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2021-04-19

anond:20210418183923

同人日記

 

キャンセルしてもうたので再募集?していらっしゃる

お手数かけちゃってごめんなさい タイミング的に自分しかキャンセルした人がでなかった可能性がある

でも2つ通販ルートがあって両方にもうしこもうとしてしまってしかも直前に気づいたので片方決済放棄で流したんです

個人通販マジで大変なのにほんとすみません

それでも相当買いましたわ ネップリもしますわ おかねたりない

オンラインイベントはまとめ買いできるとこでかわないと送料で倍プッシュになって死ぬ

お金ほしい

働こうかなぁ

2021-04-08

流れに全然関係ないんだけどさぁ

バス停前後で路肩駐車するやつマジやめて。

これぐらい離れてるなら大丈夫だろうってやつもお前の想定よりもう二段階ほど離して駐車して。

バス停ベタ付けできれば車椅子の人が乗降するのに板一つでさくっと済むのに

駐車のせいでナナメ進入にならざるをえなくて

運転手と俺と乗客おっちゃんで車椅子持ち上げて運んで乗せたから。

別に手伝わないといけないわけじゃないけど、明らかに遅れるのが目に見えてて耐えかねたから

「生きるのが向いてない」を再確認をした日記

ダラダラと書き連ねますのでお時間があり且つ読み終えてからクレームなどはお控えくださると幸いです。


「生きるのが向いてない」という言葉が浮かび検索をする。これは小学生時代高校2年とかそんな時期にも浮かんできたワード。再来している現状。

20代後半の社会不適合者でバイトを続けていた女がようやっと正社員になって1年目を迎える手前で鬱になりました。理由はある程度分かっていて冬場の繁忙期による激務に加えて本社の今やる必要ないですよね?案件、定時に帰れるのが少ない日々、などなど。そしてデカかったのはそれらのタイミング休職者が出たことだった。新卒女の子。私の仕事モチベーションであった。

「そりゃそうなる」って気持ちと「他のみんなは頑張ってるのに私がこんな1人で苦しんでるなんておかしい。私の頑張りが足りないからだ」という気持ちでぐちゃぐちゃになっているにも関わらず、まだ耐えられるしもう親に迷惑かけたくないと思いながら仕事してたらいつのまにか仕事に出れない日が何日もできたり、仕事トイレから出られなくなったりした。

そして見かねた優しい上司から休もう!と声をかけてくれて1ヶ月という名の本社不手際かはよくわからないが伸びに伸びて2ヶ月の休職をする流れとなり今は短時間の勤務で復職して書き出しの文章へと至る。

まり時間勤務であれまともな復職が叶ってない。家から出られずご迷惑をおかけしてる自覚を持ちながら今現在自宅のトイレ下痢と胃の熱さに苦しめられながら奏でられる腹鳴と共にこの文章を書いている。もう2時間ぐらい真っ暗闇のトイレの中、スマホで書いてる。汚いとか言わないでください。もう切実だしちゃんスマホアルコール消毒します。

話が少し逸れるが私の仕事へのモチベーションが保てていたのは職場関係比較的良好なのも勿論だが一番は同期と新卒ちゃんにあった。

ほわほわとしている年上の同期、控えめでおどおどしながらも頑張る可愛い年下の新卒ちゃん。この2人のおかげで慣れない仕事も辛いことも比較ニコニコしながら業務できていた。しかし同期は勤務開始後すぐに人手不足場所に異動。そして復職した現在休職していた新卒は辞めていた。

話は戻り、最初に書いた文章を覚えていればわかるかと思うんですが鬱はもう何度も落ち着いては再発経験しているわけで「ええ歳こいてお前はなんやねん」っていう気持ちから逃げられない理由経験した人ならばよくわかると思います。わかって欲しい。

心療内科現在通院し「調子はどうですか?」と聞かれたら今は「食事をする気力がない」「風呂にまともに入れない」としか言えない。なんならここ数週間ゴミ捨てにも行けてない。

先日に簡単比較栄養も取れるであろう食事確立したので食事についてはまぁなんとかなったがそれでも面倒になる時だってある。昨日はなんとかなってたが今がそれ。毎日ちゃんと1日2食とか3食を食べれる人は普通に凄いし偉い。あれだけ好きだった食事が今や「人間はなんで食事がいるんだよアホンダラ」である。人は変わりますね。風呂についてはもう小学生時代からの恐らく鬱であった時期からよくあることで再び再発しているので目も当てられない。風呂が一番ネック。

掻い摘んでお話ししたこれらを聞いて先生も頭を抱えてらした。そりゃそうだ。復職してすぐこれで良いわけあるかいって気持ちだろう。客観視し、他人事のように心中お察ししながらも本社からは「1ヶ月で復職不可能であれば自然退職」と勧告されていた訳で戻らない理由がない。戻りたくないけど転職する気力すら無いのだから

趣味のために働がなければならないのもそうであり、仕事を辞められないのもある。趣味はあります。「趣味だけはできる」と言うあれです。かと言いつつもできる日できない日はあるので「趣味だけはできる」に当てはまってるのか?みたいなところはある。でもやれば胃の不快感も食べたくないご飯も忘れられるしずっとやり続けるので恐らくこれだけが本当の趣味だけはできるであり、唯一の逃避なんだろなって思いますオンラインゲームソシャゲなのでこれからお金はいるし働かないとな…と思いつつも戻れないのだからいつか趣味も消えて無くなりそう。過去にもそれがあり趣味が全て消えた時期があったのでなんとなく予感がする。

実家の話をします。実家との仲は比較的良好、他の家から見れば完璧なのではないかと。実際、休職中は実家生活していました。

なので別に帰れない訳ではないのだがなんせ私が長女であり、兄弟たちもまた社会に生きることに向いてない子たち。

実家田舎、私は軽度発達の診断を受けたことも原因にあるからなのかはわからないが車の運転路上に変わった瞬間地獄に早変わりし、それらの出来事への職員からの態度や発言に対して鬱になりやめたので田舎生活で1人になった時にまともな生活を送ることが叶わなく、そして親にこれ以上の迷惑かけたくない上に父親と娘の間には仲の良さはあるが少しばかりのズレがある。どちらかと言うと父親とのその少しのズレに酷く問題に感じている。

父親はいわゆるアスペルガーという診断を過去に受けたそうだ。まぁなんとなくわかるし「娘の私もそういうとこあるのかね」ってぼんやりと思っていた時期があった。でも蓋を開けると私はむしろHSPの傾向があって「そりゃアスペルガーHSPの2人は高確率で分かり合えないのでは!?」と答えを比較最近たどり着いてしまったわけです。少し調べたらマジでそういうわかりあえない部分はあるようですね。心配されつつも無自覚で何かを言われて落ち込むのが目に見えて帰れない。気を揉んでいる。

立ち直って立ち直ってを繰り返してるのに今立ち直り方がわからない。いい歳した女が何いうとんねんである。本当にそう。けれども軽度だからとか相手アスペルガーからと人のせいにする前に出来る部分を我が身を振り直せである。治し方どころか押さえ方も20年近く生きて何もわからないのに?どうしたらいいんだろうか。

見合いでもする?」と心配冗談まじりにも親に言われたこともある。他者へ頼れたり仲良くなれたらこんな気持ちも抑えられるのかなとも思うのは小学生の頃から続いていて、思うけど人を不快にする言葉父親のようにするっと吐いてる気がして長年付き合ってくれてる親友しか関係性を続けられない。しかも弱音はあまり見せたくないし「みんな頑張ってるから」と静かにしている。ツイッターなんかは結構吐いているので本末転倒すぎて今誰もいないところで書くようにしているが。

こんなんで見合い結婚して子供なんて産めばそれこそ私も子供自殺まっしぐらだろなって思った。それはとてもとても悲しい。そもそも特定他人と生き続けるとかセックスだとか何やら全部が怖いし煩わしいので前提から無理です。許して欲しい。

やはり生きるのを辞めたい。やめられないものを抱えているつもりで実の所抱えてないのではないのかという気持ちがあったけど「でも死んだらテレビに出ちゃう要因が割とあるし急な話で友達にショック与えたくないなぁ…」「親に電話入った時どんな反応されるんだろな」みたいなことになるのでちゃんと抱えてるんだなと噛み締めたのでなんとか耐えてる。かといってこないだ久々にタオルで首を力を込めて泣きながら締め上げて気持ちを落ち着かせたのでもうどうしようも無い。

全てが楽にならなくてもいいけどせめて忙しさに息苦しくて呼吸できなくて倒れそうだとか腹鳴だとか胃が熱いだとかキリキリ痛むだとか下痢だとかそういうのがなくなって欲しい。薬を試してもこのぐらいなら許容できるレベルに症状が抑えられずにもいる。好きなものもかなぐり捨てても辛くならずに他者や身内にも迷惑をかけずに世間が考える健全な終わりが早く来ないものかと今か今かと待ち続けている。


ここまでダラダラと書いた頑張って推敲しつつもヘタクソな文章を読んでくださった方、ありがとうございました。同じ気持ちで生きてらっしゃる方にはここに同じ人間もいると安心してもらえたら幸いです。また「私よりもマシだし救いがあるじゃないか!」と思われた方にはその幸せが備わっていたとしても苦しんでる人間存在してしまうと心の内に留めていただければと思います

それぐらいしか意味も持たぬ独り言のような日記です。終わり。

2021-04-05

いじめは悪い、ということ

AがBの顔がムカつくのでいじめた←コイツ文句なく悪い

Bが逆襲してAをいじめた←悪い?

かねたCがBをいじめた←悪い?

どうなん?

2021-04-04

痩せ型女としての24年間 - 子ども時代から続く葛藤から今、思うこと

敢えてハッキリ言うと、私は痩せている。

容姿風貌に関しては客観的指標を出すことが難しいと思われるが、体型はある程度数値で示すことができる。

24女性現在の体型は

身長157.5cm

体重37.1kg

BMI数値14.96

参考までに

身長157.5cmの標準体重(日本肥満学会では、BMIが22を適正体重(標準体重)とし、統計的に最も病気になりにくい体重とされている)は54.57kg

日本肥満学会での判定基準においては、BMI18.5未満を低体重(痩せ型)としている。

以上を踏まえると、私の体型が標準体重からも、低体重とみなされるBMI18.5からも逸脱していることがわかる。

私は摂食障害を患っていないし、ダイエット特にしていない。

しかし、あまり認めたくはないが他の人よりも食べる量が少ないのは事実だ。

酷い時は36キロ台まで体重が減る時もあり、そうなると正直、普通に生活してても息が上がり苦しくなる。

幸い、月経は毎月きちんと続いている。


私は元々から痩せ型だった。生まれた直後は3000g近くある、健康的な赤ちゃんだったが、

幼稚園時代から今日に至るまで、ずっと細い細いと言われ続けてきた。

幼少の頃はとにかく偏食で、少食だった。

給食で出されたものほとんど食べられず、当時は食事を残すことや人に譲ることは禁じられていたため、幼稚園時代小学生時代の私に昼休みなどなかった。

皆が昼休みを終え、教室掃除を始めても、隅っこでずっと給食と向き合っていた。無理なものは無理だ。そこで、見かねた教師給食室の残飯入れまで私を連れて行く…というのが日常だった。

辛かった。

どうしても無理なのに、ワガママでやってるわけじゃないのに、悪いことをしているとみなされ、同級生から怪訝な目で見られ、無理やり食べられないもの、食べきれない量のものを食べさせられることが、苦しかった。

中学校弁当制だったため、強制的に食べ切るまで残されることはなかったし、母親が私が食べられるもの、量を毎朝作ってお弁当に入れてくれたため、昼休みをようやく手にすることができた。

食べられないものを無理に食べさせられるプレッシャーから解放、他の人と同じように食事をとり、昼休み満喫できたことがとても嬉しかったのを憶えている。

ところで、私は元・優等生だった。敢えて元とつけたのは、中学校2年生の終わり頃から優等生を辞めてしまたからだ。

小学生時代、私は教師の言うことに歯向かったことはないし、何か悪さをして立たされたことなどないし、他の人がやりたがらない学級委員長などの仕事も率先してやっていたし、行事にもきちんと取り組み、宿題をきちんと提出するのは当たり前、テストは毎回100点を取らないと気が済まなかった。

真面目でいなければならない、ルールは守らないといけないと、今の私とは比べ物にならないくらい、厳しく自分自分を律していた。

それなのに。

これだけ優等生として振る舞い、教師や周りからも真面目な子だと評判だったのに、こと給食に関しては学校の誰も、私の叫びを聞いてくれなかった。

私はワガママを言うような子じゃなかったのに。

日々の生活でこうあるべきだ、こうしなきゃと考え、模範的であろうと努めていた私であっても、どうやら食事に関しては全く別の話のように扱われた。

今思うと…たとえ誠実であろうと、真摯であろうと振る舞っていても、それで周りからもてはやされていても、結局学校の誰も私の苦しみに耳を傾けてくれなかったじゃないか

「あの真面目な子があんだけ給食に関しては難儀しているということは、何か問題があるんだろうな」という発想は浮かばなかったのだろうか?

もっと言うと、いい子ちゃんでいても誰も私のこと信じてくれないんじゃ意味ないじゃないか

…と憤る気持ちでいっぱいである。

小学生の頃はそこまで考えが至らず、

自分が悪いんだ。と自身を責めるだけだったが、

今の私は…無理なものは無理なんだよ!仕方がないだろう!と開き直るし、当時の私にもそう言ってあげたい。

ここでひとつ私の大好きなTHE HIGH-LOWSの曲を紹介する。

ゲロ」(アルバムロブスター」収録)

苛立つ私の気持ちを爽やかに代弁してくれている曲だ。中学生時代に初めて聴いた時、「ホントになぁ…」と深く共感したものだ。

さて。

幼稚園小学生時代までの恨みつらみが長くなってしまったが…

中学校に入ってからは、私の偏食は少しずつ解消され、食べられる量も増えてきた。

朝ごはんは食べられてもご飯一杯だけだったが、その分昼と夜に(自分としては)たくさん食べていた。

昼は母が作るお弁当、夜は母の手料理を食べていた。

間食もしていたし、高校時代に至っては放課後、街へ遊びに行きマクドナルドサイゼリヤ、時には一蘭替え玉までしてガッツリと食べ、その後遅めに帰宅し母の作った夕食を食べる…

今の私だと確実に翌日までダメージを喰らいそうな食べっぷりだったが、胃を壊すこともなく元気に過ごしていた。

それでも痩せ型なのは変わらなかった。

身長は今と同じ、体重はおよそ42キロ弱だった。

現在よりはまだマシな気がするが、それでも低体重なことには変わりない。

周りからは「細いから何してても面白い」とからかわれ、

当時好きだった人からは「細すぎ、もう少し肉をつけた方が魅力的だよ」と言われてしまった。

その言葉がズーンと響き、ダイエットならぬデブエットを始めたこともある。

当時は「糖質制限ダイエット」なるもの流行る前、ろくな知識もない私は「タンパク質体重を増やしてくれるだろう」と何故かそう思い至り、いつもの食事とともに ご飯納豆と溶き卵をかけ、それを二杯食べる…という行動をとった。

結局それは長く続かず、体型も変わらなかった。

当時何より悲しかったのが、内科かかりつけ医が私の体型、体重を見かねて

「親御さんはきちんとご飯を食べさせてくれていますか?」と訊いてきたこと、

時々周りの人たちが母に向かって「○○ちゃん(私)にもっとちゃんご飯食べさせてやらんといかんよ」と言ってきたことだった。

冗談混じりで「○○が痩せているから私が文句言われる〜」と度々母から言われたことがあったが、正直本当に申し訳なく思った。

母はちゃんガッツリご飯を作ってくれるし、私の体のことも理解してくれているのに。

これは私の問題なのに、私が未成年ということもあってどうしても親に矛先がいってしまう。

今はもう、私もいい大人なので「自己責任」としてみなされるため、ある意味気楽なもんである

大人になっても、社会人になっても痩せ型なのは変わらないどころか余計に酷くなっていた。

冒頭で述べた通り今の私は体重が37キロしかない。最後に40キロを超えてたのはいつだっただろうか?

家族からは「そんなに体重が落ちるのはいくらなんでもおかしい、病院に行きなさい」と心配されてしまっているので、近々健康診断も控えているし…一度病院にかかり、相談してみようかと思う。

しかし、痩せ型の人に対しては医師も冷淡なものだ。

前の健康診断では体重を見た医師から「元々そういう体型ですか?」と問われ、「そうですね」と答えると、「それなら問題ないでしょう。我々は太り過ぎによる生活習慣病を問題視してますから」と言われ、それで終了である

しか生活習慣病のリスクはそんなにないかもしれないが、低体重による他の病気リスクはあるのに。

現に今、あまり体調が万全ではなく、冒頭でも触れたように息が上がり、変な動悸があり、仕事終わりには疲れ切って何もできないほど体力が落ちている。

この文章は今朝、起き抜けに勢いで書いたものだ。

私は何故いきなり4000字以上に及ぶこんな長文を書いたのか。

はっきりとした動機はないし、誰かに何かを強く伝えたいわけでもない。

ただのぼやきというか、私の個人的な振り返りに過ぎないところはある。自分語り的な側面が強い。

しかし、太っている人には

「太ってますね」「デブ」と面と向かって言ってはいけないという世間一般道徳観念があるにもかかわらず、

痩せている人に対してはその観念が欠如している人があまりにも多いことへの疑問・不満、

好きでこの体型になったわけではないのに「過度なダイエットはよくないよ」「多少肉あったほうが男ウケいいよ」というクソバイスを浴びせられたことに対しての憤り、

そして…世の中には「痩せ型」であることに悩み、体重を増やしたいと本気で思い、あれこれ考え行動している人がいるということ、その証言

このような感情で書き連ねたといったところかと思う。

世の中にはダイエット情報商品摂食障害にまつわるあらゆる研究考察が流布されているが、

元々低体重の人への言及はあまりにも少ないと感じている。

もちろんTwitter検索したら私と同じように体重を増やしたいと悩んでいる人は何名も見受けられたが、あくま当事者だけだ。

そうでない、外野の人からの真面目な考察は見当たらない。

正直なところ、「大した問題じゃない」とみなされていることを嫌でも実感させられる。

私は昔に比べて自分の体型が嫌だと思うことはなくなり、周りから色々と言われても「自分自分」と、割り切ることができるようになった。

自分のことを認めてあげられるようになった。

上記で書き連ねた言葉以外にも、実はもっと心を抉られるような発言をされたことがあるが、敢えてここには書かないしそれで自分自身が揺らぐことはない。

ただ、その人のことを一生赦さないというだけだ。

しかし、やはり体重が体温並みになってくるとさすがに日常生活に支障がでてくる。

現在、平日フルタイム仕事をしているが、こんな状態ちゃんとやっていけるのか?と不安気持ちは拭えない。

健康になりたい、と願う気持ちは強い。

自分の体質だとMAXでも42キロが精一杯といったところだが、それでも今よりはずっとマシである

とりあえず日々の生活習慣改善から進めていこう!と改めて決意し、この雑文を終えることにする。

2021-04-03

パンティー売りのおじさん

ひどく寒い日でした。

この寒さと暗闇の中、一人のあわれなおじさんが道を歩いておりました。

頭に何もかぶらず、下に何もはいていません。

おじさんは手に一たばのパンティーを持っていました。

日がな一日、誰もおじさんから何も買いませんでした。

わず一円だっておじさんにあげる者はおりませんでした。

寒さと飢えに耐えかねたおじさんは、売り物のパンティーを一枚ずつかぶっていきます

やがておじさんは喜びに包まれて、高く、とても高く飛び、

もはや寒くもなく、空腹もなく、心配もないところへ――神さまのみもとにいたのです。

けれど街角には、夜明けの冷え込むころ、かわいそうなおじさんが座っていました。

口もとには微笑みを浮かべ、 壁にもたれて――凍え死んでいたのです。

おじさんは売り物のパンティーをたくさんかぶり、体を硬直させてそこに座っておりました。

「あったかくしようと思ったんだなあ」と人々は言いました。

おじさんがどんなに美しいものを見たのかを考える人は、 誰一人いませんでした。

2021-04-02

ひんやり冷たくてほよほよでたゆんたゆんのおっぱいの話

成人式で、乳を揉ませてくれた同級生地元に戻ってくるらしい。

トイレで書いてたら興奮のあまり長くなりすぎた。全部読んでも大したことは書いてない、すまない。

彼女同級生の中でも結構金持ちの家の子で、長い髪をお嬢様むすび?(アイマス橘ありすみたいな髪型)にして、授業中はメガネをかけていた。学区は近かったけど俺は野球をやってた上に、彼女はたいていデカ外車に乗ったお母さんが送り迎えをしていたからあまり学校帰りに一緒になることはなかった。

彼女とはただの同級生しかなかったから、思い出が特にたくさんあるわけではない。俺が外で遊んでいる時、彼女教室で本を読んでいた。あんまり、関わりはなかったように思う。

4,5年生の時だ。宿題が終わらないで居残りさせられていたら、見かねた彼女が手伝ってくれたことがあった。それから漢字の書き取りが多すぎると愚痴っている俺に「送り仮名が長い言葉を選べば少し楽じゃない?」と言って、例に挙げられていた「原因」ではなく「因みに」と書けばよいと教えてくれた。「ちなみに」という読み方を、この時知ったのを覚えている。

彼女はいから年賀状をくれるようになった。母ちゃんに「あんたにくれるなんて律儀な子だね〜」とからかわれるのが嫌だったけど、流行ってた丸文字じゃなくて大人っぽい字で、俺の名前と何らかのひとことを添えてくれていた年賀状は未だに捨てられない。

中学生になると、男女の溝がくっきりするようになった。彼女優等生の真面目な女子に、俺は野球部のイジラレ役になって、接点はまた少なくなった。たまに話す機会もあったけど、そのうち俺は彼女敬語を使うようになった。彼女は授業中も眼鏡をかけるようになって、髪型ポニーテールになっていた。彼女は県外の進学校に進み、俺は地元工業高校に行った。大学は知らないけど、多分有名なところだと思う。俺は、地元会社就職した。

成人式の日、着物彼女は遠目にしか見られなかった。黒っぽい高そうな着物を着ていたことだけはわかる。乳を揉ませてくれたのはその日の夜だ。俺の地元では、成人式の日の夜に中学校ごとの二次会が開かれる。

彼女ピンク色のドレスみたいなひらひらの服を着てやってきた。小さなブランドバッグを持っていて、やっぱり金持ちは違うな〜といじられていた。俺は誕生日3月から先生がいる2次会で酒は飲ませてもらえない。もう眼鏡をかけてはいない彼女ビールを美味しそうに流し込んでいて、大人になったんだなあと妙な感想を抱いたりした。

先生達が帰って、三次会居酒屋に移動したあと、彼女と話す機会が訪れた。「久しぶり、変わらないね」という彼女いかにも育ちが良さそうな喋り方は変わっていなかったし、俺は相変わらず「うっす」くらいしか言えなかった。隣に座った彼女は顔色1つ変えずお酒を飲んでは笑い、俺にお代わりをねだってコップを差し出してくる。こき使われているような状況もちょっと心地よかったのだが、彼女高校から付き合っているという恋人の話もしていて、ああ、彼女はもう俺の知っている眼鏡女の子ではないんだなと悲しくなったりした。

そうしているうち、不意に彼女がこう言った。「小学校の時、熱出した私にジャンバー貸してくれたでしょ。あれはときめいた」口ではそう言えばそっすね、なんて言ったけど、彼女が俺との思い出を残していることに驚いた。そう言えばどころではない。俺は、早退する彼女が返してくれた上着を着ずに持ち帰って、抜いた。首にあたっていたあたりからほんのり甘いような、新品の教科書のような匂いがしてしばらく置いておきたかったが、母ちゃんに洗われた。

「なあなあ、おっぱい超でかくなってね?」俺が甘酸っぱい思い出に浸っていたら、野球部のツレに耳打ちされた。

かに、昔から彼女巨乳だった。合唱部だった彼女は外で走ったりしないし、学年いちの巨乳だった陸上部女子ランニングする時ゆさゆさ揺れていたのでゆさパイと呼ばれていた)に隠れていたけど、多分学年で2,3番目にでかかったと思う。

ドレス姿の彼女の胸はだいぶ破壊的で、谷間は見えない清楚な感じのデザインにもかかわらず、その大きさは十分わかった。

「ひと揉みさせてやってよ!こいつ、こんなでっかいおっぱい触る機会なんてないと思うからさ」ツレが彼女にそんなことを言ったから、顔がボッと熱くなった。真面目な彼女から無視するか、不潔!とか言われるだろうと思った。なのに、彼女は笑って「こんなのでよかったらどうぞ?」と言って、胸を差し出してぴったりしたドレスの胸元をぺろんと開けた。

俺は取り敢えずいいっすと断ったけど、耐えきれず触ってしまった。酒に酔ってるはずなのに、彼女の胸はひんやり冷たくて、この世で一番柔らかかったと思う。三次会からは酒を飲んでたし、おっぱいの衝撃でその後の記憶ほとんどないけど、ツレの話だと他の男には揉ませていなかったという。女子は数人もんでいたらしい。

彼女は「明日普通に大学なの、辛い」なんていって、明け方まで飲んでそのまま電車に乗って帰って行った。それっきり、もう10年近く会っていない。そんな彼女が、地元に帰ってくるらしい。在宅勤務が増えたから、骨折してリハビリ中のおばあさんのために月の半分はこっちで暮らすのだとおばあさん本人が言っていた、と母ちゃんづてに聞いた。

俺は、ふうん、そうなん、と言ったけど、ほんの少し浮き足立った。別に、好きとか嫌いとかではない。連絡先も知らないんだし、どうということもない。でも、あのひんやりしてほよんと柔らかいあの乳が、俺の地元にあるということが嬉しくなってしまっただけで。反芻しすぎて食傷気味だったあの柔らかさが、また息を吹き返したみたいだ。今夜は思い出して抜こうと思う。

2021-03-31

軽率に進学勧められた者だけど後悔してないよ

中学1年の時に、風邪ひいて1日学校休んで不在だったせいで、運動会応援団員押しつけられたことがあるんだよね(5教科の成績と真面目な性格しか取り柄のないコミュ障陰キャから狙い撃ちにされたんだと思う。先公も止めろよ)。

大声なんて出すの恥ずかしいし無理やり決められた絶望感もあり「やりたくないもう帰りてえ」と思いながら応援団最初の集まりに出て行ったら、そこにめちゃくちゃ陽気で面倒見が良い女の先輩がいて、その3年生がその年の応援団長だった。ゲラゲラ笑いながら男子に向かって連続中指を立てたりしていて、コミュ障自分は「こんな女子がいるのか」と衝撃を受けた。

その先輩は見るから場違い陰キャの1年坊をことのほか可愛がってくれて、おかげで嫌だった応援団仕事もとても楽しくできた。

先輩が卒業してほどない頃、中学職員室に遊びに来ていたところをたまたま出会った。「〇〇高校通ってるよ、いいよ、おいでよ」と誘われた。


先輩から名前を聞いたその高校専門学校に近いちょっと特殊学校で、5教科の成績がよかった自分は親や教師から散々「お前それでいいのか?」と念を押され続けたが、迷わずその高校へ進学した。理由を聞かれたが誰にも本当のことは答えなかった。「〇〇は好きだしやってみたいと思った」で通した。

ところが行ってみたらその先輩はおらず、なまじ専門性の高い学校へ入ってしまったために5教科しか取り柄のなかった自分は散々己の無能に打ちのめされる羽目となった。高校在学中の3年のうち2年は「高校やめたい、それか死にたい」と思いながら通い続けた。高校同級生は皆気のいい奴らで、ぶっ飛んだ服装言動の連中もいたが、自分のようなコミュ障陰キャにも腫れ物に触るように当たらず障らず接してくれた。

結局どうして先輩がいなかったのかはわからない。先輩が卒業するまでの1年間ずっと探し続けたが見つからなかった。入学してすぐやめてしまったのかもしれないし、単に自分高校名をちゃん確認せず、全然別の学校勘違いしただけかもしれない。

ただ、今の今まで己の浅慮と無能を恨んだことこそさんざあれ、一度だってその先輩のことを恨みに思ったことはない。書いていて思ったが恨みに思う発想がそもそもなかった。


最後の1年でものすごくハマれる専門技術に触らせてもらえるようになって、そこから高校生活が好転した。あれほど行きたくなかった学校へ通うのが逆に楽しみになり、やるのが苦痛で常に先延ばしにしていた実習課題も、逆にいつまでも作っていたくて毎日放課後まで残るようになった。

その技術と一向に進学も就活もする気のないクソ生徒を見かねた担任コネが縁で就かせてもらった仕事20年以上細々と続けている。

その仕事きっかけで出会った人と縁があり、今は結婚して子供も産まれている。

あの中学1年の1日を欠席しなかったら、普通高校就職し、奨学金大学へ通い、全然関係のない別の会社で働いていただろうことを思うと運命不思議を思わざるを得ない。


しかしたらあの先輩もどこかで「後輩に学校を勧めたのに自分は先に退学してしまった」と申し訳なく思ったことがあるのかもしれない。「〇〇の奴、勧めたけどやっぱ来なかったな。まいっか」と、自分が行ったのと全然違う高校卒業して思ったきりかもしれない。

重ねて言うがいずれにせよあの先輩には感謝しかないんだ。自分人生を狂わせやがってなんて少しも思ったことはない。

確証はないが増田のひとことで浪人を選んだ人もきっとそうだったと思う。

同級生に陥れられて嫌々入る羽目になった応援団を楽しく過ごせた思い出をもらえたし、自分なんかに同じ高校を勧めてくれた先輩が待っていると思いながら高校を目指すのは楽しかった。

あの先輩にはもう二度と会うこともないのだろうが、増田を読んで先輩のことを思い出したので、増田に乗じて感謝を述べたい。

anond:20210327020159

2021-03-30

筋トレなんてしなければよかった

世の中に「筋トレ万能論」とも言うべき説が流れはじめて久しい。

やれ筋トレすればメンタルが上向く、健康になる、モテる出世する、云々かんぬん、もはや宗教だ。

これが本当なら素晴らしいことだが、おれ自身は3年間筋トレに取り組んだ結果、鬱になり、無職になった。

筋トレに興味があって始めてみようかと思っている人、また無責任筋トレ万能論を振りかざす人に特に読んでほしくてこの文章を書く。

身バレすると面倒なので適当フェイクを混ぜるが許してほしい。

筋トレを始めたきっか

子供のころからガリガリだった。身長は180cmあるのに、体重はたった55kg。アンガールズ山根とほぼ同じ体型だと思ってくれればいい。

胸板など欠片もなくぺったんこ、力こぶを作ることもできない。

それでも大きな病気をすることもなく生きてこれたが、30歳を過ぎていきなり体の不調を感じることが増えた。

人混みで買い物をするだけで風邪を引く、数時間パソコン仕事をするだけで腰や背中が痛みだす。

これではいけないと感じ、パーソナルトレーナーのいるジムに通い始めた。

しばらくは筋トレが楽しかった

トレーナー指導を受けて、毎週2日、1回45分の運動を始めた。目標体重+15kgの70kgとした。とにかく一般成人並の体になりたかったのだ。

最初はウェイトなしのスクワットすらきつかったが、次第にダンベルやバーベルを使ったトレーニングもできるようになった。

食事も低カロリー野菜中心だったものを、卵や鶏肉ナッツヨーグルトなどタンパク質の多いものに変えて、朝晩2回のプロテインを飲むようにした。

すると体重は緩やかながらも順調に増え、1ヶ月に1kgのペースで体が大きくなり、8ヶ月後には63kgに到達した。

ぺったんこだった胸に大胸筋の膨らみが生まれ、顔の輪郭もふっくらとして健康的になってきた。

なるほど、これは筋トレにハマる人が多いのもわかる。自分の体を鏡で見るのがだんだん楽しくなっていた。

完全な停滞期

ところがここで転機が訪れる。いままでお世話になっていたトレーナー退職してしまったのだ。

新しいトレーナーに引き継いでもらっても良かったのだが、以前から高額な費用が気になっていたこともあり(1回3,000円だから一ヶ月で約24,000円になる)、ここは自分で鍛える方向でやってみようと考えた。

しかしこれがひとつ目の間違いだった。自己流に切り替えた途端、体重の増加がピタッと止まってしまった。

今にして思えば、それまで第三者いたことでできていた「自分を追い込む」という行為が、ひとりになって全くできなくなったのだろう。

それから半年、やってもやっても効果が出ず、自分はなぜ筋トレを続けているのかもわからなくなってきた。

そんな悩みを各方面に話していたら、知り合いが「手伝いますよ」と声をかけてくれたのだ。

新しいトレーナー

彼は東京パーソナルトレーナーをしている男で、ビジネス関連の交流会で何度か顔を合わせたことがあった。

おれが住んでいるのは大阪のため、毎月メニューを考えて送るので、月1回、Skypeでのコンサルタントで成果を確認しましょうという話だった。

しかも知り合い価格で、かなりの格安で引き受けてくれるという。

メニューを考えてくれるのはありがたいし、知り合いに頼めるなら安心だと思った。彼から送られてきたのは以下のような方針だった。


なるほどなるほど、これならすぐに停滞期を抜け出して70kgにも到達するだろう……そう考えていた。

相性の合わないトレーニング

しかしこれが自分には合わなかった。彼の指導を受けはじめてから1年経って、増えた体重はたったの2kg。

とりあえず65kgにはなったものの、このペースでは70kgになるまであと2年以上かかってしまう。

この状況を見かねたのか、彼からヨーグルトプロテイン冷凍フルーツを混ぜたものおやつに食べましょう」とのお達しが来た。

おれはさっそく特製ヨーグルトを毎朝作り、職場で食べる生活を始めたが、これもまた大きな効果があったとは言いがたかった。

ビタミン類はサプリメント摂取し、野菜フルーツよりもカロリーの高い卵や肉類を食べていればもっと効果が出たような気もするのだが、今となってはわからない。

結局、それから2年かかってようやく体重が69kgまで増えた。目標まであと1kgである

ところがこのとき自分にはまた別の問題が降りかかってきていた。

筋トレに疲れて仕事が手につかない

週2日から4日にトレーニング頻度を増やしたこと、また食事にかかる労力が増えたことで、仕事に支障をきたすようになったのだ。

自分はもともと食べるのが遅いので、朝食を食べるだけで30分かかる。

量を食べているから消化にもエネルギーを使い、頭がぼーっとして集中できなくなる。仕事中に休憩を取る回数が明らかに増えた。

またおれは技術職のため、仕事が終わっても自主的に本を読んだりオンラインコースを受けたりと勉強を続ける必要がある。

ところが筋トレをするとその後は何もできないほど疲れてしまうので、勉強の習慣もすっかりなくなった。

気がつけば生活ほとんどを筋トレ食事に取られ、本業がどんどんおろそかになっていた。

やってもやっても成果の出ないことにいらだち、体重計に乗るたびに自分を責めた。

筋トレ人生変わった」「筋トレポジティブになれる」という発言を読んでは、ちっとも人生変わらずポジティブにもなれない己が情けなくなった。

それでもなぜ筋トレをやめなかったのかといえば、「目標を達成できなかったら、指導してくれている知り合いに申し訳ない」という気持ちがあったからだ。

彼の顔に泥を塗るわけにはいかない。せめて目標の70kgを達成して、そこで区切りにしようと考えていた。

しかし、最大のトラブルがやってきてしまう。

コロナで全部水の泡

2020年初頭の新型コロナウィルス騒ぎである目標体重まであと1kgと迫った直後、全国に伝染病の恐怖が蔓延し、ジム営業停止仕事リモートワークに切り替わった。

ジムに通えなくなったおれのために、知り合いは自宅でもできるメニューを考えてくれたが、もはや後の祭り

食糧の買い出しすら自由にできなくなった生活の中、おれの食事量はみるみるうちに減り、体重も1ヶ月で6kg減った。63kg、つまり最初の停滞期の頃にまで戻ってしまったのだ。

「2年間の努力が全部無駄になった」という事実が、おれの精神を完全に崩壊させた。

筋トレに多大な時間と金額と体力のリソースを取られ、本業でのスキルアップもできなかった。これで筋肉さえ残ればまだ良かったものの、すべて消えてしまった。

いったい自分はなんのためにトレーニングなんかしてきたんだろう……

気づけば、勤続年数の割にぜんぜん出世もできていないし、それどころか、あとから入社してきたエンジニア自分上司になっている。

焦って勉強しようにも、本を開いても眠たくなるばかりで、何も内容が頭に入ってこない。

自分のことがひたすら無能で、無価値に感じられ、街を走っている車の列に飛び込めば楽になれるのか、と考えることが増えた。なんてことだ。

自らの置かれた立場を見つめ、絶望し、大きな後悔を抱えながら、おれは辞表を提出した。

今は貯金を切り崩しながら、実家で療養生活を送っている。社会復帰できる目処はまだ立たない。

教訓

筋トレは最強のソリューション」ではない

Twitter流れる無責任筋トレ万能論は嘘八百である

そもそも筋トレで鬱が治るなら、スポーツ選手鬱病患者はいないはずだ。あのイニエスタですら鬱だったというのに。

筋トレしているのに気分が上向かないことだってある。それを自分が悪いのだと考えるのはやめよう。

筋トレ生活のすべてにしてはいけない

ガリガリからムキムキになれたら人生きっと好転するだろうと夢を見すぎていたところがあった。

から本業をおろそかにしてまでリソース筋トレにつぎ込みすぎ、大した成果も出ず、結果として多くを失ってしまった。

どうせなら無理のない範囲で、細く長く続けていけばいい。

知り合いに指導を頼んではいけない

トレーナー指導法との相性は必ずある。合わないと思ったらすぐ変えることも必要だ。

優しい性格の人ほど、知り合いを「切る」ことができないので、十分注意してほしい。

「やらない後悔よりやる後悔」という言葉がある。おれに言わせれば、どちらも同じ後悔だ。

悔いのないくらい精一杯やれよという人がいるだろう。だが精一杯やったのに成就しなかったという事実は、より深い絶望をもたらすこともある。

筋トレなんてしなければよかった。それが今の率直な胸の内だ。

2020/3/31追記

さすが匿名だけあって皆さんコメント言及が厳しい。ここは言葉が人を殺す可能性なんて微塵も考えない人ばかりだ。

ひとつ付け忘れた教訓がある。

ガリガリの男を馬鹿にしてはいけない

(今思えば)無理な筋トレをやめなかった理由ひとつに、複数女性から体力の無さを揶揄されたことが挙げられる。

8kgの増量後、異なる女性とそれぞれ一緒に旅行に行く機会があった(二人きりではない)。その際、長距離の移動でおれが疲れを見せたり、息があがったりしている様子を見たとき彼女らは一様に軽蔑まなざしを向け、あからさまに冷たい態度を取ってきた。

自分としては8kg増量もそれなりによくやったと思っていたのだが、この経験から「まったく足りないのだ」「もっと鍛えなければ一生女性から馬鹿にされ続けるのだ」という認識を得たのだ。つまり強迫観念である

世の中、男性の体力など特に気にしない女性だって多いのかもしれない。しかし、実際にそういう態度を向けられた者からすると、その侮蔑普遍的ものにすら感じられる。

太った体型を嘲ってはいけないという常識は広まりつつある。ガリガリもまたしかりだ。何気ないその態度が、他人に強い呪いをかけることもある。みなさんは痩せ型で体力のない女性馬鹿にするだろうか。そうでないなら、男性のことも馬鹿にしないでほしい。

そしてこの文章を読んでいる痩せ型の男性のみなさんも、決して呪いにかからないよう気をつけてほしい。体力や筋肉がなくても、あなたあなたであるだけで、十分に美しい。

2021-03-27

anond:20210327100148

30XX年。この時代にもう地上に AI存在しない。


1950年代に考案された最初AIであるニューラルネットワークは、1990年代には実用化した。

2000年代に多層ニューラルネット欠点を補完する深層学習誕生すると、

これも実用化が進み、その研究2040年代には終息した。

やがて民生用量子コンピュータが普及し始めると、AI の量子演算研究は当時のホットトピックとなった。

だが、高度に複雑化した量子化AI理論理解できる学者世界に数人しかおらず、論文査読に8年もかかったという。

その実用化にはさらに多くの年月を費やしたが、身の回りのあらゆる電子機器に搭載されるようになった。


量子化AI の導き出す結論は常に最善・最適なもので、人々は機器に言われるままに行動するようになった。

その方がいつも快適だし、無駄思考コストも要らないので当然のことである

電子機器の指示に従って暮らす人にとって、 AI は神であり、その言葉はご神託となった。

その昔、SF作家アーサー・C・クラークは、

「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない。」

と言ったが、

「十分に発達した AI は、神と見分けがつかない。」

という世界が具現化したのだった。


考えてもみてほしい。

ものごころつく前から機器の指示に従うことが善とされ、それに逆らった人間には事故病気という罰が与えられる。

祖父母も両親も私もそうやって暮らしてきたし、将来産まれてくる子や孫もそうするだろう。



今、私に与えられている指示は「ロウドウ」だ。

畑を耕し、野菜を育てる。

自分で食べるもの自分で育てる。

当たり前のことだが、これは案外楽しいものだ。


私の担当トマトで、午前の担当区画では種まき、午後は別の区画で収穫をする。

水まきは週に1回なので今日は無い。

住人全員が食べる分のトマトを運ぶのはかなりの 運動 になる。

牧畜担当に憧れが無いわけでもないが、友人曰くミルクの運搬がかなりキツいらしい。


夕方には、その日食べられる食材を持ち寄って集計し、グループ単位調理して食べる。

食事は1日2回。朝はパンミルクだけの軽食なので、夕食が一番楽しい時間になる。

友人ともいっぱいおしゃべりできる貴重な時間






食後の片づけを終えたら、睡眠室に戻り、私は「メイソウ」をする。

正直に言うと、この2時間に具体的に何をすればいいのかよく分からない。

お母さんは、何でもいいか自分一人で考えることが大事というし、

お父さんは、妄想でもしとけばいいという。


おばあちゃんが生きてた頃に相談したら、

昔の人の暮らし想像するのだと言って、なぜか神話を語ってくれた。


人々は遠い昔、「チキュウ」という天界暮らしいたこと。

人々は神様のことが良く理解できず、勝手に悪い神様を創り出してしまたこと。

悪い神様のせいで「チキュウ」が壊れてしまい、

それを見かねた良い神様が「フネ」という新しい世界創造したこと

その「フネはいくつもあって、この「フネ」に宿る神様名前は…

ジー・・・

なんだっけ。一度はちゃんと聞いたんだけど、今はもう思い出せない。



ピピピピッ。

腕にはめられたリングが光り、「メイソウ 〇」の緑の文字が浮かび上がった。

すぐに「スイミン」の指示を示す青い文字へと変わった。

どうやら、今日の「メイソウ」も無事終えられたようだ。

昼間、体をたっぷり動かしたせいで、今夜もぐっすり眠れるだろう。

私は、どうしても思い出せない神の名を妄想しつつ、静かに眠りについた..。

.

2021-03-24

elisの生理用品配布が小学校であった記憶平成元年まれ

大王製紙生理用品elisブランドが、子供向けに幅が狭いサイズ生理ナプキンを開発して、新製品として出していた時期があったはず。

検索しても見つからなかったから、売れなくて、大昔に撤退済みということなのかな。でも存在はしたはず。

 

平成元年まれの私が小5のときに、いや小4だったかも?忘れたけど、小学校で「子供サイズelis」の試供品一式が配布された。

学校が購入したものではなくて大王製紙プロモーション目的提供したのではないかと思う。

女子けが隔離されて生理の授業があって、授業のあとにビニール製のピンクの巾着袋にナプキンの昼用と夜用だったかがセットで入ったものが配られた。

巾着袋を持った女子教室にぞろぞろと帰って、男子がめちゃくちゃ気にしてた。

生理がどうこうってより巾着袋の中身がいっぱい詰まってる感じが気になったんじゃないかと思う。

私も男子けが中身が詰まってそうな巾着袋もらってたら、中身何?ずるくね?と思ったんじゃないかな。

巾着がしっかりしてたし。厚手のビニール巾着で、ツヤ消しのサラサラした素材で、絞り紐もコットン製みたいな。

無料配布された巾着に高級感があって嬉しかたことははっきりと覚えていて授業の内容すべて忘れていて草。

 

当時私は生理来てなかったから家に持ち帰って、しばらくとっておいたけど、なんやかんやで母が使ったんじゃなかったっけ?

結局私に生理来たのは中2の終わりごろだった。

セットを持ち帰ったとき母が大王製紙にめちゃくちゃ感心してて、製品宣伝教育かねたことを公立小学校でできることについて

マジ語りしていたので、配布されたブランドがelisであることを未だに覚えている。

子供サイズelis」のパッケージピンクギンガムチェックだったような記憶もうっすらある。

個包装がピンクギンガムチェックで、開けるときに音がしないように不織布だった。

ブランド名は「子供サイズelis」ではなく、なんか名前があったけど忘れた。検索しても出てこない…。

 

千葉県内の普通公立小学校なんだけど。記憶違いとかじゃなくてマジであったこと。

子供用elisは商業的に失敗したっぽいけど私は未だにelisブランド母親が褒めたイメージが残っていて

新・素肌感(ふつう〜多い日の昼用)羽つき 20.5cmを日常使いしている。安いしね。

 

ステマ臭がひどいだろうけどマジで関係者ではない。elisの部署どころか大王製紙に親戚縁者一人もおらん。

あと生理貧困が今話題になっているということは、子供サンプル配布とかも無くなってるのかなとも思うし。

子供へのブランドイメージ刷り込みっていうのも、善悪、どうなのかわからん。私はおとなしく刷り込まれて、買い続けてきたけど。

別のブランド小学校でのサンプル配布することを公表したら、そっちのブランドに乗り換えるかも。

経血量が少ないし、かぶれとかもまったく起こさない頑丈な体質だからナプキンスペックにこだわりがないんだよね。

 

3/25追記

これかも

はじめての10代専用

elis ワンダワッフル Teens

https://anond.hatelabo.jp/20210324162811

これです!ありがとう!懐かしい!

2021-03-10

マガジンポケットジパング感想コメント欄が閉鎖される

やはり歴史認識でネトネトしていたのが原因か・・・

軍オタヲタ知識は参考になったんだけどな

そのツッコミに作者が耐えかねたせいの閉鎖だったら笑う

2021-03-07

重ねた留年を見かねた家族実家へ連れ戻されて1年が経った

まれから高校卒業までを過ごしたこの街は県庁所在地というだけあって都会機能の一揃いがひとつまみずつ鎮座している

それは物理距離交通の不便から他の同規模以上の都市に気軽に移動できない(できてしまわない)ことの裏返しかもしれない

人口は微増から微減へと転じたらしい

市町村から吸い上げていてこれかとも思うが、東京という巨大なブラックホールを抱えたこの国では仕方のない自己相似なのだろう

学生時代は米より安いパスタを茹でるか、白飯おかわり無料の店へ行くか、絶食して寝るかの3択を繰り返していた

自炊は1人ぶんをつくるのが一番高くつくのを知った数年だった

逆に言えば数人分であれば外食よりも随分と自炊のほうが安くすむ

父の料理趣味もあって、よほど忙しくなければ外食をしないのが「うち」の不文律

不文律というには例外がある

日曜にもかかわらず年度末の怪物忙殺されてしまった料理番が「昼は適当に食え」と令を発した

自分の食べるもの自分で決めなければならなかったのは、あるいは決めさせてくれたのは実に1年ぶりだった

町並みを夔動自転車で少しぶらついて、ふとオメガラーメンの真っ黒な看板が目に入った

オメガ系が「向こう」の学生街入学当初なかったので私は仲間連中と駄弁りながら私鉄を乗り継いで「無謬屋」へ行ったものだった

去年「あるオメガ系チェーンが意識高い系ビジネス悪魔合体した地獄のような店を47都道府県全部に展開する」と報じられた

実際我が街にも一軒建ったものの、開店早々食中毒によって閑古鳥を鳴かせていた

しかしまともなオメガラーメンを食べるに県境をまたぐ必要はない

ここは田舎でも都会でもないのだ

地下鉄イタリアンファミレスこそないが、オメガ系の名店は数年前から既に「墓所」「縹渺」などがある

その一つが市立病院の裏に行列を並ばせるこの「虚彁」

本家系列の店で修行したオーナーの腕が絶品と聞いたことがあり、私は好奇心とともに最後尾になった

完食した

下劣に甘くとろけたチャーシュー小麦香り甚だしい麺

それから強烈に炭酸の利いた真っ黒なスープ

白髪ねぎを焦点にピッタリと調和するその味に感服した

無謬屋」さえ引けを取ると思った

美味しかったのは確かだ

だけれど、学生時分に掻き込んだ思い出とは体験として異なっていた

歯の裏にこびりついた甘ったるい余韻に多幸感ではなく、くどさを覚えた

もうオメガラーメンは粗食からくる飢えを潤す糧ではなく、生活に過剰な娯楽でしかないのだと悟った

帰宅する頃には天気予報の通り雨が降りはじめた

雨の降る街、漆黒看板に「オメガラーメン 虚彁」の文字がボウと光った

2021-03-04

教えてさん

今の現場に、教えてさんがいる。

からなければ直ぐに聞く。同じ事を何度も聞く。

呆れて教えない人も出てくるが、その人には「あの人は私に意地悪をする」と吹聴する。

曰く、「調べるより聞いた方が早ければ聞く方を選ぶ」というのだ。

リーダーは、教えてくれる存在であり教えてくれないのはリーダー失格であるという。

かねたというか、苦情が殺到してマネージャーが諭して「少しは勉強したらいいのではないか?」

といったら、パワハラだと騒ぎ始めた。正直みんな困ってる。

不思議なのは、聞いて人の時間を1時間でも2時間でも奪うが、定時に代える。

その分作業が遅れた人は、残業する。今の所、仲が悪いので自分のところには来ないが、陰口は

言われている。うちのお局様すらおののいて、距離を置いてる。この人はなんなんだ。

2021-02-25

ネットに載せられない猫

うちの猫は小さい頃に外でボロボロになってた所を見かねた夫が拾ってきたやつだ。

アホだけどいい奴なので仲良く暮らしてる。

こないだも私がカリカリを用意してるときに襲いかかってきて袋が破れて床中カリカリまみれになったけど、まぁ仲良くしてる。

でもちょっと見た目に特徴があって、たぶんそれは見る人によっては怖かったり気持ち悪いって思う類のもので、写真をどこかにアップとかはできない。

インターネットにはかわいかったり面白い猫の写真がたくさん載っていて、色んな人に可愛いとか面白いとか言われてて羨ましい。

うちの猫かわいいんだよ。

無理のない程度に長生きして欲しい。

2021-02-15

姫プレイ

参加してるコミュニティ姫プレイが酷くて嫌になる

参加する利益がでかいから抜ける気にならないんだけど、そいつの機嫌を取らないとこっちが嫌なやつ扱いされるのが嫌過ぎる

SNSで公開してる癖に、写真勝手に見ちゃいけないとか、何様状態

自分は度が過ぎた事口走るけど、他人愚痴は見たくないから、やめろとか平気で書き込む

周りも判っているか無視しているけど、中にはそれを肯定する発言書き込むバカが居るからほんとイヤ

そいつ地雷践んで、ブロックされたけど、SNSで直接的ではないけど、クズが居て激おこぷんぷん丸とか書いてるし、

そいつがそのコミュニティ最近出てこないのは、クズ(俺のこと)がいるからです!とか書いて被害者ぶるし…

かねた古参が注意してくれたみたいだけど、余計にこじらせたと言われた

利益がなければ脱退したいわ~

2021-02-13

北京冬季オリンピックボイコットしなかった選手企業炎上楽しみ

北京まで後一年で楽しみで仕方がない。

ジェノサイドが行われている中国オリンピックに参加するなどナチスドイツベルリンオリンピックに参加するのも同然! 選手スポンサー企業ボイコットすべき! と思いっきり盛り上がって欲しい。

選手の一人一人、企業一社一社SNSで「お前はジェノサイド容認するのか? 人権尊重するならオリンピックは辞退するよなぁ?」と踏み絵を迫られる姿に今からクワクが止まらない。

黙ってやり過ごそうとしたら「過去にBLMのような反差別運動には賛同を表明してきたのに自分の儲けが絡むと虐殺無視するのか?」とダブスタを徹底的に叩かれて嫌々出す中国忖度しまくった見苦しい言い訳を俺の耳に聞かせてくれよぅ。「スポーツ価値政治とは別問題」とか言ってくれたら両手を叩いて喝采する。

叩きに耐えかねた有力ドイツ選手が「競技者としてのピークを迎えつつある僕にとってメダルを取れる最後のチャンスなんだ、オリンピックを夢見て子供の頃から毎日練習してきたんだ」と涙ながらにお気持ち表明ビデオメッセージ投稿して、同情されるどころかますます炎上して、自宅に「ナチ野郎」と落書きされ練習場にハーケンクロイツ型にゴミをぶちまけられて鬱になってそのまま引退したりしたら喜びで絶頂射精ちゃう

ポリコレキャンセルカルチャーは大嫌いだけど、今回ばかりは義により助太刀せずにはいられない!

2021-01-21

ブルーレイプレイヤーという機器役割について

から貰ったブルーレイプレイヤーを持っている。

正確にいうと持て余している。

我が家にはテレビがない。

極狭ワンルームのため邪魔処分したのだ。

それにかこつけてプロジェクターを導入しており、

テレビチューナーと繋ぐことでテレビを見ている。

映画サブスクは件のプレイヤーを繋いで見ている。

プリセットアプリからサブスクを起動する形だ。

このプレイヤーをありがたく頂いたのは、

プロジェクターから直接発されるペラペラの音に耐えかねたからだ。

さすがに映画を没入して見るためにはプロジェクター直出しの音質は心許ない。

端子がなく、光デジタルケーブルでの分離はどうやら不可能だったために、BTでの音声出力ができるプレイヤーは大変ありがたかった。

BTスピーカー恩恵を存分に活かすことができた。

ところがfirestickを手に入れたところ、挿すだけで直接firestickからスピーカーBT接続ができてしまうではないか

やや音質が心許ない気はするが。

このプレイヤーAmazonプライムのためにしか使用しないため、完全にお株を奪われた形なのである

チューナーBD読み込み機能はある。

手放してもブルーレイが見られなくなるくらいのデメリットしかない。

売りたいが、頂きもの申し訳ないようなうっすらとした気持ちがある。ミニマリストにはなれないタイプだと実感する。

チューナースタックしているので劇狭ワンルームでもさほど邪魔というわけでもなし、扱いかねている。

そもそも我が家で持て余すほどのBTブルーレイプレイヤー需要はあるのか。

みんな一体どんな環境で、どうやってテレビ映画おうちでみてるんだい。

2021-01-18

anond:20210118093828

数万の食事とか、デートの下見で男同士で行って恥じかいた。学生時代かねためて、見栄はろうとして、失敗すると嫌だから男同士でいって、失敗した。

2021-01-09

ドラえもん児童向けとして扱うことの限界

先日のドラえもんをご覧になった方はいるだろうか?

見ていない方のためにざっくりストーリー説明させていただこう。

ジャイアンスネ夫放課後のび太の家を訪ねてくる。

ドラえもんがまだ帰っていないことを伝えると「野球に誘うつもりだったのに」と憤慨し帰っていく。

ドラえもんのび太を探しに出かけ裏山でのび太を見つける。

のび太が裏山の掃除をしているのを見て感激したドラえもんが心の土という道具を貸すと、感情を得た山とのび太はみるみるうちに仲良くなる。

のび太は山にばかり行くようになり、学校ではぼんやりとしていて帰りも遅い。

そんな日が続き見かねたドラえもんが山に言う。

のび太くんのためにのび太くんをこれ以上山にこさせないでくれ。」

山はのび太を突き放す。

ドラえもん「山は本当にのび太くんが好きだったんだね」と微笑む。

のび太は家に帰り、「明日野球に行こう」と決意する。

感動ストーリーとして書かれたものだと思うし、私も感動しそうになった。

でもこのストーリー、これを児童アニメ軽率に感動として扱うにはあまりにも危うくないだろうか。

のび太野球が得意ではないし、ジャイアンのび太いじめている。

野球に行ったとして、十中八九ミスをして殴られるだろう。

のび太にとっての野球に行くというのはいじめられに行くというのと同義だ。

学校だってそうだ。

頭ごなしに叱られ、笑い者にされるだけで適切なケアは受けられない。

勉強ができるようになるためのフォローは受けられず、のび太のなかで“自分は出来ない”という考えだけが積み重なっていく。

学校野球ものび太にとってただただ自己肯定感尊厳剥奪される場所だ。

この話のなかでのび太は逃げ出し、“逃げ出し先”を奪われることでまた元の場所へと戻る。

結局のび太を逃げ出させた原因はなにも変わっていない。

追いやられたから出ていかざるを得なかっただけで何も根本的には解決してない。

のび太別に何も出来ないわけではない。

あやとり射撃も得意だ。それが評価される世界で生きられていないだけだ。

なのにドラえもん世界のび太はだめな奴のままだ。

それだけなら良い。ドラえもんはそれでも面白いから、一作品としてならそれでも構わないのかもしれない。

でもドラえもん児童アニメであるならば私たちは“のび太のような子供”について考えなくてはいけない。

運動も出来ない勉強も出来ない。馬鹿にされるばかりで得意が評価されない。自分は何も出来ない。

児童アニメはそういう子供に「君は何も出来なくなんかない」「仮に何もできなくても君には価値がある」と伝えるものでなくてはならないのではないか

いじめられるような笑われるような理不尽環境からは逃げたって良いと教えるべきものだ。

ようやく見つけた居場所問答無用で取り上げて、辛い環境に向かわざるを得なくすることを美談として流してはいけないのだ。

私はドラえもんが好きだ。

小さい頃から漫画をよんで、毎週アニメをみて育った。

ドラえもんは凄い。ずっと昔に描かれた漫画なのに今の価値観を先読みしてるような話さえある。

藤子F不二夫先生は、常にその時の最新の価値観を追って、噛み砕いて考えて自分価値観として落とし込んで漫画を描いていたんだろうと思う。

ドラえもんは紛れもない傑作だ。

でも、だから、やはり言わなくてはならない。

ドラえもん根底価値観は最早古い。

児童アニメとして、子供に“これが当たり前だよ”と伝えるものとしてはあまりにも厳しい。

作品としての良し悪しの外の話だ。

なまじ子供向けとしての立場確立しているからこその危うさだ。あからさまにエログロのあるアニメは見せないか、見せるにしてもある程度気を使うがドラえもんは皆が無警戒で流してしまう。そういう土壌がある。

もういじめも覗きも犯罪で、廊下にたたせるのは虐待だ。

テストで0点をとり続ける息子にするべきは、頭ごなしに叱らず話を聞くことだ。

のび太はけして駄目な奴じゃないし、辛いときは逃げたって良い。

ドラえもんがそのまま放映されているということは、私たちがそのままだということだ。

停滞してはいけない。与えられるものぼんやりと当たり前として享受し続けるのは愚か者のすることだ。

ドラえもん作品としては素晴らしいが、もう私たち教科書にはなり得ないことを知らなくては。

私たちはいい加減ドラえもんに教えられる段階からさなくてはならないのではないだろうか。

anond:20210103022452

アナル警察です。アナル形容詞あり、名詞として使うのは間違いです。アヌスと書きましょう

手元にあるBL小説からアヌス表現をいくつか抜き出す

ちなみにBL小説でさえアナルと書く人がいる(怒)

ただ、小説においてアヌス(もしくはアナル)、肛門と書くのはごく少数

  • 後孔が、ばくばくと淫らな開閉を繰り返し
  • ○○(名前)の後ろが、男のペニスを奥深く呑み込んでいる
  • 窄まった粘膜
  • 奥の窄まり
  • ○○の指が蕾をくすぐり、中へと進入してきた
  • 熱い塊を尻のはざまに押しつけられる
  • 誰のペニスが一番最初に肛孔(こうこう)を貫いたのだか
  • 恥ずかしい穴
  • 肛門の中に他の男の体液を入れたまま(珍しく肛門が出てくるパターン
  • 待ちかねた入り口にようやく指が触れる(入り口ではない)




肛門から入った先の表現は抜かした。ざっと確認した感じだと、BLにおいては肛門のものを書くことは少なく、入った先の部分を表現することが多い。入れる場所より入れてからのほうが大事

  • 尻の奥
  • 内壁
  • 粘膜4選(もっと奥にある粘膜・収縮する粘膜・ひくひくと悦ぶばかりの粘膜・○○に食いつく粘膜)
  • 広げられた隙間

BLにおいては後孔が多いが、自分の書きたい肛門に思いを馳せ、それに相応しい表現を使うのが良いか

BL小説はわりとオワコンジャンルレーベルがどんどん死亡してしまった

2021-01-06

とは何だったのか。母とは何だったのか

知らない番号から着信があり、調べたら保険会社だったので、すわ母が死んだのかと色めきたって折り返したらば、間違い電話だった。なーんだ。母が死んだら、保険金がたくさん下りると聞いている。それをいま払っているのは祖母である。正直祖母が今生きているのかはわからないのだけど、亡くなっていたらいたで、おそらく母の彼氏他人の夫)が払っているだろうので、まあそんなことはどうでもいいのだけども。

そのあとネットニュースを見た。母親にいいところでの食事写真を送るとかなんだとかのほっこりニュースへぇーと感じた。発想が優しくてカワイイ。その人の母親もそれを喜ぶんだろう、発想が優しくてカワイイな。発想が優しくてカワイイ母が育てたからそんな子になったのか、子の発想が優しくてカワイイから母が喜ぶのか、どちらが先だろうか。

母が死んでもどうも思わない。保険金がもらえるらしいのでそれは嬉しい。母は家におらず、また父も家にはいなかった。見かねた祖父母私たちきょうだいを育てて、美味しいご飯がたくさん食べられるのが嬉しかったが過干渉が酷すぎた。放任と過干渉狭間で15歳で精神がブッ壊れ、以来10年ほど精神科に世話になった。閉鎖病棟入院もした。最終的に診断名の病ではないということで、看護師やワーカーが病院から逃がしてくれた。そのあとはすべてから逃げて東京に出た。よくある話だ。

数年前まで祖母とだけは連絡を取っていたので、保険金の話や弟が結婚したことなどを教えてもらっていた。相変わらず母は家を空け年に数回ふらりと戻ってくるらしい。買ってきた食事を食べ少し眠りまた消える。弟が父親に会いに行ったという話も。何をしに行ったのかは聞いていないから知らない。自己破産しなきゃいけないくらいふんだくってやればよかったのになどと考えた。

こういう考え方が仲良し家族で生きてきた人を傷つけほとんどの人間理解されないことはこれまでの人生ですっかりわかってしまっていて、人が這いずりながら生きてきた軌跡で傷つくなんて天上人様かよと思わないでもないけれど、私もたまによそ様のご家庭のお話で傷ついたりもするからトントンかなと思い、匿名場所しか話をすることはなくなった。

死んでたらよかったのにお母さん。

死んでたらよかったのに。

早く死んでくれ。お金をちょうだい。

誰にもわかってもらえなくていい、この気持ちは私だけのもので、誰にも渡さない。母への思い、祖父母への思い、家族への思い、これだけは私のものだ。誰のものでもなく、誰にも侵せない。ざまあみろ。早く死ね。早く死んでくれ。最期くらい、私を満足させてくれ。

2020-12-25

人狼onlineとは

 数あるネット人狼サーバーの一つである

 最大の特徴としてあげられるのは気軽にアクセスやすいという点だろう。アカウント登録パスワード設定などの必要が一切無く、名前だけ設定すれば入室できる。

 そしてこれが唯一の長所である垢BAN機能が備わっていない上、サーバー機能が貧弱であるため荒らし巣窟と化している。唯一の対抗策と言えば、部屋主権限で荒らしキックすることだけ。しかし、ipアドレス認識してキックしているため、ipさえ変えれば不死鳥の如くキックされても何度も復活できてしまう。また、plを認識するためにトリップ自動で設定されるのだが、これはcookie削除で何度でも変えられる。つまり、一度荒らしトリップを覚えられても全くの別人になりすますことが出来るのである。その結果、onlineは無法地帯と化し、一度完走するだけでもめでたいと言われることが多い。

 更に問題なのは荒らしでないplの民度が低いことである。そのため、「荒らしの方がまとも」などとよく言われるのだが、その表現あながち間違いではないのが悲しいところだ。onlineのplは日本語通じてるのか怪しかったり、会話のキャッチボールができない者が非常に多く、人として問題を抱えてる。彼らがまっとうな社会生活を送れるのか怪しいところである。そこでonline民達の特徴を挙げてみよう。

・弱い

 まずとにかく弱い。基本的な進行、セオリーすらろくに把握できてないplばかりである2016年頃は一部強力なplも居たのだが、onlineの民度に耐えかねたのか引退してしまった。弱いだけなら成長の余地もある。そもそも誰もが最初初心者なのだからこれ自体問題ないだろう。しかし、後述の特徴のせいで彼らはいつまでたっても弱いままなのである

・イキる

 とにかくイキリが多い。強くてイキるならまだしも彼らは弱いくせにイキるのだからなんとも滑稽である

・すぐ荒らし認定する

 彼らは会話のキャッチボールができない。岩間好一と同等かそれより少しマシといったレベルである。そんな彼らは自分に都合の悪いplをすぐ荒らし認定することによって、一方的自分正当性を主張するのだ。

・身内ノリが多い

 身内村ならば身内ノリがあっても何の問題は無い。しかし、彼らは野良村でも身内ノリを連呼するのだ。その様子はまるでブサイクなのに人前でいちゃつくバカップル若しくは教室内で大声で唾を飛ばしながら二次元のノリで話すキモオタである。彼らにはマナーという概念存在しないのだろう。

・人の話を聞けない

 繰り返しになるが、彼らは会話のキャッチボールができない。比較的まともなplから適切なアドバイスをもらったり、訂正した方がいいポイントなどを指摘されても一切聞く耳を持たない感想戦でも他人意見を聞くそぶりすら見せない。現実世界でもそんな風なのだろうか。だとしたら周囲の人間に相当嫌われているはずだ。それとも現実では人との関わりが無いから最低限のコミュニケーションすらとれなくても問題ないのだろうか。

プライドが高い

 プライドが高いこと自体は何の問題も無いだろう。しかし、無能プライドの高い連中ほど厄介な者はいないということは皆さんもよくご存知であろう。前述の話の聞けなさと相まって、自省が一切出来ないというonlineの気持ち悪い特徴を作り上げている。彼らは自分に誤りがあるかもしれないなどと考えることは一切無く、無惨様の如く常に自分が全て正しいと思いながら行動している。

信者が多い

 現実世界コミュ症な彼らは身内同士でのなれ合いに勤しんでいる。それが高じてやがて特定のplを偶像の如くあがめ奉るのである。崇拝されるplも皆キチガイばかりであるしかし、そんなキチガイと常にネットで触れあう事を望み、その全てを肯定する。その偶像に少しでも楯突こうものならたちまり煽ったり、罵ったりと激しい攻撃を食らわせる。たで食う虫も好き好きとはいうが彼らは糞に群がるハエである

かまってちゃん

 onlineの連中はメンヘラである。 しょっちゅう引退詐欺を繰り返して他のplを引こうとする。無論、周囲の連中はそれを必死で慰め、心の中で「○○ちゃんにかまってあげる私優しい~」等と自分に酔っているのである

偽善者

 onlineにはステ、利敵などのマナー違反ルール違反に走る者が多い。無論、周囲に迷惑をかけたのだから非難されるのは当然だ。しかし、onlineでは事情が違う。迷惑者を非難すると何と非難した側が他のplに叩かれ、挙げ句の果てに荒らし認定されるのである。「初心者なんだから可哀想だよ」等と意味不明理屈でリア狂を庇い出す。その様子は迷惑行為に及ぶ知的障害者凶悪犯罪に走る不良少年を謎の理屈で庇い、被害者ことなど見向きもしない怪しい人権団体彷彿とさせる。彼らは「初心者に優しい私最高~」と自己満に浸っているに違いない

朝、仕事に行くとき東高円寺駅でいつものように地下鉄に乗ろうとしたら、入口の側に女性が立って演説をしていた。足元にはスピーカーがあって、その喋り方は慣れた様子だったので、また区議か誰かの演説かな、と思って通り過ぎようとしたら、警官が周りを囲んでいることに気づいた。演説している人の隣にもう一人女性が立っていて、ビラと一緒にビニール袋に入った何かを渡している。丸ノ内線の改札へ降りようとしたときに、自分もなんの気なしにそれを受け取った。改札を過ぎてから袋を見ると、小ぶりな里芋が4個入っていて、「連合農園無農薬栽培したものです。お召し上がりください」という紙切れも一緒に入っていた。電車の中でピンク色のビラを眺めたら、「弾圧に抗議する」「法戦の勝利を!!」といった見出しが並んでいて、最初はなんのことかわからなかったが、下の方に書いてある連絡先を見て合点がいった。フェニミスト連合が朝から広報活動をしていたらしい。普段里芋料理とかはしないのでどうしようか、そもそも食べるべきか、決めかねたまま、里芋の袋はかばんの中にまだ入っている。

2020-12-11

マッチングアプリ婚活サイト20万かけた失敗談

28歳のときに親から結婚の催促が来たため婚活を決意する。

男子校工学部・院メーカーエンジニアの経歴で、特に趣味はないため同世代女性との接点は小学校以来10年以上0。

それどころか彼女いたことある友人すら知らない。

ネットで色んな情報を漁ってペアーズを開始する。

有料プランじゃないとメッセージが送れないらしくて、有料プラン登録する。

このときプロフィール画像登録しないといけないのだが、自分が写ってる写真自体そもそも存在しないので適当自撮りした写真を設定する。これがブランディング的にまずかったらしく、マッチしてもメッセージのやり取りし始めたら即ブロックされたり、やり取りできても3往復で終了するパターン殆どで3ヶ月もしないうちに見切ってしまった。一年プランだったのでここで2万かかる。

次に自分経験があまりにもなさすぎることに気づきサポート比較的充実してる楽天オーネット登録する。スーツそもそも持っていなかったりしたので事前準備と入会に13万くらい費やすことになる。

身長175で体重68くらい年収700くらいで、スペックだけで選べるプロフィール検索からの申込みが毎日のように来ていた。だが、いざ顔写真相手に見せると即ごめんなさいされてしまうことがほとんどだった。確率だと8割くらい。残りの2割もメッセージのやり取りの途中でごめんなさいされるので、誰とも会えない。

この状況を見かねた専属アドバイザーお見合いセッティングしてくれたり(一回5000円)、パーティの参加を勧めてくれたり(一回3000円)したのだが、お見合いは4回やっても残念な返事だし、パーティでも何も起こらない。

結局そんな状態が入会から3ヶ月以上続き、「必ず会えますよ」と言ってた専属アドバイザーに不信感を抱くようになりそのまま退会する。オーネットでの勉強料が計18万弱。

この時点で自分女性にとって全く魅力のない人間であることに気づく。

スペックさえあれば一年結婚はできると踏んでいたのだが、恋愛結婚においては見た目やコミュ力といった人間的魅力のほうが重要なのだ

服も親が買ったものばっかりだし、髪型1000円カットで済ますコンタクトつけたことない。普段コンビニ惣菜ファストフードくらいしか食べない。話題は内輪で盛り上がる話題しか話せない。

所謂結婚できない男のテンプレを地で行ってるような生活をしていた。

その後で自分努力ベクトルを変え、"普通の男"になるべく美容院へ行く、コンタクトにする、服をコーディネートしてもらう、ジムへ行く、海外旅行へ行ってプロフィール用の画像を撮るなど様々なことをやり始め、多少はマシになってきた。

今は30歳、女性への苦手意識はいまだにあるのだが、ピンクの9のマークの別のマッチングアプリで知り合った恋人毎日楽しくしてる。

やはり市場を間違えなければ恋愛はうまく行くのだなぁ。

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