はてなキーワード: 作画とは
まこちゃんはうさぎと同じ学校だけどサイズが合わなくて転校前の制服そのまま、
とデザインがバラバラだった。5人が集まって放課後ワチャワチャしてるシーンが好きだった。でもそういうアニメってあまりない。
変身すると作画コストの影響かみんな色だけ違って一緒くたになってしまうのが悲しかった。でも靴だけ違うのは良かった。(原作単行本によると初期案では変身後ももっとガッツリそれぞれデザインが違ったようだ。残念)
セーラームーンもそうだがスポーツ部活ものだと試合中はユニフォーム着てるからもったいない…文化系の部活ものとかだとたくさん見れるかな?でもそれって大会編だけで日常パートだと主人公の学校の話しかしないよね…
現実のニュースとかでも大会とかで違う制服の学生さんたちが集まってると「うわー!青春だなぁー!」とか思って暖かい気持ちになる。思えば自分の高校時代、中学の友達に再会したりして別の高校の生徒と交流するなんてことほとんどなかったから羨ましいのかもしれない。なんだか「学校の外にも世界がある」という広がりを感じられて、すごく良い。
別に男子でも構わんのだが、学ランかブレザーか、あとうる星やつらの面堂が着てるなんか真ん中に線があるあれ(どうなってるのあれ?チャック?)くらいしかバリエーションないよね。
知ってる人いたら、教えて〜
作画:ただやりマ●ゴ
男は脚本と演出の話をする。女は芝居と役者の話をする。男は想像力が足りなすぎる。女は想像力が豊かすぎる。
最近話題の演劇の話です。過度な一般化をしている自覚はある。自分は違う、っていう人は多いだろう。でもこういう人いるよねーは共感してもらえると思う。
男で演劇なんか見にくるやつは、なんか知らんけど演劇論とかに一家言もちがち。ベケットがどうとか。なんとかの影響がどうとか。そういう権威や下地なしに語れない。
「感動した」より「よく出来てる」って言いがち。小道具のディテールとか気にしたりする。アニメで作画がどうとか銃の撃ち方がどうの言うのも男。
女は想像力すごい。抽象舞台もなんのその。脚本が破綻してても妄想力で補ってくれちゃう部分がある。もしかしたら好きな役者の良い演技が見られれば他はどうでも良いのかもしれない。
そして役者同士の関係性に夢を抱きがち。舞台で恋人役をやっても別にゲイではありませんよ。役者のおっかけすんのも女。
俺の未来予想
人類は結局「便利・時短」には抗えず、二次元系イラストや漫画やアニメの大半にAIが作画補助として取り入れられるようになる
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過激化・先鋭化した反AIイラスト運動家が、「2022年8月(Stable Diffusionリリース)以降の二次元に魂はない、二次元の姿をしたゾンビである」などと宣言し、二次元系イラスト全般を攻撃し始める
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モラルのないAIの使い方、AIの学習のための大量スクレイピングに対策を取らないPixiv運営への不信感がもとに、数多くのイラストレーターがPixivで公開していた作品を非公開にする流れが生まれている。
「pixivのイラストを非公開にしました」 フォロワー数十万の“有名絵師”から発表相次ぐ AI巡る対応に不信感
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2305/08/news068.html
これに対して少しモヤついていた。と思ったら、正しくそのモヤつきを説明できるような記事があった。
画像生成AIはクリエーターの権利を脅かすと規制訴えた団体の理事、禁止の二次創作イラストで批判され謝罪
https://news.yahoo.co.jp/byline/shinoharashuji/20230429-00347590
AIに対して批判的な態度を取る団体の理事が、二次創作が禁止されている作品のイラストなどで呼びかけを行い、後謝罪したという記事。
まさしくこれ。
自分は平気で他人の作品の二次創作を行っているにもかかわらず、知財権の侵害だなんだと訴えている人がいるように思えた。
実際、今回の非公開騒動の中では、艦これのTS(性転換)イラストを多数描いている人が、「Pixiv運営への不信感をもとに~」といった文言で作品を非公開にしている者もいた。
会社の温情でクリエイティブと承認欲求を満たせている分際で、クリエイターの人権だのどうだの良く言えたものだと思う。
完全にオリジナルのイラストを制作している人に対しても思うところはある。
AIが自分の絵を学習するのに忌避感を抱く人たち、そういった人たちには、今まで自分の好きなクリエイターの絵柄や色や構図を真似したことがないとは言わせない。
もちろん、真似する側のモラルが問題ということはわかる。画像生成AIに作品を提供しない理由のアンケートで、半数以上は「現状の画像生成AIの悪い利用方法を見て」と答えた。
https://twitter.com/you629/status/1641799881164738567
最もな理由だと思う。ただ、作品を公開する限り、誰かが自分の絵を学習する可能性はあるということは念頭に置いてほしい。AIの学習と人間の学習は原理がほぼ同じというか、AIの学習の構造は人間の学習をモデルにしている。スケールが違うだけで、同じことは今までみんな半ば容認していたということ。
そして問題はここからで、41%の他の奴ら。こいつらは現実を正しく認識できているのか不安だ。
「絵柄などの優位性が失われるから」
トレンドというものは常に存在するし、AIのトレンドが生まれたならそれに埋もれない創意工夫は、クリエイターにとっては半ば義務だと思う。
それを理由にAIからの学習を拒むのは怠惰だと思う。現代の最先端を走る技術に、面と向かって批判を発する資格が無いと思う。
それを言い出したらキリがない。AIにかぎらずあらゆる界隈に通ずるものだ。
最も時代から取り残された理由だと思う。今後一切のテクノロジーを利用しないことを条件にその意見は発してほしい。
長々と話したが、今回の騒動で最も気に入らないのは、単に流行りに乗っかって作品を非公開にしている(ようにしか見えない)層。
なんとなく、自分の絵がAIに学習されるのは嫌だから非公開にする。
なんとなく、みんなが非公開にしてるから非公開にする。
そういった奴ら。過去の絵を見てみたら、一切の個性を感じさせない、判で押したようなテンプレ絵。二次創作。
そんな奴らが良くも、人生をかけてオリジナリティを生み出す一流のクリエイターたちの横で抗議活動なんて行えるな?
ちゃんと、なぜこのままモラルのないAIの利用が増えたらまずいかを考えろ。
ちゃんと、自分の絵が説得力を持っているか考えてから主張しろ。
あと最後に、
この世の大半の消費者は、自分の利用する製品がどのように作られたなんて気にしないと思う。
自分が読んでいる漫画の、どこまでが作者の作画で、どこまでがアシスタントの作画なのか、気にする人は少数だと思う。
機能に不具合がなく、不自然さもなければ、たとえ猿が作ったものでも価値が生まれる。
このままAIが発達して、イラストレーターたちに何らかの不利益が生じるのは確かそうだ。
AIの作ったイラストをスマホの壁紙にする人はいるだろうし、それがどのように著作権を侵害したかなんて気にしないだろう。
この世の大多数を占める消費者に、直接的にしろ間接的にしろ害が生じる、ということを納得させないと、論に力は宿りづらいと思う。
他人が心血注いで積み上げた成果を盗んでいいと思えるんだろう
少しでも努力した経験があるなら努力の横取りなんて絶対できない
ワナビーにさえなれなかった努力エアプによる絵描きの個性の強盗
オリジナルのガイドラインにのっとった上で商売を許してもらえてるのが現代
なぜか誤解されがちだけどコストは全くタダじゃない
プラモ買ってきて組み立てる感覚で同人誌一冊作れると思ってる人
大間違い
在庫抱えるリスクを負った上でゼロから話を考えてコマを割りネームを描いて作画する
同人の歴史で途中で力尽きて頓挫した本を集めれば湾を埋め立てて土地を作れるレベル
部外者が簡単に作れると思い込むのもやはり努力エアプだからだろうか
同人作家の努力の付加価値を認めてくれてるからこそ応分の対価を支払ってくれるのであって
虎の威を借る狐をしてる努力転売ヤーさんとは比べる事自体が失礼
ここまで言われても努力を才能だと思い込んでる動く植物人間には響かないんだろうな
俺はサンクチュアリといえば史村翔原作池上遼一作画の傑作コミックの印象しかなかったので、サムネのお相撲さんを見てサンクチュアリってそういう話だったっけなーと思ったらネットフリックスオリジナルドラマだった。
身体がデカい不良が角界にスカウトされて、昔懐かしの「かわいがり」とかをうけながらも持ち前の運動神経で勝ち進んでいくんだけど相撲へのリスペクトは一切なしで稽古も軽んじる。しかし哀しき過去を持つ相撲取りと友達になったかと思ったらそいつに土俵の上で死ぬかと思うくらいボコボコに負けて張り手恐怖症になってなんやかんやあって復活して真剣に相撲取りになるぞ!と性根を入れ替えて、ボコボコにしてきた相手と再対決だ!終わり!
みたいな感じの話。
うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。
俺の中で相撲漫画の傑作と言えばバチバチなんだけど、それには遠く及ばんかったな。
借金で店を手放してからは気力もなくなった主人公の父親が交通事故で植物状態になったり、出てった母親はクソビッチだったりっていう展開は正直ノイズだなと思ったし、もともと政治部の記者だったけど上司に裏切られて相撲担当に変えられたヒロインが”時代に沿った”ジェンダー論や相撲のあるべき論を語るのはくっせぇ!と思ったし、主人公の財布盗むキャバ嬢は結局なんやってんって感じだし。部屋のメンバーもなんか、こう、キャラが濃いのか薄いのかはっきりしない。
相撲を中心にした人間ドラマ感を出してはいるけど、どれも味付けとして濃いわりに後味すっきりしない感じなのがおもんないなーって感じ。
ただ主人公役の人はクローズ2では普通にマッチョ系のガタイのいい喧嘩強そうなおっさん顔って感じだったのが、今回はマジで相撲取りみたいになっててこれはなかなか近年まれに見るレベルだなって感じだったのは素直にすごい。なんか出演者は1年かけて身体と技術を作りこんだらしい。
元力士芸人とかが多いので全部が全部、未経験からってことはないだろうけどちゃんと相撲取りのドラマに見えたのはネットフリックスの地力を見たなとは思った。
「今まで儲けるためのハードルがさがりすぎてたいして実力もないのに稼げてた勘違い絵師」と「絵がうますぎてLoRAのネタにされるなど権利侵害を食らってる超絶上手い絵師さん」の割合が高いよね。
後者はまじでかわいそうだと思うから、はやく法律を改正して、無断でLoRA作って配布してるやつを法的に殺せるようにしてほしい。
前者はさっさと死ね。
そもそもな、マジで質の悪いCG集とか、たいしてうまくもない二次創作で金を安易に稼げ過ぎだったんだよ。
需要があれば何でもいいじゃねえだろ。 堂々と二次創作で1万円もらえる環境を作っておいて「僕たちはプラットフォームですから―」じゃねえんだよふざけんな。
こいつらのせいですでにモラルが破壊されまくって、しかも絵で稼ぐということを舐めまくってるやつが大量に生み出される前であれば多分もうちょっと節度が保たれてた。
AI作画が問題なるずっと前から、すでにモラルなんか完全に破壊されつくしてたんだよ
一番やばいのはNTF?わかる
各種春アニメを4話ぐらいまで視聴したので、その感想を綴るよ!
・ウマ娘 プリティーダービー Road to the Top
ゲームはやったことないけど1期と2期を観ていたので惰性的に視聴。
競馬に疎いので馬のことも史実についても全然知らんけど、それでも面白い。
相変わらず作画がえぐい。2話目で早くも激アツ展開で、心震えた。山本昌。
初見でも楽しめるクオリティはあるので、気になってる人は観ても損はないと思う。山本昌。
今期の癒し枠。出勤前に観れば、その日一日頑張れる。
今期の超話題作。名前は知っていながらも内容は全然知らないまま視聴。
面白いことには面白い。ただ展開がふらふらしてて、作者の好きなものてんこ盛り感が。
・おとなりに銀河
今期の癒し枠その2。
ただ今のところ既視感ある場面が多いので、今後の展開に期待!
なろう系?かと思えば違うらしい。
”宗教という概念のない世界”という設定は無理があるように思えたが、
でもその設定をストーリーにうまく落とし込んでる感もアリ。
ネコと和解せよ
とんでもなく面白い。
正直シナリオだけで見れば、今期の中で頭ひとつ大きく抜け出てる。
二期になってガンダムらしさも濃くなってきていて、とにかく面白い。
1期を観てない人でも今ならまだ間に合うから、すぐに1期全話観て追いついてでも観るべき作品。
なんだかんだで面白い。
作画も安定してるし、これまでを観てるなら安心してお勧めできる。
相変わらず炭治郎がいい奴で見ていて癒される。
なんだろう…空気感…ですかね。学校の雰囲気。クラスの雰囲気。
もっと話題になっていい作品で、もっと売れてもいい作品であるのは間違いない。
実写でやったほうが面白いかも。
うーん…観る前は意欲的なアニオリと思って期待したものの……。
・山田くんとLv999の恋をする
おもろい。今期の「山田ァ!」枠。
癒し・コメディ・恋愛など各要素のバランスがちょうど良くて心地よく見れる作品。
これももっと話題になっていいし、人気が出てもいいと思える作品。
各々のキャラは”演じながら演じている”状態なので階層的なメタがある。
これも面白いので一押しです。
これで現在が万フォロワーの神絵師だったらアツい少年漫画なのだが、まっっったくそんなことはないことを先に断っておく。
ちなみに現在のフォロワー数は500以上1000以下とだけ明記しよう。
これで読む気を失くした人は実に正しい。回れ右してもっと為になる記事を読んだ方がはるかに良い。
それでも読み進める酔狂な紳士淑女たちはしばしお付き合いを願いたい。
(なお活動の内容はTwitterに絞り、pixivやskebについて言及しない。)
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これはノートにシャーペンで描いた絵を写メでパシャってた頃から今に至るまでの、大して伸びてない俺の、しかし愛と劣等感と承認欲求と生きがいにまみれた記録である。
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かれこれ×年前、新卒で入った会社での馬車馬労働も落ち着いた頃。
「忙しくて絵描くヒマなんか無くなっちゃったよ〜☆」というまともな人のレールに乗りかけていた自分に気づき、ゾッとなって作ったのが現在の主戦場・イラスト垢である。
絵を描くのは物心ついたころから大好きだ。中学ではお絵かき仲間と自作漫画()のノートを見せ合い、高校では漫研に入って己の井の中の蛙感を思い知らされ、美大にこそ進まなかったものの、大学でもなんやかや作ったり描いたりは続けていた。
それがなんだ、社会人になった途端に魔法が解けたようにぱったり辞めてしまうのか?ありえないだろう!気を確かに持て!!
ということでTwitterにイラスト専用垢を作り、ノートに描いたオリジナル絵(この頃は全年齢)を写メで撮って画質調整すらせず手元の影が映り込んだような状態でアップする日々が始まった。
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なんか最初は気合入れて初任給で買ったコピックを使ってカラー絵なんかも上げてたが、「1日1枚更新、かつツイート数=アップした絵の枚数だったらカッコよくね?」という中学生の妄想じみたイキリで運用していたため数日で挫折、上記の通り「とりまなんか描いて上げる」感じになった。
当時は「ハッシュタグは馴れ合い」というクソダサ固定観念があったため、ただひたすら黙々と上げていればそのうち報われる的なシンデレラストーリーを思い描いていた。
そして絵を数十枚上げた頃、ようやく気付く。
当然である。当時はフォロワー数2桁、20くらい…?(お絵描き垢ということだけでフォロバしてくれた心優しい人々)だったうえ、絵もヘタクソでアナログ民である。イイネもRTもある訳がなく、ただ孤独感ばかりが募っていった。
そこでいくつかハッシュタグを使うようになる。ワンドロ(1 drawing=特定のお題に沿って1時間で絵を仕上げてUPする企画)という存在を知ったので、好きな作品のワンドロを見つけてはこれまたドヘタクソな版権絵で参加しだす。ワンドロ公式から必ず1つはイイネとRTを貰えるので、それを心の糧にしていた。
というかこの時期、アナログ民でも参加できる懐の深いワンドロに出会えていたことがマジで幸運だった。
フォロー祭り的な拡散系のタグは使わなかった。何も起きなくて落ち込むのは俺なのでね!
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ともかくモチベーションが出来たことでまた同人誌作ろうかなーと思い始め、学生の頃2〜3回参加したことのあるコミティアに出ることに。この頃はまだストーリーもの?4コマ?みたいなやつとか描いてた。
衣食住ぜんぶ自分で面倒見ながら可処分時間と睡眠時間全ツッパして命からがら仕上げる、宝物のような24ページの本…!!!
そういう本が、1冊も売れないのがコミティアだよねー。
うーわしんどいな、これキッツイな……と痛感しながら座る長机(半分)で、それでも撤収する頃には「またここ座ろ☆」と思いなおす狂った思考回路と仲良ししながら活動を続けた。
社畜との両輪で参加したコミティアは2〜3回、頒布数は平均3冊くらいだったろうか。
一度だけドハマりした作品で版権モノのオンリーイベントに参加したが、ここでの頒布数は1だった。
というかその直前のコミティアで頒布数0をやらかしていたので、心機一転での二次創作だった。なのに開場から3時間経ってもガチのマジで0冊。泣かないように奥歯を噛み締めながら、列のできる両隣のサークルの合間でモーゼ状態を耐え抜いた時のことは昨日のことのように思い出せるし、こん時に比べれば大抵のことは頑張れる俺である。
でもね、閉会間際で1冊だけ売れたんだよ。
無配ペーパーを持ってってくれてたらしき人がたまたま再度通りかかり、「あ ここだ」と呟いて立ち読みし、悩んだ末に買ってくれた。
この1冊がなければ完全に心が折れて描くのを辞めてたかもしんない。
あのとき買って行ってくれた人、心より御礼申し上げます。あなたがいなければド底辺絵師が一人消えてました。(キモい)
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こうして3年ほど経った頃……
「伸びねーーーー増えねーーー」
と思っていた。
当然である。
絵の読み込みにスキャナーを使うようになった程度で、別に大して上手くならない画力(描けてれば幸せ♡だったのであんま練習とかしない民)に流行りでもなんでもない変な絵である。特定の性癖があるわけでもなく、今をときめく版権絵でもない。
伸びるワケがない。
「描けてれば幸せ♡なら伸びなくてもいいのでは…」と思われる諸氏。
無理やぞ????
たまーにいるけどね、そういう良い意味で無敵の人。ああなれたらマジで強いしカッコいいと思う。
けどな、俺ザコキャラだから!!!絵上手くないくせに承認欲求は人一倍だから!!!豆腐メンタルで麻婆豆腐だから!!!!
とはいえなんか絵の練習はせねば、まずは気軽にできるやつ…と超絶便利サイトのポーズマニアックスを選び、1日8ポーズ、10分足らずの練習を2ヶ月ほど続けてみた(結果的にこれはやってよかった)。
けっこう思い通りの線引けてるんだけどな、やっぱ根本的にド下手なんだよな……というモヤモヤした感覚を抱きつつ活動を続ける日々を送っていた。
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そんな中、「これフルアナログなのが原因では……??」と思い始める(気づくのが遅すぎるネ☆)。
俺は「誰か父さんのメールアドレス知らない?」と聞いてくる父と「ケータイでインターネットに繋いだら絶対に
高額請求が来る」と信じて疑わない母から生まれた生粋のデジタル音痴である。アナログ民を脱することなど夢のまた夢だと思っていた。
ヨドバシカメラでペンタブレットを触ってみても、「手元のペンと目の前の画面」の違和感がハンパなくて踏み切れなかった。
かといって液タブとかいう神のツールは10万フォロワー越えの神々が使うものだと考えていたので、実力的にも金銭的にも雲の上の存在だった。
かつて「描線をデジタル化するボールペン」とかいう謎な商品に目が眩み、コツコツ溜めた3万(くらい…?)で買ったことがある。
もともと速記用のペンをイラスト向けに改良したとかなんとかで「俺の求めていたものはコレだ!」と息巻いたが、レビューが全然見当たらん。なんか変だな…?と思いつつも意気揚々と購入したが、案の定まともに使えるようなものではなかった。当時の俺のPCは聞いたことねえメーカーのノパソだったため、なんかもうあらゆる意味でダメだったんだと思う。このへんの身の振り方がデジタル音痴たるゆえんである。
絵が上手くならない理由は「物を見る目があまりに歪んでいる」といまさら気づいた俺は、社畜の合間を縫ってデッサン教室の夜間クラスを探した。
死んだように寝て過ごす休日のうち気力で3時間を振り絞り、電車に乗って教室に通う。
ここで想定していたのは美大受験みたいな切磋琢磨の場だったのだが、俺が受講したのは社会人向けである。
初心者の俺が「お上手ですね〜〜」と言われるぬる〜い空間だった。
当然である。
周りは良き趣味のおばさまがた、ここは「継続的に金を落としてくださる生徒さん」の集まる場所だったのである。
もどかしさを抱えつつ、それでも評価の中に混じる「ここはもうすこーしこうした方が…」という言葉を金言のごとく握りしめ、反芻しながら目の前のモチーフを描いた。
が、爆睡と家事で精一杯だった休日のうち、この習い事というミッションはかなりハードルが高かった。
そして疲弊の色が濃くなり、仕事の繁忙期と重なって半月ほど足が遠のいていたタイミングでコロナ禍が始まった。
実は数年前にも断続的にクロッキー会に通っていた時期はあるんだが(この時は教室の遠さと値段の高さで数ヶ月で断念した)、コロナで「ぬる〜い場所」にすら集まれなくなったのは痛手だった。
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一方Twitterでの活動は、そんな七転八倒をしながらもワンドロだけはコツコツ参加し続け(版権のワンドロはどれも垢が消えたのでオリジナルだけになっていた)、「いつもなんかいる人」という枠でフォローしてくれる人たちに支えられていた。
ワンドロ以外での反応は閑古鳥だが、もはやそれが普通であると納得してすっかり馴染んでいた。
UPした絵が100枚を越えたのを機に、アナログ絵をまとめた本を作った。
そしてイベントで売るついでにおっかなびっくり書店委託の申請をしてみたことがある。
規定通りに虎の子の1冊を現本として送ったが、お祈りどころか受け取りの連絡すら来なかった。
問い合わせる勇気もなく、実力の無さと壁の高さを改めて感じた。
5年以上の活動期間でフォロワー数もやっとこさ100に到達したものの、しかし現状はさほど変わらず。
がむしゃらにやってきていた俺は次第に病んでいった。
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……が、余計に病んだ。
しかも「何も描かない人生なんて……俺……生きてて意味あんのか……?」と真剣に悩むレベルで、「別にTwitterに入り浸らなくても平気なんだな」と分かった一方で、「絵を描かない自分」にだけは耐えられなかった。かといって何か描いてしまえばまたムクムクと承認欲求が湧いてくるので、「俺から絵を取ったら何が残るのか」というif論の世界線にいるつもりで意識的に描くのをやめていた。
自分の手で何かを生み出さなくなった時間がヒマでヒマで仕方なく、かといって本を読むとか建設的な情報の摂取もできなくて、大好きな漫画への興味もそれなりになっちゃって、虚な瞳で哲学ニュースとカラパイアを行き来する地獄の様な日々を送っていた。
(ちなみにこの期間、無意識に熱意を注ぐようになっていた料理スキルのおかげで自炊がだいぶラクになった)
ストレスが極まって真夜中にひたすら川沿いを歩き続けたりもした。
なんとなくチャリで長旅行きてえな(学生の頃はちょいちょいやってた)などと考えていたが、やはりその場合でも気づけば「旅先で撮った写真をいい感じに分類してアップするサイトを作ってみたい」とかいう思考がスッと出てきたのでもうダメだと思った。
なんか作ってないと死ぬヤツって天才とかだけだと思ってたんだけど、大して努力もできないような凡人の中にもいるんだな、そしてそれはなんだか残酷だなあと身をもって知った。
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進むも地獄、戻るも地獄な精神状態が半年近く続き、同じ地獄 -hell- なら踊らにゃソンソン…?と思い始めたある日、ネットで調べ物をしている最中にとあるバズツイを目にする。
さいわい俺はオタ活もソシャゲもしないぼっちの根暗オタクで社畜なので、好きにできる貯金くらいはある。
知り合いも「液タブに手が出ないならあいぱっよ」的なこと言ってたなーと思い出し、思い切って導入することに。
お絵描きソフトはいくつか試した末にProcreateを選んだ。クリスタの多機能さ()についていけなかった俺は、UIが直感的でツールとアイコンを極限まで絞ったプロクリがスッと手に馴染んだ。
ペーパーライクフィルムなるものを貼り、紙のザラザラ感を脳内で補完しながらApple Pencilで線を引く日々が始まった。
フルアナログ底辺野郎が、板切れ一枚でフルデジタル貴族に転生したのである。
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それが×年前のこと。
ここから「オリジナル絵はもともと伸びにくいけど、ちょっとエッチだと訴求力が上がる」という観測結果をもとにR18に手を出す。
といっても乳首解禁程度で可愛いもんだが、方向性が定まったことで不安が少し減った。
フルデジタルで久しぶりにいつものワンドロに参加すると、反応が違う。イイネRTが3割増しといったところだろうか。(※ここでの3割増しとは3RT→4RTのような血で血を洗う話である)
デジタルのバケツ塗りになったことで、アナログだった頃の癖の強さが軽減されたのかもしれない。
やっっっっっっと俎上に登れた、と思った。
いつでもどこででも描けるiPadは社畜の俺にはピッタリで、しんどくて布団から出られない時でも通勤電車の中でも四六時中描けるようになった。
デジタル作画はワンタッチで消しゴムが使えるので描くこと自体のハードルが下がり(筆圧鬼強野郎なので消しゴムかけが大変だった)、本を買って絵の勉強を始めた。まずは骨格と筋肉から!と、教本の図解をじっくり模写する方法で自分なりに学ぼうとした。
だがデジタル音痴な上に加減も融通も効かない俺である。両手両足をやり切ったところで一度息切れしてしまった(でもこれはやってよかったと今でも思う)。
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数ヶ月後、それらの勢いでオリジナルの同人誌を1冊出す。そしてサイコパスな神絵師の友人の甘言に乗って再び「書店委託」なるものに挑戦(ふつーフォロワー100人前後の人間にそういう話するか?)。
実力的には最低レベルにも達していない自覚があったので、何度もお断りされるなかでいつかOKもらえたらなーという気持ちで申請。
が、思ったよりあっさり通った。
同じような画力の低さでも、版権作品ではなく「オリジナルのエロ」という切り口だけで「まぁ…いっすよ」と言ってもらえたのかもしれない。
やるなら徹底的に!と思い、紙の本を3社に委託。そもそも30部とかしか刷ってない本を5部とか10部でも受け付けてくれるプロの仕事ぶりに、尊敬と畏敬の念しかない。
みんながわいわいしている端っこに自分の席を置いてもらえたことで、ずっと憧れていた「輪の中に入る」ことがちょびっとだけできた気がしてめちゃめちゃ嬉しかった。
そもそもド底辺の自分がなぜ身分不相応にも書店委託や電子販売なんぞを活発にやりはじめたのかといえば、
「そこでの売上が決して0冊ではない」
作品も作家も、露出しなければこの世に存在しえない。フォロワー数2桁でのたうち回っていた俺のつらさは「この世に認知されない」ことだった。
コミュ力さえあれば自力で輪を広げることも可能だが、そんな能力あったら初めからこんな苦労してねーよという話である。
ならば厚顔無恥だろうとおこがましかろうと、一方的に「俺ココにいるよ!こんな本描いたんだよ!」と嬉しそうに手を振る方が100倍マシじゃねーか。
そんで委託した本を買ってくれた誰かが、「このページのこのコマのこの乳だけはイイな」とさえ思ってくれれば俺は大往生である。
しかも誰かがその本のために払ってくれた数百円は、汗水垂らして働いたお金だったり数少ないお小遣いだったりするわけだ。
そんな嬉しいことある?
紆余曲折を経て、そういう肝の座り方と考え方を得られたのは一番の収穫だった。
とはいえピコ手もピコ手なので、委託先の売上振込最低金額に達するまでに長ーい年月を要するRTAに強制参加となる。そりゃ売上¥300だろうと申請すれば振り込んでもらえるんだが、それじゃロマンねーじゃん?
俺とあるサイトの最低金額¥5000に届くまでにマジで2年半かかったし、達成した時は三ツ矢サイダーで祝杯あげたよ(下戸)。
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フルデジタルに移行したことで、イベントでの頒布数もギリギリ10冊を越えるようになる。
頒布数1も0も経験した身からすると、もはや恐いモノなんてないのだ。
1冊でも売れれば、それはすべて神の起こしてくれた奇跡なのである。
普段の活動ではオリジナルでとにかく節操なくいろいろなものを描き、月に1人とか2人とかじわじわとフォロワーを増やしていった。
ごくまれに描いた絵がなんらかの界隈のハブになっているアカウントの目に留まり、RTしてもらえることも出てきた。
その時のフォロワーの伸び率はびっくりするほどだったので、そのたびに「存在を知ってもらう」ことの生命線っぷりを痛感した。
まあとはいえタグなしの絵にはやっぱり無反応だけど、それが俺の平常運転である。
「こいつ今日も描いてんなー」と読み流してくれる誰かがそこにいるってだけで嬉しかった。
UPした絵は、300枚を越えたあたりから数えるのをやめた。
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コミティアしか知らない門外漢の俺はドキドキだったが、入場者数の制限もあって全体的にまったりムードだった。
開場して10分20分、宝の地図を手に通路を行き交っていたうちの一人が立ち止まり、俺のスペースに近付いて
「新刊1冊ください」
と言い放った。
新刊1冊ください…
しんかんいっさつください…?
それって、なんらかのルートで俺のこと知って、新刊あるっぽいって分かって、サークル配置を事前にチェックして、宝の地図に印つけて、「あっココだ」って気付いて来てくれたってこと?!?!?!
つーか開場20分とかそこらだよ??あなた一般参加じゃなくてサークル参加なんじゃねーの??
シャッターサークルとか企業ブースの先頭にだって並べるはずなんじゃねーの???