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はてなキーワード: 形容とは

2020-05-28

私は臭い

朝、目やにのついた顔を擦る。黄色く、カピカピとした目やにが涙の形になってこびり付いている。私は顔を洗う元気がないから、手で擦って取ろうとする。すると数本の睫毛も共に抜け落ちて、老廃物の不愉快を感じる。目やにを指で拭うと、今度は鼻の角栓が気になってくる。ぽつぽつと、鼻の毛穴を押し広げ、硬い脂の塊が黒ずんだ角栓が。今度は頬一面を覆う、拡大したときにだけ見えるような、ニキビとはいえないほど小さなニキビの群が気になる。それらはそれぞれに新陳代謝を起こして、かさぶたのように、ビニールのような硬質になった皮膚として、私の指の邪魔をする。顔は満遍なく脂で覆われている。顔中からその温度の低い脂が、蝋のようにうっすらと浮き出ていて、臭う。甘いような、獣のような、そのような臭い最近は口も臭う。ふと気を抜いたときに、唾液で濡れた歯が空気乾燥したときに、臭う。特にマスクをしているときに、自分へ跳ね返ってくる息の臭さは形容し難い。私の寝巻きからはなぜか正露丸臭いがする。頭からは、頭皮の脂の臭いが。そして、脇からは酸っぱいような臭いが。性器を洗うと、恥垢の臭いが。なぜか、幻臭もする。煙草の幻臭。この家には誰も煙草を吸っている人がいないのに。

2020-05-26

anond:20200526123728

修士程度」なことは十分にわかっているのだけれど、その「修士程度」に執拗言及する人のことを、一般的学歴コンプ形容するのでは

2020-05-10

anond:20200510114312

結局そいつらは安倍政権を支持してるネトウヨなんでしょ。

批判を見たくないか同調圧力を使って政治主張そのものを封じ込めようとしてる。

もしくは本物の馬鹿か。

 

ゆるふわファシズム形容してる人がいたがまさにその通りだ。

2020-05-01

キモくて金のない男は三色チーズ牛丼を食べるだけで嘲笑される

イラストレーターがお遊びで描いた、「三色チーズ牛丼温玉付きを頼む陰キャラのイラスト」が、主になんJかい倫理観最低の見下すことが大好きな陰湿人権意識皆無集団(この形容については俺の私怨あり)によって広められた結果

陰キャラ=三色チーズ牛丼KKO=三色チーズ牛丼、こどおじ=三色チーズ牛丼無敵の人=三色チーズ牛丼という風潮が完成した

から三色チーズ牛丼食っていれば問答無用陰キャラKKKO(キモくて金がない上にこどおじ)扱いされる訳だ

イケメン金持ち、その両方兼ねてる奴らや、女であればきっと何食べても嘲笑されないだろうけど、俺や俺以外のKKKOは食っていれば写真に撮られ晒される様になった

誰が悪いんだ?頼んだやつがたまたまキモくて金が無いからか?それともそういう絵を描いたやつか?ネットリンチ大好き人権軽視ストーキング集団何でも実況J(この形容については俺の私怨あり)か?

中国に対する先進欧米の反応にとまどう

すでに8カ国が中国賠償請求、合計額は1京円超え!?中国GDPの7年分―仏メディア

https://www.recordchina.co.jp/b799450-s0-c10-d0135.html

2020年4月29日仏国放送局RFIは、新型コロナウイルス感染拡大をめぐり、現時点で少なくとも8カ国が訴訟を起こしていると報じた。

記事は、香港経済日報の29日付報道引用現在米国英国イタリアドイツエジプトインドナイジェリアオーストラリアの8カ国の政府民間機関が、新型コロナウイルス感染拡大を招き、自国に大きな被害をもたらしたとして、中国政府賠償を求める訴訟を起こしていると紹介。「外国による中国への賠償請求を『100国連合』と形容する人もいるが、あながち言い過ぎではないだろう」と伝えた。

日本国内有識者は新型コロナ被害中国のせいにしないよう必死に呼びかけている。

だけどイギリスドイツといった先進欧米諸国中国に対する訴訟を起こすとなると、いつも通りその先進性を見習って日本も参加した方がいいのかな。

あれだけ不正義に厳しい態度で臨む人道諸国がやることだから、間違いはないと信じたいけど...。

2020-04-30

anond:20200430204303

出羽守たちも、それ見たことか、とも言えないぐらいの対応状況と被害状況。

日本は終わりだ派も、なんと形容して良いかからない終わってなさ感。

2020-04-18

脇の下唐揚げ

高校生だった頃、ライブ遠征がてら夏休みに初めての一人旅をさせてもらった

北海道の初めて会う親戚の家にお邪魔した

俺とその家の息子の顔が似ててめちゃくちゃ盛り上がって、

昼はラーメン、晩ごはんを家でご馳走になった

ラーメンバターコーンがもりもり乗ってて普通にうまかった

でも夜のおかずが脇の下みたいなニオイの唐揚げだった

ザンギって言ってたけど俺がコンビニで前日買って食ったザンギとも違う異臭

脇の下のニオイとしか形容できない

鶏は多分ふつうの腿肉で衣になにかニオイの原因があった筈

その家の人は大皿から争うようにモリモリ食ってた

そういやうちは大皿文化じゃなかったからそれもカルチャーショックだったな

あの脇の下唐揚げは何なんだ?北海道増田おしえて

2020-04-10

ツイッター群体(思い込み駄文

絵が綺麗だなと思って何となく見ると、比喩もなく何にもかかってない平凡な心情の垂れ流しをみんなが褒めていた。

この感じどこかで、と思ったら十年以上前にもなる携帯小説ブームのノリに近いのかもしれないという感覚に到達した。

読者も読者で、かつてドスト批評に「感動しました!」とか頓珍漢な感想を書いていた層に比肩する連中だ。

多分彼らは本音批評なんてする気もなく、適当に褒めとけばいい程度で感想を書いているんだろう。

これはたしかコミックスが売れない。実際金を払ってまでは皆ほしいと思わないらしい。

建前の裏側がコミックの先細りに直結している。漫画という果実は熟して今まさに腐り落ちようとしている。

別段玄人受けすればよいのではなく、最先端なら最先端なりに尖ったものや、極まったもの必要だと思う。

それがまるでない。

好きでもない友人を戦略的に増やしつつ、有名無実になることを専一に考えるのだから完成度は二の次になるのも無理はない。

本題。

思えばツイッター代表する文化なんてあっただろうか。ウィヒッヒー?

思い出せるものがほぼなにもない。

ツイッターには流動的な群体があるのみで、2chニコニコ固形物の保守的世界とはかけ離れている。

あんなに血が濃い集団はいまやニコニコはてなくらいになってしまった。無論それがいいとも思わない。

けれども群体として「名無し」であるツイッターはかつて殷盛を誇った名無しの集団よりも名無しになってしまった。

それこそ集団流行病のようだ。ニコニコでバズれば歌い手デビューするのか、という思いが巡る。

はてなでバズれば面白いアプリケーション開発者が出てきたのかと想像を巡らせる。あるいは村の闘争か。

ツイッターにおいては芸人か何かが一時的に有名になったのか程度しか思い浮かばない。

このあいまいさの問題ツイッターという母体が様々な形容内包しているからだろう。

EU的な集合体ツイッターなのではないか。けしてアメリカ的とは言えない。

多くのアメリカ人はアメリカを誇りにし、とき嫌悪批判するが、ツイッター民に自国意識はおそらくない。

明日使えるメディアが登場すればあっさり裏切ってそちらに向かうだろう。

そこにはマスとクラスタがあるだけでつながりといえば共通話題ユーロ)だけだ。

時々カタルーニャイギリス独立宣言するが、それをやる人物はせいぜいは5chで叫ぶ程度だ。

大利益を享受できるツイッターを彼らは捨てることはできない。

一致団結できない群れが国家形成すれば、それこそEU中国のようなまとまりのない中身になる。

システムがそうなのだからやがてツイッターはほころぶのではないか

国家になぞらえるのは無理があるか。

まあ、駄文。頭の中の妄言をそのまま推敲しないとこうなる。

2020-04-09

[] #84-9「幸せ世界

≪ 前

「なんで俺が?」

「キミじゃなきゃ次元に直接干渉できないからだよ。厳密には“普遍的存在”じゃなきゃ、だけど」

さも当然のように、また固有名詞を出してきた。

いや確かに、この“普遍的存在”って言葉と、俺がそうらしいってのは以前も聞いたことはある。

生涯でそう何度も聞く言葉じゃないから覚えてないだけで。

「“普遍的存在”と言われてもピンとこないんだが」

次元の影響が極めて少ない存在のことだよ」

ガイド説明によると、この世に存在するものは、有形無形によらず流動的なものだという。

この世界でいうならば、生活教とその信者達が最たる例だろう。

世界が変われば人も変わる。

俺のいる世界ではマイナーで無害な新興宗教でも、ここでは一大カルト教団だ。

教義の内容も、信者達の性質も大きく異なる。

似て非なる存在実質的な別人だ。

しかし中には、そういった変化に乏しい存在もいて、それを“普遍的存在”というようだ。

「つまりマスダは、どの世界でもマスダってこと」

「それ嫌味か?」

“お前はどこまでいっても変わらない人間だ”って言われているみたいで癪なんだが。

別に他意はないよ。ボクだって普遍的存在から

「それは初耳だぞ」

何となく分かるだろ。だからタイムスリップも許されているわけで」

そもそもSFまがいの概念に馴染みがないんだから、分かるわけがない。

「だったら素人の俺より、お前がやった方がよくないか

あくまでボクは“未来世界普遍的存在”なんだ。時間軸が違う」

「あ~ん?」

理解に苦しむ返答に、思わずヤカラみたいな反応をしてしまう。

自分なりに咀嚼してみたが、要はXYグラフみたいなものだと思う。

ガイドは“蓋然性という横軸”は合っていても、“時間という縦軸”が合っていない。

その両方がより近いのが俺ってことなのだろう。

「いわば“波長が合う”ってやつさ」

この世界にいるはずの俺は粛清されているので、“波長が合う”といわれてもしっくりこないんだが。

「詳しく説明している暇はない。“彼ら”だっていつまでも待っててくれるわけじゃないんだ」

信者達は未だ痙攣しているが、いずれ回復するだろうし、増援がくる可能だってある。

何だか言い包められている気もするが、悠長なやり取りをしていられる状況じゃないのは確かだった。

「じゃあ、具体的なやり方を教えてくれ」

「まず、ボクが“入り口”を開こう」

ガイドは銃らしきものを取り出すと、次元の歪みに向かってレーザーを打ち出す。

レーザーは弧を描くと、空間にぽっかりと数十センチほどの“穴”を開けた。

「さあ、中にある“次元が裂かれた箇所”を掴んで」

不可思議な“穴”を、俺は恐る恐る覗き込んだ。

その中は形容しがたい光景が広がっていた。

何もないようで、無限に在るともいえるような景色

そこには俺の目では知覚しきれない、凄まじい情報量が詰まっていた。

カオスという言葉が、これほど適切な空間はないと思う。

だが目を凝らしてみると、一点だけ“糸”のようなもの存在感を放っているのが見える。

次元が裂かれた箇所”とは、あれのことだろうか。

「ぐっ!」

それを見た瞬間、俺の頭に衝撃が走った。

脳内ガンガンと、ハンマーで殴るような音が響きだす。

後で知ったが、俺の鼻や耳からは血が流れていたらしい。

「あ、あんまり見続けちゃダメだよ! 多次元情報は、肉眼で見るには刺激が強すぎる。脳に過負荷を与える」

それはもっと早く言うべきことじゃないか

しか文句を言う気力も湧いてこない。

穴の中に右手を突っ込む。

「掴んだら、引っ張って!」

朦朧とした意識の中、俺は言われるまま“それ”をガムシャラに引きずりだした。

次 ≫

2020-03-26

これ以上老人の夢にまきこまれるのは御免だ

アスリートの人には申し訳ないけれど、そもそも東京五輪招致段階からグダグダだったことは間違いない。

復興五輪」という欺瞞に満ちたスローガン

コンパクトで低コスト大会」という机上の空論

ずさんな計画による負担は、大規模展示会場を奪われた中小企業イベント事業者一般市民にすべて押し付けられた。

エンブレム問題新国立競技場ザハ案の破棄、誘致のための裏金問題など、開催に至るまでの不祥事枚挙に暇がない。

万に一つ、いまの東京オリンピック規模の大会を開催する意味があるとすれば、大会を口実に戦後70年老朽化した都市インフラを大幅刷新することだったのではないか

しかしそうはならなかった。大量の資金を投入して一気に都市更新するどころか、見通しの甘い「コンパクト計画」のせいで逐次投入でジャブジャブを資金を使いこみ、結果、得るものはなく予算けが大きく膨らむことに。

なにがレガシーだ。残るのは負の遺産だけではないか

そして今般のコロナ騒動によるダメ押し大会の1年延期である

望まぬ負担の中、苦慮しながらもこの1年さえ乗り切ればと踏ん張ってきた各種事業者たちは、どうすればいいというのか。

コロナウイルスに勝利した証としての完全な形での大会開催などと能天気なことを言っているが、1年後、この東京日本に訪れるのは多くの事業者市民経済基盤を破壊された暗黒時代だ。

森喜朗が「神は私と東京五輪にどれほどの試練を与えるのか」などと寝ぼけた事を言っていたが、東京五輪誘致から現在までの状況は「老人の夢が東京破壊した」と形容するしかない、バカげた出来事だ。

オカルト染みた表現をすれば、今起きている事は「天罰」に他ならないだろう。

いっそあの老人が新型コロナウイルス感染してくれれば、溜飲が下がるというもの

もう、なにもかも、無茶苦茶なんだよ。

2020-03-21

100日後に死ぬワニがここまで話題になった理由がわかりません

100日後に死ぬワニに肯定的感想を持った方に、何が響いたのか教えてほしいです。

私は、ちゆ12歳さんの記事も読みましたが、それでもここまで話題になった理由はわかりませんでした。

からない私は他人にはある感性教養が欠如しているのではないかと、不安になります

はっと私自身が○日後に死ぬことを考えて思いを巡らすなんてしていません。

私の初見20日~30日頃だったと思いますが、あああれから日が経ちもう100日目なんだなあっという間だななんて感じていません。

タイトルに100日後に死ぬってあって、その設定が大成功だとして、そのタイトルは信用に値するものなんでしょうか?

タイトルに全部を委ねて、それだけで胸に湧き上がるものなどあるんですか?

ところで、最近似たテーマ作品で、君が死ぬまであと100日っていう漫画があったんですよ。

他人寿命が100日以下になると寿命の日数が見える主人公がいて、

大切な人に死期が迫り、見え始めた寿命の日数が結局その後の行動によってコロコロ変わってしまうんですよ。

創作は読者/視聴者想像した展開を軽く裏切ります

作品の何もかもが想像通りだったら面白くもない(王道として肯定安心感として形容されることもある)ですが、

そこも変わるんかいってところも変わる話もあるじゃないですか。

私がこの作品理解できなかった理由は、主として2つあると思っています

・本作品のすべてを委ねたタイトルが信用できないことから内容ばっかり見てしまい、その内容が凡作(と私が感じた)4コマであった

・命に対する考え方が他人と違う

一応ここまで考えましたが、ここまで話題になった理由は本当にわかりません。

ちゆ12歳さんと概ね同じ何でしょうか?

2020-03-19

好きな英単語

ドンドンいくぞ!!

home(副詞)

中学ではじめて習って「home副詞なのでgo to homeじゃなくてgo homeなんです」とか言われたとき意味わからん殺すぞと思ったが今はわかる副詞のよさ 突き放されるような感覚がたまらない

I’m on my way homeみたいな文めちゃくちゃいいよね 副詞home本当にいいよ 最高

sorrow

sadnessはウンチ、griefは苔が生えてそうな語感でちょっと嫌(?)、それに比べてsorrowのかっこよさと言ったらない

しかコロケーションがcarryなんだよな 悲しみを運ぶんですよ カッコ良すぎる

cast

これはshadowとかと結びついてカッコ良さを発揮する 影を投げかけるっていうその発想が美しい

いつか小説を書くことがあったらシャドウキャスターみたいな名前の化け物を出したい 空を飛ぶメチャクチャ表面積がでかい生き物で、影を落とすことで何か悪さするの

solitude

lonelinessがネガティブな寂しさなsolitudeポジティブな寂しさ、みたいなのをなんかで読んだ いいよねポジティブな寂しさ

高校の帰りに山道に入ってその辺に座り、ああこれがソリチュード!みたいなことを思って悦に入ってた記憶アリ(キモすぎる)

fuck

概念としてこういうのがあるの純粋に羨ましい fucked upとかfuck aroundみたいな表現を見るたびにいいなあと思う 下品ニュアンスとか怒りのニュアンス簡単に出せるんですよ 日本語にもほしい 「クソ」が一番近いか

mortal

「死すべき定めの」って形容詞があるの本当にかっこいいんだよな 俺は吸血鬼が出てくるゲームでimmortalって単語の方を先に知ったんだけど、不死って簡単イメージできるというか、概念存在気づきやすいじゃん

死を持つものってまとめ方は案外灯台下暗しというか出てきづらいものな気がするんだよな だってそんなん不死のものなんてないんだから全部そうだし、わざわざ形容しなくたって…って感じがする でも神とかが思想ベースにあるからmortalなものって発想が出てくるんですね 本当にかっこいい

2020-03-11

ミステリという勿れ』を5巻まで読んだ。

 

なんだろ、形容に困る漫画

キャラが好きかというとまあまあ程度だし

ずっと話してる豆知識聞きたいかというとそんなことないし

少女漫画ライクなフックは確かに多いけどそれが長所ってほどじゃないし

けど、なんか読み続けちゃう

魅力がどこにあるのかぼやけているのに確かに面白い

というか、面白いんだと思う。こんなに先が読みたいってことは。

2020-03-06

半年前に兄が帰ってきて、また出ていく

半年前、兄が海外赴任から帰ってきた。

当方(弟)20代半ば、兄は30近い。首都圏住み故に、双方実家暮らし社会人

私が兄を形容するにあたって、何よりもまず「畏怖」のようなものが挙げられる。

幼少期の兄はガタイがいい(というか太り気味)であり、私は痩せ型であったため、年齢差も相まって力関係の差があった。何かしらあると怒られたりつねられたりし、長期休暇などで家にいるとおっかなくてしょうがなく、仕事に出ている母親電話で助けを求めた記憶が残っている。

兄は中学からは塾に通うようになった。進学校を目指すようなハイレベルな塾で、競争が激しいのか課題が多いのか兄の機嫌は更に悪くなった。当時の私は、塾に行くと性格が悪くなるのではと兄を見て思った。

兄は中学から高校にかけての反抗期も激しかった。親と盛大に喧嘩をしており、私はいつか兄が家族を手に掛けるのではないか不安になった。高校定期テスト受験あたりでは輪をかけて機嫌が悪くなった。中学生だった私は、中学時代の兄を見たために塾には入らず、テスト前でも呑気にゲームをやるような生活をしていた。一方で成績は中学時代の兄よりも良好であったため、いけ好かなかったと思う。

兄は大学生になった。活動が盛んな運動部に入り、土日は家をあけることが多くなった。接触が減ったが、部活の影響で体格が良くなったため、揉めた際の迫力が増した。一方で私は兄と同じ高校に入った。文理選択では、兄と異なる系統を選んだ。単純な興味の面が半分、兄との比較がしにくくなる面が半分であった。

私は兄と異なる大学に進学した。兄のいる部屋と別の部屋で友人とスカイプ通話をしていたら、うるさいとすごい剣幕で怒られた。今度やったらパソコンをへし折るとのこと。私は兄がいないときのみスカイプを使うようにした。

兄は就職し、婚約者が出来た。兄の婚約者と私達家族食事する機会があった。普段ぶっきらぼうな態度は何処にというような気さくな言動をする兄の姿があった。あれが家の外での兄なのだろう。私はなんだか胃が痛くなり、手元にあった酒を呷った。

そして兄は海外へ赴任した。兄との相部屋は、人が一人常時いないのもあり随分と静かになった。社会人になっていた私は、労働に追われながらも兄のいない生活に慣れていった。

他方で、兄の優しかたことや、兄の尊敬できるところももちろんある。

幼い頃に、揺れる車の中で即席の話をよく聞かせてくれたこと。私の高校受験ときに、応援意図シャープペンシルを贈ってくれたこと。自分センター試験おやつのついでとはいえ、私にアルフォートを買ってくれたこと。私の大学受験就活に助言してくれたこと。

兄は大学時代部活動の一方で学業も怠らず、皆が羨む企業就職した。努力を嫌った私には出来ないことであった。

そんな兄が半年前に帰ってきた。帰国の予定日が近づくのと一にして、疲弊した感覚が襲ってきたことは記憶に新しい。

冒頭に書いたが、私は兄を畏れている面がある。知人に、「何かに怯えている感じに自信がなさげ」と評されることがあるが、多分その影響であろう。親には、自分気質理由他人に見出すなと言われる。遅きに失している感はあるが、私も恐怖を抜きにして兄や自分自身に向き合うべきなのだろう。

兄はこの度家を出る。海外赴任ではない、夫婦としての新生活だ。私にとっての兄のいる生活は、完全に終わりを告げる。余程のことがない限り、寝食を共にすることはないだろう。これが最後だと考えると、兄にしたこと、されたことを思い出し、得も言われぬ寂しさが湧いてくる。我ながら調子がいいものだ。

2020-02-26

自分の今の気持ちについて、一言気持ちを言い表せない。

断っておくけど、もともとイラついたらイラついたって言えるし、憂鬱だったら憂欝って言えてたし、億劫だった億劫とことばにできていた。でも、今の気持ちについて上手く形容ができない。

  

事の発端は親族の集まりだったと思う。

その日は苦手な大叔父が参加するので不参加の予定だったけど、諸事情で出席しなくてはいけなくなり、大叔父対峙した。

この時はもう嫌で嫌でし方がなく、酌をしたり自慢を聞いたり(大叔父一家上げ、その他下げの比較話題)して、クソほどこの大叔父に消えてほしいと思っていた。大病を患ってくれ、とか、大けがしてくれ、とか、そういう事を考えて凌いでいた。間違いなくストレスだった。

  

反動のように、その後から憂鬱気持ちが続いていた。

友達に話を聞いてもらったり、同意を得れば回復するだろうと思って、事情を話して話を聞いてもらったりしたけれど、一向に回復しない。

  

回復しない、と書いたけれど、一週間経った今、少し気持ちに変化が出てきている。これがどういう感情なのかが説明できない。

叔父の事はわりとどうでもよくなってきていて、この後も存在を感知しなければいいや、くらいまでは思えるようになってきた。

  

不眠が続いている。

寝付けなくなり、眠りが浅くなった所為で寝付いても夜中に4-6回目が覚める。

じゃあ昼間眠いのかといわれると、そんなこともない。けれど、集中力が続かなくなり、深度も浅くなっているように感じている。仕事が進まない。

食欲に波がでてきた。

から菓子パン総菜パン・昼はパスタとなんか肉、夜は2人前みたいな日もあれば、今日みたいに朝食べず、昼も食べる気が起こらず、このままだと夜も食べない、みたいな日も。波は不定

  

調子ではないことは、仕事の進捗や内容を振り返ると自覚できている。

家にいても落ち着かず、あれこれと考えてやらなきゃいけないタスク漏れているのではとTodoリスト確認してやる事を整理しても、結局何もしない。

落ち着かない、と書いたけど、そわそわしているのとはちょっと違う。なんかもっと、ぐっと丸くてかたくて小さいものが胸の真ん中にある感じ。パチンコ玉みたいな小ささの、重い玉。

  

食欲が暴走しているときは、性欲も暴走気味だし、一方で今みたいなときは、いつも嬉しい恋人からの連絡になんの感動も抱けない。

  

こういう状況が嫌で、元通りになりたいんだけど、どこに根本の原因があって、今自分はどういう状況で、どうしたらいいかがわからない。

コロナウイルスは5ヶ月でおさまるらしい。オリンピック大丈夫

ヨハネの黙示録」によれば、コロナウイルスは5ヶ月でおさまるらしいです。

これならオリンピック大丈夫そう。

8:11この星の名は「苦よもぎ」と言い、水の三分の一が「苦よもぎ」のように苦くなった。水が苦くなったので、そのために多くの人が死んだ。

チェルノブイリとは「苦よもぎ」のことだったのはよく知られている。この苦よもぎの続きが第9章。

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9:1第五の御使が、ラッパを吹き鳴らした。するとわたしは、一つの星が天から地に落ちて来るのを見た。この星に、底知れぬ所の穴を開くかぎが与えられた。

12月ごろからベテルギウスが暗くなっている。第五の使いというのは、オリンピックのことだね。

9:3その煙の中から、いなごが地上に出てきたが、地のさそりが持っているような力が、彼らに与えられた。

アフリカ東部はいなごが沢山発生しています

9:4彼らは、地の草やすべての青草、またすべての木をそこなってはならないが、額に神の印がない人たちには害を加えてもよいと、言い渡された。

神を信じない人たちとは、中国日本を含めた東洋の人たちのことです。韓国コロナを広げた新興宗教キリスト教だけど、異端

9:5彼らは、人間を殺すことはしないで、五か月のあいだ苦しめることだけが許された。彼らの与える苦痛は、人がさそりにさされる時のような苦痛であった。

5ヶ月経てば、問題解決しますといっています

9:6その時には、人々は死を求めても与えられず、死にたいと願っても、死は逃げて行くのである

致死性が高くないコロナウイルスのことだ。

9:7

これらのいなごは、出陣の用意のととのえられた馬によく似ており、その頭には金の冠のようなものをつけ、その顔は人間の顔のようであり、

9:8

また、そのかみの毛は女のかみのようであり、その歯はししの歯のようであった。

9:9

また、鉄の胸当のような胸当をつけており、その羽の音は、馬に引かれて戦場に急ぐ多くの戦車の響きのようであった。

9:10

その上、さそりのような尾と針とを持っている。その尾には、五か月のあい人間をそこなう力がある。

このへんは、コロナウイルス形容か。五か月の間です。

9:11彼らは、底知れぬ所の使を王にいただいており、その名をヘブル語でアバドンと言い、ギリシヤ語ではアポルオンと言う。

アビガンコロナに効くと言われているけど。。

アポロって太陽神日本にも太陽神はいる。

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ちなみに、これはコロナウイルスの騒ぎの次に起こること。

9:12第一のわざわいは、過ぎ去った。見よ、この後、なお二つのわざわいが来る。

9:13第六の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、一つの声が、神のみまえにある金の祭壇の四つのから出て、

9:14ラッパを持っている第六の御使にこう呼びかけるのを、わたしは聞いた。「大ユウフラテ川のほとりにつながれている四人の御使を、解いてやれ」。

9:15すると、その時、その日、その月、その年に備えておかれた四人の御使が、人間の三分の一を殺すために、解き放たれた。

9:17そして、まぼろしの中で、それらの馬とそれに乗っている者たちとを見ると、乗っている者たちは、火の色と青玉色と硫黄の色の胸当をつけていた。そして、それらの馬の頭はししの頭のようであって、その口から火と煙と硫黄とが、出ていた。

9:18この三つの災害、すなわち、彼らの口から出て来る火と煙と硫黄とによって、人間の三分の一は殺されてしまった。

これは破局的な火山噴火人類3分の1が死ぬってことかも。

米国イエローストーンとか、破局噴火が近いともいわれていますこちらの方が怖そうです。

2020-02-22

バターチキンカレーを求めて

──人は皆、いつかカレー作りに熱中する日がやってくる。俺のCデイはまさに今日であると言えた。

これは秘伝のカレーレシピではなく、俺がバターチキンカレーと呼べるものを作るまでの物語である

カレーとは何だろうか。

カレーだけに一口に言うならばインド発で香辛料をふんだんに使ったスパイシー料理等とでも言っておけば良いだろうが、誰もがそれを思い浮かべた際、そのイメージは一様ではないだろう。

カレーとは料理であり、概念である

きっと誰もが心の内に思い思いのカレーを秘めている。

スパイスなのか、ルーなのか。肉か、魚か、それとも野菜か。

時にナンで食い、時にライス、また時にはチャパティパンヌードル、言い出したら際限が無い。付け合せや隠し味になんて言及すらしたくない。

台所になぞ録に立ったことのない男子大学生天啓の如くチャーハン作りに凝りだすように、俺は今カレーに拘りを持とうとしていた。

俺のカレーとは、バターチキンカレーであるインドカレー屋で食べるバターチキンカレーは何故あんなにうまいのか。なぜあんなにナンがでかいのか。なんでどの店でも小鉢サラダに同じようなドレッシングがかかっているのか。きっと俺はその真実を知ることなく死んでいくのだろうが、それでも家でそれなりのバターチキンカレー作ってみたいと、そう思ったのだ。

これが昭和時代なら、俺はインドカレー屋で十年修行どころか単身渡印の上カレーの秘奥を求めて七難八苦を味わう羽目になったかもしれないが、今は情報時代である検索したレシピ適当につなぎ合わせて家と近隣のスーパーでどうにかなりそうな材料を見繕う。拘りとは時に労力をかけないことであると俺は都合よく解釈した。

具材スタンダードもので、スパイスといった雑多なものを除けばタマネギニンニクショウガホールトマト缶くらいのものである。あと鶏肉を事前にヨーグルトに浸けて置くといいらしいので、そうした。

理性的な量のバターを鍋に敷いたあと、タマネギとすりおろしショウガニンニク精神的に満足するまで炒めた後カレー粉を入れて更に炒め、缶のホールトマトを入れる。

本来であれば投入する量等も一考すべきだが、缶詰ってなんか半端に残すのが嫌なので全部入れてしまう。翌日以降の料理に引っ張られるのが自炊の嫌なところである

溶岩みたいになってきたところで鶏肉を入れさらに煮る。浸けていたヨーグルトも一緒に入り急に店のカレーみたいな色になる、感動の瞬間だ。ひとまず味を見てみる。

トマトである

トマトが、強すぎる。

あのカレー粉が完全に力負けしていた。トマト味のカレーカレー味のトマトかで言うならば、トマト味のトマトである

一人で食べる程度の量のカレートマト一缶は多すぎたらしく、俺の眼前にはホールトマトの壁が立ちはだかったのだ。つまり、ウォールトマトだ。

しかし、勝負はまだ終わっていない、むしろここからが本番なのだ

カレー粉を少し足し、レシピ生クリーム拡大解釈牛乳を足していく。きっと店ではちょっと引くほどのバター生クリームを入れているのだろうな。

カレーの色合いが変わった頃合いで再び味見をするとトマトの向こう側に僅かだがカレー健康的な浅黒い肌が垣間見えた。

なんだ、待っていてくれたのか。

カレーは俺を裏切らない。俺もカレーを裏切ってはならない。

牛乳を足し、カレーを啜る。牛乳を足し、カレーを啜る。そのたびに遠くで手を振るネパール店員が近づき、その笑顔が鮮明になっていくかのようだった。俺が脳内店員握手を交わした頃、現実ではカレーが完成していた。

もちろん、プロの作るカレーと比べるべくもない、やや一人前の量を逸脱したバターチキンが入ったカレーとでも形容すべきそれは、しかし俺にとっては紛れもなくバターチキンカレーと呼べるものだった。

途中我慢できず何度も味見をしたが、その度にうますぎて思わず笑ってしまった。

冷凍ナントースターで焼き、カレー通販で買ったカレー屋でカレーが入ってるあの金属器に入れる。なんならラッシーも作ってみればよかったと後悔した。

仰々しく食レポをする暇もなく、俺のバターチキンカレーはあっけなく胃袋に消えていった。後に残るのは汚れたキッチンと皿くらいなものであるが、それでも俺は満足感に包まれていた。消去法で厳選された材料を目分量で適当に入れたカレーは、決して店のカレー代替にはならないものだ。

それでも。

それでも、カレーを作ってみてよかった。

月並感想ではあるが、自分でやってみることで、それをとりまく楽しさ、苦労といった感情が実感できるものである

またいつか俺はカレーを作るだろう。

それはビーフカレーかもしれないし、フィッシュヘッドカレーに挑戦するかもしれない。

しかし、カレーを作るたび、俺は初めて心からカレーに対面した今日のことを思い出すのだ。

いつかバターチキンカレーを作ったとしても、きっと今日のこの味を再現するそとはできないだろう。

から、俺の体内に吸収されゆくバターチキンカレーにこの文を捧げる。

2020-02-20

コロナ戦線

その作戦はやや奇妙に思えた。

このウイルスは伝染力が非常に強い。しかも無症候のウイルスキャリアが多くいるらしい。感染予防策を徹底的に行っても、いずれはその網をかいくぐるウイルスが出てくることは自明であるように思われた。しかし、中国経済活動を捨ててまで、まさに国力を挙げて感染対策を行っている。大都市の封鎖、大病院の緊急建造など前代未聞であるいくら全体主義国家といえどやりすぎではないだろうか。

感染対策には少なくないコストがかかる。感染対策自体にかかるコストが、感染をしなかった時に発生する治療費社会的損失を上回る時に感染対策有効となる。

感染症に対する戦略(この際は特に隔離予防策について)は簡単に言うとこうだ。

・致死率の非常に高いもの流行した時の影響が大きいので徹底的に隔離する(エボラなど)

感染力の非常に高いものは抑え込む為のコストが大きい、またそもそも現実的不可能であるため、隔離予防策の有用性は相対的に低くなる(麻疹風疹、水痘など)

今回のコロナウイルスはどうだろうか。

・致死率については高い方ではあるが、高齢者でなければMERSSARS比較すると高くない。専門家もむしろパニックにならないように繰り返し伝えている。

感染力については非常に高い。インフルエンザ以上との予測もある。

仮に中国国内流行を止めることができても、そのうちウイルス海外を経由して逆輸入される可能性が高い。西側諸国中国のような徹底した策を講じるのは不可能からだ。であれば、国内必死に食い止めるために費やしたコスト無駄になってしまわないだろうか。極論を言えば全ての人がこのウイルスにかかれば流行は終わるのだから、なるべく犠牲を少なくコストを少なく抑えて全員にかからせるのが取るべき戦略のようにも見える。

しかに、隔離予防策は完全に封じ込めできなかったとしても、データを集めて治療法を練るための時間稼ぎをする意味はある。が、それでもコストに見合ったベネフィットが得られるように思えない。臨床試験から薬を大量生産できるようにするまでの確かな見通しが見えない中、時間稼ぎのための感染対策コストをかけ続けるチキンレースはあまりいい賭けとは思えない。また、コロナウイルスインフルエンザのように少しずつ形を変えて毎年大流行する事はない。一度かかって治れば免疫ができてしばらくかからないはずだ。世界規模の流行が起こるのはこれが最初最後だろう。その意味でも治療法の開発に莫大なコストをかけるのは分のよくない賭けではないだろうか。なんだったら季節が変わって自然収束する可能性もある。

しかし、中国は何も戦略がなくただ目の前の壁にがむしゃらにぶつかっていっているわけではない。

これを一国内問題としてみると戦略を誤る。

おそらく中国もこのウイルスを完全に封じ込められるとは思っていない。

中国の真の目的は、ウイルス人類との戦いで中国世界に貢献を示す事である

これは中国世界でのプレゼンスを高めるための戦いなのだ

中国自身がこれは戦争だと形容した。軍隊を動員して対策にあたらせているニュース冷笑して見ていた人もいるかもしれない。だがこの時まさに、中国が先陣を切り、それぞれの国が国力を挙げて戦うべきものとして世界戦場に引き入れたのだ。この戦場ではウイルスへの有効対策を講じた者が勝者であり、ウイルス蔓延させた者が敗者となる。また派手な施策を打てば戦果アピールやすい。

中国は初手を誤り、武漢での対策が後手に回り、世界から批判を受ける立場だった。しかし、感染力が高いこのウイルスであればいずれは世界蔓延することが容易に想像できる。それを見越して、全世界感染対策という名のコストをかけさせるチキンレースに参加させれば中国が圧倒的に有利となる。全体主義自由主義危機管理能力比べに持ち込んだとも言える。ある程度自国内を感染制御したところで我慢して、他の国でアウトブレイクが頻発すれば敗者は逃れられる。むしろ最初データが集まることをアドバンテージとし、各国に有効対策を広めることができれば世界的なプレゼンスを高めることまで期待できる。

すでに中国は一人負けの状況から脱しつつある。

この戦争が続く限り中国有利の状況は簡単には揺るがず、アドバンテージは増える一方となる。

季節の変化でウイルス自然収束してくれば戦局は変わるが果たしてどうなるか。

さよなら王子様〜高遠丞くんの退団と新たな門出に寄せて〜

高遠丞くんのGOD座退団の報せを受けたとき、頭が真っ白になった。月並み表現ではあるけれど。走馬灯さえ見えた気がする。

あたしを心配してひっきりなしに鳴るLIMEの通知音がどこか遠くに聞こえた。

 

高遠丞くんをご存知だろうか。

 

といっても、ちょっと観劇趣味の人にはきっと常識で、でもそうでない人間はすこしもピンとこないのだろうなと思う。

なんでもいいからとにかくあたしの知ってる高遠丞くんの話をさせてくれ。

最後まで読んでもなんのオチもなければまとまりもないしあたしはずっと泣いていますが、最初に言っておくとこれはちゃんとしあわせな話。結論として、高遠丞くん、大好きだ〜〜〜〜!!!!!っていう話に死ぬほど文字を割きますよろしくな。

 

 

GOD座という劇団名前くらいは誰しも聞いたことない?ないのかな、一般人感覚わからん

 

あるでしょ?!??!

 

高遠丞くんはそこのトップで、あたしの推しでご贔屓で王子様だった。

 

あたしが丞くんと出会ったのは、丞くんがまだ入団したばかりの頃だった。元々観劇が好きでちょこちょこGOD座にも足を運んでいたのだけど、推しやご贔屓の概念はなくて純粋にそのお話を楽しむタイプだったので、当時は役者の顔や名前も満足に覚えていなかったと思う。そんな中であたしがなんで当時新人で端役をつとめていた丞くんに目を留めていたのか実のところよくわからない。声のハリとか立ち姿が好きだった。あたしがちょっとミーハーだったのもある。いやなんでだろうな。奇跡かもしれない。世界、これを奇跡って呼ぶことにしよ。

 

 

そこからGOD座の公式インステアカウントブログを読んで彼のひととなりを知って、どんどん好きになった。丞の劇団ブログは正直全然面白いものではない。何十人もいる劇団員がかわりばんこに書いているブログで丞の番が回ってくるのを永遠かと思うくらい待っていたのに文章は短いし、写真も少ない。私生活もなければジョークひとつもない。真面目さ、演劇に対する果てしない情熱。彼が書いたものは何を読んでも、いつだってそれしかからない。そこが好きだった。

 

 

そうしてゆるくゆるく高遠丞くんを応援する日々が一変したのが、そうだ、ご存知あの舞台

GOD座の、彼の初主演舞である

あたしはあの舞台を今後一生覚えているのだと思う。

ときたま再演もしてるからお願いだからみんな見てほしい。あっでももう丞は………………あの舞台は……………………………

虚無……………………………………………………………

 

 

閑話休題!!!!!

 

丞の役は王子様。正真正銘王子様。「GOD座の丞」と言えば王子様、のはじまりである

GOD座のお家芸きらびやか舞台と華やかな役者。その中心に世界一素敵な男。凛とした姿勢が、よく通る声が、意志の強い眼差しが、あて書きかと思うほどぴったりハマった、少しシャイだけど正義感の強いとびきりやさしい王子様。夢中になった。恋をしないわけにはいかなかった。一生応援すると誓った。

 

 

そこからのあたしはバカほどGOD座に通い、丞の出てる舞台初日千秋楽絶対におさえたし地方公演にだって行った。初主演をつとめてからどんどん人気が出てファンも増えていった。ちょっとさみしくて、うれしかった。役どころもだいたい主役か準主役の王子様とかなんかキラキラしたヒロイックな男。世界一似合ってしまうので仕方がない。何度あたしを恋に突き落とした?

 

丞とほぼ同期にあたる晴翔くんはたまにインステに丞との写真もあげてくれたので、並の晴翔推しより晴翔のインステを見た。劇団ブログを見た。カーテンコールファンに向ける笑顔はどんどん上手になったのに、相変わらず劇団ブログはつまんなくて、大好きだった。

そんなストイックブログじゃ、丞くんが如何に演劇を愛しているかくらいしかわかんないでしょ?!?

でもそれだけはあたしが演劇嫉妬ちゃうくらいわかる。

 

 

そんなしあわせな日々に飛び込んできた退団のニュースのことの重大さがよくやく伝わったでしょうか?!?!?

よく生きてだと思う。いやほんとよく生きてたよあたし。

 

あれほどに舞台を愛していた丞くんが芝居をやめてしまうなんて考えられない。もともと自己発信の少ない丞だ、GODからのお知らせ以外に何一つ情報は出てこない。他のファンたちの余計な詮索がしんどくてツイッターアカウントに鍵をかけた。GOD座となにかあった?と考えてみたところでわかるわけもない。ただわかるのは、GOD座のような大きな劇団自主退団した丞はきっともうどの劇団にも入れない。GOD座と何かあったならなおのこと。いやこれい自分で打ってて過呼吸なるわ。吐きそう。本当に何日も満足に眠れなくて、泣きながら明け方に寝て泣きながら目覚めてまた泣いた。廃人の日々。

 

 

そこにさした一筋の光明

MANKAIカンパニーGOD座のタイマンアクトで、高遠丞が出るらしい。GOD座じゃなく、MANKAIカンパニーとして。

 

このとき気持ち形容しようにも、キャパオーバーの飽和状態でどうしようもない。わけもわからず縋るような気持ちチケットを取った記憶だけある。いやあんまり記憶がないな。丞がまた舞台に上がれる!というぶん殴られたような衝撃的な喜びと、GOD座と対決って大丈夫?負けたら解散?MANKAIカンパニーってどんなところ?と次々に疑問符が溢れ出た。溢れ出ただけネットで調べまくったら正直全然勝ち目がなくて、また眠れない日々に逆戻り。

 

全然大丈夫じゃない。

 

いやだいやだどうして!だった以前と比べて、もしかして役者続けられるかも?って期待があるぶん余計しんどかった。絶望感が期待と不安に変わっただけ。

 

 

それでも、確実にその公演は舞台で丞がまた見られる。そのあとはわからない。「最悪の場合」に向けて心の準備を整えながら、そして泣きながら、初日を待った。

 

 

初日の公演を見たとき、あたしはまあ当たり前のように爆泣きしてたんですけど、ほんとのところそれがどういう感情なのかよくわからなかった。だってそこにあたしの大好きだった王子はいなかった。衣装だっていままで見てきたものに比べたらえらく地味に見えたし、舞台質素。演技だってあんまり詳しくないけどいつもの丞の大胆さは影を潜めて、シンプルな動きになっていたようにおもう。

 

 

でも、「高遠丞」がいた。

 

ううん、「ラファエル」がいた。

 

 

親友思いで生真面目で頑固で、心優しい男がいた。いつもより繊細な動きで、微妙な表情で。

 

初日のあとも何度も何度も足を運んで、やっとあたしは悟った。

 

わかってしまった。

 

丞はこのために、これがしたくてGOD座をやめてそこにいるんだね。

 

それに気付いて、また泣いた。いや泣きすぎじゃんって思うでしょ、あたしがいちばん思ってるよ。でもこれはなんだろう、悲しいんじゃないんだよ。純度100%のうれしいでもない。強いていうなら、GOD座の王子様へのお別れと、感謝と、あたしの大好きな人の新たな門出のお祝いの気持ちだ、これは。

 

 

しかしMANKAIカンパニーの公演は見るごとに良くなったり悪くなったり、みんなが手探りで、でもみんながきっと演劇バカで、そうやってつくってるんだろうなって思った。みんな、丞みたいな人なんだろうな。だったらいいな。ついにGOD座とのタイマンアクトのその日、あたしはあんまり不安はなかった。相変わらずMANKAIカンパニーの公演に安定感はないけれど、大丈夫だと思ったし、実際に大丈夫だった。まあアホほど泣きはしたんですけどね。そのときカーテンコールの丞の泣きそうな顔が、いままで見てきたどんな王子様よりも素敵で魅力的で、嬉しくてほっとして結局キャパオーバーで泣いた。オタクはすぐに泣くんだよ。

 

 

ただ少し思うのは、これがもし本当に丞のやりたかった芝居なら、GOD座で丞は何を思って演じていたんだろう。あたしが好きだった丞を、丞はちゃんと好きだったのかな。あたしたちは丞に王子様の仮面を押しつけてしまっていたのかも、と思ったら途方もなくしんどくなる。もう謝ってもしかたがないけど、きらびやか仮面じゃなくて、ありのままの「高遠丞」をあたしはちゃん応援したい。今からでも遅くないよね?

願わくば、丞もGOD座でのたくさんの思い出を、愛しく思ってくれていますように。ワガママを言うなら、あたしが大好きだったGOD座の君も嘘や偽りじゃないって、楽しかったって、言ってよ。それだけがあたしの願いです。でももうなんでもいいや、生きててくれてありがとう舞台に帰ってきてくれてありがとう

 

 

 

ついでに。MANKAIカンパニーでの丞の劇団ブログを見てあたしは笑ってしまった。プライベートの話も写真もない、来てくれたお客さんへの感謝演劇の話だけが堅苦しく、しか真摯に書かれたその短い文章に。大好きだ、あたしは一生高遠丞が大好きだ。








アプリゲームA3!の高遠丞くんのGOD時代ファンパロディブログです

あしからず

2020-02-18

俺の妻についてのろけさせてもらおうかな

俺の妻には死角がない。頭の回転が早く、色々と万能というか様々な局面において適切かつ合理的判断をする有能さに加えてコミュニケーション能力も高い。おどおどして、すぐ慌てて二次災害を起こしかねない俺とは大違いだ。さら美人である芸能人で誰に似ているって言うのが思いつかないのだが、しいて言えばポケモンラプラスに似ている。ちょっと憂いのある流し目特に

スタイルだって抜群にいい。脚は長く姿勢もいい。スーパーを颯爽と歩く妻に後ろからカートを押してついていく俺の姿と言ったら女王下男のそれである。それでもいい。俺はとにかく妻が自慢だ。一番自慢なのは妻はとても優しい所だ。俺にぺたっとくっついて「いつもありがとう」って言ってくれる。そして子供には「大好きだよ」って抱っこしながらいつも言っている。本当に俺にはもったいない神様感謝したくなる妻だ。

そんな自慢の妻なのだが、一つだけ欠点がある。いや俺としては交際しているときからそこが可愛くてならなかったのだが、結婚してから出産してからできた彼女交際範囲ママ友とかそういったコミュニティで知らぬうちに恥をかいてないか心配になるのだ。

妻は笑うとき文字では形容しづらいが「どびゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」と笑うのだ。笑いを堪えられなくて笑い始めるときは「ぐびゅひぃぃっどびゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」である

年長の息子が先日「ママのわらいかたのまねします!どぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃ!」とやって見せたのに対して妻は「ママそんな笑い方してないでしょどびゃひゃひゃひゃ!」と笑った。

俺は妻が大好きである

2020-02-13

豆腐はいうほど美味いか

豆腐はいうほど美味いか

特に冷奴

とりあえず「ここの豆腐は違う」とか「これを食べたら認識改まる」とかそういうのはいらないから。

今言いたいのは普通スーパー普通に売ってる豆腐冷奴の話だから

なんとも形容しがたい薄らぼんやりした味しかしない。

結局、醤油薬味の味で食ってんじゃねーの?

(追記)

豆腐は好き

2020-02-12

anond:20200212094145

比較形容使用する時の基軸を都度示すべきというなら



「使わないほうが ”いい”」



の「いい」は「良い・悪い」の「いい」なのか「いい感じ・適当・最適」の「いい」なのか

利便性再利用性において効率の高低の「いい」なのかわからんから添えろということなのか

それとも「いいの反対は”お前にどんな悪いことが降りかかるかは俺はしらんぞ”」という

「ガーンといきますよガーンと。分かっておられるんだろうね。でっかい口叩きやがってコラ。」

というつまり脅迫いたことなのかどうか なんてことになるぞ

2020-02-09

文章が読めない日本人(ハフポスひろゆきインタビューについて)

ハフポスのひろゆきインタビュー↓について、ツイッターはてブで「こりゃひどいなー」って反応を見たのでそれについて書く。

https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5e3cb7f5c5b6b70886fd0627

 

「昔から女性インターネットにいた」

ツイッターで一番見たのがこの反応、「昔のネット特に2ch)はミソジニーが酷かったか女性男性のふりしてただけだよ」ってヤツね。

この反応、実体験に即して記事批判してるように見えて、むしろ記事の論旨を強化してしまってるんだよね。

記事の主張は「新聞等のネット以前のメディア男性主体だった、でもネットは男女両方を読者として想定している(ただし初期は男性が多かった)」なわけで、()内を否定しても意味無いというか、むしろ大筋の論旨に反してしまう余計な枝葉をそぎ落として、親切にも元の主張を強化してしまってるんだよ。「昔からネットは男女両方が読者だった」ってね。

結構この人は信頼できるだろうと思ってた人もこの反応してて驚いた。そんなに読めないかね、これ。

あとこれは蛇足だけど、記事での主張は「居なかった」ではなく「少なかった」なんだから個人実体験だけではそもそも否定できてないんだよね・・・

 

女性の生きづらさが見えてない」

専業主婦のくだりとか、「女性は顔がある程度かわいければ、そこそこまともな結婚ができて一生食いっぱぐれない」とか、自分も「うわ、きっつ」って思ったんだけど、ちゃん日本語を読むとこれに対する大半の批判は成立してないんだよね。

まず「女性は顔がある程度かわいければ、そこそこまともな結婚ができて一生食いっぱぐれない」の方なんだけど、この文の前と後に

 

前:「日本男性には「生まれ変わったら女になりたい」っていう人、そこそこ多いと思うんですよね。」

後:「そういう男の人には、女の人の生きにくさは見えていないし、」

 

って文があるの、つまり女性は顔がある程度かわいければ・・・」は、ひろゆきの思ってることじゃなくて、「日本男性に~そこそこ多い」「そういう男の人」の思い込みであって、ひろゆきはそれを客観的に「女の人の生きにくさが見えてないな~」って思ってる立場なの。

わかる?これを「ひろゆきがそう考えている」って読むの日本語が読めてないレベル誤読なんだけど、やっぱ文章読めない人は読めないんだなーって思った。

 

次に専業主婦のくだり、専業主婦ラクだと言ってたり、↓のように自分偏見吐露する部分はフェミニズム的に批判対象になり得る部分だと思う。

ただ母親を見ているので、「そうは言っても女の人の方がラクだよね」ってのはどこかにある。母親が働いている家庭に育っていたら、その専業主婦イメージは湧かなかったでしょうね。

ただ、↑の直後に↓の文が来るのね。

他人経験や本などから学習できる人って少数派で、自分経験からしか判断しない人はやっぱり多いと思います。そういう意味では、「自分と違う人は見えない」というのが多数派で、それはなかなか変わらないんじゃないかなぁ。

これ、つまりひろゆき自身が「自分経験からしか判断しない人」であり(少なくともその一面があり)、だから「女の人の生きにくさが見えていない(という事自体は見えている)」、って言ってんの。つまり自分視点を相対化してんのよね。

からこそ「母親が働いている家庭に育っていたら、その専業主婦イメージは湧かなかった」なワケ。前述の偏見普遍的に正しい話では無く、育った家庭で変わってしまうような一面的な「見え方」でしかない、と。

そもそもこの部分のタイトル女性の「生きづらさ」が見えない理由」だからね?

こういう自分に見えてる景色を相対化する文を全部すっ飛ばして、「ひろゆきは(素朴に)女性ラクだと信じているんだ」と読み取るの、マジで国語テストだったら0点だと思う。

(なおこの部分、「自分と違う人は見えない」と普遍化していて、「女性男性の生きづらさ見えてないよね?」とも読めるようになってるの、強かだな、と思う。ここは反論できればするべき箇所かもしれない)

 

過激派区別、への反応の無さ

これまで挙げたような反応は多く見られる一方で、この記事のメインとも言える「今の日本では“フェミニズム”って言葉を使わないほうがいい」理由、つまりフェミニズムミサンドリー過激派を「自分達とは違う」と言えない問題については批判からあんまり反応が見えなかった(少なくとも自分からは)

それそのもの象徴的だよね、あっ、そっか、この人たちはこれからもそこは直すつもりないんだ……って思ったわ。

記事にあることを読めばフェミニズムの現状は「本来保守ネトウヨを自らから切り離せず、「あれは違う」と言えてないような状況」だとまで言われてる(と読める)のに、そこはもう放置なんだ、って。

まぁ分かるよ。

今後フェミニズムは絶っっっっっっっっっっっっ対に過激派ミサンドリー批判出来ないだろうし、する気も無いんだろうね、それは今回の記事に関わらず良く分かる。そんなこと絶っっっっっっっっっっっっ対に無理だよね、凄く良く分かる。貴方達には無理だよ。

 

フラット」の意味

この記事への・での「フラット」の意味については批判側も擁護側も読めてないのが多かった。

とりわけハフポスの編集者が↓のようなツイートをしてたのは驚きだったね。

フェミニズムに関心がない人の目線から、そこそこフラットに語ることができるひろゆきさんに聞くから理解できる層が広がるという取り組みのはず。彼の見解賛同できないものはもちろんあるけど。

いやあん自分とこの記事ちゃんと読んでる?????

記事の中で髙崎さんが「とてもフラットに見ていますよね」って言ってることを批判してる人もだけど、この記事で「フラット」はポジティブ形容じゃないからね?????

読めばわかるけど、フラットと言われて「男女の立ち位置にそんなに違いはないと思ってる」と言うひろゆきに対し、

髙崎さんは「フェミニズムはまず「男と女立ち位置が違っている」というところから始まっているのですよね」「もともとフラット関係じゃない」と言ってるの、

まりひろゆきの「フラット」な現状認識のものフェミニズムから見れば間違ってる、と言ってるの、わかる?

から少なくともこの記事の中で・この記事言及するときに「フラット」はネガティブ意味で使われてると理解するべきだし、ポジティブ意味で使うのは間違ってるの。

 

べつに今更なんだけど、マージ文章が読めない日本人って結構(この人は信頼できると思ってた人でも)居るんだなって実感したわ。

(なお、これをここに書いたのはツイッターで書くのは怖いなと思ったから。少なくとも自分自身論理的な読解だと思ってるけど、そうだったとしてもフェミニズムからは「敵に与した」としか理解されないんじゃないか、という危惧があった。今のフェミニズムにはそういう怖さがある、と思う)

2020-01-27

anond:20200127121851

長文ていうのは単に長い文章のことではなくて、「(そこそこ長めの)面白い文章」を想定したものだったんだけど、うまく伝わっていない。全体の構成や各所で見られる表現などが、なんか外してるなあという感じで(JOKERのアーサーのステージってみてて辛いじゃないですか)。そのへんを称しての「面白くない(≒寒い)」という形容。長さが重要なわけではない。

ともあれ、いくら無限に食べてよいです。むしろ今日は奮発してこぼれイクラ丼とか作ってください(義務です)。

あと、ちゃん運動して水をしっかり飲むようにすれば尿酸値もあんまり怖くないです。

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