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2019-04-23

anond:20190423004817

女性との友情などない、考えもしない

ってそもそも女性が思われてるのが正直女の側としてはつらいんだよな…って読んで思った

この増田の件とはだいぶ状況が違うかもしれないが

めちゃくちゃ長いけどちょっと書きます 

中学生の頃「もののけ姫」が公開されてものすごくハマって劇場に何回も観に行った

それを友人が知って、隣のクラス男子もものすごくハマってる子がいるよ~、話してみる?って教えてくれて

私は純粋もののけ姫の話がめちゃくちゃしたい!他に観た人の話聴きたい!ってそれだけ考えて話してみたい!って答えて

友人にその男子になんとなく声かけてもらうことになったんだけど、あとから友人伝手に返ってきたその男からの回答は

そいつ美人?ブスなら別に話したくない」だった

私は十人並の容姿特別美人でも特別ブスでもなかったけどそんなこととは関係なく

見ず知らずのまだ会ってもいない男の子からそういう判断基準を一番大事な事として

求められたり切り捨てられたりするししていいと思われてる存在なんだ…ということがショックで(この辺は後年言語化した)

というかそもそも恋愛的な意味でのアプローチを私が当然しているのだと思われたことにも驚いて

申し訳なさそうにしてる友人に対してもういいよ、ブスだからねって笑って答えるしかできなかった

もののけ姫のすごいところについてあれこれ話そうと思ってわくわくした気持ちが一気にしぼんでしまった

女子の側から友達になりたい」「友達でいたい」と思っていてもその成立にはハードルがある、と初めてわかった出来事だった

その後しばらくして文化祭があって、その子が隣の隣の組の男子タタラ場のジオラマ作ってロビーで展示してるのを見た

ああ男子とは友達になったんだな…ってそれ見てちょっとしょんぼりした 男子容姿は気にしたのかなしなかったのかなと思った

(それはそれとして私もヤックルの小さい粘土像つくりました)

相手から美醜によってのみ判別されて恋愛性的興味の対象かそうでないものか、としか扱われない事はそもそも友達」以前に

人間」として認識されてないということで、これは中学生の心にはあまりにも重くのしかかってきた現実だった



それから十何年も経つ間にもこういう「男性普通に友達でいる、友達になる」ことが難しい場面に遭遇することがあり

やっぱりあのとき感じたことは残念ながら確かで自分が女でいる限り

大きな壁としてこれからも立ちはだかっていくんだろう、と思ってつらくなった

女は恋愛対象でなければ有象無象、くだらないから友人にもなれないみたいな考え方を無意識にしている人

男女の間には恋愛という関係しか成立せず美醜によってのみその判断をするべきと思ってる人

恋愛関係として成立しないのならもうそ女性とは普通に付き合う事はできないと思って実行する人

結婚した女はもう男性友達づきあいしてはいけないと考える人(男女共に)なんかに会って

またそういう考え方がごく普通に男女共に受け入れられている様を見て

つくづく今の社会において女性は自ら判断しないもの

(したとしてもそれを社会概念の側から利用とか打算的とか理解される)

恋愛や美醜という価値基準においてのみ判断されて

自らも恋愛だけを基準にして周りを判断して好き勝手やってるものと思われてるのだなと感じた

(これは先述の増田ブコメ欄を見たらわかると思う)


そんな状況でも私にもこれまでで何人かの男友達と言える人ができて、そのことは本当に嬉しいことだった

少なくともその人たちは私を美醜では判断しないし、私も相手を美醜で判断しないし

お互いにセックスできるかできないか(したいかしたくないか、ではなく)、

という考え方から動いたり私に対する振る舞いを変えたりすることもなくただ一緒においしいものを食べたり

ただ一緒にだらだら趣味の話をしたり男同士女同士で普通にやっていることを男女でもそれを意識することな

普通にしていいんだ、考え方や視点面白い、話してるだけで楽しいからとかそういう理由だけで人付き合いしてていいんだ

ということをしみじみ思わせてくれてこの関係は涙がでるほどありがたい

経験恋愛関係よりもずっと得難く絶対に失いたくないと思えるほど大事人間関係で、

そのことは本当に私が生きていくうえでどれだけ救いになっているかからない

から私は私を友だち扱いしてくれる男性のことをすごく好きだ、だってそれはこっちを人間と思ってくれてることだから

(もしかして男性女性恋愛の上でそう思うように都合よく

美人じゃないけど話の分かる友人、程度として扱われてるのかもしれないけど、それでも)

私には私を恋愛対象としてしか見てない人よりずっとずっとそういう人の方が大事だし信頼できる

こちらをごく普通に人間扱いしてくれる男性のことが、少なくとも私は大好きだ

からブコメとかでよく「信頼とか抜かして傲慢w」「ぬいぐるみペニス案件」とか揶揄されたりするけど

常に価値判断されたり慎重な立ち振る舞いをしなければ批判される立場人間にとって

こういう男性バカにされたり見下されてるんじゃなくて本当にものすごく信頼されてるってことは書いておきたい

(もちろん私にとってはで、すべての女性には当てはまらいかもだけど)

男性の側では女性恋愛対象として見たり性的対象として見ることが今の社会の中ではとても自然で、

当然相手(女性)にとっても価値あることだろう、と思いがちだから翻って女性から自分がそう判断されないことが

価値なしと思われたりバカにされたりしていることと同義だろうととても自然に思ってがっかりしてしまうかもしれないが、

こちらにとってみればそれは全くの逆で女性の事をそれだけの価値基準で見ない人の方がずっと大事なので

そういう関係性の男性とずっと「普通に」友だちでいたいということはすごく自然なことだと思う

でもそのための女性の振る舞いが男性には利己的に見えるのかもしれない 実際利己的な人もいるかもだけど、

でも本当にごく普通にフラットな友だち関係でいたいと思ってる女性はいて、しかもそれに内実はとても苦心していて

相手感情とそこのところが一致せずにすれ違う場合には失敗したり決別してしまう結果になることもある

この辺りに利用されたされないの齟齬が生じるのかもしれない…と思った 周りがあれこれ言うことも

もちろん打算的な女性恋愛至上主義の女性もその他色んな女性がいるだろうけれど、そんなそれぞれ違う沢山の女性の中に

ごく普通に自然男性に対して「あの人と友達になりたい、友達でいたい」って動機もあるって素朴なことをわかってほしい

女性もただ人間なので(当たり前だけど)

未だに世の中では男と女二人いればなにかやましかったり恋愛関係だったり

そうならないなんておかしいと考えたりしていて、それを当事者にぶつけたり疑っていいと考える人がいて

そういう社会に合わせて「我々は恋愛関係ではない」と表明し続けなければいけないことはすごくすり減る

(そもそも世の中の人間すべてがヘテロセクシャルじゃないのにな、と思ってそこももやもやする)

男も女ももっと恋愛というか恋愛概念押し付け合うことから解放されたらずっと楽になれるのにと思う

恋愛関係が成立するにせよしないにせよ女はいつでも「恋愛当事者」としてふるまわなければならないのか、

という悩ましい問題の上に女はいつも立っていて、実際その問題から慎重にならざるを得ない場面が多い

世の中にはナンパや肉体関係のもののことを恋愛のうちに含めて行動する人もいるし

それを受け入れる事にも断ることにもいつも肉体的、社会的なリスクが付きまとう

そんな立場からはさっさと降りたい、自分からはそんな関係を求めもしないのだからこの構造から逃げたいと本人が考えていたとしても、

その意志とは全く関係なしに世間の側がいつでもどこでも「出会い」や「あわよくば」の対象と見なしている現実がある

もしくは美醜によって「お前なんか誰もそんな目で見ないw」といつでもバカにしてもいいと自然に思っている人がいる

でもこれらはどちらも同じことで、主体として扱われもしないのに「恋愛当事者」を求められることは、とてもとても疲れる

(先日話題になった「レンタル何もしない人」を利用したのちのDM問題もこのあたりだろう)


誰かと恋愛関係になることはもちろん逆に恋愛関係にならないように、

友達の周囲の人に恋愛関係と思われないようにということも含めて行動して、

その上でいつも好き勝手判断されることはたぶん男性想像するよりその機会は女性にとっては多く、

男性とごく普通に友人関係でいたい」と思ってそのように振る舞ってもその感情理屈のものを「ない」とされて

「利用した」「(恋愛的な意味の)好意を無下にされた、傷つけられた」と思われたり喧伝されることは結構つらい

男性の側が自分相手に「男として」受け入れられない事が悲しいと感じるように、

女性は同様の機会の度に自分は「女として」しか見られていないと思って

今この現実社会において自分人間であるという前提すら揺らいでしまうから

元増田相手女性本心がどうかは本当のところは私にも増田にも誰にも、もしかしたら本人にもわからいかもだけど、

n=1の私の場合の話として「こういう側面もある」ということをなんとなく頭の片隅に留めてもらえたらと思う

2019-04-22

杉並区議会議員選挙

なんか洞口さん当選高橋しょうごさん落選みたいね

正直高橋さんが政治家に向いてる感じかと言われると疑問だし、地域性もあると思う

人集められる奴が強いって制度なのは変わらないだろうし、今後もこんな感じでやっていくのかとなると、そうなんすねぇという気分になる

あんまり言語化できてないので、明確にここが不満でこうしてくれと言えないのではあるけれども

とはいえみなさんそれぞれ頑張られた結果ですし、お疲れ様でした

2019-04-21

基地外親の言動一覧

言語化すると精神が安定するらしいから書くわ。

ここだったら誰も見ないだろうし。

創作の参考にでもなれば。

父親

自分達が教育したら過保護になるだろ!だからネグレクトしてんだよ!

習い事?金の無駄だろ!この金食い虫が!!!

何で産んだかって?老後の介護をさせるために決まってんだろ!お前は俺たちの奴隷大人しくしてろ!

仕事ストレスが溜まってんだよ!だから子供を殴ってる!何が悪い!親に逆らうな!

本なんて高いし無駄!その金でパチンコしたりタバコ吸ったりしたほうが得!

漫画ジャンプ買いたいだぁ?ふざけんじゃねーぞガキ!

買いたいものがあるなら体でも売って稼いで来いよw男でも売れんだろw?

おいwショタコンゲイを連れてきたぞw一回一万円な。お前の取り分は千円な。

勉強なんて無駄勉強しなくても生きていける!勉強すんな!親への当てつけか?きめーんだよがり勉!!!

学歴あるやつは人格問題がある!勉強なんかしたら人格破綻者になるだろ!

誰のおかげで産まれてこれたと思ってんだ?俺様のおかげだろ?感謝しろや!ほら土下座ありがとうございますって言えよ!

親は尊敬するものだってTVで言ってたぞ!

TVクイズ番組を見て頭を鍛えているから俺は賢い!

受験?進学?は?学費負担しろってか?ふざけんなよガキ!なんで俺がてめーの学費を払わねーといけねーんだよ!

○○(若くして成功した人)は凄いなぁ。それにくらべてお前は(笑)

母親

子供を殴って蹴って何が悪い!それをしなきゃ私が可哀そうでしょ!

本当にかわいそうなのは私。本当に苦しんでいるのは私。

この包丁で殺してやろうか!?お前みたいなガキは一生クズなんだよ!

本当はね。あんたなんか産みたくなかったの。親に言われて仕方なく産んだの。

あら。まだ生きてたの?さっさと死んでくれない?

クズだねぇ。暗いねぇ。あんた見てるとイライラしてくるわ。

お前は何にもできないよ。お前には無理。お前が何しても無駄。頑張っても無駄から

こんな子供の親だなんて、私が可哀そう…。

あんたのせいで私の人生狂ったわ。

私は親よ!?尊敬しなさい!

勉強なんてしちゃって(笑)根暗だねぇ。

学校勉強したって社会通用しないよ?

本なんか読まないで!イライラするわ!

その漫画友達から借りたの?漫画なんてオタクみたい。

あんたみたいな奴が将来犯罪者になるんだろうねー。

あんたの友達って団地に住んでいるんでしょ?クズのトモダチはクズだねぇ。

食事?なんで私が作らないといけないの?自分でしなさい!

ほら。おにぎり作っておいたわよ。床に転がしておくから勝手に食べなさい。ぎゃはははwww

習い事水泳?塾?そんなの意味ないでしょ!学校で十分でしょ!親に負担をかけるな!

テストで百点とったの?だから何?(笑)私に見せつけて…嫌がらせのつもりなの?ホント嫌な性格してるよなお前は!!!

バレンタインチョコもらったの?

子供なのにさかっちゃって…。気持ち悪いわー。

あんたみたいなのが将来性犯罪とか起こすんだろうねー。

怖い!殺されちゃう!私、子供に殺されちゃうよ!私は何にも悪いことしてないのに殺されちゃう!!!ぎゃああああああああああああああああああ!!!!!!!!!

2019-04-20

anond:20190420153526

本やブログを読むか、増田とかTwitterとか掲示板とかで匿名自分語りをするか、カウンセラーとか自助グループとかで人に話を聞いてもらうか、ともかくうまく自分がなぜそう思うのかを言語化しようとがんばってみて、自分気持ちを少しずつほぐして解読するしかないんじゃないかな。

まずは同じようなことを考えてる人の本とかブログとか読むことから始めてみたら?

あと今だったらTwitterでアライさんになるとか。

2019-04-19

上手く言語化出来ないけどソワソワする。落ち着かない。試験まで1ヶ月切ったからか。

2019-04-15

anond:20190414185523

負け組ルサンチマン可視化したうえでその温存を求めた文章

いい文章とは思うが、ここまで分析して論点言語化できてたらそこにいられないだろ、というのが違和感

理論を奪うな、と結んでいるけども、その理論が使えるのは、増田自分説明したような理論構造に気づいていない人だけだろうに

真実気づきつつ、あえてするシニシズムとするならばなおさら上野祝辞理論が奪われることはないわけで

2019-04-14

anond:20190414081725

からないところを把握して言語化するのは、なかなか難易度高いぞ。

2019-04-13

平成31年東京大学学部入学式祝辞は名文か

まず最初に。

私は上野千鶴子という人をさっきまで全く知らなかった。

今回の東大入学式祝辞に関するコメントの中に

「これまでの上野千鶴子言動に反感を持っている人は素直にこの祝辞の良さを受け取れない」

というようなものがあって、まぁそういう人達もいるのかもしれないが、

私はこの人に思うようなところがあるわけでは決してない。

さて、入学式祝辞に関してであるが、東大入学式では毎年とても素晴らしい祝辞が送られていると思う。

特に去年(平成30年度)のものは強く印象に残っていて、ふと内容を思い出すことがある。

しかし当時(そして今も)、これが話題になることは全くなかった。

まぁ世の中には名文があふれているので、全ての名文が必ずしも脚光を浴びることはないのは当然だが、

今年の祝辞に感動したと言っている人達は、去年の祝辞を読んでも同じようにこれ見よがしに賞賛してくれただろうか?

どうも当の新入生の中に、上野氏の祝辞文句を言っている人達がいたらしい。

私はただの部外者だが、確かに読んでいて多少イラついてしまった。

その理由言語化して置いておきたい。

1. 新入生は受験という枠組みに従って入学しただけであり、不正入試だの女子教育だの言われても、彼らにはどうしようもないではないか

 むしろ「じゃああなたがなんとかしてくださいよ」と感じてしまっても不思議ではない。

 なにせ言っているのはウィメンズ アクションネットワーク理事長なのだ

 もちろん、上野氏としては、氏一人で出来ることには限界があり若い世代意識を変えていくことで、

 より長期的な視点でも社会を良くしていきたいという気持ちがあったのだと思う。

 しかし新入生にそのような意図が伝わるような話の運び方だっただろうか。

 なにか「自分達にはどうしようもない事柄に関して責め立てられている」ようには感じなかっただろうか。

2. 上野氏は

あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。

 ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会あなたたちを待っています

 そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。」

 と述べている。

 私も同意である。正しいことを言っているように聞こえる。

 しかし、それは赤の他人から釘を刺すように言われなければならないことだったのだろうか。

 受験突破した本人が「環境のおかげでした」と自発的に思えるのならそれは良いことだが、なぜをそれを強要しようとしたのだろうか。

 新入生それぞれに彼らなりの「環境」がある。

 なかに努力が公正に報われない思いをした、またはしている人達もいるのではないか

 それらを知りもしないはずの上野氏に「環境のおかげだったこと忘れないようにしてください」などと言われる筋合いはないだろう。

3. 最後に、細かい違和感であるが、上野氏は

女子学生合格率に対する男子学生合格率は(中略)ちなみに東京大学理科3類は1.03、平均よりは低いですが1.0よりは高い、この数字をどう読み解けばよいでしょうか。

 統計大事です、それをもとに考察が成り立つのですから。」

 と述べており、私はこの部分を読んだ時、純粋に心の底から、その数字をどう読み解けばよいのかがわからなかった。

 そして上野氏は、それを読み解いてくれることも、考察することも結局なかった。

 あまりにも無責任ではないだろうか。

 「統計大事です」というのであればせめて「1.03」という数字統計的に有意なのかどうかだけでも言及してほしい。

 ちなみに調べてみると、理科3類の合格者数は毎年100人前後であるようだ。

 上野氏が「1.03」という数字をどこから引用しているのかは不明だが、これを「1.0よりは高い」と評価することにはたしてどれほどの読み解きがあるのだろうか。

入学式祝辞とは新入生に向けた言葉であるべきだと私は思っている。

しかし、今回の上野氏の言葉真摯に新入生のことを考えたものだとは私には受け取れなかった。

もちろん人によっては「何か」は得られたと思う。

しかしそれは「聴き手の意識次第ではどんなスピーチでも良い点を見つけられる」程度でしかない。

はじめの方に書いた通り、東大入学式祝辞はどれも見事であり、公開して残しておく価値のある言葉たちである

それら歴代の名文に比べると、上野氏の祝辞はるか駄文であったと言わざるを得ない。

2019-04-12

anond:20190411221341

言葉とは違い絶対的抽象概念から仕方ない。

それを無理に言語化したことによる齟齬だ。

から本当のことを言ってしまえば、本質をわかっていれば表記表現自由

ただそれを共有するための恣意的手法に過ぎない。

でも物事本質を確かめるために客観性が求められている以上は、仕方ないともいえる。

これ以上の客観性と、抽象概念についてを考えれば哲学領域に。

まあようするに、この疑問に絶対的な答えこそないのは絶対的

言葉ってそんなもん。

2019-04-11

anond:20190411221341

教えている人が数学を知らないだけのような。

学校レベルが低いと教師レベルが低くなるけれど、理解させる仕事ってかなりレベルの高い仕事から難しいんだよな。訓練させるしかなくて、ただでさえ勉強特定の教科への嫌悪感を強めてしまう。

特に数学は、こういう疑問に無限に答えられる人もいる。全部定義されているし、ふと素朴な疑問や自明なことへの未定義に気づいた人が大プロジェクトを立てて再定義し直したりしている。

とはいえそういう人に質問する機会をどう得ればいいのか分からないが。

疑問を正確に言語化できているので、もったいない気がする。

既に学生ではないがわだかまりを持っている状態ならば、本に記述されていることも結構あるので、読んでみるといいかもしれない。適した本を知っているのもスキルから、やっぱり聞ける人がいないとすごく大変だけれど。

身近な中で数学に興味があった人に声をかけて辿っていけば、飲み代くらいで付き合ってくれる、そういう質問に答えるのが好きな人出会えるかもしれない。

[]キャプテン・マーベル

キャプテン・マーベル』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向けですぞ

総評

ほどよく100点。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」。ふむふむ満足であるぞ、と思いつつ帰路についた。とは言え、帰路において考察が止まらないとかはなく、色んな部分が程よく狙ったように及第点ではある。

MCU(マーベルヒーロー映画シリーズ程度のことだと思いねえ)ファン的にはくすりとわらえたり、ほろりと出来たりする要素はありつつ、全体としてのアクションCGバトルの派手さも有りつつ、脚本もウザくならないように欠点塞ぎつつ、いい感じというのが個人評価。大傑作じゃないけど程よく佳作。

ゆえに以上で感想終了である

ヒーロー内面資格

というわけで、ここからさきは感想じゃなくて感想風になる。

キャプテン・マーベル』は良かった。しかし、実はその良かった部分が自明じゃない。様々な要素が程よく及第点から全体合計で佳作なんだけど、何か突出した、訴えかけてくる部分が見つけづらい。

でもそれって無いわけじゃない。無かったら上映後もっと気持ちが尻すぼみになったと思う。だから良かった部分をちゃん言語化しておくほうが良いと思ってのメモだ。

いろいろ考えてたのだけど、『キャプテン・マーベル』は空っぽなところが良かった。その内面というか、背景が、他のヒーローに比べてポジティブに空白だ。そこが素晴らしく良かった。

ヒーローというのは超越的な存在で、それは能力的なものもそうなのだけど、内面的にもそうである必要がある。「信じられないほどの苦境や絶望に対して敢然と立ち向かう断固たる決意」みたいな部分だ。しかし一方で、ただ超越的であるだけではなく視聴者である凡人の僕らと地続きである必要もある。そうじゃないと視聴者ヒーロー感情移入することが出来なくて、彼らの苦悩や活躍他人事の白けた話だとしか思えなくなってしまうからだ。

アイアンマンキャプテン・アメリカというスーパーヒーローであっても、彼らの抱えた周囲から無理解へのいらだちや、内面孤独や、大切な人を失ってしま絶望という様々な苦難は、もちろん具体的な状況は違うのだけど、僕ら一般人生活を営む上で出会うそれらと変わりがない。ヒーローヒーローでありつつ僕らと同レベル人間存在であって、その同類が困難に向かって立ち上がるから胸が熱くなる。

マーベルというアメコミ企業は、扱ってる商品性質上、ヒーロー専門家であって、ヒーローについて多分毎日毎日めちゃくちゃ真剣に考えているから、そういうドラマの基本を十分に研究していてヒーローを生み出している。

その結果、例えば肉親を悪の襲撃や事故で失ったり、自分の将来の希望を奪われたり、社会からの拒絶で友を失ったり、両親との関係コンプレックスがあって取り戻せなかったり、愛を交わしたパートナーに去られたりする。……よくあるなー。

そういう内面的な危機を乗り越えた「から精神的に強いヒーローなのだー! ばりばりばりー! みたいなシナリオは本当に多い。でも、それってなんかこう……やりすぎて陳腐になったり、これみよがしな悲劇ドラマになったりもする。

言い方は悪いが「こんなにひどい目にあったんだから超絶能力を手に入れてもええやん?」みたいなエクスキューズにも見えてしまうのだ。ドクター・ストレンジお前の映画のことだゾ。

この「1)なんだかんだで凡人→2)内面的な困難や絶望の超克→3)不思議出来事が起きてヒーローパワー入手!(2と3は順不同)→4)乗り越えた主人公の爽快なアクション!→5)解決!」というドラマ構造はすごく強力なテンプレなのであらゆるメディアで見ることが出来る。

この構造において、ヒーロー内面的な資格は「不幸とその超克」だ。

でもたぶん、『キャプテン・マーベル』はそこに対して距離を取った。

ドラマを支えるために一応取ってつけたようにその構造はあるのだが、その部分には明らかに重心をおいていない。

主人公キャロルダンヴァース(キャプテン・マーベル)は、たしかにクリー人に洗脳されて傭兵扱いされてたわけで、そういう意味で裏切られていた(っていうか洗脳されてたって相当ひどい過去だよな。エリア88風間シンよりやべーだろ)わけだけど、じゃあそれが彼女内面悲劇であり彼女の中心か? というと別にそんなことはない。

リー指導者である超AIにたいしても自分を騙していた直接的な上官にたいしても、別段そこまで復讐意思はなさそうだ。現に上官のヨン・ロッグは叩きのめしたけれど宇宙船にわざわざ乗せてクリー星へ送り返している。

映画を見終わったあとに振り返ってみたけれど、彼女内面的な意味ヒーローになったきっかけというか契機となるイベントは実は本作のメインな時間軸中に存在しない。そのイベントの欠如は、従来の判断によればドラマ設計の失敗を意味するはずだ。でも、設計失敗の割にこの映画破綻してないしちゃんドライブされている。

これってどういうことなのか? 内面葛藤を経ていないキャロルは前述のヒーロー資格においては失格であるはずだ。しかし画面の中の彼女はさっそうとしてて格好いいし、見ていて気持ちいいし、応援も出来るしヒーローに見える。これってどういう設計なのだろう?

結論から言うと、その資格論にたいする本作の返答は「主人公キャロルダンヴァースは最初からヒーローだった」だったいうものだ。

この「最初から」というのは、文字通り子供の頃からという意味で。

作中でインサートされるように、キャロルは、子供時代記憶としてカートレース事故にあう。子供野球三振する。軍の教練において体力勝負で負けて周囲から笑われる。つまり、僕ら凡人がするような挫折を一通り普通にやっている。

そして彼女はなんだかんだ人生につきもの紆余曲折を経て、当時まだまだ女性に対しては門戸を閉ざしていた空軍パイロットエリート象徴でもある!)に実験部隊ということで潜り込んでテストパイロットになる。

その実験部隊トラブルが起きて、キャロルは恩師ウェンディローソン博士を助けるために飛行任務立候補し、その騒動の中であわや命を失うというところまで行くのだが、それはさておき。

その実験部隊で同僚でもありキャロル親友黒人女性パイロットマリアランボーセリフに「その時(恩師を助けるためにパイロット立候補したときの)のあんたはまさにヒーロー登場! って感じだったよ」というものがある。過去を回想する形で親友主人公を思い返した言葉だ。

この立候補ときキャロルスーパーヒーロー能力を持たない普通地球人だったわけだけど、にもかかわらず、「まさにヒーロー」だったわけである

能力のみならず、内面危機においても主人公キャロルはこの時点で、ヒーローにつきもの特別悲劇経験していない。恋人を謎の組織に殺されたりしてないし、四肢を切断されて生きる力を失ったりしてないし、故郷帝国に焼き尽くされたりしていない。

この作品は「それでもいいんだ」と言っている。そこが良かった。

まりカートレース事故から負けん気で立ち上がったとき子供野球三振したけど凹まずに再挑戦したとき、軍の訓練の綱登りで落下してもへこたれなかったとき、そのときキャロルダンヴァースはすでにしてヒーローであった。あらゆる困難に「なにくそ!」と立ち向かったとき、「すでにしてヒーロー資格を得ていた」わけだ。もちろんアクションバトル映画であるので、主人公キャロルヒーロー能力を得たあとにも虐げられたスクラル人を助けようとして銀河規模の争いに身を投じる訳だが、それはなにも特別なことではなくて、「眼の前の困難に対して意地や義侠心で立ち上がる」ことそのもの子供時代と変わらない。

あらゆる人のあらゆる人生につきものの、しかし本人にとっては重要な、日常の無数の挫折や失意から立ち上がること、諦めずにチャレンジするその姿勢、それこそがヒーローであると『キャプテン・マーベル』という作品は主張している。

それはつまり主人公キャロルだけではなく、広く開かれた一般凡人である視聴者への無言のメッセージでもあるのだ。「ヒーローになるにあたって特別巨大な悲劇喪失必要ない」。「この映画を見ている圧倒的多数普通の人々も十分ヒーロー足りうるよ!」と言っている。

これは脚本家が、従来のヒーロードラマに対してまだまだ満足せずに、ドラマ構造として一歩先に進もうとした野心の結実のように思える。

そのチャレンジがとても良かった。

ハリウッドアメリカロールモデル

アメリカ映画において、とくにハリウッド映画において、さら子供ターゲットに含めたヒーロー映画において、ロールモデルっていうのはすごく重要ポイントだ。ロールモデルっていうのはざっくり「目指すべき人物像」とでも言えると思う。「こういうのが良い人間です」という制作側の提案、という側面がハリウッド映画には確かにある。

日本ではちょっと馴染みのない考え方かもしれないけれど、要するに子供の頃に課題図書で読む偉人伝と同じような役割文化装置だ。二宮欣二とか野口英世とか夏目漱石とか聖徳太子とか。あのような人々の物語と同じようなジャンルとしてキャプテン・アメリカアイアンマンがいる。

人々は彼らに憧れるとともに、彼らを通して、正義や公や仁愛や克己を学ぶ。どういうモデルが「目指すべき人物像」になるかっていうのは、当然制作側/脚本側の提案によるんだけれど、その背景には当然制作当時の(主にアメリカの)世相が反映されている。

近場で言えば『アクアマン』では主人公アーサー・カリー が抱えた苦悩は、まさに「移民二世が抱えるアイデンティティ問題」「おれはどっちの子供なのよ?」であって、すごく現代的だった。

アントマン』においては「娘に愛されたい父親としての俺と、金を稼ぐ社会の中での俺のどっちを選べばいいの?」というこれまた現代的でヴェットな問題が提起されている。『インクレディブル・ファミリー』においては「あっれー。なんか嫁さんのほうが稼ぎ多くて俺ってばヒモみたいな生活になりつつあって、家庭内での俺の地位とか、俺のオトコとしてのプライドとか、どうすればええん?」という現代的な――なんか世知辛くてしょっぱい話になってきたなあ。

MCUにおける二大ヒーローキャプテン・アメリカアイアンマンは「能力を持つもの社会貢献」をめぐる物語対立する。世界を救う能力を持つヒーローは、なんで救う義務があるの? というわりと古典的で、でも正義をめぐる物語としては避けて通れぬ踏み絵のようなテーマだ。

その問答に『キャプテン・マーベル』は踏み込まない。主人公キャロルは行動するが、行動に前だつ問答はない。それこそが彼女提示したヒーロー像で「アメリカ人の目指すべきロールモデル」だ。

困難を前にしてくじけない。不撓不屈。弱者に対して自然に寄り添う慈愛と、押さえつけてくる不当な力に対する反発。しかしそれらは、そういう問題がなにか特別大きな悲劇から、滅すべき悪だから立ち上がるというわけではなく、ごく自然に「それが私だから」というスタンスで、重く扱われない。そこで重要なのがくだらないユーモアと友人と日常であって、災厄を目の前にしてもひょうひょうと立ち向かう。ただ、絶対にくじけない。破れても失敗しても「もう一度」チャレンジする。

主人公キャロルはその戦闘能力においてMCUのなかでもかなり最高峰位置すると思うのだけど、政府超人兵士計画で生まれキャプテン・アメリカよりも、悲劇を背負った社長発明家大富豪ちょいワルモテ親父のトニー・スタークよりも、その内面姿勢において一般的な視聴者に近い。「顔を上げて誇り高く自分らしく生きる」だけでヒーローとして立っている。

その軽さ、明るさ、が心地よい映画であったと思う。

2019-04-10

就活自殺

就活自殺を本気で考えるけどこんなクソ制度のせいで死ぬとかごめんだから絶対死なないわ

それでも死を選ぶ人はいるわけで、考えるとまあ自業自得なとこもいっぱいあるよ、客観的に見て魅力はあるのに、それを言語化して伝えるのが死ぬほど下手くそ企業に魅力が伝わらないとか、そもそも伝えられる魅力が客観的に見てもないとか。あるよ、自業自得だよ。分かってるんだけどさ。

採用に携わる人間って本当に私たちと同じようにこの就活を乗り越えてきた人間かな?って思うと全く違う、偉そうに座るおじさん、どう見てもバブル世代ツイッターで見たぞ。書類送るだけで内定だったんでしょ?地方から出てくるときにはお金貰ってたんでしょ?おかしいじゃんーーーーーー

助けてくれよーーーーーー内定もらえる気配がないよーーー周りはもう内定もらってる なんでやーーーーーー

2019-04-07

anond:20190407210158

俺も読んでて全然からなかった(絞れなかった)。

そこまで主張するくせに自分の好みについてきちんと言語化・整理出来てない。

こういうやつすごくうざい。

昔は結構こういうボンクラ大勢いたけどネットの隆盛で確実に減ったね。

言葉を巧みに使えないやつや自分思考を整理できてない奴の居場所は狭いから、

そういう能力が磨かれるようになったし磨けない奴はより狭い場所に押し込まれた。


絵のリクエストとか受けてても昔は言語障害みたいなやつが多かったけど今はシャープからね。自分はこういうのが好き、ってきっちり説明できる。

2019-04-04

anond:20190404100235

けもフレがどうこう以前に、自分が好きだと思う作品がそのような扱いを受けたらどう思うか。




けもフレは知らないけど(1期すらついていけなかった)こういうことほざくアホが大嫌いです。

俺は自分の好きな作品が叩かれてもどうも思いません。

視聴者としての自分絶対の自信があるからです。

他人がどういってようが自分の好きなものと嫌いなもの評価するもの唾棄するもの、きちんと自分言葉根拠つきで説明できます


お前を含む多くのあほどもと言うのはそこが確立していないのでしょう。

から他人自分と異なる意見にキィキィと子供のように不機嫌になって泣き叫ぶ。

自分の鑑賞眼がぐらぐらしているから、他人に違うこと言われるたびにぐらぐらして怖いわけです。

でもそれはあなた問題なんだから他人の口をふさごうとするんではなく、

自分の見る目を確立すべきです。

何がすきか、何がきらいか、きちんと言語化してかたれるようになりましょう。

チャットだと話しやすいけど対面だと話せない自分の話

語ります

社会人2年目、今日4月3日で新しいチームは始まったばかりだ。会社フリーアドレス制になっていて、チームメンバー(6名)はいろんな席に座っていて離れている。チームの運用方針を決めたりするのはslack雑談部屋がメインになっている。そこで今日、1つの議題があった。

「チームとしてメンバー個人の分報チャンネルをつくり運用するのはどう?」

 自分チャットでは流暢に話すのでさっそく意見をした。「自分は賛成です。雑談部屋だと恥ずかしいけど個人の分報チャンネルなら話しやすいというメンバーもいて、結果的課題が表面化しやすいからです。」自分は対面になると話しづらいという悩みがずっとあり、先程シャワーを浴びながら考えていた。今この場で、同じ議題を突きつけられたら答えられるか?目の前にチームメンバーがいることを想像して、自分はこう答えた。

「分報チャンネルぅ〜よい、よいと思いますはい・・・・そこでみんな発言できるので・・・

となってしまい、考えるのをやめてしまいました。

 人と話すときの緊張、その日の体調の良し悪しなどを抜きにしたとしても意見が出てこなかった。PCが目の前にないと「考えを放棄する」という習慣がついてしまっていた。大学生の頃にインターネットをやりすぎていたせいかPCが目の前にないと何もできない人間に成り下がっていました。ただ考えを放棄する習慣がついているということに気づいたのはよかった。

きちんと思考できる立派な社会人になるためには例えば以下のようなことをすれば良いと思う。

・何でも話し合える友人を増やし、普段から言語化の伴った思考をしている時間を増やす

・話しはじめに、自信を持った一言からはじめることで、なんとなく自分テンションをあげて思考やすくする

・(これは難しいけど)家に1人でいるときもできるだけ思考を深くするように心がける

長文すみません

2019-03-31

10年勤めた日系メーカ退職した

終身雇用制、手厚い福利厚生残業は多めだが全額出る、そんな昭和の夢の残滓のような会社に勤めていたんだけど昨年退職した。

待遇は非常に良かったんだけど(0.6Googleくらい)、安定が自分の中で恐怖に変わっていき、やがて耐えられなくなってしまったので退職に至った。今は年収が半分になってベンチャーみたいなところにいる。預金残高を見て不安になることはあっても前職で感じたような、先細りの籠に閉じ込められたような気持ちには未だなったことがない。

前職のような会社日本にあまりいから参考になる人は少ないかもしれない。これはあくまでも平成という時代10年間昭和サラリーマンをやってきた自分のそれまでの人生のまとめであり弔辞だ。

しかしたら、公務員とかレガシー産業利益を独占的に得られる会社に潜り込んだ人にとって何かの参考になれば幸いである。

○私の経歴(読み飛ばしオケ

地方都市まれ、小中高と公立育ち、大学は他県の国立大学へ、理系マスターを修了後に学校推薦で就職

地方医学部に進学した人がバズってたけど、私は井の中の蛙というか幸せ環境で育ったなあと思う。学区が良かっただけかもしれないけど、所謂ヤンキー的なタイプは少なくて、開業医の子息とかとも普通に遊んでた。うちは公務員だったけど(子供だったから気が付かなかったという事情もあり)、引け目や負い目を感じたことはなかったと思う。財力の違いを感じたのは高3で進学先に私立医学部を選んでたときくらい、他は塾とかも選択肢が限られていたのでみんな一緒だった。

理系を選んだのは高校で7割くらいが理系を選ぶ環境から何となくという要素が大きい、医者になりたいとかエンジニアになりたいとか思わなくもなかったけど、何より理系潰しが効くし、数学が苦手じゃなかったらやっとけくらいの気持ちだった。

高3のとき偏差値公立医学部には足りず、迷わず他県の地方国立大に進学。大学でやりたいこと云々より自分偏差値で行ける最大限の学歴に行ったという感じ。お陰様で入学後に学力不足を感じて本当に苦労した、かろうじて留年を逃れたくらいの成績。マスター殆どの人が行くからというだけで選択、例によって院試は内部生にも関わらず死ぬかと思った

そんな体たらくだったので、就職とき仕事研究との関連性だとか一切興味がなく、学校推薦で行ける会社年収四季報確認して上から順番に面接お辞儀できれば受かるという情報通りヌル面接をあっさり通り前職に内定した。

○どんな会社だったのか

環境

東京から車で2,3時間くらいでコンビニまで徒歩30分くらいかかる僻地面接に行ったときヤバイかなと思ったけど、地方大学からすれば東京まで2,3時間で行けるというのはそれなりにメリットがあった。あとアマゾンが送料無料をやり始めた頃で、アマゾンが届けば生きていけるかなあとも思ってた。

待遇

これは無茶苦茶良かった、待遇というか給与だけだけど。就職を決めたとき四季報だと平均年収は0.5Googleくらいで(平均年齢43歳のね)、辞めたとき年収は0.6Googleくらいあった。ただし、基本給:残業代:賞与が4:4:4で、賞与は完全に業績連動のため期待は禁物。リーマンショックの頃に3,4年働いても基本給が5000円しか上がらなかったのは忘れられない(さすがにその後是正された、けど過去の貰えていない分の保証はなし)。

残業代が4というところからお察しの通りで、残業時間は年間で700〜900時間くらい。寮や社宅は完備のため、平日は会社敷地から一度も出ることなく過ごしていた。

業務

表向きは最新技術研究開発となっているけど、実際は雑用書類仕事疲弊していた。入社してから一度も新しい技術みたいなのを研究したことはないと思う。ひたすらに社内調整、下請を買い叩く、行き当たりばったりで問題解決するの繰り返し。更に営業案件とか製造案件雑用がバシバシ入ってくる。先のことを考える余裕なんて一切なくてアワアワしているだけで10年過ぎてしまった。

私に限らず全社的にそんな仕事ぶりだったけど、市場は寡占状態なので会社は常に儲かっていた。そもそも枯れた技術なので顧客は新商品とか新機能は望んでいないのだから。たまに声の大きい営業が上げてくるマイナ案件対応するために右往左往して終わり。そのマイナ案件にかける時間を全体に対する原価削減に当てたほうが良いのではとは皆が感じていた。

一応良いところを挙げておくと、暗い実験室に引き篭もって量産の目処のない机上の空論をやるよりは、現場問題を拾い上げて設計に反映するのは楽しかった、それは生産技術仕事ではないのかと思いつつも。

同僚も学校推薦で来る似たようタイプなので、穏やかで話が早くやりやすかった。東大東工大が主な学閥なので地方国立大は肩身が狭いとか無いの?とかはたまに聞かれたけど、管理職になりたいだとか野心がない限りは別段に何も不自由は無かった、学歴よりも上司だとか部署ガチャ要素が大きかったし、皆が平等不公平という感じだった。

組織

上の意向忖度して言われる前にやることが尊ばれる文化という感じ。基本的マネジメントというものは全く無く仕事もこれやっといてというだけで納期仕様も何もない。上司の指示どおりに働いていたら、その上から烈火のように直接指導されることもザラ(そうゆう時の上司沈黙)。酷いなと思いつつも、上司とその上も同じような関係だし、その上もそのまた上も…

これがいわゆる昭和の日系企業かぁと思っていた(違ったらごめん)。賽の河原に石を積むというか、降り積もる雪をひたすら取り除くような気持ちで働いていた。

人事評価みたいなのも形式的で、上司査定するけど、結局は偉い人の好みに合わせて査定をつけないと書き換えられてしまったうえで上司評価も下がるので(人を見る目が無いという理由で)、偉い人の好みをどうやって察して査定をつけるかという作業になっていた。偉い人に取り入ろうにも年に一度も話すことがないし。逆に気に入られている人もそんなに親しげではないので、何が基準かは永遠にからなかった。

こんな状況でどうしてやる気を失わなかったのかというと、査定が悪かろうと昇進が遅れようと、何だかんだで高給をもらっている自覚責任を感じていたからだと思う。少なくとも自分給与以上は働かないと、お世話になっている子会社取引先に会わせる顔が無いという気持ちで踏ん張っていた。

○どうして辞めようと思ったのか

20代の頃は仕事組織に不満がいくらあっても、それを上回る待遇を得ていたので辞めようとは思わなかった。仕事なんてもの所詮時間感情の切り売りで、仕事やりがいかいうのは、金が払えない会社言い訳だと思っていた。

ところが30代になり預金残高が1Googleを超えたあたりで、ふと将来のことを考え始めた。余りにも遅すぎた自我の芽生えだったのかもしれない。

つの間にか同僚はみな結婚して家のローンや保育園の話をしている。家族がいる奴は良い、自分の代わりにお金を使ってくれて、それで幸せになれるのだから。ここで暮らしていれば子供の1人くらいは私立医学部に入れられるかもしれない。で、私はどうなる?20代の頃と預金残高以外で何が変わった?

お前も結婚すれば良いのではないかと言う声が聞こえるけど、これは中々上手く行かなかった。こんな僻地にある会社から相手地元の人ばかり。上記のように地方転々としてきた自分とはどうしても感覚が合わない、例えば同僚の結婚式で、高校部活の先輩後輩の関係が30過ぎても未だに残っているのが嫌だった。

敵を増やしそうだけど、地方にはヤンキーと良家の子しか残っていないんだと思う。ヤンキー説明不要でいわゆる地元マイルドヤンキーさん、看護学校もあるので一人でやっていけるこの手のタイプは多い。良家の子女は女子大を出て実家に戻って地元金融機関就職という感じ。同僚の奥さんはどちらも結婚したら寿退社して社宅に住んでいた。

私だったら、相手が1Google稼いでいても専業主夫になりたくないなあと思う。その程度の収入自分の後の人生選択肢の全てを預けたくない。私は夫婦人生連帯保証人だと思っているので、こうゆう自分感覚と合っている人と結婚たかったんだけど、残念ながらそんな人とは出逢えなかった。それほど立ち入った話はしないけど同僚と上のような話をしていたら「そもそも君は結婚相手に何を求めているの」と言われたのが印象深かった。私は友だちとか親友的な要素、少なくとも同じ地平で物事を見渡せる人が欲しかったし、これまでもそうゆうタイプと仲良くなってきたけど、同僚的にはそうじゃないらしい。明確な言語化はできないけど配偶者に求める要素は、自分や家庭を甘やかし指導する父母か、育て導く愚かな子女で、少なくても対等の関係という要素を求めてはいないようだった。

そんな食わず嫌いをしているうちに同僚の息子は小学1年生、これからも私がああだこうだ言っている間に大学生になって家を出るのだと思う。その頃の私はきっと40代半ば、もう結婚もできないし転職もできない、ただ自分は失敗した、取り替えしがつかないという気持ちを抱えながら、報われることのない仕事をしている。やがて50代になって預金残高が5Googleを超えて、高級老人ホームに入ること夢見て死ぬんだろう。

安定している故に見えてしま自分の将来、この少し広い会社敷地の中で人生を終えるであろう現実、その恐怖に囚われてしまってからはもう辞めること以外は考えられなくなってしまった。そこからは早い、たまたま自分のやっていた職種募集マッチングたから逃れることができたけど、本当だったらこの歳で逃れることは難しかったと思う。前述のように賽の河原のような雑務がメインなのでとても潰しが効かないし、何よりも給与が激減する不安に耐えられない。

高校生に対してライフプラン仕事出産などを含んだもの)を教育するみたいな話をニュースで見たけど、これは年齢関係なく必要だなと心から思う。別に結婚とか子供とか興味は無く、食べてくために働くというのは本心として良いと思う。けれど同期同僚が結婚して子供ができて、仕事意味や成果は無く、ただ歳だけが増えていく状況であなたはどこまで正気を保てますか?というのは自分自身によく確認したほうが良い。登山なりゴルフなり何かしら見つけられた人はそれで良いし正気を保ち続けることができると思う、私にはそれができなかった。

昭和という時代は、定職さえあれば誰もが家庭を持ち豊かで幸せになれるという幻想を皆で信じていたから実現できた神話だったんだと思う。家族がいれば多少の理不尽にも耐えられたし仕事に魅力が無く潰しが効かなくても何とかなった。けど平成が終わるこの時代神話はもう死んでいた。

私は辞めることができたからまだ良い、けど私のような気持ちで辞めることすらできない人が、あの会社に大量に留まっているとするなら。前職に留まらず、世の中の会社社会のどこかに、私のような人間が大量に潜んでいるとするのなら。

欧米でよくある銃乱射事件とかは、こうゆう時代の歪みから発生するんじゃないかなと思う。俺はきちんとレールに沿って人生を進んできたのになぜ幸せになれない?俺がおかしいのかそれとも社会が狂っているのか?

話が逸れてしまった。10年間よく会社に尽くしたし、会社も十分それに報いてくれたと思う、総じて良い会社だった。ただ、私は会社と同じ昭和の夢を見ることができなくなってしまった、それが退職理由平成の終わりにこうやって昭和の夢の残滓のような会社を去ることができたのは何か奇縁を感じる。

ありがとう昭和さようなら昭和、同じ夢を見ることはもう二度と無いでしょう。

2019-03-27

https://anond.hatelabo.jp/20190320002956

おこがましいことを3つ書きます。長々と。

あなたパートナーに対して思ってることは、口に出さずとも伝わっている

教養がない」と思ってることを思ってると思います。たぶん。彼女がどんなに鈍い人でも。

教養の無さ」、もっと言うと知的生命体として、彼女を一段下に見ている感は

ふとした瞬間に相手に伝わっていると考えた方がいいと思います

(敏い人であれ、愚鈍な人であれ)

彼女あなたとの結婚生活において、あなた言語化してないボンヤリした侮辱を受け続けることになります

しかし、たぶん彼女あなたのそういう態度を許しているのではないでしょうか。

この点、あなた彼女に一つ「借り」をつくっている・と考えて欲しいのです。

常の思いは咄嗟に出る

更にあなたには大きい困難がつきまといます

今後、起きるであろう人生のつまずき、アンラッキー事柄に見舞われたとき

「君は教養がないから」(知的に劣っているから)役に立たない・という趣旨のことを、

から出そうになる誘惑に耐え続けねばならないということです。

之が難しい。

簡単なことのように思われるかもしれませんが、

不運な時というのは通常とは異なるストレスがかかって、忍耐力も落ちています

この「平時なら言わないであろう相手への侮辱」は、

夫婦共通トラブル時にはクリティカルヒットになる可能性が高く、

私の友人にもそれが原因で離婚したカップルがいました。

結婚二年目ということな想像しにくいかもしれませんが、

そういうトラブルや困難というのは、「来る」ことを前提に考えた方がいいです。

ではどうすればいいか

強度っていろいろな要素で決まるよね

まず彼女への不満の根に「教養のなさ」がくるということは、意識的であれ・無意識であれ、

あなたという人が、本来知的生き方というもの一定価値を置いてらっしゃるであるということ。

この事を意識して、その上で「教養」というものは、

人を測る尺度の一つにすぎず、また(長い人類歴史でいえば)割と新しい・他の要素と代替可能ものであること、

(昔はもっと「狩りや獣肉を捌くのがうまい」とか「洗濯が早い」とかの方が価値があった筈です)

この事実をつよく我が身に刻み込むことです。

ところで、全く話はかわりますが、

"強い人間"ってどういうものだと思われますか?

色々あると思いますが、以前読んで感心した台詞があったんですよ。

正確には思い出せない(すみません)のですが、

全身クタクタで動けない・精神的にももダメだと挫けそうになったとき

その日の食事淡々と用意できる人、そういう人間は強い・と。

「ああ、それはそうだな」って、この歳になると分かります

当たり前のこと、ともすればバカっぽく見えることも、淡々とできる人というのは強い。

そして、そういう強さが必要になるときは、だいたいが人生正念場です。

でもコレは「知性」や「教養」だけでは測れない要素ではないでしょうか。

いざというときに、そういう「支え」的な役割パートナーに過剰に期待するのは良くないかもしれませんが、

あなたが異なる価値観でもって彼女を見、(侮辱でなく)尊敬の念をもって接していれば、

それに足りる人間であろう と相手も思うものです。

これは夫婦に限らず、どういう人間関係でも同じですね。

少し長くなりました。

まとめますと、他人を測る物差しの一つ「教養」を彼女にだけは取っ払ってください。

そして(最初のうちは自分を騙す感じで)異なる価値感でもって相手を見、

信頼と尊敬の念で接し続けるようにしてください。

たぶん、あなたに無いもの彼女提供してくれるようになる・そういう気がします。

(私の勝手希望です)

増田がよいパートナー関係を築いていかれること、

より実り多い人生を歩まれることを、心より祈っています

anond:20190321174930

貴方の感じたものに率直に興味があるので、もしよければ下記について教えてほしい。


Q1:ケムリクサの何話まで見た?


(もし、まだ11話まで見ていないなら、個人的に、まずはぜひ11話まで見てみてほしいと思う。

 できればその上での感想を聞きたい。)

以下、すでに11話まで見ている(あるいは、やはり見る気になれない)という場合


Q2:ケムリクサのレベルが低いと評価しているのは、どんな点によるもの

  なるべく具体的に知りたい。


Q3:ケムリクサレベルアニメとして、何か具体的な作品名はある?


Q4:ここ数日、ケムリクサがツイッターなどSNSでも人気になり、一挙見して夢中になっている人が多数いるけど
  彼らを惹きつけている魅力は、どんな点だと考えてる?


私は、ケムリクサはとても斬新なアニメで、アニメ史にも残り得るものではないか、と評価している。


できれば 貴方と私の間にある評価の大きな違いを、単に好みの問題として終わらせずに

ケムリクサの魅力・マイナス点(人によって合わない要素)などの言語化を試みてみたいと思うので、

もしよければぜひ教えてほしい。

2019-03-25

ハウルの動く城」の泣き所

ハウルの動く城を見たのは何回目だろうか.初めて観たときからこの映画にたくさん泣かされてきた.

https://mao.5ch.net/test/read.cgi/comicnews/1533929590/

この人の考察を読んで,なぜ泣けるのかが言語化できた.

はいつも4箇所で泣いてしまうから,それを時系列順に書いてみる.あと,合っているかからないけど,新しい発見もあったのでそれについても書いてみる.

その前に上の人の考察を共有しておく

さて本題に触れる.

泣き所1. ソフィーが星の湖でお茶を飲むシーン

ソフィー名前の通り,理性が先行してしまいいつも自分感情を押し殺してしまう.そのため,ソフィー帽子屋継がなければならないというしがらみに縛られている.そんなソフィーが老婆の姿になりそんなしがらみから解放された.広く,ぽっかりとひらけた星の湖はそんなソフィーの心情と重なる.抑圧から解放を思い泣けてくる.

泣き所2. 「私なんか、美しかたことなんか一度もないわ!」とソフィーが言うシーン

ハウルが「美しくなかったら生きていたって仕方がない」といったときソフィーが言った言葉.心から本心解放し若返った姿で雨の中泣く姿に泣けてくる.

泣き所3. ハウルソフィー花畑小屋プレゼントするシーン

黒髪の(サリマから支配から解放された)ハウル自分家族を守ろうと決心する.そして,自分がいなくなってしまう前に引越しをし,ソフィー花畑小屋プレゼントする.ハウルが幼少期過ごした小屋は,ハウルの心の奥なのではないかと思う.ハウルソフィーに心の奥へ入ることを許可している.ハウルの決意を感じ取って,こんなの絶対死亡フラグじゃん!って泣いちゃう

泣き所4. ラストのシーンでソフィーハウル心臓を戻すシーン

ラストのシーンでハウルの動く城はもはや人が乗るだけの小さな板に足がついただけのミニマルな姿になってしまった.これもハウルの心を表していて,沢山の物を削ぎ落として歩く部分しかない.でも家族が乗るだけのスペースがある.ハウルにとって何が大切な物なのかを表していて泣ける.

他にも泣いちゃうシーンはあるけれどだいたいこんな感じ.次は今回見て,発見したことを書く.

発見1. ハウルソフィー出会うのを待っており,ハウルはずっとソフィーを愛していたのではないか

ハウル少年時代アクセスしたソフィーは「未来で待ってて!」と言う.その言葉ハウルは本当に信じていたのではないのかなぁ.だからソフィーの夢の中で出てきた鳥の姿のハウルは「だって、私、あなたを愛してるの!」という言葉に対し「もう遅い」と言ったのではないか最後,疲れ果てた鳥の姿のハウルに対して「ごめんね、私、グズだからハウルはずっと待っててくれたのに。」とキスをしたのではないか.冒頭でハウルが「探したよ」と言ったときも,ソフィーを案内した指輪のように,ハウル指輪も光っていた.そう仮定すると,次の二つも辻褄があう.

発見2. ハウルの動く城ではこれまで駿監督が手がけてきた「コミュニティ間の対立をそれを融合させる存在により解決する」というテーマではない新しい主張があったと思う.それは「心の充足により,コミュニティ間の対立解決する」だと思う.

ハウルでは内面世界を描いていた.

心を失ったハウルコンプレックスを抱えたソフィ,欲深い荒地の魔女支配しようとするサリマン.みんな心の欠陥を抱えている.ハウルソフィーによってサリマから支配を逃れた.欲深い荒地の魔女最後ソフィー愛情によって,心臓を譲り渡した.サリマンは ハウルから付け入る隙を失ってハウル対立することをやめた.

心を充足させることは対立を解消することなのではないかという駿の主張だったように思う.

2019-03-24

VTuberファンとしての窮屈さ

唐突であるが、月ノ美兎というバーチャルアイドルを知っているだろうか。

美兎ちゃんはすごい。すごいのである天才

先日ついにアマガミの実況配信が終了したが、全話通して死ぬほど面白かった。VTuber生放送をする方達の中では正直一番面白いと思う。

唐突ダッチワイフのお店に行った話をしだすし、涼宮ハルヒ圧縮かいワードがいきなり飛んでくるぐらいカオスである

そんな彼女の魅力はなかなか言語化しづらいけど、中でもすごいところはインターネット老人会の皆さまのハートを鷲掴みにする力である

僕を含め、彼女動画を好む人たちはある程度インターネットを熟知しているんじゃないだろうか。

中学校時代おもしろフラッシュ倉庫に夢中になり、それ以降ニコニコ動画を見るようになり、オンラインゲームにハマったり、vipなどで日々くだらないスレを立てたり。

そんな人間が多いように感じる。そして現在大学生なり社会人になり、過去楽しいインターネッツとはおさらしかけている。

そこでその懐かしき記憶を思い出させてくれるのが美兎ちゃんである彼女は僕たちが忘れていたようなことも簡単言語化する。先の涼宮ハルヒ圧縮とか。

このタイプの魅力は彼女コラボしていたARuFaさんや、ダ・ヴィンチ・恐山さんのようなインターネット界のスターたちと同じタイプである(匿名ラジオマジで面白いのでみんな聴こう)。彼らのような面白さに女性VTuberという意外性の要素が加わったのだから、もはや無敵としか思えない。

美兎ちゃんの魅力はここまでとして、それぐらい僕はVTuberが好きだし、もちろん他のVTuberも好きである

ただ最近、窮屈に感じていることがある。それはツイッターを中心とした周囲のファンたちの環境である。美兎ちゃんのような人気VTuberたちには熱狂的なファンがいる。そして彼らはコミュニティ形成し、VTuber界を盛り上げるために尽力している。一方で、自分コミュニティ内で人と絡むのは苦手なタイプである。同じVTuberファン同士なので彼らと相互フォローはするし、ときどきリプライを送りあう程度には社交性はある。しかVTuber界隈はみんな優しい。しかしながらそれ以降の、オフ会のような一線を超えたような繋がりを持つ気にはなれない。そこまでして馴れ合っても時間無駄のように感じてしまう。

けどそのような気持ちがあるはずなのに、ツイッターで、リアルイベントオフ会をしている写真タイムラインに流れてくると、なんだか自分は置いていかれたような気持ちになる。そしてなんだか不安気持ちになる。いっそツイッターをしなければいいじゃんとは思うが、大抵のVTuberは前提としてツイッターを多用するので、結局見てしまう。

この考えは間違っているということは自覚している。コンテンツ主体VTuber本人であり、ファンとの交流ではない。

これは他のコンテンツももちろん当てはまる。音楽アーティスト熱狂的なファンを見てもそう思う。ライブに行くと、最前列のあたりの人たちはみんなすごいのだ。そして「自分は彼らのようにはなれない。熱中できないんだ。」という気持ちに謎の悔しさを覚える。グッズを全部揃えたり、遠征するつもりもない。自分中途半端さに若干ムズムズする。

そういう人間的な弱さを認めた上で、最近は無理に交流することを諦めた。一線から退いた気分であるツイート数は減り、気になったときだけいいねしたり、リプライを送るようになった。生放送を無理して追うことも諦めた。まして時間が被っている複数配信を同時視聴する(複窓)ことなど論外であるアーカイブも倍速で見たりすることが頻繁になった。ニコニコの切り抜き動画にはすごい助けられている。

こんな風にテキトーに見るようにするとかなり気持ちが楽になった。所詮娯楽なのだから暇な時に見ればいい、全てのアーカイブを見て配信を追うことが正義ではない。熱狂的なファンコミュニティでは目立つだけで、大抵はサイレントマジョリティー的なファンばっかなのである熱狂的になれないことを悔やむことはない。

結局のところ、自分にとってはいい感じにバランスをとって界隈と接触することが、好きで尊敬しているVTuberさんたちを安定して応援でき、それが結局自分幸せに繋がっているのである

余談

月ノ美兎ファンとして有名だった杉ノ美兎さんもツイッターから離れていたが、先日ツイートをしていたので安心した。

2019-03-22

anond:20190320210053

増田言動を追っていくと、子どもがどの選択肢選んでも増田イライラするようになってるんだよね。

最初に「なんで靴を履かないのか」って質問の形で詰めたとこからボタンがかけちがえられてて、だってそんな質問には普通答えられないわけじゃん?「それは、いつもと違う感触の地面で遊ぶのが新鮮で楽しいからです」とか言えないから、ニヤニヤするしかない。(私は真顔でそう答える子どもだったか母親に嫌われていたし、私も母親が嫌いだった)

その後のコミュニケーションも、増田がどうしてほしいのか一切指示してない。「なんでそうしたの?」「あなたはどうするの?」って聞きっぱなし。そうなると、娘の目線から見た最適ルートは「自分が誰にも教えられずに一人で汚した靴下ちゃんと洗う」ってとこしか着地しないし、まあ、そんなの無理だからどこかで失敗して事態を悪くして、結果、増田の怒る材料は増える。相手大人だって同じことで、部下をつぶす上司ってこういう人多い。

だいたい「なんで?」と聞いて、質問する側にとって受け入れられる答えが「ごめんなさい」であり、それ以外の答えが帰ってきた時には「言い訳するな」と思い、答えがない時には「舐め腐った態度を取っている」と感じるのであれば、もう、問いと答えが成立しないのだから疑問形で話すべきではないと思う。

たぶん、娘から見ると、元増田が何を望んでるのかさっぱりわからないんだ。笑ってるのか泣いてるのかもわからない。まだ他人気持ちが読めるほど成長してないのかも知れないし、子ども自身特性でわからないのかも知れないし。

でもどっちにしても、子どもに察してもらおうと期待するのやめようよ。

公園で遊ぶ時は靴を履け」「汚いから家に入る前に靴下脱げ」「脱いだ靴下バケツの水につけろ」とか、言わないとね。増田、それは一言も言わず、そんなことをガミガミ言う母親になりたくなくて、半分笑いながら泣いてる。気持ちはわかるが、それをやらずに家族のため家事子どもの世話をせっせとやって苦労して疲弊しても、それは奴隷仕事であって母親仕事ではない。

何をしてほしいのか、何をしてほしくないのか、わかりやす言語化するとかなり状況も変わるから、やってみてほしい。

育児で疲れているだろうと思うから同情はできるんだけど、でも、そういうスタイルで生きてると、おそらく夫や親戚とも、働きだしたら職場でも、同じところでストレスためることになるから子ども相手練習するつもりでガミガミやってくれって思った。

2019-03-20

指示ができない上司と、指示ができる動く新人

デザイン系の会社で働いている。

同期の同僚がチームリーダーになって新人を教えてるんだけど、

ある新人を指して「あいつだめだよ~やる気が無いよ。自分で考えようとしないんだもの。」とぼやくので、

しばらく観察していると、確かに指示通りのことしかやってこない様子。

しかしこの新人、人事に聞いた話では学生時代ガンガンリーダーシップを飛ばしていたと聞いていて、

当時の作品なども見せてもらったことがあるのだが、確かにレベルの高い作品を仕上げていたようだった。

そこで今度は同僚の方をちょくちょく観察してみると、

どうもコイツの指示の出し方というのがケッコー曖昧だ。

具体的にこういう色にしてみろとかこういう印象がほしいと言葉にせず、

もっと明るく」「もっとコントラスト上げるとかさあ」としか言わない。

それを聞くと新人くんは明度を上げたりコントラストをあげたりして持ってくるのだが、

同僚は「だめだよこんなの!」と言ってその場で自分で直してしまう。

んで「ほら、こういうふうにしたいわけ。今度から自分でやってね」でおしまい

この同僚、個人能力としては高くて、ソフトの扱いにも長けているしセンスもある。

から少人数のうちの会社では重宝されていち早くリーダーを任されたわけだけど、

なまじ自分感覚で結果を出せてしまうから物事の手順や技術言語化することに慣れていないのだ。

ある日、新人くんと話をする機会があったのでいろいろ聞いてみたのだが、

どうも学生時代の彼の周囲の環境というのは結構レベルが高く、

学生という素人集団の中で、いか齟齬なく情報を伝達するかということに対して、

そこらの制作会社よりもノウハウを積み重ねていたらしく、

かに彼の言葉遣いも平易でありながらわかりやすく、地頭の良さが伝わってきた。

つまるところ、こういうことだ。

彼は指示を出すということについて同僚よりも高いレベルにあって、

それでいてメンタルは同僚に近く、誰しもが自分と同じように指示ができるはずだと思っているのだ。

それゆえに他人の指示もそれに指示を出す側すら言葉表現できていない領域があるとは考えず、

言葉から直接読み取れる行動しかとろうとしないのである

んで新人くんにはそういうことを伝えてまあもうしばらく頑張ってみなよと言ったら、

彼も「勉強になります」と言ってたんでまあ心配はしてないんだけど、

問題は同僚、というかこの会社自体で、

小さい会社ながら結構業界内で立場を築いて事業を拡大しようとしてるのだけど、

それにあたって同僚のような「個々の能力は高いが指示ができない人間」に、

外注とのやり取りをさせようとしてるんだよねえ…

正直トラブル連発しそうなので、その火の粉が降りかかる前にどっか転職したいなというころだ。

2019-03-17

anond:20190317052139

小学生かな?

普段はしない遠出で、アウトドアも悪くないなと思ったり、インドアがやっぱり好きかもなと思ったり。

芝生に虫がいて気持ち悪いと思ったり、普段は見ない生き物が多くて新鮮味を覚えたり。

遠足で食べる弁当は一際美味しかったな、と思ったり、そんな事言ってる友達がいたけど自分はいつも通り美味しいと感じたり。

「どこで食べるかじゃなくて、誰と食べるかなんだな、と思いました」など掘り下げても良いし。

いくらでも書きようはあるよ。

文章能力が1ミリも向上しなくとも、作文を書くためにアンテナを張って感受性を高めたり、感想言語化する能力が鍛えられれば良いのよ。

anond:20190317014531

実際は言語化できてない(無意識に避けてる)高い要求問題

よほどスペックが高い人間でなければ、これと向き合う(どうにかして捨て去るなり、自分スペックを高めるなり)が必要

これは誰しもが抱えているものです。

ほかのコメントのようにバカにしたり、蔑まれたりするようなものではありません。

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