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2018-12-15

これまで眠ったことのある場所について評価をまとめていく

単なる個人的感想というか、メモの端書の様なものなので悪しからず。

布団

一番スタンダード睡眠場所である。横になる分熟睡しやすい。

疲労回復観点からしてもトップクラスの寝方だと思う。

難点としては睡眠時間が伸びる、ついつい寝坊やすいということくらいか初心者向け。

椅子

少し寝るのにコツがいるが、各々スタイル確立していけば熟睡は可能

ただ首や腰に負担がかかりやすく、睡眠の質がそこまで高くはないため頭痛や気だるさも残りやすい。

足が伸ばせるか、机があるかな環境要因でも結構やすさは変わってくる。

トイレ

椅子環境的には変わらないが、適度に人が来ず寝やすトイレを探すのが困難。

やすさ云々よりも「寝れるトイレ」を探すほうが難易度が高く、そういう意味では上級者向け。

また、スマホを持ったまま寝落ちすると落とす危険性がある。(経験済)

風呂

失神のしやすから寝落ちするだけなら楽。

しかしその実、睡眠の質はそこまで高くないうえ水温が下がりやす風邪の原因となりやすい。

1~2時間の仮眠が目的ならアリかもしれない。常に死亡する危険性があるためあまりお勧めはしない。

意外と体勢が固定化されているので溺れることは少ない……はず。

ゲーセン

多少騒音がうるさい上に灰皿が飛んでくる可能性が高い。また高確率店員に起こされる。

しか場所によっては店員が来るまでの時間にムラがあるため十分仮眠はとれる。

徹夜明けでいけば騒音も気にせず寝られるので若干おススメ。

道端

フリースタイル代表格。場所特有妨害危険性があるので難易度も様々。

環境を楽しめる中上級者向けか。酔っ払いの多いアーケードだと客引きあんちゃん警察にたたき起こされやすい。

公園

難易度はぐっと下がる。ベンチなどが併設されている所が狙い目だがないなら滑り台など遊具で体を固定化させると楽。

早朝ランニングの方々に声をかけられやすくなるので、寝るなら明け方前に起きておくこと。

また、ホームレスおっちゃんが先に占有していたらおとなしく場所を変えた方が良い。

ロッカー

立ち/しゃがみ、どちらを選択しても意外と窮屈。自由度が低い分寝やすさ、睡眠の質ともに難易度が高い。

内部から衝撃を与えて横倒しにできればだいぶ改善されるが、ダメージを負うのであまり宜しくはない。広範囲の青あざで済んだがまだ良いほうかもしれない。

外の様子が分からないのでスリルを楽しみたい人向け。個人的には一日半くらいが閉じ込められる限界だと思う。




思い返せばまだあると思うので、気が向いたら書くかもしれない。

2018-12-03

anond:20181203113804

なんか今調べてみたところ、キッズ向け遊具のみ設置してあるキッズコーナーは利用無料だが親同伴必須で、もう一つキッズ向け託児施設みたいなのが有料で存在するらしい。(一時間400円位)

流石に無料じゃやってくれねえんだな。

2018-11-26

anond:20181125055531

元増田に触発されて、大学時代自分自殺未遂をしていた頃のことを思い出していた。自殺未遂と言っても、救急車警察のお世話にもならない程度に自殺を企てて失敗して諦めるようなものではあった。とはいえ、今思い返してみると自分人生ではそれなりに重要位置づけにあった出来事だったように感じるので、供養のために当時のことを思い返して書いてみようと思った。

大学の頃はとにかく自分の不甲斐なさ、生きる才能のなさに絶望していた。バイトでも研究室でも上手くいかず失敗ばかりで常に低評価、何をしても上の立場の者を怒らせてしまい下の立場の者からは憐れまれる、同期も含めて誰とも信頼関係を築けない、などで常に悩み苦しんでいた。いつだったか、親に「普通のことが普通にできるようになって欲しい」と言われた。自分も心底そう願っていたのだが、周囲が普通にできていることができないまま、失敗体験ばかりが積み重なっていった。

その社会的に上手くいかない大部分は、今顧みると自分発達障害的な特性に起因していたのだと思う。だが、その頃は発達障害に対する知識量が乏しく、自分発達障害であると疑いもせずに、漠然としつつも強い社会不適合感を感じながら生きていた。

そのうち、何か現実で失敗して大きく自分失望する出来事があったとき自殺を試みるようになった。

ある時は凍死を試みた。当時は北海道に住んでいたので、冬の夜に外で寝ると簡単に凍死できる。酒をコンビニでたくさん買って、酩酊したのちに雪の中で寝ることで死のうとした。だが、いざ酒をしこたま飲んでも「ここで寝たら死ぬ」という本能的な危機意識が強まり意識覚醒するばかりで思うように酩酊することができなかった。結局、1時間半ほど雪中にいたのちに無理だと悟り、冷え切った指をさすりながらフラフラ家に帰った。

ある時はヘリウム自殺を試みた。本当は数百リットル入っている大きなヘリウム缶を購入した方がよかったのだが、実家住まいだったため家に持ち込むのは現実的でなく、結局十数リットルの小型缶を2本買った。ビニール袋を頭から被り、その中にヘリウムを充満させ、呼吸すると酸素不足で意識を失いそのまま死に至るという寸法だ。結果はまあ当たり前だが、ヘリウム絶対量が足りず、意識を失うことすら叶わなかった。「死ねなかった…」と独りごちたとき、例のパーティヘリウムを吸った時の声が高くなる現象が起き、思わず笑ってしまった。一瞬だけ、自殺に失敗した絶望感が紛れた。

他にも非定型首吊りを試みたりと何度か自殺を決行した。だが、いずれも準備不足だったり、途中で怖くなってしまって未遂に終わることを何回か繰り返した。そうしてまた現実に向き合わなければならない絶望感を抱えつつ、辛くて苦しい日常に戻っていった。ただこの自殺失敗は無意味ではなく、いつでも死ねるという選択肢があると自分に言い聞かせることで、現実の辛さから目を背ける逃避行為になっていたと思う。

そうして毎日をやり過ごしていたところで、大学院の研究発表が間近の冬の時期に、これまで数ヶ月かけて実験してきたデータが使い物にならないと判明した。自分のこれまでやってきたことが無為だと感じたときに、なんとか生きようとしていた気力の糸が完全に切れてしまった。この出来事自体が大きい意味を持っていたというよりは、これまでの失敗体験により自分への失望や将来への希望の無さが雪だるま式に積み重なっていって、この出来事で許容値を超えたと言った方が正しいと思う。この先生きていても苦しいだけで希望も何もない、自分は何も成功を収めるすることができない落伍者だという思いがピークに達し、自殺を決行しようと思った。

定型首吊りをしようと、酒を飲んだあと人気のない公園に行き、自分身長以上ある遊具ロープを括り付けた。その後、遊具に昇って首にロープをかけ、足を遊具から踏み外した。頭に血がパンパンに溜まり熱くなるのが分かり、同時に意識に靄が徐々にかかっていった。あと数秒、首に圧力が加わったなら意識を失い、やがて死に至ると強く実感した。そのように感じた瞬間、死が急に身近に思えてきて、一瞬でとてつもない恐怖心が芽生えた。手でロープを掴み首に掛かる圧力を緩めたあと、必死にもがいて首からロープを外し、倒れ込むように雪の上に落ちた。

その後も何回か試したが、同じようにあと数秒で意識を失えるところで首からロープを外し、断念することを繰り返した。あと数秒だけ首に力を込めれば意識を失えたのだが、その一線を越えるのがとてつもなく大きな壁のように感じ、どうしても乗り越えられなかった。結局3回ほど試したのち、無理だと悟って家に帰った。

上で書いた通り、自分にとって自殺は辛い現実から目を背ける唯一無二の手段だった。死ぬという選択肢があると信じ込むことで、どんなに現実で失敗をしたとしても、死ねば救われると信じていた。しかしこの自殺未遂により、ここまで死に接近しても、死という一線を越えることは自分にはできない、死を現実の逃避先にするのは無理だと悟ってしまった。すると、これまでは生きるか死ぬかの狭間でウロウロ迷っていたのが、死ぬことが無理ならこの先も生きていくしかなく、この先どうせ生きていかねばならないのなら、できれば良い人生を生きていきたいという心情に変化した。死ねない絶望が、逆に現実を前向きに生きようとする動機になったのだ。

その後、研究発表は使えそうなデータをそれっぽく見せて、なんとか修了要件を満たすことが出来た。

そして大学卒業して働き始め、自分発達障害であることに疑いを持ち実際に診断が出るなど紆余曲折ありつつ、今のところはなんとか生きている。

今でも猛烈な希死念慮破滅願望が湧き上がることはしょっちゅうあるし、自分社会を上手く渡っていける人間でないことに絶望したりもする。「生きててよかった」とまで自分人生肯定できるまでには、まだ至っていない。だが、自分自殺できない、死を逃避先として選べないということは、確固とした事実として悟ってしまった。また、幸いと言っていいのか、最近は少しずつ発達してきたのだろう、人生を上手くやっていく術を徐々に身につけつつある。まあ、全て上手く実践するまでには全然至っておらず、それなりの頻度で失敗をやらかす。そのたびに湧き上がる強い自責感情消滅願望を色々な方法ごまかしつつ、結局はより良い人生を目指して少しずつやっていくしかないと思い今日もまだ生きている。

この文章を読んで、これは前向きな感情ではなく、死ぬという選択肢が消えたか消極的に生きなければならないと感じているだけではないか?と感じた人もいるような気もする。確かにそうなのかもしれない。ただ、以前は学習性無力感からか、自分人生を良くしようと自分から働きかけようという気すら起こらず、ただ日常の痛みに耐えているだけだった。そのような状況から比べると、自分人生コントロールして良くしようと動く気になった分、以前より間違いなく前向きになったように自分では感じるのだ。(管理が厳しく、親の納得のいく人生を送らないと叱責する親元を離れたことも、大きな要因であるとは思う)

そこで東日本大震災が起こった。ずっとテレビを見ていて思ったのは「いとも簡単に人がたくさん死ぬ」ということだった。

ぼくがずっと考えていたことは自然にとってはありふれたことで、一生懸命自分人生を生きてきた一人の人間が、人生を無理矢理終了させられ、大して深い意味もなく死んでいくという「人間ゴミのように死んでいく」光景が新鮮だった。可哀想などと思う人間気持ちを持つ余裕はまだ無かった。失礼な話だが、人が一人死ぬのを見るたび希望が湧きあがってきた。震災はぼくの死生観に強い影響を及ぼした。「人間が生きる意味などない」というのをかなりポジティブに感じた。

こうして今になって文章化して振り返ってみると、この程度の絶望はまあ巷にはありふれているし、救急警察にお世話になっていない程度の大した話でないと自分でも思う。ただ、元増田は「人は簡単死ぬ」という現実悟り、結果として前向きに生きることができるようになったと書いている。一方で、自分は「人は簡単死ねない」という現実に直面し、結果として前向きに生きられるようになったように思う。その対比がなんだか面白くて、このような長文を書いてしまった。

以上、供養です。おわり

2018-11-21

anond:20181121211209

いや、歴史関係ないでしょ。

遊具メーカー同士が協力しないと交流不可能e-Sportsプレイヤー同士が合意さえすれば交流可能スポーツ

そもそも成り立ちが違う。

個人的にはむしろ遊具メーカーの都合で同一ジャンルプレイヤーバラバラに分断されまくってるのに

デカい賞金付き大会が開けるまでになったプロゲームは十分凄いと思うけどね。

なのになんで今更スポーツ騙るの?ってのが分からない。

2018-11-15

[] 彩湖・道満グリーンパーク

彩湖・道満グリーンパーク(さいこ・どうまんグリーンパーク)は、埼玉県戸田市にある公園である

敷地内には、バーベキュー場や遊具釣り堀、野球場サッカー場などがある。

  

荒川の旧流路である道満河岸(旧荒川)周辺に整備されている。北側さいたま市南区と近接する。

サッカー場ソフトボール場、テニスコートなどは貸し出しも行われている。予約は戸田市役所ホームページで受付ている

(但し、バーベキュー場は予約不要)。東映東京撮影所に近いことから、同撮影所のドラマ映画ロケにも利用されている。

敷地内で戸田ヶ原の再生事業が行われている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%A9%E6%B9%96%E3%83%BB%E9%81%93%E6%BA%80%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%AF

http://www.toda-kousha.com/park/

2018-11-10

なんかね。

数日前に、恋人と一緒に家から二十分くらい歩いたところにある大きめの公園に行って、久しぶりに公園遊具遊んだんだよ。アスレチック的なやつとか、ジャングルジムとか、なんか壁に取っ掛かりが付いててよじ登るやつとか。ああ子供の頃もこういうのあったなあとか、今の公園にはこんな遊具があるんだとか、とにかく楽しかった。ゲラゲラ笑いながら走り回って、喉乾いたねっつって自販機ジュース買って飲んで、また遊んで。午後二時頃に公園に着いて、気がついたら五時前で空が茜色に染まってた。

二人で手を繋いで家に帰る途中で民家から魚を焼いてる匂いが漂ってきた時に「学校からの帰り道でカレー匂いがしたら、なぜだか勝手に『ウチもカレーかも』なんて勝手に期待しちゃったよね」なんて話したり「ウチの近くには親切なお婆さんがいて、ちょっと遅くまで外にいると『子供は早よ家に帰らんね!』って叱ってくれて、なのに子供からその婆さんに『地獄ババア』なんてあだ名をつけてたんだよ」みたいなことを思い出しながら話したりして、すごく楽しかった。

僕も恋人普段仕事に追われていて、休みの日は出来るだけ一緒に楽しくすごすために、今日はあっちの展示を見に行こうとか、あそこの店はパスタが美味いらしいか映画を見にいくついでに食べに行こうとか、どこかに出掛ける事ばっかり考えてたんだよ。でも、近所の公園で走り回ったり、コンビニちょっとしたケーキとかプリンなんかを買って食べたり、そういうことも十分に幸せなんだなって思い出した。

小学生の頃に楽しかったような遊びを一緒にする友達はもういないけど、公園楽しい場所なんだって思い出せてすごく嬉しかった。別にオチとかないんだけど、嬉しかったよって事を書きたかった。じゃあね。

2018-10-28

幼稚園選びで日付が変わるまで迷った話

増田で書くのも何だが、子供幼稚園選びに本気に迷ったという話を書いておく。

自分の住んでいるところは11月1日に全ての幼稚園面接を行うので、併願が非常にしにくい環境にある。頑張って併願したところで、面接代を両方に払って問題を先送りしてるだけなのでやめた。

親が決めにくいからと子供に聞いてみたら、3歳児が要領を得る答えをするわけも無く、どの園に行きたいか毎日変わり、ますます混乱する。そもそも、語彙力があまりないので紛らわしい名前幼稚園混同していたり、記憶が混濁しているとしか思えないことを言ったりする。

結局我が家子供の行く園が決まったのは11月1日になってからだった。選ぶ時の比較要素はこんな感じだった。

家庭は社会からの逃げ場で無くてはいけないという想いがあるので、子供の嫌がる食事はあまりさないようにしているが、それだと子供経験できる食事の幅が狭まるので給食があるところにしようと思った。

人間認識できる人数は数百人程度という話をどこかで聞いたことがあるので、園児数が多すぎるマンモス園は避けることにした。

この条件ですでにかなり絞れていたのだけれど、それ以外はどちらにもいいところ・悪いところがあると悩むことになる。

10月31日は日付が変わるまでけんけんガクガクの平行線議論をした上で、見学に行った時に児童雰囲気がよく、生活リズム想像できた幼稚園を選んだ。

幼稚園によって児童雰囲気面白いくらい違う。見学に来た人たちに絡んでくるところもあれば、認めてはいものシャイになって絡んでこないところ、排他的な態度をとるところと様々。

朝は自分が送るのが既定路線だと思っていたので、生活リズムを作り出しやす時間帯に送り出せる幼稚園を選んだ。

2018-10-24

想像力がなければリベラルはいられない?(仮)

===(0)はじめに===

自分立ち位置を示す必要性を感じて1時間ほどで書いてみた。

【例】は恣意的に挙げながら書いてみる。当然首尾一貫しない。

実際の行動や実名での言動はもう少し分別があり、おとなしいが、それはずる賢いからだけである

===1)自分が想定する自分立ち位置属性===

日本人、中高年独身男性、健常者、非モテオタク趣味あり

男性という強者集団の中の弱者

現代社会において顧みられることが少なく、マーケティング上もターゲットとされない

……という感じで拗ねている(拗ねると拗らせるは同じ漢字だった)。

客観的に見てもう少しポジティブになれるし、期待されている気はするが、大学教授先生だっていわゆる男らしくない本を書いているので、ここではせいぜい拗らせてみたい。

===2)好き嫌いの話===

【例1】萌え絵

萌え絵がすごく好きなわけではないが、萌え絵を叩く人は嫌いだ。ゾーニングしても後からから陣地に入り込んでくる。「青少年への悪影響」その他の理屈は、所詮嫌いなものを叩くための後付けだと思う。ただし、萌え絵をずっと見ている人に何の影響もないとも思わない。

【例2】タバコ

タバコは嫌い。まともな喫煙者だけを叩き続けると、同じロジック砂糖水とかスナック菓子もやられる、という説があるので、一応大人しくしているが、そんなにうまくリベンジはできず、結局のところ喫煙者けが先に絶滅させられると思っている。

【例3】ヘイト的な言論

特定相手に対して、相手が必ず気づく形で、中傷したり恐怖を与えたり妨害をしたりするのは反対。だが、個人や団体を特定せず属性に対して、直接その属性の人に宛てたとは言えないコメント空リプのような形でのヘイト的な言論を「受け手が弱いから、不快であるから」封じることには反対。それくらいは自由だろう。嫌なら見るな、は残しておいてくれ。

===3)人としての良し悪しの話===

意見を述べるとき好き嫌いでは相手にされないので、良し悪しの形をとることが多いが、まぁ大抵の場合は先に好き嫌いがある、と思っている。

好き嫌いを超えた良し悪しとしては、つまり自分がどんな属性で生まれるかわからない状況で合意できるルール無知のヴェール)が正義だという考え方は納得できる。

「これからトランプゲームをやる、あなたに配られる札はわからない、ゲームは一度きり。さてどんなルールにする?」と言われてみんなが大富豪大貧民)を選ぶとは思えない。

でもあまり現実の行動指針になりそうもない。

他に、昔ながらのものもある。

銀色律(シルバールール自分がされて嫌なことは相手にもするな

黄金律(ゴールデンルール自分がしてほしいことを相手にもしろ

白金律(プラチナルール相手のしてほしいことをしろ http://bit.ly/2Pkr6DW

・温情主義パターナリズム相手のためになると思うことをしろ http://bit.ly/2PhOy4q

この中で「自分がされて嫌なことは相手にもするな」は一見強力そうだが、これとて普遍化は難しいと思う。多様性尊重とよくいうが、多様性を発露する立場の人と、その発露の影響を受ける立場の人は全然扱いが違う。多様性の発露を我慢しろ、というと叩かれるが、多様性の発露の影響を受けるのは嫌だ、といっても相手にされない。

また、障がい者高齢者外国人や要介護者や病人生活保護受給者などであれば、自分がその立場になることもあるからお互い様」とまだ思えるが、趣味嗜好や性別性自認など自分に置き換えて考えにくいものまで「お互い様」とは思えない。

要するに人としての良し悪しの話はよくわからない。もちろん、世間揉め事を起こさないという意味での良し悪しとは全く違う。

===4)人間の性(サガ)の話===

【例4】身近な人に外国人がいたり、障がい者がいたり、要介護者がいたりして、その人たちを尊重しつつちゃんと付き合っている人が、なぜか他の属性について差別的言動をしてしま

これがそうならないのが人として、あるいはリベラルとしてあるべき姿だと思うが、残念ながら身近にいない属性の人についてまで想像力と思いやりを持つのは難しいのではなかろうか。持てる人は尊敬するが、持てない人が標準だと思う。

私はずる賢いので、それなりに振る舞うことはできる。でも心の中は違う。

===5)リスクの話===

【例5】原発と、原発事故避難

【例6】手動運転と、過失加害ドライバー

原発事故避難者も、過失加害ドライバーも、大きく人生を狂わされる。こんな悲劇をつくるものはできるだけない方がよい。だから原発は要らないし、早く自動運転実用化されてほしい(ドライバー席の事故責任は大幅緩和の方向で)。

【例7】公園遊具

【例8】病院福祉施設から避難

一方で、社会から不慮の死者を1人も出さないようにすることは多分できない。やろうとすると膨大なコストがかかるし、責任を問われた人は気の毒だ。

はい、首尾一貫しません、矛盾してます

でも、どちらかをあるべき像として、理屈で良し悪しで語ることも不毛に思える。

===6)失敗の話===

【例9】過去ネット上での発言が発掘されて、アニメ化中止になった作家

この手の監視私的制裁は今後もどんどん増えてくるだろう。

忘れられる権利」や「名誉ある態度変更」が広まるとよいのだろうか。

君子豹変、というじゃないですか。

===7)社会は結局良くなったのか、という話===

たとえば30年前と比べると、全体として上品かつ清潔かつ予測可能になったし、これまで生きづらかった人の権利自由は拡大したし、それ以外の万人もより守られるようになったと思う。ただしそれらは制度を通じて政府から与えられた恩恵なのだが、同時に「あれをやってはダメ」「これをやってはダメ」という不自由も生んだ。

その権利自由は、北風と太陽でいうと、結局は当人たちが北風的に戦うことで得られてきたものだと思う。その結果、誰にもある程度権利自由ゆきわたった。そのことは忘れてはいけない。しかしそろそろ太陽的に行きたいものだが、これからも良し悪しを振りかざしたポジショントークが続くのだろう、と思っている。

権利自由がすべて分捕りあいゼロサムゲームとまでは思わないが、それでも代償なしには得られない。

【例10選択夫婦別姓

選択肢が増えるだけだから良いことだけだ、というが、自分は同姓希望相手は別姓希望だと、結婚に際しての面倒事が一つ増える。何の問題もない、とは思えない。

【例11】出生前検査

今でも出生前検査を受けない自由はあるのだが、出生前検査検査を受けずに生まれ子どもに障がいがあった場合の親の思いは、出生前検査がなかった時代に生まれ子どもに障がいがあった場合の親の思いとは、おそらく、違う。

もちろん、出生前検査を受けた上で、産まない選択をした親も辛い。

正解はないし、そもそも今生きている障がい者との整合性も難しい。

===8)お前はどうしたいんだ、という話===

つらつら泣きごと?をグダグダ書いてきて「お前はどうしたいんだ」と言われそうなので、考えてみた。

今のところ異性愛男性であることに違和感は持っていないので、冷静に少しずつ、男性学を学びたい。

私と同じモヤモヤを抱えた中高生男性は多そうだが、手っ取り早くモヤモヤ正当化するための論を読み漁るのはまずい。

強くないかもしれない、優しくないかもしれないが、

いつか、男としてではなく、人として恥ずかしくないように生きられるようになりたい。

2018-10-15

昔読んでたサイトが思い出せない

公園遊具マニアみたいな人がやってて

いや公園ネタがメインだったかは忘れたけど

いろんな怪しいスポットレポートとかしてた……

本も出てた、有名サイトだと思うんだけど名前が全く思い出せない

見てたのは10年くらい前かな

2018-09-20

[] #62-5「アノニマン」

「さて、次のステップはその“頑張れること”を何にするかだ。もちろん好きなものの方が良い。アノニマンの教訓ではないが、『好きこそ物の上手なれ』という名セリフがあるからな」

「うーん……コンピューターゲームはよくやるけど」

「それは施設内にないだろう。あそこにある中で、可能ものを選ぶがよい」

そうは言っても、今まで手をつけてこなかったものだ。

興味が湧かないし、やってどうこうできるイメージも湧かなかった。

そこでアノニマンはまたも道を示してくれた。

「ならば、まずは施設内にある遊具を一通り嗜むのだ。そして、その中から“得意なこと”を見つけだせ」

「“得意なこと”……?」

アノニマンの教訓その4、『得意と努力家族ではない。しかし隣人ではある』。得意なものほど熱中しやすく、頑張ることは苦になりにくいのだ」


こうして俺は無作為に、色んな遊びに手を出してみた。

最初は気乗りしなかったけど、どれも遊んでみると意外な魅力を感じるものが多い。

アノニマンがいないときも、いつも何かで遊ぶことが増えたんだ。

「あ、弟くん。今日ケンダマかい

そんな俺の様子を見て、学童の皆もよく話しかけてくるようになった。

「うん……でも大皿にすら乗せられない」

「ああ、それは持ち方と構えが……」

徐々にだけど、俺も自分意見を言えるようになり、マトモなコミュニケーションをとれるようになっていく。

その時は気づいてなかったけど、俺は既に自分なりの居場所を手に入れつつあった。

得意なことも頑張れることもまだ分からなかったけど、多分それも考えた上でアノニマンは俺に色々やらせたんだと思う。


そうして一週間後。

俺はその日もアノニマンに成果を報告していた。

「……というわけで、どれもそこそこ出来るようになったけど、やっぱり俺は“コレ”にしようと思う」

「なるほど。“ソレ”は学童内でちゃんとやっている子もいないからな。個性を見せるという点でも良いチョイスだ」

アノニマンも最初の頃のような説教じみたことを言うことが減って、その代わりに俺を褒めてくれることが増えた。

「それに“コレ”で遊んでいる姿は、皆にはまだ見せたことがないんだ。今日はしっかり仕上げて、明日ビックリさせてやる」

俺はその時、かなり充実感があった。

から油断してしまったんだと思う。

「ふむ……では、もう私の助けも必要なさそうだな」

いや、忘れているフリをして、考えないようにしていたのかも。

アノニマンが何のために道を示したのかを。

「そんな……」

「『道は示す』と言った。そして『通るかはキミ次第』とも言ったはずだ。通れる道が見えているのに、移動まで私にやらせるつもりか?」

分かってはいたんだ。

アノニマンは道を示し、そこをどう歩けばいいか教えてくれた。

俺がその道を通れるようになった時点で、アノニマンの仕事は終わる。

それがこの時だった。

(#62-6へ続く)

2018-09-13

anond:20180904055801

だって遊具に挟まれて死んだとき管理者刑罰賠償をというじゃん 

こんな展開になる可能性あったら誰もリスクを冒して遊具設置しないわ 

そもそも遊びたいなら子供だけで公園付属してる低い山に登ればいい

2018-09-05

anond:20180905001848

元増田そもそも障害者が「一方的に恩を享受する」側であるにもかかわらずあたか相互助け合いが成立しているかのように主張する欺瞞をつついてるんだが

自分が恩を受けたことのある人間が困ってたら手を貸すが、障害者一方的他者配慮をせしめてるだけだろ

なら逆に聞くが、障害者さまは本当に健常者と平等になることなんて望んでるか?

都合のいい遊具だけ手放したがらずにいつまでも障害者から配慮しろもっと配慮範囲を拡大しろって喚き続けるだけで

「健常者と同等の立場」になるつもりが微塵もないんだが

2018-09-04

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.ネットが楽しくなくなってきたのですが、これは客観的事実ではなく、主観的ものなのでしょうか。

あらゆる娯楽にいえることだが、何かを楽しむのに個人能動性というものはどうしても要求される。

それは大前提だ。

だが「楽しめないのは自分自身問題」という回答だけでは、半分YESであり半分NOだろう。

楽しむために自主的に払う、時間や金などのコスト全般

飲み込むか、或いは唾棄すべきノイズ

客観的に見ても、コンテンツによって“楽しみやすさ”に差異があることは確かだからな。

遊具のない公園と、ある公園

それらを同程度に楽しめなかったとして、個人問題だけで片付けるべきかどうか、という話だ。

に学ぶべきは、遊具の多い公園の方が、必ずしも優れているとは限らないという点だろう。

私がこんなところでFAQを嗜んでいることからも、ネットの楽しめる多様性は随一だ。

だが、このような楽しみ方をもってしてネット面白さを語っても説得力はないだろう。

今やネットポピュラーな娯楽であり、遊具に溢れたテーマパークだが、上等でもなければ洗練もされていないということだ。

まあ、仮にディズニーランドとかだったとしても私はああい場所は苦手なので、今回の例えは不適切なのだが。

なお、はてブ匿名ダイアリーが具体的にどのような公園テーマパークかという問いに関しては私の手に余るので質問してこないように。

Q.ラノベ小説の違いはなんですか。

焼きそばカップ焼きそばみたいな違いだ。

どちらが焼きそばで、どちらがカップ焼きそばなのかは、ここでは問題ではない。

今回学ぶべきことは、もしも私の言うことにキミが少しでも納得したなら、詐欺には気をつけた方がいいということだ。

話は変わるが、胸メガネを一緒に売ってみないか

名前の通り胸の形をしたメガネだ。

「胸をジロジロと見られたくない」、「目を見て話して欲しい」という問題を一度に解決できる画期的アイテムだ。

男性版を作ってみたんだが、その在庫処理を手伝って欲しいんだ。

カロリーゼロカロリーメイトで釣れば、ついでに買ってくれるんじゃないかと私は目論んでいる。

どこで遊んだ運動すれば良いのですか?

公園といえば、運動したり散歩したり、走り回ったり遊具があったりというイメージだったはずなのに、

今はその面影すらも残すことを許されないくらいに一部のクレーマー管理していますね。

明らかに運動やすくするために小石も取り除かれて遊びやすくなっている場所でも走り回ることを許されず、

ボール遊びも許されず、なわとびすら駄目と言われます

遊具に至っては、危ないからという理由のほか、遊具が出す音がうるさいからと言って使用禁止どころか撤去までしてしまます

ほんの僅かなクレームには応えて、公園という存在台無しにしていく役人もどうかと思いますが、

自分たち子供の頃に一切騒がないという事はありえなかったはずの大人クレームを言い、子供大人の憩いの場を奪い去っていきました。

もし仮に一切騒いだことがないというのが事実だったとして、大人になってギャーギャー騒ぎ立てているという行為のもの

すでに迷惑行為であることに気づかないのでしょうか。そして、それを役人が認めてしまう。

これほど愚かしい判断はないと思います

マラソンすら許されない公園が増えていき、今どきの公園庭園状態になりさがっています

庭園庭園。ふさわしいところにあって然るべきもの公園公園です。

辞書にもWikiにも載っていますが「公衆が憩いまたは遊びを楽しむために公開された場所」です。

それを一部のクレーマーの言うことを聞いてしまい封鎖していくのは、自由を奪っているのと同じではないでしょうか。

喧騒の多い街で静寂を求めたいのであれば、耳栓でもすればいい話です。

危ないと言われる遊具たちも大人が危なくない遊具を考えていけばいいのではないでしょうか。

そもそも遊具でなくとも日常には使い方次第で怪我をしてしまうようなものは多いのですから

それを教えていくのも大人の役目ではないでしょうか。

とにかくクレームが全て元凶であるのは間違いないでしょう。

そしてそれに従う役人もまた問題なのです。

2018-08-19

子供怖い

子供が怖い。

OLをやってるけど、いろいろあって保育士資格取得に向けて勉強をしている。

机上の勉強だけじゃなくて、子供たちと触れ合うボランティアのようなものにも参加した方が保育の現場を知れて良い、という話を聞いたので、1日だけボランティアに参加してきた。

ボランティアの内容は、体育館のような場所リーダー男性子供たち(3才〜6才)と遊ぶのをサポートする、といったかんじ。

リーダーさながら「おかあさんといっしょ」のお兄さんみたいな雰囲気子供たちにも大人気だった。

子供たちとボール遊びをしつつ、散らかった遊具などを片付けつつ、楽しく遊べていたと思う。

しばらく遊んだ後、リーダービート板のような柔らかい素材でできた剣のおもちゃ子供たちに配った。

剣のおもちゃ子供たちのテンションは爆上げした。

そして、リーダー怪獣になりきって子供たちが剣で叩きながら追いかける、という遊びが始まった。(リーダー迫真の演技が凄かった)

室内をぐるぐる回りながら剣を振り回しながら体育館内を走り周るリーダー子供たち。

子供たちは夢中になって怪獣役のリーダーを叩き追いかけていたが、ある時矛先が変わり、私を叩きはじめた。

「いたいよ〜〜やめて〜〜」と頭を抑えながら抵抗してみるも、叩き続ける子供達。

剣は柔らかい素材なので全然痛くないのだが、5人くらいの子供たちに囲まれ叩かれるのは痛くなくとも恐怖感はあった。

夢中になっている子供たちに「やめて〜」という声は届かず、一向にやめる気配はない。

リーダーや他のボランティアさん、体育館の隅で見学している保護者に見られながら私は叩き続けられた。

(誰か1人くらい「叩いちゃダメだよ〜」と仲裁に入ってくれるかと思ったが、誰も声をかけてはくれなかった…)

私もいきなり怪獣役になりきって「ガオー」とか言いながら逃げればよかったのか?

怪獣役ではない人を叩いてはいけない、と注意すればいいのか?

うずくまりながら、爛々とした目の子供達に叩き続けられ、私の頭は真っ白になった。

しばらくして、子供たちは飽きたのか叩くのをやめ、その日は無事に解散した。

あの時私はどういう対応をすればよかったのか。

未就学児とはいえ、数人に囲まれ叩かれる恐怖をたまに思い出す。

子供を支える仕事がしたいと思って資格勉強をしていたが、保育士向いてないのかなーとか思いはじめた。

とりあえず、しばらくはOLを頑張ろう。

2018-08-12

anond:20180812210553

子供の頃に公園遊具から叩き込まれる。

大人でもスマホゾンビの男はそれなりにヒットしてると思うよ。

anond:20180812210553

小学生ぐらいまでだとよくあるよ

ふざけ合いで金玉蹴っちゃったり、ボールが股間に直撃したり、遊具で遊んでたら股間直撃したり

そうやって男の子は学んでいくんだ

2018-07-21

炎天下での課外活動批判してる人たち

炎天下の中での課外活動批判してる人たちがいるけど

じゃあ教室の中に一日中閉じ込めておくのが正解だと思ってる?

休みでも外に出してもらえない子供たちの中にはストレスため込む子もいると思うんだけど

それは我慢させるんだ?

 

何十人もいたら炎天下でなくても気分悪くする子供なんて必ず出てくる

お前らだって突然意味もなく頭とか腹痛くなったりするだろ

体がまだ不安定子供なんて特にそうだ

普段元気な子でも前の晩怖い夢見て寝不足だったり家庭の事情で朝食抜きで通学してきたり

体調なんて毎日全員千差万別なんだから、一番低いところに合わせていたらキリがなくなるだろ

炎天下活動だってほとんどの子供は大丈夫だ。一部の調子の悪い子供ケアだけ充実させればいい

 

晴れた日の課外活動はすべて中止。組体操柔道はもちろんケガの可能性のあるものはすべて取りやめ

校庭や公園から危険遊具撤去最近じゃブランコも減ってるとか

 

どんな安全安心システム環境を整えても必ずケガするとろくさい子供は出てくる

そのたびに仕組みをどんどん窮屈にしていったらいずれ子供たちは

走るの禁止自転車禁止。お互い触れ合うのも禁止。校庭や公園から遊具はすべて撤去

登下校も保護者学校が完全送迎

てな感じにエスカレートしていくんだけどいいの?

2018-06-28

anond:20180627173158

親だから思うけれど、保育園の園庭として公園を使うのは普通の親にとっては結構脅威だと思うよ。

これはやられた方にしかからない感覚だと思うけれど。

普通の小さい子供公園遊びでは大人が横にいて、目に余るルール違反は直させるけれど、保育園先生はそこまで目が届かないから園庭扱いされた時点で6歳未満の子供たちの無法地帯になる。力のあるもの支配する北斗の拳世界リアルで見ることができる。

あと、基本的保育園の子供では無いよそ者遊具を譲ってくれることはほぼなくなるね。バリケードで封鎖されているわけではないが、集団無視していじめられている感じには近いかもしれない。

2018-06-25

anond:20180625123353

5chがあそこまでしぶとく生き残ってるのに増田があっさり潰れてしまったら、俺は株式会社はてなネット社会を守る矜持にかける残念な会社だという認識になるなあ

これで増田潰れろって言ってる奴らは包丁なくせ、公園から遊具もなくせ、公園殺人事件が起きれば公園潰せって言ってるようなもんじゃんよ

2018-06-01

anond:20180601152423

韓国北西部仁川インチョン)国際空港に程近い仁川市の観光地・月尾島(ウォルミド)にある遊園地「月尾テーマパーク」の遊具から、22歳の男性と21歳の女性が転落した。

2人は2〜3メートル下の地面に落ちて病院に運ばれ、命に別状はないという。

「月尾テーマパークの乗り物は命懸けで乗るものだ」「あそこは管理がこうだからスリル満点なんだよね」と皮肉もあり

http://www.recordchina.co.jp/b222472-s0-c30-d0065.html

2018-05-19

https://anond.hatelabo.jp/20180519073346

最後遊園地に行ったのはいつだったか

たぶん、小学生の頃だと思う。

行かなくなった理由はというと、ゲームだと思う。

ただ乗せられてるだけの遊園地と違って、操縦する楽しさをゲームは与えてくれた。

コントローラーを使いこなせるようになる自分の成長のスピードと、ゲームのものテクノロジー進化が同じスピードで、それは偶然だったけれど、今考えると幸せだった。

中学高校と進学していくに従って、ゲームをしなくなった。

かといって遊園地回帰したということもない。

本当に不思議なのだけれど、世の中の人はそんなに遊園地に行くのか?

乗り物系の筐体は、ゲームセンターにおいても減りつつある。

レースゲームは風前の灯、トロッコガンアクションも滅多に新作が出ない。

そこそこ元気なのはロボット操縦ものくらいだろうか。

もちろん、遊園地遊具と同じだとは思わない。

ゲームではGがかからない。

しかし、それだとしても、電車を乗り継いで、あるいは車を運転して、何千円も払って、Gを味わいのだろうか?

なぜ増田投稿たかというと、実はオリエンタルランドの株を持っている。行ってないが入場券も毎年貰ってる。

どんなに値上げしても通うのをやめない信者たちを理解できない。

信者は混雑が酷いかもっと値上げして欲しいというくらいにマゾい。

繰り返しだけど、私は遊園地の楽しさを理解してない。

集団催眠みたいなもので、いきなり客が来なくなったらしないのだろうか?

株を売っぱらってしまいたい衝動かられてる。

2018-04-17

昼飯録

4/17

豚肉生姜焼きのっけ鮭フレーク卵チャーハン

日食べ損ねた鮭フレークご飯をチャーハンに改造、鮭フレークかけ過ぎていたせいで塩加減がちょうどよくなっていた。

家の近くの公園のベンチで食べた。遊具前のベンチでぼーっとしててもそんなに楽しくなかった。楽しくぼーっとできる公園のベンチ探しをしたい。

明日弁当予告

ベーコンレタスりんごジャムマーガリン、豚ヒレカツサンド三兄弟

2018-04-09

最近の親の劣化について

週末、子ども100人近く遊ぶ大きな公園に行って驚いた。

親と思われる大人の8割くらいがずっとスマホをいじっているのである

子ども遊具であそんでいたり、話しかけていても画面から目を離さない。

ずっとずっとである

なにを真剣に見ているのかと思えば、子ども服を検索しているようだ。

他にもポケモンGOやらげーむやら

そんなに子どもを見るよりスマホのが大切なのかな?

おじいちゃんおばあちゃんは、楽しそうに一緒に遊んでいることが多い。

10年前にもママ友おしゃべりに夢中な親はいたけど、合間に目を見て話すことくらいはしてたよ。

ママスマホになりたい、じゃないけど絶対子どもはいい気分にならないよね?

好きな人公園に行って相手がずっとスマホで生返事返してきたら嫌になるよね?

こういう親でも子どもには、相手気持ちを思いやる子になってほしいとか考えるのだろうか?

それとも、なにも考えられないほど疲れ切っているのかしら?

2018-03-21

都会でやってるアート展がすっかり嫌いになった

はいくつかいってたんだけど、最近すっかり敬遠する気持ちになっていると気が付いた。

最近はすごいイメージが悪い。

このまえの暗闇のやつとか、ふとももとか、後なんか御神木切って素晴らしいことをしたみたいなアーティストがいたりとか。

あと、子供遊具の展示が燃えて人も殺してたね。

すごく気味が悪いものになったなと。

SNSアーティストっぽい人が流れてくることもあるけど、なんだか自分に酔ってるだけでモラル低そうで吐き気がする。

いつからこんな嫌悪感を持つようになったんだろう。

歳取ったのかなあ。

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