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2018-10-17

論理道筋を示すから路地ック」

みたいなダジャレ他にある?「アド街ック天国」は思いついた。

宇宙で一番嫌いな漫画

「……お前の描いてる、この漫画の主役たちってさあ。正直なところ、仕事仲間の寄り合いって感じが強くて、まったく魅力を感じないんだよ」

私の手に掴まれている手紙の文面は、そのような書き出しから始まった。目を背けたくなるのが道理だろうに、私の視線は縫いつけられたようにその文字列の上から動かせなくなった。

今朝、私はまだ日も昇らないうちに目覚めてしまった。仕方がないので新聞を取りに行こうとしたら、一緒にこの手紙発見したというわけだ。差出人の名は無く、私の名前けが封筒の表に大きく書かれていた。怪文書の類かもしれない、私は疑ったが、一応持って行っておいてもいいだろうと軽く考えてしまった。あの場でゴミ箱に入れてしまえばよかったのだ。

 私はこれでもそれなりに名の売れている漫画家だ。その中でも、今描いている漫画は私の描いた中でも最高だと自負している。そう思ってはいてもこれまでに批判を浴びたことは度々あった、だがこのような、よりにもよって、……キャラクター描写について指摘を受けるということなど、ただの一度も無かったのだ。

 「これまでは前作の手前、こいつらにも魅力はあるんだって思い込もうとしてたさ、でも、もう限界だ。無理だね。あのコミュニティ間に熱狂するのは不可能だ。なんだあの、殺伐とした主役校Iは」

 これはただの偏執的な、妄想に頭をやられた人間の世迷言だ。こんなものは一刻も早く捨ててしまうべきだ。私が作っている世界完璧だ。批判が溢れるはずのインターネット書き込み上ですら、私は私の作品の、ストーリー登場人物に対する表立った批判など見たことがない。

私に対する罵倒はいつも決まっている、やれ「絵が下手」だの「画面が地味」だの、描画に対する文句ばかりだ。そんなことは自分でも分かっているから、より上を目指すために甘んじて受け入れる。しかし、こんなことを書かれたのは初めてだ。

私は手紙丸めしまおうとして、止めた。読んだ上での批判であるなら、受ける義務はあるのではないか。たとえそれがまるで理屈が通っていないにしろ、一意見には違いないのだ。私は皺の寄った手紙をもう一度指で広げた。

 「見ていてもギスギスしすぎだし、個人の功を焦ってるし、チームワークも話の都合上身に着けただけだ。ベタベタして欲しいって言ってるんじゃない。かけがえのなさを仲間の内に見出せよ。形だけの、ハイタッチするとか、頭を撫でるとか、そんなのを求めてるんじゃない。そういうところを描けばみんな喜ぶだろう、と狙ってんのかどうかは知らないが、響いてこないんだ、そういうのは」

 そんなはずはない。この、指摘されている箇所、この描写に該当する話は特に読者の受けが良かった。ここで私は閃いた。この手紙を書いた人間は、相当ひねくれている。あるいは単純に、私に嫉妬しているだけだ。気付いてしまえば、どうということもない手紙だ。とりあえず最後まで流し読みをして、後はシュレッダーにでも掛けてしまおう。

 「お前、描けていたじゃねえか。こういう過程を経たからこういう結果になるっていう機械的論理だけじゃなかった。前作では、人間自然とこうなるって有様をしっかりと描いていたじゃないか

 首に冷や汗が伝った。天井を見た。床を凝視した、ベッドの下も覗き込んだ。なんだ、なんなんだこいつは。何故私が、捨てたことを、切り離したことを勘付いているのか。他の誰にも、読者だけじゃない、編集にも、アシスタントにも告げていないし気づかれてもいないことなのに。

 そんなことが、どうして分かる。お前に何が分かるというんだ。私が、どういう気持ちで今の漫画を描いているのか、知っているとでも言うのか。

しかもさあ、別にそんな、わざとらしいボディタッチとかやられてもさあ。お前らいつからそんなに距離が近くなったんだ? 馴れ馴れしくなったんだ? って白けるだろう。描けよ。そこをサボってどうする。こいつらが放課後にわいわいやってる姿がまるで浮かばないのはどうしてなんだ? 試合しかしてないのが問題なんじゃねえ。そこまでする思いやりの理由そいつが見えないからいけないんだ」

 違う。私のせいじゃない。硬派な方が受けるんだ。尚且つ、要所では触れ合いを多くしておいた方が、読者の反応も上がる。たとえ、そこに至るまでの経緯が見えなくても読者は気にしない。そんな細かいことに反応するような読み手は居ないんだ。だから、そんなことはしなくていいんだ。

 「前作は良かった」

手紙を握る、指の力が抜けそうになった。足もよろけて、背後にあった机で腰を打った。

あいつらの任侠じみた繋がり方は確かに良かった、ああいうのは特殊だ、というのを差し引いてもな。お前こうやって、まともな高校生の仲の良さを描けるだろう。描いていただろう。何がしたいんだ?」

 お前なんかに! 私は喉元まで出かかった叫び必死に呑み込んだ。呑みきれずに、一部はうめき声となって口から漏れ出た。私以外の人間に、分かるものか。







 前作の「あの人のために」、は良かった。あいつらは自分を見失わなかった。なんだあの連中の体たらく。まともなのは主人公だけだ。あとはみんな動機丸投げしやがって、自分が情けなくないのか、ええ!

 

 あいつらをあの作者の漫画キャラだと思いたくない。ストーリーのためのコマじゃねえかあれじゃ。なんのために話書いてんだよ、キャラのために描けるだろうが。お前はそれが出来るのに何でやらないんだよ。 全部薄っぺらいんだよ。演出が下手くそすぎってのもあるが、脚本があれだけよく出来てるのにこんなに胸に響いて来ないのは異常だ。話を良くするために他を全部ダメにするなんて馬鹿じゃねえの。

 なんでこんなに感情移入出来ない奴らしか居ないんだってことだ。回想だのもっともらしい理由づけだの、そういうのじゃねえよ。それが出来る腕を見せびらかしたいのか。違うだろう、あいつらは何がしたい、何を求めてる、そういうのは全部個人が決めるものだ。

 あいつの後悔なんてさ、あれはあんなに都合のいい話は無いと思ったね。「コレがこうしてああなった因果であって、コレがこのように作用してこうなりました」なんてのはいらないよ。元々やってたぐらいでいいんだ。矛盾なんてものを吹き飛ばせるだけの熱が確かにあったはずだ。一切合切なくしたなんてありえない。 失望してる。こいつだけは後悔するようなことはしないと思ったのに。違う。完璧ストーリーなんかいらない。わがままキャラが見たいんだ。自分意志で動く奴らが見たいんだ。アレは違う。認めるもんか、あんなのはお前が書いたキャラじゃない。

 面白さなんていらないと思った。漫画に要るのはそういうんじゃない。作者の持つ欲求であり、キャラの我だ。動いてくれればそれでいいんだ。何をはき違えたんだお前。そんなものは誰も求めてない、そんなもので人は揺さぶられない。それは計算つくしたお涙ちょうだいだ。配分を読み切った作品だ。そんなものは読みたくなかった。文学に任せろ、そんなもん。お前の漫画にそれは絶対必要なかった! 主人公校だけが舞台装置として完全にキャラが死に切ってるのは不幸すぎた。主人公がまともに見えるのは、おそらく自己投影しているから。もうそれでもいいなんでもいいかキャラが生きていると実感させてくれ。お人形遊びに付き合わすのはもうやめろ。

 お前は自分が持ってた才能を全部捨てたんだ。ネームを描く力も、絵の魅力も、そこに人が居て生きている、と思わせてくれる熱も、全部無くした。

 話なんかどうでもいいんだよ。少なくとも、あれだけやれれば。お前は何がしたかったんだ。お前はそれらを引き換えに、完璧な話を作りたかったのか。イレギュラーの起こりえない絶対的なものを。なら捨てろ。そんな才能は捨ててしまえ。物語に拘泥して動けなくなるようなら、もう漫画なんて描くな! パッとしないのは絵のせいじゃねえよ。あんな話の出来だけいいもん見せられたって何とも思わないよ。面白ものはああ面白かった、と消化されて終わる。矛盾だらけの継ぎ接ぎ脚本でも、キャラクターが動き、演出で心を惹きつけ、見ているだけで楽しいものは忘れられない。

 お前は特化する方向を間違えたんだ。出来ることをやってりゃよかったんだ。お前、これからどうするつもりだ。もう漫画は描けないはずだ。描くんなら軽蔑するね。何もできなくなったくせにまだしがみつくのかって。

 漫画ってのは総合芸術だよ。絵もコマ割りもトーンワーク視線誘導もセリフ回しもなにもかも含めた画面作り、その中を動き回るキャラ、話。漫画は生き物だ。ハリボテなんかじゃない。どうしてそれを忘れたんだ。知ってただろ。やってたんだ。どうして出来なくなった、道を間違えた……。 

この漫画は嫌いだ。もうダメだ。これから良くなるんだったら手のひらいくらでも返すが、無理だ。こんなもの見るためにお前の漫画読んでたんじゃねえよ。

 仕切りなおしていろんなもんを無かったことにするぐらいしか方法が見えない。ここまで人間味の感じられない漫画になるとは思わなかった。シナリオの書き方、セリフが導かれる論拠、ともに完璧。それがどうしたぜんぜん面白くない。

 何回読んでも印象に残らねーのはそのせいだ。オレの記憶力じゃねえ、一回こっきりしか読んでねえのだってもうちょっとマトモに覚えてるぜ。 

ダメだ。話題を目にしただけで吐きそう。もうこの漫画に関わりあいたくない。

 どうしてこんなになるまで入れ込んでしまったんだろう。どうして普通に好きでいられなかったんだろう。

 答えは出ている。前作を読まなければ、存在に気づかなければよかった。

 初めて手に取った時、かけらも期待していなかった。読み終わった後土下座した。

 なんて面白漫画なんだろう、なんて完成された非の打ちどころのない脚本だろう。キャラクター舞台の中で生き生きとその生きざまをこちらに伝えてくる。なんて感動的な話なんだ。すばらしい。

 そこで終わっておけばよかった。

 あの漫画面白い。今に至るまで何も変わらない。それでも受け入れられなくなった。拒絶するしかなくなった。

 全部前作の焼き直し。パッチワーク。いいとこどり。リテイク、もしくはリメイク。それも、そういうものとして見た場合、非常に出来が悪い。

 知らなかったら良かった。単品で見たらこんなに面白漫画は今の日本にはほとんどない。前作を下敷きにしていると気づかなかったら誰もが熱狂する。

 他の作品に似ているところやなんかはね、メッキだよ。中にあるものを隠すための見せかけだ。読んだ奴みんな引っかかった。自分以外誰一人として気づいちゃいない気づくはずがない。妄想じゃないんだよもしそうだったらあんな配置にしない。

 他の作品酷似している、設定だけは! 結局あいつがやりたかったのはそんなんじゃない。バラバラでめちゃくちゃに終わらせてしまった何よりも愛しているあの世界をより完璧にするためだけの踏み台あいつらの生に意味を与えるための儀式

 前作のあいつらは徹底的ムラ社会で怖いというか陰湿だったけどそこが驚異の連帯感に繋がっていてなおかつちょっとイカれてるぐらいの精神面に直結してるという奇跡みたいなバランスだったというかこういうのを書かないんだったらまっとうなコミュニティ勝負するべきだった。

 今作も強豪かやや強いぐらいの高校でよかったはずなんだけどねえ。前作と色を変えるならこっちは根っから個人主義で前半はそれぞれ意地張り合ってなかなかうまく行かないとか、それでよかった。

 ちぐはぐすぎるんだよ。殺伐としたままで書きたいなら全体的に性格を歪ませるべきだし、いい人だらけにするなら融和はもっと初期に来ないとおかしい。

 試合展開も無慈悲なだけでリアルかと言われるとどうかと思う。

 なんもかんも薄っぺらい。抑揚がない。緩急をつけられてない。メリハリに欠ける。ただだらーっと緊迫したようなシリアスらしき雰囲気淡々と垂れ流し続けているだけ。

 現実味も全くない。そう言われるのは容赦がないから。ただそれだけ。本当にそれだけ。そこ以外に何一つとして肉感が感じ取れない。漫画っぽい、フィクション香りがする。

 おかしいよ。前作で出来ていたはずのことが何一つ出来なくなっている。終始しみったれた湿っぽい鬱々とした話が延々と続いている、カタルシスの欠片もない。

 ネームは前作中盤から怪しくなり、冗長病もその頃発症。絵柄はせっかく良くなったのにどんどん悪くなって今じゃやる気あんのかと問いたくなる。それでも話とキャラの芯だけは捉えていたのだ。だから最後まで好きだったし読んでいられた。

 なんでこんなに辛気臭いんだよ。暗いのとただうっとうしいのは別物だ。

 確かに前作の脚本は作りが甘かった。穴もあちこちにあった。終盤はSのことを抜きにしてもやりすぎた。全体として全くバランスが取れていない。出来はいいとは言い難い。

 だからどうした。あっちには陰と陽が確かにはっきりと存在していた。コントラストが美しかった。日が暮れてもまた必ず夜は明けるのだと感じられた。大切なのはそこだろうがよ。

 完全なる穴のない脚本からってそれがずーっと日の当たらないじめめしたところをいつまでも這ってるような話だったら意味がない。

 最後に今までが嘘だったかのように明るくなるんだろうどうせ、しかし遅い。遅すぎる。いつまでやってる気だ。

 バランス感覚がおかしいんだよ。根本的に存在してないんだよ。前作はそれが萌え駄目として表出したが今回はなんだこれ、完璧なる脚本萌えか? 破綻がなくてもこれは失敗っていうんだよアホが!

 前作は明るかったから何があっても相殺されてたと痛感する。今作のあいつらをあん意味もなく馴れ合わない関係にしたのはどう考えても間違っていた。ストーリーラインが暗いのにメインまで暗かったらそれはただの胸糞悪い話だ。

 

 今から仲が良くなっても都合だとしか思えない。もともと顔見知りの連中はかろうじて許そう。それ以外は何故このタイミング唐突に実はオレたち元からこんな関係ですみたいな顔をするんだ? 何を考えたらこんな描写が出来るんだ? 読者を舐め腐ってるんじゃないのか? 何故大多数の読者は頭空っぽにしてちょーかんどー泣けるーかっこいーしか言わない? おかしいだろ? 気づけってんだよ! てめえらがそんなんだからなにも変わらなかったんじゃねえか!!

前作のSはなんで人気が出なかったんだろう。あんなにバカ丁寧に描写して、一番力を入れていたのに。

 いやまあ分かるよ。あん内面感情移入できるような気グルはそう居ない。Sは狂っていた。治ったのかどうかも怪しい。というか性根は治ってない。あんなのを可哀想とかがんばれとか応援できる方がどうかしてる。

 今作のキャラにはそこまで思い入れがあるのか怪しさすらある。あんな作者じゃなかったんだけどなあ。客観性重要さは覚えたけどいくらなんでもキャラから遠ざかりすぎっていうか、その割に主人公がゴテゴテしてるのはまあ、趣味なんだろうけど。

 主人公だけ趣味に走るというのは悪くない。悪くないけど作者の趣味世間の99%の人間からかけ離れているのが問題だった。

 うん、前作みたいに趣味の要素を散らした方がよかったね。主人公より好きなキャラが出来て自制が効かなくなりそうならもう諦めてそいつ視点にすりゃいいし。それやっても破たんさせないだけの能力があるんだからやってもよかったよね。

 この作者の趣味って結局これ「人間欠点」だからな。欠点萌えからな。Sの性格視野狭窄強迫神経症とかOのスランプ通り越してイップスとか前作主人公エゴイストなとことかYの結局自分楽しいからやってただけってとことかKの子供っぽいとことかあいつのプライドが高くて足元が見えて無さそうなところとか。

 そんなん一キャラにつっこんだらどうなるかぐらい予想してよ。欠点と言えばコミュ障のIが居るが前作にコミュ障が居ないのであれはただの欠点だし、臆病とか自身の無さはなんだろう……前作だと開き直ってたからやっぱあれもただの演出なんだな。好きな欠点とそうでもないのがあって好きな方を全部主人公に入れたのか……アホだろ! 

 普通の読者にはそんな趣味はないからね。みんな強くて頼りになって優しい人が好きだからね。人間の弱さになんて興味持たないからね。俺ツエー嫌いとかいう奴居るけどウジウジやってるのも嫌うんだろそいつら。バカじゃねえのと思う。

 本気で人間の弱いところ欠けているところ一般的に好かれないようなところに魅力を感じて、気が狂っているような思考回路がかっこよくて、追い詰められて何も見えなくなって死にそうになっている人間燃えるなんて奴は狂人だよ。みんなそんなのはファッションで持て囃すだけで、本当に好きなのはまともな人間だけだよ。作者が狂っていたから、狂っているくせに「まともでカッコいい人間」を誰よりも完璧に書けるからいけなかった。

 あんなの誰が愛すんだよ。お前と一部の物好きだけだろ。主人公になら愛を偏らせても物語はそうそうぶっ壊れない、だけどあんなのが主人公になったらダメだろう。最後に全部持ってっちゃダメだろう。それで納得する奴なんか、お前と俺しか居ないだろ。

 

 …………ああやっぱりそれでも俺だけは、この世で俺だけはそれを望む。人の苦痛を、悩む姿を、まともな脳の構造ならそもそも問題にもしないようなところで必死にもがいて息が出来ないとうめいているところを、やっとのことでそこから這い上がって人の優しさに涙するところが見たいんだ。

 Sは性格が歪んで神経症だったりして狂っていた。主人公は生まれときから狂っていた。狂人葛藤し悶絶し一度は絶望希望見出し覚醒するなんて展開はね、受けないんですよ。受けるわけないでしょう。だってこの世にいらっしゃるほぼすべての人間正気なんですからね。狂人の苦しみなんか分かる訳がないんですよ。そんなの見せられたってピンと来ないしつまらないんですよ。

 だから好きだった。他の誰も描けない漫画だった。お前が一番誇っていい個性だった。でもそれは大多数にとっていらない才能だった。しょうがいか迎合した。そちらの方面でもたぐいまれなる才能を持ってたからなんとかなった。俺は悲しい。理由が分かっているから悲しい。

 俺だけは好きだった。あの狂気が一番好きだった。気が狂っている人間たちの美しさが好きだったんだ。

anond:20181017165507

やっぱり増田わかってなさそうだな

Vtuberは一人の人格として独立していると私は見なす中の人もいるし。

中の人もいるし」って言い方からわかるようにこれは「Vtuber人格中の人人格」って理屈でしょ。

要はキャラのガワをかぶったタレント扱いだよ。だからデーモン閣下とかふなっしーとかよく例に出されるの。

「設定の論理反論」じゃなくてその真逆だよ。設定外にあるコンテンツの裏側を考慮しないと「中の人」なんて言葉使いづらいでしょ。

もし設定の論理反論するとしたら「キズナアイAIなのでいまのところ人権は認められない」とかだろ。

anond:20181017165223

https://anond.hatelabo.jp/20181012051234

引っかかってるのは、これの1だな。

人権とりまフェミニズム的な批判に対して、設定の論理反論を試みていて、それに同調するブコメ散見された。

俺はそれに違和感を感じたのでエントリーを書いたまで。

anond:20181017161840

何の論理性もないのに「女にモテない童貞」と決めつければ勝利できると思ってるのが多数いる時点で…

「私がやる事に反対するのは女にモテない童貞だけだと思ってる」

「それを指摘するのが勝利条件だと思ってる」

と言う二重の妄想なんだよね、ああいうの

anond:20181017161558

何の論理性もないのに「男にモテないブス」と決めつければ勝利できると思ってるのが多数いる時点で…

「俺がやる事に反対するのは男にモテないブスだけだと思ってる」

「それを指摘するのが勝利条件だと思ってる」

と言う二重の妄想なんだよね、ああいうの

必要条件十分条件区別なんて不要因果関係相関関係と疑似相関関係区別不要

4枚カード問題(ウェイソン選択課題)みたいな簡単論理問題ですら日本人過半数以上が間違える

そもそも日本人過半数以上の人が論理的に正しいことすらも判断できないのに、論理的に正しいかどうなんて、どうでもいいんだと思うわ

4枚カード問題(ウェイソン選択課題)

https://sojin.kyoto-math.jp/wason.html

anond:20181017124044

当てこすりなら何言っても許されるんですか?

セクハラじゃないと俺がいうならどこで何を言っても許されるんですか?

論理破綻してる人間は思った通り自分勝手自分に甘いですね

論理破綻に気づいてないキモオタホントみじめですね

広島カープファンを怒らせるために原爆に絡めてケロカスと言ってるなんJにいる最低の人間達と同じですよあなた

⇒そのままそっくりお返しします。いじられたくない女の意見をまるッと無視してんじゃねーよキモオタ

人を諭せる器じゃない事を自覚した方がいいよ

⇒お前みたいなキモオタを育てたカーチャンの顔が見てみたいよ。きっと泣いてるよね。

何か上手いこと言った気になってるだけで何も言えてないの寒いから

おっぱい」ごときにこれだけ執着して敵意剥き出しにしてくるのも明らかに異常だから低能先生みたいにならないように気をつけた方がいい

カーチャンおっぱいでも眺めてな、お前のカーチャンたぶん泣いてるけどな

2018-10-16

国沢光宏氏のあおり運転記事を論評する

はじめに

国沢光宏氏というモータジャーナリストあおり運転について書いた下記の二つの記事について論評をする。

あおり運転はあおられる方にも原因がある。なぜ譲らない? その原因は…

https://clicccar.com/2018/09/25/632769/

あおり運転はあおられる方にも原因がある」に対する反発意見への回答

https://clicccar.com/2018/09/27/633397/

国沢氏がどれほど影響があるモータジャーナリストであるのかは知らないが、少なからメディアに出てくる以上こういった社会問題に関連する記事を書くにあたり正確な情報を書くべきではないだろうかと考えた。

記事の要点は「あおり運転はあおられる側にも原因があり、その原因は後続車のジャマをしている(=ケンカを売っている)からである。だから後続車が来たら道を譲るべきである自分勝手ドライバーがいるのは教習所で遅く走る時は後続車に道を譲るよう教えないかである。だから教習所は教えるべきである。」である

全てが正確ではない、間違っているというわけではない。正しいこともあり同意できる部分もある。

しかし、記事の内容が全てであるかのような書き方は、間違った部分は間違った認識を広め、場合によっては間違った行動を引き起こす恐れがある(注意してもらいたいのは間違った行動はあおり運転のことだけを指しているわけではない)。

そういったことを防ぐためにジャーナリストであるのであれば正しい情報を書くべきである社会問題に関連する記事は一個人の感想(=主観)が入る車の試乗記事とは違うのである

ちなみに私は何度も上記の国沢氏の記事を読み直した。それは記事前後矛盾があり腑に落ちない点が自分の誤解なのではないかと思ったのも原因である

しかし、それでも腑に落ちない点は解消されなかった。二つ目の反対意見への回答の記事は国沢氏曰くもう少し解りやす説明したにも関わらずだ。

問題は何か?

問題は二つある、。

一つめの問題点は、国沢氏が「あおられる側にも原因をある。」とあおり運転は両方に原因があるとしている。

国沢氏の主張として、あおられる方の原因は後続車のジャマをしている(=ケンカを売っている)からであるしかし、全てを一つの原因と結論づけていいのだろうか?

あおり運転が発生した状況を分析すればケースバイケースでいくつかに分けることができる。

まりケースバイケースで原因が異なってくることを意味している。それは場合によってはあおられる方に原因が無いと考えられることもできる。

例えば私はこういったことを経験したことがある。

田舎区間のせいかガラガラ高速道路走行車線制限速度の100km/hで走行中、同じく走行車線を走る大型トラックが3台おり、速度差があるためトラックに追い付いた。

ちなみに私はクルーズコントロール使用して走行していた。その設定速度の誤差ははGPS速度計と比較して1km/h程度であることは事前に確認してあった。

前のトラックとは安全距離をこれ以上、確保できない距離まであと少しという距離まで近づいたところでルームミラーとサイドミラー確認した。

追い越し車線上には後方を商用車ライトバンが走っていがいたが、ルームミラーでは意識する必要が無いくらいの離れていた。そのライトバンが10km/hぐらいの速度オーバーで近づいてきてもそう簡単に追いつかれない距離である

ウインカーを出して、追い越し車線側に車線変更完了した。

徐々に大型トラックを追い越しいく念のためルームミラー確認したところライトバン距離が急激に近づいていることが確認できた。大幅な速度超過をしていることが予想できた。

大型トラック同士の車間距離は大型トラックへの安全考慮すると走行車線側に避けるには十分とは言えない。

そのため引き続き走行車線を走り続けた。もちろん大型トラックの追い越しが完了でき次第、走行車線車線変更するつもりで走っている。

しかし、大型トラックを2台目を追い越すころにライトバンが追い付き、ナンバーが見えない距離まで車間距離を詰められた。ライトバンあおり運転をし始めた。

そのあおり運転は3台目の大型トラックを追い越し、終わり走行車線に戻るまで続けられた。もちろん私は追い越しが完了次第、走行車線に戻っている。

ルームミラーに3台目の大型トラックの前の部分が映ったのを確認したらウインカーをだして車線変更をしている。そのまま追い越し車線を走行をし続けてはいない。

ちなみにあおってきたライトバン走行車線が空いているにも関わらず、私を追い越した後も引き続き追い越し車線を走り続けいた。

しかも、私が大型トラックを追い越す前から走っていた。私の後ろには走っている車は無く走行車線に戻るには十分なスペースがあるにも関わらず追い越し車線を走っていた。

このような経験したことがある人は少なくないのではないだろうか?

ここで原因を分析したい。

結論から言ってしまえばライトバンの大幅な速度超過があおり運転が発生した原因である

道交法に従い走行車線を走り、追い越し車線を追い越しのためだけに使用している。また、クルーズコントロールを使い制限速度で走っている。絶対そんなことはない、1km/hでもオーバーしているまたは遅いこともあるはずだって人もいるだろ。

かにその指摘はごもっともだろう。しかし、1km/h程度の差は今回のあおり運転が発生した原因に寄与していると言えるだろうか?私にはその理由が思いつかない。そのため考慮すべきことから除外する。

最後に追い越しが完了次第、走行車線に戻り後続車に道を譲っている。これも道交法に従った行為であるしかもこの追い越しは走行車線を走っている大型トラックへの安全配慮している。

ここまで私に何か落ち度があっただろうか?ただ道交法に従って走っているだけである

国沢氏の記事によればマナーが良いドライバーであるのであろう。しかし、私はこの譲るという行為により自分マナーが良いドライバーとは私は思っていない、単に道交法に従っているだけである

先にも書いたが追いつかれた車の義務として後続車に道を譲っている。状況的にマナーとしてではない。

一方、ライトバンはどうであろうか?大幅な速度超過をしている。先にも書いたが10km/hぐらいの速度超過ぐらいでは簡単に追いつかれない、また意識する必要性も無い距離であることを確認してから私は追い越し車線へ車線変更をしている。

また、もし覆面パトカーがいたら確実に捕まる速度である私自身、何度か覆面パトカーで捕まるのを目撃している経験からそう判断した。

ここで10km/hとしたのはメーターの誤差を考慮してであるライトバン制限速度で走るため誤差を考慮してメーター読みで110km/hで走っているかもしれない、しかし実際はメーターがほぼ実測に近い場合もあると考慮している。メーターには誤差があるからこれは仕方が無いことである

もしライトバンによる大幅な速度超過が無ければ私が大型トラックを追い越し終わるまでには追い付かない、すなわちあおり運転が発生する状況は生じなかったのである

から原因はあおり運転をしていた後続車にあり、あおられた側にはないと結論できるのである。そしてその原因は大幅な速度超過である

後続車の速度を見誤って追い越したのが悪いという人もいるかれいない。しかし、結局はその原因も後続車の大幅な速度超過が悪いという結論に達するだけである

後続車をジャマするからあおられる。だからあおられる側も原因があると国沢氏の主張は一部であっているかもしれないが、そうでない場合もあるのである

ここに書いたのは私が書いた経験の一例である。他にも分析をすればあおられる側に落ち度が無いケースはあると考えられる。


二つ目問題は、平然と矛盾している。誰か校正してないのであろうか?

補足記事に下記のように書かれている。

"・あおるヤツがすべて悪い"

"その通りだと私も文末に書いている。"

元の記事タイトルを見てみよう

"あおり運転はあおられる方にも原因がある。なぜ譲らない? その原因は…"

またその文末にはこう書いてある。

"そもそも3車線ある区間で大型トラックが一番右の車線を走ることは道交法禁止されている違法行為警察もキチンと取り締まれば良いと考える。とにかく後続車にケンカを売るような走り方を一掃することから始めるべきだろう。その後に残るあおり運転は明らかに犯罪者だと思う。遠慮や躊躇すること無く検挙し、一発免停などの厳罰処分をしていけばよい。"

何度もタイトルと文末を読み直した。

私にはタイトルと元の記事の内容からあおられ側にも原因があると国沢氏主張しているとしか読めなかった。そもそもそれを主張するための記事ではなかったのであろうか?

文末にあおるヤツだけが原因だと書かれている個所を発見することは出来なかった。

どこにあおるヤツがすべて悪いと書かれているのであろうか?あおられる側にも原因があると主張しているのが元の記事である。すなわちあおるヤツが全て悪いという主張は記事意図とは明らかに違う。。

国沢氏が補足記事に下記のように書いているが、読解能力問題なのだろうか?国沢氏の論理の展開力の問題校正問題ではないだろうか?

”よく読んで頂ければ記事に盛り込んであるのだけれど、昨今の人は読解能力問題なのか理解出来ないようだ。”

また下記の文も不可解である

"後続車のジャマをしなければいいだけのシンプル事象と全く違う。"

あおられる方だけに責任があると読める文章である。なぜならひとこともあおる方を指摘する文が入っていためである

主張が補足記事のなかで変わるためなにが本当の国沢氏の主張なのか理解し難い。この一文が国沢氏の本音の主張であり、他は建前ととらえることもできる。

また、この文を読んだときに国沢氏のあおり運転問題に対して自分主観だけに基づいて記事を書いたのではないかと疑った。

もし本当に国沢氏が先ほど引用した文にあるようにあおる方が悪いとと思っているのであれば「道交法を守ればいいだけのシンプル事象」の方が本質を表しているので適切ではないか

前を走る車も後続車も皆が道交法を守ればあおり運転は発生しない。それが出来ていないか問題なのではないだろうか?

にも関わらず国沢氏があおられる方だけ限定するのは不可解であるモータジャーナリストであるのであれば客観的考察をしてもらいたいものである


同意もできることも

早い後続車が来たら道をゆずることとそれを教習所で教えるべきという点は同意できる。道路の状況次第で適切に行うことは良いことである。また一部の犯罪者気質から防衛運転すべきという点も同意できる。

また、大型トラックが追い越し車線を走行しているのは道交法違反であり、円滑な交通を阻害しているという主張も同意できる。


まとめ

社会問題となっているあおり運転に関する国沢氏の記事は正確さにかけていることを指摘した。

まず、国沢氏の主張であるあおられる方にも原因があるというのは間違っていることを指摘した。

ケースバイケースで分析をしないとあおられる方にも原因があるとは断定できない。すなわちあおられる方に落ち度が無いこともある。

一部、そうったあおられる方にも原因があることもあるとうのであれば理解はできるが、国沢氏の文章にはそう書かれてはいない。

また、国沢氏の主張には明白な矛盾があることを指摘もした。あおられる方にも原因があると主張する記事でありながら、あおるやつが全て悪いと補足されている矛盾があった。

ただし、国沢氏の主張が全てが間違っているわけではなく、正しく同意できる部分もある。

あおられる方だけに責任があると読める文が含まれていた。コンプライアンスが厳しく問われる昨今、モータジャーナリストとしてこの文がいかがなものであろうか。

モータジャーナーリスト記事を書いてお金を貰い(このお金も元を辿れば一部は自動車メーカーもしくは関連会社スポンサーからであろう)、自動車メーカーや輸入代理店が用意した試乗車を公道もしくは自動車メーカーが高い金を払って借りたサーキットで試乗している。

もちろんメーカー宣伝してもらうために行っている。

いかえれば直接的、間接的に自動車メーカー関連会社と一緒に仕事をしているのがモータジャーナリストである。請け負っていると言う方が適切かもしれない。

そのモータジャーナリストである国沢氏のこのあおられる方だけに責任があるよめる文を記事に書くことに関して自動車メーカー関連会社人達はどう思うのであろうか?

私が自動車メーカー人間なら一緒に仕事をするのを止めたいと思う。一緒に仕事をすることでブランドイメージが損なわれる恐れがあると考える。

増田プログラマー養成講座 その2 プログラムデータ+処理

プログラムとは何か?

プログラムは、コンピューター電子計算機)に与える指示書のこと。

人間プログラムコード)を書いてコンピューターに与えると、コンピュータープログラムに書かれている命令を実行する。

 

コンピューター電気仕掛けの召し使いだ。いくらコキ使っても誰にも文句を言われない。パソコンを10台持っていれば部下が10人いるようなもの。こいつらに仕事やらせれば人間様は遊んで暮らせる。どうだ?命令してみたくなっただろう?

しかし、こいつらはアホだ。正確に命令を出さないと、ほんの少しでも間違っていれば、間違ったなりの動作しかしない。融通が利かない頑固者だ。命令するときバグ(間違い)がないように注意しよう。(命令するのも一苦労なんだよな~w)

 

プログラム構成要素

プログラムは、

  1. データ
  2. 「処理」

の2つから成り立っている。それ以外の要素はない。基本はたったの2つだけなら、シンプルで分かりやすいだろ?

 

問題は、この「処理」をどうやって書くか?なんだ。

「処理」の書き方を巡って、人類試行錯誤を繰り返し、いろんな書き方を編み出して来た。

現代の主な書き方(プログラミングパラダイム)には、主に2つの流派がある。

 

命令型と宣言

  1. 命令プログラミング - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%91%BD%E4%BB%A4%E5%9E%8B%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%82%B0
  2. 宣言プログラミング - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%A3%E8%A8%80%E5%9E%8B%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%82%B0

 

さらに細分化すると4つある。

  1. 手続型:C、Javaなど
  2. 関数型:LispHaskellなど
  3. 問合型:SQL
  4. 論理型:Prolog

 

手続型は命令型に属する。関数型、問合型、論理型は宣言型に属する。)

これら4つは見た目がちょっと違うけど、「チューリング完全」と言って、計算できることは同じと保証されている。(同じ計算能力がある)

頭の悪いプログラマーはそれぞれの優劣を論じて宗教戦争をやってるけど、賢いプログラマー必要に応じて全部使えるようにしているので、どれを使っても問題ない。

まずは、直観的に分かりやすい「手続型」で練習してみよう。その後、問合型(データベースの操作)、関数型(参照透過性の活用)を練習してみよう。


(ここまでの話は、歴史用語、全体を俯瞰した地図の話だから、今の段階で理解できなくてもOK

 

手続プログラミング言語学習項目

次の2ステップに分けられる。

  1. 構造プログラミング - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A7%8B%E9%80%A0%E5%8C%96%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%82%B0
  2. オブジェクト指向プログラミング - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%96%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88%E6%8C%87%E5%90%91%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%82%B0

 

この2点を理解したら、Javaコードを書ける。

次回、この2つを見てみよう。

 


anond:20181015215004経験からプログラマーなんだが全然からない

anond:20181016015826 増田プログラマー養成講座 その1 パソコンの用意

anond:20181016164341 増田プログラマー養成講座 その2 プログラムデータ+処理、プログラム言語の種類

anond:20181016180059 増田プログラマー養成講座 その3 構造プログラミングの基本(順次、反復、分岐

anond:20181016193144 増田プログラマー養成講座 その4 子ども向け教材「Scratch」で構造プログラミング練習

anond:20181017161003 増田プログラマー養成講座 その5 オブジェクトとは何か?

anond:20181017191404 増田プログラマー養成講座 その6 OOPの種類、PHPの準備

anond:20181016115435

現時点で何かが問題となっているわけではないが、将来的に可能性があるという話だよ。

今の時点では二次元表現での児童ポルノに該当しそうなもの違法ではないが、「キズナアイには魂や人格がある、という立て付けで社会問題に対して立論していく」方向を突き詰めていくなら、二次創作二次元表現であってもそれがキズナアイ場合だけ作成単純所持違法になるという未来に向かっているということ。

そういう隙のある論理から批判をかわすために魂だの人格だのを持ち出すのは戦略としてまずいって話ですよ。

キズナアイの件で、現実フィクション区別ついてない人多すぎ問題

もともとはあまり興味なかったが、なかのひとがどうの、魂がどうの言い出す人の多さに流石に頭くらくらしてきた。

現実フィクション区別」というワードは、これまで二次元児童ポルノの取扱に関する文脈で頻出していたが、どうやら多くの人たちがこの「フィクション」という言葉矮小化して考えていたらしい。心底驚いた。

おそらくノンフィクション(とされる表現物)との対偶として、「物語の設定や登場人物現実とは関係ないもの」を想像しているのだろう。

だがその区別は、表現物の内部の論理であり、現実社会問題で語られる「現実フィクション区別」とは別のレイヤーの話だ。

考えても見てほしい。現行法において、同じ二次元エロ漫画に、あとからノンフィクションだと銘打っただけで違法になるだろうか。それは望ましいことだろうか。

社会問題文脈の中で語られるべきは、「現実表現物の区別」であって、表現物の内部区分として「フィクションであるかどうかは問題とはされないし、されるべきではないのだ。

表現物の内部論理として、Vtuber既存アニメなどのキャラクターよりも人格性がある、魂があると認められるのは構わない。大いに結構だ。

だが、それはあくま表現論・表現者と二次創作者との倫理的距離感など、あくま表現という枠組みの内側での話であって、社会問題での批判に対抗する方法ではない。

キズナアイというキャラクターの造形が社会問題となった場合あくま表現としてのキズナアイ問題とするべきである

表現物の内部論理としての人格性を持ち出して、社会問題ステージで「このキャラクターには人格と魂があって、その自由選択の結果です」と反論することは、なんら現実を反映していないし、より厄介な問題はらんでいる。

仮にその主張が認められるならば、同時に児童ポルノ文脈においても人格と魂のある存在として社会問題ステージに立たなくてはならなくなる。それは誰も幸せにしない事態であろう。

2018-10-15

anond:20181015144749

極論ではなくネット議論自体がそんなもんだろ

ネット論理性や誠実さなんてテキトーぶっこける範囲だけでしかみんなやってないじゃん

結局、いくらでもどうとでも言えるのでネット議論で何かが良くなるって思ってるやつはバカしかいないんだよなぁ

そういう意味では、書店スポンサー突撃するネトウヨフェミは正しいんだろう

anond:20181015125057

>「MSが登場してそれに色々な人が乗る」というMSと言う”フォーマット”と言うか”パッケージ”というか、それだけが共通ってことなのか?

この論理定義するなら、"GUNDAM"という名前と、似た形態例外は多数あるけど、基本的に二本角+ツインアイ)が共通になると思う。

例えば、機動武闘伝GガンダムだとMFモビルファイター)って名前になってるし、SDガンダムでは基本的に人が乗らない(ヒト科などの分類の一つにガンダムなどがある感じ)。

anond:20181015074454

信頼性みたいなのを全然想定していないなら

「まともなフェミニスト」と「そうでないブクマカ」を分けて後者を叩くのもおかしな話

結局あの増田を持て囃してるやつらは論理フェミニズムもどうでもよくて

自分が嫌いな奴を叩いてくれた増田を「まとも」認定してるだけなんだよな

ただのイジメの構図だわ

2018-10-14

「まともなフェミニスト」って論理矛盾じゃない?

悪態で言ってるんじゃないよ。

自分なら無理って言うこと。


だってフェミニスト一人一派」以外にまともな定義制限存在しないとすれば

逆にどんな奴がフェミニストを名乗って”同志”になることも咎められないわけで

まともな人ならそんなもん名乗ることに責任もてないなってなるから名乗らなくなる。

名乗る意味もないしね。


善意でとるなら「フェミニスト一人一派」という言い草には

「そんなに学問的な勉強をしてない人でも意思表明や権利主張をし始めた時からあなたはもう立派なフェミニストなんですよ」

っていうエンパワメント的な効果意思が宿ってたのかもしれない


でもいまやもう先駆者達の”活躍”によってすっかりフェミニストの印象は悪くなったか

はっきり学問知識や自負を持って名乗る人(ふぉんとださんとか?)以外はむしろ名乗りたくない称号になってる。

そこで「一人一派」がまた迷惑を掛けるんだけど、

単に意思表明をしてるだけの女性が、名乗りたくもない「フェミニスト」と誤認されることが増えてる。


迷惑レッテルとして「フェミニスト」が貼りついて来る。

「私の主張は別にフェミニストじゃないでしょう」と抗弁しても、

フェミニスト定義や条件が不明で「一人一派」とされてるから

印象でフェミニストっていわれると否定するのが面倒くさくなってる。


まり一人一派って言い出した人はほんとに無責任で無考えなアホ。

anond:20181014112046

逆張りスト

事実と完全に逆の提案をして論理的な経路を書く人いるじゃん、「信号が赤になったということは交差点に進入すると危険なのでアクセルを踏むべき」とか。

人間論理性なんて欠片もなくて精々入力を二値にエンコードしてうまくいった方を採用してるだけなんだなって

AI人間と同等になるのも突然魂を得るんじゃなくて人間解体された結果全てを置き換える形になるんだろうなって

フェミ被害者意識やばい

フェミ自分加害者である可能性をまったく顧慮しない

その被害者意識イスラム聖戦士である

私たちは不当に虐げられているのだからどれだけ攻撃してもよい」の論理

フェミ攻撃性の根本には被害者意識があるのである

anond:20181014121005

オタク被害者意識やばい

オタク自分加害者である可能性をまったく顧慮しない

その被害者意識イスラム聖戦士である

「俺たちは不当に虐げられているのだからどれだけ攻撃してもよい」の論理

オタク攻撃性の根本には被害者意識があるのである

2018-10-13

匿名文化神風特攻隊

匿名による彼らの書き込みには生命が宿っているが、その価値は著しく軽い。

なぜなら彼らは匿名で書き込むことで自我を減らしているからだ。

私達は同じ人間である、ということで価値を同じにしている。

匿名である彼らは同じ人間ではあるが、同じ人間から少し引き算をした存在なのだ

何を引き算しているかというと、彼らは名前を持たない。

彼らはいかにアイディンティティと呼ばれるものを保持できているのか?

私が書き込んだものは変わることはない、その不変性によって維持できている。

そうでなければ、私が書き込んだもの侮辱されたり、過小評価されたりしたときになぜ落ち込むのかわからない。

wikipediaは書き込んだもの修正されるが、修正された履歴として残る。

  

匿名の人が人間から少し引き算をした存在だとしても、同じ人間であることは変わらない。

私達と同じ感情を有しているのだ。

これは非常に混沌とした問題だと思う。

一方では匿名は劣った存在だが、もう一方では同じ存在として扱わなければならない。

匿名の人が名前を持たないというのは当たり前のことだ。

彼らはいかにアイディンティティを保持できるのかも私は書いた。

一方で彼らは匿名でのアイディンティティ簡単に捨てることもできる。

なぜかといえば、私が書き込んだものを削除すれば消えるし、私が書き込んだことを忘れてしまえばなくなるだろう。

(忘れる方法について、簡単ではないように思えるだろうが、人は大したことではないことは簡単に忘れられるようにできている。)

本来、アイディンティティ簡単に捨てることはできない。

まず家族がいるだろうし、私のそのままの暮らしのものであったりするからだ。

それが毀損されれば、どうなるかここでは書くことはできない。

そのアイディンティティ匿名では自分意思によれば簡単に捨てられる。

匿名世界でも、アイディンティティ尊重されねばならないが、本人がどうでもよければ価値はないのだ。

  

人は会話をするときある取引をしている。

それは一方の論理を受容するとき、一方の論理もまた受容するというものだ。

それはアイディンティティを守るための取り決めである

匿名世界で会話をすると気にはこの論理取引ほとんど不可能である

なぜならアイディンティティを守る必要がないからだ。

いや、私のアイディンティティは守らねばならないが、相手アイデンティティはどうでもよい。

捨てればいいだけだからだ。私のは今は捨てたくない。

  

匿名同士の会話はこのように成り立っているようで成り立っていない。

常に死者が出ているのだ。

会話をするときに常に人が死んでいく様子は戦場である

彼らがマッチョ思想に染まるのも当然で、むしろそれを貶す奴らのほうが狂っている。

もちろん匿名同士では私の言っていることは逆に間違っている、貶なせるのなら貶すのが正しいだろう。

これがアイディンティティ簡単には捨てられない世界との衝突では大変なことになる。

匿名の人はいかにもアイディンティティ大事のように振る舞うのだ。簡単には捨てられないほうが価値が高いことを知らないか

分かっていない、またはそれが非常に有効戦略なのだ

私のアイディンティティ取引しませんか?

私はあなた論理を受容しましょう、だから私の論理も受容してください。

これを拒否するのなら、匿名の人はアイデンティティを捨て、もう一度同じことを繰り返すだろう。

取引をしたとして、彼らが味方になることは無いのだ。なぜなら彼らはすぐに死んでしまう。

この様子はまさしく神風突撃隊のようだ。

死を覚悟して、人の論理突撃していく、彼が正しいか正しくないかなど関係ない。

アイデンティティ問題なのだから

そして拒否する側は、ひどい罪悪感に苛まれるだろう。

それは死者が出ることが分かっているものに、私の論理はそれほど正しいのだろうかという疑念も出るだろう。

人の死より正しいものがこの世にあるのだろうか?

それに会話するルールを毎回のように破らなければならないのは、一般的なことではない。

  

私はこれは解決すべき問題だと思っているが、私にはやることない。もう世界がすでにそう動いている。

アイデンティティ価値について、よく吟味するしかないだろう。

そういう意味では信頼を可視化するという試みはうまく行きそうだ。

信頼の可視化は、いろんな問題を含んでいるのだが特攻隊を見ることはなくなるだろうと思う。

プログラミングの独学プラン

  1. 10日間:「構造プログラミング」の基本(順次、反復、分岐)を学習子ども向けの教材「Scratch」がお勧め https://scratch.mit.edu/
  2. 60日間:手続言語PythonPHP等)を学習Webサイトを作ってみる→スラスラわかるPHP https://www.amazon.co.jp/dp/4798125806/
  3. 30日間:問合型言語データベースSQL)を学習MySQLを使ってみる→おうちで学べるデータベースのきほん https://www.amazon.co.jp/dp/479813516X/
  4. 30日間:関数型言語(合成、再帰パターンマッチ)を学習ポイントは「参照透過性」の活用。教材は「OCaml」がお勧め http://pllab.is.ocha.ac.jp/~asai/book/Top.html

 

 

からないことがあればteratailで質問できますhttps://teratail.com/

 

追記

プログラミング言語の選定は、作りたいものに応じて選ぶのが基本。学習目的なら、とりあえず最初の1歩には以下の言語お勧めします。

  1. 手続言語Python
  2. 問合型言語SQL
  3. 関数型言語OCaml
  4. 論理言語Prolog

 

参考書

 

anond:20181013190413 プログラミングってやっぱり数学知識いるかな?

anond:20181014003945 プログラムを学びたい

anond:20181015215004 未経験からプログラマーなんだが全然からない

中国を好きなはてサなんてどこに居る」って言うけど

日本エリート学生が「中国論理」に染まっていたことへの危機感(阿古 智子) | 現代ビジネス | 講談社(1/4)

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/gendai.ismedia.jp/articles/-/57941

こういう中国に関する重大な批判ニュース記事が出るたびにはてサが何をするかというと


houjiT 中国ハラル廃止に怒ってた人は大勢いたけど、日本でやられると中国同様「偏食」扱いでわがままいうなと言ってたの覚えてるからなぁ? 日本 中国 教育

2018/10/13 リンク Add Starcoenzeim292919magnus84

みたいに

1.その話題関係ない日本叩きの話を唐突叫びだす

2.仲間達が星をつけてトップコメントや上位コメントを狙う

3.話題逸らしに成功して中国問題点意識の外に追いやる

っていうのをずっとやってるんだよね。


このhoujiTは中国(もしくは韓国)の問題ある部分が話題になりそうになると

こうやって「こんな話題まらないじゃん!」「それより日本叩きしようぜ!」みたいな絶叫を始めることが多々ある。

すごく話を逸らしたいのがわかりやすい動きで、人狼なら一発で吊ってる。

他にも似たような動きをするidや☆でサポートするid一定数居る。


かに「私は中国大好きです!」という言明こそしないけれども

中国への忠誠心献身性ははっきりと感じられる。


ぶっちゃけた話

中国批判されるのが無性に嫌なんでしょ?

ジャップの癖に生意気な」って感情すら湧きあがってるんでしょ?

毎度の動きからその情動が見てるほうにも手に取るように感じられて、

その話をされてるんだよ。


差別でも帝国主義でも言論統制でもエスニッククレンジングでも中国がやってるなら批判する気にならない人。

他の人がその中国問題批判してるのすら腹が立ち、「ジャップにそんな批判をする資格はない!」って気持ちになり、

なんとか話を逸らさんとするブコメを書きつける、それが習慣になってて考えるまもなく行動に移せる人。


あの実際の行動を見てればリベラルでも反ヘイトでも反差別でも人権主義でもないこの人達

本当に反対したいものはなんでしょうか?

誰でも気づくよね。当人達がいくらとぼけても。


控えめにいえばこの人達は「中国が好き」だし、

もっと本質を言っちゃえばただのヘイターなんだよ。


追記

控えめにいえばこの人達は「中国が好き」だし、

文意を取れない人がいてびっくりする。

じゃあもうより馬鹿にもわかるように書くと

・この人達の態度には確かに中国好きと揶揄されるような偏りやアンフェア性がある

・ただし私はその動機が必ずしも中国への愛だとは思っていない(カッコつきの中国が好き)

・彼等の根本動機は単なる日本ヘイト

だよ。


しかしこれぐらい読解力もない脳性能の人達が御政道談義してるのも不毛だと思う


反応

death6coin 「日本もー」発言が嘘とは叩けないので代わりに中国好きなんだろと叩く。しかし、それは日本中国並みでもいいと言っているのに近いので、実は中国好きの反日は、こういう発言を叩く側にもなりかねないというw

すごい

もはや日本語通じてる感じすらしない

>「日本もー」発言が嘘とは叩けないので代わりに中国好きなんだろと叩く。

中国非難されそうなニュースに飛び出てきては話逸らしを試みる行動について」なんだけど話伝わってるのだろうか。

しかし、それは日本中国並みでもいいと言っているのに近いので、

???もはやどういう論理展開なのかもわからない


たぶん彼の中では煮詰めに煮詰めた独自世界観論理がある

いきなりすごいのが釣れたぜ

何の主張もしなければ永遠に間違えることはないのに

右翼左翼フェミニスト宗教家

何も主張せず何の論理も唱えなければ楽に生きられるのにな

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