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2019-01-19

平成20年に文科省局長らに対し脅迫行為をした被告に対し、再審無罪判決 東京地裁

 平成20年11月に、インターネットはてなダイアリー2ちゃんねるで、文科省局長東大教授女性最高裁判事

らに対して「自宅で順次殺害する」との書き込みをしたとして、脅迫罪に問われていた元被告東京地裁に起こしていた

再審請求に対して、東京地裁は、17日、元被告無罪とする再審判決をした。任介辰哉裁判長は「当時の社会的空気

被告人の性格書き込み動機被害者らとの関係性を総合考慮すると、書き込みは、単に被害者らが自分ブログに対して

反応しなかったこから、閲覧を強制するためにした意思表示しかし、単にインターネットにおける漠然とした書き込み

強要行為として犯罪に当たるが、実質は、大人に対する子供のおねだりの域を出るものではなく、そもそも脅迫行為では

ないし、強要行為としても反社会性が微小で、刑事処罰必要性がなく、捜査自体も、形式的かつ無機質に行われており

その実質は子供に対する叱責であり、刑事処分の体を成しておらず、確定判決無効」と指摘し、元被告無罪とした。

 なお、本件再審開始決定については、東京地検及び東京高検即時抗告をしていたが、いずれも東京高裁最高裁棄却

され、17日に再審が行われた。本件再審無罪について、稲田信夫検事総長は、判決内容を精査した上、最高裁判所に

非常上告をすることを検討するとしている。

判決

http://d.hatena.ne.jp/xedamame0/

時事通信社

2019-01-11

再審請求事件の続き(2)

また、2ちゃんねる書き込み自体が単なる遊びであって通常こういう種類の犯罪予告文言意味はないと考えられるほか、はてなダイアリーにおける国家批判随伴した上での犯罪予告文言についても、一見犯罪みえないではないが、本件具体的事情考察すると、書き込んだ者が暴力団犯罪実行行為を有するとはとうてい言えない種類の女々しい日本人であり、逮捕されることに極度に怯える種類の人間であって捕まって施設に行きたいとは毫も思っていなかったはずであり、厚労省事件犯人のように逮捕され死刑判決が出るのも覚悟の上で実行行為に及んだ40代の男とは、性格が180度異なるし、仮に書き込み当時のその心理面を推測しても何らかの者に対する漠然とした嫌悪の情があってその方面に悪意をぶつけたいという感情があったにとどまり、自らが知っている具体的人物生命身体財産に対して害悪を加える旨を告知して生々しい畏怖感を与え、その者を著しい困惑に陥れるという執拗意思があったとは認められない。現在社会内では巧妙な手口で右のような行為をする者はいくらでもいるのであるが、少なくとも本件に関しては、被告人2ちゃんねるでの誹謗中傷流行の渦巻く当時の社会事情の中で憎悪肥大し勢いのおもむくところ、ブログなどで国家に対する愚痴を連ねる中、たまたま語勢の勢いの赴くところ、本件文言を書いてみたにとどまるものであって、本人が具体の被害者ら及びその居場所、自宅等を何も知らず、凶器も準備しておらず、性格としても実行行為に出るような人間でなかったことを考慮すると、その故意の面でも記載した文言の面でも、一々処刑しなければならないような事案ではなく、通常は不平不満の一形態として不問に付されるべきものであるし、また、捜査機関被害者としても、2ちゃんねるはてなダイアリーでこのような文言を閲覧した場合に、「これは本気ですか?」「本当にするんですか?」などとコメント欄質問する道があるのであって、捜査員や被害者、またその部下らが、警察や自宅においてインターネット接続できる環境があって直接これらを閲覧した上、被告人真意であるかどうかの旨を確認する道があるのに、それらを一切した形跡がなく、文科省においては、被害者である局長の部下が一方的に本件ブログ印刷して局長に閲読させるという形式行為をしただけで、当該部下が、当該ブログコメント欄などで書き込み者に対し、その職名などを明らかにした上、真意かどうかを問いただし、場合によっては書き込みから冗談ですよ」などとの返答があって虚偽であることを確認しうる方途もあったのに、あえて文科省局長の部下ないし東大法学部事務員がそのようなことをせず、一方的ブログを「印刷して」被害者らに対し閲読させているのであって、極めて不自然という他なく、とりわけ文科省東大法学部が、インターネットに関しては、パソコンから直接閲覧しようという気が一切なく、インターネット記載事項についてはあくま印刷されたもののみしか見ないようにしている点については、結局のところ、印刷されたものであればインターネットを直接見ることにより、自己職務上の何らかな不都合な点を認識することを回避しうるも、インターネット掲示板等を直接閲覧したり、またはコメント欄書き込みをして反応を伺ったりするなど、インターネット有機的に参加することに対し、著しく執拗拒否感があって、その結果として、本件局長の部下、また東大法学部事務職員その他は、インターネットに参加して書き込み者に職名を明らかにした上で真意を問いただすなど自然行為に及ばず、一方的印刷書面を作成して被害者に閲読させるという無意味行為をしたと考えられる。このことを考えても、本件事案については、極めて不自然なところが多々あるのであって、全体として、脅迫行為として刑事機関が動いたものとしては、有機的な意義の脱落した、極めて無機質なものか、あるいは捜査形式を取った、被告人を狙い撃ちしか苛め行為の実質を有するものしか見られないのであって、他の脅迫事案の犯人比較して、被告人およびその書き込みについては、およそ刑事処分をするべきものでもないし、少なくとも善良な社会通念があれば、本件被告人逮捕しないはずであって、それにもかかわらず本件に関して、被害者とされる関係者捜査員の挙動に極めて不審な点が多々あり、別に真に畏怖を覚えたか犯人処罰してほしいと思ったというよりも、インターネット書き込みをしているまだ若い者がうらやましくまたは妬ましく、このような形で国家関係者に対して、脅迫ではないにせよ自分名前を挙げて悪口罵倒をしている者は許せなかったという程度の感情が先にあってこれを正当化するために、文科省職員東大法学部職員が、上述したような形式的で無機質な対応を行って警察に図り、警察としても、上司に図って捜査関係照会をかけたり、逮捕につき検討する前に、警察署に設置されたインターネット接続しているパソコンから、これを操作し、ブログコメント欄などを通じ、念のため、警察の職名を出した上で真意か否かを問い質すなど、誠実かつ慎重に捜査を進めた形跡がなく、被害者らの個人的憎悪共鳴し、書き込みをした08年11月下旬以降に、被告人文京区コンビニエンスストアに立ち寄ったり、牛丼店で食事をしている際に、私服捜査員が被告人につきまとっている形跡があるのであって、これを考慮すると、捜査員には、当時社会内にいた真の危険犯を処罰し、勧善懲悪を達しようとした意思は全く欠如していたとみられ、単に、この40年ほど、警察文科省東大法学部検察裁判所といった、一種雄々しいものが不遇な時代さらされ、被告人のような、女々しくて大人しい弱弱しい日本人が、多くの株式会社から愛されて優遇され、人生の春を送ってきた背景で、自分ら「強い者」はこの40年常に不遇で不幸の極みであったこから被告人のように、いわば時代勝ち組であるところの女々しくて女性的な存在であり、特に1995年から2006年あたりにかけて世間から極めて大きな支持を得、現在東京繁栄形成してきた中心的な人物に対して、捜査機関被害者としても、雄々しい者として40年以上前人生が終わりこの40年負け組として暗い人生を歩んできた性的劣等感が先にあったために、捜査機関被害者所属する組織としても、本件被告人に対し、コメント欄を通じてコミュニケーションを図る気は全くなく、いわば殺人鬼のごとくに平穏暮らしていた被告人の自宅を急襲し、40年間の性的劣等感、敗北感に対する恨みつらみを晴らすこと以外には意図はなかったと推認される。このことは、逮捕時の自宅での押収の際に、捜査員が女々しくて女性的な被告人に対して、してやったりとばかりに「そんなんじゃ世の中うまく回らないんだよ~」などと野卑な言動を行って被告人を辱めたりしていることから理解される。この点からしても、本件捜査自体がその正当性において相当に疑わしいのであって、本件を一個の刑事事件として維持する困難性が強まる。

 この点、検察官は、(1)以上の内容ないし経緯説明は、飽くまで申立人の陳述であってこれを裏付け証拠がない、ないし(2)上記陳述は趣旨不明であって社会通念上理解できない、と主張するので検討すると、(1)に関しては、陳述内容が具体的で社会内で良くあることであり、またその内容も生々しく特に裏付け物証がなくともそのような事実があったことが措信できるほか、(2)でいうところの検察官がいう社会通念なるものは、検察官の頭の中だけにある独自見解であって、現時点での社会通念に沿わないものであって、検察官の一方的主張で認められないほか、いちおう警察官にも事情聴取したところ、警察官においても、特に詳細な検討をしている実態がなく、既に存在しない社会通念を一方的に主張して被疑者社会押し付けている点が認められ、警察官の職務自体が信用できない。よって、検察官の(1)(2)の主張は採用できない。

 以上を総合考慮すれば、本件に関しては、被告人書き込み行為自体が、他の脅迫事案における犯人性質行為比較して、とうてい犯罪に問う事案ではないし、捜査したことは申立人に対する甚だしい権利侵害であって許されない他、警察検察段階での捜査内容も極めて形式的かつ悪質であって意味を成しておらず、捜査自体も信用できない。また、確定判決自体も、当時被告人であった申立人があまりものを喋られない弱弱しい人間であり、男性高齢裁判官がそのような弱い者に対して何らかの悪心があって、反省形式文言さえ吐けば情け容赦で許してやるといった程度のことしか考えていない、裁判官として既に機能能力を失った悪質な裁判官と化しており、被告人性格を知りつつ検察警察段階の調書も、およそ被告人が言ったことをまとめたものでなく、捜査員に作文させたに決まっているであろうことを知りながら、その証拠能力について一切検討せず、確定判決のような無機質で趣味のない形式的な判決を書いてエゴイスチックな事務処理をしたにすぎないこと、確定判決を見ればたちどころに看破しうるものであるから確定判決自体も信用できず、本件に関しては、刑訴法435条6号所定の、無罪にすべき新証拠がある。

 なお、平成30年(た)第2号事件を書いた裁判官も、誠実に判断したとは認められない。その他、申立人は、東京高裁即時抗告をしているが、高裁刑事11部は、即時抗告から4か月を経過してから特に内容のない棄却決定をしているところ、担当合議体が、誠実に判断したとは認められない。

 以上を考慮すると、検察官の意見には理由がなく、申立人の陳述には理由があり、本件につき、申立人を無罪にすべき新証拠発見されたと認められるから刑訴法435条6号の要件があり、再審を開始するのを相当とし、主文のとおり判決する。

再審請求事件判決の続き

全体としては「作らせれば早く出られる」という被疑者射幸心につけこんで捜査官が作成した虚偽の供述調書である可能性が高く、調書自体証拠として信用できず、証拠価値がない。

ク この点について、検察官は、警察検察での取り調べでは、書面作成はどうでもいいことであって、現在警察署、検察庁では、日本語も解さな犯行当時の申立人のようなニートのし反社会的行動抽象しつつ、取り調べで日本語能力を鍛えさせることを目途として行われているから、裁判官は、この趣旨を没却しないために、本件調書を採用すべきと主張するが、取調べの制度はそのような趣旨で設けられたものではない上に、調書に抽象されている反社会行動についても、その実質が脅迫に見えるだけの単なる国家への悪口であり、刑法222条が処罰対象としている程度のものとはとうてい言えないのであるから、そのような調書には価値がなく、裁判所採用すべきではない。

ケ 検察官は、申立人が公判期日に法廷反省の弁を述べているし、これをさせた趣旨も、申立人を法廷で辱めるところにあって、そこがポイントなのであるから裁判官は、これを没却すべきではないなどと主張するが、公判での反省は、裁判官被告人が犯した罪につき、真に反省をしているかどうかを観察し、反省が深まっているとき執行猶予を与え、単に形式的反省をしているだけで実質においては執行猶予を狙うために裁判官の前でのみうたっている虚偽の反省である場合には執行猶予を与えない、という、被告人刑務所に行くか行かないか裁判官の全人格で決めるというところにその趣旨があるのであって、検察官の言っていることは滅茶苦茶であり採用できない。そして、本件に関して言えば、当時置かれていた申立人の心境からすれば、単に刑務所に行くのは恐ろしいと考えたために、全力で反省しているかのような文言手紙に書いて裁判官の前で必死に述べただけに決まっているのであって、その狙いは刑務所行きを避けることにあり、毫も犯行を認める趣旨ではない。これに対して当時の裁判官は、申立人が刑務所行きたくないという必死意思があるし、法廷で涙涙の反省をしているから、情けを感じて執行猶予にしたにすぎず、確定判決文章も、極めて形式定型的な文章であって判決をした裁判官が本件に関し根ほり葉ほり検討しようとした姿勢は伺われず、確定判決自体も無内容なものである

コ そうすると、申立人が公判反省の弁を述べたからといって、犯行を認めたということにはならない。したがって、以上を総合すると、本件に関しては犯罪証拠がない。

サ この点について、平成30年(た)第2号再審請求事件を書いた任介辰哉裁判官は、申立人は、本件が犯罪の事案でもないし故意も認められないと主張するが、独自立場からの主張で裏付け証拠がないとか、他に適法な主張立証がないか再審理由に当たらないと判断しているが、同事件に供した申立書を形式的に見て、無罪であるとは思ったが、即時抗告特別抗告もあるし、再審何度でもできる上に、裁判官としても、本件につき詳細に審理する気がないか、仮にあっても、本件具体的事情を知りたくない、見たくないか無視をした上で、証拠が挙がってないなどと適当なことを言ってつっぱねたか、ないしは、裁判所自体にもはや明治時代の神もなければ昭和正義もないし、職務形式的に行っているから、申立書だけでは足りない、仮に善意があるとしても、もっと書いてからしろ、といった卑劣趣旨形式的判断をしたものと解されるが、裁判所は、再審申立者がどんな人であろうが、どのようなことを言おうが、いかなる文章を書こうが、裁判官

主張を聞いて無罪だと思ったら無罪にしなければいけないだけのことであって、どういう形の書面を書いたかとか、どの分量の書面を書いたか問題ではない。そもそも現在日本人再審請求者が、分量のある書面を当然に書けるという事実もないし、また、直截に判断して無罪と分かるのに一々長々とした書面を提出させるのは、時間無駄資源無駄裁判所としても、職務障害になるというべきである

シ そして、ア~コ記載の陳述をみれば、概要、本件には、生々しい脅迫故意もないし、そもそも脅迫自体を行っていないことも、裁判官において十分察知できる。したがってア~コ以上の陳述ないし証拠をいちいちそろえる必要はないし、裁判官はア~コの事情を読めば本件が無罪であることは判断できるから、これ以上、長々と文章を書く必要はない。

ス よって、ア~コ記載事情から、本件は懲役2年に値する脅迫行為などとは毫も認められないから、再審を開始すべきである

4 当裁判所判断

 そこで検討するに、3で申立人が述べる諸事情総合考慮し、一件記録を再度検討すると、結局、本件書き込みは、俗にいうところの強がり記載であり、名前として挙げられた具体的な被害者らに対し、現実具体的にその生命身体財産に対して危害を加える旨を告知し、被害者らに対して高度の恐怖感を与える意図を伴った、懲役刑に値する程度の高度に卑劣で悪質な脅迫行為とは認められず、捜査員による調書も、申立人が刑事施設を早く出たいという射幸心に付け込み、警察官、検察官が自ら作文し、署名押印をさせたものに過ぎないと推認され、法廷での反省も、犯行を認める趣旨ではなく、刑務所行きを回避するための便法であることも容易に推認されるから刑事手続きとして全くその体をなしておらず、警察検察による捜査自体が極めていかがわしいのであって、本件につき、申立人が犯罪をした証拠がないに帰し、3記載のア~コの事情から犯罪をしたと認定するには合理的な疑いの余地が発生せざるをえない。

 検察官は、2記載のとおりるる主張するが、刑事司法形式的しか仕事をしないというのは検察官の身勝手判断であって、容認できないし、仮に検察官がいうところの実質的理由についても、本件がいわゆる国家に対する批判エスカレートした最終的な結果として、名前を挙げた者らに対して脅迫をするに至ったものであるという見解も、的外れであり、申立人主張の2のア~コの事情および一件記録を再度検討すると、はてなダイアリー記載文言も、2ちゃんねる記載文言も、当時の情勢を考慮してもなお、被害者らに対し卑劣執拗な犯意を持つ脅迫行為などとはとうてい言えないし、現在時点で検討しても、文言周辺の批判文章や、2ちゃんねるでは、書き込み者を犯罪者に仕立て上げようとする多くの者の書き込みが目立つばかりで、書き込みのものからは何らの畏怖感も感じられないし、仮に被害者である女性大学教員や元最高裁判事が本件書き込みから恐怖を覚えたにしても、いずれの女性被害者高齢であって、当時20代前半であった申立人とは社会感覚も相当にずれていることを考慮すると、書き込み者がした形式的書き込み社会内に紛れてあたか書き込み内容を実行されるのではないかと誤信したり、または、2ちゃんねるで、このような文言を書き込む者を犯罪者に仕立て上げようとする者の多くの書き込みあいまって、右誤信を強めたもの推認されるのであって、仮に女性被害者らが畏怖感を覚え被害にあったにせよ、書き込み者本人は、そのつもりのない強がりを書いただけで、これが2ちゃんねらーによる仕立て上げもあいまって被害者らにとって脅迫と感じられたものであって、むしろ脅迫をしたのは他の多くの2ちゃんねらーの感があるし、書き込み自身は、懲役刑に処するに値するような、真に執拗かつ悪質でリアリティのある脅迫行為をせんと企図し、敢行したとまでは、とうてい認められない。申立人には、その性格人生経緯、被害者との関係においても、書き込み当時、生々しい脅迫をする動機がないし、仮に本件の動機を察するとすれば、悪口強がりの域を出るものではなく、いずれにせよ、刑法処罰しようとしている脅迫としては、採るに足る醜悪故意危険性を一切欠く形式文言にすぎず、これが犯罪になるとすれば誤判により多くの罪のない者が人権を奪われる事態になるばかりか、かかる形式文言を書く者のみを検挙し、社会内でより巧妙な手口で生々しい脅迫行為をしている者を見逃しているとすれば、刑事司法の怠慢と犯罪と言わねばならない。

 仮に捜査員が本件に関して、わずかでも脅迫故意を認めたとしても、本件から感じられる犯意は、まったくないか、あったにしても極めて微々たるものであって、書き込み当時の書き込みの生成の勢いとか、そういったもの推認してもなお、書き込み者は生々しい脅迫ではなく、2ちゃんねる呪詛を書き連ねていただけで、その生成的な実質において脅迫を働いたとまでは言えない(仮にも東大法学部卒業している人間であって、しか逮捕されて刑事施設に入りたいと思っていたような人間でもないから、安易逮捕されるような真の犯罪行為に出るとは思われないし、当時の引っ込み思案な申立人に警察と戦う度胸も認められないし、そもそも逮捕自体を恐れる人間だったとみられるため、捕まる可能性のある実質的脅迫行為を堂々とするとは考えられないし、これを考慮すると、本件書き込みの実質は、犯罪の域にまで達しているものではなく、本人にも捕まらない程度に意思を調節する考えはあったと思われる。逮捕を恐れている以上、逮捕される可能性あることを安易にするとは思われない)。通常であればインターネットありがちな不平不満の書き込みで、立件に値するようなものでないし、かかる微罪もしくは犯罪でもない行為を一々立件していては、社会は回らない。また、微罪と判断たにしてもこれをことさら公判まで実施して懲役2年の刑にしているのは、国家刑罰権の濫用も甚だしく、許されない。そうすると、本件については、捜査員が危険犯とみたため逮捕したというより、申立人が2ちゃんねらーなどから刺激を受けて瞬時的に怒張し本件書き込みをしたのを利用して殊更申立人をみせしめにして苛めるために捜査されたとみられ、実質的理由はないと考えられる。本件に関しては、あたかネット上の立小便のごときもので通例不問にされている程度の極めて微々たる反法行為をことさら重大犯罪に仕立て上げているところに本質があると思われる。したがって、警察検察ら、捜査員がした捜査は、全体として極めて信用性がないし、誠実に捜査取調べをしたとも評価できないし、特に2ちゃんねらー日本人故意に刺激し、怒張させて、特定形式文言を書くと犯罪者に仕立て上げていることも鑑みると、本件に関しては、陰謀的なものが看取され、なおさら本件を一々脅迫罪に問擬した確定判決は、実質がないと認められる。本来刑事司法は、社会内に存する真の危険犯であり、刑務所に入れて矯正教育実施するに値するだけの、悪の道にひた走る種類の人間逮捕し、訴追し、刑を言い渡すをもってその任とし、少なくとも本件のように、被告人の具体的事情に鑑みて自然危険犯でもないし、陰謀的なものによって犯罪者に仕立て上げられた者を処罰する趣旨運営されているものではない。したがって、仮に本件、はてなダイアリー2ちゃんねるでの書き込み形態のものが、全体として、反国家的で、国家批判し、その中で国家関係者に対する脅迫行為と見えるようなものがあったにせよ、善良な捜査員であれば、書き込み者は真正凶悪犯ではないと推知し、逮捕には至らないはずであるところ、本件捜査に関して言えば、捜査員はそのようなことを考えた形跡も伺われず、むしろ刑務所に入れる必要のないような人をあえて逮捕するという暴走行為に及んだだけと認められる。これを考えても、なおさら本件につき、刑事手続きに乗せる必要はなかったのであって、窮極するところ、2008年時点でのインターネットの情勢も踏まえ、本件書き込みは、脅迫形態をとる不平不満の域を超えるものではなく、百歩譲って、わずかでも脅迫故意があったにしても、捜査機関としては、社会によくある程度の違法性の微小な反法行為とみて、信号無視、野原での立小便同様、不問に付し、一々大げさに捜査すべきものではなかったのであって、本件は、その実態において、本来は訴追されるに至るような行為ですらなく、大仰に裁判が開かれるに値するまでもない、インターネットの不平不満にすぎない。インターネットのこのようなことを「書いただけで」、ことさら高度な違法性を伴う書き込みでもないようなことにつき、いちいち逮捕されていたら、国民は、犯罪趣旨ではないのに、犯罪形式をとっただけで逮捕されるのでは何も書けなくなるし、憲法21条で保障されている表現の自由が委縮し、重大な弊害を来すと考えられる。

 以上を考慮すると、本件に関しては、捜査機関が、殊更、刑務所に入れて矯正教育実施しなければいかんともしがたいような危険犯を見出し、厳正に処罰すべく捜査を敢行したとは認められないし、2ちゃんねらーなどインターネット書き込み者に刺激されて怒張し、瞬間的に本件のような書き込みをしたにすぎない、本来善良な市民逮捕するという暴走行為をしたと認められるのであって、書き込み自体も、申立人が3のアで主張するとおり、脅迫実体を有していないし、仮にわずかでも何らかの犯意があったにしても、本来捜査機関が大仰に動くに値するほどの重大事案ではない。この点について確定判決は、本件は折りから厚労省事務次官殺害事件が発生しており、それに連続するものであって被害者に与えた恐怖感は多大であって悪質云々と論評するも、確定判決自体が無機質な文章であってしか簡単な短文であり、全体としてナンセンスまりないもので、抽象検討をしたにとどまるものであり、一つの刑事判決として趣味もないし読むに値するようなものでない。

 以上を総合考慮すると、本件に関し、捜査機関が乗りだし、刑事手続きに乗せた上、最終的に懲役2年の刑を言い渡した上、その後執行猶予中に再犯をした場合現実刑務所収容されて強制労働をさせる結果につなげるほど、本件の被告人が重大事案を犯したなどとはとうてい言えないところであって、捜査及び判決自体も全体として刑事手続きとしては全く意味をなしていない形式的かつ悪質でナンセンスまりないものであり、およそ全体として適正な刑事手続き実施されたという価値を具有しない、支離滅裂無意味ものであり、はてなダイアリーおよび2ちゃんねるでの書き込み自体も、本人の性格書き込み当時の社会実態関係、本人がはてな日記2ちゃんねるで遊んでいただけで、凶器も準備しておらず被害者の自宅場所も知らない上で「自宅において順次殺害する」と書いたのも、単に被害者に対する嫌悪の情極まって語勢の強まるところ「自宅において」という文言が付加されたにとどまり確定判決が言うところの厚労省事務次官殺人事件犯人のように、実際に凶器を準備し被害者の自宅を調査して実行行為に及んだ性格の者とは大きく違い、被告人被害者らの自宅に行き実行行為に及べるような人物ではないのであって、その実態関係において脅迫として処罰しなければならない危険性が全くないか、仮にあったにしても極めて微小であり、また、2ちゃんねる書き込みこのエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

平成31年(た)第1号再審請求事件 東京地方裁判所

主    文

本件につき再審を開始する。

理    由

1 事案の概要

 本件は、平成20年11月に、インターネットはてなダイアリー等で「文科省局長である金森越哉等を順次自宅で殺害する」云々と書き込んだ件で、申立人が脅迫罪逮捕され、平成21年3月26日に、懲役2年、執行猶予3年の判決を言い渡されたが、本件確定判決については、申立人が述べる諸般の事情から刑訴法435条6号にいう無罪を言い渡すべき新証拠があるので、再審を開始すべきとして、再審請求をしているものである

2 検察官意見

ア 検察官意見聴取したところ、本件は、社会通念上、インターネット電子掲示板掲示された立派な脅迫文言であって、この程度の形式を有する文言記載した以上、被害者が恐怖感を感じるであろうことは犯人は容易に推測がつくものであり、被告人も、取調べで犯行を認めて、公判廷でも反省しており、有罪判決が出る外形的事実は十分に整っている。被害者被害供述をしている調書も整っており、しかも、文言形式から受ける印象は極めて過激で、被害者も、この書き込みにより、著しい恐怖感を覚えたと供述しており、懲役2年を言い渡すに値すると信じられるだけの諸般の外形的なものが揃っている。他面、申立人がいうところの事情は、司法機関には理解できないことであって、捨象すべきである。生々しい刑事司法を展開していた昭和時代であればともかくとしても、平成20年時点での我が国の完成した社会通念からすれば、これだけの形式的なものが揃っている本件に関しては、これを覆すのは困難であり、右形式的な書類等を全て覆すに足りるだけの形式的な証拠を、申立人は何ら提出していない。したがって、形式的に動いている現在刑事司法においては、形式的な書類等は鉄壁犯罪証拠であって、これを虚偽とすることは困難であり、本件再審請求は通らず、棄却さるべきものである

イ 仮に、本件書き込み形式的なもので、実態上は犯罪構成しないとしても、被告人ブログに書き込んだ文章や、2ちゃんねるでの書き込みは、実質において、極めて反国家的であって、文科省教育刑事司法が腐れていると言うなど、関係機関侮辱しているところ甚だしい。したがって、申立人は、脅迫行為を行ったわけではないが、国家に対する諸般の反抗的文章を書き、国家敵対したとして、これを刑事司法私刑に処する意味で、本件を脅迫罪として作り上げ、懲役2年に処しても、平成20年当時の実質法には違反しない。それに、本件に関しては、執行猶予があることが最初から決まっており、申立人は反省形式を整えれば刑務所にいくという致命的なことは免れえたのであるから、今回の刑事処分が、形式的な行為に対して刑罰を下すという残酷行為であるというのは当たらない。

ウ 仮に本件について実質的理由があるとすると、検察においては、本件ブログ記載書き込みは、従前より申立人がブログ2ちゃんねるに書いてきた反国家的な文章投稿による怒りが頂点に達した結果、記載に及んだものであり、その量も膨大であって、脅迫行為として採用するに足りると判断するから実質的な面を見ても、本件を脅迫行為としても何ら問題はないし、懲役2年の刑も相当である

エ 何よりも、現在刑事司法犯罪行為があったかどうかについて、外形的事実からしか判断しないという姿勢は一貫しており、申立人は、本件刑事手続きにおいて揃えられた形式的な証拠を全て覆すだけの形式的な証拠を用意できていないし、現在日本刑事司法実質的正義はないから、仮に申立人が本件再審請求で、実はこうだった、ということを陳述したとしても、裁判所検察は、実質はどうでもよく、形式しか見ないから、本件再審請求が通ることはありえない。

オ よって、本件につき無罪を言い渡す新証拠はないから、本件再審請求棄却すべきである

3 申立人の意見の要旨

申立人が、本件行為脅迫罪に当たらないとする事情は、以下のとおりである

ア そもそも刑法222条が罰するとしている脅迫行為とは、その当時の社会実態被害者心理状態加害者意図狙いなどを総合考慮して、実質的被害者生命財産が損なわれるのではないかという著しい恐怖感を与えるような行為であって、この行為が行われたと認定するためには、犯人にそのような生々しい意図があるということと、犯人がした行為が、被害者をして生命財産が損なわれるのではないかという著しい困惑感を覚えさせる必要がある。この程度に至らない行為は、単なる形式的なもの些末なものであって、いちいち刑法処罰し、まして懲役刑など選択する必要性もないのであって、また、脅迫行為は、必ずしも、日時や場所記載の上、氏名をあげて殺害するといった文言によらずとも、例えば、それ相当の具体的関係を持つ者が、すれ違いざまに何かを呟くなど危害を加える旨の言動をしてそれによって被害者が恐怖を覚えても成立するし、一般には意味が分かりにくいような文字ないし絵、暗号でも、加害者被害者住宅や部屋に、被害者危害を加えられると察知してしまうようなもの差し入れ場合にも成立するし、要するに、脅迫罪の成立は、形式文言記載したこと要件なのではなく、文言記載した場合には、その文言記載したこと加害者に真に生々しい犯意があって、しかも、その文言を閲読した被害者が真に生々しい恐怖感を覚えなければ、実生活上は意味のないものであって一々脅迫罪の成立を見ないし、外形的なものがなくても、当事者間だけで通じるような言動暗号の表示、一定空気を醸成すること等、諸般の無形的な行動があってそれが実質的個人生命財産身体安全を脅かす場合は、特に整った外形が無くても脅迫行為に当たることは言うまでもない。

イ これを本件についてみると、結論から言えば、ブログにおける書き込み自体からは、通常人感覚からして、特に何の恐怖感も感じない。関係証拠などを総合すると、「殺害する」云々の周辺には、大量の記事が書かれてあって、平成20年当時にこのようなブログ文章を書くような者が持論を展開しているようにしかみえないし、「殺害する」云々は、脅迫をする趣旨ではなく、強がっているか、もしくは、面白いからたまたま書いてみただけのようにしか見えず、金森越哉という者に対して、生々しい恐怖感を与えようという意思が感じられない。また、2ちゃんねるに書きなぐっているところの脅迫文言も、便所の落書きスレッドを盛り上げるためのジョークしか見えず、とうてい真剣脅迫行為には見えないし、スレッドを全体としてみると、むしろこのような文言を書き込んだのをいいことに、2ちゃんねらーがこのような形式文言を書いた者を脅迫犯に仕立て上げようとしているようにしかみえない。このようなことをしている2ちゃんねらーは、国家関係者とみられ、この点を見ても、刑事司法形式的に動こうとしているという悪意が執拗に感じ取られ、検察官がいうところの、形式的に脅迫の外形があるから処罰に値するという見解は、極めて悪質である

ウ そもそも平成20年11月時点で、申立人が本件文言を書いたのは、小学校時代学校いじめられていたことを思い出し、その真犯人文科省である抽象的に思念して、文科省HPアクセスして、幹部として氏名が列記されていたページを開いてその氏名をコピーアンドペーストして貼り付けただけか、金森越哉については、具体的な当人を申立人が知っていたわけではなく、たまたまHP局長名が金森氏だったので、文科省というところにいるその名前の者がボスであると思料して、ブログでその名前を出したまでのことで、申立人は金森氏が勤務する霞ヶ関に、当時一度も立ち寄ったり、用事で近づいた形跡もないこと、「自宅で順次殺害する」などと言っただけで、申立人は金森氏その他の自宅場所など知りもせず、殺害に用いる凶器なども何ら準備しておらず、結局は、ブログ文科省等を抽象的に批判するだけで、その中でたまたま気が強くなって、このような文言を書いて恰好をつけてみたにとどまるものであり、申立人は平成20年当時、ひきこもりニートであって交友関係も何もなく、パソコンで自堕落に遊んでいた若者にすぎず、金森氏等本人などとは面会すらしたこともなく、書き込みである文京区本駒込の自宅と、金森氏等が勤務する霞ヶ関までかなりの距離があること、申立人は、結局書いただけであって、これにより被害者が生々しい恐怖感情を覚えるであろうとは思いもしなかったこと、申立人はそもそも東大合格するような大人しくて真面目な人間であり、しか東大法学部の先輩である金森氏に対して、一般世間で行われているような卑劣で生々しい脅迫行為をする性格動機も具備していなかったことを考えると、本件書き込みは、人をして自己生命財産身体が害されるのではないかという生々しい恐怖感を与えるような具体的行為とは認められない。

エ この点について、検察官は、本件は、2008年11月までの過去幾多に渡るブログ2ちゃんねるでの、国家に対する不平不満、批判などがエスカレートし、その怒りが極まった結果としての書き込みであり、その本気度が高いなどといった実質的理由を主張する反面で、起訴した理由形式的なものであり、申立人が刑事処分を受けるべきは、実質的理由もあるが、申立人が調書に署名押印し、公判犯行を認め反省しているといった外形的事実鉄壁のものであって、こちらの理由により本件再審請求は通らないなどという、支離滅裂な主張をしている。

オ これについて検討するに、検察が言う形式理由については、刑法趣旨が、虚構犯罪に対して刑罰を与え場合により刑務所労役をさせるところにあるものでないことは明らかであるから、全く理由がない。また、検察が主張する実質的理由についてであるが、本件は、国家文科省に対する批判文章がかねてより蓄積し、その憎悪クライマックスに達した結果、遂に国家幹部に対して脅迫行為に及ぶに到達したものである、などというが、検察の都合のいい誤信であり、実態に合っていない。

カ 本件の一件記録にある犯罪証拠であるが、これを一瞥しても形式的なものであって何ら生々しい恐怖感を覚えるものではないし、書き込み当時の社会情勢を考えると、なお、本件のような書き込み被害者が真に恐怖を覚えたとは考えられないし、被害供述は虚偽の可能性もある。仮に恐怖を覚えたとしても、平成20年時点での社会情勢を考えて、いまどきこのような形で人を脅迫する者はいいから、書き込み者においては単に形式的にした書き込み社会の中に紛れ込んでこれを閲読した者の内面において恐怖が発生しただけであって、書き込みをした者本人の内心には、かような形式書き込みで、名前の具体の者に対して一般社会実施されているような卑劣で生々しく狡猾な意思をもってその生命身体財産に害を加えんとし、法で処罰するに値するだけの高度に悪質な故意があったとは、本件書き込み者の人生の経緯や性格書き込み当時に置かれていた社会立場被害者との関係総合考慮しても、とうてい認められない。そもそも、申立人は社会的交友がないニートであって、名前を挙げた者と現実具体的な交渉関係を持たないような人間であるばかりか、性格としても男性的なところがほとんどなく女々しい者であって逮捕されるまでには他人と喋ることもできないような引っ込み思案の性格であって、さらに交友関係は一切ないどころか、暴力団関係者とも付き合いがあるわけではなく、まして殺害に用いる凶器など購入もしていないし、当時の状況に鑑みて、名前を挙げた者の自宅を把握しているわけがないのであるから、本件書き込みを実行に移す意思など毫もなかったと考えられ、結局において本件は、社会にありがちの文言で本人が強がりを見せただけの言葉社会内に紛れ、被害者被害を受けると誤信したか、あるいは誤信もせず、ウソであると分かった上で虚偽の被害供述をした可能性が極めて高い。仮に、名前をあげられた東大大学教授女性の者や、女性最高裁判事が恐怖を覚えたと誤信したことは分からないではないが、少なくとも文科省で長年人生経験し、あるいは精神が屈強で本件文言ときに恐怖を覚えるとは思われない東大男性教授等が恐怖を覚えたとはにわかに措信し難いのである。また、一般世間では、より巧妙な手口で、人を脅迫する者が増えていることは、現在実質的社会通念であって、むしろこのような文言を書くことで脅迫する者は、絶滅しているほか、2ちゃんねる電子掲示板ではなく、便所の落書きであることは、一件記録2ちゃんねる書き込みを総覧すれば容易に看取しうるところであって、これを電子掲示板などと見るのは、抽象的観察に過ぎるものがあって是認できない。以上を総合すると、検察官が主張するような、実質的理由、すなわち、本件が、被害者に対し、生々しい恐怖感を与える、生々しい脅迫故意を伴う行為であるから、2年間の懲役に送り込むに値するほどの凶悪行為だ、などという意見は、全くの絵空事であって、無内容にも程があり刑事処分の体をなしていない。検察官は、これが失当であることをあえて知りながら、本件再審請求が通らないのは、一件記録形式的印象から受ける証拠を覆すだけの、テクニカル技術的な証拠を、申立人が何ら提出していないから、再審は通らないという卑劣な主張に力点があるので、以下これについて検討する。

キ 検察官は、警察官調書で犯行を認めて反省し、サインをしており、検面調書でも同様の供述をしてサインして、調書の外形が出来上がっている上に、公判でも、裁判官に対し、反省の弁を述べているのであるから、申立人が犯行を認めたのは間違いなく、右のように書面や反省の弁を揃えた以上は、現在刑事司法では、判断は覆らないのであって、いくら申し開きをしても無駄である、などと考えているが、平成20年警察体制は申立人のような2ちゃんねるで遊んでいた者に対しては形式的で暴力的な態度で取り調べをしており、申立人の主張は一切採用せず、警察検察官は、取調べにおいて、「犯行を認める文章捜査官に作成させること」「サインをすること」の2点をさせれば、「執行猶予は間違いない」もしくは「少なくとも何度も取調べに呼ばれることなく、早く釈放される」などといって被疑者射幸心につけこみ、捜査官が勝手に作文して作っているだけであるのが実態であって、この観点から一件記録の調書をみると、なるほどいかにも捜査官が適当作成した定型文章であって、当時、引っ込み思案で大人しく、日本語もまともにしゃべられない申立人が実際に言ったことをそのまま書いたとは思われないものであって、全く具体性がなく、こんなもの被疑者真意からそのまま供述したと見る方が、不自然である。従って、仮に署名押印のある、犯行を認めたかのような調書であったとしても、全体としては「作らせれば早く出られる

2019-01-08

ユウサーーク!プレゼンツ100万円乞食成功芸人

「「「「「ぼくたちは、フォローRT&媚びリプライで100万円受け取った芸人です!!!!」」」」」

大変羨ましいことである

だが待ってほしい、前澤氏はもうすぐ月に行く。

そしておそらく帰ってこないだろう。きっとそうだ。そうに違いない。

残るのは何か、そして誰か。

そう、5000億円超ともいわれる莫大な財産ランチパック剛力さんだ。

彼が帰ってこなければ剛力さんはどういう行動を取ると考えられるか。人一倍の思いやりを持ち、尚且つ聡明彼女のことだ。間違いなく彼の意志を継いでユウサーーク!プレゼント企画リバイバル上映することだろう。

帰ってきたユウサーーク!は100万×100人なんてしけたもんじゃない。なにしろ予算は5000億円である。兆の半分だ。半兆だ。豆腐じゃないよ、現ナマだよ。

仮に1億円ずつ配っても5000人に行き渡る。宝くじtotoなんて目じゃないね総務省文科省公式アカウントRTフォローすればいいんだよ。それが平等ってもんだ。

そしてもう一つ留意しておきたいのが、ランチパックさんはあまりSNSお上手ではないということだ。そりゃランチパックからね、SNSが上手いランチパックなんて聞いたことないよね。ランチパックのもの、とくにピーナッツはずっと美味いけどね。

から彼女に任せれば、今回のように作為的ものでなく本当にガチ抽選で金をばらまいてくれる可能性が高い。

まりその時だ。その時こそ我々が本気を出せばいいのだ。複垢でも何でもしよう。RT世界記録なんてものスプラトゥーンばりに塗り替えよう。

今回みたいなしけた企画は数多の意識高い芸人たちに一任して、ただじっと機を待つのだ。

そうしていつの間にか人生を終えようではないかドントスタートトゥデイステイフォーエバー。

2019-01-03

起立性調節障害学校にいけない状態」には適したサポートをしてほしい

どうして「起立性調節障害学校にいけない状態」を「不登校」ということが問題なのか。

最近こういう話が近隣で散見される。

考えた結果、「起立性調節障害学校にいけない状態」の学生に、不登校学生と同じサポートをしても

学校に復学することは不可能パターンもあるっぽいと思ったので書いておく。


・・・・・・


文科省では不登校病気の子供を含まないと定義づけていますが、その定義の中で、不登校の子必要対処をいくつか定めて通知しています

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1397802.htm

これを受け取った各学校機関は、これに従って対応するという流れになっています


これは「学校に行きたくなくていけない生徒たち」へのサポートなので、メンタル面(気持ち)のサポートと親御さんとの密な連絡などが主です。


ですが、おそらく起立性調節障害発症している子たちには、

メンタルサポートのみでは復学できないが、身体機能面でのサポートがあれば復学できる」という生徒がいます

車椅子利用を検討されているアカウントをよく目にします。


そういう子たちも「不登校」の枠に入れられてしまうと、

現在教育機関などでは正常な対応身体機能面でのサポートを行うという決定)はほぼ不可能です。

教育現場にいる先生医療福祉専門家ではないためです。


でも、足を失ってしまった生徒がいたとしたら、学校側はバリアフリーの拡充など、できる対処は行うことになっています

障害者差別解消といいますが、これは障害者手帳の有無には関係ありません)


起立性調節障害の子も、そうしてもらえれば学校に行ける子もいるのに、

の子たちは「不登校」として扱われてしまうために、

復学のためのサポートがきちんと受けられません。


なので起立性調節障害の子たちが「不登校」として扱うな、というのは、

当事者の子たちが言う「同じ枠にはめないでほしい」という感情的問題とは別に、大きな問題につながっていると思います



・・・・・・


以上が筆者の結論である

起立性調節障害がどうして不登校という枠組みにはめられてしまうのかは、おそらく下記の問題がある。


1)朝起きれないという独特な症状

この症状がある患者一定数いる。

これが睡眠障害なのか不登校なのかの判別がつきづらい。

睡眠クリニックなどにかかればよさそうだが、起立性調節障害専門のクリニックにのみかかパターンが多い。


2)軽症・重症にかかわらず症状が多彩で、同一の病名である

軽症の生徒だけがいた(たとえば親の送迎だけあれば学校生活ができる生徒だけがいる)学校

突然重症(たとえば立てないため車椅子での学校生活でなければ復学できない)の生徒が発生した場合

必要となるサポートは全く違ってくるが、同じ病名なので

学校側は軽症の生徒と同じサポートだけをすればいいはずだと判断うるかもしれない。


だいぶ疲れたのでこの辺でやめておくが、おそらくここまで読まれた方は患者本人だったり、親御さんだったり

はたまた教育現場で働く方だったりするのだろうと思う。

皆さんどう感じられているのだろうか、議論はする気はないが、ご意見気持ちなど耳にすることができれば参考にさせていただきたいと思う。


2018-12-29

英語教育って北欧とかの真似すりゃいいんじゃないの?

いつまでも成果の上がらない日本式教育するより上手く行ってるところのやり方真似した方が早いでしょ

hungchang 向こうが上手くいってるのか知らんが、フィンランドなんかは印欧語じゃないし、参考にもなるかも。

フィンランドでググったらこういうのが出てきてすげえ面白かった

http://www9.plala.or.jp/Jussih/opetus/kieliopetus.htm

https://www.huffingtonpost.jp/2015/05/16/english-finland_n_7299252.html

特にハフィントンポスト記事日本人が参考にすべき部分多いと思う

もともと英語苦手だった国が如何にして上手いことやってのけたのかって話はもっと知りたい

ググってたら良さげな動画を見つけたので貼り付けておく

どんな外国語でも半年マスターしてしま方法 | クリス・ロンズデール

https://www.youtube.com/watch?v=d0yGdNEWdn0

dareshimu 英語教育は上手くいったが、日本語がてんで駄目な日本人を何人か知っている。北欧日本語英語の両方を上手く教えられる教育方法があるなら、真似する価値がありそうだな

こういう「なんでもいいから難癖つけたい(反対したい)」みたいな人間政治家にも大勢いるから変わらないんだろうな

dededidou 国によって母国語が違う以上、方法必要学習時間も異なって当然なのに、こんな糞みたいな発想をするやつがいから英語から限りなく遠い言語である日本語を使う日本人はまったく喋れず方法だけを問題視する

言いたいこたわかるけどクソは言いすぎだろクソ野郎

結局こっちが知りたいのはどうすりゃこの状況を好転させられるかなんだよ

ちゃんとした考えがあるならトラックバックつけてくれよ

たぶん言いたいこと沢山あるだろうからこの際全部書いてほしい

toakai フォニックス大事アルファベット読みじゃなくてフォニックスでA〜Zまでと主要な組み合わせの発音を早い時期に覚え込ませるべき。ローマ字を先に教えることの弊害が大きい。

こういう具体的な情報が知りたかった

ていうかフォニックスって言うもの存在を全く知らんかった

YouTubeにあった解説動画を貼り付けておく

https://www.youtube.com/watch?v=LMIQqTirgQw

mcgomez まずは英語っぽい発音したら馬鹿にする風潮を絶滅させんとな。

ringomoon 日本人の思ってる「英語できる」レベルが高すぎ。ペラペラじゃなきゃいけないと思ってる。

日本人自身が「完璧英語」を求めすぎなのと「間違った英語」に厳しいなってのはすごく思う

ググって出てきたフィンランド系の記事引用になるけど

しろミスをしても話すことを先生クラスメート賞賛していたので、授業では不安なく英語を話すことができたそうです。

http://how-to-learn-languages.com/2017/11/29/5583552/

この精神めちゃくちゃ大事だと思う

もっと言えば伊東ライフ漫画はやっぱりこういう所で応用が効くんだなと痛感した

例えば英語で何かしらミスしても「ミスしてもちゃん発言できてえらいぞ~❤」とか

ちゃんと言えて偉い偉い❤」「がんばれ❤がんばれ❤」「いっぱい言えて偉いね❤」

っていう風に伊東ライフ式に対応すべきなんだよ本来

ミスは悪いことじゃないしミスしても発言やす空気を作らなきゃだめなんだよな

あとバーチャルYouTuber動画見てても思うんだけど

クソ雑魚イングリッシュだのなんだの言って自分英語自虐する人間が多すぎる

そしてファンもそういう英語小馬鹿にしてることが多すぎる

から今後はもっと伊東ライフ英会話啓蒙していこうと思う

shea しかし、これだけみんな子供英語教育してるのに、「3歳でこれをやり、7歳でこれをやり、12歳でこれをやったら、そこそこできるようになった」みたいな成功モデルイマイチ見えないんだよな。なんでなのかなぁ。

それは前々から思ってた

言語教育のやり方をちゃん研究して学校教育に取り入れるとかできないのかって疑問はある

tokatongtong 相変わらず「日本自国語だけで云々」とか言い出す源氏陸軍ラビト系の人たちがいるけど、貿易に携わる人々がいなきゃ今の食糧エネルギー供給経済規模生活水準も維持なんかできないのにお気楽ご気楽だよね。

自分もそういう人たちのことを普段意識してなかったけど言われてみりゃすげえ大事よね

bohemian916 フィンランド留学してたけど、友人はテレビの影響が大きいと言っていた。自国バンバン面白テレビ番組を作れる規模も無いので、英語圏のコンテンツ字幕つけて流すことが多い。それで英語に耳が慣れていると

gachapining 東南アジア出身の人の話を聞くと、技術情報書籍母国語翻訳されないため必要に駆られて上達するそうだ。結局の所、英語手段として、何か興味のあることをやってみるというのが一番身につくのではと感じる。

masahiro0211 『フィンランド人が語学習得を重視する背景には、人口540万人という国の市場の規模がある。(中略)どんな零細企業でも海外進出念頭にある。』リンク先読んだけど、使う必要がある、ということに尽きるのでは

tukanpo-kazuki 北欧フィリピンのような現地語があるけど英語うまい国は、現地語だけではまともな職に就けない。真似するなら母語でもそこそこやっていけるけどエリートには英語必須ドイツあたりでしょ。

「結局必要かられているから」「環境必然的にそうさせる」

そういう意見はググって出てきたフィンランド留学系のブログにもわりとあった

このブログにも似たようなことが書いてあった

http://sonotasan.com/2017/12/18/page-27%ef%bc%9a%e3%81%aa%e3%81%9c%e3%83%95%e3%82%a3%e3%83%b3%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%89%e4%ba%ba%e3%81%af%e8%8b%b1%e8%aa%9e%e3%83%9a%e3%83%a9%e3%83%9a%e3%83%a9%e3%81%aa%e3%81%ae%e3%81%8b%ef%bc%9f/

でもやっぱり文科省がやってる英語教育より優れている点は多いと考えてる

伊東ライフ式のところなんかは特に

からそういうところは真似してかね?って思う

2018-12-25

秋葉原トラック事件」「厚労省事務次官殺害」「東大生による文科省幹部脅迫事件」のトリプルパンチ

 さすがの悪い日本人にも、この三大事件のせいで、国家悪事を察知してしまい、

 鬼は怒りが覚め

 男はチンポが取れ

 臭い女はマンコが大出血

 2008年の11月に悪は死んだ

 今は死んだのを認めていない悪人幽霊が街を歩いていたり、ネット書き込みをしている

 バクサイやニコ生、5ちゃんねるが実質死んでいて悪の魅力がないのも、根本的にはこのトリプルパンチのせい

 ざまあwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

2018-12-16

anond:20181216085156

文系を、国立大学からなくすというのは、筑波大学というより国の政策

横浜国立大学でもこのとおり

教育コストがかからない文学部系は私学に任せて、

理工系に集中させないと税金を投入する意義を問われると財務省から言われている

との発言があったそうで、

 

その結果ぼくたちが所属している「人間文化課程」は・・・廃止」と告げられてしまった。

 

文科省国立大学の課程・学科を直接「廃止せよ」と言ったのである

  

私学の多い関東一円には国立大学文系学部組織必要ないので廃止せよということなのだ。

文学部なんて一種の贅沢品なのだから私学の高い授業料を払える学生だけで十分だと言うわけである

そこに大学意見差し挟む余地は一切ない。

 

今回の国立大学法の「改正」はこういう道筋で進められているのである

http://tanshin.cocolog-nifty.com/tanshin/2014/05/index.html

2018-12-14

anond:20181214153433

正規職員で雇う金はもうない

文科省がその手の予算は切り捨てた

anond:20181213164159

文科省ちゃんとやっちゃダメなことを指導要領には書きません。

解説で事例を紹介します。教科書会社忖度して検定を通します。

小学校先生教科書に書いてある通りに教えます

スクラッチ仮想炊飯器仮想ご飯仮想調理したり、

正しい順番にブロック並べてクイズに回答したりします。

みんなビンボがわるいんや

2018-12-13

anond:20181213125829

文科省ちゃんとそれをやったらダメだと指導要領に書きます

小学校先生はそれをやります

文科省「僕の責任じゃないもーん。現場勝手にやったんだもーん」

2018-12-12

anond:20181212203454

アホすぎるやつを入れると医師国家試験大量死して問題になる(文科省からしばかれる)、のでそれは無理

結局医者になりたい奴が多すぎなのが問題

逆説的にいえば定員が少なすぎるのが問題

2018-12-11

「当たり馬券だけ買えといってるのと同じ」という類の批判おかし

よく文科省研究へのお金の出し方などの選択と集中について、こういった批判を目にする。

そのあとには決まって、「どれが当たるかわからないのだから幅広い研究に~」と続く。

しかし、この意見はそのたとえなら、「馬券を全通り買えば当たる」と言っているのと同じではないか

何かを馬券に例えるならば、その正解は「一銭も出さない」ことが正解となるだろう。

反論として「それはギャンブル還元率がマイナスからであり、研究トータルではプラスである」というのは考えられる。

それならば好きなだけ出せばよいのではないか

まあ政府支出を増やすには国債を刷るなりなんなりのマイナスがあるとして、国債の利率と研究投資還元率を比べて総額を決めて各研究に割り振るのが正当だろう。

しか競馬は走る馬の数も週のレースの数も決まっているが、現実社会は複雑さが遥かに高く、研究対象も手法もすさまじい数になる。

したがって、がん治療薬に10円、ワールドトリガー研究に10円。

それが馬鹿らしいというのなら、各研究のリターンを算出して合成オッズを出してそれに基づいて配分。

すでにほぼ選択と集中の域な気もするが。

馬券を何も買わない」か「3連単を全部買う」のどちらも選ばないのならば、そこには必ず選択と集中存在している。

批判するのならば、その買い方はおかしい、という批判をしないといけない。

前走好走の馬ばっか後追いで買うから散々な目にあっているんだ、とか、上位人気5頭の馬連ボックスとか回収できるわけないだろ穴馬混ぜろとか。

競馬ファンだって、みんな馬柱がこれが当たりだよってプレゼンしてくるのを聞いてこのどれかが当たり馬券だと思って買っているんだ。

結論、不必要な例え話はするべきではない

2018-12-04

九州大学医学部の男女差について

今更ですけれど文科省医学部における入学者の性別に関する調査を見ているんだけれど

http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2018/09/10/1409128_002_1.pdf

公立大だと九州大医学部の男女差が一律にあること(女に対して男が1.5倍合格している)が際立っていて

土地柄なのかと愕然としている。

地方公立だとほぼ男女差なかったりむしろ女子のほうが多いとこもあるのにな。

2018-11-28

日本人一般に悪いという理論

 日本人は生まれときから一般女性的で卑怯であり弱弱しく、育てなければ、そんなに悪いものは出来上がらない。

 要するに、国家計画的日本人を成長させることにした時点で、間違いが始まっている。

 昭和時代は、警察裁判所機能していたから、教育に失敗してゴミのような国民が出来上がっても、後に刑務所

処理すればいいので問題はなかった。

 平成では、そこが機能してない上、学校が、体力だけ鍛えさせて脳ミソが終わってるゴミクリーチャーを量産したため

東京がこうなっている。 

 日本人が一概に悪いとは言えない。そもそも天皇学校中途半端運動させて体力だけつけさせるも

精神面の教育ができるだけの教師絶滅していたため、誤魔化し誤魔化し授業をやって何も中身が

ないゴミを大量に育てたから、今の東京のように、他人危害を加える力だけあって精神面が終わっている

人間のクズ跋扈している

 平成天皇文科省死ねや、クソ無能害悪クズゴミ

2018-11-23

anond:20181123112615

しかにな。勤労って言葉自体文科省しかつかってない古語だろ。

世界をより良きものにしようとしているあらゆる存在感謝」とかにしていいと思うんだが

ヘイトって言葉で主張しはじめるとトタンにヒガミくささ、戦士くささが鼻につくからやめれば。

戦士は「世界をより(自分の都合の)良きものにしようとしてる」から自分こそ褒め称えられるべきと勘違いちゃうもんな。

となるとやっぱり正しい行動に出て報酬もらっている勤労か。

2018-11-21

anond:20181121110423

ついでに

不正してるやつの報告と、報告があれば、とりあえず文科省から「こういう報告がありましたが、お宅の●●研究室大丈夫簡単な報告して」という連絡がくるシステム

他所研究室で金の使い方や研究が怪しいやつなど、学科内や学部内でなんとなく分かる。

2018-11-15

anond:20181115123359

菅ひとりでは足りなかったかエンジニアにかぎらず理系たっぷり置いとけって話をこっちもしとるぞ。

なお文科省理系を取らないので有名だったから今の体たらく

厚生労働省医者取らないしまったく何やってんのかね

2018-11-14

算数以外にもあるだろうか?

掛け算の順序強制(https://togetter.com/li/1287075)や、

足し算のさくらんぼ計算強制(https://togetter.com/li/1288279)

みたいな「理解するのに役立つこともある」から「こう書かないとテストで減点」

になったようなものって算数以外にもあるのだろうか?

漢字書き順は違うな。文科省が「筆順も示すこと。」って言ってる。

これは、教えなきゃダメだし、テストで答えられなかったら点数にならないのは妥当だろう。

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/002/003/002/011.htm



歴史のごろ合わせは、さすがにごろ合わせそのものテストで出した事例を聞いたことない。

算数だけなのかな?

2018-11-13

anond:20181113144514

大学就職予備校の役目を果たせてないことを文科省一生懸命隠してたのにナマポの窓口の人にまでバレた

2018-11-10

anond:20181110211400

そんなこと考えた文科省が、大学で「キャリア教育」とやらを始めたとこから技術大国日本凋落が始まったんだよ。

学問しろちゃんと。奴隷になんかいつでもなれるんだから、一人一回ぐらい学問ガチャしとけ。

2018-11-04

anond:20181104003011

「頂く」のことを言っているのなら

文科省の指針として仮名にするという以上のものはないぞ?

別に文科省指針に強制性も正統正当性もない

「此れ」「兎に角」とかも指針に反するわけだし

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