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2020-06-04

2020年5月16日日記

BUSINESS INSIDER に 日本人職場の不満が大きいのに、なぜ会社を辞めないのか

という記事があり、まあ、予想通り、

「居続けるなら頑張ってほしい。やる気がないなら辞めてほしい。それが企業本音だろう。」

エンゲージメントが高いと、企業生産性が上がる。これを上げるポイントは、「ありのままの受容」と「目的の追求」だそうだ。

よってもって、経営層は、賃金上げずに、タダ(口先だけ)で、エンゲージメントを上げることができ、管理職を再教育すればいいっていう

初心者レベルの考えで活動している。まあ、これを提案しているコンサルとこれに乗っている経営者も2流レベルだと思う。

欧米比較して、日本けが賃金がまったく上がらない状況で、欧米のようにはいかないことがわからないんだね。残念な人たちだ。

高い報酬と将来給料が上がっていくという希望、または身近なロールモデルがいるという大前提があって、初めて、「ありのままの受容」と「目的の追求」という、次のステップ課題になる。アタリマエの経営常識だ。だからだんだんゆっくりと国全体が貧困化していくんだと思う。

はっきり教えてあげよう。「居続けて楽に高給ほしいなら社員給料上げて欲しい。上げる気がない経営者は辞めてほしい。それが社員本音。」

まあ、Iさんには、一生理解できないだろうな。もっとも、リストラしすぎて、もう元に戻れないので、理解できても手遅れ。

そういえば、私がやらされたリストラの進め方の後半を書いていなかった。

確か、人事が送ってきた、エクセルリストのことまで書いたと思う。

リストラのやり方で最悪、または、2流経営者がやることは、人員削減xx%という目標を掲げて、人だけを減らしてしまうやり方だ。

うそう、リストラを始める前に、人事から驚愕説明があった。

彼ら曰く。

彼らが調査した結果、

管理職給料は、日本企業の平均で、おかしな点はない。

・高給なのは40歳以上の、いわゆる係長クラス人達。この人達は、人数も多く、業界平均よりも高給だから、ここの年齢層の給料を下げる。

・よってもって、新人制度を導入する。

悔しいことに、当時は、この説明を信じてしまった。実は管理職給料の話は、大嘘業界的には、高給な方。

本来なら、まずは、管理職賃金カーブを下げて、社員に身を切る努力説明するべき。それが、1流の経営者の矜持だし、ディシプリン

もはや腐敗した官僚組織になってる。この件だけのことではないが、最終的に、人事は、人間のクズの集まりっていう、

私の友だちの口癖を否定できなくなってしまった。

で、当時の”各部の”目標は、人員の12%~15%を、組織外に出すこと。厳格には、辞めさせろとまでは言ってない。

まあ、人事も、人の道を外してます。恥ずかしくないのでしょうか?

しかも、対外的には、我社の人事制度は、若者に高給を(内緒だけど、その原資は高齢者給料下げて確保)与えられる

制度を導入したとリストラ隠しの花火講演会してた。ああ、恥ずかしい)を打ち上げていた。もしかして、2流の学生だと、

将来自分給料が下げられることなんて想像もできずに、すごいって思うのだろうか?

当時はそこまで深く考えてはいなかったが、リストラは、

その人の人生家族を壊すことになり、後味が悪いことこの上ない。できればやりたくない。

それに、自分家族に顔向けできないし、胸を張れないのが何よりも辛い。

そこで、私は、この人事の卑怯な口上に乗ることにした。

管理職を集めて、とにかく組織から出ていけばいいので、異動したがっている人の背中を蹴飛ばして、異動させろということにした。

当然、異動できる人の大多数は、40歳下の人たちで、人事の狙いとは違うが、泥をかぶらないように、条件を

曖昧にしているので、文句も言われないで済む。

努力甲斐あって、私の部では10人程度をリストラしないとならなかったが、10人全部が異動者として埋められたので

リストラせずに乗り切れた、あのとんでもない卑怯事件が起きるまでは。。。

2020-05-15

公明党の支持止めます

このパターンネトウヨ十八番って言ってたじゃん

糸井重里へのリプとか引用RT見るとどっちもやっているのはわかるけど、これで攻めろ!みたいなの見てると矜持はないものかと思ってしま

2020-05-13

『連ちゃんパパ』における主人公の悪行一覧

主人公の悪行に絞る

・細かいクズムーブは拾ってない(第六話の最後コマセリフとか)ので君の眼で確かめてほしい

・得た金はだいたいパチンコの種銭に。


1〜2話:特になし(妻がパチンコ借金をつくったあげく男と駆け落ち

3話:友人のパチプロにつられて妻捜索そっちのけでパチンコにはまる。

4話:特になし(発見した妻にまた逃げられる)

5話:闇落ち。

6話:特になし(金貸し回。主人公パチンコうってるだけ)

7話:女のヒモに(女は横領犯)

8〜9話:借金取りとしての才能が開花。債務者の子もの学校で「親が借金まみれ」と暴露することで子どもをつまはじきものに仕立て、子どもから親へ返済のプレッシャーをかける手法確立

10話:紛失した学校の金をパチンコで埋め合わせようとする。父親が口を世話した学校を突然辞職。

11話:息子を三百万で売る。

12話:息子の学校担任強姦ホームレスになる。

13話:強姦した担任妊娠したので婚約者として転がり込んだ担任実家でやりたいほうだい。

14話:特になし(真面目に働く)

15話:強盗未遂

16話:教え子にたか

17話:特になし(証券詐欺に騙される)

18話:特になし(金貸し人情回)

19話:特になし(逃げられた妻のところへ転がり込む)

20話:妻のパート先で勝手給料前借り。妻のお産費用をむりやりせびる。

21話:妻の出産祝いをむしる。働き口を口利きされている状態なのに「働きたくない」という理由生活保護申請

22〜23話:バイト先の弁当屋社長をたらしこんでパチンコ仲間にした上で闇金で金を借りさせ、最終的に店を取り上げる(すべて計画的犯行

24話:借金取り立てのバイト先にあったガラクタの壺が500万の価値を持つことを知り、債務者にも金貸しにも黙って壺を持ち出す。

25話:特になし(働かずに妻にパチスロ用の金をせびる)

26話:隣接区画マンション建設反対運動リーダーとなって建設会社から金をむしろうとする。

27〜28話:特になし(保険金目当てで妻に殺されかける)

29話:大企業による不当解雇に加担しかけるが、心変わりして企業から金だけむしる。

30話:離婚調停から逃げる。

31話:特になし(パチンコ依存症の治療を開始)

32〜33話:特になし(離婚のごたごたから息子が落ち込む)

34〜39話:特になし(塾講師として教育者矜持を取り戻し再婚もして真人間に戻りかける。だが元妻が再びパチンコ中毒となり蒸発再婚先の親もクズだと発覚)

40話:パチクズに戻る。

41話パチンコ台を触った手で団子生地をこねて食中毒を発生させる。

42話:息子を残して自殺未遂

43話:パチクズに戻る。

2020-05-07

anond:20200507171222

わかる。

やつらはジャーナリズムではなく扇動をやっている。

 

やっているんだけど、じゃあマスメディアが要らないかというとそんなことはないのが厄介。

一昔前、インターネットブログを介しての個人報道が、マスメディアニュース機能を奪う。……なんて話もあったんだが、知っての通り、結局のところインターネットで広まるのはマスメディア発進のニュース引用リツイートであった。個人メディア機能は無理(だから今のメディアはマトモだしブログはクソ)と言っていたやつらの言う通りだった。

 

記名性記事が増えてきているのとかは、だいぶかつてよりマシになったとは言えるんだけどねー。

東京新聞望月、とかい名前ネガティブに有名になる流れなんか、昔はあり得なかったわけだし。

 

いったいどうすれば良くなるのかねこれは。

いや、そもそも、外から良くするのが不可能から個々人の矜持で良い状態を保とう、という思想が「ジャーナリズム」だったはずなんだがね。

2020-04-30

anond:20200430022812

伊集院なんかはそういう変化を察知して迂闊なこと言わなくなってるけどね

露悪的にゲスなことをいうのが深夜ラジオという矜持はあるだろう

2020-04-28

2019年M-1グランプリでの松本人志氏の女性蔑視発言を誰も問題にしていない

岡村隆史氏のラジオでの女性蔑視(とされる)発言について問題となっているが、2019年M-1グランプリでの松本人志氏の女性蔑視発言を誰も問題にしていないのはなぜだろうと思った。

発言は下記である

 

「9組中7組が初めてってことですもんね。これ、風俗店だったら最悪の店ですよね」

 

岡村隆史氏の発言深夜ラジオから許容されるべきということではないが、松本人志氏はM-1グランプリ放送開始直後くらいにこの発言をしている。夜6時半とか7時とかだろうか。大人から子供まで見る国民番組の中でこういうセンシティブ発言はいかがなものだろうか。(余談だが、松本人志氏は同日のワイドナショーの中で性暴力事件判決について「ただ一つ言えることは〜」という例の全く見当違いな発言もしている)

 

「9人中7人が新人さんの風俗店は最悪」と言っている。新人女性もある程度の矜持を持って風俗という仕事に取り組んでいるだろう。お店側だって同じだ。

それを「新人から最悪」(支払ったお金に見合うサービスを受けることがその女性からは期待できない)というのは蔑視ではないのか。

 

皆さんはどう思いますか?

2020-04-20

anond:20200420072843

そういう雰囲気を出したいなら自発エントリでそういう節回しをすればいいだけ。

もはや90年代2ちゃんふたばとは違う、一般人の多い場所他人に不穏な絡み方をするのは愚でしかない。

時代適応できないのはくだらない矜持のせいだと言ってるワケ。

anond:20200420065908

あえて言おう、浅はかなのは手前であると。

そういう独りよがり矜持を押し通すことでディスコミュニケーションが加速し人々の心が荒んでいくのだ。

2020-04-17

anond:20200417211942

学徒動員かぁ。まだ派遣さんはそういう業務従事させない矜持はある団体だけど、そのうちなるかもね。

2020-04-12

法華狼

https://hokke-ookami.hatenablog.com/entry/20190817/1565967600

被害を訴える側に立ち、数多の弁解で固めた盾を貫く矛

矜持建前に懸けて法華狼様自身の盾をも貫き崩してくれようぞ

隗より始めよという言葉もありますからにして

ジャパン蔑称のさばらせるにあたって

対象となる全員が納得してるかなど未調査

のうえ蔑称啼き喚きに反発するなら隣国嫌いとみなすこれも未調査

啼者の問題を充分に防げなかったのではなく

問題が起こる所業積極的採用空前絶後蔑称蔓延に加担しながら

蔑称啼き喚いたのは自分では無いなどと責任回避を優先

ジャパン蔑称啼き喚きによる被害の訴えに封殺かます体たらくでは

出自が同じだから罷り通るのはずだ」なんざ成り立たんが

蔑称啼き喚かれる側にどんな自発性がありえたことになるんすかねえ

2020-04-11

ribbentrop189 の本性

https://b.hatena.ne.jp/entry/4676518526642502882/comment/ribbentrop189

いともたやす差別ぶっこんできなすたかよお

腐っても立派な矜持もあるのはずだと祈ったっ…が…駄目っ…!

そ ん な も の は な い

ribbentrop189 の本性

https://b.hatena.ne.jp/entry/4675908181224450082/comment/ribbentrop189

一方 ribbentrop189 は問題指摘に対し論点ずらし未満の

寄生」「荒らし」「生ゴミ」「粘着」などと踏みにじる所業に奔った

自身の唾日宇クズぶりを罷り通らせようと誰ぞに縋って

説明出来ないだろうなーと思った」などと

デマ抜かしよる謝ったら死ぬらしいゴミ体たらくのままなのかなあ

んなこたあないと自戒する立派な矜持を拝めることを祈る…!

http://tenreeren.rentafree.net/entry/955736

2020-03-23

約束のネバーランド鬼滅の刃,HELLSING,そして人の尊厳矜持について

可哀そうに あなたはなぜ そんなにもひもじく飢えているの?

誰より豊かで何だって手に入るあなた

何かと思えば…妾がひもじい?飢えている?

「ええ あなたは飢えている」

いくら食べてもいくら手に入れてもいくら上りつめても満たされない

可哀そうに 哀れだわ 本当は何が欲しかったの? 何を恐れているの?

足りていると感じることさえできたなら 別の未来もあったでしょうに

際限のない欲望に囚われて 神への敬意も忘れ 世界をむさぼり

結果自らを破滅に導いてきたのだとあなたは気づいていないのよ

(中略)

いいわねムジカ あなたはずっとあなたもの

鬼は何者にもなれるが何者でもない

飢えが怖い 退化が怖ろしい

長く生きてさえたまにわからなくなる

どこまでが自分なのか 自分が何者なのか 何者になりたいのか

――白井カイウ/出水ぽすか約束のネバーランド


殺し続けていた

私の中で 私の命を

三百四二万四千八百六十七 一匹以外は 全員殺して殺し尽くしてきた

もう私はここにいる

もう私はどこにもにいるし どこにでもいれる

からここにいる

――平野耕太HELLSING

私にはね インテグラ

吸血鬼が あの恐ろしい 夜の世界を統べる不死身の化け物が

ひどく哀れな 哀れな弱々しく泣き伏せる童に見える」

――平野耕太HELLSING

「おまえはおれだ!!」

「お ま え は お れ だ !!」

「おれもこの通りの有様だった 俺もこの通りの様だったんだ!!」

「カッ カハ… カハッ… カハ…ッ カハハ…ッ カハッ」

「鬼が泣くなよ 童に追われたか

鬼が泣くな 泣きたくないから鬼になったのだろう

人は泣いて涙が枯れて果てるから

鬼になり化け物に成り果て 成って果てるのだ

ならば笑え 傲岸に不遜に笑え いつもの様に

はいく お前はいつまで生きるのだ

哀れなお前はいつまで生きねばならぬ?

膨大な私の過去を 膨大な私の未来が粉砕するまでだ

なに 直ぐだ 宿敵よ いずれ地獄

――平野耕太HELLSING

きっと吸血鬼になれば素晴らしいのだろう

無限永久に生きて 無限永久戦い続けられれば

それはきっと歓喜なのだろう

だが私はそれはできない それだけはけっして

不死は素晴らしい 能力は眩しい

血液通貨とした魂の命の同化

失 せ ろ !!

俺の心も魂も命も 俺だけのもの

他者との命の共合 生命(いのち)の融合

精神統合 吸血鬼本質

何と素晴らしい それはきっと素晴らしいのだろう

きっとそれは歓喜に違いない

だが冗談じゃない 真 っ 平 御 免 だ ね

のものは俺のものだ 毛筋一本 血液一滴

私は私だ

私は私だ

私は私だ!!

うらやましいね

眩しい 美しい

からこそ愛しく だからこそ憎む

からこそお前は私の敵だ 敵に値する

遂に私は宿敵を見つけたぞ

私の戦争

そして我々はそのための準備を営々とはじめた

50年かけて

――平野耕太HELLSING

私は永遠が何かを知っている

永遠というのは人の思いだ 人の思いこそが永遠であり不滅なんだよ

――吾峠呼世晴鬼滅の刃

「これきりなのね…………」

「手術が終わったらこの気持もかき消えてしまうのね」

「いや そうじゃない」

「この瞬間は永遠なんだ」

――手塚治虫ブラックジャック

やろうと思えば刑務所くらい俺も出られる。

ただ俺は今たいした不自由を感じちゃいないんでね。外出する必要もない

さ、戻ろうや所長。バカバカしい…

世界自由でなければ自由を感じられないなんて

なんて不自由な男だい

板垣恵介範馬刃牙

ノミっているよなあちっぽけな虫ケラのノミじゃよ!

あの虫は我我巨大で頭のいい人間にところかまわず攻撃を仕掛けて 戦いを挑んでくるなあ!

巨大な敵に立ち向かうノミ…これは『勇気』と呼べるだろうかねェ

ノミものは「勇気」とは呼べんなあ

それではジョジョ!「勇気」とはいったい何か!?

勇気」とは「怖さ」を知ることッ!「恐怖」を我が物とすることじゃあッ!

人間讃歌は「勇気」の讃歌ッ!!

人間のすばらしさは勇気のすばらしさ!!

いくら強くてもこいつら屍生人は「勇気」を知らん!

ノミ同類よォーッ!!

――荒木飛呂彦ジョジョの奇妙な冒険:ファントムブラッド




タイトル引用だけで9割が伝わる人もいるだろうから、これ以後はもはや蛇足である

約束のネバーランド18巻を読んでから連想感想

冒頭で引用した、鬼の女王レグラヴァリマのとの会話が印象的だった

まり、これは「主観的地獄」についての話なのだ、と思った

 餓鬼は、三途・五趣(五道)・六趣(六道)の一つ。餓鬼は常に飢えと乾きに苦しみ、食物、また飲物でさえも手に取ると火に変わってしまうので、決して満たされることがないとされる

 「正法念処経」では36種類の餓鬼がいると説かれている。

 鑊身:私利私欲動物を殺し、少しも悔いなかった者がなる。眼と口がなく、身体人間の二倍ほども大きい。手足が非常に細く、常に火の中で焼かれている。

――wikipedia餓鬼


誰が地獄を作るか、それはまさに仏教的な意味での「縁起」や「十二因縁である

現代的かつ限定的に例を出せば、基本的信頼感とも言える

人は足るを知らなければならない

人を知る者は智、自ら知る者は明なり

人に勝つ者は力有り、自ら勝つ者は強し

足るを知る者は富み、強めて行なう者は志有り

その所を失わざる者は久し

死して而も亡びざる者は寿し

――老子

逆説的というか、皮肉にもというか

「欲しい」と思い込んでいるものを求め、望み、手に入れれば入れるほどそこから遠くなっていく

それが物質であれ、行為であれ、関係性であれ

現代於いて、それは「依存症」という形で結実している

依存症を救うのは、常に人間関係であるという

詳しい解説松本俊彦の著書でも引用すれば良いが、そうなのである

そも、依存を引き起こすのは何か、何を求めてそれだけの執着になるか

冒頭で引用したセリフにあるように、「何を求めているのか」が掏り替わっているのだ

掏り替わり続け、世界と擦れ違い続けた結果、その主体者の主観的世界地獄に生まれ変わる

潔癖症人間が、自らの認識作用を総動員してその主観的世界汚物で席巻するように

それは、人間というシステム原理的に持ち得てしまうある種のエラーである

その救いとして、この世界では「自分意思」というものを一つの解答とすることが多い

恐怖や不安直視し、良いものも悪い物も等しく自分の中に置き、「曇りなき眼」で見続ける

倒すことはできない、消すこともできない、「ただそこに在るだけ」をそのままにしておくこと

これは、ACTの考え方とも同義である

ACTは従来型のCBTと異なり、クライアント自分自身の思考感情感覚記憶など私的出来事のよりよいコントロール方法を教えるということはしない。むしろACTクライアントに教示されるのは、「ただ気づいていること」、受容すること、私的出来事を思ったままにすることである特に、自らにとって望ましくない事柄についてそうすることが求められる。

――Wikipediaアクセタンス&コミットメントセラピー

 最後に、くり返しになってしまうがまとめておこう。他者はいつでも私にとっては「理解きぬ不気味な存在」でありえる。その不気味さが同じチームのなかで突然浮かび上がることがあるし、理解という手法でそれを解決することはできない。むしろ、その「理解できなさ」こそが、一種の救いなのだ他人の心に踏み込んでいったり、他人自分を同じ存在だと思ってしまったりすると、正常な距離は失われることになってしまう。

 だから、互いに「理解できない不気味な他者」として関わり、そしてそれゆえに「共にいる」こと。わたしたちはそうした関係に満足しているべきだし、そうした関係にこそ価値がある。

――ティッシュ専用ゴミ箱2 「女児向けアニメで描かれる「他者の理解できなさ」について。あるいは、女児向けアニメは家族の問題とどのように向き合ってきたか。-『プリティーリズム』『プリパラ』を一例にして」

の子を解き放て!あの子人間だぞ!

黙れ小僧!お前にあの娘の不幸が癒せるのか?

森を侵した人間が、我が牙を逃れるために投げてよこした赤子がサンだ!人間にもなれず、山犬にもなりきれぬ、哀れで醜い、かわいい我が娘だ!お前にサンを救えるか!?

からぬ……だが共に生きることはできる!

ハハハ!どうやって生きるのだ?サンと共に人間と戦うと言うのか?

違う!それでは憎しみを増やすだけだ!

――宮崎駿もののけ姫」

ゲドは勝ちも負けもしなかった。自分の死の影に自分の名を付し、己を全きものにしたのである。すべてをひっくるめて、自分自身の本当の姿を知る者は自分以外のどんな力にも利用されたり支配されたりすることはない。ゲドはそのような人間になったのだった。

――アーシュラ・K・ル=グウィンゲド戦記影との戦い

本当なら今頃ワニの感想とか批評がぽつぽつ上がってたまにホッテントリにも入ったりブコメがついたりしてそれらを読んでは感銘深い思いをしてワニの死を悼んだりメメントモリを感じたりしていたはずだったんだが今繰り広げられてるのは醜い争いばかり

彼のマネタイズ手段を良く思えず現在鬱屈している人たちこそ本来あるべきだった作品の余韻をかみしめていたいはずなのにね

まあでも我々消費者っていうもの公式という独裁者には歯向かえぬものから、不満があるものは素直に亡命するか、これから国民として残るために矜持を捨てて公式にひれ伏すしかないんだ

まあ敬虔国民諸君からしたら公式に対して批判的な非国民に対しては腹が立つだろうけど、彼らも彼らで苦心していることを理解してあげてほしい

そしてそっと諭してやってほしい

コンテンツはお前のために存在してるわけじゃねーぞ」と

基はおなじ一人の公式を愛した者同士、袂を分かつのは魂を引き裂かれるように苦しいだろうが

批判的な発言国外からのものだと思えば多少気が楽だろうから

公式についていけない」と感じた時点で、公式にとってあなた棄民だということなのだから

2020-03-21

ワニが炎上してるけど、むしろ俺はプロ仕事だと思った(キリッ

騙されたと感じる人生きづらそう(笑

ツイッターに書いてる如何にもバカっぽいおっさんを見かけた

この手の人種はゼニさえ稼げりゃなんでもえぇ。ということらしい。

不況続きでだんだんと苦しくなっていくコンテンツ産業においては、

浅ましく矜持のない行いも、適当理屈正当化されてしまうのだろう。

2020-03-19

ゲームの才能

アクション系は真面目にやれと乱入相手椅子を蹴られるレベルで反応が追いつかず、操作も追いつかない。

音ゲーゲーセンで見知らぬ音ゲーマーに罵倒されるほどリズム感がない。

シミュレーションパズル系は頭が悪くルール理解できるところに到達できない。

全方位にわたってゲームの才能が全くないけど、一番辛いのはすぐ3D酔いすること。一人称視点なら5分持たない。三人称視点でも2、30分で吐く。どこかの立法矜持もない自治体条例もびっくりの耐久性のなさ。

2020-03-12

anond:20200311165317

同じ業界にいる人間として補足を少し。

広告文化ってのは何も現場人間のこだわりじゃなくて、

今はそうならなければ広告がすべて淘汰されてしまうという意味合いが強い。


そもそも広告ってのはweb普及前までは機能だった。

あれば欲しいけど、自分存在を知らないもの

今まで食べたこともない、美味しそうなもの

行ったこともない、美しい場所

そういったものを「知らせる機能」を広告が多少担ってたのがweb普及前の時代



ただ、もうみんなわかりきってるように

今の時代、欲しいもの自分で探すし

良いものは周りの評判になるし

必要情報勝手に集まるし自分で集めることもできる。


そうなると広告ってのは大して必要もされていないものを、

無理矢理相手の視界に入れて押し売りするものしかないわけだ。

邪魔なことこのうえない。

今の時代広告屋なんて、世の中で最も必要とされてない職業だって自分では思ってる。



からこそ、見た人が楽しめる、感動するものを死にものぐるいで生み出さないと存在価値自体がなくなってしまう。

そこで生み出された表現のひとかけらでも、文化として残っていくことになればせめてもの救いなんだが。

その結果、web広告のようなコスト極限まで抑えたゴミ一歩手前でレスポンスだけ取り続けるものと、

ブランディング文脈メッセージ性またはエンタメ性の高いものとに二極化されてきてる。


なんとなくイメージつくと思うけど、IT系気取った勘違い野郎たちか、鼻持ちならない上級クリエイター気取りどものどっちかだ。

この表現にはやっかみも多少含んでるが、この業界にいる人たちならよく分かると思うけど、

年収1,000万オーバー大手代理店ディレクターより、年収2〜300万しかない制作会社ディレクターのほうが優秀なんてざらにある。



元増田自分のように、その中間で戦ってた多くのクリエイターたちは今後

その矜持を持ち続けてすり減っていくか、割り切って時代に適合するか、戦いの場を変えるかを選んでいかなきゃいけない。

かくいう自分制作よりマーケティング系メインになってきてる。

そのうえで、なお古戦場に戻る戦友に幸あれ。

2020-03-11

anond:20200311165317

web広告、主にモバイル系の経験者です。

web広告代理店と言ってもピンキリだろうが、俺の可視範囲では、広告では無く集客代行であり、販促代行のようなものだと思ってる。

全てがCPAなり回収率なりで判断されて、そのサービスブランド向上なぞ歯牙にも掛けない。

わかりやすい所だとステマとか、とにかくクリックレートを上げるためのエロバナーとか。

敢えて矜持があるとすれば、箸にも棒にもかからないものを無理矢理にでも金に変えるという逞しさであろうか。

ユーザーに楽しみを与えようとかはそんな事を考えている人はいいね

クライアント数字しか興味がない。

どこに載ってるとかはどうでもいいから、数字がいい広告が良い広告もの

みんなまともに生きられると思う方がおかし

まれ子供が全部成体になれる生き物なんていないだろ

半分くらいは弱くて死ぬのが自然の摂理というもの

人間ばっか「みんな生きる権利がある!」とか言ってるから社会に歪みが出てくる 無能なやつと怠惰なやつは殺せよ 殺し方をせめて安楽死にすることで知的生物としての矜持を守ろう

俺は怠惰無能なので最初に殺してください よろしくお願いしま

私は広告制作現場を辞めて、広告屠殺する現場転職をした



私は広告業界10年ほど広告制作仕事をしていた。最初総合代理店で、最後半年WEB広告代理店で。

そして昨年末をもって退職に至ったので、退職エントリではないが、なんとなくWEB広告の実情について

広告業界の人たちにも話したかったので文章にまとめることにした。


私は広告業を一つの文化」だと思っている。

そう考えるのは広告従事者の奢りだ、と言われがちだが

私はそれは、奢りではなく、むしろ戒めだと考えている。

なぜなら広告会社は、そういった矜持自戒の念を込めて持っていないと、

簡単ゴミ製造する工場へと成り下がってしまうからである




私は新卒とある広告代理店入社し、そこから10年ほど制作担当することになった。

大手というわけではないが、時々全国規模のTVCM制作も手がける、そこそこの代理店である

そこは、今となっては「働き方改革」の標語ひとつで一蹴されてしまうような、徹夜休日出勤を繰り返す昔ながらの制作現場だった。


なぜそこまで業務時間が長くなるのか?

普段長時間労働と縁のない企業の方からすると不思議だと思う。

私はこれは、他ならない「文化からの転落への恐怖」に起因していると考えている。


基本的に、広告公共空間公共電波を使ったゴミである

もし広告クライアントの言われた通りのものを作れば、

タレントは不自然に微笑み、手放しで商品を褒める怪しいコピーで溢れかえり、

最後自己満足キャンペーン応酬お茶を濁す

お金をもらって公共空間を1枠使って汚す「ゴミ」が完成する。


からこそ代理店制作者は、1ミリでも多く、見る者の目を楽しませる努力をする。

広告の枠を超えて世の中全般を動かせるような言葉を発信できないか苦悶する。

ゴミ」と「文化」の間に横たわる深い河を、靴一足分だけでも超えられないか

というギリギリ闘争クライアントと繰り広げる。


だって自分人生をすり減らしてゴミを作ってる、とは思いたくない。

自分文化を作っているんだ、と言い聞かせたい。


そんなミリ単位のこだわりを爆発させていくうちに、時間外労働は積み上げられ、

残業休日出勤オンパレードとなっているわけである

ホントにダラダラやってるだけのヤツもいるんだけど)


私は土日の撮影徹夜プレゼン準備が反吐が出るほど嫌いだったが、

ういういい歳こいたおじさん達が、1ミリでも良い物を作るために

わがままを通そうとする姿を見ているのは嫌いではなかった。


情熱大陸とかプロフェッショナルでは、プロ達は綺麗なオフィスキラキラ仕事している場面ばかりだが、

現実プロ達は深夜の制作会社会議室で、ボロボロになりながら臭い鼻息を撒き散らして仕事に食らいついている。

繰り返されるのは、誰かが「もうこの辺で辞めにしませんか?」と言ってしまえば終わってしまうような脆弱会議である

しかし「少しでも良いものを作らないと俺たち生きてる意味ないよな」という不文律が全員の頭の中に共通して存在するから

「もう辞めよう」と口にする人は一人もいない。そして1ミリだけ良くなった企画書を持って徹夜明けでプレゼンに挑む。

その情熱大陸が映さないような種類の、リアルな感じが好きだった。


まぁ、そういうおじさんおばさん達の見えない闘争が積み重なって、

広告文化」と心の中で思っていても怒られないくらいの社会風潮は出来たのではないかと思う。

美大メディア学系の大学広告論の授業があったり、

過去の名作広告をまとめて本や番組が作られるくらいなのだから、一応文化と言っても差し支えはないだろう。




その会社で9年働いた後、私は縁あってWEB広告代理店転職することになった。

これが同じ「広告代理店」を冠しているが、とても同じ広告を作っているとは思えないような職場だったのである

ここが広告という文化を殺して食べる、屠殺現場のような場所だった。



WEB広告とそれ以外の広告の、一番の違いは何か。

それは「数値化」だ。

WEB広告を作る、ということは、制作物の全てを数字に置き換えることができる、ということなである

この広告が何秒見られたのか、どんなクラスターの何%が見たのか、何%が商品を買ったのか、広告コスト効率はいくらか。

広告の全て数字で語ることができるのがWEB広告独自性であり、実際私が居た会社はその強みを最大化するような戦い方をしていた。


すると何が起こるか。

全ての広告を、数値をベースに作るようになるのである


たとえば、必ず視聴率クリック率が高く出るような広告をつくる。

それはどういうヤツかというと、始まってすぐに「お得なキャンペーン」とか「今だけ何%ポイントキャッシュバック」といった数字を画面に大きく出すようなアレである

誰もがあれに反応するわけではないが、一定層そういう数字に反射的に反応する人種の人たちがいる。だから結果的に数値はわかりやすく上向くのである


たとえば、広告コスト効率が高い広告をつくる。

コスト効率を上げる方法は2つしかない。前よりも大きく結果を出すか、制作費を削るか、である

そういうわけからWEB広告代理店では撮影外注を行わない広告制作奨励されている。

ストックフォトやフリー素材だけで制作すれば、地獄みたいなクオリティになるが原価はゼロに近づく。

そして前述の視聴率アップの手法があるので、不思議とそんなものでも視聴率が高かったりする。数千万かけて作ったTVCMより高かったりする。

その結果、コスト効率は上がり、「クライアントも喜んでいます!」という嘘みたいな報告が営業からは来るのだ。



私にはこれが、数字裏付けされたゴミを作っているようにしか見えなかった。

始めにこのクオリティ広告を見た時「まともなクライアントがこれにお金を出すはずがない」と思っていた。

しかし実際は違う。喜んで買っている。そりゃそうだ、クライアントの持っているお金は「広告宣伝予算」であって「広告文化への投資予算」ではない。

RADWIMPSが歌うデザインされたTVCMであれ、フリー音源ポイント還元キャンペーンだけで出来たWEB動画であれ、効果が高そうなものお金を払う。

なんとなく効きそうなだが高価な胃薬と、見た目はチープだが安価で効き目が数字裏付けされている胃薬だったら、後者を選ぶ人は少なくない。

私が在籍していたのは半年程度だったが、WEB広告会社大手代理店から仕事を奪ってきた、というようなニュースを度々耳にした。




かくして、広告という文化は、数値に裏付けられたゴミによって貪られ、じわじわと瓦解し始めている。




今なお「広告文化だ」と思っているのは広告制作者を始めとする一部の広告ギークだけなのだろうか。

しかしたら多くのクライアントサイドも、今では広告文化だとは思っていないのかもしれない。

(思っている希少なクライアントもいる。代理店はそういうお客さんを大事にしてください。)


少なくとも、WEB系の広告会社にはそもそも広告文化と思うような発想はない。

ただ忠実に、広告言葉通りの「広告なのだと彼らは思っている。

彼らは非難される立場ではない。だってそっちの方が本来の「広告」の語義には近いのだ。

から彼らは彼らが今作っているものゴミとは思っていない。

経済を回すための1つの因子」みたいな感じに思っているんだろうなぁ、きっと。


私には、彼らが目先の利益のために無邪気に広告破壊

文化もろとも倒壊しているのにも気づかず勝ち気になっているのが我慢できなかった。

そういうわけで、私は半年会社を辞めることにした。



懐古趣味の「昔は良かったおばさん」みたいな話にはしたくなかったのだけど、

この話は結局そういう結論しかならないのかもしれない。


2019年、ついにWEB広告の出稿費がTVCMのそれを超えたという。

この先の広告業界WEB業界を中心に回るのは日を見るより明らかだし、その時のエースプレイヤーは私が辞めたあの会社かもしれない。

しかし、あの地獄クオリティWEB広告達を元に大学の授業が行われることはないだろうし、それを論じた本が出るようなこともない。

広告という「文化」は静かに解体され、彼らに食いつぶされ、いつの間にか消滅していることになるだろう。


私はそんな「冷たい熱帯魚」みたいな解体現場で確かに働いていた。

そして次はまた、古い広告業界に近い所で仕事をする。

これは救命ボートからタイタニック号に乗り換えるような所業かもしれない。

ただ無邪気に文化を貪り続けるよりはマシだと思っている。


あの制作会社会議室で、今日広告文化足り得るようしのぎを削る人たちがいる。

私は化石のような彼らを、情熱大陸クルーの代わりに見届けることにする。

マンガ家だけど「作画崩壊」とか言わないでってのに賛同できない

https://togetter.com/li/1479375

自分はオタで同人商業マンガイラストレーターとしてもやってる立場緒方さんよりはずっと知名度もない立場)ですが、

この「作画崩壊」とか言わないで、という点については賛同できません。

ブコメで「クレーマー」とか言葉が使われているように、おそらくブコメでは勘違いしてる人も多いので「え?なんで冷たいの?」ってなってるんだと思います

気持ちは分かるがネガティブ感想を言わないでってのはどうかと思う/作品感想自由に言っていいだろ。

とか

制作サイドを責めないで」と言いたくなる気持ちは分かるけど、作画崩壊等の「画面上で起きている事実を述べるだけの行為」まで制止したがるのはいかがなものかと思う

というブコメの人の立場に僕はまったくもって同意で、これこそまさに言論表現評論自由問題であり、そういうこと言わないでって言い出す方が本当にやばいことだと思います

おそらく「え?なんで冷たいの?」みたいに思ってる人の中には、

個人がその作品を鑑賞して率直に思ったことをただ感想として個人ブログにあげたり、

SNS掲示板等で書いたり、ニコ動やabemaのアニメ配信中のコメント欄で書くことと、

制作者に直接凸したり、「作り直せ」「金返せ」「しっかりきっちりしたものを作れ」的なことを「要求」するクレーム的な行為とを、ごっちゃにしてるんだと思います

(実際、先述のように、クレーマーって言葉を使ってる人やそれにスターがついたり、なんとかしろと言ってるのは賛同できない、みたいなブコメもありスターを集めています

おもしろくなかったなぁ」「全然動いてないじゃん」とかの感想をつぶやいたりすることは、断じてクレーム」じゃありません。

僕は幼い頃から自身体が弱く、よく体調を崩す上に、メンタルも弱く短い期間ですが通院歴もあるので、同人あとがきに昔はよくそこらへんのことを(エクスキューズ的な雰囲気をだしつつ)書いてたりしてましたが、

(そして今は読者さんは興をそがれるだろうしもう書かなくなりました・・・特に僕が今描いてるのはエロが多いので、エロだとそういうのは余計萎え情報になりますし)

買ってくれた人はそういう制作者の事情はやっぱりあんまり関係なくて、5chとかSNSとかで「今回は(ペン入れすらされてない)下書き本かよ」みたいなことを言われても、事実なら仕方ないし、そういう感想を言う人がいるのが健全だと思います

「今回体調が悪かったから、仕上げ処理(影つけ等々)やペン入れすらしてないラフの白い感じな本になったけど、白いとか言わないで」とは、作り手の矜持として、そして自由評論が許される社会の一員として、僕はやっぱり言いたくない。

「体調悪いとか知らん、書き直せ!」「金返せ!」「こんなクソ本買わされたわどうしてくれるんだ!」「プロならちゃんと完成させろ」とか直接リプしてきたり凸とかならクレームですし、「こんなクソ作品作りやがって死ね!」とかならただの罵詈雑言ですが、

友達同士の会話やブログなりSNSなりのニコ動やabemaのコメント欄で、「動いてない」「作画崩壊してるなぁ」という「感想」すら言わないでってことを、作り手やそれに近しい立場業界の人たちが言い出したら、創作というものにとって、本当にやばいことだと思います

動いてなかったら「動いてない」って感想として言っていいと思うし、彩色されず納品されてそれが放送されたら、そこに触れることが自然ではないでしょうか。

そこへの自粛要請(お願い)って怖いです。

邦画関係者が味噌汁で頑張ってるとかが過去ブクマ話題になった時のように、苦労してるからと言われても「おもしろくない」と思ったら「おもしろくない」ってみなさん言うでしょ?

ネットフリックスAmazonプライムdTVとかの見放題系だと、B級ですらないほとんど無名の低予算学生自主制作映画か!ってのもありますが、

予算が少なくてめっちゃスタッフが苦労して精一杯頑張ったとか、そこにどんな事情があろうが、そういう映画がしょぼい美術(セット)とかだったら、「しょぼいなぁ」って感想言いません?

スタッフにこれこれこういうい事情があったので、今作についてしょぼいとか言わないでください」って言われたら、そうします?

作画崩壊と言わないで」に賛成する方は、これから様々な製作者の背景にある苦労や状況に「配慮」して、作品への感想つぶやきを言うべきと思ってるのでしょうか?

世の中には災害とかだけじゃなく、個人的な心身の不調やら、身内の不幸という場合もあります

さらにはそうしたことがはっきりわかる情報である場合や、それとなくツイートから「体調悪いのかな?」「なにかあったのかな?」とか感じ取れるような場合もあります

そういう製作者の情報ちゃんと調べて、そして製作者の置かれている状況を推し量って、「作品」に感想を言うようにするべきですか?

ドラマバラエティ演者逮捕されたりして、制作スタッフにまったく落ち度ないけれど急遽その演者の出演部分を差し替えたり編集でどうにかすることになって、若干ストーリーやら番組構成上のつながりが不自然になった場合ドラマバラエティ制作者側が「不自然とかおかしいとか言わないでください。そういう言葉を使わないでください」って言ったらそうするべきですか?

そこで「不自然だなぁ」って感想を言った人は、悪い人ですか?

よく「お気持ち」ってワードブコメ等で使われたりしますが、そういう「お気持ち」に配慮して、自粛して、ある感想ワード言ってはいけないような雰囲気を醸成することは、こういう創作物への自由評論感想を萎縮させる変な忖度となって、いい影響を与えません。

特別災害からみたいに災害理由にされてるのが余計にやばいというか・・・実際災害から仕方ないみたいなブコメもありますね。

でもこの問題は、感染の恐れのあるからという人の集まるイベントとかの自粛と違って、「個人個人が抱く作品への感想」についての自粛のお願いなんですよ?

ブコメ災害から仕方ないみたいな立場結構いて、ああ、まさにこういう災害からみたいな雰囲気から表現言論評論の萎縮・自粛自主規制は始まるんだなぁと、垣間見たような感にもなりました。

繰り返しと言うか念押しになりますが、僕が言いたいのは、人間言葉を投げることと、作品について感想を言うことは違う、ということです。

作品制作者に何言ってもいいとか、そういう話をしているわけではないです。

制作者に「最終話作画ひどかったですね」「ひでー作画だったな」とか直接リプしたり公式に凸したり「作り直して」と要求することと、「最終話ひどい作画だなぁ」「ひでー作画だなぁ」「作り直してほしいなぁ」っていう感想SNSやら実況コメント等で言うことは、まったく違うものと言うことです。

制作者側にとっては自分制作したものを言われるのは、あたか自分に言われたことのように・・・あるいはそれ以上に辛い・・・その気持ちは僕も非常に身にしみてわかっています

ですが作品への感想についてこうやって自粛するようなことをお願いをすることは、それこそ日頃ブクマでもよく話題になる、言論表現自由の萎縮につながる行為につながりやすいですので、、一人の制作者側の人間として、僕は賛同できません。

2020-02-27

無名戦士の墓碑

悲喜こもごもを抱えた背中を見送ってから大学の一室では無名戦士たちの戦いが繰り広げられいるのを知っているだろうか。

ビシッとスーツを着た事務屋がガラガラ台車を押しながら戦場に入ってくる。それが開戦の合図。

待ち受けるはラフな格好をした歴戦の猛者、ニコニコ顔の志願者、騙されて連れてこられた無表情の新人

誰もが等しく山のように積み上げられた紙片に向き合う時間が始まる。

ここから一週間、ひたすら紙に書かれた論理を追う。そしてそれが正しいのか考え続ける。

白紙は最高の救いだ。何も考えなくてよいから。

綺麗に述べられた論理癒しである。極まれにそういうものを見つけると、ハッカのような爽やかさが頭を駆け抜けるようだ。

ミミズのような字ならまだ良い。

脈絡のない記述楔形文字のような乱文、何か言っているようで何も言っていない小泉構文など無意味から意味を見出すことほど苦痛はない。

たかが紙束と侮るなかれ、たくさんの記述を読めば読むほど、自信、あきらめ、焦燥感などの情景が思い浮かぶ

戦いも始めのほうは新鮮さがある。

ときどき、意表を突かれる良いアイデアが書かれている。そんなとき野球審判よろしく部屋の中心に輪になって審議する。

だが、たいていよくできた勘違いであることが多い。

だがだんだん飽きてきて、仕舞には全員が苦痛を訴える。

紙片との格闘が進んでいくとカフェインドーピングする。煙草休憩が多くなる。

あるものは「もう無理じゃ~」といって部屋を飛び出ししばらく帰ってこないこともある。

のものは、紙片を見ながら「センスねえなぁ~」と嘆きのためいきが出る。

そんな戦いも終わりが見えてくれば、希望を感じ、最後の一枚を終えたときには拍手喝采となる。

再びスーツを着た事務屋が押す紙束を乗せた台車を見送れば戦いは終わる。

もうじき、教授会資料が配られる。数字の羅列だ。

だが、その数字の裏側にある戦場誰も知らない感謝されることもないが文句を言われることはある。

それでも、無名戦士たちがほとんどタダ同然の報酬にもかかわらずこの戦場を辞めないのはなぜか。単なる義務感かもしれないし、サービス精神からかもしれないし、自らの頭脳に対する矜持かもしれないがその答えは誰も知らない

感謝してくれとは言わない、気づいてくれとも言わない。ただ、あなた文字を書くとき記号を書くとき、数式を書くとき、それを読む無名の人々がいることを忘れないでほしい。

2020-02-13

映像研の感想

酔っ払っている。

映像研。

今、アニメ6話まで見たところ。

原作漫画アニメを本格的に見る前に5巻まで読んだ。

で、原作を踏まえてアニメを見た感想

こんなに「愛」に溢れたアニメはないんじゃないか

作中で3人の少女は、アニメを作ろうと奮闘する。

設定を作り、動画を割り、資金環境をかき集めて、なんとか作品を形にしようとする。

で、その作品は、原作作中いくつか「その時点での最善」に過ぎないながら完成する。

しかし悲しいか漫画作品。完成した作品を、読者は「アニメとして」鑑賞することができない。

そこで今回のアニメである

完成したアニメを、アニメとして、そしてアニメならではの感受性表現(ex.予算審議委員会)をもって魅せてくれる。

それだけじゃない。

アニメ制作する過程の部分も、「現実ならこうだぜ」「俺らならこうするぜ」と、実際の現場感覚アニメの作り手自身が持ち込んで足している。

決して「現実をナメるなよ」というニヒリズムや諦念ではない。

強いて言うなら、現れているのは「おじさんをナメるなよ」というプロとしての矜持だ。

映像研の3人の少女は、歓迎を以てアニメプロのおじさんたちに受け入れられたのだ。

「実際作るならこうだろ」「この方が画としていいぜ」「あーそこで苦労するよな。わかるわかる」

粗削りで、未熟で、それでも熱意だけはある3人娘は、アニメを作るおじさんたちにとってほっておけない存在なのだ

祝福をもって、受け入れられたのだ。

そして、アニメプロたちに笑顔で迎えられた人がもうひとりいる。

他でもない、原作者・大童澄瞳氏、その人である

エンディングアニメーターとして参加したことがその証左だろう。

原作映像研は、アニメーターに憧れて挫折した大童澄瞳による、アニメ業界へのファンレター…というかラブレターだと思う。特濃の。

で、このアニメは、アニメからの、湯浅政明監督からの愛に溢れたアンサーだと思う。

エンディング動画を見ると、大童澄瞳は現時点ではやっぱりアニメーターとしては並以下だと思う。

(おそらく、浅草氏に近い画的資質を持つ人なのだろう)

それでも、毎回必ず流れるエンディングで、メインアニメーターとしてクレジットされている。

これが、業界の先輩の愛でなくて何なのか。

原作映像研という「アニメって/アニメーターってすげえんだぜ!」というラブレターに、

「お前が思ってるよりもっとすごいぜ!」あるいは「そうまで言われちゃやるしかあんめぇ」と粋な回答を示す。

それでいて、そのラブレター勇気づけられたことに感謝も示す。

偶然かもしれないけど、サイエンスSARU(制作会社)と映像研のロゴの重ねっぷりなんか、愛と愛の応酬しかないでしょ。

アニメの作り手は原作に、原作の描き手はアニメの作り手に、

お互い元気をもらい、お互い感謝しあって、お互い認めあって。

その結晶が、このアニメ作品なのだとしたら。

それが傑作に、ならないわけがない。

余談

それを於いても、特に浅草氏のイメージ段階の画は、コンテのまま見せる、動画を割らなくていい、等作り手として楽できるポイントでもある。

そういうところを衒いなく取り込んで悪びれないのはやはりプロだと思うし、鑑賞者もスケルトン的に楽しい。図解というか。「アニメのできるまで」みたいな。

アニメを作るおじさんたちの「親心」「兄貴ヅラ」「若者を見守る目」。

そういったものが、何より愛おしく可愛く見える。

アニメ映像研は、そういう作品だと思う。

映像研の感想

酔っ払っている。

映像研。

今、アニメ6話まで見たところ。

原作漫画アニメを本格的に見る前に5巻まで読んだ。

で、原作を踏まえてアニメを見た感想

こんなに「愛」に溢れたアニメはないんじゃないか

作中で3人の少女は、アニメを作ろうと奮闘する。

設定を作り、動画を割り、資金環境をかき集めて、なんとか作品を形にしようとする。

で、その作品は、原作作中いくつか「その時点での最善」に過ぎないながら完成する。

しかし悲しいか漫画作品。完成した作品を、読者は「アニメとして」鑑賞することができない。

そこで今回のアニメである

完成したアニメを、アニメとして、そしてアニメならではの感受性表現(ex.予算審議委員会)をもって魅せてくれる。

それだけじゃない。

アニメ制作する過程の部分も、「現実ならこうだぜ」「俺らならこうするぜ」と、実際の現場感覚アニメの作り手自身が持ち込んで足している。

決して「現実をナメるなよ」というニヒリズムや諦念ではない。

強いて言うなら、現れているのは「おじさんをナメるなよ」というプロとしての矜持だ。

映像研の3人の少女は、歓迎を以てアニメプロのおじさんたちに受け入れられたのだ。

「実際作るならこうだろ」「この方が画としていいぜ」「あーそこで苦労するよな。わかるわかる」

粗削りで、未熟で、それでも熱意だけはある3人娘は、アニメを作るおじさんたちにとってほっておけない存在なのだ

祝福をもって、受け入れられたのだ。

そして、アニメプロたちに笑顔で迎えられた人がもうひとりいる。

他でもない、原作者・大童澄瞳氏、その人である

エンディングアニメーターとして参加したことがその証左だろう。

原作映像研は、アニメーターに憧れて挫折した大童澄瞳による、アニメ業界へのファンレター…というかラブレターだと思う。特濃の。

で、このアニメは、アニメからの、湯浅政明監督からの愛に溢れたアンサーだと思う。

エンディング動画を見ると、大童澄瞳は現時点ではやっぱりアニメーターとしては並以下だと思う。

(おそらく、浅草氏に近い画的資質を持つ人なのだろう)

それでも、毎回必ず流れるエンディングで、メインアニメーターとしてクレジットされている。

これが、業界の先輩の愛でなくて何なのか。

原作映像研という「アニメって/アニメーターってすげえんだぜ!」というラブレターに、

「お前が思ってるよりもっとすごいぜ!」あるいは「そうまで言われちゃやるしかあんめぇ」と粋な回答を示す。

それでいて、そのラブレター勇気づけられたことに感謝も示す。

偶然かもしれないけど、サイエンスSARU(制作会社)と映像研のロゴの重ねっぷりなんか、愛と愛の応酬しかないでしょ。

アニメの作り手は原作に、原作の描き手はアニメの作り手に、

お互い元気をもらい、お互い感謝しあって、お互い認めあって。

その結晶が、このアニメ作品なのだとしたら。

それが傑作に、ならないわけがない。

余談

それを於いても、特に浅草氏のイメージ段階の画は、コンテのまま見せる、動画を割らなくていい、等作り手として楽できるポイントでもある。

そういうところを衒いなく取り込んで悪びれないのはやはりプロだと思うし、鑑賞者もスケルトン的に楽しい。図解というか。「アニメのできるまで」みたいな。

アニメを作るおじさんたちの「親心」「兄貴ヅラ」「若者を見守る目」。

そういったものが、何より愛おしく可愛く見える。

アニメ映像研は、そういう作品だと思う。

2020-02-06

ジャンプ中国に負けた

先にもうお前らにはヒロアカ売りませんってやっとけばよかったのに。

表現者矜持を売り渡たそうとして拒否される無様な会社

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