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はてなキーワード: スポットライトとは

2017-07-29

主人公になると決めた

 僕はずっと、自分人生傍観者だった。

 この感覚自体理解出来ないという人が多そうだ。と言うか、そうであって欲しい。僕という人間世界中に一人しかいないと理屈では分かっているが、僕に対する僕自身評価が「その他大勢」だったのだ。世界主人公は僕以外の誰かで、僕はそうではない有象無象の一部だった。

 キモオタコミュ障で、学生時代教室の隅でキノコを生やしながら本を読んでいた。イジメの標的にされなかったのは、比較的育ちのいい子ばかりの私立学校ゆえイジメ自体が少なかったからで、公立に通っていれば悲惨学生時代になっていたと思う。

 本や漫画の好きな、いわゆるオタ友達ならいたのだが、彼らとも時々隔たりを感じていた。「普通高校生が異世界召喚されちゃう、みたいな話あるじゃん。もし自分がそうなったらどうする?」なんて話をしていると、僕は野垂れ死にする自分しか想像出来なかった。ファンタジー世界に行ったらこ属性魔法が使えそう、とか、さすがに王族に見初められる自信はねーわ、とか、そういうバカ話をする友達が眩しく見えた。彼らは自分主人公である世界想像出来るのだと知って、羨ましかった。

 仮に最初からファンタジーRPG世界に生まれ落ちたなら、僕には名もなきNPCがお似合いだろう。世界を救う旅をする主人公に話し掛けられて、「夕食の材料を買いに来たんだ」とかのどうでもいい話をする人。ゲーム攻略の手掛かりを提供することも、プレイヤーの心に残ることもない、そういう存在

 頭も顔もよろしくない僕が、器用に生きるのは無理だった。せめて真面目に勉強して、それなりの大学に行き、手堅い職に就こうと思った。そして当初思い描いていたレールと比べれば、多少の紆余曲折はあったものの、最終的には建築系の企業入社図面を書く仕事に辿り着く。

 この仕事は僕に合っていた。PCに張り付いてCAD操作をするのは得意だった。雑談が苦手でも、最低限の挨拶情報交換さえハキハキとしていれば「自分作業に没頭できる人」としてプラス評価を受けられるのもありがたかった。休み時間にも図面を書いて練習したり、参考書を読んで勉強していれば、そっとしておいてもらえた。人間関係の苦悩も、当面は食いっぱぐれの心配もなく、収入は安定していた。

 顧客の「こういうものを建てたい」という注文や、上司の「法に触れないように調整しておいて」といった指示を、PC画面上に反映させていく毎日。僕は自分意思を持たない、人の言葉PCに受け渡すだけの変換機みたいなものだった。仕事自体は好きでも嫌いでもなく、ただ毎日が過ぎていく。それでいいと思っていたし、僕にはそれがお似合いだと思った。

 そこそこ経験も積んで三十歳になったある日、僕は小さな建築現場事務所に配属されることになった。

 現場事務所にも色々あるが、僕が回された先は労働衛生基準法に照らせば真っ黒な、およそ人の働ける環境ではないという最悪の部類である間取り関係上、空調の効きが悪く、夏は暑く冬は寒い。窓はないため無風であり、日光は差さず、機械音だけがうるさい。

 環境改善要望無視され続け、僕のメンタル一年でイカレた。それでも一年間は問題なく務めたのだから、この人事は正解だったと言うべきだろう。最初からいた現場長以外の、僕の後任として入った人たちは、ほとんどが数日でダウンするか逃げ出してしまったらしい。退職間際、現場長一人で仕事を回しているので大変そうだ、と人づてに聞いた。

 そんなことを言われても、発熱眩暈、圧迫感、何の刺激もない時に突然涙が出る。労働どころか外出もままならなくなった僕は、仕事を辞めざるを得なかった。休職も出来ると言われたが、回復後に同じ環境に戻される可能性を考えると気分が悪くなったので、丁重お断りした。

 変換機として生きて行くことは、もう出来なくなった。

 かような経緯から、今の僕は三十路過ぎのニートである。なんと切ない響きだろうか。結婚どころか恋人もいない上、肉体と精神も損なってしまった。あとは失うものと言えば貯金残高と寿命だけ、というこの状況にあって、僕は一つの気付きを得た。

 職と健康を失ったことで、親には心配を掛け、友人からは「無茶しやがって……」とオタクらしいコメントを頂戴し、必然的に世話を焼いてもらう機会が増えた。それはとてもありがたく心強いことなのだが、申し訳ないことに、施される親切が僕の欲求とずれていることがある。たとえば今はさっぱりしたものが食べたい気分なのに、友人が手土産としてベイクドチーズケーキをくれる、というような。

 当たり前だ。僕の親しい人たちは、僕自身ではないのだから。彼らは彼らなりに、良かれと思うことをしてくれるのであって、僕の漠然とした欲求を察してくれるエスパーではない。友人は僕が「チーズケーキが好きだ」と言っていたことを覚えてくれてはいても、僕が今なんとなく食べたいものまでは分からない。

 ましてや職場において、僕が本当は日の当たる綺麗なオフィスで働きたがっているだなんて、誰が想像出来ただろう。ぼっちが平気で本さえあればゴキゲンコイツなら、環境が多少劣悪な現場でも耐えられるだろう、と判断されたのに違いなかった。

 僕の欲求を察して満たしてくれるヒーローなんて、どこにもいないのだ。

 ならば僕自身が、僕の欲求を聞いてくれるヒーローにならねばなるまい。主人公の座に戻らなければ。次はどんな働き方をしたいのか、どういう生活をしたいのか、趣味だって好きなだけ増やせばいい。一つずつ確かめて実現させて行く必要がある。

 今までは周囲に流されながら、手の届くものだけを掴んでいたけれど、本当は自分で水を掻いて行きたい場所に行けばいいし、欲しいものに手を伸ばしたっていいのだ。

 そういう風に考えて顔を上げると、空が今までよりも広く見えた。ごちゃごちゃと続く街並みを眺めるだけで、心が躍った。

 世間には「誰もが主人公」というメッセージが溢れている。その言葉自分には当てはまらないと、僕はずっと思っていた。

 だが今なら、「誰もが主人公」という言葉を受け入れられる。主人公とは、舞台の上で華々しく歓声やスポットライトを浴びる人を指す言葉ではないと気が付いた。演劇よりもゲームイメージした方が分かりやすいだろう。僕は多くの人にとっての「その他大勢」だが、物語の中で果たす役割が何であれ、僕は常にその人物を通して世界を感じ取り、考え、行動する。使用するキャラクターカスタマイズは出来ても変更は出来ず、人に操作を代わってもらうことも出来ない。生まれた時から死ぬ時まで、ずっと主人公であり続ける。

 だから、僕は主人公だ。非力でいいとこなしで、ステータス異常「うつ」まで付いてる始末だけれど、装備やスキルを工夫しながら目的地に向かうことを許された主人公なのだ。設定された座標を往復するだけのNPCじゃない。

 今の僕は三十一歳。自分がやりたいことを見極め、がむしゃらに夢を追い始めるには微妙な年齢である。夢を叶えようとしても、たとえば警察官になるには既に受験資格を失っているし、俳優を目指そうにもこの年齢の未経験者を入れてくれる劇団を探すのは難しい。

 僕の場合は更に厄介なことに、そもそも自分のやりたいことが分からない。趣味と言えば読書ゲームジョギングくらいで、人に誇れるものは何もない。小学四年生くらいまでは作家になりたいと思っていたが、三十一歳になった僕が小学生自分を参考にするというのも情けない話である

 しかし、うん、作家か。今も昔も、本が好きなのは確かだ。文章が書ける限り何歳からでも目指せる、年齢制限のない夢があるというのは悪くない。故に諦めを付けるのが難しいという、泥沼のような側面には注意を払う必要がありそうだが。

 他にもきっと、意識するより先に諦めてしまった「好き」や「やりたい」が山ほどあるのだろう。中には既に、年齢制限に引っ掛かってしまって叶わないものもあるだろう。それでも今の僕は、それらを探しに行きたいと思う。仕事でも、趣味でもいいから、傍観者をやめて、僕自身物語に介入したいと思う。

 それにしても、まさか三十路を超えた後にやりたいこと探しをする羽目になるとは。作家になりたいです!と公言するのは匿名記事ですら気恥ずかしいのに、年齢がそれに拍車を掛ける。若い人は是非、若い内にこの恥をかき捨てておいて欲しい。

 僕の物語ハッピーエンドである保証はない。夢を一つも叶えられないまま死ぬのかも知れない。そうだとしても、ジタバタもがいた後の方がきっと安らかに死ねると信じ、決意を固めるべくこの記事を書いた。デスクワークしかしなかった日よりも、気力を振り絞ってジョギングに出た日の方がよく眠れるのと同じように。

 三十一歳、無職独身恋人なし、病身。見事な詰みの現状から、この先何が得られるのか、少しワクワクしている。



追記:

 コメントトラバともありがたく拝読している。僕は個別に返信出来るほどマメではないので、かいつまんで書く。

 とりあえず、今の僕は既に心療内科のお世話になっていること、療養二ヵ月目でそれなりに落ち着いていることをお伝えしておきたい。

 この記事では「主人公」という、誰にでも通じるであろう言葉を用いたけれど、意味としてはゲーム用語の「プレイヤーキャラ」の方が適切だと思う。僕の自意識主人公のそれになっても、他の人から見れば立派なモブのままだ。

 ブクマコメで指摘されている、「これといってやりたい事が無さそうに見える」は、本当にその通りだ。自分のやりたいことを考えてみた時、小学生の頃の夢しか思い出せないくらいには何もない。

 最初から主人公としての自意識がある人には分かってもらえないかも知れないのだが、「お前は主人公じゃない」「どうせ何も出来ない」と自分に言い聞かせ続けていると、やりたいという気持ち自体が起こらなくなる。出来もしないことについて考えるのは、不毛無駄なことだから。出来る人を羨むのはしんどいから。心を守るために、「別に自分はやりたいとも思わないし」と思い込むようになってしまう。

 ずっとそんな風に生きてきた僕は、まずやりたいことを探すところから始めなければならない。言われてみれば、似たような筋書きの作品はいくつも思い当たるのに、僕は今まで何を読んでいたのだろう。本で読むのと、体で理解するのは別のことだということか。

 実は僕の状況は、詰みというほど悪くはない。失ったものは大きいが、得たものもまた大きかった。この記事に書いた自意識の変化が一つと、もう一つは人に恵まれていると実感出来たことだ。

 別地方勤務の同期が突然旅行で近くまで来てくれたり(うつ患者観光案内させるとか鬼か)、元上司が飲みに連れ出してくれたり(薬の関係で僕は飲めないのに)、オタク友達はここぞとばかりにDVD押し付けてくる(全部観ているとただのヒキコモリになってしまうからやめて欲しい)。

 盛大に人生をスッ転んだ結果、それでも助け起こそうとしてくれる数少ない人、僕が大切にすべき人たちをハッキリと見分けられるようになった。今のところ僕のやりたいことリスト最上位は、「この人たちに恩返しがしたい」だ。自分欲求とのバランスを取りながら、頑張ってみたいと思う。

 今はチーズケーキの気分じゃないとか言ってごめん。今度は僕が、自分で選んだ菓子を持って遊びに行く。

2017-07-09

デリバリープロパイダの中の者だが人手不足配送現場はもうヤバイ

最近ニュース晒し上げを受けているデリバリープロパイダこと零細配達企業の中の者です。

正直に申し上げますが、配送現場は終わっています

皆さんはクロネコヤマトしか知らない人も多いですから配送=日時通り届いて当たり前。不備があっても逐一、電話連絡があって当たり前…と思っていますよね。

残念ながら、それはヤマトからこそ出来る芸当で、一般的配送業者には真似出来ません。

ヤマトは、社員教育配送オペレーション拠点の数まで全て完璧で、配送においてヤマトの横に出るものはいません。

Amazonゾゾタウンの無茶な即日配送も、今までこなせてきたのはヤマトからこそ、って話なんです。

Amazonは「デリバリープロパイダもヤマトよりサービスが2割ほど劣るだろうけど、問題ないレベルだろう」って思ってるでしょう。

しかし、外資Amazonは零細配送業者のレベルを分かっていなさすぎる。

自慢出来ることではありませんが、我が社の新入社員は足し算引き算も怪しい社員がたくさんいますよ。

元◯◯者もいますし、人手不足で引く手あまたの配送引越し求人にすら受からないヤバイ人が集まっているのが零細配送企業です。

全てのデリバリープロパイダがそうとは言いませんが、うちはそういうレベルです。

人材レベルがそんな低水準ですから、例えば、こんなミス毎日のように起こります

宅配ボックスの使い方が分からず、宅配ボックスの前に置いてきてしまった。

・「壊れもの」と書いてある荷物を投げて、壊れものでない荷物を丁寧に扱っていた

ユニフォームを汚してしまったため、普段着配達

・住所が分からず、指定日配達なのに倉庫に持って帰ってきておまけにミスを隠した

配達先の若い女性ナンパ

このようなトラブルが起きれば、当然クレーム電話が来ますが、そのクレーム電話すら受けられないほど人手不足

社長ゲキを飛ばすだけの根性論者で、クレーム対応事務のおばちゃんに押し付け

クレームは1円にもならないが、荷物を運べば金になる」というのが社風で、サービス精神のかけらもない感じです。

当然、客にもAmazonにもタメ口対応

「時給300円で人を雇いまくれ。Amazon荷物で稼ぐぞ!」

ヤマトが逃げた今、うちらスポットライトが当たり始めた」

等、社長は今の状況を喜んでいるようですが、現場手取り12万(自爆あり)で休み無し14時間肉体労働限界がもう来ています疲弊しています

とにかく私が伝えたいことは、配送現場デリバリープロパイダの中の会社はいろいろやばいです。

Amazonさん、お願いですから外注放り投げはやめて、外資パワーで自社の配送業者を作って、まともな労働環境ヤマトレベルサービス提供してあげてください。

何で人手不足なのに待遇よくならねえのかな。もう死にたい

2017-07-03

小原英治という漫画家について

まず言っておかねばならない。彼は間違いなく天才的な漫画家「だった」。

彼は『コリンズ先生気をつけて』というタイトル読み切りデビューしたらしい。らしい、というのは現物が手元になく確認できないのだ。

なんでも、1985年発売の「マガジンフレッシュ」とかいマガジンの増刊に載っていたようなのだが、マガジンフレッシュなどという雑誌存在インターネットからほとんど消失してしまっているのである。これではどうしようもない。

入手不能のデビュー作は置いておいて、デビュー単行本の話に移る。

先に言っておくが、この作家、たったの一冊しか単行本を出していない。

そのタイトルは「がんばれアニマルズ」……。タイトル地雷漫画のようだが、当然中身も地雷である。なんも面白くない。地雷中の地雷である。一巻で打ち切りになったのも当然である

ちょっと待て、小原英治は天才なんじゃないかって? それもまた真である

なぜならがんばれアニマルズは原作作画が分かれているのだ。小原英治は作画担当。クソおもんない脚本に対する責任は負っていない。

このがんばれアニマルズにおいても、小原英治はいかんなくその才能を発揮している――。躍動感溢れる画面、息を呑むスピード感。でも、脚本があまりにも異次元レベルでおもんないので、作画も霞んで見える。悲しい話だ。

……作画面に全く問題が無かったのかと言われると、女体が致命的にえろくないとか、カラーがひどすぎるとかい問題があるが、それでも圧倒的に脚本責任のほうが重い。

彼が真の才能を発揮するのは、この後描かれた漫画である。その読み切りたちのタイトルは「ベガ将軍の憂鬱」「ひとつだけ光るもの」「俺は待ってるぜ」「あとは神様にでも言ってくれ」だ。タイトルから察せられるとおり、この短編たちはストリートファイターアンソロジーに寄せられたものだ。

この短編脚本作画小原英治によるものだが、なんとまあ。おもしろいのだ、これが! なぜデビュー単行本原作をつけたのか問えるものなら問うてみたい。明らかに、彼一人ですべてこなしたほうがよかった。足を引っ張られすぎだ、あれは。

愚痴はここまでにしよう。この小原英治という漫画家、何が良いのかと言われると全て良いとしか言いようがないのだが、(コマ割りも構図もテンポもなにもかも上手い、絵が緻密だが読みにくくならないように白と黒割合が考えられている、ページに対する情報の詰め方が上手い。漫画教科書採用されてしかるべき出来だ)

なんといっても上手いのは、台詞回しである

とくに台詞が優れている、「ひとつだけ光るもの」の台詞引用しよう。

(場面は夜。たった一軒の家と、小高い丘、その上にはひとつだけ小さな墓標が立てられている。その傍に一人の男が居て、暗闇の中紫煙をくゆらせている。その傍らには一仕事終えたらしいスコップが置かれている)

――以下引用


ケン(妻が死んだ)

ケン膵臓ガン まだ20代の若さだった)

ケン(この手に残ったものといえば 家と幾何かの金 それに 発狂するには充分過ぎる程 退屈な日常

(なにかを思案して、家に入っていくケン

ケン(俺は昔 身を置いた世界へ再び 足を踏み入れた)

(ここで場面転換。ディージェイ相手ファイティングポーズをとっているケン

ケン(借り物の人生に 別れを告げるために)



ここまで引用――

どうだろう。この間、わずか一ページである。一ページで完全に舞台設定と登場人物の背景と物語の導入が、流れるように行われている。

なんだよそれだけかよ、たいしたことないじゃん、大げさじゃないか?と思われてしまうだろう。残念でならない。俺のつたない描写力では、彼のきわめてすぐれた台詞回しを支えている画面描写についてまではカバーしきれないのである

彼の漫画をここに貼り付ければ、この一ページを目撃しただけでたちどころに1万人程の人間がショック死することは請け合いなのだが。


ところで、この漫画、「イライザ死んでるって、どういうことよ!?」と思ったかたもいらっしゃるだろう。

それもそのはず。小原英治のスト漫画は、一つたりとも原作に準じていないのである

あらすじを列挙してみると、


ベガ将軍の憂鬱

ザンギエフブランカが女たちを奴隷にして死闘を演じさせている! リュウケンは助けを求める女の手紙に応え、(スケベ心混じりに)中東へ飛んだ。

からくも悪の幹部を打ち倒すとベガどや顔でやってくる。以下、台詞引用

ベガ貴様ら2人を政府高官に対する暴行障害の罪で拘束する」

ケン「!!」

ケン「ベ ベガ

ベガ「と言いたいところだが 今回は見逃してやる 早く逃げろ」

リュウ「なんで貴様が?」

ベガ「実は今この国で将軍をやっておる」 「知らんのか」

ケ「知らなかった」

ベ「三ヶ月前までは万事順調だったんだがなあ ザンギエフブランカ野郎国王にうまくとり入りやがって 見ての通りやりたい放題よ しか親衛隊ともなると俺もうかつには手が出せん」

ベ(そこで俺は一計を案じた)

ベ(女の名を騙って一筆書けばスケベで脳カラマッチョが来て奴等を始末してくれるのではと…)

ベ「しかしこれ程うまくいくとは」

ケ「お おいじゃこの手紙

ベ「私が書いた」 (日ペン三級)

ケ(なんつーガラに似合わぬ字だ)

ベ「おっ サツが来たぞさっさと帰れ」

ケ「てめえ こんだけこき使ってくれたんだ ギャラの一つも払ってくれるんだろな お」

ベ「つけとけ」

ケ「糞ったれの×××野郎!! ×××かんでしね~」

……という顛末である

「スケベで脳カラマッチョ」というあまりにもあんまり罵倒語個人的お気に入りである

ひとつだけ光るもの

上記導入の通り、イライザが亡くなり、ケンは格闘業を再開する。(この話において、ケン一時的に格闘業を廃業していた。……というか、財閥御曹司ですら、ない。取り柄といえる格闘家としての自分を捨て、おとなしく夫として

生きていたのだろうが、妻が亡くなったためにケン文字通りからっぽになってしまったのだ)

より良い闘いを求め、ケンは昔の仲間を頼るのだが、

フェイロン俳優として専念、キャミィ専業主婦本田親方としての仕事に集中し、ガイルに至っては行方不明である

チュンリー言及されていないが、おそらく(エンディング通りに)格闘家廃業している。刑事もやめているのかもしれない。

リュウに対して触れていないのは――死んだんだろう、たぶん)

落胆するケンに、ザンギエフが諭す言葉がつらい。(台詞引用

ザンギエフ時代が違うんだよ ケン

ザ「今や ケンカってえのは 衰退種である人類に許された最後蛮行なんだぜ そいつを見せ物にしない手はねえ 巨大資本メディアがついて廻るのさ」

ザ「今どき無償で痛い目にあう輩なぞいやしねぇよ」

ケンあんたはどうなんだい」

ザ「俺だって そうさ ここ何年かはショープロレスで喰ってる ロープに飛んで帰ってナンボの世界よ」

ケンは魂の抜けたような目で、静かにこう考えている。

ケ(俺はただ生き続けたいだけなんだよ)

これは1人の格闘家が牙を抜かれ、「借り物の人生」を生き、妻の死を契機にまた自分人生を生きる物語だ。

であるのに、最後モノローグは言いようもなくもの悲しいのだ。

サガットなら真面目に戦ってくれるだろう、という助言を手に、ケンサガットの元へ。(以下引用

ケンクエスチョン!」

ケンザンギエフが言うにはあんたは俺と同種なんだそうだが」

かませ「なんだよあんたそこをどけよ 俺選手

(かませを殴り倒すケン

ケ「そりゃ 真かね ダンナ

観客「ゲーッ なんだ おい 飛び入りかよ!! マジ?」

観客「これじゃカケになんねえよ」

サガット「シッ」

ケン「ぐが」

(わざとらしい殴り合いをしている 顔面血まみれ)

観客(こいつら― わざと―)

ケ「こりゃあ ズブロッカ4本は安かったかな」

サ「奴に言っとけ 4本しか飲れんようじゃ 退引け時だとな」

ただ1人本気で戦ってくれたサガットを倒し、満足げにリングに立っているケン

モノローグ引用

(ああ イライザ 僕はもう少し 生き続けることができそうだよ―)

スポットライトを浴びながら、そんなことを考えている。そうやって、ケン死ぬまで生き続けるのだろう……。そんな未来を思わせる終わり方だ。

「俺は待ってるぜ」

生意気アレックスをくたびれたロートルケンが殴る。

あらすじはそれだけで、この話は会話劇がたまらないのだが……。

現物を 入手 してほしい

この話に関してだけはちょっともう抜粋した台詞なんかでは到底伝わらないと確信が持てる。どうにかして手に入れろ。「ストリートファイターⅢ」のアンソロジーだ。今は潰れてる新声社のアンソロだ。

とにかく手に入れてくれ。話はそれだけだ。

I'll be waiting for you,kid.


「あとは神様にでも言ってくれ」

ガイルアベルを殴る話。

この話はフルカラーなのだが……。……。……。

ちょっと言いたくないのだが。小原先生カラーが下手だと思う。

2009年に発表された「あとは神様にでも言ってくれ」を最後に、小原英治は漫画から姿を消した。というか、この作品も十年越しぐらいに発表しているので、基本的寡作である

俺は最後短編が発表されるまでは「病気になったのだろうか、漫画が描けない程の……」と思っていたのだが、どうもそんな気がしなくなった。

「あとは神様にでも言ってくれ」はデッサンも整っているし、線が乱れているわけでもないし、空間認識力は問題がなさそうだ。色彩感覚は元から妙なので病気をしたということもなさそうだ。

俺の考えていた脳や神経や目の病気という線はどうも薄いように感じるのだ。

であれば、残るのは経済的問題だ。

漫画家で稼げるのはごく一部の人間だけである

であるので、たぶん、別の業種に行ったのだろう。ふつうサラリーマンでもやっているのだろう。

……悲しい。

損失である。彼の新作漫画が読めないという事実は、全人類にとって大きな損失である、と断言できる。

もしも彼が「漫画家では生活が立ちゆかないから」漫画家をやめたのだとしたら、言いたい。

あなた生活が安定すること」よりも。

あなた漫画を描いていること」のほうが、明らかにこの宇宙において優先されるべき事項であると。

もしも彼の知人がこの文章を読んでいるのなら、彼を無理矢理にでも表舞台に引きずり出してほしい。

だいたい、今どき絵で金を稼ぐのがそんなにハードル高いのか。

ただの漫画家ならともかく、彼は天才だ。できる。やれる。金を稼げる。絶対稼げる。

から、描いて欲しい。

というか、描け。漫画を描け。可及的速やかに描け!

以上、一ファンの主張でした。

2017-07-02

つくづく英語時代拡散力の時代)ってだけの話

なぜハッカーが生まれなかったのかとか的外れなこと言ってる人がいるけど

ハッカーなんて、情弱でもわかりやすパッケージとして見せられるかどうかだろう

任天堂岩田さんだってハッカーとして売り出してたらハッカーってことになってただろうし

そんなのはマーケティングの話でしかない

まり売り出すか売り出さないかだ

いつぞやゲームクリエイターというイメージパッケージVジャンプ最初にやったんだ!という鳥嶋社長インタビューがあった

本当かどうかは知らないが興味深い話なのでまだ読んでない人は読むといい

http://news.denfaminicogamer.jp/projectbook/torishima

ゲームという世界だし、ゲームクリエイターってのはハッカーに限らないから今回の話の例として出すのはおかしいと思うけど

イメージパッケージとしていい例かなと思って出してみた。

まり日本においてハッカーというパッケージで売り出そうとしたメディアはいただろうかって話がある。

ゲームクリエイターというパッケージ以前も、ゲーム作ってるお兄さん的な存在雑誌インタビュー受けてたのは子供のころ読んでたゲーム雑誌で覚えているけど

ゲームクリエイターになってからは、常識変えてやります感とか急に出て驚いたのを覚えている。(背景は黒でピンスポットライトなんか充てられてね)

ハッカーもまさにそんな空気演出したなにかだろう、コンピュータに詳しいおじさん以上の存在としての何かを日本メディアは求めただろうかって話。


イメージパッケージ以上に影響が大きいのは、活躍の場、そして拡散の力、つまりそれは言語ってことだ

2ch4chanでも世界への影響力に差がある

そもそもFacebookなんて技術力(つまりハッカー)の力でのし上がった企業ではない

まりコミュニケーション拡散力が勝敗を決めるってことだよね

いやいや、技術力ありますやん、facebookすごいですやんって思うだろうが、それは結果的金もった企業が雇ったにすぎない

RubyにしてもMatz英語を駆使して布教たから、RoRにつながったんだろう

良い言語からだけでは今のRuby地位はなかった(それでもPythonと比べてどうのこうのと言われるのもきっと拡散力)

Matzさんはモルモン教徒で、大学を休学してアメリカ布教活動してたみたいだけど、今のRuby地位とこの経験無関係ではないと思うよね。


イメージパッケージ拡散力、そしてそれを可能にするツールとしての英語

これはほんと重要だと思うよ。

ゲームなんかはオンリーワン的な存在から無効翻訳させてくれって言ってくるの待っててもいいけど

ITなんかはサービス業からこっちから行かなきゃ向こうで類似サービスが立ち上がって終わるだけ。

まだJAVAapplet全盛時代日本お絵描き掲示板ってのがはやって、これ海外でもoekakiBBSって名前ニッチなはやり方したんだけどさ

これアメリカでやってたらクラウド時代だなんだってイメージパッケージしてこれが最先端ですって言ってただろうなって思った。

日本じゃアメリカブログよりまえに、WEB日記がはやったけど、海外メディアブログだなんだと言い出してブログ流行り始めた


そういうことよ

任天堂youtube動画再生はNOAのほうが10倍多いからね

英語が話せると10億人と話せますみたいな話。

2017-06-11

30代童貞の咎、無職の罰

30代童貞無職でも優しくされたい!を書いた増田だ。

http://anond.hatelabo.jp/20170529064047

最初に謝罪なのだが、実は元の記事は二、三年ほど前にここに書いたが全然反応がなかったものの再投稿であった。

黙っていてすまん。

でも相変わらず30代童貞無職であるので、釣りではない。

相変わらずどころか、加齢のぶん状況が悪化してるわ。

ザッと見た反応には共感も叩きもあるが、とりあえず前と違ってガン無視されなかったというだけでいくばくかの慰めを得ることができたので、そこんところに大いに感謝したい。

それでも叩いたり説教した奴はとても憎いがね……。

ところでこの記事のタイトルイリヤの空UFOの夏が元ネタだ。


俺の発言がかつてないほど話題になって調子づいたので、その反響に対する自分語りを長々追記する。

悪いが、提案や説教に対して、でもできないよおと拗ねる内容だ。

返事しやすいことにだけ返事しているから、クリティカルな指摘はスルーしてるかもしれん。

この追記に含まれ話題は以下の通り。

・俺の求める優しさとは何か

・俺から他人に優しくすべきだという話

フェミニズム

宗教

メンタルクリニック

ボランティア

創作

風俗

・会おうかと言ってくれる人について

無職で生かしてもらってんのがこれ以上ない優しさ

・働け


沢山ツッコまれている、「お前の求める優しさってなんだよ」ということを考えてみた。

自分の中でもふわっとしてるので、とりとめなく羅列する書き方になってしまうが。

たぶん俺が欲しているのは、物理(経済)面と、精神面の両方とで、自分の生存に罪悪感と不安を覚えなくていい状態ができてほしい、ということに近い。

居場所を作ってほしい、支えができてほしい、許しを与えてほしい、関係を持ってほしい。

こんな存在価値のない無能が生きていて申し訳ないとか、人と会話して申し訳ないとかの自罰的な気持ちと、その反動で貯まる攻撃的なルサンチマン、更にそれらからくる社会活動経済活動のうまくできなさから解放されたい。

生きている現在と、生き続ける将来に安心したい。なんとかいい感じに暮らしていけそうだとほっとしたい。

物理面の安心は、セーフティネットや、俺でもつとめられる安定した職や、日本の将来の暗さの解決なんかが欲しいってことだろうか。

精神面の安心は、流行っている言葉で言えば自己肯定感が欲しいとまとめられるかもしれない。

個人でも、思想でも、社会システムでもいいから、俺に優しくすることで自己肯定感を育て直す手助けをしてほしい。

俺が幼稚だという感想も見たが、育て直しを手伝ってほしいってのを望むくらいだから、そりゃ幼稚なんだろうな。

他人を頼るなって意見も多く、そうできるにこしたことはないけど、自己肯定感を独力で育てるのそうとう厳しくないか

厳しくてもやるんだよ、甘えるなっつーのが現実人生ですけどね。

ついでに言えば、自己否定感をもたらす色々なものから守ってもほしい。

守ってほしいというとお姫様気取りかよと言われそうだが、思想信仰も密な人間関係も、外部の影響で精神が動揺するのを防ぐファイアーウォールになるというのが役割の一つだと思う。そのせいでそれらにハマった人は意見を変えづらくもなるのだが。

ネット越しのあれこれを見てると、ファイアーウォールの十分でない俺の精神はどんどん腐っていくのを感じる。

だが他に気軽に寂しさを紛らわす手段もないので延々ネットを見ている。

そもそもこういう記事を書くこと自体、優しい言葉と厳しい言葉を両方飛ばされるかただガン無視されるかのどちらかだから、俺みたいな拗ねてこじらせた脛齧り野郎はやらないほうがいいんだ。

共感が10個あっても叩きが1個あったら叩きばかり印象に残る性格の奴が、運がよくても半々、そうでなければ袋叩きになるような愚痴ネットに書いてその反響を追うのはよくない。カウンセラーにでも愚痴るべき。それはわかる。

カウンセラー愚痴っても淡々と聞かれるだけで虚しさが募ってきたから、我慢できず書いちゃうんだけど。

言ってみりゃ、BUMP OF CHICKENリリィみたいな存在出会いてえんですよ。

弱音と苛立ちをこぼしても「そういうところも全部かわいい人ね」って言われてえよ。

無職なのでスポットライトも浴びてないしがんばって自分を唄ってもいないけど。

いやこの増田が俺にとってのステージだ。


人に優しさを求めるならまず自分が周囲に優しくしろ、というコメントも多かった。

この場合、俺が他人に送るべき優しさってなんだろうな。俺が求めてる優しさは上で書いた感じだが。

俺には、ただのオタクとしての名義や、リアル本名もある。

オタクリアルの方では、人の愚痴にはできるだけ親身に乗っているつもりでいる。いいと思った創作者に長文感想を投げたりもする。落とし物を拾う手伝いとかする。

どれも迷惑な押しつけかもしれないし、性根の腐り具合が滲んでるかもしれないけど、いちおう些細な優しさだとする。

でも、それが相手の救いになってるかというとたぶん全然ダメ

たとえば仕事がきついとか、上司セクハラしてくるとか、金がないとか、親との関係が悪いとか、モテないとか、ネットで叩かれたとか、そういう愚痴に俺ができるのは「大変だよな」「そいつマジクソファッキン口からウンコ漏らし」「思いつめない方がいいよ」などを言うだけ。作品への感想も結局は面白かったと言ってるだけ。

しばらく泊めてやるし旅費も出すからろくでもない家と会社からは逃げてきなよと言うとか、出版関係者コネがあるから紹介してあげるとか、そういうちゃんと役に立つ対応はできない。

俺は地方民なので、知人はみな地理的に遠く、日常的に会って一時的ストレスを紛らわしあうこともできない。(俺と会ったらむしろストレスが溜まるかもしれないが、一般的にはそういう優しさもあるだろうってことで)

生活に将来性がないので、他人自己肯定感を育てられるほど長く密な関係を築くこともできない。

お金も社会的安定も能力甲斐性ない人間は、責任のある優しさ、問題解決能力のある優しさを人に与えられないんじゃないか

から俺も優しくされないのか?

服を買いに行くための服がない問題みたいだな。


フェミニズムについて書いた部分もあれこれコメントされている。

元の記事でフェミニズムマチズモの双方を俺の敵対陣営として書いたが、根源的にはフェミニズムは悪ではなくむしろ公正さを目指すって意味では善なる思想だと思っている。

しかし、昨今俺に最も自己否定感や罪悪感をもたらしてくるのがフェミニスト的な言説だから敵視しているのだ。

俺のガバガバメンタルファイアーウォールを突き破ってくるんだよ。

そういうのは真っ当なフェミニストではなく一部の過激派だとか、フェミを名乗るミサンドリストだとか、脳内フェミだとか言われるのだが、とりあえず確かにツイートブログが見えるから脳内妄想ではないとして、一部過激派ミサンドリストと「真っ当なフェミ」なるもの区分するのは非常に困難である

自己否定を煽られたならミサンドリーだとするなんてのは、俺に/男に都合のいい意見しかフェミニズムと認めないなどという傲慢極まるスタンスになるのでありえない。

そしてフェミニズムも色々な考え方があるっぽいから、明らかに罵詈雑言を投げてるタイプくらいしかミサンドリーだと断じきれない。

そもそも疑問なのだが、ミサンドリーの入ったフェミニストが見分けられたとして、フェミに耳を傾けましょうって立場人間が「ミサンドリーフェミの主張は無視していい」なんて言うのはアリなのか?

ミサンドリーの奴らは、男によっぽど嫌な目にあわされたとか、別に大した理由はなく性格が歪んだとかで男に憎悪を抱き破壊的なことを言うわけだが、そこで他人聞く耳を持たなくていいのは破壊的な部分に限られていて、あいつらがどんな被害にあったとかどこに男女不公平を感じるとかの指摘を無視することに正当性はないのでは?

たとえて言えば、テロリストテロ行為は許すべきでないが、なぜテロリストテロ思想に走ってしまったのかという部分は着目するに足る、みたいなのと近い。

ミサンドリーフェミニスト言論テロリストだしその論調と主張手段は責められて然るべきだが、あいつらが語る己がテロリストになってしまった理由については、ある程度の誇張を割り引くとしても聞いてやるのが、フェミ親和派としちゃあ正しいのでは?

男性への不公平感や抑圧感が嫌悪憎悪レベルに達することで「あいつらはミサンドリストからフェミニストではない」と切断処理の対象になってんのって変な気がする。

などとやたら長く書いたが、どっちにしろミサンドリストフェミニストも嫌いなんだ俺は。

だって俺が男である以上、体格がいいとか化粧しないでいいとかヒール履かなくていいとか生理がないとかガラス天井がないとか性暴力を受けづらく与えやすいとか性別由来の既得権益を得てはいるし、どんなフェミニズムであれその権益の使い方や再分配をよく考えましょう配慮しましょうと啓蒙してくるわけで、それは公正ではあるけど「ああ、男である俺は不当な利益を貪ってんだな、反省しなきゃな」みたいな気分にさせられるから、そりゃあ嫌いになる。

そのくらいの自省要求にすら耐えられないほどクズなんすわ、悪かったな。

痛いところを正しく突くな。回避不能な罪悪感で縛るな。

フェミニズムは公正で善かもしれんが、俺には精神有害なんだ。

しかし考えてみれば、ネット議論は幾らでもある中で俺が特に精神をかき乱されるのがフェミ主張ってことは、否が応でも目に入ってしまうくらいフェミニズムネットに行き渡り無視できない勢力にまで育ったわけだからフェミにとっちゃ順調っちゃあ順調なんじゃないの。


さっきちょっと信仰と書いたが、宗教を勧めるコメントも多かった。

わかる。

持たざる者精神的救いを求めるなら、宗教が王道と言っていいと思う。

自分でも、上手くハマれればとても楽になれそうな気はずっとしている。

でも俺は宗教めっちゃ嫌いなんだよ。

結婚式チャペル行くのも葬式で数珠握るのも地鎮祭も、もちろん新興宗教の類も、くだらないしキモいと感じられる。

から楽になるだろうことは分かっていてもやりたくない。

この場合宗教はいわゆる神様を拝む系の宗教を指しているので、科学信仰宗教嫌いも宗教であり~みたいな話は今回はなしで。


宗教の他には精神病院に行けという話もあった。

実はすでに、病院カウンセリングには学生の頃から通っている。

病名はついているが、憂鬱イライラ胃弱くらいしか自覚症状がないのでピンと来ていない。

延々経過観察されている。

薬は全然効かないので、現在憂鬱が激しい時にその場で飲む薬しか処方されていない。

障害年金はもらえそうにない。


ボランティアを提案する人もいた。

実はこれも嫌々ながらやったことがある。

某NPOの臨時作業員というかお手伝いみたいな感じで数か月混ぜてもらった。

でも、NPOの人らが輝いた眼をして、力強い握手と共に「増田クン、まずは元気な挨拶からがんばろう!」と言われた一日目の時点で内心もうダメだった。

いや挨拶はしていた。どっちかというと丁寧にしていたつもり。小学校クラス挨拶名人賞を受賞していた杵柄だ。

ただ全盛期を過ぎた今の俺の挨拶はオドオドさも香るスタイルになってるから、エネルギッシュな人たちからすると元気よくと言いたくなるのは分かる。

でも俺とは求める心地よさが違うのだなと感じた。血圧が俺より30くらい高そうだった。

あと単純にボランティアの具体的な活動でも俺はグズで気が利かなくて、役立たずとして混じってるのがキツかった。

ワンシーズン活動が終わったあと、臨時お手伝いの立場ながら打ち上げに呼んでもらえたので優しくしてもらったとは言えるんだろうけど、その最後打ち上げの席も辛かった。


創作ブログも多少やったが、しんどくてやめた。

気力体力行動力の消耗がヤバかったし、がんばって書いても読者が少なくてあんまり褒めてもらえないので悲しくなった。

小さいものを一つ作ることはできても、それを複数作ったり書き続けていくのはひどく大変だ。

内容が多少まずくても創作できる人はそれだけですげえよ。42.195kmを走らず歩ききるだけで凄いようなもんだよ。


風俗

俺の「童貞」という悩みを噛み砕いて言えば、「コミュニケーション能力と、アイデンティティのかなりの位置を占める男性という属性の二つが、他人(特に男性から被害を受けやすい女性から受容されたことがないことによる、不全感や許されていない気持ち」が問題なので、お金で受け入れさせたところで解決になる気がしない。むしろその手段を取ることで罪悪感が増しそうで怖い。金という暴力で女を従わせたってことになる。

なんて言ってみたが、風俗でいいから一回ヤってみてーという即物的な気持ちもモチロンある。

でも実家暮らしだと、家族風俗行ったとばれないかという心配事もありなかなか行けない。

男性性なんかにアイデンティティの重きを置くなって意見も見るが、その重心バランスセルフコントロールムズイでしょ。


はてなの内外で、首都圏だったら飯奢ったり遊んでやるよと言ってくれる人をちょっと見た。

とてもありがたい。だがすまないことに、前述の通り俺は地方民である

まあそうじゃなくても、こんなクズ of クズな記事書いといて非匿名で会うなんて、恥ずかしさと怖さでできやしないが。

知人に首都圏在住者が多いのもあり、そっちで暮らしたい気持ちは大いにあるが、以前親に話を振ったところ良い反応をもらえなかったので無理だ。

自殺企図したことがあるため、離れた場所に行かせるのは心配らしい。

「30代になって親の顔色をうかがうとか幼稚すぎる」と言われるだろうが、親と話し合ったりお願いしたりということが物凄く苦手でダメだ。一度話を振っただけでとても勇気を出したくらいだ。


無職でもその年まで生かしてもらえてることが最高に優しくされてるだろというド直球。

就職しろというド直球。

あなたたち、その通りです!!!! 

養ってくれているお父さんお母さん、医療保険を使わせてもらってる社会ありがとう! 年金くらいは払ってます!

腕力なくて荷物を落としそうになって迷惑かけたバイト先、一回寝過ごしたらもう顔見せるのが怖くて連絡を絶ったバイト先、寝坊した上道分かんなくなって面接キャンセルした就活先、集団ディベートで変なこと言う俺と同じ組になった就活生、興味ある職種を答えられず困らせたハロワ相談員さん、ごめんなさい!

こんなに迷惑をかけても、直接的な刑罰とか咎は負わされてなくてこの社会クズにも優しい!

その辺はマジその通り。

なのに、こんなに優しくされてるのに、なんでか人生がうまくいかねえし外に出るのが辛いし社会他人と関わるのも不安だし心身落ち着かねえしで自分じゃどうしようもねえし辛いので、もっともっと優しくされたらうまいこといかねえかな、誰か救ってくれよっつー夢想を書き殴ったのが元記事なわけ。

自分じゃどうしようもないとか甘ったれてんじゃねーよ人は自分で何とかするしかないんだよとか、むしろ優しくされすぎたのが悪いんだよとかの声も拝聴しております。



書きたかったのはだいたいこんな感じだ。

自己卑下してかわいそうぶることで批判を避けようとしているのが鼻についたら申し訳ない。

卑屈さによる防御は卑怯なのだが、いったん頭に浮かんだ卑屈さや恐れを脱臭するのもこういうクズ人間エッセーみたいな文章ではニュアンスを損なうのでは、と考えるとよくわかんなくなった。

よくわかんなくなったということを言い訳にして、卑屈さを大量に残して責めづらくする予防線を張り、そして予防線を張ったことについての予防線を更に張る卑怯な書き方申し訳ない。

薄っぺらく心にもない謝罪を繰り返していて申し訳ない。

2017-06-05

これ突っ込み方でレベルを測定できる(アピールできる)良エントリじゃね?

http://anond.hatelabo.jp/20170605014204

kenjou なかなかおもしろいですけど、突っ込みどころは多いですね。「徳川」は新田源氏の「得川」から来ており、でっちあげではないです。早雲の伝説が生まれたのは江戸時代で、後北条氏自体は関与してないです。などなど。

リンク2017/06/05 Add Star

damae 徳川家康源氏だって時点で独自研究どころかただの妄想だよ。徳川家康家系図いじって源氏の末だと名乗っただけで、徳川氏松平氏)は清和源氏だなんて証拠は今の今まで一つも見つかっていない

リンク2017/06/05 Add Startsutsumi154

たとえばこの徳川に突っ込んでる2つ

どっちも間違ったことは書いてないけどいろいろわかってるのは圧倒的にkenjouのほうだよね

徳川家系は怪しい」なんてのは歴史まとめレベル知識で、そこで立ち止まって大威張りということは下の人全然それ以上のものがない

徳川新田系名乗ったか徳川なんやで」って知識アピールしたがるほうは、まだそれ以上のことも知ってそう

operator 平清盛伊勢平氏平氏の本流じゃないというのがポイントなのかなぁ?

リンク2017/06/05 Add Star

平家平氏のいち庶流」まあ歴史まとめレベル

death6coin だが、平将門本人には独立志向はなかったという説が

リンク2017/06/05 Add Star

ぶっきらぼうすぎるけどこの話へのツッコミとしては核心であり

そこを選べるということはわかってる人っぽい

瑣末な知識アピしないとこも大物感(シッタカが真似して失敗すると臭みが凄くなる)

Cunliffe 「(そして信長様~とか秀吉様~とか言っている時代劇が全部嘘っぱちだということも分かるだろう)」うん「真田丸」あたりから変わったよね。

リンク2017/06/05 Add Star

素朴なにわかなのでいじめたくならないにわか

真田丸()から変わった。お前がそう思うんなら(略)

one-chance 教科書全然書いてなかった部分。面白かった。忌み名なのは知らなかった! 鎌倉幕府

リンク2017/06/05 Add Star

にわかですらない、戦うつもりのない素直な感想 ただなんかこういう感想見ると互助会みたいに感じるようになったこちらの心のヨゴレ


かい

「この話をするなら北条なんて木っ端じゃなく千葉一族スポットライト当たるべきだろJK

かな

北条全然関東盟主なんかやれてないのはいちいち指摘しないのがスマートであり(眼鏡クイー)

2017-05-28

http://anond.hatelabo.jp/20170528094411

男のオタクと一緒で社会的評価なんてスポットライトを当てられるほど下がるだけだろ

LGBTを今まで迫害してどうもすみませんでした~と土下座しなきゃいけないご時世に心証が悪すぎる

そりゃ売り上げがあれば表立って非難はされなくなるかもしれないけど、評価とは違うし

これまで通りやりたいようにやりたいのなら腫れ物扱いを目指すしかねえわ

2017-05-22

スポットライトを浴びたくない

http://anond.hatelabo.jp/20170522184118

めっちゃ分かる。

成人式は、その年の何百人何千人といる新成人が十把一絡げだからまだマシだけど、

結婚式自分スポットライトが当たるから絶対嫌。

コンプレックスがあると見て欲しくないよね。

うちは、兄弟問題があったので、親だけ来てもらって顔合わせだけして、

結局、新郎親族には、その兄弟は会わせないまま、結婚した。

結婚式神社でやって、披露宴は無し。

新郎父親入院中で、病院がら式場に往復する状態からそれで済んだ。

2017-05-14

☕️コーネリアス新曲あなたがいるなら』のMVを読解する


https://youtu.be/Wr5f6hpYxmE
作曲小山田圭吾
作詞坂本慎太郎
MV監督辻川幸一郎

歌詞はこちら http://anond.hatelabo.jp/20170514023638

物体が現れると同時に鳴る楽器対応表

四角のプレートがついたチェーン:ボーカル
三角のプレートがついたチェーン:男声的コーラス?
丸形のプレートがついたチェーン:女声的コーラス?

卓上ミラー写真フレーム?):キック
鍵:クローズドリム and 途中からスネア(含オープンリム)
小石の群れ:エレピの波形(ハーモノグラフ?)
レズリースピーカーのファン:エレピのトレモロ

コーヒーカップベース
指輪クローズドハイハット
水しぶき:オープンハイハット
水泡のようなガラス細工?:ライドシンバル
たばこシンセブラス
写真コンプギター
画面に広がるスリットスキャン風の波紋:ギタートレモロ

ガラスソースからこぼれる水滴の螺旋A:ミューギターのリフ(Steve Vai風)
水滴の螺旋B:ベンドするシンセストリングス小山田印)
ジェンガ:ウッドブロック
溶けたチョコ?:フィンガースナップ
明滅する裸婦像:808っぽいクローズドハイハット
不明:シェイカー


◆隠喩かもしれないモノ(すべて筆者の妄想です)

ゆがむテーブル:きしむベッド
スタンドライト電球卵子中林忠良の銅版画A(1:43〜)
タイトル不明 イヴ・タンギー風
海底の砂丘:女体(乳房と恥丘)
ギターソロ振動する弦:ヴァギナ
ちんあなごの群れ:体毛 or ペニス複数!)
クラゲ乳房を吸うオスの口
跳ねる海虫:オスのオーガズム
明暗の反転:メスのオーガズム中林忠良の銅版画B(3:11〜)
タイトル『薄明(”白い部屋”より)』(1970年http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/191635
薔薇と蔦に覆われた美術館のベンチに腰掛ける裸婦の後ろ姿
ベラスケスラス・メニーナス』:スペイン語で「女官たち」の意
円グラフのような標的の図(A R U FA):ジャスパージョーンズ or ロシア構成主義
右下の絵画キリスト十字架降下? 卒倒するマリア
er zeit = he time = 彼 時間


◆その他
スポットライトシェードランプなどの光源。格子窓から差し込む外光。
家具調度:椅子コート掛け、ローキャビネット本棚冷蔵庫、空調機。

ソース瓶は五角形。水滴の螺旋Bのほうは何の容器からこぼれている?
歌詞の「声を聴くと なぜ意味もなく」のところで声のチェーンの性が分かれる。

Corneliusのサウンドアイコンサウンドフォント的な音色ローズ系のエレピ音源ハンマーノイズカツンカツントレモロスピードがなめらかに変化する。
ベンドするシンセストリングス。パッド的に使われるが音色は弦に近い。

画面には全編に渡ってスリットスキャンのように歪んだ波紋が広がってゆくが、その波の振幅はリズムに同期している?


◆総論
この曲、そしてこのMVエロすぎる。コーネリアス版Audio Sexだ。恋人と別れたあとのピロートーク音楽要望Logicプロジェクトファイル販売していただけないでしょうか。できればAEのも…。

読みごたえのある作品ありがとうございます10年ぶりのアルバムリリースの日を心待ちにしております

2017-05-02

オタク自重しなきゃ

好きなものを好きっていうのは良いんだけど、もう少し声は低めに自己主張は控えめにして活動してほしいかな。

現代ちょっと事件があるとアニメ漫画を括り付けてくるでしょ?

しかしたらきっかけがそこにあったかもしれないけど、そんなのばっかじゃないじゃない?

サスペンスドラマ見て思いついた人も居るかもしれないのに、アニメ漫画を原因って言ってくるヤツってムカつくよね。

でも、オタク自己主張が激しい人が増えたせいか無駄スポットライト浴びすぎてるかなと思う。

大勢に認められる事も必要かもしれないけど、オタクの人の行動は多くが挙動不審っぽいか

認められる前に不審者だこれ…で終わっちゃう。

昔のオタク根暗でーって感じでコアな会話は表じゃなく裏でコソコソやってたりしたか話題になりにくかったんだけど、

今は「オレはオタクだ」みたいな感じに目立とうとしてる子がいるか事件と結びつけるにはうってつけの素材すぎる。

殺人事件ありました、犯人はやっぱりオタクでした。みたいな安易な考えもニュースになるとまかり通るから

やっぱりオタクはもう少し静かめに行動したらどうかなーと思う。

2017-04-26

橋の上で

仕事が終わり、最寄り駅を降りて帰宅中の出来事だった。事務所内で起きたトラブル翻弄され、極度の疲労を抱えつつ自宅までの遠い道を歩いた。いつもならばバスをつかまえることができるが、その時間はとうに過ぎていた。

自宅は住宅街の外れにあり、家までの道のりには護岸工事を施された川に架かった橋を渡る必要があった。

橋上の歩道には、等身大の裸婦像とベンチが設置されている。休日ジョギングがてら休憩に立ち寄るにはちょうどよかった。

仕事精神的にやられた帰り道など、深夜ではあったが、やはりこの場所で小休止することがあった。真っ暗な川面に目をやると、胸の中のどす黒い感情がゆるゆると流されていく。かわりに気持ちよい風が頬をかすめ、しがらみや思いこみがほどけていく。

その日も橋に差し掛かろうという時だった。裸婦像の傍に人影がかすかに動くのを認めた。

手の甲を腰にあてて、半歩前進するポーズで遠くを見つめる裸婦像の周囲を、LED街灯がスポットライトのように照らす。街灯が旧式から替わってから真下の眩しさと引き換えに周囲の暗さが増したためか、傍の人物は憫然としない。その人物以外、あたりはとうに人影が絶えている。

歩みを止めて、しばし見入る。

その人物(着古したジャージ姿の初老男性)が、街灯が作る光の輪に半身を晒しつつ裸婦像の足下にしゃがみ込んでいる。

男性左手が像のふくらはぎに優しく触れる。右手は闇に紛れて見えない。

太腿をゆっくりと這い、この時代にはふくよかに過ぎる臀部を撫で、横腹に手をすべらす。

そこから胸のふくらみを両手で撫で上げようというとき声かけを行なった。

「こんばんは」

以前にも、自宅が分からなくなり空き地で転倒を繰り返す男性保護したことがあった。

口調のなかに大丈夫ですか、というニュアンスをこめつつ、気遣い4割、警戒3割、観察3割の目を向けた。

男性が跳ね起きるようにして僕を見る。

その正気に戻った顔を見て、すぐに後悔した。

男性号泣していた。

私的領域に無遠慮に踏み込んだ気まずさを落ち着かせる言葉を探す。

動揺を隠しつつ、「大丈夫ですか」と続けた。

少しの間のあと、男性

「ああ」

と返事をした。

「体温が」

男性がぼそっと言う。

「え。感じますか、体温」

全然

吐き捨てるように言い、少し俯く。

「そうですか、でもリアルですよね」

「いや、全然

次の言葉を探していると、泣き笑いの顔を上げてぽつりと言った。

カミさんの肌にはかなわねえよ」

男性が照れたようにしてそっぽを向いた。

その時、僕の全身を、しばし味わったことのない感情が走った。

男性の胸のうちにある持っていきようの無い闇と、僕の胸のうちの屈託が、束の間に交わした言葉と風に紛れて、ゆるゆると解けていくのを感じた。

真夜中の路上で、男性は明らかに不審であったが、かく言う僕もまた、その男性にとっては見知らぬ他人であり、かつ人の領域を踏み荒らす行為日常を逸脱した不審な行動とられても仕方なかった。

その2人が、束の間に交わす言葉で、互いの顔を取り戻した。

僕たちの間には、暗い川の上でこれから船頭のいない舟に乗せられる者同士が出会ったような、密やかな気持ちの交換があった。

「お気をつけて」

ひと言かけると

「おお、じゃあな」

と返ってきた。

僕にはそれでじゅうぶんだった。

休日の晴れ間、散歩がてら橋上に立ち寄った。あたりに人影が無いのを確かめて、裸婦像の腰を手のひらでそっと叩くと、ぬるんだ風の中で左手がぺたんと間抜けな音を立てた。

http://anond.hatelabo.jp/20170425155448

フリーランスカメラマンです。

主にステージ写真ライブ演劇プロレス等のスポットライトと客席に向ける照明がある媒体)を専門に撮ってます

勿論スポットライトが当たるので、ブライダルも撮ってました。

なんとなく淡々と今まで仕事としてこなしてたけど、幼馴染みの結婚式写真を撮った時に

『あ、私は多分この人にとって、欲しい写真を何百枚のうちのたった何枚しか撮れてないかもしれない』

って現像をしながら思いました。

大好きな幼馴染なので、無償、尚且つ御祝儀も包んでした撮影

仕事(ではないけど)として、私の持ってる技術を全て彼女の為に出したつもりでした。

最高の祝福を自分の持っているもの彼女に送ったつもりでした。

ブライダルは記録写真であり、そうじゃない最高の写真を求められます

私はそれ以来、ブライダル仕事を取るのをやめました。

それは私の技量不足(もあるかもしれませんが)ではなく、私の視点の違いだと思います

増田意見は重々わかるのですが、やはりブライダルに関しては現場に慣れている人かちゃんと学校ブライダル業界を専攻していた人に任せるべきだと思います

同じ様に、ステージ写真スタジオ写真を専門にしているカメラマンには多分演者が求めている写真はあまりないと思います

お互いの欲求が一致しないのです。

写真を撮るとは、たった四角に写ったものを収めるだけの誰でも出来そうな行為ですが不思議ものです。

100人が同じ物を撮れば、違うものになる、全員シャッターを切るという共通動作をしているのにも関わらず違うものになる不思議行為です。

から仕事として成り立つんだと思います

【追記】

http://anond.hatelabo.jp/20170415172249

その日は参列者ではなく、持ち込みカメラマンとしての出席でした。

基本親しい友人や親族からの以来は内容にもよるけどそれ以上の他人が絡まない限りギャラを辞退する(勿論最初から用意もしてくれない人からの依頼は断る)のと、幼少期からの幼馴染みだったのでこちらからも御祝儀を出しました。

私に撮ってほしいと彼女が式場に手配してくれました。すごく嬉しかったです。

でも私は、今まで結婚式はショーだと思っていたので参列者の邪魔にはなってはいけない事を重要と思い普段の立ち振る舞いで撮影をしていましたが、まずそもそも『結婚式はショー』という概念が違ったんだと思います

気にしてみてると、式場カメラマンって結構グイグイ前まで行きますね。

やはり専門分野との違いを察せなかった結果だったと思います

私の勉強不足と甘かった考えです。

ちなみに私は結婚式をやりませんでした。

それもあって、式をあげる人達気持ちがわからなかったのかも知れません。

ブライダル仕事をとるなら自分も式をしてみた方がよかったのかもしれないです。

2017-04-10

人が集まるなら何でも使うニコニコ動画

ただでさえ金の無駄使いと批判の多いニコニコ超会議なるイベント問題児達が公式出演する。

横山緑、野田草履石川典行など。

こいつらは逮捕され前科まで付いてはなくとも散々人に迷惑かける行動して

ニコ生も散々BANになったりと問題児なんて生易しいキチガイとも言える奴らだ。

具体的にどんな問題行動したかなんて上げたらキリが無いぐらいある。

昔のニコニコ基準ならこんなキチガイ共を公式で呼ぶなんてするわけが無かったが

どうやら後が無いらしくとにかく人を呼べればと公式で出演させることにしたらしい。

犯罪者だとダメからドローンで有名になったノエル公式で呼ばないらしい。

昔は名のないユーザーでも参加して有名人と同じスポットライトを浴びれる機会があったが

今やそんなのは皆無に等しい。ニコニコ的な要素が無くても金さえ稼げそうなら

何でもコラボするし政治的事情なんかも加わるから今なんか競走馬飼育をしてる始末。

VIP植民地なんて言われてた時代は完全に終わったのである

こんなサイト潰れちまえ。潰れて職を失うことになっても覚悟はできている。

2017-04-08

Ubuntu Code of Conduct v2.0を適当日本語訳してみた

訳注

Ubuntu Code of Conduct(行動規範v2.0

コミュニティ

Ubuntu」とは、「他者への思いやり」のことです。この単語自体が、人間としての精神体現しています

我々は、生産的で、幸福で、複雑な領域における新しい発想を歓迎できる柔軟性を持ち、また、あらゆるプロセスを常に改善し、さらに、各々が全く異なる要求や関心、能力を持つグループの間の協力を促進するコミュニティ希求します。

我々は、メンバー多様性によってコミュニティを強靱なものにするために、多様な参加者を活発に探します。このUbuntu行動規範は、多様なグループがお互いの利益と喜びのために協調することを確実にするために存在しています。我々は、誰であっても、プロジェクトへの参加に障害がないよう努力します。

行動規範一般的に、公的であれ私的であれ、我々がどのように振る舞うべきかを統率します。我々は、プロジェクト代表者公式非公式を問わず)、関係者、そして直接の参加者が、このUbuntu行動規範尊重することを望みます

我々は、下記に真剣に努めなければなりません。

思いやりを持つ

我々の成果物他者によって使われるでしょうし、また逆に他者成果物にも依存していますいかなる決定であっても、利用者関係者に影響を与えることを頭に置いて、決定をするときにはそのことを考慮する必要があります

他者尊重する

意見に相違があるからといって、無礼な振る舞いをとってはいけません。衝突を解決するために協働し、他者善意で行動していると仮定し、親身になるよう努力しなければなりません。苛立ちが個人攻撃に発展することがあってはなりません。不快感を覚えたり脅威を感じるコミュニティは、生産的ではありません。

発言と行動に責任を持つ

間違いを犯すことは誰にでもあります。そのときには、責任を取らなければなりません。もし誰かが傷つけられたり攻撃されたときには、注意深く、そして思いやりを持って意見を聞き、間違いを正すよう行動しなければなりません。

協力的である

我々が作り上げようとしているものは複雑で、それぞれに想いが込められたたくさんのパーツでできています。各々が違ったゴールとビジョンを持つチームの間での協調は不可欠です。ただのパーツの組み合わせ以上の成果物を作り上げるには、各々のパーツが全体を理解するよう努力しなければなりません。

協調して取り組むことで、冗長作業を減らし、品質の向上につなげることができますプロジェクトの内外を問わず協調することは大切です。可能な限り、アップストリームプロジェクトと共同で作業し、フリーソフトウェアコミュニティ協調することが必要です。透明性を確保し、その作業に関心を持つ人とはなるべく早期から協働するのが良いでしょう。

明白さ、透明性 (clarity) 、合意を重視する

社会的な、あるいは技術的な意見の不一致はよくあることです。しかし、意見をまとめずそのままにしたり、何を合意したのかを不明確なままにして他の人を悩ませることがあってはなりません。

プロジェクト参加者は、意見の不一致を建設的に解決することが期待されています。もしも合意に至らなければ、あらかじめ決められたリーダー仲裁を依頼し、透明性 (clarity) と指示を求めます

からないことがあれば手伝ってもらう

誰であっても、完璧であることを求められてはいません。誰かに質問することは、後で発生するであろう問題回避できるので推奨されます。ただし、適切な場所質問してください。質問を受けた人はすぐに反応し、手助けしてあげてください。

役目を降りるときには丁寧に

プロジェクトを離れるときには、与える混乱を最小限にするよう動くことが求められますプロジェクトから離れることを他の人たちに伝えて、離れる人が作業を中断した地点からほかの人たちが再開できるようにしてください。

リーダーシップ権威責任

我々は、実例議論と行動によって動かされます。新しく参加した人は、もしプロジェクト改善につながる新しい考えがあれば、ぜひ人々を率いて、行動を起こしてください。リーダーシップは、行動を起こすことだけで誰でも実践できます。その機会があれば、誰かの許可を待つ必要はありません。

トップから権限委任

プロジェクトに関する責任は「慈悲深い独裁者」を頂点として、そこから特定範囲について責任権限委任されたコミュニティカウンシル、その下にいるチームや委員会 (councils) 、個人委任されていきますコミュニティカウンシルまたはその代表者が、争いごとの解決を行います

我々は実力主義に基づいて、意思決定や統率、リーダーシップを、長く参加している人から能力があって関心の高い候補者委任していきます

権限委任は支持に基づくか評価されている

評議会 (boards) や委員会 (councils) への任命は、コミュニティカウンシルが決定権を持ちます。ただし、事前にコミュニティに対してインプットを求めるものします。

リーダーシップは、表彰権利肩書きではありません。リーダーシップ権限であり、そこには責任が生まれますリーダーシップコミュニティから委任されたものです。リーダー権限は、委任するコミュニティから支持されている間だけ得られるものです。

議論データと決定を尊重する

我々は何かものごとを決める前に、意見データ関係者から意見表明を集めますリーダー役割として、チームが決定を遅滞なく行う手伝いをし、ガイダンスを与え、合意に至らなかったときに決定をし、決定の実施責任を持つことが期待されています

何かを決めないことには、先に進めません。明確な指示には価値がありますときには、データが足りなかったり、合意が得られがたいこともあるでしょう。それでも、何らかの決定を下さなければなりません。いつでも完璧な決定を下せる保証などないのです。決定を先延ばしにするより、失敗して、失敗に学び、将来の役に立てることが大切です。

我々は、問題をより把握しているチームを信頼して決定を下してもらうことで、プロジェクトはよりよいものになると認識しています。もし決定に不満があれば、それを下したチームと調整します。調整が付かなければ、その決定についてレビューする統治機構 (governance structure) があります。つまるところ、責任を持つ人が決定を下し、それがプロジェクト統治 (project governance) に支持されていれば、その決定は有効であるします。我々はある決定について納得しないこともあるかもしれませんが、それでもプロジェクトを信用し、たとえ内心では違うほうがよいと思っていたとしても、プロジェクトとしてその決定が実施されることを支援します。

開かれた実力主義

誰であっても、どの組織所属していようとも、どのようにプロジェクトに関わろうとも、我々は参加を歓迎します。コミュニティは開かれたものであり、能力や適性を持っていることを示せれば、職責を負うことができます

チームワーク

リーダーが目指す最も重要なゴールは、チームの成功です。

「名演奏家はその演奏によって評価され、リーダーはチームの行動で評価される」リーダーは、行動すべき・身を引くべきときを知っています。チームは、リーダー権限を渡したりそれを取り戻すべきときを知っています

称賛

良きリーダースポットライトを浴びようとせず、他のメンバー活躍をたたえますリーダーはチームメンバーの中で目立つ存在しょうが、良きリーダーはその注目を他のメンバーの優れた活動に対してスポットを当てるために使います

度胸と考慮深さ

リーダーときに、理解されず、合意に基づかず、一般的ではない冒険的な決断を下す必要があります。我々は、完全な合意を得るよりも物事を進めることを優先し、勇敢にもそのような決定を下すことを評価します。とはいえ、冒険的な決断には十分な検討必要です。ある人にとっては頭の痛いことになるかもしれないことを肝に銘じ、影響を抑えるようにしなければなりません。変更について、その理由を明確にして、そして早めにコミュニケーションをとることは、その変更を実施するのと同じくらい重要です。

利益相反

もしもリーダー自身雇用関係や他のプロジェクトとの関わりによって利益相反状態になっている場合には、それに気がつくことが期待されています。そして、私利私欲のためとみなされることのないよう、棄権したり決定を誰かにゆだねたりすることが期待されていますリーダーに限らず全てのプロジェクトメンバーにも、私利私欲のためではなく、ユーザー暮らしをよりよくするために決定を下すことが期待されています

もしも利益相反が疑われる場合には、誰かにセカンドオピニオンを求めてください。利益相反状態にあることを明らかにすることが、解決への道筋にとって重要です。リーダーは、たとえ一般的ではない、あるいは特定グループに有利・不利となるように思われるものであっても、決定が信用できるものとなるよう行動すべきです。

このUbuntu行動規範は、網羅的でも、完全なものでもありません。ルールブックでもありません。協調的で共用の環境 (a collaborative, shared environment) とゴールに関する、我々にとっての共通理解を引き出すためのものです。

このUbuntu行動規範は、クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 3.0 非移植ライセンスのもと配布されますあなた自身プロジェクトにこれを再利用することができます。また、好きなように改変することもできますが、あなたの改変を他の人が利用することも許可し、Ubuntuプロジェクト著作権表示を付けるようにしてください。

2017-02-26

本当に声オタはアニメイベントにくるななのか

はじめまして10年くらい何人かの男性声優界隈をうろうろしてます

個人的に声おたくが叩かれるときに使われるワード上位3位以内に確実に入ると思っているのが

「(アニメ)作品イベント声優目当てでくるな」

だと思っております

何億回言われたかわかりませんが、昔から言われているので気にすることなく好きなイベントに参加しておりました。

しかし、この使いふるされてきた声おた叩きワードおかしくありませんか??

大抵のアニメイベントって作品タイトルと出演する声優名前しか告知してないじゃないですか

内容がわかるとするなら、朗読劇、ライブラジオの公開収録をメインと据えた場合くらいでしょう。

それで声おたくに来るなとはおかしくないでしょうか。

逆に気になるのは作品ファン側の人達はそんな現状で満足して帰れるのでしょうか?

安くないチケット時間を割いて、好きなキャラクター中の人キャラに寄せた話をしなかった、またはそのキャラクタースポットが当たらなかったら。

私は声おたくなので、好きな声優が生きているのを米粒サイズでも確認できたら満足して帰る自信があります

だって今生きていること以外で今後一生確認できないことってないですもの

でも作品は違う、その放送が終われば途端に供給が途絶える、よっぽどの大きな続き物でない限り、ほとんどが放送されてる3か月がピークになるでしょう。

そんな中放送後に開催されたイベント作品の話をメインに据えてやるかもどうかもわからない。

そんな現状が1クールで終わるほとんどの作品に当てはまります

中の人スポットライトを浴びる昨今、その一方で作品蔑ろにしてくるよろしくないおたくもたくさんいるのは事実でしょう。

しかしそれはサービスを受ける側だけの問題ではないのでしょうか。

あのワードを聞くたび声優が好きなおたくにも作品ファンはどう思ってるんだろって毎回気にしてるおたく結構な数いるので、あんまりカリカリしないでほしいなぁと思います

行きたいイベントが被ったなら、声おたくだろうと作品ファンだろうと何もかも関係ない、全員倒して私が行く、私はいつもそう思っています

2017-02-20

ジャニーズJr.エゴ押し付けたいJr.担の話

◆事の経緯

今日自担バックダンサーとして出演している舞台を観に行った。

ほぼ出ずっぱりで汗だくになりながら踊っている姿や、メイン出演者の補助を任されている姿を見て、感情がおさえきれなくなった私はみっともなく泣いていた。

今日は見えない席だからセーフ、と言い訳しながら「ここに至るまで自担経験してきたであろう様々な困難」を思い、存分に泣いた。

ただの痛いオタクだった。

こんなものツイッターにすぐ流してしまえばいいのに、過去自分の呟きを読むと色々な感情が渦巻き、それはおいそれと人様のTLに流していいものではなくなった。

人を傷つけるかもしれないな、と思うようなことも書きたくなってしまい、これをどうしても形に残したいなら増田しかない、と結論付けた。

これはただの、「自分の正直な気持ちさえも匿名しか表現できない臆病なオタク」が、「ジャニーズJr.として日々とても頑張っている林蓮音くんとその周囲」に「自分エゴ押し付ける」話です。

手段

おもに過去自分ツイッターで呟いた内容を転記して当時の感情を振り返る

◆注意

「ちび6」界隈だった人(本人含む)は読まない方がいいかと。

私のツイッターは鍵垢でフォロワー数人しかいないので、他の誰かと勘違いして凸らないでください。

◆今や次世代Jr.筆頭のグループが結成された頃のこと

もんぺから「なんでうちの子(自担)がこんな目にッキィーーーーッ」てなるけどだったら最初からデビューできそうな奴を推せよ…とも思う。なんで好きなのかなんて理屈じゃないんだよ…あのときの子が一番輝いてみえたんだ。あの子みたいに私も毎日頑張るんだって思えたんだ。』

『 だから自分の伸びしろ限界が見えてしまうまでは、気持ちがどうしようもなく折れてしまうまではキラキラしてる元気な姿見せてほしい。ほんとになんで選抜漏れたのかそこだけが解せぬ…でも金田くんと共に舞台ルートってのは薄々…見えては…いる…。』

『 (でも私ほんと底意地悪いからまとめ役不在でユニット瓦解しろって思い始めてる…でもあのなかに意外と面倒見いい子がいるの知ってるし自担とずっと一緒にやってきた子達だから成功してほしいとも思っていて気持ちがグラグラ揺れている…)』

『 でもみてる人はきちんとみてるし結局上に上がっていくのは無茶ぶりされてもステージで結果出せる人だよね。自担場合は後輩とのコンビが思いの外しっくりきちゃったんだろうなってなんとなくわかってるよ…うん。2年後の確変を待とう。』

『 まあでもあの括りのなかでは選ばれた子達皆歴長いからな…うちの子1年くらい差あるからな…まあいま組んでる子たちからしたらうちの子3年以上先輩なんだけどな…ってまだうだうだ考えてる。』

『 とりあえず自担には筋肉表現力つけて誰にも文句言わせないくら舞台栄えするタレントになってほしい。早急に。いまって「度胸と努力は買うぜ」って段階だからな…いや私はその努力尊敬してるんだけどな… 』

HiHiJetが結成された頃の話ですね。

この頃、結構長い間ぐちぐち言ってましたね。お前何様だよって読み返して思いますけどでもすごく悔しかったんですよね蓮音くんもイニシャルHだから入れてくれよ!?ってすごい思ってた。

どうして漏れたんだろう?と考えても意味のないことをうだうだ考えながらも、蓮音くんへのお手紙にはそんなこと書けなくて、「お前どうせコネ枠だろ!?」と猪狩くんに理不尽嫉妬してましたね。

◆辞めたあの子のこと

自担ものすごく近い子が事務所を辞めたので…泣いている…悲しいんじゃなくて悔しいしくそがって思うしきみが辞めたことで自担の将来に影響がと思うしお前がダンス頑張りたいとかナマ言ってんじゃねえよと思うし上のオキニだったのにその場所明け渡すとか何考えてんだよと思う』

『 真面目な態度ではなかったけど顔もオーラも支持もあっていずれ上に行くレールはひかれてた、それをぽんと投げてすぐ新天地に向かう感じがすごい腹立つ。ちょうど夢に自担が出てきて私「デビューしたい?それとも舞台でやったいきたい?私たちは蓮音くんの気持ち応援したいんだ」とか伝えてたから余計に』

しか最近は帰る時間あれだけど君ら普通に仲良しだったじゃん?辞めるって話したの?てかお前なに後輩巻き込んでんだよ…これで自担の現相方は初シンメを失ったし、足怪我して舞台途中でいなくなったときに泣いてたいちつきの子とか思い出すと悲しくなるからあああアイドルファンって勝手だなと思う』

ビジネスシンメとか、シンメにも種類があるけど件のシンメ希望溢れる未来を感じて大好きだったのになあ。本人たち交流無いのに突然引き合わせられた所も、ダンス得意な森田に追い付こうとする作間という構図も、性格全然違うのにいつのまにか柔らかい表情で隣り合うようになったところも、大好きだった』

自担が完全に兄貴面してるから作間とのコンビシンメじゃなく先輩後輩なんだよなあくまでも。しかも一等可愛がってる後輩は別にいるっていう。でも二人って気質が似てるからまあうまくいくというかこのまま育てば重宝される未来は続くはずなんだ、なのでやめないでねと思う。』

ジャニーズJr.だった玉元風海人くんたちが辞めた頃ですね。

自分もびっくりするくらいこれには怒っていた。あまり人に話せることじゃなかったから言えなかったけどすごく怒っていた。

これでひとつ席が空いたね、とかいレベルじゃなかったからめちゃくちゃ怒っていた。

ちび6の中で玉元くんだけ1つ歳上で先に高校生になったけど、あと数ヵ月で他の5人も高校生になるから、HiHi漏れたちび6組も、やっとグループ結成されて本格的に売り出されると思ってワクワクしていたから本当にガッカリだった。

松松も松倉くんが先に高校生になったけど、うまくそれを活かして二人ともステップアップしたじゃないか…玉元くんファンだけじゃなくて周りのオタクたちが寄せてた期待はどこへ捨て置けばよいの?と思った。

◆続・辞めたあの子のこと

当時の自分、日付が変わってもまだ怒っていた(笑)

『お前だけの身体じゃないんだよ…!この時期の!この世代で!ひとくくり!天下獲るのも夢半ばで散るのも全部!連帯責任から運命共同体から!っていう…。ビジネスシンメ萌えないけどお互い利用しあって上に行こうとしてる分、運命共同体だっていう認識はあるわけだから、いいよなと思う。』

だって簡単に辞められないし…。ある程度まとまったくくりから退所者出るとその辺り仕事無くなるから困るんだよ…この隙に新人場所とられたらどうしてくれんの…いやそれも努力不足才能不足って言われるのわかってるんだけどね!?アイドルファンほんと自分勝手だけどお金払ってるから許してにゃん

『夜中の自分激おこしててうける。まあでも気持ちはわかるよって過去自分を慰める。自担が持ってないものたくさん持ってて、あとは人並みに努力するだけでいいって恵まれ過ぎてたのにぽんと辞めるとか悔しいよね、お前にとっての仕事ってこんなもんだったのかよ、それに青春捧げてる自担立場は』

『すぐに文字数いっぱいになる。でも周辺のファンは少なからずこういう気持ち抱えてると思う。自担たちの世代筆頭として盛り上げていける資質持ってたのにな…てか顔だけじゃんって言われるようなきみみたいな子こそ事務所にいるべきだったと私は思うよ…(まだ言う)』

いや、顔だけじゃなかったでしょう玉元くんは…。妄言もほどほどにしないと本当…。

でもそれくらい、誰かが辞めるってことは周りのオタクにとって一大事なんですよね…。Jr.と違ってJr.担って暇だから(少なくとも私は暇)色々考えてしまう。

◆Jr.担の醍醐味とは

アイドル見ると泣いちゃう病気だけど本人の目の前で泣くとかいドン引き勘弁だから(今日席近かったですねとか普通に言われる固定ファンの少なさだった当時)彼の頑張りの末に勝ち取った立ち位置スポットライト浴びて先輩従えて踊る姿何も考えないようにただ記憶して家に帰ってどちゃくそ泣いた。』

『立ってるだけで華がある子と同じ舞台しんどいけど自分限界と少しずつの進歩を並行して味わうからずるずる辞められなくて毎日同じ箱の中で過ごす日々に仲間意識も芽生えるのに楽日を迎えた次の日からは別の現場で皆がライバルになるって環境で育つ子がどんな大人になるのか私は見届けたいんだなあ~』

『私が蓮音くんを本当にこの子はすごいなあと思ったのはジャニワでソロダンス任されたときで。蓮音くん、それまでクラシックバレエとか得意ではなかったのにそういう振り付けで、センターで、ソロで。初日、すごいぎこちなかったんだよね。正直見てて、あれ?って思った。』

『本番までに完璧に仕上げてくるのがプロだろって思ったけど、本番までに仕上がらなくても幕は上がるんですよ。本人すごい完璧主義者だから絶対あの完成度では舞台立ちたくなかったはずなんですよ。私だったら立てないし逃げたくなる。でもちゃんと踊って、及第点には仕上げてきた。』

初日終わって「小さいのにすごいね」って褒められて、それは悔しかったんじゃないかなあと思う。それから毎日夜お手本の映像見ながら自主連して、朝早く会場入りして、めきめき上達していって。毎日誰かが失敗して出番はずされたり減らされたりしてたあの舞台で一ヶ月その場所を守りきった蓮音くんを』

『私は尊敬したし、公演半分折り返す頃には伸びやかに踊れるようになってて「あの子踊れるわね」って言われて、評価から「小さいのに」が外れてた。長丁場の公演でも穴を開けずに質も落とさずに楽日を迎えたってことはすごい自信と周囲の評価を蓮音くんに与えたと思うから私もあんな風に頑張りたい』

はい、だからお前は何様なんだ、と。

Jr.担の醍醐味は「好きを仕事にしたい」って頑張っている、本当にものすごく頑張っていて「頑張る」が当たり前になってしまっているワーカーホリックたちを応援して「もしかして自分も頑張っているのでは?」という気持ちになれることだと思います

少なくとも「頑張る」を頑張れないし続けられない自分みたいな人間は、「頑張る」を何年も続けている存在を身近に感じることでなんだか勇気をもらえます

◆あの子が辞めて、それからの話

『周りの子が!おっきくなりすぎてて!うちの子も!少しずつだけどおっきくなってるし!態度は人一倍かいから!って心中叫び始めるやつ。どんなに「これからだぜ希望溢れる未来へ!」みたいな状況の子でも突然いなくなるからいつも「やめないでね!?」って思ってる(アイドルの話)』

自担が可愛がってる後輩がだんだん自担ダンス似てきて、レッスン着もお揃いなんだけど、ついには衣装の着こなしも同じになってて、自担、Jr.内では存在感あるんだよな知ってる…もっと外向きにアピールしよ…ってなってる最近

『今夜たまたま数ヵ月前の自担出演映像(メインじゃないので自担は基本見切れ)五回くらい見たんだけどあいつ笑わなすぎだな!?知ってたけど!いくらしゃかりきに踊ってもな!ニコニコ笑顔には勝てないんだよ!あっちがいくら振り付け間違えても笑顔大正義なんだよ…!って机バンバンしたやつ。 』

小学生から自担成長記録を写真で眺めてたら目頭が熱くなってきて…!?もうほんともっとずっと元気をもらってたいし君の笑顔が曇ることなんてできるだけ少なければいいと思ってるからオタクどうしようもない。すげえ鳴り物入りで自担フィールドに乗り込んできた新人君が一歳下とわかって戦慄。』

『てかああいう手合いの子事務所に定着しちゃったらうちの子出番食われるよ…これから笑顔も作れるようにならねばだ。続けてれば絶対いいことあるって私はアイドルから教わったから、自担情熱燃え尽きない限りは続けて欲しいって思うし夢が叶ったときの君の顔をこの目に焼き付けたいって思う。』

バレエの子、改め、ジャニオタバレエの子、改め、松尾くんが入所してきた頃の話ですね。

オタク事務所期待の新人相手勝手マウントとる、の巻。

今では松尾くんもすごくいい子だってわかるから応援したいと思っています

ていうか事務所継続して推される子に悪い子なんてそうそういないわ…。何を悪いと定義するかにもよるけるど、少なくとも何らかの努力をして結果を残せる子じゃないとあの事務所で生き残れないってことはなんとなくわかる。

◆あの子が辞めた後のクリエ周辺のこと

次世代Jr.選抜組だけのメイン公演ラスト、Wアンコールで幕開いたら出演者全員1列にギュッて肩組んでライトあたって眩しそうに目細めて達成感に満ち溢れた顔で客席見てたの思い出すだけで尊くて泣ける…。』

『終始キリッと仕切ってた井上が最終公演アンコールシンメと顔見合わせた瞬間涙ポロリしちゃって顔をぬぐうのとか尊すぎたし、先輩後輩(※後輩が年上)がお互いの健闘を讃えるように抱き合ってたらその子の同ライン(※同い年)やシンメ(※年下)が次々飛びかかって団子になってるのとか眩しかった』

『ちっちゃい身体なのに皆に抱きつかれて壇上でよろけた彼の腰をぐっと支えるシンメ(※年下)とか尊すぎて拝んだ。中学校最後に与えられた課題(Aクリエ公演)を高校入学1か月後に完璧に終えたんだからそりゃあ大団円雰囲気になるよね、あの場に居合わせられた自分幸せって思った』

『蓮音くん追いかけて●年、こんな幸せ気持ちになれるなんて思ってなかったからびっくりだ。与えられた役割に嬉しいって言ってた蓮音くんが、これじゃ足りない、もっとってメイン目指すようになるとか胸アツすぎて話聞きながら泣くかと思った。』

あんなに「同じ高校の仲間で文化祭」ってぐらい結束して公演作り上げてたのに、終わってからは「いい勉強させてもらった。次の仕事はわからないけど決まったら来てください」って言ってて切り換え早すぎて毎度びびる。今日まで仲間でも明日からライバルなんだよなあ…ピリピリ感どちゃくそまらん』

『蓮音くんが貪欲さをこっちにも隠せなくなったの、元同ラインの大出世がかなり影響してると察するに余りあるわ…。仲間が活躍するのは嬉しいけど、自分漏れたのはものすごい悔しいんだよな。努力するのは当たり前、結果を出すのも当たり前、+αがないとチャンスもらえないとか世知辛すぎ』

蓋あけてみたらAクリエとても楽しかった。

でも今読み返しても先輩後輩(※後輩が歳上)とか誰のことかわからん(笑)

◆それでも「好き」は辞められない

自担のこと考えるとすぐ泣くから…!ボロボロ涙でてくるから…!モンペにも困ったもんだね!今はね!「たとえ前列とかセンターになれなくても応援してるね」みたいなツイート見かけて泣いてる…』

『やっと出番もらえたと思ったら配置が最後列最下手で、そこから少しずつ少しずつ這い上がってきたの知ってるから、「たとえ~」って人に言われると悲しくなるのかな。言葉にしたら折れちゃう気持ちってあるじゃん。本人が…っていうかアイドル続けててくれるだけで尊いのでもはや存在感謝

タレントファンの間になんとも言えない不思議関係が成立するのはすごくよくわかるんだけど、それは絶対に友達とか恋人に変わっちゃいけないものだと思ってる。タレントファンに歩み寄ったらいけないし、ファンタレント理解者になっちゃいけないと思う。』

『いろいろ言うけどでも笑顔で楽しそうにステージ立ってくれたらそれでいいんだよ~。何年前だったかちょっとだけお仕事詰まったときがあってその時顔死んでたからなww』

たとえセンターになれなくても、ってなんだよそれ!!

どちゃくそむかつくしそれを検索で出てくるようなワードと共に呟くのは頼むから辞めてくれないか

蓮音くん、センターになるから!?何度もセンターになってるから!?なにをおっしゃいますの!本当に!失礼しちゃうわ!!(モンペ)

◆熱くなって、時々冷める

『なんでデビュー組の夢を一緒に追いかけないの?そっちのが(なくなる心配がほとんど無いから)安心じゃん…って何かあるたびに思うけど、十代の輝きは二度と戻ってこないかけがえのないものだし、「好きを仕事にしたい」っていう熱量にはどうしたって引き込まれる…』

舞台端の真っ暗なところでしゃかりきに踊る姿を見つけてしまったら、応援したくなるじゃん?いつかスポットライトと五万人の歓声を浴びる姿を見たいと思ってしまうじゃん?まあ実際は本人のやる気と責任感が半端無いのでこっちが応援しなくても勝手現場で気に入られて出番増えてくんですけどね。』

そう、結局のところ、ファン応援なんてほぼ必要なくて、むしろ鬱陶しいくらいで、そんなものなくたって本人のやる気さえあればどんどん上り詰めていくものなんですよね。

今日舞台観て、あーこれは(デビューとは縁遠い)職人Jr.への道を着実に歩んでいるわー、と複雑な気持ちになりましたが、継続の大切さを知っている蓮音くんは何年後かに「これも正解だった」と思わせてくれるに違いないので悲観なんてしていません。

◆結局の話

ファンレター書くけどさ、相手の年齢とか考えたら重たいこと書けないわけよ。相手さらっと読み流して翌日も頑張れるようにって思いながら書いてる…ので、さすがにまだちゃんと読んでると信じたいし重くて汚くて書けない思いはそこらへんにぐちゃぐちゃっと置いていく。』

お目汚し失礼しました。お読みくださりありがとうございました。

2017-02-15

舞台「孤島の鬼―咲きにほふ花は炎のやうに―」(ネタバレ注意)

とんでもない作品だった。とんでもない体験をした一週間であった。


まず先に言うと、本作品は『ミステリー演劇』だった。

それは原作推理小説カテゴリーされているからとか、原作者江戸川乱歩だからとか、そういう理由じゃない。

私はその解説、および回答を以下に記すのだけど、それは完全なるネタバレです。

もう知らなかった頃には戻ってこられない、作品を殺す系のネタバレ

なので、未観劇の方には本当に読むことを勧めません。

本作は素晴らしい完成度の傑作だし、舞台演劇でここまでのミステリーを作り上げるのは絶対に容易じゃない。

また、私はエグいほど容赦なくネタバレしていますので、正直自分ももう二度とミステリー演劇は鑑賞できない脳になってしまったのでは…と震えております。

(なので、読んでほしい気持ちがあって増田に書いているものの、観劇済みの方も生半可な気持ちではネタバレを読んでほしくない。六道の辻で迷い不幸だと感じている方にだけ、光が届けば良い。)

まり未観劇でネタバレを読むということは、人生の楽しみを自らの手で一つ潰すということ。尋常じゃない損失です。

本作はDVDの発売が決定しています。

公式DVD予約サイトhttp://www.shop-ep.net/east_park/shopping/a04020102/iid/0000000001746/

(発送日未定。予約は3月末まで)

めちゃくちゃ好評だったので、あなたの周りにも購入している人が居るはず。そして恐らく「見せてほしい」と頼めば喜ばれるはず。布教したくなるタイプの作品なのです。なので数ヵ月後DVDを鑑賞してから、是非また読みに来てください。

「数ヵ月なんて待てねーよ!」って方は、妥協点として2015年に他の演出家さんで上演されたものを見ることができます。

こちらは未観劇のためなんとも言えませんが、おそらく2015年版は絶対解けない「超ハードモードの『ミステリー演劇』」か、『ミステリーではない普通演劇』の可能性が高いと予想しています。でもまぁ全く観ないでネタバレ読むよりは絶対良い。

たぶんDVD売ってるし、3月になれば我らがdアニメストア殿が配信してくれます。

https://anime.dmkt-sp.jp/animestore/CP/CP00000660

高いチケット買って劇場に行くか高いDVD買うかしか選択肢がなかった時代を生きてきた作品の取捨選択にすごい苦しんできた勢なので、dアニさん月額400円でこんだけ見れるとかマジ神過ぎ。最初目を疑った。(WOWOWさんにも感謝していますが、うちTV無いから見れないんですよ…そもそも家にあんま居ないし。お金なら払うのでスマホでもWOWOW見れるようにしてください。)

原作「孤島の鬼」を読むのも手ですが、本作はある意味では『原作本質を描いている』けど、ある意味原作とは全くの別物』です。だから舞台版のネタバレは、舞台版を観てから読んでほしい。

そして、せっかく未来の楽しみを潰してまでネタバレを読んでしまうのだから、その前に『ミステリー演劇』の推理に挑戦してほしい。

一人で解くのは超ハードだと思うので、できれば仲を深めたい方と一緒に。(私が今回の回答に至るのに協力してもらった友人の数は4人です。内1人は原作を読み込み一緒に推理してくれました。)

ぼっちの方も安心してください。本作はめちゃくちゃ面白かったので『2017年版の感想』も、ネットの海に転がっています。そこから辿り着くことも不可能じゃないはず。鮮度のいい印象論の良さも、一晩寝かせた感想の良さもあるので、いろいろ漁ってみてください。

あと私は推理した一週間の思考ログをほぼすべて残しているので、トリックがわかってからログを読み返してみたら翻弄されている自分がめちゃくちゃ面白かった(当時は睡眠不足神経衰弱で瀕死でしたけどね)。間違ってはいないけど騙されている。そんな楽しさもあるので、ぜひ推理に挑戦してみてください。

そして私がまだ解いていない謎の答えを見つけられたら、ぜひ教えていただきたい。

また、運良く本作を劇場でご覧になられた皆さま。感想はもう書き残しまたか

公式がwebでアンケート回収もしています。送ると抽選で非売品舞台写真もらえます。私もとても欲しい。

本作は、『感想を残す』ところまでを含めて作品です。せっかく運良く観劇できたのだから、140字で良いから書き残しておきましょう。

できれば思いの丈をすべて書き出しておくと良いです。『他者に感想を伝えようとした人だけが、謎解きの後に得られる感動』があります。(※個人の感想ですが!)

この感動を、本作品が本当に素晴らしい江戸川乱歩原作舞台化であったことを伝えたくて、読んだら作品を殺すことになるようなネタバレを恥を忍んで書いています。

私はソワレ観劇後、徹夜で翌昼に感想書き上げました。これが私の沼への一歩だった訳ですけれども、これを書き残しておいたお陰で、謎が解けた時に私の回答を出すことができました。

一度ネタバレを読んでしまうと、もう観劇で感じた感想書けなくなると思いますので、本当に一言で良いから感想書き残しておいてください。ついでだから公式アンケートに答えて非売品写真当てましょう。当たったら私にも見せてください。

最後に公式各位。

ネタバレにあたる部分は私の個人的ミステリー体験なので、これが公式解とは主張断言しません。

と言うか、理由なき見落しと、自分の能力ではどうしても咀嚼できなかった部分(言葉スムーズに脳に入ってこなくて読解しながら観劇することができなかった原作には無いシーン)があったので、私のネタバレは不完全です。他にも拾い損ねている箇所がポロポロ出てくる。逆転する可能性が大いにある、お粗末な推理

ですが、キャストの皆さまが最後までネタバレに配慮されていたのに、ネタバレを公開し誰かに読んでほしいと願うことが、浅間しいようにも感じています。

ネタバレ注意喚起に約2000字程裂きましたので、どうか堪忍してください。

p.s.オリジナルマグボトル購入しました。作中に赤い色が無かったのでデザインも綺麗だし購入したのですが…紐解いてみるとなかなか意味深なグッズですね。とても良い記念品になりました。


それでははじめます。

導入


無人の屋敷に風が吹き込む

暗転

まったく光のない深い暗闇から男性の声が聞こえる

「不幸ということが、私にもよくよく分って来ました。本当に不幸という字が使えるのは、私だけだと思います。遠くの方に世界とか日本かいものがあって、誰でもその中に住んでいるそうですが、私は生れてから、その世界日本というものを見たことがありません。これは不幸という字に、よくよくあてはまると思います」

暗転明け

無人だった屋敷に白髪の男性が立っており、書物を音読していた。

彼は自身について取り止めなく独り言つ。

彼……『私』を語り部とした、物語がはじまる。


まず本作の初見の私の感想と回答は、下記増田で参照できる。

http://anond.hatelabo.jp/20170206104211

ミステリーとして解いた今読み返すと相当ブッ飛んだ納得の仕方をしている。自分の妙さについて今までなんとなく感じていた部分が浮き彫りになりすぎである。こわい。

当時も気持ち的にスッキリはしたけども、<もやもやした原因が『認知を歪められている感覚』だったのに、「それは作者の願いだよ!」という犯人動機の『妄想』では、『論理的解決』にまったくなっていない>ので、悶々とはしていた。

作り手側は演劇を魅せるプロだが、観客は演劇を観るプロだ。伊達や酔狂でやっているわけではない、こちとら真剣に観ている。

認知を歪められている感覚』なんて中途半端ものは見過ごせない。

ちゃんとトリックを暴きたかった。

そこからずるずると私は沼に嵌まっていき、推理のためにガチで眠れない一週間を過ごすことになる。

そもそも、舞台「孤島の鬼―咲きにほふ花は炎のやうに―」の何がミステリーなのか。

それは、本作品が叙述トリックを駆使し、とある真意』を隠しているということにある。

しかし私の目下の推理動機は、トリックを逆手に取った『簑浦も諸戸も幸せになれる最適解』にあった。どうしても二人を幸せにしたかった。

そのために以下のことを行った。

そしてひたすら二人が相思相愛ではないという可能性を潰し、相思相愛である可能性を見つけ出す作業


解説『簑浦も諸戸も幸せになれる最適解』①

箕浦の白髪

二人の愛の一番の障害は、箕浦の白髪化=「箕浦は同性愛を『生理的』に受け付けられない」という点。

これが諸戸が箕浦の前にあらわれることがなくなった原因だと思う。彼がどんなに誠意を尽くそうとも、これだけはどうにも覆すことができない。

しかし、実は原作では白髪化したタイミング=直接的な原因が諸戸に襲われたことのみだとは明記されていない。

そして舞台でも、実はめちゃくちゃぼやかされている。

冒頭、語り部である『私』が自身の体験した恐怖について語ろうとする。その時にまるでトラウマが呼び起こされるかのように喉元を掻く仕草をする。

後半井戸の奥、深い完全なる暗闇の中、水位が増して死の恐怖に襲われた時。『私』佐藤箕浦も、諸戸と石田箕浦と同じマイムを行って移動し、水位が増しだすと喉を掻いて苦しみ悶絶する。

これは、白髪化するほどの『生理的』な恐怖が、諸戸に襲われる前から強烈にあったという解釈にできる。

では逆に、諸戸に襲われた後の恐怖はどうだろう。助八さんの救助が来て、生死の恐怖は去った。丈五郎の恐怖も去った。では諸戸に犯される恐怖はなくなるか? 普通に考えれば、自分を襲ってきた相手が側に居るなんて恐怖しかない。第三者が居るから安心だなんて暢気になれる訳がない。(学術的根拠を略していることは恥じています)

箕浦は、諸戸に襲われた時にあれほど恐慌したのに、襲ってきた相手が側に居てもケロっとし過ぎなのである脱出できた時なんて笑いあっていたりする。

これらによって、「箕浦は同性愛を『生理的』に受け付けられない」ということを否定できる可能性が、十分にある。

同性愛への拒絶:あの夜まで

生理的』に受け付けられない訳じゃないのなら、箕浦の同性愛への拒絶はどこからくるのか。

実は学生時代の箕浦は、同性愛を拒絶していない。

諸戸が触れるままにさせ遊戯を楽しんでいたと言っているが、これってちょっとエッチではないですか? 私は『もてあそぶ』というよりも、遊廓でのお戯れみたいな印象の方が強かった。エロかった。

…脱線した。ともかく同性愛を否定する、拒絶する描写が無い。

ましてや「あつい手だね」というセリフは、諸戸と佐藤箕浦の両方が同時に口にする。

これは原作では諸戸が言い、簑浦も『私も同時に、火のような相手の掌を感じた』とある

あの夜、諸戸と箕浦は、本当は同じ気持ちであったのではないか。

同性愛への拒絶:あの夜から

しかし大人になった箕浦…いや『私』佐藤箕浦は、頻繁に同性愛を拒否する。

そして井戸の中、「今こそ、僕の願いを容れて、僕の愛を受けて」と請い願う諸戸を「あさましい!」とはね退ける『私』佐藤箕浦。

実はこのセリフ原作には無い。そして学生時代のあの夜は諸戸の方が言っていたセリフなのだ

「君は浅間しいと思うだろうね」と。

箕浦に『同性愛を持つ者は異人種』だと一番最初に植え付けたのは、他ならぬ諸戸であった。

そしてあの夜、「『私』は諸戸との関係はこれで終わったと思った」。

もし、もし諸戸が、自分で自分の気持ちを否定してしまわなければ、二人が結ばれていた可能性もあるのではないか?

『箕浦』の存在

あの夜の後、箕浦が大人になりSK商会に勤める場面から「過去の『私』」石田箕浦が登場する。

大人になった『私』佐藤箕浦は同性愛嫌悪感情を見せるが、石田箕浦は同性愛嫌悪していない。

諸戸が自分に恋していることを頭では理解しているが、そもそも同性愛をわかっていない。だから諸戸からの熱視線性愛アピール)をまったく感知できないし、諸戸からの接触に応えること・握手を求められた手を握り返すことができる。

スポットライトが当たらないところでの石田箕浦と諸戸は、まさしく「諸戸と簑浦は何か変だ」状態熱視線を送ったり触れようとしたり羞恥の色を見せたりする諸戸に、石田箕浦はまったく気付かない。A.T.フィールド固すぎ)

絶望的に脈ナシな究極のノンケ

原作の簑浦とはかなり印象が違うそう(私は一度推理完了するまで未読を貫く主義のため世論であるが)。

簑浦と箕浦、原作とは名前漢字が異なるし別人か? いや、そうじゃない。無意味な改変は絶対に起こらない。「虚偽の事柄を事実として書くことはアンフェア」だからだ。印象が違うなら、『変えた理由』と『変えても原作の簑浦を成立できる理由』がある。

石田箕浦が登場する前。佐藤箕浦が諸戸との関係は終わったと思ったあの夜。諸戸が泣きながら請うた内容は以下だ。

「君は分っていてくれるだろうね。分ってさえいてくれればいいのだよ。それ以上望むのは僕の無理かもしれないのだから 。だが、どうか僕から逃げないでくれたまえ。僕の話し相手になってくれたまえ。そして僕の友情だけなりとも受け入れてくてたまえ。僕が独りで想っている。せめてもそれだけの自由を僕に許してくれないだろうか。ねえ、簑浦くん、せめてそれだけの……」

諸戸が願った内容、これまんま石田箕浦じゃん……

石田箕浦は諸戸を友人として深く信頼しているし、井戸の中でなんて一緒に死ぬことすら受け入れている。諸戸の願いを、字面通りに叶えている。

しかし周知の通り、諸戸が心の内で望んでいたのは、彼の『死にもの狂いの恋』を受け入れてもらうことだった。

諸戸の望みと願い

諸戸は自身について怖れている描写が多々あった。それは自分の素性と性愛対象が『普通と違う』ことでもあったし、『父に命じられたから行っていたはずの不気味な研究にいつしか諸戸自身不思議な魅力を感じはじめていた』ことも大きいと思う。

強い劣等感を抱えた自意識と、強い罪悪感をもたらす超自我

我と我身を醜いと卑下すればするほど、美しいものを強烈に求め、美しくあるべきだという観念に囚われる。

諸戸の心の内の葛藤が『手記の秀ちゃんと吉ちゃん』そのものに見えた。諸戸の望み(イド)と願い(超自我)は大きく解離している。

箕浦が写し取ってしまった『同性愛を持つ者は異人種』という価値観、『親友という姿』は、諸戸が持つ美意識刷り込みだった。箕浦にとって諸戸は、本当に「美しい青年」だったのだ。

『私』と『箕浦』

石田箕浦は本当にクセのない、まっすぐな好青年だった。諸戸の理想とする『普通』がそこにあるように見えた。そして原作の簑浦とは印象が異なる存在

これはつまり、簑浦のイドと超自我のようなものが、『私』佐藤箕浦と石田箕浦に分かれて表現されているのではないか。一人の人間を二人で演じ、二つの存在(語り部の『私』と、簑浦のイド)を一人が演じているのではないか。

彼らの箕浦の分担は、紀州の孤島に着いてから大きく変動し反転してゆく。

井戸の中で諸戸に襲われ、完全に石田箕浦から佐藤箕浦に替わったのは、諸戸が望んだ存在が友人ではなく恋愛対象としての箕浦だったこと、そして諸戸の手によって「諸戸の理想とする『普通』」が壊されてしまったこと…『私』になった石田箕浦にも諸戸の姿は獣のようだと評されている。学生時代のあの夜に諸戸が否定をしてしまったこと、それの繰り返しだった。

『私』の恋心

そして秀ちゃんへの恋心を諸戸に恥ずかしいものと責められる場面。実はあれは原作だと簑浦のモノローグによる言い訳タイムとなっている。諸戸はそもそも丈五郎に捕まって、島に到着して以降会っていないというのだ。正確にセリフを覚えていないが、原作未読の私でも、最初に秀ちゃんから手紙を受け取ったシーンに諸戸が居ることに強い違和感を感じた(そして友人が原作では諸戸が居ないことを確認してくれた)。

よくよく考えれば変なのである。箕浦に恋慕を寄せる諸戸に責められる筋合いはない。初代に操を立てるなら諸戸の恋に応えることも恥ずべきことだし、諸戸に気を遣う必要だって本質的には無いのだ。(まるで『アイドル恋愛しちゃいけない』理論だ。)

ではなぜ超自我ポジションである石田箕浦ではなく、諸戸が責め立てるのか。

箕浦の美意識は諸戸の影響を強く受けているから諸戸の姿をしていたとも捉えられるが、それ以上に、常識的な葛藤だという以上に、箕浦の心の中に諸戸を慕う側面も幾ばくかあったから、秀ちゃんに恋する自分と、諸戸を慕う自分で対立したことを表現していないか。

佐藤箕浦はもちろん初代にも秀ちゃんにも惹かれているが、彼が箕浦のイドのポジションであるならば、諸戸のことも結構好きだった。(イドでなく単なる『私』なのだとしても、諸戸を見つめる視線に愛憎のような熱が込もっていたし、)諸戸との会話に深山木が入ってきたとき「早くないですか!?」と驚くのは二人の箕浦で、石田箕浦一人だけが言うと単純に時間が早かっただけに聞こえるが、佐藤箕浦も合わせて言うことで「諸戸との会話に邪魔をされた(もっと諸戸と話したかった)」かのような邪推ができてしまう。

海岸で諸戸を見付けるのも石田箕浦ではなく佐藤箕浦だ。

そして諸戸が握手のために差し出した手を『箕浦が握り返さなかった』時。諸戸は驚愕の表情で『私』を見る。見つける。実は、物語の始まりを告げる運命が廻りだすような音楽が流れて以降(犯人だと疑って諸戸の家を訪ねて以降)、諸戸が『私』を初めて見たのが、この『箕浦が握り返さなかった』時。

握り返さないのは、握り返すことに意味が生じてしまうから石田箕浦は諸戸の恋をまったく感知しない。そんな石田箕浦が握り返さないわけがない(実際に、諸戸に見つかってしまった『私』が顔を背けた瞬間、石田箕浦は手を握り返す)。つまり学生時代のあの箕浦が、心の中にまだ居たということ。

諸戸にとってはそりゃあ嬉しいことだろう。彼はそれ以降箕浦に話しかける時、佐藤箕浦を見てから石田箕浦を見る。ここからどんどん、『箕浦』の行動を表現するのが佐藤箕浦へ移行してゆく。

すれ違う二人

一度は友人として、諸戸と共に死ぬことも受け入れた箕浦。

しかしその結末を自らの手で潰す諸戸。

逃げながら箕浦は吼える。「死んでたまるか!」と。箕浦は白髪化するほどの生死の恐怖を体験したばかりだ。

諸戸に襲われるも未遂に終わり、命が助かることに深く絶望する諸戸。

井戸を出た二人は笑いあう。諸戸は箕浦が白髪化するほど生理的同性愛を受け付けないのだと認識したように、箕浦の白髪を見て泣いているように笑う。

そして箕浦の前に現れなくなった諸戸は、気持ちを遺して逝くことで最期にまた箕浦へ大きな傷を残す。


解説叙述トリックを駆使し隠された真意

先述の通り、私の推理動機叙述トリックを逆手に取った二人が相思相愛であったことの証明にある。

からくりが解ってみると、どうってことない・ただ上演されているものそのままに過ぎないのだけど、ここに辿り着くまで本当に一週間ひたすら睡眠時間を削って悩んだ。二回目に観劇した時などは、とにかく正確に推理するためにありのまま最前列からガン見してきたのに、どうあがいても悲恋という現実に心が折れそうになった。マジで。実は二回目に最前列観測した時よりも、初見H列サイドから観劇した時の方がイイ線いってたよな(納得の仕方はブッ飛んでるけど)と思う。

で、共に推理していた友人が先に原作叙述トリックに気付き、簑浦と諸戸のBLは成立しているという解を出してくれたので、二回目の絶望した記憶で観劇を終えるのもなんだし推理はやめて初見のつもりで観劇しようと思って向かったのが三回目の観劇。最後尾辺りの補助席。

しかし驚くほど新たな発見がまたどんどん出てきたうえ、深山木のセリフによって私は舞台も叙述トリックを使ったミステリーなのだ確信してしまう。

これは原作にもあるセリフらしいのだが、深山木がトリックについて思わせ振りなことを言うシーン。そのセリフが完全に『叙述トリック説明』になっていたのだ。聞いた瞬間、震えが走った。

本作がミステリーであると気付けるように、最初から以下の違和感と解法が提示されていた。

さて。ここで疑問に思われることがあるだろう。なぜ叙述トリックを使用しているのか? 隠したいものは何なのか?

この件について私は非常に貴重な体験をする。

本作の大好評っぷりと、推理に明け暮れ神経衰弱している私を心配して、友人が本作を観劇してくれた。三回目観劇の日、偶然スケジュールが合って友人2人(友人Aと友人Bとする)と一緒に観ることができた。終演後、私はわくわくしながら二人に感想を求めた。

友人A「箕浦殴りたい……不快過ぎて体調悪くなってきた……」(※意訳)

当時、箕浦殴りたい勢は最大勢力に感じた。過激箕浦擁護派も0ではないが、大多数が箕浦(おそらく『私』のみ)に不快感情を持っていた。冗談ではなくガチで友人Aが苦しそうにしており、私も初見後は物凄くモヤモヤしていて苦しみがよくわかるので、少しでも気が晴れないかと友人Aと対話することになる。

不快感を分解していく。

友人Aは非常に言いに難そうに、しかし押しかかる不快感から助かるため、意を決して打ち明けてくれる。

友人Aも不快の対象は『私』にあり、その根源を追ってゆくと友人自身が「『拒絶』されるのが本当に無理」だから、諸戸を拒絶しているのに側に居た『私』を悪だとした。

増田「拒絶することを『悪』だとするなら、今『拒絶を拒絶』している友人Aも悪だということになるでしょ? 友人Aは悪なの?」

結局友人Aには私の初見感想を読んでもらい、加えて私の心の闇()もひっかかった話をしたことで、とりあえず翌日出社できるレベルには不快感が晴れたと言ってもらえた。良かった。

さて、私は友人Aと対話して思った。「もしかして江戸川乱歩のやりたかったことってこれでは?」

感想を書いた方ならわかると思うのだが、感じたことや思ったことの根拠を話そうとすると、自身についての話、しかも心の闇()の部分を語らないとどうにも説明できなくなってしまう。

私も推理ログ含め大量に書き残したが、心の闇()を除いても、暗闇マジ怖い体験とか、無意識下の生理的拒絶は実在するよ体験とか(思えばこいつが二人の恋の一番の障害だった)、とにかくネガティブ体験談バンバン出てくる。

共に推理原作解読した友人も、舞台の感想を書こうとしたら闇にぶち当たって、書くのを控えようとしていた。( このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2017-02-09

印象。考察なし

http://anond.hatelabo.jp/20170208235429

寝落ちしそうだし消えると悲しいか更新かさねる

率直に書く。総合的な感想考察は落ち着いたら書くつもりだけど、壁打ち悲しいから書かないかも。(というか他作品観劇したらもう書けなくなるだろうから、勢いつかないと現実的に厳しそう)

トゥルーエンドではないけどグッドエンドはもう前回観れたから、推理の旅を終えていいようにも思っている。あとやはり証人が足りない。私の観たルートより先の話が展開されないと推理が苦しいし淋しい。

初見と印象が違いすぎる。

何が変わった? 私が変わった?

私のライフは零である。救いがまったくない。ほんとつらい。

今回はまったくもやもやしなかった。ただあるがまま受け止めてほんと苦しい。

今作はもうずっと『諸戸と簑浦』の話しかしていない。だからうつらい。世界に二人しか居ない。つらい。

嗚呼明日原作既読の友人にいろいろ質問しよう……

時系列順に。

ちなみに『私』と『箕浦』と《わたし》と《みのうら》と簑浦が出てきます

冒頭。諸戸屋敷にいる『私』。これめっちゃ幽霊に見えた。

手記の内容は、すべて完全に諸戸についての内容。つらすぎ。

『私』は諸戸を「哀れ」と評す。まじかよ。

奥さんがお茶を入れてくれてそれを飲んだはずなのに、誰かいませんか?的なことを言う。え、やっぱこの『私』お亡くなりになってない?

そして諸戸登場。語り部の『私』と会話する。おかしくない?

登場キャラクターが天の声に話しかけたりしなくない?

から最初は『私』も諸戸も亡くなってて、死後の世界に見えてならなかった。

てゆか、今日見た諸戸がこわくてこわくて、ずっとすごいこわくて。諸戸の亡霊みがやばかった。成仏してない霊感

初見は王子様のような諸戸だったのに、何が変わった? 私が変わった?

『私』と諸戸は二人で一緒に過去を振り返る。

諸戸との最初の決別、夜の告白の時、聞いてる時の『私』はものすごく悲しそうな切なく美しい顔をする。嫌悪の色ではない。

『私』は諸戸に「性愛には応えられないけれど一緒に遊んだりした友情には感謝しているし君もそれを喜んでいるように見えた」的なことを言うのだけど、これ少なくとも2回目撃している。隠喩だったかそのままだったか…どこだっけ思い出せない丈五郎と道雄だっけ…? すごいつらい。

あのね『私』と『箕浦』が互いに演じた《わたし》と《みのうら》、《わたし》は未来をすべて知っているようで(諸戸の死を含む)、《みのうら》は生きてるからすごく生命力のある反応をする。『私』が《みのうら》になって井戸出たときなんて、それまでとのギャップちょっとびっくりした。

ここで振り返ったのは過去から未来ではないけれど、どうにも諸戸から時間を感じない。(ミスリーみあるけど)

似てきたなと私が感じたのは、この冒頭の『私』と諸戸、諸戸親子、諸戸と吉ちゃん。親子はアフタートークでも言われていたけど…というかあの世界は「諸戸と簑浦に関すること以外すべてカット」されているので、全部が諸戸であり簑浦であってくるしくて無理。常にライフ削ってくる。

大人になってから。『箕浦』は「ここからは僕が」と言って登場する。おかしい。どうして語り部の語る内容にキャラクターが介入できる?

から私は、ああこれは『演劇なのだな、と気付く。原作では簑浦が口頭でこの物語を語ってくれるのだっけ?それとも小説? ここではその語り口が『演劇なのだと。

箕浦』は『私』が初代に渡そうとした指輪意気揚々と奪ってくる。《みのうら》演じている『箕浦』は本当に生命力に溢れてる。

嗚呼だめだ寝落ちたらもう思い出せない…『箕浦』だけは「諸戸と簑浦に関すること」が何もない存在だったようにも思えてくるけど、もう私の記憶証人として使えなくなってしまった。

『私』は決して初代を「美しい」と言わなかった。まわりくどく魅力を説明する。その形容自体違和感は無いが、乱歩が連載初期から意図的言語を使っていたのなら、初代を「美しい」と表現しないのは変だ。簑浦にとっての初代の価値が軽すぎる。

箕浦』は何についても「美しい」と言わなかった。やはり簑浦は矛盾や歪さを抱えていないか? それを『私』と『箕浦』で同時成立させていないか。『私』と『箕浦』は別々の役割をもった役者

初代は証言する。正面を向いて淡々と切々と語る。あれは諸戸のことではなかったかしら。初代だけに存在する追加情報の時だけ『箕浦』を見て『箕浦』に話しかけてやいなかったか

『私』のかんばせが本当に何の欠点も無いようなほど美しく、そしてとても表情豊かで観客をガンガン見てくる。目が合うとかじゃなくて、観客の目を見てくる。後方でも目を見てくる。つまり語りかけ度がぱない。あいつはメッセージを発している。

対して『箕浦からはそんな様子を受けない。《わたし》を演じる時間が短いからかもしれないし、セリフが少ないせいかもしれないし、ずっと座っているから私の座席位置がかすらずそう見えなかっただけかもしれない。

いや、ほかの『役者』もそうだった。わざわざ観客の目を見てきたりしない。あれは『私』だけだ。

箕浦』はハッキリと「ぼくは幸せだよ」と胸を張って言う。

(正確な表現を思い出せない…2時間以上の空間を丸暗記してそれを体験した自分心理思考記憶して寝落ちリセット回避はこのセリフ量だと流石に無理ゲー過ぎ…でも記録に残すならちゃんとしたい…)

初代が亡くなった時に現場での出来事にしっかり対応していたのは『私』。泣き崩れてずっと耐えているのが『箕浦』。

深山木を訪ねてからは、未来を知っている《わたし》役の『私』は度々悔しそう・つらそう・悲しそうな表情をする。

『私』には彼を救えないから? ねぇ、これ『私』にもそういった感情がちゃんとある描写だよ。

初代と深山木さんを亡くしてから場面転換の際にオープニング曲しか聞こえない音楽が入る。唸りをあげて悶絶する『箕浦』。あ、ここ襲いかかる諸戸の唸りと重なる。

諸戸に関係ないところでも、疑心暗鬼セリフはすべて『私』が言っていたように思ったけど…いやこれは断言して大丈夫では。

しかし確実に《みのうら》の口から「諸戸を疑っている」主旨の言葉が出たときは『箕浦』が発言するし、

諸戸から「君は疑っているんじゃないのかい」といった疑心暗鬼を抱いている主旨の言葉が出たときに対面しているのは『私』と、徹底していた。

諸戸と『箕浦』が家で初めて会話している時、諸戸を見つめる『私』がくそやばい。愛憎ぶちこんだ流し目破壊力軽蔑目線でもあっただろうか?嗚呼ほんと駄目だ脳がリセットされて正確に思い出せない!

ああ、でもここで諸戸を見つめる『私』は、『私』を見つめる諸戸に似ている。それは性愛を込めた時じゃなくて島で秀ちゃんに夢中になってる『私』を見ている時のそれ。

子ども残酷」って諸戸が説明したとき、めちゃくちゃ学生時代の簑浦思い出した。

しかし諸戸の話題が《みのうら》への愛についてから事件推理パートに移ってからはクソつまんなそうに家ん中ブラブラして諸戸の推理聞き流してる風に壺にしなだれかかってる『私』だるえろかわい過ぎだった。「ねぇ~まだぁ~?」してる子猫ちゃんかよ。たぶん唯一私が萌えれて心を緩められたシーン。

ずっと『私』は推理パートつまんなそうにしていたのかなと思いきや、だるえろかわいいのあそこだけで、曲技団に刑事と行った時とか身を乗り出して聞いていた。

いや、あれは『箕浦』の代わりに演じていたのか?

あそこ本当に諸戸が『箕浦』のことを狙っていた。すごくこわい。じわじわ距離詰めてくる。こわい。あれなんであそこにそんな描写入れたんだろう。あの時の話題は何だっけ…おとっつぁんについて?

深山木からの荷物を受け取るのはこの後だったかしら。

秀ちゃんの手記。まじつらい。ぜんぶ諸戸と簑浦の話でつらい。

ぜんぶ諸戸と簑浦の話であるから、『手記の秀ちゃん』に母親が居ないから、この舞台での諸戸にも母親が居なかった。(正確に言うと丈五郎母親の話をするが、諸戸は母親の話を一切しない)

原作未読であるので自分確認できないのだが、諸戸が母親について告白する場面はそんなにカット必要位置にあるのだろうか?

諸戸が母親から性的虐待を受け、それによって女性嫌悪感を持ち女性は愛せなくなったこと。親から愛情が与えられず性行為でだけ情を向けられたから、諸戸が簑浦へ向ける愛情性愛以外の多様さをみせられないこと。これらは諸戸の歪な愛を単なる超自我とイドのせめぎあいにさせず、諸戸が『かたわ』と比喩できる大きな理由となっていると思う。

それがカットされたというのはものすごく重大なのではないか

ここにある諸戸は性的虐待を受けていない世界線の諸戸?

手記の後に諸戸がどちらと会話をしていたか覚えていない…記憶の砂が零れ落ちていくの恐ろしい…

おそらく『箕浦』と話している? 系図帳から暗号見つけるのはここか?

島へ行く途中の列車?船?の中、諸戸が「疑っている?」と問いただすのは『私』で、その話題が終わるとすぐに『箕浦』に入れ替わる。

だめだここですべきは事実の羅列ではなく印象という目撃証言を残すことだ。

島に着いた夜。寝ていた『私』と『箕浦』。『私』だけが起き上がり、秀ちゃんと出会う。

そこに現れる諸戸。

私はここにめっちゃ違和感感じて、それまでの流れでやっぱり諸戸も登場人物なのかな…って思ってた気持ちが吹っ飛んだ。なんでここに諸戸が居るの?って思った。『私』と同じ次元存在から

で、原作既読の友人に確認してもらったら、原作ではここに諸戸は居ないししばらく諸戸と合流しないって……

それから呑気に毬遊びをする『私』と『箕浦』を見て、ここでも彼らは『役者』として並列であるめっちゃ感じた。対話をすることはあっても、物理的に直接交流するシーンはここが…あ、いや初代の指輪を奪ったね。そことここだけのはず。二人存在しないとできない行為から

まだ全然考察とか感想にまで至れていないけど、直感だけの変な話しだけど、

諸戸と『私』が同列であることと、『私』と『箕浦』が並列であることは、次元が違っているのですよ。だから諸戸と『箕浦』は同列ではない。

あ、それが《わたし》と『私』か。

わたし》と諸戸は同列。『私』と『箕浦』は並列に役者

五郎に帰れと言われてから、諸戸を助ける決心をして、諸戸からメッセージを受け取っているところも、井戸の中も、『箕浦』はずーっと冒険譚の主人公だった。キラキラクワク輝いていた。秀ちゃんへの恋とか初代の復讐とか諸戸への心配とかじゃなくて、冒険に夢中だった。

諸戸からメッセージを読むのは『私』で、あいつまた俺に変な気を起こしそうでいやだわ~的な愚痴をこぼし、『箕浦』もそれに乗っかる。「同性愛理解できない」ってまた言う。「頭では理解してるけど全然わかんねー」って言うのはどこだっけ。いやほんとに『箕浦』には友情以外まったく無い。微塵もない。清々しいほどに無い。脈ナシにも程がある。

前述した「諸戸も登場人物なのかな…って」考えに変化しかけたのは、同じく前述の事情聴取のシーンで《みのうら》を演じる『箕浦』をそれこそ蛇のような視線で諸戸が見つめていたから。スポットライトの当たらないところで。その時『私』はスポットライトの中で刑事事情聴取を聞き入っている。(時系列ぐちゃってごめん。でも記憶が蘇ったものをとにかく書いて残す)

ひえええあんな完全無欠の究極ノンケみたいな『箕浦』に言い寄っても絶対無理だよ諸戸なんで気付かないんだよ異常だろ…ってぐらい怖かった。対してワンチャンありそうに見えるのは『私』。否定してるんだけどなんか匂ってならない。なんか否定だけを信じられない。

あれか? 「『好き』の反対は『嫌い』じゃなくて『無関心』」ってやつか?

(初見感想で書いた「《みのうら》も実は諸戸を愛していたのではないか?という容疑が浮かんでならない」のは、完全に『私』のせい。これは初見からそう。私はこれを初見で「諸戸カンチガイ乙‼」みたいに感じていたから、こいつは諸戸の疑心暗鬼が見せる簑浦だなと思っていた。)

諸戸は『私』を探しさまようラブファントムなのかと思っていたけど、全然《みのうら》演じてる『箕浦』も狙ってくる。

『私』と『箕浦』はだいたい一緒に舞台上に居るんだけど、諸戸が《みのうら》よりも『私』を優先して見つめたのは、

  • 箕浦』演じる《みのうら》が諸戸の手を握り返さなかった時
  • 箕浦』が寝ているところを抜け出して『私』が秀ちゃんと出会った時
  • 井戸の中で『私』に「嫉妬している?」と問いかけられた時

諸戸は簑浦を探しさまようラブファントムという印象に落ち着く。

水責めから『私』はもがき出す。水喰らって噎せるし《みのうら》と諸戸に水ぶっかける。

序章でも鬼との出会いを思い出してる時に喉を掻くから原作にも白髪化がいつか描写されてないそうだし諸戸生理的拒否られてない可能ワンチャン…!?って一瞬思った。違った。

箕浦』ずっと脅えていて本当にかわいそう。諸戸に抱き締められてもノンケ過ぎて嫌悪感すら無い様でだだ死の恐怖に脅えている。…って、そうだ。『箕浦』は諸戸の性愛嫌悪感すら返していないわ。性愛なんてもの存在しないようにしか見えない。

ホモフォビア過ぎて逆に男性とキャッキャする現象」が何か科学的に存在しているのですか?(そんな感想を見かけた。)気になるので詳しい方に教えていただきたい。

そーいや江戸川乱歩同性愛を「研究」していたんだよねえ…

それまで『箕浦』を抱きしめて必死告白していた諸戸(この時の諸戸何故か記憶してない。零れ落ちた感覚もない)が、『私』に「嫉妬している?」と問いかけられた瞬間、逆鱗に触れられたように(地雷ぶち抜かれたみたいに)目を見開いて、そのまま『箕浦から手を離し、表情も目線も変えず亡霊というか亡者みたいにゆらぁりと『私』の方に移動していき、「ああ、嫉妬している」と答える。

これほんとめっちゃこわい。ラブファントムこわい。ホラーフィクションでよくある悪霊に追いかけられていたのが御札を持った瞬間にこちらが相手から見えなくなってあっさり追いかけられなくなる・あるいは逆に結界崩壊してそれまで見向きもしなかった悪魔が突然こちらに向かってくる、あれ。完全にあれでこわい。ほんとこわい。

諸戸を否定して死んでたまるかと逃げ出す『私』。諸戸は唸り雄叫びを上げてから『私』を追いかけたっけ?

確かここ最前列目の前に諸戸が来たのに私は目をそらしてしまった。それまでずっと三人の内をを覗きこんでいたけど、目の合うところに居る諸戸の瞳を覗きこむことはできなかった。

そして遂に『私』を捕まえた諸戸。手を掴み上げ触る。

なんというかね、性的意図をもって犯そうとする時って、例えば、頬を触る(唇を奪おうとする脅迫)、腿を撫で上げる(局部に侵入しようとする脅迫)、みたいな仕草がイメージやすいんだけど。諸戸は手なんだよね。いや、手を撫でられるのも十分性的な接触になりえるし、手を撫でてくる痴漢とかクソ質悪いと思うんだけど(あれって痴漢に該当するの?冤罪増えそうだから流石に法的には該当しなさそうだよね?まじきもい腹立つ)、もっと分かりやすセクシャル表現にしても良かっただろうに、なぜしなかったのか。手なのか。

同じ手でも手を舐めるとか頬擦りするとか自分身体に触れさせるとか、方法はいろいろあるのに。

あ、そうだ。秀ちゃんは吉ちゃんの手を取って自分の胸に触れさせていた。超嫌がってたけどあれは同じ手の使用でも犯されている感がわかりやすい。

あえて手であることがわかりやすいのなら、それは何か。

井戸の中での死についてのくだりも、秀ちゃんの手記で隠喩されたまんまでほんとつらい。もう死んでしまいたいという諸戸の叫び

そうだここ『箕浦』も死んでしまいたいと絶望して挫折して復唱していたのに、『私』が水を挿したんだよね…亡霊を呼び起こしてしまった。

諸戸が嫉妬していることを認めたのが、《みのうら》と秀ちゃんが結ばれてしまうかもしれないことについてなのか。(そう明言してた気もするけど)

それとも「本当はかたわものではなく、簡単な手術で醜い自分を切り離すことができること」なのか。

醜い自分を殺したいけど、殺したらきっと自分も死んでしまうと思ってる諸戸…まじ…

助六さんに「生きたくなかったの?」って聞かれた時に、「世間に顔向けできない」と言った諸戸まじ魂抜けてた。心ここに在らず。ライフが0。助六さんに心の内を回答する必要いか大正解しかしイドの超自我破壊自我乗っ取りを止められなかったことは、この時の諸戸の回答もあながち嘘じゃないなと。

あれ?と言うか水嵩が増さなくなったって表現、昨日あったっけ?

私は水嵩が増さなくなったことを知ってるから、初見ではセリフがあったはず。

『私』と襲いかかる諸戸の図を見ている『箕浦』の表情は、「死者を冒涜せぬよう省略」と『箕浦』が言った場面しか見えなかった。

と言うかこのセリフ初見では聞き逃してたかテラびっくりしたんだけど!

【今】はいつだよ!?って疑問が再浮上した。

初見のとき、序章で『私』が「なお、現在では差別用語となる言葉が登場するが、当時のなんちゃらを変えないためそのまま使用します」云々言ってて、「えっ!?『現在』っていつ!?『当時』っていつ!? 『私』が執筆したとき? 乱歩執筆した時? 私が観劇している今? ねえあなたは『いつの人』なの!?」って、超混乱した。

やっぱ諸戸亡霊なのかあああ??????って。

まだ決めていない。

少なくとも、丈五郎を目にした諸戸や、井戸を出た時の諸戸は、『登場人物の諸戸』だったから。

それにしても《みのうら》になった『私』の生命力

佐藤さんの『私』は表情がくるくる変わるしよく動くし観客の目をガン見してきて語りかけ度がぱないけど、アクティブなのにどうにも《わたし》の時は幽霊っぽかったの間違いじゃなかったんだな。ってめちゃ思うぐらい「生きてるかどうか」がなんか明確に違うんだけど。演技力?すごない?やばない?

わたし》になった『箕浦』と、《みのうら》になった『私』も言葉を交わす。「語り忘れたことあるかな?」

ラストは『箕浦』が読んで、『私』が諸戸の訃報を初めて知ったような顔をしている。井戸で《わたし》役になってからの『箕浦』は、諸戸が鬼籍であることを既に知っていた。

箕浦』はあまり『私』も諸戸も見ない。助六さんと井戸脱出しようとした時から、『箕浦』は正面向いてどっしり座って痛ましそうな顔をしている。あれ…顔背けてるのかな…

座ってラストを読んだあと、やって来て『私』に手を伸ばす諸戸の手を宥めるように下ろさせる。

ああそうだ、『箕浦』に向き直った諸戸の表情は見えなかった。

そしてこの物語の語り部は諸戸を憐れにも思っていると序章で明言している。

諸戸の訃報を握り潰すところ。あれね《みのうら》の憎悪というよりも、醜い半身へのやりきれない憎しみに見えた。悔し泣きみたいに表情を潰すところは正直感情が読めなかったよ。ある意味復讐燃えていた『箕浦』の様子にも近かった。

今回は推理するために三人をずっとガン見するつもりでいたけど最前列譲っていただけたのでピクセルに余裕できて他の演者さんもかなりしっかり拝見できた。

2017-01-31

いや、コールドブコメだね。

http://anond.hatelabo.jp/20170130215736

しかにね、洞察の深さが伺える、流れを変えるようないぶし銀ブコメっていうのはある。

でもそういうのは、ホットブコメとか言ってスポットライトをあてるもんでもない気がする。

その深さを評価できる人だけ評価できればいいんだよ。

大体、星を集めやす物言いというのはあるし、ホットにするということはそういうのと同じ土俵にあげてしまうことだ。

それよりも、見れたら面白いと思うのはコールドブコメだね。

いわゆるBAD票、そういうのが可視化されれば面白いと思う。

ただ、それをやるのははてなじゃないだろうな。

はてな他人Webサイトに(勝手に)乗っかるサービスだとしたら、

コールドブコメは、ブコメページに(勝手に)乗っかる第三者アドオン評価レイヤーだ。

そういうのを誰か作ってくれないかな。頼むよ。

できれば重み付けなんかもあるといいね経済ブログ定評のあるAさんによるBAD票は重くなる的な。

2017-01-19

ここ最近アカデミー賞作品賞をどれだけ見てるんだろう映画ファン以外は

スポットライト 世紀のスクープ

バードマン

それでも夜は明ける

アルゴ

アーティスト

英国王のスピーチ

ハートロッカー

スラムドッグミリオネア

ノーカントリー

洋画不調、映画館に行く人は年に一回ぐらいの人が多数の中、いまだ権威象徴と思ってる日本人はどれくらいいるのかねえ

2017-01-17

私がダンオタになった理由

私はダンオタである

一年前の今日、某テーマパークに行きパレードに出演している男性ダンサーを好きになった。

ダンオタというのはテーマパークダンサー好きな人たちのことで、だいたいどこのテーマパークにもいる。夢の国にも、関西映画の国にも、忍者村にだっている。

流行りの服装で一眼を持ってショーやパレードを待っている女の子がいたら、ほぼダンオタだと思って間違いないだろう。

では、何故どこのテーマパークにもダンサーオタクはいるのか。それは私がのめり込んでしまった起因でもある。

ダンサーは、パレードの主役じゃないからだ。

一般的テーマパークには多くのキャラクターがいて、ショーやパレードの主役はそのキャラクターたちだ。

ミッキーキティちゃんエルモアンパンマンなどなど、テーマパークで行われるショーの主役は彼らであり、彼らを中心に物語が描かれる。

キャラクターだけいればショーは成立するのでは、そう言われればそれまでで、最もその通りなのだが、テーマパークの広大な敷地のすべてにキャラクターを配置することはまず不可能だろう。そして、それが可能だとしても、絵面は寂しくなりそうだ。

そこで、テーマパークダンサーが現れる。主役のキャラクターを引き立て、ショーを盛り上げる。あくまでも、引き立て役であり脇役なのだ

なら、どうしてそんな脇役にオタクがつくのか。

私は元々ゴリゴリジャニオタだった。月に一回は何かしらのコンサート舞台に行き、自担くんの出演舞台は全通もした。チケットいくらかかったかはもう想像できない。大学生の時ですら、年間3桁の額を使っていた。

自分の服や化粧、食費は最低限で、バイトをいくつも掛け持ちしていたし、友達ゼミ飲み会には一切参加しなかった。今思うと、悲しすぎるキャンパスライフである

しかし、それでもよかった。365日のうち300日はどこかで踊っている自担くんが大好きで、彼を見に行けるなら他のことな必要なかった。

どうして自分自担に対し盲目的でいて、そこまで必死に頑張れていたのか理由は分かっていた。

私の自担は、Jrだったからだ。

ジャニーズJrというのは、デビューしている先輩もしくは後輩のバックで踊っているダンサーのことで。Mステなんかで嵐が歌っているとき、やけに背景がうるさいなと思ったことはないだろうか。そういうときバックで踊っているのがJrだ。

Jrでいる間は事務所をいつ辞めるのかは自由で、昨日までいたのに今日はいなくなっているということはザラな世界だ。しかも、いつ辞めるという知らせは一切ないどころか、辞めたかどうかすらはっきりと分からない。

そんな儚い存在ジャニーズJrが目指すものはみな一様にデビューだ。CDデビューをして初めてJr卒業する。それまでは、バックダンサーという立ち位置しかなれない。

そう、コンサートの主役を引き立てる脇役なのだ

長くJrをやってデビューすると、こう言われがちである、「Jrの方がよかった」。せっかくデビューして事務所を辞める心配がなくなって、なおかつCDを買ったりコンサートツアーをやったり、活動する場所はどんどん増えていくのにだ。そして、何より夢にまで見た主役になる。

しかし、広いステージの真ん中でマイクを握る姿より、ステージの片隅で踊っている姿の方が良かったと思えるのだ。

世の中、なんでもそうだと思う。漫画人気投票で主役よりも脇役の方が人気なことは多いし、コンテストで優勝した人よりも審査員特別賞の人の方が売れたりする。真ん中に立ち、スポットライトを浴びることだけが魅力ではないのだ。

ライトが一切当たらない暗がりを見ている人はいて、その暗がりにいる脇役を見つけたときは何とも言えない優越感がある。主役は誰にだって見える、というか見せるためにいる。主役が見えることは当たり前で、見えたときの感動はそう大きくない。

大勢の人が主役を見ている中で、私は脇役を見ている、私だけが脇役の演技を知っている。その感覚が常に私を頑張らせていた。

Jrは夢を持つ、目標を持つ。その誰にも見えない夢を私は応援たかったのだ。

Jr好きな人がみなこんな理由応援しているとは限らない。たまたま私の自担舞台仕事バックダンサーが多かっただけで、バックにつかずテレビに出て活躍しているJrの子もたくさんいるし、そういう子のファンは違う感覚を持ち合わせているはず。

ただ、少なからずこういう感覚もあるということだ。

そして、件のテーマパークダンサーだが、彼らもまるでジャニーズJrのようだなと私は感じた。

テーマパークという枠に囚われ仕事を与えられ、主役になることを夢見ながら脇役として仕事に徹し、いつの日か音もなく目の前から消えていく。

誰かに気づいてもらいたいと思いながら懸命に踊る姿は、見た人の胸にそれは刺さるだろう。

私の場合も、「笑顔かわいい人だなぁ」と思って見ていたら目が合って、手を振ってもらったのが始まりだ。「見つけた」「見つけてくれた」の瞬間である

そんなこんなで、テーマパークダンサーJr担の性癖に見事にジャストミートした。

皆が皆、同じような気持ちダンオタをやっているとは思わない。ダンスが素敵だったから、顔がかっこよかったから、理由は人それぞれだが、ショーの脇役を見て好きになった境遇は同じなはず。

まり脇役脇役いっていると怒られそうなのだが、ダンサーもショーの重要な一部だということは分かっているので悪しからず。

そんな私も盲目的にテーマパークのしきたりを守りながら追い続け、今現在は顔と名前を覚えられているところまでいった。パレード最中に目が合うと「あっ」という顔をされ、今も「見つけた」「見つけてくれた」の関係は続いている。しかし完全にその立場は逆転し、今は私が見つけてもらう側になっている。なんでもそうだが、オタクが優位でいられるのは一番最初、好きになった瞬間だけであるから、これはもう致し方ない宿命だ。

これは私事だが、ダンオタというのはジャニオタに比べれば懐に優しい趣味だが、ダンサーというJrよりも一般人に近い存在オタクをしている性質上、メンタルが抉られる事案が多いなと感じる。距離が近いため、手紙に書いた内容が次の日のパレードに全てダイレクトに反映されるのだ。そのレスポンスの速さたるや、自動返信サービスかと思う。

ファンサされたり、干されたり、機嫌の良い悪いですぐ態度をころっころ変える一般人に振り回される毎日だが、それでも楽しくてやめられずに1年経った。

ちなみに私の自担くんは今もJrだ。デビューはもうできないだろうと言われている。

脇役だろうとなんだろうと、私は好きな子はいだって主役だった。

スポットライトを浴びることを夢見て踊る姿は、誰よりも輝いていたし、この子を好きでいることは自慢だ。

Jrテーマパークダンサーも、儚い存在だけど何よりも強い存在感を放つ。それが人を惹き付ける魅力なんだと思う。

自担くんは今日劇場で踊っている。テーマパークダンサー今日パレードに出演している。

きっと、今日も誰かの主役になりながら。

2017-01-07

最後列の最下手の0番

わたしはもう10年以上ジャニーズが好きだ。わたしが好きだったグループは、デビューしてそこそこ人気もあり、メンバーの誰かは毎日どこかのテレビ番組に出演している。CDも買えるし、DVDも見れる。だからいつでも声は聞けるし(メディア媒体で)、売上に貢献することもできた。

しかし、ある日ふとテレビを見てまだ幼い子が目に飛び込んできた。ダンスはへにょへにょ、マイクも持たせてもらえない、一番後の列の端で踊っていた。ダボダボの先輩のお下がりであろう衣装を着せられて。

びっくりした。こんなにも隅にいるのに、精一杯、ふにゃっとした笑顔で踊り続けていた。スポットライトも当たらず、先輩が踊るずっと後ろに少しだけ映り込む程度なのに。

気がつくとインターネットでその子のことを調べていた。

しかし、デビューしたグループのことしか知らなかったため、当然のことながら何もわからなかった。コンサートはあるの?CDは買えるの?

どちらともなかった。あったとしても、先輩グループ舞台バックダンサーか、先輩たちのMVバックダンサー。もちろん名前が出ているわけではないため、どれを買えばいいのか分からなかった。一通り買ってみたが、結局出ているものは片手で数えられるくらいだった。


それから月日が経ったが、相変わらずいちばん最後の列の端で踊っている。いつでもどんな時でもふにゃふにゃな笑顔なのも変わらない。

しかし、へにょへにょだったダンスが大きく堂々と踊れるようになった。踊っている時にキョロキョロしてしまう癖が直り、前を見て踊れるようになった。マイクを時々持たせてもらえるようになった。ストレートだった髪が時々セットされるようになった。カメラを見てアピールすることができるようになった。ひとつひとつ成長を見ることが出来た時、本当に嬉しかった。

いいこともあるかもしれないが、立ち位置は変わらない。ジャニーズJrが溢れている現在、今後のことを彼なりに考えているだろう。まだまだ若いため、可能性は無限大だと思う。彼の同期はほぼ辞めたかグループに属していった。

きっと彼がステージを降りるときわたしジャニーズファンも幕を閉じる。

でも、その時が来るまで、彼を全力で応援したい。どこに出るかも分からないが、出るならば見に行きたい。あなた応援している人はいるんだよということを伝えたい。スポットライトが当たらない最後列の最下手であっても、わたしの中の彼はいつでも0番だから

2016-12-31

V6セトリ自分作ってみた。後で消しま

V6テレビガイドとかテレビジョンのお正月特大号で、2017年ライブやりそうな発言をしてたせいで「この曲ライブでやってくれたらうれしい!」とか「この曲やるならこんな衣装だとかっこいいな~!」とか妄想作業がはかどるはかどる。

そんでもって気づいたら一個セットリストみたいなの作っちゃった。「自分による自分のためのV6コンサート2017年ver.」といったところですな。これきと一ヶ月に一回考えたら毎回違うセットリストできると思う(笑)

自分の中での縛りとしては

・Oh My Goodness!に収録されていないそれ以降のシングルはできるだけ入れたい

・「ハナヒラケ」と「足跡」は入れる

トニカミの曲はそれぞれ「不惑」「テレパシー

2015年にしっかり歌われてない曲もいれたい

なんだけども、しっかりこの縛りを守れた気がしない!(笑)

自分の好きな曲たくさんいれたし(笑)

というわけで、できたセトリがこれ!↓

SILENT GALAXY

COSMIC RESCUE

BEAT OF LIFE

Don't Stop The Refrain

Swing!

SPOT LIGHT

Train

WAになっておどろう

グッデイ

ハナヒラケ

Beautiful World

MC

明日は来るから

Good Life

テレパシー

君がいない世界

君が思い出す僕は 君を愛しているだろうか

涙のアトが消える頃

不惑

IN THE WIND

LIGHT IN YOUR HEART

Skys the limit

キセキのはじまり

Believe Your Smile

by your side

足跡

アンコール

HONEY BEAT

僕たちの明日

愛なんだ

アンコール2~

上弦の月

\もーいっかーーーい!!!

シュガーナイトメア

おしまい

ここからはただひたすら自分妄想文字に起こします。

まずそもそもセットリスト考える妄想を始めるきっかけになった曲が【SILENT GALAXY】なんですよ。V6の曲をシャッフル再生しながら部屋の掃除をしていたら、このイントロが流れてきて手が止まった。勝手脳内コンサート始まった。このSILENT GALAXYで、まるで各々が六つの国の王集結したところを見せられてるように、壮大に、きらびやかに、ゴゴゴ…ってステージに上がっていたもん。暗い会場になぜか後光がさしてました。照明かな…演出として素晴らしかったわ…

から一曲目きっとないだろうけどSILENT GALAXYで静かに、だけどちょっと踊りもいれつつ歌ってもらって、2曲目【Cosmic rescue】、3曲目【BEAT OF LIFEガンガン踊って歌ってくれたらテンション一気に上がってブッ倒れちゃうかもしれない。最初の3~4曲くらいはガンガン踊ってほしい。コスレスのあの軽やかなステップで踊るV6大好き!!!!!!(BEAT OF LIFEは踊る前提)

で、そのあと【Don't Stop The Refrain】お願いしたい。「な?!なッ…え?!ここでこれ来たァ?!?!?!?!」ってぶちあがるのが容易に想像できる。最初森田くんのラップを耳に焼き付けたい。もう感動しちゃって、ペンライトとかうちわとか楽しく振っている暇はない。

そしてがんがん踊っていただいた後は、まさかの【Swing!】。ちょっとここ迷ったんだけど、ここ最近アンコールしかやってない気がする(私の鳥頭調べ)から本編にど~してもいれたかった…。フリーで走り回ったりするならピッタリかなって思ってここにいれた。森田くんの「さあ手をあげなぁー!」。カワイイね。(お気づきの方もいるかもしれませんが私は森田担です。六人みんな好きだけど!)

そしてアウトロからつながるように【SPOT LIGHT】!最近出た曲だから去年もやってるけど歌詞もいい、曲調もいい、鉄板にしてもぜんぜん盛り上がる!というかまた歌ってほしいんだー!ファン絶対好きだよこの曲!!

盛り上がり、気分は最高!ってとこで【Train】。ちょっと落ち着くね。でも「ここで…ここでTrainだなんてッ‼︎」って卒倒します。最初坂本君と森田くんのささやき(?)あれを聞きたいという自分趣味です。ところでさっきから私何回も意識失ってません…?

その後の【WAになっておどろう】~【ハナヒラケ】の流れは、主観で曲調とイントロアウトロ吟味して並べたものです。歌ってるV6想像しながら「あ~~ここでこれ歌ってほしい~~この流れイイ~~すてき~~」って考えながら作りました

MC前の曲は【Beautiful World】がいいな。あの、タラララン♪タラララ♪タタンッ♪(下手)ってアウトロからイノッチを筆頭に「いぇーい!!」ってなるの想像した。いい感じ!そこからあの楽しい楽しいMCタイムに入るとか微笑ましすぎて口角上がりっぱなしになると思う。

MC明けの曲は【明日は来るから】がいい!CDに収録されていたように入って歌ってほしい。イノッチが「じゃあ、森田くん。ねぇ!そろそろ…(にやにや)」みたいなかわいいフリをして、森田くんもにやにやしながら曲のタイトル紹介するでもなく突然に「じゃあ…ミュージックスタート。」って言ってファンが「ん?」ってなるの。で、イントロかかって「おおお!」はいありがとうございますこれで次の日も頑張れます。もちろんちゃんとイノッチの「イェ~~~~」まで!

その次の【Good Life】はもう心が洗われる感覚(大げさ?)でいれました。イノッチの「イェ~~~~」からイノッチの「オーグッライ、グッライ、グッライ、グッラアイオーオーーオーーーィェイ」聴けるなんてすごくうれしい!あと、イエ~とかグッライとかホントごめんなさい。

テレパシー】はパステルカラーとかホワイトとか、優しい色の衣装がいいな。めっちゃ目にいい感じ。椅子かに座るのかな…立ってても座っててもいいなぁ。

その後の【君がいない世界】は、スポットライトを歌ってるメンバーだけに照らす演出がほしい。森田くんだけ→長野くん岡田くん…みたいな感じで。

で次は【君君】だからピアノ伴奏で君がいない世界~君君をうまくつなぐ。なんとかしてうまくつなぎましょう。

涙アトは去年の感じでいい。←雑なつもりはない!!

不惑】はタキシードみたいなスラッとした、トニセンの抜群スタイルをしっかり堪能できる黒いスーツ(ハットのオプションが付くとなお良し)か、真逆の「日曜日子供遊園地行く父」みたいなカジュアルな服着てたら嬉しい!ネクジェネ福島公録の時のような…(笑)どっちでも素敵。

不惑のあのばつっとした最後の終わり方から私がワンハーフあるいはフルで聞きたい【IN THE WIND】!ちなみにこのIN THE WINDからSky's the limitまではしっかりガンガンダンスタイムです。最年長が46歳になろうとしているグループだけど坂本くんが「いや…もう無理だわ…俺もう疲れちゃうわ…踊れねえわ…」って言ってるところは全然想像できないので大丈夫かと思います

Sky's the limit】でばっちしキマって、「フゥーーーーー↑↑↑」てなったところで私の大好きな曲入れさせてもらいました【キセキのはじまり】。いやでもまあ、自分による自分のためのだから…('▽')Sky's the limitのあの決めポーズのままキセキのはじまりイントロかかって「うわぁぁ…(泣きそう)」ってなりたい。だって2015年コンサートで間奏だけだったんですものちょっとしかったわよ!

そしてここちょっと複雑で、想像するのも難しかったんだけど(笑)キセキのはじまりからビリスマの二番のサビ前くらいまでフリーでお客せん(©坂本君)とワーーってやって頂いて、サビで真ん中のステージに集まり踊っていただく!【ビリスマ】のダンス大好きなんでお願いしたい。サビのステップとか何度でもいつまでも見たい…あとはあのLOCKの部分も!

もし本当にあのダンスを見ることができたなら…あ~…ありがて~…(合掌)

ビリスマの次はやっぱ【by your side】でしょ!ここの繋ぎ個人的絶対!アンサーソングというか、公式で繋がりのある曲とされてますからね。OMGコンの時みたいに三宅くんから何らかの説明があってもうれしいな。

足跡】はCMしかいたことないんですけど最後の曲にぴったりだと思う。おそらく。曲調も落ち着いてるし、いったんここでしんみりと、歌詞をかみしめながらと曲と歌声を別れを惜しみたい。

アンコール。【ハニビ】のイントロがかかってお客せん「キャーーー!!!」そののちスライドアップでステージスタンドマイクとともに出てきてほしい。わらってー!わらってー!わらってー!!バーンっ!ってスモーク?火花?のような特効があったらうれしい!

…で、元気よく【僕たちの明日】。ソロパートも多いからこの曲好きです。なんかわちゃわちゃがあってもおかしくなさそう。

で【愛なんだ】。愛なんだ純粋笑顔になれる素敵な明るい曲だからアンコールで盛り上がりたいので入れました。つらい時でも愛なんだ~♪

またいったんはけて、またアンコール

上弦の月】のイントロがかかり「エーーー!!キャーーー!!」となりたい。(上弦の月大好き人間です)

そして一曲やって帰ろうとするV6だがしかしファンは「もういっかい!もういっかい!!」コールをやめません。(妄想ものすごくエスカレートしていますスミマセン)

そこでよくやるやつ。2015年で言うと「せーーの?」\もーーいっかーーーい/「はぁらから声ださんかい!!」ってやつ。

そこで【シュガーナイトメア】がいいな。これがほんとの最後最近聞いてないのを聞きたいというわがままが故に。

三宅くんの投げチューもいつものようにお願いいたします。毎回本当にありがとうございます

おしまい



本当に私の趣味主観妄想だけでこのセトリはできています。銀テはどこかで必ず飛ばします(雑)。だんだん妄想が激しくなっていますがお許しください!!不快な思いする人がいたらごめんなさい。

見る人いるかな?(笑)

これ書いたの疲れたけど、すごく楽しい時間だった。気づいたら一時間半くらい経ってた(笑)

追記

自分ブログを開設したのでそっちにこれを載せることにします!!

2016-12-14

現代って、有名であることがリスクだよなぁ

昔は違ったんだと思う。

からテレビに出たがる人も多くて、有名人に憧れた。

今はちょっとでも有名になることはリスク

テレビに出たら「ブサイク」「ブス」と罵られ、

ツイッター不用意なことを言うとリプライ罵倒される。

芸能人の「ゲス不倫」が話題になったけれど、

一般人だって4割は不倫経験があるってデータがある。

有名人不倫すると叩かれ、職を失うけど、

無名人は何も言われず、給料をもらいながら不倫を続ける。

既婚者だけど合コンに参加して一発ハメてる無名はいっぱいいる。

今の時代は、「いかに有名にならないか」が重要だと思う。

スポットライトを浴びた途端、不利益が被る。

からも注目されず、ひっそりと過ごすことがベスト

夢のない時代になったよなぁ。

http://anond.hatelabo.jp/20161214034224

いつも思うが

路上以外のところに住んで欲しい」っていうのはそんなに人権侵害的な願いなのか?

彼等の為のアパートでも公的に借りてそれを公費で賄う(要するに生活保護の一端だ)のに異議は無いし

彼等が文化的な最低限の軽活をする権利にはもちろん同意する一方で

道や公園占拠する権利は彼等にないと思うんだが

人権団体支援団体と言う奴等は何故道から排除するところばかりにスポットライトを当てるんだ?

ホームレス健康生活の為に政府要求するべきは「道を占拠させろ」じゃないだろ

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