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2021-06-08

anond:20210608012205

仰りたいことはよく分かりました。

おそらく反論しても平行線だろうと思いますので、それは控えます

あなたに対する反論ではない部分については、やはり私が看過できないと感じたのは氏に対する一部の、批判言葉遣いです。

あの連ツイからミソジニーを垂れ流している」「女性蔑視発言である」と断言するなら、やはりそれは誹謗中傷だろうと。そこだけですね。

それらの批判は、ジェンダー論の教条性というか、もはや不正義、アンフェアとも言ってよい側面を露呈してしまっている。

「その女性キャリア志向であったかについては、ジェンダー平等観点から保留すべきだったのではないか」というトーンの批判が大半を占めていたら、私も増田に長文をものすようなことはなかったと思います(そこで氏の目を曇らせてしまっているのが、まさに富裕層へのルサンチマンなのだと思いますが)。

もちろん一般的ミソジニー女性蔑視存在を認めないというのではありません。例えば先日の中世研究者の件については、まさにミソジニー/女性嫌悪に基づく、事実に基づかぬ誹謗中傷があったと思います

話は変わるのですが、なんとなく共有したいなと思ったのですが、今回本件に絡むブックマークコメントを眺めていて気になったことがあります

それまでジェンダーに関する問題について、毎回フェミニズム論理でかなり強いコメントを寄せていた方が、今回は完全にオッカム氏の擁護に回っていました。同様の方が、他にも数名散見されたように思います

その方らがなぜ氏の擁護に回ったのか、コメントから察するに、本人の現況と合わせて氏の「衝撃と畏怖」の方により強い共感を示されていたものと思われます

で、私も最初から感じていたことですが、今回の件は階級」と「ジェンダー」がかなり鋭く対立する案件だったのでしょう。氏が繰り返している「衝撃と畏怖」というのは、階級の話ですよね。

ジェンダー的に見逃せない観点が一方にあるとしても、同じようにというか、少なくともオッカム氏ら本人は大変切実な問題として、地域差などから派生する「格差」を実存問題として抱えている。

(確かにそれを語る時に、人文系学者として、それこそ言葉遣いに気を付けるべきというのはその通りだと思います)

ただ当人たちからすればそこは無視できないし、おそらくジェンダー的な問題回避して、そのことに触れるのは難しいのだろうと思います

欧米パワーカップル問題は、階級エスニシティの面から、例えば代理母移民メイドという形でフェミニズムでも古くから問題とされてきましたよね。

階級ジェンダーエスニシティの絡み合った問題は、簡単に一つの切り口では解決し得ないものでしょう。

まりたぶん、「それ抜きでは語り得ない」ということがあるのだと思います

2021-06-06

anond:20210606152536

そう。それが「階級」を考慮したポリティカルコレクトネスだよね。北海道場合は、微妙に「エスニシティ」が絡む可能性もある。

社会学者なら「階級ジェンダーエスニシティ」って、多面的に捉える習慣があるのかと思ってたけど、ジェンダーだけで目が曇ってしまうこともあるんだろうね。

オッカム氏もfont-da氏も、そういう「実存」とは無縁でいられない、というまとめでどうでしょうか。

2021-06-02

anond:20210602232233

知らんがな。

実存問題ならそれこそ勝手に悩んでろよ。

制度問題ならともかくなんでお前らの実存まで引き受けなきゃいけないんだ。

モテないのがそんなに辛いっていうのがわからない」

フェミ系の人がこんなこと言ってて、怖くて泣いちゃった

貧困と比べて、って文脈ではあんだけど、ひとが苦しいって言ってることを他の苦しみと比べて矮小化するのってダメじゃないか…?

俺は正直彼女できた時点で完全にFAKE野郎になってしまったので、非モテ問題に参加することはできんし、非モテ時代もそんなにキツいとは感じてなかった

でもあのときって所詮20歳そこらの若造だったし、まだ確実に余裕あったんだよな

40歳かになって、これまでの人生で誰の1番にもなれてねえな?ってことに気がついたとき感情とか俺には想像できんし、それをくさす気にはなれない

非モテに妙に厳しい雰囲気、どうかと思うんだよな

たぶん実存問題っすよ

2021-05-17

anond:20210517133038

今回のニューズウィークは、表題と中身が噛み合ってないと思ったな。

市民アスリート実存敵対関係にあるとして、なぜアスリートの側を踏み潰していいのかってとこまで言葉がついていってない印象。

政治的存在なら潰されていいのかよ、で終わってしまう。

こいつは何を言っているんだ

池江選手五輪辞退をお願いするのは酷くない https://www.newsweekjapan.jp/fujisaki/2021/05/post-10.php

newsweek、いつまでこの頓珍漢な書き手に連載を続けさせるつもりだろう。

「池江選手五輪辞退をお願いするのは酷くない」理由が、好意的に見ても最後

「この世の中で本質的に非政治的もの存在しない」の一文にしかないじゃん。

そんな陳腐言葉で、五輪開催の責任を池江選手に負わせたツイート正当化されるかよ。

池江選手実存問題と、感染症対策から見た五輪中止が両立しないのは誰でも知っていて、だからこそ、その責任を池江選手に負わせるような言動おかしいと皆思ったわけだよ。

そこは越えちゃいけない一線だ、というのが、池江選手実存理解する者の感覚だよ。それは運営に言えよ、と。

五輪中止は科学的に正しいよ(私も中止すべきだと思っている)。ただ、それは一アスリートにその責任を負わせることを正当化しないのよ。

それを「お前も政治的存在だ」の一言正当化するのは、

五輪中止という正義のもとでは池江選手実存は踏み潰されても仕方ない、と言ってるのに等しい。

実存敵対関係」なんて言葉で煙に巻いてるが、本音は「五輪開催は人民の敵」てことだろ?

その人民の敵に与する池江選手実存なんか知らねーよ、と言ってるわけだ。

そういうのは、ソフトスターリニズムって言うんだよ。

2021-04-21

神仏を信じようと何を信仰しようと勝手だけどさぁ

実存確認されないものに傾倒する前に

目の前で制定明文化された法律理解しろよと思う

おまえの独善的理論なんか構ってる暇ないんだよ

2021-04-13

ウマ娘が浮き彫りにした旧知のフォロワーとの溝

知り合って5年以上、リアルでも年単位で付き合いのあるフォロワーたちも学生就職、人によっては結婚とそれぞれのライフステージが変わるにつれて話題が変わっていくことをうっすら感じている。

自分自身地方転勤で東京を離れ、彼らと顔を合わすことは少なくなってしまった。

そこにウマ娘が出てきた。

コンテンツ肯定するとか否定するではなく、単に自分ウマ娘特に興味がないのだが、多くのフォロワーはそれまでハマっていたコンテンツからウマ娘に乗り換え、日々キャラクター妄想イラストゲームキャプチャ投稿している。

自分自身は忙しいからか、身近に仲間がいないからか、もはやゲーム自体への興味も薄れ、馴染みのない街で暗鬱とした日々を送っている。

重ねていうが、ゲームを楽しむことは全く悪ではない。

旧知の人たちが楽しそうに日々を送っている様子は微笑ましく思う。

今の生活に漂う実存不安は何物なのか。

数年後に仲間の下へ戻っても、その時のわれわれはもう今までのわれわれではないのだ。

2021-04-09

システム開発メタファー弱者男性論を考える

物事は違う角度から見ると色々と発見があるものだ。

本稿では弱者男性論をシステム開発メタファーで捉えることで凝り固まった見方をほぐす事を目的とする。(特にはてなにはシステム開発に親しみ深い人も多い筈だ)

特にそれが「解決策なしの問題化であることをまずは示したい。

解決策の不在は問題の不在を意味しない

弱者男性論に対する反応を見ていると、弱者の訴えや社会的問題化と、解決策の提示がセットだと思っている様な反応に出くわすことが多い。

「つまりあてがえ論でしょ?」と言う早とちりが頻出するのもこのせいだろう。「結局何が欲しいの?」「どうしたら救われるの?」と言った反応もよく見られた。

酷いものだと「弱者男性問題解決できない、だから問題ではないのだ」と言わんばかりのコメントも見られた。

例えば以下のブコメ欄でも、(比較的穏当なものもあるものの)一足飛びに解決の困難さに言及し「無理だ」「意味が無い」と早々に結論付けてしまう様なコメントが多い。(増田解決策に言及していないにも拘らず、だ)

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20210408101204

 

しかしよく考えてみて欲しい、システム開発を行う際、例えばバグ票を起票する時に「解決策」を書くだろうか?それは必須だろうか?

そう、システム開発メタファーで考えた途端、この問題に対する視界は目薬を差したようにクリアになる。

そもそも解決策」は必須ではないのだ。まずはバグを報告する事、問題問題化する事、必要なのはそれである

弱者男性にまつわる問題実存的だとか解決困難だとか、まずは考えなくていい、まずは問題化する事、解決策に頭をひねるのはその後である

急いで解決策を出そうとするから「あてがえ論」なんて奇論が出てくる、そんな事をする位なら、解決策はまず考えずに問題化だけしておけばいい。

解決策が無い事は、問題が無い事を意味する訳では無いのだから

 

解決策不在の不快

しかし「問題解決策はセット」と人々が捉えたがる事には理由がある。単純に不快なのだ

解決策の見つからない問題、というのは世の中当たり前にいくらでも存在するが、そうした問題意識し続けるのは不快だ。

システム開発においてタスクバグ等の起票はそのような不快さを問題解決モチベーションへと変換する方法論でもある訳だが、当然それは社会問題にも応用できる。

そしてそうした社会問題に対する反応も、弱者男性問題に限った話では無い。

最近では車いす利用者乗車拒否問題で顕著だが、問題を提起した人には解決策の提示を求める声やそのジャッジが押し寄せる事に成る

仮にもし、件の問題に対してJR側に取れる有効解決策が無かったとしても、それは問題が無い事を意味するだろうか?

当然NOである解決策が見つからくても問題存在するし、その解決策を考えるのは問題提起側だけの義務ではない。社会全体で考えるべき事だ。

社会問題を目のまえに吊るされるのは不快だろう、解決策が見当たらないなら猶更だ、けれどもそれは必要不快さであり、性急に解決策を求めて「無理だ」と結論付けるべきではない。

 

未来アップデート、と考えて見る

しかしそうは言っても、女性差別等の差別の方が問題だし、リソースは有限だ、解決策の見当たらない問題無視するしかない」と思う人も居ると思う。

そういう人には、弱者男性問題は今から未来に求められる事になるアップデート、だと考えて見る事をおすすめする。

現在社会バージョンが2.10ぐらいだとしよう。

例えばフェミニズムはこれを女性差別偏見解決した3.10まで持っていこうとしている。

そして3.10から更に弱者男性問題も(今はまだ誰も思いついていない方法で)解決した4.15があると考えて見る。

フェミニズムのやりたい事は2.10→3.10アップデートだ。

そしてその延長線上には3.10→4.15のアップデートがある。

どうせいつか求められる事に成るアップデートなのだ。(時が進めば3.10も「古臭い価値観」に成ってしまう)

「2.10→4.15のアップデート飛ばしすぎだ、リソースが足りない」という意見は分かる部分も有る。しかしだからこそ、来たる3.10→4.15のアップデートに備えて、「弱者男性問題」というバグ票を起票だけしておくのはどうだろうか?

3.10→4.15のアップデートはまだ未来の話かも知れない、しかしその問題を今から捉えておく事は出来るし、早めに起票しておく事にリスクは無い筈だ。

 

今はまだ弱者男性問題解決したり、彼らを救う有効方法は無いかもしれない、

けれどもそれを問題だと今から認識し、問題化しておく事は未来アップデートの為に有益なはずだ。

2021-04-06

宗教はいいぞ!

女性の権利運動っていってもさ、社会構造から変えるべきこと、周りの意識から変えるべきこと、個人問題として受け止めるべきこと、いろいろあるじゃん

いわゆる弱者男性問題って後半二つの問題系だと思うのよ

あと多くの場合実存問題だと思うのよ

そこでなんだけど、結局ある個人に対する「救い」なんてのは宗教しか扱えないと思うのよ

宗教学の本で「すべての宗教共通するのは、現状を救いを必要とする状況と考えること」みたいな文章を読んだ記憶があるんだけど、つまりそういうことよ

から「認められたい」とかそういう個人的かつ実存的な意味で「弱者」と自覚する人はマジで大手のそこそこ古い宗教が一番と思うよ

皮肉じゃなくてマジで

自分メンタル死にそうなとき教会神父さんの話を聞いてバザーを手伝ったらなんかみんな親切で久々に「ここにいていいんだ」感を味わったわ

結局宗教って人類が受け継いできた自己肯定のための集合知なわけよ

弱者男性の一人が女性フェミニストの方々にお願いしたい事

なんだか最近弱者男性が注目されていて、救う方法等が問われているのでワンチャン聞いて貰えるのではと思い筆を執ります

お願いと言うのは炎上についてです。

 

弱者男性と言っても色々あると思うのですが、私は経済的にも容姿恋愛的にも恵まれないタイプ弱者男性です。

ただ、よく言われているように「女性自分にあてがえ」とは全く思いません。そういう主張が有るなら人権無視しているし異常だと感じます

弱者男性はどうすれば救われるのか?」という問いについては、勿論経済的支援が貰えれば最高ですが、少なくとも自分が生きている間は現実的では無いなと思っています

ただ、漫画アニメゲーム等の二次元コンテンツに触れながら余生を生きていければ、それで良いなと言うのが正直な気持ちです。

しかし残念ながらそうした二次元コンテンツは昨今幾度も炎上経験しており、時には好きな作品がその対象成る事も有ります

 

そうした炎上の際、どうしても心配になってしまうのはクリエイター演者の方の事です。

ポスターイラスト炎上した時、その絵を描いた人が叩かれたり、それによって傷付いたりキャリアを失くしてしまう事が心配になります

そのイラストレーターの人が女性である場合も有り、そんな時はとりわけ心配になります。(女性から同情すると言うのは、不適切な事かも知れませんが・・・・・)

例えばNHK番組バーチャルYouTuberキズナアイさんが炎上した時も、キズナアイさんが傷付いていないか心配になりました。(あの件は実は炎上と言う程の規模ではなく、「炎上した」という事自体捏造だった、という事らしいですが)

こうした問題女性の職や仕事に関わる事でもあります炎上してしまえばそのイラストレーターやキズナアイさんはそれ以降キャスティングされないかも知れませんし、他の女性も避けられる可能性も有ります

そうした事を考える度、何ともやるせない気持ちに成ります・・・・それは本当に職や仕事を失う程の事なのかと。職や仕事を失うと言うのは、本当に重大な問題です。特にクリエイター職の場合、それはその人の人生や夢、実存と深く結びついていて、経済的問題に収まらない事は多くあります。それによって深く傷付いたり人生絶望したり、最悪の場合自死を選んでしまう事もあり得るような、そんな重大な問題です。

私が救われるには、と考えた時、何故かそうした方々が安らかに充実した人生があれば良いな、と考える自分が在ります私自身の事よりも、そうした方がすこやかであれば、と。

半ば自分人生は諦め、捨ててしまったような境地なのかもしれません。

 

一方でフェミニズム視点による批判存在するべきではないとは考えていません。作品表現によって傷付く人も居るのだと思います

ただ、そうした作品が生きる糧や、やっと生にしがみつく唯一の理由に成って居る人も居る事を知って欲しいし、それによって生活している人(時に女性)も居る、という想像力を持ってもらえればと思います

不適切表現だ、と感じた時に抗議したり訂正を求める事を悪い事だとは思いません。ただ、可能ならなるべく人の傷付かない、穏便な方法を取って欲しいと思うのです。

例えば不適切表現を即SNS炎上させるのではなく、問い合わせ窓口やDM等、炎上に繋がらない方法で問い合わせ、解決を図る、といった対応をして頂ければ、傷付く人はずっと減ると思います

被害者が何故そんなに気を遣わなければならないのか、と思われるかもしれませんが、しかしやはり悪意の無いクリエイター演者の方が傷付く事を想像すると、やるせない気持ちに成ってしまうのです。

或いは、それが難しい場合は、せめてクリエイター演者の方が女性かどうかを調べ、女性である場合はそうした穏便な方法を取る、という対応はお願い出来ませんでしょうか。

本当は勿論男性であっても配慮して欲しいですが、「女性配慮する」という事であれば女性も納得し易いし、フェミニズム理念にも適うのではないかと思うのです。

 

もう殆ど終わっている様な私の人生ですが、

これらお願いをもし一部の女性フェミニストの方にでも叶えて貰えれば、私はそれで十分に救われます

 

追記

あ、それから、(ついでの様で申し訳ありませんが)私の様な二次元コンテンツを愛好する人(男女拘わらず)を侮蔑したり、軽視するような感情を持っている人は、なるべくそうした感情を抑え、言動にも出さない様にして貰えれば、とも思います

 

追記2:

反応を頂きありがとうございます

ただ、反応の多くをゾーニングの話が占める事が良く分からず、少し困惑しています。(お願いする立場で言う事では無いのかも知れませんが・・・・)

今回のお願いはどちらかと言うと、不適切表現ゾーニングの不足等があった後に、その人(例えばあなた)がその後どういう行動を取るか、と言う所に焦点を当てたお願いのつもりです。

まり例えばゾーニングが不十分だとあなたが感じるものがあった時、SNSで直ぐに炎上させるのか、それともDM企業の問い合わせ窓口に連絡する等の炎上に繋がり難い方法をとるのか、と言う事で、そこで可能なら後者を選んで頂けないか、と言うお願いのつもりなのです。

ただ、コメントの中にはアツギの件で最初は問い合わせ窓口に問い合わせたよ、と言う方もいらっしゃって、少し安心いたしました。

勿論、窓口に問い合わせたのに対応してくれない、となった時には、SNS等で話題にせざるを得ない場合もあるかと思います。そう言う場合は仕方ないのではないか、と言うのが現在の私の考えです。

ただその場合も、なるべくクリエイター演者の方に被害が及ばない様、配慮して頂ければ、もっと素晴らしいなと考える次第です。

クリエイター演者ではなく、その様な場所に出した企画側やマーケターが悪い、と言う論点になって居るにも関わらず、クリエイター演者の方まで批判され叩かれているケースも見られましたので・・・そう言う光景を見ると、なんとも、気の毒になってしまうのです・・・

2021-04-05

弱者男性は旧エヴァ

エヴァネタバレあり。

弱者男性問題実存問題だとするとこうなっちゃうよね。

シンジ「こんなに頑張ってるんだから僕にもっと優しくしてよ!」

いやほんとシンジ頑張ったんだけどね。

一方のシン・エヴァシンジ

「さあいこう!」(乳の大きいいい女といっしょ)

あれはどう見ても強者男性だわ。

でもさ、自分に自信があってやるべきことがわかってる人なんてどれだけいるのかね。

エヴァ大人ダメダメなのは周知だけど、ミサトさんだってこんなことをいっていたじゃん。

「認めて欲しくて頑張っても、認められるのは偽りの自分だけ」

これシンジくんと立場ちょっと違うだけで同じ事だからね。

一方シン・エヴァミサトは突撃して死んだ。グレンラガンかと思った。

まあつまり実存問題別に男でも女でも変わんないと思うんだよ。

話をもどすと、旧エヴァシンジからシン・エヴァシンジは断絶が大きすぎる。普通はそんな谷は飛び越えらるのは無理だとおもってしまう。

弱者男性もにたような感じ、ここからあなるのは無理、ってなってるわけ。

鬱になっても待っててくれる優しい友達とか少し距離をとって気にかけてくれる女友達かいないしな。

なので、ルサンチマンによってチチデカいいい女は憎しみの対象になる。非合理的だし救いはないけど、そういう仕組みなんだな。

エヴァ弱者男性の救済の物語ではないし、そもそもこの世間には弱者男性の救済の物語がどこにもない。

まさしくノーフューチャーって感じ。

まさにその救いのために男の存在しない日常アニメとかが流行ったんだと思うんだけど。

今はなにもないな。観測範囲外なのかな。NTRとかかな。異世界転生はもう古いかな。

2021-04-04

anond:20210403184321

というか女性に対する制度が拡充されればされるほど男に対する制度が無くなるわけで、

現に現代日本で「男のみをターゲットにした公的施策」は一切存在しない

男はむしろ実存ではなく制度差別されているとまで言ってもいい

2021-04-03

女性制度なつらさが減ると男性実存的なつらさが増えるのでは?

僕は「弱者男性」と聞くと田舎実家で親と同居して未だに結婚してない「こどおじ」に成り果ててしまった小中高時代の友人たちを思い出す。

彼らのほとんどはちゃんと働いているものの、なにせ田舎なので低所得だろうし、何より親と同居という点で婚活市場女性から嫌われる不利な立場にあるのは間違いない。

でも、女性仕事の機会が「制度的」に制限されていて独身で生きていくのが今よりも難しい時代であれば、彼らの多くは結婚できていたのではないかと思う。それこそ彼らの父が見合い結婚したり、男性社員のお嫁さん候補として雇われ25歳までに寿退社することを強く望まれていた女性社員と「恋愛結婚」したりしたように。

フェミニズム叩き」「女性叩き」で溜飲を下げても、決して「幸せにはなれない」理由

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/81804?page=7

女性に比べると、男性のつらさは制度的なものというよりも実存的なものである側面が強い。たしか男性のつらさのなかにも、再分配を手厚くするなど制度によって軽減できる種類のものもあるだろう。しかし、女性パートナーがいないことによる孤独承認問題は、少なくとも近代的なルールを前提するならば、制度をどう変えても対処することは難しい。個々人が自分人生に向きあいながら対応せざるを得ないものだ。

かつて「制度的」に就労制限され、子産み育て機械家事機械・農作業手伝い機械・義父母介護機械になることを強制された女性の多くが独身でも生きられる所得を手に入れ、苦しみから解放されたのは、リベラリズムフェミニズムの偉大な勝利なのだが、

その分だけ結婚できない「こどおじ」が発生し男性の「実存的」な苦しみが増えてしまったのではないだろうか?

現代民主国家で「近代的なルール」を引っ繰り返すというのはまず無理なんだけど(ジーンズ姿の女性達にヒジャブ強制したイランイスラム革命のようなものでも起こさない限り)、だとすれば「こどおじ」ができることは子供部屋から世界を呪うことだけじゃないかなあ。

2021-03-11

anond:20210311113554

個を見れば

増田は個を見ているのか。じゃあ、

 

関係萌え理解できるけど個人を推す感情理解できない。例えその関係性の片割れであったとしても個人としてはどうでもいいというか何を思えばいいのかよく分からないんだよな。

 

↑ コレは関係ということでいいか? とりあえず無関係ということで進める

 

増田という個は "他の誰がいなくとも増田という個に変わりがない"、増田という個は世界の主人だ』、これは理解出来そう?

 

もう少し付け足すならこんな感じ↓

 

地獄とは他人のことだ」

人間本質はあらかじめ決められておらず、実存が先行した存在である。だからこそ、人間は自ら世界意味づけ行為を選び取り、自分自身意味を生み出さなければならない」

人間はだれしも自分のおかれた状況に条件づけられ、拘束されているが、同時にあくまでも自由存在である。したがって、どんな局面においても人はその状況の限界内で自由に行動を選択しなければならないし、自由選択した以上は自分の行動に責任を負わねばならない。」


疎外とは外的条件によって自分の主人でなくなること

例えばマルクスは、疎外という言葉を、外的条件によって自分の主人でなくなること、事物奴隷になることの意味に使っている。

マルクスでは、資本主義制度の下での労働です。初期のサルトルはごらんのとおり、「まなざし」なのです。

したがって、マルクス場合は疎外の克服のためには社会変革が必要となるのですが、

初期のサルトル場合は、意識の変革、意識努力が求められる。


それにしてもサルトルはなぜまなざしを向けられることを他有化と考えるのか。

考えの筋道はこうです。

 

私はまなざし世界に向けることによって世界意味構成し、所有していた。

ところが他人まなざしが出現すると、今度は他人が私の世界構成し、所有し、私の世界は盗まれる。

そればかりか、他人が私にまなざしを向けると、私についての評価相手に委ねられ、自分自分のものではなくなってしまう、と。

しか他人いるかぎり、

そして他人自由であるならば、

私がこうした他有化を蒙(こうむ)るのは当然のことです。

そこでサルトルはこれを「自由受難」と呼び、「人間の条件」と考えている。


http://textview.jp/post/culture/22918

 

ここまでは大丈夫そう?

長文が読みたくない場合増田という個は "他の誰がいなくとも増田という個に変わりがない"、増田という個は世界の主人だ』だけわかればいいよ

2021-02-23

anond:20210223174619

問題は今の世の中が人が決めるポリコレ的な正義、いわばキリスト教の神よりももっと歪な人造の神のようなもので動いてるってことだわ。

人間人間正義を求め出すと個人実存否定して、全体の正義強制する全体主義に行き着くからな。

ともかくそれが正しいってのは、お国が正しいとかナチスドイツが正しいとかスターリンが正しいとかそういうところに行き着く。

2021-02-12

「めちゃくちゃ舐められやすい」系統女性はクソな男に毅然とした対応して問題なし

https://anond.hatelabo.jp/20210211201449

ただし、めちゃくちゃ舐められやす系統の男は絶対にクソな男に毅然とした対応してはいけない。

よく「不快に思ったこと、失礼だという糾弾を怒りを表明しながら相手ガツンと言えば解決する。舐めてくる奴は小心者だから、そうすれば以後はあなた大人しくなる」的なアドバイスがあるけど絶対にあてにしてはならない。

舐められやす女性に牙をむかれても舐めてくる奴はどうにか自分プライドと折り合いつけて以後引いてくれる。これは確かにある。

でも舐められやすい男に毅然とした対応されたクソな男はそれが「あってはいけないこと」「実存危機」くらいの内面が殺されるかどうかの人生の重大事くらいに捉えるからとんでもない逆恨みされる。

その場で爆発されるんじゃなくて、その場はニヤニヤと「怒んなよ~笑」とか「えっ、急に怒ってどうしたん!?怖い怖い怖い!!!」とかどうにか余裕を見せてヘゲモニーを握ろうとするくらいで済ますこともあるけど、実は凄まじい怒りを買ってる。

オチになるけど、舐められやすい俺はめちゃくちゃ舐めてくる会社の先輩に毅然とした対応とったら飼い犬を金属バットで殴り殺された。

マジで殺られた。

みんな近所に住んでるとかの田舎会社じゃなくて、住所なんて皆バラバラ都心会社なのにわざわざその先輩、突然家に来て犬を滅多打ちにした。

相手に「もう犯罪して会社クビになってもいい。俺のプライド傷つけたツケを払わせたい」って決意させるくらい、「舐めてくる相手に対して毅然とした対応を取る」って行動は屈辱的で無礼に思われるんだろう。

絶対にやめたほうがいい。

そういう経験をした自分が本気で考える最善策はメンタルに悪影響出るとか、社会的に損を強いられるとかいレベルに「めちゃくちゃ舐めてくる男」の餌食になったら、もうそコミュニティ自体抜けてその男から逃げること。

一矢報いようなんて考えずに、ひたすら黙って、涙目になっても敗走すること。

それしかない。

2021-01-20

anond:20210120094815

5ちゃんとかの匿名系は自分達がクズだと自覚があるし、本名出してる人は憎しみを実存で引き受けてる分納得感ある。

HNで濁してるツイッタとかはてブゲロ以下の臭いがする真の邪悪が目に付きがち。

2020-12-10

エロゲー歴史から考察するネットスラング地雷」の意味変化

ネットスラングにおいて「地雷」とは、かつてはエロゲー用語のことだった。私の知る限りでは二十年ほど前から使用されていた。

腐女子がよく地雷って言うけどさ。』

ttps://anond.hatelabo.jp/20201209101046

当時のエロゲーは一本8,800円が基本で、タイトル名とパケ絵とエロゲ雑誌わずかな情報だけで購入を判断していた。購入前情報作品クオリティ乖離が大きいこともしばしばで(端的に言ってクソゲーであること)、そうしたゲームを買ってしまうことを地雷を踏むと表現していた。次第にそうしたゲームのことを地雷ゲーム地雷ゲー、あるいは単に地雷と呼ぶようになった。アニメ地上波放送なら無料漫画ラノベは高くても1,000円なのに対して、エロゲー価格が8,800円と高額であり、しかも購入しなければ内容がわからないことから金銭的な損失のショックを地雷を踏むことに例えたのだろう。

地雷ゲームを防ぐにはメーカー名(ブランド名)や製作スタッフシナリオCGクレジット名)で判断をすればよい。しかし、新興ブランドの新作に対してはそうした戦略をとれないので、2ちゃんねる等の掲示板感想を見てから購入を決めることが賢い判断だった。だからこそ、地雷可能性があるエロゲーを予約するだの発売初日で購入するだのと宣言することは勇者として崇められたことだったし、感想が「〇〇は地雷だった」でもその情報は重宝されたのだ。

二十年ほど前のエロゲー業界では「はじめてのおるすばん」[2001年](以下はじるすと略す)が話題だった。発売元ビジュアルアーツ傘下のZEROというブランドであるが、ZERO製作スタッフ名を伏せて実験的なゲームを発売することが多く、内容がクソゲーであることもしばしばだったので地雷メーカーとも呼ばれていた。当時、国際NGO紛争地帯での地雷ゼロキャンペーンを推進していたので、それになぞらえて地雷ZEROなどと揶揄されていた。当然「はじるす」も発売前は目に見える地雷と評されていた。しかし、児童ポルノ法制定[1999年]から続く規制強化の論調に反発するかの如くに幼く見える女の子が18歳以上と言い張る公式ホームページによる紹介ページが大好評になり、エロゲー業界を超えた大きなムーブメントとなった。当時ネットサーフィン死語)をしていた人は、「はじるす」紹介ページのパロディを見たことがあるはずだ。この「はじるす」、想定を超えたブームによる品切れが続き、なおかつゲーム内容がおおむね前評判通りでもあったので(メインヒロインゲーム開始時に非処女であることに物議を醸したが)、地雷ゲーム汚名返上するほどの人気作となった。発売後2~3か月ほどは、「はじるす」を求めて各地のエロゲーショップ巡回する「はじるす難民」が続出したという。今日でのネットスラングとしての「難民」の意味は、きらら系の癒しアニメ最終回を迎えることによって、アニメによる癒しに強く依存したファンが新たな癒しを求めて彷徨うことである。「ゆゆ式」や「きんいろモザイク(1期)」が放映されていたころに「難民」の用語流行り始めたが、その元祖は「はじるす」だと思っている。

地雷意味が変化したきっかけは、同じビジュアルアーツ傘下のイージーオーから発売された「うちの妹のばあい」[2003年](以下、うちいもと略す)であろう。当時のイージーオーは知名度は低く大きなヒット作を出していなかったものの、シナリオCGシステムともに一定以上の品質を保持していたので、知る人にはある程度の評価をされていた。「うちいも」は発売前の公式ホームページによる宣伝に力を入れており、なおかつ当時は妹ものブームだったこともあって大きな評判となった。しかし、イージーオーは「寝取られ」のジャンルで知られるブランドでもあったので、古参ファンと何も知らない新参者との間で大きな議論を呼んだ。「イージーオーのことだから、また寝取られ描写があるのだろう」、「いや、公式情報によると妹との純愛しか見えないので、寝取られはありえない」という具合であった。結論を言うとバッドエンドルートでヒロイン寝取られがある。それも、ご丁寧に攻略ヒロイン全員分にだ。今でこそある程度の市民権を得た「寝取られ」だが、当時はまだ理解できる人が少なかった。純愛を望んだ多くのユーザーにとっては意図せずに「寝取られ」を見せつけられる結果になったので、作品としては不評や反感の意見が飛び交うこととなった。しかし、「うちいも」が「地雷」と呼ばれることはあまりなかった。と言うのも、「うちいも」は前作の「雨やどり」を超えるボリュームシナリオCG量があり、バグ不具合もなかったので「クソゲー」ではなかったからだ。シナリオの内容についても、分岐によってはハッピーエンドもあり、そちらでは「寝取られ」も無く概ね好評を得ていたので、作品全体は「地雷」ではないもののバッドエンドが「地雷」と評されたり、「鬱ゲー」と呼ばれるジャンルを好むユーザーからはむしろ高い評価を得たりもした。これが「地雷」の用語クソゲーを踏むことから変化して、ジャンルシチュエーションユーザーの嗜好と不一致することに対して用いられてきた最初の例だと思われる。ちなみに、イージーオーは「うちいも」の賛否両論騒動を受けて、公式ホームページで「純愛宣言」をすることとなった。内容としては、今後リリースするすべてのゲームで「寝取られ描写をしないというユーザーに向けての宣言であるしかし、イージーオーは失った評判を取り戻すことができず、ブランド解散することとなる。

次に「地雷」がキャラクターに対して用いられた例も述べる。エルフの「下級生2」[2004年]であるエルフは今でこそ解散してしまったものの、かつては老舗の有名ブランドであった。「東のエルフ、西のアリス」と呼ばれ、業界大手アリスソフトに匹敵するほどの人気があった。エルフは「ドラゴンナイトシリーズ「同級生」シリーズで知られるブランドで、エロゲーをやったことのない人でもタイトル名だけは知っていることだろう。昨年アニメ放送された「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」も原作エルフにより発売されたエロゲーである。「下級生2」の発売当初はエルフの人気シリーズ続編ということもあって当然多くの期待と注目を浴びることになった。しかしながら、「下級生2」も「寝取られ」(正確には寝取り?)が原因で不評を買う結果になってしまった。メインヒロインの「柴門たまき」は主人公の幼馴染だがゲーム開始時点で医大生の彼氏持ちという、学園もの恋愛アドベンチャーとしては斬新な設定であった。「たまき」を攻略することは、彼氏持ちの女が幼馴染の男(主人公)と二股デートをすることと同義でもある。そして攻略を進めると「たまき」は二股がバレて彼氏に捨てられることになる。その後もシナリオを進めると、主人公との情事を重ねる際に「たまき」は医大生と肉体関係を持っていたので非処女である告白するのだ。そのうえ、「たまき」は情事の内容をいちいち元彼氏と比較をするのだ。ゲーム序盤では、「たまき」は主人公の幼馴染でクラスのマドンナ的な存在として描かれていたにもかかわらず、その本性は性悪ビッチ女だったという展開にピュア童貞エロゲーマーの精神が耐えられるはずもなかった。激怒したエロゲーマーは、エルフファンクラブを退会しゲームディスクを真っ二つに割った画像をアップした。これが「たまきん事件」の顛末である。「下級生2」が「地雷」と呼ばれたことはもちろんだが、それと同じくらいに「たまき」も「地雷」と評された。これがゲームではなくキャラクターに対して「地雷」が用いられた最初の事例かと思われる。

ちなみに、00年代中頃になると地雷ゲーム呼称はあまり使われなくなってゆく。その理由としては、体験版公式ホームページによる情報公開が進み、発売前からある程度内容を推測できるようになってきたからだ。さらに、アリスソフトの「妻みぐい」[2002年](定価2,800円)を契機に廉価ゲーム流行って、エロゲーは一本8,800円という常識が崩れたこともある。それにより、新興ブランドクオリティ不明エロゲーを8,800円で発売することもなくなったので、エロゲーマーが地雷を踏むことも無くなった。次第に地雷ゲーム言葉は廃れていった。さりとて、クソゲーが消えたわけではない。クソゲー愛好家の間ではHYPERSPACE(通称:超空間)というブランドエロゲーは有名だが、「地雷」ではなく明らかな「クソ」なので地雷ゲームと呼ばれることはなかった。

なぜ「地雷」の歴史を長々と述べたのかというと、冒頭に述べた増田にて、同人界隈で腐女子地雷という言葉を用いることを知ったからだ。今でこそ「地雷」は「下級生2」の例で述べたように、キャラクター人物に対して用いられるのが常である実在人物においては、合コン相手交際相手風俗嬢などに対して使うことが多いだろう。しかし、腐女子同人作品の受け入れられないジャンルカップリングなど嗜好の不一致という意味で用いているのだ。これは「うちいも」における地雷用法と同じである。そうした観点からみると腐女子が用いる「地雷」はむしろ原点回帰と言えなくもない。そうした意見を述べてみようかと思った。しかしながら、エロゲーとは関係ない文脈で「地雷」を用いている場で長々とエロゲー歴史を語っても尋常者は嫌悪するだけとなるので、ツリーに表示されないようにh抜きでURLを張ってこのように長々とした文章を描いた次第である

私は「地雷用法本来意味に立ち返るべきだと言及するつもりなど毛頭ない。ただ単に、インターネット黎明期の頃から続くネットスラングが用いられた当初の時代雰囲気を主張したくなっただけである。かつてネットスラングエロゲーマーをはじめとしたヘビーなインドア男が生み出すのが常だった。インターネットは、現在のようにWi-Fiで楽チン接続するのとは訳が違った。高額で場所の取るデスクトップPCを用意し、プロバイダ契約にも金を払い、様々な配線を床や壁に絡ませて、頻繁にフリーズするWindowsで面倒なインターネット接続設定をする。このような芸当は、注ぎ込める時間と金の全てを家の中で消費するヘビーなエロゲーマーにしかできないことだ。手間暇をかけて接続したインターネットの利用方法はもちろんエロゲー情報収集である。だから、当時生まれネットスラング現実では全く使い道の無い言葉となるのも当然のことだった。逆に、現実言葉エロゲーマーにとっては違う意味を持つこともある。2007年に月探査衛星の「かぐや」が世間ではニュースになったが、当時Googleで「かぐや」と検索するとエロゲーブランドの「アトリエかぐや」が最上段に表示されるというありさまだった。今では到底信じられないことかもしれないが、もしも日本インターネット文化構成したのが引きこもりエロゲーマーばかりだったらというおぞましい現実が、インターネット黎明期実存していたのだ。

もちろん私もヘビーなインドアエロゲーマーだ。しかし、エロゲーから離れてもう十年以上も経つ。エロゲーとはもはや無関係の私が、「地雷とは元々エロゲー業界で用いられてきた言葉で…」などと述べたところで、誰の代弁にもならない無意味な話にしかならない。GHQ最高司令官ダグラス・マッカーサーは「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」と演説したが、その言葉を借りれば「エロゲーマーは死なず、ただ消え去るのみ」と言ったところであろうか。しかし、職業軍人とは違い私はただの一消費者に過ぎず、しかもその趣味現実世界では誰にも公言できないので、演説どころかこのような匿名ブログしか述べることができない次第だ。それに、こうして長文を書くこと以外に自身エロゲーマーであったことの証明ができないので、もはや消えていたも同然だ。

エロゲーマーは死なず、とうの昔に消え去っていたのだ。

2020-12-04

NIKECM問題、みんな「NIKE」という人格見出してるのが面白い

俺はNIKEユーザーじゃないからあのCMについて思うところは何もないのだけれど、

あの件への反応で「ウイグル人強制労働させているNIKE」と「反差別的内容のCM制作したNIKE」を一人の人間二面性のように語る意見が多くて興味深い。

普通に考えればCM制作した広報と安い素材の仕入れに躍起になる営業とで同一人物なわけないし、

もしそれらが同じ人物により指示されていたとしても、その人物NIKE責任者であってNIKEという会社のものではないはずだ。

だのに、まるで企業というそのものが一つの巨大な霊魂を持っているかのように語られ、批判されている。

んで、なぜそのような反応のかを考えてみると、それってつまりそれぞれの責任者が「わからない」からなんだと思う。

例えば直近で炎上したアツギタカラトミーでは、Twitter担当者という分かりやす責任者がいた。

でも今回はあのCMを誰が作ったのかも支持したのかもわからないので、みんなNIKEという大きな括りで語るしかない。

何を当たり前なことを、といわれるかもしれないが、ここで1つ次元を落として考えてみると、

じつは人間の一個人が1つの人格を持っているとみなされるのも、その内部が「わからない」からなんじゃないだろうか?

例えば最近腸内細菌が人の性格に大きな影響を与えているという研究があるけど、

あいった科学研究を突き詰めると、人間人格によるものとされているものが全てバラバラ作用として説明できるようになるだろう。

その時に、人は自分の魂を一個の個体としてみなせるだろうか?

あるいは逆に、企業国家といったものにも、一個人自覚しているような魂のような実存が、本当に存在するのだろうか?

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