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はてなキーワード: セオリーとは

2021-05-14

anond:20210514113149

山田太郎

表現規制漫画とか)を創作者に有利なように仕向けている

オタクにズブズブ。意見を通すために体制にズブズブ(らしい)

山本太郎

非科学的で陰謀論者だが圧がつよすぎて無理が通れば道理が引っ込む体現しているやべーやつ

何事も反発することをセオリーに置いているので、現政権悪感情を持っている人がこぞって狂信者になっていくヤバイ悪循環形成されている

親が金持ちすぎて働く気失せる

親が金持ち金持ちセオリー通りに教育にアホほどお金かけてもらったけども入ったのはFラン程度の大学。その大学すらまともに通わなかったか就活もやる気が起きずに大学卒業してからニートしてる。

世帯年収聞いてみたら、自分必死こいて働いても5%もいかないんだろうなーと思うくらいの収入だった。虚しくて働く気起きない。

両親で会社経営してるので、母親にそれとなしに自分も雇ってくれないか聞いてみたけども、「社員士気が下がる。あなたを雇うメリットデメリットを天秤にかけた時にデメリットの方が圧倒的にデカから無理。」と断られた。

これで何かしらの不自由があったら良かったけども親からもらうお金の使い道に口出されたことないし、東京に住んでるからどこかに住みたいとかも思いつかないし、こんな生活してる割には友達も居るし、兄弟も居ないから親の遺産総取りだし結局働く理由が思いつかない。

2021-05-06

続・物語作家になりたい人たちへ

【1】

 まず、私の投稿に対して「こういう規則押し付け創作の芽を摘む」というような声が有ったので、以下ではその声に答えたい。

 日本では割りと「創作においては『論理』に頼らない『直感』こそが正義である」という信仰が強い。しかし、現実は逆である。きちんとした創作を生み出すためにこそ、創作家には規則論理必要なのである

 例を挙げよう。映画業界の話である欧米をはじめとする諸外国とは異なり、日本には映画に関する専門的な教育・訓練を行うまともな機関が無い。そのため、映画仕事を志望する人間は、専門的な教育や訓練を受けたくても受けられない。業界全体が、昭和時代と何も変わらない『徒弟制度』に頼りきりである業界志望者は、論理的・合理的ノウハウも身に着けられないまま、無駄に年月を重ねる。結果として、まともな監督脚本家スタッフも育たない。つまり「まともな作品」を撮れなくなり、現在日本実写映画は「まともなビジネス」として成立しなくなった。

 映画役者供給する演劇業界も、実写映画業界と似たり寄ったりである。大半の劇団は良い演劇をすることよりも、地方自治体を唆して税金寄生することや、稽古や親睦を名目にして性的関係を結ぶことの方に熱心で、肝心の本業である演技や演出学芸会レベルのままである

 日本実写映画業界演劇業界は、指導名目スタッフ役者に灰皿を投げつけたり暴力を振るう類いの人間たちが「名監督」や「名演出家」扱いされている始末である。片や出演する演技者の方も、演技の専門的な訓練を受けていないミュージシャンとかが大役をゲットする。こういう紛い物たちが日本映画業界演劇業界蔓延っているのは「論理的・合理的ノウハウの訓練を行うシステム」が無いかである論理的な指導ができない人間は、監督演出家を辞めるべきだし、演技の訓練をしていない人間は、演技の仕事を去るべきである

 それはともかく、漫画小説作家を目指す人間は、実写映画業界演劇業界が手遅れに近い状態になってしまっているのを「他山の石」として、まずは「論理的・合理的ノウハウ」を身に着けるように努めてもらいたい。

 そうすれば、日本実写映画ドラマで頻繁に見かける「よく考えもせずに『何となくそれっぽいから』という理由だけで、悪人たちが悪企みの会議をしている場面で部屋を暗くしてみた」とか「とりあえず竹中直人佐藤二朗ムロツヨシに滑稽な表情と動きをさせておけば、それでコメディっぽくなるだろう」といった馬鹿描写貴方物語作品の中でしなくて済むだろう。

【2】

 次に「セオリーから外れているけどヒットした作品も有る」というような声も寄せられた。これに対しても以下で答えたい。

 野村克也インタビューで言ったことで有名になった「勝ちに『不思議の勝ち』有り。負けに『不思議の負け』無し」という喩えが有る。論理に依らない成功の例は確かに有り得るが、それは謂わば「宝クジが当たる」ようなものである。もしも「宝クジに当たる人間も世の中にはいるのだから自分はあくせく働くのは止める」と言い出す人間がいたとしたら、その正気を疑うだろう。

 物語を書くこと、創作活動をすることは、宝クジを買うように運任せの行為なのか?それは違う。人間頭脳を使う営みなのである。ならば、創作活動において頭脳を使って論理規則活用することの、いったい何が悪いというのか?そんなに頭を使って書くのに抵抗を覚えるならば、いっそコックリさんに頼って自動書記でもしてはどうか?それは冗談だが、仮に偶然に頼るにしても頼り方が有る。

 蜘蛛という生き物がいる。その中でもコガネグモジョロウグモなど、網を張って獲物を捕らえる種類がいる。網に獲物が掛かるか否かは偶然であるしかし、網を張らねば偶然を捕らえることはできない。創作活動において論理規則活用することは、謂わばクモが網を貼るようなものなのだ理解してもらいたい。

【3】

 「とりあえず最後まで書くのが重要」という声には強く同意する。物語作家の志望者は、まずは作品を一本書き上げてもらいたい。しかし、そのためにこそ、論理規則有効なのである登場人物生命の息吹を与えて、物語を完走させる上で、論理規則活用することは、手助けにこそなれど決して枷にはならない。むしろ始めにきちんと考えないままで何となく執筆に着手してしまい、結果として執筆の途中でガス欠になって未完成で投げ出す人の方が、物語作家の志望者には圧倒的に多いのである。それを避けて最後まで書き切るためにこそ、論理規則活用して欲しい。

【4】

 「文章力画力があれば、何も起きない平凡な日常生活描写でも読者を惹きつけられる」というのは、嘘ではないが、しかし本当でもない。それだけの力を持つような文章力画力というのは「何を書く・描くべきか」を把握していなければ、物語作家志望者も身につけようが無い。そして、何を書く・描くべきかを把握するには、やはり論理規則に則った思考必要なのである。また、何も起きない平凡な日常生活は、無手勝流簡単に書ける・描けるものではない。観察力もまた出発点は論理規則である

2021-05-05

anond:20210504184728

ワンピースが売れていないなら反面教師にするのはわかるけど、爆売れしていてなぜ、なにを反面教師にするのか

しろセオリー無視している(ように見える)のに爆売れしているのは何故か、を論じるべきではないのか

2021-05-03

DDDリポジトリってファットにならない?

リポジトリは集約ルートのみ返す。1つの集約にはリポジトリは1つ。リポジトリの中でのみRDBへ問い合わせる。」って書いてあるけど、集約内の関連テーブルへの問い合わせをすべてリポジトリ書くからリポジトリが巨大にならない?

DDD実装例を見ているんだけど、参照はリポジトリ以外からも呼んでいてクソワロタ

https://qiita.com/haazime/items/5776e4e25b6527b682e7

ActiveRecordのassosociationとRepositoryの相性って良くない気がする。(Repositoryのセオリーに完全に従うとassosociationが使えなくなるのでは?)

2021-04-28

anond:20210428084538

交渉事は相手よりマウント取らないと上手くいかいからなぁ~

アメリカリアリティ・ショーによくあるが、最初に値段を吹っかけてから

想定した値段まで下げるのがセオリーだし

2021-04-19

[] #93-4「栄光の懸け箸」

≪ 前

「この持ち方が正しいのは箸が食べ物を掴む食器としての役割があるからだ。その持ち方で支障ないって言ってるが、それじゃあゴマ小豆をつまめないだろ」

「そのあたりは掬い上げるような取ればいいんすよ」

「そんなことするんだったらスプーンでいいって話になる。刺し箸で食べる奴もいるが、それもフォークの方がいい。逆さ箸や合わせ箸とかだって衛生的に問題があるからだ。マナーとかそういうのを抜きにしても分かるだろ」

正しく持てている側だからポジショニングトークをしたいわけじゃない。

これはセオリー問題だ。

箸に限らず正しいのには理由があるが、個人的無視していいこともあるだろう。

けれども“無視していい前提”で語ってくるなら、それはさすがに違うと言っておかなければならない。

でなければ、まるで正しい側が間違っていると認識されかねない。

「確かに、カジマのその持ち方は箸の機能をロクに使えていないね。数ある食器の中から箸を使う以上、ロクに機能を活かせていないのは合理的じゃない」

「それにマスダは作法を抜きにしてもと言ったが、実際は作法大事だぞ。もし親戚が亡くなったとして遺骨を壷に入れる時、そのクセだらけの持ち方で本当に支障がないと思っているのか」

「えー、味方がいない。タイナイとウサクもそこまで言えるほど上等な持ち方じゃないっしょ!」

「まあ、それは確かに

「む、よほどのことがない限り、他人にとやかくいわれる筋合いはないぞ」

「この持ち方は僕らの勝手だ」

「おいおい……」

人間ひとつやふたつ直したい癖はあるものだ。

でも直さずに生涯を終えられるなら、それはそれでいいとも思っていたりする。

たまに指摘された時にブーたれて切り抜けられるなら、そっちの方が遥かに楽なんだ。

から“そんなの個人勝手だろ”とか、“他人にとやかく言われる筋合いはない”と便利な言葉で突き放したがる。

「箸の正しい持ち方を教育したり、喚起したりするのは抜本的ではない。正しく持てていない者が現状たくさんいるのだからシステム側が現代人間に合わせるべきだ」

「ウサクって、よくシステム側の問題って言いたがるよな」

「……なんだか含みのある言い方だな」

だって個人レベル問題を大局的な施政から解決しようってのは、むしろ遠回りだろ」

それに、皆やいのやいの言う割に“最も大きな理由”を隠そうとするのもヤキモキした。

「今さら箸の持ち方を矯正するのは面倒なんだよ」って言いたがらないんだ。

改めて考えてみると、俺たちティーンエイジャーの段階で1万8千回くらい食事をしていることになる。

その内の何割くらい箸を使っていたかまでは分からないが、1日に1回は使っていると見積もって約6千回。

いざ箸の持ち方を矯正するにしても、この6千回を取り戻すのは生半可なことではないだろう。

これの意味するところは、身も蓋もないことをいえば“面倒”という言葉に集約される。

だけど彼らがその言葉を使わないのは、それでは罷り通らないであろうと思える程度の通念はあるからだ。

事故で指を失ったとか、のっぴきならない事情で出来ないとかではない。

ただただ使いこなすのが難しい、今さら矯正が面倒くさいから、そのままでもいい理由にすがるんだ。

次 ≫

2021-04-17

anond:20210417103257

産廃排水希釈して排出するべしというのがこの2000年ほどの人類の過ちを踏まえて制定されている全世界セオリー

原液だぱぁは不許可である

2021-04-15

せんらんカグラとか、アマガミ絵師すごいよな

男性なのにあれだけ男性受けする絵がかけるというね

基本的エロなり美少女絵は女性絵師というセオリーがあると思うのだが(勝手な推測)、

あの2名は頭1つ飛び出ている

あーあと安田さんという絵師もすごい、ヘスティアヒモとかデザインした人

天才ってたくさんいるもんだね

2021-04-11

anond:20210411121249

問題は小分けにして解決するというのがセオリー

私が言いたのは男性限定デザイナーベビーの推進のほうが良いと思う

そうすることにより、男性が全てのパラメータ女性より優れることになり

女性パラメータを上げるにはデザイナーベビー男性結婚するしかなくなります

弱者男性はすべてにおいて強者となるのです

素晴らしい

2021-04-10

理性

情報発信する際には誰しも理性という検閲を通す。

文章入力送信ボタンを押す、という工程必要とするネット上での発信は特にそれが強く働く。

しか感情的もの特に悪意や攻撃性に類するものはそれを突破やすい。

まり発信される情報は全体で見れば必ず悪意に偏る。

もちろんネット上に限らずだ。

 

こんなことは誰しも分かっていることで今更いまさら言うまでもない。

が、そう思って言わなかった結果…というより理性により敢えて言わずにいた結果生まれたのは

感情に偏ったネット上の言葉鵜呑みにしてリアルで暴れるモンスターだ。

 

そして悪意によってルールが作られ始めた。

例えば「差別だ」「差別ではない」という問答に何故か当事者以外が首を突っ込む。

攻撃的な側は理性が緩くなり常に攻勢で、しかも「落とし所」が存在しない。つまり永遠に要求し続ける。

個々の感情で暴れる者同士結託しているだけで共通目的を持たないからだ。

逆に責められる側は「余計なことは言わないほうが良い、面倒には関わらないほうが良い」という理性が働き言われるがまま。

そうして議論すらなされていないのに攻撃的な側の、悪意によって行動する側の意見が押し通る。

結果、悪意を持つ側にとって有利な前例ができその積み重ねが暗黙のルールとなる。

 

百歩譲ってここまでなら良い。

しかし近年こうした悪意に寄り添う法まで作られ始めた。

本来の「攻撃的なやつは無視するに限る」というセオリーあくまで「システムによって自然淘汰される」という前提あればこそだ。

そのシステムが上手く機能していない。

政治的な話がしたいわけではないか割愛するが、システム所詮人間だったということか。

システム機能しない世界で「理性」は果たしてどう働くのだろうか。

 

理性ある人、そう聞くといかにも尤もらしい。

しかし現状を鑑みるに単なる保身でしかなかったのかと考えさせられる。

それとも理性こそが「システムによって自然淘汰される」べき癌だったのだろうか。

もしそうであるなら世界順風満帆幸せに向かっていると言えるだろう。

2021-04-05

非モテ自分コロナ禍で一念発起した結果

30歳になってから一念発起してまともな見た目になろうとあれこれやった。

その結果、周囲の評価はまるで変わったし、自分でも自己肯定感が上がって、生きづらさが減った。

再現性のあることなのでここに共有してみる。

ボイストレーニングに通う(6万円)

自分は声が小さい、聞き返されることが多い、のがずっとコンプレックスだった。

なのでネットで調べてボイストレーニングに通うことにした。週1の3ヶ月コースで約6万円。

カラオケボックストレーナー指導を受けながら発声練習をする。

毎回、喋っている声を録音して聞かされるのだけど、最初はそれがほんとに苦痛

しかし、徐々によくなってきていることがわかって面白かった。

正直まだ自分の声を聞くのは苦痛だけど、抜けのいい声を出せるようになった。

声が出やすくなるストレッチも教えてもらったので、今もそれをやっている

脱毛サロンに行く(10万円)

髭の永久脱毛をしようと脱毛サロンに通った。

2年間通い放題で約10万円というコース

月1で15回は通ったか

これによって顔がツルツルになっただけでなく、髭を剃る必要がなくなったので、かなり快適になった。

朝起きてシェービングクリームをつけて剃るという行為がかなりストレスだったとわかった。

未だに数本はポツポツと生えてくるけど、それは毛抜きで抜いて処理している。

エステサロンに通う(7万円)

同時にやったのは肌をきれいにするエステサロンに通うこと。

こちらは10回で7万円というコースだった。

だいたい1回1時間ぐらいの施術で、かんたんなマッサージもついている。

これに通ったおかげで毛穴はだいぶ目立たなくなったし、肌に艶ができた。

あと女性向けサロン男性コースだったので、サロン内にきれいなしかいなくて毎回通うのが楽しみだった。

最近は指毛も脱毛したし、足もやろうかなと思っている。

Dマガジンに加入する(月500円)

ファッションはどう学んでいいかからないのでDマガジンに加入して男女問わずファッション雑誌を見まくった。

気になった服があったらスクショをとり、ブランド名メモして調べるということをひたすらやった。

これやったことで着こなしのセオリー何となくわかったし、服のブランドにも詳しくなった。

最近だったらこういうの着ておけばOK、みたいな流行もすぐにわかる。

あと服が単純に好きになったし、街ゆく人が着ている服を見るのが好きになった。

毎日筋トレをする(0円)

ガリガリ猫背だったので筋トレをはじめた。

最初ジム契約して通っていたけど、結局移動が面倒くさいので解約して家で筋トレ

毎日やることを提案してくれるアプリを入れて、日々やるだけ。

ガッチリ体型には程遠いけど、腹筋はうっすら割れていて、脱げば意外と締まっている、くらいにはなっている。

実際、脱いだときに感心されることが多々ある。

あと単純に運動するとストレス解消になるので、これを習慣にしたのはよかった。

ひたすら服を買って着てみる(都度3万円ぐらい)

気になった服はとりあえず買ってみてしばらく着てみる。

するとだんだん自分はこの形状ダメだな」「この素材ダメだな」というのがわかってくる。

あとから失敗したなと思ったやつはメモして、なんでダメだったのかも理由も書いておく。

こうすると服を買って失敗することが減っていく。

最初流行デザインをパクった安い服を買っていたのだけど、結局3万円台ぐらいのほんとうに気に入ったやつをいくつか買って着回すのがいいとわかった。

3万と聞くと高いと感じるけど、年間にすると30万ぐらいだし、30万ぐらいなら副業でもすればすぐ稼げる。

自分を騙して安ものを着るよりも、ちょっと高くても正規品を買ったほうが自己肯定感も上がる。

ある程度高いと素材もいいので長持ちする。

美容院、眉サロンに通う(都度1万円)

最初は3000円ぐらいの安さが売りの美容室に通っていたんだけど、結局ちょっと高くても普通美容室に通うほうがいいとわかった。

自分が通っているところは、すべて頼むと累計で1万ちょっと

たかが1万ちょっとで周りの評価が変わるなら、出しておいたほうがいい。

髪型ファッション雑誌を見まくって、そのスクショを見せてやってもらっている。

こんな切れ端見せてわかるのかいな、と思うが向こうもプロなのでわかる。

最初流行に合わせてこれもやってみよう、あれもやってみようと挑戦してみるが、だんだん似合わない髪型がわかるので固定化してくる。

自分は今は首にかかるくらいのウルフカット金髪で固定している。

あと眉サロンは1回5000円くらい。これはたまに行って形を作ってもらって、その後は自分で抜いたりして整えている。

まとめ

こうやって羅列してみると意外と金かかっていない。少なくとも100万はいっていない。

そのうえ、どれも金出せば誰でもやれることなので再現性が高い。

イケメンになると自己肯定感が上がるし、女性から特別扱いしてもらえるし、男グループのなかで浮くことはあるけれど、総合的にはイケメンになることはかなりおすすめ

そこにいるだけで女性から注目が集まるっていうのは、ほんとうにかなり気持ちいい(セックスしても気持ちいいw)。

たとえば飲み会とかで、自分の両隣に女性がべったりついてほかの男は無視されてる、ってほんとうに気分いい。

承認欲求が満たされて自己肯定感が上がって、そのおかげで行動力や活力も上がる。ほんとうにイケメンおすすめです。

2021-03-19

三大・なろう系じゃないけど完全になろう系のセオリーで書かれてる漫画

マッシュ

葬送のフリーレン

あと一つは?

人狼ってクソゲーの極みだよな

 慣れてない奴がやればぐだぐだになる。慣れてる奴がやればセオリー通りに進めるだけの作業ゲー。人数揃わないと出来ないけど、揃ったら先に脱落した奴が暇する。ネットでやればイキリと荒らし巣窟推理ゲーといいながら、所詮は底の浅い運ゲー。ここまで面白くないゲームって珍しいよな。でも、推理ゲーの皮を被ってるので、自分は頭いいと思い込めるってのが魅力なのだろうか。もし仮に慣れてないけど必死考察しようって言う意欲のある奴同士が集まれ面白ゲームになるかも試練が、そんな奴が何人も揃うって事はまずまずあり得ないので人狼クソゲーだ。まあ、どんなクソゲーでもやってる本人が面白いと思えれば(思い込めれば)、神ゲーなのかな

2021-03-18

犬の名前

犬を飼うことになった。

数ヶ月かけて迎え入れる子犬を選び、一緒に暮らすためのあれやこれやを準備して、とうとう明日、迎え入れる運びとなった。

準備を進める中で避けて通れないのが家族の一員となると犬の名前だ。さまざまな案が候補に出された。

その中で妻がいたく気に入って激推してきた名前があった。それを仮に「こはる」とする。

これも仮にだが、彼女配偶者たる自分名前は「春」の一文字で「しゅん」と読む。だから小学生の頃から愛称は「はる」で、妻とも子供が産まれるまでは愛称で呼び合っていた。

そんな背景を妻が説明すると

「えー、じゃあ子犬は小さいパパってこと?なんか嫌だ!」と難色をしめす娘たち。

犬の名前は身近な人の名前を避けるというセオリーがあるが、発音は違うし周囲に自分愛称認知している人間は妻の他は居ないので実際特に問題は無い。

ただ、少し引っかかりはする。なので自分も控えめに、それは同意しかねると意思表示した。

しかし以後、家族子犬話題になると妻が執拗に「こはる」と呼び続けるため、半ば「こはる」が既成事実と化し、娘たちも「それで良い気がしてきた」と発言するにいたって、正式子犬名前は「こはる」に決定してしまった。

夫婦仲は決して悪くない。むしろ良好だと思っている。では子犬の名付けについて妻の心情をどう考えればよいのか。ただのお巫山戯なのか、単に愛されているだけなのか、実は夫を犬扱いしたい心の表れなのか。今ひとつ気持ちが消化できないまま、明日、妻と子犬を迎えに行く。

2021-03-15

エヴァンゲリオン感想

俺が、エヴァ感想を描こうとすると

クレしん映画と昔のGAINAXはかなり昔から兄弟なんですよ」

って話で説明する切り口か、

「成人向け作品のアレですよね?」

という方向になる。

他の深夜アニメよりもクレしんや、成人向けのほうがなぜか本格的にエヴァンゲリオンしてるように見えるんだよ



クレしん映画は全部見た上に、オトナ帝国と暗黒たまたまについては何十回みたかさえもう覚えてないほど見たし、成人向け作品についてはここ2年のものなら浴びるほど読んでる

エヴァ自体で話すと結局たどり着くのは「庵野秀明監督のし小説」論なのだが…もっとこう…純粋に「世界の見え方」を話すと…



庵野監督私小説論」としてエヴァ感想考察を書くのが1つの正解なんだけども…エヴァ好きな人のための感想になりすぎて、同じ事やりたくないんだよなぁ…。

作品を見て世界の見え方が変わる驚き」っていうのがどの作品にもあって、当然エヴァもそこで大きなインパクトを持ってるんだから

自分で言うのも何だけど、ぼくやっぱけっこう昔の人なんだわ。

今の人にしては素直じゃないし、真後ろの世代人達ほど浅い意味でのデータ主義でもない。

ネットにいるけっこう昔の人はね…素直に実力を成果物に落とし込む能力は低いが、モノを見る時にデータセオリーに囚われない個性がある

けっこう昔の人ってめんどくさいやつな反面で、一度勉強したら忘れないような体験をする感性・深く掘り下げる根気を持ってる人けっこう見るんですよ。

の子にない凄さと煩わしさをね…。

そこの強さって断絶したよなぁ…ってある人のエヴァ感想見て思った。


山田哲人不振について、野球ファンの人と話す機会があったけど、ぼくに言わせると山田哲人って真面目で素直過ぎるからこそ知恵を手に入れると迷うんです…。

知恵が本当に知恵ならいいんだけど、浅いデータ主義一般化されたセオリーまりのものだと彼は退化するんですよね…。

素直ゆえに


イチロー凄さって、「データセオリー実体験で修正する能力」で、キャンプで体を大きくしすぎて春先に出遅れ経験を繰り返すうちに、【キャンプで体作り】みたいなセオリーを疑い、違う方向に走って正解を見つけてるんですよね。

昔のすごい人って優れた感覚を感じさせる話がある


今の50前後まで来るとデータ感覚修正する能力セオリーを疑う・自分の中での公式を作る能力が高い人がけっこういる。

最近になって新庄剛志外野手について自分の考えで世の中ががたどり着いたセオリーを正してるのも、その1つ。

教育者データ主義からは素直ではない人達だけど正しいよね

今の40過ぎぐらい、こういう「一時的に優秀なコーチ二人三脚成功するぐらい素直なんだけど、真面目すぎて一度迷ってしまうと長い眠りについたり、最悪そのまま引退する選手」って増えた気がする。

現代野球に合った調整や登板間隔を見つけきれてないのもあったが…根っこにあるのは素直すぎたこ


アラフォー生き残ってる人ってそもそもセオリーにハマらないタイプや癖が強く独特の偏屈さを持ち合わせてる選手が多いんだけども…そういう人ってセオリーにハマらないか自分なりにセオリーを微調整する優秀な感覚を持ってたんだと思う。

何でもかんでもデータ時代だが、野球はその先にいる気が


どこの球団にも頭悪い人はいるけど、セ・リーグファンの頭悪い人は他球団への攻撃性がやたら高い人がいる。

結構から蓄積したデータや、本人のインタビューをもとに発言したつもりでも、それがネガティブだとクソリプ飛ばす人がいる

パは根拠がある発言には素直なファンいか文化の違いを感じる


ちなみに、阪神ファンのことじゃないです。

というか、西日本球団ファンってセパ問わず自分からネタにしていくファン一定数いるせいで、他球団に「不敬だぞ!」「無礼だぞ!」みたいに突っかかる人の割合が少ないんですよね…。

愛してるからこそヤキモキしてネタにしちゃう文化

こんな支離滅裂なこと書いてる暇あったら素直にエヴァンゲリオンの感想書けばいいのでは。

発達障碍者ってこんな支離滅裂思考してんの?

2021-03-12

anond:20210312164803

じゃあフランスドイツ近代哲学者がたくさん居る学問的に素晴らしい国ですね!ってのも

大学教員被雇用者活躍評価してるから差別的になるのか

そういう褒め方してる人大学めっちゃいたけどあそこまで学識高い文化人集団セオリー発言でも今の時代アウトなんやな・・

2021-03-11

ゲーミングあざらし輝海まりなの初見ポケモン実況が面白い

最近ポケモン実況を見始めて輝海まりなのポケモン初見の実況を見ている

コメント欄も盛況で流れが速くていい感じだ

ポケモン初見の何が面白いかってタイプ相性を知らないしポケモンセオリーを知らないしで尚且つリアクションが良い

初見なのを良いことに視聴者が大抵騙そうとアドバイスしてそれに騙されるってのが良い

殿堂入りまで見届けたい

2021-03-10

anond:20210309155445

まあネット麻雀から出来るんだろうけれど、実戦だったら出来ないよね。

そういうセオリーみたいなものが出来上がってない場合が多いんだろうなあ、と想像するからネット麻雀には手を出さないんだけどさ。

 

ただ、これを、もしも実戦でやるとしたら、それをやることで増田のように怒り出す人がいるとわかっていたらやるかもしれない。

やっぱ相手感情を揺さぶったほうが有利になる場合が多いから。

とくに増田トータルでトップ目とかだったら、やる意味は出るよね。

とはいえ実戦ではやりにくいよな。もうちょっと違う手で増田を怒らせる方法を考えるかな、やっぱり。

2021-03-04

anond:20210304175403

最短経路検索とかだと、指数関数的な経路数を少しでも小さな数にするのがセオリーからね。どれだけ母数を小さくできるかが勝負

からなかった。

質問英文すらわからない。

ようやく翻訳ソフトで約したのが約せて

どれほど数を小さくできるかのアルゴリズム勝負というのはわかった。むずかしい。その問題

 

あのインテルぱぱ。資本追加よろしく問題文を暗号で書かないで。むずかしすぎる。

面接がながいとは聞いていたが、むずかしいよ 実力テスト問題

2021-03-01

ウマ娘に出てきてほしい名馬たち

シンザン

1961年まれ。史上2頭目三冠馬、そして史上初の五冠馬であるディープが登場するまでの史上最強馬といえばルドルフであり、そしてルドルフが登場するまではシンザンこそが史上最強馬だった。19戦15勝、2着4回。3着以下に負けたことがなく、そのわずかな敗戦トライアルばかりで「調教代わりに手を抜いて走っているのでは」とも言われた。ルドルフを超える神のごときカリスマを持った最強のウマ娘として出てきてほしい。

タケシバオー

1965年まれ。29戦して海外遠征を除けばすべて3着以内という強さを誇った怪物。驚くべきはそのレース選び。芝でもダートでも長距離でも短距離でも勝ちまくる。いわば強化版アグネスデジタルである。3200mの天皇賞春と1200mのスプリンターズステークスを両方勝っているのはタケシバオーだけであり、当時はシンザンと並ぶほどの評価を与えられていたらしい。豪放磊落って感じのウマ娘として出てきてほしい。

ハイセイコー

1970年まれ日本競馬史上においてオグリキャップと並ぶアイドルホース地方から中央競馬に殴りこんで連勝を重ねたのも同じ。しかハイセイコー皐月賞では勝ったもの日本ダービータケホープに敗れてしまう。実はハイセイコーは2000mまでの馬。馬場ダートのほうが合うと言われていた。マイル路線ダート路線もまだ整備されていない時代ハイセイコーは不利な戦いを強いられ、しかしそれにより更なる人気を獲得した。同性から人気があるタイプの不良っぽいウマ娘として出てきてほしい。

カブラヤオー

1972年まれツインターボメジロパーマーの究極形。人呼んで「狂気の逃げ馬」。とにかく最初から最後まで全力で逃げ続ける。しかもその戦法で9連勝して皐月賞ダービーの二冠馬となっているのである。なぜそんな極端な戦法をとっていたかというと、実は幼い頃に他馬に蹴られたトラウマのせいで、馬込みの中で走らせることができないからだった。狂気暴走と思いきや泣きながらいじめっ子から逃げていたわけで、この時点でもうウマ娘っぽい。

テンポイント

1973年まれ。「流星貴公子」と呼ばれたアイドルホースである競馬ではしばしば「三強」の構図が表れるが、テンポイントにもトウショウボーイグリーングラスという同世代の好敵手がいた。三頭とも出走したレースでは必ずワンツースリーを占め、三頭ともが年度代表馬になったという、稀有ライバル関係だった。そしてレース中に骨折予後不良となった名馬としてキーストンサイレンススズカと並んで語られることが多い。正統派イケメンウマ娘として出てきてほしい。

ミスターシービー

1980年まれ。(ウマ娘に)もう出てるだろ!って突っこまれそうだけど、個人的に大好きなので、まだゲームには実装されてないのを言い訳に紹介するわ。

ミスターシービーは史上三頭目三冠馬最後からまくって追い込む豪快な競馬身上で、皐月賞では泥んこの不良馬場を後方から差し切り、ダービー菊花賞では当時のセオリーをガン無視して勝ってしまった。とにかく破天荒でド派手な馬だというイメージがある。ルックスイケメンで、現役時はアイドルホースと言っていいくらいに人気があった。また、父親は「天馬トウショウボーイ母親はそのトウショウボーイと同じ新馬戦を走ったシービークインで、この母からミスターシービーしかまれていない。これも「初恋の馬に操を立てた」などとドラマチックに語られて人気の一因となった。

しかし悲しいことに、シービーの一歳年下には無敗の三冠馬シンボリルドルフがいた。シービーは皇帝と戦い、完膚なきまでに負けてしまう。ジャパンカップ有馬記念天皇賞春。いちども勝つことができなかった。当時の人気が忘れ去られた現在では、シービーは「史上最弱の三冠馬」などと言われてしまう始末である言い訳をすると、シービーは本質的には中距離馬だと言われており、ルドルフと戦った距離は得意としていなかった。また体質も弱く、菊花賞のあとは一年もの休養を余儀なくされており、古馬になってからは蹄がボロボロだったらしい。ゆえに私は、もしルドルフと同世代皐月賞を戦ったなら、彼はきっと皇帝を倒していただろうと信じてやまないのである

実にミスターシービーこそは、ディープインパクトのような走り、トウカイテイオーのようなアイドル性、ナリタブライアンのような悲劇性を兼ね備えた名馬だと思う。ウマ娘でもかっこよく描かれてほしい…早く実装してくれ…。

サニーブライアン

1994年まれ通称「サニブ」。ほとんど注目されずに皐月賞では11番人気。しかしそこでまんまと逃げ切ってしまう。誰もがフロック(まぐれ勝ち)だと思ったその次の日本ダービー皐月賞馬なのに7番人気。しかしサニブはまたしても逃げ切ってしまうのである。「これはもうフロックでもなんでもない!」という実況が有名だが、サニブはその直後にあっさり故障引退してしまったため、いまでも「サニブは本当に強かったのかどうか」で議論になるのだった。昼行灯な態度で周囲を油断させて実は有能みたいなウマ娘として出てきてほしい。

ステイゴールド

1994年まれ通称ステゴ」。GIでも好走するのに何故か1着が取れない「シルバーコレクター」の代表的存在としてファンから愛された。そして50戦目の香港遠征引退レースでついにGI勝利するのだから、作ったようにドラマチックである。が、ステゴの真の活躍それからだった。種牡馬として次々に超大物を輩出したのであるウマ娘アニメには「キンイロリョテイ」なんて名前で出ていたが、やはり実名で出てほしい大器晩成型の名馬だ。

クロフネ

1998年まれダービーがはじめて外国産馬にも開放された年の馬だったので「黒船から名付けられた。が、毛色は芦毛(白)である。有力馬としてダービーに出走したが勝てず、さまざまな巡り合わせからダートに出走したところ、驚異的なレコードで9馬身圧勝。次走のジャパンカップダートでも7馬身差でレコード勝利を収めたが、その直後に屈腱炎引退した。ダートではたった2走だけだったがその強さは鮮烈で、今なお「史上最強ダート馬」として支持されている。やはりまだまだダート馬が少ないのでダート最強格のウマ娘として出てきてほしい。

ヒシミラクル

1999年まれ10番人気で勝利した菊花賞。7番人気で勝利した天皇賞春。6番人気で勝利した宝塚記念GIを3勝もしているのに「強い馬」とはなかなか思われないムラのある個性派だった。特に有名なエピソードとして、宝塚記念ときヒシミラクル1000万円を賭けて的中させた通称ミラクルおじさん」の話がある。払い戻しは2億円だったという。まさに「奇跡」という言葉がよく似合う馬であるウマ娘としてはマチカネフクキタルあたりと仲良くやってほしい。

ロードカナロア

2008年まれサクラバクシンオーをも超える日本史上最強スプリンター香港スプリントを連覇した世界のロォォォォォォォォォォォドカナロア。異名は「龍王」。また種牡馬としても初年度から9冠牝馬アーモンドアイを送り出し、ディープ亡き後のリーディングサイアー最有力候補とみなされている。カレンチャンと同じ厩舎で、カレンチャンから距離路線王者の座を受け継いだので、ウマ娘でもそのあたりの絡みを見たいところである

ジャスタウェイ

2009年まれ馬主アニメ銀魂』の脚本家だったため、作中に登場する謎の爆弾ジャスタウェイ」の名前がつけられた。ググってもらうと分かるが完全にギャグである銀魂を知っているとネタ馬としか思えないが、しかし4歳時の天皇賞秋で突如として覚醒三冠牝馬ジェンティルドンナをぶっちぎって勝利した。中距離ではサイレンススズカ級の評価を受けている。最強12世代ウマ娘ではゴルシしかいないのは寂しい。社台系は無理でも個人馬主ジャスタウェイなら…。

キズナ

2010年まれ。生まれた翌年に東日本大震災が発生し、そのことで苦労した馬主が、関係者への感謝を込めて、震災復興スローガンである「絆」を、その年の一番馬に名付けたと言われている。皐月賞を捨ててまで狙った日本ダービー。1枠1番1人気。大外一気で見事に1着となり、父ディープインパクトの主戦だった武豊ダービー5勝目を贈った。とにかく主人公感がある。ウマ娘としては挫折してもめげない王道主人公っぽい感じで出てきてほしい。

2021-02-23

そもそも人狼って何が面白いんだ?

ルール理解してなければできの悪いごっこ遊びの中で誰かが「お前?ルール理解してるのか?」とキレている地獄

ルール理解してしまえばできの悪いサイコロ賭博の中で誰かが「お前?セオリー把握してるのか?」とキレている地獄

全員がルール理解しているようで理解していない中で自分の信じるセオリー完璧未完成なのかを疑いながら最適解を探すその手探りの時間の中にだけ存在するゲーム

賞味期限はせいぜい一晩。

一度解いてしまえば二度とは楽しめない一冊のなぞなぞの本。

その一冊がこんなに長いあい流行ってる理由がわからない。

2021-02-22

anond:20210222144011

フットボールネーション」はアプローチが独特で、理論説明のところで最初挫折しかけたけど、確かに面白い

エリア」「ファンタジスタ」は、何というか昔ながらの王道サッカー漫画でそれなりに面白いんだけど、

キャプ翼」「シュート」「俺フィー」あたりが作ったセオリーに収まってる感じで、今ひとつ物足りなかった。

DAYS」は確かに登場人物めちゃ多くて、それは割と最近トレンドもあって合う合わないあると思うけど、

やっぱ部活ものとしての「エモさ」を突き詰めた演出は今のマガジンで「ダイA」と並んでスポーツものトップだと思う。

アオアシ」はやっぱネタバレになるのであれだけど主人公ポジションと、戦術をあそこまでしっかり描いて、

サッカーという競技のものの深みを漫画として表現しているのは前例がないし。

「BeBlues」はやっぱり主人公の成長、葛藤描写が他の作品に比べて深い。一番には怪我のこともあるけど、

チームプレーとしてのサッカー個人としてのキャリアの両天秤をバランスよく描いてるし、

何よりコマ割り、構図のダイナミックさ、スピード感を含めた画力が全サッカー漫画で一番だと思う。

あとは忘れてたけど「ジャイキリ」もあったな。「ジャイキリ」は連載ペースがすごい。

2021-02-19

大学入試共通テスト古典問題が凄かったので解説させてほしい

タイトルの通り。筆者は高校教員で、いま業務が少しだけ落ち着いていて分析する暇が出来たので、次年度以降の入試対策のために解き直してみたのだが、新テスト方針をすごい形で問題として体現していたので、なるべくわかりやす解説していきたい。


わかりやすとはいえ大学入試古典問題について突っ込んで書くので、もし興味(と古典知識)があったら実際に解いてから読んでみてほしい。

問題解説予備校分析などは以下から参照。解けなくても解説や、現代語訳と設問を見るだけでもいい。


予備校

https://www.toshin.com/kyotsutest/

https://kaisoku.kawai-juku.ac.jp/nyushi/kyotsutest/21/


ちなみに大学入試センター問題作成方針はこっち。

https://www.dnc.ac.jp/albums/abm.php?f=abm00038406.pdf&n=R3年度大学入学共通テスト問題作成方針(令和2年6月30日一部変更).pdf


以下は教員仲間とのディスカッションメモを元にしているから内容はかなり専門的かもしれない。それと、自分の専門は古典ではないので専門家から見れば細かい部分で雑だと思うが許してほしい。


まず、第三問の古文

センター試験から変わると事前に予想された、複数文章や会話形式選択問題はなかった。

本文(「栄華物語」)は妻を亡くした夫の哀しみについてのしみるストーリーだが、新傾向の問五が回答することによって本文の感動・深みをよりしみじみかみしめられるようになっている。これが非常に素晴らしく、「文学的文章入試問題かくあれ!」と感じた。いとあはれなり。


・具体的には、問五では本文中の和歌X(妻の死の悲しみを無常観を引き合いにして慰める歌)とそれに対する返歌Y(無常の教えなど今は悲しみが深くてとても考えられなかったよ、という返歌)に加え、本文とは異なるXへの返歌Z(無常の教えは肯定するが、それでもなお悲しい、という趣旨の返歌)を問題は示している。

・問いとしては、本文とは異なる返歌Zの存在を指摘し、Y/Zの内容を比較したうえで正しい説明を選ばせるというもの

これは表面的には和歌を中心とした複数の出典の内容を読解するという新傾向問題であるが、作問者の意図はむしろ文学的文章の鑑賞」つまり作品の情趣や感動の理解」に重点があるのではと感じられた。

・本文のストーリー的なキモは、妻を亡くした夫が、この返歌Yを書き終えながら「こんな悲しみにあってなお私はこんな冷静に返歌を書けているわけだが、それならこれから数ヶ月、数年と徐々に時間が経っていけば、私はこの悲しみをいつか忘れてしまうのではないだろうか」と考えるところにある。そして、亡き妻との思い出をまた振り返るところで、出題の本文は終わっている。

・問五の正解の選択肢⑥「和歌Yは、世の無常ことなど今は考えられないと詠んだ歌だが、そう詠んだことでかえってこの世の無常を強く意識してしまった長家が、いつかは妻への思いも薄れてゆくのではないかと恐れ、妻を深く追慕してゆく契機となっている」。この説明は、本文の感動を得るための入り口を示すものとして非常にすぐれた一文であると感じられる。さらには、本文の内容が古文学習における重要概念無常観」と繋がっていることに自然と気づくことができる。現代人にはなじみの薄い「無常観」という価値観が、悲しみと共に実感を持って感じられてくるだろう。これを正解として選べた受験生は、本文の「あはれ」を回答前よりも深く感じられたのではないか。(少なくとも自分は深まった)

・「こんな問題作れたらキモチイーだろうなぁ!!!!」と同業者的(?)的におもった。


・また、過去試行調査でも、本文と同一内容の文章だが異なる出典で差異のある文章を出題する、本文異同研究や異本系統研究といった国文学研究のよくある題材を意識させるものがあった。今回の出題も「栄華物語」とは異なる返歌が「千載和歌集」にあるということを指摘した問題である。新傾向で問う能力古文の中で定義した結果が、人文学研究的な意味での「思考力」ということかもしれない。(これは友人で一生敵わないんじゃないかってくらい優秀な国語教員が、試行テストを見て上記のようなことを半年前に言っていたのを思い出したから言ってる。持つべき者は優秀な友人である


これだけでも十分すごいが、続いて漢文

こちらは長い五言詩と短いエピソードを記した漢文で、いずれも馬車を操縦する「御術」に関するものという点で共通テーマ文章ふたつの出題である


・新傾向の問題は問三の押韻と内容理解を組み合わせた空所補充問題と、問六の2つ文章の内容正誤問題

とはいえ、問六は二つの文章の内容合致問題であり、多くの予備校などが予想していたものと大差ない印象。

・対して、問三は感心するくらい出来の良い問題で、複座的な視野を持ち、落ち着いて整理しながら考えるという多角的思考力が要求される。

漢詩押韻知識で、5択の選択肢をなるべく削るところまではセンターと同じセオリー通りの知識問題しかしそれで絞っても選択肢は残り三つ。

・そこから正答を選ぶためには文章Ⅱの読解と漢詩の読解ふたつを重ね合わせる必要がある。この二つの重ね合わせが難しく、よく考えられている。

文章Ⅰの空所補充については、該当部分を訳せば「四本の脚は馬についているとはいっても、その脚の速さが遅くなるのは御者である私の【X】のせいである」という感じになる。ここの【X】に入る候補「心」「進」「臣(臣下・わたくし、の意)」。

・該当部分の漢詩の訳ができていてテクニカルに解くなら、この時点で文脈判断して「心」が正解は出せる。(予備校でもそのように解説を打ち切っている)。

しかし、そもそも選択肢に上がっているのは文章Ⅱに入っている字なのであるしかも、いずれも馬の御し方の神髄について述べるところに選択肢の漢字は入っている。

受験生を惑わすのは、文章Ⅱの内容が「馬を早く走らせる条件」となっていて、その中に「心」「進」「臣」という字が傍線と記号付きで強調されていること。つまり受験生心理としては、文章Ⅱの内容が正確に理解できていないと「進」「臣」が誤りなのか判断しづらく、疑心暗鬼になるように作られている。あるいは、先ほどのテクニカルに導いた回答と矛盾するような内容がここに書いてあったら……という心理を誘発する。

・よって受験生文章Ⅱを慎重に読解せざるを得ず、その中で文章Ⅱを精読してゆく。同時に文章Ⅰとの共通点を探りながら、最終的に文章Ⅰの内容を考えて空所補充の内容を決定する。このような思考過程要求される(というよりも問題から誘導されてゆく)という問題構造が、出題者の作問力が並大抵の出来ではないことの証左である


このように、古文漢文ともに「受験生思考力を求める」という建前のもとで「受験生を深い読解へと誘導してゆく」「受験生思考多角的ものに仕立て上げる」問題に仕上がっているのは驚くべきことであり、事前の予想を超えた完成度の高さだった。

また、問題によって誘導した思考迷路の中で、その読解の深度や多角的視野に立って考えようとする態度の有無を測ろうとしている。能力の低い受験生ならこれだけの思考を繰り広げることはできず、中途半端な読解や類推に頼ってしまうので確率的に正答率が下がるが、問題誘導する深い思考対応できる受験生は自ずと正答へたどり着けるよう適切に迷路設計されている。学力を測る目的大学入試問題としても適切である

センター試験からの積み上げがあるとはいえ、「言語を手掛かりとしながら,文章から得られた情報多面的多角的視点から解釈」するという方針を、古典という題材を用いながら、新テスト実施初年度で見事に実現させたのは、高校教育の成果というよりも大学入試センターおよび作問者の作問能力の高さや学術知識の豊かさが結実した結果であると思う。高校教育現場から、惜しみない賛辞を送りたい。



2月22日追記

・思ってた以上に反応があったので、書いてよかったと思いました。ありがとう自分にとっても、いろいろ考える機会になった。

・別記事で「古典義務教育で扱う意義について」の返事を自分なりに書いてみました。

https://anond.hatelabo.jp/20210222160532

この記事みたいな筆の乗り方はないし、教育制度についても専門とは言えないが……

古典の魅力はもちろん語れるんだけど、他の科目と同様にそれは万人に共通でない、というのが義務教育のむずかしさであり、教員にとっては腕の見せ所でもあるとは思っています

古典が嫌いな生徒に古典を学んでみたいと思わせることが、自分の授業の到達目標でもあります

・あと、改行のやりかたを学んだのでついでに上に付して見やすしました。

文学的感じ方を入試に出さないでほしい

文系の連中だって微分積分の深みとか行列演算の感動とか最初から拒絶してるだろ

わかるやつはすんなり理解するけど、わからないものはわからないんだよ

こちらの書き方が悪かったなら申し訳ないけど、「感じ方」は出題されていません。あくま論理的に、勉強した成果を発揮できたら「あはれ」を感じられるような構成になっている、というつもりで書きました。

よくある誤解だけど、国語入試はとことんまで「論理的に」答えが出るように作られていて、必ず本文中に根拠があるし、その根拠と解答をつなげるものは「感情センス」ではなく「論理」になっています

しかしたら昔はそうじゃなかったのかもしれないけど……。

入試問題批評だと「大学受験のための小説講義」「教養としての大学受験国語」が面白かった

石原千秋の本は納得感高くていいですよね!どちらも自分現代指導根本にある本です。

解答して読んだ。長年古文から離れていたが丁寧な注釈と設問に助けられて理解できた。テクニック丸暗記ではとても太刀打ちできないが、当時の情緒を解する読解力があれば知識は最低限でも解ける良問だと思った。

解答までしてくれてありがとう!まったくその通りで、重箱の隅をつつくような部分もなく、古典学習におけるエッセンシャルな部分が試されていると思います

これは数学の同僚の先生に聞いたことですが、数学ⅡBでは指数問題でも非常に数学エッセンシャルな(そのぶんやや抽象的な)問題が出たのだとか。

共通テストについて、これまでの学力測定に加えて、より学問エッセンスを感じられるような方向を現時点では感じています実施されるまでの経緯がひどかったので、これについては非常にありがたい。

今回の共通テストセンター試験名前が変わったにすぎない。その程度の変革だったのだけど、もともとセンター試験がかなりよくできてるんだよ!国語でも随分前からちゃん多角的思考力を問う内容になってる!

そうなんです。ただ、今回の新傾向がそれをさら進化させたような代物で、ただただ凄いと思って、まずは同僚の先生に伝えようと思って書いたのがこの文章のもともとです。しかも、これまでと比べて劇的な変更と呼べるほどではなく、受験生にとっても取り組みやすものになっています

文系研究醍醐味を先取りできるテストってわけか。

それもあるし、これを見た高校先生は「知識だけでなく、学問的な思考方法を教えていく必要があるかも?」と授業を見直すきっかけになります

大学入試改革は、高校入試改革嚆矢としての役割を持っているので、この方向性国語の授業を探求性を高める方へドライブしてくれると思います

古文漢文って、歴史を学ぶだけで拾えない、当時生きていた人たちの生き様や心情を拾える学問なんだなあと思った。そう思うと大事やなー。未来人達に私達の心情とか踏まえて歴史理解して欲しいって思うもん。

こういう言葉を生徒から聞くために古典を教えているんだと思います

今回の内容はいずれ、授業にアレンジして生徒へ伝えるつもりです。その意味で、非常にいい「教材」になるのもセンター共通テストが良問であるとされる所以ですね。

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