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はてなキーワード: かねたとは

2018-05-20

フェミニズムでも、容姿格差は無くならない

最近映画界ではフェミニズムについて叫ばれていた。

セクハラについても真剣に考える感じの雰囲気になっている。

自分就職活動中で何もうまくいっていないが、セクハラがどうなろうが容姿闘争は無くならないのだろうと日々感じる。

就活やら恋愛というのは、何もかも思想なき闘争なのだ

最近ムーブメントフェミニストという思想も、容姿闘争には勝てない。

そもそも美人の叫ぶフェミニズム容姿が醜い人間が叫ぶフェミニズムは似たように見えて大きく違う。

啓蒙思想に目覚めた富裕層と、貧しさに耐えかねた貧農くらい違う。

共に女権拡大を目指しても、目指す理由が違う。

容姿が醜い女は自身人生での性的ロマンの欠乏や不遇への叫びのようなものだろう。

一方の美人性的魅力があるが、たまにセクハラやらの負担を強いられるということだ。

共に苦しんではいるが違うのだ。

女権を拡大できた時に美人の方、つまり富裕層幸せになる可能性が高い。

あるものを無くすこと簡単なのだ

しかし、性的魅力なき貧農は苦しみ続ける可能性が高い。

ない性的魅力というのを、つけることは出来ないのだ。

もはや、容姿闘争は続くのだろう。

無慈悲なまでにだ。

2018-05-19

anond:20180519030525

関係ないんだけど、最近の30代以下ぐらいの日本人て平常時に特化されすぎてて非常時には固まってしまって何の行動もできない人が多くなった気がする。

ライブハウス女の子が酸欠で倒れたのを見た時も彼氏含め周りの男共はおろおろするばかりで、見かねた無関係おっさんが指示を出して事務室に運ばせ救急車呼んでた。

予想だけど世の中が効率効率化言い出した頃の世代からこうなってる気がする。マニュアルにないイレギュラーなことはまったくできないんやな。

追記:トラバ先間違えた…

2018-05-16

あれもこれもそれもな上司

上司「この書類明日までに作ってくれない?」

私「いいですけど、作業時間があるので別件の○○が締切に間に合わなくなります

○○に締切伸ばしてもらえるよう連絡してもらえますか?」

上司「うーん、○○に迷惑はかけられないしなあ」

私「じゃあこの資料作成はやる時間がないので、なしでよいですか?」

上司うーん、この資料ないと役員に怒られるからなぁ」

私「私の体力は有限なのでどちらかに決めてもらわないと困るんですけども…両方、という選択肢はないんですよ。

他の人が手伝ってくれるならまだしも。」

結局見かねた先輩が一方の仕事を引き取ってくれたけど先輩も先輩で仕事パツパツで毎日2時間残業してるんだよな。

(私は疲れてる毎日定時で帰ってる)

多分今日から先輩は毎日4時間残業なんだろうな…

上司仕事の取捨選択してくれない上に私は絶対残業しないから結局先輩に全部負担いってるわ。

2018-05-05

普通の曲に混ざってるラップは嫌いだけどラップ自体は嫌いじゃない

ラップラップ

それ以外ではシャラップ

主張しすぎの異端児は失せな

好きなアニメのオープニング

テレビサイズだとかなりBerrygood

フルサイズ待ち遠しいぜ胸高鳴る

頭の中でテレビサイズloop

 

来たぜ配信

待ちかねたこのscene!

わずクリックDL開始!

Aメロ最高Bメロ最高サビ最高心が高揚!

曲の終盤大事なところ最後の盛り上がり決めてくれよ!

俺の高揚マジ最高潮

このままノリノリでラストまで行こうよ!

 

そんでラップなんだよ

ほんといらねーわ

ラップラップでいいんだって

アホか

2018-04-26

「(民事訴訟を起こされたという体験」第八話

これまでの話
[小説]「(民事)訴訟を起こされたという体験」序話~第七話

この増田を読んでる皆さんへ
第一話についているコメントに対して

登場人物紹介
「(民事)訴訟を起こされたという体験」登場人物紹介(追記有り)

私とKの訴訟於いて、Kから訴状に書かれていたKの主張をまとめると
自分(K)は善良な一般市民であり、本名ネットで書かれる様な事をした覚えはない、よって、精神的苦痛により損害賠償請求する」という物だった。
Oとの訴訟に於けるKから訴状では「本名」の部分が「住居地」となっていた。

これがKの本心かどうかは解らないが、この訴訟於いて、Kは「自分は善良な一般市民であり本名や住所を晒される心当たりはない」と主張している。

「ならば、善良ではない事と、本名や住所を晒されても仕方ないだけの行動をしていたという事を証拠を突き付けて示せば良いんですよ。」とAは言った。

私はAから、Kがこれまでに行った事を時系列を整理してまとめ、Kの過激発言等を本人のブログTwitterから拾い集める様に言われた。
Kの発言等はとある匿名掲示板にまとめられているのだから作業簡単だった。

私が提出したまとめを元にAがKの主張に対し、答弁書作成した。

訴訟自体は一カ月毎に期日が設けられ、4カ月…4回の期日で終わった。
Kの主張→こちら側の反論→Kから反論こちら側から反論という流れ。

一回目の期日で、「自分は善良な一般市民である」という旨の主張を提出してきたK側。
それに対し、二回目の期日に、こちらはKの住所と本名の判明に至った経緯を「Kは善良な一般市民では無い」という旨を添えた上で記載した答弁書を提出。

二回目の期日でこちら側の提示した答弁書を読んだ裁判官
原告側の主張に基けば見ず知らずの相手本名を晒されたになるが
実際には、原告所属するコミュニティ内で原告言動問題が有り、
原告言動が腹に据えかねた人物から本名が伝えられた物である
という事を把握した様だった。

話は一回目の期日の後に遡る。

次回に続く。

2018-04-04

初めてのスマホ

中年がはじめてスマホにした。備忘録的に書いて置く。

ガラケーから格安スマホ

自宅=仕事場なのでネットパソコンで事足りるし電話も同様。

ガラケー特に不便はなかったんだが、スマホに変えた。

外出時の地図やらアプリやら事前準備が甘くてもどうにかなるのは魅力だったのと

率直に言って「え?まだガラケーなの?」「スマホないの?」「アプリは?」の世間の目とシステムに耐えかねた

社会自体スマホ前提の世界になりつつあると思う。

実際同世代どころか自分より上のリタイア世代も、観光地行っても皆スマホガラケーの遭遇率はほぼなかった。

ネットだとガラケーですよ!の人もそれなりにいるんだけれど。

それでも料金がキャリア金額だったらまだ変えてなかっただろうが

格安スマホだとガラケーの月額とさほど変わらずすみそうだったので変えることにした。

アンドロイドです

WEBから注文し端末が届いたが、電源がつかない。

説明書には何も書いてない。(ここ最近のこういう説明書に使い方何にも書いてないよは本当にどうにかした方が良いんじゃないかと思う)

ええ…っと思ってぽちぽちしてたら画面に電池っぽいのが出てた。なるほど電源かと充電に至る。

充電が終わってさあと起動する。日本語を選んでwifiにつなごうとしてここで躓いた。認証問題しかでない。

結論から言うとmacアドレス制限をしていたのをすっかり忘れていて

ノウハウ通りにつなごうとして全滅して数時間使った。macアドレス存在に気付いたのはググりにググりまくって出た

認証問題が出るとき解決方法サイトその中の一つだけで、言及してくださってて本当にありがとうございますと言いたくて仕方ない。

熱い重い持たない

スマホをもって一番驚いたのが熱い。汗っかきの自分なんかだと夏これ手がきついんじゃね?になった。

あとガラケーに比べて大分重い。握力あんまりないのでとっととケースとフィルム買っておこうになった。

あと電源があまり持たない。wifiで躓いた数時間起動しつづけていたがあっという間に残量が減っていった。

待ち受け状態だとそれほどでもないんだろうか。

設定にびくびくする

通信等が恐ろしいので、システムアップロードをして電話帳いれただけで辞めた。

何G越えたらまずいですよの警告は出るようにしてあるし、家の中ならwifiでさほどいかないんだろうとは思うんだけど

全く使わない人間がこういう品物持つと警戒心が出る。

電話帳とかメールとか。普段使ってる画面と違うので余計に誤操作しそうだ。

グーグルアカウント

がっちり紐づけってきつい(個人の印象です)

個人アカウントでやってしまったので誤操作もろもろが怖い。新しく別のアカウントを作って切り替えかなと思っている。

あとここまで情報入れてしまうと、いくら認証等やっても失くしたら恐ろしいなと思った。

ガラケーは正直電話帳ぐらいしか問題がない(個人情報ではあるけど)

これで恐ろしいのが、スマホwifi設定で四苦八苦してた時間にいきなりグーグル不正ログインあったよと連絡してきた所。

住んでいた場所とは違う新幹線距離の所からログインアクセスがあって遮断したと。

スマホ?の設定?エラー?にしては遠すぎるし、wifi回線契約も違う。

単なるタイミング問題かもしれないけど、いままで一度もこんな経験はなかったのでビビッて即いろいろ変えた。

それともこれスマホが原因なのか?

タップ入力イライラする

キーボードなら一瞬で終わるのに。モニターなら一枚で全部見れるのに。

これでパパっと入力できる人たちのスキルが凄い。

トータル

正直パソコンの方が使いやす管理やすい。わぁぃスマホソシャゲデビューだーとか思ってた自分にサヨナラ。

vitaswitchやってる方が良くね…。

あと年寄りスマホデビューは相当大変かなと思った。年寄りよりちょっと若い自分ですらこれいらなかったね…にならないでもない。

操作性と視認性と情報の詰込み度合いのデメリットが、ガラケーメリットを超えられない。

LINE毎日せっせと送信してますとかインスタのせまくリとかだとまた違うんだろうけど。

年寄りでそこまでアクティブなら既に変えてるだろう。

スマホに興味あるけどガラケーの親(非アクティブ)が、あんたならすぐ慣れるよというけれどどうかなあ。

あと自分が持ってみてスマホを親に持たせたいとはあんまり思えなかった。

2018-03-21

anond:20180321163907

あれかね、間接的に家全体を貶められた気がしたんですかね。

酔っ払い戯言から無視するのが良いと思うけど、

よほど腹に据えかねたなら、別の機会に見せつけたれ。

2018-03-19

使えない人が会社を救うのかも?

うちの会社ですごく容量の悪いAさんという管理職がいる。

その人が入社する前はその部署特に仕事の遅れは無かったが、前任者の管理職定年退職し、前職の経歴を買われて入社してきたAさんが責任者になったとたん仕事の量も質もガタガタ落ちていった。

そのAさんは前任者がやっていたからという理由だけで仕事をしていて、不要になった仕事はやめようとか、より効率の良い仕事なんて発想がまるでないのだ。

かねた会社役員が新しいシステムの導入を検討し始めた。

Aさんが慣れないエクセルポチポチやってるものを便利なシステムに変えちゃおうという事だ。予算は数千万

多分前任者がもっと便利なシステムを、と数千万見積もりを持って提案していても却下されただろう。だって既存システムで間に合っているんだもん。

Aさんの容量の悪さに私までイライラする事があったけど、Aさんは間違っていないのかもと思った。

いつぞや働きすぎる日本式ボイコットなんて皮肉があるなんてネット記事見たけど、働き過ぎてなんとか仕事を回すことで改善や成長の機会を奪うってことか。と思った。

2018-03-02

とある社員に何か指摘されると涙が出るようになった

当方新入社員

ここ最近3ヶ月ほどで漸く本配属が決まった

同じチームに1人、中年くらいの男性社員がいるのだが、最近その人に何か注意される度に涙が出るようになってしまっているのだ

きっかけとしてはつい1ヶ月ほど前、その人にひどく叱られたことに起因する。その人はベテランであり、至極真っ当なことは言っていた。けれど、言い方がなんというか、キツイかったのだ。人格攻撃はしてこないのだが、口調も責め立てるような形で。

その人が怒り終わった後、私も傍にいた先輩も泣いてしまい、思わず休憩室に行った程だ。

その後そのことが上席にも知れ渡り、その人は態度について注意を受けたらしい。

私もまた、上席に話す機会を頂いた。

上席曰く、その社員は昔から仕事は出来るが態度に問題があるらしい。どれくらいかというと

派遣会社の人と揉めて2週間で辞めさせた(派遣会社に謝る事態になったらしい)

・機嫌に左右される 機嫌が悪いと他の社員に当たってしまう また人によっても態度を変える

・これまでも人間関係トラブルを起こし、前の部署の上席や自分も再三注意している

退職者への送別品など、チームでカンパするものも1人「払わない主義から」という理由をつけて払わない

個人情報を扱う職場のため携帯使用禁止なのだが平気で使う

新人OJTをしていた時、あまり物言いがキツくて見かねた教育チームからOJT変更の申し出があった

との話だった。

それでも、仕事ができるから…という事である意味大目に見られているらしい。注意をしてもあんまり直らないそうで、上席も「直ってくれないかなあ…」とぼやいていた。全くである

さて、その後その人が態度が改まったかというと勿論そんなことがなかった。

その結果、最近では呼ばれる度に身構え、何か些細なことでも言われてしまうと涙ぐむようやってしまった。

最初の叱責で完全に恐怖心を植え付けられてしまったのである。早い話がトラウマ(笑)になってしまったらしい

先日も、その人が参加するMTGを仕切ることなったのだが、案の定そこそこに言われ、終わった後緊張の糸書かれた後もあってまた泣いてしまった

今日も、注意された内容で一部疑問があったので聞いて見たところ「せっかく教えてやってるのに、その態度は失礼だ!」と言われた

個人的に、メンタル弱いマンで基本八方美人、人を怒らせないように気を遣っていたので態度を褒められることはあっても失礼と言われたのは初めてなので驚いた 自分は寧ろ貴方に失礼な態度以外とられたようなことがない気がする 挨拶しても帰ってきた来ないし

ADHDで元々心療内科に通っていたのだが、ちょうどその人にひどく怒られた日と通院日が被っており、その余波で先生の前でも涙が止まらなくなり、心配させてしまった。

「その人の前だと涙止まんなくなって普通に業務支障出るんすけどどうしたらいいですかね」

相談すると、

「その人の前で涙が止まらないのはちょっとあれですね…なら不安を抑える薬、少量ですがお出ししましょうか?」

デパスという向精神薬を貰った。

次の日、早速ちょっとその人と関わる会議の前とか、怒られた後に飲んでみると結構落ち着いた。ADHDの薬飲んだ時も思ったけどく、薬ってスゲー!

はいえ、その人と関わるのに薬が必要状態って、健康じゃないよなあとも思うのだが。でも飲まないと多分涙が止まらなくなってしまうのだ。

ADHDからそもそも会社生活もその中の対人関係普通より困難だとは思っていて、理不尽さを覚えつつも頑張ろうとは思っていた。

けれと、些細なことで叱責される度にADHDじゃなければこんなことにはならなかったのかなあ、と思わざるを得ないのである

はいえ、デパスってそんなずっと飲めるもんじゃなみたいだし、涙が止まる良い方法何かないものか 薬以外で

それとも、涙が止まらないことって社会人として普通なことなのだろうか

2018-02-28

フィクションにおける南極歴史

古代

約2000万年

宇宙から飛来したUFO南極へと落下(影が行く)

10万年

宇宙から飛来したUFO南極へと落下(遊星からの物体X)

1万2千年以上前

堕天翅族がアトランディアの地(南極)に高度な文明を築いていた(創聖のアクエリオン)

紀元前2000年

プレデター南極に降り立つ。人類建築技術を与え神として崇められた。

神殿を建造させ、100年ごとに成人の儀式のために地球を訪れ、エイリアン宿主となる生贄を求めた。しかし、あるとき繁殖しすぎたエイリアンによって敗北し、全てをリセットするため自爆装置を用い南極文明消滅させた(エイリアンVSプレデター)

1838年

アーサー・ゴードン・ピム、友人オーガスタスの協力のもと帆船グランプス号に密航する。

船員たちが反乱を起こして船を乗っ取ったり暴風雨で船が漂流したりするが、辛くも南洋を目指す貿易ジェイン・ガイ号に救出される。

そのまま南極探検に向かい「テケリ・リ」と鳴く動物に遭遇する(ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語)

1868年

ネモ船長人類で初めて南極点を征する(海底二万マイル)

1889年

ノーチラス号は資材補給のため南極秘密基地へ向かう。基地南極の地下にある大空洞に、2万年前に古代アトランティス人が建造した巨大なドックだった(ふしぎの海のナディア)

1930年

ミスカトニック大学ダイアー教授率いる探検隊、南極大陸に向かう。

生物学者のレイク率いる分隊狂気山脈発見。「古のもの」の化石を数体発見するがショゴスの襲撃を受ける。

最終的にたった2名の隊員のみが帰還する。1人は錯乱状態となっていた(狂気山脈にて)

1937年

イギリス軍による「ポラリス作戦」により南極大陸で発見された、凍りつけの「プリズナー・オブ・アイス」と呼ばれる怪物。この怪物兵器利用を企むナチス・ドイツ軍による攻撃が始まった。

アメリカ軍より依頼を受け主人公アメリカ軍諜報部のライアン大尉は「ポラリス作戦」に参加し、潜水艦ヴィクトリア号に乗り込み南極へ向かい基地ナチス怪物と戦う(プリズナー・オブ・アイス邪神降臨~)

1938年

1945年

ナチスの残党が宇宙人との戦闘勝利し、遺跡から聖杯を手に入れ新たな帝国南極に築く(ADVANCED WORLD WAR 〜千年帝国の興亡〜、難局!ED)

1955年

昭和30年代、敗戦から復興を進める日本は、戦勝国を中心とした国際地球観測年による南極観測への参加を表明する。しかし、他の参加国から敗戦であることを理由罵倒される。そして、日本に割り当てられた観測場所は「inaccessible(接岸不可能)」とされていたプリンスハラル海岸であり、日本は全く期待されていなかった。その中で、倉持たちは日本世界と肩を並べる時が来たとして、南極観測のために尽力する(テレビドラマ南極大陸 」)

1958年

二次越冬隊を乗せた南極観測船・宗谷が例年にない悪天候と氷河に阻まれ立ち往生してしまう。

その4ヶ月後、往生したままの観測から飛行機基地に降り立ち、本日中に全員が昭和基地から撤退帰国するよう命令が下る。しかし犬達を連れていくことは許されず、潮田達は苦渋の決断で数日分の餌を与え、南極に犬たちを置き去りにして帰国する。

犬達は鎖から逃れ、1年後に生き残っていた兄弟犬タロとジロに再会する(南極物語(ノンフィクション))

1964年

無名雑誌ライターであるオリバー編集長に命じられ南極圏の科学取材を命じられる(南極ピンク作戦)

1966年

南極に生息する怪獣ペギラ南極観測隊の基地を襲撃したが、南極の苔から取れる物質ペギミンHが弱点であることがわかり、それを搭載した気象観測ロケット迎撃されると、黒煙を吹きながらどこかへ飛び去る(ウルトラQ)

1969年

イギリス細菌研究所で開発されたウイルススパイによって盗み出されたが、スパイの乗ったセスナアルプス山中吹雪のため墜落し、ウィルス流出してしまった。

ウイルスは全世界蔓延半年後には35億人の人類を含み地球上の脊椎動物ほとんど絶滅してしまう。

わずかに生き残ったのは南極大陸に滞在していた各国の観測隊員約1万人と、海中を航行していて感染を免れた原子力潜水艦ネーレイド号やT-232号の乗組員たちだけであった。過酷な極寒の世界ウイルス活動を妨げ、そこに暮らす人々を護っていたのである。隊員らは国家の壁を越えて「南極連邦委員会」を結成し絶望の中から再建の道を模索する(復活の日)

1979年

1982年

1984年

南極の奥地にある機械の城ネオラード拠点とする、メカ人間帝国「新帝国ギア」が人類への攻撃を開始する(超電子バイオマン)

1985年

1990年

ロシアは密かに育てていたテレパスたちを使って、南極の地下に生存している種族とのコンタクトを試みている (コリン・ウィルソン「古きものたちの墓」)

1991年

「私」が氷男と結婚南極旅行を持ちかける(村上春樹「氷男」)

1992年

南極舞台にしたクレイアニメピングー」が日本放送開始

1995年

1997年

西村淳、昭和基地からも遠く離れた陸の孤島南極ドームふじ基地料理人として派遣される(南極料理人(ノンフィクション原作でした))

1999年

太古に南極に落ちた、人間ミュータントに変える隕石のかけらをララ・クロフトが探す(トゥームレイダー3)

2000年

アメリカロシア研究員たちが「古のもの」の遺体発見する(ティム・カーラン「HIVE」)

2000年9月13日

セカンドインパクト南極大陸が消滅する(新世紀エヴァンゲリオン)

2002年頃?

2ちゃんねるオカルト板で「南極のニンゲン」と呼ばれる未確認生物都市伝説が生まれ

2003年

ダイノアースに古くから伝わる伝説「氷の底の爆竜を二度と目覚めさせてはならない。もし目覚めれば、白い恐怖とともにこの世は終末を迎えるだろう…」

南極の氷山からまれた極寒爆竜コンビを、アバレンジャー正義の爆竜たちが迎え撃つ(爆竜戦隊アバレンジャー DELUXE アバレサマーキンキン中!)

2004年

2006年

コウテイペンギンマンブルが「エイリアン」に拐われて水族館に連れて行かれる(ハッピー フィート )

2007年

新人サファーのペンギン「コディ」がサーフィンワールドカップで優勝を目指す(サーフズ・アップ)

2009年

アメリカ南極観測所“アムンゼン・スコット基地”。キャリー・ステッコは、この極寒の地で働く唯一の連邦保安官。事件など起こりようもなく、せいぜいが雑用ばかりの退屈な日々を送っていた。ところが、冬を控え、あとは数日後に迫った最終便で帰国の途に着くだけと思っていた矢先、他殺体の発見という驚くべき事件に遭遇する。それは紛れもなく南極で起きた最初殺人事件だった(映画ホワイトアウト」)

2011年

2012年

オルタンス、南極フランス観測基地料理人となり1年間の任期を無事に終える(大統領料理人)

2015年

碇ゲンドウ冬月コウゾウ両名が南極に出向きロンギヌスの槍を回収。NERV本部地下のリリスに零号機によって刺された(新世紀エヴァンゲリオン)

2016年1月

18歳のジンカイザワは、南極海の氷山曳航を計画するシンディバード号にオーストラリアから密航する。乗船を許されたジン厨房で働く一方、クルー研究者たちのために船内新聞をつくることに(氷山の南)

2017年

2018-02-23

一年間やってきた事業を畳んだ

事業を畳んだことより何より、うすい関与しかしてなかった同期からの、花を添えてるように見える死体蹴りに心から疲れた

会社新規事業を、事業責任者として受け持った。そして一年プロダクトとマーケットが一致しておらず、とある海外での事件の余波を受け、今後解決する見通しは資金的及び技術的にも難しいと判断したため、撤退事業を畳んだ。

お客様関係者にも損失を与えてしまった点、非常に申し訳なく思う。特に一番の取引先の社長からは厳しく自分の手落ちを叱責いただいた。業界について知識浅く踏み込んでしまったのだから当然である

謝罪にまわり、取引先の社長からの叱責を受け止め、先週、ようやく、失敗経緯のレポートをまとめて社内へ公開した。幸い失敗知見については社内やグループ会社にも伝わり、役に立ったと人づてに話をきくことができた。せめて自分ができる償いのように思う。

会社は昔からある大企業だ。新規事業についても多産多死することは理解した上で投資をしてくれたのだから感謝をしている。数千万赤字を出しても、生活はできる。

目をかけてくれた社長には足を向けて寝ることができない。

事業を畳んだことはもちろん悔しい。自分の力の無さに気付かされた。

だが、今一番悔しく悲しいのは、同期から言葉

心配してたんだよ、増田のやり方。言っても無駄だと思って俺は言えなかったんだけどな。」

同期はこの事業に、最初自分と二人で始めた立場だ。とある分野の知見をかわれてのことだった。しかし、彼には必要事業計画を立てる力も遂行する力もなく、私ばかりに業務が集中した。ほどなくして見るに見かねた私の先輩が助けに入ったが、その先輩に対しても「あなたはわかるんだろうけど、私はわからないんです!」と逆切れをしたり、「増田は○○事業部に長くいたか技術があるけど、俺は短いか技術はまだまだだ」と言いつつ自らは勉強もしてなかったり。挙げ句とある取引先とも計画が纏められず一人だけ理解不足の論理を展開したため社内で問題となり「あいつに計画はまかせるな」となったため、同期がこの事業からはひいてもらう決定を自分が行った。少ない新規事業マンパワーメンタルを、彼への対応に使うことに疲れていた。

その俺の決定が傲慢だと言われればそれまでだ。しかし、では、少数のチームで仕事ができずに声だけは大きい人間をどうすればよかったのだろう。

「俺は計画は立てられないけど、人とのネットワークは作ることはできる。増田はそこが弱かったんじゃないかな」と言われたが、そのネットワークで君は事業の何に寄与した?確かにある筋からの助力が得られるほどの信頼関係がつくりきれなかったのは俺の落ち度だ。しかし繋がりは大事だと大事だと彼は言って事業への貢献はさしてしていない。空論にしか聞こえない。

しかしたら、同期は心の底から心配してくれているのかもしれない。しかし、そう俺は受け止めきれなかった。疲れ切って、そういう精神状況になってしまっているのだろうか。

からず苦しい。座席も近いため毎日同期と会って醜い感情を持ってしま自分が嫌だ。助けてほしい。

2018-01-27

「女だけの街があればいいのに」を聞いて思い出した事

最近、「女だけの街があればいいのに」という発言話題になっている。


発言者の本意やそれに対する男性陣、

女性陣の反応はまあ置いておくとして、


女性が夜の街を歩く事の危険性について

ふと思い当たる事があったので書こうと思う。


二、三年前、私が新卒ほやほや22歳の新社会人だった頃の話。


3月田舎から東京会社就職し、

初めての一人暮らし、慣れない電車通勤にへとへとの日々。


4月の新人研修がやっと終わり、

無事に配属先も決まって生活に落ち着きが見えてきた6月。


直属の上司お酒好きだったため、

その日はしこたま飲まされてヘロヘロになった。


お酒には強いので頭はハッキリしていたけど、

日本酒に足腰やられてフラフラ千鳥足帰宅

電車を乗り継いで、埼玉行きの京浜東北線に乗る。


あー、電車の揺れがしんどい

つり革がないと倒れる


そんな感じで酔っぱらいらしくつり革に掴まってフラフラしていたら、

優しそうなOLのお姉さんに声をかけられた。


大丈夫ですか?歩けます??どこの駅まで行くんですか?」


まりにもみっともなく揺れているのでみかねたらしく声をかけてくれたらしい。

大丈夫です、と伝えたが心配そうにしてくれて、

お姉さんの最寄り駅でもないのに埼玉県某所の駅に一緒に降りて改札まで送ってくれる。

なんて優しいお姉さん。


タクシー乗り場までと言ってくれたが、

申し訳ないので辞退してお姉さんと改札でバイバイ


相変わらず千鳥足のままフラフラ階段下り

さあ駅からでるぞという時、いきなり後ろから抱きつかれる。


「久しぶりじゃん!こんなところでなにやってんの??」


頭に?マークが浮かぶ

田舎から越してきて、縁もゆかりもない埼玉で知り合いに

あう可能性は確実にない、お前誰だ。


ああ、これはナンパかと思う。


若い女の子が明らかに酔っぱらってフラフラ歩いていたら、

そりゃ簡単にお持ち帰りできそうだもんね。


かに千鳥足だけど頭はハッキリしているので、


「知り合いじゃありません、離してください」


キッパリ言って逃げる。

殴るとかそういうのはやっぱり咄嗟には出てこない。

でもまあ、地声が大きいので、大きい声をだしたからお兄さんもしぶしぶ離してくれた。


いきなり抱きつくとか勘弁してくれ、

と思いながら帰宅の道を相変わらずフラフラ歩く。


フラフラ歩きが気になるのかちらちらこっちを見ていく通行人が多い。

横を通り過ぎたサラリーマンのお兄さんが、ちらっとこっちを見た後に自販機に行き、

なにかを買った後に私の方に走ってきた。


「これ、水、飲んでください」


それだけ言って走り去っていった。

なんて良いお兄さんなんだ。

さっきの軟派やろうとは大違い。


ありがたく水を飲み、

夜道を歩いた事でだいぶ頭がはっきりしてきたのでさっさと帰宅した。




なんていうか、凄い。



から家まで徒歩5分だから

これ電車でのお姉さんふくめて多分15分くらいの出来事



具体的な行動がこの三人だったか特筆しただけで、

実はもっと声はかけられてる。

大丈夫?」的なのも、ナンパみたいな奴も。

たった15分の間に歩けば歩く程声をかけられる。




22歳 女性 酔っぱらい




そら声もかけるよね。



若い女の子が酔っぱらってヘロヘロで、

今にも転けそうな感じで危うく歩いていたら声もかけます


あわよくばお持ち帰りできるんじゃない?

とか思いますわ。


家に帰ってからお兄さんにもらったお水を飲み干して、

ちょっと冷静になってぞっとした。


ああ、

女性が酔っぱらってますよという雰囲気を見せてしまうと、

危ないんだなあと心底思った。


優しく声をかけてくれるお姉さんもお兄さんもおじさんもいて、

水だけ置いてささっといなくなる硬派なお兄さんもいて、


でもやっぱりナンパもある。

酔っぱらっている女の子に後ろから抱きつくとか、

頭がハッキリしていなかったら正直ホテルかに連れて行かれてもおかしくないよね。


からさ、帰り道って気を抜けないんだと思った。

酔っぱらっていても酔っぱらっている事を悟られてはいけない。

弱そうな雰囲気をだしてはいけない。


女性が危うさをだしてしまうと、

こんなに目立つのかと思った。


だって酔っぱらいのおじさんがフラフラ歩いていても、

「うわ、酒くさ」「こっちくんなよ」

とかみんな避けて通るのにさ、

女の子が酔っぱらってフラフラ歩いていると心配になるもんね。


お姉さんとお兄さんの優しさに触れて、

その心配してもらうっていう状況はありがたいなとも思った。


でもやっぱり、窮屈は窮屈だよね!!!




おじさんが羨ましい!!!

飲んだくれて生け垣で寝てる渋谷大学生が羨ましい!!!!!


私も!!一目を気にせず!!!

フラフラ千鳥足で、酔っぱらって、電柱にぶつかりながら、

へらへら笑ってお家に帰りたい!!!!!!!!!


でも、おじさんにも男子大学生にもなれない、

そしてやっぱり女性が酔っぱらってフラフラ歩いていると危ない。


だって女の子が酔っぱらって倒れてたら声かける。

水買って、タクシー呼んで、送り出してあげたくなる。


から、女だけの街があったらいいのになって気持ちは分かる。


酔っぱらって寝てたらお金まれるかもしれない、

誰も優しくはしてくれないかもしれない、


でも少なくとも、

後ろから抱きついてきて

「久しぶり!」とか言ってくるナンパやろうにはあわないと思う。


窮屈さから抜け出したい、


たぶんそれだけ。

2018-01-19

説教するなら金をくれ

私は配達バイトをしているのだが、先日お前の配達は遅いと注意を受けた。

それ自体には何も文句はない。実際私は遅い方だという自覚はある。

だが、かといってサボッてるわけでもなければ無駄に遠回りをしているわけでもないが、早くしたくないわけでもないのでどのようにすれば早くなるか聞いてみると「そんなものはお前が自分で考えるんだ」と言われ、そのまま気がつけば軽く口論になっていた。

そんな様子を見かねたのか、別の先輩が割って入ってきた。

「お前は黙ってはい、わかりました」と言えばいいんだよ!!

私としてはそんなものは何も事態解決にはならないので分けがからなかったが、さすがにここで反論しては火に油を注ぐ行為だということぐらいは理解していたので、言われた通りにマリパミニゲームのノリで話に合わせて「はい」というだけのリズムゲームをしてみた。

 

するとどうだろう。その先輩は勝手に持論を展開し、勝手に納得し、勝手に気分よくなり、説教は終わった。

 

私は何も考えずテンポよく、「はい」と言っていただけである一言も頭に言葉は届いていない。

今まで幾度となく様々な場所で似たようなことで衝突したことがあったが、結局の所、本当の意味で何の意味もないのであった。

彼らは、より良くするという目的ではなく、自分説教をしたという事実が欲しいだけなのである

良くなる様に自分は注意・説教をした。その時点で満足してしまっているのである改善されなければ何の意味もないというのに。

だが、確かに偉大なことは一つ教わった。本当に「はい、わかりました」と言っているだけで奴らは勝手に納得するのである事態改善案提示する必要もなければ、改善のために努力する必要もなかったのだ。

 

 

 

勿論、これを読んでお前は子供だ、とか社会通用しないという思う人はいるだろう。

だが、そもそも私はバイト先に仕事をしに行っているつもりはない。

お金をもらいに行っているだけである

別に私は配達業を目指しているわけでもなければ、クビになった所ですぐに生活に困るわけでもない。

それに志高く頑張ろうが、私のように未熟なまま他人迷惑をかけようが、時給はほぼ変わらない。せいぜい50円程度の差だ。その上9割9分バイトで回しているような店だ、社員登用もまずなければ、所詮店長から見れば私もその意識高いバイトの先輩方も究極的には同じ使い捨ての安い労働力程度にしか見られていないだろう。

彼らにとって私たち使い捨てカメラと大差はない。ならば、私も使い捨てカメラ以上の仕事をする気はない。

先輩方のように頑張って一眼レフ?等の高いカメラのような性能を発揮した所で所詮フィルムが無くなり使えなくなったら捨てられる。

 

そんなことはない。という経営者の方もいるかもしれない。実際そうでない現場いくらでもあるのだろう。

だが、リストラブラック企業などをまざまざと見せられて育ってきた私には何も響かない。ネットに潜る必要すらなく、世の中には人情会社に救われたホワイト企業話よりも頑張って結果を出したにも関わらず会社に裏切られたブラック企業話が溢れている。

そもそも私の親の時点で、パートもっと働けといいながらこれ以上時給を上げればすぐに会社が潰れてしまうとのたまっているのだ。

 

 

 

以前は能力はないがクビにしづらい人間に対してどうでもいい仕事押し付けられる人達に対して窓際族という言葉があったらしい。

良いじゃないか窓際族。そう思ってしまうほどには社会に対する信用など露ほどもなくなっているのだ。

 

2018-01-09

ハレノヒの件

えーと、私自身は直接の被害者ではありません。

両親が買ってくれた振袖を、先週からよく行く美容院に預けてあって、予定通りの時間にヘアメイクメイク着付け全部やってもらいました。

で、家に帰ったら、小中学同級生がいて、

母の成人式の時の着物を、母に着付けてもらっていた。

例の件で困っている同級生を見かねた町内の人が連絡して来たらしい。

母の振袖は、バブルの頃に仕立てたものなので、すごくいいものらしい。定番古典柄。実は私も着たかったのだけど、娘に振袖を新調したい親の気持ちを汲んで、仕立てたばかりの振袖を着た。

母は着付けが出来る人だけど、「振袖着付けまでは自信ない、プロの人にちゃんと着せてもらった方がいいよ」と言って、私は美容院の予約を、することになった。

かに、私の振袖もちゃんとしたやつを買ってもらったし、

帯も凄く凝った飾り結びにしてもらったし、別に不満はないんだけど、

母の、振袖を、母の着付けで着ている同級生を見て、なんか複雑なきもちになった。

2018-01-02

毒親介護

よく増田毒親関係話題にそんな親とはさっさと縁切れってブコメがついてたりするのだけど

老いた親が1人暮らしになったときに実子が金出さず施設にもいれずに見かねた孫が親の世話をしたみたいな記事もあったし

毒親介護必要になったときに落としどころとしてみんなどんな風に考えているのだろう。

距離とって気持ち落ち着けから施設用の金だけ用意しとくのが妥当なんだろうか。

でも施設ってそれなりに金かかるだろうし毒親に対して出せるもんなのそれって疑問がある。

2017-12-29

新幹線の中で子供がうるさくて許せん

可哀想に、暇つぶしの道具一つ持たずに親が子供だけ連れて移動しているのだろう。

なんで子連れで移動してるのに子供携帯ゲームの一つも持たせないのだろう。

殺人的な退屈に耐えかねた子供精神がみるみる磨り減っていくのが声で分かる。

無責任だ。

人の親になるは得てして無責任だ。

そりゃそうだ。

本当に責任感があったら人の親になどはなれまい。

極稀に、極めて責任感のある人の親にも会うが、相当の稀有である

子供とは実に憐れだ。

生殺与奪の権利を握られ、「仕方なく連れてきてやった」とあちこちを連れ回される。

犬や猫と何ら違いはなかろう

2017-12-19

パワハラ後遺症

ツイッターでは、セクハラ被害者の方がme tooのハッシュタグをつけて自分もだと声を挙げているようす。

セクハラと言えば以前短期で勤めたパート先で私もされたことがあるけれど、私はそれをツイートしようとは思わない。

念のため書き添えておくと、セクハラがどれだけ被害者の方の心を蝕んだかは想像に難くないし、そう言った声を挙げていくことは勇気だと思う。

私がセクハラを受けた時は、「ってゆーか、私みたいなオバハンの乳触って嬉しいんかいな?変な趣味だなー」って疑問を感じた程度だったし、もともと期間も短かったからこじらせなくて済んだのだろうと思う。

私がme tooとツイートするならパワハラの方が深刻だったのでそちらのほうかも知れない。

これは未だに実害を被っているので恨み骨髄という感じなのだけど、数年前に長期で勤めようと決意して入った会社で酷いパワハラに遭った。

忘れたい忘れようと心掛けているせいか、もう上司名前も忘れてしまったけれど、当時は子供がいなかったら自死を選んでいたかもしれないほどに病んでいて、しか自分が病んでることに気がつく余裕すらなかったのだ。

何をしても叱責されるのは私に仕事能力がないからで、人前で罵倒されるのも努力が足りないから。

全て自分が悪いのだと思っていて、そのパワハラ上司にすら嫌な役目をさせてしまって申し訳ないとすら感じていたように思う。

同僚の誰も私を庇ったりして欲しくなかったし、自分努力して能力が高くさえなれば問題は全て解決するのだと考えていたせいか食事をしても吐くようになり、それでも毎日人より早く出勤して作業に入っている内に、なんだかこの世に自分なんかが存在していること自体が悪なのだと思うようになっていった。

生きていることに執着はないし、生きても人様に迷惑になるだけ。それならそろそろ死んでもいいよな…と思っていたけれど、自死したのでは保険が出ないのだ。

それは駄目だ。子供迷惑がかかる。お金さえあれば育てるのは旦那旦那の実母がしてくれるだろうけれど、ただ葬式迷惑だけをかけて自分だけ楽な道に逃げることは、絶対に親としてはしてはならないことなんだと思い留まった。

名前は忘れても今でもはっきり覚えているのは生ゴミでも見るような視線で私を見るパワハラ上司の顔。

休憩時間にも教えて貰った仕事メモに取り見直し、そんな風な努力さえパワハラ上司から見ればただのポーズだったのだ。

ある日そのパワハラ上司大分に転勤になることになり、本来なら私は喜んで良いところだったのだろうけれど、「今まで大変お世話になりました。教えて頂いたことを忘れないように致します。どうぞ大分に行かれてもお元気で…」と挨拶したら「あー、そんなポーズもうええから」と、ハエでも追い払うように手を振られ、これで完全に心が折れてしまった。

責任者の方に退職を願い出て、色々と理由を聞かれたけれど、「私ではこの会社の役に立たないことが分かりましたので…」とだけ言うと、「僕は君は頑張ってたのは見てたよ」と言って貰えたのがちょっとだけ救いだった。

もうとにかくズタボロで何もしたくない、食べられないと言う状況が続き、見かねた旦那心療内科を勧めてくれたのだけれど、今でもあの時の恐怖心は私を苦しめる。

どこへ言っても、何の仕事をしてもきっと人の迷惑になる。

そんな怖さが消えることがない。

今は自宅で出来る仕事をしながら、自分で働けるように勉強する日々。

なのだけど、仕事を受けてる会社の一つに「来年、うちで働かない?ぜひ欲しいんで検討してみて」と声をかけて頂いた。

独立して働くと口で言ってはみても、まだまだ実力不足リスクだってあるのだから、これは喜ぶべきことなんだろう。

たけどあのパワハラ上司の目を思い出してしまって怖いのだ。

またあんな風に扱われたら今度こそ耐えられそうにない。

私に期待に答えられるような能力なんてあるのだろうか。

何度考えても答えは出ない。

2017-12-16

介護放棄地獄

自分の父方親戚のことなんだが、こえーなって思ったから書かせてくれ。

私の親は典型的昭和の家庭で、父親社畜母親専業主婦子育てを担うという家。

いとこの家も同じような感じだった。

新幹線で往復六時間はかかるようなところに父方の祖父母がいた。

が、祖父が亡くなり祖母一人になってから地獄だった。

兄弟介護押し付け合いがはじまったのだ。

兄(私の父)「お前の家のほうが一時間弱近いだろお前がやれ」

弟「ふざけんな俺は二人の子供を育てて疲れたんだ、お前のところは一人娘でしかももう家を出てるだろ、暇だからお前が行け」

弟嫁「私も嫌よ、長男の嫁が行きなさいよ」

兄嫁(私の母)「なにいってんの?だいたい嫁は義理親の介護義務なんてないのよ」

弟嫁「あ、そうでしたねお姉様!じゃ、私たちは一緒にケーキでも食べましょ!ウフフ」

兄嫁「ウフフ(もともと兄嫁と弟嫁は仲が良い)」

兄「じゃあ仕方ないから俺が見てくるよ、新幹線代払うぞ」

兄嫁「嫌よ!うちのお金を使わないでちょうだい!こっちだってそろそろ老後のお金の時期なんだから!」

弟「俺も新幹線代…」

弟嫁「嫌よ!以下同文」

ということで誰も介護をしてくれなくなって、見かねた孫のうち一人が専門学校出たあと就職せずに(正確にはとあるブラック企業就職したのだけど心根の優しい子で三ヶ月持たなかった)田舎に帰って祖母の面倒を見てくれた。

祖母もそんなにお金を持っているわけではないので、遺産もそんなにもらえるわけではないのだけど…

しかしこのあと

弟「俺の娘が介護したんだから遺産は俺がもらう」

兄「そんなの関係ねぇ兄弟で半分づつだ」

弟「ふざけんなお前の娘(私)は役立たずだ、役立たずを育てたお前に渡す金はない」

という地獄が続くのである

私は金はどうでもいいけど、貴重な若い時代無駄にして介護が終わったあと何もやることがなくニートと化した弟の娘が心配しかない。この子、大した学歴もなければ職歴もない。

せめて介護した経験があるうちに介護福祉士とかとれば?とすすめたけど、

誰かを介護した結果こんな争いが起きるなら私はもう二度と介護なんてしたくないと飯の種になりそうな仕事に対してのモチベーションも下がってしまったようだ。

しろ有能な介護士さんが世の中にたくさんいれば、家族の一人に介護押し付けることもなくなるんだよ?と諭してみたが、

結局なんの介護もやらなかった私に説得力は当然なく(正直やりたくはなかったし…だからこそ代わりに誰かやってくれる介護サービスって大事だと思ってるんだけどね)、家でぬくぬくソシャゲをしている。親の金で。

ソシャゲ自体は悪いとは言わないが…私も少しだがやってるし。

それでもソシャゲやるなら自分お金でやりなさいよと思うし、いつまでも無職でいるのはもったいないだろうに。

介護って地獄を生むなぁ、と、正月前に自分の親戚たちを振り返ってしみじみ思った。

人間早く死んだ方がいいし、私の親にも交通事故とかでパキッと二人でさっさと死んで欲しい。

2017-11-28

野郎ラーメンに入ったら薄汚いババアがいた

椅子が少し高いのでうまく座れないのか立っており、餃子を食べていた。

箸をまともに扱えなくっているらしく食べ方は汚く、タレを机に撒き散らしていた。

唐突にお釣りどうしたっけと言い出し、店員にちゃんと取ってましたよと答えられポカンとしていた。

券売機がうまく使えず見かねた店員が代わりにやっていた。

普段どういう生活しているんだろうか。

将来俺もああなるんだろうな。

2017-11-16

友人の死と折り合いがつかない

もうすぐ4年になるのに、全然理解できない。

なんでもないときに突然思い出して、ぼんやりしてしまう。

別に号泣するとかじゃないけど、ただ彼女のことをぼーっと考えて時間けが過ぎていく。

ていうかそんな親しかったわけでもない。中高一貫女子高で同級だっただけだ。

私は自分で描いた拙い漫画をせっせと刷ってコピー本にして地元の小さなイベントの端っこで配ってるようなオタ女で、同じようなオタ女たちとよくつるんでたけど、彼女はとびきり美人性格も社交的だったから、そういう子が集まる派手めなグループにいた。

高校になっても私は受験組、彼女は附属大推薦組で、選択授業が被ったことはほとんどない。

唯一の接点が管弦楽部。でもこれは学年の4分の1くらいの子所属するような大所帯だったから、そのなかでもやっぱり仲良しグループはあって、そこでも私は彼女とつながりはなかった。

ただ、彼女は目立つ子だったけど、少し要領が悪いというか、世渡りが苦手というようなところがあって、一度だけ、見かねた私が半ば強引に手助けしたようなことがあった。助けっていうほど大げさなものではなくて、普通にクラスメイトが困っていたら皆するようなことだったけど、それでも彼女は恩義を感じたのか、たまに話しかけてくれるようになった。彼女は優しい。

それでも、そのころの私たちには中高生ありがちなグループ体裁みたいなものがあったから、話すときはなんとなく二人きりになったときだけだった。彼女は私のしょうもない話によく笑ってくれた。その顔がすごくかわいいので、私はくだらない持ちネタを繰り返した。彼女が笑うと満足した。

一緒にどこかへ遊びにいったりしたことはついぞなかったけど、彼女地元楽団にも参加してて、あるとき私を誘ってくれた。

大きなコンサートがあるときは、人数確保のために楽団員が知人を紹介することができるシステムだった。チェロ(私の担当楽器)が足りなくて、よかったらきてくれない?なんて言われたら行ってしまう。ふたを開けてみれば私しか誘われていなかったので、ちょっとした優越感でニコニコしてしまった。たぶん本当にチェロ人員けが足りなかったからだろうけど、彼女から選ばれることは得意な気分にさせた。

彼女バイオリン(とても上手)なので練習は別々だったけど、最後の合わせでは一緒に帰った。電車で座って、それまででいちばん長くしゃべった。私はそのとき彼女に外部受験して地元を離れることを話し、彼女は私に子供が好きで音楽先生を目指していることを教えてくれた。

そうして私たちはそれぞれ進学し、二年の冬に彼女は亡くなった。

葬儀はご家族だけで執り行われて、私たち卒業生は母校でお別れ会を開いた。

そこで区切りがついたつもりだったのに、その後しばらくして、飲み会で入ったお店で流れているBGMが、あの、彼女と参加したコンサート演目だと気づいたとき、すごく動揺してしまった。お酒が入ってたからかもしれない。

それから度々、突然彼女のことが心に浮かんで、とても寂しくてやりきれない気持ちになってしまう。心が体の真ん中から徐々にずれていって、そのままどこかにいってしまう。誰かを亡くした人ってみんなこんな気持ちを抱えて日々生きてるの?こういうのどうやって乗り越えてるの?寂しくて仕方ない。

卒業式も寂しかったけれど、これからみんな別々の道でそれぞれ元気にやっていくんだという信頼や希望のようなものがあったから、こんなどうしようもない悲しみだけではなかった。こんな私でも日々をあれこれなんとか過ごしているのに、彼女はどこにもいなくて、なにもしない。働いたり遊んだりしないし、バイオリンを弾かないし、笑ったり泣いたりしない。もうなにも作らないし、生まないし、何にも干渉しない。そんなことがあるだなんて思いもしなかった。あの、音楽室で隣に座って笑っていた人間が、この地球のどこにもいない。頼むからみんな長生きしてくれ。

彼女との記憶なんてこれだけで、でもそれだけをずっと繰り返し思い出してしまう。彼女のご家族お別れ会で初めて拝見したし、グループにいるとき彼女とは関わりがなかったので彼女共通友達はいないし、誰とも彼女の話をできなくて、ここに書いてしまった。文字にしてたら落ち着いてきたから、明日からまた静かに日々が過ごせそう。表現の自由はすごい。

ていうか読み返すと自分のことばっかりでめちゃくちゃ気持ち悪い。彼女のご家族のほうがずっとずっと寂しいでしょ。お風呂入って寝ます

2017-11-06

anond:20170516213819

おっぱいがおっきくなってから幾星霜。

新調したブラジャーが全部壊れたんだよね。

重さに耐えかねたのかワイヤーが突き破れたらり、ワイヤーがひろがって支えてくれなくなったりしたの。

ブラジャーも高いかもったいないよね。

壊れたブラジャーメルカリで売ろうかなって思ったけど、なんか品がないからやめた。

おっぱいがおっきくなったけど、ほかもおっきくなってるって前にも書いたけど、ほんと、標準体型の女のとなりにたつと、なんか同じ種族に我ながら思えないよね。

部屋とかを狭く感じさせてる。

標準体型の女を際立たせるときもあるし、かすませることもあるらしい。

自分でも女のとなりにいくと、お、小さいな、って思う。守ろうとかそそるなとか思う。

わたしの胸でお眠りよって気持ちになる。

後天的レズになりかけている。

おっぱいがおっきくなるくらいの女性ホルモンでてるんだからもっと女らしくなるんだと思ってた。

ブラジャー壊れたのは、アンダー85のJカップのブラジャーにしたからだと思う。

やっぱり実測通り90のJにすべきだったなと思って90のJを買ってみたの。

あと、アンダーを大きくする場合、カップを下げるというのがまあよくある買い方なもんで、一緒に90のIも買ってみたんですよ。

やっぱり90のIじゃちょっと小さいよね。

やっぱり90のJを買うことにするよ。

一応ダイエットするつもりがあったんだけど、なんかずるずると食べ続けちゃった。

最近タバコやめたら体重増えたな。

間食はしてないのにね。ふつう食事が増えたよね。

いままで昼休みタバココーヒーだけで昼抜きだったのが、コーヒーだけじゃ手持ち無沙汰で昼ごはん食べるようになったからさあ。

でもなんか一か月もタバコすってないももったいなくて再開できないんだよねぇ。

前回書いたら反応もらえて、それだけでよかったなーと思った。

お店にもいないしデビューもしてないんだけど、おっぱいがおっきい人がいたら増田かな?って思うといいと思うんだ。

両乳五キロくらいあるからしんどいんだよ。

増田かな?おつかれさまって思ってほしい。

これから寒くなるからニットを着て過ごすけど、鳩胸だからそんなにエロくならないよね。

ダイエットはなんかするだけ無駄精神力デブから、せめて小顔になって、手首足首をキュっとさせるようにがんばる。あとくびれつくる。メリハリ錯覚がうまれるらしいよ。

がんばるね。

2017-10-12

2017 台湾旅行記 第二部分

anond:20171012190019






2


2日目 午前


南国 台北は10月でも朝からクソ暑い

ホテルの朝食の後、午前のおやつの蛋餅を食い、猫の村 猴硐→九份に向かうことにした。

今日は台湾鉄道、台鐵に乗る。


まず地下鉄での行き先は台北車站(セントラルステーション)だ。

着いたら、駅周辺を散策する事にした。


台北車站周辺は綺麗で近代的だった。

すぐ近くに市場があり、その中ではここでも屋台的なものがあった。

台北では其処彼処で料理をして、其処彼処で誰かが何かを食っている。

日本より食品衛生に関する公の決まりが緩いんだろう。



市場を出ると小雨が降って来たので、近くにあった美術館に入ることにした。

美術館はひんやりして心地いい。

照明を落とした展示室では、赤と青の幻想的な浜辺で艶めかしく肌をさすり合う男2人と、それを覗く小太りな水兵の映像作品が放映されていて、よくわからないけど南国を感じた。

勝手な印象だけど、中華圏の現代アートは男の性を描いたものが多い気がする。

美術館をでたら、むしろ雨は強くなっていたが、3分もしないうちに止んで、強い日差しが古式ゆかしい建築様式美術館を照らしてきた。

きっと今日もまだまだ暑くなるんだろう。




2日目 午後


台北車站に戻り、台鐵で猫の村として名高い猴硐に向かう。

この途上でも旅の目的の一つがあった。

台鐵弁当だ。

台湾鉄道には日本統治時代から伝統駅弁があるそうで、これは蚵仔煎と並んで是非食べなくてはいけないものだった。


どこで売っているのかわからず、改札を通ると、改札のすぐ脇に売店があり、そのまえの待合所で、老若男女が弁当をガツガツ食っていた。

台北にいる人間は本当に隙あらば食う。

きっと、現地人も食うために生きているし、旅行者もここに何かしら食いにきているに違いない。


排骨スペアリブ)弁当がイチオシのようだったが、暑さにやられたのか、少し重い気がして、なんだかわからない別の弁当を頼んだ。


でてきたのは、角煮弁当だった。

台鐵弁当は温かい状態で供される。

温かく、蕩けるように柔らかい角煮を口に含んだ瞬間、思わずうまい」と呟いた。

台北の食い物は、不味いものこそなく、むしろ多分ずっと食べても嫌になる事は無いだろうと思うくらいには美味いが、「びっくりするほど」とまではいかなかった。

しかし、別に飯屋でも屋台でもなんでもない、駅の待合所で、遂に美味くてびっくりするものに出会った。



台鐵を乗り継ぎやがて猴硐に着くと、ホームには猫ならぬ、猫耳のついた麦わら帽子を被ったお嬢さんがいた。

ここに来る人は、自らも猫になって来るらしい。


改札を出たらさぞかし猫だらけなのだろうと思ったら、改札を潜る前にすでに1匹、窓際で寝息を立てている。

一枚写真に収めて改札を通ると、其処彼処に猫が。

観光客にすっかり慣れているのか、どいつもこいつも写真を取られようが撫でられようがどこふく風。南国は猫も呑気なもんだ。


カフェに入って一息つく事にした。

大きなテーブルアイスコーヒーを飲んでいると、4人客が入ってきて、マスターが「席をかわってくれないか?」

いいよ、と窓際席に行くと、椅子の上に寝息を立てた白猫が。

猫村にきて最も至近距離で猫をフレームに収めることができた。


と、少しすると、不意に便意をもよおしてきた。「やっぱエリーさんの言った通りだったかな?」とも思ったが、一昨日の飛行機から寝不足気味ではあったし、正直台北の食に関しては衛生的に完璧といったものは少なかったので、何が原因か特定が難しい。

そんなに深刻な不調でもなかったので、トイレを借りて用を足し、「もっとまずくなったらその時は台北に引き返そう」位で、旅程を続ける事にした。



お土産の猫型パイナップルケーキを買うため、また筆談メモを描いていると、ブレスレットが何処かに行ってしまった事に気付いた。

頻繁にカバンに手を突っ込んでいるうちに外れてしまったのだろう。

少し探したが見つからない。

そうこうしているうちに雨が降ってきたこともあって、諦めて駅舎に向かう事にした。

高いものではないから良いんだけど、少し残念だ。

エリーさんの忠告を思い出す。

「山の天気は変わりやすい!」


猫型パイナップルケーキを売っているお土産屋さんのおばさんは日本語が堪能で、結果としてメモ無駄だった。

やはり日本から、これを目当てに来る人間は多いらしい。

目当ての品も手に入ったので、駅前を散策していると、「ブーーーーン」という音。

ふと見ると、お姉さんがなんとドローン飛ばしていた。

こんな辺境で最新テクノロジーを見るとは。

猫の写真を撮りきにて、実に珍しいものをカメラに収めることができた。



まだ日は高い。エリーさんのオススメに従って、猴硐から遠く無い、十分の瀑布を見る事にした。

十分駅に着いたは良いが、急に決めて下調べがないので、滝までの行き方が分からない。

とりあえず人並みに従って歩くと、沢山の人がいろんな国の言葉で天燈を空に飛ばしていた。

十分は、色々な願いが書かれた天燈が宙を舞う事でも有名な村だ。


天燈の翔ぶ界隈を過ぎれば、川沿いの通りに出た。

さあどうしよう。

見ればタクシーが止まってるじゃないか。

これに乗れば確実だ。

メモに滝の絵と「十分瀑布」と書いて、運転手のオッチャンに見せる。

すると、呆れたような顔で「歩いた方が早いよ」

そうなのか。

ワンメーターでも乗せて、良い加減な値段でもふっかけりゃ稼げるだろうに、正直というか商売っ気が無いというか。

でもよくよく考えれば、そんな客を乗せるより、ここから直接九份や台北に行く客を待った方が良いのかもしれない。

オッチャンが指差す方向にしばらく歩くと、「十分瀑布公園」に到達した。


渓谷にかかる吊り橋を2つ渡ると、遂に大瀑布が見えてきた。

滝の飛沫と折から降ってきた小雨であたりはビショビショ。

傘をさしてカメラを構える訳にもいかないが、幸い雨ガッパを持ってきていた。

用意周到。エリーさん、そんなに迂闊な男でも無いんだぜ。

飛沫と小雨に濡れながら、十分の瀑布をカメラに収めることが出来た。

さあ九份だ。




2日目 夕方


十分から九份最寄り駅の瑞芳に向かう車内、向かいに座っていた女性2人の親子連れ、娘さんの方が騒ぎ出した。

言葉を聞くと韓国からきたようで、どうもこの列車が瑞芳に留まるかどうかがどうしても気になるらしい。

手元にスマホがあるので調べれば一発なのだが、なぜか地図アプリなどを見ていて要領をえない。

遂にそばの若い女の子2人連れに聞き出した。


のだが、声をかけられた方も言葉がわからない。

英語でお互い話そうとするも伝わらない。

かねた同乗の韓国人らしき2人連れの兄ちゃんが割り込んだ。

同郷の旅行者の手助けで、お姉さんの心配は無くなったらしい。

お姉さんが先程の女の子に聞いた。「あなたは何処から来たの?」「I'm chainese.」大陸の人だろうか?

台湾の同じ列車に、韓国人中国人が乗っている。

「ここに日本人もいますよ」シャイ日本人らしく、心の中だけで言った。




2日目 夜


瑞芳に着く頃にはすっかり日も落ちて、九份観光には絶好の時間帯だ。

から九份老街へは迷わない様にタクシーでいくと決めていた。

駅前で張っていた兄ちゃんに「九份」伝えると、すぐに車を紹介してくれる。

タクシーのオッチャンに行き先を伝えると、出発進行。

オッチャンは曲がりくねった山道めっちゃ飛ばす。

しばらくすると九份老街に到着した。

中国語発音がダメ、英語中学生レベル日本語だって怪しい。

ならいっそ全部言ってしまえ。

サンキューありがとう、謝謝。」



台湾は人気の観光地から日本人が沢山いると思ったら、これが意外と会わないもので、むしろ白人の方がよく見かける位だったが、ここ九份ではちょっと歩くとすぐ日本語が聞こえる。

一番日本人を見かけたかも知れない。


急な階段を登り、幻想的な風景をカメラに収めた。

しかし、良い加減、歩き通しで疲れてきて、少し具合も悪くなってきた。

脱水症状かな。

九份ではお茶でも飲もうかと思っていたのだが、人ですごいし、都合よく茶藝館も見つからない。

写真も撮ったし、もう切り上げようか。


ふと茶器の店が目に入ったので入ってみると、幸運な事に、茶藝館が併設だった。

茶藝館では店員さんがお茶の淹れ方を流暢な日本語で説明してくれる。

きっと日本人観光客もよく来るのだろう。

赤く光る街を見下ろして、ゆっくり金萱茶を飲んでいると、果たして大学生か若手社会人と思しき兄ちゃん3人連れが、賑やかにやって来て、日本語高山烏龍茶お茶菓子を頼んでいた。


諦めかけていた目的が果たせたので、会計の際に店員さんに伝えようと思い、「旅行の目的の一つが九份お茶を飲む事だったんです。」と言ったが、さすがに日本語で複雑な言葉は伝わらないようだった。

説明の日本語が余りに流暢だったので油断したが、あれは決まり文句なのかも知れない。

からシンプル一言だけで言い直した。

「最高だ。」

「謝謝!」






3


3日目 午前


旅先では余り眠れない事が多い。

今日が今回の台湾旅行で最後の朝だけど、グッスリとはいかず、7時前に目が覚めた。


ボーッと窓の外を眺めていると、部屋の外からオバちゃん2人の声が聞こえて来た。

お客さんかな?ベッドメイクかな?

それにしても、楽しそうによく笑う。



朝食を済ませた後、ホテルのすぐ隣にあるコンビニで、スイカ牛乳、japan walker、烏龍茶を買った。

japan walkerは鎌倉特集。

昨日も女性誌を買ったけど、現地の雑誌というのは興味を唆られるものだ。

昨日、台北車站の地下街を歩いているとき中山地下書街」という掲示を見たが、午前中の地下街は人の流れもまばらで、場所がよくわからなかった。

わかれば本屋も覗いてみたかったんだけどな。

烏龍茶を飲んで「美味い!」と呟いた。

ペットボトルのものでも、日本のものとは香りが全然違う。

あとで再購入したときによく見ると、材料表には「香料」もあったが、それは台湾人の嗜好としてこの香りが重要という事だし、美味ければ大きな問題は無い。


ホテルの窓際でこの旅行記を書いていると、ザっと雨が降って来た。

台湾は雨が多いので、雨具を持って来ていたが、旅行を通して行動に困るほどの雨がなかったのは幸運だった。

雨はすぐに小ぶりになったけど、窓の外にはまだ傘の花が咲いている。

あと数時間でチェックアウトだ。



午前9:45分。


雨はとっくに止んでいる。

定刻にはまだ数時間あったけど、チェックアウトする事にした。

空港への送り迎えのため、ここには21:00にまた戻って来る事になる。

ベッドに上に「謝謝」と書いたメモを1枚残してホテルを出た。




3日目 午前


世界に展開するグローバリズム象徴スターバックスはここ台北にもある。

わざわざ海外に来て、世界中にある店に入り、ローカルの微妙な違いを見るもの楽しいものだ。

150元を支払い、アイスカフェモカグランサイズを受け取って2階に上がると、そこでは男女がラップトップを開いていた。

世界のどこに行っても、スタバでやる事といえばコレらしい。


スタバで注文するのが苦手な人は一定数いる。

もしあなたがそうでも、安心してほしい。

台北にはドトールもある。

コーヒーを飲んだ直後で大してのども渇いてなかったが、入ってみる事にした。

入り口には行動を禁ずる、べからず集が書いてあり、犬とハンバーガーにバツ印が書いてある。

その下に「禁止打牌」。

ペットを連れ込むな、食べ物を持ち込むなはわかるが、「トランプするな」は新鮮だ。


ドトールで頼むものといえば、ミラノサンドのA以外ありえなく、これはスタバドヤリングと同じ様式美なのだが、残念な事に、11:00以降しか頼めないようだった。

少しがっかりして、70元を支払ってアイス紅茶を頼むと、何も入れなくても甘かった。

台湾の人はアイスドリンクをなんでも甘くする。



旅行を通して概ね正しいエリーさんの助言に一つ違を唱えるなら、台湾版suica、悠遊卡についてだ。

エリーさん曰く、チャージした金額有効期限は2年だし、デポジットの100元が勿体無いので、頻繁に台湾に来るのでなければ購入を勧めないとのことだったが、実際に使ってみると、メチャクチャ便利。

複雑な購入手続き切符を買う必要なく、地下鉄も台鐵もバスもピッとやるだけでOK。

交通機関で現金決済したのはタクシーだけだった。

多少の損を補って余りある便利さの悠遊卡なので、台湾に来る際は是非購入を勧めたい。


帰りの便までまだまだ時間があるので、悠遊卡に100元チャージして、地下鉄台湾北部景勝地、淡水に向かった。




3日目 午後


淡水は異国情緒ある海岸の街。

日本でいうところの横浜とか神戸といったところらしい。

駅前を歩けばすぐ海岸で、晴れ渡った空の下、おっちゃん達が釣り糸を垂らしていた。

ふと見ると赤い看板。

台湾ではコーションは赤い看板に書かれるらしい。


「本河岸遊客衆多

 為維護遊客安全

 本路段禁止甩竿汉示」


「この海岸には観光客がたくさん来ます

 観光客安全のため、ここでは釣竿は振らないでください。」



さて、初日の寧夏夜市で食うつもりで、メモまで描いたが、食えなかったものがある。

千と千尋の神隠し」で、千尋の両親が食って豚になってしまったモノではないか、と言われている謎のプルプル、肉圓だ。

海岸から山の方に上がろうとして通り掛かった海の家で、「肉丸」と書かれた看板が掲げられていた。

昼時で丁度いい、食おう。

おばちゃんに「肉圓 QQ〜」と描いたメモを見せる。40元。

「それだけでは足りない」とエリーさんが言っていた肉圓だが、いざ食って見ると、正体不明のプルプルは意外とお腹にたまり、1杯で小腹を満たすに充分な量だ。

こんなものを大量にガツガツ食えば、それは豚にもなってしまうのかもしれない。


海も見て、肉圓も食って、煉瓦造りのキリスト教会も見た。

歩き疲れたので、台北に戻ろう。



台北についたのは午後14:00過ぎ。

今なら人に流れについていけば「中山地下書街」を見つけられるかもしれない。


地下街中山站方向に歩く。

やがて中山站を過ぎると、右手に地下街にそって長い本屋が見えて来た。

中山地下書街」

やった、本屋だ。


「誠品書店」に入って見ると、平積みにされていたのは、謝馬力 著「女子翻轉」

女性の生き方に関する本らしい。

台湾版Sex and cityか?はたまた中国ジェーン・スーか。


しばらく歩くと、料理本の一角

料理本って、みてしまう。

ほとんどの本が何を書かれているか、全くわからないんだけど、1冊、ピクルスの作り方に関する本があった。

美しいイラスト作ってみたくなる写真。

これならなんとか分かるかもしれない。

からなくても、開いているだけで楽しそうだ。

買って帰る事にした。300元。



地下街を歩いていると「新光三越」の文字

台湾にも三越はあるらしい。

三越があるなら、正真正銘のデパ地下があるはずだ。

これは是非行かないといけない。


新光三越に着くとデパ地下はどうやら地下2階。日本より小ぢんまりとして、お菓子などが中心ではあるが、これぞデパ地下という光景があった。

色々な店が軒を並べる中、お茶の店があり、白磁の蓋碗ディスプレイされている。

日本に帰って、同僚とお茶を飲む為に、何か茶器が欲しかったから丁度いい。

560元は、多分日本より安い。




3日目 夕方


あと5時間で迎えが来るが、台湾でやりたい事リスト最後の項目がまだだった。


サツマイモが入った台湾式の清粥を食べる。


台湾で清粥といえば、飲んだ後に食べるものらしく、店が開くのは17:00からだった。

最近アルコールに弱くなったし、台湾では心置きなく食いたかったので、旅行中は一切、酒類は飲んでいなかった。

しかし、別に飲んでなくても問題ないだろう。

17:00ジャストに、「無名子 清粥小菜」に入った。


この店では、ショウウィンドウの中からおかずを選び、それにお粥が付いてくる。

どれにしようか?

ショウウィンドウ越しでハッキリ見えないが、美味そうな炒め物を頼んだ。


席に着くと、鍋一杯のお粥

さあ食うぞ。

しかし、運ばれて来たおかずを見て一瞬たじろぐ。

それは「牡蠣の豆豉炒め」だった。

もっとよく見りゃ良かったぜ、ここは屋台ではないが、エリーさんの忠告を思い出す。

これを食えばあとは帰るだけとはいえ、もし飛行機の中で降せば大きな問題を抱える。

最悪当たるにしても、迎えのくる21:00までにスパっと終わるか、自宅に帰り着く翌10:00以降にしてほしい。

恐る恐る口に運んだ牡蠣は、豆豉の風味が効いて美味く、お粥は歩き通しの身体に優しかった。

これで、「台湾でやりたい事リスト」はコンプリートした。



無名子 清粥小菜を出て、おそらくこの旅で最後地下街を乗り継ぎ、ホテルの最寄り駅に出ると、道路しっとり濡れていた。

参ったな、あと一息で雨だ。

でも3日間で学んだのは、台湾の雨はすぐ上がるという事。

意を決して歩き出すと、どうも降っていたのはさっきまでだったらしく、殆ど雨には当たらなかった。

この調子で、願わくば牡蠣にも当たらないでほしい。




3日目 夜


ホテルフロントでこの旅行記を書きながら迎えを待つと、女性2人の親子連れが入って来て、フロントに尋ねた。

「この近くに喫煙所はありますか?」

日本語だ。

そんな基本的な事を聞くって事は、多分今日 このホテルに着いたのだろう。

自分は今夜、日本に帰るが、今日、日本から来たかもしれない人がいる。

ここでは毎日、入れ違いで人が行き交うのだろう。


しばらく待っていると、また日本からの家族連れがフロントにやって来た。

お父さんが、自分の胸を指差して、現地で買ったTシャツになんと書かれているか聞くと、フロントの男性は、ちょっと戸惑いながら答えた。

「えっと・・・簡単に言うとですね、『ゴキブリ』です。」


またしばらくすると、20人程の旅行客がやって来た。

話しているのは中国語で、スーツケースの大きさから見ると、多分大陸の人だ。

一団はひっきりなしに喋っていて、声も大きい。

この旅行であった人たちの中で、もっとも賑やかな人たちかもしれなかった。



嵐のような一団がフロントを過ぎると、迎えのツアーガイドがやって来た。

ガイド若い男性で江(チャン)さんという。

英語名はありますか?」と聞くと、「無いですね、僕も英語は喋れませんし」どうもみんなに英語名がある訳では無いらしい。


チャンさんは人当たりが良く、風貌イケメンというか、今風で、ちょっとチャラい感じといえなくも無かった。


空港までの車の中で、たくさん起きたことを話し、少し疑問だった事も答えてくれた。


台湾の男性が機内でメガネだったのは、ちょっと上の世代伊達メガネブームがあった事。

台湾で男同志の性愛を描いた映像作品を観たのは、おそらく同性結婚が法的に認められたのと関係がある事。

ドトールトランプ禁止は、解禁するとギャンブルをやっちゃうからである事。

ついでに、チャンさんは実は以前に日本に来たことがあり、出逢いを求めて相席居酒屋に行ったら、40代以上の女性ばかりで少しがっかりした事も教えてくれた。

やっぱりちょっとチャラかった。


チャラいけれども、仕事をきちんとする好漢のチャンさんは、チェックインまで付き合ってくれると、出国手続きや再両替についても教えてくれた。

台湾で出会う人は素晴らしい人たちばかりで、チャンさんもまた例外では無かった。


もう直ぐ台湾を去る。

台湾でしたい事の全てが予定通りに行えて、多くの予想以上があった。

言葉にすると陳腐だけど、これ以上正しい表現が思いつかない。

「全てが掛け替えのない3日間だった。ここに来て本当に良かった。」


チャンさんは日本語が堪能で、何を言っても理解してくれる。

でも、最後は、滞在中に助けられ通しだった方法以外にあり得ない。

「じゃあ、僕はここで」と微笑む彼に、ホテルの部屋で朝に書いた、最後メモを見せた。


「太棒了、台湾」

安倍総理に同情する

私は安倍総理に同情している。

何に同情しているか、私は政治家でもないし、ましてや総理大臣でもない。

ただ、安倍総理と私に共通点がある。

それは、妻がバカだということだ。

いや、

バカというのは語弊があるかもしれない。

想像力の欠如、危機管理能力の欠損、、、

いろいろ言い方はあるが、

いま、自分が取る行動が、将来どのような結果を生むかを想像できない。

ということかもしれない。

何も考えずにセールス玄関の中に招き入れてしまう、

他人からものを強く言われると動転してしまう、

事が起きて、見かねた私が噛み砕いて説明して、

やっと自分のとった行動の過ちの重大さに気付く。

でも、取り返しはつかない。

時間は不可逆だ。

想像力の欠如は家族生命財産危険晒す

これが安倍総理場合国民生命財産危険晒すことにつながる。

もし、日本離婚に寛容だったなら、

安倍総理離婚を選んでいたかもしれない。

私も妻と離婚していたかもしれない。

でも、安倍総理も私も離婚していない。

言葉では説明しづらいが、

この負担さえも愛情と呼ぶのかもしれない。

2017-10-04

[] #38-2「危ないアニメ

そうして、とある描写が物議を醸す。

主人公たちの使う武器凶器子供が真似すると危険だと苦情が来たのだ。

父たちはその対応におわれていた。

「『私はヴァリオリが好きです。だが、ああ、なんてことだ。登場人物たちが凶器を持っている。青少年健全な成長を妨げる。これはよくないことだ』とのことです」

同僚のフォンさんが苦情内容の一部を読み上げる。

監督シューゴさんは鼻で笑った。

一見すると尤もらしいことを並べてはいるが、その実は抽象的なテーマに対して恣意的判断を下しているに過ぎないことは見え見えだったからだ。

「いつも通りの、杓子定規意見だ」

「とはいえ、これも“一つの立派な批判”です」

それでも厄介なのが、このテーマについて知らない人間反論しにくい程度のレトリックは使われていることだ。

「的確ではないが間違ってはいない」要素を抽出し、それを根拠自分の主張と織り交ぜてロジカルに語れば、いちゃもんは“一つの立派な批判”になる。

無視したいのに、無視するわけにもいかない非常に目障りな存在となわるわけだ。

「そうだな。言論のもの自由だ。そして、その内容をオレがどう解釈するかも、な」

「その結果は?」

「その意見自身の好悪の問題善悪混同している。それを正論に摩り替えて、意見押し付けてくるばかりの頭でっかちな輩だ」

シューゴさんの吐く毒がいつにも増して強い。

とあるごとにこういった“ご意見”がきていたためウンザリしていたためだ。

彼のストレス悪態は日々増すばかりだった。

「まあ、いつもどおり“前向きに検討”しておけばいいんじゃねえの?」

社会における“検討”というものは、得てして結論とはさして関係がないことは周知の事実だ。

シューゴさんの立場から見れば、その意見いくら論理的に見えても、そもそもの“目的”が同意しかねるものなのだ

その意見を「一つの批判」として了承し、真面目に取り合うこと自体が思う壺だと判断したのだろう。

そうして、今回もシューゴさんたちはスルーを決め込むつもりだった。

だが、やや神経症気味なフォンさんは疲弊していた。

「それが……今回は随分と大事になりかけていて、非常に面倒な状態に。“上”の数名からも『ウゼェから何とかしろ』とお達しが」

「は~ん……」

フォンさんの濁しつつも含みのある言い方に、シューゴさんは何となく察したらしい。

この時期、裏では『ヴァリオリ』の表現問題だと思っている人間たちが徒党を組んで、親会社に直訴していたのだ。

それに耐えかねた会社代表は、とうとう父たちのスタジオ通達を出したのである

「不服ではありますが、こうなるとガン無視というわけにもいきませんね……」

「そうですよ。それに一番困るのは、そんな理由で親が子供たちにアニメのものを見せないようにすることです」

「“子供のことも考えて”か。そのセリフを言うのはいだって一部の大人だよな」

しか子供を盾にされると、さすがのシューゴさんもバツが悪い。

シューゴさんの両親は厳格な人物で、そのため彼は少年時代を娯楽に飢えて過ごさざるを得なかった。

その経験から、親の理想子供犠牲になることほど悲しいものはないと思っていたのだ。

「……ちっ、分かったよ。もめ事が起こると疲れるだけだから、とりあえず従っておくか」

それは納得したわけではない、消極的判断だった。

シューゴさんは作り手として、多少の批判を恐れていてはモノ作りなんてできないと考えていた。

それを汲み取りたい気持ちは父やフォンさんにもあったが、上の声が大きくなったとき無視はいかないのが企業の常だ。

大人しく従ってくれるシューゴさんにホッとしたと同時に、彼の鬱屈とした想いが手に取るように分かることもあって父は複雑な気持ちだったらしい。

「では早速対応……と行きたい所ですが、スケジュール的に数話分の大幅な修正はもう無理ですね」

「そうですね。なのでオープニングの前に、ひとまず“あのカット”を挟みましょう」

「うげえ……“アレ”かよ」

(#38-3へ続く)

2017-09-29

してみたいよね

あくびを枕の中へ落とし、合わないピントでフラフラと寝室を出る。

君の声が聞こえてくるリビングへ向かう。

ドアを開けた後、「おはよう」を言う前に君はケラケラと笑った。

  

確かにイケメンではないけどさ、人の顔見て笑うってのはどうなのよ?

君はごめんごめん、と気持ちの入っていない謝罪をした後に、

顔じゃなくて頭。髪の毛すごいことになってるよ。と僕に告げた。

  

しかめっ面で髪に触れると、なるほど確かに、ひどいものだった。

  

これでは笑うのも無理ないな、直してくるよ。と言いリビングを後にする。

君は包丁リズムでそれに答えた。

  

さて、幾分かマシになったであろう僕は再びリビングに戻る。

二人で朝食を取り、二人で一緒に家を出る。

数年間続けている僕らのスタイルだ。

  

清宮くんどうなるんだろうね…北朝鮮、怖いよねー…なんて他愛のない話をしながら、

君の作る朝食を二人で食べる瞬間は「幸せ」ってこういうものなのかな、なんて思わせてくれる。(恥ずかしいので君には言えないけど)

  

朝食を取り、着替えた僕らは玄関に立っていた。

  

「さぁ行くよ!」

と僕の手を引く君はさっきよりもいい笑顔だった。

  

僕は洋服というものに全く執着がなく、9割方ジャージで過ごしているんですが、それに見かねたのか何なのか、先日、買い出しに行くぞ、と。

めんどくさいなぁってのがありあり顔に出てましたけど、まぁ家に居ても大したことしてるわけじゃないし、たまにはこんな休日も有りかなぁ…感丸出しで、袖をグイグイと引かれ、辿り着いたはユニクロ

  

よくわかんないなりに、漢字の書かれた謎シャツウキウキながら見せに行ったら、間髪入れず「買わないよそんなの。戻してきなさい。」とか言われ、若干しょんぼりしつつも言う通りにする。

その間に彼女は全身をコーディネートしていた。

「コレよりこっちの方が…」なんて意見しようもんなら「うるさい」と一蹴されるので、次第に言われるがままになっていく。

結構な量の服を両手に抱えた彼女が不意に

「よし!着替えておいで!」と文字通り服を丸投げし、試着室に押し込まれた。

  

ゴソゴソと衣擦れの音を立て、しばらくした後顔を出す。

  

「ど、どう?」

「うーん」

「…」

「かっこ良くなったけど、やっぱダメ。」

「…えっ、ひどくない?」

「アンタがかっこよくなっちゃったら、モテちゃうからダメ。」

「…えっ」

「早く行くよ」

「ちょ、今のは、ど、どうい」

「うるさいバカ

  

みたいなのをね。

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