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2018-05-24

anond:20180520091712

登頂に失敗して下山かな?程度に思ってたら、死んじゃった!?

登山をショービジネスにするのは法律禁止した方が良い。(安全第一

今後、登山家のスポンサーにつく企業がいたら、みんなで反対しよう。

2018-05-23

日大アメフト監督コーチは悪くない

タイトルには悪くないとは書いたが、

これは、「監督選手との認識の違い」という件に関して考察したいものであり、

自分自身教育者としてかつて行ってしまった、誤りを改めて見直す事を目的としたものだ。決して本件が悪くないとは思っていない。

問題なのは、対人に対して成果を求められる、あるいは成果を求める教育者がこういった状況に陥りやすい事について是非知ってもらいたいかである

仮に監督コーチが「ぶっちゃけていうと」どうなったのかを教育者としての経験とそこで起こった状況から、考えたいと思ったからだ。

したがって、私自身がどういう愚かな言い訳をするのか、客観的に見てみたいのだ。

この問題を考えずして、情熱をもって指導をすることを辞めてしまいそうになることが、どうも納得がいかいかである

もう一度言うが、本件は明らかに指導者が悪い。恐ろしい事だと、そう断言する。

監督選手との認識の違い

私はサッカーを少々やっていたことがあるが、サッカーというスポーツはとてもえげつない側面を持っている

(もちろん、この件をしっかり考えて、事実に基づき、その正当性について考える必要はあるが、ここでは「えげつない」という簡単言葉を使ってしまう事にする)

イエローカード程度に調整された意図的なファール、移動が困難になり、転倒寸前まで引っ張られるユニフォーム

次のファールを軽くしてもらえる、あるいはファールを取ってもらいやすくする審判への講義

どれも、ゲーム進行上、違和感なく行われている。

これは、ファールを取ってもらう為に痛がるパフォーマンス絶妙位置で転ぶ等に対して、審判がファールを取らない事から

その行為自体存在している事をが広く認知されている事を証明しているだろう。

よく、ユニフォームを掴んでしまうことに対して「とっさに掴んでしまう、ゲームに熱中していたからだ」という言葉を聞くが

何千男百との試合経験している中で、こういった行為抑制する事など出来ないはずは無い。

これが行われるという事は、試合の中で審判判断範囲内で裁かれないグレーゾーンを上手に渡り歩いているからだ。

この問題にはゲームの進行を止めてしまうとゲームスピード感を損なってしまうし、ロスタイムの増加に繋がるといった、

観戦者やスポンサー等に対するショービジネス的な要素も関わっているはずだ。

ともかく、どんなスポーツも「紳士的に行う事」が大前提とする中で、こういったグレーゾーン戦術的に行う事は、だれしも考える事だろうと思われる。

そこで、今回の件を思い出したい。

選手を潰してこい」といった、事がどのように行われるべきだったかという事だ

アメフトについて、無知である私がこのゲームについてどこまで許されるものかを書いて良いものではないが

すくなくとも、アメフトではボールキャリアに対してとびかかる様なタックルを行って良いものだと多くの人は認識していると思う。

前記したサッカーグレーゾーンについて考えると、監督が指示したのは「全身全霊をかけた、相手破壊する事を厭わないような危険タックルを行え」という指示だという事になる。

試合中にこの様なタックルをしたとして、審判相手チームは選手に対して警告を行ったとしても、今回の様な事態にはならなかったであろう。

それでは、なぜこの様な事が起こったのか、ここでもう一つの監督選手認識の違い」について考えたい、この件が今回私が考えたい本題なのだ

集団個人・また自分自身マネージメント学生教育者という関係性の中で生じる矛盾や歪みについて

選手記者会見で本人は「試合に対するやる気が見えない」と指摘されているまた、この件に対して選手自身に「その自覚が無い」と言っている。

ここから私自身の勝手な推察であるが、もしかすると監督コーチには、選手が以前からこう映っていたのではないだろうか?

選手に対するタックルに躊躇いが感じられる、有効な一撃を逃している」

といった、選手が考えてもいなかった側面、特にメンタル的な要素が起因した問題を何とか排除すべきだったのではないか

これは、学生に対する教育者特に悩む問題で、大きな肉体的、あるいはセンステクニックを持った学生メンタル的な要素で、その才能の邪魔をしてしまっている場合だ。

それを証拠に、試合後、選手に「やさしいから」等といった言葉をかけている事からメンタル的な要素に何か起因する問題があったのではないかと推察される。

こういった時、二次的に集団的にどういった事が起こるかというと、指導者の意図を察知した仲間が、悩む仲間に対して助け舟を出すのだ。

特に誰もが認める優秀な人物に対しては、熱心にそれをする場合が多い、自分の夢をアドバイスにして託す事は親にも指導者にもある、もちろん同じ夢を志す同士であればなおさらだ

問題なのはその仲間が本人に対して適切なアドバイスをしない事があるからだ。

今の私と同じように、ありもしないことを勝手想像し、相手に対して最善だと思う事を自分の中で構築するのだ。まるで親友恋愛話を親身に答えるように。

どうなったかというと「相手選手が潰れれば試合が楽になる」というアドバイスになった。

これは、チームメイトとして、この問題について解決すれば、大きな成長になることを信じて、一歩踏み出せない相手背中を押す行為だったのではないだろうか?

もちろんこの時、アドバイスを与えたチームメイトは、まさか試合中断中にタックルをするとは考えていない。あるいは、この様な大事になるとは考えていない。

そして、最後に念押しして指示される「やらないではすまされない」といった指導

この時、いよいよ思考は停止する。

この選手は、20歳の学生だ、学生の中には指導者の指導絶対である大人は正しい、先生は何でも知っている、そういった考えを持つ物がいる。

選手記者会見で再三「理不尽だと思う事もあるが、指導者に対して言う立場にない」等といった発言が出るのは、こういった側面があるからだと考えられる。

自分が未熟だから、考えも及ばない所で指導が行われている、そう考える学生がいるのだ。

一方で指導者はどうか、ほとんどが恵まれているのに、あと一つの所で伸び悩んでいる、何度も場数を経験させた、そんな選手をどう思うかだ。

こうした者に対して考えてしまう事は、自分の才能が認められたという事に対する慢心だ、その慢心から向上心を失っているという事だ。

もう一つは、先に挙げたような、メンタル的な要素だ。

この問題に対してやりがちな事は、対象を悔しがらせる事だ、まだ未熟だ、やる気を取り戻すまで、練習をするな等と、相手を奮い立たせるような挑発をする。

実際に、練習に参加させないといった、理不尽と思われる事を行っている。

そして、もう一つは、対象を新しい別の環境に置く事だ。

これは、現実は思っているより厳しい、大人もっとえげつない社会は間違っている、世界には間違っていることもある、そういった事を伝えたいというものだ。

とても紳士的で優しい人物であれば特に、この厳しい現実を伝えたくなるのだ、そんな時、自分の分野を引き合いに出すのだ。

厳しい勝負世界にどれほど立ち向かう覚悟があるのか、と考えた末に「殺れ」という言葉が口から出るのだ。

もし、荒くれ物の選手だったら、真逆の事を言っていたのかもしれない。

こうして、自分自身おかしいと思う行為の決行を判断する事になる。

本人は、この問題理解していないのだ、練習も頑張った、代表にもなった、指導のおかげだ、ほかに何が足りないのか

なぜ、自分をないがしろにするのか?なぜ、急に指導が厳しくなるのか?なぜ、特別な指示が出されるのか?

指導の通り頑張った。タックル踏み込みが浅いと指導されているので、きちんと踏み込みには気を付けている。

そんな時に、「確実に潰せ」という簡単課題を出されたときに、その問題解決できると信じてしまうのだ。

チームメイトや他の指導者の言葉さらに後押しをする。

多くの人が同じことを言えば、決して紳士的ではないグレーゾーン問題と同じように、問題ない行為に思えてくるのだ。

以上の事が、私の考える問題の全貌である

事実、幾人かの学生と向き合ったときに、もとい、人と本気で向き合ったときに、自分意図とは全く違う行動をする者がいる。

これは、自分意図という秤が自分基準にしている事が問題である事が分かった、自分だったらこうするだろう、こう伝えたら分かるだろう

といった、自分の秤は、どんなに水準を一般化させて展開させたとしても、学力能力の同等な人間を集めたとしても一致しないという事だ。

特に教育者は、複数人間相手にしなければいけない、問題は彼だけではないのだ。

多くの問題を抱えていて、すべて平等に行われなければならない。

そんな時に行いがちなのが、単純な命令による支配である

簡単かつ誰でもわかりやすい単純な物が良い、ただし、簡単であるが上に矛盾が生じる、一人だけ変更すれば他の物が混乱する、その為に強引に行うのだ。

時には、問題因子を排除する事も厭わない。個別指導するよりよっぽど管理やすいからだ。

次に、指導者を増やすことだ、自分代理複数立てる事だ、しかし、代理自分自身ではない、

どんなに忠実な代理だとしても、伝言ゲームの様に指導内容が違って受け取られてしまう。

それならば、同党の指導者を置けば、本来想定したものと違う指導内容になってしまうことになる。

そうなると、自分の手柄を作って信頼を得なければならなくなる。

その為には、多くの学生指導して、信頼を勝ち得なければならない。という悪循環が起こる。

最後

正直自分にはこのスパイラルをどう解消するべきなのか分からない

今は、教育平等でなければならないという考えを変え、学生自発的活動を見守り、問題は早期に発見して対処するといった事をしている。

しかし、熱心に、あるいは強制的に行う教育効果には遠く及ばない。問題はなくなるが、才能の開花を促進させる手伝いはできない。

適材適所バランスよく相手に合わせて状況判断して実施するという事が望ましいに決まっているが。

自分以外の人間をどこまで知りえる事ができるだろうか?それも複数人も。

何もしないで見守れば、育つ物も当然いる、同じように、愛情を注がなければ開花しないものもいるのだ。

そもそも学生に何らかのきっかけを与えるのが教育者なのではないだろうか?

特に大学スポーツチームとなれば、学生生活の期間、選手生命期間、どちらをとっても期間は限られている

他のチームはどうしたのだろうか?問題を起こしそうな選手排除したのだろうか?

2018-05-22

さすがに下手

みんな対応についてあまりに間違った方を選びすぎている

今まで起こってた程度の問題ならそれでもまだなんとかなったけど、今回のはレベルが違いすぎるでしょ

さすがにこれからはもう少しマシな対応をして欲しい、じゃないとさすがにスポンサーいなくなるぞ

ひょっとして俺らでもスポンサーさえつけば7000mぐらいは登れるの?

教えて下山

anond:20180522101209

社会自殺公認できない以上、 命の危険がある場面では登れない奴は登るなは正しいんじゃないか

別に自殺しようと登ってたわけじゃあるまいに。

勝手に「自殺」とするのはどうかと思うが。

まったく登れる見込みもないのに実績を偽って金を集め、

若者に「こういう登山もアリなんだ」という勘違いを植え付けて、

しかも「金を出した奴が殺したようなもの」という批判スポンサーに引っかぶせて、

責任を取ることなく死んでいった。

金を出す奴も勘違いする奴も批判する奴も、それは全部そいつらの勝手

自分の思い通りにならなかったからって批判するのはどうなのよ。

同行者二人くらい死んでんだよね

素人を連れて行って死なせたり、単独とは名ばかりで現地のシェルパを雇ったりしているので、 そういう人たちを巻き込んだという点では、より直接的に迷惑をかけていると言えるな。

それも着いて行った奴の勝手だろうが。

死にたくなかったら着いて行かなかったらいいだけだろうよ。

「楽に登れると思ってました~」だったら見込みの甘さとしては栗城と変わらんだろうに。

シェルパ雇うのは迷惑なのか? 金払ってるし、シェルパも死んでないのに?

理由は諸々あれども、「ヤりたい娘とヤる」ことの難易度はとても高いし、自分がやりたいことをやるだけでもなかなかできることではないのである

エベレスト山の角度とかは凄いけれども、栗城さんはすごくない。

そうやって防衛機制を行わないことには我々もやっていられないんだよ。

そんなの知ったことか。

それはあんたの勝手だろ。

anond:20180522112735

正直、日大は巨大な広告スポンサーのうちの一社なので、

圧倒的に日大が不利な状況にならないと、こういう記事は書けなかったんじゃないか邪推してしまう。

anond:20180522104104

単独で登るならスポンサーを何人も募って大々的に金を集める必要はないんやけどね。

anond:20180522101209

まったく登れる見込みもないのに実績を偽って金を集め、

若者に「こういう登山もアリなんだ」という勘違いを植え付けて、

しかも「金を出した奴が殺したようなもの」という批判スポンサーに引っかぶせて、

責任を取ることなく死んでいった。

わりと「他人に多大な迷惑をかけた」と思うが。

Abemaはじめエベレスト登山に金を出したスポンサーノエルに金出すおっさん同類、いやそれ以上に悪質

anond:20180522071219

事前に警告してた(笑)

スポンサーが悪い(笑)

応援してたやつも共犯(笑)

 

 

 

 

ネト民つかえねえ

日清は今話題の栗城にもスポンサーしてたし割と情弱なのかも

栗城史多

どうにも前にマラリアで死んだタビロック夫婦を思い出す

旅と登山じゃ違うし借金して行ったのとスポンサーきじゃ違うかもしれんけど

多分あの夫婦と栗城氏は同類人間なんじゃないか

2018-05-21

登山スポンサーって、こんな高い山登る俺は凄いかメディア特集されて当然、そこで宣伝してやるからスポンサードになれって感じなの?

それなら深海どこまで潜れるかでやって欲しいね

登山中継とか見る気すら起きないけど深海中継なら見たいわ

イッテQイモトアヤコ登山を見ていて気持ちがいいのは、熟練者の言うことをきちんと聞いてしっかり基礎訓練を積んでいるところ。なにより登山(をする人々)に敬意がある。素人からヘリで下山も生き延びるために当然な選択

栗城さんのスポンサーたちは虚言を許して無謀な特攻をさせた。あくどい

anond:20180521211417

エベレスト登山は虚栄心だけじゃできない。絶対的に金がなきゃスタートラインに立てない登山。金を出し絶対いつか死ぬ登山やらせ続けてたスポンサーファン、講演に金払って行ってたやつ、メディア自己啓発界隈すべての責任

登山タレント、ぐらいで納まっておけば

亡くなった人にこういうことを言うのは何ではあるが、栗城氏を登山家、と言うのは若干の違和感がある。登山タレントぐらいにしておけばよかったのに。イモトに負けるかもしれないけど。

スポンサーがいたり投げ銭方式でグッズ売ったり映画撮らせたりしていたようだが、これって、巻き込む人と金が増えただけで、構造としてはドローン少年と一緒だなと思う。

いや、一緒ではないか

ドローン少年は、言うても未成年だったわけでニコ生で煽った奴らのアレさが際立つが。

まぁでも、「それ」で得た繋がり感や金が捨てられない感じや、自己顕示欲の取り方など、それから応援と称した煽りと後に引けなさなどが似ていると思ったのだ。

っていうかドローン少年は今何してるんだろう。後に引けなくなって(社会的意味も含め)死なないようにな。

anond:20180521144953

これははっきり言える

グリコリクルートの超巨大企業スポンサーに抱えながら、講演会企画していた奴らだ

ニトリ似鳥昭雄社長もっと早く山に入れ、日本に居ないで現地で暮らせと言い、その後スポンサー降板した

なぜそこまで講演会で稼ぎたがったんだろう

山男のフォローが入る前に

そりゃ登らずに文句言ってるより、登る事の方が凄いと思うけど、栗城氏の場合大口が凄すぎて他の登山家の様に応援できなかった

そうでもして目立たなきゃスポンサー付かないのは分かるけど、他の登山家を敵に回してまで非登山家の仲間を手に入れるのは得策ではなかった

結局、お山の大将になった結果が凍傷で指を失い、今回の最悪の結果だ。いくら挑戦した所で、死んだらパー。まだプロ下山家の方がマシ

冥福は祈るけど、どうしてこうなったって感じの方が強いし、死んだからって神格化されて挑戦しない人を貶す流れにはなって欲しくない。むしろ、悪い例として教材にして活かしてほしい。山に関しては、虚勢は何一つ良い結果を生まないから。

2018-05-20

あるパロディ漫画家の憂鬱

※これはフィクションです。














その漫画家は、イラついていた。

ネタがない。

正確に言えばネタがないわけではない。使えないのだ。

風刺したい、あるいはオマージュしたいテーマはそれなりにある。

しかし、自分の好みであるネットミーム揶揄は、悪意の第三者から私人侮辱するとは何事か」と物言いがつく。

オマージュにしたって、まず最近著作権が小うるさい。最近だと約十万歳の某悪魔に纏わるトラブルなど、その面倒臭さの代表例ともいえる事件だ。

自身だってネットカルト的人気を誇るパペットキャラクターイラストを公表したところ、悪意など表面上は欠片も見えないにも拘わらず元の作者(?)からクレームが入り、下げたくない頭を下げる羽目になってしまった。

それにそもそも、際どいパロディは概ね編集からボツを食らう。そして面白いパロディは大体際どい。

PC画面に、真っ白のハコが縦に四つ並ぶ。いや本当は真っ白ではいけないのだ。

苛立ちと焦燥感ばかり募る。締め切りまで時間がない。

少し旬を過ぎたが、淫行最近解雇された壮年アイドルはどうか。あるいはアメフトの件。あるいは例のあの殺人事件は?

いやどれも明確な被害者がいるため、どうせ不謹慎だと担当が許さない。

8万円のシャンパンタワーを皮肉るのはどうか。これはいけそうな気がするとネームを描いてみる。

描いては消し、描いては消し……

だめだ。面白く描こうとするとどうしてもディスり芸になり、角が立つ。

途方に暮れる。

こうしていたって埒が明かないと、気晴らしやネタ探しを兼ねてネットの海を漂ってみることにする。

そうしているうちに、既に知っているネタでも頭の中でうまい具合に整理できて、使えるものになるかもしれない。

スタイラスマウスに持ち替え、まずは yahoo ニュース、つぎに5chのニュース速報、と思いつくままにリンクを辿っていく。

そうやって十分、二十分と経ち、そのうち話題になっている事象に対する巷の反応が気になり、ツイッター上の様々な呟きを閲覧するようになっていた、そのときだった。

あるウェブメディアデスク肩書がある男のアカウント、彼の最新のツイートに目が留まった。話題にしているのは自分漫画である

絵が苦手。

まずそう書いてあった。続けて、より詳しく、作風のものもそうだが、特に「目」に嫌悪感を抱くとも。

そして極めつけは、締めの一文である。そのような苦手意識に対する共感意思表示を促すような、そんな問いかけがなされていた。

初めは戸惑いだった。そして、次第に、わな、わな、と、怒りが込み上げてきた。

なんだこれは。俺が毎日どういう苦労をしてどれだけ悩んで漫画を描いているのか知ってんのか。何年かけてこの画風、目の表現を身に付けたと思ってる。アレか? 逆張りか? 同人上がりのカジュアル漫画家が気楽にチャチャッと描いたように見える作品モドキがこれだけのムーブメントを巻き起こしている、そのことが気に食わなくてこんなことを言ってんのか? 大体、俺が他人ディスるのをこれだけ我慢しているのに、よくもこいつはこんな好き勝手他人コンテンツを苦手だの怖いだのいけしゃあしゃあといえるな。ウェブメディアデスクってのはそんなに偉いのか? こんな理不尽があるか。

憤りは沸々と激しく煮立ってゆく。目の前が真っ赤に染まっていくような錯覚

いったいどんな奴がこんな糞みたいなツイートをしているのかと、bioに目をやる。

そして、彼のウェブメディアの発行元の企業名を見て、更に愕然とする。

俺が一緒に仕事をしたところじゃないか

これは仲間殺しだ。それも共感者をまず集め、そいつらと背後から一斉に俺を撃ち殺そうとしている。

怒りは留まることを知らないが、その中で彼はふと、妙案を思いつく。

かつて自分も同様のことをやらかしかけたことが何回かある。そしてその度に担当編集などから怒られてきた。

「嫌い」「苦手」というネガティブ感情をあからさまに言うのは、後で面倒なことになるからウチではタブーなのだ、と。

ましてそれが自社コンテンツスポンサーに係わりそうなことであれば猶更である、とも。

だとしたら、この鼻持ちならない高学歴意識高い系野郎も、この件でこっぴどく怒られて然るべきではないか

そうだ。指摘してやろう。これはあくまで指摘なのだ

社会人かつ公人たるものが、ステークホルダーと少しでも係わりそうなものネガティブにいうのは、然るべき人から怒られるべき愚かな行為なのだ、と。

そしてこの業界は、どこで誰が繋がっているのかわからないのだから

俺は怒られた。オマエも怒られろ。



そして彼はツイートボタンクリックした。

2018-05-18

結局何も変わってなくて

広告代理店が上についてスポンサーとってくるって言ってるだけなんだよね

中間搾取されて冷や飯食った揚げ句ボブスレーみたいに叩かれる恐れすらある

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