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はてなキーワード: 悲惨とは

2017-07-22

中古家電を買うと碌な事にならんな・・・・・

メルカリで買った電子レンジ。1年間頻繁に珈琲温めとかで使ってたが急に壊れた。

中古で買った冷蔵庫は3年で壊れた。

残りの耐用年数が分からいから何時壊れるか分からんロシアンルーレット

今度は新品を買おうかなと思ってる。

冷蔵庫がこの時期に壊れると悲惨だべ・・・・・orz

2017-07-21

ピゴサが7/23に閉鎖することと、今後のポケモンGO課題

ピゴサが7/23に閉鎖するとのことだ

https://twitter.com/pgosearch/status/887442422904479744

日本に住むポケモンGO友達が憤慨していたが、すでに他のサーチツールに移行したようで今は落ち着いている

増田現在アメリカ在住

この友達の怒りのLINEをなだめている時に最近ポケモンGOについて思うことがふつふつと思い浮かんだので書きのこ

ポケモンGO6月下旬に行われた大型アップデートによりゲーム性が変化した

まず、ジムシステムの変化

詳しいことは割愛するが、簡単説明すると以下の2点が大きな変化だ

この"やる気"はジムポケモンを設置後自動で減少していき、0になると所有ユーザーの元へ戻る

また、高個体値攻撃力、防御力、HPの値)のポケモンの方が、減少する速度が速い

この大型アップデート後、ハピナスカビゴンだらけのジム消滅したし、高個体値ポケモンも大幅に減少した

サーチツールで野生の高個体値ポケモンを探す利点は、ジム制圧レイドバトル(後述)を有利に進めるために変わっている

なので、旧ジムシステムで勝ち残る高個体値ポケモンを探すユーザーは激減したであろう

そしてレイドバトルの実装である

ポケモンGOレイドバトルとは、規定場所規定時間内にユーザーが協力してボスポケモンを倒すイベントバトルだ

レイドバトル開催の通知は、標準機能の"Near by"で通知がくるが、500m以内の通知しかこない

一方、サーチツールはそのレイドバトル通知の範囲を広げており、ユーザーは広範囲レイドバトルの通知を得るために使っているようだ

今回、ピゴサが運営によって閉鎖することになったのは、これが原因だと言われている

なぜなら伝説のポケモンレイドバトルが開始するタイミングで、ピゴサが閉鎖することになったからだ

このサーチツールレイドバトル通知範囲拡大は、GPS情報偽装により不正レイドバトルへ参加するユーザーの増加の原因となっているようだ

たまに、自分の周りにいる人よりも多い人数がレイドバトルへ参加していることがある

それは不正に参加しているユーザーいるからであろう

伝説のポケモンレイドバトル通知を不正に得るユーザーを阻止する目的で、おそらくThe Pokemon Company international要請をしたのだろう

レイドバトルの特性上、強いボスポケモンを倒すためには多くのユーザー必要

サーチツールトレーナー同士のリアルなやりとり(LINEのようなインスタントメッセージ電話)をすることなく、効率的に人を集めることができる

しかし、Ingressの時からそうだと思うが、ポケモンGO仮想世界で起きているゲームを通じてリアル交流を図ることを目的としていると思う

サーチツールはこの方針破壊するものである

サーチツールを通じて、交流が図れると思う人もいるかもしれない

しかし、それはサーチツールがなくてもできることだ

現に、サーチツールがない増田地区では、レイドバトル開始前に"どの公園でどんなポケモンが取れるのか"や"金色コイキング"の情報をやりとりしている

しかもその地区リアル経験を元に交換される情報なので、信憑性も高いし、自分もやってみようという気持ちになれる

だが、人が集まらない地区レイドバトルは悲惨である

増田地区はかなり大きな都市なのだが、人が歩いておらず車しか走っていない道路や、人が集まらない郊外公園で行われる強いボスポケモンレイドバトルで勝利することは不可能に近い

これはアメリカに限らず、日本でも起こっていることである

地域格差問題は、Ingressの時からずっっと問題になっている

この地域格差を埋めるためにサーチツール機能するであろうが、位置偽装をする不正ユーザーも現れてしま

今後、この地域格差をどうやって解消していくかが、ポケモンGO課題となろう

ちなみにシカゴフェス参加してくるので、応援よろしくお願いしまーす

2017-07-18

マックうんこを漏らしそうになって人生が変わった

 それは昼下がりのマクドナルドでのことであった。

 わたしがいつものように夏の暑さとセミの音と夏休み乱交合宿の打ち合わせにはしゃいでいるヤリサ学生どもを呪いつつマンゴースムージーをすすりながら次の次の次くらいのどうでもいい会議書類に目を通していると、どこからか甘く懐かしいささやき声がひびいてきた。


「……すだちゃん。ますだちゃん。増田ちゃん? 聞こえる?」


 そ、その声ーーあなたうん子!


「よかった。おぼえていてくれたのね。忘れられちゃったかもと思ったけれど……」


 忘れるわけはない。

 わたしとうん子は小さいこから親友だった。

 うん子はうんこ精霊であるうんこに関するあらゆる事象を司り、時に歴史の流れを決定づけるほどの暗躍を果たしてきた。

 カエサルナポレオン徳川家康コロコロコミックドナルド・トランプ……偉人たちの便意と決断の裏には常に彼女の姿があったといっていい。

 わたし人生においても、常にうん子の助力があった。そう、幼稚園でのお遊戯時間うんこを盛大に漏らしてから、小二の給食、小五の運動会、中一の合唱会、高一の塾合宿ーーずっとわたしとうん子はいっしょだった。

 唯一の友達だったといってもいい。

 心無い同級生からうんこ」「うんこ漏らし」「下痢便カレー」「うんこに愛されし子」「ザ・うんこ」「進撃のうんこ」「逢うんこうんこ園(ジャンプ打ち切りマンガにちなんだあだ名は他にも30ほどあった))「うんこ界の稲尾和久(約三日に一度のペースで漏らしていたため)」などと残酷あだ名をつけられ、うんこにちなんだいじめを散々受けていたわたしに近づくものなどいなかった。

 だが、気にしなかった。彼女と一緒にいたころは、うんこを漏らすことがはずかしいことだなんて微塵も思っていなかった。

 パンツを茶一色に染めたことで母親からものすごく叱られて、ひとり部屋で泣きはらしていた夜にも彼女は現れ、

うんこを漏らすことをできるのは、選ばれた子どもだけなのよ」と、励ましてくれた。

 うん子さえいれば、わたしは他に誰もいらなかった。


 だが、いつのころからだろう。おとなになるにつれて、わたしには彼女の姿が見えなくなり、彼女の声が聞こえなくなった。

 大学生から社会人になる過程で段々と「ほんとうはうんこを人前で漏らすのははずかしいことなんだ」という意識が芽生えるようになり、今の職場面接を受けるさいの「うんこを漏らしたことはありますか?」というよくある質問にも平然と「ありません」と答えた。

 そして、毎月給料をもらい、ちゃんとトイレを便座に座ってやるようになると(ウォシュレット存在を知ったのもこのころだ)、うんこ精霊うん子の存在も忘れ去ったーー。


「落ち着いてよく聞いて。これから十数秒後にものすごい勢いで貴方うんこをもらす」

 再会の驚きをふっとばすうん子のことばにわたしはことばを失った。


 漏らす?

 このわたしが?

 立派な社会人であるこのわたしが?

 この増田??????


 わたし恐慌に陥った。

 今ここで漏らしたらどうなる?

 隣の席で互いに性的視線を送りっているヤリサーのブスどもは持ち前の野生の勘で間違いなくうんこのにおいを嗅ぎつけるだろう。そして瞬時にそのにおいの発生源を特定するだろう。

 彼らはわたしをゆびさして嘲笑し、周囲の客たちもわたし汚物を見るような視線を投げるだろう。

 そうだ、わたし汚物になるのだ。

 うんこ漏らした汚物ニュースはたちまちその日のトップニュースとしてローカル局報道され、会社にも伝わり、わたし面接ときについたウソをとがめられ(「おとなになってうんこを漏らすような人間が、以前にもうんこを漏らした経験がないはずがないよな?」)、おりもののついたナプキンがごとき扱いで会社から、そして地域社会から追放される。借りているマンションも追い出されるだろう。実家からも縁は切られる。

 それからは宿無し生活だ。行く先々でこどもたちから「いたぞ! うんこだ! マックうんこをもらした早打ちマックとはあいつのこと!」とはやしたられ、石を投げられる。

 額に投石を受けて、地に倒れ込んでも、わたしは「しょうがないんだ」と自分に言い聞かせなければならない。それだけの罪を犯したのだから……と。


「あきらめないで増田ちゃん!」

 うん子の声がクソみたいに悲惨未来予想から現実を取り戻す。

わたしがーーこのうん子がどうにかするわ。あなたうんこなんて漏らさせない。絶対あなたを助けてみせる」

 ほんとうに? と絶望するわたし疑念を口にしかけるが、できる、ほんとうに彼女なら可能なのだとおもいなおす。 


 なにせ彼女うんこ妖精。便意など思いのままだ。


 だがーー。


 あなたはそれでいいの、とわたしは言う。

 うん子にはうんこを漏らしたときしか会えない。

 今は声しか聞こえない彼女だけれど、わたしが「実」をこの場で出せば、その姿を現前させられる。


 あの愛らしい、あの懐かしい、

 わたしのたったひとりの友だち。


 会いたい。

 眼から涙が溢れ出していた。

 会いたい。会いたい。会いたい。

 うん子にもう一度会いたい。

 この十年間、十五年だっけ?

 ほんとうにいろいろあったんだよ。

 あなたに話したいこといっぱいあるんだよ。

 あなたから聞きたいこと、いっぱいあるんだよ。

 話したい、お話したい、

 三ヶ月溜めた便秘を吐き出すように私の話を聞かせたい。

 三時間つづく下痢便のようにあなたの話を聞いていたい。


わたしあなたに会いたい」

 とうん子は言う。

 だったら、漏らしたってわたしはーー

「でも、ダメあなたはおとなになったのよ、増田うんこを漏らすことをできるのは子どもあいだだけ。おとなはうんこをもらしちゃだめなの。わたしと会っちゃ、ダメなの」

 わたしマックの硬いソファの上で恥も外聞もなく駄々をこねた。いやだいやだいやだ私はうんこを漏らすんだ。

 だってそうすれば、あなたにまだ言ってないこともーー。


 うん子の「ふふっ」という笑い声が虚空のかなたか漏れた。戸惑うような、愛情の篭った吐息だった。

「ごめんね。ありがとうさようなら増田



 ブリブリブリブリブリイジギュルリルリイリブリッブッブッブッブーブリリリリィ!!!



 盛大に漏れる音がした。

 尻に湿ったものほとばしった。

 この感触

 十年間ずっと忘れていたこのなまあたたかさ。


 終わった、と思った。


 だが、不思議とヤリサーたちが異臭に気づいたようすはない。わたしにもにおいはわからない。自分の便だからだろうか?

 うん子の気配もどこかへ失せていた。

 わたしは平静を装って席を立ち、トイレへと向かった。

 便座に座って下を脱ぎ、解脱した僧侶のような心持ちパンツを見つめる。買ったときには真っ白だった、清純と純潔の象徴のようなパンツ……。


 白いままだった。

 夏空に浮かぶ背の高い雲、この前観た『メアリと魔女の花』に描かれていた積乱雲のように晴れやかな白だった。

 茶色い粘った汚れなど、かけらもついていない。


 わたしは漏らしていなかったのだ。

 だとしたら、あの確実に三リットルはぶちまけたような大きな排便音はいったいーー?


 トイレから出て、席に戻ろうして、店内がやたら騒がしいことに気づいた。

 ヤリサーどものあたりである。彼らの阿鼻叫喚が聞こえてくる。

「テメーおまえウンコなんか漏らしやがって」「マジふざけんな」「これからおまえの名前はウンコノミクスだ」

 わたしはそのまま席に戻らず、店外へと出た。

 雲ひとつない、パンツはいていないお尻のように清潔な空に、純白の肛門にも似た太陽が燦々と輝き、けがれのない世界をつつんでいた。

あなたの忘れられない言葉はなんですか?

ふとしたタイミングで思い出す言葉があったりする。

そしてその言葉が、今の自分を支えてくれていたりする。

自分の忘れられない言葉は、2011年3月12日に友人が発した「医者になっておけばよかった」という、後悔とやるせなさが生み出した言葉だった。

2011年3月11日関西圏にいてテレビも見ずに深夜まで働いていた自分があの地震を知ったのは帰りのタクシーラジオだった。

なんか関東の方が大変だったらしいね、くらいの気持ちでその日は寝た。

翌日になってネットテレビニュースを見て、だんだん悲惨な状況が伝わってきた。

後になって知ったことは、それすらほんの一部の話で、状況はもっと深刻だったということだった。

本当に大事情報は、なかなか届かないんだなって思った。

その日に一緒にいた裁判官の友人が上述の言葉を発した。

これだけ勉強してきて、毎日努力してきても、裁判官自分には誰一人救えない。

助けを待っている人がいても、その人を助けることもできない。

なんで自分医者じゃなかったんだろうと。

自分医者になってて、その場にいることができれば、誰かを救うことができたのにと。

人を救えると思って裁判官になったのに、本当に大事ときに何もできなかったと。

人には人の役割があると、その時は自分たちに言い聞かせるしかなかったのだけれども、未だにその答えが出ない。

いろんなことに悩んだり、迷ったりするたびに、彼女のその言葉を思い出す。

自分の無力さを感じると同時に、自分にできること、やるべきことをずっと問い続けられているように思える。

あなたの忘れられない言葉はなんですか?

2017-07-16

https://anond.hatelabo.jp/20170716062006

助ける気が無いメンヘラ自殺は止めないこと

万が一自殺場面に遭遇したら介錯してやるように

自殺失敗で後遺症が残るのが一番悲惨から

2017-07-15

メイドインアビス読んだので感想書く(少しネタバレ注意)

非常に丁寧に描かれたサディスティック作品だと感じました

 

まず設定が面白いです

 

母を探すため、幼い少女が仲間と一緒に洞窟探検する

 

なんて書くと王道冒険活劇に見えます

 

探窟家は笛の色でランク付けされ、主人公のリコは見習いの赤笛である
リコの母は最高ランクの白笛である
発掘された道具は遺物と呼ばれランク付けされる。遺物を装備することで人知を超えた戦いができる

 

と書くと、少年ジャンプでやってそうな王道バトルものにも見えます

このように、ベースは非常に王道少年モノなのですが

 

探検する対象が深さ何万メートルもある大きな縦穴(アビス)であり

リコの目指すアビスの底が「行ったが最後、帰ろうとすると死ぬ」と言われている場所である

という当たりから怪しくなります

 

これまでの多くのファンタジーものでは、何かを解決するために勇気を振り絞って前進し、明るい未来イメージできましたが

この作品には前進するほどに絶望が待ち受けています

まさに地獄への旅路暗喩のような状態です

 

この絶望感を増大させているのがアビス呪いです

「戻ったら全身から血が吹き出る」とか「戻ったら人外になる」とか「戻ったら死ぬ」とか

エゲツない呪いなわけですが、この「戻る」というのが、「地上まで戻ったら」ではなく

たかだか階段を上がったら」程度で起こります

まり、ある一定ラインを超えたら、数メートルすら上昇することが許されず、ひたすら下へ下へ進まなければなりません

しかし下へ行けば行くほど呪いが強くなります

 

この絶望感、息苦しさが非常にサディスティックなのですが

そんな中、リコだけが「底まで行けば何とかなるかもしれない」と明るく振る舞うわけです

それがあるため、単なるサディスティックなだけの作品ではなく、強い絶望の中で輝く僅かな希望という味が出ていると感じました

 

とは言え「アビス呪い」なんでいう設定を作ったのならそれを生かさなければなりません

そりゃ、悲惨なことになりますよね

12歳程度の主人公一行に襲いかかる暴力呪い悲劇

主人公戦闘力普通のこども

敵は白笛や、アビス怪物たち

ああなんて絶望

次のページで即死していてもおかしくないような緊張感と、ほんわか冒険ギャップ

 

作者は確実に変態ですが

あくま無駄グロはありません、きちんと説明されています

王道ストーリーをきちんと踏襲しつつ、非常に絶望的で、少し希望があり、グロとかエロとかやるという

非常に絶妙バランスで作られた作品

そういうのが好きな人には、たまらないと思いました

 

___

 

書き忘れ

 

レグがショタかわいい 

 

「戻れない」ということは、途中で出会った者と確実に今生の別れになるといううまい仕組みになっている

2017-07-12

まれてきてよかったですか?


結婚をしたまわりはどんどん、1~3年後には子供をつくって産んで、育てていっている

中には、不妊治療を頑張っている知り合いもいる。

私は結婚はしたけど、子供がほしいとは思えない。

子供赤ちゃん自体かわいいとは思う。

出産の痛みが怖いというのもなくはありませんが、

一番大きい要因と自身で思うのが

自分が生まれてきてよかったと未だに思えないか

という結論にいたった。

別に、壮絶・悲惨人生をおくったわけでもない。

日本普通の家庭で普通に育った。

両親も嫌いではない、好きだ。不自由なく育ててもらったと思うし、親孝行をしていきたいと考えている。

夫に対しても、自分にしては良い人を見つけたなと思っている。

もし、生まれるという選択肢しかなかったのであれば、

最善な人生(よい夫、両親)であったと思えるし、

結婚式をあげたときはもうこれ以上の幸せはない、もう死んでもいいな〜と夫婦で話したりもした 笑

だけど、幸せがあるぶん、悲しいことや辛いこともある人生

トータルで考えても、自分がまだ生まれてきてよかったと思えない・・・

もし、タイムスリップして、自身が生まれるか生まれいか選択できたら、

まれないを選ぶ可能性が高いと思う。

そんな考え?をもっているから、子供を産みたいとは思えない。

安易ではないと思いたいが

かわいい・癒される、母性本能が〜

産むのが当たり前

と思って、子供をつくって産む方々は、

からみたら、皆生まれてきてよかったんだな〜と思っちゃいます

ひねくてれているのか考えすぎなのか・・・

似たような考え方をもった方はいますか。

また似たような考え方をもっていたが、変わったなどありますか。

2017-07-11

オタクフェミニストは誰と戦っているのか。

 このところ永劫回帰のようにエロ表現における争いが繰り返され、オタクフェミニストラグナロク永遠につづくかのようにおもえる。


 これだけやりあっていれば普通はたしょうなりとも相互理解というものが生まれものであるけれども、それはリアルな論戦の話なのであって、不特定多数不特定多数に対してやたらめっぽうに機関銃を撃ちまくるインターネット塹壕戦ではただ人が死ぬだけであり、平和条約は結ばれず、ただ人が死ぬだけであり、憎しみは連鎖し、ただ人が死ぬだけである


 わたしたちは第一次世界大戦を生きている。

 毎日がソンムの戦いだ。



 オタクフェミニストそもそも互いに互いを認識しているのだろうか?

 フェミニストが「えっちなのは子どもによくない」と言い、オタク宮崎勤池田小のやつとエドゲインを足してニで割ったような怪物として罵る。

 オタクは「表現規制をするな」と言い、フェミニスト権力によって表現の自由を、人間尊厳を奪うヒトラーの再来として恐懼する。


 彼らにはそれぞれ「何」が見えているのだろうか。

 彼らがそれぞれ想像する「敵」とは誰なのだろうか。


 オタクにはトラウマがある。

 悪書追放運動である

 1950年代PTAが中心となって展開されたマンガに対するバッシング運動だ。

 暴力的表現子どもの情操に悪そうな表現はこどもに見せるべきでない、というスローガンのもとに当時芽吹きつつあった劇画手塚治虫などを中心として爛熟しつつあったマンガ文化に打撃を与えた。

 これによってオタクたちはDNAレベルで、「(残酷だったり過激だったりする)マンガを『わるいもの』として非難するのは保守派ファシストのおばさんたち」という了解が植え付けられたのだ。


 なぜ戦争を二十年で忘れることのできた民族が六十年前の、教科書にも載っていない出来事記憶しているのかといえば、それは語り部が優秀だったからだ。

 悪書追放やり玉にあがった漫画家たちはのちに大御所となって「漫画文化立役者」として官民両方から賞賛される身分を獲得しても、悲惨迫害を忘れなかった。

 彼らはそのとき体験エッセイ漫画にしたり、ことあるごとにマンガネタに織り込んだ。

 そういうものを読んだ後進の世代は「今は平和マンガ享受できている国なのに、過去にはこんな悲惨なできごとがあったんだ!」とショックを受け、苦難の記憶継承し、そのうち漫画家となった人々は「マンガ表現を悪と呼ぶわからずやな大人」たちを戯画化して描き続けた。先人たちを見舞った悲劇を繰り返してはならない。そう彼らは叫び続けた。

 悪書追放運動記憶継承は、歴史上のあらゆるトラウマ継承運動のなかでも最も成功した部類に入る。それはオタクが長らく被差別民だった(と少なくとも自分たちでは認識していた)せいもあるだろう。

 そういうわけで、マンガ守護者たちの末裔たちは今でも各所に見ることができる。ちょっと前にもあったよね。ほら、『マンホール』描いた人の……なんだっけ、なんとか都市ってやつ。


 さて、戦争から七十年も経てば、各国家における仮想敵も大きく変わるものだ。アメリカWWIIでは影の薄かった中東を主戦場とするようになって久しいし、そのアメリカとかつて世界を二分したソ連は国ごと崩壊してしまった。

 だがオタクたちはずっと敵は「既存道徳にしばりつけられた保守的道徳的なガミガミおばさん」のままだと思い込んでいる。自分たちの敵はヒトラーである叫び続けている。



 フェミニストたちを一言でくくるのは難しい。

 「反表現規制」の旗のもとに団結しているオタクたちに比べて、そもそも男性男性社会のもの憎悪してやまないミサンドリストからオタクとの対話を求める層までほとんど分裂状態様相を呈していて、

 そうなったときクローズアップされがちなのはラディカルな発言だ。


 しかオタク側が言い募るように彼女たちは「こどもたちを歪ませる」表現を憎んでいるのではない。

 「こどもたちを傷つける」表現をこそ問題だと言っている。

 教育ではなく、トラウマの話だ。


 フェミニストたちにもトラウマがある。

 日本にかぎった話でもないかもしれないが、マスメディアサブカルチャーにおける性的エロという意味限定されない)表現や言説は男性中心的な傾向が強い。

 ふた昔前はテレビ女性おっぱいエロティック晒すなんてのはゴールデンタイムにすらみかけられたし、

 そこまで過激ものでなくとも、女性に対するセクハラめいた言動が「ジョーク」として受容される環境があった。

 それはジャンプなどの漫画メディアにあっても同様で、男性読者からは「問題ない」描写ジョークとしてスルーされる描写であっても、そこに女性に対する男性的な欲望、ひいては暴力を読み取る多感な少女は数多い。

 そういうものがある種の社会に対する不信となって根強く彼女たちの底に残る。


 男は言う。いや、あの程度の表現で傷つくのはあまりにか弱すぎるだろう。自意識が過剰すぎるのでは? たんなる一過性メンヘラでは?


 少女たちはテレビマンガを消費するには、あまりにもセンシティブすぎるのだろうか?


 一面にはそれもあるかもしれない。しかし、傷つきやすすぎることとの何が問題なのか?

 刃のついた表現現実存在し、それで傷つけられる肌が現実にある。

 問題とはむしろそこだ。

 何も知らない無垢な肌が刃に触れたときに血が出るのだとして、たしかに近づいてきたのは肌のほうかもしれないが、刃の危険性も知らないものにあらかじめ避けておけばと非難するほうもどうかしている、根本的に事故を防ぐためには刃のほうを鈍らせておけばいいのでは? 自動車会社などはそうやって事故を軽減しようとつとめているだろう?

 私たちは次の世代を「正しく」育てようとは思わない、ただ、不慮の事故から守りたいだけだ。


 傷つきたくないこと。傷つきたくないこと。

 こうしてアイデンティティポリティクス生まれる。

 彼女たちの目的は次の世代トラウマを残さないこと。

 そういう意味では、オタク表現規制運動歴史を語りつぐことと少し似ている。


 そして、オタク同様、「敵」を認識しそこねている。


 フェミニスト場合はあまりに内部で混乱しすぎていて、個別問題の何が問題であるのか、その問題をどう解決していくべきなのかで定義統一がはかれていないことだ。

 これは攻める側の弱さでもある。

 守る方は現状を維持しさえすればよく、つまりは「表現規制反対」に各員の意志を集約させればよい。

 だが、フェミニスト側は具体的に個別問題のどこをどういった理由でどう修正していけばよいのかまでを提示しなければならず、これに関する意見を調整出来ない場合もっとも極端な意見ーーすなわちオタクたちが最も恐れる「全面的表現規制」が対立を煽る人々によってショーアップされてしまう。



 そうなってしまえば、あとは殺し合うだけだ。



 彼らはお互いに敵を「保守派」として捉えている。

 オタクの眼に映るフェミニストは「道徳を重んじて表現を認めないファシストガミガミおばさん」

 フェミニストの眼に映るオタクは「男性社会の無思慮な暴力肯定しつづけるレイピストクソ野郎


 オタクはただ表現進歩性を守りたかっただけなのに。

 フェミニストはただ表現進歩を与えたかっただけなのに。


 ここでは、もはや誰が敵か味方かもわからない。

 もしかしたら、敵も味方もいないのかもしれない。

 自分以外のすべてを虐殺しつづける戦場

 それがインターネットであり、インターネット表現規制論争だ。

https://anond.hatelabo.jp/20170410092637

金払って 痛い思いして ブスになっただけで草

頭悪いんだろうなぁ。類人猿顔だけじゃなくてガミースマイルなっちゃったのかな?だとしたら悲惨すぎる。

あと、マスクしたら美人っていう苦しい言い訳はいいよ~!どう足掻いても整形失敗モンスターには変わりないんだよ~!現実から目を背けるな 引きこもってないで鏡見ろ

あと重箱の隅を箸でつつくようなこというと 3桁ってそれ何百円ってことになっちゃうから駄菓子屋かよ。三桁万って言いたかったのかな?

まぁ、下調べもせずに整形しちゃうような人だからしょうがいか

これを機に猿の惑星にでも出演したらいいんじゃないですかね?

転職に向けて職務経歴書書いている

この間数えたら社会人になって15年経過してた。

初期のころの職務経歴書を読み直していて、当時の上司たちと同じくらいの年齢になっているわけだけど、

から見返してみて、何故あんな連中と働かなきゃいけなかったのか理解できない。


いやいいんだよ。経験年数重ねてても。

まともに業務内容が説明できない。身なりは汚い。くさい。くちゃくちゃうるさい。

資料独りよがりコードファイリングもぐちゃぐちゃ。レビューもできない。

顧客自分よりも新人の俺のほうが話が分かりやすいということで間に立とうとしたら拗ねる。

時間コントロールもできないから、平気で残業強要する。俺の家お前より片道一時間通勤が長くかかるんですが。

外国人オンサイトメンバー露骨に行う人種差別

パワハラセクハラ当たり前。自律のできないカス

今ほぼ変わらない年齢なんだけど、なぜあんなにできない人間の下にいなきゃいけなかったのか。

考えてみたら配属の希望なんて一度も聞かれず、全く希望しない部署に回された。

学校コネでもなんでも、別の会社に入っておけばよかったと数年後悔した。


このころCOBOLとかやらされたおかげで未だに求人に突っついてくるけど、俺そのあとAWSとかSalesforceかいじってるから

全くやる気ないかCOBOLとか。経歴書にCOBOLという汚れがついているような気がしてしょうがない。

しか設計書の記述手書きで定規使ってやらされてた。当時EXCELVISIOがあるにもかかわらず、だ。

苦労を人に継承させる類の効率化の図れないバカばっかりだった。)

退社後、自分のいた会社パート契約切られ、優秀な人はやめるなり、親会社につれていかれたらしいけど、

残された人は悲惨もの自分から命を絶った人も現れてニュースにもなったらしい。

正直あんなところにいたら死にたくもなるよ。

でもそれを作ったのは自分でもあるんだから同情もできない。


次の職場は本当に上も横も優秀な人たちに囲まれてて良かった。

大きく成長させてもらえたと思う。でもごめん。やりたい事に遠くなるのはつらい。


今回の転職活動職務経歴書書き直すまですっかり忘れてたんだけど、

新人時代から7年をカスみたいな環境で身をやつしたの、こうやって見返すと勿体ない。

この時のトラウマと戦うのしんどい。


新人で、業務内容も実質大手下請けみたいなことつかまされて周りがバカばっかりな職場にいる20代

とっとと抜けたほうがいい。マネジメントができないその組織は自滅するべきだから

そして君は巻き込まれるべきではないから。

2017-07-10

旦那デスノート

もっとしょうもない愚痴ばっかりかと思ってたのに、ガチ誰にも言えないような悲惨すぎる生活を送ってる妻が多すぎて泣けてきた。

この人たちも結婚したとき幸せだったんだろうな。それなのに毎日地獄を生きてる。なんだかな。

この人たちが早く離婚できますように。

2017-07-09

https://anond.hatelabo.jp/20170709154334

「漢」という大きな国で「黄巾の乱」という農民反乱が起きる。

朝廷は各地に将軍派遣してようやくその乱を鎮める。

そのあと董卓っていう奴が独裁者になって暴れるんだけど、部下の呂布という奴に殺される。

朝廷はぐちゃぐちゃで統制が効かなくなってしまい、各地の将軍たちが独立して戦国時代みたいになる。

そのころは大陸の北の方が豊かで人口も多く、その覇権を巡って曹操袁紹という二大勢力が戦って、曹操が勝つ。

曹操日本戦国時代で言えば織田信長みたいな冷徹天才タイプ

北半分を手中に収めて圧倒的な勢力を持つようになった曹操

しか大陸の南東のほうで勢力を拡大していた孫権という奴に「赤壁の戦い」で大敗する。

孫権徳川家康みたいな地域密着型の苦労性タイプ

また、孫権に協力していた劉備という奴が、その戦いのあとの隙をついて大陸の南西の方を占領する。

劉備豊臣秀吉…と言いたいけどわりと違くて、やたら仁義忠義にこだわる良い子ちゃんタイプ

実は西遊記三蔵法師に近いんじゃないか

北半分を得た曹操の「魏」、南東を得た孫権の「呉」、南西を得た劉備の「蜀」。

この三国が鼎立するから三国志演義」。

特に劉備主人公格で、義兄弟関羽張飛と共に、紆余曲折を経て国を打ち立てるまでが前半。

でも建国した矢先、関羽は呉と戦って殺されてしまい、張飛も部下に裏切られて殺されてしまう。

義弟たちを殺されて怒り狂った劉備は呉に攻め込むんだけど大敗して死ぬ

そして劉備軍師であった諸葛孔明が、劉備亡きあと、圧倒的な力を誇る魏に対してさまざまな奇策を持って挑む、というのが後半のストーリー

既に曹操も死んでいるから、魏の将軍司馬懿という奴が孔明ライバルになる。

孔明は魔術的な天才軍師として描かれ、司馬懿相手連戦連勝する。

しかし彼我の戦力差はいかんともしがたく、やがて孔明死ぬ

孔明の死後は、後継者姜維を中心に、蜀も粘るんだけど、ついに魏に降伏することになる。

具体的に言うと、鍾会という野心旺盛なエリート姜維を釘付けにしているあいだに、鄧艾というドモりが酷いおっさんが間道を通って蜀の首都を攻め落とす。

でも鄧艾のことが気に入らない鍾会は、鄧艾の勝手な振る舞いを讒言して殺してしまう。

さら姜維に唆されて、鍾会は蜀の地で独立してやろうとするけど、あっさり発覚して鍾会姜維は殺される。

この頃の魏は、司馬懿の息子たちがすっかり権力を握っている。

そいつらが蜀の滅亡の後に魏を乗っ取って、「晋」という国をつくる。

この晋の名将に羊祜という奴がいて、最後に残った呉をいつ滅ぼそうかと手ぐすねを引いていた。

しかし、このときは呉にも陸抗という名将がいた。

二人は国境を挟んで互いのことを認め合い、手紙や酒を送りあうほどだった。

この頃の呉は、晩年に耄碌した孫権が、悲惨後継者争いを引き起こして国力が低下。

陸抗の力によってようやく保っている有様だった。

やがて羊祜も陸抗も亡くなったあと、羊祜の後継者となった杜預という奴によって、ようやく呉は滅ぼされた。

魏も呉も蜀も消え去り、晋が大陸統一したのだった。

おしまい

2017-07-06

女はズルい

https://anond.hatelabo.jp/20170706183221

女にとってはこの世の大半のエロ自分に興味が向くものでずるい

男はセクシャリティ武器に稼ぐなんてこともしづいからずるい

女子純粋業務能力を下に収入を得るのは問題もないしどんどんそういう世界になれと思う。

から女性社会進出して自身純粋業務能力で完結するなら(ていうか大半はそうだろうと思う)なんの問題もないと思う。

でも現実業務能力だけでなくセクシャリティによる利益享受しているとそういう現実があることで不平等感を感じることも多いということももっとわかってほしい。

まれときから死ぬまで自分の性を武器にできずに生きなければいけない男のこともちゃんとわかってほしい。

女子社会進出する過程で同年代男子より性的な魅力から優遇されてしまうことはある。下着を売ったり、身体を売るほうが、同年代男子より遥かに多くの収入を得られることもあった。

そしてそれはとくに強く罰せられることもなく売春禁止法は買う方を処罰し、売る方は救済を必要とするものであるとして流された。

というか不特定多数との売春禁止されてるだけで、女性側が特定相手だと証言した時点で女性は罰せられないんだよね。

よく売る方も買う方も悪いって言われるよね?

脱泡ドラッグとか麻薬とか、売る人が悪いって言説が主流よね?

売春問題だとそれをわかってもらえなくなる。

女が売るのは問題視されず買う男が悪いという論調ほとんど。

それどころか女子小学生中学生高校生が売る場合も売る女の問題には触れず買う男の問題にしてくる。

だって売る売らないの選択ができる立場場合だってもちろんある、そして女のやむを得ず売る場合は本当に悲惨なことになっている。

からこんなこと言いたくはない、でもどうしてもやりきれなくて言いたくなる

女はずるい

男はずるい

男にとってはこの世の大半のエロ自分被害が向かないものでずるい

男はレイプされて妊娠されることもないからずるい

男子エロに興味をもつのはなんの問題もないしそれらが外に向かないなら好きにしてくれと思う。

からエロい漫画を読んでそれで完結するなら(ていうか大半はそうだろうと思う)なんの問題もないと思う。

でも現実で性被害にあう可能性が高い性別で生きているとそういう表現物があることで不安なことも多いということももっとわかってほしい。

まれときから死ぬまで性被害に怯え続けながら生きなければいけない女のこともちゃんと守ってほしい。

男子エロに興味をもつ過程で同年代女子性的加害をしてしまうことはある。着替えをのぞいたり、盗んだり、身体を触られることもあった。

そしてそれはとくに強く罰せられることもなく男子健全な異性への興味をもつ過程で仕方がないこととして流された。

というか罰せられても被害者は救われないんだよね。一生の傷として残る。

よくいじめられたほうは一生の傷になるって言うよね?

いじめた側がのうのうと生きているのはおかしいって言説が人気だよね?

女に対するセクハラだとそれをわかってもらえなくなる。

男が健やかに育っていく中で女子は嫌な目にあっても何にもケアされない。

それどころか大人たちまで女子小学生中学生高校生のことを子どもとして見てくれず女として消費してくる。

だって性的に消費されることも性被害に合うことはもちろんある、そして男の性被害者は本当に悲惨なことになっている。

からこんなこと言いたくはない、でもどうしてもやりきれなくて言いたくなる

男はずるい

2017-07-05

アガルタ下品とかそういうのじゃなくて単純に雑な展開だなあという印象でしかないというか

舞台装置シナリオがあまりうまい具合に噛み合っていないし

そのキャラ薄くね?っていうのが新キャラほとんどというわりと悲惨な状況だと思います

キャラ多すぎてさばききれなったんだろうなあと

都民ファーストの会圧勝に思うこと。

都民ファーストの会圧勝して、ネットコメント欄結構もりあがっている。

マスコミが報じる主な要因は「腐敗への拒否反応」っていうやつで、確かにだいたいそうなのだろう。

一方でコメントの中には「馬鹿都民が多いか自民が負けた」なんていうのもあって、これから政治的求心力が弱まることの問題を指摘しているものもある。

~ 問題求心力ではなく「どこに向かうのか?」の欠如だ。

そういったコメント欄を見るにつけ「我々はどこに向かうのか?」の論争がとても少ないな、と感じる。

求心力表現するからには、どこに向かうのかは最も大切な事柄だ。

いや、もちろんどんな政党も「何をするのか?」「どこに向かうのか?」という話はしている。

しかし、そのアイディアたるや、現実的すぎるか、場当たり的すぎるかのどちらかに感じる。

大抵はバックグラウンド経済の話が見え隠れしていて、それにラップがかかっている。

言葉をかえていえば、生物的に自然である自分利益をとりたい」と「生き残りたい」という2つの欲が、強烈に表れている。

しかしだ。

人間は、その自然現象に抗いたい生物でもある。

自分の目先の利益をとりたいのと同時に、人の幸せの役にたってもみたいし、大義のためになら死すら覚悟することすらある。

それが自分にとって、大きな報酬になることを知っているかである

多くの人は、こんなことは100も承知から、このバランスをとった政策を思いつきたいと、四苦八苦することになる。

~ 政策人間欲求100%理解したものであってほしい

さまざまな政策案は、ある意味「人を馬鹿にしすぎているのかな」と思うことがある。

先に触れた「自分利益をとりたい」と「生き残りたい」という2つの欲求スイッチを押しすぎていると感じる。

マズローの五段階欲求説が正しいとするならば、21世紀においては、もはや(経済的ではなく)生物的な生存欲求を満たせない人は限りなく少ないのであるから政策人間のもう少し別の社会的欲求を満たすようなものであった方が、実は自然であると考える。

今の政策案のように、人間生存レベルスイッチを押しまくった結果は悲惨である

おもしろもので人は押されたスイッチに反応して態度をかえるからで、生存欲求スイッチを押しまくった結果は、生き残り競争しか残らない。

もしこれに人の絶望が加わるならば、そこには戦争が見え隠れしてしまう。

こんなこと、誰も実は望んでいないと思う。

(もし望んでいるとしたらその背景には「絶望」が横たわっている)

これはとても不思議パラドクスになるが、人間を信じれないから、信じれない政策を採り続けるというスタンスである限り、抜け出せない罠である

もし政策を仕切る側として、欲求バランスをとらなければいけないと感じているならば、まず人間を信じてみるしかないのである

~ 希望武器になる

さて、では無邪気に人を信じてみるとして、一体どのようにアプローチすればよいのか?という課題がある。

それはマズローの五段階欲求の、より上位の欲求をつくように、政策アピール意図的にかえていくという試みが必要になる。

しかしその話をシンプルにしてしまうと、多くの人にとってピンとこないし、人の恐怖心や思い込み呪縛を解かなければいけないことも多いから「希望」をもって語れるエンターテーメント性が必要となる。アップルアプローチなどは抜群にうまい。あれを真似る手はある。

どちらにせよ政策を取り仕切る側としては、21世紀において、社会的欲求の方が生存欲求よりも強くなりつつあることを悟った方がよい。だからこそ、それを求心力に使わない手はない。

つの時代社会課題を抱えているが、21世紀は、脱戦争平和という意味で、人間にとってかなり重要課題を抱えている。

その課題解決するには、政策にも21世紀イノベーション必要で、そのイノベーションとは、人間生存欲求をつくことをやめることだと考えている。

~ 根本問題希望平和矛盾することである

さて、ここでどうしても目をつむれない話がある。

それは、希望平和一見すると矛盾するという話である

希望人を動かすものであるが、大きな希望の一つが「根本破壊であるというやっかない人間性質がある。根本破壊はたいてい戦争につながる。

この衝動は「なぜ人間破壊的な感情もつのか?」という書籍もでているくらいやっかい性質であることは間違いない。

しかし、その書籍でも結論がないように、この破壊衝動というのは、人間に備わった自然欲求である理解するしかない。唯一理由を考えるとすれば「想像のためには破壊必要である」という、人間都合ではない想像くらいしかない。

今までも人の社会は、安定してくると腐敗がはびこり、それに絶望した人たちが破壊(多くは戦い)をおこし換えてきた歴史がある。

まり希望にみちて破壊行動を起こすのである希望平和を作らない。

これも自然の掟なのだとしたら、今まで考えてきた話はまったく無に帰する。つまり我々人間能動的に起こせるアクションほとんどない。

どんな政策を思いつこうが、がんばろうが、自然の成り行きで腐敗した社会暴力的に定期的に置き換わるだけである

この問題こそ、21世紀政策考える人たちが真摯に向き合わなければいけない課題だと感じている。

我々は抗うだけ無駄存在なのか、それとも違う方法があるのか?

~ 21世紀には新しい希望の創出が必要

さまざまな背景を想像した上での個人的見解としては「新しい希望を創出することこそ、今の為政者が取り組んだ方がよい問題である」と元に戻りたい。

なぜなら、少なくとも今までと同じスイッチを信じていただけでは、同じ歴史を繰り返すことになる。

幸いにして、今世紀は人間にとって面白いイベントが多数待ち構えている。

初めての高齢化キープした人口減少もそうだが、AI時代においてシンギュラリティが語られ、人間の脳を含めてたいしたことがないことがわかってきている今、人間存在人間という生物に対する深い理解チャレンジがこの世紀では実現してほしいと思っている。

そうすれば、少なくとも人間の抵抗が無意味なのかそうではないのか?のテストにはなる。

今の各政党(もしくは個人かもしれないが)が取り組むべき真の問題は、深い人間理解のもと、無邪気に自分自身を信じて、今までの政策アプローチをそれこそ破壊することであると思う。

そのためには、信念が必要で、そのためにはテクノロジー的な人間理解必要で、その先には死生観自然との対話芸術必要である

さもそれが実現されたならば、平和ということが人間にとって必要ことなのかどうかも含め、本当の信念ある目標として成立させることができる。

それこそが、皆が信じてもよい「希望」となって人を動かし、21世紀における偉大なチャレンジがなされるはずである

それが欲しかったわけじゃないのに

これは28にもなってまだ童貞やってる高卒ブルーカラー婚活顛末記です。

平均以下の人間が婚活はこんな感じなのだと、ちょっと伝えてみたくなったので書きました。

事情により脚色を含んでいますが、大筋はこのとおりです。

コトの始まり

高校卒業して少しフリーターとして過ごした後、僻地ではない程度の地方就職して移り住むことになった。

仕事典型的ブルーカラー。鉄をくっつけたり曲げたり削ったりする町工場のようなトコ。年収は300万にも満たない額。

公共交通が発達していない田舎町で遊ぶ場所もないものから、近所にある飲み屋カウンター常連になっていた。

地元出身ではないにもかかわらず、自分は他の常連のおじさんたちに歓迎されたと思う。ちょっと酒の趣味が渋いのもあるかもしれない。

人口流出が止まらない土地で、ヨソからわざわざ来た珍しい若者といった感じだったのだろう。

意外なほどにヨソモノは出て行けという空気は全く感じられなかった。もしかしたら自分が鈍感だったのか。

そんなおじさんたちの中に市役所部長さんがいて、自作PCという共通趣味があったので最も話した人だったのではないかと思う。

他にも娘さんがポムポムプリンが好きだったらしく、自分シナモンが大好きだからサンリオつながりなのかプレゼント相談に乗ることもあった。

失敗の始まりは「増田くん彼女いないんだっけ?」ってな会話だったと思う。

「今度さー行政街コンっていうやつの支援するんだけど、行ってみない?」

たぶんおじさんも言ってみただけ。これに乗ってしまったのが大失敗だった。

「失敗しても笑い話にすればいい」なんて考えてはいけなかった。

コト

イベントに行くと保険証を見せなきゃいけないってのは結構発見だった。

運転免許証では職場特定できないかダメなんだなってことに気付いたのはちょっとしてから

何か変なカードも書かされたっけ。このときまで何も考えていなかったんだろうな。

あとはもう悲惨記憶でいっぱいだ。周りは公務員だらけだった。県庁とか、お隣の市役所から来ました、みたいな。

よく考えればこの街に残っている若い人なんて公務員か土方くらいだけど、土方はこんなイベント来ないか公務員しかいないのも当然だった。

自分も土方側の人間だってことを忘れていた。本当に無残でどうしようもない状況が周囲に広がっているように感じていた。

何が起きていたのかは言うまでもないよね。思い出したりするのもちょっと辛い。

1vs1で話したりするのだが自分テーブルに来た女性は最悪の空気を味わったろうと思う。

小役人が市民税金コンパに女集めるとこうなるんだね」ってのは自分でも結構パンチラインだったと思う。

「俺と話しても時間のムダと思ってるんだろうし何も話さなくていいよ」とも言ったっけ。

その後のフリータイム?は隅っこでオレンジジュースをちゅーちゅーしながら天井を眺めていた。

別に上手くいくと思ったわけじゃない。というか上手くいかないだろうとは思っていた。

そりゃ顔も良いわけじゃない、身長普通だし、収入学歴も低くて、趣味ちょっと気持ち悪い。話だって上手くない。

避けられるだろうとは想像していたけど、避けられ方が想像とはちょっと違ったのが良くなかったのだと思う。

この空間にもいたくなかったし、こんな人たちばかりの街にもいたくなかった。

市民ますます貧しくなってるのに、よくこんなイベントやってるよな。なんて考えると居た堪れなくなった。

所詮この世は役人天国なのだ

そして、それ以上にもう傷付きたくなかったのだと思う。

次の日には職場に辞めますということを伝えて、引っ越して新しい仕事を探すことに決めた。

あとのまつり

税金コンパ開くための数合わせに集めるなんてヒドいんじゃない?騙された感じしかしないよ」

最初から俺のこと傷付けるつもりでああいうこと言ったの?」

翌日のカウンター席は地獄だったと思う。

おじさんはずっとうつ向きながら繰り返す。

申し訳ない」「そういうつもりじゃなかったんだ」

わかってるんだ。そんなつもりじゃなかったことも何もかも。

純粋な思いつきの善意というか、そういうもの構成された何かだったってこととか。

それでも何か言葉を吐き出すたびに攻撃しながら後悔していて、口と頭が全く一致していなくて。

結局のところ友人と仕事を失っただけだった。

自分から手放しただけだという人もいるだろうけど、別に望んでそうしたわけじゃない。

彼女とか結婚とかだってそう。そんなできもしないことは少しばかりだって望んではいけなかったのだろう。

望んでも傷付くだけなんだから

一生懸命守ってきた何かがたくさん傷付いて。持っていないものすら失って。俺の欲しかった人生ってこんなのだったっけ。

2017-07-03

戦争もの女の子が出てくると悲惨エロいことしか考えられない心が汚れている

悲しい

はてーな

なるほどこういうところから表現規制派の人たちが出てきたんだな、とようやく腑に落ちた。

要するにこの目を覆わんばかりの悲惨光景が彼らを過激派に変えてしまったんだろう。

だとしたらその責は誰にあるのか。君にもあるかもしれないよ。

2017-07-02

福岡マンセー」はもう飽きた

当方、生まれも育ちも福岡県で、現在東京住みの20代後半男性です。

最近調査では「市民プライドが最も高い都市」堂々の一位だった福岡市

http://www.murc.jp/publicity/press_release/press_170614.pdf

 

いや、気持ち悪!地元愛が強過ぎだろ!

福岡県出身者の多く、特に福岡市内かそれに近い出身者に限って、「福岡って素晴らしい」的なマンセーをよく耳にします。

福岡移住を促すイベントが盛んに東京で催され、ベンチャー界隈でも「今、盛り上がっている」等ネットでも見かけますが、盲目的に信じて福岡移住して欲しくないです。そんなに給与高い就職先も多く無いだろ。

北九州筑豊等、比較福岡市から距離が有る地域の傾向は少し違うかもしれませんが、上京して数年経った今、私がいざ福岡帰省した時に感じる、福岡の嫌いな所を挙げます。(ほんの一例)

 

1,「福岡って素晴らしいでしょ?」の同調圧力が強い。

アンケート結果の裏を返せばこういうことです。実家に住む両親や、九州を出たことが無い、地元人間によく見られる傾向。私に対しては、「東京とか長く住まんで、はよ帰ってこんね」「仕事とか、こっちで探せば良かろうもん」など、無責任な口でUターンを促してきますが、その背景からは「福岡が住みやすいんだから、帰って来れば良いのに」という無言の同調圧力が有る。こっちとしては東京が楽しくて仕方が無いのに、帰省する度に言われるから嫌気が差す。押し付けがましい。あと、中学高校の仲間に自分の近況が知られたら、出回るスピードが早い。マイルドヤンキーとは言わないけど、普通に地元で働いてる友人の言動こそ面倒。

 

似ている傾向として、福岡に転勤して来た人間に「福岡のご飯美味しいやろ?」「福岡ってアクセスも良いし住みやすかろ?」等、これも同調掛けてると思うが、転勤族からしたら、きっとそういう態度取るお前らが一番押し付けがましくてウザいから!変な一体感持っちゃってて、内弁慶から余計腹が立つ。

 

2,西鉄電車、並びにバスの料金が高くて不親切。

住んでいた頃は何とも思って無かったけど、東京に住み始めてから強く思うようになった。例えば、西鉄天神大牟田線天神から太宰府あたりに行こうとするなら、往復800円近くになる。新宿調布間の往復だったら同じくらいの距離で往復500円だわ。絶対値段高いわ。だから福岡で使うのは「天神博多」の100円バスくらいで、他はあんまり良い気持ちしていない。あとはバスが多過ぎて市内はよく渋滞になってる。例えば初めて福岡に訪れた方は、どのバスに乗ったら良いかからないなど、問題多いと思ってる。とりあえず西鉄不動産でも儲かってるだろうが!鉄道バス部門スリム化して、料金も下げて、物流部門とか、別の部署お金入れて強化してやれよ。

 

3,マナーが悪い。

散々言われてる。まず、歩きタバコ。良くない。あと、タクシー並びに一般人運転が荒い、特に言いたいのは「ベンチャー支援に力入れるくらいなら、福岡市でさっさとUber導入してください。」っていう話。

http://jp.techcrunch.com/2015/02/05/everyonesuber-fukuoka/

これどうなったんだよ!国交省の反発食らっても、頑張って導入して、マナーが悪くて料金が高いタクシーを一掃してくれよ!

 

4,高校受験に学区制が存在している

これ、子供と一緒に移住するなら真剣に考えた方が良い話。私は以前から問題だと思っていることで、公立高校が学区制のため、学区の中からしか公立校受験校を選べない。例えば、筑紫丘高校は「第五学区」の地域に当たるため、中央区早良区西区の子受験すら出来ない。逆に、偏差値が一番高いとされる修猷館高校には「第五学区」の生徒は受験が出来ない。トップ校が存在する学区はまだマシな方で、悲惨なのは子供が優秀でもハイレベル高校が無いから通わせられないパターンお金無かったらハイレベル私立にも通わせられない。

 

福岡私立高校より、公立高校の方が全体的に偏差値が高く、御三家は「修猷館高校」「福岡高校」「筑紫丘高校」とされているらしい。

福岡県の通学区域について

http://fukuto.jp/info/public/system/gakku.php?

 

この学区制に対しての、福岡県教育庁 企画調整課からの回答はこちら。

http://kvoice.pref.fukuoka.lg.jp/voices/detail/id:898

>過度の受験競争を招く

って、それは供給者の都合を押し付けてるだけだろ。競争ってのは、消費者側ではなく、供給者同士のことを言うんだよ。特色有る高校作りをせず、学区に甘えてるだけだろ!他の県では学区制廃止している県も増えているのに、怠慢だろマジで

 

制服高校を選ぶ」とか「いじめっ子中学の奴らとはもう会いたくない」などの場合私立高校を選ぶか、必死勉強してそいつらとは違う偏差値高校に通うしか無い。でも学区が一緒だから電車が同じだとか、同じ高校に同じ中学出身者が絶対存在してくる。(同様に近況がすぐに地元人間に知れ渡る)

 

一旦はこのくらいにしておこう。

 

福岡ぬるま湯過ぎる。福岡に住むのは中学高校までで良い。福岡学生達は、「親が安心するから」「皆が目指しているから」って理由九州大学とか目指さず、大学からさっさと九州脱出して、外の世界を観るべきだと思う。遅くても就職タイミングで。じゃないと福岡大好きで外の世界知らない同調圧力の強い大人なっちゃう。子供や外に出た人からすると良い迷惑だわ。あと、福岡住みの女性も、ずっと福岡に住んでる男としか恋愛した経験無いのは損してると思う。女余りの都市とは言え、外出て付き合ってみるとか、転勤族と付き合ってみて、福岡以外の男も知っておく方が良いと思う。

 

もっとアンチ福岡記事ネットに増えて欲しい。

  

http://toyokeizai.net/articles/-/129445

http://girlschannel.net/topics/247675/

http://hagex.hatenadiary.jp/entry/2014/04/04/133016

福岡は確かに良いところも有るけど、変えてもらいたい「マンセー」な部分は沢山有りますから

とりあえず、まだ福岡に帰りたく無いけん、居る人達移住する外者で頑張って変えてってよ。

では、ブコメ欄にて、皆さんの意見をどうぞ。

2017-06-30

なんとなく死にたいのわけ

なんで死にたいなんて思うんだろう。一人夜中にポツンと何もない自室で椅子に座ってぼんやりとしている時、朝目覚めて外に出るまでの三十分間等々。どうしてか死にたいと思う。どうしてかなんて言っているけれど本当はその原因が分かっているような気もしていて、それでも夢みたいになんだかぼんやりとしていて時間が経てば晴天で、低気圧がやってくればまた雨が降ってそんなことを考えての繰り返し。本当はいつも曇りみたいにどんよりしてるけど、何だか仮面を被っていろんな風に頑張ってる。そういう生きづらさがあるのかな。きっとそうだ。

どうして死にたいんだろう。世の中には恵まれているのに死にたいと感じる人が多い。日本では特にそういう人が多いと聞くけど、どうしてだろう。何が不満なんだろう。何が怖いんだろう。何をしたくないんだろう。きっと何かを拒んでいるけど、それを受け入れないといけない環境にいて、そして誰もその気持ちを汲んではくれないんだろう。そして苦しい。認めてもらえない苦しさ。分ってもらう前に順応を指示される暗黙の日本典型的な善と悪と英雄を作り上げてそれを祭り上げる世界。そしてそれを自分のみならず他者に望む世界。そういう望みあいに疲れてしまったのかもしれない。往々にして人に対して感じる不満は自分への不満だったりする。人に対しての希望もまた自分への希望で。人はそうして互いに自分押し付けあって、押し売りして生きていかなくちゃいけない。それは特に日本では共通認識常識のように何か目に見えない糸でもあるのか、なにか集団的に抱いている希望のようなものがある。それが古き良きと称される至言たるものなのかは分からないが、そこに違和を感じた人間は生きづらい。この際何も正しくなくて何も間違ってないと言えれば、堂々と言えればいいのに。何も区別などしなくて、徳のあるなし、善と悪、あるべき姿あってはならない姿、対立軸なんてなければいいのに。せめてそれを共通の何かではっきりと示すのならそれは法律でもうお腹いっぱいだ。

何だか時々ここにいると具合が悪くなる時がある。ひどく自分が醜く、他が美しく、そこに向かって努力する美徳が目の前にいつもちらついているような、そんな世界他者から映しだされ垣間見るとき、すごく気分が悪くなり、悲しいようなやるせないような、とてもとても深い深い気持ちになる。

そういう時決まって、久しぶりにつけたテレビニュースで、なんてことのない交通事故ニュースを見て、「すごい。」と車の衝突による損壊状況に驚く父のわきで、なんだか画面に目を向けるのが苦しくなって、右耳から入ってくる死亡という文字何だか視線を変に泳がせながら僕はご飯を食べていて、何だかそんなよくある話を急に想像してみたりして、胸の奥がぎゅっと縮んで苦しくなる。いつもロボットみたいに淡々としているくせに。

結局のところ何を置いて生きていけばいいのか僕は分からないのだ。だからはいつも当たり障りのない生き方を演じている内に、いつのまにか体のいたるところがオートマチックへと化して、そして最後には正真正銘のロボットになる。

この先の途方もなく長い人生のことを考えると頭が痛くなる。運の悪いことに100歳まで生きてしまったらどうしようか。あと80年も生きなくてはいけないではないか。少なくとも長寿は全く持って僕に健康的じゃない。どうやって人生をやり過ごしていこうかと考えてしまう。

ただ僕にはまだ家族がいて、この世に存命している。そして僕はいつかその恩を返したいが、どう返せばいいだろうか。母や祖母は「あなたが自立して幸せ暮らしてくれればいい」と言ってくれるが、僕には到底、少なくとも後者の部分は主観的には難しいかもしれない。ごめんなさい。でも、お母さんやおばあちゃんたちが生きている間は僕はなるべく恩を返したい。そうなれるように努力してみるよ。

何ができるだろうか。こんなどうしようもない人間に何が出来るんだろうか。それを探すのが生きるということなら、僕にはとても難しい。

死にたい」と希死念慮もつひとたちを理解できないという人がいる。そして自殺絶対悪だと言う人がいる。うちの兄はそうで、実際に自殺をした同僚の葬儀に出席し、泣き崩れる母の姿を見てそう思ったみたいだ。僕の母もまたそれには賛同しているようだった。むしろ僕がそのことを、それだけがすべてではないと言った時に、ものすごい反発を受けてそれ以上は僕も何も言えなかった。母が言った、「自殺してそのあと取り残された人に対して想う気持ちあんたにはないの?」という言葉に対して、なんと言っても屁理屈になりそうで、伝えられなさそうで、何も言えなかったのだが。僕の中でこういうものの考え方は正直決着をつけたり答えを求めるのはあまり必要だとは思っていないからかもしれない。だからこそ、それを否定する人にたいして、もっと弛緩してと訴えるのもこの件においては難しいことも分かっている。だが、敢えて考えるなら、僕は死にたいと思って自殺をする人に対して想う気持ちも持ってほしいと思った。それは自分がそっち側の人間からということかもしれない。あるいはまだ他人事想像の域を出ていないからかもしれない。だが、どうか、自殺した息子に取り残された遺族に対して同情と憐憫の念を持ち、ともに泣き、想像することができるのなら、自殺した本人のことも想像してほしい。何故やめる。なぜみんなそこで思考をやめてしまうのか。いや、そうやってストップをどこかで価値観によって歯止めを聞かせなければ際限がないという不安は分かる。だから人は決めたがる。答えを見つけたがる。だが、それもいいとしても、ただそれはそれとして、そうじゃない、もっと想像をしてほしい。思考をしてほしい。毎日のように流れる死亡者ニュースも、想像も出来ないような場所で起こる悲惨実態を、綺麗に見えるものの側面を。もっとよく想像してほしい。そしてどうか決めつけないでほしい。そうしたうえで答えが見つかったと思えばそれは運のいいことかもしれないし、悪いことかもしれない。何故ならそれを証明することが恐らく叶わないからだ。自分という人間人生正当化してもそれは答えと思っている本人とってしか答えにはならないからだ。

思うに人生はやっぱり苦しむことだと思った。それは僕にとっての人生の形で恐らくこれからも昔から抱いてきたようにこの印象は変わらないと思う。どんなに幸運で、幸福で、満たされたと感じてもそれは、一時のものでまたすぐに欲しくなるのが人間だと思っているからだ。結局のところ僕は任げがよく分からないのだ。僕は僕という一人の人間を通してしか人間を語ることはできない。そしてこれは先入観とも価値観ともいってこれは絶対的に取り払うことの出来ない壁だと思っている。一方でこう生きることを運命づけられているという粋な言い方もできるだろうか。つまりいくら推論をかざしたところで無駄に終わる可能性の方が高いのだ。この手の考えは特にそうだ。企業会計監査のように正確さを求めるような類ではない。

からある程度僕は僕として生きていくことを開き直って、仕方ないにしても認めていかなくてはいけない。僕が僕と言う人間の醜さから世界の醜さを見出すような愚かな人間であっても、僕は己を巣食う愚かな人間を自らが救ってやり、時には救われる覚悟も持たくてはいけない。決して足元をすくわれないように。

初めから愚かな人間からこそ、僕はこう愚かなことを考えているのだと認めてやるのだ。

セカイだとかタシャだとか、ほかのものに何かを求めることははなからやめて、自分愚か者だということを認めて、いっそ認めず自分だけを頼りに生きたっていい。

生きれれば何よりではないのだろうか。もし、生きれるならそれは何よりだろう。そう言い聞かせていくしかないのだから。僕らには生きていくしか道は残されていないのだから。そうだろう。そうだろう。

僕らは生憎生きることを許された身分で、愚か者であっても決して罪人ではないのだ。だから、。

2017-06-29

うちの会社北朝鮮で、社長の息子は金正恩しか思えない。

社員数十人の小さな会社

家族経営なので、無能社長の息子があれこれ口出ししてくるのだが、どれもこれも生産性が下がることばかり。

もうパワハラなんて生ぬるいものじゃない。仕事中は、もう日本に住んでるのか、北朝鮮に住んでいるのかわからいくらい。

その社長の息子は手段目的になっている人で、もうやることが無茶苦茶。こっちはもう士気は下がるわ、生産性は下がるわ、精神的に参るわで、本当困っている。

クズ息子の金正恩かば社長社長だが、この会社は長くもたないんだろうなあって思う。

やっぱ家族経営って優秀な血筋ならともかく、そうじゃないのにやると悲惨ってことがよくわかった。

https://anond.hatelabo.jp/20170628133456

飛沫の飛び散り具合って、水の流し方にも大きく依存しているんじゃないかと思うんです。

うちのアパートトイレって、レバーを「大」の方へ一気に動かすと、もう、叩きつけるように一気にドバーっと水が出てくるんです。

それでまあ、下にたまっているブツがまあ飛び散る飛び散る。フタをしてないと飛沫は顔まで富んできますし、便座カバーなんかもう悲惨ですよ。

から、私はレバーの動かし方を加減してなるべく飛び散らないように流しているんですが、家族がそれに頓着しないんですね。何回か注意したんですが、最近はいやな顔をされるので言わないようにしています

代わりに、便器掃除は私がもっぱらするようになってしまいました。

トイレの飛沫云々という人には、流し方にも気を配ってほしいなと思います。まあ無理な構造便器も多いですけど……。

2017-06-28

もう少し楽に生きられるようになりたい

 

 

 やっぱりあれだ、生きづらい。

 

 昔から死ぬことなんて一度も考えたことがない、とは言わない。

 小学4年のときクラス女子からいじめられて、机に「死ぬ」「死なない」なんてあみだくじを作ったことがある。中学2年のとき友人と口論をして、教室の窓から身を乗り出し、飛び降りようとしたことがある。

 でも、どちらも本気じゃなかった。その考えはすぐに放棄できた。生きたかったし、死ぬのは怖かった。

 

 それに比べ、ここ3年くらいの死にたさはやっぱり異常だ。

 ほぼ毎日死ぬことを考えている。以前は何年かおきに一度「ふと頭によぎる」程度であったのに。

 それに、とても具体的に考える。未遂だって何度もしている。いつ実行してもおかしくはない。

 死のうとしていなかったときの私を思い出す。通学や入浴や起床などに対し、やらないと…なんて葛藤とともに行っていたことなどない。ごく当たり前に当たり前のことができていた。生きること自体には、困難なことなど皆無だった。

 

 最近、以前に増して「やばい」と思うのは、無気力に死のうとしていることだ。

 あまり深く考えていない。死にたくて、もがき苦しむエネルギーもない。生きたくない。もう十分だ。死んでもいいかな…。

 考えが綿菓子みたいに軽い。希死念慮なのに、軽い。

 

 通院が苦手だ。

 中学3年の時にホルモン系の持病が発覚した。原因はストレスらしい。幸いにも生活で困ることはそれほど多くない。寝るときの呼吸が浅くて、パートナーとの会話のネタになる程度だ。

 実家にいたときは、親が病院の予約をしてくれた。当日、私は車に乗りさえすれば、通院は完了していた。まったく苦ではなかった。

 

 しかし、大学入学を機に一人暮らしを始めて2年、発病時よりも数値が荒れた。それまで3か月に一度通っていた病院に、2年もの間全く訪問しなかったのだから当たり前だ。

 実際、当時はとても生きづらかった。必死に死のうとしていた。何度も自殺未遂自傷を行って周囲に迷惑をかけていた。結果、一人暮らし不可能判断された。

 

 病院の近所に引っ越して3年が経った。指示された時期よりも訪問が遅くなることはしばしばあった。しかし、通院は続けられていた。

 なにより、相性のいい主治医出会えた。数年かけて、先生とは近況報告をするほど距離が縮まった。

 精神面はある程度回復した。自殺未遂自傷も止めた。社会復帰もした。以前よりはうまく自己を調整できるようになった。

 

 ところが先日、病院の予約をしようと思ったら主治医名前がない。ホームページには彼女退職したとのお知らせが掲載されていた。

 ここ半年就活などでバタバタしていた。指定された通院時期の2倍近くも遅れて予約をとろうとしたのだから主治医は悪くない。適切な時期に訪問していれば、次の医師に引き継いでもらうこともできただろう。

 

 通院する気が消滅してしまった。

 そもそももう7,8年も通院して、未だ同じ薬を服薬し続けている。一回の診療に一万円弱の出費がかさむ。

 次の予約時に指定できる数人の医師のことを私は一切知らない。また一から主治医との関係を築くことから始めなければならない。

 発病時、一生ものの病とは聞いていた。しかし、もう闘う気力がない。

 

 持病についても深刻だが、心のほうも深刻だ。

 一人暮らしをしていたとき自力精神科に通っていたことがほんの数か月間だけある。

 当時は今にも増して酷い状態だった。自殺未遂自傷もそうだが、睡眠食事にまで弊害がでてきた。あまりにも生きづらいので助けられたかった。一度受診してみれば生きづらさは劇的に回復するイメージがあった。

 

 お分かりの通り結果は悲惨だった。

 精神科複数回通うことが必須だ。一度の通院で、病名の診断と、的確な投薬が可能なわけがない。薬には調整が必要である。それに、じっくりと対話を重ねて、医師に己を伝えなければならない。

 しかし、私は通院を止めた。薬が合わなかったから。医師が合わなかったから。お金がなかったから。面倒だったから。予約を忘れてしまうから。劇的に生活は変わらなかったから。

 

 当時は、強制的に何もしなくていい時期を作ってひとまず危機を脱した。

 しかし、今度は金銭的にも時期的にも、同じ手は使えない。

 

 もう少し楽に生きられるようになりたい。それだけだ。

 何も今更すごい成果をあげたいとか、そのためにすごい人になりたいとか、そんな贅沢は言わない。

 ただ、学校部活習い事や遊びに、なんの躓きもなく、最低「行くこと」くらいはできていた私に戻りたい。

 生きたいと思いたい。楽しいことをしたいと思いたい。死にたいと思いたくない。

 

 

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