「専門学校」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 専門学校とは

2022-05-18

anond:20220518103238

イラストレーター等の専門学校芸術系大学文学系の大学なんかは女性の独壇場じゃん

就職に期待しないで遊んで良いよという金持ち小金持ち家庭に生まれた女達の娯楽

甘ったれた事言ってんだへぼ

2022-05-17

さぁてそろそろ赤松健擁護するかぁ!(首コキコキ)

この話題に興味ある諸君!いやぁ〜燃えてるね赤松健先生
漫画家としてはバトルしたい美少女漫画家コンピュータマニアとしてはレトロPCハンドヘルドPC好きなのは界隈では有名だよね!

比較的早期に漫画制作環境デジタル化、デジタル化以前では印刷複合機を用いて自身の絵を縮小化し漫画原稿へ貼り付けるというレイヤー運用アナログでやって漫画原稿が分厚くなることへ定評があった。
コンピュータマニアとしては最近Appleレトロコンピュータで注目を集めてたがハンドヘルドPC蒐集家でもあったはずだけど、もしかして老眼がきつくなってきてハンドヘルドPC蒐集は抑え気味になってるのかな?GPD WIN 3とか赤松先生は好きだと思うんだけどハンドヘルドPCの方の近況報告頼むぜ赤松先生

まぁもうこの時点で筆者の〝濃さ〟は伝わったと思う。
そんな筆者が赤松健擁護しようっていうんだ、赤松健アンチ・・・何処まで赤松健を語れるか討論《バトル》しようぜ。

ヤマークエスト

そもそもさぁ赤松健美少女絡めて敵を撃ち倒すっていう筋書きは珍しいもんじゃ無いよな?
それこそ「A・Iが止まらない!」からそうで、むしろ典型的に終始ラブコメをやりきった例の方が少ないってのは赤松健作風を知っているならヤマークエストはむしろ赤松健らしい作風と思うはずだ。

逆に必殺技のルビ芸はバトル漫画としての典型例、そこにあるのはカッコイイか面白いかだけ。完全にノリだ。
表現が古いだの何だの言うが、お前らが好む「新しい表現」を描いたら「それは赤松健」なのか?赤松健を含めた多くの表現者が自由に描く、それが「表現自由」ってもんじゃないのかい

〝「表現自由」の闘い方〟で細かいこと無視して赤松健自由に描いた、テーマに沿ってるじゃねぇか。な?
赤松健自由に描いたことがテーマに沿って無いって言うのであれば、お前の赤松健を語ってくれよ。

赤松健を語らずに赤松健非難しようなんざ片腹痛いわ。

ヒット作へ税金投入したら勝ち確じゃね?論

コッチの界隈へ所属しているのであればアニメ製作委員会方式は知ってるよな?
製作委員会方式では事前に予算が決まっていてアニメーターの報酬は事前に決まった予算内でしか支払われず、完成後にどれだけアニメ作品がヒットしようとも何らインセンティブが発生しないことはコッチの界隈で周知の事実だったはずだぜ?
大衆へウケにくい作品製作者へ税金から予算を投入して作らせたほうが良いって言うのかい
赤松健先生も言ってたが「長年のオタクとしての知見」からそりゃ悪手だろwww

お前らNetfrixの「バブル」観た?
お上よりも自由で柔軟なはずの民間企業でさえあんな感じだぞ?お堅い官僚に「次に来る○○大賞」やらせるつもりかよw
それよりも俺たちが身銭切って「票を入れた」作品税金投入してくれたほうが俺たちも制作陣も嬉しいに決まってんじゃん。

なんかさ、この「ヒット作へ税金投入したら勝ち確じゃね?論」へ「ハズレ馬券を買わずに当たり馬券だけを買えば確実に儲かるのではないだろうか?」と揶揄してるヤツ居るけど、そりゃ揶揄の仕方が違うだろ。
前者は1位取ったウマ娘投資しよう、後者は1位取るかも知れないウマ娘投資しようだ。オリンピック金メダル取った選手に報奨金支払おうって話だぞ?何が問題なんだ?
問題が起きるとしたら「報奨金少なすぎんぞ!ケチケチせずにもっとクリエイターに報奨金出せや( ゚д゚)ゴラァ!」ってくらいなもんだ。
しろウケるかどうかわからん作品税金投入することが「ハズレ馬券を買わずに当たり馬券だけを買えば確実に儲かるのではないだろうか?」じゃね?

大衆にウケにくい大予算アニメといえば界隈じゃ〝神秘の法〟や〝UFO学園の秘密〟だけど、こういう特定団体が持つある種の道徳観を刷り込むためのアニメへ事前に税金投入しようって言うのかな?
少なくとも事前に選定するって話になるなら国として許せる道徳観のある作品に絞られると思うぞ。あとみんなが嫌ってる利益誘導手法である「お友達」が出てくるんじゃないかな?
そういう意味では「実社会で売れたモノへ投資する」ってのは特定団体意思が介在しにくいという側面はかなり多くあると思うぞ。

今売れてないクリエイター投資すべきだって話ならば、そういうのは美大とか専門学校予算付けるって話だろ。
それとも何だ?どこぞの経歴もよくわからん自称クリエイター税金投入しろって話なの?

これらを踏まえて気に食わないなら赤松健対抗候補擁立しろ

表現自由戦士が気に食わないなら赤松健対抗候補擁立しろしか言わなくなった」とか揶揄ってるヤツも居るが、上記反論してから揶揄しろ
何も反論できずに都合の悪いことはスルーして勝手勝利宣言してんじゃねぇよ。

お前らの非常に興味深い赤松健論とサブカル投資論を俺は目をキラキラさせながら待ってるぜ!俺にとって何も損は無いからな!
いやぁ楽しいね!こういう議題って!www

新卒入社した会社の同期が嫌だ

初めに言っておくが、そんなもん笑って流せよ、となるような内容ばかりになると思うし、身バレが怖いので適度に嘘を混ぜながら話そうと思う。

タイトルの通り、僕は今年の春から専門学校卒でとある会社就職した。同期は5人。自分含む2人は専門ないし短期大学卒、残り3人は四年生大学卒で入社した。年齢差はあるがフレンドリーな人ばかりで、入社1ヶ月で割と仲良くなったつもりだった。

ただ1人を除いて。

1人、明らかに浮いているやつがいる。

口調がオタク(それは僕もそうだが)。ただオタクなだけならいいのだが、まるで中学生の時から成長していないのか?というほどである四年生大学卒ということなので、少なくとも2歳は年上なのだが。

上司冗談言われた時に「は?」と言ったり嫌なことがあった時に○すぞと言ったりする。会社全体がフランクで喋りやすい、仲間意識の強い職場ではある。だがそれにしても入社1ヶ月でそんな言い方できるか?というほどだ。

最近、同期全員で揃う機会があり、給料の話をした。うちの会社マジで給料低いよな〜、みたいな愚痴っぽい話だ。僕と同じ2年制の学校卒業した同期は、「しかも俺らはさら給料いからな」と笑って言った。僕もそうだよな、なんて言いながら笑いながら、学歴コンプレックスのようなもの自分で決めたことだからしょうがない、という気持ちでいっぱいになっていた。お互いそれを表に出すことはないのだが、同い年の同期もきっと同じようなことを思っていただろう。

その時に例の彼はなんとこう言った。

たかが一万円じゃん」

たか!?!?!?!?!?!?そんなわけなくね!?!?!?!?!?!?!?!?!?


先述したように、僕は専門を卒業してから就職したことコンプレックスを抱きつつも自分で決意したことなのできちんと背負おうと思っていた。給料が低いのもわかっているが、これで生きていこうと思ったのだ。でもこいつは違う。そもそも貯金があって心にも余裕があるのだろうが、それにしてもこんな言い方あるか?

話は少し変わるが、僕は昔から人間関係をとにかく円満に進めたいと思うあまり八方美人になりすぎてしまうところがある。その同期に対してもヘラヘラとして、普通に友人のように接してしまっていた。それが間違いだった。僕は手遅れだったけど、苦手かも?と思った時点でバレない程度に距離を置け(ちなみに他の同期は少しずつ距離を置いていた。気付くのが遅かった)。

きっと同じような状況の人は学生でも社会人でも主婦でもなんでも、たくさんいると思う。

つらいよね〜って思いながら、一番は自分大事にしてこうな。

2022-05-11

NHKの近くで一度すれ違ったことがあるけど、感じのいい人だったよ

やっぱり第一印象がいい人間はすばらしい人間であることが多いな

1986年東京大学教育学部卒業し、アナウンサーとしてNHK入局。

高松大阪東京名古屋仙台局などに赴任。

首都圏ニュース845」「生活ほっとモーニング」などを担当し、夕方ローカルニュース番組生活情報番組に多く出演。

名古屋時代には登山家田部井淳子氏と夏の北アルプス縦走する模様を描いた紀行番組が評判を呼ぶ。

最初に赴任した高松局では、若いアナウンサー地元ボランティア協会祭りの司会をすることが恒例だったこから福祉との関わりが始まる。

東京時代自閉症男性公務員ドキュメンタリー制作したところ、その番組反響を呼び福祉関係の人脈が拡大。

50歳を目前に「定年後に仕事ができれば」と福祉専門学校入学

2013年社会福祉士資格を取得。

2016年3月、52歳でNHK早期退職

同年4月国立成育医療研究センタ「もみじの家」の初代ハウスマネージャー就任

2022-05-08

村という逆境

 徳島文理からスタンフォード行った子が結局親金じゃないかと言われてることに関してツイッターを眺めていた。そしたらこういうツイート(メモ画像なので検索しても出ない)を見つけた。

人口1000人の村の子の「四国からスタンフォード行った人テレビで見て僕も交換留学行ってみようと思って!」という言葉を聞いたことがある身としては、彼女を持ち上げていた社会はきっと間違いじゃなかったと思っています。』

 これを見てうっかり過去記憶が開いてしまったので、思い出し自分語りをする。先に言っておくがオチはない。

 小学生の時に、私は親の都合で地方都市から学年人数1桁の小さな集落小学校転入して、1年で元の街に戻った。計画的滞在であり、長いキャンプのような経験だった。私は自閉傾向があり対人関係に失敗していることにも気づかない有様だったが、勉強で苦労したことはなかった。1桁人数の同級生の中で、私は「街から来た頭のいい変な子」であったのだろう。

 記憶にはないが、私は当時既に進学のイメージを持っていたはずだ。街の家から自転車通学範囲に父の通っていた中学高校があり、大学も近くにあった。

 一方で転入した集落中学校がある村の中心部から遠く、村には高校がないため隣の市にある高校に通うことになる。そこの大学進学率は高くない。県庁所在地進学校は遠い。長時間通学か下宿になるだろう。

 このような条件のため、村の多くの親にとって進学先は隣市の高校で、そのまま就職するか、専門学校に行くか、頭が良ければそこから地元国立に進学する、場合によってはより上位国立を狙い県外に行く子もいるだろう、というイメージだった。

 さて私の同級生には集落育ちで頭のいい子がいた。Aくんとしよう。Aくんは街から来た子と話しているうちに、中学から受験をして勉強する人たちの存在を知ってしまった。受験をする気がなかった私がなぜそんな話をしたか記憶にない。

 ここからは私が親から聞いた話で、聞いたのは街に帰る季節だった。そのできごとがいつ発生したのかは不明だ。

 Aくんは街にしかない中高一貫校に行きたいと言い出した。Aくんの親は困ってしまった。この希望にかかる経費はA家の計画より大きすぎたのだ。私の親は進学の難しさは勉強問題だけでないことを私に説明した。責めるニュアンスがあったかどうかは記憶にないが、私の情報が原因であったことは指摘された。少なくとも、街に住める私と生活基盤が集落しかないAくんの間には格差があること、私のもたらした情報がAくんと家族を苦しめたことは理解できた。私の家とAくんの家の経済状況はあまり変わらなかっただろうと思う。住むところが違うだけで選択肢が狭まるのだ。

 知らない方が幸せだったとは思わないが、しかしこの挫折はAくんにどう影響しただろうか。わからずじまいだった。

 街に戻った私はそれなりの治安公立から、今話題徳島文理のようないわゆる地方内名私立の一貫校に高校編入した。私立優位の地域であり、かつてAくんが希望した学校とは別だ。

 校則では原付運転禁止されていたが、私が滞在した村を含む、公共交通の貧弱な地域に住んでいる生徒は駅までの利用が許可されていた。仮にあの集落からなら、20kmほどの道のりを原付で通い、JRで1時間さらに乗り換えて学校に着く。私は自転車で30分だ。同級生の中にはさらに遠い地域出身中学の頃から親と一緒に部屋を借りている子もいた。Aくんが選べず、私には選ぶ必要がなかったルートだ。

 Aくんは地元高校に進んだと聞いた。その後のことは知らない。

 高校まではそのように地理条件に恵まれていた私だが、大学進学という全国での比較では、一転恵まれていない方になった。

 ここから大阪までは高速バスで5時間強かかる。東京夜行飛行機だ。隣県や都市に出てから乗り継がないと行けない地域も多い。地元国立大学はあまり偏差値が高くないので、高校ではもう少し上を目指す子がほとんどだった。メジャー分野なのに県内にない、あっても国公立ではない学部志望者も多かった。

 しかし県外進学には多額の費用がかかる。私は幸いにも県外進学ができたが、優秀でも地元国立に進学するケースも多かった。

 そういう地域格差はまあ、ネット上でよく語られるとおりである

 私は中学生あたりから持病を発症し、勉強も含め様々なことを人並みにこなすことが難しくなったが、身体が許す範囲で学び、大学に入り就職氷河期の終わりに正社員の職に滑り込むことができた。薬でQOL改善したのは就職してだいぶ後、ここ数年の話だ。もし就活大学生、高校生の頃にこの薬があればと思うことがやはりある

自分語りなので、この話にオチはない。

 私が下層から成り上がりブランディングしたければネタに使えそうな人生を送った中学同級生もいるが、そんなことに他人の苦労を使うものではない。ただそういう公立から高校に進学して感じた格差は大きかったし、大学に入ってからの友人は様々な出身から来ていて、親との関係健康状態経済状況も様々だった。観察さえすれば、多様性はいつでも目の前にある。

 私はどれほど恵まれている/逆境にあるか。

 間違いなく居住地条件でAくんより恵まれていた。これは格差問題を考える時の私のスタート地点だ。一方で都市に住む同い年の子と比べたら、この県にいることは逆境だった。予備校に行く資力はなかったが、私学には通えた。家に借金取りは来なかった。病は珍しい逆境だろう。しかごまかしながらやっていける知能を持てたことは間違いなく運がよかった。実力も運のうち、全くその通りだ。こんな絡みまくった要素から実力や努力を拾い出すなんて不可能だ。

 私の卒業した高校は、経済的な事情寄付金を原資とした学費減免措置を受ける生徒が多い。私のところにも時々寄付催促の振込用紙が来る。出せるのは雀の涙だ。

 後輩達はその高校に入れるだけで十分恵まれていて、彼らへの支援メリトクラシーに基づいているとも言える。しかし多くの卒業生が何らかの形で都会で得たもの還流する行動は間違いなく県域底上げに役立っている。いや私は個人主義者なので彼らが共同体を離れ外に行くこと自体を歓迎すべきだ。いや普段寄付対象であるフードバンクの方がもっと意義がある支援だ、とか、まあいろんなことを考える。


 みんなそれぞれの逆境を生きている、と言ってしまうのは安易相対主義だ。しかしどの逆境にも支援必要だ。

 1つの回答として、私はここ数年、ある種の逆境にある人に対する金銭時間の集中的な支援をしている。

 ノブレスブリージュは階層社会気持ちよく生きるためのごまかしにすぎないとも思う。自主的やらせていては十分な再分配はできない。それでも自分には他人逆境に対してできることがある。どのような経過を辿ったにせよ、今動く身体があり、さらに職まであることは、今この瞬間そうでない人より恵まれている部分だ。



 いや、こんなのは全部ごましかもしれない。

 私がAくんに希望を持たせて傷つけてしまたことに関する身勝手自己保身の欲求があり、1000人の村の子希望を持ったという話に勝手に重ねている。

 あれからもうずっと少子化傾向を続けた結果、彼らには私達の頃より多くの社会リソースが割かれるようになっているだろうと信じたい。

2022-05-07

バブル世代だけど今の若い女性が羨ましい

から女の子から自宅から通える短大に」と言われ商業系の短大に進んだ。実家貧乏ではなかった。成人の前に祖母が高い振袖パールネックレス買ってきた。お金があるなら大阪京都四年制大学に行きたかった。

(山陰出身の私にとって関西が都会だった)

就職。世はバブルだったし有効求人倍率も高かった。男女雇用機会均等法も制定されてた。それでもキャリアウーマン大都市で働くごく一部の話。成人式中学校同級生と再会したとき四年制大学に進学していた女子は1割だった。

新卒入社した地方銀行女子行員はお嫁さん要員。仕事始め、未婚女子は振り袖で出勤するルールがあった。遅くても27歳くらいまでに寿退職する。若い女しかいなかった。

25歳になる頃には同期の女性は次々と寿退社職場でも身内から結婚を煽られる。毎週のように結婚披露宴に出席してご祝儀貧乏だった。セクハラしょっちゅう

入行してから5年間で沢山資格を取ったけど求められるのは結婚帰省すると親がお見合い話を持ってくる。独身のまま25歳過ぎれば職場でも実家でも居場所がない。25歳でお見合いをし婚約。300万かけた結婚披露宴をした。やりたくなかったが、今と違って「初婚なのに結婚式をやらない」「身内だけで質素に」というのは世間体が悪かった。

長男結婚した女友達は同居で大変そうだった。私の夫は次男。同居はなかったものの、車で10分の場所にある夫の実家農業をしており、繁忙期のたびに駆り出される。

独身の時は「結婚は?」とせかされたが、結婚すると「子どもは?」第一子で女の子を産むと「2人は?」「一人っ子」「次は男の子だといいね」。二人目で男の子が産まれときは心底ホッとした。もしま女の子なら3人目を産まなければいけなかった。

名家でもなんでもないが、男の子が産まれるまで3人は産むというのが普通

夫はギャンブルはしないが趣味の車に散財し。仕事以外の面倒なことはすべて私の仕事。炊事や洗濯はもちろん。例えば職場のお返しに配るホワイトデーチョコレートを準備する、夫への誕生日や父母の日への贈り物を用意したりするのも私の仕事

の子小学生になると、それまでの内職から外に働きに出て。

短大銀行員時代に取った資格はたいして役に立たない。子育てや夫実家の手伝いをしながら働けるのは扶養内のパートしかない。パートホームヘルパー仕事を始めた。

仕事楽しい家事身の回りの世話をしてお金をもらえる。普段はただでやっていることがお金になる。それでも低賃金だったし、家に帰れば家事は全て私の仕事

経済的に自立したいという気持ちが強くて、娘が小学生ときに准看護士専門学校受験しようと考えた。学費ほとんどかからない、病院助手として働きながら通える。夫は納得してくれたが、義両親から反対されて断念。主婦として嫁いだ家で生涯を終えることはもう覚悟している。

バブル世代やら逃げ切り世代やら言われるけど今の若い女の子が羨ましい。

ちょっとだけ就労ビザ知識ある人が吉野家説明会問題について書く

吉野家を庇う気持ちは一切ない。

そもそも確認ミスにより日本国籍の人を他の国籍と決めつけて一方的キャンセルしたのは非常に失礼であり、不適切対応だ。

だが、外国籍の人を断っている理由だけを見ると、就労ビザの実情を知っている者から見れば割と納得のいくものである

Twitterで「外国人店員いっぱいいるじゃん」「外国人差別だ」と言ってる人がいたので、匿名ダイアリーを使ってみたかたこともあり、知っていることを書いてみようと思う。


まず外国人店員について。

留学生(留学ビザを持っている人)はアルバイトをすることができる。

留学ビザは、かなりアバウトにいうと学校申請して外国人学生に渡すものだと思っていい。

アルバイト就労時間や一部の職種(風俗業など)に就いてはいけないといった制限はあるが、ほぼ日本人のアルバイトと同じように働ける。

留学ビザ以外にも定住者や配偶者ビザなど、アルバイトできる資格はいくつかある。

しかし、就職となると就労ビザ必要になる。

就労ビザ企業申請して外国人従業員に渡すものだ。慣れてない企業だとかなり手間がかかる上に、就労ビザの条件は厳しく、専門学校大学で学んだ分野と関連性がない職種にはビザが出ない。

‪割と簡単に取れる『特定技能』というビザもあり、こちらは飲食店就職することができるが、総合職や人事などには就けない。レストランホールキッチンなどをするのが主な業務となる。

店舗にいる外国人店員ほとんどが留学生アルバイト特定技能ビザでの社員だと思う。

そして総合職などに就職する場合は『技術・人文知識・国際業務』という就労ビザ必要になるが、前述の通り大学等で関連のある分野を学んでいる必要がある。

だが総合職や人事に関連する専攻に当てはまる分野とは何か?と考えるとかなり限られてくる。(というかほぼないと個人的に思っている)

昔は、表向きは通訳として雇い実際はキッチンをさせているというゆるい時代もあったのだが、最近は厳しくなってきて少しでも専攻分野と仕事内容が違うことが判明するとビザが取り消されることもある。

まり吉野家インタビューで述べた「技術・人文知識・国際業務ビザの取得は非常に困難であり、内定取り消しをせざるを得なくなったことが一定程度ございました」というのは事実だと思うし、

ビザの取得をできず内定を取り消された方の心象を慮るあまり外国籍の方は新卒会社説明会のご応募をいただいても参加をやむなくお断りしておりました」についても

『心象を慮るあまり』は綺麗事という印象を受けるが、せっかくエントリーシート履歴書作成して提出してから断られるよりは最初から断ってくれたほうがいいという志望者もいるだろう。

ちなみに就労ビザが出なかった事例として「留学ビザアルバイトしていた時期に時間制限を超えて働いていた」というものもある。

企業側が職種や専攻などいくら気をつけても、思いがけない理由ビザが出ない可能性があるのだ。

そして、吉野家だけでなく他の企業でも同じ理由外国籍の人を避けるケースは多い。

‪わざわざ手間を増やして取得できないかもしれない就労ビザ申請するより、日本人を雇ったほうが早いからだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

これらは差別と言えばそうなのかもしれない。

しかし、仮に全く同じ条件の人間が二人いたとして、片方が同じ国籍でもう片方が外国籍だったらどちらと結婚したいか

対話能力文化価値観の違いによるトラブルが少なそうなのは

何かあった時に逃げずに責任を取ってくれそうなのは

本人が蒸発した場合にご両親に連絡しやすいのは?

繰り返しになるが、今回の吉野家の件で論点になっているのは「確認ミスにより国籍勝手に決めつけて不適切対応をした」ことである

だが、企業外国籍の人を避ける理由についてはそれなりの理由がある。

自分が人事だったらどうするか、理想現実妥協点をどこに置くべきか、考えてみてほしい。

anond:20220507095310

雇ってから現場で育てるとかじゃない限り、最初から最低限使い物になる奴って考えたら

時給2000円からスタートやね

ワイは専門学校工場作業員工場事務本社情シスで、スタートは時給870円やったけどな

2022-05-05

日本学校教育について思うこと

筆者はコンピュータ系の専門学校教員として働いていました。

そこで、日本学校教育について思うことがあったので、少し書こうと思います

学校ではプログラミングの授業があります。なので、エラーが起きたり実行が出来なかったりなどのトラブルが必ず発生します。

しかし、一部の学生はそれらのトラブルが発生しても、質問相談をしてきません。社会人として働きだして、分からないことが発生してもそのままにしてしまうのかと何度も思いました。

何故このようなことが起こるのかと考えた結果、日本学校教育問題があるのではないかという考えに辿り着きました。

日本一般的教育機関では、学生受け身で授業を受けます。自ら意見を言ったり、アクションを起こすという機会が殆ど無いように思います

小中高と受け身であり続けた結果、質問相談をすることが出来ない学生が生まれしまうのではないでしょうか。

もっと学生主体性を高める教育をするべきなのではないでしょうか。

2022-05-02

anond:20220501125058

こんな馬鹿でも大卒かー。日本私立大学なんて慶應早稲田だけにして潰してほしい。頭の悪い人間はやりたい仕事から逆算して専門学校に行かせた方が世の中のため。

2022-04-29

anond:20220429190225

どの分野でも大学専門学校ビジネスが立ち上がるけど、将来の人材への育成コスト人材になりたい人に自腹で払わせるためのシステムだし悪質に思う

2022-04-28

anond:20220428021358

→ 今まで高校専門学校プログラミング勉強してきたが結局身に付かず

学校まで行ってだと多分向いてないのでやめたほうがいい

心穏やかに行こう

転職活動をしている

仕事を辞め、転職活動に本腰を入れた訳だが求人が多い


その中で少し興味を持ったのが未経験可のIT職だ


今まで高校専門学校プログラミング勉強してきたが結局身に付かず、

全然別の分野である工場作業員等の仕事をしてきた


そんな自分でも未経験可の仕事が出来るのだろうか


やれそうならばやってみたい。しかしこれから大人しく工場で働いたほうがいいと感じることもある


どっちが良いのだろうか

2022-04-25

anond:20220425054430

うちがそうだったけど、専門学校いくお金は出して欲しい。後で返すから

っていって。就職難だから仕事先がなくて返せない。とかいって誤魔化して、最終的に一円も返してないわ。

2022-04-23

まともな友達

さっきクラブから帰ってきた。正直今付き合いのある人達がかなりめちゃめちゃでしんどい

私の周りにはいわゆるまともな友達が少なく、何かしら訳ありな人がとても多い。自分が変だから変な人が寄ってくるのではと何年も悩んでいるが、これを見つけてくれた貴方には私の今までの友達歴を読んで頂いて、私がおかしいのか相手おかしいのか判断して頂きたい。

ケース①

高校入学直後、仲良くなったクラスメイトA。メンタルが弱く怒られて声が一切出なくなるなどの症状があった。最初は何人かで遊んでいたが、二人で遊ぶ約束をした当日に遅刻。家が駅から近かったため迎えにいくものの、「今歯磨きしてる」などのラインが来て腹が立ち、途中で帰った。彼女Twitterによると別れた直後別の子と遊んでいたことがわかった。その後彼女高校をすぐに辞めた。

ケース②

高校時代日韓交流イベントで知り合った女子高生M。最初は他の人と一緒にグループで遊んでいたが、ある日「英会話ができる」とインターナショナルチャーチに誘われた。行ってみたものの、「神様神様」と異様な雰囲気で長時間拘束され、なんとか理由をつけて途中で帰った。その後何度か誘われたが「自分には合わなかった」と正直に答えるとそこから連絡が途絶えた。

ケース③

高校時代クラスメイトH。初めて会った時に一目惚れし、告白するが振られた。それでもしばらく思いを寄せ続けていたが、ある日突然性的関係を迫られ、何度か関係を持つも(最後まではしてない)数ヶ月後にHは彼女を作っていた。関係を持っていた期間に「お前は俺の性欲の捌け口になりたいのか」などの暴言を吐かれた。

ケース④

台湾日本ハーフL。最初は順調に仲良くしていたものの、彼女ADHD強迫性障害があることを告白される。その辺りから強迫性障害の症状がひどくなり、夜中まで話を聞いたりしたが依存が酷くなるばかりで、途中で距離を取る。そこからさら電話ライン毎日のようにくるようになり、最終的にブロックせざるを得なくなった。

ケース⑤

高校日本教師I。Iの日本史の授業はとても面白く、教師を辞めた後も自らゼミを開くようになる。私は人伝でそのゼミ存在を知り、通うようになるがそこで陰謀論的なもの添加物はがんになる、砂糖は毒など)を聞かされる。さらに私は伝統芸能をIのもとで習うようになるが、そこで身体を触られる、卑猥言葉などのセクハラを受ける。その後伝統芸能はやめたがその数ヶ月後に会った際「ハグしたい」などと言われたので家元に報告。Iは破門され、後に謝罪LINEがきたがその1ヶ月後に「このことは誰にも言わないでほしい」というメッセージが届いた。

ケース⑥

ベトナム人女性N。専門学校時代に知り合う。イベント運営委員会所属していた。時々昼食を一緒に取ったり雑談したりするものの、ある日突然「タメ口が馴れ馴れしい、話しかけないでほしい」と言われる。そこから話すことはなくなり、その後彼女専門学校卒業したがどうなったか不明

ケース⑦(今回のケース)

ベトナム人女性T。明るく気さくな性格で、私が専門学校入学してすぐ知り合った。何度か遊びに行くようになるが、1ヶ月ほど前からTはバークラブに他の友人と通うようになる。私も誘われ行ってみたが、それまでに「何時に何処に集まる」などの連絡がまともに行き届かなかったため、ずいぶん混乱した。ようやく会えたTは一緒に来ていた彼氏に夢中で、Tの友人達の中には突然キスしだす人もいた。Tは自身の連絡不足を詫びる様子もなかったため、それに嫌気がさして途中で抜けた。現在Tから大丈夫?」というLINEがきているが、保留中。

このように友人と呼べた人々とはこのような結末を辿ってきたが、やはり私が何処かおかしいからこのような結果になっているのだろうか。ぜひコメントなどで意見を頂けるとありがたい。

anond:20220423063331

東京専門学校で2年も遊べたなんてよかったじゃん。

俺なんて田舎大学入学したばかりだから後4年だよ。

anond:20220423063035

試しに自宅でやってみた方が良いよ。だいたい向いてるか合わないか判るから

俺は専門学校通い出してからつまんねえ事に気付いたので2年と学費損した。東京遊んだだけだわ。そっちの方が勉強になった。父ちゃんゴメン

2022-04-21

好きなことをして生きてるやつが憎い

好きなことをして生きてるやつが憎い

料理専門学校に行っているやつが憎い

アニメ専門学校に行っているやつが憎い

ゲーム専門学校に行っているやつが憎い

美容専門学校に行っているやつが憎い

好きなことをして生きてるやつは憎い

だってやりたいことや好きなことはある

本当は大学院なんて通いたくないし、コンサルティングファームになんて就職したくない

本当はアニメ専門学校に通いたかったし、アニメ制作会社就職たかった

2022-04-19

昔、高校生の時にベネッセ営業学校に来て、体育館で学年全員集めてなんかセンター模試説明してたのよね

うちの学校自称進学校的なところで、模試を学年全員で受けましょう! ってな感じでやってた

ベネッセの人は言うわけよ、「この模試を受ける人数はセンター試験を受ける人数と同じくらいだから、結果に信憑性がある!」って

でも、うちの学校センター試験を受けるような人ってだいたい2/3くらいだったのよ

大学行かない(専門学校に行くとか)って人や、推薦で決まってるとかそう言う人も普通にいた

そもそも普通コース特別進学コースがあって、後者はみんな大学に行くけど、前者は結構進学先はバラバラだったわけ

普通コースは正直3年の夏くらいには進路決まってる人がクラスの半分くらい居た

そう言う人たちも全員模試を受けさせるようなことをうちの学校ではしていたわけ

からベネッセの人が言う「模試を受ける人数はセンター受ける数と同じ」理論、何にも説得力ないなーと思って聞いてたよ

進研模試偏差値高めに出るって聞いてたけど、そう言うことねって思ったね

2022-04-03

anond:20220402180819

詳細な指摘ありがとう。いくつかは参考になった。ただ誤読されたところもあるようなので反応を返させてほしい。

まず包丁だが、文化包丁洋包丁タイプの握り手のステンレスが欲しいが材質の表示がテキトーで不満なんだよね?

包丁を買ったときの、包丁を見つけるまでに遭遇した苦労を愚痴っているのだよ

後銀三やVG10が欲しいんだったら最初からそれで探すわ。8AとかDSR1K6とかを正直に書けよって不満なんよ

まあ銀三やVG10でも探しはしたけど

刃持ちや研ぎやすさをHRC硬度だけで判断してるのはちょっと違う。

ステンレスの粘りが研ぎにくい原因なのは当然知っている。

その上で、そうはいっても硬度に差がありすぎる場合ステンレスの方が研ぎやすいと言ってる。

家庭用なら刃持ちを妥協して硬度の低いステンレスを選べば研げるぞと言っているのだから

鋼の良さを語られても「知ってるが?」としか言えない

次に錆びの問題だが、これも難しく考えることはない。いちいち油塗布したり油紙巻いたりとか調理現場ではやっていない。

どうするかというと、新聞紙一週間分くらいをまとめて折ってダンボール箱に入れたり輪ゴムで縛って、そこに洗った包丁をぶっ刺しておくのだ。

または少年ジャンプとかチャンピオンとかの安手の紙質の漫画雑誌でもいい。

すると水はザラザラした紙に吸われ、油性インク包丁に付着して錆びないのだ。(インクで指が汚れたりするだろ?)

これもまあ知ってるっちゃ知ってるけど、今の人新聞雑誌も紙では買わなくない?

和包丁の柄の腐りや汚れも買ったものをそのまま使わずに、アマニ油オリーブ油を塗布し、ふき取ってから使うと汁も吸い込まないし腐りも発生しない。

これはサラダ油などではダメなので注意して欲しい。酸化重合して固まるからだ。アマニ油オリーブ油は重合しないのだ。

他の人がツッコミを入れてくれているけど、ここは明確に間違ってると思う。

亜麻仁油は重合する。なので手入れ油としてはいいけど、これは塗装としては弱いので手触りとかを別にすれば他の塗料を使ったほうが良いし、

エポキシとかで固めるなら朴の木である必要は当然ないし、そもそも最初から塗装して売れよって話だ。

オリーブ油は重合しないが、サラダ油実用上はほぼ重合しない。塗料としては無意味で、

無垢材の家具とかの手入れに使う人はたまに見るけど、「塗り過ぎなければ害はない」くらい。

どんな油でも鋼の包丁の中子の腐食は防げないし、そもそもこんな不便なハンドル使ってられねぇというのが俺の意見なので

サラダ油じゃ駄目なので注意してほしい」と言われてもだな。

特に黒皮が付いたままの安い鋼包丁は切ったものが剥れやすいし、切れ味落ちたら直ぐにガシガシ研いで、研ぐのも簡単だし、数年で八寸の柳が五寸や四寸ぐらいになる。高級料亭などでなきゃ料理屋で使われているメインはこれだよ。

黒皮は盲点だった。というか包丁にこだわらない料理屋は牛刀や筋引でやってるか、食洗機前提でオールステンレス統一してるかしてて、

鋼の包丁を使うとこは専門学校なりで自前の包丁を一通り揃えた人しかいない偏見があったわ。

すし飯の扱いは間違ってると思う。

すし飯は炊き立てじゃなきゃ酢を吸わないが、その後一度常温になるまで置いておくと粘度が高くなる。すると粘度は安定して握りの最初最後では水の量が違うって事もなくなる。その前に握っても形を保持しない。

から粗熱を取るだけじゃ不十分で常温程度まで十分放置する。でも冬などに放置しすぎると粘度がまた落ちて味も落ちてしまう。

 

粗熱取りも団扇でどうこうって言われるが、めんどくせえことしないで扇風機で冷ましちゃった方が早い。

表面の粗熱が取れたらひっくり返すように返してまた放置。手早く冷ました方が美味い。

この時、扇風機ホコリが飛んで飯に付着すると食中毒になるので扇風機掃除してから使う。

鍋でご飯炊くときに水分量間違えて焦がしちゃう人いるじゃん?あれも途中で蓋開けるなっていうのを愚直に守ってるからそうなるんで、蓋開けて水分見て補充しながらやれば味は落ちるが失敗しない。難しい事して失敗するより成功経験積む方が大事。だからすし飯も扇風機でいいんだよ。

 

以上の訳でお櫃の保温性っていうのは必要が無い。温度が高いすし飯なんか酢でむせちゃうだけだよ。

寿司桶の機能に保温性を挙げたのは、シャリは人肌くらいが美味しいと聞いたからだ。

寿司屋のマナーとして握ってもらった寿司はすぐに食べるってのがあるけど、板前ブログで「寿司が冷める」って書いてあるのも見た。

人肌というからには常温よりは高い温度だろうということで、30~40℃を維持するもんなのかなと思ってたんだが、

ただ確かに寿司屋行って握ってもらってもそんな粉ミルクみたいな温度寿司が出てきた記憶ないんだよなという実感はあって、訝しんではいた。

今までは50℃弱くらいまでは扇風機で冷まして、そこからはなるべく保温と言う気持ちでいたが、次やるときは試しに20℃台まで冷やしてみようと思う。

あと、血合い骨の処理で毛抜きが出て来ないのも疑問。これも難しく考えずに毛抜きで抜いちゃえばいいやん?

血合い骨をいちいち処理したくないって書いたやん。普通血合い骨の処理って言ったら骨抜きじゃないのか?

鋼の包丁の事ばかり書いたけど、ステンレス包丁も持ってないとダメだよ。

これは真面目に聞いてみたいんだが、どこをどう読んだら俺がステンレス包丁を持っていない(または捨てる)という推測に至った?

2022-04-02

どもりでニチャニチャしてる吃音声帯弱者リモートワークもゲーム配信業も信頼構築の雑談もろくにこなせず人権がないので声優専門学校ボイストレーニングするのが21世紀のつぶしが効く処世術だと思うのですがどうですか

https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2203/31/news086.html

離婚して子供親権を得た場合、多くのケースでは相手方から養育費を貰う取り決めをすることが多い。離婚協議書の養育費支払い期限については、「丙、丁…が成人に達するまで…」と書かれているものも多いはずである

 これは永らく成人年齢20歳から動かなかったから、1つの目安となっていたわけだが、成人年齢が18歳に引き下げられると、養育費支払い期限も18歳までに短縮されるのだろうか。もしそうなら、現在受給を受けている家庭にとっては大打撃であり、子供大学専門学校進学も危うくなってくる。」

こういうのを見ると、やっぱり18歳成人って時代に逆行しているようにしか見えないなあ

大学進学率がこれほど高くなってるんだし寧ろ22歳成人にするくらいでちょうどいいと思う。

一体誰が求めて誰が賛同したのか。

女子高生AVで急に騒ぎ出した議員達も18歳成人そのものには特に反対していた様子も見られないし、謎過ぎる

2022-03-31

修了しました

どうしてこんなことになったんだろう。ここ数年で何度も思ったことだ。

これは奇妙な巡り合わせで出会った私にそっくりの友人が大学卒業時に書いた文章の書き出しである。この鏡合わせの彼が書いた文章を何度も自分事のように反芻してきた私は今年大学院を出る。修了という立場に際して、私も少し自分語りをしてみようと思う。他人自分語りなど興味の無いという方もたくさんいるだろうから、そういう方はこの時点で引き返してほしい。思うままに書き殴っているので読みづらいし長いと思うが、それに我慢できる人だけ読んでもらえればと思う。

・生い立ち

私はごく普通環境で育ったと思っている。地方在住で金持ちでも貧乏でもない家で、両親は優しくて、友達もいた。小中学生のころの自分一言でいうと優等生気質だった。学校勉強はそこまで苦にしなかったし、危ないこともしなかった。先生の言うことには従っていたし、学級委員を務めたりするタイプ人間だった。強いて言えば両親が少し頑固だったくらいだ。

小学校では初めに陸上クラブに入った。運動は苦手かつ嫌いだったし、何よりブラスバンドのようなクラブがありそちらに入りたかった。父が無理にでも私を陸上クラブに入れたのは運動の楽しさを知ってほしかったのだと思っている。運動神経のいい父にしてみれば運動は娯楽だったのかもしれないが、運動神経が壊滅的な私にとっては純粋身体能力を問われる陸上は苦しかった。そのため5年生からブラスバンドやらせてくれと懇願した。タダで許してくれるはずもないので中学では運動部に入ると交換条件を付けた。5年生から始めたトランペットは本当に楽しくて練習した。6年生の途中からは1stトランペットを担うこともできた。

中学では周りの部員吹奏楽部に行くのを横目に約束通り運動部に入った。誤解のないように言っておくと別に部活動自体は楽しかった。ただ音楽から聞こえてくる音を聞くたびに自分もこの中にいたらどうだったろうと思うことは度々あった。中学では同学年内でいじめもあって、被害者ではなかったものの学年中を巻き込みつつも教師黙殺しているそれに優等生気取りの私は心を痛めたものだった。その頃の私はもっぱら公正世界仮説(当時この言葉は知らなかったが)の敬虔信者であり、親や先生にほめられている優等生自分はいつか報われるし、逆にいじめなんぞ加担している人間はその人間からどこかで破綻すると思っていた。

 高校は少し離れた進学校に入った。近隣の学校に行く人が多かったが、いじめの件もあり彼らと距離を置きたい気持ちも大きかった。流石にレベルの高い授業でもあったが、モラル教養を持った人が多く非常に楽しい生活を送った。高校部活軽音部と兼任しようかなと考えていたが、他方の顧問専任希望するような言い方をしたので諦めた。別に悪い人ではないと思うが、他人に機嫌を取らせるタイプ人間だった。高校では成績をぐんぐん落とした。周囲のレベルの高さもそうだが、私には2点の欠陥が見え始めていた。1つは努力中学生まであまり勉学に苦労しなかった私は勉強に労力をかける癖がなかったし。加えて苦手な運動は一向にできなかったし、好きな人アプローチしても付き合えなかったし、理論武装して親に頼み込んだことも結局許されなかったり、努力してできた経験と言えば自転車の補助輪を外すときくらいのものであったように思う。努力の数と成功体験の数なんて鶏と卵かもしれないが、努力をした経験もおそらく人よりは少なく、努力が実った経験もっと少ない人間だったように思う。もう1つは先天的能力限界である。これまでの自分は「丁寧に教えてもらえば理解ができる」という能力を有していたと思っている。中学生までの自分が苦労しなかったのもこれが原因だと思っている。しか高校3年生になると少しそれに陰りが見えているのを人知れず自覚していた。周囲の人間には見えていないようで、親や先生は褒めてくれるし、同級生から勉強ができるという認識をされていた。

 3年生になると嫌でも受験を考えなければならなくなる。私はどこに行って何をするのだろう。勉強は好きではない。高校では文芸部の本に部外から投稿してすごく評判が良かったし、文化祭の劇の脚本演出担当して最優秀賞を取れた。そのあたりの活動は楽しかったしクリエイティブなことがしたいかな、あと音楽。それとなく親に専門学校の打診してみたけど、4年制大学に行けといわれた。「いい大学に行けばいい企業に行けるからね」と言われてきていたし、親心としてはそんなもんだよねと理解した。自分としてもレールを外れることに恐怖はあったし、レールに従うことで周りと同じように大学に行って、就職して、結婚して子供を作って、今の家族のような生活が送れるならそれでいいと思っていたのでじゃあ普通大学に行くねとなった。

 問題になるのは何がやりたいかである。私がやりたいことって何だったんだろう。結局見つからなかった。そこで親がアドバイスをくれた。

「まだやりたいことが見つかっていないなら、ここに行けばいいんじゃない?」

親が指し示した大学は、入学時に専攻を決めなくてよいという特殊制度もつ大学だった。みなさん名前ぐらいはご存じの都内大学である。幸か不幸か、私にはそこを目指せるだけの能力はあった。

長くなったが、これが地獄の幕開けである

大学という場所

1浪しなんとか2年目で合格して大学1年目。はじめに学んだ格言がある。

大学では勉強サークル恋愛バイトのうち2つしかできない」

勉強は好きではないので、サークルバイトをやるんだろう、恋愛もあるのかななどと入学後の私は胸を躍らせていた。憧れのバンドサークルにも入った。周りは経験者なので食らいつこうと頑張った。大学から帰って仮眠を取り深夜の安いパック料金で明け方までスタジオ個人練、シャワーを浴びて大学へ。その生活をしていたら資金ショートした。親にバイト禁止されていたため練習交流のためのお金が足りず、実力もつかず人脈もできずにフェードアウトした。

 大学の授業はひどく不親切であった。大学レベルも相まって何をやっているのか理解できなかった。高校の時に疑問を持っていた内容が解決されるかと期待していたが、それらは大体1,2回目の講義解決してしまものか、もしくは深くがっつり専攻しないと理解できないようなもののどちらかで、学ぶモチベーションにはつながらなかった。教える側も教科書も「説明してはいる」「書いてはある」という感じで、高校までのようにわかやすくとはいかなかったから、「丁寧に教えてもらえば理解できる」タイプの私では太刀打ちできなかった。つまらないし時間無駄に思えて次第に講義休みがちになった。

 それでも、とりあえず大学を出れば何とかなると思っていた。ここで耐えている自分はきっと報われると思っていた。好きなもの大学で見つかればいいし、そうでなかったら高校までの勉強ができるから教師になればいい。これが1年目の私であった。

崩壊

 初めてショックを受けたのは成人式のことだった。新成人代表として何人かの陽キャ集団が壇上にあがった。式の前後に彼らと会ったがある人はバツが悪そうに私から目をそらし、ある人は肩を組んで話しかけてきた。どちらもいい気はしなかった。彼らはいじめの関係者である。なんで彼らの方が人生謳歌しているんだろうか。その時にふと思った。「結局彼らは世渡りがうまかったんだ」と。くだらない正義なんて捨ててその場で空気を読んで得なほうに回るっていうのが正解で、黙殺していた奴らもそうだったんだ、なんて自分は愚かだったのかと。そう考えてみると社会に明確な悪役はいなくて、したがって明確な正義存在しない。正義道徳立脚した自尊心のなんと脆いことかと思い知らされた。

 そして、もう一つ。親や教師というのもまた所詮人間だとこの年になって気づいた。この中の何人かが数年のうちに教師になって、親になる。はっきり言って話の通じない人だっているが、そんな人も年さえ取ればいつかは親や教師になりうる。だから黙殺した教師も、話の出来ない親もおかしくはない。じゃあ私が優等生してきた、私が正しさの根拠としてきたものは何だったんだろう。優等生であることを数字で示してくれるものは成績くらいしかない。世渡りが下手で運動などの技能も持たず、それでも私が公正世界仮説を信じてこれたのは、案外「勉強ができること」に依存していたのかもしれない。勉強しかできないやつだけど勉強ができるから何とかなる、そんな風に自分無能さを騙して生きていたのかもしれない。

 さらに拠り所の勉学さえ崩れ落ちた。留年が確定したのだ。受験でも足を引っ張った物理がとことん苦手で何も理解できなかった。2年目は学費負担を減らすべくバイトをさせてもらった。サークル活動事実上全部やめ、バイト勉強の日々が始まった。バイト先は学生が割と多かったため、みんなと仲良くなれた半面、繁忙期が重なった。私は試験前はむしろシフトが増加し、結果的に致命的な必修単位だけ落としてしまった。2留である。親に電話して事情説明した。単位くらい取れとストレートに怒られるかと思った。代わってあげる優しさを評価しつつもやりすぎだと注意されるかもとも思った。

あんた人にいいように使われてるだけでしょうが

人にやさしく優等生してきた自分生き方への批判自分が仲良くしている人たちへの非難ダブルパンチで頭に血が上った。怒りで何も言葉が出ずに何秒か無言の後電話を切って、壁を殴った。

数日すると気分が落ち込んできた。親はそれを「単位を落としたから」と解釈したようであるが、全く違う。私は他の人が当たり前のようにサークルバイト恋愛を掛け持ちして進級している中で、バイトしながら進級できなかった。私は当たり前のことすら満足にできない無能であると、薄々感じていた自分無能が隠せなくなってしまったのである

 3年目は再びバイト禁止した。クラスでの試験対策仕事もやり、その科目の勉強をしなければいけない状況を作った。サークルとしては冒頭の彼の紹介で新しいサークルに入った。サークルでできた友人とは本当に仲が良く、勉強を助けてもらったり、サークル関係なしに遊んだ大学での生活の基盤になった。助けてもらえる人も増え、自分学習するようになり、この年の上半期では単位の取得ができた。しかし、私が感じていたことは決してポジティブなことではなかった。私がこの年の経験でわかったことは「お前はやればできるが、環境サポートがあって自分勉強してもちゃんとできるのは2単位」ということである。私は2年で70単位以上取得する想定のカリキュラムを、半年で2単位しか取れない脳みそでやっている。無能すぎてもはや卒業が無理なのではないかと思った。

公正世界仮説評価軸としてきた大人たちへの信頼、自身の実力への評価の3つが音を立てて崩れて、この時私は確かに一度死んでしまった。このことに気づく前の自分に戻れなくなってしまった。中学いじめがらみで「死にたいけど死ぬ勇気もない」って言ったときに「死ぬのなんて勇気って言わねえ」って怒鳴りつけてくれた友人がいた。

・専攻決定

4年目にして2年生。この年は諸々の事情クラスから孤立した。喧嘩別れのようなものである。私としても仲良くする気はなかったので1人でどこまでできるかやってみようと思った。結果は惨敗だった。単位取得こそぎりぎりできたものの私はこの大学では人に寄生しないとやっていけないと気づかされた。

そして、4年前に選択先延ばしにしたツケの返済期限が来ていた。専攻の決定である。結局4年間でやりたいことは見つからなかった。勉強面白くないし、勉強以外の何かを思い切って始める余裕もなかった。教員になろうかとも思ったが、それもかなわないと思った。教職卒業単位には含まれないため、追加でいくつも講義を取る必要がある。通常のカリキュラムすらまともにできない私にそれは無理だろう。ちなみに私と同じく成績の芳しくなかった冒頭の彼は教職を志して単位を取得しに行ったが、弊学では満足に教職まで取り切れなかった。教職を目指した世界線の私もきっとこんなものだろうと思ってしまった。

理系科目はわからなかったので、唯一興味がわいた心理学を専攻しようと思った。しかし、成績が足りなくて進むことが絶望的だった。ここで初めて間違いに気が付いた。この大学システムは何をやりたいか不明瞭な人間を救済するシステムではなく、やりたいことや才能が複数ある人間選択肢を与えるシステムなのだと。私などがこの大学には来てはいけなかったんだと激しく後悔した。

このシステムでは通常、成績が足りなければ次の年に再挑戦することができる。しかし、私は4年目であったがために在学年限が迫っており、この年で専攻を決定しなければならなかった。そのため、当時人気の低かった化学を選んだ。化学は苦手で高校化学すらわからないが「とりあえず大学を出れば何とかなる」のであれば、と苦渋の選択をした。

実験異変

5年目、3年生。1限からの授業と週3回の実験があり、9時-18時のような生活になる。実験には予習とレポートがあるため、実際の拘束時間はこれより長い。何とか4月を乗り切ったところで、レポートを1つ残してしまった。GWに入ってレポートをやらなければと思って毎日机に向かおうとした。いや、向かったこともあった。だが、ペンを持っても何も書けない。そのまま時間が過ぎてごはん時になり席を外してご飯を食べる。そんな日が続いてGWの最終日、床にへたり込んで泣いた。書かなきゃいけないと思いつつも1文字も書けなかった。

 3年生の必修は実験だけだったので、他の単位犠牲にしてでも取ろうと考えた。1時間だけ講義を休んで...その1時間を何も書けずに終えた。これを繰り返してほぼ全ての講義を欠席した。次第にいろいろおかしくなっていった。頭痛もちでもないのに頭が痛みだした。文字が読めなくなり、教科書はおろかネットニュースくらいの簡単文章でも字が滑るようになった。1日にできることがゴミ出しと洗濯くらいになり、起きて寝る以外に食事、入浴、ソシャゲの周回くらいしかしてない生活になった。

 溜まりに溜まったレポート夏休み前に呼び出しを食らったことで、無理やり夏休みを使って消化した。歯を食いしばりながら全部消化したことは覚えているが、歯を食いしばればできたことがなぜここまでできなかったのかこの時は疑問だった。

 4年生になり、大学院へ進学することになったが、大学院の手続き入試勉強、足りなかった単位試験勉強などでタスクが溜まった瞬間、この症状は再発した。友人の勧めを受けて学生相談所に通うことになった。

能力環境

学生相談所のカウンセラーはいい人だった。いろいろお話をして気持ちは和らいだ。専門的なこととしてはWAISの検査を受けた。結果は処理速度だけが異様にへこんでいる格好になった。別に数値は低くないので大丈夫と言われたが、「問題の有無は環境によって決まりませんか?能力の高い人が集まる環境ではそれなりの能力要求されますよね?」という質問には満足のいく回答は得られなかった。

 親にも何度か愚痴を言ったことがある。そのたびに「あなた世間一般には優秀だから大丈夫」と返されるのである。何が大丈夫なんだろうか。”今の環境”が辛いと言っているのに”世間一般”という別の集団を持ち出して何の救いになるんだろうか。これ自体も言ってみたことがあるが「なんでそんなこと言うの」と言わんばかりの困惑した顔をするだけだったのでやめた。別に親以外でも同様のことを言う人はいる。世間一般評価邪魔をして、まともに助けを求めることすらままならない。内部の人間から見て無能で、外部の人間から見て有能な私は、共感を得られる対象がとても限られていて苦しかった。大学ブランドという呪いにかけられて苦しかった。

 やりたいことをやれていればよかったのだろうか。サークル作曲体験させてもらう機会があった。でも続かなかった。結局忙しいとかいろいろ言ってインプットから逃げている自分がいる。クリエイターにはなれなかっただろうなと思った。好きなことも頑張れない自分に「自分が勉学を頑張れなかったのは勉強が嫌いだからじゃない、努力が嫌いなんだ」という事実を突きつけられてまた悲しくなった。あれほどに信じてきた公正世界仮説は「お前が苦しいのはお前が間違ってきたからだ」と自分に牙をむき始めていた。

・進学と私

大学院へ進学することにした私だが、実は私は望んでいなかった。学部時代夜遅くまで研究に勤しむ先輩たちを見ていて「私にこれは無理だ」と実感していたかである研究への熱意はおろか、化学への意欲も知識もないのである。ただでさえ病む人が多く出る大学院という環境にこんな人間が行くのは自殺行為に他ならない。そのため、私は就職を強く希望した。しかし、親にそれを伝えると「今のお前に就職はできない」と言われた。就活を終えた今だから言えるが、これは正しかったように思う。議論は「就職はできないから進学しろ」「院でやっていけないか就職させろ」の平行線で、就職も進学もろくにできない無能をぼこぼこにリンチするだけで生産性はなく、結局「とりあえず進学はするがいつでも辞めてよい」という落としどころになった。

 私は院試に落ちるのが最適解だと思った。学力もないので真面目に受けても受からないだろう。院試を受けたけど落ちましたというのが親にも研究室にも一番角が立たない。しかし、筆記試験が思ったより点数が低かったのか通ってしまった。面接をすっぽかすことも考えたが、会場に研究室の先生方がいるかもしれないことを考えると気が引けた。面接では辞退の意思を伝えるつもりだった。面接官と私だけの秘密である。私は院試を受けて落ちたのだと周りに言えばよい。

 Permalink | 記事への反応(0) | 23:43

来世は彼女みたいに夢を追いかけたい。

女は結婚があるから人生楽しめると思った事件(?)を思い出した。

大学の知り合い。

大学付きの中高一貫入学→内部進学で有名私大へ進学。

大卒後は夢だった職業になるために専門学校へ進学→就職するも労働キツすぎて退職相談所で結婚相手ゲット

そして結婚式あげて人生勝ち組になってた。

正直、うらやましかった。

高校大学受験して、就職して、仕事が忙しくて出会い消極的になり、婚期に悩んでいた自分がみじめになったよ。

彼女は、大卒資格の強みも、専門学校習得した技術も、ぜんぜん活かされてねえのよな。

でも婚活市場にでれば、裕福なお家の出身で、四大卒教養があり、ときには専門学校習得した技能趣味になされるお嬢様として需要があるんだろう。

なんにも達成してないけど、そもそも達成する必要もない。女の夢って、カルチャースクールレベルでいいんだよ。だって女は結婚さえすればいいんだから

子どもつくって、子ども育てて、家を守っとけば、それでOK

っていうのが女なんだなって、気づかせてくれたよ。

そのあと私も結婚相談所に駆け込んで、相手を見つけられた。

いま振り返ると、間接的に私に結婚相手出会わせてくれた彼女には感謝です。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん