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2020-06-07

anond:20200607102631

犯罪行為でも儲かる」なら批判としていいと思うんだけど

前科者でも儲かる」って言う論調

前科者が儲けるのはダメであるべきってことで

もう法治国家の発想じゃないじゃろ

日本人人種差別民族差別への無頓着さは、どこからきてどこへいくのか

https://yukito-ashibe.hatenablog.com/entry/2020/06/05/202947


もう、うんざりだよ


これまでアメリカポリコレ先進国で、日本後進国だったんだよ

実態は違うだろ?

アメリカはどうしようもないほどの屑の集まり

ポリコレで強権を発動しないとマジでやばい国なんだよ

南部とかすげぇぞ


んでな、これまで先進国欧米土人ジャップランドだったのに

ぶっちゃけ土人とかすげぇ差別的な発想だと思うんだけど)

今回アメリカで、黒人白人関係なく暴動に参加してる、そりゃまぁ目を覆う有様の土人ぶりが発揮されると

論調が変わるわけ

日本中世だの土人だの、散々罵倒して欧米上げしてたのに

コロナ欧州のひでぇ差別擁護しようもないほどクソ目についたり

アメリカ暴動が起こると

アメリカが如何に差別大国かを、左翼の皆が語り始め

暴動正義正義とまでは行かなくとも義憤)と良い始める

吐き気を催す邪悪ってのは、こういうのを言うよな


で、日本もそれに乗っかりなさいと

ばーかじゃねぇーの

パヨクデモ暴力革命大好きってはわかったか

黙ってろよ

2020-06-05

anond:20200605114324

「チー牛」画像に対して「差別だ」と声を上げることは単純にダサく、空気が読めず、そんなんだからお前は「チー牛」なのだ、と言われるべきことなのだ。

要するに、私は「容姿差別解決した社会」を強く願うが、どうすれば実現できるか全く分からないし、そもそも、そのような社会想像することすらできない。

そんなことはない。

はっきり言って、日本ほどルッキズム特に負のルッキズム=他人の身なりを論って容姿馬鹿にしてもいいという風潮)が、とりわけネット界隈で横行してる社会はなかなか無いと思う。

英語圏youtubeを見てほしい。容姿に優れない人が楽しげに顔出しで動画を上げている。日本なら、動画トピックが美に関係しなくとも、太ってるとか、ブサイクとか辛辣コメントで埋まりそうなものでも、白々しいまでに容姿についてはスルーする空気が醸成されている。

日本だとポリコレといって揶揄する論調が強いが、人の容姿を論うやつ、性差別をするやつは即座にボコボコにぶっ叩かれる空気があるのはいいことだ。心の奥底で、こいつブサイクだなと思っても、堂々と、ブサイク!とでも言ったら白い目で見られるのは正しい社会だ。

少し前までホモは笑って良くて面白いことだった。今はもうそうじゃない。

同じように、容姿差別を軽々しく口にできなくなる成熟した社会にいつか日本もなるといいねと思います

そうするとセクハラ発言同性愛差別を封じられた時のように「窮屈な社会になった」とか言い出すやつはいるだろうが、屈してはいけない。

anond:20200603211835

「私は〇〇が嫌いです」って話を

「みんな〇〇を嫌うべき」みたいな論調で話す人この世に多すぎない?

2020-06-04

こばるさん(@sha_k_br)のブログを読んでの感想

私は、ただの通りすがりである

====

今までは、ただ荒れている海を時たま平和なところから眺めていただけだった。

そして、たまたま見かけた漂流物に対して思ったことを気まぐれに書いて見ようと思った。

ここから書くことは、現段階書いている私には公開するかもわからない文章であり、該当のブログ記事に対して思ったことを気ままに書くだけなので何かを伝えるというつもりは一切ない。自分のなかのことを整理しようと思っただけのことで、こばるさんが何を思おうと私は興味はないし、これを読めというつもりもない。

発端はそのブログであっても、おそらくは私の思ったことまとめに終始すると思われるからである

以上のことを踏まえて読むかを決めてもらいたい。

これは自己保身という人もいるかもしれないが、私にそのつもりはない。

匿名で、なんの影響を被ることもない場所で、ただ書き散らかす文章から一切の重みはないということを読んだ人皆に伝えるという意図の、私の責任感の表れと取ってほしい。この文章はただの電子ごみだ。

さて、まず該当ブログurlを貼らせてもらう。

ヌメさんへのネットリンチに加担し続けている人たちへ

私は、このブログ題名名前があがっている方のCFにまつわる問題を時たま眺めていた。最近出来事などの一連も一通り見ていたつもりではある。

私には、一切法律的知識CF知識はないため、収支報告を求めるものに、「まあそりゃあ疑念が湧いたら事実確認をしたくなるよね」程度のことを思うことしかできない。これは、お使いに行かせた子供お金をちょろまかしていないか確認したい、というような感覚と似ているのでCF適用できるのかは私には判断はつかない。

私はここで、この方の問題について白黒をつけたことを書くつもりはない。あくまで、こばるさんのブログについて思ったことを書くというつもりだからだ。

このブログ記事は「CFした方がネットリンチをされている」という前提で書かれている。(題名からしてそう)

なので私がそのことについて書くということは、その前提に対して物申すということになってしまう。

そうなると、私の考えたいことと外れていくと思うのでとりあえずそこは保留にしておく。

以下、本文を引用しながら書いていく。

ヌメさんへのネットリンチに加担し続けている人たちへ。

あなたたちは愚かです。

優しさに賢さが追いついていない人、賢さに優しさが追いついていない人、その両方が見受けられます

優しさに賢さが追いついていない人は、大局を見る能力がありません。「優しい」という自己イメージに捉われて、その表面的な振る舞いからはみ出す勇気がないだけの愚か者です。

賢さに優しさが追いついていない人は、あなたが学んできた知識を、愛情を持って世界還元しないところを見ますと、やはり愚かだと思います

あなたのための寛容な世界づくりを、自ら放棄し続けているあなた方は、全く賢くありません。

声を上げる人の、精神高潔さを知りなさい。

そしてあなた自身の恥を知り、愛を知りなさい。


正直言うと、私はこの「優しさ」や「賢さ」という言葉が何を指しているのかがわからないため、ここは飛ばす。

ただ、「寛容な世界づくり」という言葉から弱者にやさしい世界をということなのだろうかということを何となく推察するに、この人々は強者に当たるのだろう。そのあとの、声を上げる、などは最近話題トーンポリシングもろといった感じである。これ以降のところで語気語調で判断するな、といった内容のことが書いてあることだし。

トーンポリシングに関しては、議論の場は対等な人同士が様々なものを用いて議論をするという理想があるが、そこにも権力関係があるのだということを自覚しよう、といったものであると私は認識している。(何かで読んだ、何だっただろう…)

恥を知り愛を知る、は、まあちょっとよくわからない。思いやりだろうか。悔い改めるとかだろうか。

あなたは愚かです。しかあなたの愚かさは許されます

5年後、10年後に、あなた自分自身の行いを恥じたとき過去あなたの行いを誰も責めてはいけません。

もちろん、今あなたがそれを行なっているならば、咎められるでしょう。法に基づき裁かれることもあるでしょう。

あなた積極的または消極的加害行為が、今、あなたからの加害を受けている人の心の安寧よりも、優先して認められることはありません。

しかし、あなたの今の幼稚さは許されます

あなたはかわいそうです。然るべき手段で裁かれた後、あなたあなた自身からも許されることを願っています


これはまあ、おおむね一般的な考え方であるように思われる。罪は裁かれ償いをしたら一種チャラである。あとは良心問題

まずあなたは、あなたが何に依らなくても、あなた自身が当たり前に存在してよいのだということを、深く理解してください。

これはまず一番最初に、あなたの心の底の底に置いておくべきあなた自己肯定感です。

あなたが今それを得られていないなら、とても悲しく、残念なことです。

自分自身の心を明かし、賛同でなくとも肯定されることが、あなた世界を信頼できる根拠になるということを、ぜひ知ってほしいと思います

自分自身の心を明かす勇気を、あなたの愛する、信頼できる人に向けてください。

その信頼が報われたときあなたあなたのための自己肯定感を得られるはずです。

その経験を得たとき、その自己肯定感や誇りが、他者にとっても同じ、誰にも脅かされてはならないものだということを、想像できる人になってください。


ここはいささか唐突に思われた。なぜここで自己肯定感の話なのだろうと率直に思った。

自己肯定感がないからこそ、曰く「愚か」な行為をしているという考えであるのかと推察するが、「自分自身の心を明かし、賛同でなくとも肯定されることが、あなた世界を信頼できる根拠になる」という点では、賛同/肯定をされた時点でその賛同/肯定されたものが、結論として善であろうと悪であろうとその内容はかまわないように受け取られる。

それとも、「愚か」なことであってもその自己肯定感が生まれたらばそれ以降回心できるはずといったようなことなのだろうか、私には少々やはり呑み込めない。

ある層に受けることを言ってしまったらその承認におぼれてしまい、そこから抜け出せないこともあるのではないか、等々考えてしまう。

まあやっぱりよくわからない。

また、「中立」の立場をとり、自分を冷静だと思っている方へ。

あなたが行動をしない限り、あなたは無敵です。

あなたが何かを決めない限り、あなたは誰にもジャッジされることはありません。

あなたは、いつでも世情に合わせて、怒られないための「正解」を選ぶことができます

あなた卑怯です。安全場所で、物事を見定めているつもりになっている自分自身のことを恥じてください。

あなた対立する勇気を持っていないのなら、あなたは有力な参謀にはなり得ません。

そのことを理解し、自身のことを省みてください。


私としてはここが一番の山場であった。ここで、こばるさんは他者に対して「対立する勇気」求めている。

私はここが一番引っかかった。

意見を表明する勇気」ではなく、「対立する勇気」であり、「中立」、決めかねるという一つの判断否定していると思うからだ。

以下は、浅い知識によるものから最初に書いたことを思い返して、あまり真に受けないで読んでもらいたい。

私は、この言葉を読んだとき、エポケーという言葉を思い出した。

エポケーは、判断停止や判断中止とも言われる。これは、懐疑的もの見方として生まれもので、常識などを棚上げし、事実を見るというようなことである。「これまではそうだった、だからこれからも違いない」ここに対して待ったをかけるようなものと私は習った記憶がある。思考停止とも違うということも。

判断を停止するということは、結論を下すことを中止するということで、こうだった場合にどうなるかといった想定をしてその場合結論としてはどうなるか、と考えることをやめるわけではない。

判断停止をし、意見表明をしないということは確かに叩かれるものがないという点で「無敵」かもしれない。

しかし、むやみに敵を作るような行為は慎んだほうがよいのではないだろうか。対話可能と思えないのならば、口をつぐむということも選択肢に入って来るのではないだろうか。そこで人は絶対意見を言わねばならないというのは酷であると私は思う。

立場を明らかに意見を表明できないのは、冷笑主義でもない限りそれ相応の判断停止の理由があるのではないか

または、明らかにするほどのことではないという一種の”判断”でもあるだろう。

ここをおして判断を迫るのならそれ相応の論拠を明確に提示していく必要があるだろう。

また、全貌を知らないままに下した判断には危険性があるのではないかと言いたい。

ヨクシラという言葉があるが、ヨクシラで首を突っ込み盲目的に突っ走るというのは恐ろしいことである。むやみやたらに判断を求めたらいいというものではないと考える。

ただ、これはヨクシラで判断を下し動いている人々に対して判断を下し行動することをやめろといいたいのではなく、その判断に基づいて物事を見ることに固執しかねない、という危険性を留意しておくべきではないかという意味であり、柔軟性があるのなら、意見を表明するという言語化を通して自身の考えをまとめることができ、それを叩き台にしていろいろの人との対話をすることで自身の知見を深めることができるため、それ自体をすべて悪いとは思わない。

これはヨクシラでない人であっても同様のことがいえると思っている。固執することは恐ろしいことである

そして、これらの話はどちらか、いずれか、なんらかの想定されるコミュニティに与するという話ではないと思う。

私は、「対立する勇気」という言い方にどうしても、二項対立ですべてを説明しようとする姿勢が見えてならない。

人々はそうそ一枚岩ではないだろう。学校クラスの分裂ですら、賛成反対と大きく分けてみた中をのぞけば、容易にその中の分裂が見える。

「有力な参謀」という言い方も、ある組織構造を持った何かを想定しているように思える。

ここ以降は、声を上げるリスクについての説明などで、黒人男性黒人若者に対し言っていた言葉彷彿とさせるものだった。

以降に関しては特に思うところはない。しいて言うなら、「数は力」という言葉と、黒人差別意識させること自体だろうか。(全体な気がしてきた)

「数は力」に関しては正当性があると思ってのこの書き方なのかもしれないが、それはマイノリティマジョリティの流動にしかならないのではと思ってしまう。

数は結果であることが望ましいのではと、素朴に思う。まあ、綺麗事なのはわかる。正当に数を得られるように頑張ってほしいものだ。

政治について学んでおらず、社会学に関しても知見が浅いので、これは当たらないかもしれない。(田中角栄しかでてこない程度の知識である。)

黒人差別意識させる書き方をしてることが引っかかるのは、これは黒人差別と同じものではないからだ。

ここからは本格的に蛇足であるが、考えたので残しておく。

ネットリンチは悪いものだ。

差別だって犯罪だってそう名のつくものは悪いものだ。だってリンチ差別犯罪からネットリンチ批判することに是非は問われないだろう。

ただ、ネットリンチというレッテルを誰か他者に貼ることはどうだろうか。

私は、この悪者としてのレッテル他者に貼ることが端的に言って怖い。

これを叩かれるのが怖いということだとは勘違いはして欲しくない。

ここでは、叩かれることは問題ではない、他者レッテルを貼ることが問題なのだ

それをするのは、覚悟必要だ。

その時周りなどは関係ない。私とその人との問題しかない。間違っていた場合のことを考え、極力それをしないように努めなければならないと私は考える。気分としては推定無罪、のような感じだ。自分責任を取れないと思うから責任を持って私はどちらに加担することもしない。

私は当事者でもその近くでもないからだ。

誰かが言ってるから、そんなことで自分の行動を決めてはならない。

大勢迎合することも好ましくない。責任に欠ける。

こばるさんのこのブログ記事は、前提がもう、ネットリンチというレッテルを誰かに貼っている。

想定されているだろう個別具体的な人々はいるのだろうが明確にはされていないから、私にはわからない。ネットリンチは無くさねばならない。

しかに当該の方にネットリンチと(法的、公的に)されることをしている人はいるのかもしれない。

それならば、その人は然るべき罰を受けるべきだ。

私もそのネットリンチをしている人々に対してのみに当てられたものだったら特に何も言おうとは思わなかった。

しかしこの記事では、ネットリンチとこばるさんが思うものについて、ネットリンチだと断定しない人間(中立)への批判がされていた。

私はそこにとても引っかかりこんな長文乱文を迷いながら書いている。

繰り返しになるが、ネットリンチだと判断するのは、ネットリンチ批判するその個人がしなければならないと私は思う。少なくとも、公的な場で決まりきっていないなら、そうなる。

それはしかし、「どう見ても正しさの欠片もないもの」と「正しいけど程度として問題があるように思えること」など、いろいろなものがあるのではないだろうか。私刑は正しいことではない。

少なくとも私は、ネットリンチというレッテルは、どこまでいったら貼って良いものなのかの知識はない。

こばるさんはそのような発言をして批判をするのなら、せめて、明確にネットリンチがなされていると自分が思う根拠を示す必要があったのではないかと思う。

このブログは、黒人差別問題彷彿とさせる。

しかし、黒人差別と同等なほどに、誰がみても、正当性を持って、ネットリンチと言えるものなのだろうか。こばるさんがネットリンチだと思っているものは。

ネットリンチというレッテルを使わずに、自分が目に余ると思う行為をしてる人たちについての問題提起をするということだって、一考の余地はなかっただろうか。ネットリンチとされなくても、人道的に嗜められるべき行為などはある。

私は少なくとも、一連を見てて何に義があるかというのは、簡単に言えるものではないと思っている。

いろいろなひとがいろいろなところでいろいろのスタンスで話してるのを見かけるからだ。

そこまで注視してない私ですら様々な意見を目にするのだからもっと様々な人がいるだろう。

私が見てる中にも、見てない中にも、ネットリンチに当たる行為があるのかもしれない。

ただ、私は誰かから困っていると言われたら、然るべき対応を、としか言えない。

手に余ることをするのは、無責任だ。

デマの流布をしないことが、一番私としては誠実な態度だと考える。

こばるさんの想定には私のような問題を外部から眺めている人間などが入ってないのかもしれない。ただ、この書き方はあまりにも広範な人を巻き込んでの批判ではないかと思う。

声を上げることそのもの正義、ではないと私は思う。

後半の論調的にはネットリンチ気づきつつ口をつぐんでいるサイレントマジョリティーを想定されているようにも感じられたし、基本的にこのブログ記事は、正義は我にあり、と信じて書かれているように思われる。

なので、正当な判断をしたらきっとこばるさんの側につくとこばるさんは信じているのだろう。

個人的には、正義は我にありと信じてやまない、揺らがない態度というのは、少々怖いものだと思う。

たとえ考えが変わらなく思えても、問い続けることは大事ではないだろうか。

乱文なので、また編集をすると思います。ここまで読んだ人がいたら、お疲れ様です。文意通らないとこあるかもだけど許してちょんまげです。

頓珍漢なこと書いている気もするけど、暫定的に。

2020-06-03

アメリカ警官に絞め殺されたのが日本人だったら

・殺される様子の動画は200RTくらいで終わる

・死んだのが中国人だと勘違いした白人が「チンチャンチョン」と言いながら真似た動画ツイートして5万RT炎上

・会見でアジア人警官に絞め殺されたことについて聞かれたトランプWho cares? It's CHINA

アメリカtwitterでは「#中国に裁きを」的なハッシュタグトレンド入り

フランス新聞が「吊り目でマスクをしたアジア人自分の首を締める風刺絵」を掲載中国ネット炎上

Apple Music「そんなことより今日は今までで最もエモーショナルLGBTソングをお届け」

・某官房長官「現地の警察は適切に対処したと米国から伺っている。一般差別といったことには全く当たらないのではないか

アメリカtwitterは早くも次のトレンドに「NYマリア様に見える雲が現れた!」40万RT

・周回遅れで動画を見たtwitter民の反応

「またアホな日本人アメリカで恥さらし。大好きなアメリカ死ねて良かったな」

「こんな時期にアメリカに行った奴の自己責任だろ」

さらに周回遅れで動画を見たブクマカの反応

「でも職質されるようなことしたのは事実だよね?なんでそこ無視する論調なの?」★105

「渡米したことない奴は分からないと思うけど、平和ボケした日本と違ってあっちの警官命令絶対からねえ。。」★94

2020-06-02

anond:20200602134239

でも年に数回は「阿部寛のページが一番素晴らしい」みたいな論調になるんだよな

2020-05-30

でも肉体的に優位な男が女の人に詰め寄ってるからリードおばさんが恐怖を感じたって論調だよ

男性女性配慮不足で女性を動転させて全て悪い方向にコントロールたか

女性も犬も被害者だって

2020-05-28

anond:20200528152709

イヤに決まってるだろバカ

別にあなたの中で虚言のバカ野郎と思ってくれていい

かにこういう主張ってジェンダー論を通したアイドル批判記事ネットにも数件あるだけだし、俺自身こういう論調を全く見ないし疑うのもわかる

でも主張だけはわかってほしい

ゴテゴテ盛りつけたり権威主義に寄りかかって、芸能界ヒエラルキーを作って不細工(とされてしまう人)が辛い思いしてること

俺はどうやらフラット目線を持って生まれしまったようで、不細工(とされてしまう)人の顔みんな好きだったよ

でも褒めたら嫌味になるんだね

2020-05-26

anond:20200526130307

そもそも、そんなこと言ってたら、ほとんどの試験実質的意味は無いということになってしまう。たとえば英検TOEICなども。

気持ちはわかるが、元増田論調からするとそれも同じように意味がないと言っててもおかしくないような雰囲気を感じる。

実質的意味」は全ての試験において存在しない、という意見であっても一つの考えとしてありうると思う。

ツイッターでみんな気軽に政治の話できてすごいと思う

きのこたけのこレベルの話だと思ってるのかな

今は雰囲気同意してノれることばっかかもしんないけど

どうせ根本的な思想なんてみんな同じはずがないのに

たとえばいつか親しいフォロワー意見を違えても

バッサリ切るとかそれも認めた関係でいるとか決められるからやってるんだろうな

後者の人とてもじゃないけどそんな論調じゃないことがほとんどだけどな

それともインターネットのつながりなんてどうでもいいから言いたいこと言えるのかな

ずっとゆるくやってきたSNS

なぜか政治意見への同意を求めるツイートを目にすることが増えて

最近はまるで毎日踏み絵をさせられているような気分になってる

こんなことでフォロワー選びたくなんてないしずっとみんなと玉虫色関係でいたいだけなのに

本当に興味がないから頭にお花が生えてる人のためのSNSを作ってほしい

これは政治に対する興味ではなく

みんなの一方的政治話に対する興味 それがない

2020-05-25

anond:20200525174854

つの答えかたがあって、

 

1.どんなマスメディアも間違いや私見があるのは当たり前であって、それを見抜く作業メディア側じゃなくて受けて側に委ねられている。口を開けてまっていても良質なニュースけが届いたりはしない。

例えば新聞を2紙とって、同じニュースについて論調を比べてみるだとか。

あるニュースが気になったら、その報道の元になった政府発表もちゃん公式ページ確認するとか

そうやって初めて「まともな報道」を享受することができる。

 

2.朝日だって産経だってマトモな記事は常にあるよ。毎日ある。

マトモな記事に気づいていないやつらは、単純にそのメディアの紙面を全部読んでないんだよ。

特にリツイートされたニュースアクセスランクトップニュースだけ読むみたいな行為は最悪だ。マトモじゃない記事ほど売れるようにできているんだから

から何がマトモかっていうと、「普通の」ニュースであるほどにマトモだ。

NHKならニュース7だし、朝日なら普通朝日新聞の紙面だし、地方住みなら地方紙。

それを全部みる。常人並みの知性があれば、そのなかにまともな報道を見つけることができるし、まともじゃない報道無視することもできる。

緊急事態宣言解除とかどこかではめを外した誰かが集団感染起こして「やっぱりまだ自粛必要」って論調にもってくための布石しかないんだよな。

せいぜい自分見せしめにならないように気をつけようや

2020-05-23

SNSでの誹謗中傷よくないって論調だけど、

ただし政治家報道は除くって入れるべきじゃない?

あいつらは人によっては粛清されるべき害悪のもの

2020-05-22

anond:20200521200340

通信関連の企業で働いてるけど、ここで会社のことをつぶやいた時のブクマが俺をプログラマーと思ってんのか知らんがソースコードが~ソースコードが~コード書けないから~ってコード書けないと底辺みたいな論調で、この世の中には「コード書けるから将来の保証あるけど、コード書けない君らはだめ。将来どうすんの?」という感じで超上から目線だった。

ちなみにコード書かない業務に携わってるし、国家資格もある。プログラミングも全くしない業務

そう説明したら、「この世にコードを書かなくていい職業なんかない」みたいな感じで酷かった。

はてブの奴らって看護師とかの医療関係者インフラ従事者とかがコード書けないのも見下してる。

2020-05-21

平田オリザ氏の失敗を日本教育の失敗みたいに主語を広げていくのは

ご遠慮頂きたいなって思ったんですがタイトル長すぎて切れましたてへぺろ

平田オリザ炎上にみる、コミュニケーション教育は「他者相互理解する能力」を害しているという現実

https://note.com/hirayama_t/n/n9ee3544db3b0





これ見て「伝える力偏重コミュニケーションはパッと見だとうまくいってるように見えるけどちょっとしたきっかけで破綻する」ってのはその通りだよなーと思いつつ、どうしてもひっかかることがあったんですよ。

そもそも日本コミュニケーション教育は伝える力偏重」ってマジなの?ってとこです。

自分職業コミュ障のくせに他者との会話が必須なので教育で得たスキルでどうにか人並みの仕事をできるようにしてるんですけど、そのコミュニケーションのための教育で教わることって「相手の話をちゃんと聞こうね」なんですね。

相手の話には適切に相槌を打つことで相手安心感を与えよう、だとか、相手の言ったことを再確認することで齟齬が起きにくくなるだけでなくて相手からも信頼してもらいやすくなるから言われたことはちゃんと「○○ですね?」って聞き返そうね、とか。

もちろんこっちからしかける時の注意として分かりやすく簡潔に、とか、伝えるためのスキルってのも教わりましたよ。でも相手の言いたいことをちゃんと把握するための技術はきちんと教わりましたし偏ってるなんて思ったことないです。

そもそもこの平田オリザって人、コミュニケーション教育ナントカ座長第一人者って言うけど今回の炎上まで名前も知らなかったんですよね。もちろん自分アンテナが狭いってのはあると思いますが、それだけ重鎮のはずの人ならそれこそテレビ御意見番とかで出てきて名前くらい聞いててもよさそうなのになーとか思ったり。




そんでちょっとググってみたんですけど、この「コミュニケーション教育推進会議」って悪名高い民主党政権時代に発足してて、しか文科省WEBサイトを見る限りでは会議自民党政権に戻った後は開かれてないっぽい(議事録が4回目までしかないしその後の活動特に掲載がないし資料も見当たらないし)感じなんですよ。いや活動継続してるなら教えて欲しいのでリンク下さい。

もちろんその2・3年ほどのせいで日本教育に深い爪痕を残したっていうのであれば理解できなくはないですけど、そういう方向の話でもなさそうだし。

日本には昔から「話し上手は聞き上手」っていうことわざだってありますし、いわゆる陰キャと呼ばれるようなタイプの間でリア充の人のコミュスキルの高さの話が出る時って「真のリア充自分らみたいなコミュ障でもうまく会話を誘導して話を聞き出して広げてくれるからすごい」って話であって「リア充の話っていつまで聞いてても飽きない」みたいな方面の話はほぼ聞かないです。自分は。

時間の都合とかスキル不足で教育が足りてないという現実はあるにせよ、コミュニケーションには自分意見を正しく伝えることも重要だけど、相手意見を引き出す能力であったりその為の傾聴能力であったりもすごく重要だよね、と思ってる人の方が多いんじゃないかなあ。少なくとも自分観測範囲だとそうです。

ネット上のコミュニケーション発言重視のコミュニケーションになってしまうのは、どちらかと言えばどうしても対多人数への発信が主になりやすく、かつ相手の反応が返ってくる(相手の反応を確認できる)のがリアルタイムではなくてタイムラグがある(ブログなどだと記事投稿⇒読んだ誰かによるコメント⇒更にそれを書いた本人が確認するための時間差がある)という対話方式構造上の問題であって、教育がどうこうじゃないと思うんですよね。

いや、そういう1対多数のコミュとか発言からレスポンスまでにタイムラグがある場合対話術とかを教育できちんとやるべきではって話であるならやった方がいいでしょうねとは思うんですけど、それって傾聴能力を軽視したかコミュニケーション教育は失敗したんだ、っていう話とは別の話じゃないですか。別の話に平田オリザを混ぜ込まれると問題点が見えなくなるのでは?っていう。





十数年前の道徳教科書には既に「英語が得意な『私』と得意でない友達がそれぞれ海外ホームステイに行ったけど、『私』はステイ先の同年代の子供と話が合わずギクシャクして、友達の方が海外の友人と仲良くなっていた」っていう話がありましてね。喋るのが得意でもそれだけでは相互理解なんてできないというのはずっと前から教育者も理解してると思います。(まあこの話の本題は自分の国に目を向ける、自国に誇りを持つことにあるっぽいですが)(ちゃん最後には仲良くなれるのでごあんしん)

でもって傾聴能力のもの教育である程度まではどうにかなります。何せ自分仕事できているので。

もちろんそこには仕事からこそ相手の話をちゃんと聞こうという意識が働いているという部分があり、相手の話を聞こうとしなければ傾聴スキルいくら磨いてもコミュニケーションできないってのはその通りです。ですが「相手の話を聞こうと思えるようになるためには何をすればいいか」についてはこれもやっぱりある程度までの話になりますけど教育で賄える部分かと思います

という横の話はおいといて、やっぱり平田オリザ氏のコミュニケーション論を軸に日本全体、あるいは主軸のコミュニケーション論が伝える力偏重であるという論調で話を進めるのはちょっと乱暴でないかなーと思うのです。

昨今の英語教育だって技能、読む、聞く、書く、話す、と受け取る能力が盛り込まれます

日本コミュニケーション論が伝える力偏重になっているのでは、という話をするならそんなごく一部かつ負けた政権人間で今は開催されてないっぽい会議議長の話を出すんじゃなくて、もっと他に今話題の方とか継続して活動を続けておられる方とか現在全国で取り組まれている試みとかを例として提示しないといけないんじゃないでしょうか。





あとググって出て来たここのページ

http://web.iec.ehime-u.ac.jp/reinelt/2018JCAcsComp/2018JCAcs3WakiTadayuki.pdf

とかを見て当時の会議資料のありかを知ったんですが、確かに2000年代初頭の資料については伝える力について主題として扱っているんですが、これはそもそも国語力とコミュニケーション能力関係性について語られているのであって主題になってるのは国語力の方では?というあたりの問題もあって一概には言えない気もするなーとか。

国語力は円滑なコミュニケーションには重要です、という話とコミュニケーション能力とは高い国語力のことです、では話が違いますよねってことです)

それにこれって「意見を発信する時には相手への尊重必要不可欠だよね!だから敬語大事にしようね!」みたいな話なので(雑すぎる要約なので詳しく知りたい方はちゃん一次資料を読んでね)相手こちらの話を聞いて貰えるようにするための警戒心を解いてもらう話術の話だと思うんですよ。

そんでもって平田オリザ氏の例の発言炎上したのってその「相手への尊重」が欠片も感じられないんですけど、ってところが起点じゃないですか。

発信する側としてのコミュニケーションスキルである相手への尊重とそれを実際に示す態度、話法というのができてない時点で「平田氏のコミュニケーション論には問題があるかもしれないけれど、そもそもとして平田自身自分の主張するコミュニケーション技法を守れていないので、今回の炎上を元に平田氏のコミュニケーション論が間違っていたかを論ずることはできないのでは?」という。平田氏のコミュニケーション論が正しいかかには別のサンプルを持ってこないと駄目なんじゃねっていう。

なんかこう、平田氏の失敗を直接的には関係ない仮想敵への攻撃に便利に使っているように見えてしまって、伝える力偏重コミュニケーション教育はよくないって主張そのものについては同意できるだけになんかむずむずするなーと思いました。

anond:20200521074226

どうせ黒革に忖度して賭けマージャンに付き合ってしまった朝日新聞記者ある意味被害者だって論調になるのだろうな

友達内閣って言葉が大好きなお友達パヨク

2020-05-19

anond:20200519234504

senbuuとsaebouがぱっと見迷う

論調も近いし

報道する意味あんのか?

持続化給付金オンライン申請したのに振り込みがない店主を取材


店主曰く、音沙汰がないので電話問合せをした所

順次処理中です。不備があった場合登録メールアドレスに連絡が入ります。不備が無ければメールは入りません」

と言われたので待っていた。

なんと2週間後に不備案内のメールが届いた!

こんな事があって良いのか?あり得ないだろ!愕然としている!と憤怒。

ちなみに不備は生年月日の入力ミス



必要な人に必要な額がすぐ届かないとはどういう事だと言う論調報道してるんだけど勝手に怒ってるだけじゃんまじ不愉快だわ読売テレビ

2020-05-15

結局他人事のうちは好き勝手いえる

コロナが大きな問題になり始めた2月ごろ、アーティストライブをはじめとする大規模なイベントが中止になりはじめたとき世間ムードは「補償なんかいらない、自己責任だ」という論調郵政だったように思う。

それがいまや「自粛補償はセットだ」となっている。

もちろん自粛要請のあるなしはあるにせよ、2月ごろだってイベント中止は実質社会的要請に基づいていたものだと思うが、論調が変わったのは結局影響を受ける当事者が増えたからってだけだよね?

2020-05-14

国民PCR検査必要

って誰が主張してるの?

「疑わしい人、風邪の症状のある人全員」に検査はすべき、って論調はよく見かけるんだけど、

PCR検査不要論者って「全国民」の検査不要って主張するんだよね。誰に向かって言ってるの?誰が全国民検査必要って言ったの??

見えない敵と戦ってるの?

2020-05-12

anond:20200512102101

増田毎日見ている訳じゃないけど、大体この手の話が出るといつも同じ論調で食いついてるのがいるのを見るので

毎日いるんだろうと推測してる

こっちは別に増田規則的に見てる訳じゃないしな

ブクマついてたら古いログも見るけどやっぱこいつが食いついてるし

と言うと同一人物とは限らないというんだろうが、こんな奴が何人もいてたまる

anond:20200512091108

ネットでは自分以外は全員バカ論調が多いけど、ネトウヨが増えてきたからそういう傾向になったんかな

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