「感受性」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 感受性とは

2020-07-09

心を揺らすことが正解なのだろうか

全般的な刺激に対する易い感受性こそが俯瞰を消し去り己の人生を生きることを可能とする

果たしてそれが正解なのか

2020-07-08

七瀬もおパ中もきちんと倫理観がある人だから羨ましい。自カプ界隈は地獄絵図でしかなかった

最近お気持ちツイートブログを見かけることが多いので自分に整理をつけるためにもここに書き記す。文章を書くのに長けていないため乱文であることはお察し願いたい。

私はとあるジャンルのA×Bが好きなロム専だった。ABには素敵な絵師さんや文字書きさんがたくさんいて、さらにありがたいことに公式から供給も多くABがCPとして盛り上がっていた。これはいオタクとして本当にありがたいことだ。

しかしながらある時、界隈でよく自カプの発言をする人達が騒ぎ始めた。それもただの発言ではない。自カプを攻撃するような所が多々見受けられる発言だった。私はそのグループを「過激派」だと感じた。

まりは5桁フォロワーがいる大手の何気ない発言だったように思う。Bに新衣装(ここではB’とする。当ジャンルシリーズ毎の衣装がIF作品としてよく使われる)が来て「B’はA×Bの子供みたい!」と、界隈全体と言っても差し支えないほど皆んなが盛り上がっていたときに、大手は「ABの子供系苦手なんだよね」とTLで発言した。何せフォロワーが5桁もいるのだ、その発言を受けた界隈の絵師文字書きは皆んな途端に口を閉ざした。新しい供給で騒いでいた界隈が静まり返った。ここで私は「わざわざ界隈に水を刺すことを言う必要はあったのか」と疑問に思ったが、もちろん思うだけに留まった。だって別に苦手だと発言することは止められるべきことではないのだ。個人がそう思ったとしても何ら不思議ではない。(界隈に水を刺すような大手という認識が生まれたが。)

しか大手のこれを機に何かと不平不満を漏らす過激派大手だらけのグループができてしまった。その過激派グループの内輪と界隈には溝ができ始めていた。

ここで私が使っている「過激派」とは固定厨であり(グループの中には雑食もいるが)尚且つ自カプ界隈を攻撃するグループを総じて過激派と呼んでいる。

私もロム専なりに自カプABに対して解釈を持っていたが、過激派は中でも生粋解釈厨で

「〇〇なAっていう解釈するやつは頭悪いの?」

「〇〇なAまじで無理、気持ち悪い、安易解釈

「××なAじゃないとAじゃない。〇〇なAが解釈違いすぎる」

解釈違うやつは虫と同じ。みんな視界に入れたくないよね?」

「ABで検索したんだけど解釈違いで発狂してブロックしまくってる」

というような発言大勢の目の前で言ってしまうような人々が集うグループであった。(もともと逆カプに対しても死ねや殺すと言ってしまうような人達であったので当然だったのかもしれないが…)

もちろんABの二次創作には「〇〇なA」という解釈作品として確立していた。話が戻ってしまうが、5桁フォロワー大手が苦手だと言った「ABの子供系」という作品も少なから存在する。これらの呟きを図らずも見てしまった(表垢でわざわざ見えるように発言するのが過激派グループだ)絵師文字書き、〇〇なAを好きだった人は萎縮した。そういう作品を上げていた絵師さんたちはABの話をしなくなった。そしてフェードアウトするかのように何も言わずに黙ってこの界隈から去っていった。

ある時は、グループの中でも1番と言っていい過激派のXがTLに流れてきたとある絵師さんのイラストに対して直接文句をつけ始めた。

「〇〇なAとかどうしたらそうなるの?Aは高等な教育を受けていて教養が身についてますけど。朝から変なものを見た最悪」

流れてきた地雷イラスト無視するのではなくわざわざ口に出して言ってしまう。それに賛同する信者の数も一定数いる。このような雰囲気が何ヶ月も続きついに界隈は大炎上した。



名指ししてないよと言うもの

炎上したきっかけは私と同じとあるロム専の人のお気持ちツイートだった。

「界隈内でこの解釈が無理だのこれは読めませんだの自分の界隈の身内の書き手以外を攻撃してくのおかしい。こんな界隈見たことない。」

このツイートにはロム垢とは思えないくらいたくさんのRTいいねがついた。これに賛同する絵師さん文字書きさんも多く、過激派グループに属していない大手絵師さんたちの一部もお気持ち表明ツイートをした。かなり安易に「大手」という言葉使っているがフォロワーが4桁以上の人を私はそう呼んでいる。実際にお気持ちツイートした人は3000人また5000人ものフォロワーがいる人であり、このお気持ちツイートは界隈の末端の発言であるとは言い難いものである

しかしながら過激派グループは腐っても過激派なのだ比較過激派ではなかったYに「あなた過激派グループの1人ですか?」「自分たちのことを過激派だという認識はないのですか」という内容のマシュマロが届いた結果、グループ全体で逆ギレし始めた。

別に名指ししてるわけじゃないでしょ」

感受性豊かですね。被害者妄想が過ぎる」

「どっちが界隈を廃れさせてるのかわからないの?」

「好きなことだけ呟けばいいよ…」

ここでまず疑問に思うのが過激派グループは揃って「名指ししてないよ」と言っている点だ。たしかに「名」指しはしていないが本当に指してないのか?そんなわけがないだろう。

〇〇なAが嫌いだという結論に至るのは〇〇なAという作品がありそれを認知しているかである。ABが好きな界隈の人であれば、どのような作品示唆しているのか、果てはどの絵師さん文字書きさんを言っているのかがわかってしまった。その結果、絵師さん文字書きさんが悲しんでこの界隈を去って行ったのである。そしてこの「どちらが界隈を廃れさせてるのか」「好きなことだけ呟けばいいよ」というお気持ちツイート。5桁フォロワー大手が言っていたものもあり、いずれにせよ、過激派グループが言える立場にあるのか、甚だ疑問に思う。

界隈が「怖い」

当事者である過激派グループと界隈の一部を除いて皆んなが見て見ぬふりという態度をとったため数日後には炎上はおさまっていた。しか過激派グループとそれ以外の溝は確実に深まっていた。根本的な解決には至っていないのである。水面下で皆が皆、不安を抱えて過ごしているように感じてしまう。

もともと過激派グループの声が大きくなってきた頃から、AB界隈は他B受け界隈から「怖い」という印象を持たれている界隈だった。自カプを攻撃するようなグループが中心に居座っているのだからこれは当然のことであろう。そしてこの炎上以降「界隈が怖い」という呟きをするひとがぽつりぽつりと増えた。

その結果、ぼや騒ぎが常に起きているかのような界隈になってしまった。いちロム専としてこんな悲しいことはない。

だが過激派グループは「界隈が怖い」と言われることに憤怒しているようなのだ逆ギレしたようなお気持ちツイートもたまに見かける。そして何より恐ろしいのが「怖い」と呟いた人に対して「そのツイートは界隈のためにならないので消してください」という旨のご意見DMが届いたというのを耳にした。自分がそのようなDMをもらうと考えると怖い。これを怖いと言わずしてどうしろというのか。消せ、と言われた人はやはり悲しみながら萎縮してしまっていた。

このような環境が長いこと続く界隈である過激派グループ以外の絵師さん文字書きさんは、

「人気のある人たちだから嫌われると怖い」

「気軽にRTできない」

「ABを書きづらい」

「ABをかくこと自体が怖くてできない」

と言った具合の心境らしい。らしい、というのはあくまでも私がロム専に留まっているかである

怖くて「何も」発言できないのである発言をした人は過激派グループから除け者扱いされる。恐らく過激派グループはこれを末端の声程度にしか思っていないのだろうが、きっとそうではない。

内輪と界隈の溝を全く理解していない。新規参入さんにはわからいかもしれないが、長いことABを推していた人はその威圧感をひしひしと感じ取っている。主語をでかくするななどと言われるだろうが、過激派グループとその信者を除いて、界隈の多くが思っていることである。近い将来また炎上しそうなことなんて誰の目にもわかり切っている。

どちらが界隈を廃れさせてるのかだなんて少し考えてみれば一目瞭然ではないだろうか。これは価値観の違いではなく単に道徳心の程度の差だ。良識のある無しとも言えるだろう。

いっそのこと界隈の皆んながおパ中みたいな人だったら楽しそうと思ってしまうくらいには疲れてしまった。同じABというCP推している者同士、こんな内戦が起こらなくても良いではないか。その界隈の作品に対して全肯定botなおパ中がいるような界隈が羨ましい。

なので私はこのお気持ち表明を最後に界隈から去ることに決めた。自カプ早く自滅しろという気持ちを持って。

2020-07-05

anond:20200705165344

言葉に対して感受性が高い』だと思う

ワイは通じればいいだろで興味関心が持てない

2020-07-03

ノクチルのイベントコミュを見た感想

=====

~ふふっ、ごめん。内容無いわ~

 内容的には特筆する事の無いコミュでしたがキャラを引き立てるという点では成功していたとも思うので、背景である話を地味に書いてメインとなるキャラを目立たせる手法だったのかな。終わり。

 と言う訳で以降はPSSRとイベコミュが出揃ったのでノクチルそのものと各キャラに対する感想を記していきます

~ノクチル全体を通して~

 幼馴染での空気感とでも言うか身内的で排他的な印象を受けました。恐らく「他との人間関係」にアイデンティティの多くが割かれたキャラ作りになっているからだと思います

~硝子のように透き通った透明な器~

 透は一見掴みどころの無いある種超然的な性格と同時に高い感受性も備わっているように思います一見傍若無人とも言える振る舞いも取ります必要フォロー直感的に出来るタイプなのでしょうか。逆に自分自身に対する認識というか他者から視線という感性は低いようにも見えます。硝子が自身の姿を写せないように、他者との関係という点に於いてこそ輝きを持ち中心に立つカリスマなのだと思います

~他者に写る自身の姿を追い求める~

 小糸は育成ゲーム的にはユニット内で1番王道的なキャラだと思います。周りの期待に答えようと努力し、挫折経験しながらも進んでいく単純明快さと同時に、他者との関係にある種病的に強く依存するキャラでもあります。幼馴染という枠に強い執着を持つようになった経緯が解ればまた印象が変わるかもしれません。

~鏡自身の輝きを求めて~

 透が居なければアイドルに関心すら無さそうなキャラNo.1の雛菜。

当初から強い軸を持ち安定したメンタリティの持ち主です。自身を素直に表現出来る快活さというか透とは別ベクトルで爽やかな性格だと思いました。透と同じく一見傍若無人でも周りへの気配りは出来るタイプです。単純に透への憧れがアイドルをする原動力という印象ですが、自身の輝きの中に原動力を見出すようになって欲しいなとも思います。 

2020-07-01

薄っぺら人生を送っている気がする

もう30手前だが、人に言える趣味や特技といったものが何一つない。

高校生ぐらいから気力というものが湧かなくなった。

部活には入らず帰ってネット三昧。Twitter2chmixiの往復。

アニメゲーム中学生までそこそこハマってたけどそれすらやる気がなくなった。

アニメなら「これ一話見るのに25分か…」という抵抗を感じてしまって1ツイート10秒で楽に読めるTwitterに流れてしまう。それを何十分も繰り返す。

楽しいかと言われると、まあそこそこ楽しい時はあるけどそうでない時の方が多い。

同じ25分を過ごすならTwitterよりもアニメ見たり本読んだりしたほうが実りがあると思うのだが、始める前の抵抗が大きく感じてしまう。

「好きな漫画は?」「好きなゲームは?」「家で何してる?」

こういう質問は本当に困る。好きなものを語れるほど気力を持ってコンテンツ摂取していない。

受動的な行動ですらこれなんだから況や能動的な趣味をや。

オタクって本当に凄いと思う。

アニメ作品が何十話もあることに圧倒されるのにそれを毎クール作品も見ているし、何十巻もある漫画を読んでる。

から偉いってわけではないけど、自分には何もないと思ってしまう。

30手前にもなると自分のような薄い人生でもいいじゃないか、とも思えてきたが、感受性豊かな時期にもっと色々やっておけばよかった。

2020-06-26

自分感受性尊重できるのなんて自分しかいないんだから

面白い娯楽探したかったら自分でやればいい

2020-06-15

SNS不適合な自分

安倍が悪い、野党が悪い、小池都知事が悪い、共産党が悪い、トランプが悪い、・・・・・

一体誰を「排除」すればこの世界社会は良くなるのだろう?

木村花さんも、この「排除」の考え方で死んだのである

言い方を変えると「差別である

僕は徹底的に、この排除あるいは差別をされる。

社会じゃない、匿名世界ネット上で、だ。

何故かと言うと、僕はおそらく、「共感」しない人間からだろう。

感情がないわけじゃない。むしろ喜怒哀楽に弱い人間で、感動ポルノ号泣してしまうくらい幼稚な感受性の持ち主だ。

但し、誰かがこうこう言ったから、という理由では共感しない。

要するに、あの人気のある人がこう言っているから、とか、これこれで有名な人がそう言っているからという理由などお構いなしなのである

からネトウヨであろうがはてサであろうが、ツイフェミであろうが、イケハヤであろうが、はぁちゅうであろうが、そんな名刺には一切拘らない。

そうは言っても流されそうにはなる。名刺判断したほうが楽だから

でも、大抵はそうした大勢から叩かれるような人の意見でも、「ほんとに間違ってるのかな?」と何処かで疑問を持つ。

そんな人間から、その逆もする。

Twitter党派性の塊があちこち存在し、フォローフォロワー、或いはRTいいね曖昧に支持しあっている。

から、「あんな人をフォローしたりRTしたりしてるんだ」と思われると、極端な場合ブロックするという行為が頻繁に行われている。

絡んだことすらない、言及したこともないような、まったく知らない人からブロックされることは日常茶飯事だ。

僕はそんなの気にしない。僕は意見を支持したり反対することはあっても、人それ自身を支持したり反対することはない。まぁ余りに自分にとって迷惑そうならブロックはする。

すると、フォロワー或いはフォローは変なことになる。

はっきり言って無茶苦茶特にフォロワーは、完全に対立する人からフォローされていたりすることもしばしばある。

そして、不用意にその対立する人へ対立するツイートを流すと、しばしばブロックされるのである

これが地味に困る。その人から情報遮断されてしまうからだ。

他にも、僕はそうした「名刺」に拘らないから、例えばアンチフェミ賛同するようなことをあっちで言い、そっちでは和やかにツイフェミと話したり、酷いことを言うオタク批判したり、矛盾したことを言うツイフェミに疑問を投げかけたり、そういう人から見ると全く矛盾したことをするので、どんどん孤立してゆく。

僕の意見自体もそうした党派性を帯びない。フェミ表現規制共感を示すようなことを言いながら、表現の自由に対する侵害だ、だんなて平気で言う。

最近では、割と親しかったツイフェミの人に、女性専用車両に無理に乗り込む男性団体は酷いなー、と言いながら、女性専用車両はやめるべき、だなんて言うもんだからブロックはされないものの口も聞いてくれなくなった。

 

まぁそんなこんなでどんどん孤立していくわけである

自分自身党派性を示さないということは、党派性人達から見ると排除するしかない人になっていくのである

当たり前の話だ。人で判断しないというのは、自分も人として判断してはもらえないということになる。

SNSは人と人とのつながりで成り立つ社会である

僕は人と繋がれないのである

SNSには、こうした決定的な矛盾がある。

人と繋がれない人はSNSには不要である。そんな仕組みなのだ

から、極端に言えば敵対関係個別の仲良しな党派があるだけになる。

僕はそのどちらにも属することは出来ない。

 

長いことネットをやってきて、やっとこの自分SNSに向かないということの理由が見えてきた。

僕はある種の反社会性人格なのだ

からも認めてもらえない孤独自分けがいる。

なのにどういうわけか寂しいと思わない。

僕にはそういう共感性がまったくない。

SNS不適合人格

 

多分、あまりにも素直過ぎるのかも知れない。

ある会社にいた時、そこの社長からよく言われた、君は素直すぎると。

「これが正しい」と言われたら、何も考えずに受け入れてきた。

あちらに、戦争反対狼煙が上がれば、それが正しいのだと盲目的にそう思い

こちらで、自分の親父がそんな事を言うサヨクけしからんというと、そんなもんなのかなーと思い

全く相反する矛盾した考え方を、どういうわけだか自分の中に許容してしまったのだろう。

世の中には相反する考え方が無尽蔵にある。

 

そんなのを素直に受けいている間に、自分で気づかないうちに、自分社会に相反する人間になってしまった。

でも繰り返すけど、寂しくはない。

そんな共感性は僕にはないから。

社会には従うけど、人には従わない、それだけだ。

2020-06-12

新型コロナ動物にも感染する事を利用してリトマス試験紙になって

どこまでの動物感染するか分かりませんが感染やす動物を利用して

症状が出やす動物なら尚よし。

カナリアの様に新型コロナセンサーになってもらえば良いのでは。

できれば人間より敏感に感受性の高い動物の方がよろしいかと。

それで死ぬ可能性もあるが人間の為に犠牲になってもらうしかない。

2020-06-10

海に憧れがある 別に内陸県の出身でもないのに

というか、なんなら海は近かった 実家から車で十分のところに浜があった 今調べてみたらビーチとして県内4位・地方内18位だから「いい浜」といっていいだろう 確かにサーファーがいつもいたし、整備もそれなりに行き届いていた 開放的雰囲気があった

しか結構な頻度で行っていた その浜に隣接して物産館があって、そこに併設されている海鮮レストランがまたいい店だったからだ 両親がそこをいたく気に入っていて、外食といえばそこに行くことが多かった

海には縁があったのだ 泳いだことは少ないとはいえ、近くにはまあまあ行っていた 

 

それはそれとして憧れがある 海は何か遠いもので、特別なことがないと行けないようなところだというイメージがある

海に行って何がしたいというのはない ただ堤防なり浜に座って波を見たりしていたい それだと多分日差しが強いから休憩所みたいな屋根のあるところに移動してそこから見るんでもいい 海水浴をすると溺れたりクラゲに刺されたりろくなことがないという刷り込みがあって、決して入りたくはない

海に行きたい 一人で朝早くに行って、昼飯をその辺で食べて帰りたい 釣りなんかをしてもいいかもしれない

 

大学生の頃、帰省したら自転車で海まで行ってやるぞと思っていた 高校の頃には思いつきもしなかったけど大学自然から遠ざかって海の良さがわかるようになった 海までの道はそう長くないとはいえアップダウンが激しくて大変そうだが、そこは若さと熱意でカバーしていってやるぞと思っていた

帰省したら自転車が捨てられていた 「もうアンタあれ使わないでしょ?邪魔だったから…」と言われ、まあ確かにな…と思った 海にはいかないまま卒業してしまった

 

一人で海に行けばいいんだろうな それこそ朝早くにビーチに行ってずっと海面を見ればいいんだ 行くなら秋がいいな 暑くなくて人も少なそう

で、実際のところ俺は飽きっぽいしそんなに自然を愛でる心もないしスマホ中毒現代病だからすぐ嫌になるんだ

昼までなんて到底無理だっつってさっさと帰るかもしれないし、そこは耐え切って昼までは居座るかもしれない なんにせよ嫌にはなるに違いない

「まあ海、というか俺の感受性なんてこんなもんだよなあ」と思いながら帰ることになる 

 

それが嫌だから海には行かず、結果としていつまでも憧れ続けることになる 

2020-05-26

せっかくオンライン会議とかが認知されてきたので…。

とりあえず社内でオンライン会議とかメッセンジャーソフトとか普及させてほしい。わざわざ管理職会議のために本社かに出張する時間無駄。昼間ほとんど席にいない人に伝言するために一番効果的な方法メモとかを書いてパソコンに貼ることなのもどうにかしてほしい。メールを送ることはできるのだが、あまりチェックしない人もいるので、結局紙に頼ることになる。

うちの職場システム職員の自宅とかとつなぐのは至難の業だけど、元々ネットワークがつながっているところぐらいどうにかしてほしい。出来ればメッセンジャーソフトとかでオンラインかどうかとか、「離席中」「会議中」とかいう状況が自分の席から確認できると良い。

昼間席にいて電話をとることが多いのに、上司や同僚が席にいるかどうか隣の部屋までいちいち確認に行くのがアホくさい。現場にいないとできない仕事が多いので、出勤するのはしょうがないが、連絡をとりたい相手となかなか連絡がとれないのがストレスだ。

しかも昼間席にいない連中は夕方からデスクワークで本気を出すので、こっちが帰る時間帯になってプリンタコピー機調子が悪いとか使いたい紙がないとか言ってくる。うぜえ。こっちは勤務時間終了なんだよ。せめて前の晩に気付いて「○○の調子が悪いので修理を頼んでください」とか「△△の紙がないので補充してください」とかメモを置いてほしい。

どうせ夜とか土日にそういうこと言われても修理業者とか紙売ってる業者とかも動いてないから。スマホみたいにいろいろできなくて良いから、ガラケーSMS が送れるやつとか持ち歩いてこっちからガンガン用事を送りつけられるようになってほしい。私は昼間席にいない連中の下僕じゃないけど、結局向こうが多数派なので、顎で使われてる感が強くて面白くない。こっちに気を使って礼儀正しく頼んでくる人もそれなりにいるんだが、役割分担的に向こうが主役でこっちが脇役なのでどうしようもない。

在宅勤務とか外出自粛のGWとかを経験すると、こんな仕事でもやらせてもらえるだけありがたいと思わないといけないんだろうが、職場が本格稼働体制になればなるほどイラつきは増す。仕事を楽しめる感受性の持ち主が羨ましい。

2020-05-25

お前らはサンドバッグ役割を手放すなよ

誹謗中傷だのでアレコレ言うがな

名無職業わず名前出して人前に立つ人間サンドバッグなんだよ

サンドバッグが殴られる仕事放棄しちゃダメだろ?

アンチ誹謗中傷、謂れのない罵倒、それらはサンドバッグに向けられる拳や蹴りなんだ

拳を受け止め蹴りを受け止める為のサンドバッグが、「殴られたら痛いのでやめてください」「これ以上やったら壊れます」って宣言するなんて、ちゃんちゃらおかしいね

壊れるまで殴って蹴られるべき、壊れたら捨てる、それが普通、感慨も何もないよ

サンドバッグを弔いサンドバッグの破損に怒りサンドバッグへの謝罪を求めるなんて、君はとっても感受性が高いんだね

なら一緒にサンドバッグになる?

おっさんになって本当にだいたいのコンテンツがつまらなく感じるようになってしまった

ただでさえ生きててもしょうがないのに感受性まで死んだら本当に終わりじゃん 行きたくもない仕事毎日行って気力も体力も削りながら寿命を延長する意味がない 触れるもの全てが面白かったあのころの俺に金全部押し付けて今すぐ死にてえな

anond:20200524122707

プロレスラーしかヒール)っていうところが災いして

「タフな人間、ある種鈍感な人間」というレッテル貼られて「だからきつく言ってもいい」という雰囲気が出来上がってたっていうのもありそう

普通女子と同じような脆さが当然彼女にもあったわけで

そういった部分が感受性の強さとして可愛らしく描写されるシーンがもっとあって、共演者スタッフ視聴者もそれを好意的に汲みとってあげられたら良かったのにね

2020-05-17

不安が強すぎて趣味ができない

もう長いこと休日うつに悩まされている。

発達障害の診断をもらっているけれど、子供の頃から不安がひどくて、それが生活全般を阻害しているんだろうと思う。

学生新卒だった頃は態度が攻撃的だったり、努力が散発的にしかできなかったのだが、それも今思えば不安の裏返しだったのだろうと解釈している。最初就職した会社ではそれもあってうまくいかず、辞めてNEETになってしまった。そして診断が降りた。

今は、障害者枠の契約社員就労して、不安自覚して他者への攻撃性というか八つ当たりは極力自制するようにしているけれども、そもそも他者と関わる前にひどく疲れてしまう。不安が毎ターンダメージを課して来るからだ。

まれ職場就労できたこともあって与えられた仕事はこなせているのはよかったのだが、休日趣味を楽しめないのが目下の悩みになっている。クリエイティブなことや体を動かすことはもちろん、読書動画といった比較受け身趣味もつらくなってきた。

不安ダメージと、趣味を楽しめるだけの感受性が鈍いのだと思う。無気力無感動。ただ座っているだけでもしんどい感覚を鋭くというか楽しむ意欲を喚起するには一体どうしたらいいのだろう。袋小路にいる。

あるゲーム雑誌の思い出

今年の3月定期刊行が停止になった「電撃PlayStation」というゲーム雑誌がある。

自分は、中学生から高校生の頃にこの雑誌を愛読していたのだが、忘備録的に残しておきたくなった当時の記憶を、ただここに書こうと思う。

今とは違い、プレイステーション雑誌が他にも沢山ある中でこの雑誌を購読していたのは、他誌と比べて少しオタク度が高い記事と、かなりオタク度が高い読者投稿コーナーがあったからだった。

他のゲーム雑誌が、面白いネタ投稿がメインだとすれは、この雑誌ゲームへの愛、キャラクターへの愛を語る投稿が多かった(このコーナーに寄せられるイラストクオリティは他誌と比べて高く、後にプロデビューするような人もいた)。

そして印象深かったのは、そんな読者への、編集部から愛情が感じられることだった。

それを一番強く感じたのは、「電撃PlayStation D」という体験版セーブデータ入りのCD付きの増刊号?のようなバージョン雑誌があったのだが、そのCDメニュー画面に流れるオリジナル曲歌詞だった。

「とりあえずこんなときは ゲームでもしよう

もしも涙流れても 何も言われないか

とりあえずこんなときは ゲームでもしよう

二人ではないけれど 一人でもない気がするから

「ぎりぎりシビアお話なんて したことも見たことも無いわけで

夜中にゲームに熱中な日々に リアル明日は笑いかけない かもしれないね

だけど深夜のコンビニへ 買い物に行く時の星空は どんな事にも負けないように レベルアップしろと僕に叫ぶ 」

歌唱力がある訳でもなく、音もチープだが、当時の「ゲームばっかりやってていいのかな」という中高生自分に突き刺さる歌詞だった。

毎号のCDに入っていたのだから、数十曲はあったはずだ。

オリジナルの曲と歌詞を、毎号作る。結構な手間だろう。そしてその歌詞は、毎回、読者に寄り添おうとしている。

そのことへの感動もあったが、大人が、こんなに自分たちの気持ち想像しうること、もしくは、大人自分たちと同じ感受性を持っていることへの驚きがあった。

そう感じて、どんどんこの雑誌のことが好きになり、もう売っていないバックナンバーも読みたくなった。古本屋創刊号から探して持っていない号を50冊ほど買い集め、その時点で出ていたほぼ全ての号を揃え、何度も何度も読み返した。

ずいぶん前に社会人となった今、確かに大人でもゲームをする子ども気持ち理解しうるということは分かった。そして、その気持ちに寄り添う歌を毎号毎号つくる労力が、いかに大変なものかということも分かるようになった。

ありがとう。そしてこれから応援しています電撃PlayStation

2020-05-15

anond:20200515220838

オタクというのは本質的リベラルであるはずなんだよ。

多様な価値観を多様なネタ、多様な萌えに変換して消費・受容できる懐の広さと、多面的感受性を備えているから、フィクション作品に没入できるわけ。

から保守的視野を狭めるような一面的作品というのがそもそもまれない。一見保守的テーマを描くように見えても、必ず多面的俯瞰的見方ができるようになっている。少なくとも商業作品は。ゴブリンスレイヤーだってそうだ。

2020-05-09

anond:20200509211944

アンタの印象で書いてしまうと、彼への擁護以外には受け取ってもらえない。残念ながら。

・・・話は変わるが、増田は、90年代半ばに翻訳出版された、シェリ・S.テッパーの『女の国の門』というSFを読んだことがあるか?

もう何十年も前の内容だが、その時点で、女性側は男性の作った世界に対して、そこまで苛烈な考えを持っているのか!と、自分認識の頬を叩かれたような感想を受けた。

精神的に弱っていようが、感受性が大多数より鈍かろうが、社会意識の変革にはついていく努力は日々していくべきだろ?ていうかそれが社会的な生活ってものじゃないのかね。

2020-05-07

好きだったし

今も相変わらず好きなんだ!

そうじゃなかったら今日も連絡なんて取らないのよ

とても魅力的だったし魅了されていた

そもそも好きという感情感受性が低い私だから、確かに好きという表現があまりできないんだ。

悪かったし、悪い。

ずっと毎日思ってたさ。

好きな人のことをね。

2020-04-19

anond:20200419195252

コレ自体はなんもおかしいこと言ってないだろ

抗体, つまり免疫グロブリン先天的に欠いている者と, 免疫が正常に働いている者とを比べて,

新型コロナウイルスへの感受性抵抗力をもし比較したとしたら異なるだろうって予想だろ

なんもおかしいこと言ってないだろ!!

2020-04-13

飲食に向いてないから今すぐ考え直せ

いか。初めまして。こんにちは

ここでは俺が飲食に向いてないやつの特徴を書き出すから、何個かでも当てはまるやつは、悪いことは言わない、飲食で働くのはやめておけ。

以下、順不同で飲食に向いてないやつ。


1、人間が好きじゃないやつ

はいお前~~~!!!!そこのお前~~~~!!!!!!

悪いことは言わない。やめとけよ。

俺にはわかる。お前、客が来るとめんどくせえって思っちまうタイプだろ。

いやいいよ。そういうスタンスで働いてるスタッフもたくさんいるから。

でも後々絶対しんどくなるからやめとけ。

お前みたいなのはそもそも人間が好きじゃないから、客の居心地とかホスピタリティとか、

そういうの多分本質的理解できないと思う。

理屈では理解できてても本能で納得できないことをやるのはのちのち辛いぞ。

やめとけ。


2、食事のものが好きじゃないやつ

はい、いるよね~~~~~!!!!!!

仕事やりがいとか求めてないんで!って感じでね!!

好きでもない食事にまつわることを仕事にしちゃうタイプ!!!

チェーンの飲食パートタイムとかだったらいいのかもしんない。

でもフルタイムで長くやるとね~~~~多分つらいよ~~~~!!

やめとけ。

結局のところ、食事に興味ないやつは飲食入ってもそこそこの仕事しかできない。

そこそこの仕事しかできないってことはつまり、その先の実にもなんないってこと。

あとあれ。たぶんお前客の気持ちとか理解できねえから

個人店とかだと最悪だな。めっちゃ客との温度差生まれるぞ。

そういうの伝わっちゃうんだよね~~~。

というわけで飲食はやめとけ。やるとしたら短期間のバイトに留めとけ。


3、繊細な奴

はいはいはい

お前が悪いんじゃない。

職場の人が悪いんでもない。

ただお前にそこの水は合わない。

双方にとって交通事故

やめとけ。

飲食のやつらはね~~~~。きついんだよね~~~性格!!!

あいつら怒鳴るしね!!!すぐ!!

動きもなんか素早いし!!!

でね!!基本的にみんな忙しいかスタッフ間で余計な気遣いとかしてらんないわけ。

からお前が先輩の一言にうじうじ落ち込んでるのに構ってられる人はいない。

自分で立ち直るしかない。

でも繊細なお前は立ち直る前にまた打ちのめされる。

やめとけ。

お前のその繊細な感受性は別のところできっと生きるから、そっちで生きろ。


4、頭で考えるやつ

お前がひとつ考える間に他のやつらは三つくらい仕事こなしてる。

でもお前が悪いわけじゃない。

周りのやつらはたぶん、体が条件反射で動くように訓練されてる。

お前はそういう訓練をうけないで育った。それだけのことだ。

例えばお前がキッチン担当で、ひとつ作業を終えて、5秒くらい突っ立って次やることを考えていたとする。

はい先輩から声かかりました。

「やることないの?」

「いちいち指示しなきゃ動けないの?」

お前はスピード感の違いに打ちのめされる。

でも打ちのめされたところでお前のスピードはあがらない。

お前が「なにをしようか?」考えている一瞬は、他の人間にとっては「指示待ち」に見える。

泣くな。

大丈夫。頑張ればお前も体で動けるようになるかもしれない。

でも、飲食でずっと食っていきたいとかそういうんじゃないなら、最初から別の仕事選べばいいと思う。


5、やりがいとか求めてないやつ

知ってるか。飲食仕事基本的スムーズに進むことがない。

仕込みをしようと思えばやってくる客。

混雑するキッチンで取り違えられるオーダー。

忙しいときに限って声かけてくる客。

なにひとつスムーズになんか進まない。

はっきり言って飲食給料が安い。

給料が安くてトラブル発生率が異常に高くてくそ忙しいそれが飲食

から仕事やりがいとか求めてないお前は、やめといたほうがいいと思う。

俺がこの店作ってる~~~~~!!!

忙しければ忙しいほどアドレナリン出る~~~~!!!

お客さまファースト~~~~~!!!!!!

そういうやつらがやればいい仕事なんだ。飲食って。

からお前は無理に飲食やる必要ない。もっと他に合ってるとこあるよ。


こんなもんかな!!!!!

今年はコロナ飲食産業リストラ閉店祭りからな!!どうなるかわかんないけど!!!

新生活でうっかり飲食業に足を踏み入れて必要以上に病む人間が出ないことを心から祈るよ!!!

バイ!!!!!!

2020-04-12

anond:20200412095227

ウイルスから見ても虚弱個体とか感受性高すぎる個体に取りついて殺しちゃうのは事故みたいなもんだから

ウイルス界では無症状・軽症の個体に潜入できた奴が勝ち組

2020-04-10

通勤してても、この春は確かに幸せ

二番煎じです。

「在宅勤務が始まり、いまが人生で1番幸せな春」

https://anond.hatelabo.jp/20200404142511

この話を読んで、筆を取りたくなりました。

とはいえ、私は前述の増田とは大違い。

共に過ごす家族などいないし、なにより職場への通勤は逃れられなかった人間

3月から時短営業はしているけれども、緊急事態宣言前後特に何かが変わることはなかった、そんな都内職場で働くテレオペです。

対面での接客の機会が失われた今、私たち仕事は大忙し。

ネットカフェのような仕切りだけがソーシャルディスタンスな、そんなオフィスに何十人も詰められて今日電話に出ています私たちクラスターとなる日は遠くない。たぶんきっと。

感染対策はしているものの、業務遂行されます自分社会歯車しかないのだと、改めて気付かされる日々。

お金を稼ぐため、生きるために、命を危険晒すという矛盾の中を泳ぐ春。

けれど、歯車にも心はあったのだと気付かされたのも事実

時短営業なので、早番だと夕方の日のあるうちには帰れます

7時に家を出て、15時には仕事が終わる、このサイクルに何か見覚えがあるなと思ったら、ああ、これ、10年前に体験した高校生時代と同じサイクルなんですね。

健やかに眠りにつき、体を養うことのできる日々。

日の出る前に家を出て、ビルの中で日が傾くのを見つめつつ、日が沈む頃に帰路に着く今までの生活が嘘のよう。

時短営業とは言いつつ、人が本来、1日に活動をする量というのは、この程度が適切なんじゃないかと思ってしまう。

忙しさに擦り切れていた去年までの春と違って、今年の春は、皮肉にも心に余裕があります。まだ日のある仕事からの帰り道に、ふと見上げると、いろんなことに気づくのです。

桜の花びらのその薄さ。

アブラナの花が放つ甘い香りの重み。

肌を撫でる風の暖かさ。

そして、柔らかく包み込むような春の夕方日差し


何年もオフィスの中から小さく見つめるだけだった春の風景たち。

その春の風景の中に、今年は私も紛れている。

ただそれだけで、どうしようもなく嬉しくて悲しくなるのです。

もう何年も忘れていたような感覚を、この時短生活の中で取り戻しています

学生時代最後に、私が失っていた、春を愛でる感受性

こういう感覚を、また取り戻せる日が来るとは思わなくて。

まだ私にも人の心が残っていたことを知って、なんだか訳もわからず涙が出てきてしまう。

校則を破ってブレザーの下にパーカーを着込んだかつての春の日を、ここ数日ずっと思い出しています




大きな危機がやってきているのだとはわかっているのだけれども、眼前に広がる春の日は嘘偽りなく麗らかで、こんな日がいつまでも続けばいいのにと思ってしまう。

この世界恐慌は早く鎮まってほしい。死者も苦しむ人もこれ以上は増えずにいてほしい。そんな気持ちはもちろん私の中にある。

けれども私個人というミクロ視点で今の生活を見つめると、人生で一番穏やかな日々を送れているのは今なのではないかと思う。



春の夕方日差しの中で、ふと、思ってしまったんです。

「ああ、ここで終わってしまってもいいな」と。

死が明確に、近くまで迫っているこのご時世に、そんなことを言うのは本当に不謹慎なのだけれども。

ただ、こんなに心穏やかな春を、もう人生では得ることができないのだ、という事実が頭をよぎるたび、どうしようもなく、本当にどうしようもなく、悲しくてたまらない。

こんなに春の日は美しくて、幸せに満ち溢れたような姿をしているのに。



毎日、混雑する東京電車に乗り込んでいます。もうもはや、生きるために乗るのか死ぬために乗るのかわからない。

明日私も感染者となるかもしれない。

しかすると、5月を迎えられずに亡くなる可能だってある、危うい日々が続きます

けれど私も、はっきりと思うんです。

この春がきっと、人生で一番幸せな春です。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん