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はてなキーワード: シャワーとは

2017-11-21

anond:20171121150200

風呂場のリフォームはうちも去年やってあげた。

シャワーが壊れてたからついでに。手すりつけたり床の張替えしたり。

ものによるけど3つの中で一番安いと思う。

2017-11-20

anond:20171120093828

いや、セックスは粘液交換だからスキンシップの域をはみ出るよね

はみ出るものが多いからベッドだのシャワーだのソープだのセックス段取りは面倒だよね

からセックススキンシップじゃないよね

2017-11-19

キンタマの袋が異様に痒くなる

陰嚢湿疹てやつに1年半くらい前からなった。

最初半年くらいはまぁ我慢できるレベルだった。ほんとに軽くだけど水虫持ちでもあったので、それが玉袋にうつった所謂インキンタムシだと思って薬塗ってたんだけど一向に良くならなかった。

今年の正月あたりになると保冷財で冷やさないと眠れないレベルになり、たまら皮膚科へ。

事前にネット検索したら、寝る前に痒さが増したり、袋がカサカサになって皮が剥がれ落ちたりという症状があったので疥癬かい寄生虫病気なのかと思った。自分ペット飼ったりはして無いけども、他人ペット触ったり、動物触った子供に触った記憶とかはあったので。

受付は50代くらいのおばさんで、「今日はどういう症状で?」と聞かれたので「夜寝られないほど陰部が痒い」と正直に答えたら気のせいかもしれないけどふっって失笑された気がした。その時はそれどころじゃなかったけど後々考えるともし笑われてたなら腹がたつなぁと思った。隣にいた20代のお姉さんは無反応でありがたかった。(もしかすると反応が逆だったら嬉しかったのかもしれない)

受診にあたり、自分陰毛が薄いほうでは無いのでハサミでかなり短くカットして行った。当日朝に風呂も入って身奇麗にした。

診察で玉袋が痒いというと見せて、といわれたのでズボンを脱いでパンツのスキマからちんちんを持ち上げて該当部を見せた。具体的に言うとちんちんの付け根と玉袋の境目あたりから玉袋側にかけてが痒かった。

診断は「陰嚢湿疹」。疥癬かと思いましたって言うと笑われて心当たりでもあるの?って言われた。ステロイド入りの軟膏と乾燥を防ぐ軟膏を処方され、化学繊維の下着はやめて木綿の下着にしなさいといわれた。陰嚢湿疹も事前にネットで調べたが、原因不明の事が多く、疥癬なら特効薬があるそうなので薬一発で治ると思ってたのになぁとガッカリして木綿のパンツを買って帰った。ちなみに医者はおじいちゃんだった。美人女医とある意味しかたかもしれない。

ステロイド入りの軟膏の効き目はバツグンで、とりあえず痒くなって塗ると治まる。インキンタムシの薬は少しだけかゆみが治まった気がしたが、ステロイド無しの市販かゆみ止めはほぼ効き目がなかった。

とりあえずいいたいのは、これを読んだキンタマ痒い人は恥ずかしがらずに病院いきましょう。

なんで今頃こんな事書いたのかと言うと、原因が唐辛子の過剰摂取なんじゃないかって気がするから。これから唐辛子断ちをして様子を見るつもり。ぶっちゃけ唐辛子断ちって禁煙禁酒よりよっぽどキツイマジで

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追記

低刺激性のボディーシャンプーで、風呂上がる時にタマタマは念入りにシャワーでゆすいでるから多分大丈夫だと思うけど、念のために石鹸にしてみるわ。ありがとう

2017-11-18

anond:20171118223830

まずは毎日シャワーを浴びて身奇麗にして、清潔な服を着ること。それが女にもてる第1歩だよ。

いくらイケメンでも不潔なやつだともてない。ブサメンなら尚更。

 

スーパーコンビニで買物してレジ女の子一言会話する練習から始めたら、まだやり直しがきくから人生あきらめないで欲しい。最初は「どうも」「ありがとう」とかそれだけでいい。

これは皮肉ではなく不幸を悲しむ善意から出たアドバイスです。このアドバイスを活かすか無視するかはあなた次第です。

俺だけがアダム林檎を齧って異世界転生

たまには運動するべ、というわけで区民プールに行って泳いできた。

更衣室のドアを開けるとそこは全裸おっさんだらけだった。俺はビックリした。チンブラ族との遭遇である

他人ちんこを見るのが久しぶりだったかである陰毛がもっさもさしていた。幼女(ここ男子更衣室なんだけど…)もお父さんも全裸

いや、更衣室なんだから全裸なのは当たり前なんだろうけど、これから着替えるという素振りもなく全裸のまま涼んだり、ドライヤーをかけたりしている。

律儀にシャワー浴びてちんこ隠しながらロッカーを開け、ちんこ見られないよう服を着て、ドライヤーをかけている俺が変なのか? 自意識過剰か。潔癖症か。

俺は異様に恥ずかしくなりそそくさと逃げ出したという話。

明日も泳ぎに行きます

2017-11-16

風呂シャワーの後バスタオルで浴室を拭く

他の家庭ではどうか知らないが、我が家ではお風呂シャワーの後水で浴室を流した後、

カビ防止の為に床と壁を拭く。

最新の浴室ならきっとこんなこといちいちしないでいいんだろうな~。


anond:20171115171403

anond:20171115171403

風呂あがる前にシャワーで浴室全体を流して24時間換気してるからまったくカビないぞ

環境によってはそれでもカビるのかもしれないが

2017-11-15

次の行動指針を立てた

背景

目的

方法

実行

考察

  • 目的は達成された
  • どれぐらい時間かかった?
  • 2週間か。悪くない

2017-11-12

完全自動運転

8:00 AM - 目覚まし時計がなる。今日は8:30にオフィスにつく予定なので、そろそろ準備しないといけない。妻は昨日は出張だったため、今日は別々の部屋で寝ていた。部屋のドアを開けてバスルームに入り、シャワーを浴びる。

8:15 AM - バスルームから出る。部屋のドアを開けてクローゼットルームに入り、出勤用にスーツに着替える。今日着るシャツはちゃんとクリーニングしてくれている。

8:30 AM - チャイムが鳴る。ドアを開けると目の前はオフィスであるオフィスに入って仕事を始める。しばらくすると、同僚たちが続々とドアを開けて出勤してきた。

5:30 PM - 今日家族でディナーに出かけるため、通常より早目に業務終了して退勤。オフィスのドアを開け、自分の部屋に入る。しばらくソファ腰掛け雑誌を読む

6:00 PM - チャイムが鳴ったので部屋のドアを開けてリビングルームに入る。妻も子供たちもすでにリビングルームソファ腰掛けてくつろいでいた。リビングの窓から夕日が海に沈むのを眺めている

6:30 PM: 再びチャイムが鳴ったので、リビングのドアを開けて、レストランに入る。今日イタリアンを予約していた。

9:00 PM: ディナーが終わり、再びリビングルームに戻り、子供の遊び相手をしてやる

9:15 PM: しばらくしてチャイムが鳴った。そういえば、今日は少しゆったりとバスタブに浸かりたいとおもっていたところだった。リビングのドアを開けて脱衣所に入り、お風呂場に向かう。広い湯船にヒノキのいい香りが充満している

10:00 PM: リビングルームに戻る。明日は朝から部活動練習試合があるため、子供たちはすでに自分の部屋に戻ったようだ。しばらくリビングルームTVを見ながら妻とくつろぐ。

11:00 PM: 明日は妻の両親と温泉旅行に向かう予定なので、早目に寝室に向かう。今日は2人用の寝室で妻とゆっくり過ごせる。

翌 9:00 AM: チャイムの音で目覚める。少し寝過ごしたようだ。慌てて着替えて両親の居室に入ると、すでに妻の両親が朝食を終えて紅茶を入れていた。窓から木漏れ日差し込み、渓流の流れる音が聞こえる。子どもたちのことを聞かれたため、今日は朝から部活動で午後から合流すると伝える

10:00 AM: 再びチャイムの音がなる。どうやら宿に到着したようだ。ドアを開けて、宿のエントランスに入る。すでに何台もの部屋がエントランスにつながっており、出発客を迎えに来ている。今週末はこの宿で過ごし、月曜の朝は宿から直接出勤になるだろう。

2017-11-09

anond:20171109145039

科学的には、妊娠出産時のオキシトシンホルモンシャワー脳内に変化をもたらすことで、

親の自覚が生まれるらしいですが。

女性は、妊娠出産を通じて、脳を化学的に変えられてしまうのです。

2017-11-08

例えば「肌が黒いから汚い」のような偏見迷信に基づく差別みたいな

まれつきどうしようもないことを差別するのは良くないけど

シャワー浣腸したりクソまみれにしたまま部屋を出るのが1件2件じゃ済まなかったラブホ断られるゲイ

タイトルのようなのを同列に語るのはとても間違ってる

まれつきシャワー浣腸するような理由はどこにもねえだろ

 

ゲイが糞だらけで汚して帰るのは迷信でも何でもなく現実問題として存在してんだから

ゲイ側が意識改革を進めるか店が罰則を設ける仕組みにするか

それができなければ入店拒否にする以外に対策しようがないわけ

そういうのをまるで考慮しないでゲイ差別からやめろって単なる暴力だろ

2017-11-07

anond:20171107102447

シャワーは脱衣所含めて個室になってたりする

男性女性フロアで分かれてたりする

飲食は建前上ダメって言ってるけど持ち込んで飲み食いしてる人もいる

知らないおっさんのイビキに耐えられない人にはオススメ出来ない

2017-11-05

寝て、起きて、オナニーして、寝て。

シャワー浴びて、支度する。

  

スーパーへ行き、買い物して、レンジでチンして食事をする。

ネット眺める。

日が暮れる前に、散歩する、サイクリングする。

  

貯金通帳にらめっこしながら、休み働く。

来たるべき時に備えて、休む。

  

休む、休む。休息が必要だ。

  

無理に動かなくて良い。

言い聞かせながら、休む。

  

2017-11-04

ベビーシャワー

アメリカでは職場の同僚や友人が妊娠すると出産前にBaby showerというイベントをやる。イベントというか身内のパーティみたいなもので、お菓子ケーキを囲んでワイワイやる微笑ましいもの。それ以外にも子供が産まれから必要になりそうなもの夫婦が欲しいものリストにして、出席者がその中からプレゼントする。最近だとAmazonの欲しいものリストで作ってる人もいる。ご祝儀半返しみたいな物はなくて、大体Thank youカードかな。オムツとかタオルとかベビー服とかそういう感じのものをぽいぽいリストにいれて、あとはサポート出来る分をプレゼントするという感じ。

あの大学生クラウドファンディングかいキラキラワード使わずにBaby showerで欲しいものリスト作ればそこまで叩かれなかったんじゃないかなと思う。

2017-11-01

anond:20171101114036

ああでも女のとこ行ってシャワー浴びたり温泉とか公衆浴場みたいなとこいっても別にションベンしないじゃん

そんでもボケたらやっちゃうのかな

風呂おしっこする人

たまにお風呂おしっこするよねとか、当たり前のように書いてる大人

美容院で頭を洗われてる時おしっこしたくなるとか書いて

それはあなたがお風呂おしっこしているからです!と指摘されて

バレてる人とか、たまに見るけどまじで辞めたほうがいいよ!

将来、介護されるようになって、お風呂にいれてもらってるとき

シャワーの音を聞いたら習慣で

おしっこもらしちゃうようになるんだって

[]2017/10/31

疲れてだるくて頭も働かなかったから早めに帰った

寒いけどまだ時間夜遅くなくて車も人も多いからかそこまで寒くなかった

そんでセルフカットしてシャワー浴びてメシ食った

で少しネットしたらもうやることな

正確に言えばやるべきことはあるけどからだが動かない

まったくやる気がでない

ふとんに横になったらもういかんね

何かするなら暖房つけて活動しなきゃ

そう思った

仕方ないから布団の中でipod漫画読んでた

2017-10-31

anond:20161029170704

人によるけどシャワーしてヘアセットしてムダ毛処理それ全部女性もやるからね。男だけじゃないよ~。それにプラスしてお化粧だなぁ。

早く起きられなかったとき本当に修羅場から・・・

2017-10-29

travel note

9/25-9/29、夏季休暇を取得し、憧れの国ドイツ旅行してきました。

前夜。

トランジットのため成田から北京国際空港へ。海外で初めて口にした食べ物ピザハットピザ政治的事情から各SNSにはアクセスできず、乗り継ぎまで人生の貴重な8時間出国せず空港内で過ごしました。

中国国際航空を利用しました。何故か機内モードでも電子端末は一切電源を消すよう命じられたため、退屈な機内でした。本を読んでは眠くなるため機内ではほぼ寝てました。また機内食はお粗末なもので、一緒に出されるパンフルーツの方がずっと美味しく感じました。

9/25

フランクフルト国際空港着💢やはりメルケル氏が当選していました。

新秋のドイツは気温10~15度と寒いので、空港から降りてきた薄着の漢民族は凍えていたようです。

ドイツ鉄道が発行している「ジャーマンレイルパス」を事前に購入していたので、ヴァリデーションを済ませフランクフルトからベルリンへ移動。しかしながら自由席指定席もほぼ満席状態で、後から乗った私は車内で立ち往生してしまうことに。ベルリンまでの移動時間はおよそ4時間半。全日一等席に乗れる権利を有していたのに惨めな旅だと思っていたら検札に来ていた乗務員が空いている自由席を見つけてくれ、さらに隣に座っていたウルリッヒミューエ似のおっさんスーツケースを上の棚に入れるのを手伝ってくれました。この時感謝気持ちを述べた言葉ドイツに来て初めて使用したドイツ語でした。

ベルリン

インターシティホテルベルリンにチェック。このホテルは2日間滞在していた。一人で予約しているのに何故か掛け布団が二つあったのが気に障りましたが快適に過ごせました。いかんせん成田搭乗から今まで風呂に入る機会が無かったので、ガラス張りのシャワー室でシャワーを浴びる。

行ったところ。

ブランデンブルク門。言うまでもなく、ベルリンの壁象徴する建造物。これを見るためにドイツに来たと言っても過言ではないくらい見たかったもの。なお、この日から8日後に東西統一27周年を迎えました。東西融合を祝して、記念に橋を架けました。興味深かったのが、門周辺はイギリスフランス等各国の大使館がひしめき合っていて、門の直ぐわきにアメリカ大使館では警備員が厳めしく立っていたました。そして、『舞姫』で豊太郎が闊歩したウンター・デン・リンデン通り沿いを100m程歩くと今度はロシア大使館が見えてくるのですが、アメリカ大使館の2倍の敷地で厳重な警備と邸宅さながらの荘厳さがありました。当時ソ連東ベルリン統治する上で、東側諸国リーダーたる威信を発揮しようとしていたかがうかがえますね。

次。DDR Museumという旧東ドイツ博物館。じっくりねっとり展示品を舐め回すように見ながら1時間半くらい経ったところで閉館のアナウンスが。まだ全部見終わってないんですが。

アレクサンダー広場ベルリンテレビ塔、に行く前に広場周辺でカリーヴルストを夕食。正直ケチャップは苦手なのですが、これはケチャップと合いますねぇ!!!!これだけでお腹一杯になってしまいました。

テレビ塔。夜景を期待してわざわざ22時に入場したのですが、ちょっと想像と違っていましたね。

2日目。朝から特急に乗ってチェコに行こうとしたのですが寝過ごしました。ただ、片道の移動時間がこれまた5時間も掛かるので仮に朝一の列車に乗っても、宿泊の都合上、日帰りで帰るとなるとろくに滞在できず一日を列車で過ごしかねないスケジュールでもあったので、正直フイにして後悔はしませんでした。

テレビを点けたらチャンピオンズリーグバイエルンアンデルレヒト試合が中継されていました。2-0でバイエルンが快勝していて流石FCバイエルンでした。

昼。電車に乗ってシュタージ博物館へ。これも東ドイツ関係。『善き人のためのソナタ』にも出てきた建物写真ネクタイは、よく見ると小さな穴が開いていて、この穴を通してカメラ反体制派の行動を盗撮していたというのですから恐ろしい。

夕方オーバーバウム橋からシュプレー川沿いの「イースト・サイド・ギャラリー」を見学。これも東ドイツ時代遺産写真男性二人(ブレジネフとホーネッカー)が交わしているアツいキスは決して男色を表しているのではなく、共産圏における挨拶の一つだという…。その後はポツダムに移動しサンスーシ宮殿見学するつもりでいましたが、気付いたら閉園時間が近付いていたため断念。片道1時間電車を引き返すことに。

夜。ポツダムプラッツレストランで夕食。ベルリンピルスナーを堪能。ドイツビールは飲めるけど、日本ビールは何であんな苦くて不味いんでしょうか。クネーデルズッペ。ブイヨンベースに牛レバーの肉団子というシンプルスープ料理なのですが、これが非常に美味しかったです。スープ料理で初めて感激しました。最後ベルリン名物アイスバイン塩漬け豚肉を茹でたもので美味しかったのですが、ボリュームに屈し食べきれずギブアップ。すいませんでした。

帰路。連邦議事堂。丁度議会選挙の直後だったのか館内見学の予約が取れず外から見学

ホテル内。ビールを飲みながらテレビドルトムントレアルマドリード試合を観戦。やはりピルスナーは飲みやすい!それでいて1.03ユーロ(約137円)という驚きの安さ。なお試合は3-1でレアルドルトムントボコボコにしてました。

3日目。6時にチェックアウトを済ませ、西方シュトゥットガルトへ。メルセデス・ベンツミュージアム見学しに。ルイス・ハミルトンは好きじゃないですが、メルセデス・ベンツは好きです。前からSLS AMGやAMG GTのロングノーズのボディが気に入らなかったのですが、300SL等歴代の車種を見ていくにつれてこのノーズが力強さが感じられるようになり好きになりました。あと、AMG GTって写真で見るより意外と車体が小さかったです。

博物館を後にし、ケルンへ移動。2時間程移動してケルンホテルマテルヌスハウスチェックイン。受付は愛想が良く好感を持てましたが、部屋がツインダブルベットで虚しさがこみ上げてきました。加えて、もともとコンベンションホールホテルにした作りなのか、浴室の作りが人工的でこれまたムードダウン。

ケルン大聖堂。二つのアーチがそびえるゴシック様式ローマ・カトリック教会ブランデンブルク門と並んで見たかったものその2。駅からライン川を渡った先が撮影ポイントで、道行く外国人スリの恐怖に怯えながら100枚くらい写真を撮っていました。

夕食。『地球の歩き方』にも掲載されている有名店なレストラン。ここではケルシュという地ビールを堪能。フルーティーな味わいで飲みやすいけど、水だと揶揄されてもいいくらい苦味が薄く刺激が弱い。でもボクは好き。

4日目。最終日。朝食はフルーツポンチばかり食べてました。ゆっくりしてからチェックアウトを済まし、フランクフルトへ。

フランクフルト証券取引所。入口前に雄牛と熊の銅像ブルベア。DAXは8月以降ずっとブルってやがる!館内ツアーガイドドイツ語で何を言ってるかさっぱり判らなかったです。取引所を後にし、しばらくフランクフルト金融街を闊歩してからフランクフルト国際空港へ。ドイツ旅行はこれにて終わり。

魔の5日目。トランジット北京行の便がまさかの遅延で予定の日本行の便に乗れず。後にトランジットカウンターに行って出発便を振り替えればよいとわかったのですが、何せ初めての事態でかなりアプセット。何とか便を振り替えてもらいましたが、中国人の話す英語が判らず聞き取るのにかなり苦労しました。

19時頃羽田空港着。成田じゃなくてよかったです。ここでクイズ東京に着いて一番最初に食べたものは?そうですね、ラーメンですね。

初めて一人で行く海外旅行でしたが、正直旅行というより社会科見学に近いものでした。博物館で2時間も3時間も過ごすのでもし人と一緒に来ていたらうんざりするでしょうし、この点は一人でよかったです。完全に自分時間が流れていました。

しかしながら、やはりトラブルがある時はやはり一人で対処しないといけないですし、当然コミュニケーション外国語なので言葉がわからないと辛いものがありますね。幸い身振り手振り肉体言語でも伝わるのでこの点は何とかなることはありますが。意外にも滞在期間中一切日本語を喋らなかったのが精神的に辛かったです。

また行きたいですね。今度はルフトハンザ航空の直行便ファーストクラスで。

2017-10-28

デート中の実況中継

デート中なんだけど、ランチパスタにした。

そのパスタには沢山の刻みパセリこんもりと盛られていた。

これって、1週間ぐらい自分の体内の腸のヒダヒダに絡みついていそう。

と書いてみる。そろそろ、相方シャワーから上がってくる ノシ

2017-10-25

不潔だと若い

頭を洗うのは週2回。体はシャワーで2, 3分流す程度。ゴシゴシこすったりしない。石鹸を使うのはたまに。

朝は顔を洗わないで、目のあたりを拭くだけ。

それで俺は、昔から10歳くらいは若くみられる。

飲み会とかで年齢の話になって、言うと必ず驚かれる。

3歳上の老け顔の嫁がいたころは、親子と間違われて「あんたがしっかりしないから間違われるんだ!」と俺が叱られるという理不尽なことが3回ほどあった。

このまえも仕事で「増田さんは何歳なんですか?」と聞かれて「50ですよ」と応えたら、みんな驚いて「40歳の俺の兄貴よりずっと若いですよ!」と言われた。

遺伝とか食生活とか、いろいろ要因はあるだろうけど、タモリが湯船につかるだけの入浴法で美肌だという記事をみて、不潔なのも若さの一因かなと思った。

anond:20170916062307

久しぶりに結果報告(10/24)

・朝9:30には起きる。→毎朝7時半に起こされて朝食を食べている。美味しい。えらい。今日はやることなさすぎて早寝してしまったので早起き

毎日夜にちゃんとシャワーを浴びる。→夜ではないけど入らないと決まっている土曜以外はシャワー浴びてる。20分で交代しなきゃいけないのが辛い。えらい。

毎日3時間は机に向かう。その時はスマホを手放す。→机がないに等しい。

ブクマは1日3つまでにする。→最近しない日とする日の差が激しいけど、昨日はゼロブクマです。

YouTubeを見ながら寝ない。→インターネット環境あんまり良くないのでできない。

・隣の駅まで歩く。→してない。

・朝晩歯を磨く。→してる。えらい。

毎日ヨーグルト100g、野菜350g食べる。→ヨーグルトは出ない。野菜は出てるんじゃないかな。

読んで気づいたかもしれませんが入院している。

9月末に手術が必要病気が発覚してすぐ手術してまだ入院中。痛みはあまりないけど体力の低下をすごく感じる。

毎日両親が会いにきてくれてありがたい。甘やかされてるのを感じる。

最初増田にも書いたけれど私は無職で、無職から長期間入院しても仕事心配とかないけど仕事してたら調整大変だろうなと思う。

しかしたら死ぬかもしれない病気だけど、一度も働いたことがないまま死ぬのかと思うと最近なんだか寂しい。もし元気になったら働いてみようかなとも思ったりするけど、もともと体力なかったのにさらに体力がなくなってしまいこの状態で働き出したら迷惑かもしれないなーと思う。

2017-10-24

砕かれた鏡

(この日記は、「副業風俗レポを連載していたのだが、」https://anond.hatelabo.jp/20171023190844を「俺が編集者ならこう書き換える」という内容に無断で編集したものです。)

お久しぶり~。とにかく更新が滞りがちなこの連載。今回はちょっと趣向を変えて、生まれて初めてアジアンエステに行った日のことを書くぞ。もう六年半も前の話だ。僕のドスケベオイルマッサージ道はこの日から始まったのだ!

某月某日、夜。駅前商店街を歩いていると、妖しく点滅する立て看板が目に入った。

中国式マッサージ 60分¥6000

インターホンを鳴らすと、異様に背の低い白髪の老婆が出てきた。待合室に通され、メニューを渡された。メニュー表には複数コースが書かれていたが、婆さんは大きな目をさらに大きくして90分一万円のコースゴリ押ししてきた。僕は気圧されて、よくわからないまま一万円を払った。

部屋に案内されて、ベッドに腰かけていると、小柄な女の子が入ってきた。名前はナナちゃん。第一印象はツンとして見えるが、笑うと一気に表情がやわらぐ。かわいい! 大きな目に長いまつげ。ピンク色のぽってりした唇が印象的。髪は長めで、えり足がスッキリとまとめられている。あらわになったうなじセクシーしかし、何より目を引くのはオッパイ。かなりでかい! 上着がパンパンに膨れあがってる。そして、むき出しになった太もも。僕が太ももフェチになったのは、この日がきっかけかも。ミニスカートからのびる二本の素足。た、たまらん....。

ナナ「初めてですか?」

僕 「はい

ナナ「先にシャワー浴びますか?」

僕 「あ、はい

ナナ「じゃあ、脱いで待ってて」

ナナちゃんが部屋を出ていく。言われるままに服を脱ぐ僕。上半身裸になったところで、ナナちゃんがバスタオルを持って戻ってくる。いたずらっぽい笑みを浮かべながら、僕のズボンベルトを引っ張る。脱ぐように促しているのだ。恥ずかしながら、僕はすでにビンビン。ナナちゃんがそれを見て、キャッと笑う。腰に白いバスタオルが巻かれると、腹部がふくれあがり、その形状はまるで雪山

一緒にシャワールームへ。ナナちゃんが全身をやさしく洗ってくれる。「後ろ向いて」「はい、前」「もう一回後ろ」ころころと向きを変える僕。後ろ向きになると、ナナちゃんの手首が僕の足のつけねを通って、さわ~、と尻の穴を通過。最高だ...。タオルで体を拭いてもらい、部屋に戻る。紙パンツを渡されたが、明らかに小さい。無理して履いてみたが、思いっきハミ出てしまう。ナナちゃんがそれを見てウフフと笑う。

ナナ「うつぶせになれますか?」

僕 「あ、はい・・・

ナナ「・・・やっぱり、あおむけでいいよ。うつぶせ、痛そうだから

うつぶせだと、いきり立ったモノが圧迫されて痛いと判断されたらしい(笑)それで急遽、あおむけの態勢から始めることに。ナナちゃんが僕のひざの上にまたがると、太もも感触がじかに伝わる。う~ん、たまらん!

まずは首筋のマッサージ。ナナちゃんが前かがみになると、はだけた胸もとから谷間が見える。膝を動かすたびに、スカートの中もちらり。これってわざと!? そして、ここから先は怒濤の展開。まだ序盤なのに、ナナちゃんが僕の全身にオイルを塗り始めた! 本来うつぶせでじっくりと肩や腰をもんでから、ようやくあおむけになり、オイルが登場するのは後半なのだしかし、ナナちゃんは通常のセオリーをすっ飛ばして、大暴走。おそらく僕の興奮が伝わり、一気にスパークしたのだ! 奇跡フュージョン国籍を越えた魂の交感。ナナちゃんの指先が、僕の体の上を縦横無尽に滑走。そのなめらかな滑りは、ロシアフィギュアスケーターユリア・リプニツカヤ選手のようだ。僕はあっという間にフィニッシュ。開始からわずか30分。瞬殺だった...。

本来、こういったマッサージは焦らしてナンボ。ナナちゃんの施術はあまりトリッキー過ぎた。でも僕は大満足! 最高のアジアンエステデビューであった。

🌑

これは、ある風俗系のサイトのために書いた原稿である。そのサイトが突然閉鎖してしまい、行き場所がなくなった。自分で言うのも何だが、本当に下らない。僕は二年近く、こんな文章ばかり書いていた。この記事は、新しい店を取材する時間が無かったので、苦しまぎれに昔話を書いたのだった。結果的にこの原稿は陽の目をみなかったわけだが、書きながら当時のことを色々と思い出した。

あの頃、実は僕はドン底の状態だった。親から継いだ会社倒産させた後だったのだ。単なる地元中小企業だったが、そこそこ歴史のある会社だった。古参幹部裏切り横領大手の参入、理由を挙げればキリがないが、結局は僕が無能だったのだ。すべてを失った。恋人も仲間も、みんな去って行った。絵に描いたような転落人生だ。酒びたりの日々。毎日、目を覚ます頃にはすでに日が暮れかけていた。時計を見るのもつらかった。起きるとすぐに冷蔵庫を開けて、安い缶酎ハイあおり、またベッドに戻る。酒が切れたらコンビニに行って、缶酎ハイカップ麺を大量に買い込む。そんな生活が何ヵ月も続いていた。

いよいよ金が尽きてきたので、警備員バイトを始めた。まわりは爺さんばかりだった。地元では警備員仕事高齢者の受け皿になっていた。爺さんたちと一緒に働いているうちに、まだ20代後半だった僕も、老後みたいな気分になっていた。

件のエステに行ったのは、そんな時期のことだった。前述の通り、僕は30分で果ててしまった。そのあとどうしたかというと、ずっと彼女とお喋りをしていた。彼女は色々な話をしてくれた。まだ来日して三年足らずで、日本語ジブリアニメ勉強していると言っていた。なぜか子供の頃の写真を持っていて、それを見せてくれた。山村風景を背にして、薄汚れたシャツを着て立っている、仏頂面の少女が写っていた。それが彼女だった。話を聞いてみると、彼女は非常に貧しい家に生まれて、家族を支えるために、日本出稼ぎに来ていたのだった。

僕も自分のことを話した。地元中小企業の二代目社長社員は26人。趣味スキーテニス、車はベンツを2台所有。どれも過去には本当のことだった。でもすべてを失っていた。僕は彼女に、会社経営の苦労や、幹部に対する不満を、現在進行形の悩みとして語った。彼女の前では社長でいたかった。悲しい見栄だ。話しているうちに、自然と涙が流れてきた。彼女がそっと抱き寄せてくれた。僕は彼女の胸に顔をうずめて泣いた。しばらくのあいだ泣き続けた。あのとき彼女はどんな気持ちだったのだろう。異国で、初対面の男が、いきなり泣きだしたのだ。理由もわからなかったはずだ。かなり戸惑ったにちがいない。

ナナちゃんと話した翌日から、僕は仕事で新しい現場に入った。美術館の警備スタッフだ。スタジオジブリレイアウト展覧会だった。そこでマズイことが起きた。彼女が客として入場してきたのだ。どうやら彼女は一人で、オレンジワンピーススニーカーを履いて、髪はポニーテールにまとめていた。相変わらずちょっとツンとしていて、喋らなければどこからみても普通若い女性だった。僕はあわてて顔を伏せた。見られてはいけない。彼女の中ではまだ僕は社長なのだ。警備服を着ているはずがないのだ。彼女は食い入るように展示物を見ていた。僕は帽子限界まで目深に被り、ばれないようにした。

午後になって、今度は外の駐車場ですれ違いそうになり、あわててトラックの背後に隠れた。警備員なのに、僕の挙動は完全に泥棒だった。彼女は僕の前を通り過ぎて、その先の角を右に曲がっていった。彼女は僕の視界から消えた。

数日後に、地面が揺れた。これまでにないぐらい、大きく揺れた。巨大な津波が来て、あらゆるもの破壊した。そう遠くない場所で、原子力発電所が爆発した。日常が奪われ、何日も、何週間も、不安状態が続いた。

僕はやることもなく、ふと思い立って再びあの店に行ってみた。当然のように閉まっていた。インターホンを鳴らすと、ゆっくりドアが開いた。中からあの大きな目の老婆が顔を出して、「やってませんよ」と言った。

僕 「いつごろ再開しますか?」

老婆「もうやらないよ。おしまい

僕 「・・・

老婆「みんな中国に帰ったよ」

僕 「ナナちゃんは?」

老婆「ナナも帰った。モモも帰った。サクラもユキもみんな帰った。日本は危ないから」

当たり前だが、ナナちゃんとはそれっきりだ。僕はほどなく上京して、小さな広告プロダクション就職した。その後、仕事で知り合った風俗関係者に請われ、メンズエステ体験レポを書くようになった。

最初のうちは、アジアンエステ取材する度に彼女のことを思い出したものだが、最近はすっかり忘れてしまっていた。女性の胸に顔をうずめて泣くなんて、あの夜が最初最後だと思う。

地震で粉々に砕かれた鏡の上に今は別々の人生が映し出されている。ナナちゃん、元気だろうか。

2017-10-23

副業風俗レポを連載していたのだが、

諸般の事情サイトが閉鎖されてしまった。原稿が一本無駄になってしまったので、はてな匿名ダイアリーに放流する。

🌑

お久しぶり~。とにかく更新が滞りがちなこの連載。今回はちょっと趣向を変えて、生まれて初めてアジアンエステに行った日のことを書くぞ。もう六年半も前の話だ。僕のドスケベオイルマッサージ道はこの日から始まったのだ!

某月某日、夜。駅前商店街を歩いていると、妖しく点滅する立て看板が目に入った。

中国式マッサージ 60分¥6000

インターホンを鳴らすと、異様に背の低い老婆が出てきた。待合室に通され、メニューを渡される。メニュー表には複数コースが書かれていたが、婆さんは90分一万円のコースゴリ押ししてきた。僕は気圧されて、よくわからないまま一万円を払った。

部屋に案内されて、ベッドに腰かけていると、小柄な女の子が入ってきた。名前はナナちゃん。第一印象はツンとして見えるが、笑うと一気に表情がやわらぐ。かわいい! 大きな目に長いまつげ。ピンク色のぽってりした唇が印象的。髪は長くて、えり足がスッキリとまとめられている。あらわになったうなじセクシーしかし、何より目を引くのはオッパイ。かなりでかい! 上着がパンパンに膨れあがってる。そして、むき出しになった太もも。僕が太ももフェチになったのは、この日がきっかけかも。ミニスカートからのびる二本の素足。た、たまらん....。

ナナ「初めてですか?」

僕 「はい

ナナ「先にシャワー浴びますか?」

僕 「あ、はい

ナナ「じゃあ、脱いで待ってて」

ナナちゃんが部屋を出ていく。言われるままに服を脱ぐ僕。上半身裸になったところで、ナナちゃんがバスタオルを持って戻ってくる。いたずらっぽい笑みを浮かべながら、僕のズボンベルトを引っ張る。脱ぐように促しているのだ。恥ずかしながら、僕はすでにビンビン。ナナちゃんがそれを見て、キャッと笑う。腰に白いバスタオルが巻かれると、腹部がふくれあがり、その形状はまるで雪山

一緒にシャワールームへ。ナナちゃんが全身をやさしく洗ってくれる。「後ろ向いて」「はい、前」「もう一回後ろ」ころころと向きを変える僕。後ろ向きになると、ナナちゃんの手首が僕の足のつけねを通って、さわ~、と尻の穴を通過。最高だ...。タオルで体を拭いてもらい、部屋に戻る。紙パンツを渡されたが、明らかに小さい。無理して履いてみたが、思いっきハミ出てしまう。ナナちゃんがそれを見てウフフと笑う。

ナナ「うつぶせになれますか?」

僕 「あ、はい...」

ナナ「あおむけでいいよ。うつぶせ、痛そうだから

うつぶせだと、いきり立ったモノが圧迫されて痛いと判断されたらしい(笑)それで急遽、あおむけの態勢から始めることに。ナナちゃんが僕のひざの上にまたがると、太もも感触がじかに伝わる。う~ん、たまらん!

まずは首筋のマッサージ。ナナちゃんが前かがみになると、はだけた胸もとから谷間が見える。膝を動かすたびに、スカートの中もちらり。これってわざと!? そして、ここから先は怒濤の展開。まだ序盤なのに、ナナちゃんが僕の全身にオイルを塗り始めた! 本来うつぶせでじっくりと肩や腰をもんでから、ようやくあおむけになり、オイルが登場するのは後半なのだしかし、ナナちゃんは通常のセオリーをすっ飛ばして、大暴走。おそらく僕の興奮が伝わり、一気にスパークしたのだ! 奇跡フュージョン国籍を越えた魂の交感。ナナちゃんの指先が、僕の体の上を縦横無尽に滑走。そのなめらかな滑りは、ロシアフィギュアスケーターユリア・リプニツカヤ選手のようだ。僕はあっという間にフィニッシュ。開始からわずか30分。瞬殺だった...。

本来、こういったマッサージは焦らしてナンボ。ナナちゃんの施術はあまりトリッキー過ぎた。でも僕は大満足! 最高のアジアンエステデビューであった。

🌑

自分で言うのも何だが、本当に下らない。僕は某風俗サイトで二年近くこんな文章ばかり書いていた。先の記事は、新しい店を取材する時間が無かったので、苦しまぎれに昔話を書いたのだった。結果的にこの原稿は陽の目をみなかったわけだが、書きながら当時のことを色々と思い出した。あの頃、実は僕はドン底の状態だった。親から継いだ会社倒産させた後だったのだ。単なる地元中小企業だったが、そこそこ歴史のある会社だった。古参幹部裏切り横領大手の参入、理由を挙げればキリがないが、結局は僕が無能だったのだ。すべてを失った。恋人も仲間も、みんな去って行った。絵に描いたような転落人生だ。酒びたりの日々。毎日、目を覚ます頃にはすでに日が暮れかけていた。時計を見るのもつらかった。起きるとすぐに冷蔵庫を開けて、安い缶酎ハイあおり、またベッドに戻る。酒が切れたらコンビニに行って、缶酎ハイカップ麺を大量に買い込む。そんな生活が何ヵ月も続いていた。

いよいよ金が尽きてきたので、警備員バイトを始めた。まわりは爺さんばかりだった。地元では警備員仕事高齢者の受け皿になっていた。爺さんたちと一緒に働いているうちに、まだ20代後半だった僕も、老後みたいな気分になっていた。

件のエステに行ったのは、そんな時期のことだった。前述の通り、僕は30分で果ててしまった。そのあとどうしたかというと、ずっと彼女とお喋りをしていた。彼女は色々な話をしてくれた。まだ来日して三年足らずで、日本語ジブリアニメ勉強していると言っていた。なぜか子供の頃の写真を持っていて、それを見せてくれた。山村風景を背にして、薄汚れたシャツを着て立っている、仏頂面の少女が写っていた。それが彼女だった。話を聞いてみると、彼女は非常に貧しい家に生まれて、家族を支えるために、日本出稼ぎに来ていたのだった。

僕も自分のことを話した。地元中小企業の二代目社長社員は26人。趣味スキーテニス、車はベンツを2台所有。どれも過去には本当のことだった。でもすべてを失っていた。僕は彼女に、会社経営の苦労や、幹部に対する不満を、現在進行形の悩みとして語った。彼女の前では社長でいたかった。悲しい見栄だ。話しているうちに、自然と涙が流れてきた。彼女がそっと抱き寄せてくれた。僕は彼女の胸に顔をうずめて泣いた。しばらくのあいだ泣き続けた。あのとき彼女はどんな気持ちだったのだろう。異国で、初対面の男が、いきなり泣きだしたのだ。理由もわからなかったはずだ。かなり戸惑ったにちがいない。

この話には後日談がある。翌日から僕は仕事で新しい現場に入った。美術館の警備スタッフだ。スタジオジブリレイアウト展覧会だった。そこでマズイことが起きた。彼女が客として入場してきたのだ。どうやら彼女は一人だった。僕はあわてて顔を伏せた。見られてはいけない。彼女の中ではまだ僕は社長なのだ。警備服を着ているはずがないのだ。彼女は食い入るように展示物を見ていた。僕は帽子限界まで目深に被り、ばれないようにした。午後になると、今度は外の駐車場ですれ違いそうになり、あわててトラックの背後に隠れた。警備員なのに、僕の挙動は完全に泥棒だった。

数日後に、地面が揺れた。これまでにないぐらい、大きく揺れた。巨大な津波が来て、あらゆるもの破壊した。そう遠くない場所で、原子力発電所が爆発した。日常が奪われ、何日も、何週間も、不安状態が続いた。再び店に行ってみると、当然のように閉まっていた。インターホンを鳴らすと、ゆっくりドアが開いた。中から背の低い老婆が現れて「やってませんよ」と言った。

僕 「いつごろ再開しますか?」

老婆「もうやらないよ。おしまい

僕 「・・・

老婆「みんな中国に帰ったよ」

僕 「ナナちゃんは?」

老婆「ナナも帰った。モモも帰った。サクラもユキもみんな帰った。日本は危ないから」

当たり前だが、ナナちゃんとはそれっきりだ。僕はほどなく上京して、小さな広告プロダクション就職した。その後、仕事で知り合った風俗関係者に請われ、メンズエステ体験レポを書くようになった。最初のうちは、アジアンエステ取材する度に彼女のことを思い出したものだが、最近はすっかり忘れてしまっていた。女性の胸に顔をうずめて泣くなんて、あの夜が最初最後だと思う。ナナちゃん、元気だろうか。

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