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2019-03-21

歯が抜けた時の感覚が忘れられない

人間誰しも大人になる過程で乳歯から永久歯に生え変わる。

その、乳歯が抜ける感覚は何とも形容しがたい気持ち良さがある。

抜けたときの爽快感は他に変えられない。

時たま、もう一度歯を抜きたくなる強い衝動に駆られる。

しかし理性を取り戻して必死に踏みとどまる。

永久歯が抜けたらどんな影響が出るか、あれやこれやと考えて自分自分を説得する。

もしも明日が来ないなら、私は歯を抜きたい。

2019-03-16

なあ、童貞増えすぎじゃね?信じらんねえんだけど

俺50代だけど童貞社会人なんて周りの同年代に全く存在しなかったぞほんとに。

そりゃ周りから腫れ物扱いやヤバい奴扱いされてる「変な人(『変』だなんてヌル形容だけど、当時この評価コミュニティでの死を意味するくらい酷い表現だった)」はクラスにもサークルにも部活にも必ずいたけど、そんな奴らですら遅くとも大学卒業までのあいだに必ず全員彼女できてて童貞捨ててた。

童貞若さを暗に意味するだけの意味しかなくて、それ即ち恋愛弱者になるようなもんじゃなかったぞ。

彼女の家に転がり込んで半同棲」だとか「高嶺の花の可愛いの子デート」だとかは上記の『変な人』でも普通にできてることだった。

から、今の若い世代社会人になってもまだ童貞な連中がウジャウジャいることを知ってギョッとしてしまった。

独身がウジャウジャいることはわかるんだよ。今の若い世代ほんと貧乏してるし。今後もきっと貧乏だし。

でも彼女すらできないとかオマンコ見たことないっていうのは本当に信じられない。

もっと言うと「口説き方がわからない」、「トラブルが怖くて女性アプローチすらできない」なんて悩みを多くのわかい連中が抱いていることに唖然とするんだよ。

もしかして今の若い世代における『変な人』は異性関係を結ぶにあたっての権利すら剥奪されてんのか?周りの非『変な人』から糾弾を受けるとかで。

もしかして『変な人』は女性デートに誘うことすら許されてないのか?

もしそうだったとしたら俺はゾッとするね。

今の若い世代差別心の強さと酷さに。

2019-03-10

anond:20190310030651

自分紆余曲折あって偏見ないけど、偏見あった時代もあった。

人間は愛をヘテロ親と幼児自分というモデルから認識しはじめることになっている。

それだとふつうの「愛」が「性愛」を含みつつもっと大きいものであるということがなかなか理解できないので

「親がちんぽとまんこをべちょべちょにしたいやらしいセックスして自分を生んだのだ」という概念さえなかなか受け入れない。

親が自分を生んだ行為、あるいは性犯罪など合法でない行為への警戒を知るのと、

ほぼ同時期に、同性愛という概念も知ることになるので、

同性愛」もねちょねちょしたいやらしいものみえしまうんだろう。

(つまり、悪い方からさきに知ったら良いはずのものも悪いものと同一の箱に分類されてしまう。

人間の脳はそういうふうにしくまれていて、なかなか訂正がかなわない。

そういう意味でも性犯罪は罪深い。訂正できないことで苦しむ本人によって魂の殺人形容されることもあるほどだ。)

そして「同性愛」のなかにはそういうお行儀の悪い同性愛者(もっぱらねちょねちょしていたくて同性愛している)もいる。

もちろんヘテロにもそういう体をつかった愉悦スポーツ感覚セックスばかりして愛はそっちのけのタイプがいる。

人間社会参加とか愛への認識アセクシャルから始まるんで

そこから対極にあるゲーム感覚セックス教育の都合上忌避されてきた。

そうなれば両者の中間にある成熟した愛までも忌避されてしまう部分が今の時代まで残っていても多少ならばしょうがない。

愛の営みへの理解解像度を挙げていく人生けが人生だけでないのでアセクシャルで死んでもいいんだと周知されるまでは。

  

あなたたちが少子化でもプライバシーにくちばしはさまれたくないでしょ。

少子化からもっと腰を振れなどといわずほっとくんだから

私たちのこともほっといて、というしかないです。

2019-03-07

○○臭い←本当?

臭いはまだわかる。赤ん坊臭いはそうとしか表せない。

バタ臭いや青臭い食べ物についてならまだしも、人のふるまいについて用い始めると途端にあやしくなる。

臭い赤ん坊でない人への形容に用いるときは悪意が混ざる。生理的感覚批評に使うとき、人の心は卑しくなる。

ましてや胡散臭いとか、面倒臭いとか、辛気臭いとか、じゃあその「におい」を説明しろと言われたらどう答えるよ?

キトーに「くさい」って付けてバカにしたつもりになって満足してんじゃねーよ!

2019-03-04

嬉しい言葉を貰った。本当に優しい人だと思うし、同時に自分の内がグチャグチャに醜いことを実感する。あなたは私のことを優しい人だと形容するが、私があなたに対していくつものドロドロの欲求を抱えていることを知っても、それでもその手を話さないでいてくれるのか?無理だろう。やはり鍵をつけて墓まで持っていくしかない。

「誰でもいいけど私だけが 唯一のナイトでありますように」

歌の歌詞。美しく綴られた独占欲自分ダブるようになった。前はこんなことはなかったのに。こんな綺麗な言葉と一緒にするな。歳をとる事に汚い感情が出てくる。嫌になる。

2019-03-02

猫って抜き身で性的だよね

婀娜っぽいって形容がここまで似合う生き物いる???

傾国美女って猫みたいな女のことなんだろうな

2019-02-26

anond:20190226202435

だいたいそうだと思います

よく理解されていると思います

そうなのですがあえて癖のつよいところでいうと

英語イニシャルトークをするのが好きな風潮があります

日本語で言う 聞き間違いがおおいのではと危惧されるところはあえて違う言い書いたで回避するのです

本などでも古来からイニシャルだけ装飾しておおきく書いたりするような風潮があります

なので似たような単語 頭文字系統でわけてききまちがいをしないように言い回しを変えるというものがあります

マストもそれでおもに「マジで」という使い方をされます

すべき とか日本でよく言われるところでは ふだんづかいしないのです

これは映画や歌でも多くあるのでなじみがおおいかと思います

教科書でならったマストの使い方をしている人はまずいないと思うのがよいかもしれません

おなじように言い方として英語はいいたいことを前にもってきます

あなた のあとに形容のどのような をもってくるような話し方は英語的ではなくフランス語的で

黒人言及するならフランス系黒人のようなというニュアンスをすでに含みます

あなたは はなすべきだ 何々の というのが一般的英語のつくりなので

そこで日本的にはべきを強調したくなるのですが あなた はなす(はなせ)にするのが英語的には受け入れやすいです

あなた のあとに どうすべきかという意見をいれるのはやさしく友好的で

ハリーポッター映画の中でも友人を諭すときにつかわれている話法をみれば近いと感じると思います

そのやさしさがすでに嫌味であることもあります にているものとしては京都弁のようなものでしょうか

英語ではなすときは なにをすべきかを2から3とかあわせることはできないと考えて

あなた はなすべき それが なにより よい といった形式になることが多いです

きれいな すてきな を選ぶとき単語としてSかEで始まる言葉を選ぶのが一般的です

ありがとう うれしい おめでとう のような雰囲気で すてきな すばらしい すごい というものと似ています

Bで始まるものはあまり好意的ではない皮肉であることがうけとりやすいのでこの場合は適しているだろうと思います

あらまあおきれいな といった皮肉は そうしなさい という文脈にはあわないかと思います

黒人もたしかにご指摘のとおりですが 前に「お美しい英国人」とついているので名前だろうとは思います

美しいのBと英国のBで重ねると皮肉が効いていると思われますイングリッシュ英国のでも英語でも英国人でもなく

アメリカからみて東方の近い語圏または西のという意味になります

普段日本語を話しているのに「わかりやすくはなせ」というのに「日本」というスケールはでてこないと思います

なので北で海をこえたら日本語つうじないのか 南の海をこえたら といった風に北海道沖縄をいうなら

どう日本語表現するでしょうか

日本じゃないもんな」という比喩しか「同じ日本語をはなすちがう日本語地域」という表現を含めなくないですか

スティングイングリッシュマンとつけた歌がありましたが はるか東方西方からきた人という疎外感を

こめてエイリアンといっています

距離は大きく違います関東人が「北陸人は」というような言い方でしょう

なにより誤解をおそれず話しかけることは大事だとおもいますし それがどう伝わったかは各個人間でしかから

それは外野がどうだといったところで違うものは違うしわかるものはわかりあえると思います

次の機会に私たちがだれかとであったときに あたらしい価値観をためせる機会があればよいのではないかと思います

あとついでなのですが南部訛りの黒人方言はおそらく日本語の方はほぼ理解不能だとおもいます

黒人ラッパーなどの歌詞などで聞き取れる方がどれほどなのかと思います

日本できけるものは主に都会で聞かれるものだと思いますコンテンポラリーチャートにあるようなもの

とても独特だと思います

たとえば語尾にアンドユーやアーントユーとつけるのがエイントでもなく

「アーイー?」

といったようなもうなにかわからない語であったりしま

スラング略語合成語ではなく新造のなにかやリズムだけの単語だったりしてとてもわかりにくいです

2019-02-18

ほんとうは危ない「イイネ!ダンス

 

 

昨年ブームとなり、

老若男女が無邪気に模倣したであろうイイネダンス

 

言わずと知れたDA PAMPの大ヒット曲 USA

そのサビで踊られるダンスのフリのことだ。

 

あのダンスに込められているその危険意味を、

何人の日本人がそれに気付いているだろうか…。

 

おそらく何割の方はそれに気付いており、

その重ね合わされている意味理解しているが故にあえて、

このブームをバズらせる事に荷担してもいたのだろう。

 

そうは思っているのだが、

どのくらいの人数にそれが共有されているのだろうか。

そう不安にも思っている。

 

 

イイネダンス

 

 

イイネ!と形容するくらいだから、もちろん良い意味で受け止められているのだろう。表面上は。

 

その特徴的な右手の動きも、親指を立てるそのポーズも、

当然「Good!」を意味するジェスチャーから来ているのだろう。

 

しかし、

その曲に合わせシェイクする腕の振りに違和感を感じないだろうか?

 

その腕の角度と位置が高すぎるのだ(元ネタとされるshootダンスと比べても)。

 

 

 

その手の描く放物線は頂点を超え、背中側では下るほどなのだ

そしてまた、その仕草身体を画面に対し横を向いて行われるのだ。それはなに故だろう。

 

その立てた親指が描く軌跡が、親指がどこを通過しているか

 

その意味を少し考えたら、その違和感の答えが分かるのだはないだろうか。

 

 

親指を下に突き下ろす仕草は、相手否定意志を示す行為であり、

その親指を首の前で通過させる仕草は、死ね!殺すぞ!という意味である

 

そしてこの手の動きとセットとなっているのが、足で何かを踏みつけるような仕草でもある。

 

 

 C'mon, baby アメリカ

 

 

これはちょうどイイネダンスが踊られている時に歌われてる歌詞である

 

その意味は、愛しい人を招き寄せる時の呼びかけであると共に、

敵対する相手挑発する時に吐きかける言葉でもある。

 

この、密かに重ね合わされている意味を、どれだけの人が自覚的に使っているのだろう‥。

 

無論、これはそう解釈できる…という話であって、振付師意図を決めつけているものではない。

ただ、そんな解釈もしうるダンスを、あなた家族子供にこのまま踊らせていても良いとお思いでしょうか?

 

今なお気になって仕方がない。

 

いかがだろうか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついでに蛇足ながら…、

 

「ダサカッコイイ」とも評されたその意味が相反する評価

 

それは単なる外部評価としてあるのだけではなく、

曲そのものの中に、相反するままに、貫かれているような気もする。

 

まず、今上げたC'mon baby にあるように、戦後ずっと常に日本指導し先導し父親のようなポジションにあったアメリカを、あたかも目下の対象であるかのように呼びつける構図を描いている。

 

これは、昨今多少批判的に言及されるようにもなってきた「日本スゲー」勢を満足させる構図でもある。

アメリカ挑発し、見下し、かかってこい!と挑発しているのである

気持ちの上では。

 

その潜在的意味を、意識的にか、無意識的にか、人それぞれの割合で汲み取られていたことによって、この歌は、この時代に、必然的な条件を揃えて一大ブームとなっていたのだろう。

 

気持ちの上だけでは。

 

 

そう。潜在的な願望としては持っていても、直接面と向かって宣戦布告はできない。その度胸は無い。

 

から、正面向いて直接的に挑発ポーズは取れやしない。

横を向いてその意味を隠し、最初イイネのサムズアップを強調することで言い逃れをまず先に用意しているのだ。

 

その鬱屈した感情の発露が、ダサイ。

ダサイけれど、完全に服従している訳ではないという秘めたる信条がカッコイイのだ。

 

アメリカ欺瞞対象として賞讃しつつも否定する。

 

 

 ドリーム見方を inspired

 

 

それは、夢を見せて成長の原動力を与えたくれた…という意味ではあろうが、

叶うはずのない夢を追って身を持ち崩すよう動機付けられたとも取れる。

 

 

 サクセスの味方を organizer

 

 

成功道筋を付け導いてくれたというように解釈すべきではあろうが、

儲けに繋がる見込みのない者には一切目もくれられないとも取れなくもない。

 

 

 C'mon, baby アメリカ

 

 

英文の部分の意味は逆さに解釈するのだとすれば、この言葉はこうなる。「こっちに来ないでくれ」と。「アメリカよ、もう日本に関わってくれるな」と。

 

 

 どっちかの夜は昼間

 

 

栄枯盛衰弱肉強食繁栄の裏に影在り。

 

我々が、日本が、現状「夜」であることは、今、これまでが、アメリカが「昼間」であった事と必然的関係となっているのだ。

 

 

 

…と、

 

ここまでだけなら、アメリカ日本の構図で終わりである

しかし、こうも歌われている。

 

 

 競合してくジパング

 

 

より強くアメリカナイズされた沖縄は、日本本土に対して先行する存在だ!と、そこで育った若者としての自意識はあったりするのだろう。

しかし、そんな沖縄基地問題にもあるように、日本本土から負担一方的押し付けられて続けている存在でもある。

 

どっちかの夜は昼間…その沖縄「夜」を産み出している「昼間」とは、単純にアメリカとしてよいのであろうか、それともその標的は実は日本本土を指しているのであろうか。

 

アメリカ繁栄の裏で、日本国内の対立は煽られている。

 

それらをひっくるめて歌われている。

 

 

 C'mon, baby アメリカ

 

 

これをただ無邪気に歌い踊っていてよいのだろか?

 

その親指を地面に向けて突き立てているその矛先は、どちらを向いているのだろうか…。

 

 

 

 

 

2019-02-13

でんしゃのれない

こないだ、人生で初めて痴漢された。

下品表現があります、苦手な方はブラウザバックでお願いします。)

私は優良な受験生である

定期テストでは常にトップ10キープ。某旧帝国大学志望だが、模試ではA判定しかしたことがない。センター試験の結果も上々。マーチセンター利用で抑え、一般早慶上智を取りに行くつもりでいた。

……嘘である

センターパーセンテージゴミクズだったので旧帝は諦めた。某地方国立大学に志望先を変えたが、いかんせん不本意な変更のためちっとも二次試験へのモチベーションが上がらない。滑り止めの私立には落ちた。お先真っ暗な18歳女子高生である

前述の通りたいした脳味噌は持っていない。というか、受験勉強をあまり頑張ったとは言えない。はっきり言って容姿だってゲロ擬人化したようなものだと思う。おまけに太っている。女子高生というのは若くて元気なので、決して良い顔面を持ち合わせていない人でも雰囲気で可愛く見えるものなのだが、太っているとなると話は別である。おまけにプライドの高いオタクで、自分センスがあるのでみんなとはちょっと違うものを好きになるのだと言いながら、高尚ぶった漫画考察ツイートしたりする。たいした文章も書けないのに将来の夢は作家だ。どうしようもない人間だ。

こんな私だが、先日私大入試に向かう途中、連続で3回痴漢された。

1回目は電車内だった。カバンがやけにケツに当たると思ったら痴漢だった。30分間ずっと揉まれた。

2回目も電車内だった。挙動不審の男がいたのでクスリでもキメてるのかと思ったら痴漢だった。後ろならまだしも前を攻めてくるとは度胸がある。ずっときょろきょろしている様子は誰がどう見ても怪しかった。

3回目は駅構内だった。アンケートにご協力お願いしたいと言われたがその男バインダーファイルも持っていなかった。これはあやしいと思いつつ、しかし肩を掴まれしまったので恐怖で逃げられなかった。ずっと卑猥言葉をしゃべっていた。私は反応に困り笑ってごまかすだけだった。5秒だけ、と言ったかと思うと私を引き寄せ胸を揉んだ。意味がわからず硬直した。男はお礼を言って逃げて行った。

どれも私は声をあげたり逃げたりすることができなかった。

怖かったというより、そこには別の意識があった。

信じてくれなかったらどうしよう。

父は私のことを「一応女の子」と形容した。いつだったか学校休みがちになった時も「こんなに大きいお腹をこさえてるから動けないのか」とよくわからない暴言を吐いた。ナンパされカラオケに連れて行かされそうになった話も信じてくれなかった。「物好きがいるもんだ」と言った。

恐らく痴漢の場面を見ている人なんかいないだろう。彼らは巧妙に人から隠れる場所上記行為を行っていた。

もし私が痴漢冤罪をする人に仕立て上げられてしまったら?

こんな容姿自意識過剰とか思われたくない!

とはいえ、1回目の直後はしばらくショックで動けなかった。逃げ込んだトイレでぼーっとしながら、LINEを開いた。親友電話をかけ、なるべくユーモラスに出来事を話した。彼女は最寄駅まで迎えに行くと言ってくれた。道中詳しく話しながらも「なんかもうネタだけどね〜」とへらへらしていたのだが、それでも彼女は本気で心配してくれた。帰り際に私を抱きしめ、なんかあったら言うんだよ、と言い残して去った。感謝してもしきれないほど友達には恵まれている。来年から医大生の彼女は、最高の友人である

大人に言おうと決意したのは3回目の後である。道行く男性の顔が怖くて見れなくなり異常を感じた。一度最寄駅まで帰ってから一大決心をして学校に向かった。最終下校前になんとか滑り込み懇意にしている国語教師を呼んだ。彼の顔を見ると一気に気が抜けて安心できた。先生も私の話をちゃんと信じてくれて、頼りにしてくれてありがとうと言ってくれた。詳しい事は同性の先生の方がいいと女の先生を呼んでくれた。私のことを「面白い生徒」として扱っていた先生が、女性部分をちゃん尊重してくれたことが嬉しかった。先日アメリカ新婚旅行に行ったこ先生も、最高の教師である

さて3回痴漢にあった私は学習した。

まず、制服東京に出てはいけないのだ。

痴漢なんかする奴らは要するに女子高生ならどうでもいいのである。女の尻を触りたいだけなのである特に私のようななんかブスでポケーっとしてて騒がなそうな女の子は格好の餌食である

私は入試私服で行くことを決めた。

来たる2月7日法政大学試験日、私は小学生の頃から着ているおんぼろコートに身を包み、市ヶ谷キャンパスへ向かった。

行きは良かった。

女性専用車両というのは偉大なる発明である身体を包むフローラル香り、見渡す限り女性、さほどぎゅうぎゅう詰めではない車両痴漢で神経がぴりぴりしていた私にとって、安心できる空間

……問題は帰りである

夕方東武東上線下りの混み具合は絶妙である急行は座れないけど別にぎゅうぎゅうじゃないよ、程度。

ホームにはそれなりに人が並ぶ。

私は階段を登りきった途端硬直した。鼓動が早まるのを感じた。ひと、ひと、ひと、ひと……と思って動けなくなった。彼らが車両に吸い込まれても私は立ったままだった。階段を降りて、別のホームから出る普通列車に乗ることにした。それでも隣に男性が座っていると怖くて呼吸が早まった。ぶるぶる震える手でキーホルダーのぬいぐるみをもにゅもにゅした。途中でもーむりと思って電車を降りたりもした。それでも家には帰らなければならない。顔面蒼白で終点近くまで普通列車に揺られる私は異質だったと思う。ふらふらになりながら最寄駅に着くと、はあ、とため息をついた。

乗れないんだ、と思った。

もう、私は電車に乗れないんだ。

明後日試験だった。学習院大学の目白キャンパスへは池袋で乗り換えをしなければいけない。早めに家を出たつもりだったが、女性専用車両池袋駅に着くと、構内にはそれなりに人がいた。人の波をかき分けるうちになんだか気分が悪くなりスタバに寄った。店員のお姉さんの笑顔に元気をもらい、コーヒーを飲み干したのち山手線に乗車するため改札を通った。が、階段を登ってまた身体が強張るのを感じた。

ただ人が並んでいるだけなのに、怖い。ホームの柱に寄りかかっていると駅員さんに変な目を向けられたので、背筋を伸ばした。電車が入ってくると、中にたくさん人がいるのが見えて、また気持ちが悪くなった。人の出し入れを3回見て、電車に乗れないことを悟り、入場料を払って改札を抜けた。

1時間ほど池袋駅周辺を散歩した後、ゆっくりゆっくり普通列車に揺られて帰った。

流れて行く景色を眺めながら、私はどうなるんだろう、と思った。

親には受験をすっぽかしたことを言わなかった。

代わりに、痴漢にあったこと。それで電車に乗るのが怖いことを伝えてみた。母は笑った。

「そういう時期はあるわよね」

一瞬、意味理解しかねた。よくよく聞いてみると、母は思春期男性の目が気になってしょうがない、と電車に乗りながら思っていたそうだった。

「もう、好きな人以外嫌いだったから。男友達にそれ話したら、お前はそんな良い女じゃない、って言われたんだけどね」

間接的に自意識過剰だと言われているようにしか思えなかった。違う、あなたのそれとは全く違う、私はショックで一時的パニック障害のようになっていて、そもそも男性から目を向けられてるなんて思ってないし、身体勝手に、と必死反論を試みた。

けれど、上手く言葉にできなかった。

私大入試はまだ終わってない。国立二次だってある。

でも、私は当分、電車に乗れそうにない。

でんしゃのれない。

2019-02-11

最近筋トレしながらアニメ見るのにはまっててさ

たいていのアニメは座ってじっとしているには刺激が少ない気がするし、かといって作業しながらだと作業にも視聴にも集中できなかったんだよね。

仕事から帰ってきてアニメ見る精神的な余裕も時間的な余裕もなかったんだけど、腹筋・スクワット腕立てときどき踏み台昇降をやりながらアニメを見てる。

そしたら、ホント楽しいのよ。20分で1セットとして、調子がいいときは2セットやってみたりして。

もうパブロフの犬状態でさ、果たして筋トレ楽しいのかアニメ視聴が楽しのかわからいくら楽しい。もうウォーキングしても階段登っても楽しいってわけよ。

でさ、自分を観察しながら筋トレしてるとやっぱ女の子露骨可愛い(または、えちい)シーンを見ながらだとパフォーマンスが上がる気がするんだよね。少なくとも筋肉に負荷をかける苦痛は緩和されているきがする。これってすごいことだよな。もうアニメ無しじゃ筋トレできないし、筋トレなしじゃアニメ見れない。

唯一のデメリットは体動かしてバカになってるので、繊細でシリアスアニメは見れないということだけだね。だけれど、もともと仕事で疲れて難しいストーリーアニメなんて見れたもんじゃいから結局一緒だよね。

さて、最近見て筋トレに合うなと思ったアニメは...



これ筋トレ中に見てると楽しいよっていうアニメがあったら教えてくださいませ。

2019-01-31

ホワイトキャンバス摘発に寄せて

巷で話題となっているホワイトキャンバスですが、ほんの少しの間ですがバイトをしていて、その後も1サークルとして遠くからウォッチはしていたのでちょっと書きます

色々と調べていたらこの件についてまとめて投稿している捨て垢があって、ここまで書けるのはあの人くらいしかいないのではないかと勘ぐるところもとあるのですが大体書かれている通りだと思います

https://twitter.com/08yYCC4DHPbhTsZ

もう10年以上前になりますが、東方でいうと永新参とか最萌新参という言葉が生まれ東方が爆発的なブームになりだした頃、同人委託などのシステムもまだまだ発展途上の段階にありました。まだTwitterもなくサークル広報手段も限られ、ニコニコ動画スタートを切った頃の話です(余談ですが、後年ニコニコ動画から一気に人が流入した時期が東方としても最盛期だったと認識しています)。そこで、小規模な会社ながらも委託者に親身になってやりとりをしていたのが前取締役時代です。メロン虎などの大手では委託できなかったサークルさんの受け口として機能していたのもこの頃からです。

しかし、半ば追い出される形で取締役が変わってから会社は一変しました。特に報道では経営者となっているMさんですが、あの人は同人も客も金のなる樹のようにしか考えていませんでした。重役は原作プレイしたことも無く、原作に対するリスペクトは皆無なように思えました。当時は大空魔術Lunaクリアとか、実は東方ってやったことないんですよね(笑)とか、CD帯裏でもうやらないと書いてあったとかでかなり燃えましたが、ホワキャン重役の原作軽視に比べればまだ可愛い方です。明らかな同人ゴロは即売会の規模に比例して増えていったように思えますが、そんな言葉では形容しがたい、何かでした。ただ、一部の末端の人、具体的には店舗で直接接する人や、通販仕入れ担当者ファンのために少しでも頑張ろうとしていたように思えます。もちろん、待遇は良くありませんでしたが。

しかし、東方社会的ブームとなり即売会の規模も瞬く間に拡大することで卸すサークル商品を買う客も増える一方であり、委託品の扱いがどんなに杜撰だろうが、支払い周りに問題を抱えがちであろうが、商売には全く困らず、濡れ手で粟の状態だったのです。当時の倉庫通販の窓口だった新越谷建物も、増築に次ぐ増築を繰り返しました(建設会社とも後にトラブルになりました)。今では縮小していますが、秋葉原ビル複数階を借りていました。1度秋葉原ドリームとして取材を受けていましたが、そのときに発した「倍々ゲーム」という言葉は今でも覚えています。その一方で、社員アルバイトも持って数年、早ければ1年以内とまっとうな会社ではあり得ない程入れ替わりが激しい会社でした。イベントの度に担当が変わるのはサークルの方にもかなり迷惑をかけたと思います。なお、退社理由ほとんどは喧嘩別れでした。特に店長などそこそこの責任者についていた人についていた数人については店舗バックヤード名前記載されており、来店したとき通報するように、と警察のお世話になった今ではお笑い草となることもありました。

話題となっているグッズの中国での製造ルートを確定させ、本来であれば自社製品のものカバーサークルを経由して展開しはじめたのもこの頃です。しかし、そのような経営が延々と続くはずもなく、神主との確執が露呈してから凋落は周知の通りです。東方原作が卸してもらえず、ごく少部数をあきばお~経由で仕入れ、取り扱っている体を保っていたのは哀れとしかいいようがありませんでした。卸していないはずの即売会カタログを売っていたのも似たような経緯です。

結果として、あの騒動から今回の摘発までは7年以上の歳月がかかりました。これは裏事情を知らないが故に商品を買ってしまい、結果として買い支えることになってしまった人たちの存在が大きいと考えていますしかし、これはリテラシーの低さというよりも、そのような文化が浸透しすぎたことにより古くから同人界隈を知っていて色々と発信している人たちと、古くはニコニコ、少し後になっての音ゲーや各種コラボさらにはTwitterなどから興味を持ったライト層が交わらなくなったことが原因と考えています。このような背景の中、同人商業グレーゾーンを限りなく黒い方向で攻めていたのがホワイトキャンバスです。完全に広まっているとは言い難い似たような例としてはゲームセンターのUFOキャッチャーにおけるコピーグッズなどがあります。 

繰り返し言われていることですが、元来同人商業の間には売る方にも買う方にも暗黙の了解があり、多少おかしな人がときたま出るとは言え、自制や若干の自浄作用がありました。しかし、同人販路も完全に確定し即売会に行かずとも通販で大抵のものは揃い、さらには製本もせず最初からデジタル販売での同人なども増えてきた今日において、同人商業関係を改めて考え直す時期が訪れたのかもしれません。今回の摘発はその契機となるのではないかと考えつつ、しこりとして色々残っていたことをここで全て吐き出した上で次に進みたいと思います。ご拝読ありがとうございました。

追記:

本来卸されていないものを取り扱う方法は、関係者が個人的な客として少部数買って集めるというやり方をしていました。組織的に別会社から回してもらったということではないため、ご迷惑がかからないように補足しておきます。もちろん利益は0ですが、そこまでしてでも体面は保ちたかったのでしょう。

さら追記:

本件を喜んでいる人の中にもカバーサークル的な回避方法を取っている方が散見されるので、中々複雑な気分です。イベント主催側で弾ければいいのですが、元々即売会性善説に基づいたシステムで出来上がってきたという背景がある以上、担当者を挿げ替えてブラックリスト入りの人は表に出てこないなど、ちょっとした工夫を凝らせば企業がその実態を隠すのは容易であるため、主催者側で弾くというのは現実的には不可能です。まさに同人界隈の闇の一つといったところで、ホワキャン特に商標絡みでラインを思いっきり踏み越えたためお縄となったわけですが、これを機に検挙されるということも増えるのではないかと思っています権利保持者が黙認しているところに許諾について凸する人がいて、内心はともあれダメと言わざるを得なくそ同人界隈が丸ごと潰れるということもありますが、著作権商標権、販売元などについてある程度の理解と自制が万人に浸透しないと第二第三のホワキャンのような企業蔓延るということになるのでしょう(すでに多数存在しますが)。そうは言えども、目の前にある商品がどうやって作られたかとか、公式会社はどこであるとか、そのようなことを知っているのはごく一部であり、さらに調べるのにもかなりの労力を要するので、今後もこのようなやり口が消えることはないと思います。せめて近しい友人などには啓蒙して頂きたいものです。

秋葉原のものについての懐古は anond:20190201143035 に分けました。

最後追記:

東方権利に関する問題があった2011年以降か以前か、その中でも割とまともだった2009年前後か、トップが変わる前のいずれの時期からご存じかでかなり反応が違うなと感じています

当時お世話になっていた(むしろ迷惑をかけていた)方々の発言がちらほら見られたので最後に補足しておきます在庫返品の際にかなりもめたのは、ホワキャン側が送料をサークル側に押しつけたことと、売り上げ数と残数が全く合わないことが主な原因でした。ただし、前者については例えば虎でも今は500円を取っていますので、一概に問題とは言えないと思いますしかし、色々杜撰だったことによる相乗効果はあったのではないでしょうか。後者については色々な要因があり、例えば1)当時は明確な委託期間を定めていなかったので、完全に埋もれることで売れる見込みが全く無かった委託物も延々と保管しつづけ、結果として紛失や破損が起きやすくなった、2)繁忙期に経営者が連れてくる臨時アルバイト学生さんは全く作品に対するリスペクトがなく、誤送や破損が頻繁に起きていた、3)店舗における万引きなどが挙げられます。結果として、全数返品したはずなのになぜか倉庫にまだある、といった事象も起きていました。2009年前後はグッズの委託先としておそらく一番のシェアを誇っていましたが、同人誌やCDよりはるかに保管空間を使うグッズによる倉庫の圧迫も遠因としてあるかもしれません。

大手であるメロンや虎との違いは、もちろん規模の違いもありますが、スタッフの人数差です。ホワキャンはどんなに規模が拡大しても極々少人数であらゆる仕事を回すという方式で、終電まで勤務ということもざらにありました。その結果ミスも増え、サークルさんへのサポートも薄くなってしまったのだと思います。人が多ければ、許諾ややりとり周りはもう少しましになったのかもしれません。もちろん虎からzinが分離したり、アニメイト東方アニメ関係で若干揉めたりといったこともあったように、多かれ少なかれトップの思惑に振り回されるという業界ではあるのかなと考えています。何はともあれ片棒を担いでしまった身としては大変申し訳なく思うと共に、他の企業が同様の道を歩まないことを強く願います

2019-01-28

anond:20190128140443

違う

リアル」と形容つけるならより写実性があるか描写が細かいかしてないと

でもそうじゃなかった

2019-01-27

anond:20190127234609

事実を認めないやつがガキなのもまた事実だろ

事実反論する行為自体が間違いなんだよ、低能

あ、この低能ってのは悪口ではなく君を形容する事実の一つだから、怒んないでね?^^

ぼっちで初サークル参加した記録

当該ジャンル創作したことがなくTwitterの繋がりもない=ジャンル者に認知されてない完全なぼっち状態で、人生初のサークル参加した

二次創作小説一種。極薄のコピー本カップリングなし。無配なし。同作品サークル片手以下。知名度こそあれどXX年前に発表された作品。改めて整理するとなかなかの役満っぷり。

そんな感じのイベントレポート

ちなみに「結論:すげー楽しかった」なので恨み節を聞きたい人のご期待にはこたえられないよ。

2018年10月

とある出来事きっかけでサークル参加を決意する。それまでは本を作ることに興味はあってもサークル参加は眼中になかった。むしろやりたくなかった。

11月

申し込み完了。前述の通りの役満で申し込み時点から売れる気がしない。でもそのジャンル・題材が書きたいんだからしょうがない。

サークルカットは文字のみ。作品名と中心キャラと傾向(シリアス)と小説オンリーとだけ。この時点では同作品サークルが他に参加するとは思ってなかったので、オンリーワンもありえるなーと思ってた。

申し込んだ直後からジャンルわず本にしたいネタが浮かんで止まらなくなる。この現象って私だけか?

12月中旬

リアル事情が落ち着いたので原稿時間をゲットできるようになる……が、全く書かない。印刷所をちょっと調べた程度。なーにやってんだ???

1月上旬

オンデマンドを諦める。残された期間からして小説部分が10ページに及ぶかどうかも微妙だなと思い、内容の軌道修正。 表紙(自前デザイン)だけは完成。

本以外の必要物資ぽちる。ポスタースタンドとか。

イベント二日前

妥協を何重にも重ねて脱稿20時過ぎにキンコーズ(22時閉店)へ走る。これも間に合わなかったらセブンネットプリントになるところだった。

ほかほかのコピ本を片手にお品書き作成頒布一種でお品書きとは……て思ったけどピクシブ見たらお仲間がちらほらいたので安心した。

ちなみに、ピクシブに上げたお品書きには非公開ブクマひとつついた。心の励みになる。

イベント前日

東京へ。スカイツリーの展示(キングダムハーツ3大好評発売中よろしくね!!)を見て満喫した夜、上京してる家族の部屋で敷布にミシンをかける。その際ミシンの針を折る大ポカをやらかすもどうにか完成。

あとネットプリントA3の卓上ポスターを刷った。デザインは表紙の上に本文中の台詞とスペースナンバーサークル名を配置しただけ。あらすじすらない暴挙

イベント当日

出掛ける直前に値札(手書き)を作る。ポスターにあらすじを書いてないので値札に添えておいた。

一般入場50分前に会場到着。本一種A3ポスターしかないのですぐ設営完了。両隣も向かい側も頒布物いっぱいあるサークルですごかった(こなみかん

開場後12時近くまで足を止める人すらいなかった。左右はちょくちょく人が来たり友人と思わしき人とお喋りしたりで楽しそうだった。普通に羨ましかった。その間は持参したプロットノート次回作メモしたりスマホ漫画読んだりしてた。寒くなかったけどケツは痛かった。

これは全部持ち帰りも有り得るなーと思ってたら、颯爽と現れたお姉さんが一言「一部ください」と。迷う素振りもスペースナンバー確認する素振りもなくて(たぶん)、この人ブクマしてくれた人かなって思った……のはお姉さんがスペースを去った後。

まりに急で心の準備をする暇もなくて、立ち上がるのも忘れた上に真顔で対応した。ぴったりでお金を受け取って本を手渡して、やりとりは30秒もなかった。まじで一瞬だった。でも、とにかく一部減った。

その後頼んでおいた売り子(ちなみにその子サークル経験はない)が到着して買い物へ。別ホールにも足を運んだので少なくとも50分は席外してた。帰ってきたら、コインケースに100円玉が増えてる。三人買っていったとのこと。私の時より多いじゃねえか……。

「うろうろしてから買っていった人と、ポスターガン見してから買っていった人と、あと男の人が珍しいですねーって声かけて買ってくれたけど、いやあ売り子なんであんまりわかんないですって返事したよ」

はああああああ私が応対したかったあああああ。ていうか台詞だけのポスターでも効果あるものだ……と言えるのだろうか。

そういえば売り子札?を用意しなかったか執筆者勘違いされた可能性大。まあ作り手の顔なんてそんな覚えてないでしょ。

少し早い時間だけどそのまま撤収作業搬入も搬出も自力なので特に変わったことはせず。強いて言うなら片隣のサークル撤収済みだったので作業がしやすかった。その後は売り子に付き合って銀座化粧品買いに行った。ゲットした薄い本をつめたキャリーを引いて。

以上。

以下おまけの感想とか。

このレポートハイライトは、見てわかる通り、自分の手で自分が作った本を売った場面。スペースに端座していた時間に対して、本当に一瞬だった頒布。その時は思わず事務的対応したけど、あとからあとから実感がわいてきた。

自分が作ったものを求めてくれた人がこの世界存在してるって、なんて心地だろう。

嬉しいは嬉しい。が、わーい!ってバンザイする気分じゃなくて、思わずため息をついてしまうような、けれど感動とは全く異なる、なんとも形容し得ない感覚。ただひとつ「参加してよかった」とだけは明言できる。

それと、言ってなかったけど、今回の一番の目的は「サークル参加経験値を得ること」。個人サークルがやらなきゃいけないこと……スケジュール管理原稿作成、スペース設営、離席、撤収etc. これをどんな形であれ経験して次回に繋げようと、申し込み時から目的にしてた。

から、たとえ一冊も捌けなかったとしても、この本を次のイベント頒布しただろうし、すぐに次の原稿作成に移っただろう。落ち込むには違いないけど。

ちなみに、その次回参加予定のジャンル(今回とは異なる)は、マイナーではあるが、私自身がそれなりにジャンル者に認知されてて最低頒布数は読めている。こういう経験絶対できない。

2019-01-21

いま声をあげたら、何か変わりますか?

今朝、通勤中にこのニュースを読みました。

被害実態暴行脅迫調査へ 刑法改正受け法務省

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190121-00000003-asahi-soci

誰にも何も言ったことないですが、わたし小学2年生の下校中、大人男性から嫌なことをされたことがあります

まりよく覚えていませんが、男は、「ちょっと困ってることがあるんだ。」とかわたしに声をかけて、わたしを薄暗いアパート階段に連れて行き、下着から出した局部を触るように言いました。

何かおかしいかもしれない、と頭のどこかで思いながら、「でも、困ってると言っているし」と、わたしは男の言う通りにしました。数分経つと、男は「ありがとう」と言って、わたしを残してどこかに立ち去りました。そのあと、わたしは「あ、手を洗わないとな」と思ったことだけ覚えています不思議と、怖くはありませんでした。

そのときは、その行為が許されるべきでないことも、男が犯罪者だということも、分かるはずがなかったので、家に帰っても、親に何か言うことはありませんでした。なんとなく、言ってはならないことだとさえ思っていたかもしれません。数年経って、あれは異常なことだったと気がついてからも、「でも、よけいな心配をかけるだけだし」と思い、なるべく思い出さないようにしました。

あれから20年経って、わたしには1歳の娘がいます。夫にもこのことを言ったことはありません。心配をかけるだけだからです。でも、娘がもし同じような目に遭ったとき、ぜったいにだれかに言ってほしいと思いますだってわたしはあのことを、性犯罪関連のニューステレビ流れるたび、そのようなシーンが出てくる映画を観るたび、思い出します。すくなくとも月に二度は思い出します。20年経っても。怖かったわけではないです。直接的に傷つけられたわけでもないです。ふつう恋愛もできました。でも、黒くどんよりとした小さいしこりが、べったりと、いつまでもへばりついている気がします。人はこれを、尊厳を傷つけられたとか形容するかもしれません。あれを経験して、良いことなど一つもありませんでした。教訓もありません。

この文章を読んで、「いや、小学2年生なんて、それくらい断る分別あるでしょ」とか、些末な揚げ足取りをする人がいたら、それはとても悲しいことです。わたしには、なにも分かりませんでした。今だって、何をしたらいいかからないのに、あの頃のわたしが、何をできたのでしょうか。事実、そのような怒られ方をするかもしれない、という思いもまた、わたしの口をつぐませてきました。

何年も前にあった性被害を、今さら言ったところで、なにが変わるわけでもない。と、わたしは思い続けてきました。性犯罪について強く憤るさまを見せると、「つらい過去があったの?」とだれかに詮索され、あのことを誰かに言わなきゃいけなくなるかもしれないから、と、あまりそういう運動には、リアクションせずにいました。同じように思い続けている人も、おそらく大勢いるような気がします。でも、もしかしたら、何か変わることはありますか?当時のことを告発する、とかそういうわけではなく、未来の子どもが、同じ目に遭わないように、わたしには何かできますか。わたしがここにこの文章を書いたのは、もしかたらみなさんが、間接的にでも、声が無駄にならない方法を、知っているかもしれないと思ったからです。

2019-01-20

金髪ハイネケン豚野郎絶望女性の夢を見ない

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59443

まず、この文章論点がとっちらかっていて何が言いたいのかわかりにくい。

「大柄」は、そこに恐怖を感じたという表現が後に出てくるからかるとして、「40前後」「金髪」という形容必要か。

こうした特定の要素を持ち出すことにより、「40前後」「金髪」というクラスタ攻撃する意図を感じてしまう。

このように書くと、「40前後」「金髪」が問題であるかのような印象を受けてしまう。ITジャーナリスト金髪豚野郎を思い浮かべてしまい、頭から離れなくなってしまった。

ハイネケンを飲むような金髪豚野郎は許せない。筆者のそんな強い思いがビンビンに伝わってきた瓶ビールだけに。

ハイネケンを飲むようやつは最低である。男は黙ってバドワイザー? よほどハイネケンに恨みがあるらしい。

無駄クラスタ特定して恨みを飛ばすので、本編に入る前にうんざりしてしまった。もう「ハイネケンを飲んでる金髪豚野郎は最低だな」で終わらせても良いかと思ったくらいだ。

まあ、めげずに読みましたよ。しかし、終始主観的感情しか語っておらず、筆者自身もおっしゃる通り「それが何か?」としか思えなかった。

私ですらそう思ったのだから、この方が怒りをぶつけたい「女性をモノ扱いする男性」たちからすれば、「女に生まれたことを自己嫌悪しているのかな?お気の毒さま」くらいにしか思わんのではなかろうか。

少なくとも、何を怒っているのかわからないはずだ。そのくらい常識で考えろ? 空気を読んで察しろ? 無理でしょう。それができるくらいなら、彼らは最初から女性無礼などはたらかない。

もし、私が筆者の立場だとしたら、酔っぱらい中指で差されて「3番」と言われたら、「酔っぱらいウゼえ」と顔をしかめて終わりである

こんなに何日も何日も恨みがましく思い続けて、あまつさえ文章に起こしてハイネケン名誉を傷つけてまで記事にしたりはしない。

私が男だからからない? 他人から? そりゃそうだ。他人が何を感じたかなんてわかりゃしない。男だ女だというのは大して関係ない。他人気持ちはわからない。

もちろん金髪ハイネケン豚野郎にもわかるはずがない。ましてや、そいつ酔っ払いだ。自分自身言動さえも制御できていない。もしかしたら記憶にすら残っていないだろう。

これは、ハラスメントにも通じる。ハラスメント加害者は、その多くが自分行為ハラスメントだと理解していない。自然生活する中で、ハラスメントがにじみ出るのだ。

なぜなら、何をもってハラスメントなのかは、時代によっても違うし、環境によっても違う。それを受け取る人によっても違ってきてしまう。

例えば、私が生まれるずっと前の通勤電車は、女性が一人で乗ることはほとんどなく、もし乗車したなら100%痴漢に遭うことを覚悟しなくてはならなかったそうだ。

電車に乗った時点で周りの男がほとんど全て痴漢をしてきたらしい。それは、悪いことだと考えられておらず、一人で乗ってきた女性が悪いという感覚だったらしい。

私が若いころでも、未婚の女性に対して「行き遅れ」みたいなことが会話の中で普通に出て来たりしていた。女性の前で卑猥なことを言ったりね。

今だと「女子力がある」みたいな言い回し普通に使われているが、これもセクハラ発言と言われるようになってきている。(LGBT的にも問題がある。)

何が言いたいかというと、ハラスメントは、被害者が「嫌だ」と意思表示をしないと改善していかないのである

「察しろ」とか「空気嫁」とか「こんなに呪っているのに」とか、そんなもの通用しない。

怖くても気まずくても、泣き寝入りせずに意思表示していかなくてはならない。

もっとも、ハイネケン豚野郎は酔っていたようなので、言っても無駄だったかもしれないが。

そういう意味では泣き寝入りしたくなかったからこのエッセイを書いたのかもしれないが、こうやって感情的になって呪詛を吐き出すような文章は、読み手が素直に受け入れ難い。

ましてや、増田などではなく歴としたゲンダイ記事である。しっかりと要点を整理して、他人にも何が問題かわかるように論じるべきではなかろうか。

ぶっちゃけて言ってしまうと、「やはりフェミニストヒステリックで話しても無駄」と感じてしまった人もいるのではないか心配している。

世の男性の多くは話してわからないケダモノではない。

話せばわかるが女性が話してくれないかわからんのだ。

私たちエスパーではないから、他人の心の中は容易に理解できない。

ちなみに、私の元カノはMっ気があったので、「もっと乱暴にしてほしい」とか「縛ってほしい」とか「なじってほしい」とか、よくリクエストされていた。

そういう女性がいるのも確かで、そういう女性とばかり交際している男性がいたら、そりゃ女性に対する敬意が失われていくのも無理はない。

やはり、一人ひとりが嫌なものは嫌だと意思表示していくことが重要ではないかと思う。「言わなくても察しろ」は乱暴

2019-01-15

天道あかねさんちょっと可愛すぎやしませんか

周りがアレなせいで怒っていることも多いですが本来底抜けに優しい女性でありたまに見せるデレの破壊力には凄まじいものがあります

アニメではCV日高のり子さんということでさらにやばそうなスメルが漂ってきております

キャラクター類型としては現在見地からですとツンデレ幼馴染の類にカテゴライズされるのでしょうか

いちおう許嫁ですし事実としての幼馴染としては右京さんがいらっしゃいますけどもあくまキャラクター類型としての話です

またツンデレはいいつつも00年代を席巻したいわゆるツンデレとはやや開きがあるように思われまして、どちらかというと意地っ張りなどの形容が似合うようにも思われます

まあそのような分類は彼女の可愛さの前には意味をなしませんでしてまさしく天道あかねさんこそが大正義ヒロインでしょう

2019-01-11

お絵描きコンプレックス

匿名ダイアリー初心者なので、不備があったらごめんなさいと初めに言っておきます

私は小さなからお絵描きが大好きだった。筋金入りのオタクであり、家庭もオタクとして受け入れてくれたので、好き放題お絵描きしていた。私は発達障害なんだけど、星のカービィが大好きで、ずっとカービィカービィに出てくるアドレーヌリボンちゃんチュチュを描いてた。後に知ったが発達障害あるあるとのことでビックリした。

幼稚園小学校低学年あたり。私は誰かと遊ぶよりお絵描きを選んでいた。同じようにお絵描きを一緒にするクラスメイトがいたので、その子達と教室でひっそり、時には熱の篭った語り合いをしたりと、オタクながらそういう楽しみがあった。まぁオタクだとバカにされいじめられてたけど、それでも漫画が大好きで、お絵描きが好きだった。それだけで生きてた。ゲームして、お絵描きして、本読んで、漫画読んで、おやつ食って、寝てた。我ながら、マイペース過ぎると思うが、幼い頃の私にとってそれが当たり前だった。

お絵描きをしていて、20数年間、一度も褒められたことはない。これは誇張でも何でもなく、本当に誰からも褒められたこと、上手だね、と言われたことが、これっぽっちもない。親からも「あんたは絵の才能ないよ」と言われるほど、絵の才能というものは無かった。

褒められないのに描き続けるって、すごいと思う。幼い頃の私は自我が余り芽生えていなかったせいか他人賞賛に気を取られることがそこまで無かった。ていうか、褒められたことがなかったので、そういうもんだと思ってた。その頃の私は、とにかく、絵を描くことが大好きだった。お話を考えるのが好きだったので、将来は漫画家になるんだと勝手に決めていた。

私の同じクラスに、とても絵が上手い子がいた。

イラストオタク的なことを踏まえても、クラスから「上手いね」とワラワラ集まってくるほど、上手だった。その子と私はそんなに仲良くなかったけど、親同士が仲がよかったため自然距離が縮まっていった。そうなると、自然な流れでお絵描き仲間になる。

私はその子が好きだった。イラストも上手だし、性格大人びていて、何事もスマートに済ませるタイプだった。ドン臭くてオタクいじめられがちな私とは全く違う子だった。

大好きだった。けれど、ドン臭い私だけど、直接面と向かって比較されるのは、流石に堪えるものがあった。

悔しくて夜は泣いてた。私は私の絵が好きだったから。絵を描くのが好きだったから。好きでやってんのに、勝手にその世界に踏み込んできて「あなたの絵はあの子に比べてあんまり上手くないね」と値踏みしてくる。その無神経さに、私はだんだんコンプレックスというものを覚えるようになった。

傷付くだけでは癪なので、バカの一つ覚えみたいに描いていたスタイルを変えた。絵柄を研究したのだ。当時大流行りだったありなっちには絶大な影響を受けたし、他にも「こういう目の描き方はどうだろう」とか「もっと手や足のバランスを考えなくちゃ」とか、おバカなりにも頑張ったのだ。もがいたのだ。私の世界を踏みにじられないように。

私の努力は余り実らなかった。まず第一声が「絵柄が変わりすぎて、変だ」と言われたこと。その時は、その言葉が重すぎて、自分の絵柄ってなんだろう、ていうか褒めたこひとつもないくせに絵柄がどうとか今更なんなんだ、と思った。

一番心に残っていることは、まだ幼稚園とか保育園あがりの下級生に言われたこと。

の子供たちは件の絵の上手い子のイラストを見て「この人!すごい!じょうず!きれい!」とはしゃいでいた。その次に、私の絵を見て「この人の絵は好きじゃない」と、ハッキリと、何の悪意もなく、見ず知らずの私の絵に向かって、そう言ったのだ。私はそれをドアの向こうで聞いてしまったのだ。

あ、私、絵が下手なんだ。

ハッキリと理解出来たのは、多分、その時が初めてだったと思う。

同時に、やんわりとだけど「絵が下手ということは、他人不快感を与える」ということが心にずっしりのしかかってきた。

の子に対するコンプレックスは、結局消えることがなかった。拗らせまくった私はその子イラストをパクっちゃうようになった。上記バックボーンを読み解けばお分かり頂けるだろうと信じる。ただ教師からすれば、私は他人の絵やアイディアを盗む問題児だった。何度も注意された。他のクラスメイトたちの前で注意されたので、ビックリするくらいの速さで「記事主(私です)は絵が下手だからパクってる最低のやつだ」と情報が出回った。つまり子供ながらに、こいつはコンプレックスに溺れてる奴なんだ、ということが知れ渡ってしまったのだ。その通りなんだから、私は何も言わなかった。口数は減り、絵を描くことへのコンプレックスや、その子に対するコンプレックスはどんどん膨らんでいった。

話はトンと変わる。

私はそんな小学校生活が嫌すぎて、私立中学へ進学した。心機一転し、お絵描き仲間もいたので、アホみたいにずっとオタク話をしつつ絵を描いて手紙交換してた。相変わらず褒められることは特になかったけど、絵を描く楽しさは少し取り戻せた。

進路を決めるとき、なぜだか分からないけど、当たり前のように美大進学をする流れになった。オタクだし、いつも落書きしてるし、じゃあ美大でしょ?みたいなノリでみんな美大進学を決めていた。

私は、その"ノリ"に、ある種の嫌悪感を覚えた。

だって、誰からも褒められたことの無い人が、なんでその手の専門分野にノコノコと踏み込めるの?コンプレックスが心の底で燻っていたんだと思う。私は絵が下手だ。好きだけど、下手なんだ。いくら勉強しても、努力しても、ダメなもんは、ダメなんだ……。

「いつも絵かいてるなら任せてもいいよね?」と勝手に頼まれ文化祭の表紙絵。部活のチラシ。頑張って描いた。オタクっぽさを抑えたつもりで、なおかつ、見栄えするように色んなイラスト雑誌を参考にして、描いた。「オタクっぽくないやつってお願いしたんですけどね」「え?マジでこれ、人前に出すの?」どれもこれも、散々言われて、却下された。ねぇそれ、寝ないで描いたんだけど。下手なのは分かってる。でも、そんな一蹴されてもね、私は、どうしたらいいんだろうね。そんな言葉を言うくらいなら頼まないでよ。好きで下手なんじゃないんだよ。好きで描いてんの。何時間も構図考えて装飾も書き込んで細いペンガリガリ描いたの。わかんないよね、だってあなた達はジャッジする側の人だから。絵が下手だと、気持ち悪いと、判断を下すのは、至って簡単ことなんだ。

学生なんだから仕方ないよ、と、思った方もいるでしょう。子供だし言葉選びが出来ない面もあったと思うし、私自身好かれてるわけじゃなかったのかもしれない。

3年ほど前だろうか、私はあるジャンルにおいてとても活発に活動していた。

学生の頃の対人関係は断ち切って、趣味に打ち込んでいた。その一環で、少しだけだがイラストを描いていた。ほんの少しだし、やっぱり評価はなかった。でもそのジャンルで、初めて、褒められることがあった。初めてだった。そのおかげで私は一次創作が大好きになったし、今でも感謝している。だからイラストよりも他のことで満たされていた。とても幸せな日々だった。充実していたし、ここにいていいんだ、と思えた。

そのジャンルで、とても過激な人がいた。ビックリするほど過激だった。言いたい放題言いまくり形容し難いがともかく人格に異常があるんじゃないか?ということが多々あり、私は彼女と険悪であった。というか私が一方的に嫌っていた。その人は要するに絵描きで他のジャンルでも活躍している方だった。

私がその方を嫌っているということが知れ渡った途端、数人が「ブログ主は、絵が描けないからね」「絵が描けないからって、嫉妬丸出しで恥ずかしい」と言っている、ということを、人づてに耳にした。その悪口を言っている人達は、普段、私と懇意にしている人達だった。

サーっと血の気が引いて、ガラガラと積み重なっていたものが崩れていった。どうやって辿り着いたかからないが、病院に行き、過呼吸を起こし泣き崩れた。あまり覚えてないが、安定剤を投与され、しばらく横になっていたのはうっすら覚えている。

まだ言われるんだ。

いつまでもイラストが下手だって、描けない人間なんだってカテゴライズされるんだ。

気持ち悪いとか不快とか怒ったとか、そういうのは、あまりなかった。

カテゴライズされることは、子供からとかそういうわけじゃなくて、大人になっても、こびりついてくるものなんだ。イラストを描ける、描けない。上手い、下手。こんなことで、人間仕分けるんだ。ニコニコ笑って遊んでても、心のどこかで「こいつは絵が下手だから」こうやって思ってんだ。

ぶん殴られた気分だった。ゴルフクラブフルスイングされたくらい、衝撃だった。結論から言うと、絵が描けなくなった。絵だけじゃない。創作物全般が、だめになった。絵描きさんが、怖くなった。

たまに見かける、絵師絵師だけでしか交流しないという愚痴。私は愚痴すら出てこない。そういうもんだろ?ってもう決めつけてるから技術を持った者同士が仲良くなるのは当然のことだし。ただ上記のことで分かったのは絵師同士でも裏側ではバチバチ険悪な場合があるってこと。あと、私の子供の頃みたいにコンプリスペクトが混ざりあってごちゃごちゃになって結果絵柄やストーリーはてには日常生活までパクっちゃう人もいること。悪意があるにしろないにしろ、そういう人々も、結構いた。

なんで私が突然こんな自分語りを始めたかというと、おそらく5年振りくらいにペンタブに触ったからなんです。結論から言うと、楽しかった。ここ数ヶ月スケッチブックに絵を描いてたんだけど、やはりコンプレックスが強すぎて画像載せても消してしまってた。界隈にはイラスト激ウマ人間ゴロゴロいるし、比較されたくない一心だった。

余りデジタルは触ったことなく、ペンタブもホコリ被ってたけど、手探りでペンタブを弄ってたら、楽しかった。語彙力皆無で申し訳ないんだけど、楽しかったの。お腹も空かなかったくらい、熱中した。もちろん下手くそなので評価とかはない。でも楽しい自分なりに上手く出来たんじゃな〜い?みたいな自己肯定感が生まれた。

お絵描きへのコンプレックスは消えることないと思う。でも、やっぱり私はお絵描きが好きなんだ。誰から評価されないけど、私は私の絵が好きだ。下手だなって思うけど、自分なりに上手く描けたなってとき、それは宝物になるよ。ぜったいに。

2018-12-24

恋愛経験があるけど喪を名乗る女です

※ この私見はすべて、twitter上で喪女と名乗ることについてに限定したものです。


10日くらいに、新しいtwitterアカウントを作った。リア垢オタ垢美容アカ勉強アカ裏垢… いろんな種類と界隈を選べるtwitter世界で、わたしは新しいアカウントで、恋活界隈に片足を、そして喪女界隈に片足をつっこむことにした。


ウィキペディアで“喪女定義”という項目を見ると、4つの条件が明記されている。①交際経験が皆無 ②告白されたことが無い ③純潔である(処女) ④恋愛感情をもたれたことが無い

これと同時に、「誰が喪女を名乗ることを許されるのか」という論争も触れられている。

ここで論点となるのが、「ネ喪」の存在だ。ネ喪とは、上記つの条件を全て満たしていないが故に、本来喪女を名乗ることが出来ない女性たちだ。しかし、それにも関わらず喪女自称する場合にはネ喪だとカテゴライズされる。


この定義に沿えば、わたしはネ喪である

つの条件のうち満たしているのは「純潔(処女)である」というものだけで、彼氏過去ふたりいて、告白は片手ぶんの男性にされ、これらから予想するに恋愛感情を持たれていた。しかし、喪女自称している。

新しいアカウントを作るより前から喪女定義についての論争が絶えないことを知っていたので、bio欄には“セカンド喪女”と書いた。手前味噌だが、なかなか良いと思う。

わたしは9年前を最後彼氏がおらず、最後告白されたのが8年前で、それゆえ8年前から恋愛感情を抱かれたと確信したことはない。


わたしとしては正直、自分喪女だろうがネ喪だろうがセカンド喪女だろうがどうでもいい。酷く綺麗事のように聞こえるだろうが、わたしわたしからだ。

しかし、わたしのなかで渦巻く感情を、同じような感情を持つ人と共有したい。


わたしは、8年間男性に選ばれない人生を過ごしてきた。それが9年、10年…と続いていくであろうことも、ぼんやりと予感している。

そういうことの辛さだったり、鬱憤開き直りを共有できる女性かどうかは、“喪女定義”を満たしているか否かでは測ることができない。したがってわたしは、ツイート言葉とそこに現れる感情を読み取って、フォローをする。いいねをする。

自分のbioにセカンド喪女と書くのは、自分の状況を誰にでもある程度まで察させる言葉だと思うからであるしかし、ツイートでは自分形容するのに喪女という言葉を使う。セカンド喪女という言葉自作であり、また文字数観点から喪女という言葉を用いるのがいちばん便利だからだ。

いちツイートを切り取ってみれば、わたしがbioでセカンド喪女自称していることは意味をなさず、わたしは分かりやすいネ喪となる。わたしツイートは、そういった意図の有無に関わらず、冷やかしやマウンティングだと捉えられる。


それが、人を傷つけているのだという。

理解はできる。

しかし、ネ喪は常に一方的加害者なのか?


ある特定の条件を満たす人たちを名付けるという行為は、「わたしたち」と「あのひとたち」を明確にすることであるわたしは考えている。強い言葉を使うと、分断だ。

この行為には往々にして、「本当の〇〇とは何か」という論争がつきまとう。本当の日本人とは?本当のファンとは?本当の喪女とは?

「本当」を自称できる人々は、強い。揺るぎないアイデンティティと、言葉から香る正当性に支えられるからだ。自然と人々のあいだの団結も強まる。故に「本当」の人々は、さらに声高にその根拠を叫ぶことができる。

一方で、マージナル位置存在する人々はそうはいかない。意見感情を主張する前に、そのアイデンティティを確かにすることに注力しないといけないかである。「本当」の人々の揺るぎなさと相対的な弱さに、どうにもならない焦燥を覚えたり、傷つくこともある。


わたし個人的意見としては、そこで停滞していたくないのだ。ラベリングカテゴライズを飛び越えて、感情を共有したい。

そう考えている人は、少ないだろうか?


冷やかしやマウンティングのために、心にもない理解同意ポーズを取るのは論外である。心が貧しい。

しかし同時に、強者立場を利用して分断の線をはっきりと引くのも、同じくらい受け入れ難いことだ。


喪女自称する人々は、自分のことをある種の弱者だと自虐することや、恋愛経験がある人を強者とみなすことが多い。これは「本物」と「マージナル」の強者弱者関係とは全く逆で、それゆえにこの「強者」の構造が見えづらくなっている部分があるはずだ。


なんだかとりとめのない文章になってしまったが、わたしが感じているのは「ラベリングではなく、その考え方や抱いている感情相手と向き合うほうが心地いいのではないか?」という簡単なことだ。


新参者わたしが、長く続く論争に注ぐのは油でも水でもないはずである

これを読んでくださった方が、こういう考えの人もいるのだと知ってくれるのであれば嬉しく思う。

2018-12-23

熊本県の『土曜の番組』と言う番組がひどかった。

熊本県RKKと言うテレビ局の『土曜の番組』と言う番組を見た。

放映日は2018年12月23日

https://www.facebook.com/doyounobangumi/posts/1948818185194484

私が見たのはコスプレイヤー熊本市内に集結すると言うイベントに密着する回だった。

この番組インタビュアープレゼンターをしていた女子アナが、ひどい態度だなと思ってしまった。

誰か放送を見た人はいただろうか。

まず冒頭でこの女子アナが「コスプレに興味あるか」と別の人から聞かれ、眉間に皺を寄せ「ありません」といぶかしげな表情をして見せる。

この時点で、違和感を感じた。

その後がひどかった。

イベントに集まったコスプレイヤーに対してインタビューした時の事だ。

ある男性コスプレイヤーには「会社の人がコスプレしているのを見たらどう思うか」などと含みのある質問をしてた。

何人かのコスプレイヤーへのインタビューでは、露骨に「引いた」表情を続けていた。

特に質問を掘り下げるでもなく、コスプレイヤーの語りに対して「はぁ、そうですか…」の様な受け答え。

その様な態度や質問は全く必要ないのではないだろうか。

別のコスプレイヤーへのインタビューでは、「デビルメイクライの…」と言う説明コスプレイヤーに何度も繰り返させ、この女子アナは「デビルクライス…?」などと何度も間違えていた。

1度2度なら理解できなくても、仮にもインタビュー仕事として何度も聞けば覚えるのではなかろうか。

まるでコスプレイヤー達の言う事を理解するつもりがないとでも言外で表現したいかの様に。

見ている側としてどうしても悪意を感じざるを得なかった。

インタビューの後半では、コスプレイヤー以外の街行く人を指して「普通の人」と形容していた。

たまに、もう一人の番組プレゼンターである男性タレントフォローらしきものを入れていた。

万事がそんな調子からイベントの魅力もコスプレイヤーひとりひとりについてもあまりよくわからなかった。

それどころか、この見せ方ではまるで「コスプレと言う、普通ではない理解しがたい人達」というバイアス視聴者に与えようとしているかの様に見えてしまった。

私はコスプレについて詳しくも無ければ、特に好き嫌いがある訳でもない。

だが番組が終わる頃にはこの女子アナのやり方を、とても不愉快に感じてしまっていた。

このアナウンサー問題があるのか、それとも編集の切り取り方でこう見えたのか、もしくは世代なのか。

しかしたら熊本県コスプレイヤーが少なく、そもそも理解のある人が少ないのかも知れない。

実際にコスプレを好きではないと言う人はゼロではないだろう。

仮にそう思う人がいても、もちろん個人自由だ。

あるいはこの女子アナに対する私の見方・考え方が何かおかしいのか分からない。

(もし私の方がおかしければ大変申し訳ないし改めたい)

ただ…少なくとも、インタビュアープレゼンターとしては取材したイベント取材協力者すべてにリスペクトを持つべきだったと思う。

露骨怪訝な表情をしたり、イベントの魅力がまるで伝わらずむしろ棄損される様な見せ方は避けるべきではなかっただろうか。

どう思うか意見を貰えるとありがたい。

2018-12-20

anond:20181220221323

胎動だと思ったらただのうんちだった時の気持ち

汚辱や慚愧という形容をもってしても余りあるだろう

2018-12-12

男にもメンヘラという形容詞をあげたい

メンヘラっていうと女ばかり想像するじゃないすか

でも、ホッテントリの「自己肯定力をつけるために彼女欲しい」って、女風に言い換えると

わたし、誰かに愛されてないと自分価値がないって思っちゃうの...」になるじゃん

このタイプメンヘラ形容する人は多いのに、同じ内容を男が言うとメンヘラではなくただの「非モテ」になる罠

男にメンヘラって言葉をあまり使わないのは何故なんだぜ

2018-12-11

anond:20181211231158

キモオタなので何のぬいぐるみでもないハズ

気持ち悪いオブジェから女子の近所に近づくこともなくぬいぐるみという形容をされることもない

女さんたちからすると見たことのない気持ち悪い虫にペニスがある状態に見えてるんじゃないのかなと思ってる

川上量生さんから山本一郎さんに送付された答弁書

平成30年(ワ)第35755号 投稿記事削除義務不存在確認請求事件

原告 山本一郎

被告 川上量生他1名

答弁書

平成30年12月10日

東京地方裁判所民事33部合議2B係 御中

〒108-0073

東京都港区三田2-2-15 三田綱町デュープレックスR's 3階

法律事務所Steadiness(送達場所)

電話 03-6435-8073

FAX 03-6435-8075

被告川上量生訴訟代理人弁護士 唐澤貴洋

第1 請求趣旨に対する答弁

1 原告被告川上量生に対する請求却下する。

2 訴訟費用は、原告被告川上量生との間においては、原告負担とする。

との判決を求める。

第2 本案前の答弁

原告は、被告川上量生(以下「被告川上」という)に対し、請求趣旨第2項において、訴状別紙投稿記事目録記載の各投稿記事(以下「対象記事」という)についての削除義務がないことの確認を求めている。

しかしながら、被告川上は、甲第1号証を、訴外一般財団法人情報法制研究所宛てに送付したに過ぎず、原告宛てに送付したものではなく、法的に削除請求をしたものでもない。

甲第1号証は、被告川上に加え、被告川上以外の訴外林いづみ氏及び訴外福井健策氏に対する原告個人攻撃に対して異議を唱えること、そして、その個人攻撃容認しているのではないか疑義が持たれる訴外一般財団法人情報法制研究所及び原告に対して謝罪を求めること、さらに、被告川上を含む上記関係者に対する個人攻撃をやめることを求めたことを主たる内容としている。

被告川上原告に対して法的に削除請求を行うのであれば、内容としては、被告川上に関することのみを述べればいいのであり、目録を添付するなどして削除請求対象となる箇所を明示・特定することが一般的である。そして、文書の送付形式としては、訴訟における証拠提出を見据えて、内容証明郵便で送付することが一般的であるさらに、文書宛名は当然に原告となるべきものである

以上のとおり、甲第1号証は、文章の内容及び宛名を含む形式から原告被告川上らに対する攻撃について訴外一般財団法人情報法制研究所に対して単に抗議するものである

したがって、原告には、被告川上に対し、請求趣旨第2項の請求について、確認利益はないので、被告川上に対する請求却下されるべきである

なお、甲第1号証において「カドカワ株式会社 代表取締役社長」を肩書として被告川上の名の前に付しているが、甲第1号証は、被告川上において、被告カドカワ株式会社(以下「被告カドカワ」という)を代表して作成したものではない。事実、甲第1号証のはじまりは、「「インターネット上の海賊版対策に関する検討会議」(以下、「検討会議」といいます。)の委員をしております川上量生と申します。」となっており、被告カドカワ代表しての文書ではなく、被告川上個人作成文書であることを明記している。その後の文章においても、文書作成主体としての主語は、「私」を用いているのであって、被告カドカワ主語になってはいない。(「当社」あるいは「弊社」などの法人一人称を示す表現も、甲第1号証には全く記載されていない)。なお、甲第1号証において、「私が役員を務める会社」と形容されている会社は、純粋持株会社である被告カドカワではなく、事業会社である訴外株式会社ドワンゴのことであり、しかも、同社についても、主体ではなく、第三者として記載しているにすぎない。

以上

答弁書写真

http://ch.nicovideo.jp/kawango/blomaga/ar1708065

2018-12-04

子供が産まれ

私と同じ顔だった

妻の家族がみんな声を揃えて「お父さんと同じ顔ね」というが私も同感だ

相手方の方に似てるように見えるのかもね」と義母が言ったがそれは明らかに錯覚で、この子は私と同じ顔だ

妻に「君に良く似てるよ」とは言ってみたもののどこからどう見ても私と同じ顔

過去が映る鏡を覗き込んだかのような自分と同じ顔

我が子とはいえまりに似すぎた人間を見ると人は何とも形容しがたい不思議気持ちになるものである

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