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2018-10-17

セブンコーヒーマシンについて

anond:20160822214301

この記事コメントで相変わらず佐藤可士和馬鹿にされている。おれも以前はセブンコーヒーマシンを多少なりとも馬鹿にしていた。

しかし、コンビニコーヒーについて少し調べてみたら考えが一変した。実はこれも計算づくだったのではないかと思えてきたのだ。

いま、なんだ信者戯言かよ、と馬鹿にした人がいたでしょう。でも、いったん待っていただきたい。

よくよく考えるとあんな出来そこないみたいなデザインと、セブンカフェの大規模な成功が結びつかないのだ。

まず、俺は勘違いしていた。あれだけ叩かれたのだからセブンカフェのコーヒーシェアは言うほど高くないのだろうと。

そして、コンビニで出来たてコーヒーを出せばそりゃ売れるだろう、デザインもクソも関係ないアイデア勝ちだなと。

しかし違った。セブンカフェのシェアは6割超の独り勝ち。圧倒的な人気で売れ続けているのである

そしてアイデア勝ちなんてとんでもない。日本コンビニは、1980年代からコーヒーマシンを導入しようとして、2013年まで30年間ずっと失敗し続けてきたのだ。

2000年代にも売り上げが伸びずに、セブンだけでなくファミマローソンあきらめた事例もあるようだ。セブンの試みも5回目の挑戦らしい。2013年セブンカフェのために開発に2年もかけていたようだ。

こうなってくると事情は変わる。

今やスタバドトールなどの売り上げを抜くほどコンビニコーヒーが浸透したという記事も見た。こんな成功を納めるきっかけになった事業が偶然のわけがないし、一番肝心なマシンデザイン適当仕事で済ませるわけがない。


佐藤可士和というデザイナー簡単に触れると、シンプルデザインを手がける事の多い人だ。

Tポイントカード今治タオルデザインがわかりやすいだろう。

そしてシンプルインターフェースコーヒーマシンでボロクソに叩かれた。

シンプルというのは、要素が限られるということだ。右や左、上と下という感覚はその中でも大きな基準になる。

佐藤可士和どころか全デザイナーにとって当たり前のことだが、左右とLRという表記が逆になっていたら使い難いことくらい、気づかないわけがない(素人だって気づく)。文化大革命時の中国で「赤信号が進め」になりかけたみたいな話だ。

コーヒーマシンのようなプロダクトデザインが出来上がるまでには、長いプロセスがありテスト使用だってある。

身近な家電製品が出来上がるまでを想像してもらえれば早いが、市場調査企画デザイン機械の調整など、様々な検証がされた末に製品化される。

当然、あのコーヒーマシンが使いにくい事は、プロセスの途中で関係者全員がわかっていたはずだ。

それなのに、絶対成功させなければいけない30年越し5度目の挑戦でああいデザインにしたのは、わざととしか思えない。

普通ならば失敗を何としてでも避けるため、左右のわかりにくさなど、いの一番に潰すミスだ。

佐藤可士和が無理に推し進めたにしても、絶対セブンの偉い人からストップがかかる。だって悲願のコーヒー販売のために開発に2年もかけてるんですよ。意図がなければリスクは取らないはずだ。

ではその意図はなんだったのかというと、「使いにくいことそのもの」ではないかと思うのだ。

ここからは、乏しい想像力による推測というかほぼ妄想しかないために一気に話が飛躍するが、堪えていただきたい。


日本人には、行列に並びたがる性質がある(らしい)。飲食店での紹介には「行列」は欠かせない文句だ。

あの使いにくいマシンはそうした「行列効果バンドワゴン効果)」と、「炎上商法」そして「学習した事はやってみたくなる」という効果を狙ったのではないかと思う。

客が店内に入ると、レジ近くの目新しい機械の前でモタモタしてる人がいる。客はセブンコーヒーを売り始めたというニュースを思い出す。店内にはコーヒーのいい香りが漂い、コーヒーマシンの前に並ぶ人も増える。

しかし実際使ってみると、非常にわかりにくくて混乱する。行列も増える。なんじゃこりゃ、誰が作ったんだこんなマシンテプラが貼られてたぜ、酷いデザインだなとネット上では炎上気味に話題になる。

しかし、たかが左右の使い分けくらいは一度使えば覚える。いやむしろ、覚えるというアクション自体ユーザー体験になるし、セブンに行くたびにその事を意識する。なんなら汚く貼られたテプラ記憶に残る役割を果たす。

コーヒーは習慣性のある飲み物だし、人間はわざわざ覚えた事は実践してみたくなる生き物だ。それに実際飲んでみると、低価格とは思えない程度には美味しい。

そうやってリピートしてみて、スムーズ操作出来る自分と、コーヒーの味に満足感を覚える・・・

と、こういう画が描かれていたのではないかと思うのだ。もちろん、セブンカフェの成功トップシェアという結果があるので、いくらでも後付けで正当化できる。

しか佐藤可士和マシンデザインだけではなく、セブンイレブンのブランディング自体担当し、セブンカフェの細かいアイテムデザインも担っている。

そしてこのアイテムの内、カップデザインこそ、あまり話題にならずに見落としがちだが、他のコンビニとの差別化の要因になった強力な武器と言われているのだ。

コーヒーホットで注がれても熱くなりすぎることがなく、手のひらの中でちょうどいい温かさを得られる。

環境にも配慮し、低コストながら保温性も実現。

滑り止めがついていて扱いやすいし、手触りも抜群に良い。

RのカップでLを押し間違えても、ぎりぎり収まるサイズにも設計されている。(内容量についての詐欺説は悪質な嘘なので注意)

間違って蓋をつけたままマシンに入れてしまっても、ちゃんコーヒーが注がれるように注意を払ったデザインが蓋には施されている。

他のコンビニと比べ、これだけこだわったデザインカップに施した人が、マシンについてはただの無頓着だったとはやはり考えにくい。(マシン自体カップを斜めに設置しないようにスペースが工夫されていたりするらしい)

上記解釈が正しいかは別として、消費者の行動を踏まえた何らかの戦略があったことは違いなく、だからこそ30年も失敗し続けてきたコンビニコーヒーの導入に大成功したのだ。

繰り返すが、あの「使い難いコーヒーマシンからコンビニコーヒーの躍進が始まったのだ。そして2015年には、コンビニコーヒー総務省消費者物価指数に加えられるまでの巨大市場に至ったのである

以前の俺は違うデザインマシンならセブンコーヒーももっと売れただろうにと上から目線で思っていたが、こうした事実を知ると間違っていたのは俺のほうだった気がしてくる。

佐藤可士和の全仕事が素晴らしいとは言わないし、セブンコーヒーマシン意図も正確なところはわからない。だが、馬鹿にするだけでは見えないこともある。

コンビニ業界の悲願の達成、日常の消費をここまで変えた商品という結果はやはりすごいことだし、その一部は佐藤可士和の手によるものだ。

過剰に意味見出しすぎかもしれないが、彼を馬鹿にしている人も、そのことはほんの少しだけでも覚えていてもらいたい。

俺も馬鹿にしてたんだけど、これを調べてころっと評価が変わってしまった。


個人的妄想の類の文章だが、もし似たような事を先に書いてる人がいたら悪しからず。

2018-10-12

anond:20181012111431

コミュ障というか、発達障害はてなーにはかなり多いと睨んでいる。

匿名掲示板で誰が何を書いたかからないのに?

増田村の住人を100人としてと2、3名の文章

要所要所でん?あ?と思わせる

となっているだけで、あとの残りはそんなことはない可能性もあるのに。


ここでできることは論理的おかし文章を取り上げて、100本中○本がオカシイと言えるところまで。

論理的飛躍がある文章を書く人を発達障害よわばりして自分論理的飛躍には無頓着

お前こそ、公的環境文章披露すべき人間ではないぞ。反省しろ

2018-10-10

anond:20181010121537

お財布重いからお洋服の型が崩れちゃう

そういうの無頓着なのは例外なくクソダサボーイだよ

28歳女。おそらくバリキャリの部類。勤め先は日本年収ランキング上位常連。なんだけど、昔から自分特に女性性としての自分にすごく無頓着だ。さすがに見ず知らずの人は嫌だけど、知り合いにセクハラのような発言をされたり自分身体を触られたりしても「私にセクハラして何が楽しいんだろう…」と思うと同時に「でも私みたいな人にセクハラすることでこの人が喜んでるんだったらいっか…」と諦めのような気持ちになる。だから昨今の女性意見を言おう!とか自立した女性!とか、頭ではそうするべきだと分かってても心ではどうしても私なんぞが自立なんて…と尻込みしてしまう。とにかく自分に自信が無い。肩書き?だけ立派で何も出来ない人間だと思っている。仕事必死にやっていい評価をいただくこともあるがそれでも何も自信に繋がらない。周りに褒められるとこの人たちの期待を裏切ってしま自分しか想像出来なくて怖い。こういうのも一種病気なんだろうか。

2018-10-08

みんな日本語学術言語としての重要性を軽く評価しすぎ

この件.

https://togetter.com/li/1274544

査読論文持ってないひとが責められるのはまあわかる(査読なし論文でも優れた論文というのは有り得るし,そういうのも業績として認められるべきではあろうが,このご時世ではまあ査読論文は持っといた方がいいよな……).でも英語論文を持ってないことが責められる理由になるのは本当に理解できない.

何度も繰り返すけど,フランスでもドイツでもロシアでもスペインでも,そしてたぶん中国韓国でも,文系研究業績の大半は自国語だから

文系研究業績が自国語で積み上げられるのは,世界標準から

インドサハラ以南のアフリカ諸国のように長いこと西欧植民地になってたり言語の数が多すぎたりして大学教育英語でやっている国や,ツバルナウルみたいに小さすぎて自国語のアカデミアが成立しない国を除く.そういう国がうらやましいと言うならもう何も言えないけれど)

そりゃ英語論文を持ってたらすごいと思うよ.でも英語論文がないことが叩かれる理由になるのは本当に理解不能.

そもそも社会学には膨大な日本語研究蓄積がある.いくつもの査読誌があり,日本語査読を経た研究成果が積み上げられている.博論をもとにした出版も多く出ているし,入門書からから日本語で一通り揃うようになっている.

自国語で用が足りるんだから論文執筆言語自国語でいいだろ.繰り返すけど,それが世界標準です.

イギリスアメリカ学者英語で書き,フランス研究者がフランス語で投稿し,ドイツ博士ドイツ語で教授資格申請論文審査を受け,ロシア院生ロシア語で報告している中で,なんで日本教授日本語の業績しか持っていないのを責められなければならないのか皆目わからない.

これは社会学に限ったことじゃない.政治学だって歴史学だって文化人類学だって文学だってそうだ.だいたいどの分野でも有力な査読つき学術誌を持っているし,それらの雑誌日本語で書かれている.

そして日本語というのは,世界でも有数の学術言語だ.もちろん英語ほどの網羅性は持っていないかもしれないが,ドイツ語やロシア語ほどの重要性は持っていると思う.それは,先人たちが日本語で積み上げてきた研究業績の賜物だ.

世界でも有数の学術言語」というのもいろいろな尺度があると思うが,どれだけ広い分野で高度な研究を積み上げているか,というのをここでは述べたい.

もしこれを読んでいるあなたが,アフリカに興味を持って,アカデミックな本を読んでみたいと思ったとしよう.大学図書館で文化人類学の棚の前に立てば,数ダースの優れたアフリカ研究あなたの前に現れるだろう.その多くが,西欧学者と同じようにアフリカフィールドワークをし,日本語西欧語の先行研究を読みこなした上で書かれたものだ.

あるいは,ヨーロッパ歴史を知りたいと思ったとしよう.あなた造作もなく,フランスドイツイギリススペインロシアや,そしてチェコポーランドポルトガルボスニアについての研究書を見つけられるだろう.どれも現地語の史料や文献を消化した上で,日本歴史学の積み重ねてきた問題意識接続されている.

それとも,言語学に興味があるだろうか.心配はいらない.オセアニアの数百人しか話していない言語文法記述した本も,ヨーロッパ小国言語の音声を論じた本も,中東言語政策についての本も,あなたは探し出すことができる.政治学? 問題ない,EU制度アメリカ大統領選挙,韓国歴史認識ロシア愛国主義湾岸諸国君主制,どれも日本語最先端研究が読める.

こんなことは当たり前に思えるかもしれない.でもこれは決して当たり前のことじゃない.

とあるアジアの国に行ったとき書店に行ってみた.西洋史の棚に並んでいるのはどれもそのアジア言語で書かれた本だったが,著者はみな西欧人だった.それらはいずれも西欧から翻訳だったのだ.たまにそのアジアの国の著者が書いた本もあったが,イギリスとかフランスとかメジャーな国についての本ばかり.マイナーな国の歴史について扱った本を開いてみたら,参考文献はほとんど英語で,ちょこちょことドイツ語やフランス語が挟まる程度.要するにその本を書いた学者はそのマイナー国の言語を読めなかったのだ.日本には,そのマイナー言語を読める歴史学者が何人もいるのだが.

あるいは,ヨーロッパ小国書店.その国は小さいので国民の多くが英語を達者に話すのだが,本屋を覗くと,自国史や周辺諸国歴史についての本以外は英語の本がそのまま置かれていた.もしも遠いアジアの国に興味を持ってしまったら,その国の人は,自国語のペラペラ入門書の次は英語を読まなければならないのだ.日本語なら,遠いヨーロッパの国についても専門書が手に入るのだが.

たとえ外国語が読めないシロートだろうと,ある程度自国語で難しい本を読める力があれば,中世ヨーロッパアフリカ社会ラテンアメリカ先住民近世朝鮮史東南アジア政治についての最先端研究書が読める.そんな豊かなアカデミアを有している国,そんな潤沢な研究蓄積のある学術言語は,実はそんなに多くはない.

私の感覚だと,英語網羅性には劣るし,フランス語の豊かさには負ける気がしないでもないけれど,ドイツ語やロシア語並の水準に達してはいると思う.もちろん自国民ゆえのひいき目かもしれないし,カバーしている範囲微妙に違っている以上正確な判定は不可能なのだが.

カバーしている範囲が違う,というのはどういうことか.たとえば,上で英語網羅性に劣ると書いたが,英語よりも日本語のほうが研究蓄積の豊かな領域というものがある.当たり前だが,日本史については英語の文献よりも日本語の文献の方が圧倒的に豊富だし,日本史以外でも前近代中国史についてはまだまだ日本語の方が英語よりも網羅性が高いと思う.なので前近代中国史については,読者はともかく,歴史学者は中国語の他に日本語を読まなければいけない.その人がアメリカまれ英語ネイティブ白人であってもだ.ザマーミロ.

というか,実は文系分野に関しては英語網羅性は理系ほど高くない.そんなのは当たり前で,ロシア人はロシア史についてロシア語で書き,カタルーニャ人カタルーニャ言語政策についてカタルーニャ語で書き,チェコ人はチェコ文学についてチェコ語で書き,韓国人は韓国社会について韓国語で書いているのだから英語の文献を読むだけでそれら全ての情報が手に入るわけがなく,本格的に研究しようと思ったらそれらの言語で書かれた文献を読まなければ話にならない.日本事情について一番詳しく正確な研究が読めるのは,英語ではなくて日本語だ.

なので,上で挙げた主要な学術言語は,それぞれ積み重ねが豊富領域とそうでない領域がある.得手不得手というやつで,たとえばマグレブ西アフリカ地域研究ならフランス語で,東ヨーロッパ前近代研究ならドイツ語で,旧ソ連圏の研究ならロシア語で重要研究が蓄積されてきたので,江戸っ子だろうがロンドンっ子だろうが研究を志すのならそれらの言語を読まないといけない.中国近世史を専門にする者が日本語を読めなければいけないのと同じだ.これらの分野で英語で書かれた研究だけを読んで済ますことはできない.

この辺が,理系とは事情の違うところなのかもなぁと思う.理論物理学とか分子生物学とか再生医療とか深層学習とか,ほぼ全ての分野で英語さえ読めれば研究には用足りる(んだよね?).英語最先端研究のほぼ全てが流れ込み,あらゆる情報が蓄積される.しか文系では違う.英語には限られた情報しか流れ込まず,最先端研究の全てが英語提供されるわけではない.

なので文系では,英語理系ほど特権的地位を占めているわけではない.もちろん英語文献が読めるのは今や前提だし,重要な先行研究英語なら読んでいないと問題外だ.けれど,英語ではなく自国語の研究でも研究業績にカウントされるし,外国語での業績といっても英語に限られるわけではない.韓国語やトルコ語論文を書くほうが英語で書くよりも楽だ,と言う研究だっているし,日本語でも英語でもろくな業績がないがそのかわりロシア語で何本も論文を書いているという研究者もいる.

というわけで,文系研究者が英語論文を書いていなくとも,それが直ちに問題だとは思わない.査読論文にしても,そりゃゼロってのはちょっとどうなの,って思うけど,研究者が集まって作った本の一章として論文を発表するとか(いわゆる論集ってやつね),出版社が出してる研究者~教養人向けの雑誌に依頼を受けて研究成果を発表するとか(岩波書店の『思想』とか,青土社の『現代思想』みたいなやつね),査読されてないけど業績としてカウントされ得る論文の発表形態というのはいくつもあるので,査読論文以外にそれらも論文としてカウントしないとフェアじゃないと思う(ただ,私は査読がついていない媒体に出すのは怖いなと思ってしまうので,なるべく査読誌に出している).

別に理系のひとが査読つき英語論文のみを業績としてカウント和文論文勘定しないというローカルルールをお持ちなのは結構なのだが,そのローカルルール文系押し付けないでいただきたい.

私が危惧しているのは,上で書いたような日本語で積み上げられた先行研究が,日本人に真っ当に評価されていないことだ.

文化の豊かさというものを考えたときに,自国語で世界中の情報を知ることができるということが,どれだけ重要なことか.まして,日本コンテンツ産業が主要輸出品目のひとつだ.中世ヨーロッパアフリカ部族社会について日本語での研究が充実していることが,創作者が想像の翼を広げる上でどれだけ有利か.たとえば最近Cuvieという漫画家さんが『エルジェーベト』というオーストリアハンガリー舞台にした漫画を描いていたが,巻末の参考文献にはずらりと日本人が和文で書いた研究が並べられていた.

別に文化に限ったことではない.政治経済,そして人権についてもそうだ.ルワンダ虐殺スレブレニツァの虐殺について日本語で書かれた研究があるのとないのとで,どちらの方が日本人にとって国際情勢を理解やすくなるだろうか.外国で一旗揚げようと目論む商売人にとって,その地域専門家が書いた本や論文和文で手に入るのと入らないのとで,どちらが現地の文化や歴史理解する助けになるだろうか.欧米フェミニズムについて日本語研究を積み重ねる学者がいるのといないのとで,どちらが日本女性の権利の向上に資するだろうか.

すべての国が自国語でこれだけ充実したアカデミアを持てるわけではない.人口があまりに少ない国ではどうしたって物理的な限界があるし,人口が多くとも植民地支配の歴史が長く自国語の大学教育が充実していない国では歴史的遺産がその発展を阻む.

日本人は恵まれ研究蓄積にあまり無頓着なばかりか,その豊かさをみずから捨て去ろうとしている.それが私にはもったいなく思える.

英語は,世界の始まりから覇権言語だったわけではない.明治時代日本医師ドイツ語で論文を書き,外交官たちはフランス語で交渉していた.英語外交学術の分野で覇権を握ったのはせいぜい戦後のことで,それまではフランス語やドイツ語と同格の存在だった.今も文系ではprimus inter paresに過ぎない.ひょっとしたら将来,欧米物理学者たちが中国語で論文を書くことになるかもしれない(そのとき現在私たちが定冠詞や三単現のsに悩まされるように,欧米人が泣きながら漢字習得するのだろう.そう考えるとなんとも愉快な未来予想図だ).せいぜい百年単位覇権言語の移り変わりにあわせて,自国語の学術言語としての地位貶める必要はないと思う.それは私たち社会の豊かさを,長期的に損なうことなのだから

最後に.

どうせ和文論文しか持ってないやつの負け惜しみだろって思ったひとがいるかもしれないけど,和文論文だけじゃなく英語論文も書いたことあるし,英語以外の外国語での論文も持ってます.今それとは別の外国語での研究発表を準備中.私より多くの言語研究報告してきたひとにならともかく,たかが1言語か2言語しか論文書いてないガラパゴスの住人にだけは文句言われたくないですわ~~~~~~.

追記

英語論文が優れているとは言わんけど、査読なしの研究なんてゴミだし。

日本国内の、査読なし論文が実績になる分野の教授たちによって、査読された研究にも何らの価値も感じない。

anond:20181008221502

id:bocola 自分でも言ってるように査読しなの問題査読なしの論文なんて、読書感想文と変わらない程度の価値。やはり文系は無価値だと改めて思った。

arXivのない世界からやって来たのかな? グリゴリー・ペレルマンって聞いたことない? 査読なし論文が業績としてカウントされてるひとだけど.

事前の査読は,論文信頼性担保するための手続きひとつであって,それが欠けている「からダメ論文というわけでも無価値というわけでもない……というのはわかってくれるよね? 当たり前だけど論文価値は最終的には書かれている内容に依存するわけで,だからこそペレルマン査読なし論文であってもポアンカレ予想を解いたと認められたんだよね.

私も査読はないよりはあった方がいいと思うけど,査読がすべての論文につくわけではない分野のすべてをダメと論ずるのは不当すぎる.まあ最近文系査読重要になってきているし,若手は査読つき業績を増やしたがっているけれど,査読がつかないかダメとは限らない,ってだけの話.当たり前だけどダメダメ論文は後発の研究によってちゃん批判されるか鼻にもかけられず無視される.公募の際には論文を提出させたりするんだから査読なしダメ論文を量産していればそこで撥ねられるでしょ.理系ローカルルールで事前の査読必須なのはよくわかったけど,そのローカルルール文系敷衍されても困る.

id:zyzy まぁでもこの噛みつきは、もうすでに南京大虐殺の時に通った道だし、虐殺否定論者と同じ轍を踏み続けている以上、恐らくオタにこの説明が通ることはないんですよ。

私もオタクですが.

追記

続きは anond:20181009084352 anond:20181009213503 で.

anond:20181008113132

無頓着ペット同様に育ててしまったら野生の群れに返すのはほぼ困難。

から、野生の群れに返すことを前提としている場合、育て方から、実際に返すまでどうやるのが最適なのか

何度も検証し、何度も失敗している。

絶滅危惧種の「野生復帰」の研究は、1970年代から行われていて、

ゴールデンライオンタマリンっていう南米サルが有名な成功例なんだけども、

それでも何十年も研究し続けてこその成功なので、難しい分野ではある。

クロアシイタチの野生復帰は、人間が育てる時点で500匹程度の群れの状態で育てて

群れのまま野生に返すので、これはこれで合理的なやり方かなって思う。

エサも豊富で群れも流動的な動物種であればそんなに苦労はしないとは思うけれど、

「感動の別れシーン」の影で動物学者の苦労も虚しく、野生に適応できず死んでしまったり、

結局、出戻りしちゃった動物が多数居るのは間違いない。

トランスジェンダー精神疾患じゃないとWHOが発表したけど

少年ブレンダを見てると別にそんなことはないんじゃねえかって思うようになってきた

あいつら性に関するボーダーライン曖昧なせいなのか分からんが、

特にモラルに対して無頓着すぎへん?

2018-10-07

anond:20181007100642

横だけど、「教授らの飲み会」って同じ共同体に属して同じ文化を持ってる人たちの典型例でしょ。

ある程度共通知識経験があって、明日も顔合わせないといけないから決定的な決裂は避けないといけない集団。だから司会がいなくてもある程度建設的な場になる。

古代ギリシャポリス文化しろ近代欧米サロンカフェ文化しろ議論に参加する人間限定し、議題設定をそもそも限定することで円滑な議論を進めてきた。

例えば教授たちが大学教育未来を話し合うならある程度建設的な話が期待できるが、そこに学生代表大学職員代表経済団体代表政治家代表を放り込んだら、みんな見ている現実目標が違うんだから話が通じないだろう。

「みなさん色々言いたいことはあるだろうけど今日はこれについてこうやって話してね」と仕切る司会が必要だし、議題やルール参加者範囲を設定したやつが一番有利に議論を進められる。

ルール」や「議論の前提」の恣意性に、あまりにも無頓着なんじゃないか

anond:20181007023038

AV業者バカでも主張する著作権ならともかくとして、

性犯罪アダルトや、不正人権侵害映像独断アップロードされたファイル内の不適切な物として

処分していたのなら見上げたものだなあ。

とかく自社ストレージ人間の頭を悪くするだけの有害情報を溜め込まれても困る。

勝手処分する権利があるだろう。こと最低な物に関してはな。

皆、会社の所有財産として提供している事に無頓着というか、情弱は気づいていない節があるよね?

自分も、インターネットについて、すぐに全てを理解したなんて事は無い。

2018-10-05

anond:20181005125604

年長にもなれば「何が男のものとされていて、何が女のものとされているか」なんて男児本人も把握してるよ。

だって女児服着せようとしたら拒否される。

「服であれば真っ赤なもの男児服だけど、ランドセルであれは赤は女の子の色」ってのも分かってる。

ついでに「子供っぽい」と「大人っぽい」の区別もついていて、「子供っぽい」服(もっと年下の子に多いデザイン)は拒否したり。

年長児を馬鹿にしてはいけない。

その辺全く無頓着な子なら、それはそれで親にとって都合が良い黒を選ぶだけだし。

「そういうのを分かってて、敢えて女の子の色である赤を選びたがる子」は、性同一性障害とかそういうカテゴリだよ。

anond:20181005105711

ネット上でフェミって言われてる連中って、その実ただのミサンドリストミソジニストかその両方かってだけのやつが圧倒的に多いよね。

「圧倒的に多い」ってか、「それしかいない」だろ。

つーかこの件に限らないけど、ネット上でいろいろ騒いでる連中って、陣営話題を問わず興味ない第三者自分がどう見られているかにあまりにも無頓着な奴が多すぎて頭痛がするんだけど。

おまえらロビー活動してるつもりで敵増やしてるぞ、としか思えない奴が多すぎる。

「頭の悪いお前ら蛮族に、進んでるわれらがフェミポリコレというものを教え込んでやろう。感謝するがよい」というスタンスからしょうがないべ

フェミでないもの人間じゃないかあるいは野蛮人だと思ってるからあいつらは。

anond:20181005105140

ネット上でフェミって言われてる連中って、その実ただのミサンドリストミソジニストかその両方かってだけのやつが圧倒的に多いよね。

つーかこの件に限らないけど、ネット上でいろいろ騒いでる連中って、陣営話題を問わず興味ない第三者自分がどう見られているかにあまりにも無頓着な奴が多すぎて頭痛がするんだけど。

おまえらロビー活動してるつもりで敵増やしてるぞ、としか思えない奴が多すぎる。

2018-09-26

anond:20180926081002

テレビ見だす前の描写ですでにゼットン名前が出ているのが気になった。

ゼットンソフビか何かを持っているな?

ってことはこういう会話があったはずだ

父「ゼットンつよいもんねー」

子「そうなの? どれくらいつよいの」

父「そりゃあお前、ウルトラマンに勝つくらいだよ」

子「ええーーっ!」

……うん。するわ。この流れはネタバレする。仮にネタバレ避けるとしたら「どうかな? 見てればわかるよ」とか言うんだろ。4歳児にそんなもったいぶりかたしたら、ゼットンウルトラマンに対する興味を失うと思う。父の言い訳が、ゼットン常識から言ってもかまわない、になるのもそりゃそうだ感ある(言い訳だとは思うが)。これは4歳児がゼットンの話をしたからの対応であって、流石のダンナさんも、貴方が読んでる東野圭吾犯人バラしたりはしない。ポートピアも例えがわるいよ。犯人ヤスなのは知ってるけど、なんでヤスなのか、ポートピアがどういうゲームなのか知りたいだろ。バラモス死ぬのが判っててもドラクエをやるように。

要するにあんたら別にそこまで対立してないよ。

ダンナさんは、貴方が思っているほどネタバレ無頓着じゃないんじゃないか

2018-09-19

anond:20180919172644

彼女達の意識としては『女性の為の運動』だから女性権力が増せば勝ちで譲れば負けって感覚なんだと思う。社会的正義やら何やらを持ち出すんだけど、それは女性が勝ち取る成果を得る為の方便に過ぎない。全員とは言わないが、そういう人が多い。

弱者権利が増えて何が悪い強者権利が減って何が悪い?』って感覚なんだと思うけど。それで社会が歪んだりする事には凄く無頓着

2018-09-13

死と労働を天秤にかける人間がいるんだからベーシックインカ厶はよ

この国は異常だよ、心療内科に通ったことのある人間は15人に1人だとさ、行ったことのある人間がそれだけって話で、実際に心療的な病気にかかったことのある人間は5人に1人はいるらしいぜ、なんで社会機能してんだ?ってレベルだよ、日本破綻するってよく言われるが、もう破綻してんだよディストピアだよこんなの、まあ海外も似たようなもんらしいが

んで唐突だが、俺は働きたくない、死ぬほど働きたくない

俺には何故、普通?のやつらが肉体を貸し出すと言う行為に対して無頓着になれるのかがわからない、尊厳を奪われてる感がやばい意味がわからない

でも結局俺は死の恐怖に負けて、何回か働いたので、死ぬほどは言いすぎだろうとおまえらは言うのかもしれない、だが天秤には掛けたのだ、もう何十回も天秤にはかけた

普通に働いてるやつらはそもそも天秤になんて掛けないんだろう?死ぬくらいなら働くのが普通だろって思えてるんだろう?

から俺みたいなやつはほんとは養ってもらうべきだと思ってるんだよ、クズやろうとか言うなよ?俺にとって労働死ぬほどつらいんだぞ?まあ、百歩譲って俺はただの死にたがりであって、追い詰められたら普通に働くから養う価値はないとしても、実際に死んだやつについてはどう思ってんの?おまえら?おるぞ?労働が嫌で死んだやつらってのは?そいつらは適応できなかったクズから死ぬのが正解だったって思うの?

まあこう言うと俺(ら)は本当は両親を恨むべきだったのかも知れない、何故産んだ?ってな

だがある意味両親も被害者なのだ、俺がこんなふうに育つだなんて想像もしなかったらしい

まあここで白状するが俺はADHDだ、全てのADHDがこの性質を持つとは思わないが、大いに関係はしているのだろう

それでだ、結局何が言いたいかと言うと、おまえら子供を産むなら、子供がそういう性質を持って生まれ可能性があるってことを覚悟して産めよ?ってことだ、つまり子供が働けなくても一生養えるだけの財産を用意した上で産むか、もしくはベーシックインカ厶を実現した上で産めよ?ってことだ

まあ前者は不可能なやつらがほとんどだろうから、さっさとベーシックインカ厶を実現させろと

子供生みたきゃベーシックインカ厶を実現しろ

2018-09-02

酸っぱい葡萄他人押し付けない

例えばAさんが

「本当は結婚したいけど結婚できない」

って言った時

結婚なんて良いもんじゃないよ」

みたいに酸っぱい葡萄論で慰める人がいる

 

酸っぱい葡萄って自分には使うまい意識してる人でも

他人に対しては無頓着というか、良かれと思って使うことがある

あれすごく楽だし、良いことをした気分になるからついついやりそうになるんだが

俺はぐっと堪えることにしている

Aさんはまだ諦めてないんだよ

何で諦めさせる必要がある

「逃げて良いんだよ」はシーンを選べ

それは本当にひどい状況とか、最後の手段

逃げ癖をつけさせるのは良くない

まずは何でも良いか応援してあげよう、らぁらちゃんばりに

 

よく酸っぱい葡萄押し付けるシーン

受験に挫けそうで

会社が辛くて

彼氏が冷たくて

孤独が辛くて

勉強が辛くて

借金が辛くて

人間関係がうまく行ってなくて

 

ただ、相手物事シリアスに考えすぎてる時の酸っぱい葡萄はありだと思う

その時は大げさに言ってあげよう

例)

A「受験まであと1ヶ月、逃げたくてしょうがない」

B「よし、じゃあ今から海行って泳ごうぜ!」

A「寒中水泳かよ」

2018-08-31

ブサイクなのに女を好きになっちゃうからかなりの種類の断り文句は聞いてきた

この前の子は当面忙しくて会う時間作れないっていう理由だった

平凡すぎる、もうちょっとヒネれよって思いつつ相手アカウントを削除した

しかしながら相手の連絡先を得るところで満足しておかないと辛い気持ちけが蓄積してしまうね

非モテキモブサイクにとって、家庭とか家族とか子供とかっていう社会的常識以外の生きる理由を見つけていかないと、

ちゃんとした意識を保ったまま生きてくのは難しい

結婚しないの?(できないんだろw)とか人生あきらめて仕事趣味一筋ですか?(すげえ気持ち悪いんすけどw)っていう視線をうまくかいくぐれる無頓着さも身につける必要がある

子ども思春期で…受験で…っていう愚痴にもなんとか対応していかないと本当に社会生活からもはみ出てしま

しかしなんで結婚してる人とか相手がいる人って、その状況が当たり前のように語り出すんだろうな

その状況、当たり前じゃないからな

何十年も理想として描き続けてまったく手に入らない人だってたくさんいるわけだし、相手を作ることな人生を終えた人も多いし、その上努力が足りないんだろっていう追撃してくるのももうやめろ

誰も俺のことを好きになってくれないって言えない

一人でいることが好きだからっていう言い訳するしかない人生

恋愛については全部言い訳

の子今すごく忙しいんだってさ、と説明しなきゃな

紹介はありがたかったけど、そんな風に説明したらあいつ女の人に確認ちゃうかもしれない

こうなることは予想できてたから紹介は断るべきだった

でも断ると努力してないと思われちゃうし難しいところだ

紹介ありがとう、でもなんかダメっぽい感じがするとだけ言っとこうかな

どうせ俺にはダメなんだよ

2018-08-29

デートの時ダサい格好で来る男の人って、単に服装無頓着なの?それとも、その女はどうでもいいの?わからない〜〜

2018-08-24

第27話はHUGっと!プリキュア既存エピソードの中で最底辺

3分に及ぶ「出産シーン」 「HUGっと!プリキュア」が子どもたちに伝えたかった“母の強さ”と”父の責任” - ねとらぼ

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/spv/1808/23/news015_0.html

リアルタイム放送当時Twitter上記の関連するニュースサイトなど、他のWeb記事ブログetc...で絶賛される傾向のあった第27話は最底辺エピソードだと主張したい。

注目を浴びるために逆張りで言っているんじゃない。だったら増田なんかに投稿するものか。

第27話は出産というセンセーショナル描写によって、それ以前にあった困惑する父親の内心がどういうものか?を全く回収することなく放り投げたエピソードだ。

特に父親がはぐたん(赤ん坊要素の主要キャラクター)を抱き上げた際に泣いてしまって内富士先生(新たに父親となった主人公担任)が困惑するという描写が最悪。

富士先生は男親であることを全く考慮していないし、第27話を絶賛している層は男親はどういう存在か?に全く気付いていない。

俺がこのエピソードに怒っていることが理解できないヤツらはよく聞けよ!!!

男親が赤ん坊(特に新生児)を抱き上げる際に困惑する最大の理由は「男は腕力が強いから」だ。

その男親がどんなに情けなく貧弱であっても、一般的に女や赤ん坊よりは腕力が強く「新米の男親は赤ん坊を抱き上げる力加減が判らない」んだよ。

本来ならば困惑という描写すら甘い!男親は赤ん坊を抱き上げることへ恐怖すらするんだ。

何故なら力加減を誤ると我が子(赤ん坊)を握り潰し怪我をさせ、最悪は殺してしま可能性があるからだ。

困惑したのが赤ん坊が泣いたから?抱き方が悪かった?違う!もしかして怪我させたかと先ず最初に考えたからだ!!!

男親は赤ん坊が怖いんだよ!ちょっとした力加減の誤りで殺してしま可能性があり、更には自治体が開催する出産前の講習により「男親は腕力があり、揺さぶられっ子症候群に誤って陥いらせてしまったり、おむつ交換時に誤って脱臼させる事故が多数報告されている」と指導されるからだ。

男親は出産から脅されてるんだよ社会に!

女より強く腕力があり、粗暴で、無躾で、無頓着で、怪我させるのは男親、虐待をするのは男親、我が子を殺すのは男親ァ!

それで何だあの27話は?

富士先生困惑しっぱなし、空回りしっぱなし、出産時には単なる邪魔物扱いされて、だけど無事に赤ん坊か産まれたかハッピーエンドですね!かオイ。

舐めてんのか男親を。子供たちへ伝えてくれないのかよ男親が持つ恐怖を。

絶賛してるヤツらは無知状態新生児を抱き上げてみろ。

自分の手に弱々しい命が確かにあるのを感じろ。

ヤンチャして馬鹿騒ぎしてる少年達。一般的に女より優れているお前達のその腕力運動能力がどれだけ赤ん坊にとって脅威か考えてみろ。

もう一度言う!あの第27話はクソすぎる!!!

2018-08-21

anond:20180821133219

想像での決めつけであるのは承知しています。また、作り話あふれるここの特性を考えていなかったのも間違いありません。

ここだけではありません

ネット全体の特性です


元の記述もなくなってしまいましたし、擁護はしたくないですが、特定を防ぐことの意味はある程度認められてほしいと思います

クレーマーだとバッシングされたり、「ここに座っていいと言われた」なんて誤解した利用者に対して批判が集まることも考えたのではないでしょうか。

知らないうちに炎上に巻き込まれることも可能性としてはあるはずです。

から他の人も言ってますが、登場人物個人特定をされないよう気をつけるならわかります

新幹線何時発の何号であるという情報を伏せる意味がわからないんですが?と言っています

意味がわからないだけでなく、むしろ無関係な別の車両車掌やその利用者が誤認されてあなたの言うような迷惑がかかる可能性までありますよね?

その辺のご説明は?


利用者に責があるわけでも、マナー問題でもないので、ここに投稿したのは意味があまりなかったのでしょう。

疑わしきは罰せずなんて言うのは言葉が少しきつすぎませんか?

「疑わしきは罰せず」がきつすぎるぅ?

はあ?

じゃあなた非難対象にされた場合でもこういうやり方で納得できるんですか?

告発者の話はガバガバ事実に照らせば矛盾が多くてそもそもどの件なのかすらはっきりしない状態

でもあなた家族なり会社なり名前だけははっきり出されて非難されるという状況。

まり検証反論否定不可能なまま罵られているということですが、

これは正当ですか?フェアですか?建設的ですか?


問題改善してほしいというようにしか、元の記述を読めませんでした。

扇動と言うには稚拙ですし、そう捉えるのは行き過ぎでしょう。

からね、

元増田のやったことは「JRにこういう落ち度があった」と言う非難なんですよ。

そしてネットに書くのは「世間に知られて騒ぎになれー JR青くなれー 担当者困れー」ってことでしょ?

元増田もっと日本語上手くて支持される文章を書けてたら広まってJR炎上もあったでしょ?


誤解してほしくないけど、非難ネットに書くのも炎上狙うのもいいんですよ。

ぶっちゃけ相当に火付け側が有利なゲームだと思うけど、相手大企業ですし?

けどその有利なゲーム元増田醜態はなんですか。

事実回りの話のディテール提示も出来ない、

新幹線に詳しい人が聞いたら明かに事実と異なる描写がある

・そこを突っ込まれたら後出しで「ぼかした」と言い出す

・「ぼかす理由わからん」と聞かれたら発狂して壊れる

ブコメを罵りトラックバックを罵る

・それも再反論を恐れてトラックバック直後に削除して逃げ回る


話になんねえから誰も扇動されずに「なんか話がおかしいんだけど」って疑問で立ち止まったわけでしょ?

そしたら元増田が正体現して発狂して逃亡。

これのどこに庇える余地があるんですか。


元増田が、不誠実な騙りをした可能性もありますが、投稿すべてを疑ってしまうこの雰囲気は、仕方がない部分があるにしろ残念です。

そもそも責任回避できる匿名告発でありながら

信憑性説得力もなく矛盾けが目に付く投稿なんて只のゴミですから

ゴミゴミとして扱われて何の残念さもありません。


なんであんたは匿名告発者をかわいそうかわいそうっていいながら

告発される側の立場権利については無頓着なんでしょうかね?

「疑わしきは罰せず」を酷いとか言う奴に会ったのははじめてです。


何度も聞くけど、あなた自身告発される場合

原告の話が滅茶苦茶でもOKでその話をもとに悪者扱いされて世間から叩かれるのもオッケーなんですね?

2018-08-20

anond:20180820092400

監督とか気にしてるのは限られた映画オタだけで、殆どの人はそんなの無頓着だし

監督作家性を全面に出した映画なんか海外でも大して売れてないのに

映画オタが「男は皆映画オタ」と主張してる模様

2018-08-10

anond:20180810104102

体を出したい(暑さ、露出癖)が、完全に出すと恥ずかしく(可愛い恥じらいではなく劣等感世間に怒られる恐怖)、布があるから出していないという安心感を得られ、男の視線には無頓着

2018-08-09

医者増田を書いてわかったこ

東京医大の女子減点問題について、いち小児科医が思うこと

優秀な医者とそうでない医者の違い

を書いた増田です。すいません、この2つですが、書いたのは実は同じ増田です。


どのくらい反響があるかを前の増田の影響がない状態で見てみたかったので、2つめはあえて文体を変えて書いてみました。

ばれるかなと思ってドキドキしていたので、今のところ同一人物じゃないかという指摘がなくて良かったです。


今回、東京医大事件によって、医療界が抱えている大きな歪みが一般の人の前にも明るみに出たので、いい機会だと思って普段なんとなく考えていることを文章化してみました。

読み返してみると2つとも無駄に長いですね。

現代医者の性かもしれませんが、できるだけ状況を丁寧に説明して相手選択してもらうような考えが染みついてしまっているので、ぐずぐずまとまりのない文章になってしまいました。

まぁ、もともとまどろっこしい性格なのですが。

こんな長い文章なのに、多くの人に読んでブックマークしてもらってうれしかったです。

あんなにたくさんの増田がある中で拾われるなんて、増田ウォッチャーの方は本当にすごいですね。


たくさんいただいたブックマークコメントを読んで感じたのは、やはり医療現場の外にいる人に医療現場のことをわかってもらうのは難しいということです。

別にすべての人にわかって欲しくて書いた訳ではないですが、中にいる人間としては、そんなに単純な話ではないんですと思うコメントもたくさんありました。単純に私の伝える力がヘボいだけかもしれませんが。

その現場の中にいる人にしかからない空気感があるというのはどの分野でもある程度同じだとは思いますが、病院はどうしても病気の人と病気を治す人という特殊かつ閉じられた環境になってしまうので難しいです。

風通しを良くするために、他力本願で大変申し訳ないですが、こうすればいいという考えを持たれている、他の分野、特にはてなユーザーに多数いらっしゃるであろうITエンジニアの皆様におかれましては、ぜひ病院という環境に飛び込んで、自分の分野を活かした医療環境改善プラン提案していただきたいものです。

ニーズは非常に高いので、ビジネスチャンスはたくさん転がっていると思いますし、なにより実際に環境改善されれば現場人間に非常に喜ばれると思います

さらに、現場環境改善はそのまま患者さんに提供する医療の質の向上につながります

みんな大喜びです。

可能であれば医師から何か提案したいところなのですが、医師特にマネージメントに関わるような立場にある医師は、結局その技術で何ができるのかと言うことまでキャッチアップできていないことが多いので、そもそも活用法を思いつきません。「IT活用して何とかして」とか言われたらみんな困るでしょう。

医療者がAIも含めたITリテラシーを高めるのと合わせて、IT側もビジネスチャンスと考えて積極的医療に関わり、その高い技術力を活かしてもらいたいものです。


偉そうなこと言ってないでお前も何とかしろよと言われそうですが、卒後10年弱で中堅に入りかかった程度の小児科医としては、増田を書いて少しでも理解裾野を広げることと、自分の周りの環境を何とか良くする程度しかできることがないのがつらいところです。

早く偉くなって自分の影響力が及ぶ範囲を広げたい。


最後に、前2つの記事ではできるだけフラット立場で読んで欲しかったので、自分の考えをあまり書きませんでしたが、「結局増田解決法についてどう考えるの?」というコメントをいくつかいただいていましたので、自分の考えを書いておきます

前もって断っておきますが、例のごとく非常に長いです。すいません。


医学部入試について>

今回の事件に限らず医学部入試に黒い噂がつきものなのは大学医学部医学科に入学した人のほとんどが医者になるという現状が原因で、これが諸悪の根源です。

まり入試不正をなくすためには、ほぼ入学ゴールという現状を変えなければいけません。

すなわち、医学部入学者を増やして医師教育入り口である医学部入学の門戸を広げて、代わりに国家試験という出口で医師の数を調整する、という方法です。

大学医学部に入れたところで医師になれるかどうかはその後の自分次第なので、不正をしてまで入学するメリットは大幅に減ります

出口を国家試験にしてしまえば試験による不正基本的には起こらないはずです。(このご時世なので何があるかはわかりませんが)

現行のペーパーテストのみの国家試験をより実践的なものに変更する改革と合わせれば、現場に出る医師レベルもある程度保証できるはずです。

国家試験受験者の大多数が合格できる試験でなくなり、さらにより実践的なものになれば、各大学間で合格率に大きな差が出ることになると思いますし、大学間での競争活性化されて問題のある大学は淘汰されていく流れになるかもしれません。学生競争さらされてしっかり勉強するようになるでしょう。

さらに、医学教育の出口で医師の人数を調整することにより、入り口で調整している現在より速いスピード医師需要の増減に対応できるようになります


問題点としては、医師になる教育を受けたのに医師になれない人が多く発生することです。タイミングによっては、氷河期みたいな現象が起きてしまうかもしれません。

医学生にとっては、大学に入ってしまえばほぼ医者になれる現状に比べてかなり厳しい状況ですが、世の大学生や大学院生たちは、就職においてかなり熾烈な競争を行っているようですので、現状が甘やかされすぎです。

ただ、医師になれなかった学生の受け皿は必要です。医師に準ずる知識技術を持った非医療職というのはある程度の需要があるとは思いますが、どこまで一般企業などがそういった人材を、しか国家試験に落ちてしまった人材を欲してくれるかは疑問です。

医師みたいな資格を作って病院で働くというのも一つかもしれませんが、どういった制度設計にするかは十分な議論必要です。

とにかく、国家試験に落ちてしまってもすべて自己責任としてしまうのは今の日本ではちょっと受け入れ難いと思いますし、この辺りは検討余地が多数残っています

他の問題点としては、やはり大学負担が増えることでしょうか。

大学時代によく言われたことですが、医者を一人育てるのにはお金を含めた莫大なコストがかかっているそうです。

国公立大学言わずもがなで多大な税金が投入されていますし、私立大学でもある程度は学生授業料でまかなわれているものの、少なくない税金が投入されています

その税金を、医師教育として医者にならない(なれない)人のために払うべきなのかというのは議論が分かれるところだと思います

国公立大学でも学生負担を増やすのは一案だと思いますが、結局お金持ちしか医師になれなくなっては本末転倒ですし、アメリカのように借金してでも大学に入ったのはいものの、最終的に医者になれなかったのでは救いのかけらもありません。

つの時代お金の話は悩ましいものです。

また、お金だけでなく人的なコストも増大します。

現状では大学教員診療教育研究を一手に引き受けており、学会活動なども含めて多忙を極めています

ただでさえ手薄な教育なのに、これ以上にリソースを割けと言われると行き着く先は地獄です。

解決策は大学教員を増員して診療教育研究のうち得意な分野に専念させることですが、そんなことができるお金のある大学日本には存在しないでしょう。

やっぱり先立つものは金です。

国民の皆さんに納得していただいて増税するしかありません。


医師労働環境改善について>

最初増田に書いたように、医師労働環境改善女性だけの問題でなく、今後は男性医師にとっても重要問題となってきます

特別女性が働きやす環境を作る必要はなく、性別関係なく医師が働きやす環境を作れば、その結果として女性もあまり無理なく働ける環境になると私は考えています

そのためには、賢明なるはてなユーザー諸氏と同様に、医師の数を増やし、医師業務を他の職種移譲できるもの移譲し、病棟業務については複数主治医制にすることが基本的には必要だと思っています


この3つのうち根本的かつ最も強力な改善策は医師の増員だと思うのですが、いかんせん現在制度では増やそうと思ってもどうしても10年近いタイムラグが生じてしまます

軍隊みたいに予備役みたいな制度があればいいんですが、医師に関してそんなバッファーを用意できるほどこの世の中に余裕はありません。

増えた頃にはAI進歩によって劇的に医師業務スリム化されていて、既に多くの医師が用なしになっているという未来も想定しておかなければいけないことを考えると、現実的には、今から医師を増やすよりはAI進歩を待つ方が良いのではないか個人的には思います。非常に悩ましいところです。

また、医師を増員する場合は、増員した医師診療科と勤務先が偏ってしまうと増やす意味がないので、国家試験の成績など何らかの形でそれらを制限する仕組みが必須です。

しろ医師を増やさな場合でも、今後の医療においてこの仕組みは必須になってくる可能性が高いでしょう。

これから医師を目指す学生諸君にとってはこれも厳しい話ですが、医者が好きなように診療科と勤務地を選べる時代は終わったと諦めるしかありません。


医師の増員についての問題点は、やはり人件費です。

業務量の減少に合わせて個々の医師給与は減ることになると思いますが、総量規制で「人数を倍にしてやるから給料半分な」というのはさすがに厳しいですし、それなりの人件費の増加は免れないでしょう。

また、上にも書いたように医師を増やすことで大学の育成のコストも増加します。

やっぱり先立つものは金です。

私の給料が減ることについては生活に困らない程度までは我慢しますので、国民の皆さんにも納得していただいて、増税のうえ健康保険料の値上げと医療費の自己負担割合を上げさせてもらうしかありません。


医師業務を他の職種移譲することについては、現在も徐々に進んできていると思いますが、現在既に忙しく働いている医療者に業務移譲しても仕方ないので、やはり追加の人員を確保することが問題となります

医師を雇うよりは人件費は抑えられると思いますが、日本全体で考えれば結構人件費の増加になるでしょう。

また、処置にせよ事務仕事にせよ、医師負担を減らせる程度までの業務移譲するためには、相手にもそれ相応の医療知識技術必要です。

その教育や育成にも金銭的・人的コストがかかります。やはり先立つものは金ですね。

カネカネ言い過ぎて、賢明なるはてなユーザー諸氏に「医療現場問題は放っておこう」と思われないか心配になってきました。

とは言え、退院マリを書けるくらいの医療知識と高い事務能力を備えた人材がいれば、病院においては引く手数多だと思うので、そういった人材を育成して派遣する会社を作れば儲かりそうです。実はビジネスチャンスなのかもしれません。


複数主治医制についても基本的に賛成です。医師がある程度安心して病院を離れるためには必要制度だと思います

ただ、患者さん側の理解必須です。

主治医団のメンバーすべてが同様の能力を持っている訳ではないこと」、「チームのメンバーのうちA医師にはできることがB医師やC医師にはできないこともあること」、「緊急時を始めとして常に望む相手診療が受けられるわけではないこと」。

理性的はてなユーザーの皆様には理解しがたいことかもしれませんが、この当たり前とも思えることを納得して受け入れてもらうことすら難しいのが医療現場の現状です。

2つめの増田に書いたシチュエーションはほぼ実話で、同じようなことは重症度は違えど年に数回は起こります複数主治医制での別の主治医とではなく、当直医との間においてですが。

もちろん、実際の状況はあんなに単純ではないので、自分主治医側の場合もあれば当直医側のこともあります

私は小児科医なので、実際に起こっていると言うことは、あの場で急変しているのは子どもです。生後1ヶ月に満たない赤ちゃんのこともありますし、中学生のこともあります

いずれにせよ、急変した我が子を見て、このまま我が子が死んでしまうかもしれないと言う状況で「これも運だから仕方ない」と冷静でいられる人はいません。A医師を呼んで状況が改善する可能性があるのだったら「A先生を呼んで!」と言わない親は現実はいません。そんな親はみたことがありません。

別にそれが悪いと言っている訳ではありません。自分がその親の立場だったら言ってしまうと思います

ただ、その希望が常に叶えられるものではないことくらいは理解して受け入れてもらうのが、複数主治医制が根付くために必要な前提条件だと思っています

簡単そうに思えるかもしれませんが、現場においては本当に難しいことです。

患者さんやその家族が、多くのはてなユーザーの皆さんのように、正しさのためならC先生我慢するか、と思える方ばかりならいいのですが。

この前提条件が成り立たない状態複数主治医制を実施すると、前の増田に書いたようなことになって、優秀な医師病院を離れられない空気感ができあがりA医師疲弊するだけです。

また、複数主治医制を機能させるためには、どうしても1つの医療機関にそれなりの数の医師を集めなければいけません。

上にも書いたように、医師の増員にはどうしても時間がかかるので、さし当たっては医療機関の集約化を行うしかありません。

中規模の病院を中心に統廃合が行われた結果、中規模以上の医療機関へのアクセス悪化し、患者さん側にはご負担をおかけすることになると思います


医師労働環境改善のための患者さん側の理解という点では、医師時間外の仕事を増やさないように協力していただくことも重要です。

夜間・休日不要不急の受診を控える、平日の日中以外に病状説明求めない、この2点で小児科医の労働環境結構改善すると思います

子ども医療費の自己負担額は多くの自治体でただ同然なので、その受診人件費を含めてどれくらいのコストがかかっているか無頓着な方が少なからずおられます

金銭的・時間的にアクセスが容易だから夜間・休日でもとりあえず受診しておこうという姿勢は、上に書いたように医療費の高騰や医療機関の集約化を通してその容易なアクセス崩壊させ、結果的に自らの首を絞めます

もちろんどうしようか非常に迷った上で受診して、ひどく申し訳なさそうに診察室に入ってこられる保護者の方もたくさんいますし、小児科に関しては子どもことなので、もちろん心配であれば夜間でも日曜でも受診してもらったらいいのですけどね。


AIについて>

AIは将来的に医療の様々な分野において医師業務を助けてくれる存在になると思いますしかAIの素晴らしいところは、いったん開発してしまえば計算機電気さえ食べさせていれば文句を言わずに働いてくれるところです。もちろんメンテナンス必要ですが。

上に何度も書いたように、先立つものは金というこの世知辛い世の中において、人件費がネックにならないのは非常にありがたい存在です。

咽頭画像撮影して、その画像からインフルエンザかどうかを診断するAIを作っているベンチャー記事をどこかで読んだ気がしますが、そういった特定の疾患かどうかを診断するようなAIは実現が間近のようです。

一方で、多くの人がAI診療と言われて思い浮かべるような、患者情報インプットすることで自動的に診断や治療法などをアウトプットしてくれる夢のようなAIはまだまだ実現は遠そうです。

そういったAIを実現するための最大の課題は、我々医師が診察の現場において収集している情報のうち数値化や言語化が難しい情報を、どのように計算機 このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

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