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2021-05-09

池江選手騒動で、いまいちまとまらないが、箇条書きで書いてみた。

調べ切れてないので、間違いがあるかもしれない。

そもそも五輪自体、今、何が何でも開催しなければいけないものなのか。

 変異種が広まりつつある日本で、文字どおり全世界から入国を許すべきなのか。

 各種国際的イベントが中止になっている中、パンデミック下でオリンピックをするのは疫学的に、人道的に正当性があるのか。

選手選手まわりのスタッフコーチとか)、マスコミスポンサー関連など、9万人近い入国者があるという。それらのワクチン接種は各国の問題だが、国内だと、ボランティアスタッフワクチン接種の問題がある。ボランティアスタッフ分のワクチンは用意されておらず、ボランティアスタッフからその家族や同僚など一般人への二次感染が予想される。島国で、水際対策がやりやすいのに(できていないが)、すでに選手五輪関係者でも、またルール違反者なかにコロナ感染者は出ている。

・池江選手は「平社員」であり、一選手に言うことではない云々。

 たしかTwitterなどで直接伝えることではないとは思う。SNSなどで直接、矢面に立たされてしまうのは、いい傾向だとは思わない。ただ、ここまでの騒動になっているのが、逆説的に池江選手の影響力の大きさを証明している。彼女が「参加しない」といえば、相当な影響力があるだろう。だんまりを決め込んでいる他の選手も何かしらの態度表明をし出す可能性もある。

 たとえば、今度のオリンピック(出場予定)選手で、名前を5人あげろ、といわれたら、多くの人が彼女名前を挙げるだろう。有名税というと言葉が悪いが、各種スポンサーバックアップも得ており、「優秀な選手でありながら、難病を乗り越え五輪を目指すけなげな女の子」と矮小化するのは返って彼女への侮蔑である

選挙で「自分の一票なんて意味がない」と投票さえしないのと同様に、「一選手に言っても仕方がない」というのは、おおよそ民主主義的な態度ではない。一選手の一票が、世論を大きく動かす可能性がある。

また五輪自体、国の金も掛かっているのも頭の片隅には置いておきたい。

医療従事者にも満足にワクチン接種が進んでいないにも関わらず、それを押しのけて「アスリートファースト」でワクチン接種ができ、いざコロナに掛かっても入院できる。特権しか言いようがない。

医療リソースワクチン、金、その他諸々、日本は十全な態勢とはとてもではないがいえない。五輪リソースをかけるより、コロナ対策リソースを割くべきではないかリソース無限に出てくるわけではなく、限られている。直接は見えないだろうが、五輪が開催されれば、その期間中一般市民コロナになっても、五輪選手関係者が優先され、前者は見殺しにされる。一般市民を後回しにしてまで、五輪に参加するのであれば、せめてもっと人殺しの顔をしろ。「暖かく見守っていてほしい」は、「一般市民は見殺しにされても黙ってろ」と変わらない。近代五輪の「参加することに意義がある」という精神が、痛烈な皮肉になっている。

2021-05-08

昔趣味でDIYハマってたことあるけど一番のメリットは尊厳だったかもしれない

良い家具は高い。

既製品サイズ収納スペースの幅とか高さがいまいち

おもに後者理由で色々作った。

初めは、家具家具の隙間の微妙な20cm幅ぐらいに収まり、1mぐらいの高さの横の棚と高さも合うやつだった。

ほぼピッタリの幅というのは探せば見つかるが、高さも目的通り、また収納したいものに適したものか、キャスター付きか否か、など色々考えたら自作がいいかなと。

その時作ったのはキャスター付きで引き出せるマガジンラックみたいなものだったと思う。

用具は実家にあったものを借りつつ(結局借りパクした)、便利なものは随時買い足していくという感じで。

結局、最終的に、とある一室の壁一面(6畳間の長辺だから一間半っていうの)に置かれてる家具は全部自作というぐらいの棚やらなんやらと、子供用のおままごとキッチンと、下駄箱と洗面所プラッチックのしょぼい歯ブラシ立てとかみたいなのを外して、木製の棚に付け替えてと、5年くらいは家具作りやってた気がする。


長持ちするように、とか見栄えもよくって考えると、まず木材が高いし、なんかL字の金具みたいなのとかボルトとか、工具以外でも結構費用が嵩む。

はっきり言って、ホームセンターの安いカラーボックスみたいなのをあの値段では作れない。工具が全てあったとしても。さすが大量生産だ。しかもそこそこ見栄えもいい。悪すぎない程度には。

で、なんで続けてたか? っていうと、

嫁が、めちゃめちゃインテリアにこだわっていて、家具を買いに行くと知らない間に何十万のテーブルとかをカードで支払うことになるから

(ので、家計も厳しいし出来る限り機能的に完璧ものを作るからデザインは多少目をつぶって懇願した)

あと、小遣い少なかったので、休日何もすることがない。それこそ500円玉貯金してたまったら数か月に一回パチンコ行くぐらい。

 なので、休日暇つぶし

あと、ホームパーティとかしたときに嫁が自慢するのと、ゲストファミリーに「○○さんとこのお父さんは凄いね」って言われるため。

元々工作とか好きだから、ちょうどいい時間つぶし兼趣味尊厳のためにやってたので、

金持ち道楽ってほどでもないけど、まあ(家計から費用を引っ張れる)趣味なんだと思う。だからコスパ悪いとか考える時点で元増田DIYには向いてないだろう。

anond:20210507163852

2021-05-07

弱者男性オタクってどういう関係なの?

この話に唐突オタクが出てきて、終盤に向けてどんどんクローズアップされていく理由いまいちよくわからないんだけど…

「改めて振り返って見ると(あくま感覚だが)普段から弱者男性モテない男性オタク等について酷い偏見言葉を投げ付けているのは、女性よりも男性が多いと感じる。」

男性もまた性役割に縛られるべきではない、弱くても、モテなくても、貧しくても、学が無くても、オタクでも、それを理由に蔑まれるべきでは無いし、差別されるべきでもない、それだけの事だ。それだけの事を理解する能力あなたに無いとは私は思わない。」

あなたは例えばオタクについてどう思って居るだろうか?特に最近オタクについて。左翼男性の中にオタクヘイターが多い事は知って居る。ただ平成生まれの私には(それが関係有るのかすら良く分からないが)あなた方のその憎しみがどこから来るのか、正直に言って皆目分からない。」

「ただ、あなたオタク弱者男性を蔑むその理由は何だろうか?もう一度それを考えて見て貰えないか、そしてその理由は本当に適切だろうか?」

オタクって弱者男性なのかな。だとしたら、どういう点で弱者なんだろうか。誰かにオタクキモい」みたいなこと言われてるから弱者ってことなのかな。それとも、弱者男性じゃないけど、弱者男性と一緒に蔑まれたり、差別されてる、と言っているのかな。



anond:20210506195215

2021-05-06

社会復帰したくねえ

引きこもりニート歴が半年を超え、いよいよ貯金も底を尽きそうだし、ヲタ活にも支障が出てきているし、いい加減働いて金を得なければ、とは思う。

思うんだけど、働きたくねえんだよな〜。

以前から自分の経歴はゴミのようだと思っていて、ゴミのようって言うかむしろゴミのものなんだけど、その残念な経歴にニート歴も加わって、輪をかけてゴミ化しているなぁと。身バレしたくないのでゴミ以下の経歴の詳細は伏せるけど、私の履歴書には大学中退とかアルバイトとかそういう記載があり、資格欄は驚きの白さを誇る。

しか発達障害者である今日も財布を持たずに買い物へ行ってしまった。このやらかし何回目?せめてレジへ行く前に気付いて?

自分自分に引くくらい不注意で忘れっぽくて、対策の一環としてストラテラを服用してはいるが、本当に効いているのか疑わしいレベルで何かしらやらかすことが多すぎる。

ちなみに薬の飲み忘れはほぼない。飲むべき時間になると、スマホに"薬を飲め"って通知が来るようにしてるからな!飲んだらチェックを入れるので、そこは抜かりない。

日常生活は抜かりだらけだけど。

話が逸れた。

とにかく、学歴職歴もぐちゃぐちゃで、頭も欠陥品で、性格もこの通りな私は、自分に自信が持てないまま、やってみたい仕事いまいちまらないまま、ふんわりぼんやりとした感じでハロワへ通い就活をしている。

なるべく苦しまないよう働きたいので、企業には私が発達障害者であることを伝えた上で応募していいかを尋ねてもらい、オーケーが出たら書類選考へ進める。もしくは履歴書持参で面接

電話でお伺いを立てた時点で断られると、応募すらさせてもらえないことに腹が立つものの、こんなクソゴミ履歴書なんて見るだけ時間無駄だよなぁ、とも思う。

逆にハナから駄目だろうと踏んでいた求人で応募して良いよと言われると、なんで?!こんなゴミ以下でも一応目を通すかってなるくらい人手が足りてないんですか?!と疑問が湧く。

そう、めんどくさいんだ。私がめんどくさいやつなんだ。

結局のところ、私なんぞに目をかける企業って…と思ってしまうのが良くない。それが働きたくなさに繋がっている。

自分に何か価値をと思ってニート中に資格を取ろうとしたけど、すぐ飽きて続かなかった。


はあ、これからどうやって生きていこう…どこに折り合いをつければ働けるかな…働きたくねー…………

anond:20210506111518

現実はめちゃめちゃ安っぽい体にいまいち合ってないスーツなんだよなあ。いつ買ったんだかわからない安っぽい革靴はいノートパソコン持たせて折り畳みの机と椅子コミケの会場であるようなやつよ)で仕事させたら完璧

Youtubeの眠れる動画ってやつ

雨がザーザー降ってる音が延々と流れるみたいな動画

スマホで流してもいまいちだったわ。

ヘッドホンとか、ちゃんとしたスピーカーで流さないとだめかな。

子持ちに潰される

自営業者の集まりで共同プロジェクトみたいなのをやってる

中枢のメンバーがみんなお子さん理由いまいち働けなくなってきた

いやーいいっすねえ子どもまれて、こちとら妊活しても全然できねえよ、とか思いながら、その二人ができないとか言ってる事務作業だのなんだのをこちらが全部こなしてる

実入りはぼちぼちあるが、正直辞めたいな

事務を入れたいが、制度的にそういうメンバーを追加できないから無理なんだよな

今日妊活失敗を確認して、軽く泣きそう

2021-05-05

歯切れの悪い言葉弱者男性差別をやめない輩の思考パターンいまいち理解できなかったけど、

自民党叩きのノリと全く同じってことがわかった瞬間腑に落ちた

コロナって本当にあるの?

頭わるいこと書いてる自覚はある

でも周りでコロナになった人がいないんだよな

リモート勤務してるからかもしれない

でも会社の人がコロナになったのも聞いたことないし

もちろん自分の狭い交友関係の中でも聞いたことがない

ニュース数字が増えたりするのは見るけど実感がない

増田とかTwitterでも身内が亡くなったっていうのを見てもいまいちピンと来ない

いや頭だとわかってるんだけど、実感がいまいちないというか

なんていうかおれを騙す壮大なドッキリの可能性あったりする?

そんな頭わるいこと考えたりするくらい実感がないんだよ

同じような人いる?

2021-05-02

もしかして、みんな人生たのしんご…?

俺、日常の諸々がだいたい全部すげーたのしんご

たとえば、いま家に食うものがないから買い物に行かないといけないんだけど、それがたのしんごで朝からずっと何もしてない

つか、昨日の晩風呂に入ってないから入らないといけない それも結構のしんご

スーパーマーケット自体結構好きだし、そう遠くないし、それなりに快適な気候のなかを自転車でピャッと走るわけだから、全体としては快い体験なはずなんだ 買い物

でもたのしんごなんだ

万事こういう調子で、ドドスコスコスコもしたくない

その極致労働

仕事の内容自体がムチャクチャきついってことはないんだけど、8時〜19,20時くらいまで週5で働かないといけないっていうのがキツすぎる

残業多い部署に配属されたのが運の尽きで、転職なりなんなりすりゃいいんだろうけど、転職活動なんてする元気ないし、今よりいいとこにいける気もしない

ライフイベント、今後もうないラブ注入

親がボケる死ぬ そのくらいしかない マジで

自身もどんどん不健康になっていくだろうなとたのしんご

運動やってたって老いるんだし、運動なんてやってる元気ない俺はすごい勢いで劣化するだろうな

そんで趣味いまいち楽しくねえ

ゲームはそこそこやる

楽しみにしてたゲームが出たら、寝食を惜しんで没頭することがまだある

でも、それだけじゃ生きる活力になんねえよお

3年待ってたゲーム明日発売です、ってタイミングでも、「押したら即座に安楽死できるボタン」みたいなのを渡されたら押しちゃう

なんかもう、たのしんごなんだよな

 

そんで、みなさんですよ

みなさんもしかして人生、楽しんでらっしゃる

なんかこう、みんな、あんまり悩んでないように見えるっていうか、そりゃ実際は悩んでんだろうけど、死にたいとまでは思ってなさそうなんだよな

いや、そうでもないのかなあ

みんな死にたいと思ってんのに今みたいな感じで社会が維持されてるとしたら怖すぎる!っていう俺の内心が、みんな人生楽しんでるに違いないっていう思い込みを生んでるのかな

いやー、でもなんか、楽しそうだよなあ

なんでなんだ?

俺はなんでこんなに楽しくないんだ

どうしたらいいんでしょうねえ

ラブ注入

anond:20210501160143

anond:20210502202338

この話がいまいち同情しにくいのは、別れて別の人と付き合えば解決する問題なんだよな。

anond:20210502155242

https://anond.hatelabo.jp/20210502155909

https://anond.hatelabo.jp/20210502155323

適当に199N年1月分のブログというより個人家事メモ。ひっこしして1人めを育児してゲームしてそこそこのんびり新妻してたらしいな。下から読んだほうがわかりやすい。今そこから3回(旦那は4回)転居した。

食事の内容がわりあい粗食である点については事情があるので参考にしないほうがいいぞ。

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引越の買い物 収納ボックス 照明器具 台所フィルム 押入の敷物 冷蔵庫 (乾燥機付)洗濯機 カーテン・・。

桃太郎電鉄V(プレステ

「アイマックDV」をiに下取りしてもらって買い換えよう!マックの「アイブック」。

フィスラー4.5L 2万くらいで。(圧力鍋ブランドですね。)

接写のできるカメラ?←デジカメ中古(50万~100万画素程度)?

2月にでるATOK13

売ってくれる人、情報のある人は今すぐ??????@geocities.co.jp  までお知らせ下さい!←いまちょっとサーバー調子が悪いかも?しっかりしろジオティ

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1月31日(月)

引越最初の平日なので、市役所に行ったり駐車場契約に行ったり銀行に行ったり。旧居の鍵を返したり。カーテンを買いにさまよって結局昨日の店で買ったり、その途中でmが大うんちをしたり。夕食はドーナツ

1月30日(日)

また旦那の両親が来てくれた。父は旧居から残して置いた冷蔵庫洗濯機を運び出すため自動車で2往復。母は旧居のお掃除を手伝ってくれた。私はmと新居にのこってとりあえず当座必要ものの在処を確かめた。あと子守。それにしても新居はほんっとーに、むっちゃくちゃ寒い腰痛に響く。お昼ゴハンを一緒に食べた後お帰り。夕方カーテン照明器具を探してさまよう。良いのが無かった。

1月29日(土)引越当日

朝8時から引越屋がくるので6時起き、10時にかぎ引き渡しにでかけ、通帳を詰めてしまたことに気が付く。11時前に積み終わって昼過ぎに運び込み。手すきの連中で餃子を食べ、旦那サンドイッチを買って帰った。引越屋は照明の取り付けを手伝って3時頃帰ったが、すぐ後に新しく買った冷蔵庫洗濯機の運び込み。これから開梱をがんばらないと。昼過ぎ実家の両親が来て旧居の掃除と子守を手伝ってくれ、冷蔵庫の中身や浄水器も運んでくれた。新居はむちゃくちゃ寒いので灯油も買ってきてくれたが、カーテンが足り無いのや隣近所がまだ居ないので、いくらファンヒーターを焚いても暖かくならない。バーンアウトは無理だと旦那が言ったとおりだった(でもノンホルマリンでもやっぱり臭い)。風呂むちゃくちゃ早く沸いた。洗濯機エラーばっかり出てうごかん。照明が足りない。夕食はおごり。ごちそうさまです。

1月28日(金)

引越前日ということで旦那の母が来て荷物梱包を手伝ってくれた。おそろしいほど早い。夕食までおごってもらった、と思う。私は風呂掃除をちょこっとした以外子守(離乳食をやらないのでご機嫌悪い)。

1月27日(木)

旦那のお休みはいったけれどなんか何をやっていたか思い出せない。ただ最初働いてくれないと思っていらいらしていたので、本でも詰めたのだと思う。夕食はマイクロウェーブディナー(要するに昨日買った冷凍食品)だったか?私は早くも1日mを背負って腰痛になった。 

1月26日(水)

今日旦那引越最後の出勤日。引越がせまるにもかかわらずmのお散歩ついでにスーパーに行って買い込んでしまった。だって冷凍食品5割引、低脂肪乳1本100円、伊予かん5個200円には勝てない・・。

2月までは日記更新出来なさそうですが皆さんよろしく~~。

1月25日(火)

銀行郵便局に行って市民税を7万円以上も払って帰ってきたら背負っていたmの靴下が片方無くなっていた。またか・・。夕食は昨日の残りを卵綴じにして。

1月24日(月)

じつは今日オレシカクリアした。割と簡単クリアできてしまったのは簡単モードだったかである。1030年。 外はとても寒かったがコーヒー牛乳1L98円とか買ってきた。

夕食は牛肉タマネギ牛丼風、と思ったらたれをすき焼き風にしたらしく、とても甘い。と文句を付けたら豆腐とお麩と春雨を追加してホントすき焼き風にしてくれた。

1月23日(日)

朝すぐでかけ朝マックコジマ電気に入り浸り、カタログを持ち帰り検討し、昼デパートに行って授乳と昼食をとってまた戻って、冷蔵庫(450Lクラス)と洗濯機(8kgクラス)を検討冷蔵庫は、電気を食う富士通三菱却下ナショナルいまいち東芝サンヨー日立で結局安くて製氷パイプが洗える東芝洗濯機超音波重力と斜めドラムと静かとイオン水でイオン水にした。たくさん買ったのでカードの限度額を超えた。リサイクルショップに寄って帰って3時、みんなでお昼寝。mがうんちして泣いたので起きた。

夕食はベーコンエッグみそ汁、サヤインゲンの炒め物、焼きタラコ。しょっぱくてのど乾いた。テレビ特報200Xで、母性について。マンガン不足に注意、ナッツキウイ玄米を食べよう。 明日は「月下の棋士」やるらしい。人がまた死ぬらしい。麻雀も書いたんだからカードゲームでも書けという某学生に一票。

1月22日(土)

初詣に行った後、旦那様がビデオを見たりしていたらあっという間にお昼。1時半から内覧会。今度は旦那がしっかり採寸してくれた。3時半頃実家の両親が来て冷蔵庫を車に積んだ。その後mを子守してもらって荷造りが少々進んだ。5時過ぎに近くの回転寿司に行きおごってもらった、親とはありがたい。気に入ってもらえたみたいでよかった。帰ってからmがくさーいうんちを少々。マッサージが効いたらしいが、うんちするとき泣くのは参った。

冷蔵庫一個無くなっただけでずいぶんすっきりした。この調子でもう一個の冷蔵庫洗濯機旦那実家にあげたらもっとすっきりする予定だ。見積もりしなおしてもらわないと?

旦那は「動物のお医者さん」全12巻読了、mに「なあ、チョビ」などと呼びかけている。飼いたいらしいがmが大きくなるまでだめ。

1月21日(金)

から敷き布団一枚を資源回収に出した。強風のなかリサイクルショップに出かけて、マホービンは800円、揚げ物鍋700円、電気鍋2000円で委託。足元見られてるけどまあいいや。一旦帰って新たに食器なども持っていこうとしていたのだがmが寝たので中断。夕ご飯ハムエッグ納豆

1月20日(木)

午前中天気が良かったのでリサイクルショップに出かけて敗北。定休日だったよ・・。今日委託品は大きいマホービン:800円、温度計付き揚げ物鍋:1400円、小さな電気鍋(しゃぶしゃぶ用):3000円。マージン35%も取られるけど明日にはまた売りにゆこう。

ご飯は昨日の常夜なべ+牛肉。たぶんしゃぶしゃぶに近い。食後にライチ(7ヶ月前の冷凍もの)。7ヶ月冷凍庫に入れて置いた牛肉完璧冷凍庫の臭いになっていた。歯ごたえは良かったんだけどね。 どっちの料理ショーは鶏煮込みうどん海鮮堅焼そば海鮮が豪華だと思ったら鶏の勝ち。あれ?3層麺、そんなにおいしかった? 来週は豚汁となんだろう?豚汁はいつ食べてもおいしいから負けそうだと思うけど・・。

1月19日(水)

今日も寒くなるそうで、出かける気がしない。灯油も使い切り(引越のため)、何一つ暖房のない我が家しかたないかエアコンでもいれるかな。今日インフラ(?要するにガス、電気電話水道)に引越すると電話した。

ご飯豚肉の常夜なべ。 夕食後のテレビタイム旦那が「動物のお医者さん」をよんで、たまに吹き出している。はまったな、ふふ。

1月18日(火)

晴れた。暖かくて嬉しい。mもよく寝る。自転車で遠くの銀行写真の焼き増しや最低限の食料品を買い物しに行った。

ご飯枝豆豆腐と挽肉の麻婆風(ワカメはなし)。ワカメみそ汁

1月17日(月)

暗いと思ったら大雪。チェーン忘れを痛恨の一撃にするこの雪・・。午後晴れてから郵便局銀行に行った。頭金のためにたくさんお金はらって通帳が3つほど空になった、と思ったら1個だけ通帳記入を忘れてた分が残った。でもそのお金家具を買って使い切る予定。結婚したときまり家具を買わなかったので、ここでばっちり揃えてしまおう。ドラム洗濯機っていいのかしら?

ご飯干物焼き魚、若布のみそ汁冷蔵庫空っぽ計画なのだ

1月16日(日)

ご飯は近所の回転寿司。私は安い巻物を中心にたくさんたべた。そしていよいよ内覧会。まずしょっぱなから駐車場抽選にはずれた(といっても後で調べたらそんなに最悪ではなかった)。旦那はそのショックで肝心の家の内装などはチェックしていなかったと後で告白。そうね、ただバタバタとドアを開け閉めしてたわね・・。メジャーは持参したけど使わず、ただやっぱモデルルームよりは狭いという印象。私が内装ケチを付けてなおしてもらうようにして、その他いろいろ手続きして、帰って落ち込んで、ぐちをたれまくって(実家にも)、近くのスーパーのお総菜でしょんぼりごはん

mはそんなことにも気づかずご機嫌。最近はころころ寝返るし、お気に入りあやし言葉「ぷしゅー」でケケケと笑う。親ばかなのでビデオを持ち出し撮影会

1月12日~15日

12日:食料を片づけ、りすに餌をやってから迎えに来た父と電車でお出かけ。母は忙しく、夕食はけんちん汁など。電車に乗ったせいか、mが腸重積ではないかと思うほどの夜泣き。「谷村志穂飛田和緒1DKクッキン」「2DK」「お買い物」

13日:午前中はのんびり。昼は焼き肉宝島のお膳、680円。午後は母が忙しいためお留守番。妹と父とおでんをたべた、おいしかった。「PAPA TOLD ME」「研修医なな子

14日:金曜日ということでみんなのんびり。昼はステーキ宮、夜は豚バラ高菜の煮込み(大好物)他。

15日:お昼はうどん民芸公園遊んだ旦那が迎えに来た。だいぶよれよれになっているので帰りは運転してあげたら、さら疲れたらしい。かえったら不動産からしかりの電話

気が付いたら、実家からタイヤチェーンを持って帰るのを忘れていた。「動物のお医者さん」はもって帰ったのに・・。ぼけてる。

1月12日(水)

初雪が降った。このあたりはつもりそう。旦那の身内に不幸があり、旦那自動車で出かけていった。私は実家に帰って旦那の留守を過ごす予定なので、またもや更新が滞りますよろしく

1月11日(火)

からうんち。離乳食フレンチトースト(煮たの)、ミカンみそ汁ご飯写真の焼き増しが1駒ずれていた。郵便局銀行を回った。昼過ぎまたうんち、これで3度目。そりゃ1週間近く溜め込んでたんだからと思いつつ心配。熱はあまりないけど・・。添い寝してたくさん昼寝させた。

ご飯は豚のソテーウスターソース風味、粉ふきいもとサヤインゲン添え。コーンスープ。おいしかった!

1月10日(月)

から書斎の片づけをしている旦那。私はmをお散歩につれていったり。昨日から旦那ホントによく働いている。ので、ちょっとゲーム休憩を挟む。オレシカ、佳境です。

ご飯は、カッペリーニ白いソースタマネギ、サヤインゲンハムチーズクリーム)。深夜、泣いて居るのでおむつを見たら久しぶりにうんちをしていた。

1月9日(日)

から旦那掃除している。私もお手伝いして、大きな本棚を片づけた。段ボール7箱+2箱くらい積み上がった。夕ご飯牛肉ゴボウ柳川風。

1月8日(土)

ゴハン旦那がつくってくれた。豆腐わかめネギみそ汁目玉焼き。mには、豆腐みそ汁掛けご飯目玉焼きの黄味を離乳食ミカンデザート。その後、出かけた。まずは初詣旦那は行ってなかったので)と思ったらむちゃくちゃ混んでて中止、レッドロブスターサラダランチクーポン使って長居してその後お昼寝mをつれてコンピュータ店。アイマックDVを検討。わが家のデジタルビデオカメラfirewire(IEEE1394)端子がないじゃん・・。変換器とかいるのかな。あと、やっと繋がったDVD-RAMドライブ、OS9との相性は?とかいろいろ調べたくなり、その場でインターネット検索掛けたりして長居保育園に出かけて2月から契約して1ヶ月分の月極料金を支払い。背水の陣に気分はすっかりおセンチになってデパートへ。mを買い物カートに乗せるとしっかり握るからもう極悪にかわええ~。テレビ売場で名人戦の中継みてBS入れたくなったり。次に安売り店で買い物して上がり。夕食はマクドナルドテイクアウト。mにはベビーフード。

今日も鼻水は止まらず乾いては鼻くそになって大変。と思っていたらベビーフードの匙にがじがじと異様な手応え、とうとう下の歯が頭を出した!初めての風邪と歯が生える時期が重なるってホントです。 あと、最近「えんむ~」とか「め~、め~」って甘え泣きしておもしろい。「ぶぶぶ」は終わって、「んめ~」で歌ってます

1月7日(金)

週末が近いので楽しみ。夕食はおでんにとうとうとどめを刺した。旦那映画ツイスター」をみて妻の気持ちを逆なで。明日からばんばん働いてもらうことに決まり

1月6日(木)

タッチおじさんの綿毛布が当たってしまった。びっくり。伊豆写真をみて気力を回復

夕食はやはりおでんさら蒲鉾を追加。

1月5日(水)

実家でmが風邪をもらってきたようで鼻を詰まらせていたが、熱はなく機嫌もいいのでちょっと厚着させてあといつもどおり。昨日は離乳食がろくにできなかったので、ジャガイモみそ汁に卵を落として。卵の黄身を食べさせると鉄分補給され血色がよい。

夕食はおでん。ねりもの大根、牛筋、こんにゃく白菜巻きソーセージ、餅袋、卵、ジャガイモ

12月31日(金)~1月4日(火)実家にて

31日:昼ご飯は軽く食べ、年越しに天ぷらそばを食べた。エビなすピーマンなど揚げたて。mを風呂に入れ早めに寝た。一戸建ては夜寒いが、それほどでもない。2000年対策のため父は夕方から出勤。

1日:父は何事もなく始発で帰宅。mに良い服を着せておせちを食べて(きんとん、くろまめ、かずのこ。ちなみにお雑煮は鰹だし。もちの上に、ぶり、こまつな、ゆりね、ぎんなん、とりにく、するめ、こぶ、だいこん、れんこんごぼうにんじんかまぼこ等が載っている。)お年玉あげて初詣して実家年賀状が来て新聞を読んだらあとんのーんびり。mの離乳で遊んだミカンいくらでもしゃぶる。夕ご飯は到来物のお肉でしゃぶしゃぶ。夕食後に旦那から電話がかかってきた。あちらは大変らしい。

2日:上の妹は電車初売りに。残りの家族は近くの赤ちゃん用品店や本屋ファミレスホットケーキお茶やぐるっと一回りして戻った。mにしゃぶしゃぶの出しで雑炊豆腐みそ汁はヒットかも。ごろごろ。早めに風呂に入れてショムニをゆったりとみたぞよ。夕ご飯手巻き寿司エビ・カキのフライ

3日:お散歩に行った。本屋絵本が充実)とスーパー。苺を片手に握りつぶしながらしゃぶる(といってもどちらかというと握っている手を・・。)mの姿はもうかわいい一言であった。昼は煮込みうどん(mに卵の黄味をやる)、夕ご飯豆腐の煮たの他。「MASTER KEATON」「監察医ケイ業火

2021-05-01

[]小梅けいと戦争は女の顔をしていない」1巻

インタビューを受けた女性兵士にとっては、命や勝利よりも、恥ずかしさ・女性らしさというものが優先だった

という~ニスト大発狂マンガ

インタビューを受けているという時点で眉に唾をつけておく必要があることを確実に留意すべき

結局は生き残って長い時間がたった勝者の理論・美化された記憶しかない

あと原作インタビューってのと紙幅の都合で話が尻切れトンボだったり話の長さがまちまちだったりでいまいち

巷で評判になってるほどのよさは感じなかった

オートミールを買ってきた。大匙5と鍋キューブ半片と水を入れレンチン

本格スープうまい!(鍋キューブ部分が)


匂いの強い和風ダシでオートミールの独独の風味と食味がかき消されてよい

舌触りの悪いインスタント雑炊鍋っぽい感じである(味付けが鍋キューブなので当たり前だが)

令和のご時世に1食50円近くの材料費をかけてわざわざ作って食う意義をいまいち感じないのだけが難点

あと鍋キューブ全然溶けないので、あらかじめお湯状態にして溶かしておくか、梅干しみたいに塩味の塊として崩しながら食べる必要がある

(ちなみに鍋キューブ梅干しの比にならないほどしょっぱいので半片でも余る)

2021-04-29

anond:20210429220704

あと「技術」ってのも正直違和感がある。「知識」とか「ノウハウ」じゃねーかな、と。

すげーわかる!!!!!!!!!

界隈の「エンジニア」達が言語フレームワークを指して「技術」と言うのすげー違和感あるんだよな。「最近取り組んでいる技術k8sです」みたいなやつ。

自然科学的知見に基づく技術と「人間が作った仕組み・ルール」とを区別せず一緒くたにしてる感じがするんだよな。

そういう発想がいつまで経ってもピンとこないのでコーディングコンピュータの「技術」もいまいち身につかない。

賢いのに感染症対策が雑な人ってなんなの

仕事上では「この人賢いな」とか「この人仕事出来るな」と感じるのに、こと感染症対策となるとえらく雑になって、マスクしないままミーティングをはじめたり、密で食事を摂ることに抵抗が無かったりする人がいるのがいまいち理解できない。

それなりの頭があれば、今は感染症対策を徹底すべきだということがすぐに理解できると思うのだけれど、頭のいいはずのこの人達感染症対策を徹底出来ない理由って何なんだろうか。百歩譲って自分感染しないという自信があるのだとしても、他人に移してしまうかも、という認識すら持てないんだろうか。

コロナ禍になってから、好きだった人や賢いと思っていた人に幻滅することが増えてしまって悲しい。

この1年を振り返ってみた

正直あまり明確には覚えてない。

いまあれこれ言っても後知恵になってしまうだろうから政府などの擁護できる部分はなるべくそうすることでバランスを取りたいと思う。

初期〜第一緊急事態宣言

クルーズであるダイヤモンドプリンセス号で感染蔓延確認された。政府隔離措置を取り、乗員を下船させないまま医療関係者専門家を送り込んで防疫や治療などに当たることになった。

この1ヶ月ほど前に中国で新種の病気が広がっているという話はあったものの、やはり日本としては急に降ってきた事案だろう。対応がおぼつかないのは仕方ないと思う。

それでも専門家から見れば不手際は目立つし、実際に万全だったとは言い難いだろう。船内隔離にしても「入口が違うだけ」などのお粗末さはあった。

感染症のリスク評価も甘いまま乗客おろし、客はその足で公共交通機関を使って寿司屋に行ったことが報道されるとブーイングが起きたりもした。当時はまだそこまで危機感がなく、下手に私権制限するよりはそうするのが無難だったという判断もわからなくはない。

 

あれよあれよと感染が広がって緊急事態宣言を出す出さないで少し揉めたあと、初めて宣言が出された。

宣言自体に法的な強制力はなく都庁レインボーブリッジが光るだけなどと言われたが、国民意識は少し変わったと思う。マスクの着用率は急増してほぼ100%に近くなり、出入り口に消毒液を設置する店舗も増えた。官民問わず手探りで事態模索していたように思える。

マスクや消毒用アルコール在庫が払底して気軽に買えなくなってしまった。そこで政府が配った布マスクはアベノマスクなどと揶揄されていたが、政府が一括で購入して国民に配布するというアイデア自体は悪くなかったと思う。実行する能力にやや欠けていたのは政府というより官僚問題だと言えるかもしれないし、それを見切れずに強行した政府の責任とも言えるかもしれない。

このとき配られたアベノマスク安倍首相は退任までずっと着用していた。ただのパフォーマンスだというのは簡単だが、それでもやるべきことはきちんとやっているわけで、俺はこの点をけっこう評価している。会食禁止と言いつつ会食してる人々に比べれば圧倒的に真摯な態度だろう。

医療マスクなども手に入りづらい状況が続いていたが、こちらはどのような措置が行われたのか知らない。ツイッターで見るかぎり何もしてなかったわけではなさそうだし、ブルーインパルスを飛ばす以外にもなんらかの支援はあったようだ。

また給付金として10万円が支給されることが決まりバタバタはしたもの比較的早く国民の手に届いたのではないかと思う。事業主などへの特別給付金がどうだったかはあまり詳しくないが、大学生が軽い気持ちで詐取できる程度には審査などがゆるく、こちらもスピードハードルの低さを重視していたと思う。

小学校を急に閉鎖したりなど、とにかくいろんなことを慌ただしく実施していた印象があり、それらへの批判も出ていたが、なんだかんだで国民の側も混乱があったためお互い様だったと思う。

第一緊急事態宣言首相交代

第一緊急事態宣言が解除されたあとは、なんというか、漠然としていた気がする。感染者数は低い水準に留まり続けていた。

街を歩く人のほとんどはマスクをつけていたし(高リスク群の高齢者に限ってはなぜか着用率が低い印象があるが)、消毒液の設置率や利用率も高かったと思う。

飲食店でも対応が進み、換気装置を入れたり衝立を置いたりし始めていた。

3密やソーシャルディスタンスなどのキーワード意識されていたと思うが、東京以外でもそうだったのかは知らない。

この機会にテレワークを導入する企業散見されたと思う。ハンコ大臣が辞めたのもこの時期だったか

なんとなく、少しずつ、感染予防の意識が高まり対応も進み、敢えて反発するような人も少なく、小康状態が続いていた、というのが一市民としての感想だ。

政府がどういう動きをしていたかいまいち思い出せない。首相が交代したのは2020年8月ごろだった。

首相の息子と官僚利益供与を疑われるような状況下で会食をするなどがあったが、首相自身はもっぱら携帯電話料金の引き下げに意欲を示していた。

首相交代〜第二次緊急事態宣言

上記のようななんとなくの生活が続いていたが、感染者数が増えてきたということで、第二次緊急事態宣言が発出される。

今回は給付金もなく、マスク枯渇などの危機もなく、第一次に比べると日常の延長線上にあるかのようなものだったと思う。

二次緊急事態宣言はいまいち影が薄いが、制限は強くなっている。象徴なのは20時以降の飲食店営業自粛要請だ。ここで夕食難民が発生することになった。

以前から、深夜営業しているレストランコンビニ利用者こそ少ないもの需要はあると言われてきた。20時というのは少し残業すれば到達してしまう宵の口でもあるため、夕食を食べられないサラリーマンなどが急増した。

帰宅に片道1時間かかるような人なら、空腹のまま帰宅してから何か食べるより、コンビニで何かを買って駅や公園などで食べることを選んでもおかしくないだろう。あるいは営業している貴重な飲食店に集まることになる。

20時以降の営業自粛要請で防ぎたかったのはいわゆる飲み会なんだろうが、あまりにも副作用が大きかったと思う。そういう苦労に巻き込まれた人が、もっとも防ぎたかったであろう深夜の飲み会での感染発生を、よりによって厚労省役人が起こしたというニュースをどのように見たか政府想像できるのだろうか。

「気の緩み」というのであれば、まさしく厚労省こそが真っ先に非難されるべきだろう。そこをうやむやにしたまま国民に高圧的に指図するような態度もまた反感を買うものしかない。

国政はもっぱらオリンピックでごたごたしていたような気がする。地方自治体都庁に引きこもって沈黙するかテレビ毎日しゃべるなどの激務をこなしていたようだが、対策をきちんと進めていた自治体もあった。つまり、これといって統一的な基準目標などは共有されておらず、各自バラバラに動いていた。

二次緊急事態宣言現在

第三次緊急事態宣言が直前に予告され、いま現在はその状況下にある。

制限さらに強くなり、東京都では酒類提供禁止や夜間のネオン消灯など、強制力こそないもの制限事項は確実に増えている。

一方で国民の側も路上公園などで酒盛りを始める人が出てきた。大阪府では病床がパンクした。

IOC会長かなにかが来日するのに合わせて緊急事態宣言は解除される。

雑感

首相になってから途端にしょぼくなったように見えるんだけど、新任による不慣れから来るものでもなさそうで、なんなんでしょうねこれ。

2021-04-28

機械駐車場の思い出

https://anond.hatelabo.jp/20210428022710

気味の悪い機械駐車場を修理されたお話ですが、自分も覚えがあります

たぶん、フェイクを混ぜて書いておられるのかなと思うので、自分もそれなりに配慮して書きます

ずいぶん昔の話になりますが、自分田舎には、田んぼの真ん中に森がありました。

森というと大きく聞こえますが、藪というか、とにかく田んぼの真ん中に大木複数の木が生えていて、レンガ造りの小さな建物がありました。

それが、自分大学に進学してしばらくぶりに帰った時には、まず森の部分が無くなっており、レンガの建物だけになっていて驚いた記憶があります

結構な広さの田んぼの真ん中に、田んぼ田んぼの間にある空間に、レンガの倉庫のような小さな建物だけ残っている。

東北に限らないと思いますが、田舎建物は手入れをしていないとあっという間に朽ちて廃墟になります

その建物は何に使っているかからないのに、いわゆる廃墟や朽ちた感じがなく、誰かが手入れしているのだろうなと思っていました。

田舎は、小さなお社でも手入れをしている近所の人が居たりすると、わりと綺麗だったりします。

線香が挙げてある、蠟燭がついている、石像に前掛けが付けてある。

そういう、誰かの世話がなされている建物や石碑なんかは、それとわかるものです。そのレンガの建物もそうでした。

自分社会人になった最初の年、そのレンガの建物に、ブルーシートではない、工事用の布のようなものが、鉄管で組まれた足場にかけられていました。

ああ、やっぱり誰かが手入れをしていたのだな、業者を入れて屋根吹き替えでもするのだろうかと思って見ていたその時、大きな布がめくれて中が見えました。

機械式の駐車設備でした。

かなり混乱したのを覚えています

自分が都会で見たことがある機械駐車場は、少なくとも5~6台は並んでいて、大きなマンションに併設されていました。

機械式の駐車設備が、1台だけ。上に1台、下に1台が入るようなもの

この間まで小さいとはいえレンガの建物があったところに、駐車場

田んぼの真ん中です。軽トラを止めたいならその辺に止めれば良い空間機械駐車場

まりにも気になったので父に聞いてみたところ、「あそこは昔、焼き場だった。うちの範囲じゃない」とだけ。それ以上は聞けない雰囲気でした。

しかにおぼろげな記憶をもとに思い出すと、煙突がついていたような気もします。でも、あんなところに焼き場、いわゆる火葬場があるでしょうか。

しか結構小さい建物だったのです。レンガ造りで、扉が正面に一枚、横には窓があり、反対側は森に遮られていて見えない。

サイズ感的には、いわゆるプレハブ倉庫と同じか、少し大きいくらいです。

その後、その工事が終わった後には、車庫のような建物が立っていて、より奇妙に思ったのを覚えています

でも、近所の人が誰も話題にも出さず、そこに行く用事もなく、なんとなく近寄りがたい雰囲気もあり、そのまま忘れていました。

ちょうど10年位前だと思います

田舎帰省したおり、ちょっと見てほしいものがあるから行ってきてくれないかと父に言われて、ある家を訪ねるように言われました。

その時、飯は家で食うから晩飯に誘われても断るようにと、念を押されたのを覚えています

たぶん昔は農家だったんだろうな、というお屋敷でした。伝わるでしょうか。現役の機械はないけれども、家の作りが農家の家。

訪ねると、そこのご主人、たぶん70ぐらいだと思うんですが、いわゆる元気なお爺さんという感じの方に、機械を見てほしいと言われたんです。

要は、具合が悪くなった機械があるから見てほしい、自分がやっていたが、ちょっと歳で重いものを持ったりが出来ないから、と。

その時、お茶をそのご主人が直接持ってこられたのが印象に残っています

田舎なので、お茶お茶菓子をそこの奥さんが持ってこられるのが普通地域だったからです。

夫婦二人で住まわれているということも、確か話を聞いたように思います

その見てほしいと言われた機械が、あのレンガの建物のあった場所に立つ、機械駐車場でした。

まあ、本当は法律に引っかかったりするんでしょうけれども、田舎ではよくあるように、昔ながらのガラスに入ったヒューズを外して、電源を落としたうえで、ふたを開けて中を覗いてみました。

この手のものは、おおむね接触不良や断線、部品振動で外れた、みたいなものであることがほとんどです。

それを超えたら業者を呼んで治すか、交換するか、です。修理している間中、ぴったりとご主人がこちらの様子をうかがっていたのを今も覚えています

自分が見た限りでは、いわゆる鉄工所のようなところが作ったような機械で、メーカー品のようなロゴがあるわけでもなく、スイッチ田舎ホームセンターなら買えるようなものでした。

自分田舎では、別にそう珍しいことでもありません。農家ちょっと工夫して追加の機械を入れるけど、あの家とあの家にしかない、みたいなのは割と普通です。

その時も、接触不良になっていそうなケーブルがいくつかあったので、一回ニッパーで切って、繋ぎなおして、終わり。

念のために機械部分もバラシて油でも差すかと思っていたら、そっちは良いと止められました。

ご主人が電源を入れて、半分ぐらい下がるのを確認したら、急にストップさせて上に戻していました。

ちゃん最後まで下げないのですか?と聞いたときに、慌てた様子で危ないから外に出ていなさいと追い出され、機械を見させておいて危ないもないもんだと思ったのを覚えています

あんなに不思議で気になっていた機械駐車場を間近に見る機会だったのに、印象が薄いのは、ご主人に張り付かれていてちょっと居心地が悪かったことと、

そのあと、執拗に夕食に誘われたからです。その印象が強すぎて、駐車場に何かあったか、今一つ思い出せません。

最初は、世話になったから夕食を食べていきなさい、くらいだったのが、妻が準備して待っているから、せっかくだし、と何故か執拗に誘われたのです。

まりに誘うので、一言断って家に電話をしたところ、えらい剣幕ですぐに帰ってこいと言われ驚きました。

申し訳ないけれども家に急用があるようなので帰ると伝えると、またあとで夕食を食べに来ないかと言われ、耳を疑ったのを覚えています

なんとなく胡麻化しながら家に帰ったところ、何をした、何を食べたと聞かれて、ずいぶん変なことを聞くものだ、そもそも晩飯もまだではないかと腹が立ったのを覚えています

自分は、あの機械駐車場では何も見ていません。

正確に言えば、覚えていないのです。

下げた時に側面に何か描いてあったかどうか、そもそもそんなものを目にしたかも覚えていません。

いまになって思い返すと、あの家には綺麗な三輪車があったような気がしています

そういえば、客間に通される前にも、アンパンマンか何かの子供向けの玩具があったような気もするのです。

孫のためのものを置いている家は多く、それほど不自然でないので意識していなかったのです。

ですが、青年団のような集まりお盆お祭りなどで、そういえばあの家の名前を見た記憶がなく、そもそも息子や娘、孫がいるかもわかりません。

自分に頼んできた経緯もいまいち謎です。よく考えたら別にお駄賃などももらっておらず、自分はただ働きです。

でも、よくよく考えると、何ももらわなかったことが良かったような気がします。

あの小屋はまだ自分田舎にはあるようですが、あのご主人がどうなったかは知りたくありません。

首を吊ってる母親を、自分の手でドアから降ろした話。

これも結構前の話になる。

「そういえばあの時、どんな気持ちだったっけ?」と思い返す機会があったので、折角なので文字に書き残しておきたい。

そうすれば胸に落ちるものも、もしかしたらだけど多少はあるんじゃないのかな?って感じで。

内容が内容なので、少し長くなるかもしれないけど、お暇な方がいらっしゃいましたら読んでやってください。

あんまり仔細に年月日を狭めすぎるとアレなので、時期は今から7年ほど前。

ちょうど今のような、若干寒さも落ち着いてきたかな?ってぐらいの春頃のお話だと思って下さい。

当時の俺は大学入学したての、ピカピカの一年生でした。

兄の方がとても優秀だったんで、随分と見劣りはするけれど、俺の通っていた高校レベルからすれば「まあ頑張ったんじゃないの?」程度の大学へと入学

その筋のマニアには結構有名な、二郎インスパイアの名店が近くにある登り坂の長い大学ですね。

あれは本当に数少ない良い思い出です。メチャメチャ美味かったな。店狭いし、オッサン怖いし、汚いけど。

オススメは小ラーメン・麺少なめ・ニンニクマシ・アブラシマシです。

しか高校まではチャリ通で10分だったところが、電車を乗り継いで1時間半になったのは本当によくなかった。

職場学校は、絶対に自宅から近い場所を選びましょう。近い場所にないのなら、あなた引っ越ししまいましょう。(経験則

そんなこんなで深夜までゲームやらアニメうつつを抜かしては、中途半端時間に目覚めて、一限は余裕でアウト。

気付いた母親に叩き起こされて、仕方なく起床。もそもそと着替えて、遅刻前提の移動。

それで素直に大学まで向かえばいいものを、「途中で行くのも面倒くせえな」と地元カラオケで朝割フリータイムしてたり、本屋立ち読みしてたり。

入学当初からそんなんだから、とにかく授業内容は良く分からないし、眠くて眠くて仕方なかった。

何よりも人見知りだったもんで、良くも悪くも自由大学形式の授業とサークル活動に、いまいち馴染めずにいた。

大学は少中高と違って、能動的に働きかけないと友達はできないもんなんです。あの頃の俺に教えてやりたい。本当に。

夢見ていた大学生活は、俺にとってはただの眠気との闘いに成り代わっていたのである……。

そんなんで仲の良い友達全然いないもんだから、授業サボりまくって、図書施設ビデオ設備で「ロード・オブ・ザ・リング」とか「戦場のピアニスト」とか見てたな。

いや、完全に余談でした。すみません

とにかく、こんなカスの具現化みたいな大学生活を送らないよう、新入生の皆さんは頑張ってください。

話を戻します。

俺が小学校に上がるぐらいの前に、うちの母親は一度離婚している。だから俺は種親の顔をほとんど覚えていない。

自分ママとパパと話すけど、ふたり全然しゃべらないなぁ」とか「やたらと関西実家に行ったり、親戚の子がうちに来るのはなんでだろ?」とか。

そんなことを子供ながらに思ってたんだけど、今思い返せばそういうことだったんだと。

そんなこんなで気付いたら第一父親が消えて、俺が小学校二年生ぐらいの時に、新しい父親が来た。

第二の父親は、俺は子供ながらに「良い人」だと思った。

そりゃ向こうも腹を据えて、血の通ってない兄弟二人を抱えるわけだから、多少の上っ面は確保してくるには違いないんだけど。

一緒にお風呂に入れてもらったことが嬉しかったのを覚えてる。そんな第二のお父さんの背中には、ご立派な龍のモンモンが彫られていたけど。

仮初でも、その人は優しくて良い人で、色んな場所に連れていってくれたりした。なんかホテルが多かったな。海ほたるとかもよく連れていってもらった。

多分これまでの人生25年、その人が来てからの数年が一番幸せだったんじゃないかな?

中学に上がる前ぐらいの、それぐらいの間。ホント幸せだったと思う。ボンボンボンボンで、当時Xbox360COD4ネット対戦してたの俺だけちゃうレベルで。

母親も、その時が一番楽しかったんじゃないかな?

俺も兄貴母親父親も、心から「家族」を感じてた最後の瞬間だったと思う。

で、俺が中学に上がった頃に、第二の父親が手掛けていた事業が一気に傾いてしまったと。

これは直接見たわけでもなんでもないけど、父親の元同僚の方に聞いた話なんで、間違いないことだと思います

首の回らないレベル借金も抱えることになったと。

そっからの酒乱っぷりたるや本当に凄くて、中学生ぐらいになると俺も兄貴も(特に俺は)夜更かしをするようになってるから

ベロンベロン状態で帰ってきた泥酔親父に、子供相手に何を言い出すねんみたいな絡み方をされだして。

うわぁ、イヤやな……って、毎日夜になる度に鬱になってたのを思い返します。寝てたら寝てたで起こしにくるし。逃げようないやん。

そんな紆余曲折を経る中で、第二の親父が俺に放った言葉

「お前なんて、オレの本当の子供じゃねえんだからな?」

この一言が本当に忘れられなかった。シグルイのあの人ばりに、(この傷は二度と戻らんな)と泣きながら感じたのを覚えてます

しかもこれ確か、母親の目の前だった気がするんですよ。なんか二人で揉めてて、俺が仲裁に入るじゃないけど、間に入ろうとしたらこうなったみたいな。

酔うと貯め込んだ本質が出るタイプの人っているじゃないですか。つまりはそういうことだったんだな、と。

それ以降、父親と心を通わすことは一切なくなった。もちろん話したりってことはあるけど、他人みたいなことで。

そんなこんなで、それでも気付いたら中学生になって、高校生になって。

第二の父親は家からはいなくなって、お金だけを入れながら、たまに連絡を取るぐらいの関係になって。

こっからはもう蛇足なんで、ちょっと飛ばし飛ばし

小中校まではすごい楽しかったんですよ。面白い友達もいたし。なんで急に大学ダメになったのか、不思議だなぁ。

母子家庭あんまり余裕のある生活じゃないけど、塾にも行かせてもらって、奨学金も出る。

大学にも行けるんだと思えば、ちょっとぐらいの家庭内のゴチャゴチャがあるぐらいで不幸ぶんなよ、俺よりひどいやつなんて山ほどおるぞと自分自分を戒めたりもして。

そして母親の様子がおかしくなりだしたのは、このあたりだったと思います。ちょうど俺が大学受験を終えたぐらいの時分。

深夜、お腹すいたなーと思ってリビングに行くと、母親ワインと大き目なビニール袋みたいなんを用意してて、一人で黙々と飲んでて。

で、ちょっとなんか変な感じがして、母親の目から。据わってるって言えばいいのかな。とにかく、明らかに普通じゃないけど、普通を装うとしているのが伝わってくるような、そんな感じで。

無言でいるのも変なので、「なにこれワイン?家での飲んでるの珍しいね、いいやつなの?」みたいなことを訊いた覚えがあります

うちは父親の件もあったので、母親とはすごく仲良しだったから。

思い返せば、極度のマザコンだったんだと思います特に兄貴が遠方の大学にいってからは、実家には俺と母親の二人だけだったから。

とにかく変な雰囲気だったから、「お酒家で飲むの初めて見たかも!俺もひとくちもらおっかなぁ」みたいな、おどけてなんとかしようみたいなムーブをした記憶があります

「いいよいいよ。飲んでみな」と、母親が余裕で許可をくれたことも結構意外でした。酔ってたのかな?分かんないけど。

ド深夜、テーブルライトだけつけたリビングの机、ワイングラス、謎の大きなビニール袋。

なんかすげえヤバイことになってんのかな?と。

なんでだろう、このあたりから薄々感じ取り始めたというか、そんな気がしました。今までにこんなことなかったよな?って。

そして寝て起きたら、横に母親がへたりこんでるんです。体育座りを右斜めに崩したみたいな恰好で。

俺は一瞬、本気で死んでると思った。でも慌てて抱き付いたら、ちゃんと体温も呼吸もしてたので、本気で安心したのを覚えてます

えっえっ?ってなって、どうしたん?って聞いたら「いや、ちょっと……」みたいなことで、手元を見たらスカーフ?とハンカチを束ねて作ったような、首吊り用の縄?があって。

正直ワインときから厭な予感はしてたから、メチャクチャ驚いたし、なんで?ってなった。

「それはだめだって、それだけはだめだよ。これからどうすんの?」って泣きながら問い詰めた記憶があります

人間、本当に近しい人であれば、ちょっとした行動から、「なんとなく自殺しそうだ」というのが分かるものなんだって思いました。

マジでここらへんの記憶が、ずっと頭からこびりついて離れない。身体を下ろした時よりもキツかったかもしれない。

未だに良く分からない。要するに母親は、部屋のドアノブに縄を引っかけて、首吊り自殺をしようとしたんだと。

しかも俺の部屋のドアノブだった。誰のだったらいい、ということじゃないけど。この時には、兄貴はとっくに外に出ていたはずなのに。

首元を見たら、真っ赤っていうか、うっ血したようなアザになっていて、「失敗しちゃった」みたいなことを半笑い、作り笑いで言っていたような記憶があります

未だに後悔しています

あれだけ明確に希死念慮を見せていたにも関わらず、なにもできなかった。

母親がこのとき、俺に助けを求めていたのかは分からない。あるいは本当のショックを与える前に、「私は死ぬからね」という予告をしたのかも分からない。

兄にも周囲にも連絡をしなかった自分の愚かしさ。せめて身内だけには言うべきだった。

でも、言ってもどうにもならないんじゃないか、言われた側に負担を強いるだけになるんじゃないかと、どこかで想ってしまっていたのも事実です。

母親自殺をするかもしれない。どうか助けて下さい。」この言葉を俺はいったい誰に伝えればよかったのか、いまでもわからない。

救い方があるとしたら、それは俺がどれだけ母親が好きで、愛していて、感謝しているかということを、心変わりするまで何度でもいうことしかなかったんじゃないかと。

ある日、大学に行った。四月の上旬。はっきりと覚えてる。

ちょっと早めに授業が終わったのか?サボったのか。正直どっちでもいいけど、俺は家に帰った。

なんだかすごい胸騒ぎがしてた。兄も俺も家にはいない。家にいるのは母親だけ。

ただいまとドアを開けた瞬間、やはり自分の部屋の前で、足元に椅子を置いて、スカーフで作った縄を首にかけて、うなだれて扉にもたれかかる母親を見つけた。

凄まじい衝撃と同時に、「やっぱりこうなった」とどこかで思う自分がいた。

首にかけているスカーフ素手では取れなかったので、キッチンからハサミを持ってきて、片方の刃で切り落とした。

抱き抱えた母親身体は、思い返せば想像よりもずっと軽かった。

「誰か、誰か助けてください」と今までにいったことのような言葉を金切り声で叫びながら、居間の上にあおむけにさせて寝かせた。

そして震える指でスマホをうって、まず兄にコールした。

兄は大学二年生で、本来なら学生寮にいたはず。この日はたまたま里帰りをしてきて、何かを読みに本屋にいってくるといっていた記憶がある。

しかすると母親は、この日を待っていたのかもしれない。兄弟が揃う日じゃないと死ねないと思ったのか。分からない。

ママが首を吊ってた。いま俺が下ろしたけど、意識がない。救急に連絡するから、すぐに帰ってきてほしい」

と言って、すぐに電話を切った。兄は「わかった」とだけ言っていたような気がする。

家の場所を伝えて、どうか助けてくださいというと、すぐに救急車と救助隊の方々が来た。

俺は人命救助の方法とかがまったく分からなくて、もしかすると心肺蘇生とか、胸骨圧迫とか、本当はいろいろなやりかたがあって、

待っている間にそれができていれば、母親を助けられたんじゃないかと思う。

でも本当に現実現実として受け止められてなかった。頭がヘンに冷静だったのは、「こんなことになったけど、きっと助かるよな」と無根拠に信じ込んでいたからだと思う。

ここではどうにもならないから、と救急車に乗り込んだ。

ハサミで深く切った指から血が流れていることに気付いた。痛みはまったく感じなかった。

俺「こんなんなっちゃったな」

兄「俺、これからどんな顔して顔あわせればいいかわかんないわ」

俺「そうだなぁ」

こんな会話を、兄弟で悠長に会話していたのをハッキリと覚えています

ここまではすごくハッキリ覚えているのに、ここから先があいまいなのが不思議で、不思議で。

確か夜の病棟に運ばれて、「自意識が戻る可能性はない」と言われたこと以外は、実はほとんど覚えてないんです。

翌日の病室の面会で、意識のない母親を前に過呼吸になるぐらいに泣いてしまたことを覚えてます

そして「自意識が戻る可能性はありませんが医療を続けますか?」というような旨を医師の方に伝えられて、「もういいです」と伝えたことは覚えてます

そしてずっと病院に居るわけにもいかいから、家に戻って、母親のいない家で過ごして。

三日後か四日後、電話の連絡で「お母さんは亡くなりました」と同僚の方から連絡をいただきました。

母親の死に目に会わなかったのは、自分にとって幸運だったのか、不運だったのか、未だに分からずにいます

からない、本当に今でもわかりません。

あのワインの日から自分に何が出来たかをずっと考えています

間違いなくサインとなっていたあの日ちょっとでも行動を起こす勇気自分にあったのなら、もしかすると母親は今も生きていたのかと。

2021-04-25

Spotifyの新UIうんこ

アーティスト名が曲名直下に来てしまったので一覧性がいまいち。代わりに曲名の隣に来てるのがアルバム名だけどアルバム名ってそんなに見たいもの

それはまだいいけど、アーティストプロフィールページがまじでうんこになった。

以前はプロフィールページでそのアーティストの全曲が表示されてたのにいまは人気の曲しか表示されない。全曲確認するためには各アルバムをいちいちクリックしないといけない。これがめちゃくちゃめんどい

・お、このアーティストいいなと思う

プロフィールページに飛ぶ

・人気の曲を何曲か聞いてみる(いまいちだったらここで終わる)

・気に入ったらとりあえず全曲適当に聞いてみる(ランダム再生だったり順次再生だったりこのへんは状況による)

・いいなと思った曲を集めてプレイリスト作る

みたいな作業をいつもやってたんだけど、アルバム数の多いアーティストだとこれがめちゃくちゃしんどくなった。

しかも戻るボタンで戻るとスクロールトップ固定(前回の状況に戻らない)のでさっきどのアルバム見たんだっけ?みたいになってまじうんこ

誰か同じ状況の人いたら解決策おしえて。

2021-04-24

舞茸をポタージュスープに入れたけどやっぱりいまいちだった

不味くは無いけど微妙

今日自炊ダメダメだった

anond:20210424115351

資格取るなり、技術向上するなり(競技プログラミングやるとか)、条件下げるなりしないと

今の職歴だと状況変わる気しないな。

簡単なのは技術志向ブラックよりの企業行くと言う手はあるがあまりおすすめできない。

修士出てても仕事に適性があるとは限らない。うちに東大博士情報系がいるけど、いまいち仕事できねえって評価されてる。実務と学術的な能力結構差がある)

自民党投票するというのは小泉進次郎支援するってことなんですよ

https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4252977.html

「くっきりとした姿が見えているわけではないけど、おぼろげながら浮かんできたんです。『46』という数字が。シルエットが浮かんできたんです」(小泉進次郎 環境相

23日午後、私たち単独インタビューに応じた小泉環境大臣。「浮かんだ」という「46」とは、各国の首脳が参加した「気候変動サミット」で菅総理が示した目標です。

我が国は2030年度において、温室効果ガスを2013年度から46%削減することを目指す」(菅首相 22日)

日本は、これまで2030年度までに「26%削減」を目標にしてきました。今回、菅総理サミットで「46%削減」と表明、目標を大幅に引き上げました。

マジかよ。思いつきをそのまま国際社会宣言したのかよ。

現実的には、どれだけ積み上げても30%台後半が限界だった。それ以上の数字は、環境省小泉環境相が背負っている」(経産省幹部

「旗振り役」の小泉大臣、そのような声は意に介さないようです。

「意欲的な目標を設定したこと評価せず、一方で現実的ものを出すと『何かそれって低いね』って。『金メダル目指します』と言って、その結果、銅メダルだったとき非難しますかね」(小泉進次郎 環境相

30%台後半が限界だっつってんのに無視して寝言言ってんじゃねえよ。何が金メダルだ。スポーツじゃねえんだよ。46%って宣言して46%行かなかったら非難されるに決まってんだろ。

「窓の外に東京代表的と言っていいのか、高層ビルがいっぱい並んでますね。この景色が変わりますよ。見てください、空いている屋根がいっぱいありますでしょ。太陽光をできる限り置いていきたい」(小泉進次郎 環境相

どうやって実現するつもりかと聞かれて太陽光?? ビルの上に? 物理法則無視して置けたとしても達成できるわけねえだろ。

レジ有料化迷惑ではあるがまだ国内に閉じた話だ。ひきつった笑いでギャグにすることもできた。進次郎構文だって面白いのはわかる。でもこの46%はもうシャレにもギャグにもならない。達成できないと他国が何を言ってくるかもわからん日本国内産業も無傷じゃ済まないだろう。30%台後半でも難しいのにそれを2〜3割ほど上回る数字を出してしまった。

そして何より太陽光だ。太陽光といえば小泉家のビジネスだ。つまり小泉進次郎は、政治家としてまともに説明責任を果たさず、自分ファミリー露骨利益誘導しているわけだ。ネトウヨが好む語彙で、使いたくはないんだが、これほど「売国奴」という称号が似合うやつは今まで生きてきて見たことがない。

進次郎構文でデビューしたときはただのバカだったが、レジ有料化有害バカになり、今はなんだ? 「頼むから何もしないでくれ」という言葉他人を傷つける云々という記事はてブに上がっていたが、じゃあこの小泉進次郎に対してどう言えばいい?

こいつを大臣に任命して好きにやらせているのは100%自民党責任だろう。法律で決まっているとか、野党の追求がどうこうとか、そういった理由小泉進次郎環境大臣をやっているわけではない。自民党内でしっかり検討して任命し、その後も諌めることなく好き勝手放言させている。その結果がこれだ。レジ有料化からもうすでに相当悪影響が拡大している。この先何をしでかすかわかったもんじゃない。

俺は今まで消極的自民党を支持していた。モリカケ桜を見る会なんてどうでもいい。俺の生活には何一つ影響ないからな。道義的責任法的責任はあるのかもしれんが、それはそれで追求したい人がやればいいことだろう。

菅首相いまいち無能っぽいが、それでも積極的不支持というほどではなかった。携帯料金引き下げにやけにこだわってMVNO破壊するような言動はどうかと思うし、その他のアクションもいいかと言われれば返答に窮するが、誰かに代えたらよくなる気もしなかった。つまり消極的支持だ。

小泉進次郎だけは別だ。こいつに権力を持たせること自体が間違いだ。次にどんな手段で国政を食い物にして、自分ちの太陽光ねじこんでくるかわかったもんじゃない。まともなプラスチックゴミの削減案すら出さずに「シルエットが浮かんだ」とか言ってめちゃくちゃするだけだ。それでも結果的に国や俺の利益になるならまだ目をつぶるが、レジ有料化も46%も害でしかない上に望んだ効果も得られない。

こんなのに俺の生活を振り回されるなんてやってられない。絶対排除したい。自民党でさえなければ立民だろうが共産党だろうが、小泉進次郎排除できるという一点においてどこが政権取ってもまだマシだ。これほどの有害物質を大臣に据えて良しとする自民党なんてまったく信用に値しない。

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