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はてなキーワード: 自己実現とは

2019-05-20

anond:20190520150139

ポスト自由主義は、自己他者自由尊重する社会的公正を指向する思想体系のことをいう。性的な分野での自由を主張する近代自由主義(モダンリベラリズム)とは異なり、それが人々の自由をかえって阻害するという考え方が根底にある。現代において個人自由独立した選択実質的保障し、極度の恋愛的、性的は貧富差における個人社会的自由侵害する偏見差別などを防ぐためには、政府による制限や介入をなくしたりするのではなく、政府地域社会による積極的な介入も必要であるという考えに基づく。

「公正」とは、ジョン・ロールズによれば「立場入れ替え可能性の確保」を意味する。これは人々に「社会のどこに生まれても自分は耐えられるか」という反実仮想を迫るものであり、機会平等と最小不幸を主張する。ロールズ格差原理では、格差ないし不平等存在は、それをもたらす関係につく機会が平等に開かれており、かつ、それによって社会で最も不遇な人々の厚生が図られない限り、その存在は公正ではないものとされている。

よって、ポスト自由主義積極的自由に基づく自己決定を推奨し、国家による性の再配分または地域社会による相互扶助肯定する。すなわち、市場原理主義では経済的容姿的、コミュニケーション強者利益を最大化する一連の行為のために、少子化問題構造貧困介護問題などさまざまな弊害社会問題が生じ、それは近代自由主義の「意図に反して」人々の社会的自由をかえって阻害しているとし、近代自由主義修正する思想である


階級間の融和不可能対立中央集権的な統制を是認しない一方で、近代自由主義者のように自由競争が市場における「神の見えざる手」のように最大多数の最大幸福自動的に実現するとは信じず、政府によって、各人の社会的自己実現をさまたげ、市場社会における相互欲求最適化や調整のメカニズムを阻害する過度の集中や不公正などの要因を除去することが、まさしく「自由」の観点から言っても必要だと考える。

なかでも○○は「自由放任の論拠とされてきた形而上学は、これを一掃しようではないか。持てる者に永久権利を授ける契約など一つもない。利己心がつねに社会全体の利益になるように働くというのは本当ではない。各自別々に自分目的を促進するために行動している個々人は、たいてい自分自身の目的すら達成しえない状態にある」と述べ、アダム・スミスに由来する「見えざる手」に信頼する自由放任論からの脱却を求めるとともに、具体的には不完全婚姻均衡からの脱却のための人口政策が、政府によって実現されることを求めた。

2019-05-18

anond:20190518190033

自己陶酔というか「逃走する自分達」という快楽自己実現のためにやってるのがわかっちゃう

当然その仲間になるには同じセンスで同じ趣味じゃないとダメで、

それはきついんだよね

権力批判というただの手段に変な価値ロマンをまぶしてしまった左翼叩き老人たちが

その紛々たる腐臭加齢臭若者権力批判から遠ざけるとすれば

これほど罪深くて無能有害左翼叩き無能もなかなかない

…とは言い切れないかバンバン虐殺する左翼きもいるし

anond:20190518183851

他人自己実現に巻き込まれるのは癪だから行けない。金持ち道楽に貢献したくないし、脱サラして始めた夢の店舗なんて、あくせく働いてる俺たちを馬鹿にしてるみたいでムカつくから行かない。社畜以外許せない。

anond:20190518184618

私が見た店は店主が男性ばっかりだったんだけど、他に本業があったり、不動産持ちで賃貸収入があったりするんだろうか…。別にそういうカフェで売上が上がらなくても私は困らないけど、人間自己実現欲求って案外テンプレ化されてるんだなと思った次第。

こだわりのカフェ

最近隣町に続々と新しいカフェオープンしている。何だかみんな似たような感じで、小さな店に少ない座席。下手をすればカウンターでの立ち飲みを前提として、店主と顔を付き合わせてコーヒーを飲まなければならないようなお店。

たぶんこういうカフェを開く人たちはコーヒーにすごいこだわりがあって、どんな豆をどんな風に焙煎して、どう淹れれば一番美味しいか研究したうえで、お客さんの反応がすぐ見える小さなお店を開いたんだろうと思う。(単に広い店は賃貸料が高いという理由かも知れないけど。)

だけど、そんなにコーヒーの味の違いにうるさい人って沢山いるもんなんだろうか。少なくとも私はあまりコーヒーの味の違いにうるさくない。ドトールマクドナルドの安いコーヒーの味に特に不満を感じたことはないし、もっと高い店でコーヒーを飲むとき座席の広さや居心地の良さを重視しているだけで、「いや~、やっぱりこの店のコーヒーは美味しいなぁ」と思って飲んでいるわけではない。

どっちかといえばやたらとこだわったコーヒーを店主の目の前で飲んで、もっともらしい感想を述べなければいけないようなカフェは面倒くさいとしか思えない。単純に「美味しいですね~」ぐらい言っておけば許されるなら良いけど、「そうでしょ?このコーヒーは、豆が○○で××で焙煎して…」とかウンチクを聞かされるなら二度と行きたくない

こういうカフェを開くのが一種自己実現だと思って店を始める人が結構いるんだろうと思うけど、そのうち何軒が長続きするのかなぁ…と意地悪な目で見てしまう。もともと評判の高い喫茶店で働いていて、常連だった客がついて来てくれるとかなら良いけど、単なる憧れで始めて持つもんだろうか。

だいたいカフェとか喫茶店に「美味しいコーヒーが飲みたい」だけの目的でくる人はそんなにいないと思う。「お茶を飲みながらおしゃべりしたい」とか「美味しいスイーツと一緒にコーヒーを飲んでまったり過ごしたい」とかそういう客を呼び込まないと商売は成り立たないんじゃないかと思う。

私が一番よく行くカフェは最寄り駅の構内にあって、味は可もなく不可もなく…という感じだけど、ちょっとした買い物やお出かけの前に一杯コーヒーを飲んでくつろぎたいときにちょうどいい。近所なので顔を覚えられているかも知れないけど、いちいち常連扱いして来ないところが気楽で良い。

こだわりのカフェの店主の皆さん、「コーヒーの味が良ければ客はついて来る」と思わない方が良いと私は思うよ。

2019-05-17

anond:20190517131551

自己陶酔というか「逃走する自分達」という快楽自己実現のためにやってるのがわかっちゃう

当然その仲間になるには同じセンスで同じ趣味じゃないとダメで、

それはきついんだよね


権力批判というただの手段に変な価値ロマンをまぶしてしまった左翼老人たちが

その紛々たる腐臭加齢臭若者権力批判から遠ざけるとすれば

これほど罪深くて無能有害左翼もなかなかない

…とは言い切れないかバンバン虐殺する左翼もいるし

2019-05-11

anond:20190511214318

そういう男性って普通に仕事ができるので下方婚にならない

そうなんですよね。アメリカだと妻が稼ぎ手で夫が育児を担うケースも増えてきているけど、

稼いでいる妻が増長して、軽く扱われる夫が「俺は稼ごうと思えば稼げるのになんでこんな扱いを受けなきゃいけないんだ、

妻の自己実現に協力してやっているのに何様なんだ」と怒って離婚することがあるみたい。

職場に戻れば活躍できるような男性からワンオペ育児家事もできている…。

戻る職場が見つからず家にいるしかできないような男女は、家事育児もできない…。

2019-05-08

平成人は平安貴族並の堕落した世代だったな

平成と言えば頑張ることを否定する奴らばかりだった。

平成の人たちは明治昭和黄金期を否定してばかりいたが

やってることと言えば、自己中で付加価値の皆無の自己実現ばかりだった。

付加価値がないばかりか周りに害を与えているのでヤク中がラリっているのと変わらない。

中抜き派遣会社ばかり蔓延していたのも

派遣会社があくどい以上に、派遣なんかやりたがるような軟弱者が多かったせいだ。

忘れている奴も多いが、派遣社員は一時期正社員ほど働く必要がないとして注目されていた。

日本史上、これに匹敵する堕落日本人平安時代貴族しかいない。

平安貴族は遊ぶのが仕事で、あまりに体を動かさないから少し驚かされただけで気絶するし、

女にいたっては走って息切れしただけで死んだりしていた、どうしようもなく軟弱な奴らだったのだが

軟弱さが体を動かさな優雅生活をしているとして美徳とされていたのだ。

この堕落美徳とするところはまさに平成人にそっくりだ。

平安貴族は侍に駆逐された。

その数十年後にモンゴルが攻めてきたのだから危なかった。

和人21世紀の侍になれるだろうか。

2019-05-07

金があっても働く理由

https://anond.hatelabo.jp/20190506093251

 

趣味やりがい

社会との繋がり

自己実現

・ふとした拍子に金を失ったとき、手に職を付けておきたい(保険

 

個人的保険重要だと思ってる

主に離婚

結婚して主婦になった人が離婚して貧困に陥るケース多くない?

2019-05-06

anond:20190506013322

高学歴フリーター発達障害を子にもつ親だからって「ひどい目にあっている」かどうかはわからない。

企業による自己実現けが人生の目的だと思ってたらそう見えるだろうが、

日本福祉国家にゆるやかに舵を切り替えているだけだ。

最後まで子供を持たないで80年90年を過ごす人のほうが結局可愛そうな気もする。

なお横。

2019-05-03

anond:20190503072239

自認する「性」で自己実現を図る権利を、と言い出したら

性自認女性である身体的には男性の人も女性競技に参加できるべき、となってしまうし

それだと女性競技はそういう「女性」が無双する場、になってしまうだけでは?

性自認なんて外から見ても分からないんだから男性競技では勝てない男性がこぞって「自分性自認女性だ」と言い出して

女性競技雪崩れ込んでくる…なんて事も想定できるし

それに対して嘘つくなという事も、「手術してテストステロン値が女性平均値並みに落ちてなければ駄目」などという基準を設けるのも

どっちも差別扱いだろうし。

陸上=CAS、セメンヤの訴え退ける 男性ホルモン制限巡り”をめぐって

スポーツ仲裁裁判所(CAS)は1日、五輪陸上女子800メートル金メダルを獲得したキャスター・セメンヤ(28、南アフリカ)の、男性ホルモンの値の高い女子選手出場資格制限する新規撤回を求める訴えを退けた。

https://jp.reuters.com/article/semenya-lose-idJPKCN1S804K

いくつかの命題理解してから考えていく必要があります

第1に、(おそらく)スポーツ世界で男女を分けることは差別ではないということ。

男女平等重要価値とされている現代で、なぜスポーツだけは男女が競わないのか。いうまでもなく男女の間に無視できない生まれながらの体力の差があるからです。上半身の強さに関して女性男性の差は標準偏差が3です。つまり街で1000人の男性無作為抽出した場合、998人は平均的な女性よりも強い上半身を持っています。平均的な男性上半身の筋力は女性よりも80%多く、足の筋肉量の差は50%です。男性女性よりも脂肪が少なく、骨密度が高く、持久力や痛みに耐えるために重要赤血球も多い。女性男性よりも骨盤の幅が広いため、脚の付け根から膝までの角度が男性よりも大きくなります。そのため走ったりジャンプしたりする場合に使われるエネルギーが地面に垂直に伝わらず、前進、上昇のためのエネルギー効率が悪くなります。男女差は上半身を使った競技、瞬発力を要する競技で大きく、それ以外ではより小さい傾向があります。具体的にいうと格闘技、投擲系で極めて大きく、跳躍系で大きく、走る競技でより小さく(なお走る競技20メートル以上なら瞬発力のみではダメです)、もっとも小さな競技は長距離競泳です(ある程度の脂肪浮力の点で、丸みのある身体抵抗の点で、広い骨盤が接水面積の点で、多少のアドバンテージになっているのでしょう。)。ハンマー投げ世界記録の男女差はハンマーの重量を考慮すると51%差がありますが、走り幅跳びでは19%、ほとんどのランニング種目で11%、水泳800メートル自由形では6%です。世界トップ女性アスリートでも、記録はおおむね日本中学男子トップクラスと同レベルです。吉田沙保里男子高校生と対戦したらあっという間にフォール負けでしょう。「そもそもスポーツで男女をわけること自体差別である」という意見もあるのかも知れませんが、もしも男女でわけなければ、およそ半分の人は、女性として生まれた瞬間にアスリートになる道を事実上絶たれることになります

第2に、テストステロンには明確な男女差があり、かつテストステロンの値がスポーツパフォーマンスに影響を与えるということ。

95%が睾丸で作られるテストステロンレベル連続スペクトルにならず、女性が分泌するテストステロン血液1デシベルリットルあたり75ナノグラム以下で、男性は240から1200ナノグラム(つまり男性の下限値は女性の上限値よりも200%以上も高い)、例外的に副腎等からレベルテストステロンを分泌している女性トップアスリートでもそのレベル一般男性の下限に達しない程度であるとされています。また、スポーツパフォーマンスの複雑さゆえにテストステロンアスリートに与える影響を正確に説明できる科学者はいないものの、テストステロン値が影響を与えること自体はおそらく確実です。テストステロンレベルを下げて身体女性に変えるホルモン療法を始めたアスリートパフォーマンス短期間で急激に落ちることが確認されていますテストステロン人為的な投与は、典型的ドーピング一種です。

第3に、第1、第2とやや矛盾するが、男女の差は実は相対的ものであるということ。

受精の際に性染色体がXYとなるかXXとなるか。XYなら男性、XXなら女性だが、これは遺伝的な性であって、性別はそれだけでは決まりません。胎齢4~5週で性腺が卵巣になるか精巣になるか。Y染色体があってもSRY遺伝子がなければ、あっても働かなければ卵巣が作られるし、Y染色体がなくても遺伝情報の特殊性で精巣が作られる場合がある。胎齢6~7週でミュラー管が卵管や子宮、膣になるか、ウォルフ管が精管、精嚢、前立腺になるか。精巣が作られてもミュラー抑制因子がなければ子宮や膣が作られるし、テストステロンの分泌がなければウォルフ管が精管や精嚢に発展しない。外性器が陰核や陰唇、陰茎や陰嚢のどちらになるか。胎齢8週間まではどちらにも分化できるが、テストステロンが働かなければ陰茎や陰嚢は作られない。脳の性中枢がどちらになるか。胎生90日頃までテストステロンが少ないと視床下部女性認識する。それ以前の過程女性でもテストステロンが過剰であれば男性認識する。すべての過程で「男並みに」テストステロンが分泌されていてもアンドロゲン不応症ならそれが性分化のために働かない。さらに生まれから男の子として育てられるのか、女の子として育てられるのか。親の教育方針環境問題ですね。男性女性は確かに違うけど、偶然に左右されつつ、これだけ複雑な過程を経て分化していく。「女子男子は違う」「テストステロン値は連続にならない」のは事実だけど、それだけで男女の差が説明できるものではないし、そもそも男女の差はそれ自体相対的ものに過ぎないとも言える。だからトランスジェンダー」と呼ばれる人がいるわけです。

第4に、これまた第1、第2の点を混ぜっ返すことになるが、生まれもった素質によりある種の公平さが失われるというのであれば、スポーツは多かれ少なかれそういうものであるということ。

女子であっても身長が180㎝以上に伸びなければリベロになる場合を除き世界的なバレーボール選手としての未来はほぼなくなります陸上トラック競技五輪世陸の決勝のスタートラインをみれば、ほとんどの種目で人種的特質が程度の差こそあれ影響しているのは否定できません。モンゴロイドトラック種目で金メダルを取るのは不可能とまでは言えないけれども相当に難しいでしょう。将来にわたってピグミー出身NBA選手は生まれそうにない。さらに障がいがあればほとんどの競技で障がいのない人とは競えません。

以上すべてを踏まえて、今度のCASの決定をどうとらえるか。そもそもIAAFは正面切って「セメンヤ選手を標的にした」とは公言しないが、「400メートルからマイルまでの距離」というターゲットからは、800メートルで「絶対女王」に君臨し、最近は1500メートルにも進出してきた彼女を想定していることは誰の目にも明らかなので、彼女を例に考えてみます

一部の報道が正しければ、セメンヤ選手は、遺伝子はXXで、膣があるが、卵巣と子宮を持たずに精巣を持ち、通常の女性の3倍-平均的な男性の下限レベル-のテストステロンを分泌し、パートナー女性です。彼女の持って生まれ一般女性と異なる「男性に近い」特質が、競技者としてのアドバンテージになっていることはほぼ確実で、勝利をめざして彼女と競う他の競技者が不公平感を覚えるのは、理解できます。かつて彼女と競うことに不満を漏らした選手世間から強い批判を受けましたが、例えばセメンヤ選手が、陸上800mの選手ではなく、ボクシングMMA選手だったらどうでしょう。同じ体重であっても圧倒的な体格を持つ女性が、典型的女性選手を滅多打ちにしてノックアウトする凄惨なシーンが展開されればどうでしょう。強い選手だと喝采するどころか、感情的にはなかなか受け入れられない部分があると思います

しかしながら、上記のとおり、生まれもった素質によりある種の公平さが失われるというのであれば、スポーツは多かれ少なかれそういうものです。とすると、いずれの性に分類するかの前に-セメンヤ選手はもしも男子競技に参加すれば五輪の参加標準に遠く及びません。日本高校生に混じってインターハイの決勝に残れるかどうか微妙、というレベルです-セメンヤ選手のみが生来の体質ゆえに希望する競技に参加できないというのは避けなければなりません。

スポーツ勝負事です。勝利を、記録の向上をめざさなスポーツは、スポーツ重要部分を欠いています。だがスポーツには公平さという価値があります。勝ちさえすればよい、記録がよければよいといわんばかりに、競争における公平な条件を無視する人も、優れたアスリートではありません。そしてスポーツ社会的存在です。勝負と記録にこだわり、競技における公平さを追及するあまりプライバシー尊重人種差別禁止個人尊厳といった社会で認められた価値を軽視し、限られた人にのみ開かれ、あるいは一部の人人権を傷つけるのも、正しいスポーツのあり方ではない。

ジャッキー・ロビンソン人種の壁を打ち破る前のMLBのように、かつてスポーツには有色人種を閉め出した時代がありました。特定の種目について女子ゆえに参加を禁止された時代がありました。でも現在はこういう扱いはありえません。「黒人と競わされるなんて不公平だ」「女はこの競技をするな」などという発言は許されない。セメンヤ選手のような事例をどう受け入れていくのか、競技団体のみの判断ではなく、社会彼女のような人をどう受け入れていくのかという問題として考えなければならない。

いろいろ考えるべきことは尽きないし、悩ましい問題で、今後考えが変わらないとも断言できないのですが、私はやはりセメンヤ選手は「女」として競技に参加すべきと思います。それは人は持って生まれ資質規定されつつ自認する「性」で自己実現を図るべき権利があり、その権利尊重することは、個人尊厳としてこの社会においてもっと重要原理からです。IAAFの決定、CASの裁定には賛成できません。

追記

codingalone 良いまとめをありがとうございます。過渡期って感じあるよね

ありがとうございます陸上距離大好き、女子陸上も大好きのヘテロ男性です。自分10年前なら鼻で笑っていたかも知れません。今でも悩んでいます

追記

「これは世界喚起を促すための闘いで、競技スポーツの枠を超えたもの人間尊厳と誇りの問題で、世界喚起を促すためにやるべきこと」

https://www.afpbb.com/articles/-/3223542

この文章を書いた後で、セメンヤ選手自身がこう発言しました。こういうことなのだと思います

2019-04-25

クッキーフリマで売るのはすばらしいという話を書く

クッキー編集者の件だけど。

前後発言みても彼がロクなひとでないのは前提として。

けどさ。

いまいろんなチャンネルができていて、「クッキーフリマで売る」というというのは「そんなやつはうちの仕事現場には要らない」という意味のまま、フリマ通販クッキーを売りながらファンを増やした人が、屋号を作って、営業許可とって、年商増やして、税金のこともあるから会社にして…みたいなことが可能になっているんだから、それを「女性非難典型だ」というふうに扱うべきじゃないと思うんだよ。

いまとっくにそれは、自由成功自己実現象徴だ。

同じ排除意味を残したまま、自由成功自己実現象徴なんだよ? 「クッキーフリマで」って、すごく良くない?

社会に様々なシーンやチャンネルがあるというのは、女性差別以前の多様性問題として大きなテーマであり、その実現を進めることこそが、女性差別をなくしていくことなんじゃないかな。

あれに頭に血を登らせるひとこそ、典型のために不自由なままなんじゃないかと思うよ(そういうつらさに心を寄せる気持ちはもちろんあるけれど、だからこそこれを書くよ)。

日本にはながらく「ガレージ文化」が無かった。それがいまやっと、ミンネとかメルカリとかの安定を背景にして、様々なメイカーズ文化として育とうとしています

メイカーズの…というとき3Dプリンタ低価格化とかが話題にされてきたけど、それだけの話ではないです。手芸工芸食品など様々な分野で、個人起点のコミュニティ的なもの作りの場面が、いまあらためてやっと立ち上がろうとしているんです。

これこそ多様化で、多様性ではないですか? 「クッキーフリマで」は、本当に男だからとか女だからということについての、是正するべき問題象徴する話題ですか?

そんな時に「なぜクッキーか?」ということに納得できない人もいるかもしれないけど、それはきっと単に料理の分野にお詳しくないからだと思う。「粉モン」っていうのは、日本でも屋台などでそうであるように、象徴的に場所装置をもたない、スタートアップ伝統的な手段なので、ここでクッキー象徴的なイメージを担うこと自体に、おかしさはないです。

また、焼き締めた「粉モン」というのは、食料を美味しく保存可能にするための、基本的方法です。

あと、元ツイートの前半の書籍の「御恵贈(投)」に文句言っているところについては「ふつうそれだけ言わずコメントが付くし、そうであってもそうでなくても公共のためになる行為だ」「そのことをトロフィーみたいに感じるご本人自身問題が」みたいな反論が多数あって(そもそも話題はこっちだよ)話としては早々に終わってる。

それと、元ツイートの残りの編集論の部分については、おかしなことは言っていないよね。おかしいのは「いまそれを言ってどうするの?」ということだけであって。

そういうわけでさ。

クッキーフリマで」というのは、不自由象徴であったかもしれないけど、いまは違う。

違うようになろうとしてる。それはここで潰したらいけない、すごく貴重で将来につながる話として、音を立てて育ってる。

そうやって意味を反転することができたものって他にどれだけあるだろう? (反転しきっていないからこそ、こういう解説文が要るのだということは分かっていて書くのだけれど。)

クッキーフリマで」をもっと大事にしたい。喜びたい。あれはいとき非難対象にして消費し尽くして良いようなチンケな言葉じゃない。

そういう気持ちでこの増田を書いた。

追伸)クッキービスケットその他の呼び名の違いは習慣的なものであって、製法呼称区別することはできません。だからここではクッキー統一しました。

2019-04-20

望みを叶えたいなら、時間無駄にしないことだ

やらなくてもいい余計なことばかりやっていると、1分1時間1日とどんどん時は過ぎ去っていく。

その分だけ、自己実現を行うために必要時間が失われていく。

自分希望を実現するための時間がなければ、何も起こらない。

物事優先順位、劣後順位を付けて、やるべきことを今すぐストレートにやろう。

準備が整っていないから、などと言い訳をして先延ばしにするのはやめよう。

まずはやってみて、足りないものがあれば、その都度補いながら前へ進もう。

頑張ろう!

anond:20190420035142

アメリカ心理学者アブラハム・マスダーの欲求5段階説によれば、

男性の性欲は、動物的な低次の欲求からより高次な欲求へと進化してゆくそうです。

生理的欲求射精さえできればよい。(オナニー夢精レイプ含む)

安定の欲求=定期的に射精できればよい。(風俗の利用など)

社会的欲求恋人セックスできればよい。

承認欲求恋人いかせることができればよい。

自己実現欲求恋人自分幸せであればよい。

人間欲求は、下位の低次の欲求が満たされると上位の高次の欲求へ上がっていくので、

彼氏の性欲もただの生理的射精欲求からあなたに対する承認欲求へと変わってきているんじゃないかと。

ただ、女性生理周期があるように、男性にも精子製造の周期があって、

精子が精嚢に十分に溜まっている時期は、射精したくてたまらないけど、

空っぽになるとしばらくは射精したいという欲求自体は低下します。

そういう時期でも性欲自体はあって、射精以外のことをしたいのです。

2019-04-15

火ノ丸相撲高校相撲編まで」(が良かった)と言われる理由

・・・自分なりに考えてみた。

※だらだら書いたので恐ろしく長い。

あくまで「自分の周りでの評価」の話でこれは決して一般論でない。面白さの感じ方は人それぞれということも重々承知している。ごくごく個人的見解だと思ってもらえれば。

推敲もせず勢いにまかせて書いたので、多少ふざけている部分もあるし、すぐ脱線するし、色々な意味で所々間違っているかもしれないし文章も順序も何もかもめちゃくちゃだけどおおよその意味は通じると思うので堪忍してほしい。

小学生大学生あたりまでは欠かさずジャンプを買い続けてきたオッサンなのでいわゆるWJお約束アンケート事情等は踏まえている。

前置き

WJをずっと読み続けている友人が数人いるのだが、誰も火ノ丸相撲を読んでいない。読んでいない理由、ほぼ全員が口を揃えてこう言う。

大相撲からついていけなくなった」「高校相撲の時は面白くて毎週読んでいた」「ごちゃごちゃしてわかりづらくなり読むのをやめた」系統理由

自分原作連載時の初期の方だけは本誌で読んでいて元々相撲好きというのもあり、珍しい題材なのに巧みに関心を引く、驚くほど絵が上手くて話も面白漫画始まったなという印象だった。

そしてアニメをみているうちに改めてもう一度通しで原作ちゃんと読み直したくなったクチなので、彼らの評価を確かめるべく単行本最新刊まで読み進めた結果、なるほどそうか・・・と腑に落ちた。

火ノ丸相撲といえば・・・知名度のわりに本当に単行本が売れていない、アニメ化されても伸びない、掲載はいつもだいたい後ろの方。(これらはしばしば公式でも自虐ネタに使われているようだ) このような状況でありながら打ち切り危機を免れてきたのは、根強いタニマチ(後援者、ファン)の後押し、国技を題材とした作品である社会的評価少年誌作品とは思えない画力構成力、質の高さ、純粋作品としての魅力が高かったからに他ならない。

本題

大相撲編がイマイチ理由の一つとして「異様なほどの性急さ」が挙げられる。これはWJ連載であるりある程度しかたないことかもしれんが・・・

本来であれば、

A★→B→C→D★→E→F→G★ (★は物語の進行上外せない重要な話とする)

と進むべきところが、

★以外のエピソードをすっとばして読者を置いてけぼりにしている感がすごい。 つまりWJ特有事情で話を早くすすめたいがために最低限描かなければ成立しない部分しか描かせてもらっていない印象をうけるのだ。この流れは非常にまずい。なぜならばかつて打ち切られた作品で幾度も幾度も目にしてきた流れだからだ。

高校相撲編ではここらへんが比較的丁寧に描かれていたので余計に異様さが際立つ。

なお、この「すっとばし」はキャラクターにも多大な悪影響を与えている。

一人目は主人公火ノ丸。高校時代までの彼はどこか浮世離れしたつかみどころのないキャラクターでまさに相撲の申し子、ある種神聖視された存在だった。ところが大相撲編では詳細は省くが色々な意味で「人間」にまで「落ちて」しまった。神の化身(横綱)になろうとする者がそこから遠ざかってどうするんだ!?と首を傾げざるを得なかった。(もちろん無垢であること=神性というのが単なる概念にすぎないのは百も承知として)

極論ではあるが、親方に薦められるままにお見合い女性と所帯を持つ方がよほど彼らしかった気がする。それほど色恋には淡白なのが火ノ丸だと思っていた。

彼は一見他人にも自分にも関心があるように見えて実はかなり希薄に思える。かといって他者から本物の好意を向けられれば真摯に応える度量は持ち合わせている。相手によほどの理由がない限り彼は好意に応えようと努力するだろう。とかく恋愛経験値が低い者は猛烈な「押し」には弱いものだ。誰が主人公の心を射止めるかというのは少年漫画面白さの一要素でもある。そういう意味ではあの咲や景子ですらヒロインになりうる一種ワイルドカード的な魅力が無自覚の神性を有していた頃の火ノ丸にはあったように感じる。

さらに言えば、主人公を射止めたヒロイン(レイナ)のキャラが強く立っているにも関わらず、動機付けの弱さ、たまたま近くにいた異性、半ば成り行きのような、描写不十分でさほどの必然性がないように見えたことがとても残念で引っかかるのだ。

いささか潮火ノ丸というキャラクター幻想を抱きすぎた感はあるが、少年期の彼の印象はどうしても強いのだ。

二人目はヒロイン枠のレイナライバルらしいライバル千鶴子くらいのものだったので、これはまぁ順当ともいえるが(ちなみに自分1話での火ノ丸との運命的な出会いからずっと彼をひたむきに愛していた千鶴子推しであった…)、あまりにも性急に距離が急接近したのにはさすがに困惑しかなかった。彼らが後々恋愛関係になることは容易に予想できたし特に異存はない。ただあのような相思相愛関係?に至るまでのプロセスがあまりにお粗末すぎるのでは?何なら高校相撲編のレイナが火ノ丸の相撲魅せられていく名前のつけられないあの純化された感情を抱いた付かず離れずの関係性をもっと見ていたかった・・・

三人目はチヒロ。主人公国宝を脅かすほどの屈指の人気キャラでありながら夢を追うために渡米し実質的な退場となった時は「なんて潔いんだ!!」と感動したものだ。しかし彼は帰ってきた。それは別に良い。問題は特段なんの経緯も語られることなくいきなり彼がシングルファーザーとなっていたことだ。読者は大困惑しかない。あきらかに悪い意味でのサプライズといえる。

他にも数人いるが特に際立って目立つのはこの三人だろう。

実際この漫画きっかけで相撲に興味を持った子供もいると思うが、高校相撲編はともかく自分の子小学生以下なら大相撲編は読ませたいとは思わない。高校相撲編に関しては各種教育関連機関業界団体等(?)からの推薦も十分受けられそうな内容だと思っていただけに遺憾だ。

安易なお色気(下ネタ)、ギャグ、過度な恋愛要素に逃げる作品は総じてレベルが低い。(余談だがお笑いに関しても同様だ)そんなものに頼らなくても十分面白ものこそ本物の面白さなのだ。

火ノ丸相撲は今時珍しく「硬派」な漫画だと思っていたから(大相撲編での品格の落ち方、別方向への舵の切り方に)結構ショックを受けたとは友人の弁。

硬派イメージが強かったのは、高校相撲編までは極力セクシャル描写が避けられてきたからだと思う。

痴漢被害表現

1話満員電車で堀千鶴子痴漢被害に遭うシーンがあるが、彼女はあまりのおぞましさに心底怯えた表情をしている。一見流してしまいそうだが賞賛すべき点がある。痴漢という最低の犯罪行為を決して性的な興奮材料にしていないことだ。他作品には被害女性の顔を紅潮させたり目を潤ませたりといった不適切表現が見受けられるが、火ノ丸相撲はそのようなけしからん作品とは一線を画していた。

②景子の性癖

彼女は優秀な観察眼を持つ記者であることは言うまでもないが、若い男性(とりわけ少年)の裸体や尻に向ける欲望が度を超えておりセクハラまがいの行為が目につく。女性男性であるから流されがちだが本来はあってはならないことだ。ギャグとして笑い飛ばすにはどぎつすぎるし、もはやそういう時流でもない。

レイプ未遂

これは本当に驚いた。①であのような配慮を見せた作者とこれを書いたのは同一人物なのかと目を疑ったほどだ。事のあらましは、意気消沈して部屋に引きこもる火ノ丸をレイナがドアを蹴破り強引に拉致し車でラブホテルへ連れていき、彼の合意を得ないまま性行為を迫るという驚くべきものだ(結果未遂に終わったが)。

たとえ交際していても合意を得ない場合性交渉レイプである。これも女性男性から見過ごしがちだが、この立場を火ノ丸が女性レイナ男性だったとしたらどうだろうか・・・笑えねえよとなるはずだ。さらに悪いことに「成人が飲酒した状態未成年性交強制する」構図なのだ。これはオチウこわぁいどころの騒ぎではない!マジでどうしたんだ川田先生!いよいよウェンカムイに取り憑かれたか?(??)

主人公の魅力度が落ちた作品はその人気も下降の一途をたどるのはいうまでもない。高校相撲編での火ノ丸は他を寄せ付けない魅力があった。あの輝ける国宝たちの中にあってもだ。大相撲編になってからあきらかに精細を欠いている。主人公陣営(メインサイド)の話よりも童子切草薙大包平三日月等の敵陣営の話の方に興味を引きつけられるほどに。むしろそちら側メインの話を読みたくなるというのは相当問題に思える。

火ノ丸はまごうことな平成終盤生まれ平成の子だ。しかし彼の中に古き良き?昭和スポ根漫画主人公を見ていたのは自分だけではないはずだ。

不幸(両親を若くして亡くしており裕福ではない環境)、逆境(あまりにも小柄な体躯)、自己実現能力(自らを厳しく律し、徹底的に稽古で肉体を痛めつける)、黒電話携帯を持たない、機械音痴時代がかった物言い兄貴肌、相撲のことしか頭にない、私生活が見えないなどいかにも昭和ヒーロー感(?)満載である

潮火ノ丸の中に矢吹丈のような壮絶な最期を遂げる姿を夢見ていたのかもしれない・・・モブも言っていた「鬼丸ハッピーエンドが見えない」。決してハピエンが悪いわけじゃないしそちらの方が良いに決まってる・・・が、いかにもな予定調和エンドだけは勘弁してほしい。

ハピエンではなくとも「あしたのジョー」は不朽の名作だ。主人公最期勝利し真っ白に燃え尽きて生死すらどうなったかからないなんてこれ以上ハートが震えて痺れるラストがあるだろうか?ヒーローが完全に浄化され何者にも貶められない最上級存在になった瞬間だと思う。

取組を殺し合い、命のやり取りとまで作中で表現しているならそれくらいの危うさがあってもいい。昨今の少年誌では厳しいかもしれんが。

第1部を第2部以降がクオリティで上回る作品はほぼない。あってもごくまれである。(ちなみに続編が悉く期待外れだった作品としては東〇喰〇等が挙げられる。続編の一報を聞いた時は飛び上がるほどうれしかったものだが、完成度の高い前作とどうしても比べてしまい、しだいに期待は失望へとかわっていった。)少なくとも火ノ丸相撲に限ってはそうはなるまいと思っていたのだが・・・

WJの数多くの縛りや規制大人の事情に阻まれ駄作になるくらいならいっそしかるべき媒体アプリ、あるいはヤンジャンなど)に移籍してのびのび描いてほしい。青年誌の方が表現の幅が広がるだろうし。もし角界の諸問題(暴力八百長パワハラモラハラセクハラ等)の闇の部分に切り込んだりする気があるのならばなおさらだ。

高校相撲編のような神々しいまでの輝きを取り戻すことはもうないのかもしれない。それでも自分火ノ丸相撲という稀有作品に魅せられた一読者して、最終話まで見届けたいと思う。

総括

長々とかいてきてアレだが、要約すると

『あまり余計なことにページ数を割かずに相撲をじっくり見せてほしい。タイトルにおこがましくも相撲を冠してるんだからそれに恥じない内容にしてくれ!相撲で堂々と勝負せんかい!』

・・・だろうか。

2019-04-14

anond:20190414001047

増田被害者でも弱者でもなく、選んだ人生を選んだ通りに歩けてる強者成功者じゃん?

なんで、そんな世間メインストリームにいないと不安になるわけ?被害者意識もたずに黙ってうまくやってろよって思う。

働いて仕事自己実現する女性が褒められ応援されることにより、自分の選んだ人生が、世間から褒められるゾーンから外れそうで文句いってるだけにしか見えない。

好きでやってるんだから好きにやれよ。くだらない。

2019-04-06

オタクコンテンツはすっかり起業家おもちゃになってしまった

先に断っておくと、この記事邪推偏見からくるモヤモヤを綴った実のない記事である

それでもモヤモヤしたので書く。

以下本題。

ゲーム部というVTuber炎上案件を見ていてタイトルのように思った。

少し遡るとソシャゲブームときから薄々思っていたし、知らなかっただけでもっとからそうだったのかもしれない。

オタクコンテンツビジネスをするなと言いたわけじゃない。

でも、昨今の空気感だとコンテンツビジネスの主従が逆転しつつあるように感じてしまう。

オタクコンテンツとそれを作るクリエイターありきでお金を生み出すのではなく、お金を生み出すダシにオタクコンテンツがあてがわれている感覚と言えばいいんだろうか?

商材で売ってお金を稼ぐという点はどちらと同じことではあるけど、それ以上に起業家自己実現ブランディングに利用されているんじゃないかと考えてしま

そう考えてしまうのは、よく目立つ起業家がこれでもかと掲げる意識高い系お題目ミッションとかビジョンかいうやつ)に基づく偏見もあってのことかもしれない。

まり、そういうタイプ起業家は「イケてる自分」というブランディングをすることに余念がないという偏見だ。

まあ、本当にオタクコンテンツが一部起業家金もうけやブランディングに利用されているのなら、それはオタクコンテンツ社会的地位が向上した証拠なのかもしれない。

そんな世の中なら本当にオタクコンテンツが好きだったり、リスペクトしている起業家もいるのかもしれない。

でもそれはそれとして、オタクコンテンツおもちゃにされているように見える昨今のアレコレは面白くないんだよな。

3つ子事件について、思う事。

3つ子育児疲れから次男を殺めてしまたこ事件

Twitterとか見てると、父親は何してるんだ!とかい意見結構出ていて、私は何となく違和感を感じて今こんな所に書いている。

そして、ここからも私の想像たこ夫婦像で話を進めるのだけど。

▪️妻が不妊様だったとしたら

不妊治療をしていたという事だが、妻の方が妊娠する事への執念が強すぎて、不妊治療開始地点からすでに夫は置いてきぼりを食らっていたのではないかなぁ。

妻の方は、妊娠する事に必死すぎて、それがゴールになっていて、いざ生まれた時の自分の家の経済的事情や、手助け等も考えず、夫の意見も聞かずに3つ子出産したのではないかな。

このニュース関連の記事を読んでいると、妻側が完璧主義すぎな事を感じるのだが、妊娠してこそ完璧子供産んで育ててこそ完璧、という理想自分に無理して合わせに行きすぎたんじゃないかな。

その理想の中に夫はただ精子としてしか存在してなかったんじゃないかな。子供が出来たら用無し、みたいな。

夫もそれでも何とか介入して欲しかった。

せっかく、男性の取りづらい育休を半年も取ったのは凄く評価できる事なのに。育児やらせてもらえなかったのかもしれないけれど。

この事件、私は母親はきちんと罪を償うべきだと思う。刑を軽くなんかして欲しくない。

だって、殺しているんだよ?

殺す位ならまだ、減胎手術受けてたほうが良かった。(不妊治療して多胎児だったら医者は確実に言ってるはず)いくら死にそうな位、辛い多胎児育児でも育て上げている人は何人もいる。

つらくて、子供にぶつけてしまう時もあるだろう、けど、殺してしまうまでの力を赤ちゃんに向ける事ができる人なんだ。

しかも、発育の遅れていた次男を選んでいる。鬱状態で、判断力が鈍っていても。これも、完璧主義からかな。

妊娠出産育児自分自己実現の為に利用したから、理想現実が掛け離れすぎたんじゃないかな。

普通に考えたら、根本的なところで話し合いも出来ない、したくないような相手とまず子供は作らないよね。

残された双子はこのお母さんに育てられるべきという人もいるけれど、本当にそうかな?

将来的に、双子達は自分の兄または弟を殺した事実を知ってどう思うのかな?

経済的にも苦しいのに、母親に戻してどうするのかなぁ。父親の元にいくのも、頼りないしなぁ。

なんか、裕福なお家に物心つく前に里子かに行く方が2人が幸せになれる気がするよ。

———

こんな想像の語尾がかな?かな?みたいなアホ丸出しの文章を読んでいただきありがとうございました。

どっかに吐き出したかったので…

2019-03-18

anond:20190318162307

ほら、自己実現だろ? 資格じゃなくて。達成の場なんだよ。

生き方肯定されてえんだよな

まれてきたことを祝福されたいんじゃねえんだよなあ

歩いてきた道より歩き方を認めて欲しいんだよなあ

家族でもない人に存在を続けることを求められたいんだよなあ

自分の手で生み出した何かに価値があったと言葉ではなくてそれを消費する姿で知りてえんだよなあ

自己実現してえんだよなあ

2019-03-14

anond:20190313234513

整形手術には身体改造も含まれる。積極的身体改造示威行為(自己実現のためには犠牲を厭わない姿勢)の一種とみなされ距離を置かれるのも無理からぬ話だろう。

2019-03-10

インドの低カースト奴隷中流はどう使うか

インドには未だにカースト制度が色濃く存在しており、低カースト児童は売買されている。

法律上違法とされているが、仲介業者警察に金を掴ませるので、法の執行がまともに機能していない。

 

そんななか、中流インド男性奴隷少女をどう使うか。当然、「性」を使う。

売買された奴隷少女監禁されている性風俗店少女の性を買う。

その境遇から逃げようとして、捕まって両脚の骨を折られたり、自殺する少女もいる。

HIVその他の性感染症にも感染する。店主や客から、頻繁に殴る蹴るの暴行を受ける。性奴隷にされた人間は総じて短命だ。

奴隷少女たちはなぜ性風俗店に売られたのか。低カーストゆえ金に困った親に売られたというケースもある。

また、奴隷商に路上拉致されるケースもあるし、親戚に勝手に売られたというケースもある。

 

中流インド女性奴隷少女をどう使うか。「家事奴隷」として使う。

中流以上の女性は高い教育を受け、職業上の自己実現を望んでいる。

充実した職業人生には住環境が整えられていることが必要なので、

安値奴隷少女を購入し、住み込み家事育児をさせる。

そうした奴隷少女サポートがあるからこそ、仕事で十分なパフォーマンスを発揮することができるのだ。

家事奴隷にされた少女たちは性奴隷にされるよりは生命危険が少ないが、

学校に行けず教育の機会を与えられないため、字が読めないまま、「家事奴隷」以外の仕事ができないまま大人になることになる。

自分が面倒を見ている子供が成長して学校に通い、着々と中流・上流に育っていく姿を見ながら、

自分の将来が一生字も読めず家事奴隷を続けるだけというのは絶望だろう。

 

では低カースト奴隷少年たちはどこで働くのか。鉱山工場での体力仕事である

鉱物を掘り続けたり、工場危険な強い薬品に素肌を晒しながら働き続ける。当然、短命になる。

字が読めないので契約もわからない。約束された賃金が全く支払われなかったり、請求すると殴られるようなこともざらにある。

ゴミの運搬やゴミから金属を拾って売るなどの仕事をしている少年もいる。

多くの作業は裸足で行なわれ、毒のある廃液等に晒され続ける。

先進国安価製品を手に入れるとき、その原料・染料等は、奴隷少年奴隷労働によって作られていることがある。

2019-02-28

anond:20190228131113

2019-02-27

anond:20190227113732

私はこのゲームをやっていないのですが、レビューを読んだだけでもいくつかの違和感がありました。少し長いですが、せっかくなので私もここに書かせてもらおうと思います

今調べたところ、リンというキャラクタートランス女性で、ヴィンセントというキャラクターシス男性なのですよね?でしたら、リン同性愛者ではなく異性愛者なのでは?

しかトランスジェンダーの中には、「セクシャルマイノリティーとしての自分」にアイデンティティ見出し自己実現を図る方も少なくありません。一方で、「自分は本当は(すなわち、心は)男性/女性なのに、なぜ身体女性/男性なんだ。男/女らしい身体に産まれたかった」と悔しい思いを抱えながら生きる当事者もまた少なくありません。「LGBT」と一括りにされてしまうことで混乱が多いですが、「LGB」の抱える悩み・直面する差別問題と、「T」の抱える悩み・直面する差別問題は全く異なりますあなたはどうやら、その辺りを混同しているように見受けられました。

次に、

同性愛者は自分セクシャリティを隠して異性愛者に近づくものだという偏見ですよね。そんな同性愛者は今時いないと思うんだけど

とのことですが、つい最近セクシャリティアウティングによって一人の学生自死選択した痛ましい事件がありましたよね。この国(に限らないですが)はまだまだ偏見は強く、排除を恐れてセクシャリティを隠して生きる当事者も少なくないのが現実だと思います

もちろん、あなた方のような当事者が増えてきたこともまた現実だと思いますし、それはとても幸福なことで、歓迎すべきで、そして目を向けるべき現実でもあるとは思いますしかし、その裏でやはり「残念ながら変わり切れない」部分も残っていると思います。そのような両面性を抱えた過渡期である現代において、そのリアルを余すことなく描ききることは不可能に近いと思いますしかし、複数作品群の傾向を語る中で「そろそろこういう作品が増えてもよくないかな?」と提案することには大いに意味があると思いますし、私も応援します。

以上です。長文失礼しました。

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