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はてなキーワード: 軋轢とは

2018-02-25

anond:20180225220559

でも実際住み分けしたほうが軋轢や憎しみが産まれいから正しいと思うよ

2018-02-20

anond:20180220212210

言葉足らずで申し訳ないが、極端っつーのは、現在の、他の国と比べた時って話な。

極端にするとそんだけ軋轢を生むんだよ。

俺も税は詳しくないけど、今仮に1970年代のように8000万超円の収入の人たちから75%所得税取ったら、まずその人たちは支払いを逃れるために何かしら対策を取るだろうな。

何故って、1970年代と今では文字通り時代が違う。

まず為替レートが違う。物価も違う。経済成長率も違う。ネット外国に関する情報簡単に手に入る。

外国高所得者はウェルカムから、外に行きたい人たちを引き止めることは難しい。移住するのに税金かけるってのも、外国に反対されるだろう。

今の税制妥当か考え続けることは大事だ。俺も現状に賛成しているかと言われるとまったくそんなことはない。議論はどんどんなされるべきだ。

だけど、極端なことをするのは、今の日本状態を見るに、厳しいと思う。

なにせたばこ税さえ揉めてるからな。嫌煙の俺的にはこっちの方をどうにかして欲しいよ。

2018-02-19

anond:20180219171207

うん、車両名前をそう変えるべきだな。

そうしたらかなり軋轢が減るだろ。

特に優れた人の話って大部分の人には役に立たない

優秀で世界活躍するような人とか、優れた芸術家とか、他人事として聞く分には面白いが、参考にはならない。ヘタに感化されないようにと戒めながら読む。「個性を伸ばして、軋轢を恐れず…」みたいのって、そもそもそんな風に生きられる特別な人の話だなぁと。大部分の人は砂を噛むような味気ない仕事をして暮らすんだよ。

2018-02-18

流石にあれだけ軋轢を生みながら導入しても

効果が出てる=恩恵を受けてるってのを認めたくなくて一刀両断ズンバリンとか

鉄道会社も立つ瀬がねぇな

anond:20180218103104

明示と強制が引き起こすデメリットというか批判はあるだろうけど

それはそれで鉄道会社や当該制度受益者が向き合うべきものだと思うのよね

現状はそこをサボって軋轢現場任せにしてる怠慢のように見える

2018-02-14

anond:20180213180646

単純に経験としてだが、啓蒙成功した場合にあれば、失敗した場合もある。

 

成功した場合は、啓蒙された人と他保守層との軋轢が生まれ、そこの調整や

とりまとめをSE側がさら請負ながら、新規運用設計教育を行った。

 

失敗した場合は、言わずもがな、似たようなことになったよ。

ゴールはしたけど、双方アンハッピーだよね。

2018-02-07

あたしお母さんだからは、子供目線で見ると救われる部分がある

私は結婚もしておらず、もちろん子供も先の話題なので、タイトル不愉快になる人もいるかもしれません。

「あたしお母さんだから」という歌が巷で話題を集めている。

母になるには我慢しなければならないといった、理想母性押し付けや一人の人間として尊重されていない感覚を受ける人が多いのもわかる。

そういう人もいると承知で、また作詞家のぶみ氏の経歴を度外視して子供目線で考えると、私の場合母性をなくした母に向けてこの歌があれば、たとえば「あなたなんて産まなければよかった」「あなたは小さい頃から本当に手がかかった」「あなたはどうしていつもこんなこともできないの」と厳しい言葉を投げられたとき、あるいはその直前に、そういった言葉暴力をこの歌は少しだけ留めてくれたんじゃないかと、たまにだけ優しい母のことを少しだけ思い出して考え込んでしまった。

ほとんどの親御さんは愛情を持ってかつご自身の母・父でない部分も大事にしながら、子育てをされている方が多いと思いますが、母性ほとんど失った状態育児をする親も確実にいて、そういう人の元に育てられた子からすれば、「まあ、母も私の幼少期にはこういうこともやっていたな」という慰みにもなっていることをちょっとだけ覚えておいてくれるといいなーと思いました。(……もちろん慰めにしか過ぎず、歌のおかげで親子関係軋轢がすぐに解消されるとかじゃないんですが。でも「歌」は日常を楽しくさせてくれるのはもちろん、ちょっとつらいことを逸らしてくれるとか、そういう役割もあると思っているしそういう意味ではこの歌は「母性押し付け!」と毎日根強く批判されるものかというと、それだけではないと思っている。)

・追記

増田です。ちょっと我慢ができなかったので一つ。とある増田さんのコメントに対して、いくつか順番を入れ替えて失礼します。

子供を愛することと、母親犠牲になることは違うんだよね…

これは私も同意します。私の母も、母自身人格尊重されて然るべしだと思います。一人の人間としての尊重無くして、母性であったりある側面を極端に求めすぎるというのはよろしくないという考えを持っています

この前提の上で、

>その上で、子供幸せと直接関係ないような無駄我慢はしない、と言っているだけ。

こちらは、誰が言っているのですか? あなた意見ですよね。

私はあくまで、歌詞について叩く風潮がマジョリティになってきている流れもわかるけど、一方でこういう見方ができるマイノリティもあるよという話をしています

私の母に対しても無駄我慢強要していませんし(しかしこれは主観であって、私の母はそうは思っていないかもしれませんがここでは少なくとも私はそういう認識であるということを念頭に読み進めていただければ幸いです)、全国のおかあさまがたをはじめとした保護者の方々に対して、無駄我慢を敷いた上での子育てなどもちろん望んでおりません。

増田のお母さんは確かに酷い人だと思う。

>そして多分、増田のお母さん自身は、自分子供のためにすごく犠牲になっていると思うからそういう言葉が出てきたんだと思う。

子供を本当に愛している母親は、自分選択の末に我慢することがあるのは当然と考えていて、子供のために犠牲になってるなんて考えないんだよ…

かに私の置かれた環境はひどいものがありますが、人の家の教育についてマウントを取りつつ、議論すり替えて「その考え方はおかしいよ。世の中はこうなっているよ。世の中のお母さんはこういうものだよ。普通犠牲なんて思わないのに。」という主張は、おっしゃりたいことの理解はできますが、寛容はできかねます

(あと途中に、色々と書き散らかしてしまった結果、記法の乱れや誤用があったので編集して結局こちらに加筆しました。見辛くしてしま申し訳ありません。)

2018-01-31

anond:20180131114843

まあ必要な時にちゃんと謝れたら、その後に変な軋轢とかで余計な手間を増やさずに済むから経済効果も上がるっていうのは割合納得はできるかも。

ももひとつ思い出したのは、「アメリカ人はなかなか謝らない」っていう話かな…

あっちは訴訟が盛んだから、謝ったら自分の非を認めることになるから賠償せにゃならんから謝らない、みたいな。

逆にあれかも、訴訟になりそうにない小さなことにはすぐソーリーソーリー言う気がする。

まあ、これは謝ったほうが人間関係スムーズにいくからいいとか、これは謝ったら訴訟されるから危ないとか、使い分けが上手いことが経済効果につながるっていうことかなー。

2018-01-29

結婚式祝儀奇数枚にするとマナーが悪い

こんにちは増田です♪

今日結婚式マナーについて書いていきます!是非、読んでいって下さいね

さて、そこのあなた結婚式祝儀を包む際、奇数枚(1万円札×3枚など…)で渡したりしていませんか?

実はこれは…非常に縁起の悪い行為なのです!

奇数枚で渡すということは「割り切れない」関係を暗示し、夫婦生活軋轢意味しているのです。

事によると、新郎新婦を呪っていると捉えられてもおかしくありませんね。

偶数枚(1万円札2枚、5千円札2枚など)で渡すことで、円満家族関係を願う意味を込めることができますよ!

もうこれで、ご祝儀の枚数で迷うことはありませんね♪

いかがでしたか?お気に召したら、シェアこちからどうぞ↓↓↓




みたいな、ニセ風習(縁起作法)を広めるスキーム作ったら面白そうだなって考えてる。

こういうのってたいてい誰かが言い出したこじつけ程度の根拠しかないので、上記のような形で明らかに既存風習矛盾するカウンター的なニセ風習こじつけ付きで広めることで、読んだ人が「どちらが正しいのか」と考える過程で、こじつけ馬鹿馬鹿しさを自覚するきっかけになるんじゃなかろうか。

風習は「私はあなたと同じ価値観を持っていますよ」という対人関係の円滑化の手段として必ずしも無意味ものではないけれど、そのために馬鹿馬鹿しい根拠で不合理な振る舞いをさせられるのは性に合わないので、できるものは相対化されてほしい。

というわけで、こういうニセ風習(既存矛盾するもの)いろいろ出し合ったら面白そうなので思いついたら教えてください。

「八は広がり続けて一点に定まらいか縁起が悪い」とか。

2018-01-27

男性学」とかい自称学問があるのな。

で、その学者の話してる講演の記事を読んだんだけど、

40代男性がなんで嫌われるのかとかそういう話。

ググって。

でね、それがね、すごくね、うすっぺらいの。

大学生社会を語ってるときみたいな、

現象の上っ面、「社会」「役割」っていう固定された視点から眼差し

なんだこれと思ってググったら、

フィミニズム系統なのね、この”学問”。


あのね、男の40歳ってね、

そういう社会的要請の前に直面してるものがあるの。

生き物としての老いを実感して、

それに混乱して抗おうとする年齢なの。

なんか太る、健康診断に引っかかる、

腰が痛い、腕が上がらない、

ちんちん勃たない、涙もろくなる、

おしっこ最後まで出ない、

やたら下痢気味で気を抜いたらうんこ漏らす、

脂が食えない、すぐ疲れる、徹夜できない、

頭の回転でも体力でも若い人間に負ける、

自身に起こるそういう現象を目の当たりにして

ひとまず戸惑って受け入れらずにいる年齢なの。

大人になりたい/なりたくないの悩みと似たような、

いわば第二の思春期なの。

男性学」の言う社会個人軋轢ももちろんあるけど、

そんなもんは若かりし頃の各年代にもそれぞれ別の形であったわけで、

それを乗り越えられないのはつまり

オスという生き物としての自信が揺らいでるからなの。


そういうこの年代ならではの危機葛藤を、昔の人はちゃんと知ってるよね。

厄年」と言ってきた。


俺は男性からからないけど、

女性はこれにもう少し若い年代で直面するんだろうね。

小じわとかさ。肌の張りとかさ。おっぱい垂れたとかさ、

男にちやほやされなくなったとかさ。


まあそれはどうでもいいや。

2018-01-26

anond:20180126152952

心に傷があるんだから、体に障がいがある人と一緒で、「こういうことに不便を感じてます」に対してそういう不安を取り除いてあげられるようにみんなが考えてあげたらいいんじゃない

まあ具体的にどうするって言っても難しいけど、なんかそういう警戒心が過ぎて軋轢が起こったりした場合に、「もしかたらこの人はそういう経験があるのかも」っていう知識があるだけで衝突が減ったりはするわけじゃない。

2018-01-25

みんなの図書館の思い出が散見されるので私も書いてみる。

子供の頃は家に絵本がたくさんあって(と言っても今思えばカラーボックス1つ分くらいか)、繰り返し繰り返し読んだ。

特に好きだったのははらぺこあおむし。今銀座はらぺこあおむしカフェがあるらしいね。行きたい。

それと通っていたピアノ教室にも貸出可の本棚があって、そこからも借りて読んでいた。「眠れないの?ちいくまくん」(だっけな……)という絵本お気に入りで、今も内容をよく覚えている。このピアノ教室には10年以上通ったのだけど、ここでもたくさん本を借りて楽しかった。特に作曲家の生涯を紹介するタイプのやつは左から順番に全部借りたりしていた。

小学校の時ももりもり読んだ。こまっしゃくれた子だったので、何かとよく出てくるゾロリシリーズ、あれはなんとなく興味がなくて、図書館では偉人マンガシリーズ子供向け小説をたくさん読んだ。

同級生の間では「ミッケ」が流行っていて、私も休み時間に借りてきた子の机を囲んで探したものだ。ミッケって今もあるのかな?あとあやとりの本とハムスター研究レポート怪談レストラン流行ってたなあ……。「ブラックジャック」や「君の手がささやいている」「ドカベン」など、マンガちょっとあって、その辺も人気があったような。

私は自分図書カード(借りた本を書いていく表)を2枚にすることが目標だった。確か1枚で100冊くらいかけたはず。なんだかんだ「マンガ古典」とか、マンガをいっぱい読んでいた気がします。

それとは別に、市の図書館自転車で15分くらいの距離にあったので、毎週通うレベルで行って借りていた。中学年の頃は「ふたごの魔法使いシリーズなどフォア文庫シリーズにドはまりしていたのと、学校で借りた「レベル21」をきっかけにさとうまきこさんの小説がすごく好きで片っ端から読んだ。レベル21に関しては多分10回くらい借りて繰り返し読んだ。

学校ではすぐ読んですぐ返せるマンガ系、市の図書館では1週間かけられる小説を借りるという自分ルールがあったような。

司書先生は覚えていないが、元増田みたいなルールはなかった気がする。性を考える~みたいなシリーズもあって、「エッチな本がある」と生徒の間でも話題になってみんなで囲んだりしたけど、「騒がしくしないの~」としか言われなかった。


中学生の頃が一番読書狂いだったかも。1年生の時はキノの旅が好きだったのと、小さくて持ち運びやす文庫に惹かれて図書室にある文庫本、気になったものを順番に借りていった。

それから友達の影響で乙一にはまっていたのもこのころだ。学校図書館と市の図書館をうまく利用して、片っ端から気に入った小説家の本を読んでいった。江國香織も好きな作家のひとりだったな。嶽本野ばらとか、もうその年ごろドンピシャ好きなものも読んだりした。乙一短編集で読書感想文を書いて学年優秀作品に選ばれた思い出がある。

中学校結構ラノベが置いてあった。西尾維新時雨沢恵一しか眼中になかったので他は覚えていないけど、ジャンプコミックスノベライズとかも置いてあった。代わりにマンガほとんどなかった。基本的には新着図書から選んで借りる日々だった。

市の図書館の方では、市内の他館や県立図書館の本を予約して借りられるシステムがあったので、それも駆使して気になる本はとにかく借りた。借りるだけ借りて読まなかった本もあった。小学生だったか中学生だったか中村うさぎ小説を借りて性描写のエグさにびびりながらも「大人な本を読んでいる私!」と悦に浸っていたような。本当に生意気なガキだった。今では「残虐描写の宝庫」と言われるグリム童話初版とか、「本当は怖いグリム童話」とか、そういうのもたくさん読んだし、村上春樹ジャズ評みたいなのも読んだ。

描写残酷描写はこの時にすっかり慣れてしまった、小学校高学年くらいから読んでいたし、特別何も思わなかった。

借りるだけじゃなく、文庫本ならたまに自分で買ったりもしていたけれど、やっぱりお小遣いが限られる中学生高校生にとって本屋はありがたかった。ハードカバーの本なんてなかなか買えなかったもの。それに本屋にない古い本も読める。最新の本も読める。

高校受験ギリギリまでしゃばけシリーズにドはまりして読み続けて、司書先生に「入試大丈夫?」って心配されたけど、「でも新刊でちゃったし」って返したら「そうよね。気になるもんね」と言われた。

こんな感じで本ばかり読んでいたので、家族には「また本ばっかり読んで!」と怒られたりした。大体の家庭って子供が熱心に本読んでたら褒めない??あまりにも私が本を読みすぎるので、一度怒った父親に市の図書館で借りた本を取り上げられて、返却期限過ぎても返してもらえず困ったことがある。


高校生になると市の図書館にはあまり行かなくなった。というのも高校図書館は一度に5冊まで借りられる上、読みたい本が大量にあったからだ。

その頃は桜庭一樹バチスタシリーズが好きだったので、図書館にあるものは全部読んだ。それからその頃話題になった本は、時間が許す限り読んだ。当時所属していた部活の部室が図書館のすぐ上にあって、部活に行く前に図書館を必ず覗いていた。2年生の時などは担任図書館担当だったため、あれこれ本について話した。

その先生とは別に図書司書先生がいた。しょっちゅう図書館に行くので顔を覚えられていて、ある時すでに借りられていた本の予約をしたいと申し出るとすごくフランクに接してくれた。ついでにこの本の続編が最近出たけど入れる予定はあるか、と尋ねたところ「生徒からリクエストって言えば大体買えるのよ!欲しいものはじゃんじゃん言って!入れるから!」と言われた。そうなんだ!と思ってそれからは読みたい本があるたび司書先生の所へ行った。「先生~あのシリーズ読みたいの~」「オッケー。入ったら担任先生に伝えとくね」こんな感じ。

それとちはやふるが全巻置いてあって、受験勉強の合間に読んだ。千早かるたへの情熱を見ては勇気づけられた。調べもの図書館に行くことはなかったけれど、娯楽のための読書としては本当に高校図書館は最高だった。


大学図書館では、研究のための書籍資料を探すために足繁く通った。ただ、小説など娯楽のための読書生協で買うことの方が多かった。アルバイトを始めて、ハードカバーも買えるようになったからだ。

大学図書館はこれまでの図書館と違った魅力があった。研究のための、その分野の専門書がたくさんあった。それこそアルバイトで稼いだお小遣いでは揃えきれない大型本や古い専門書は本当に楽しかった。


これを書こうと思ったきっかけは、まあ繋がないけどとある図書司書さんのエントリで。

自分図書館体験を振り返ると、本当に恵まれていたな、と思う。親に読みすぎと言われた以外、読みたい本を読めないという思いをしたことがない。もちろん図書館に置いていなくて……ということはあったけれど、大体の場合、他館から取り寄せするとか購入してもらうとか、そういう手段でどうにか手元に呼び寄せた。好きなものを好きなだけたくさん読めた。

そう思うと今の図書館とか教育現場ってどうにも窮屈なのかもしれないな、と思う。

親友小学校教諭になってすごく苦労しているけれど、学校図書館も同じように大変なんだな、と思った。中学生の頃に図書館にあった本を見るに、恐らく同年代だと思う。高校図書司書先生のおかげで図書司書に憧れた時期もあったので、憧れを貫いてその職に就かれたことは本当に尊敬するし、その上で様々なギャップ人間関係軋轢で悩まれていること、とても共感する。(私も司書ではないけれど、憧れの職についたものギャップに耐えかねて数か月で辞めてしまったので……)

ただその司書という職が、子供たちに読書体験の楽しさを伝えてくれること、その後死ぬまで残る財産を築き上げる手助けをしてくれること、身に染みて感じているので、どうか身体を壊さないように、がんばってほしいな、と思います。とても無責任応援申し訳ないのだけれども。

ダーリン・イン・ザ・フランキスが酷い

作画監督向きの人が監督をやる不幸

トリガー監督やるようになった今石と錦織は、樋口真嗣と同じで、人の手足となった時に有能なタイプの人だと思う。

彼等の中には監督として…つまり作品全体の統括としてこれを作り出したい!というほどの作家性はない。

「こういう作画が好き」とか「こういうシーンが好き」とかいうのがあるだけだ。


錦織の新作アニメダーリン・イン・ザ・フランキス(以下フランキス)』は酷い。庵野や鶴巻の影を追い掛けているだけで当人の中に何もない。

「何もない」ってかつてエヴァを当てた時の庵野宮崎駿に言われてたことだが、庵野はどう小さく見積もっても色んな引用に埋もれずにお話ドラマ構成することは出来ていた。

錦織はそれも出来ていない。『フランキス』は、「エヴァ意識している」といえば言い方がきれいだが、エヴァの展開をバラバラに切りとってパッチワークしてるような酷さがある。ドラマとして成立していない。


フランキス』1話は庵野作品鶴巻作品モチーフを散りばめつつ「逃避的な態度だった主人公ヒロが戦いの決意をして敵を倒すまで」の話だが、このシンプルな指針に対する話の構成無茶苦茶だ。

エヴァシンジは3度戦いから逃避しようとしたが、それぞれに逃避理由と翻意理由がしっかりと描写されていた。

(1回目)

  突然命張れって言われて怖いし言ってる親父ががむかつくので逃避→

   包帯だらけの見知らぬ女の子パイロットとして運ばれてきて見捨てられなくなる

(2回目)

  変なおばさん達が偉そうなわりに作戦無茶苦茶で怖いしむかつくから逃避→

   おばさん1号が駅まで引き止めに来たのでまあもう少しいてやるわとなる

(3回目)

  信じかけた親父もおばさん達もやっぱクソだったのでむかついて逃避→

   NERVの人間達のことを知ってしまったので苦戦の内情察して見捨てられなくなる


だが『フランキス』1話はこういう整理がまったく出来ていない。というか、どうもこのエヴァシンジの逃避の1回目から3回目をごたくそに混ぜて筋書きを作っているのだ。


ダーリン・イン・ザ・フランキス』1話あらすじ

何らかの挫折示唆しながら1人森の中でウジウジとポエム読んでた主人公ヒロは偶然出会った羞恥心のない全裸美少女一方的に粉をかけられ(これがまた何のオリジナリティもないエヴァマリまんまみたいな粉掛けで、戸松の声までなんだか坂本真綾に寄っている)たあと、組織人間に同行されながら田舎行きの交通手段に乗るか乗らないかやってたら同じ立場小清水亜美声の女に「ヒロは諦めんなよ!」とハッパ掛けられてボーっとした顔で見送ったら直後に小清水の乗る列車みたいなもの怪獣によって撃墜、突如始まる怪獣VSロボの大決戦からキルラキルみたいなリアリティラインの低いアクションで逃げ惑っていたら目の前に血塗れのオッサンがドサーッ!

実はオッサン美少女と一緒にロボに乗って戦うパイロットで、たったいまロボが怪獣ノックダウンされると同時にちょうど避難ダッシュ中のヒロの目の前に排出されたのでした。ドサーッ!(アホか?)

小清水の死にもオッサンの死にもさして心の動いた様子を見せないサイコパスのヒロくん(まあ展開が強引過ぎて冷める気持ちはわかる。「この筋書きはないわー」と思ってたのかもしれない。)、ロボから降りてきた流血美少女を助けなきゃと発奮してオッサンの代わりの共同操縦者に志願、流血美少女とヒロが操縦するロボは見事に怪獣を倒しました。まで。


話が成り立ってない

1話だから当然だが、主人公ヒロのウジウジの背景にどういう葛藤があるのか、まだ積み重ねも説明もない。だからそんなとこを1話の中心に据えられても困るのだ。同じく何の積み重ねもない小清水勝手に喋って盛り上がってたが、こんなのはもっと話数の進んだ所でやるべき展開だ。


ヒロは元々ロボ操縦の為に選ばれた特別子供だったが、その操縦の素質が謎の理由で失われてしまって現在落ち込んでいる、までは説明されている。ならヒロに足りないのはやる気や勇気ではない。流血美少女を見て「やるぞ!」がクライマックスになるのはおかしい。

エヴァシンジが包帯に血を滲ませた綾波を見て乗る気になるクライマックスとはそこまで話の構造全然違うのに、表面だけなぞっているのでドラマが変なことになっている。


シンジエヴァを操縦する能力はあるのだ。「親父の態度が引っ掛かる」とか、「訓練もせず戦闘ロボ乗れってこのおばさんもやべえ」とか、「こいつらの『乗れるって』を信じていいのかよ」とか、そういうところで搭乗をためらってただけだ。だから傷付いた少女を見て乗り込むクライマックスドラマとして正しい。自分都合の引っ掛かりより義侠心を優先したのだ。(その後のシリーズの展開はそんな熱いものではないが…)


一方ヒロは、ロボを操縦する能力がないのだ。体制に従ってるし、訓練はしてきたし、環境に疑問持ってない。やる気はあるのに不能なのだ。だから傷付いた少女を見ても(ついでにオッサン小清水の死を見ても)、発奮したってどうにもならない。ヒロの抱える問題はやる気とか自信の問題として描かれてないのだから


話の構成のそういう論理的なチェックも出来ない人間が、エヴァトップ2やフリクリの影を追いながらしっちゃかめっちゃか脚本構成アニメを作ってしまっている。みんなはエヴァエヴァというが、自分トップ2の影のほうを強く感じる。今石は露骨だったが錦織も鶴巻フォロワーとしてしか監督体裁を維持出来ない人だ。つまり独自に言いたいことやイメージなどあんまないのだ。


監督になりたい人はいないのかな

リトルウィッチアカデミアもボンヤリしたアニメに終わった。

設定やキャラクターであれだけワクワクさせてくれて、作画も良質であったにも関わらずだ。

超かっこいい絵を描くアニメーターイラストレーターである吉成曜監督作品だ。

見事に「絵やデザインはかっこいいんだけどね…」という作品になった。


不敬ながら、 吉成曜ですらも監督向きではなく監督の手足となって絵やデザイン担当する時真価を発揮する人だったということだ。「だった」というか、やる前から多分そうだろうなという予感は多いにあった。

やはり作画監督監督をしたアニメ映画はつまんねえ。これは動かしがたい事実だ。

ペイしてるならどんどんやったらいいんだけどさ。

ちゃんと監督指向監督向きの人材監督したアニメ映画もっと見たい。

餅は餅屋という凡庸結論で終わる。


御反応に追記

msdbkm ヒロに何があったのかはまだ描かれてないだけでこれから描かれるのかと思ったのですけどそれじゃだめなのかしら。エヴァでいうならシンジくんと父さんの間に昔なにがあったんだろうくらいの引っかかりかと。 2018冬アニメ まだ1話しか見てない

2018/01/25 リンク Add Star

そういうこと言ってんじゃねーよ!

通じないなあ。


エヴァ1話では仰るとおり、シンジ父親過去は明かされてませんし、おばさん達の本格的な頭のおかしさも開示されてません。情報がまだまだ少ない。でもそれは欠陥では無いんです。なぜか?

1話のドラマ必要な分の情報は出てるからですよ。逆に言えば1話の段階で明かせる情報に見合ったクライマックスを作っているんです。


「親父と軋轢がある」「おばさん達が頭おかしい」というざっくりの提示で、「でも目の前のこの女の子を見捨てらんねえ!」とちゃんと葛藤が成立し→打破が成り立ってるわけですよ。ざっくりと「こういう子が目の前に転がってきたら自分の中のムカつきや疑念や戸惑いはいったん脇に置くんだ」という話なんです。無駄も不足もない。



それとフランキス1話を比べてください。小清水とのあーだこーだはエヴァでいう4話ぐらいのことをやってるわけですよ。その積み上げはまだないでしょう?なのにやってる。だから無駄な話であり、不足してるんです。

友達である小清水が目の前でガーンと撃墜されて生死不明なっちゃうのはエヴァの17話とかのことですよ。当然、フランキスには小清水が生死不明の大怪我を負うことで視聴者ちゃんと衝撃を得られるための積み重ねもないですよね?だから無駄な話であり、不足してるんです。

小清水が半泣きでハッパかけたあと半死半生になったのに見てて視聴者は何も感じ取れなかったでしょう?表面的に真似をした表面的に派手なことやってるだけで、構造理解してないからです。意味もわから庵野や鶴巻の作品パッチワークしてるだけで、そのシーンの狙いやシーンが成り立つ要件をわかってないのです。増して自分なりに再構築なんか少しもしてない。これは総監督の器じゃありません。


追記2

operator “「逃避的な態度だった主人公ヒロが戦いの決意をして敵を倒すまで」の話だが” ←この認識が間違ってるんじゃ?主人公ヒロは子供の頃から闘うために養成されたけど、戦うことができずに困ってただろう?

2018/01/26

まず”子供の頃から闘うために養成されたけど”の部分、本文中に書いてるよね?

「逃避的な態度」について、能力と自信を喪失して仲間から離れて一人で森でポエム読んでる、パイロット立場終われることを納得してないのに全力で抵抗するでもない、小清水に何言われても反応が鈍い、これが逃避的な態度。

あなたは「逃避的な態度」をわかりやすく「怖い!戦いたくない!」って泣き叫ぶ態度のことぐらいに思ったのだろうけどそれは言葉レンジが狭いだけだと思う。

もっと言えば、ちゃんと読んだらこの文の「逃避的な態度」が何を指してるのかは悟れたはずで、

批評の衝突というよりあなた国語的な問題

40点

keytrackerkeytracker 703は病院搬送されて生きてると言われている(本当かはわからない)子供達はパイロット適性がないとお払い箱になる事が読み取れる。これが016が1話で諦めてる原因。これを読み取れないでアニメ偉そうに評価するな

2018/01/25

ナオミが生きてるのぐらい知ってるよ。

小清水死すって言いたかっただけや。

これもちゃんと読んだら「半死半生」って書いてあるのを見落とさなかった筈。

オッサンも多分生きてはいるだろう。


子供たちがパイロット適性ないとお払い箱になるのは視聴者みんなわかってるとこだよ。

エヴァでもそうだしましてトップトップ2って言ってる人間がわかってないわけないじゃない。


お払い箱の話もそうだが、ナオミが生きてるって情報にいたっては暗喩とかではなく直に出てくる情報なので

それを「ぼくは読み取れた」「こいつは読み取れてないんだ」ってマウンティング材料になると考えたのはちょっとなんでそう思い込んだのかすら不明だが、かなり甘い。

君はアニメの読み取り能力より前に日本語を読み取れるようになれ。そっちのほうが基本だ。

35点


ogawa0071 増田何歳なのかな。95年生まれ自分からすると現代若者の心情を丁寧に描いてるように見える。小清水とオッサンの死には心動かされないけど、不能自分に狭い世界の外側を教えてくれる存在だけに惹かれるんだよ。

2018/01/26

なるほど。

こういう反論にはちょっと「そうなのか」以外の言葉がない。こういう反論が読めると書いた甲斐がある。

ただ、そうすると小清水とオッサン死ぬ(死んでねえ、とかいちいち断らないと冗談がわからず文全体を読み通せない国語の苦手な子達がマウント取れると思って興奮してしまうから面倒だ)必要なくね?閉塞やゼロツーの魅力の片鱗をもっと描くべきような気はする。

80点

wdnsdy "小清水が(中略)半死半生になったのに見てて視聴者は何も感じ取れなかったでしょう?"主人公の心情に添うならそこは何も感じなくていいシーンでは?主人公自分の進退が最優先で彼女の生死には頓着してないし

2018/01/26

上と同じ答えになるが、それならここで小清水あんな風にやる必要なくない?

幼馴染っぽい少女が涙ながらになんかを訴えたあとあっけなく目前で死す、というイベント

おおまかに主人公に深い衝撃を与える」か「たいして衝撃も受けないサイコ主人公」かを導く訳で

ヒロは別にサイコとか極度の心身耗弱というわけでもないのに鈍い反応で流す。

あれはヒロのキャラクターが示されてるというよりは脚本効果的になってないだけなように思える

70点

minatonet リトルウィッチアカデミア面白かったよ ドラマ

2018/01/25

趣味の差だな。すまんな。

正直つまんなかったけどフランキスほど「ここがダメ」って感じじゃないんだよな

不思議感覚だった

60点

yasutaikei ジブリかめっちゃ嫌ってそうなタイプ

2018/01/26

は?え?

ジブリの話がガバガバだと?

…駿が老いからのは結構ふわふわっとはしてるな。

猛然と反論しようと仕掛けてまあいいのか、ってなった

でも駿の映画は嫌いじゃないです。マロ映画は見る気もしません。

65点

rag_en 増田の低リテラシーが原因なのに、監督のせいにさせられてるのはさすがに不憫。 増田 アニメ

2018/01/25

具体性皆無で反論になってないし再反論不能

0点


unlostable 今石も錦織監督として十分実績ありますけど?打率10割の人間は居ないってだけ。

2018/01/25

から言ってるじゃん。ペイしてるならいくらでもやればいいと。商業的にペイしてるなら実績として認めるに吝かでないよ。

ここでは商売ではなく作品の話をしている。

商売としてはフランキスはいけると思うよ。

50点

homarara これ多分、ほぼ全滅エンドだと思う。2話までのノリとしては、スーパーロボットものよりデスゲームものに近い。

2018/01/25

パニクったゾロメのバスター岩石落としから全滅するんやろなあ


「お前エヴァ好きすぎ」系の突っ込み

きじゃねーよ。

フランキスエヴァエヴァって言われてる(それ意外にも色んな引用がある)

・同じように引用まみれ作品である

という点で比較やすかったか比較しただけ。

俺の文章のどこからエヴァへの情熱が読み取れるんだ。

このへんは失礼だけどほんとに国語力の問題だと思う。

エヴァを引き合いに説明する→エヴァについての言及文字量が多くなる→こいつはエヴァが好きなんだ!

アホかと。

何かを勘繰るにしてももちょっと脳を使ってくれ。

ついでに言えば今回引き合いにしたエヴァ1話がさして巧みな構成だとは思わない。

単にフランキス1話がそれに及ばないと言うだけ。

また、エヴァは完全に腐ってるので庵野の余生はシンゴジラ2やナウシカ2に費やして欲しい。

hatorix そんなにエヴァが良いならダリフラやってる時間エヴァ見てろよ

2018/01/26

番頭悪げなの引用するけど、だいたいこのレベルじゃん。

エヴァ1話はフランキス1話よりずっとまとも」と「エヴァが大好き」は全然違うこと。

こんなことから説明しないとあかんのか?

wosamu エヴァとダーフリ、見る順番が逆だとエヴァ罵倒してそう。

2018/01/26

どっちの雰囲気デザインが好き、とかに影響されない部分だけを語ったつもりなんだがこれだもん。

疲れるわー。

j080046 ロボットアニメ見てエヴァがどーたら連呼する人は(あ、この人エヴァしかロボットアニメ知らないんだ…)としか思わない

2018/01/26

ロボットからにている」なんて話をどこでした?一ミリもしてねえ。

文盲以前だ。死んでくれ。


「お前はスタドラを見ていない」系の突っ込み

仰るとおり見てませんん。

なんかキツくて切ってしまった。


「こんなアニメにマジになっちゃってどうするの」系

Coolions 2話見る限りどストレート下ネタアニメなのでダイミダラーとか下セカみたいな感じで笑いながら見ればいいと思う

2018/01/26

そうかもね。

こう言われるのが1番キツいわ。

70点。


さめぱ @samepacola

13時間13時間

その他

週末暇で死にそうになったらこれの反証記事書きたい。

読みたいから頼むぞ


久々の追記

rag_en 全然関係ない話題同士だけど、追記がhttps://anond.hatelabo.jp/20180125105759の追記に似てるな、と思った。

http://b.hatena.ne.jp/entry/356216794/comment/rag_en

読んでみたけど、

「追記の形でブコメに再反論する」以外何も似てなくねーか?

「象と牛は似ている!どっちも尻尾で虫を叩く!」ぐらいの大発見な感じ

しかも虫を尻尾で叩くのはそれほど不思議な動きでも希少な動きでもなくね?っていう


ついでに言うと自分はその人と違って非表示にしてるidなんか一個もない

ちゃんと読んだ上であーだこーだいうのが好きだから

良い意見には良い意見ですねというし、バカ意見にはバカですねという

その際にちゃんと理由説明を添えるから不満があれば更に反論してくれればいい

非表示してやったバーカバーカ」というレベルの言い合いと一緒にされるのは少々心外だ


natukusa 増田はブーブー言いながらもダリフラはこれまでみれてて、スタドラはきつくてみれないって「趣味の違い」を感じる。自分はスタドラ好きだが、増田と違う視点ダリフラきつくて、まだ見れてるけどこの先わからん

2018/02/01

ごめん

正直スタドラは真価とかわからんうちに食わず嫌いで切ったか

自分意見として「あれはダメ」とか言うつもりはないしその資格もない


ボンズコヤマシゲトって時点で嫌だったんだ

あとキャラデザあいつがかなり強烈に嫌い 絵も仕事への取り組みも

これは好き嫌いであって優劣の話じゃないしスタドラに罪はない

2018-01-24

anond:20180119200212

元増田です

投稿から4日、急にトラバブコメが付き始めたので驚きました

これ以上詳しく書くと本当に特定されそうですが、みなさんからたくさんのご意見感想をいただいたので追記をしようと思います


先日も書きましたが、「司書教諭」は教員です。ピアノが弾ける先生外国人教師英会話ができる先生がいるように、先生方の中には司書教諭資格を持っている教員がいます。みなさんのイメージする「司書先生」はこの司書教諭ではありませんが、場合によっては図書館運営に深く関わります。私の学校司書教諭はとても忙しくあまり一緒に仕事をする機会はありませんが、私が作った図書館のおたよりの添削や購入本の精査などをしていただいています

私がおたよりに「○○小学校に新しい本がやってきたよ!読んでみてね!」と書くと赤ペンで「新しい本を購入しました。ぜひ読んでください」と直されます

購入する本を選ぶ際も、うちは図書費が少ないので、購入する本は学習に使える本が最優先、絵本小説二の次で、それらを買う際も挿絵が今時っぽくない、ためになるような本を選ぶこと、という感じのことをよく言われます

子どもたちや先生は「校庭の畑に野菜を植えるので、授業で野菜について調べることになりました。野菜の本を貸してください」「自由研究に使える本はありませんか?」「慣用句が書いてある本はないですか」といった風に相談に来ることが多いのでそんな時に対応できる本を揃える必要があります。娯楽のための本を購入する余裕はあまりありません

ただ、他の学校司書さんからは「クラゲ図鑑キノコ図鑑と虫のうんこの本、面白そうだから買っちゃった!」という話を聞いたことがあり、選書については予算の都合だとか校長教頭司書教諭先生との関係にかなり左右されると思います

教育委員会喧嘩を売れば好きな本を買えるのかもしれませんが何分非コミュ文化系なのでそこまでする気力と体力はないです


私が小学生の時は図書館ゾロリ、○○のひみつシリーズ怖い話の本、恐竜図鑑精霊の守り人シリーズシートン動物記あらしのよるにシリーズはやみねかおる作品などを読んでいました

貸し出しはできませんでしたが名探偵コナンらんま1/2などの漫画本もあり自由に読むことができました

中学校では主に星新一を読み漁っていましたが図書館にはキノの旅アリソンバトルロワイヤル小説版金田一少年の事件簿小説版鋼の錬金術師、当時はまだ完結していませんでしたが既刊分のNo.6などが置いてあった記憶があります

時代だったのでしょうか。出身中学校図書館が今どうなっているかは知りません

私が赴任した小学校には守り人シリーズ最初の1巻しかなく、大変寂しく思ったので購入しました。読書好きな高学年の子がたびたび借りてくれています私自身は別にゾロリでも何でも読めばいいと思いますがそういった考えを公にすると意識が低いとみなされるのであまり大声では言えません

ささやかな抵抗として、集英社学習漫画日本の歴史シリーズ(表紙絵が荒木飛呂彦さんの聖徳太子で一時期話題になったあれ)を、漫画であることを隠してお堅い歴史であるかのように見せかけ購入希望を出し、司書教諭検閲かいくぐって購入しました


また、「漢字どころかカタカナもまともに読めないような小さい子が、挿絵もルビもない重厚ファンタジー小説を借りようとする」件について補足ですが

カタカナも読めない、というのは学年や年齢ではなく個人にかかっています

決めつけているのではなく本当に読めないのです

図書館に来るのは読書きな子教室に居場所がない子とは限りません

暖房目当てでたむろしに来る子、読書国語も大の苦手だけど虫や乗り物の写真が見たいから来る子、学校内で堂々と漫画ブラックジャック)が読める場所から来る子、雨が降っていて外で遊べないから仕方なくきた子、貸し出し冊数を自慢したくて借りては読みもせずに返し借りては返しを繰り返す子、担任に本を借りろと言われて嫌々来た子、さまざまな子がやってきます

本当に読めないし読む気もないのにキラキラしてかっこいいから借りて自分ランドセルの中に入れたいという理由で借りることがあります

貸し出すことの是非は一旦置いておいてそういう子もいるんです



今まで何度か業種を伏せて上司との軋轢等をはてな匿名ダイアリー愚痴らせてもらいましたが、そのたびにぽつぽつと励ましのトラバブコメをいただいています。今回、私に対して「辞めちまえ」「今すぐ首を吊って死ね」「殴り殺してやりたい」と思った方の中にも過去私にあたたかトラバブコメをくださった方がいらっしゃると思います。その節はありがとうございました


司書に幻滅した、がっかりしたとのトラバもいくつかありましたが

予算の潤沢なところは魅力的な絵本小説が山ほどあり、複本も多く用意されており図鑑も何でも借り放題でこういった禁則事項は少ないと思います

元増田で列挙した実例は「別の学校司書」「司書教諭」「司書教諭ではない先生」の発言が混ざっています。すべてが司書発言ではないです


私は小学生の時からずっと司書になりたくて、その夢は無事に叶ったのですが、最近本当に頭がおかしくなりそうです

皆様に言わせるともうおかしくなっているのかもしれませんが

またいつか、何か書かせてもらうかもしれません。読んでいただきありがとうございました

[]ハティ最期舞台

ティ最期舞台を読んだ。解説犯人当のミステリとしては簡単な部類かもしれないって書いてあってびびった。結構わかんなかったよ。思い返せばずばり犯人その人を描き表している部分があったけども。

大概のミステリがそうなんだけど、作中で犯人名前が確定するまで作者の手の内で踊らされる糞雑魚読者です。

さておき、本作の内容について。最近の実社会の諸問題にも結構当てはまるけど、意図しない邪悪さが大概の悲劇根底にはあるんだなあって思い知らされた。

殺されるハティは顕著だけれど、他の登場人物もそれぞれ罪深い我欲を持っている。とんでもない高校教師ピーターは言うまでもないけど、その妻のメアリにしたってもうちょっと夫婦間の接し方ってのがあるんだろうって思った。まあ介護やら仕事やらで大変なのはわかるんだけど。

この小説に登場する人物がみんな有してる罪深さって、ある種どうしようもないところに根差しているところがあるからしんみり来る。不倫問題もそうだけど、他社への無理解とか、周りを無自覚馬鹿にしているところとか、一本芯が通り過ぎている性格をしていたりとか、読んでいるとそうならざるを得ないよなあとか、そうなってしまうのもわかるわあって思わされてしまうから、一概にみんなを批判できないんだよね。

よく言えば主要人物はみんな肉付けがしっかりしているってことで、そういったどうしようもないところが人物人間らしさな人間臭さを与えているんだけど、それ故に軋轢が生じて問題に至ってしまうってのはさみしいなって思う。仕方がないことなのかもしれないし、そもそも軋轢の一切ない社会ななんてどんなデストピアだよって話なんだけど。

ただこの作品は、犯人殺人さえ犯さなければ悲劇の度合いが幾分か軽くなっていたのかもしれない。人殺しはやっぱり駄目だからね。でもなあ、ハティがとんでもない怪物から、こんな最期になるのも必然だったのかもしれない。

田舎町では異彩を放つとても賢い高校生で、他人が求めている反応をコミュニケーション最中に読み取り活用できる天性の女優なんだけど、ものすごく邪悪なんだよね。愚かだといってもいい。

自分が被っている仮面がどれだけ罪深いか最後までわかってなかったんじゃないかと思う。自覚はしていたけど、認識ちょっと甘かったんちゃうんかな。

そういったところを学べなかったこともまた悲劇なんですよねえ。デル保安官最期にいい切れ味を演出してくれました。

総じて登場人物が誰も幸せにならないミステリだった。なんて世知辛い物語なんだ。

2018-01-14

化粧オタクアニメオタクの100年戦争

実際はここ最近起きていることだと感じているけど、この両者の本質理解できない限り100年戦争になると感じている。

第一に、化粧とは誰もがしていいものである。その自由がある。

第二に、化粧とは現代日本社会では女性マナーとされている部分がある。

アニメオタクは…そもそもアニメオタクとする表現は正直間違っている。この場合は使いやすいだけで、そして圧倒的に数が多いだけでタイトルに使ったが、実際は『化粧にあまり力を注がない系のオタク』のことである謝罪

上記の一、二に反論する形で「限界オタク」などという言葉を使い「限界コスメ」などといい

さすがに化粧にはどうなのかという商品日焼けニキビを増すだけのニベア下地とか)を薦めたり、

化粧オススメ画像パロディとする形でアニメゲーム食べ物を紹介する画像を作るのがバズっている(この言い方は古いか)。

このパロディはどのネタを見ても、奥底に感じるのは化粧おすすめツイートに対する皮肉である

単純に「化粧なんぞめんどくせぇわ」勢オタクと言ったほうが良いかもしれないが。

なぜこの皮肉パロディが起こったかというと、単純に化粧品が売れているかである

昨今プチプラコスメというものが勢いを増している。数年前には無かったような商品格安で手にはいる。

そしてインスタ流行もあり、デパートで買う高いコスメ。つまりデパコスも売れている。

ググればいくらでもこのニュースは出てくるだろうから、いちいちここには書かない。

そこで問題なのは流行ってるのが≪化粧≫なことだ。化粧というもの上記一、二という問題を抱えている。

流行ると色んな人が出だす。本当にハマる人…検証する人…考察する人…陰謀論を展開する人…金をかける人…そしてミーハー…。

Twitterオススメコスメ流行りだしたのは、いつだったか。筆者の増田はわりとTwitter自体テレビで取り上げられたりする前の初期からTwitterをしている廃人だが、もう覚えていないくらい前だと思う。5年どころでは無い。

おすすめ化粧品画像最初に作ったのは、間違いなくミーハーではない化粧オタクだったと思う。

世の中には色んなオタクがいるもんだ。どこの界隈とも同じく、化粧オタクも闇が深い。

こんなことを言ってしまった人も居るだろう。

「化粧をしない人、絶対化粧をしたほうが良いよ。人生変わるから

この声が、昨今のコスメブームと共に「化粧なんてめんどくせぇ勢」に届いてしまった。

筆者増田は、この問題に対して中立的立ち位置をとらせてもらう。

少し前まで化粧には興味も無かったが、年齢・環境・心境の変化で化粧をするようになった。凝り性なので化粧界隈に近い発言をすることもある。

しかし化粧をしないとダメとまで思ってもおらず、お肌に大敵の深夜アニメを見まくる日々だ。俳優アイドルオタクもしている。

両方の界隈を知っているものからすれば、化粧オタクも、その他オタクも、なにも変わらない。

オタクは、オタクである。それ以上でも、それ以下でも無い。

何故なら、上の話は【化粧】を【おそ松さん】にしても通じるからだ。

こんなことを言ってしまった人も居るだろう。

おそ松さんを見たことない人、絶対見たほうが良いよ。人生変わるから

化粧オタクはこのテンションコスメを薦めているでしかない。

必修アニメ履修しないでここまで来たの?原作読まずに語るなよ、とかい煽りとなんら変わらない。

CCさくら見ずにまどマギ語るなというのは、デパコス知らずにプチプラ語るなという話に過ぎない。多分半分は冗談で、半分は本気だ。

ただこの「化粧オタク」というのがあんまり認識されていないのも事実だ。

【化粧といものは着飾るためのもの】という概念が強いため、その裏に収集癖や別人整形願望(コスプレと何が違う)が隠れていることに気付かれにくい。

まり、こう考えてほしい。

おそ松さん特集するネット記事に「下ネタアニメ時代的にアウトじゃない?ただただ寒いだけ」とか「ミーハー腐女子乙」とか

わざわざどうでもいいガヤをしにくる層。

これと「化粧とかどうでもいいw」や「化粧なんてしなくてもいいよ!なんで女は化粧しろとか言われんの」と化粧オタクにまるで脅迫されたかのように煽ってくる層は

受け取る側からすると、やられてること、やってることは一緒なのだ

きっとそのことに気付かぬまま、化粧しない勢は「綺麗にするのがなんなのさブスはブス」と思いながら、そこをつつかれる化粧オタクは「化粧しねぇと顔男女かわらねぇだろうがブス」と思いながら、軋轢を作っていくのだろう。

どっちもオタクだしどっちもブスなのだが、多分分からないまま…悲しいとは思うが…まぁ…ここまで書いたけどどうでもいいことだな。

この派閥を両方から見つめていて思うのは、やはりオタクはお互いの分野に立ち入らないことだと思う。

みんな仲良くなんて無理だし、何かに特化したオタクっていうのは基本面倒だし、何を言ってももう取り返しがつかなくなってる。

これは化粧オタもアニオタ漫画オタも俳優オタもアイドルオタもそうだと思う。昔は芸人も好きだった。本当にクソオタク増田が見ても、オタクってクソだと思う。

でもクソはクソなりに、学ぶことがある。

人は人、自分は自分。人のやること、犯罪以外は口を出さない。

これが私の生きる道世渡り術だ。

画像ネタに乗ったけどそんなつもりは無かった…って人も居るかもしれない。居るだろう。居てほしい。

バズったあとはそんなもんで、元の構図なんかどっかに消え去っているものだ。

そういう話をしてるんじゃなくてね……とりあえず、話が長いね。まとめるとね…

リンメルの新作アイシャドウラメ少な目でイエベ向けオフィス向け、チョロ松事変でカーストはどうなるのか気になる。って話だよ。

2018-01-13

うそう、こういう声優交際結婚ネタを待ってたんだ

オカダ・カズチカに新恋人 人気声優三森すずこ真剣交際5か月

https://www.tokyo-sports.co.jp/entame/entertainment/884977/

こういう「声優じゃないけど、その手の世界では名の知れてる人物との交際結婚話」に個人的に飢えてる。

声優世界と向こうの世界を繋ぐ機会にもなるし、なにより誰とも知れない「一般男性」や逆に濃く知られすぎてる声優同士よりも軋轢が生じない。

今までなぜ起きなかったのか不思議に思うくらいで、これからも(アニメには関係ない)有名俳優タレントなどの交際話を今後の報道に期待したい。

(書き終えて)……あ、金田朋子を忘れてた。

2018-01-10

最近、周囲の人間幸せが辛い

辛いというか、憎い。

特定の誰かを憎んでいるわけではない。「特定の知人が憎い」、「有名なあの人が気に食わない」、「会社の〇〇さんとは意見が合わない」・・・そんなハナシであれば、逆にそれこそ万人が抱えているインシデントだと思っている。人間社会的生物である以上、他人との齟齬軋轢ははどうしても発生してしまものだ。それは分かっているし、今までの自分はそういった「自分はいひとつソリが合わない人々」ともうまくやってきていた。・・・はずだった。

だが、最近自分は明らかに何かがおかしい。友人の幸せな話を聞く度に心がすさむ。楽しそうな顔を見ると辛くなる。作り笑いの顔がばれてやしないかと変な汗が出る。


先日、友人の結婚式に行った。高砂に座る幸せそうな新郎新婦の顔を見て、「早く離婚すればいいのに」と思っている自分がいた。

facebookで、出産を報告している友人がいた。お祝いのコメントであふれる中、呪詛のようなコメント書き込みたくてしょうがない自分がいた。

twitterで、ソシャゲの最高レアカードを無課金で引けたと自慢している友人がいた。10万円ぐらい課金してゴミばかり引けばいいのにと願っている自分がいた。

そんな自分が、嫌でしょうがない。


逆に、友人の不幸な出来事に聞くと、妙に心が躍る。辛そうな顔を見ると嬉しくなる。口の端がつりあがっていないかと、無表情を装う。

先日、友人の子供が難病に罹った。1年以上は入院生活を余儀なくされるらしい。その話を電話で聞きながら、ニヤついている自分がいた。

facebookで、母堂の喪主を務めた旨の報告をしている友人がいた。故人の意向だかで家族葬ののちに報告となった事を詫びていた。お悔やみのコメントが並ぶ中、皮肉たっぷりコメント書き込みたい衝動かられている自分がいた。

twitterで、仮想通貨に手を出してウン百万円のマイナスになったと書き込んでいる友人がいた。「バカ丸出しだな」と思っている自分がいた。

そんな自分が、嫌でしょうがない。


これらの友人・知人達を嫌っているという事はない。むしろ好きと言って差し支えないと思っている。なのに、幸せな顔が、報告が、書き込みが、俺の顔を曇らせる。

人知人とは関係のない、インターネット別世界に逃避しようともした。だが無駄だった。炎上しているところを探して、ポリコレ棒持参で徹底的に叩くだけだった。左も右も主義も主張も関係なく、誰かが探し出してきたサンドバッグが設置されれば、ひたすらに叩き続けた。炎上の為の薪もせっせとくべたし、火のないところには煙を立てまくった。そんな事をしても誰も幸せになれないし、自分の胸のモヤモヤも大きくなる一方だったが、空虚行為が止む事はなかった。


自分は何故ここまで他人幸せを妬んでしまうのだろうか。

もうどうしたらいいのか分からない。

2018-01-07

anond:20180107145129

元増田だけど

僕は黒塗りを正当化して批判を跳ね除けたいんじゃなくて

黒塗りがアフリカ人差別になるという批判に反発する日本人が出てくることへの私見として書いたんだよね。

全然違う文脈で物真似を認識しているから、それが差別になることが受け入れられないんじゃないかってこと。

“黒塗り”がタブーになる文化は守られるべきだけど、

視野が狭くて文化的リテラシーに未熟だから日本人が未だ“黒塗り”をジョークと見なしているというのはちょっと違うんじゃないかなと思うんだよね。

これは日本の文化歴史に沿って日本の文化圏に向けて悪意なくやった結果、グローバル化の影響もあり異文化との軋轢が発生したということで、

反省必要だけど、単に日本で“黒塗り”“付け鼻"…をタブーにしていけばいい話でもない気がする。

2017-12-19

漢文版・赤鼻のトナカイ

2017/12/19 14:13 追記

この漢文はマジものではなく、うちの息子が書いたものです。悪しからず。

白文

国有馴鹿。其鼻赤猶日然。然人見之覚無異能者又数咲之。

鹿聞之輒怒啼。以為「甚矣、吾見辱也。吾且不勝怒。」

北国翁聖誕者、食鹿、愛鹿、能解鹿之意也。

聖偶知之。則諫曰「方昏時、我将召鹿。焉可啼哉。」

鹿聞之大喜、乃笑曰「聖及其使者也、器之。不亦説乎。」

(聖誕列伝

書き下し文

北国に馴鹿あり。其の鼻の赤きこと猶日の然ゆるがごとし。然れども人これを見るに異能なき者におぼえ、又しばしばこれを笑う。

鹿これを聞きて輒(すなわ)ち怒り啼く。おもえらく「甚だしきかな、吾が辱めを見るや。吾まさに怒りに耐えざらんとす」と。

北国の翁・聖誕(サンタ)は、鹿を養い、鹿を愛し、よく鹿の意を解するなり。

たまたまこれを知る。則ち諫めて曰く「昏なる時にあたりて、我まさに鹿を召さんとす。いずくんぞ啼くべけんや」と。

鹿これを聞きて大いに喜び、乃ち笑いて曰く「聖の其の者を使うに及びてや、これを器にす。また喜ばしからずや」と。

サンタ列伝

現代語訳

北国にトナカイ(馴鹿)がいた。その鼻はちょうど日が燃えるように赤かった。しかし、人々はこれを天賦の才と思わず、笑って小馬鹿にしていた。

この度ごとにトナカイは怒り、泣いていた。(トナカイが)思うことには「あまりにもひどすぎるなぁ…この仕打ちは。もう怒りに耐えられない。」

北国のおじいさんであるサンタトナカイをやしない、愛し、気持ちをよく理解していた。サンタたまたま、このこと(トナカイと周りのものとの軋轢)を知った。

そこで、諫めて「暗いときには、お前を呼んで(その赤い鼻をうまく使って)あげよう。どうして泣くのか、いや泣かなくてよい。」と言った。

トナカイはこれを聞いて大いに喜んで、「サンタのおじさんは動物や人(者)を使うときにその性質能力を考えている。(このような人に理解されるのは)なんと喜ばしいことだろうか」と笑って言った。

2017-12-07

他人の事はみんな好きでいたいし、仲良くしたいって思う。

でも、その他人も同じ考えとは限らないので苦労してる。

同じスタンスで向こうから接してもらわないと、こっちも努力してる分軋轢が生まれしまう。

しかし2割は別要素になるパレートの法則で考えて、8割仲良く出来たら上々って事にするか。

2017-11-28

オンラインゲームネカマだった頃

男のフレンドは大体やたら偉そうにああしろこうしろ命令してきたり

対等な立場で会話する気がない感じでああこれがマンスプレイニングっていうやつなんだなっていうのが体験できて面白かった

でも結局男に告白されたりアプローチされるようなことは起きなくて

一番仲良くなったのは腐女子のおばちゃんでキャラのコーデや髪型を変えると細かいところにもよく気付いて褒めてくれて

すごくいい人だなあって思って好きになったけど実は男なんですって言う勇気はなかった

はてな周辺にいるようなミサンドリー人達がもしずっとこういう感じの人間関係しかない人生なんだとしたら

男が嫌いになってしまうのも仕方がない気がする

でも自分に偉そうに接してきていた男どもにもいいところはあったし

自分普通に男として知り合えばきっといい友達になれるんだろういうのは感じたし

世界軋轢はほんの少しのすれ違いや立場の差で生まれしまうだけで根っから悪人というものはまず存在しないけれど

一人の人間がなんとか出来るほど簡単ものでもなく歯痒いなというようなことをボンヤリと考えつつ眠る

2017-11-24

ナイス忖度!!

今年の流行語大賞候補にもなっている「忖度」という言葉

元々の意味は「(相手気持ち、望むことを)思いはかって」行動するというものなので、

決してマイナスなことだけではないはずだけれど、

大物政治家やら、大手芸能事務所やら、権力を持つもの迎合するような

「しなくていい」忖度ばっかりが目立ってしまい、

正直良い印象を感じることは少ない。

そんな中で、昨夜、思わずナイス忖度!!」と叫びたくなるような出来事があったので記しておきたい。

世間はい夫婦の日勤労感謝の日というこのタイミングに、

私は妻も放置し、仕事に追われており、

ラジオを聴きながら、仕事場で机に向かっていた。

流れていたのはNHK-FM祝日にの放送している今日は一日〇〇三昧」

一人のアーティスト特定テーマについて、

日中、そのテーマに関する音楽をかけ続けるマニアック番組

アニソン特集ときなどはネットでもかなり話題になるので、

ラジオを聞かないという人でも、なんとなく知っているという人も多いかと思う。

で、昨日のテーマは「今日は一日、小田和正三昧」

オフコースとしてデビューしてからまもなく半世紀

古希を過ぎた今もなお、あの澄んだ歌声武器

第一線で活躍している小田和正さんを

実に10時間以上にわたって特集するという。

番組MCを務めたのは、

今春までNHKの朝のニュースの顔であった阿部 渉アナウンサー

実は学生時代からガチオフコース小田和正ファンでもあるらしい。

今夏にもNHKBSで放送された番組で、

小田さんへのインタビュー担当しており、

それに続いての登板である

通常、この〇〇三昧というシリーズでは、

そのテーマアーティストにまつわるゲストスタジオに多数登場し、

賑々しく放送されるパターンが多いのだが、

今回はなんとMC阿部さんと小田和正さん本人のみ!!

小田さんは途中休憩を挟んだものの、

から夜までほぼ出ずっぱりで、

その他のゲストは一切なし!!

年に一度、TBS系で放送される「クリスマスの約束」を除いては、

滅多にテレビラジオに出演しない小田さんが、

これほど長時間にわたって、しかも生番組にでるなんて・・・

(しかも正直この年齢で)大変思いきった番組だった。

が、そんな番組にもかかわらず、

特に大きく宣伝もされていなかったせいか

事前にはあまり話題にのぼっておらず、

私もたまたま偶然ラジオをつけて知った口である

(ある意味今日仕事をしていてよかった・・)

番組はひたすら小田さんの曲をかけて、

その曲にまつわる話をしていく

合間合間にリスナーからメールツイートを紹介したり、

小田さんにゆかりのある人物から

小田さんにあてたメッセージを流していた。

大学の元同級生、植樹しにいったという被災地の人、

さらに同時代活躍した元チューリップ財津和夫さんといった音楽仲間

心地よい歌の数々に癒されながら、

仕事を続けていたら、

終盤にさしかかった夜9時前

わず手を止めてしま事件が起きた。

オフコースとして1982年まで一緒に活動した鈴木康博さんが登場したのだ。

オフコースを知らない世代にはピンとこないだろうけど、

これは結構大事だ。

例えるなら先日のabemaTVにおける元SMAP3人と森くんの"21年ぶりの邂逅とでも言おうか・・。

小田さん鈴木さんは、中学高校同級生で、

そのころから一緒に音楽をはじめ、

それを母体に作ったバンドオフコースである

当時は大学進学率も低く、

まして国立上位の大学を出ているメンバー

ある意味エリートとみられ、

音楽の道で夢を追って生きていくなんて・・とかなり咎められたそうだ。

特に鈴木さんは上場企業への就職内定していたそうで、

その軋轢は大変なものがあったという。

当時のインタビューによれば、

そうした親や周囲の反対を押し切って進んだ道だからこそ、

絶対に「成功しなければならない。」という意識を強く持っていたそうだ。

小田さんもそれは同じで、建築を学んでいたのに

なんといっても卒論タイトルが「建築との決別」である

全てを投げうって音楽の道をまい進する決意を固めた二人は、

1976年に追加メンバーを迎えるまで、

二人組として活動した。

「僕の贈り物」、「でももう花はいらない」、

「眠れぬ夜」、「愛の唄」など今もよく聞かれている名曲もたくさん生まれているし、

それなりにファンもいたのだが、

今を基準にすればまったく無名といってよく、

今日番組でも、さだまさしさんからメッセージの中で、

「(当時)よく一緒にライブに出ていたが、オフコースの方が先輩にもかかわらず、

(さだの)グレープの方が先にヒット(精霊流し)して有名になってしまい、

前座のような状態にさせてしまって恐縮していた。」というような話が出てきていた。

苦労時代が長く続いたあとで、

オフコースデビューから10年経った

1979年に「さよなら」という曲が大ヒットしたことで、

一気にブレイクを果たした。

そこからヒット曲を連発するようになり、

武道館での連続10日間にわたるコンサートなど、

当時、日本一の人気バンドとなった。

しかし、その「さよなら」をはじめとしたヒット曲は、

すべて小田さん作品であり、

世間オフコース=小田和正というイメージ認識していく

長く続いた人時代は二人の関係は対等で、作品もそれぞれ作っていた。

そもそもレコード会社がつけた二人組時代キャッチコピーは、

(男二人にかかわらず)

日本カーペンターズである

私はそれを言うなら、本来日本レノンマッカートニーだろ!!と思うのだが、


それこそ同時期に、同じ東芝レコードに在籍したチューリップレコードに、

財津和夫さんが「和製ポールマッカートニーを自認」と書かれているので仕方がなかったのかもしれない。

それはさておき・・


レノンマッカートニーのような関係だったはずが、

メンバー、バックのギタリスト扱いになってしまたことは、

鈴木さんを相当に傷つけてしまったようだ。

鈴木さんはオフコースからの脱退を申し出て、

事実1982年6月武道館コンサート最後バンドから離れ、ソロへと転向する。

小田さんはその後も残ったメンバーオフコースを続けたが、

結局1989年バンド解散し、その後、本格的にソロ活動を開始。

そして「ラブストーリーは突然に」を手始めに、

小田和正としても大ヒット曲を連発していく

のちにオフコース解散について、

ヤス(鈴木さん)が抜けた時点で、もはやオフコースではなかった」と認めており、

解散までオフコースに残ったメンバーの一人、松尾一彦さんも

「僕らではヤスさんの抜けた穴は埋められなかった」と語っている。

脱退後、二人の間では交流はなくなった。

もともとは同級生で友人だったはずだが、

オフコースとして活動していたときも、

飲みに行ったり、一緒に出掛けたりといったこともほとんどなかったという。

実際、脱退の直後には、

鈴木さんが「別に友達ではない。電話番号も知らない」的なことを言っていた時期もあった。

そこだけ切り取ってよく不仲という見方もされるが、

どちらかといえば、仲のいい友達同士というよりは互いに一目置き、

切磋琢磨して、真剣音楽に向き合ってきたライバルであり、仲間だったのだろう。

(そのへんもなんだか、最近SMAPの一件と重なって見えないこともない。)

はいえ、

元・赤い鳥山本潤子さんや、

後輩・THE ALFEE坂崎幸之介さんなど、

小田さん鈴木さんの両者と仲がよく、共演するミュージシャン仲間がいたりもして、

願わくばオフコース再結成・・・ という声はあった。

しかしそうした話題がのぼるたびに、

ことなくピリピリした空気が流れていたのも事実

実際に数年前、TBSの「風のように歌が流れていた」というテレビ特番の中で、

暗にオフコース再結成は「もう、ないよ」と否定する発言もしている。


ただ、音楽を愛し、真剣に向き合ってきた二人だし、

互いにその存在を認めていた二人であったことも事実

から不器用で意地っ張りで、口下手な二人を

誰かが再びくっつけてくれることを、

ファンとしてはどこかで期待していたのだけれど、


それがまさに昨日で、

その誰かが阿部 渉アナウンサーだったというわけだ。

事前に小田さんにはまったく知らせていなかったらしく、

本当のサプライズであったようで、

鈴木さんからの肉声のメッセージが流れてきた直後、

「すごいところをついてきた」、「消化するのに時間がかかる」と動揺を隠せず、

そのあと思わず涙がこぼれていたようだ。

(ラジオなので見えないのだが、阿部アナも同じく)


鈴木さんからメッセージは、

オフコースとして一緒に音楽をやっていた時代が今では「宝物」に思えるとし、

あの澄んだ歌声や才能が羨ましかった、たくさんのことを教えてもらったと、

当時どんな想いで小田さんとその音楽を見つめていたかを振り返りながら、

最後は(お互いにいい年となったけれども)

それぞれの音楽を頑張ろう という形でまとめたもの


「もう一度いっしょにやろう、再結成しよう」みたいな発言は一切なし

それでも・・・、雪解けというか、

35年もの間、伝えられなかった気持ちが伝わった瞬間というか、

何かが変わるような期待と空気に包まれた瞬間だった。

人の気持ちを思いはかることはとても難しい。

でも誰かが動かないと、

動かないときもあるし、動けないときもある。

昨日はそんなことを考えることができた。

仕事の方はちょっと遅れ気味になったけど・・

(ごめんなさい。)

2017-11-23

日本女性の不健康問題解決するには「健康指導を見直す」しかない

これなら中国人の方が健康度がマシだ

日本女性1980年代好景気時代に本格的に社会進出した。もともとビジネスワーカーとしての生活に慣れていなくて、昭和ドラマを思い出せばわかると思うが家庭環境も相まって世代的なビジネスマンとしての経験地が低い。つまり専業の家事をしていた人が急に職場に顔を出すようになったので、生活スタイル形成されていないといえる。

大抵の日本国内男性社員は、もともと主要な企業戦力として経験地が詰まれており、そういった環境下で健康的な生活可能な人が多い。障碍者もあるいみでは彼らに倣うことであとからやって来た人たちも高度な生活秩序を形成してきたと言える。ある意味牧歌的暮らしていた女性経済成熟期に急増したため、軋轢が生じているのが健康問題の原因だ。

日本人女性ビジネスマンは適切な健康指導であればここまで悲惨なことにはならないと思う。もともと牧歌的だったことを考えると、中国人はどうだろう。調べてみるとと、案外その不健康度はキツくない。社員健康意識も意外と悪くもないので、それくらいが日本の働く女性本来理想である

日本女性精神性・記憶力・民度の3ポイントで「理想的」なだけであって、ビジネスマンとして十分に活躍できる社会ではない。だが現代学歴ビジネススキル語学スキルや成人スキルばかりが評価され、さらにはプライベートへの侵害を嫌う社会なので、人事の人には苦労がないのである

社畜の正体がまさに社会進出途上の女性だということ。日本社会は上っ面の合理性だけで人材を選ぶ。つまりスキルがあり「仕事になる」ということで障碍者女性を採る。どの会社役所の人事の男性安直選択をすると、ああいう風にストレスフルになるし、みんな残業などでヤセ我慢する人だから、過労者が出る。

北の韓国、南の日本という厄介さ

米韓の「ブラック社会問題って全部これに集約されると思う。ヤセ我慢をしている人たちの過度なインフレである。たとえば過労死餓死の多い韓国だってそう。封建的大企業公務員ぐらいしか選択肢がなく、日本人から見れば日本可愛いくらいである。妥協選択肢だ。選択肢外資外国にまで広げれば、回避手段いくらでもあるのに。

アメリカも同様に労働トラブル日常的になっているが、ここもある意味で閉鎖的である欧州のような労働者カバーする手厚い仕組みがなく、労働者フォローできる部分が少ない。政治資本第一である

「南の日本、東のアメリカ、北の韓国」という感じか。韓国ソウルからちょっと地方都市に行けば農業工業が残る場所アメリカもやはり世界有数の資本主義あっての富でしかない。これらの問題はすべてつながっている。つまり欧州先進国成熟社会の水準に値しない強引な経済成長経験値の貧しさがもたらした不幸なのだ

解決方法はたった1つしかないと思う。それは「健康指導の徹底」である日本健康指導はあまりにも適当すぎる。イギリスフランスと比べても緩い傾向がある。これはいただけない。どうにかして厳しくすべきではないか

飢餓女子」という言葉もある。障碍者食事が不健康であるように、女性食事健康的ではない。富裕層ほど健康的で貧乏人ほど太りやすい。微妙にズレた要因が、社会によってさらに串刺しにされたら、健康的な問題オーバーヒートを起こすのは当然なので、ではその要因を防止させればいい。たとえば女性カロリー不足を昼食でカバーできたらどうだろう?夕食や夜食依存している人は、食事の重心が夜から昼間に切り替わる。胃の負担が移動し、睡眠ストレスが軽減されることになる。昼間よりも夜間の方が実は胃の負担が凄い。太りやす障碍者も同じように逆にすればいい。

しかも今はIT化などによりオフィス全国的分散しているので、満員電車の緩和という副作用だって夢じゃない仕事科学化もあるわけで、もはや誰がやっても機能するような事務的仕事障碍者なり機械に任せるして人間負担を軽減する方向性にあった方がいいのではないか

マレーシアシンガポール香港に学べ!

その点は「マレーシアシンガポール香港」という成功事例がすでにある。2001年以降わず10年ほどで経済社会が成長。国家はそれに恵まれていて、実際の住み心地などもいいのでこれらの国は世界屈指の優秀都市として知られるようになった。

この2国と1都市が他と違うのは、社畜がすべてだからではないということだ。実際に富裕層に仕える家政婦が健在だったり、高度な医療システムがあったりする。そして支配者は多様である。明るい北朝鮮ならぬ明るいアメリカだ。結果的一方的社畜精神だけにならずに済むわけである

こういった地域都市国家的なわけで、国や民族のつながり以外の市民の「繋がり」があるわけで、やはりそれを見習う必要が今の日米韓大人にはあるんじゃないか中国人をひいきするわけじゃないけど、健康指導もっと厳格化権威化させる必要があるだろうね。

マレーシアシンガポール香港社畜がいないことはないけど、韓国日本みたいな話は聞かないし、アメリカみたいな「廃人」もいないでしょ。黄色人種社会からといって現地の右翼暴力団外国人に対して威張っているわけでもない。やはりこれ、イエロー何とかだからバカにするんではなく、むしろ学ぶべきだな。

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