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はてなキーワード: 人情とは

2021-05-08

anond:20210508220956

そもそも選手個人批判してはならないという主張に根拠がないよな。

例えば貴族制度の廃止の是非が問題になっている国で当の貴族が「私には決める権限はないか廃止されれば従います貴族は続けたいです。貴族を責めないで」って言っても貴族でい続けたいのは人情から批判すべきでないのかな。

貴族」って例えがミスリードだよね。貴族権力を持ってるじゃん。

2021-05-05

フェミと違って弱者男性対抗手段がないみたいな話

「今の若者シルバー民主主義に対抗するためにどんどん外に出て「俺たちを重視しないと拡大させるぞ」とかやればいいのに当の若者たちがビビっちゃって情けない」ってTwitter氷河期独身男性が呟いててまあまあ称賛を得ていたのを思い出した。

同じことをやったらいいんじゃないの。学費の高い私立小学生を○すとか、アニメーターを焼くとかじゃなくてさ。

弱者男性金も社会資本も手に入らなくて嘆いてるわけでしょ、で金を手にすれば社会資本もある程度手に入ると思ってるわけでしょ。そうなってないのは「普通でいること」を許してくれない社会構造のせいだっていう話だったじゃん。じゃあその社会構造を創り出したヤツはたくさんの人を不幸にした奸臣でしょ。竹中とか進次郎の親父とかさ。

幕末志士みたいに「こんな社会にしたのはお前のせいだ!」っつって偉い人に天誅食らわせるっていう選択肢は青葉や加藤にはなかったんかね。

サムライソウルを取り戻せよ。男だろ。みたいな話、出てこないよね。

「今の私の人生がうまくいってないのは社会が悪いんです」「だから誰かなんとかするのが妥当でしょ、誰か早くなんとかしてください」

っていう言い分はフェミカスと表裏なんだけど、当事者以外誰もなんとかしないでしょ。これまでもこれからも。だからフェミカスはマ○コパワーで強者男性をうまく操縦する選択をとった。

歩行者天国の通行人を○すとか、罪のない小学生を○すとか、もういっそ自らロープ使って部屋の壁のシミになることを選ぶくらいなら、命を有効に使ってみたらいいのにって思いません?あくまでどうせ死ぬなら、の話だけど。

でもまあしないよね。人生に完全に見切りつけてはいないんだと思う。自らを「弱者男性」と揶揄する酷い逆境の中であっても、まだ逆転の目を捨て切れないのも人情かなとは思うけど。

もしかしてこのエントリのせいで逮捕されたりする?

2021-05-01

anond:20210501140115

大半の女は経済的には重荷だしな

でも絶対結婚できないとなると、どうしてもしたくなるのが人情というもの

https://ncode.syosetu.com/n0009dj/

えっ、ここで終わり?!なんだよそれもっと続けろよー!!(処女作からすでに怒涛の詰め込み具合とデスメタル礼讃ジェットコースター人情話(ムダな部分一切なし!)だったわ...)

https://syosetu.org/novel/137541/

ぶはは!なにこれぇ!(笑)・・・さっきのデスメタル礼讃ジェットコースター人情話の同作者の既作リストから処女作ぽいのを読んでてそれに出て来たワードから検索かけたらヒットした成人版なろう がイケる

2021-04-24

anond:20210424164606

おっさんが延々と振られ続けて平気なフリして過ごしても仲のいい奴に煽られて真っ赤になって口喧嘩をして過ごす、そして強い酒をかっくらって真っ赤になって寝る。自分の出来る範囲で人に優しくする、人に優しくしすぎてまた人に惚れて顔を真っ赤にする。

どうやらそれが人情って奴らしい

2021-04-21

鬱から立ち直った話

鬱病者です。

鬱病になったきっかけは、親のDVと小中で虐められてきた事が始まり

幼児の頃から殴られて、学校から帰ったら酒浸りの父親がいて気に入らないことがあれば、いきなり「しつけだ」といって殴る。

しつけも何もただ勉強しているだけで殴られました

そして母も私をかばって殴られます


学校へ行けば、お前の親父はヤクザと言われ馬鹿にされ暴力こそないけれども、村八分状態

父親ヤクザでもなくて、ただのチンピラみたいなものだったのに。それでもイジメられる原因にはなるんですけれど。

なにか物が無くなれば、私のせいにされ学校では教師も混じって集団リンチ

小学校とき校長先生けが味方でした。私は挨拶を欠かさなかったのと校長先生菜園を見ているのが好きで、よく遊びに行っていたから優しかった。


中学に入り、小学校の時よりも親に殴られ体中傷が付いて学校へ行って、今度は暴力が始まりました。

陰湿嫌がらせよりも今度は直接的にいたぶる行為ばかりです。

教師に伝えても、教師は何もしてくれない。「気のせいだよ」と言ってくるだけ。

何度かイジメ現場を目撃しているのに「遊んでいないで早く下校するように」と言われたときにはショックでした。

家に帰って、それを伝えると父親にまた殴られる。殺してこいみたいな事を言って、虐められた方が悪いと言ってきました。

その辺りから毎日灰色がかって何をやっても沈む一方に。

家では相変わらず殴られ、時には血を吐いたり。学校ではモップなどで殴られ、金具で肌を切ったりで血が出て。

中傷だらけだから学校で虐められてもわからないんですね。誰に言っても聞いてくれない。

周りはどんどん灰色になっていく日々。動くのも辛い日々です。でも、家にいればもっと辛い。

まだ今みたいに鬱病という病名が世間で有名になっていない時代だったので、鬱というものがわかってなかったのですが、

後々に精神科医確認したら、それは鬱病だったんだと言われました。


朝起きたら『生きてるんだ』と思い、夜になると『明日死ねるかな』と思って毎日続けてきました。

そんな日々が中学卒業してから、少し変わりました。

本来選んでいた学校中学3年の時の担任に願書を握りつぶされてしまい間に合わず、残った底辺高に嫌々入る事になりました。

握りつぶされた理由は『体中に傷がある』という理由だけでした。

イジメ関係学校名前に傷がつくというのを避けたかったみたいな事を濁しながら言われたときは信じられなかったです。


底辺高校に入り、当然イジメられるんだろうな…と思ったのですが、不良というのは生意気な奴ほどイジメ対象にするみたいですね。

入ったときから何に対しても無関心で、明日は生きているかなと思うだけの毎日だったので覚悟はしていたのですが

家で殴られるくらいなら高校で殴られていた方が気分的には楽でしたから、拍子抜けです。

高校に入ってから殴られることはなくなりました。

しろ彼らは私を守ってくれる側に立ってくれました。良いように聞こえますが、不良は不良です。当然悪事も働いていましたし、私はそれを見てきました。

後で聞いたのですが、私がイジメられなかったのは、もう何をしても死にそうだったからだそうです。

まあ、あんな顔を見ればそう思う人もいると思います

彼らは、なんとなく始めた私の身の上話を聞いてくれて「よく生きてんな」「すげーじゃん」「マジぶっ殺してやりてえな」と褒めてくれたり、同情してくれました。

世間から見れば、彼らは悪い子供たちですが、私にとってはカウンセラーでした。

そこから私の死の色をしていた風景が変わりました。

彼らは大人には反抗するけど、私みたいなのには優しくて身を守る術などを教えてくれました。

毎日死ぬのかなと思っていた時間が嘘のように変わり、毎日が楽しくなったんです。


そして社会に出て、私は接客業に付きました。

もともと会話をすることはキライではなかったので、接客業は私にとって天職とまではいかないにしても好きな仕事です。

あらゆる接客業に携わりたくて、高校卒業から20代前半まではコンビニファミレス電気店水商売・娯楽で働きました。

ちなみに親はしばらくして身体を壊してあっけなく終わりました。


これまで生きるのが辛いほどの暴力イジメ大人の汚い所を経験してきました。

結果として鬱病になりましたが、高校出会った人たちのおかげで元に戻ってこれた。

鬱というのは、絶対に治らない病気ではないのだなと。

私の場合は家に籠もることも出来ず、外で暴力を受けていた方が楽と感じました。

辛い日々でしたが、外に出ていたおかげで治すきっかけも得られました。

今の人たちは内に籠もってしまうので、治すきっかけが少ないかなと感じます

私にとっては、たまたま不良の彼らが居てくれたから元に戻れたのだと思います

しかし、そういう出会いも外にでないとありません。

時代的に人情などは古い骨董品のような扱いになってきていますので、なかなか出会いはないかもしれません。

が、どんなに辛くても立ち上がるという行動はしてほしいと思います


こんな事を匿名はてなで書いても嘘話と笑われてしまうかもしれません。

しかし、実際に経験してきた私としては鬱に苦しんでいる人には立ち直ってほしいと思います

きっと増田の中にもきっとそういう人はいるんじゃないかなと思います

負けないでほしいと。

2021-04-17

「恋をしない」ことは異常なのだろうか

先日Twitter話題になっていた(と思う)、アセクシャル・アロマンティック(以下、Aセク・Aロマ)をテーマにした漫画を読んだ。現在は作者がアカウントに鍵をかけたため、見れないようだ。別にかの漫画否定したい文章ではないので、これ以上の言及は避けるが。

先に言うが、私は当事者だ。漫画登場人物と同じように、他者に性欲や恋愛感情を抱いたことは無い。恐らく、これからもないだろう。

作者は「Aセク・Aロマを知ってもらうため」とツイートしていた、気がする。なにせ、私は作者のフォロワーじゃないので確認ができない。

かに「知ってもらう」ことは大事だ。実際、かの漫画を読んだことでAセク・Aロマというセクシャルマイノリティを知った人もいるのではないだろうか。

ここで私が言いたいことがある。「恋愛感情」が無いことは、異常なのだろうか。

異性愛者であろうが同性愛者であろうが、「性愛」があることが前提で、当たり前とされている。しかし世の中には、私のように「性愛」が分からない人がいる。それは、異常なのだろうか。

「それはモテない己を肯定するためでは?」「本当に好きな人に会ったことがないだけだよ」「恋はするものじゃなくて、落ちるものだ」「恋愛感情が無いなんて、冷たい人」

これは私が言われたことがある言葉だ。どれもこれも一理ある、のかもしれない。私にはよく分からないが。

恋愛感情性愛がないと、「無感情」で「冷たい」人なのだろうか。私だって、無感情では無いので面白い話で笑うし、人情話で泣くのだが。それでも冷たいのだろうか。冷たい人、とはなんだろう。

実際、Aセクでも結婚した人や結婚願望がある人はいる。Aロマでも恋愛願望がある人もいる。おそらく、Aセク・Aロマだったが無事に恋愛感情を抱けた人もいるだろう。逆に、性愛がなくなる人もいるかもしれない。

なぜなら、セクシュアリティは線引きされるものではなく、グラデーションのように、移り代われるものからだ。恐らく。少なくとも、私はそう考えている。

ここまで読んでくれた方は薄々感じていると思うが、結局私自身、セクシュアリティを完全に分かってはいない。もしかしたら本当に、「そういう人」に会ったことがないだけかもしれない。

しかし、Aセク・Aロマのような人がいることを知って、理解してくれる人がいても良いのではないだろうか。恋愛をしなければ死ぬなら話は別かもしれないが、実際私は恋愛をしなくても生きている。それでいいのではないだろうか。それでも、異常だと思われるのだろうか。

かの漫画に衝撃と悲しさを覚えた私は、両親にAセク・Aロマであることを相談した。「そういう人に会ったことがないだけだよ」と言われた。

そうなのかもしれない。が、胸のモヤモヤは晴れない。なので私はこうして、キーボードモヤモヤを叩きつけている。考えが纏まったわけでもないのに。

そもそもセクシュアリティに悩んでいない人間は、己の性について疑問に思わないのかもしれない。こうしてグダグダ悩んでいる時点で私はセクシャルマイノリティであるのかもしれない。

からない。分からいから美味しいご飯でも食べようと思う。お腹もすいたし。生きてるし。それでいいや。

おしまい

2021-04-16

anond:20210416212951

イジメって楽しいよね。

まずそこを認めるところから始めるべきだと思う。

人がびっくりしたり、あたふたしたりするのを見るのは娯楽。(ドッキリバラエティ

変な奴やおかしな奴を懲らしめてやりたいと思うのが人情。(スカッジャパン

イジメてる側はそんなに悪いことしてると思ってない。

面白いこと、正しいことをやってると思ってる。

2021-04-12

ダブスタ何が悪いの?

好きなものと嫌いなもの対応が分かれるのは普通じゃん

それが人情ってもんだろ

開き直ってると言われればそうかもしれないけどしょうがないよね

2021-04-07

anond:20210407173414

せやろ?

女をあてがってやればええやん、と思うのが人情やで

雑誌映画秘宝』の記憶(43)

旧体制映画秘宝』と「女性(を含めた他者)との関係構築」の話】(承前)

 前回の投稿では、町山智浩高橋ヨシキ旧体制映画秘宝』の「女性に関する話題」には「女性(を含めた他者)と『対等』で『一対一』の関係を構築した話に乏しい」ということを指摘しました。

 一応フォローしておくとすれば、奥さんの方から転がり込んで来たり、何回も結婚したりするぐらいだから、彼らも「ある時点では」「何らかの魅力」が有る/有ったのでしょう。

 ただし、離婚したパートナーから離婚してよかった」と言われたり、Twitter芸人状態家族から放置されたりしている姿を見れば、一対一の対等な関係を維持できるだけの「継続的な」「本物の魅力」に欠けている/いたのではないかという疑いを抱かざるを得ないというのが、一読者としての率直な感想です。

 人間というのは愚かで弱い生き物なので、私生活が上手くいかないことは往々にしてあります。その失敗をどのように受け止め、どのように対処していくかで、人としての最終的な価値は定まるのだと思います

 町山智浩高橋ヨシキらの旧体制映画秘宝』が、彼らの抱えるこの「一対一の対等な関係を構築・維持できない」という不満や鬱屈を、誌面作りにぶつけていたことは確かです。そのこと自体別に悪いことではないのですが、問題は「ぶつけ方」が悪かったことです。「一対一の対等な関係忌避する」傾向が、読者に対しても同じように発揮されてしまったのです。 

 学生時代部活動をしていた経験の有る人には「卒業して既に何年も経つのに、やたら部活動に顔を出しては、在校生部員相手に偉そうにしたがる『OBオッサン』」に遭遇した経験を持つ人もしるのではないでしょうか?今にして思えば、あのウザいオッサンたちは、現実社会で「他者との対等な関係を構築して居場所を作る」ことができず、そんなオッサンたちが唯一「『下の人間』に対して『デカイ顔』をすることが可能場所」だったから、卒業して何年も経つのに母校の部活動に頻繁に顔を出していたのだと推測されます。早い話が、あの「ウザいOBオッサンたち」は、彼等に気を遣ってくれる在校生部員に甘えていたのでしょう。

 私が言いたいのは「現在町山智浩高橋ヨシキてらさわホークらは、何だかこの『ウザいOBオッサンたち』にとても似ている」ということです。

 旧体制映画秘宝』陣が映画について語る時、まだムック形式の頃には「好きなものについて、お互いに同好の士として語り合おう」という純真さや、誌面と読者との間に対等な関係を保とうという姿勢が有ったと思います。だからこそ、熱狂的な愛読者を獲得できたのです。

 しかし、雑誌化・大型化してから特に切り株映画世界真実を描いている!」とか言い出してから露骨に「君たち『若いモン』は物事が分かっとらんだろうから、オレたち『大人のオジサン』が教えて上げよう」という「マンスプレイニングによるマウントの願望」をダダ漏れさせるように変化しました。

 「切り株映画への偏愛」は、親兄弟学生時代の級友たち、その他の一般社会には好意的には受け入れてもらえなかったことは、想像に難くありません。その「切り株映画への偏愛」を卒業しなくても許され場所しかも、それを好きなだけ吐露しても許される場所。それが高橋ヨシキ切り株派にとっての『映画秘宝』だったのでしょう。

 しかし、本来それが許されていたのは「予算とかジャンルかに関わらず『好きな映画は好き』という想いだけは、お互いに等価なんだ」という映画ファンとしての「お互い様主義」の前提があったればこそです。

 ところが、高橋ヨシキらの切り株派が主導権を握るようになると、彼らが誌面を私物化して「オレたちが好きな切り株映画には価値が有る!しかし、軟弱なオタクどもが好きなアニメ作品なんぞには価値は無い!そんな物を好きになる奴は馬鹿だ!」と自分たち好みの特定価値観だけを押し付けるように、悪い方向へと『映画秘宝』を変化させたのです。

 譬えるならば、ウザいOBオッサンたちが部活動に顔を出し続けるうちに勘違いして、頼まれもしないのにコーチ気取りとなり、在校生部員たちに体罰パワハラ無意味筋トレ等を強制し始めたようなものです。在校生部員にもウザいOBオッサンたちとウマが合う奴は存在して、そういう奴らにとっては楽しいのでしょうが、そうではない部員にとっては地獄以外の何ものでもありません。町山智浩柳下毅一郎の覚えがめでたい高橋ヨシキは「ヨシキくん/さん」と依怙贔屓されて持て囃されていた一方で、ギンティ小林軍隊格闘技ブラジリアン柔術体験取材地獄を見ていたことを思い出して下さい。

 いずれにしても、長きに渡って『映画秘宝』の誌面では、特定ジャンル肯定的に扱われて優遇される一方で、また別の特定ジャンル否定的に扱われて冷遇されることとなり、多様性が失われてしまいました。

 しかし、こういう「ウザいOBオッサンたち」が偉そうにできるのも、学校部活動が存続していればの話、在校生部員オッサンたちを受け入れればの話です。

 若い者に対して説教をしたり価値観を否定したり押し付けたりすることを好むような、ウザいOBオッサンたちが居座っていることが広く知れ渡ったら、一体どうなるでしょうか?入学や入部を希望する人間の数も、減っていくのではないでしょうか?

 それと似たようなもので「たとえ切り株映画は好きでも、それを肴にして若者の上に立ちたがるような、イイ歳をしたオッサンたちのことは好きじゃない」と考える読者からすれば、よほどのマゾヒストでもない限り、町山智浩高橋ヨシキてらさわホークらの自己満足的な説教に付き合う義理は有りませんから、避けたくなるのが人情というものです。

 さらに、現代若い人たちは「ウザいOBオッサンたち」が若かった頃の何倍も学んで勉強して、物事をきちんと考えています人権平等に対する問題意識も、ウザいオジサンたちよりも遥かに高いのです。口先では「反・権力」を唱えながらも、現実では女性パートナーの肉体をセンパイに献上したり、それを享受したり、同性愛差別発言女性蔑視発言を繰り返すようなオッサンたちの「底の浅さ」や「欺瞞」など、直ぐに見抜くのではないでしょうか。

 要するに「若い奴らには説教必要だ」なんて、勘違いしたウザいオッサンたちの自分勝手な思い上がり、それ以外の何ものでもないのです。

 それでも、侍功夫(samurai_kung_fu)のように犬笛で馳せ参じる忠義心に厚い子分や、「恫喝DM事件で『映画秘宝』を批判しているのは、仕事を貰えなくて嫉妬している奴らだ」とかトンデモ説を唱え出すようなポンコツ子分が出来る可能性も無くはないので、なかなか勘違いを改められず、OBオッサンをやめられないのかもしれません。

 さて、パワハラ四人衆は既に『映画秘宝』を放逐されました。これは、上下関係や力関係を利用した「特定価値観の押し付け」が、今までのように簡単には出来なくなることを意味しています。そんなフラットな条件下で彼らは、彼らを称賛してくれるような読者を上手く新たに獲得できるのでしょうか?

 そんな彼らの今後を占う、こんな話があります

 実はかつて、『映画秘宝』はウェブ掲示板を開設したことがありましたが、最終的には閉鎖されてしまいました。その閉鎖理由は、掲示板利用者である読者と、掲示板管理者である映画秘宝関係者との間に、意見の相違による激しい論争が掲示板上で発生したことでした。

 もう少し詳しく言えば、この時に『映画秘宝関係者が第三者を装って「第三者の目から見れば『映画秘宝』側の意見が正しいと思う」と自作自演書き込みをしたという疑惑が生じてしまい、弁明ができなくなったために掲示板を閉鎖したと言われています

 この話を記憶している人間には、今回の騒動で『映画秘宝』を放逐された四人衆が、今後のフラットな条件下で読者を獲得できるか否かについても、ある程度の予想がつくのではないかと思います

 町山智浩高橋ヨシキは「大人の男」ぶることを好み、自分たち価値理解できない作品ジャンルファンのことを「幼稚なガキども」と口汚く罵って攻撃します。また、彼らは「いつまでも思春期に囚われた、大人になりきれないガキのような大人」も盛んに攻撃します。

 しかし、上で述べたように、町山智浩高橋ヨシキらは「いつまでも部活に顔を出すウザいOBオッサンたち」であり、つまり町山や高橋らこそが「思春期(の劣等感)に囚われたまま、大人になりきれないガキのような大人」に他ならないのです。

 自分趣味他人から好意的に受け入れてもらえなかったという思春期屈辱的な記憶、あるいは、社会において女性を含めた他者と対等で一対一の関係を構築できないという負い目にいつまでも囚われ、それらを晴らすために『映画秘宝』を私物化してしまいました。

 しかも、そのような私物化可能にするためには、裏側では「町山さんが大好きだから」と言って、女性パートナーの肉体を献上するという、他人犠牲を強いた上で媚び諂いの態度に出るという、おぞましい行いが為されていたのです。

 こんな愚かなことは「幼稚なガキのまま大人になりきれていない大人」でなければ、しない/できないことなのです。

 さて、『映画秘宝』を追われた彼らは「本物の大人」になれるでしょうか?

 この投稿は以上です。ヘイル・サタン

2021-04-02

投稿は甘えっていうけど

せっかく書いたのに反応ないともう一回投稿したくなるのが人情ってもんだろ

2021-03-22

雑誌映画秘宝』の記憶(21)

真魚八重子の反応に対する返答、のようなもの

真魚八重子(※映画ライター雑誌映画秘宝』に寄稿歴有り)が、はてな匿名ダイアリー投稿している私の文章を目にしたことを知りました。だからといって、私は投稿を止めるつもりは無い―――そもそも始めた時も自分意志で始めたことなので、当然、終える時も自分自身の意志で決めます―――のですが、この反応を切っ掛けに私が考えたことを少し述べたいと思います

記憶」と銘打ちながら、毎度毎度「考え」や「思い」を述べてばかりで、自分でも羊頭狗肉とは思いますが、なにとぞ御御容赦下さい。

筆名・侍功夫(samurai_kung_fu)は真魚八重子パートナーです(その関係は私も既に把握済みであったものの、侍功夫に対する批判文中で持ち出す必要は無いと思って書きませんでした)が、彼ら/彼女らのように物書き同士が人生パートナーであることには、私を含めた常人には分からない、特有の苦労が伴うようです。自分パートナーが書いた文章の中に問題が有る/疑問に思えるような箇所を見つけたとしても、互いに独立した物書きである以上、たとえパートナー同士であっても書くことを止めたり内容を変えさせたりすることは、おいそれとできない。そういう何か―――事情というか信条というか、そのようなもの―――が彼ら/彼女らには有るようです。

物書きと云う仕事の人たちは―――良い悪いは別にして―――、己の信念と他者から批判の板挟みになりながら「孤独」や「苦悩」を引き受けざるを得ない宿命なのだと私は思いました。

しかし、もしも、それが「本来は背負う必要の無い『孤独』や『苦悩』」であれば、たとえ物書きの身であっても背負わなくても良いのではないでしょうか?私はそう思います

私はこれまでの投稿で、真魚八重子パートナーである功夫だけでなく、他の『映画秘宝』ライター関係者も含めて、彼ら/彼女らに見られる「ホモソーシャル集団病理」を批判してきました。

排他的仲間意識」。仲間が何か問題を起こしても諌めたり批判したりせず、盲目的に仲間の味方をする一方で、一度「自分や仲間にとっての敵」と烙印を押したならば、集団の外部の人間に対して激しい攻撃を仕掛ける。

このような彼ら/彼女らの行動様式を見れば、ホモソーシャル集団一見「強い結束力」を持つかのように思えますしかし、実際のところは、どうなんでしょうか?

アニキなり仲間なりが問題行動をとった時、それを「問題」として認識し得るだけの知性や能力を、本来は彼ら/彼女だって持ち合わせていると、私は思います。専業であろうとパートタイムであろうと、プロだろうとアマチュアだろうと、彼ら/彼女らは「何かを考えたり、考えたことを書いたりすること」を選択した人間なのですから

そんな彼ら/彼女らが―――知性を持ち合わせているのにもかかわらず―――自分が目にした『仲間』の問題行動を諌めたり批判したりすることを、何かしら我慢して控えねばならない境遇に置かれているのだとすれば、それはとても「窮屈」というか「不自由」なことですよね?

それって、物書きとして本当に「楽しい状態だと言えるのでしょうか?

人間は、たとえ集団の中にいても、自分の「本音」や「心の声」を押し殺し続けていれば「孤独」に苛まれるようになるものです。

映画秘宝』の編集者ライター陣は、自分たちのホモソーシャル集団に閉じ籠もっていることで、仲間同士の目ばかりが気になって、自分自身の本音を言えなくなってしまい、その結果として、一人でいる時よりも却って孤独」になっていませんか?それを私は非常に危惧しています

映画秘宝』の読者・ファンは、しばしば「オレ(たち)の『映画秘宝』」と云う表現を使うことを好みます(真魚八重子場合女性なので―――彼女が実際にそう言ったことがあるのかどうかは知りませんが―――「ワタシ(たち)の『映画秘宝』」と書くべきでしょう)。

映画秘宝』の愛読者・ファン出身人間が物書きとなって、同誌を「物書きとしての自分の居場所」にすることを実現できたのであれば、それは本人にとって幸せなことでしょう。まさに「オレ/ワタシ(たち)の『映画秘宝』」と言いたくなる気持ちにもなるでしょうし、そのような「幸せの在り処」を守りたくなることも人情として理解はできます

しかし、もしも仮に、自分自身の心を無理やり押し殺しているのであれば、それでも「オレ/ワタシの『映画秘宝』」と言えますか?

そこには肝腎の「自分自身」が存在しないじゃあないですか。

物を書くと云うことは、他ならぬ「自分自身」が存在することの証明じゃないのですか?

その「自分自身」を殺してしまうならば、物書きとしての活動の意義を失いませんか?

映画秘宝』に居場所を確保すること自体目的化してしまい、本来の出発点である自分自身が物書きであること」の矜持を失ってしまったのでは、それでは本末転倒ではないですか?

町山智浩高橋ヨシキが仕出かした、女性に対する蛮行から目を逸し、何も言わず口を噤み続け、それで「物書き」として心苦しくならないものなのですか?

町山智浩高橋ヨシキ蛮行に目を瞑りながら「町山さん/ヨシキさんは頑張っていた」なんて言ってる『映画秘宝』関係者たちの姿は、世間の人たちの目から見れば、森喜朗女性別に目を瞑りながら「森さんは頑張っていた」と言っていたJOC関係者に瓜二つですよ。その自覚は有りますか?

私は「本来は背負う必要の無い『孤独』や『苦悩』」と書きました。

わざわざ「加害者は悪い『けれど』」と言って被害者批判と見なされかねないことを言ったり、わざわざ柳下意味不明ツイート呼応して草を生やしたツイートをしたり、そんなことを「わざわざ」する必要は無いと、私は思いますよ。

真魚八重子や侍功夫が「わざわざ」そんなことをしてしまったのは、ホモソーシャル集団内部での「他の仲間の目」ばかり気にしていたから、怯えていたからじゃないですか?そんな「狭い閉じた世界でのみ通用する尺度」に惑わされてばかりいて、これから先「物書き」としてどうするんですか?

私は「してしまった」「していたから」と過去形表現しました。今、引き返せたならば、真魚八重子も侍功夫も、これから先に同じような過ちを繰り返さなくて済むのではないですか?

真魚八重子からの反応に対する、私の返答のようなものは以上です。ヘイル・サタン

[]ファイナルファンタジー7原作 PS4

FINAL FANTASY Ⅶ

17時間くらいでエンディング

公式チートのおかげ

やりこみ無視したら土日の2日で全クリできた

バトルはほぼボス戦のみで道中は基本エンカウントなし

たまに気まぐれでザコ倒す程度

からリミット技レベル1のままだったのがちょいさびしい

1日目がディスク1のラストエアリス死ぬとこまでで、残りディスク2まいぶん1日で終わるの無理かなと思ったらそうでもなかった

ほぼマテリア使わなかったから、公式チート使うならマテリアのつけかえ完全に無視しててもよかったなと今なら思う

そしたらたぶんもっと時間短くできた

あとなーマップがすげーみづらい

これインターナショナル基準からナビゲーションの矢印とか印が出るけど、無印だとなかったんやろ?

ありえんわ・・・ぜったいむり

矢印がでててもそこにいくためのルートがわからず迷うこと多数

マップ迷わない、ユフィヴィンセント無視する、を徹底したら10時間ちょいだろうな

ゴミみたいなミニゲーム多数

あとワールドマップが地味に不便

ミニマップ解像度低すぎて役に立たない

あとマップがあっても障害物までのってないゴミ仕様なのはここから

FF15もそうだったし

ラビルでつかまったときクラウドティファが同室なのおかしいやろ

女は女同士にしろよっていう

つかまったときベッドでティファがぺたんこずわりしてるモーションかわいい

ラスボスパーティにわけて戦うと思ってたのにそうじゃなくて普通の1パーティだったからぐぐったら、

自分の強さによって変わるらしい

はじめて知った

強さによって敵も強くなるシステム、8からと思ってたけど7からやってたのね

ケットシーの中身がリーブさんとか完全に忘れてたわ

原作だと印象うすいからしゃーないね

リメイクだと大衆派っぽい人情味あふれるって感じで描写ふえてたけど

あとルーファウスってけっこうがんばってるなって

会社のためじゃないけどほしのために科学のちからで対抗しようとしてる

でもイベントシーンなげーな

会話

ウェポンはゴジラ、会話シーンはエヴァって感じ

あと全然おぼえてなくて驚いたのは、序盤からクラウド頭痛描写があるの

最初の魔晄炉から

リメイクで追加されたとばかり思ってたわ

唯一詰みそうになったのは古代種の神殿ラスボスデモンズウォール

2,3回全滅して装備を入れ替えてぎりぎり倒せた

あと古代種の神殿リメイクがおそろしいわ

原作時点でもかなり面倒で複雑なのに、リメイクになったらどうなるんだろ・・・

かなりシンプルな魔晄炉をあんだけ複雑にしてきた今のスクエニなら、古代種の神殿をラスダンにしそう

当時は50-60時間くらいやってた気がするけど、単純にやろうとしたらこんなもんなんだなーって

2021-03-21

根性星3x3因子がほしい

ウマ娘において強さに直結するのは何をおいてもまずはスピード

相手よりも早くなければ勝てないのだからこれは盛れるだけ盛りたい

スタミナも優先順位は高い

スタミナが切れたら脱落してしま

対人要素であるチーム競技場においては相手から掛けられるデバフや競り合いでのスタミナ減少に対応するため育成での最低限のスタミナだけでは心もとない

補佐的なステータスがパワーと根性と賢さだ

そして、育成において最も上げにくいのが根性だと個人的に思っている

スピードガンガン持っていけばその分パワーはある程度伸びる

賢さは一ターンパス的な使い方で選択するのである程度は確保できる

脚質にもよるが走行ルートの確保や位置取りの優先権を得るためにも多少は伸ばしていきたい

なのでパワーはそれなりに選択しうる

だが根性は役目が不明なうえに体力を最も消費するトレーニングなのもあって優先順位はどうしても落ちる

スタミナで多少は伸ばせるがスピードよりも盛り方は控えめになるためそこまで伸びない

しか根性トレーニングを一切選択しないような育成の仕方だと根性の値が低くなりすぎて育成でのレースが安定しなくなる

だがそこで根性トレーニングにある程度振ると今度はスピードが不足してくる

これをどう補うか

そう、因子だ

因子3x3で根性を盛ればスタミナトレーニングでなんとかなる

なので根性因子3x3持ちがいないか探してみるが見かけない

そりゃそうだ、根性は一部では死にステとすら言われているし、盛っても効果体感しにくいので最低限の数値にしがちだ

そうやってB未満の数値だったら星3因子にならないので、そもそも少ない

しかさらにそこから星3因子を三体作るなんて途方もない手間をかけるならほかの因子ガチャをやりたくなるのが人情

でもほしいので誰か頑張って作ってほしい

多分需要もある

anond:20210321081802

元増田です。

功夫真魚八重子関係は、私も既に把握済みでしたが、今回の投稿では真魚八重子との関係には敢えて言及しませんでした。

己の近しい人間が関わっていると、そして色々なことを言われているのを見ると、誰でも何か言い返したくなるのが人情と云うものでしょう。そういう意味では侍功夫にも同情しますが、だからといって、彼のツイート問題点が帳消しになる訳ではなく、あくまでも彼自身意志能力問題として私は彼の批判されて然るべき点について批判し、その上で、ことさら此処で真魚八重子との関係を持ち出すのも彼女連帯責任を負わせるような形になってフェアではないだろうと判断し、彼女のことには触れませんでした。

しかし、他ならぬ真魚八重子自身Twitterで反応を示したようですね。

2021-03-20

雑誌映画秘宝』の記憶(16)

今回も引き続き、雑誌映画秘宝』の中に蔓延っていた「ボンクラと云う『甘え』」について考えてみます

前回の投稿(15)では「お気楽身分のお坊ちゃん」や「負担他人押し付ける」という点に話が及びました。ここら辺をもう少し掘り下げます

岩田和明による恫喝DM事件が発覚して以降の『映画秘宝』関連情報の動向をチェックしていた或る日、私は違和感を覚えました。

町山智浩柳下毅一郎高橋ヨシキ…」と名前が並んだのを見れば「ギンティ小林」と後に続くのを予想した、古株の『映画秘宝』読者も少なくなかったのではないでしょうか?

しかし実際に我々が目にした名前は「てらさわホーク」でした。

なんでしょうか、この「コレジャナイ感」は。

さら言うまでもありませんが、町山智浩が「洋泉社倉庫で働いている男に一人、面白い奴がいる」と耳にして、直々に抜擢した人物こそがギンティ小林でした。ムック形式の初期『映画秘宝時代からの読者には、お馴染みのメンバーです。大型化・雑誌化を果たした『映画秘宝』誌上で数々の「身体を張った企画」に挑み―――と言うか、現代アップデートされた感覚からすれば「パワハラの一環として強制的に『挑ませられた』」と言うのが正確ですが―――、多くの読者たちを楽しませてくれた人物であることはよく知られています。キョッチチョイヤー!

そんなギンティ小林が、殺陣軍隊格闘技の訓練を受けて四苦八苦する姿を『映画秘宝』で見てゲラゲラ笑っていた、当時の私も立派なパワハラ共犯者の一人です。誠に申し訳ございませんでした。謹んでお詫びいたします。ブラジリアン柔術の使い手に絞め落とされたエピソードは、当時の感覚から見ても明らかに異常です。

このように『映画秘宝』の為に長年に渡って文字どおり粉骨砕身で働いていたはずのギンティ小林が、町山智浩ら四人の『映画秘宝幹部の中には含められていない事実を知った時、私は「嗚呼あんなに頑張ったのに、まだパシリ扱いなのかよ。ひでえな町山智浩」と思って、他人事ながらとても悲しくなりました。

しかし今となっては、奈良さんが被害者となったパワハラ事件於いて加害者にならずに済んだのだと思えば、人生万事塞翁が馬なのかもしれません。

ところで、以前の投稿(13)で、高橋ヨシキが「荒縄で緊縛された女性が裸で馬に跨がらせられている残酷エロ画像」をコラージュした『映画秘宝』の表紙デザインを作った際、それを見て「これじゃあ女性読者に売れない」と町山智浩がボヤいていたというエピソードについて書きました。これに関して「町山は本気でボヤいていた訳ではないだろう」とも書きました。

町山智浩基準で「本当に困った」ならば、パトリック・マシアスギンティ小林に対してやった時と同じように、鬼のような形相と声で高橋ヨシキを怒鳴りつけるぐらいはしたでしょう。しかし、そんな形跡は有りません。つまり町山智浩は本気で高橋ヨシキのした事に困っていた訳ではない、ということになります女性読者が買い辛いデザインを作るという「売り上げに響くような仕事」をしていたのにも関わらず、です。これを見れば「明らかに高橋ヨシキ町山智浩に可愛がられ、優遇されていた」と言えるでしょう。「依怙贔屓」とも表現してよいのではないでしょうか。

何でも、高橋ヨシキ町山智浩が初対面を果たした時、他の誰かを怒鳴りつけている真最中だった町山智浩が、高橋ヨシキから挨拶されると一転にこやかな笑顔で爽やかに挨拶を返して対応したと聞き及んでいますまさか、そんなヤクザみたいに「高低差」を見せ付ける安直手法で、高橋ヨシキ町山智浩のことを「大好き」になるように魔法をかけられたのでしょうか。

それは兎も角、そうした「売り上げを度外視する姿勢」や「それを許してしまう依怙贔屓」によるシワ寄せは、結局は町山智浩らに近くない/親しくない人間たち、すなわち高橋ヨシキらの派閥には属しない他の編集者ライター洋泉社の人たちが苦労させられると云う形で背負い込んでいたことでしょう。

自分(たち)の仲間」とは見なしていない人間苦痛・苦労については想像力を働かせようとしない、町山智浩らの態度については既にこれまで述べたとおりです。

このような依怙贔屓が、今日の『映画秘宝』内部における深刻な対立を招く火種となったことは想像に難くありません。身体を張って頑張った人間が報われてこなかったのであれば、火薬庫に引火して造反したくなるのも人情というものではないでしょうか。

ギンティ小林に比べれば、高橋ヨシキは全く身体を張ってきませんでした。何かの為に自分身体を張る覚悟など、高橋には無いからです。「お気楽身分のお坊ちゃん」にとって、苦労とは「自分以外の他人担当するもの」だからです。

そのような考え方は、高橋ヨシキが「町山智浩のことが大好きだから」と言って、自分身体を張ったり身銭を切る代わりに女性パートナーの肉体を献上したことにも顕れています

新体制となった『映画秘宝から離脱することを、切り株ライターの一人・ナマニクが表明したことを御存知の方もいるでしょう。その離脱理由を綴った文章の中で、ナマニクは「泥水を啜ってでも文筆業を続けていく」と書いていましたが、高橋ヨシキ派閥に連なる人間が、本当に「泥水を啜る」でしょうか?他の誰かに負担押し付けて終わるだけのように思います

そもそも、上に述べたように、これまで町山智浩高橋ヨシキの間には依怙贔屓したり、女性パートナー差し出すような歪な関係が有ったればこそ、切り株派閥に属するライターたちも優遇されて安穏としていられた訳です。その事をナマニクは自覚しているのでしょうか?

その自覚が無い限り、いくらナマニクが「泥水を啜る」と言ったところで、それを聞いた人間切り株派閥に属するか否か、切り株作品ファンであるか否か、女性差別主義者であるか否かによって、受け止め方にも大幅な差が生じるのではないでしょうか。ハッキリ言いますが、町山智浩高橋ヨシキ蛮行批判できない、露骨派閥根性や舎弟根性を示す人間たちが、いくら美辞麗句を吐こうと私は信用しません。

切り株派の派閥根性というか、舎弟根性に話が及びそうですが、また長くなりましたので、今回は一先ずここまでにします。アーメン

2021-03-18

日本トランスジェンダー性別変更があっさり認められた不思議

あの件、全然騒がれずにいつの間にか立法されてて、性別適合手術受ければ戸籍性別を変えられるようになってて驚いた。

それとも俺の知らないところで、日本会議自民党保守系議員強硬に反対したり、ネットフェミネトウヨの罵り合いがあったりしたのかな?

やっぱり性同一性障害という「病気」の気の毒な人が「正常」に近づきたいという訴え対しては、保守でも同情する人が多かったのかな? 保守義理人情世界からな。

2021-03-13

ネタバレ】シン・エヴァ前半について

シン・エヴァについてはおおむね好評価ではある一方、過剰なまでに攻撃的な批評もみかける。

自分としても手放しで絶賛するわけではないし、批判的な評価についてはなるほどと思わされることのほうが多い。

ところで否定的な論者の大多数が拒絶反応を示しているのが、前半の第三村での描写であることは間違いないだろう。

リアリティのない原始共産主義ジブリマネごと、昭和価値観、お涙頂戴的な黒波の死、等々。

それは分かる、分かるし同意できるところも多々あるのだが、シンジが心的外傷から回復したのは、別に村の温かさだとか人情だとかではない、というところは指摘しておきたい。

村の人と交流し、自ら働きかけ、またそれに呼応した人間関係形成したのは黒波であって、

シンジ最初から最後まで(ケンスケを除いて)村人と一言も交わすことはない。

シンジ回復させたのは、ケンスケの、突き放しにも近い放置と、レイによる徹底した受容である

対比としてわかりやすいのが、ヒカリ父親や、トウジである

彼らはまさしく善人だが、彼らのやり方では残念ながらシンジに変化を引き起こすことはできない。



心の傷、トラウマを癒やすには時間がかかる。

黒波は仕事を通じて他者とのつながりを持ち、様々な感情を知っていく。

そうして少しずつ変化していった黒波が、今度はシンジの変化を引き起こす。

正直自分も観ながら、いつまでこの村のパートを続けるんだろう、と感じた。

この村のパートを削ったり、あるいは途中でWILLEの動きを挟むことで、ダラダラと村のシーンが続いたという印象を抑えることもできただろう。

それでも庵野淡々と同じような繰り返しを提示した。

それは日常というのは同じことの繰り返しで、ただ明日を生きることだけを繰り返していくしかないということ、それでも少しずつ変化が生まれていくということを示した。

凡庸描写で退屈にもなるからこそ、それが必要だったのではないかと思う。


それともう一つ

アスカはこのとき自らも傷を抱えているので、シンジを受容する余裕はない。

それでもシンジエントリープラグから引きずり出して、自分にはできないことをしてくれるであろう人たちに頼ることはできる。

こうして点々とつながることで、いつか回復につながる。

実際に回復したシンジは、旧劇の惣流を癒やす

新劇式波ケンスケに居場所を見つける。

きっとケンスケも誰かに助けられたのだろう。

助けてもらったら、別の誰かを助けることでしかそれに報いることはできない。



(なお、庵野らしいな、と思うのが、綾波タイプ式波タイプシンジ好意に持つようにプログラミングされている、という設定である。このプログラミングされた好意があるからこそ、黒波はシンジを徹底して受容できたのかもしれない(し、それとは無関係な黒波の意思かもしれない)。都合のいいすべてを受容してくれる美少女は結局作られたものかもしれない。小さな毒や皮肉視点を潜ませずにはいられないオタク仕草。)

2021-03-12

エヴァ見に行く気がしない

なんかQで疲れちゃったってのもあるけど、映画で続き物だと間が開きすぎてもうどうでもいいやってなっちゃう。

どうせエヴァなんてコケようがないんだから、全部作ってガンダム三部作ぐらいの間隔で上映してくれよ。

だってもうQの内容覚えてないもん、予習してまで手垢の付きまくったコンテンツの続編見たいか、って言われたらその時間は未見の映画に使いたいのが人情じゃん。

どういうオチか知りたいともあんま思えんし、歳取ったなあ。

2021-03-06

街かど定点観測みたいなテレビが多くない?

たいていが下町人情とか、たくましく生きる庶民の小さな幸せみたいなのにカメラを向ける。

NHKまでこんなのが大好き。わりと視聴者のウケがいいんだろうね。

でも今はもっと、貧富の格差フォーカスしたドキュメンタリーをつくらなけらばならないと思う。つまり、つましい、苦しい庶民生活の反対側に、富裕層も増えていることを取材してほしい。外国放送局はそういう対比のドキュメンタリーを多くつくっている。

権力お金を持った人はカメラを嫌うだろうし、取材が難しいと思う。それで足が遠のき、易きに流れ、「NHKです!」て言えば喜んで顔出してくれる相手ばかり取材する。ほわとに最近NHKは骨がない。

2021-02-27

anond:20210227114257

格差が開いている中、誰もが月3000円も払えないよ。

底辺にはより低コスト人間のフリができる施策を用意して差し上げるのが人情というものだろう。

底辺の手間暇は無料いくらでも搾取できるらしいしな。

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