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はてなキーワード: 論理とは

2024-05-18

anond:20240517122432

考えたこともなかったけど言われてみると死の恐怖が和らぐ気がする。

死の恐怖っていっても身体的な痛みへの不安とか夢が実現できない無念さとか色々あると思うけど、自分が死んでも宇宙存在し続ける虚しさみたいなものもある気がする。

自分宇宙の中心じゃなくてあくまモブの一人ってことを受け入れさせられるような、尊厳が傷つけられる感覚

この部分は宇宙死ぬってことにしてしまえば、自分が死んだ後も宇宙存在し続けたとしても、あくまで有限の時間って思えば早いかいか問題だけで皆んな平等

そもそも自分が死んでも宇宙存在し続けるっていう前提が証明できないし、論理破綻しているかもしれないけど、うっすらと納得感はある。

2024-05-17

anond:20240516192143

はてなで女を異様に貶める男、自分より下のものを叩きたくて必死なだけだから

論理だった考えもなんもないからわかるわけ無いよ

女のが下なてじゃないけど、下だと思い込んでるだけのピエロから

一番社会価値がないし、自分でもそうのたまうくせに、それを受け止めることすらできてないんだからピエロ以下かも

宇宙死ぬって考えたら死ぬのが怖くなくなった

自分でもちょっと不思議な話。

どちらかと言うと太陽を見るとくしゃみがでるような話に近い。

死ぬのってなんで怖いのかなって思ってたんだけど、なんとなく、その後に永遠が待っているかもしれないって感じるのが怖いのかなって思うようになった。

終わりが怖いのではなくて、永遠の終わりが怖いのではないかということ。

まり、怖いのは永遠であって終わりではないのではなかろうか。

そう考えたときに、宇宙だって始まったのだから終わりがあるはずで、例えばエントロピー無限に増大してしまって宇宙単一の何かになってしまえばそこで時間は止まるはずで、あぁ、宇宙も終わるんだったら自分にとっても永遠の終わりはないんだなって思うと、死ぬのが怖くなくなったように感じた。

論理的な話をしたいのではなくて、死を考えるときに心の隅に湧いてくる恐怖心が、こう考えると何故か和らいだよという報告。

自分でも論理破綻しているように思うし、実際のところそれでどうして恐怖が和らいだのかもわかっていない。

ただ、事実として、今まで頭をかきむしりたくなるような死への恐怖が、ずいぶんと受け入れられる感じに変わった気がした。

死ぬのが怖いって人、試してみてどういう変化があったか教えてくれるとありがたい。

anond:20240516175414

からだけどお前は論理が滅茶苦茶でちゃんと読めば前後が全く繋がってないのが分かるよ

2024-05-16

anond:20240516232952

日本の左(女)はスローガンだけはよく外人を真似するが、論理はまったく理解してないので、こういう外国を真似たくない話になると途端に日本らしい没論理になる。

共同親権法案、通ったね

珍しく女性偏重した男女不平等だったけど、これも男女平等への重要な一歩だ。

しかに導入直後は混乱もあるだろうが、根本的な仕組みとして不平等な仕組みだったので長期的に見れば良い改正だと思っている。

少なくともオレは安心して結婚して子どもを持てるな、と思ったよ。

海外でも日本人女性結婚すると子を連れ去られるから結婚してはいけない、という呼び掛けを時々見かけていたがそういうのもだんだんと減っていくだろう。

共同親権という枠組みは維持したまま、細かい調整を随時加えていけば十分実用的で安全な仕組みになるはずだ。

あとは夫婦別姓などの他の男女平等施策も進んでいってほしいところ。

それにしても共同親権反対派の批判の仕方は酷かった。

誰かが反対でもしようものなら論理ではなく、全く別の過去の行動を取り上げて人格批判や印象論での批判ばかりで、ほぼ誹謗中傷といっても良いレベルだった。

そのせいで賛成派はSNSでは怖くて声を上げられず、ノイジーマイノリティSNS跋扈する状況となった。

あの界隈の人たちは今後の共同親権世間に受け入れられていく中で反省をして、もっと議論の仕方を一から学びなおしてほしい。

anond:20240516155654

明示することを避ける論理は何行もつらつらと書けるんだもんな笑

anond:20240514140151

BLが好きってことは世間で「普通」とみなされている恋愛に反感を持っているってことじゃないの?

ここで一気に論理が飛躍していて草。そして男と女の差がかなりあることがわかる。

エントリというか男性オタクだと「世間で「普通」とみなされている恋愛」というものを喉から手が出るほどに欲しているが絶対に手に入らない!だからオタク趣味を拠り所にしている!

『なのに何故普通恋愛を手に入れているお前がオタク面をしているのか!』という思いを持っているのに対しこのエントリ書いた女性BLオタク

なんかキモイオスが寄ってくる!普通恋愛なんかいらん!オタク趣味こそ至高!『なのに何故普通恋愛を手に入れて(幸せを感じて)いるお前がオタク面をしているのか!』

って感じがするんだよな。逆向きのベクトルなんだけど同じ量の熱量なんだと思う(スカラー量かなと思ったけど数学的にあってるか分からん)。

深刻な願いであるのは男性だが、純粋な願いであるのは女性とも思う。まあ同じオタク同士仲良くしようぜってこった。

anond:20240514140151

BLが好きってことは世間で「普通」とみなされている恋愛に反感を持っているってことじゃないの?

ここで一気に論理が飛躍していて草。男性だと「一般的なのもいいけどニッチなのもいいよね」ぐらいにしか思ってない。

2024-05-15

論理とはこういうものです

前提1: 弱者男性という語は差別しか使われない

前提2: 保護すべき存在を表す語は「マイノリティ」「弱者」などでいい

前提3: 差別に使われる語を頻用すると社会が苦しくなる

前提4: 社会が苦しくなるような行動はできるだけ避けるべき

帰結: 弱者男性という語の使用はできるだけ避けるべき

  常々に東京大学を糞と言っている割には自分会社の糞ラボ批判されたらそうですかって言ってるからてめえの論理背理法破綻してんだよ幼稚園児のカス

2024-05-14

   門川市加草のホテル営業現実的派遣される可能性が存在するというだけで、 古典的論理的見地からは、善良な社会通念に照らしてそのような技術存在しない。理由は次のとおり

    (1) 東京駅から門川市までは、新幹線にちりんシーガイアによって行けるが、費用は、26110円程度となり、往復で、52000円となる。著しく不合理で選択される余地がない。

    (2) Jetstarの格安でいって帰ってくればいいという見解。 仮に6000円の日を選択して、 ただの糞論理から可能であるが、やらない。

  理由 : 真面目過ぎるためである。  結局、 延岡帰省しているときしか行っていない。

  病的でローマン的な見地からは、 いくらでも手段があると思うが、 私はそんな思想をしていないので、論外である

    ①  気が狂ったように走って行く。 ②  手段がないわけではないから、やれる方法で行く。

あなたはどっち?】「好き」に理由があるor「嫌い」に理由がある

 だいぶ前に、ふとした拍子に「好きな作品なら理由が言えるはずだ」と言ったら、「逆でしょ。嫌いなものには理由があるけど好きなものには理由がない」と返されて考え方の違いに驚いたことがある。

 その時はそれも筋が通っていると感じたからそれ以上は踏み込まなかったが、思い返すにまだ腑に落ちないものがある。

 それは、結局突き詰めて考えると、自分が「好きなものには理由がある」と言う場合、加点法を念頭に置いているからだ。

 

加点法と減点法

 一般的に加点法と減点法ということを言うとき、加点法の方が分別があるとか生産的だとか言う。

 そして加点法で言うならば、「好きな理由」を上げていくことが評価スタンダードでなければいけない。

 となれば、逆に「嫌いなことに理由がある」という考え方は、減点法であり、非生産的な考え方であると言えるはずだ。

 しかし一方で、「好きなものはなんとなく好きで、特に嫌いな理由があるときだけ嫌い」というのも穏当な理屈であるように見える。

 この、論理の噛み合わない感じが、自分の中でまだ消化しきれない。

 「好きなものには理由がある」という加点法的な考え方に対して、「嫌いなものにこそ理由がある」という減点法的に見える考え方は間違っていると言えるのか。

 

「嫌い」ってどこまで嫌いなのか

 ひとつ重要ポイントとして、「嫌いなもの理由がある」という場合の「嫌い」というのがどこまでのことを意味するのかがあると思う。

 「好きなもの理由がある」自分にとって、「好きでないもの」は「どうでもいいもの」だ。特に価値がない、なくて良いけどあっても別に無視するだけのもの

 それは加点法で考える限り当然のことで、加点法で点がつかないものスタート地点の0。そこから上がりもしないが下がりもしない。ある意味ニュートラル

 なので、「理由があるくらい嫌い」と言う場合、逆にそんなに嫌うほどのものってどれだけあるんだろうと思う。

 虫が嫌いとか食べ物の味が受け付けないとかならわかるが、芸術作品など一般的存在に対してそこまで嫌うということは、単純に珍しいものなのではないか

 その場合、「嫌いなことに理由がある」という人は、「嫌いな物はほとんどないかほとんどのものが少し好き」になるのか、「嫌いなところが目についてアレもコレも嫌い」になるのか、どっちなのだろう。

 というところが、分かれ目になる気がする。

 

「好きなことに理由がある」のか「嫌いなことに理由がある」のか、普通はどっちが多いのか?

 結局、普通はどっちが多いのだろう。「好きな理由があるから好きになる」ことが普通だと考える人。「嫌いなものには理由があるけど、好きな理由特にない」という人。

 後者場合、その「嫌い」はどこまでのものを指すのか? あれも嫌いこれも嫌いで、好きな物以外は嫌いだらけという生きづらい人ならかわいそうだけど、特にこれといった理由がなければ何でも楽しめる、というポジティブな人も多いのだろうか。

 また、これは加点法と減点法という観点で語って良いものなのだろうか。一般論としての加点法と減点法の善し悪しに関する議論と、どう論じ分ければ良いのだろうか?

 疑問は尽きない。なんか尻切れとんぼ

 

追記

 自分で整理してみて思ったけど、「嫌いには理由があるけど、好きには理由がない」って、恋愛理屈みたいに聞こえるね。

 自分ものを好きになるって評価するってことだから加点法が誠実だと思ってしまうけど、「好きには理由がない」っていう考え方は、もしかするともっとロマンチックものを求めてるのかも知れない。

 

追記2

 いろいろ意見がきてますね。

 「嫌いなことには理由をつけないと失礼」という意見が多く、考えたこともなかったので驚きました。

 自分にとっては嫌い(というよりどうでも良い)理由説明しないといけないか? 大抵のことは大抵の人にはどうでも良いのがデフォルトだろ? と思ってしまうので、そういう感覚がありませんでした。例えば、鬼滅の刃に興味がない、見る気がない、っていうのに理由がなきゃいけないのかな? 子供向けの漫画大人になって読む方にこそ強い理由がいらない? って思う。(「評判なので試しに読んでみる」は十分な理由範囲として。それでも「興味ない」の方が強くても別に普通だよね、くらいの感覚。ちなみに増田は連載を斜め読みした。)

 ただ、「嫌いに理由をつける人はすべてのことがうっすら好き」はほんとか? とコメントを見てると思うw これを言う人の言い回し博愛主義者に見えないw

 以下に、興味深かったブコメを並べます

 加点法は性悪説というのは、確かにと思った。自分は「すべてのものの90%はカスである」がデフォだと思っているので(カスであっても存在否定しない)。

 面白いね!

2024-05-13

anond:20240513203446

すげえ論理性無いじゃん

理系勉強仕事に耐えられないでしょそれじゃ

anond:20240513201447

うげぇ…またエグい論理が出てきたな…

あなたが声を上げればいいの対義語がニーメラー

そうか、アンチフェミは「あなたが声を上げればいい」を言い放てるが、

表現の自由戦士は使えないのか! ニーメラーの詩を掲げてるから

うーむ。

anond:20240513202939

個人的理由論理性もクソもないでしょ

お前は女の子の好みに何か論理的な理由あんのか?

anond:20240513202939

君、論理性なんて気にしてちゃダメ

漢はドスンと構えてないとね

anond:20240105191053

「親ガチャ」というのは人生ゲームになぞらえた表現

ゲームなら参加する前から選択主体存在するので「ガチャ」は存在するが

人生は参加する前には選択主体存在しないから「ガチャ」という表現おかしいよね、というだけの話なら納得。

元の投稿者はそこに余計な個人的意見感情をくっつけたせいで論理破綻が生じてしまっている。

anond:20240513124402

誤解を生む表現だって? 誤解じゃないぞ。お前の論理普通に破綻してるだけだぞ。

2024-05-12

anond:20240512220012

ヤクザ理論?なんのことだ。ヤクザ論理なんか知らんぞ。

自分になにかしてくれる人に、いい加減な態度をとっていいのかっつうだけの話なんだけど。

健康提供する約束契約なんかしてないんだってば。ゆえに医師患者健康にする義務はない。健康になるのは患者自身努力によるものだし、医師医療にできるのはその手伝いや方向づけだけだ。

納得できないなら説明を求めるか、別の病院行くか、自力でなんとかしてくれよという話

anond:20240512215708

医者は偉い、だから発言に気をつけろ、と?

ヤクザ論理だな

そういえば精神科医には入院患者セクハラするようなどうしようもないのがいるらしいが、そいつらがちゃん健康提供たか

怪文書でないとバズらない

 インターネット上では、日々膨大な量の情報が飛び交っている。その中で注目を集め、多くの人の目に留まるのはどのようなコンテンツだろうか。残念ながら、真面目に論理立てて書かれたエッセイ記事よりも、奇妙で不可解な「怪文書」の方がバズる傾向にある。

 怪文書とは、一見すると意味不明で、奇妙な主張や陰謀論支離滅裂文章が連なっているものだ。一見すると「何を言っているのかさっぱり分からない」と思うかもしれないが、実はそこには人々の興味を惹きつける要素が詰まっている。

 まず、怪文書は「謎めいている」という点が人々の好奇心を刺激する。人間の脳は、謎や未解決問題に惹きつけられる傾向がある。怪文書は、その不可解さゆえに、人々の「謎を解きたい」という欲求を刺激し、読み進めてしまうのだ。

 また、怪文書は「共感」を呼び起こす。一見すると支離滅裂な主張も、よく読むと社会への不満や不安、怒りなどが込められていることが多い。そこに共感を覚える人が多く、SNSなどで拡散されることでさらに多くの人の目に留まるようになる。

 さらに、怪文書は「笑い」を提供する。不可解な主張や奇妙な表現は、時にユーモラスに感じられる。人々は、怪文書を読んで「何だこれは」と笑い、友人やSNSで共有する。そうすることで、さら拡散されていくのだ。

 一方で、真面目に書かれたエッセイ記事はどうだろうか。論理立てて書かれ、分かりやす説明されていても、人々の興味を惹きつける要素が少ないと、なかなか注目を集めるのは難しい。

 インターネット上では、情報が瞬時に拡散され、すぐに新しいコンテンツに取って代わられてしまう。そんな中、人々の記憶に残り、話題になるには、インパクト必要なのだ

 とはいえ怪文書が常に歓迎されるわけではない。度が過ぎた陰謀論誹謗中傷は、社会に悪影響を及ぼすこともある。怪文書を書くにしても、モラルを守り、読み手感情配慮することも忘れてはならない。

 インターネット上で注目を集めるのは難しいが、怪文書に頼るのではなく、人々の心を動かすような、真に価値のあるコンテンツを生み出す努力を続けたいものだ。

2024-05-11

anond:20240511190527

第3の選択肢、「あなたが声を上げればいい」。

負の性欲を認めろと迫るも、認めるなと迫るも、どちらにしても声が届かないなら自由を失うことはないから。

いかに2択の論理が完全だったとしても、知らなきゃ責められる事もない。良心の呵責もない。

anond:20240511175202

その論理で言ったらしちゃいけないことなんて一つもないわなぁ。

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