は反対しない。一番に重い責任を取るのは市長なんだからしかし……こうした案件について私は承認しない。法令上は、市長意思さえあれば有効意思決定だ。やりたいなら好きにやれ。もうこういった件は私のところに持ってくるな。不愉快だ。いいね?」

「いえ、それでも副市長に話は持っていきます。ここのルールですからね」

数日後、B子さんの母親から人事課に電話がかかってきた。電話を受けたのは私だった。「B子の母です」と名乗る声を聞いた時、私はB子さんに関係する資料を手元に手繰り寄せた。

「この度は、娘が申し訳ないことをしました。本当にすいません」

開口一番がそれだった。

B子さんが本採用にならなかった理由は本人に説明したが、母親再確認をしたかったようだ。

理由はB子さんが述べたとおりです。公務員、いや社会人としてよくない面が多すぎました。もちろん、いきなり職場に来るなということではなく、来年3月末までは在籍できます給料ボーナスも満額払われます。その間に、また就職活動の方をしていただいて~」

「本当にすいませんでした……お給料までお支払いいただいて。今回はご迷惑をかけましたが、何かあったらまたよろしくお願いします」

終始謝りっぱなしだった。この子にしてこの親あり、という俗諺の例外を今まさに見ていた。

「この親からの子が育ったのか!?」とその時は何となく考えていたのだが、後日、答えのようなものが見つかった。申し訳ないが、ここで公表することはできない。一線を越えていると判断する。

その時、私の中に罪悪感のようなものが込み上げてきた。世の中には、どうしようもない事情というものがあって、それに翻弄され続ける人間も当然に存在する。B子さんも、その1人だった。

少しだけ話そう。あの後、総務部長が、「せっかくだからもっとの子を調べてみたら」と助言してくれた。指示されるがまま、市民課(住基ネット)や税務課(税務情報システム)や福祉課(福祉情報システム)でB子さんの情報を集めてみた。すると……。

今の私が、当時の私にアドバイスをするとしたら、「あと1年は様子を見てもいい」(地方公務員法には試用期間延長のルールがある)と告げるに違いない。

いかに私が民間企業で人事責任者をやっていたとしても、人にはその数だけ事情がある。即座にすべてを把握する力はない。結果的に、私はそれを汲み取ることができなかった。もっと、深く細かくB子さんに寄り添っていたらよかった。

[追記]

ここまでの描写だと、まるで私と副市長犬猿の仲だったように映るが、実際には違う。仕事で一緒になることがあれば、普通に冗談などを言い合っていた。

例えば、遠方にある他市町の児童福祉施設を視察していた時だった。市長副市長と私その他は、保育の現場を見た後に自由見学していたのだが、やがて2階の大きな吹き抜けになったフロアの隅に辿り着いた。そこには、「幼児 プレイコーナー」と看板に書かれたスペースがあって、どうやら小さい子ども向けの遊び場のようだった。プラ素材の小さい滑り台から小学校低学年向けのジャングルジムまで、様々な遊具が置いてある。

副市長は、「あの名前は気に入らない」と呟いた。文書のインデントが0.5文字ズレているだけで不機嫌になる人だ。例えば、いま私は、上の「幼児 プレイコーナー」を半角スペースとしたが、K市で働いている時なら公務員業界慣行に従って全角スペースにしただろう。

私は、「一般的な名称だと思いますが……どこかおかしいところが?」と意見したところ、「色々ある」とだけ返ってきた。

夜になって、視察終了祝いの一次会があった。さあ次はどこで飲もうかと、市長副市長その他と歓楽街をうろついていた。このレベル役職の人はK市内で飲めないため、こういった視察が貴重な機会になる。

「××君。ほら、あれ見てみろ! 幼児プレイだ」

と、酔っぱらった副市長が私の襟ぐりを掴んだ。風俗街の一角を指さしている。

幼児プレイあります」「ママに甘えたい!」「授乳OK」などと書かれた看板のぼりが立ち並んでいた。

「後で行ってみるか。おごるぞ」と意気込む副市長に対し、市長が「昼もやってるみたいだ。なあ副市長、視察の前に(以下自主規制)」とツッコミを入れていた。

それで私は、「もしかして副市長はあのとき風俗のことを考えてたんですか!? あの真剣な顔で、さっき現場で見たどの先生がよかったとか? ねえ副市長

「ふざけているのかお前はッ!! 真面目にやれ!」

副市長は激昂していた。

仕事馬鹿にするのも大概にしろ!」

歓楽街一角で怒鳴られる私を尻目に、市長とほかの幹部はどこかに行き始めていた。

「お前、幼児意味がわかってんのか!?」

「わからないです」

法律では満1歳から就学前の子どもを幼児と言うんだろうが!! あそこには小学生も遊べる立体遊具があっただろうが!! 矛盾に気づけッ!」

「すいませんでした」

年に一度は視察などで副市長と飲む機会があったが、普段が真面目すぎるだけで、面白い顔もちゃんとある

人間基本的にそうだ。あなたにとって好きな面も嫌いな面も、両方ちゃんと澄んだ目で見ることができるのなら、ケンカになっても関係が壊れることはない。

あなたは、自分が嫌いな人間のことを認めることができるだろうか。人のいいところを見つけることができるだろうか? 自分でも今、何を書いているのかわからなくなってきた……。

https://anond.hatelabo.jp/20211231220517

2021-12-22

anond:20211221125627

うちの近所(といっても車で行く距離)に保育所できたけど、遊具は全部新しいものだったな

2021-12-20

あれは幽霊だったのかな?

アラサーの女です。二歳の子供が遊具役割も果たすベンチであそんでいるところをスマホ撮影していた。動画をとっているときに私が少し後退りしたら誰かにぶつかった。謝って振り向くとマスクをした制服姿の小学校低学年の男子こちらを見ていた。わたしが後退りをしたから偶然通行人にぶつかったのではなく、少年わたしのすぐ後ろに接近してたからぶつかったんだとわかった。

え?なんで?もしかしてわたしが背負ってたリュックを開けてすろうとしてたのか?え?

警戒モードになって少年対峙してたのだが

少年は「なにかを撮影してたんですか?ちょっと気になって…」と言った。わたし撮影してたところに少年うつりこんだから動画を消してほしいのかな?と思いつつも自分の二歳の子供を撮っていたんだと説明した。説明しながら、そんなこと見てたらわかるじゃん。なんで撮影が気になってなんていうんだろう?知的障害でもある子供なんだろうか?などと想像していた。

少年は「すみません」と謝ってその場を立ち去った。コミュニケーションとして不自然なところばかりで。広い広場わたしの背後、至近距離までわざわざ接近するのもおかしいし、どうみても我が子を撮影している母親に「なにを撮影してるのか気になって」と話すのもおかしい。わたしは2メートルもはなれてない距離自分の子供を撮ってたんだからなにやってるのか一目瞭然なのに。小学校低学年の男の子が「この女は隙だらけだ」とリュックからなにかをすろうとするのもおかしいし。公衆面前日本スリってなかなか考えられない。

仄暗い水の底からみたいに子供幽霊が親が恋しくて赤の他人に接近してきたのか?

それともわたしの顔が自分母親そっくりだったとか??

昨日は心霊のことばかり考えていたかわたしが見たのは幽霊か?と考えてしまう。

あとから動画を見てもおかしものはなにもうつってなかった。

2021-11-24

anond:20211123155359

着替え一式とタオルお菓子おもちゃかなあ

生後半年くらいの赤子を人の大勢いる繁華街にわざわざ連れ出さなくてもと思うが。大型商業施設の方が設備が整ってるのはその通りだけど。

お出かけ先としては10年くらいのはてブによく上がってたデートコース向けの大きめの公園とかがいいかもね。遊具で遊べるようになるまでもなかなか長いんだよね。3歳くらいになればアソブラボーとかアソボーノとかで楽しめるかな。あとボランティアが大きめの公園で遊び場をやってたりする。

2021-11-21

anond:20211121155327

子供向け遊興施設の全面トランポリンのような遊具を創ることができそう。

ビール腹だけで構成された空間幼児が入り込み、左から跳ね返されたと思ったら右からも、そして下からも上からビール腹に跳ね返される。

まるで宇宙空間に迷い込んだかのようなあまりに非日常体験を前に、幼児は泣き叫び、笑い叫ぶ。

彼または彼女は知らず知らずのうちに空間把握能力と情操能力を育み、遊具を後にする頃には一回りも二回りも大きくなっているものである

2021-11-07

遊園地

株主優待の期限が近いので遊園地に行って来た。

8時半出発予定だったが出たのは9時過ぎ。

息子は出発間際に毎回10分ぐらいトイレにこもる。

車に乗って3分、娘が退屈だとゴネる。

息子も暇だとゴネる。

行くの止めるかと一喝して黙らせる。

相模湖プレジャーフォレストに着く。

優待フリーパス3枚と娘の券だけ購入する。

妻が入ってすぐのアスレチック子ども誘導する。

わず耳を疑う。

アスレチック結構な斜面に数々の遊具が並んで入園料だけで遊べる。

子どもの体力と時間を削れるが親の体力も無くなる諸刃の剣

止めようとしたがすでに子供がやる気になってる。

仕方なく見守る。

奴隷船にあるような棒を回す遊具を息子が回したら娘の頭に当たって娘が転んだ。

妻がブチ切れ。

それ以降子どもたちは妻に近寄らない。

休日なんてこんなもんだよな

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