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はてなキーワード: 典型的とは

2024-10-02

俺の事をハゲハゲ言う兄ちゃんがいるんだが

事実陳列罪でしょっ引けないかマジで

はぁ。

いや、いい人なんすよ。典型的マイルドヤンキーなだけで。

anond:20241001162642

価値のない人間からお礼を言う言わないみたいな

ルールマナーを守ってる!みたいなところを誇るしかない。

典型的ゴミ人間

2024-10-01

anond:20240930193847

さすがにアンフェの釣りネタ投稿だろと思ったら昔からデモとかやってる気合の入った本物のTERFだった。

もうまじでスタッフと話しながら涙目にはなるわ息苦しくなるわ胸さすりながらに傷つきましたと伝えておいた。

もうまじでビジネスアンフェの釣りネタ投稿ぐらいでしか見かけないと思ってた典型的お気持ちフェミ構文の使い手がまだいたとは……

2024-09-30

anond:20240928135408

はてな民が大好きな「嫌いなことより好きな事で自分を語れよ」はどうした。嫌いな所気に入らないところをネチネチ探し出して書いてるだけの典型的な長いだけの駄文じゃないか

anond:20240930133031

典型的なミッドライクライシスになるタイプでわろ

今真っ最中から書いたんだよね?

じゃなきゃこんなの書かないし

2024-09-29

anond:20240928120529

典型的DV家庭で育った人間DVするパターンじゃん。

夫婦で妻側はDV思考で、夫側は優しくて性格良いみたいだから、それが答えでしょ。

anond:20240928022926

典型的な「お前がそう思うんならそうなんだろう お前ん中ではな」だな。増田の頭の中だけで成り立つロジックだし、増田の頭の中にいる人だけがこれを説得力ある説明として首肯する。

2024-09-28

送りバント戦法は間違っているのか

野球オタク以外はどうでもいいネタ

長らく「手堅い作戦」「野球セオリー」とされてきた「送りバント」の評判が最近きわめて悪い。「実は送りバント戦法は得点確率が低いことはエビデンスでも出ている。バント固執する指導者老害」という意見が主流になっている。以下の記事典型的ものだ。

“非効率作戦”とわかっているのに…日本プロ野球で「送りバント」は、なぜ減らないのか? 歴史的な「投高打低」に拍車

https://news.yahoo.co.jp/articles/e6ac76b5d59c79948a1c6544838cffc53813633f


自分は、送りバント有効性を否定する議論は、全体としては間違いだと考えている。否定派は、そもそも問題として、バント有効ではないことのエビデンスを示すことは、一般に考えられているよりもはるかに難しいことがわかっていない。巷で出ている「送りバントは非効率」というエビデンスは、実際にはほとんど役に立たないエビデンスと言っていい。

例えば、バント戦法がより選択される可能性が高い状況を想像して欲しい。それは、一点を争う投手戦である。例えば、戸郷と才木が0ー0で投げ合って無死1塁という状況では、バント選択される可能性が高くなる。しかし、投手能力的にヒットを打つこと自体が難しいので、当然ながら点が入る確率は低い。

逆に強攻策が採用される状況は、既に点差が開いている状況で、投手調子が悪かったり、実力的に2、3番手が投げていることが多い。例えば3−8で負けていて無死1塁という状況では、バント選択されることはほぼない。投げている投手調子能力も高くないので、強攻して普通に安打が出やすい。

このように「バント得点確率が低い」という巷のエビデンスは、単に打てる確率の低い状況と高い状況を比較しているだけ、という疑似相関の可能性を考えなければならない。そもそもバントをあまり採用しないチームがあるとしたら、今年では横浜がそうであるように、強打者が揃っているチームである。なので、単純に打撃のいいチームと悪いチームを比較して、「バント得点確率が低い」と結論づけてしまっているだけの可能性もある。

以上のように、真にバント戦法の有効性を検証するには、投げている投手調子レベル、チームの打撃力といった条件を細かく丁寧に揃える必要がある。そうしたエビデンスは今のところ見られないし、おそらく複雑すぎて難しいだろう。送りバント有効性については、「勉強時間を1時間増やしたら点数が10点上がった」というレベルの明白なエビデンスは期待できないのである

私見では、そもそも送りバント指導者にが好まれるのは、得点確率が高くなるからという以外の根本的な理由がある。それは、「犠打」と呼ばれるように、そもそもバントにはチームのために自己犠牲にする、という象徴的な意味がある。自己犠牲姿勢を見せることによって、全ての選手に「チームのために」という意識づけをして、自己満足的なプレー抑制することが期待されているのであるしかし、こうしたバント効用については、データに基づくエビデンスで示すことはできない。結局のところ、送りバント有効性は、現場指導者選手経験に基づく実感でしか判断できないのでないかと思う。

anond:20240918115941

DV男に借金男と、クズ男を渡り歩きゴミ同然の扱いを受けるも、真面目なチー牛には見向きもしない模様

大学時代、元夫とは別の男性名古屋同棲していたという。

典型的DV男で、私はほぼ軟禁状態自由に外に出ることもできず、ずっと家に閉じ込められていたんです」

 そんな環境の中で、彼女の唯一の楽しみが「おっぱい活動」だったとか。

運命的な出会いの末、結婚に至った若い2人だが、お金の使い方や価値観の違いをめぐって2024年離婚

「彼からお金自由に使えないなら離婚しよう』と。私としては、離婚はしたくなかったのでびっくりでした」

https://news.yahoo.co.jp/articles/4ddd56756a9becd5a7755ff37e5fe95e56d03b09

anond:20240927135936

女性なら誰でもいいなんて誰も言ってないだろ。性差別を拡大するような奴を女性からという理由だけで支持するわけないじゃん。典型的藁人形論法だよ、それ。

2024-09-27

anond:20240927093031

お前のその認識ネトウヨの方が流石にリアリストだなと分かった

本当に軍事に興味がない典型的リベラルだなと

から野田佳彦が立憲共産党党首になるんだよ

今は中国韓国をひとまとめにして敵国扱いする状況じゃないでしょ

韓国については日米と中国のどっちに転ぶか未だに分からない

それと根本的な問題だが、そもそも韓国同盟国じゃないし準同盟国でもない

日本同盟国はおらず準同盟はいオーストラリアインドそしてアメリカ

軍事も含めるならあとはフランスイギリスかな

これを見て気づく人はいると思うんだけど、これぜーんぶリベラル白人気取りのアジア軽視だのカーストがどうのだの日本との関係に対して難癖つけてきた国々ね

リベラルというのはネトウヨ工作員扱いされるだけの事はしてきてるし、実際工作員じゃないとしたら利敵行為しかしない連中なんだよ

韓国は今後も同盟国にはならない

それは日本ではなく韓国が昔から突っぱねてるからだし、今はもう日本もあまり当てにしていない

そんな事も分かんないの?

2024-09-26

anond:20240924204946

自分増田プリントアウトして最寄りの精神科心療内科へ行け

今のお前は典型的な鬱の症状の初期段階を、もはや過ぎつつある

もしくは若年性認知症可能性もある

とにもかくにも然るべき医療機関へ行け

これ読んだら今すぐ行け

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何やってんだ早く行け

anond:20240925235410

この増田根本的に勘違いをしている

原因はポテチの手で触ったことではなく、不意打ちしたこと

体毛それ自体に触覚はない。ポテチの手で触られたことなど気づいてないのでは?

いつも通り、ポテチつまみながらテレビ見てて、ついそのまま猫を撫でちゃったんだよね。

という記述から、横目で猫を見て半ば無意識で手を伸ばしたように思える

で、撫でてる途中にビクッ!?ってなったんだよ。「今の何!?」みたいな感じで、瞬時に振り向いてきたわけ。

これは、「うわなんか触れた!」と振り向くのは、背後から意識外の接触を受けたとき典型的な反応である

撫でてる途中というのが少々不可解なことだが、意識増田に向けていなかったか、半分寝ていたのかもしれない

猫は安心できる環境での不意打ちを大変嫌う

おそらくだが、心臓が縮み上がっているのではないだろうか?

そんなことをしてきた相手に怒るのは当然である

そこから普段の行動に明確な変化が出るあたり、若い猫か、極度に肝が小さいタイプなのだろう

離れがちになるのは当然のこと

なぜならお前は「そばにいても何もされない存在からそばにいると不意打ちしてくる存在」になったのだから

お前を見ると不意打ちされたことを思い出している

恐怖の対象である

そもそも、猫を触るときは触る手を目の前、鼻の下に出して、ニオイを嗅がせ(ここ重要)、予告をしなければならない(いわゆる挨拶)

そこで嫌だったら噛む・離れるなどで拒否されるし、撫でてもよかったら何もされない

その段階をすっ飛ばして触ると"嫌なタイミング"だった場合に猛烈に悪い記憶を植え付けることになる

シグナルを観察しない人間気遣いができていない

別に専門家でもないので仲直りする特別方法というのは知らない

ありきたりだが、すこしおやつをあげるとよいだろう

ただし、「見ない・動かない・姿勢を低くする」という三点を徹底する。

1. おやつを手にとり、猫が逃げない位置から見せつける

2. 猫がおやつ認識したことが分かったら、その場を動かず姿勢を低くし、猫の方へその手を伸ばす 横になることが望ましい

3. 見ない。顔を猫に向けない。待つ。

4. 近づいてきたら離れるまで動かない。

逃げられる・こっちに来ない場合重症。そのため、おやつを遠間から投げたり、見せつけるように置いて退席する等を行い食べさせ、おやつへの依存を高める

それに慣れた頃を見て上記の手順を行えば手に慣れると思う

手に慣れれば仲良くなるのは速い

ただし、無礼をすればすぐ元に戻るのでよく注意すること

常に下から

スローに触り、予測できる速さで動くこと

拒否を見極めてしつこくしないこと

猫に幸あれ

anond:20240926021308

何故かブコメ言及されないけど、そもそも女性に可愛さとかいう弱さを求める時点で、典型的女性蔑視の疑いはあるよなぁ まぁ

ガチ先進国アメリカではセクシー女性って概ね強い

2024-09-25

市川沙央が『大転生時代』(島田雅彦 著)を読む】を読んだ

批判してる増田にぶら下げる内容でもないと思ったので別個に書く

https://bunshun.jp/articles/-/73450


まず大前提として、あれは「大転生時代」という書籍書評である

なので、書かれている事は「大転生時代」に関わるものとなる

島田雅彦『大転生時代』は、異世界転生というジャンル純文学立場から対峙する挑戦的な作品だ。

と読み解いたわけだ

その読解について、著者である島田の言で進めるのではなく、市川沙央の言で書き進めているので

自分の言いたいことを他人作品書評の体で書くなや」みたいな歪なものに仕上がっている


さてちょっと本論から離れて「個人の感想です」を書くのだが

巷でなろう系と呼ばれるものは、ゲームゲームのまま小説にした作品なのだ

ゲーム小説化すると、大抵はゲームから離れてリアルに寄ったものになる

日本では「隣り合わせの灰と青春」が有名だろう

ロードス島戦記も、リプレイ掲載時と小説では大分毛色が違う

海外ドラゴンランス戦記もゲームゲームしていない

漫画になっても同様で、「破壊神破壊した男」みたいにしてしま


なろう系作品は、そこを正面から堂々とゲームゲームした世界として描く

技術的な問題など多面的に語れもするだろうが

何より「世界観の共有」という側面が強い物ではあるだろう

結果として現れてくる世界は、ゲームの理が生きる世界

レベルスキルステータスアイテムボックスアルファベットギルドランク

そういう理が働く簡略化された世界が、一般的イメージされるなろう系だ

ある世界では「首ナイフ問題」など発生しない

防御力が全てをはじき返す

ある世界では「ムービー銃」など発生しない

世界樹の葉や蘇生魔法で復活できる

ゲームの理がねじ伏せる

「本当の異世界あんゲームみたいにイージー世界じゃない(キリッ」

とか筋違いも良い所なのだ

ロム兄さんのように颯爽と現れて「まてぃ」が出来るイージー世界設計したのだ

なろうにはそうでない作品言葉が通じない、レベルスキルなどが存在しない)も探せばあるが

読みたいのはゲーム小説なのだ

ドラゴンランス戦記じゃなくてフォーチュンクエストが読みたいわけ


言ってしまえば娯楽小説しかなく、極端な話駅のスタンドで買って乗車中に読み、終わったら捨てる、みたいな消費を前提とした作品群なんだが

そこに、物書きがマジレスウエメセな感じで、僕ならこう書くよと言って作品を出してくる場合、大抵は「凡庸な」一般小説になる

そりゃそうだ

ゲームの理を排し、極端な異能を取っ払い、現実延長の世界に描き出すISEKAIとやらなのだから

物書きが自分作品だとして恥かしくない作品なのだから

からある、凡庸な、作品になる


件の書評作品を正面から評価していない

作品立ち位置解説しながら、自分語りに終始する

典型的サブカル症候群

再構築やらと「文脈」を絶賛してしまっているのだ


あれを読んで「大転生時代面白そうだな」って感じた?

2024-09-23

人間関係面での後悔

県外に就職して社会人3年目の25歳

人生で知り合いは出来ても友達は一人も出来ず、

先日遠距離恋愛中の恋人と別れたこともあり本格的に孤独感を感じるようになった。

初対面は話せる(話しすぎてしまう)典型的コミュ障で、色んな人と会ったが深い関係まで築くことが出来なかった。大学の頃まではサークルや横のつながりで知り合う機会も多かったが、社会人になるとこうも難しくなるとは思わなかった。

趣味基本的に一人で完結するものが多く、映画鑑賞資格勉強筋トレ原付ツーリング等々。バドミントンも少し経験しているので社会人サークルに入ってみたものの、皆レベルが高いためついていけず途中で挫折。一ヶ月くらいしか続かなかったな。

お仕事は土日祝休みなんだけど、現状職場コミュニケーションが取れる唯一の場所なので、休みに入るたびに希死観念に襲われる。なんで努力してホワイト企業に入ったのに、こうも虚しくなるのだろう。

全部自分積極性のなさが悪いので、どうにかしたい。このままだと何となく30歳位には死ぬと思う。皆どうやって友達見つけてるの…

弱者男性弱者女性マッチングして6年が経った

失われた時間

夜9時、カズキが眠りについた後、家の中には静寂が訪れた。

しかし、その静けさの中で、リビングにはスマホの画面をタップする音が断続的に響いている。

夫はソファに横たわり、スマホ操作している。妻もまた、ダイニングテーブル椅子に座り、同じようにスマホ凝視していた。

彼女視線は画面の中のSNSに釘付けだ。友人たちの投稿コメント、次々と流れる他人生活に触れ、時間を忘れてスクロールし続ける。

そこで彼女現実の不満や孤独一時的に忘れられるのだ。

母親として、妻としての役割を一旦棚に上げ、ただ画面の中で過ぎ去る時間に身を任せる。育児という責任はすでに頭の片隅に追いやられ、彼女虚構世界に浸る。

カズキが泣き声をあげても、彼女は反応が鈍い。夜中に子どもが寝室からさな足音を立ててやってきたときも、彼女スマホの画面から目を離さない。

父親は、ちらりと子どもを見ただけで、何も言わずにまた画面に目を戻す。結局、カズキは二人の間に挟まれ、静かにソファに座って彼らの顔を見上げたが、誰も何も声をかけることはなかった。

家族としての絆はもはや形骸化しており、親子の間には実際の対話交流ほとんど存在しない。

ただ、スマホの明かりに照らされる無言の時間が過ぎていく。それはまるで、彼らが現実から逃げるために自ら作り出した、無感情牢獄のようだった。

弱者マッチングの始まり

数年前、彼らが「マッチング」された日のことを思い出す。

政府主導の新たな社会政策が大々的に発表された時、孤立し、結婚を諦めていた弱者男性と女性が、一度に大量にマッチングされ、結婚を促進されるというプログラムだった。

そこには理想未来が描かれ、少子化対策経済的な安定・社会全体の調和を目指すという美辞麗句が並べられていた。

彼女はその時、仕事に追われ、将来の見通しに不安を抱いていた。

孤独生活の中で、社会の期待や周囲からの無言のプレッシャーに押されるようにして、参加を決めた。

彼もまた、社会的に疎外され、職場での孤立感に耐えきれず、希望が薄れていく中でこのプログラムに乗り込んだ。

彼らが最初出会ったのは、淡々としたマッチングイベントの会場だった。まるで品定めされるように、テーブル越しに数分間だけの会話を交わした。

しかし、そこでのやり取りは極めて表面的なものだった。互いに特別な印象を持つこともなく、ただ社会的な期待に応えるための形式的時間が流れた。

彼女は彼に対して特別な魅力を感じることはなかったが、経済的な安定や社会的な孤立を避けるためには「結婚」が必要だという思いに駆られていた。

彼も同様に自分未来に対する不安孤立から、この結婚が何かの救いになるかもしれないと考えていた。

結婚という名の契約

彼らの結婚は、愛情感情的なつながりを伴わないまま始まった。

結婚式は小規模なものだったが、それでも形式的に行われ、家族や親しい友人たちが集まった。

笑顔を作り、記念写真を撮り、社会的には「成功」と見なされた。しかし、二人の間にはほとんど会話がなく、結婚という大きな決断に対する感情曖昧なままだった。

彼らは新婚生活を始めたもの感情的な絆は深まることなく、時間が経つごとにお互いの存在が重荷になっていった。

子どもが生まれることで何かが変わるかもしれないという淡い期待もあったが、実際には彼らの関係さらに複雑にするだけだった。

子どもは彼らの生活に新たな責任をもたらしたもののその責任を共有する意識希薄だった。

互いに育児負担押し付け合い、疲れ切った日々の中で、二人とも現実逃避にスマホ世界に没頭するようになっていった。

崩れかけた家族

こうして、建前だけで作られた家族の絆は、日に日に薄れていった。

子どもが何を感じているのか、何を求めているのかに対して、二人は気づこうとしない。

育児という責任あくまで「社会的な役割」であり、愛情を注ぐことはなく、ただ義務感だけが残っていた。

カズキは、そんな家庭の中で日々を過ごしながら、両親の愛情を感じることなく成長していく。

無言の時間と無関心の中で、彼の心の中に小さな孤独の種が静かに芽吹いていた。

孤独クラスルーム

カズキは5歳になり、ついに小さなランドセルを背負って学校に通い始めた。

彼が通う学校は、政府弱者マッチング政策によって生まれ子どもたちが集まる場所でもあった。

同じように、家庭の中で愛情や関心を受けることなく育った子どもたちが大勢まり学校教室には独特の空気が漂っていた。

教室一見すると普通小学校と変わらない。先生が黒板に向かい子どもたちは机に座り、ランドセルを下ろして教科書を開く。

しかし、そこにあるのは静かな孤独空気だった。クラスメートの多くは、家庭での愛情ケアを十分に受けておらず、どこか無感情で無表情。誰も他人積極的に話すことはなく、ただ時間が過ぎるのを待っているような雰囲気が漂っている。

カズキもまた、その一人だった。教室の隅に座り、他の子どもたちとあまり目を合わせることなく、無表情で机に向かっている。

先生が何かを質問しても彼はただ小さくうなずくか、返事をすることな視線を落とすだけだった。彼にとって学校もまた家と同じように、感情のない無機質な場所になっていた。

クラスの子どもたち

クラスメートたちも同様に、家庭での愛情を知らず、感情を抑圧されたまま育った子どもたちだった。

友達同士の会話はほとんどなく、遊び時間ですら誰かが楽しそうに笑うことはほとんどない。まるで、大勢の子どもたちがそれぞれの小さな殻に閉じこもっているかのようだ。

授業中、カズキ先生の話をぼんやりと聞いているが、心の中では何かが欠けていることを感じていた。

家では両親から十分な会話や接触を受けていないため、彼にとって他人との交流信頼関係の築き方がわからない。クラスメートもまた、同じように孤独存在であり、互いに心を開くことができないため、自然と静寂が教室支配していた。

休みになっても、誰かと遊ぼうとする子は少ない。カズキは、ランドセルの中に入っているお弁当を一人で静かに食べる。誰も彼に話しかけず、彼もまた、誰かに声をかけることはない。彼の周りでは、他の子どもたちも同じように無言で食事をしている。カズキはその無表情な顔のまま、スプーン一口ずつ弁当を口に運んでいく。

カズキの心の中

家でも学校でも、カズキ孤独を感じているが、それを言葉にすることはできない。

彼の心の中には常に空虚さがあり、何かが足りないという感覚が消えることはない。しかし、彼にはその感情表現する手段がなく、ただそれを胸の奥に押し込めるだけだ。

学校友達を作る方法も知らず家では両親と感情的なつながりがないまま育ったカズキにとって、周囲の世界はどこか冷たく、無意味に感じられることが多い。

クラスメートも同様に自分たちの孤独を抱えており、互いに心を開くことができない。

それは、家庭の中での愛情不足が原因となり、感情表現信頼関係の築き方を学べなかった子どもたちに共通する問題だった。

放課後になると、カズキランドセルを背負って黙って帰り道を歩く。

家に帰っても両親との交流は期待できず、ただまた同じ日々が繰り返されるだけだ。

彼の頭の中には、誰とも交わらない日々が続き、心の中にある小さな孤独の種が、静かに大きく育っていくのだった。

カズキ学校では彼のような子どもたちが多数を占めているため、クラス全体がどこか感情のない機械的集団のように見える。

彼らは互いに関心を持つことなく、先生が指示するままに動き、誰も積極的自分意思表現しようとはしない。

孤独感や無力感が漂う教室では、笑顔や楽しさ、友情といった感情希薄で、日常淡々と過ぎ去る。

成長したカズキ未来

カズキは15歳になり中学卒業して高校に進学するか、あるいは早々に働きに出るかという選択を迫られる年齢に差し掛かっていた。

しかし彼の中には将来に対する明確なビジョン目標ほとんどなく、家族との感情的な疎遠さや学校での無感情な日々が彼の意欲をすっかり失わせていた。

家庭環境も依然として冷え切ったままで、両親から進路についてのアドバイスや励ましがあるわけでもない。

父親は今も不定期な仕事を続け、母親も相変わらずパート仕事を掛け持ちしている。

彼らの生活経済的に安定しておらず毎月ギリギリ生活費でやりくりしている。

家族全体が経済的な困難に直面していることは、カズキにとっても避けられない現実だった。

働くことへの不安

カズキ学校での成績も特に優秀ではなく、勉強に対する興味を持つこともなかった。

周囲の同級生たちも同じように、家庭や社会からサポートほとんど受けることなく育ってきたため、将来について真剣に考える者は少なかった。

クラスほとんどの生徒は、進学よりも早く働いて家計を助けることを選ぶか、非正規仕事に流れていくのが現実だった。

カズキもその例外ではなく社会に出ることに対する不安と無関心が入り混じった状態だった。

彼の家族は彼がすぐに働きに出ることを期待していたが、それは経済的理由からであって、カズキの将来を心配してのことではなかった。

両親は息子がどのような仕事に就くかに関心を示すことはなく、ただ「家計の足しになるならそれで良い」という態度だった。

カズキ自身も、将来の夢や目標がないまま、やがては自分も両親と同じように、不安定な職に就いて日々をやり過ごす未来ぼんやりと受け入れていた。彼の心には「どうせ自分は何も変えられない」という諦めの感情が根強く存在していた。

経済的問題現実

成長したカズキ社会に出たとき、彼が直面する最も大きな問題は、まさに経済的不安定さだった。

彼は学校卒業してすぐに安定した職に就くことができず、非正規雇用やアルバイト転々とする生活が始まった。

日本全体では弱者男性や女性社会の周縁に押しやられ、正規雇用に就くことが難しい状況が続いており、カズキもその波に飲み込まれていた。

カズキ収入は低く生活費を賄うのがやっとで、将来的な貯蓄や投資などは夢のまた夢だった。

家賃光熱費、食費、そして時には両親から経済的支援を求められることもあり、彼の手元にはほとんど何も残らない。

彼の労働は、社会必要とされるが正当に報われることのない単純作業が多く、心身の疲労が募る一方だった。

また、カズキ家族から社会からも十分なサポートを受けることなく育ったため、将来に対する不安経済的問題対処する力を持っていなかった。

彼は、経済的問題だけでなく、感情的な孤独自己肯定感の欠如にも苦しみ続け、ストレスが重なっていく。

社会との断絶と孤立

カズキが直面するもう一つの大きな問題は、社会との断絶感だった。

彼は家庭でも学校でも十分な愛情支援を受けられなかったため、人間関係の構築やコミュニケーションに対して強い抵抗感を抱いていた。

仕事でも職場人間関係にうまく溶け込めず、孤立したまま日々を過ごしていた。

こうした孤立感はカズキにとって大きなストレスとなり、結果として職場でのモチベーションパフォーマンスにも悪影響を及ぼしていた。

彼は仕事に対する満足感を得られず、ただ生きるために働くという消極的姿勢に陥っていた。

彼のような若者たち社会全体に増え続けており、同じように家庭環境経済的な困難、そして社会的なサポート不足に苦しんでいる。

多くの人々が非正規雇用に追いやられ、低賃金で働くことを余儀なくされ、将来に希望を見出すことができないまま、現実と戦い続けている。

カズキの早期結婚――無感情未来

カズキは、社会との断絶感に押しつぶされながらも、弱者男性と弱者女性マッチング政策によって20代前半でユウコという女性結婚した。

両者とも愛情幸福を求めることなく、ただ社会の仕組みに従い自分たちの未来に対して諦めを抱いていた。

彼らの結婚生活形式的感情的なつながりは希薄で、ただ「結婚している」という事実けが彼らを繋ぎ止めていた。

ユウコカズキと同様に愛情のない家庭で育ち、社会との接点をほとんど持たない女性だった。

彼女もまた孤独を抱えたまま仕事に就き、カズキとともに経済的不安を分かち合うことなくただそれぞれが生きるために必死で働いていた。

カズキ低賃金非正規雇用に押し込まれユウコもまたパートタイムの仕事を掛け持ちする日々。二人の間に交わされる会話は少なく、家の中には沈黙が漂っていた。

カズキの子ども――犯罪の縁で生きる

カズキユウコの間に早くも子どもが生まれ、彼らはその子を「タケル」と名付けた。

しかカズキ自身経験した孤立経済的困難は、さらに厳しい形でタケルに受け継がれることになった。

タケルは幼少期から十分な食事も満足な環境も与えられずに育った。

家には物が溢れ乱雑なままで整理されることはなく、学校では友達を作ることもできなかった。

カズキユウコはどちらも仕事に追われタケルの世話をする時間がなく、彼は放任されるように育っていった。

タケルが中学卒業する頃にはすでに家庭での居場所を見失い、社会からも完全に疎外された存在となっていた。

彼は学校卒業しても就職先が見つからず、社会の隅に追いやられるようにして犯罪スレスレ生活に足を踏み入れていた。

タケルのような若者はこの時代には増え続けており、彼らは生き延びるために小さな詐欺や盗み闇市場での売買に手を染めていたが、それらすらもうまくいかないことが多かった。

犯罪の失敗と絶望

タケルは盗みや詐欺を何度か試みたが、成功することはほとんどなかった。

彼が属する社会底辺は同じような境遇の人々で溢れており、競争は激化していた。

彼が盗もうとした小さな金品はすでに別の誰かに奪われていたり、詐欺を試みる相手もまた騙され慣れていたりするためうまくいかず、むしろ危険さらされることの方が多かった。

ある日、タケルは仲間とともにコンビニ強盗計画したが、あっけなく警察に察知され失敗に終わる。

彼の仲間の一人は逮捕されタケル自身はかろうじて逃れたものの、失敗の連続で心身ともに疲れ果てていた。

彼は犯罪ですら成功しない自分の無力さに絶望し、社会の中で何の価値も持たない存在だと感じていた。

社会に溢れる「タケルたち」

タケルのような若者は、もはや社会の一部を構成する主要な層となっていた。

経済的な困難や家庭崩壊教育の欠如がもたらす無気力若者たち犯罪に手を染め、失敗を重ねながらもその場しのぎで生き延びていた。

街には、そうした「タケルたち」が溢れ、どこに行っても犯罪が起こりそうな張り詰めた空気が漂っているが、実際には成功する犯罪すら少ない。

仕事の機会は減り、低賃金非正規雇用や闇市場での労働を強いられる若者たち

犯罪に走るがすべてがうまくいかず、どんどん貧困の深みにはまり込んでいく。彼らは家庭でも社会でも愛情を受けることなく、常に孤独無力感に苛まれながら、社会底辺で苦しみ続けていた。

タケルはその典型的な一人であり彼もまた未来希望を持てず、犯罪の失敗と絶望の中で、ただ何とかその日を生き延びるだけの生活を続ける。

カズキが直面した孤立感や経済的困難は、さら悪化し、次世代にわたって連鎖的に続いていた。

弱者男性・弱者女性マッチングの再導入

タケルが20代に入った頃、彼が育った社会には新たな「弱者男性・弱者女性マッチング」の仕組みが再び広まっていた。

この制度は表面的には自由意志による選択として進められていたが、実際には経済的不安社会的な孤立に直面する多くの若者にとって、結婚を通じて「安定」を得る以外の選択肢がほとんど残されていなかった。

政府はこのマッチングを「未来への一歩」「パートナーと共に新たな人生を切り開くためのチャンス」として宣伝し、若者たち積極的に参加を促した。

制度のもの強制ではなく形式的には自由参加であったが、現実的には低賃金非正規雇用や Permalink | 記事への反応(1) | 01:21

2024-09-22

anond:20240921101841

まりこの手の「無知無能」に反応して書くのは意味がないので好きじゃない。どうせ理解しないだろうし。でもまぁ一応書いておこう。この手の言説に迷う人もいるだろうし。

誤解

まず典型的な誤解している点を挙げておこう。

反日言いたいだけの人たち

まず、私の奥さん中国人だ。なので「中国人差別が起こらないか危惧する」のはむしろ当然だ。なぜかこの手の「無知無能」は、理由なく日本を叩きたいから書いていて、他に理由がないと思い込んでるらしいが。全く間違ってる。

中国人から常に反日なんてことは全くない。でなきゃ日本人と結婚するわけないだろう。

そしてその周りの人も反日なんてのはあり得ない、穏やかというか普通しか言いようがない。

犯人中国側あんたら

そして、これも誤解しているようだが、中国側犯人は、日本人でいえば他人に「反日」と言う人たち、つまり反日と言う無能」の考えと同じだ。

そもそも真っ当な考えからすれば、中国政府子供を殺す意図などあるわけがない。むしろ中国を害していると言える。

それなのに、犯人==中国側の「無知無能」は中国に利すると完全に勘違いして、子供殺害した。子どもなんか関係あるわけがないのに。

まさしく「反日と言う無能」、日本ヘイトスピーチをする奴らと考えが全く同じ。対象が逆なだけ。立場は全く一緒だ。

あんたら「反日と言う無能」と、子供殺害した中国人との違いは、子供大人かという、ほんのわずかな違いに過ぎない。

国家観を勝手勘違いし、外部から見たら意味不明な行動をする点に関しては全く同じ。殺してないってなら入管殺人をもう忘れたの?

あんたら「反日と言う無能」は、その殺害されてしまった子供のように、日本にいる中国人差別すればよいと思ってる。

しかも、日本ヘイトスピーチをする奴らは「無知無能」なので自らを反省することはない。

犯人と同じ立場に立たないから、日本差別を指摘する

日本で同じことが起こってほしくないからこそ、中国側と同様の「無知無能」、日本での「反日と言う無能」に反対すべく、差別が間違ってることを指摘してる。

案の定あんたら「反日と言う無能」は、そういう反省をしない。だからこんな記事が書けるのだろう。

ま、「反日と言う無能」に期待しないけど。

中国政府に言うのは構わないが無駄

日本に言うのではなく、中国に言えというのも少し違うと思う。

私は別に中国側に言うことを止めてるわけではない。

別に中国側には言うのは構わないが、それだと中国語で言う必要があるだろう。 日本人の言うことな中国政府が聞くとも思えない。

私などはそもそもロシアを支持する中国などひとかけらさえも信じてない。

言って何とかなるような中国政府だと思うのだろうか?むしろそういう「日本に言わず中国に言え」という人の方が中国政府を信じているような気さえする。

中国に言えというのを無能とは言わない。感情的にそう言いたいのはそうなのだろう。

でも非論理的であることに違いはない。なので中国側には言及しない。

日本を叩きたいだけ、というのはまさしく「反日と言う無能」が間違って考えてるだけ。

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