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はてなキーワード: 形容とは

2021-05-12

anond:20210512113155

はてブより

当該の元(?)フェミニスト弱者男性は、「腕力で劣ると思われる初対面の相手を夜間に唐突に自宅に誘う行為相手側がキモい形容すること」自体には理解を示していることに注意 https://archive.ph/K9aU0#selection-351.22-359.14

たぶん誰も読んでない

2021-05-10

anond:20210508181611

池江を女性扱いしたり女性であることを前提に年齢的に外見そう見受けられることを形容すると女性代表格になるん?

彼女蔑視すると女性性のすべてを蔑視されたってことになるん?

彼女若い女性扱いされる程度の態度や行動をとったことについて「若いからさ」と揶揄されることは彼女以外の女性が何ら不利益を被るん?

彼女の失態を女性全体でフォローしたり彼女全女性の一部なのだから彼女をたたくのは女性全体を敵に回すことだってするとそれはたしか差別ではないけど自分同族一部にちょっかい掛けたからって全体で制圧しにくるのって軍隊っぽいよね

軍事的駆け引き戦争がしたいのん

人生で初めて推しを攻めにして気づいた、「受け」「攻め」呼びの気持ち悪さ

「受け」「攻め」

ここではBLでの性的役割呼称の話をします。

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私は今のジャンルに来て初めて、推しを攻めにしました。

推しを攻めにすると、書く同人誌が全て”ぼくの考えたかっこいい推し”になり、最高です。

メチャメチャ捗り、推しカプの同人誌を2年で6冊出しました。

そして、ふと気づきました。

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「受け」って形容、やめたい。

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推しアイドルゲームアイドルなんですが、低身長で童顔で、公式女装した経験もあり、ぶっちゃけカワイイです。好き!

推しカワイイと何が起こるかというと、ツイッターでみんな「⚫⚫は受け!」と言うのです。

わたしも(逆カプが読めるタイプ腐女子なので)、まあそうだよなー可愛いもんなーくらいにしか思っていなかったのですが、

2年間毎日推しのことばかり考えすぎたせいで、推しをもはや自分のように考えてしまう瞬間があり、

自分推しだったら受けって呼ばれるのモヤつくな…」と思いました。

わたし推しファンからのどんな目線にも100パーの笑顔で答えてくれる最高のアイドルであることは書き添えておきますが…!)

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そのとき、2つのことを省みました。

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1つ目。

「⚫⚫は受け!って言い方、

人のパーソナリティーを性行為時の役割で言い表すのモヤる。

ま⚫こ!と呼んでるのと変わらなくないか。」

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仮に自分他人から不特定多数とのセックス関係性を勝手空想されたら結構嫌な思いするよな…。

脳内痴漢みたいなもんでは…?

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ただ、わたし推しを攻めにして初めてこの「受け」呼ばわりの気持ち悪さを感じたので、

おそらくBL愛好者たちはキャラクターをそう断ずることに痛みを伴わないんですよね、、。

BL愛好者が口にする「受け!」は、

JKが口にする「カワイー!」くらいの重みなのでは…。

自分経験からそうだと思っているだけで、BL愛好者の全員がそうとは限らないです)

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2つ目。

推しが受けと呼ばれるのは嫌だけど、推しが攻めと呼ばれるのは嬉しいわたしは、

おそらく『男性役』をステータスと捉えている。

わたしのこうした態度も、ホモソーシャル擁立する態度のひとつなのではないか」。

-

わたしは、「受け」呼びを居心地が悪いと感じたけれど、

「攻め」予備に対してはむしろ心地良ささえ覚えました。

そんな自分が、男性社会に憧れる弱者しかなく、男性の優位性を賛美しているように思えて、

女性として男性格差なく働きたい自分との齟齬

すごく気持ち悪く感じました。

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これは私個人価値観問題なので、

単純に気づけてよかったとこなんですが……。

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ここまでの2つを省みはしものの……。

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私も例えば「運動部のこと攻めの代名詞だと思ってる」とか言うときはあり、

そういう強い言葉で言い切る会話は大概楽しい、ので、切り離しがたくもあります

「くすぐられて泣いちゃう⚫⚫くんは受け」

「⚫⚫くんは主人公から攻め」

「⚫⚫くん口弱いの公式設定だから攻め」

「⚫⚫くん攻め大手なのわからん、線の細いお姉さんお兄さんは受けだろ」…

-

自分の話してきた言葉は、全て

”受け/攻めという役割にふさわしいものとして大別される要素の分類”のつもりでしたが、

仮に何人もの自分を見ている人に自分セックスとき女役/男役と言われるとしたら…と考えると、

いやでした。

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から、これから「受け」「攻め」

個人名に性行為時の役割に由来するカテゴリをつけるのを避けたい……

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と、思ったのですが。

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でもわたしにとって彼らの左右がこっちであることは重大なので書かざるを得ず、、ウウン、、。、

みたいな葛藤も抱えました。

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わたし推しカプは、

身長年下童顔(女顔)お料理上手×高身長筋肉塩顔いざってとき頼れる男

みたいなカップリングなので、

いわゆる逆カプがとても多いです。

BL二次創作を好む者の多くにとっては、受け攻めが異なる時点で別のカップルになります

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どうしても、A×Bって書きたいんです。

もしもB×Aしかきじゃない人がA×B表記のないA×Bを読んだら不愉快になるだろうし、それを理由攻撃される。

わたしはA×Bを好きだと世間に表明しておきたい。

だって、A×Bであることは、わたしの愛するふたりが恋し合って見つけた大切な関係性だから

-

わたしが冒頭に

推しを攻めにすると、書く同人誌が全て”ぼくの考えたかっこいい推し”になり、最高」と書いたように、

「攻めの⚫⚫くんだけが好き」「受けの⚫⚫くんしか見たくない」

は確実に存在するのです。

-

受けとか攻めとかの呼称を左とか右とかに言い換えても本質は変わらんし……。

受け攻め書いておかんせいで炎上するのこわいし……。

どうしたって、確立してしまったBL的な自分の好みがある以上、

新しいキャラクター出会いの子の恋を書きたいと思ったら、

「⚫⚫は攻め」「⚫⚫は受け」

洗礼を逃れることは出来ないし……。

-

もう腐ってしまたことを無垢だった己の魂に謝罪しながら生きるしかない……。

-

なんかこういう感じ、

みなさんには伝わりますか……?

めんどくさい捉え方すんなって話でもあるのでそろそろ終わります

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そういうモヤモヤでした。以上です。


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補足

言葉足らずだったのでいちおう補足に来ました。

この記事の受け取り方は人それぞれだと思うので、

とくに正しておく必要もないことなんですが……。

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「他の人が」「そのキャラがそう認識されている状況を気持ち悪がるから」「他の人を不快にさせないためにやめたい」んじゃなく、

わたし自身が」「他人にそういう言葉を使うことに無配慮自分気持ちいから」「自分の使う言葉に痛みを持つためにやめたい」

という話でした。

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2021-05-08

anond:20210508124236

得たものがあったら等価で返せ償うべきってすぐ言う人いるけどさ

じゃあ親からまれた君は親の産まなかった判断権利いつまでも有効にしてるの?

あーいらんかったわって親がいったら静かにこの世から去るの?

機会があって行動して付加価値がついたら、付加価値分までも可能性のところへ逆戻りさせて償えってそれ横暴すぎない?

スポーツやってる人間芸能活動でもしてない限りスポーツ活動採用している側からサラリーでもらってるだけでしょ

プロスポーツ選手なら とかそういう話はいまはおいといて そんなスポーツ選手金銭責任について全般定義を話すつもりはないか

スポーツしてたら結果がでるかでないかはそれぞれじゃん

結果だすかもって期待の目をむけるのはアスリート本人じゃないし売り込みはしてもそれに付加価値をつけて利益を得るのは採用側じゃん

採用側はその活動に応じて得た利益の一部をサラリーとして本人に返すのがアマチュアアスリートでしょ

アスリートがなんか意識高い発言したりとか政治的発言して アスリート本人にその影響とかで発生する利益がいってるの?

コピーしまくってその媒体うってるメディアやら話題にあがって消耗されるいろいろがもうけてるだけでアスリート本人は日常生活をして

人として生活の内に発言もしたりするだけなことでしょ

それをメディアが売れるからって記事にしてばらまいて広告費を稼ぎ よく見かけるから一般人責任を取れって叫ぶけど

スポーツみてないとかそんな選手しらない人間からしたらそんな空騒ぎ社会的に影響があるとかいわれてもしらんの一言

影響力があるからわきまえろって前提もなにもないよ知らんもん

声がでかければでかいほど 影響力ってそれあなたの中での話ですよねってことになるじゃん

受付嬢にむかってさ あんたら会社の顔なんだから会社代表として対応しろよってクレーマーが案内所におしかけたとしてさ

そこで社長裁量やら決定権やら社の方針やらを求めるわけ?

受付として会社の顔として代表としてみえるところにいるんだから 社の決済やら経営やらにあたる話に対応できるとかおもってるわけ?

会社の顔っていってもそれ企業体としての事業の顔にあたる部分じゃないでしょ

営業内容の一部についてガイダンスとして顔とおぼしき形容があると困ったときに尋ねやすいってだけのポジションでしょ

アスリート長距離走ったり高く跳ねたりできるから 意向をしめせ意見をしめせ態度でしめせ社会にあるべきようにふるまえっての?

それ社員からやってるだけの話で会社クビになったら走ったり飛んだりできないわけよ?

それで、責任負えって話 無茶過ぎない?

2021-05-05

寅さん弱者男性とチー牛型弱者男性

弱者男性定義をはっきりしろ」とか「弱者男性なんて見たことない」という意見が出るのは

それぞれ思い描く弱者男性像が違うことが一因ではないかと思う。

まず、何をもって弱者かについては、

以下のいずれかまたは複数相対的に下位にあるものとして話を進めたい。

ここで、私が思い描く弱者男性像を整理したいと思う。

※わかりやすさのために元ネタにはないイメージがあるかもしれないがご容赦願いたい

寅さん弱者男性

寅さん弱者男性ではないと思う方も多いかもしれないが、

学歴が低く、経済的には不安定仕事で、

異性と深い関係を築くことができないという点で弱者性がある。

ただし、寅さんは粗暴ではあるが家族や知り合いと関係を築けている点で弱者性が薄れているが、

現実には粗暴で誰とも関係が築けず、孤立する男性も多い。

クロワッサン生活改善」でイメージされたのはこのタイプではないだろうか。

チー牛型弱者男性

チー牛型男性は、いわゆるオタクと形容されるような、体格・容姿に恵まれていない男性とする。

このような男性が受ける不利益は以下のようなものがある。

→いまだにこのような慣習は残っている。

日本人世界的に見れば金持ちから日本人は貧しい国に寄付すべき」という考えを

日本人貧困層要求しているようなもの正当性がない。

→これは男性に限らず、ルッキズムとして問題だが一向になくならない。

終わりに

かにも色々類型を考えたが、書いているうちに疲れたのでここまでとする。

最近弱者男性議論を見ていてとりあえず言っておきたいのは、

弱者男性個人解決すべき問題」という主張が誤りであるということである

そもそも社会学個人選択による問題と考えられていた現象に対して

"社会"が与える影響を科学手法を用いて実証するという動機から成り立った学問である

ネット議論が盛んな、最近社会学で扱われるようなジェンダー家族労働などのテーマ

個人解決すべき問題」で済むならば、男女の賃金格差DVパワハラもすべて個人問題と言える。

しかしそれでは社会学がなかった時代と変わらないではないか、と言いたいのである

2021-04-29

anond:20210428233617

形容しにくいからだよ。

ヴぁがヴぁがとか。

ヴぉきヴぉきとか。

そんなの使えないしね。

ピコピコオーケー

2021-04-28

anond:20210428022710

もうちょっとまともな文章書けるようになってから出直しておいで。

村の鍛冶屋さんが鍬の柄取り換えるんじゃねえんだから、どこのメーカーのものでもなく素人勝手に組み上げたような機械が2、3個部品取り変えて動くようになるって。。だいたいその部品はどっから手に入れるんだよ。 

しか自動車みたいな重量かかる機械腐食して動いてるのが不思議なくらいなのに「動くようになりました。ハイおしまい」ってあり得へんやろ。

さら機械構造形容するに、言うに事欠いて「幼稚」。それはおまえの文章のことだろ。

2021-04-24

anond:20210423230621

トレイラーみたけどあれはうけなさそう

骨子がデトロイトだよねPSゲーム

全く関係ないメインスキル完璧にこなすサブスキル最近のなろうでよくある感じかな

あとはバトルの作画で人気が出るかキャラの可愛さ二次創作されやすさかとおもうけど作画キャラデザが死んでるのでちょっと難しそう

とりあえず方向性がわかんないからって髪の毛盛っとけばいいだろってのはメインキャラクターにはむいてないよ

主人公キャラってどれってきかれて形容できないと全身アホ毛キャラかいわれてもね

サカモトのスピンオフに期待じゃない?

2021-04-23

シン・エヴァンゲリオン劇場版:|| の感想

1か月以上前に観に行って、

ついうっかり「感想文でも書いておこうかな」などとTwitterでつぶやいたが最後

友人に拾われ「待っている」と待たれてしまった。

こいつは、しっかりとした文章を書かねばなるまい。

私がシンに対して感じた事。

それを素直に、そして素敵に書き連ねて、友人と感動を分かち合うのだ。


などと思いを馳せていたら全然書けなくなり、

「ああ、そうだ自分プレッシャーに弱かったんだ。忘れてた。」

と、自分ヘタレ気質を久々に思い出した。


まりに書けないので、先輩を捕まえて「文章が書けない」と愚痴ったところ

先輩からは「気負うなよ。なんだ、その友人だって、そんな約束もう覚えてないんじゃないか?」と、励まされた。


既にこの地点で待たせてから半月以上経っていた。

友人から特に催促などはない。


はああん、さてはそんなに気負いすることもないのかと

鼻歌交じりで湯船に浸かったり、踊りながら夕餉の支度をしたり、

switchで発売されたモンスターハンターライズをやったりして更に2週間ほど書かずにダラダラすごした。


そのうち書く気力が湧かないものかと期待もしたのだが、これがちっとも湧きやしない。

アイデアは閃いたその時にアウトプットしないと、どんなに素晴らしいものでも劣化すると言ったのは

確か大学の時の教授だったか


逃げるように打ち込んだモンスターハンターエンドロール見送りながら

自分は友人との約束を小脇に置いて、一体何をやっているのだ」と我に返り

待たせてしまっているのかもしれない友人に申し訳なさを感じながら、

ようやく書くぞと、今キーボードをたたき始めた。




ここまでが、つまり言い訳で、今更シンの感想文を書くに至った経緯である


どう書こうか散々悩んだが、結局文筆家でもない私の書くものだ。

感じたことをそのまま文章に起こすしかない。


なに、これは友人に宛てた私信の様な感想なのだから

第三者にとやかく言われる筋合いはない。


から友人が「見苦しい」と思わなければ、とりあえずは問題ないのだ。


では感想だ。どう書こうか。そうだな、本作は大きく分けて3つの感動が湧いた。

それぞれにタイトルをつけるなら、以下だ。


【大号泣お疲れ様でした、すべてのエヴァンゲリオン~】

【散々泣いた後「これシン劇場版だけ見た人は面白くないんじゃないだろうか」という懸念

戦艦好きにはたまらなかったです】



では、細かく1つづつ説明していこう。

うそう。ここからネタバレが発生するので、万が一まだ見ていない人がいたら気を付けてほしい。


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【大号泣お疲れ様でした、すべてのエヴァンゲリオン~】

とにかく泣いた。

キャラクターは何人か死ぬんだが、そういうシナリオ演出上の悲しみで流れた涙では当然なく、

「こう終わらせるのか」という感動というか。

昔感動したエヴァンゲリオンというコンテンツが、

時間が経って、時代が変わって、自分も一緒に歳をとって、そして受け入れている自分状態のもの

涙が止まらなかった。


それは、終わってしまうという哀愁とはまた違う感覚で、

かつて「なんて難解で新しいんだ!」という側面で感動したエヴァンゲリオン

(この次の詳細で書くが)こんなに分かりやすくなったとしても、受け入れて楽しんでいる自分がいる事の喜びでもあった。


期待していた感動の方向性が全く異なっているのに、喜んでいる自分がいるというのは、

シンの終わりに向けて自分も一緒に歳を重ねたからだと泣きながら気付き、

お疲れ様でした!」と関係者でもなんでもないのに、小さく独り言ちていた。


10代の頃に初めて出会って、一緒に歳を重ねたことで

今全くなんと形容していいのか分からない涙があふれ、

不思議な達成感と供に「楽しかった」「感動した」「泣いた」「素晴らしかった」を超えた感謝を感じた。


感謝

本作において、恐らく一番近い表現がこの単語な気がする。



【散々泣いた後「これ今からエヴァ見る人は面白くないんじゃないだろうか」という懸念

で、散々泣いた後に冷静になってこう思った。


「…今からエヴァンゲリオン見る人は「これ、そんなに面白いか?」と思うんじゃないだろうか。」


というのが、かなり解りやすくなっている。

TVシリーズおよび旧劇場版比較すると、エヴァンゲリオン秘密人類補完計画綾波レイの正体やら

台詞と絵でほぼ全て語ってくれた。


特に、旧劇場版では初見ではちょっと分かりにくかった、一体誰が敵なのか(ゼーレ?ゲンドウ??)というモヤっと感が

分かりやすく「ゲンドウがラスボス」「目的ユイたん復活」と、ご自身説明してくれる。


この辺りの凄く分かりやす説明に対しても、歳を重ねた自分は「語る事を決めた監督お疲れ様です!」と感動したが

なんとなく、「日本人は難解で解釈余地を残す演出の方が好む傾向があるのではないのか?」

という考えから「これ、今からシンを見る人は楽しいのだろうか?」という懸念が生まれた。


こればかりは、私の仮説が間違っているかもしれないので、過剰な心配かもしれない。

実際、序破Qと興行収入は上がっているらしいから、現代は不親切な難解さよりも、

明快な回答があったほうが好まれるのかもしれない。

(いや、でも、Qまでは結構難解だったよなあ。)


ただ、少なくとも、泣くほどの感動は多分ないだろう。


そう思うと、むやみやたらに「面白いんだよ。素晴らしいんだよ。」と勧めることを躊躇してしま自分もいる。


劇場版に比べると、シンは万人に受け入れられる作品にはなっていると思う反面、

自分は今回から観る人に狂うほど楽しいかと聞かれると、唸ってしまうかもしれない。



戦艦好きにはたまらなかったです】

最後はもう、自分の好みの話でしかないのだが、有人の人型巨大ロボットでの肉弾戦よりも

戦艦ものの方が好きな自分にとってはシンは最高だった。


エヴァンゲリオンは当然戦うんだが、ヴンダーが途中まで大活躍なのだ

活躍というか、ヴンダーベースエヴァンゲリオンが戦うのだ。

司令塔戦闘機も大好きな自分にとってさら楽しいありがとうございます

(余談ですが、そういう意味で、途中まで指令を聞かないマリの戦い方は好きではなかった。)


戦艦といえば、艦長。そう、艦長がどれだけカッコいいか大事


ミサトというキャラクターが、TVシリーズではどうにも雌くさくて好きじゃなかったのだが、

それでも、指令を出したり、無茶苦茶作戦ねじ込むシーンだけはカッコよくて好きだった。


そんな好きなミサトが100%、最後までかっこよく戦ってくれたことも、ありがとうございます

艦長から死んだのか、ミサトだから死んだのかは分からないところですが、ミサトは絶対退場するんだなあ…とかも思った。

でも、あのラスト艦長ラストだよね。全員逃がして最後は船と供には艦長としての散り方だよね。)


ヴンダーが動くのは一々カッコいいし、ヴンダーの開発秘話イケてるし、

最後に命の箱舟としての本懐を全うして兵器として出撃するシーンとか。

なんだアレ、ずるい。かっこよくてずるい。


最後の項目に関しては、本当にただただ好みの画がカッコよく動きまくってくれて

脳がひたすら喜んでいるだけみたいな感想なので、語彙がバカになっていると思う。


いや、でもカッコいいしか言えないね


ところで、私は戦艦ものが好きというか、一人のヒーローパイロット)が敵を倒すよりも

多数の凡庸凡庸と言ってもポテンシャル高め)な人々が知恵を絞り巨大な敵を倒すという構造が好き…

というタイプ戦艦もの好きなのだが、庵野秀明はその演出がとても気持ちが良く、

シンゴジラ幸せ過ぎて脳が溶けるかと思った。


そんな話をしたところ、先日知人に「それは、ヤマトは当然として、ウルトラマンウルトラQ)も好きかもね」と言われた。

ふむ、なるほど見てない。ウルトラマン


そして先日のシン・ウルトラマンの特報である


・・・これは期待するしかない。と強く思っている。


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以上が大筋の感想となるのだが、

今回書いてみて一方的レビューだと、心の中にある踊るような感動や衝撃というのが語彙力のなさも手伝って、きっと全然書けていないなと感じた。


これが会話だったら、もっと色々話したい箇所もたくさんあったなと読み返して思っている。


例えば、最後に畳みかけるメタ表現の数々や、その視点から演出だと思えばループスターシステムというもの

シナリオではなくアート寄りな(作家的な?)視点になるから議論不要なんじゃないかとか、

ラストの実写差し込みは昭和舞台壊しオマージュかな?などなど…


会話として意見を聞きながら会話を楽しみたいとは思う視点はたくさん出てくるんだが、

一方的に断言できる事は大体この三つだったなと思う。


特に、一緒に歳を取った作品がこう終わったのかという涙と感謝の話は

他の作品で感じたことがなかったので書いておけてよかったかなと思う。


そう思えば、「待っているよ」と言ってくれた友人に感謝である

ありがとう



ああ、そうだ友人よ。歳を重ねて…で思い出した。

来月私は母になる。

そういう事もあって、余計涙もろくなっているのかもしれない。


こんな時世だから会えるのがいつになるのか分からないが、

子供も連れてそのうち、書ききれなかった感想戦をやりたいものだね。

志村けんさんが亡くなったときにやたらめったら悲しむ声を増幅させて

日本中が悲しみに包まれているみたいな雰囲気を無理矢理に作っていたし

国葬みたいな雰囲気あったけどさ

あの雰囲気形容しがたい違和感があった

少なくとも私にとっては親族が亡くなったこととは何もかもが決定的に違う出来事であったし

どちらかと言うとアフガンで人が死ぬこと、シリアで人が死ぬこと同種のものであった

もちろん彼を大切に想う人がたくさんいるのは分かるしその人達の想いは尊重すべきものだと想う

ただ、そのニュースは会ったこともない人間が一人死ぬこと以上の意味が私にはなかった

あの出来事を殊更に重大に扱うのには違和感がある

そしてあの出来事を殊更に重大に扱うのは他の命に対して少し配慮に欠けると思う

命が一つ消えた、ただそれだけのことだ

2021-04-20

[] #93-5「栄光の懸け箸」

≪ 前

そして結局の所は、俺自身この件について心根ではどうでもいいと思っていたりする。

どうせ、このやり取りも今日だけで終わるんだ。

よくある仲間内での些細な諍い、日常茶飯事。

いや、この時はラーメンを食べていたから、日常茶麺時か?

などと内心クダラナイことを考えていたが、実際この時の雰囲気形容するなら大体そんな感じだったんだ。

しかし俺が迂闊だったのは、この日で終わるはずだった四方山の話を自宅でしていたことだった。

文化マナーの話を持ち出したことも、箸の持ち方について言及したこと安易ではあったが、この点には勝らない。

なぜなら、自宅であるということは“弟が近くで聞き耳を立てている可能性”について見積もる必要があったからだ。

己の油断を嘆くべきなのか、弟の口の滑らかさに怒るべきか。

思春期だというのに、兄弟部屋を分けてくれない両親の教育方針を恨むべきなのか。

どこに原因はあったにしろ“後の祭り”だ。

後の祭り”の語源は、最も盛り上がる時間である“前の祭り”との対比からきているらしい。

そう考えると、ここからの展開はあながち慣用句ではないかもしれない。

…………

「……なーんてことを兄貴たちが話してたんだ」

案の定、弟は昨日の出来事をクラスメート達に話していた。

当然、弟のフィルターを通して語られているから話に繊細さなんてものはない。

「正直、俺はどうでもいいと思うが、ちゃんと箸を持てるに越したことはないよな」

「私、ちゃんと持ててないけど、うるさく言われたくはないわ」

タオナケの言い分も分かるよ。でも、それを気にする人がいるってのも分かるだろ」

「私もそれは分かるけど、“気にする気にしない”と“善い悪い”は別でしょ。ちょっと箸の持ち方に癖があったとして、それでアンタに迷惑かかるわけ?」

ちゃんと持ててないのに開き直って、気にする側を心の狭い人みたいに言うのは違うんじゃないか?」

「“みたい”じゃなくて、実際その通りでしょ。別に悪いことじゃないんだったら、それは気にする側の問題よ」

「おいおい、さすがにその言い草はないよタオナケ。ちゃんと箸を持てていない立場で、気にする方が問題とまで言ったら傲慢だよ」

傲慢ですって!? 箸をちゃんと持てるのが、そんなに偉いの!?

「そうだ! オレこそが最強の“ゴーマン”だ!」

「シロクロ、お前は傲慢意味を誤解しているし、その持ち方はクセがどうとかい次元を超えてる」

モメるのは決まっていた。

しかも、俺たちより年下で知識も語彙も少なく、コミニケーションの妙も理解できない同士だ。

そのグダグダっぷりは俺たちの時の比じゃない。

次 ≫

2021-04-19

路上喫煙者

サツキツツジの花がちらほら咲き始めるこの季節の空気感が好きである

三寒四温も過ぎ去り、暑くもなく寒くもなくちょうど良い温度感

朝は少し冷え込んでいて、空気はカラッとしており、

快晴だったりすると冬の名残も感じられる。

玄関のドアを開けて差し込んでくる日光と共にその空気を吸い込むのが好きである

なんとも形容しがたいこの季節特有匂いが感じられる。

  

こういった空気台無しにするのが路上喫煙者である

非喫煙者からすると、10メートル、いや、無風の日は50メートル離れていても

タバコの煙の臭いが鼻をつく。

すれ違ったり並走したりするともう最悪である

何が悲しくてタバコの煙の嫌な臭いを一緒に嗅がされなければならぬのだ。

喫煙者はこっちの気持ちに気づくことなく、美味そうに白煙をくゆらせたりすると、なおさら理不尽気持ちにさせられる。

  

路上喫煙者は半径30メートル以内(天気によって異なります)の不特定多数の人に不快感をばら撒いている、迷惑をかけていることを自覚してほしい。

  

2021-04-18

自分名前を言うのに違和感を覚えた

独身で、友達も全くおらず、仕事でも下の名前で呼ばれることがない状況をもう数十年続けているのだが、コロナ禍になって、今までは年に1回ぐらいは親戚や家族から下の名前で呼ばれることすらもなくなって、本当に自分名前自分が聞くことがめっきりなくなってしまった。

そうなったある日、祖母電話をかける用事があり、「もしもしおばあちゃん?俺だよ、〜だよ?」と名前を言う機会が久々に訪れた時、何か形容し難い違和感に襲われた。「自分名前って、〜で合っているのか?」「自分名前ってこんな発音で良かったのか?」と自分名前なのに自信が持てなくなってしまっていた。

そう気づくと、所詮名前なんて自分にとってはそんなものなんだろうと。親にとっては大事なのかもしれないが、本人にとってはまぁこんなものなんだろうと、変な納得がいってしまった。

からも言われなくなってしまった名前になんて、これから時代には何の価値もないんだなぁと。

2021-04-17

たまには作品タイマン張ろうぜ

SNS全盛のこの時代前評判なしに作品に触れることはほとんどないように思う。

悪いことじゃない。誰だって面白そうな作品を見たいに決まってる。でも、ちょっとだけ、この現状に危機感を覚える自分がいる。

テセウスの船」という有名なパラドクスがある。船のパーツをすべて交換したとき、それは元の船と言って良いのか?というアレだ。私の覚える危機感はこれに近い。つまり前評判ありきで作品を見た後の感想果たして本当に私自のものなのか?ということだ。

どんな作品なんだろうと検索すれば、耳触りのいい言葉が無数に並んでいる。「どうあがいても●●」だとか、「(作品A)+(作品B)÷2」だとか、「(なんかそれっぽい形容)な(任意作品名)」だとか。よく考えつくなあと思うし、実際的を得ているのだろうとも思う。一方、この上ない空恐ろしさも感じる。こんな素晴らしい感想を見た後、この作品を見た俺は新しく何か感じ取れるのか?俺の感想はすべてネット共通解に塗りつぶされやしないか?結局他人言葉パッチワークしかないのでは?自分で思いついたはずのうまい表現もいつかサブリミナルに見た他人言葉じゃないのか?…。

既に用意されたテンプレを新しい作品に当てはめ、みんなで同じように使うインターネット組体操は確かにすごく楽しい。でもそれだけじゃダメだろという感情はぬぐい切れない。他人感想作品を誉めたかと思えば、評価が間違っていれば責任逃れ。次は他人感想作品をくさす。自分オタクと思ってるあなたたちも無意識にこうなっちまってないか

から私は作品タイマンを張る。休日本屋でじっくりと腰を据え、本棚を眺める。タイトルと、装丁と、ほんのわずかな粗筋。これら一次情報だけで本を選ぶ。読みきるまで他人感想は見ない。どんなに拙くとも、自分感想を書ききって初めてネットに触れる。時には多数派真逆見解になることもある。正直心臓バクバクする。そのたび「これは答え合わせじゃないぞ」と念仏のように唱える。すると、意見の違いを楽しむ余裕が出てくる。

ぶっちゃけめちゃくちゃ疲れるし、割に合わない作業だ。だけど、これをしないと自分自分でなくなってしまう気がするから気の向く限りは続けようと思う。続くかな??

インターネット自我を飲まれがちなそこのあなた、ぜひ試してみてください(できれば感想お聞かせください)

2021-04-11

雑誌映画秘宝』の記憶(47)

【サタニストの美学とは?】

 高橋ヨシキがサタニストを自称していることは、よく知られています

 田野辺尚人は、恫喝DM事件に対する対応において「責任能力が無い」と見做された有様ですが、最近ちくま文庫から再刊された高橋ヨシキの著書『悪魔が憐れむ歌』に解説文を寄せていることから、今だに田野辺高橋の結び付きは固いことが窺い知れます

 田野辺尚人解説に拠れば、サタニストとしての高橋ヨシキが影響を受けたとされるのはAnton Szandor LaVey(米国The Church of Satanの設立者代表著書『The Satanic Bible』)であるとのことです。

 さて、このSatanismにおいては「9つの罪」が定義されていると言われています

 そこで今回は、この「9つの罪」を挙げて、旧体制映画秘宝』陣の実態と照らし合わせて見ていきたいと思います

(1) 愚鈍さ:恫喝DM事件で「アカウントを乗っ取られた不正操作だ。自分(=岩田和明)は事件に関与していない」と虚偽の弁明で岩田が逃れようとした際に、この無理が有る岩田の言い分に安易に乗った田野辺尚人は、この罪に該当していると言えそうです。

(2) 虚栄:本質的には女性蔑視同性愛差別思想の持ち主であるにも関わらず、それを知らない人間たちの前では「我々は差別と戦う」と正義ヅラ有識者偽装することから旧体制映画秘宝』陣は、この罪に該当していると言えそうです。また、非モテ過去を無かったことにして「大人の男の恋愛論」を語っていた町山智浩は、虚栄の典型と言えます

(3) 唯我主義:「町山智浩が大好きだから」という理由自分女性パートナーの肉体を献上した高橋ヨシキと、それを享受して面白おかしく語った町山智浩は、明らかに女性自身の意志人権尊厳などを微塵も考慮していません。自分たちの快楽欲望だけを優先しているのですから、間違い無くこの罪に該当していると言えそうです。高橋ヨシキが力を持つ旧体制映画秘宝』で切り株派が依怙贔屓によって優遇されていたことも理解せず、体制変化に伴う優遇の終了に不満を漏らしたナマニクも「唯我」の例と言えそうです。

(4) 自己欺瞞:悪い意味子供じみた言動に終始していて、明らかに大人になりきれていないにも関わらず、自分自分に「オレ(たち)は『大人の男』である」と言い聞かせる。あるいは、自分たちが繰り返し差別を行っているにも関わらず、自分自分に「『映画秘宝』は社会不正義や不公正と戦う雑誌」と言い聞かせる。そうして、自分自分に吹き込んだ「嘘」を信じ込もうとするのは、この罪に該当していると言えそうです。俗に言う「詐欺師自分自分の嘘を信じるようになる」と云う状態なのかもしれません。

(5) 群れに従うこと:ホモソーシャル集団病理として「身内が絶対正義」と云う考えに凝り固まり自分たちの身内にだけは異常に甘い態度を取るので、間違い無く旧体制映画秘宝』陣はこの罪に該当していると言えそうです。町山智浩の『実写版進撃の巨人』の失敗に対する批判の声を不自然なまでに小さく控え目にしたこと柳下毅一郎が吹いた犬笛に侍功夫が逸早く反応して付き従う姿勢を見せたことなど、その実例には事欠きません。

(6) 見通しの欠如:切り株映画至上主義者は『映画秘宝』を私物化して「自分たちの価値観けが常に正しい」「自分たちの好みに合わないものには価値が無い」と盛んに吹聴し、閉鎖的な態度を取り続けてきました。これが、将来の幅広い読者を開拓・獲得することを阻害して、雑誌未来を閉ざす結果に繋がると理解していなかったことは、この罪に該当していると言えそうです。(「少し考えれば馬鹿でも分かる」ようなことを理解していなかったと云う意味では(1)にも該当すると言えそうです。)

(7) 過去の正統の忘却ムック形式時代の『映画秘宝』は「予算芸術性や出来の良し悪しに関わらず『好きな映画は好き』と云う気持ちだけは平等だ」と云う基本理念を示していました。それを忘れ去り、異なるジャンル価値感の間で優劣を付けるように悪い変化を遂げたことは、この罪に該当していると言えそうです。

(8) 非生産的プライド:「オレたち男と違って、女たちは『ユー・ガット・メール』を見て喜ぶような馬鹿どもだから、オレたち男は女よりも偉い」と云う男尊女卑思想。「オレたちストレートの男は、同性愛者よりも立場が上だから、奴らを嘲笑してもよい」とする同性愛差別思想。「オレたち切り株映画ファンは悪いことをしないが、萌アニメが好きな奴らは犯罪者予備軍だから叩いてよし」とするジャンル間の優劣思想。「若い奴らや女は物事を知らないから、何でも知っているオレたち大人の男が教えてやろう」という説教願望。旧体制映画秘宝』陣は、肥大化して歪んだ自尊心の持ち主の見本市ですから、確実にこの罪に該当していると言えそうです。これだけ社会多様化が進めば「オレ(たち)は何でも知っている」という仮面を被り続けることは無理があるのですが、それでもその仮面を手離さないのは、他人から「物を知らない」と思われることに堪えられないというチンケな自尊心に囚われていることの顕れでしょう。てらさわホークが『マン・オブ・スティール』について嘘八百を書いた際、自分よりも知識豊富人間から間違いを指摘されて逃亡したのも、チンケな自尊心の持ち主だからと言えるでしょう。

(9) 美意識の欠如:間違いや過ちを指摘されても目と耳を塞ぎ続ける自分たちの振る舞いが、客観的に見れば非常に格好悪いということに気づいていない、もしくは気づいていないフリをし続けていることは、この罪に該当していると言えそうです。ロマン優光言論反論できないか誤植に赤丸を付けるというみみっちい行動に出た柳下毅一郎は、その一例でしょう。

 ざっと見てきましたが、もしもSatanismに価値説得力を見い出し得るとするならば、それはイズムの信奉者を自認する人間が「内省を伴う批判精神」の持ち主であればこそでしょう。

 自分たちホモソーシャル集団にとっての「敵」と見做した他人執拗に口撃するのは大好きで、自分自身や身内には異常なまでに甘いという高橋ヨシキらが、そのような「内省を伴う批判精神」の持ち主であるか否かは、誰の目にも明らかです。

 「論語読みの論語知らず」という諺は、高橋ヨシキ旧体制映画秘宝』陣の実態形容するのに、実に相応しい言葉と言えるでしょう。

 この投稿は以上です。ヘイル・サタン

2021-04-08

男らしい、女らしい、という言葉使用はふさわしくはなくなっていくだろうがそれが形容する個性は残っていくと思う。

その時に別の言葉が開発されたり置き換えられたりするのだろうか。力強いとか淑やかとか。(淑やかは女性と結び付けられているか。)

というかすぐ思いつかないだけですでに存在しているのだろう。

2021-04-02

ショタコンも許されないだろ

ジャニーズJr.オタクをしている。

自担20歳だけど、私はアラサー

 

普通に考えたらどこにも出会うことのない年齢の子が好きで、お金をかけて応援している。

 

最初好きになった時は、年齢を知らなくてなんか好き〜ぐらいだった。当時彼は16歳で私は2x歳。

本当にどうにかして好きになるのをやめようと思った。

 

でもどうしても生で見たい!と思ってコンサートに行った。

彼らと同じ年ぐらいのファンの子に混じってちらほらと、明らかにお姉さんと形容される上の年代の人がいた。

 

どんどんその子が人気になるにつれて、年齢が上の人も増えてきた。Jr.を推すには色々あってお金がかかるのだけど、そんな感じの、一区切りついた感じのお姉さん。

 

ジュニアじゃなくてデビューしてCDを手にしたいから、有名になって欲しくて応援している。

から公式写真集も買う、でも彼らは上半身である。なんだか辛くて写真集は閉じて、Twitterを見たら、未成年女子アイドル水着についてどうの、とか議論されていた。

 

ジャニーさんショタコンかどうか、みたいなどこの噂かわかんない話は結構ずっとついて回ってたけど、ジュニアオタクショタコンか、みたいな話は、たまに出ては消える。

 

児童ポルノ法律議論の時に、国会ジャニーズJr.の裸の写真はどうなのか、と突っ込まれて、性的目的で所持していたらアウト、という謎の定義ができてて、は?と思ったのはよく覚えている。いや、それは私たち側が言い張ったら通ってしまうことで、彼らの性的安全はずっと守られないじゃん、と思った

 

シンプルに嫌だ。脱がないでほしい。

別に裸を見たいわけでも、彼らに性的興奮を覚えているわけでもない。

でも中にはそういう人も出てくる可能性はある、それは女性側が加害者だって十分ありえる。

えっちなお姉さん、みたいなジャンルがあるけど、そういうのって普通にアウトだろ、とずっと思ってる。

 

オタクたちが、脇毛が生えてたすね毛が生えてた顔が男になっていたか童貞を捨てている、とか気持ち悪い、でもなんか堂々と気持ち悪いと言えない空気がある、それそのものは男になる過程のことで、めでたいこと、みたいな空気がある。めちゃくちゃ意味わからん気持ち悪い。どうしても気持ち悪い。受け付けない。

 

だって未成年女性アイドルが胸が膨らんでいたこの周期の写真はいつも浮腫んでいるからこれはとか、顔がつやつやしてるからせっくすした後かな?とか言われてたら普通にきもいのに、なぜか女性から男性は許される、許されないのに許される空気ができてる、そもそも許される空気を作ってるのってなんだ、誰だ、気持ち悪い。

 

もちろんこんな人たちはごく一部で、本当に純粋応援している人もいてたら、似たような年齢の女の子たちが疑似恋愛的な楽しみ方をしていたりもする。

真っ当な、というとおかしいけど、アイドルの従来の楽しみ方をそのまま楽しんでいる子もいる。

 

考えるのが疲れたからぶつ切りだけどもうここで終わろう、匿名だし。

 

どうしたらいいんだろ、せめてJr.はみんな服着せてほしい頼む、特にポポ◯はきをつけてほしい

 

2021-03-22

どうにも

三郎が、都合のよい折を見計らって、遠藤の部屋を訪問したのは、それから四五日たった時分でした。無論その間には、彼はこの計画について、繰返し繰返し考えた上、大丈夫危険がないと見極めをつけることが出来たのです。のみならず、色々と新しい工風くふうを附加えもしました。例えば、毒薬の瓶の始末についての考案もそれです。

 若しうまく遠藤殺害することが出来たならば、彼はその瓶を、節穴から下へ落して置くことに決めました。そうすることによって、彼は二重の利益が得られます。一方では、若し発見されれば、重大な手掛りになる所のその瓶を、隠匿いんとくする世話がなくなること、他方では、死人の側に毒物の容器が落ちていれば、誰しも遠藤自殺したのだと考えるに相違ないこと、そして、その瓶が遠藤自身の品であるということは、いつか三郎と一緒に彼に惚気話を聞かされた男が、うまく証明して呉れるに違いないのです。尚お都合のよいのは、遠藤は毎晩、キチンと締りをして寝ることでした。入口は勿論、窓にも、中から金具で止めをしてあって、外部から絶対に這入れないことでした。

 さて其日、三郎は非常な忍耐力を以て、顔を見てさえ虫唾の走る遠藤と、長い間雑談を交えました。話の間に、屡々それとなく、殺意をほのめかして、相手を怖がらせてやりたいという、危険極る慾望が起って来るのを、彼はやっとのことで喰止めました。「近い内に、ちっとも証拠の残らない様な方法で、お前を殺してやるのだぞ、お前がそうして、女の様にベチャクチャ喋れるのも、もう長いことではないのだ。今の内、せいぜい喋り溜めて置くがいいよ」三郎は、相手の止めどもなく動く、大ぶりな脣を眺めながら、心の内でそんなことを繰返していました。この男が、間もなく、青ぶくれの死骸になって了うのかと思うと、彼はもう愉快で耐らないのです。

 そうして話し込んでいる内に、案の定遠藤便所に立って行きました。それはもう、夜の十時頃でもあったでしょうか、三郎は抜目なくあたりに気を配って、硝子窓の外なども十分検べた上、音のしない様に、しかし手早く押入れを開けて、行李の中から、例の薬瓶を探し出しました。いつか入れ場所をよく見て置いたので、探すのに骨は折れません。でも、流石に、胸がドキドキして、脇の下からは冷汗が流れました。実をいうと、彼の今度の計画の中うち、一番危険なのはこの毒薬を盗み出す仕事でした。どうしたこと遠藤が不意に帰って来るかも知れませんし、又誰かが隙見をして居ないとも限らぬのです。が、それについては、彼はこんな風に考えていました。若し見つかったら、或は見つからなくても、遠藤が薬瓶のなくなったことを発見したら――それはよく注意していればじき分ることです。殊に彼には天井の隙見という武器があるのですから――殺害を思い止まりさえすればいいのです。ただ毒薬を盗んだという丈では、大した罪にもなりませんからね。

 それは兎とも角かく、結局彼は、先ず誰にも見つからずに、うまうまと薬瓶を手に入れることが出来たのです。そこで、遠藤便所から帰って来ると間もなく、それとなく話を切上げて、彼は自分の部屋へ帰りました。そして、窓には隙間なくカーテンを引き、入口の戸には締りをして置いて机の前に坐ると、胸を躍らせながら、懐中から可愛らしい茶色の瓶を取り出して、さてつくづくと眺めるのでした。

MORPHINUM HYDROCHLORICUM(o.g.)

 多分遠藤が書いたのでしょう。小さいレッテルにはこんな文字が記してあります。彼は以前に薬物学の書物を読んで、莫児比※(「さんずい+(日/工)」、第4水準2-78-60)のことは多少知っていましたけれど、実物にお目にかかるのは今が始めてでした。多分それは鹽酸えんさん莫児比※(「さんずい+(日/工)」、第4水準2-78-60)というものなのでしょう。瓶を電燈の前に持って行ってすかして見ますと、小匙こさじに半分もあるかなしの、極く僅かの白い粉が、綺麗にキラリキラリと光っています。一体こんなもの人間死ぬのか知ら、と不思議に思われる程です。

 三郎は、無論、それをはかる様な精密な秤はかりを持っていないので、分量の点は遠藤言葉を信用して置く外はありませんでしたが、あの時の遠藤の態度口調は、酒に酔っていたとは云え決して出鱈目でたらめとは思われません。それにレッテル数字も、三郎の知っている致死量の、丁度二倍程なのですから、よもや間違いはありますまい。

 そこで、彼は瓶を机の上に置いて、側に、用意の砂糖清水せいすいを並べ、薬剤師の様な綿密さで、熱心に調合を始めるのでした。止宿人達はもう皆寝て了ったと見えて、あたりは森閑しんかんと静まり返っています。その中で、マッチの棒に浸した清水を、用意深く、一滴一滴と、瓶の中へ垂らしていますと、自分自身の呼吸が、悪魔のため息の様に、変に物凄く響くのです。それがまあ、どんなに三郎の変態的な嗜好を満足させたことでしょう。ともすれば、彼の目の前に浮んで来るのは、暗闇の洞窟の中で、沸々ふつふつと泡立ち煮える毒薬の鍋を見つめて、ニタリニタリと笑っている、あの古いにしえの物語の、恐ろしい妖婆の姿でした。

 併しながら、一方に於おいては、其頃から、これまで少しも予期しなかった、ある恐怖に似た感情が、彼の心の片隅に湧き出していました。そして時間のたつに随って、少しずつ少しずつ、それが拡がって来るのです。

MURDER CANNOT BE HID LONG, A MAN'S SON MAY, BUT AT THE LENGTH TRUTH WILL OUT.

 誰かの引用で覚えていた、あのシェークスピアの不気味な文句が、目もくらめく様な光を放って、彼の脳髄に焼きつくのです。この計画には、絶対破綻はたんがないと、かくまで信じながらも、刻々に増大して来る不安を、彼はどうすることも出来ないのでした。

 何の恨みもない一人の人間を、ただ殺人面白さに殺して了うとは、それが正気の沙汰か。お前は悪魔に魅入みいられたのか、お前は気が違ったのか。一体お前は、自分自身の心を空恐しくは思わないのか。

 長い間、夜の更けるのも知らないで、調合して了った毒薬の瓶を前にして、彼は物思いに耽っていました。一層この計画を思止おもいとどまることにしよう。幾度いくたびそう決心しかたか知れません。でも、結局は彼はどうしても、あの人殺しの魅力を断念する気にはなれないのでした。

 ところが、そうしてとつおいつ考えている内に、ハッと、ある致命的な事実が、彼の頭に閃ひらめきました。

「ウフフフ…………」

 突然三郎は、おかしくて堪たまらない様に、併し寝静ったあたりに気を兼ねながら、笑いだしたのです。

馬鹿野郎。お前は何とよく出来た道化役者だ! 大真面目でこんな計画を目論もくろむなんて。もうお前の麻痺まひした頭には、偶然と必然区別さえつかなくなったのか。あの遠藤の大きく開いた口が、一度例の節穴の真下にあったからといって、その次にも同じ様にそこにあるということが、どうして分るのだ。いや寧ろ、そんなことは先ずあり得ないではないか

 それは実に滑稽極る錯誤でした。彼のこの計画は、已にその出発点に於て、一大迷妄に陥っていたのです。併し、それにしても、彼はどうしてこんな分り切ったことを今迄いままで気附かずにいたのでしょう。実に不思議と云わねばなりません。恐らくこれは、さも利口りこうぶっている彼の頭脳に、非常な欠陥があった証拠ではありますいか。それは兎も角、彼はこの発見によって、一方では甚はなはだしく失望しましたけれど、同時に他の一方では、不思議な気安さを感じるのでした。

「お蔭で俺おれはもう、恐しい殺人罪を犯さなくても済むのだ。ヤレヤレ助かった」

 そうはいものの、その翌日からも、「屋根裏散歩」をするたびに、彼は未練らしく例の節穴を開けて、遠藤の動静を探ることを怠おこたりませんでした。それは一つは、毒薬を盗み出したこと遠藤が勘づきはしないかという心配からでもありましたけれど、併し又、どうかして此間このあいだの様に、彼の口が節穴の真下へ来ないかと、その偶然を待ちこがれていなかったとは云えません。現に彼は、いつの散歩」の場合にも、シャツポケットから彼かの毒薬を離したことはないのでした。

 ある夜のこと――それは三郎が「屋根裏散歩」を始めてからもう十日程もたっていました。十日の間も、少しも気附かれる事なしに、毎日何回となく、屋根裏を這い廻っていた彼の苦心は、一通ひととおりではありません。綿密なる注意、そんなありふれた言葉では、迚とても云い現せない様なものでした。――三郎は又しても遠藤の部屋の天井裏をうろついていました。そして、何かおみくじでも引く様な心持で、吉か凶か、今日こそは、ひょっとしたら吉ではないかな。どうか吉が出て呉れます様にと、神に念じさえしながら、例の節穴を開けて見るのでした。

 すると、ああ、彼の目がどうかしていたのではないでしょうか。いつか見た時と寸分違わない恰好で、そこに鼾をかいている遠藤の口が、丁度節穴の真下へ来ていたではありませんか。三郎は、何度も目を擦って見直し、又猿股さるまたの紐を抜いて、目測さえして見ましたが、もう間違いはありません。紐と穴と口とが、正まさしく一直線上にあるのです。彼は思わず叫声を上げそうになったのをやっと堪こらえました。遂にその時が来た喜びと、一方では云い知れぬ恐怖と、その二つが交錯した、一種異様の興奮の為に、彼は暗闇の中で、真青になって了いました。

 彼はポケットから毒薬の瓶を取り出すと、独ひとりでに震い出す手先を、じっとためながら、その栓を抜き、紐で見当をつけて置いて――おお、その時の何とも形容の出来ぬ心持!――ポトリポトリポトリ、と数滴。それがやっとでした。彼はすぐ様さま目を閉じて了ったのです。

「気がついたか、きっと気がついた。きっと気がついた。そして、今にも、おお、今にも、どんな大声で叫び出すことだろう」

 彼は若し両手があいていたら、耳をも塞ふさぎ度い程に思いました。

 ところが、彼のそれ程の気遣いにも拘かかわらず、下の遠藤はウンともスーとも云わないのです。毒薬が口の中へ落ちた所は確に見たのですから、それに間違いはありません。でも、この静けさはどうしたというのでしょう。三郎は恐る恐る目を開いて節穴を覗いて見ました。すると、遠藤は、口をムニャムニャさせ、両手で脣を擦る様な恰好をして、丁度それが終った所なのでしょう。又もやグーグーと寝入って了うのでした。案あんずるよりは産うむが易やすいとはよく云ったものです。寝惚ねぼけた遠藤は、恐ろしい毒薬を飲み込んだことを少しも気附かないのでした。

 三郎は、可哀相な被害者の顔を、身動きもしないで、食い入る様に見つめていました。それがどれ程長く感じられたか事実は二十分とたっていないのに、彼には二三時間もそうしていた様に思われたことです。するとその時、遠藤はフッと目を開きました。そして、半身を起して、さも不思議相に部屋の中を見廻しています。目まいでもするのか、首を振って見たり、目を擦って見たり、譫言うわごとの様な意味のないことをブツブツと呟いて見たり、色々狂気めいた仕草をして、それでも、やっと又枕につきましたが、今度は盛んに寝返りを打うつのです。

 やがて、寝返りの力が段々弱くなって行き、もう身動きをしなくなったかと思うと、その代りに、雷の様な鼾声かんせいが響き始めました。見ると、顔の色がまるで、酒にでも酔った様に、真赤になって、鼻の頭さきや額には、玉の汗が沸々とふき出しています。熟睡している彼の身内で、今、世にも恐ろしい生死の争闘が行われているのかも知れません。それを思うと身の毛がよだつ様です。

 さて暫くすると、さしも赤かった顔色が、徐々にさめて、紙の様に白くなったかと思うと、見る見る青藍色せいらんしょくに変って行きます。そして、いつの間にか鼾がやんで、どうやら、吸う息、吐く息の度数が減って来ました。……ふと胸の所が動かなくなったので、愈々最期かと思っていますと、暫くして、思い出した様に、又脣がビクビクして、鈍い呼吸が帰って来たりします。そんなことが二三度繰り返されて、それでおしまいでした。……もう彼は動かないのです。グッタリと枕をはずした顔に、我々の世界のとはまるで別な、一種のほほえみが浮んでいます。彼は遂に、所請いわゆる「仏」になって了ったのでしょう。

 息をつめ、手に汗を握って、その様子を見つめていた三郎は、始めてホッとため息をつきました。とうとう彼は殺人者になって了ったのです。それにしても、何という楽々とした死に方だったでしょう。彼の犠牲者は、叫声一つ立てるでなく、苦悶の表情さえ浮べないで、鼾をかきながら死んで行ったのです。

「ナアンダ。人殺しなんてこんなあっけないものか」

 三郎は何だかガッカリして了いました。想像世界では、もうこの上もない魅力であった殺人という事が、やって見れば、外ほかの日常茶飯事と、何の変りもないのでした。この鹽梅なら、まだ何人だって殺せるぞ。そんなことを考える一方では、併し、気抜けのした彼の心を、何ともえたいの知れぬ恐ろしさが、ジワジワと襲い始めていました。

 暗闇の屋根裏、縦横に交錯した怪物の様な棟木や梁、その下で、守宮やもりか何ぞの様に、天井裏に吸いついて、人間の死骸を見つめている自分の姿が、三郎は俄に気味悪くなって来ました。妙に首筋の所がゾクゾクして、ふと耳をすますと、どこかで、ゆっくりゆっくり自分の名を呼び続けている様な気さえします。思わず節穴から目を離して、暗闇の中を見廻しても、久しく明い所を覗いていたせいでしょう。目の前には、大きいのや小さいのや、黄色い環の様なものが、次々に現れては消えて行きます。じっと見ていますと、その環の背後から遠藤の異様に大きな脣が、ヒョイと出て来そうにも思われるのです。

 でも彼は、最初計画した事丈けは、先ず間違いなく実行しました。節穴から薬瓶――その中にはまだ数滴の毒液が残っていたのです――を抛り落すこと、その跡の穴を塞ぐこと、万一天井裏に何かの痕跡が残っていないか、懐中電燈を点じて調べること、そして、もうこれで手落ちがないと分ると、彼は大急ぎで棟木を伝い、自分の部屋へ引返しました。

「愈々これで済んだ」

 頭も身体からだも、妙に痺しびれて、何かしら物忘れでもしている様な、不安な気持を、強しいて引立てる様にして、彼は押入れの中で着物を着始めました。が、その時ふと気がついたのは、例の目測に使用した猿股の紐を、どうしたかという事です。ひょっとしたら、あすこへ忘れて来たのではあるまいか。そう思うと、彼は惶あわただしく腰の辺を探って見ました。どうも無いようです。彼は益々慌てて、身体中を調べました。すると、どうしてこんなことを忘れていたのでしょう。それはちゃんシャツポケットに入れてあったではありませんか。ヤレヤレよかったと、一安心して、ポケットの中から、その紐と、懐中電燈とを取出そうとしますと、ハッと驚いたことには、その中にまだ外の品物が這入っていたのです。……毒薬の瓶の小さなコルクの栓が這入っていたのです。

 彼は、さっき毒薬を垂らす時、あとで見失っては大変だと思って、その栓を態々わざわざポケットしまって置いたのですが、それを胴忘どうわすれして了って瓶丈け下へ落して来たものと見えます。小さなものですけれど、このままにして置いては、犯罪発覚のもとです。彼は恐れる心を励して、再び現場げんじょうへ取って返し、それを節穴から落して来ねばなりませんでした。

 その夜三郎が床についたのは――もうその頃は、用心の為に押入れで寝ることはやめていましたが――午前三時頃でした。それでも、興奮し切った彼は、なかなか寝つかれないのです。あんな、栓を落すのを忘れて来る程では、外にも何か手抜てぬかりがあったかも知れない。そう思うと、彼はもう気が気ではないのです。そこで、乱れた頭を強いて落ちつける様にして、其晩の行動を、順序を追って一つ一つ思出して行き、どっかに手抜りがなかったかと調べて見ました。が、少くとも彼の頭では、何事をも発見出来ないのです。彼の犯罪には、どう考えて見ても、寸分の手落ちもないのです。

 彼はそうして、とうとう夜の明けるまで考え続けていましたが、やがて、早起きの止宿人達が、洗面所へ通う為に廊下を歩く跫音が聞え出すと、つと立上って、いきなり外出の用意を始めるのでした。彼は遠藤の死骸が発見される時を恐れていたのです。その時、どんな態度をとったらいいのでしょう。ひょっとしたら、後になって疑われる様な、妙な挙動があっては大変です。そこで彼は、その間あいだ外出しているのが一番安全だと考えたのですが、併し、朝飯もたべないで外出するのは、一層変ではないでしょうか。「アア、そうだっけ、何をうっかりしているのだ」そこへ気がつくと、彼は又もや寝床の中へもぐり込むのでした。

 それから朝飯までの二時間ばかりを、三郎はどんなにビクビクして過したことでしょうか、幸にも、彼が大急ぎで食事をすませて、下宿屋を逃げ出すまでは、何事も起らないで済みました。そうして下宿を出ると、彼はどこという当てもなく、ただ時間を過す為に、町から町へとさ迷い歩くのでした。

2021-03-21

キモくて金のないオッサンってだいたい似たような顔をしている

なんて形容すれば適切なのかわからないけど、いかにもって顔をしている

かわいそう

2021-03-20

容姿イジリの根絶は見世物小屋の根絶と同じ

歴史を繰り返してるんだよな。

すでにどこかでインターネット言論人がいうてるとは思うけど。

容姿イジリを根絶するというのは、かつて見世物小屋を根絶したのと同じものを感じてしまうのだよな。


もちろん他者から望まないイジリを受けるのは反対だ。それは正しくハラスメントとしてやめてもらう必要がある。

しか自分から自分障害容姿、置かれた状況などを皮肉ったりイジったりすることを禁止するのも疑問だ。それは表現の自由侵害でもあり、芸を制約することで障害者の経済自立の糧・幅を狭めてしまいかねない。

他虐と自虐、すべての容姿イジリをこの世から消し去る。そのために後者犠牲になってもらう。そういう主張も一理あるだろうが、はいそうですかと後者はその主張を呑むだろうか。黙っちゃいないと思います

障害のある表現者たちによる「平成見世物小屋」が伝えたかたこと - エキサイトニュース

https://www.excite.co.jp/news/article/E1513323021722/

見世物小屋 - Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%8B%E4%B8%96%E7%89%A9%E5%B0%8F%E5%B1%8B



また別の視点では、以前にホームレス取材したブログ炎上した件がありましたが、ああいったようにホームレスのことを興味を持って知ろうとするが、リスペクト知識が足りないなどとまるで不敬罪断罪してしまうようだと、その様子をみた不特定多数第三者は「こわ。近づかんとこ」と腫れ物を触るかのようになってしまい、ホームレスについて興味を持って知ったり手を差し伸べたりすることから遠ざけてしまう。より断絶が深まってしまうという指摘もあった。

自虐表現規制することで、そういった興味や関心を持って障害を知る機会も減ってしまうことでしょう。「安易に触れてはいけないもの化」されてしまうわけですから


それに、外見イジリ表現規制が進むと「美男美女」といった形容すらポリコレ棒で殴られるようになり、役者アイドルという職業禁止され、最終的に行き着くのは全人類の外見の均質化でしょう。

anond:20210320034815

ジョブスはありものガラクタの山から

魅力的なものを生み出す天才からな。

iPodとか。

iMacとか。

すでにそこにある技術、そこにあるものを使っているのにも関わらず、

新しいと人に感じさせることにかけては天才しか形容のしようがない。

2021-03-18

今は女に対する「可愛い」が一種しかない

今は女に対する「可愛い」って一種しかないよね

平行二重涙袋ぷっくり童顔小顔細身華奢骨格ウェーブしか認められないって言われていたけれどその通り。

20世紀の頃だと一重細面美人豊満セクシー美人もありな空気だったけれど、今は二重童顔華奢以外は芸能人にはなれない感じ。

女に対する「可愛い」の評価軸が物凄く狭い。

AKBが出始めた辺りからか?モーニング娘。全盛期はもうちょっと多様だったような。

二次元でもエヴァ流行ってた辺りは目の大きさが全てじゃないって感じだったんだけど、今はでか目童顔潰れ顔至上主義だよなー。


そもそも昔は「可愛い」というのは幼い子供に使う形容であって、今と違い大人の女性に対しては「可愛い」が一般的な誉め言葉ではなかったように思う。

20世紀の頃は大人の女性を誉める時は「可愛い」ではなく、「美人」「美しい」「綺麗」だったと思う。

(『可愛いお婆ちゃん』みたいな用法もあったけれど、それもあくまで愛らしいとかの意味であって

今みたいに外見そのものを指した言い方のみではなかった)

何だろうなー、なんでこうも女性に対する評価軸が「可愛い」一辺倒になったのか…そしてその「可愛い」が外見のみを指した言葉になったのか…

人間女性に対する「可愛い」だけがおかしいんだよね、犬や猫や雑貨何かを形容する時は、必ずしも外見が整っていなくとも

愛嬌があるとか動きとか全体的な事で「可愛い」って言うのに

相手人間であっても男児やおじさんお爺さんが相手なら、そういう「可愛い」が使われるのに

年齢を問わず人間女性対象になった時だけ明らかにおかし


しかもこれ言ってるのが男だけじゃなく、女もそうだからなー

さも当たり前のように一つの評価軸でもって「可愛い女」とか言ってしまう。その事に疑問を抱かない。

フェミニストこそ、こういう傾向を批判すべきだと思うが多くのフェミニスト達はルッキズムには触れないか、触れるとしてもどこかズレている

かつてあった強い女メーカーみたいに「強そうな」女よりも、童顔華奢で「弱そうな」女の方が男から受けてその分権力握れるのに

その逆で「可愛い」は支配やすそうだからだ、とか言ってて何かズレてるし。

2021-03-13

anond:20210312104305

ぬいぐるみを見てかわいい、と男でも普通に感じる。

このときかわいいは、本能として子供を守るようにプログラムされていることの作用だと思う。

子供のように小さいもの子供の顔のように目が大きくてとかいう顔立ちのバランスのものを見ると、

子供を守るのだ、という本能の司令から、それをかわいい尊いもの→守らなければいけないものとして認識する。

 

対して女性に対してのかわいいは完全に性欲によるもの

 

このかわいいということの区別のついてなさは、言葉による区別がついていないということもあるし、

人間の頭の中の感情としての回路を利用するときに、脳が「性的かわいい」と「子供としてかわいい」を併用して使っている混乱によるのだろう。

 

苦い思い出、などと形容される表現があるが、そういった苦い思い出を思い出す時、人の脳は実際に苦味を感じる部分が活性化しているという研究結果がある。

このように脳は併用する。記憶の中の思い出と、味覚としての苦味は別のものなので別回路を構築しなければならないはずなのに、

脳は手を抜いて併用して同じ回路を使う。

 

このかわいい問題は、そのことと同じ。

性的子供のどちらも同じ回路を使うから混乱が起こる。

 

この区別をするためには、対象女性としてみているのか子供としてみているのか、という切り分けが必要になる。

まり女性としてみている対象かわいいと感じればそれは性的もので、

女性としてみていない対象に対するかわいい性的ものではないといえる。

しかし、この分け方は乱暴だし、納得もいきにく部分も多い。

しかし、このようにでも分けなければ論理的区別はつきにくいと思う。

 

しかし、論理的ではなく感覚的に、ということであれば個人感情として区別はつく。

俺の中では、小学生の高学年に対するかわいい性的ものだ。

まり反社会的感情なので口にすることはないが。

一方、幼稚園児に対するかわいい子供保護しなければならないという動物本能由来の子供に対するかわいいだ。

この感じ方は本当に、個人の心の中の感じ方なので、人それぞれだ。

2021-03-12

anond:20210312185549

監督不行届とか読んだ?

サキュバスに才能を吸われて会社経営不動産を強いられてる若い頃は世界に名を轟かせた伝説絵描き

という感じに形容したらNTRとも言えるわなw

2021-03-09

[] #92-6「サイボーグ彼女

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母の容態が回復してから間もなく、親族や仲間たちが見舞いに駆けつけた。

「マスダ、目が覚めたんだな!」

「あの活動の後、すぐに事故に遭ったって聞いて……」

「あの時、もっと引き止めてれば良かったって……」

「聞いたよ、身体の半分が今は機械になってるって」

「これからツラいだろうとは思うけど、生きててくれて本当に良かったよ」

みんなの悲喜こもごもな反応に対し、当人は意外にも落ち着いていた。

寝ていた頃の記憶がないから実感が湧かなかったのと、今の身体も不便ではなかったからだ。

技術革新の賜物というべきか、なんだったら生身の頃より快適とすらいえた。

だが、そう前向きに捉えてはみても、ふと頭をもたげてくる虚無感は否定できなかった。

この頃、母は自分身体をまさぐる癖があったという。

まり精巧に出来ていて、パッと見は依然そのままヒトの身体

機械の手足だが、しっかりと“触れている”感じがする。

だが、それは“触れている”という電気信号を変換し、擬似的に感覚再現しているだけ。

その小賢しさに、かえって苛立ちを覚えた。

触れている感じがする、そう感じている自分の手足が、人間のそれではないという現実

大事ものを失った時に「半身を失った」と形容することがあるが、母の場合文字通り失っていた。

その喪失感は計り知れないだろう。

それでも毅然としていられたのは、“これからやりたいこと”を既に決め込んでいたからだった。

自分は一生、この身体と付き合っていかなければならない。

だが、自分身体機械認識するたびに、この時の出来事を思い出し、暗い影を落とすだろう。

その度に打ちひしがれ、気にしないように振舞う日々なんて、想像するだけでも耐えられなかった。

過去を変えることも、忘れることもできないならば、せめて過去清算しなければならない。

母の無機質なボディは、怒りの炎で熱を帯びていた。


しばらく経った後、『ラボハテ』と『シックスティーン』の責任者が一同に介し、謝罪賠償などの話をつらつらと述べていた。

しきりに身体をまさぐりながら、母はこの話を“とんだ茶番だ”と思っていた。

医者らしき男(後に主治医だと判明)が言っていた推測と、概ね同じ内容だったからだ。

いずれにしろ、この権はプログラムミスAIバグとして片付けられる。

もし、わざと緩い識別認証を作っていたとしても、その証拠は『シックスティーン』が握っている。

主治医の男は、いつかそんなことを言っていた。

その証拠を暴き出す、なんてことをするつもりはなかったし、母もできるとは思っていない。

だが何らかの、“別の形”で、この報いを与えなければならない。

その思いは揺るがなかった。

「あの、ひとつ、お願いがあるんです」

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