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はてなキーワード: 常識とは

2018-10-22

anond:20181022141750

そんなしょっちゅう食うもんではないけど口に入れたことはもちろんあるしおすすめだってあるよ。

もみじ饅頭だったら●●屋はこしあんうまいとか●●屋はフレーバー豊富から見てみると楽しいよ、とか。

じつは個人的にはもみじ饅頭より桐葉菓がすきだよ、とか、もみじ饅頭はそのまま食うより揚げもみじにしたやつのほうが旨いよ、とか。

まあ何が常識ってコトはないと思うけど。地元に対するリテラシーレベルが高いかいかくらいの問題でしょ

てかそんな些細な小競り合い真に受けてキレあってどっちも折れたり丸く収めたりできないようじゃあんたら二人相性悪いよ。サッサと別れた方がいい。

オタク議論の仕方が相変わらず極端だ

結局オタク自分清潔感がないことを正当化したいのか?

「それはお前のお気持ちにすぎないから、客観的基準がないから、正当化されるだけの論理的理由がないから」と言って屁理屈で逃げてばかり。

結局オタクの言い分はこうだ。「客観的定義不可能な《清潔感》など持つ必要がまったくない」。しかしこれはとても極端な飛躍した結論だ。

もちろん「完全な清潔感」は実現不可能ものだ。それを要求するのは馬鹿げた話だ。これには誰もが同意できるだろう。

しかし、だからといって「清潔感を持つ必要はまったくない」というのは同様に極端な話だ。オタク論理というのはとても幼稚で単純に見える。0か100かという議論しかしないのは戦略的にそうしているのか無自覚にそうしているのか謎だが。

「完全な清潔感」を100として、「完全な不潔」を0としよう。たしかに「完全な清潔感」という100は否定される。これには誰もが同意するだろう。

さあ、100が否定された。ここから問題だ。オタクは100が否定されたので、清潔感という概念すべてが否定されたと結論する。

しかしこれはおかしい。

世の中には「ある程度の清潔感」というものがある。数値にすると1-99の間だ。そしておそらく世間の人々は60-80あたりを目指すことになる。

世間の人々が「清潔感を持て」というとき、それは清潔感60(-80)を意味しているわけだ。

しかし、オタクはその発言理解する気がないから、「お前は清潔感100を持てといっているが、それは不可能な話だ。はい論破」とする。

これは完全に話が噛み合っていない。なぜか実現可能レベル清潔感60の存在オタク無視している。

こういうことを言うと、「清潔感60もお前のお気持ちだろ」と言うだろう。

そうやってオタクのなかで清潔感概念無限後退してやがてというより直ちに自動的消滅する。

ある程度世間で共有されている曖昧認識というものを「客観的ではない」「科学的ではない」「論理的ではない」という理由却下する。これがオタクだ。

しかに明確な基準はない。ただし、基準がまったくないというわけではない。明確な線引きをするのは難しいが、たしか世間で共有されている認識というのはある。それは明確な線というものではなく、ある程度の幅を持ったものだ。基準臨機応変に柔軟に変わるものだ。

オタクはこういうことが理解できない。いつも完全な基準があるべきだと思っているし、完全な基準がないならば、そんなもの正当化されえないと思っている。

しか現実は違う。明確な線引きはできなくても、ある程度の合意常識というものはたしか存在する。

オタクのやっていることは似非理系的な屁理屈にすぎない。子供だ。

2018-10-21

話題社長大学の後輩

いま話題、ビ・ハイアの社長と同じ大学卒業した。数年後輩にあたる。友達の友達のそのまた友達、みたいな遠さだ。

あん田舎のしょぼくれた大学から全国的に有名になる人が出てきて驚いた。

出身大学は、以前からあった短期大学を4年制に改組する形で1995年に開学した大学で、あの社長の年齢だと2期生に当たると思う。

キャンパスはずいぶん田舎の湖畔に位置し、冬の風の強い日はキャンパススロープを暴風が吹き抜けていた。田舎自然ダイナミックさを学んだ。

私立大学のような多種多様人間が集まるわけでもなく、偏差値で輪切りにされた人たちと、ほんの少しの地元高校からの推薦枠から来た学生がいる程度で、おとなしい人たちが多かった。手近な遊び場は駅前ショッピングモールしかないんだから仕方ない。環境が人を選ぶのか、環境が人を作るのか。

研究者の質は高くて、私のいた当時は引退されていたもの日高敏隆先生もご存命で集中講義をされていた。休憩時間中にタバコをプカプカふかしておられたのを覚えている。「レポートを5行以上書いたら成績を下げられるらしい」という噂が流れたのの、5行以上書いてもそれなりの成績をもらった。その他、謦咳に接する機会はなかったが、脇田晴子さん(文化勲章受章)や黒田末寿さんも現役だった。

だけど世間的な評価は必ずしも研究者レベルと一致するわけではない。就職状況の悪さがそれを物語る。

偏差値的には産近甲龍関関同立の間ぐらい。しかし人数も少なく歴史もなかったので、私の在籍していた当時でも就職状況はさんざんだった。産近甲龍よりも悪かったんじゃないか就職支援室でOBOG就職先一覧をみたとき、ずいぶん危機感を覚えた。公立大学なのに地元役所や有力企業への就職すら、ほぼなかった。地元出身学生は「県外には行きたくない」と言っていて、毎日県外から通っていた私には衝撃的だった。そんな狭い世界で満足するのか、と。

私は県外のそれなりの職場就職したけれど、同じ大学出身者はおろか、「出身者を知っている」という人にすら会ったことがない。

一般的な県下出身であの大学卒業した人間は、東京なんかで企業することなど考えない。ギラギラした向上心はなく、のんびり暮らせたらいいや、という人がほとんどだ。

ここから先は完全に妄想だけど、あの社長は県下2位の大都市で生まれ育ったようなので、将来への危機感があったのかもしれない。結果、ベンチャーの立ち上げに参加して、自分も小さな企業を起こした。だから世間的な常識」を学ぶ機会がなくここまで来てしまったのかもしれない。起こした結果はひどいものだし、身の丈に合わなかったことをしたんだなと思う。

働きだしてから初めて見た「活躍するOB」があの社長だった。次は誰だ。生きている間に現れるのか。

言葉を持たない」「白いカラス」みたいな、文字通り解釈はできないけどある程度の常識のある人なら理解してくれる有名なアナロジー言い回しを悉く文字通りに捉えてしまい、そうかと思えば文字通り解釈できる言い換えをしても「そんな話はしていません」「話をそらすな」の一点張りで、まったく話を聞かず、二言目には「私が正しい、QED」の繰り返し。

こう言う人間インターネットだけじゃなくて現実存在してるんだよな。恐ろしいし、どうしたら良いやら。

anond:20181021022903

情報量が多いほど圧縮率が下がるのは常識だぞ。統合失調してる?

可逆でも不可逆でも変わらん。お前が思うブスと美人の顔を切り抜いてサイズを揃えて圧縮してみればいい。

2018-10-20

anond:20181020134559

この辺がデザイン業界常識の異常さを如実に物語ってるよな

作者が盗作の常習者って時点でもうそれは「クロ」なわけよ

デザインの善し悪しを評価する舞台に上がる資格を失ってる

anond:20181020142803

だよね

箸=2本セットの常識21世紀に合わせて変えるべき

金具とかで組み合わせて同時に5本ぐらいで効率よく骨が取れないものかね

手羽先も5本の棒であれこれすれば上手い具合に骨から肉をはぎ取れそうなもの

世界創造した神はいない(現代科学常識

西洋人も「理神論」で、創造神はいないって認めてる。

アメリカキリスト教信者で「地球平面協会」があるけど、あれが共和党の主流とか、アメリカって教育水準が低い国だね?

 

anond:20181020123842

2018-10-19

anond:20141005001115

ソローキンのみならず、20世紀以降のロシア文学は、19世紀パロディであるといっても過言ではないと思う。

そもそもロシア文学においては大元プーシキン西欧パロディをやっている。というよりも、プーシキンを読んでその背後にある西欧を読み取るのが正しい読み方。

プーシキンのすごいところは、パロディ翻案でありながらオリジナル凌駕しているところ。

オネーギンなんかもジュコフスキーから引用が多く見られる。また、本来韻文においてはヒロイックテーマ選択されるという常識を破り、世俗的な恋愛を描くというメチャクチャ実験的な小説だったということも補足します。

まりソローキンはなんら実験的なことをしているわけではなくロシア文学の定石をやってるだけで、なんら評価されるべき手法を用いているとは思えません。

彼の新しい点としては、単なる下ネタ文学偽装して増田みたいな人にありがたがらせたということかな。

ロシア語読めればわかるけど、彼のスタイル19世紀的で一見すると伝統的な文学に読めてしまうんですよ。

かにその点は新しいと思うけれど、それが優れているのかはビミョーです。

ロシアの諺に、背広を裏返して着ることは新しいけれど、それはすでに衣装の体をなしていないというのがあるけど、まさにそれだと思いますね。

anond:20181019180540

子供を持つのファンタジーというより、

結婚したら子供を持つのは当たり前」という考えが宗教レベルで身についていて

それ以外の考えを持つ人が存在するって事に思い至らない、って方が多いんじゃないかな。

そういう人って、子供要らないとか言ってる人がいても

世間常識に逆らいたい中二病大人になれば普通に治るだろう」くらいにしか受け取らない。

ハズキルーペ

常識であるかのように語られてるので

今更どんなCMか知らない(見た事ないのか、見たけど忘れたのかも分からない)なんて言えない

anond:20181019115018

そういう公私混同があるから民間ではどちらかが異動になるんだけどね。

同僚であり、夫婦であり、これがおかしいと感じないなら常識がない。

2018-10-18

anond:20181018214401

だよな

以前アスホール議員が読み間違えてマスコミネタにしてた「踏襲」なんて普通は読めない

こういうことを言うと漢字オタクみたいなのが高校で習っただの常識だのマウンティングするけど

普通の日本人はとうしゅう=踏襲だと読めない

anond:20181018140457

IT系の人たちって「自分たち常識世界常識」みたいな尊大な態度が鼻につくからそれがただ単に気に食わないだけ。

エンジニア」って言葉ソフトウェア開発者意味で使うのとかその典型だけど。

別にソフトウェア開発環境も何が何でもモダンにしなきゃいけないって話でもないし、それで仕事普通にやってける業界もあるんだけど、IT系の人たちはあんまりそういうの認めたくないっぽいのでね。

なんかマジで読解力がない奴っているのな

でも読解力ってなんだろうな

なんでその文章を書いたのかくらい欠片でも想像しようとしなさいとかかな?

通常、お前の過激解釈でこんな文章書くわけねーだろくらいの

常識は持ちなさいとかか?

 

anond:20181018090153

「皆」がいらないと判断した人間属性社会から排除しても構わないってことか。

当たり前だよなあ?

人権ゴロでもなければそれが社会常識やで。

anond:20181018083153

じゃあ、女性は男の三歩後ろ、とか?

それも常識だった時代などない。

現実の上流層は男女とも自分で歩きなどしないし(車なり籠なりに乗る)、下流層はそんな事やってる暇などない。

anond:20181018082326

ああそれは確かにそうだな。不用意なこと言った。

じゃあ、女性は男の三歩後ろ、とか?

要するに「常識を守れ」は保守思想であって、リベラル否定であるということ。

表現の自由戦士と戦う上では、そりゃあ保守思想から行ったら楽だけど、ほかのフェミニズムリベラル部分が丸ごと失われてしまう。

(ほらね、現にもうそういうレスがついた)

anond:20181018081057

女性が家庭に居続けるのは常識だったりした訳で、

それが日本普遍的常識だった時代は無いよ。

専業主婦ってのは、戦後のごく限られた時代に、限られた地域都心部)の、限られた階層中流層)の間で広がった存在にすぎない。

それ以外の時代地域階層では、女性普通に労働力扱いだった。

地方貧困層だとむしろ「嫁は夫の家の奴隷」扱いだったわけで、だからこそ「都会の豊かな家庭の専業主婦」が女性の憧れだった時代があったわけで)

今は更に時代が変わってるわけだが。

でも「性的ものは必ずしも公の場に晒すべきではない」と言うのはかなり昔から日本普遍的常識からね。

まあ昔も貧困層だと裸で過ごしていた人たちもいたけど、それは彼らの存在自体が最下層として忌むべきものだったわけだし。

anond:20181018020544

横だけど、

でも、もし多数派から常識から、という意見採用してしまうなら、女性が家庭に居続けるのは常識だったりした訳で、権利闘争としてのフェミニズムはかえって拠り所を失うんじゃないかな。

その理屈で、イスラム圏の女性たちはずっとブルカを被ってるわけだろ?あれになっちゃうだろ。

自分で触れてる多数派専制って批判も当たってないわけじゃないしさ。

ここではそれとは別の理由がいるよ。

2018-10-17

anond:20181017223533

では男の体も性的からさなければならなくなるね。

こう書くと男の身体にはエロ要素は無いという反論が来るけど、それは社会的弱者である女が今まで言いにくい社会雰囲気があったから言い出せないだけの話。

それが原因で男の体はエロではないという常識になっているけど、そんな常識簡単に覆る。

演出スキップに見るゲームにおけるユーザー思考/操作の介在度数

FGOの次回アップデートにおけるサーヴァント別宝具演出再生速度設定を宝具スキップ設定と勘違いするユーザーが多発したことを発端として、

FGOに宝具演出スキップ機能必要かどうか」という議論ネットのあちこちで噴出しているようだ。

FGOの宝具演出とよく引き合いに出されるのはスパロボαから実装された戦闘アニメーションON/OFF機能であろうが、

FGOスパロボゲーム性もっと言うとユーザー思考して操作する範囲の違いも意識しなければならないのではないか

パーティ編成や装備(FGOなら礼装、コマンドコードスパロボならパイロットや強化パーツか)の試行錯誤にかかるところは共通であるとして、

実際の戦闘パートにおける戦略操作の違いはこの両者には非常に大きいものがある。

スパロボにおける戦闘戦略性はユニットをどのマスにどの順番で配置するか思考し、精神ポイントエネルギー、残弾数などを考慮してどの武器選択するか、

また敵から攻撃回避/防御/反撃どれを選択するかと比較的多岐に渡るのに対して、

FGOに置いてはスキル選択攻撃ターゲット選択コマンドカード選択操作する箇所は大雑把に3つしかなく、

こちらの攻撃も敵から攻撃も基本はそのまま受けるだけで選択余地はない。(スキル回避/無敵状態になることはできる)

FGO場合スマホという制約の中でのゲームプレイ考慮して操作できる範囲をあえて狭めているのだろうと想像しているが、

ここに宝具演出まで削ぎ落としてしまうと、ゲーム性が著しく失われてしまうのではないか危惧しているのが宝具演出スキップ反対派の主な主張なのではないだろうか。

特に宝具連発して3Tで周回するようなガチ勢においてはすでに思考する余地がほぼ失われており、宝具演出を削ぎ落とすと効率を追求するには目を離す暇もなくボタンタップし続ける労働と化すことを危惧しているものと思われる。

とは言え、まだ多くのプレイヤーは3T周回が常識というレベルには到達しておらず、宝具演出を毎回見ることがプレイフィールを損ねているというすれ違いは発生しているのだろう。

どちらが正しいというわけではなく、ゲームにおける取り組み方によるすれ違いなのでこればっかりはもうどうしようもないのかなとは思う。

anond:20181017150121

定義曖昧からこそ飛び交ってる便利な言葉から注釈は無理だな。

「『常識』で考えて」「『大人』なんだから」と同類の、他者もっともらしく弾圧するための単語から人によって意味は違うし、違う方が都合がよい。

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