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はてなキーワード: 専門学校とは

2017-06-27

どっちかというと私はこう思うというよりは、現実傍観してそのままを指摘しているだけのほうが多いと思う

総計と医療系以外の私大はお亡くなりになるだろうな、無試験入学が増えたらもう専門学校卒と高卒でいいと思うしな、というのは願望ではなく

高卒就職率が大卒を上回ってるのを見た上での現実の垂れ流し

試験で入れるのなら実践的な知識が身につく専門学校卒を取るか、若いうちから仕事に慣れてもらうために高卒を取るから私立大学を潰そうという意見には

国公立大学卒も専門学校卒も高卒短大卒も企業子供を持つ保護者同意

2017-06-26

何で共産主義学校ってないの?

マルクス主義ってすんごい勉強必要なんでしょ。

何で共産主義勉強できる専門学校ってないの?

共産主義権威って全然聞かないし。

あと共産党議員政治塾とかも知らないなあ。

あんの?既に。

2017-06-24

ギャル

https://anond.hatelabo.jp/20170624093754

・黒ギャルオタクゴミだと思っている

まあたしかにあまり相性はよくないかもしれない。

俺はオタクだし、黒ギャル友達はひとりもいない。

でも黒ギャルに関する思い出ならいくつかある。

幼稚園児の頃。横浜デパートで両親とはぐれて迷子になった時、黒ギャルに助けてもらった。

ギャルは泣いてる俺の手を引いて、お客様案内所まで連れて行ってくれた。

両親が迎えに来るまでの間、黒ギャルが俺の隣に座って一緒に待ってくれた。

ギャルは俺にノートペンを貸してくれた。俺はそれに絵を描いた。

ギャルがその絵をやたらと褒めるもんだから、俺はうれしくなって、すっかり泣き止んで、得意気に絵の解説をした。

別れ際に黒ギャルが俺の頭を撫でた。とてもいい香りがしたのをはっきりおぼえてる。ココナッツオイル匂いだったのかな。

浪人時代。俺は大学受験に失敗して落ち込んでいた。

11年飼ってた猫が行方不明になったり、父親会社が傾いたり、いろんな不幸が重なって、最低な時期だった。受験勉強なんて一切してなかった。

まりに金が無かったから、短期アルバイトをすることにした。夏だった。高田馬場でチラシ配り。資格専門学校のチラシだった。

現地で学校職員と待ち合わせて、ペア仕事をするんだけど、そこに現れた職員が黒ギャルだった。一応スーツは着てたけど、どう見ても黒ギャル学校職員なのに黒ギャル。意外過ぎた。

もっと意外なことに、黒ギャルは始業後すぐに郵便局に行って、大量のチラシを自分の家に郵送してしまった。

処分しとくよ」黒ギャルはそう言って笑った。

そのまま黒ギャル運転する社用車湘南の海に行った。黒ギャル私服に着替えた。ふたりで浜辺にビニールシートを敷いて、寝転がりながらいろんな話をした。

あの日は一体何だったんだろう。思い返すと、まるで現実感が無い。

もちろん黒ギャルがやったことは最低だ。それに従った俺も同罪。そんなことはわかってる。でも、めちゃくちゃ楽しかった。どん底の時期だったけど、すごく気分が上がった。

翌日から猪瀬直樹みたいな不機嫌そうな顔の職員に見張られながら、炎天下、ひたすらチラシを配った。地獄だった。

ギャルとは二度と会えなかった。あん調子だったから、とっくにクビになってるかも。いや、意外とうまくやってるのかな。

俺はあの日を境に真面目に受験勉強をするようになった。大学生になれば、もっと楽しいことがたくさんありそうな気がしたのだ。あの黒ギャルは俺にとって希望象徴だった。とにかく輝いて見えたのだ。やってることは最低だったけど。

これはけっこう最近の話。どうにか大学生になった俺はネットカフェバイトしてるんだけど、うちの店、夜勤ワンオペなんだ。

狭い店だから普段はひとりで充分なんだけど、その日は急に体調が悪くなり、窮地に陥った。

まともに立ってられないほどつらかった。午前3時過ぎ。真夜中だ。代わってくれるスタッフもいない。

吐き気はするし、なんだか視界も歪んできた。頭が割れそうに痛い。これ、なんかヤバイ病気なんじゃねえか? 

やっぱり誰か呼ぼう。それしかない。そんなことをぼんやり考えながらカウンターでしゃがみこんでたら、客が来た。

ギャルだった。たまに来る客だ。たぶん近くのガールズバーに勤めてるんだと思う。仕事終わりに店に寄り、始発を待って帰ってるんじゃないかな。

俺はこの黒ギャルが苦手だった。いつも不機嫌そうだし、金の払い方も乱暴。たまにめちゃくちゃイカツイ男と一緒に来ることもあって、単純に恐いというのもあった。

でもその日の黒ギャルはいつもと違った。俺を見るなり「なんか顔色やばくない?」と話しかけてきたのだ。それまで会話なんてしたことなかったのに。

「いやあ、かなり具合悪くて」と俺が言うと「休んだ方がいいよ」と心配してくれた。

代わりのスタッフがいないからどうすることもできない、俺は黒ギャルにそう説明した。

そしたら黒ギャルが言ったんだ。

「私が店番しようか?」

一瞬、耳を疑った。何を言ってるんだ。冗談にもほどがある。でも、黒ギャルは真顔だった。どうやら本気みたいだ。恥ずかしいけど、ちょっと泣きそうになった。

はいえ、バレたら一発でクビだ。カウンターの様子は防犯カメラに録画されてる。万が一、店長にチェックされたら終わり。

「体調が悪かったので、お客さんにレジを代わってもらいました」

そんなバカな話、通用するはずがない。

でも俺はあまりにしんどくて、朦朧としていて、まともな判断力を失ってた。

われながらどうかしてたとしか思えないんだけど、俺は黒ギャルに店番を代わってもらった。つらすぎて半ばやけくそになってたのかもしれない。とにかく少しでも横になりたかった。

俺は黒ギャルレジ操作説明して、入店と退店のやり方を教えて、空いてるフラットルームで寝かせてもらった。

それから朝まで、黒ギャルが店番をしてくれた。平日の深夜だから客の動きなんてほとんど無かったけど、それでもありがたかった。三時間ぐらい寝たら、頭痛吐き気も治まった。

俺は黒ギャルに何度も礼を言い、どうして助けてくれたのかたずねた。なんか死にそうな顔してたし、この店よく使うし。黒ギャルはそう言って笑った。

ギャルが帰って、交代のスタッフが来て、俺は退勤後すぐに病院へ行った。ただの風邪だった。

後日、知人にこの話をしたら、窃盗リスクを考えた方がいいと言われた。それは大丈夫と俺は応えた。根拠は無いんだけど。

とりあえず黒ギャルに何かお礼がしたいんだけど、あれからいちども店に来ない。

以上が俺の黒ギャルに関する思い出。こうして振り返ると、ずいぶん黒ギャルに助けられてきたんだな。

色々ぶっとんではいるけど、俺にとって黒ギャル天使みたいなもんだ。黒い天使

2017-06-19

つぶれかけの加計学園

安倍総理のお友達理事長を務める加計学園は無茶な拡大路線で、あっちゃこっちゃに大学専門学校を作りまくってきた。

しか少子化の傾向が強まってきた後に大学専門学校を作りまくったせいで一部は募集停止、定員割れを起こしていている。

それを無理やり救うために税金ドロボー税金横領をたくらもうとしたのが、安倍総理加計学園による「税金ドロボーして大学を作ろう」ではないのか。

2017-06-13

学生時代の友人が鬱になって人との距離のとり方がおかしくなっていた話。

先日、夜1時頃急にラインが送られてきた。迷惑なやつだ。

増田久しぶり!相変わらずタバコ吸うてんのか??笑笑

自分学生時代ヘビースモーカーだった事を差し置いても約4年、連絡すら取っていなかったのにこの下手くそ話題の振り方はなんだと思った。もしくはヘビースモーカーだった印象しか無いのかもしれない。

その友人自体学生時代の大きなグループの内の一人で、大勢で遊ぶことはあれど少人数で一緒になることは無いし2人で出かけるなんて以ての外。一緒にコンビニ行くぐらいはあったが。

それでも仲が良いかいかで言えば間違いなく良い部類に入るわけだし、学生時代と変わらないノリで返事をしたら急に電話が掛かってきた。


友「今どこで働いてるん?東京だっけ?」

増「東京だね。急にどうした」

友「そっか、そっか。東京のどこ?」

増「会社新宿だけど」

友「新宿のどこらへん?」

増「それ聞いて意味ある?笑 どうしたん?」

この時点でなんだか違和感があった。距離のとり方が下手くそすぎる。冒頭のラインも久々に連絡する一言目とは思えないので、宗教の勧誘とかアムウェイ的な話をされるのかとすごく身構えた。

自分最後卒業したのは所謂専門学校で、今振り返るとゴミの掃き溜めだった。掃き溜めの中でも意識の高いゴミが敗者復活を目指すような2年制の学校

友人は卒業後に環境省で働きだし近畿事業所だったかその辺で勤務していたが、2年後に東京本部的なところに行かされたという話は他の友人伝手で聞いた。

一方自分はまともな就職先が無くダラダラと数ヶ月送っていた後、実家から離れないと怠け癖は消えないと使命感に駆られ上京東京フリーターを1年続けた後にベンチャー正社員へ。

当時は公務員になった友人が「勝ち組」で、フリーター自分は「負け組」の図式が出来上がっていたと思う。


そんな勝ち組負け組だった自分仕事について根掘り葉掘り聞いてくるわけだ。

労働時間や月収、会社の住所や社員数まで。

流石におかしいと思ったので「どうした?この4年ぐらいで人との距離の取り方わからんようになったか?」とズバッと聞いてみた。

すると

「実はちょっと前に鬱って診断されてな。今実家帰ってきてるんや。」

理由を聞くと給料が少なすぎるという。

労働環境自体ホワイトホワイトで9時半-17時半、仕事も辛くない。辛くないが残業で稼ぐタイプなのに残業が出来るほど仕事がないそうだ。

月収に関しては手取り自分の1/3以下。飲みにも行けないし自分趣味も辞めないとやっていけないレベルだとか。

因みに増田はさっきも書いたがベンチャーでそれなりに貰っているが、毎日みなし残業で週の労働時間は60~70時間ぐらい。

ボーナスは出ないので、年収にすれば同年代より少し多いぐらいだし、バリバリ残業する奴には追いつかれる。

それを伝えると初めは月収の多さに羨ましがっていたが、労働環境で軽く引いていた。もう慣れたということもあるが、実際このぐらい世間では結構普通だと思っていた。公務員の中でも特にゆるい場で働いてきたからか辛く見えるらしい。

友「そっかーいっぱい貰ってるのな。お前アホやったのにな。」

増「今でもアホは変わらんけどな。気張るとこ気張ったからかな。」

友「で、ちょっと折り入って話があるんやけど」

増「金か。貸さないよ笑 うちの会社入っても多分きつくてやめるからおすすめしないよ。」

友「いや違う最後まで聞いて。」

増「ごめんごめん。はいどうぞ」

友「仕事復帰してまた東京戻ったら・・・ラーメン奢ってくれん?」


飯に行くのは問題なかったので適当にあしらって電話を切ったが、人との距離のとり方がおかしくなったのはマジみたいだった。鬱か原因かどうかは分からないが昔はそれなりに面白いやつだったと記憶している。

給料こそ少ないが、恐らく金に困ってるから奢ってくれとかではなくてただ会って話がしたいだけだと思うんだけれど、もっとストレートに言ってくればいいのにと思う。

電話しててもずっと退屈だったし、自分の話をするために回りくどくこちらの仕事をこれでもかと聞きまくる。まず導入が長いし不審

最終的には久々に会って話をする誘いをとんでもなく鋭角から攻めてくる。今がそんな状況なら周りから避けられてないかなあと心配すると同時に少し哀れに思う。

仕事会社人間関係楽しい収入面では楽させてもらっているので今だけでも少し勝ち組の自負はある。独立も見えだしている。

一方、安定コースを歩むかと思えば理想現実ギャップに悩み、精神的にも変わってしまった現在負け組側に片足突っ込んでる友人。

お互い20代も半ばを越え収入面での世間的な体裁も気になりだす時期だと思うが、彼はこれからどうするのだろうか。今のままだとどこにいってもやっていけなさそうだ。



7月休職から明けて東京だそうで、その時に会って話すとなると逃げ道がないので自分も鬱になりそうである

[]えりちん「描かないマンガ家」完結

漫画専門学校に通ってるけどなんだかんだ言い訳して漫画を描かないだけでなく自己肥大化してプライドの塊でしかない人間主人公漫画

そんな人間最後にたどり着く場所はどこか?

数巻読んで止まってたけど終わったと知ったのでまとめ読み

やっぱ序盤はきついなあ

だサイクルにすらなってない感じがすげー痛々しい

でもそれが他人を救ったりもしてるとこは面白いといえば面白い

でもそれすら中盤から後半にかけては通用しなくなる

ラストに向けては怒涛の展開になる

序盤はただのワナビあるある漫画で終わるかと思ったらそうじゃなかった

ちょっと超展開すぎる気もしたけどまあ漫画だし、一応理由がないわけでもないからこれはこれでいいんだろう

ただ坊主にしたときビジュアルとか表情がみたむらくんそっくりになったのは作者書き分けあんまできてないなと思ったけど

女の子は相変わらず可愛い

絵もうまい

ときどき違和感あるけど

監獄学園の花ちゃんみたいな後輩がかわいかった

美大に行けなかった女

祖父画家だ。

美大卒業してすぐに専業画家として独立

その道の人が喉から手が出る程欲しがる賞なんかも受賞して、

から見ると画家として順風満帆人生を送ってきたように見えると思う。

しか祖父プライベートでは周囲にかなり迷惑をかけてきた。

戦争で家が燃え盛る中、貴重品には目もくれず画材だけ持って逃げたり、

駆け出しの頃余裕のなさからちょくちょくヒステリーを起こしたりとか、

そういう話はよく祖母とその息子(=私の父)から聞いたし、

画業が軌道に乗るまではかなりの貧乏暮らしをしていたらしい。

そのせいでうちの家系アート関係仕事に対して風当たりが強い。

父が美大ではない一般大学を出、一般企業サラリーマンとして就職した際は

一族からまともな奴がでた」と周りが泣いて喜んだという。


孫の私は小さい頃よく祖父の家に預けられていた。

(私も祖父都内住みなので、母が忙しい時、面倒を見てもらっていた)

父が幼かった頃はまだ生活に余裕がなく、祖父子供の面倒を見る事はなかったが、

絵が売れるようになってからできた孫の私の事はかなり可愛がってくれた。

祖父は私にお古の画材をくれ、好きに絵を描いていいと言ってくれた。

仕事をする祖父の近くに陣取り、見様見真似で絵を描き始める。

幼稚園児の絵なんてプロの目から見なくても下手くそだし、祖父から絵を褒められた事は一度もない。

それでも下手な絵を量産し続ける私を見る祖父の目がとても優しかったのは覚えている。

やがて私は外で鬼ごっこをするよりも絵を描く方が楽しいと思うような子供に育った。

近所に住む幼馴染の友達も絵を描くのが好きな子で、

放課後はその事一緒にスケッチブックを持って公園に絵を描きに行くのが定番コースになった。




そんな私に家族はいい顔をしなかった。

小学生の頃、近所のお絵かき教室に行きたいと何度頼んでも全部無視された。

でもテレビでみかけた新体操選手を見て一言可愛いと言った次の日には新体操教室を探してきてくれた。

数学が苦手だとぼやいたらすぐにそろばん教室に行かないかと勧められた。

家族は私が絵を描く事以外に興味を持ってほしかったのだと思う。

一回だけ口を滑らせて「美大とか美術専門学校に行きたい」と言ってしまった事がある。

父は大激怒あん鬼のような形相をした父親を見たのは後にも先にもあの時だけだ。

親戚中に言いふらし、それから何人もの親戚から連日の様に

「お前に祖父のような才能はない」

美大に行くような奴はそれしか生き方を知らないろくでなしだけだ」

「お前は絵の為だけに人生を棒に振れるのか、そうとは思えない」という電話がかかってきた。

安定した仕事に就いてほしいという彼らの気持ちもわかる。

でも「美大楽しそう」は中学に入ったばかりの小娘の言葉だったのだ。

それからずっと絵を描くのが好きだという気持ち封印し、

隠れてノートに絵を描いてはいものの、普通大学に入って普通にOLとして就職をする道を選んだ。

それでも社会人になっても絵を描きたい欲が抑えきれず画塾に通い始めた。

美大の夜間コース金銭的にも時間的にも無理だった)

この頃になるともうこれから芸術の道に進む事はないだろうと安心したのか、家族から白い眼で見られる事もなくなったし、

祖父コネでもらった展覧会チケットも興味があるのなら、とくれるようになっていた。

画塾に通い始めた事も「社会人になって趣味を持つの大事な事」と肯定的な目で見てくれるようになって、少し認められた気がして嬉しくなった。

ただ一言「お前、絵描くの好きだったんだな、知らなかった」と言われるまでは。

あぁ、幼稚園小学生の頃あんなにお絵描き教室に行きたいと頼み込んだの覚えていないんだ。

後、大学一人暮らしを始めてから同人漫画も描き始めた。もちろん家族には言っていないけど。

同人イベント金銭のやり取りをするようになってから、絵一本で祖母、父、そして父の妹を食わせ、大学まで行かせた祖父のすごさを再認した。

親戚が私に才能がないと言った気持ちもわかる。私は祖父になれなかった。なろうとする事すらおごましい。

でもこの趣味出会った友人達には美大とかアート系の専門学校に通っていた人も多くて、やっぱり羨ましくなってしまう。

そしてその人達ほとんどは家族の言う「芸術の道に進むしか能がないろくでなし」ばかりではないし、

卒業普通OLとして社会人をやっていけている人にもたくさん出会った。

デザイン系の仕事をして会社に雇われている人もいれば、

祖父自営業画家として生計を立てていたように、フリーランスとしてやっている人もいる。

何より皆、人より絵を描くのが得意な「社会常識のある普通の人」だったのだ。

美術系の学校に進む人は全員頭がおかしいという親戚の言葉は、

美術を専攻するとOLという道は閉ざされるから絶対に稼げないという親戚の言葉

嘘だった。

そして思ってしまうのだ。

正直言ってしまうと同人誌はそこそこ売れているので、私に絵の才能が全くなかった訳ではないと思う。

もし美大に行けてたら…祖父の様に専業画家として大成功する事は無理でも、デザイン系のOLとかで生活できる程度に稼ぐ事はできていたのかな…と。

甘い考えだってのはわかっているけれども。

父の口癖はこうだった。

「本当に何かをやりたい人はどんなに反対されても勝手にやる。祖父は家が燃え盛る中、泣きながら画材を持ちだして死にかけた。手塚治虫戦争中、絵の具がなかったか自分の血で絵を描いた。芸術の道に進むというのはそういう事だ。」

きっとそうなのだ

私が本当に美大に行きたかったのなら、親戚中に反対された中学の時点で家出でもすればよかったのだ。

バイトをできる年齢になったらお金を貯めて、学費自分で賄えばよかったのだ。

そうしなかったのは心の底から美大に行きたいと思っていなかったからなのかもしれない。

ないとは思うけど、明日北朝鮮ミサイル東京に降ってきたら、私は真っ先に通帳とか印鑑とかを持って逃げると思う。

そして、足腰が弱ってあまり歩けなくなってしまった祖父は、それでも若かった頃と同じようにパニクりながらカンバスと絵の具を持って避難するだろう。

そういうところなのだ、親戚が「芸術家ろくでなしだ」と言うのは。

通帳は全部祖母に任せて自分画材だけ持って逃げるから

明日おまんまがなくなって、家族全員打ちひしがれていても、スケッチブック燃えなかった事を泣いて喜ぶような人だから

本物のミサイルなんてそうそう見れるもんじゃないと喜び勇んでスケッチを始めるかもしれない。

因みによく一緒に公園スケッチに行ってくれた幼馴染は高校から画塾に通う事を許され、無事美大合格卒業後は有名なゲーム会社就職した。

彼女ものすごい努力をしていたのを私は知っているし、就職の報せを聞いて私も嬉しかった。

でも北朝鮮ミサイルに対して彼女はどういう行動をとるだろうか?

私が趣味世界出会ったデザイン系の仕事に就いている人達は?

紙と鉛筆を持って逃げるだろうか?

幼馴染とは今でも仲がいい。

同人活動を通じてできた友人の中にはジャンルが変わっても付き合ってくれ、一緒に旅行に行くような仲の人もできた。

積極的美大とか専門の話はしないけれども、そういう話題になっても自分の知らない世界の話を聞くのは単純に楽しいし、新刊ネタになるかもとワクワクすることもある。

でも嫉妬心を全く覚えないと言ったら嘘になる。

日本火の海になった中で、紙と鉛筆でなくて通帳と印鑑を持って避難するような人だったとしても、彼女達が美大進学を許された特権階級である事は変わりないのだ。

そう思うと何だかもやっとしてしまう。





一時期このもやもやから逃れたくて、絵を描く事を伴わない趣味を探した事がある。

スポーツをしてみたり、美味しいご飯屋さんを探してみたり。

このスポーツ団の制服可愛いから模写したいとか、肉の「照り」の部分を絵の具でどう表現しようかとか気付くと考えてしまっていたけれども、頑張って思考の外に追い出していた。

そんな中、某韓国アイドルにハマった。

お気に入りだったのが音大出身で抜群の歌唱力を売りにしている子。

彼の美しい歌声に乗った異国の言葉は心地よくて、生まれて初めて海外アーティストの曲を買った。

ある日、彼が番組企画ファンの為にイラスト色紙を書いてくれる事になった。

その日の彼は機嫌が良かったのか、普段はあまりしないプライベートな話をしながら色紙を書いてくれた。

小さい頃から歌う事が好きだった事。

母親に勧められて合唱団に入った事。

歌手を目指し挫折した経験を持つ母が、音大合格した時泣いて喜んでくれた事。

色紙を書き終えた彼はそれを満足そうにカメラに見せ、言葉をつづけた。

「歌も好きだけど…絵を描く事も好きです。上手くはないけどね。僕の従姉妹がこの絵を見たら笑ってしまうかも、彼女美術大学に通っているんだ。」

頭を鈍器で殴られたような感覚がした。

今までアイドルと言うのは自分とは全く別の世界に住んでいる人間だと思っていた。

この世に存在しないくらい見た目が美しくて、スタイルが良くて、歌やダンスが上手で。

からどんなにイケメンアイドルを見てもこんな人と付き合いたいとか、

どんな美人アイドルを見てもこんな風に美しい女性になりたいとか、そういう気持ちが湧いてきた事はなかった。

自分人生と関連づけられなかったのだ。

特に彼は外国人だったので、そうした傾向が強かったんだと思う。

でも彼の口から美術大学」という言葉がでてきた瞬間、一気に身近な存在になってしまった気がした。もちろん悪い意味で。

音楽芸術だという当たり前の事を思い出し、生まれて初めてアイドルに対して悔しいという気持ちが湧いてきてしまった。



彼は芸術家になる事を親から応援されてきたんだ。従姉妹さんも美大に通っているという事は、きっと一族の大半が協力的なんだろう。

羨ましかった。私も応援されたかった。

美大に行きたいという言葉を発した時に、罵詈雑言を浴びせられるのではなく、彼の母親の様に応援してほしかった。

彼が歌うのが好きだと気付いた母が、彼を合唱団に入れてくれたように、お絵かき教室に行きたいとせがんだ私の事を父に認めてほしかった。

本当は新体操選手なんかに憧れてはいなかったんだ。

お絵描き教室が駄目なら新体操も駄目だろうと思って発した言葉だったのに、すぐに新体操教室を探してきてくれた親に対してショックを覚えたんだ。

美大コンプレックスから離れる為に始めた趣味だったのに、またもや同じ気持ちを味わったあの日、結局このコンプレックスはどこに行ってもついてくるんだなという絶望感を覚えた。

もちろん、高校から画塾に通って美大進学をした幼馴染、趣味を通じて知り合った美大出身友達

皆親を説得するために苦労をしたんだと思っている。

そしてただでさえ狭き門である芸術系就職活動成功させる為に、

反吐を吐く様な努力をして作品ポートフォリオを作り上げたんだろう。

きっと私には想像もつかないような辛い道のりだったに違いない。

大好きなアイドルと彼の従姉妹だって日本よりさらに厳しい学歴社会と言われる韓国音大美大進学を決めるのには相当な覚悟があったはずだ。

音大合格して彼の母が泣いたのだって、その一悶着があったからという事もあるかもしれない。

でも。本当に悪いけど。その内誰だって祖父レベルに達しているとは思えない。

祖父の様に絵の神童と呼ばれていたという話も聞かない。

祖父彼女達と同じ年齢だった頃に描いた絵を見ると、素人から見ても月とすっぽんの差がある。祖父の様な天才じゃなくても美大に行かせてもらえる彼女達。特に幼馴染は「本当は美大に行きたかった母親が大賛成」してくれて、祖父の様な絵に対する執着心もないのにすんなり画塾に通わせてもらえて、本当に羨ましかった。

もし、私の祖父画家じゃなければ。天才じゃなければ。

しかしたら説得できたんじゃないかって思ってしまう。

家出なんかしなくたって、絵の具の代わりに血を使わなくたって、北朝鮮ミサイルが降り注ぐ中、愛用の画材を泣きながら探し回らなくたって。

しかしたら、私にも美大に行かせてくれと説得できたのかもしれない。

彼女達が本当に羨ましい。泣くほど羨ましい。

祖父の様に絵を描く事しかできないわけでもなく、(少なくともデザインOLをやれる程度のコミュ力はあって)、でも祖父の様な並外れた才能があるわけでもない彼女達が

家族から美大進学を許されたのが、本当に悔しい。

祖父天才じゃなければ。数回頭を下げただけで私も美大に行かせてもらえたかもしれないのに。


祖父の事は聞かれない限り他人に話してはいない。父の職業ならまだしも祖父の事を聞かれる事は稀だし、自分から言いふらすような事でもない。

でもごくたまにある。お祖父ちゃんは何をしている人なの?と聞かれる事が。

そして答えると大抵「だから増田さんも絵が上手いんだね!」と返ってくる。

(もちろんお世辞だ。私は下手ではないと思っているけれども、上手くもないと思う。ただ、そういう仕事をしていない限り社会人になってまで絵を描いている人は案外少なく、相対的にそう見えるだけだ)

そんな時自分がどんな顔をしているのかはわからない。

絵を描く楽しさを教えてくれたのは祖父

お金にならないのに、今まで絵を描き続けてこれた情熱を持てたのも、祖父遺伝なのかもしれない。

でもそれを仕事にしなかったのも間接的には祖父が関わっている。

そして何より、私には祖父ほどの才能がなかったのだ。

2017-06-11

http://anond.hatelabo.jp/20170610205032

中学時代適当に授業を聞いて提出物を出すだけで私はトップの成績でしたし

毎日のように登校してちゃっかり提出物出してる時点で全然適当に授業受けてたわけじゃないのよねえ

精神的にも辛い状況下で不登校保健室登校の時期もあって、気がついたら提出物なんかろくに出したこともないまま卒業したわ俺。

そのせいでいくら実力テストの点数上げたところでせいぜい偏差値60ちょい下の県立高校がいいとこだったんだよね

貧困とか関係なしに健全関係保った家庭にいて、地域コミュニティにも馴染めていてなんだかんだ学校にも居場所があるのは恵まれてることとしか思えないんだよなあ…

金の心配せずに高等教育受ける生活なんて全く想像も出来ない様な人だっていくらでもいるし、「とにかく高専専門学校で頑張ってそれで就職しなきゃ」って、それ以外の将来考えたらバチが当たるんじゃないかってそんな風に考えてる、余裕のない奴もいるんじゃん?

それを考えれば元増田だってまれ環境にいたわけだ。視野大学に進学するという選択肢が入ってくる環境、器用に大学生活を謳歌しながら院まで行ける環境。抜け目なくインターンから始めてしっかり内定とれる環境ね。

増田もとても運が良かったって言ってるけど、その通りで人間関係やら金のトラブルの有無やら色んなことが複雑に絡まりあって結果として成功に至ってるんじゃん。

増田の安定した現在も昔の出来が良かったエピソードも厳密にいえば自分だけの力によるもんじゃなくて、それは増田自身もわかってるかもしれないけど、やっぱりこうやっていいたくて。

なんつうか元増田ってぶっちゃけ結局「奨学金借りてましたー」ってだけでわりかし普通な学生生活送ってた人にしか見えないわ。

進学して要領良く「いいとこ」に就職できてる結果がある以上、勉強してきた環境に恵まれてたという他ないんだよ。結果論なんだよ。

別に元増田価値観ケチつける気はないんだけど、こういう自分を劣悪な環境出自だとかハンディ持ちだとか紹介して展開するポジショントークって、はっきりこれが駄目だって言いきれないけどなんだか不愉快だわ。

なんつうか高専までの同級生とか自分家族とか地元友達とかもう無意識に見下してる感じがするし、大学以後の言い方もなんか「こんな優秀でブルジョアな人々が集まるハイカルチャー場所の一員になれて幸せっす」みたいな。他人有益無益に振り分けてるっつうか、勝ち馬に乗りたいという気持ちというかなんかうまく言えないんだけどさ。

まー「自分のやりたいことがわからない」のもなんとなく納得出来ちゃう権威主義というのかそういう卑しさが垣間見えるのかな?

やりたいこと見つけるとか夢の実現とか、そういうことは追いつけ追い越せと競い合ったりするもんじゃないと思う。そんな他人からかっこいいと言われたいが為だけに頑張る様な真似をせず、マイペースにやっていくなら「自分が何をやりたいのか」なんてはっきりわからなくてもいいと俺は思う。

平たくいったら「恵まれてないとか卑下すんな嫌味ったらしい。半ば学生のあっさい仕事観や学問観なんざだらだら書き込んでんじゃねえ。うざったいんじゃ黙って働けや。」ってことです。こんな愚痴聞き流してくださバイバイ

きっと増田は可愛くて気立てのいい人と結婚できるよ。(男だよね?)

2017-06-10

一生許さないけど感謝はしている

母と話していて思った。私は高校在学中が一番辛かったんじゃないかと。それは勿論自分責任が無かったわけではない。

私は電車も通っていない田舎で育った。そんな地域から学校自体が一つずつしかない。高校ともなれば殆どが隣町にある高校入学するのだが、それ以前に幼稚園小学校中学校と周りにいる人間は同じであり高校に入ろうと顔を会わせるのが当たり前だった。つまりスクールカーストなるものも引き継いでいく。しかしながら中学校ではそういったものはあまり関係無かったように思っていた。派手目な子は確かにいたしグループもハッキリしていたけれどそれが虐めに直結することがなかった。虐めまで行かない対人関係トラブルはあったけど。とりあえず、「みんな仲良くやりましょう」が出来ていたように思う。平和だった。が、しかし悲しいことにそういった意見を持った生徒たちはみな頭が良く偏差値が高めな進学校へと入学していった。

高校に入るとまず驚いたのが隣町中学校性格の悪さだった。そして自分卒業した中学校とはうってかわってスクールカーストがハッキリしており、下と見なされた人達は明らかに虐げられていた。それは私の周りにいた同級生たちへも浸透していった。

テスト自分よりいい点をとられると機嫌が悪くなる同級生。幼馴染みが目の前で私を除け者にしたこと。手袋が落ちたので拾って声を掛けたらあからさまに嫌な顔をして私の手から奪い取っていった隣クラス女子。言い返さないと思った人間理不尽馬鹿にして優越感に浸っていたあの男子放課後に私や友人たちが教室に残って話していると「この教室カオスじゃん」とわざと聞こえるように廊下から叫ぶ男子。そういった男子女子のようにグループを組み、気に入らない人間悪口他人の失敗を見てよく盛り上がっていた。

高校卒業後に入学した専門学校ではとても人に恵まれた。恵まれたというより、自分の中の「いい人」へのハードルというものが下がった。みんないい人に思える現象高校3年間は本当に辛かったけど、あの3年間のおかげで私は考え方や感じ方が変わったんだろうな、と思った。友達もたくさん出来たし、随分生きやすくなったし。

ただ偶然、嫌いだった男子同姓同名の人から職場FAXが来た。そこに記されていた生まれ年も学年でいえば同学年。誕生日までは知らないから断定は出来ないけどもしかしたら、と思うと忘れかけてきた怒りがふつふつと腹の底から沸きだしてきて考えが止まらなくなった。

私は結局卒業した四年前からずっとずっと、その男子や女子たちを許すことが出来ないでいるのだ。

根に持ちすぎだと失笑されるかもしれない。だからと言って復讐したいとか不幸を喜ぶわけではない。

許せはしないけれど、感謝している。

感じかたを変えるキッカケをくれてありがとう、と思っているしあの3年間は無意味では無かったと今は思える。

今が幸せかと聞かれるとお金は無いし彼氏はいないし将来への不安もあるけど、好きなことも大好きな友人たちもいる。理不尽に虐げられてきたあの頃よりまだ生きていきやすい。

そんなつもりはなかった、とかそんなのは被害妄想だ、と本人たちは言うかもしれない。それは君たちの勝手なのだけれど、言ったところで「私や友人たちがされたこと」に変わりはないんだよ。嫌な思いをしたことに変わりは無い。怒りが消えることもない。だけどそうだな、同窓会では笑って挨拶くらいはできると思う。参加するつもりは今のところ無いのだけど。

でも、まあ、存在自体馬鹿にされていたからなにを変わればよかったのかなあ・・・在学中に変われなかった私にも非はあるのかもしれないね。閉鎖的なあの空間にも問題はあったのかもしれない。

しかし私はお前らが許せないよ。許す気もないから、いつか苦しんで消えてね。

2017-06-09

恩師との遭遇

自分学生時代の頃にM先生という名物教師がいた。比較イケメンで細身のスーツが似合ってて頭も良くて何より生徒の質問に対して真摯に答えてくれる、とてもいい先生だった。そして化け物じみて頭が良かった。でも、欠点問題点?もあってM先生ゲイだった。

そんなM先生に、当時の俺たち学生は男でも女でもみんな憧れた。別に恋愛感情とかそういうわけでなく、ただ単にあの先生のために頑張ろうと思えるような人だった。

今日仕事用事で母校である都内某所の専門学校へ行ってきた。ついでにM先生元気かなと思って10年ぶりに会ってきた。

当たり前だけどおっさんになってた。相変わらずイケメンだし頭も良かったし、あの頃と何も変わってなかったけど老け込んでた。

何かあったのかなと思って聞いてみたら、ここ数年プライベートのことでかなりゴタゴタしてたみたい。数年前に彼氏が出来たらしいんだけど、結構年の差があってつい生徒と接するようにしてしまい怒られて別れを切り出されたらしい。それから肉体精神が一気に老けた模様。しか結構異常な老け方。

アラフォーの今でも相変わらずスタイル良いしピシッとスーツ着てるし頭もいいし金も稼いでるし何が問題だったんだろう。俺はゲイじゃないけど、M先生とならと思える程度に今でもカッコいい。なんで捨てられたのか本当に疑問。

M先生を捨てた人に言いたい。

あんな好条件の人をなんで捨てたの?勿論先生が俺に話してないことも沢山あるだろうけど、少なから先生は人のことを沢山みて沢山考えてやさしく接してるはずなのに。

憧れだったあの先生を返して欲しい。

あんな草臥れた姿はあまり見たくなかった。

2017-06-07

音大生のバイク

音楽専門学校大学の生徒は

バイク買うときにやはりいつもお世話になってます的にヤマハを購入するのだろうか?昔このネタ探偵ナイトスクープ投稿しようとさえ思ったが、実際どうなのだろう?

2017-06-06

大学職業学校しろと言ってる人

こういう人の話を聞くと、欧米にあるような東大と同等以上の偏差値の高い職業専門学校をつくれと言っているのではなく、

東大をはじめとした偏差値の高いリベラルアーツ系の大学を出た人を支えるための下っ端労働者養成機関を作れ、と例外なく言ってるのはなぜなんだろう。

2017-06-05

http://anond.hatelabo.jp/20170604033359

芸術系免許制にすれば良いと思うんだよね。

上位美大卒、もしくは一定以上の実務経験が無い者は仕事を受けられないようにする。

そうすればゴミみたいな専門学校は無くなるし、才能の無い人がプロを目指し続けるという事も無くなる。

業界も守られるし良い事しか無いと思うんだが。

どうしても描きたい人は趣味pixivにでも公開してればいい。

http://anond.hatelabo.jp/20170604012351

他人事とは思えなかったので書いてみる。

自分大学時代ずっと増田と同じような気持ちを抱えてた。

(ただ病院に行かなかったから、と言うだけかもしれないけど)

ギリギリ躁鬱にはならなかったと思われるけど、毎日気分の浮き沈みがあって

周りから取り残される感覚が常にあって、全く生きている意味が感じられず、

ただただ綺麗に見える空を眺めているだけの日は数えられないくらいあった。

勿論買い物は誰も起きてない深夜が常だった。

卒業までいわゆる「立ち直る」ようなことはなかった。

でも自分にはひとつ分かっていることがあって、「仕事」をしたら絶対大丈夫だ、と言う確信があった。

自分がやってもやらなくても何にも影響がない大学での生活が上手くできなくても、

仕事は「責任」が付きまとうから

うまく仕事ができなければ、ただ自分が食べれなくなって死ぬだけだから

大学で落ちぶれてもなんとか仕事につければ、死ぬ気で頑張れると思った。

から這ってでも振り構わず兎に角卒業した。

就職活動は出来なかった。大学で得たものは何もなかったから。

大学で学んだもの武器に戦う就職活動なんてはじめから無理だった。

偶然声を掛けてくれた会社保険固定給もない会社の体をなしていないような会社だったが)で出来る限りの事を吸収して

仕事以外のことも、出来ることを見つけては自力勉強して、

今はフリーランス仕事して生きてる。

増田にとって大学に通うことって本当に大事なこと?

シンプルに「大学空気に馴染める人間」と「大学空気に馴染めない人間」の2通りの人間がいると思う。

自分は断然後者で、増田も断然後者だと思う。

自分はなんとか卒業したけど、結局、ストレートならまだしも、

大学留年してまで(増田大事な時間を削ってまで)卒業することって何の意味があるんだろう?と思う。

単純に、増田が「馴染めない」と思う場所に無理している必要はないと思う。

「頑張る」ことは偉いことだけど、超えられないものを無理するよりは、

超えられるものも見つけたり探すほうが有意義なのではないかと思う。

自分と同じような症状になって、結局3回留年した後退学した友達も居たけど、

その後専門学校で別のことを学び直して(とても楽しそうだった)その分野で就職したりしてた。

大学人生の全てじゃないし、人生のほんのほんの一部なんだから

合わない!と思ったらぽいっと捨てて次に行くべきだと思う。

増田が生きやす場所が見つかりますように。

2017-05-30

地方に活気があるほうがおかし

大学専門学校のない地方はなおさら

というか特に若者が昼間ぶらぶら歩いている都市部状態が異常

勇んで地方に転勤する人もいないだろうし

彼氏オタクでつらい ①

大学4年、女。遠距離彼氏がいる。

彼氏専門学校の3年生。

お互いの拠点に立ち入ったことはなく、長期休暇で帰省したときのみ会う。

連絡は週1。週末、お互い翌日に講義が無い日の夜に私の方からLINEを送り、近況報告などをする。

このような感じで3年ほど交際を続けてきた。

彼はとても勤勉で誠実な優しい人間だ。

日々勉学に励み、単位を落とすことなく良い成績を保っている。この姿勢学生として見習うべきものであると感じる。

また、遠距離なのに女遊びもせず、私の冗長な話を遮らずに聞いてくれる。

すごく、良い人なのだ

しかし、その人に対して怒りたい気持ちになることもある。愚痴という形にはなるが、いくつか綴っていきたいと思う。

数年前。その日は二人で可愛いお店にパフェを食べに行く予定だった。普段行かないところだったので私はたいへん楽しみにしていた。だが、お店の前に着いたとき、「いちごパフェ800円」と書かれた看板を見て彼はこう言い放ったのだ。

「うわ……高っ」

私は感情を失い、彼をミスド連行した。

仕方のないことだ。金銭感覚、お財布事情は人それぞれ。ましてや学生だし、パフェなんぞにお金をかけたくなかったのだろう。

デレステに15k課金するくせにね?

このことについてはきちんと話し合った。でも私の中ではずっと残り続けていて、事あるごとに脳裏をよぎる。

私とパフェを食べることより、限定ウエディング神崎蘭子SSRのほうが彼にとって価値があったのだ。

仕方のないことだ。真面目だけでは生きられない。人生には息抜き必要である。それが趣味。だから趣味に費やすお金に関して外野が口出しするのも良くないだろう。

去年私の誕生日プレゼントくれなかったくせにね?

私は彼氏に毎年誕生日プレゼントを贈っている。予算はだいたい3〜6kくらい。誕生日の時期に会えないときは郵送した。

しかし、それはこちらが勝手にしていることであって、モノを貰うために付き合っているわけではないし、見返りを求めることは好ましくない。

でも何かあってもよくない!?

私が今までの誕生日で彼から貰ったものといえばなんか……どこの本屋にもある、よくわからないバースデーブックみたいなやつと、あと1500円の指輪くらいだ。指輪に至ってはせびったようなものだった。

アマゾンプライム会員にはなれるくせにね???

PSvita持ってるくせにね?????

スパロボゲーム買ってるくせにね??????

あいいけど、いいけどさ、学費等でお金がきついとか言ってるわりには……と思わなくもない。私にお金をかけろという気持ちが間違ってるのはわかっている。

でも、オタク活動費にそれだけ使えるならもう少し私に何かあってもいいのではないだろうか。わがままなのかなあ、そうだよなあ……。私には、お金をかけようと思えるだけの価値がある人間になるための努力が足りていないのかもしれない。

決めあぐねている。今の彼氏とこれからも穏やかにやっていくのか、それとも私と800円のパフェを食べてくれる人を選ぶのか。

2017-05-29

http://anond.hatelabo.jp/20170529142727

田舎ってゆっても、民放が2局しか映らない田舎もあれば、都心まで1時間田舎もあるやん?

全国区募集するなら、まず田舎のどこなのかはっきりさせたほうが良い。

それから募集年齢制限があるかどうか、若い子が良いのか、おっさんでもいいのか。

エンジニアってゆっても、英語人工知能関連の論文読んで、その実装ができるレベルの人が欲しいのか

本屋参考書のいっぱいあるような既に枯れた技術を使いこなせたら良いレベルなのか

という希望するスキルレベル重要


ターゲットが枯れた技術若い子なら、地元情報系の大学専門学校卒業予定者向け求人だしたり、ただのバイト募集出したりするほうが良いだろうし、ハイレベルな人を求めるならネットSNSを駆使して、大勢の人に求人情報を届けないと捕まえられないと思う。

アウトソーシングしてる相手口説く方が速いかもしれない。

2017-05-27

背伸びした環境で苦しむより、余裕がある環境で過ごす方がきっと良い

私はもうすぐ30だけど、学校サークルバイト先、職場など様々な環境経験してきて思ったのは、

もっと上を目指そうとして背伸びした環境で苦しむより、

少しランクを下げた環境で過ごす方が精神的にも人生を楽しむ為にも

良いのではないかと言うことだった。

  

自分限界ギリギリ環境に身を置いた時は、環境に付いていくのが精一杯で、

それどころか精神的・身体的にもボロボロになって落ち込む事の方が多く、

それが良かっただろうかと思うと、あまり思えないことの方が多かった。

私の場合高校専門学校が少し背伸びした場所だった。

  

逆に、自分がそこまで頑張っていないけれど、

高く評価されるくらいの所にいた時は、精神的にも安定できて、

どちらかと言えば楽しい思い出が多かったと思う。

  

その経験から思ったのは、自分の分を知る事の大切さだと思った。

どこまでも上を目指す事なんてできない。

人にはきっと、生まれつきの器がある。

つい少しでも上を目指そうとしてしま気持ちが、

自分の器以上の環境に身を置いてしまって、

人生台無ししかねないかもしれないと思ってくるようになった。

  

高校卒業して都会を経験したら、

もっとを上を目指したいって気持ちが出てきてしまった。

世の中の広さを知ると、上が果てしなく感じてしまって、

その焦りからつい背伸びをしてしまうんだと思う。

そこから色々な環境経験したけれど、上手くいっていたのは、

自分にとってはどちらかと言えば楽な環境だったと思う。

  

自分はもともと田舎出身で、

学歴社会的地位にこだわりのある家系でもない。

それでも、何故か上へ上へと行きたかった。

母親にその事を話してみたら、

無理せず普通人生で良いよと言われた。

  

最近転職をして、またつい背伸びをしてしまった。

都会の方で、高いスキルが求められる場所だった。

付いていくだけでも必死で、選択を誤ったかなと思っている。

幸せは上にあるのではなく、

自分の器を知って、そこで幸せに暮らすには

どうするべきかを考えるべきかなと思った。

http://anond.hatelabo.jp/20170526223943

前途有望な若者に、少しでも足しになればと思い自分体験を書かせて頂く。


おれもやりたい仕事が見つからなくて苦労した。

増田と違って勉強すら出来なかったのでそこそこのレベル大学に入たものの、やりたい事が見つから就職活動もたいして出来ず、卒業しても就職が決まらなかった。

当時は先の人生に悩み辛かった。

1年遅れで、知り合いのつてで趣味でやっていた事を活かしてDTP関係仕事に就いた。

仕事はあまり苦では無かったが、やりがいは無く、その仕事の才能があるとは思えなかった。

数年働いてから、知り合いのつてでDTP営業転職した。とても大きな会社だったので魅力を感じたからだ。

新しい仕事は激務だったし、内容も苦痛だった。

そしてなにより、全く自分に向いていない(才能が足りない)事がはっきり分かった。

転職をする他無かった。

しかし、転職の際に売りに出来る程の技術は何も無かった。

今思えば、そこそこのDTP技術就職先は見つかったかもしれないが、当時は今より就職難だったし、転職出来る希望を感じる事が出来なかった。

再び先の人生に悩み苦しんだ。

当時29歳。

追い詰められた。

若く無い、技術は無い、目標も無い。

自分は物作りが好きだったし、得意だった。

DTP営業トップを取れる気はしなかったが、物作りならいけそうな気がしたし、進路変更をするなら今しかないと思った。

最近個人で物作りをして販売する環境が整っているしメディアにも取り上げられて一般に広まってきているが、当時はそこまででは無かったので心理的ハードルは高かった。

しかし、仕事継続転職は無理だと思ったので、逃げる様な心境で専門学校へ行く事にした。

貯金が足りないので、恥も外聞も捨て実家へ戻った。

物作りは漠然と得意だと思っていたが、専門学校へ行くと才能がある事が明確に分かった。

卒業してから初めの数年は時給1000円未満のアルバイトだったが、6~7年経った頃にはそのジャンルトップレベル職人になった。

そうなれたのは才能もあるが、学校仕事で学んだ事を良く活かす事が出来たのも幸いした。

年収は700万前後なので、贅沢をしなければ生活には困らないし、独立して気ままにやってるのでストレスゼロ幸せ暮らしている。

増田はまだ若いし、勉強が出来るという能力もある。

まずはその能力が活かせる仕事につくのもいいと思うし、趣味仕事にする事を目指して数年は貧乏暮しを覚悟するのもいいと思う。

29歳まで路頭に迷ったおれが、39歳で幸せに生きている。そういう人生もある。

増田が周りから出遅れていて辛いのは良く分かる。しかし暫く経てばそれが大した事では無いと気づくはずだ。

まだ大丈夫全然間に合う。

夢が無くても希望を持って生きて欲しい。

何であれ頑張れば必ず得るものはあるし先の人生に活きてくるので、人生の目的を探しながら何かを頑張って欲しいと思う。

2017-05-24

http://anond.hatelabo.jp/20170524141906

なかなかリアルメンヘラ内面を描き出せていて素晴らしい出来だった。

ただ、大学院に進学するという頭の良い設定なのに頭が悪そうな感じがして、ちょっとマイナス

もう少し頭の悪いことを印象付けるのエピソードを盛り込めば人物像がはっきりしたと思う。

設定を専門学校とかに変えたらもっとリアリティ出そう

三十路前職歴無し?上等だ。増田CG勉強しろ就職出来る。

http://anond.hatelabo.jp/20170502130927

読んだ。

増田ゲーム業界アニメ業界に興味はないか三十路前なんて、まだまだ余裕で挽回が効くぞ。

俺は都内の某CG専門学校非常勤講師やってるんだが、30前後学生ゴロゴロ居る。そして、真面目に学んでくれさえいれば35くらいまでなら余裕で業界就職まで漕ぎつけれる。

CG業界ゲーム業界なんてスキルレベルしか見ないからな。年齢や学歴なんて参考程度にちょろっと見るだけだ。

ホワイト企業デスクワークとかに就くのはもう絶望的に厳しい戦いを強いられるかもしれないが、

CG業界人材採用はそんな世間一般就職観とは結構離れたところにある。まだまだ全然戦える。これはプログラマにも同じことが言えるな。

とにかくまあ、絶望するにはまだ早過ぎるってことだ。

2017-05-13

社会が「大卒レベルの人が欲しい」って言えば簡単なのに

就職活動しているもののやはり募集要項見ても「4大卒以上、短大専門学校卒」という表記ばかり

学歴コンプレックスという訳ではないが、何故こうも企業は4大卒人間ばかり欲しがるのか不思議に思ってる

確かに大学生となれば4年間何してもいいブランクの期間でもある

とりあえず勉強できるから学習能力は備わっているという考えで大学生採用したがるのかもしれない

世間はそう思っていても日本大学数は774校もある

そこから学生を探そうにも時間は掛かるし、結局のところ有名高偏差値私立大学国立大学ばかり注目されてしま

その方が手っ取り早いし、OBOGとしての繋がりができやすいというところがメリットかもしれない

今は大学全入時代が過ぎても大学は維持するのにやたらと学部キャンパスを増やしていくばかりで、立地やブランド等でしか比べられない

さら普通筆記試験じゃなく面接だけで合格してきた人がいたりと、ここまでいくと企業人間と合うかどうかでしか判断できないように感じる

自分大学という存在必要だと思うが、どうしてそこまで数や規模を広げないといけないのか分からない

大学にまでランクレベル格差があるなら、下位の大学が上位の大学に勝てるはずはない

そもそもお金による投資の仕方が明らかに違うので当然である

世間ニュースを見ても折角働いてもブラックだと発覚して自殺退職、おまけに奨学金を返してまで生活する

こんなことばかりだと本当に大学生として必要人材なんて今よりもっと凝縮されるんじゃないのかと思う

2017-05-08

paizaから1000円貰えなかった

paizaが就活支援金サービスを始めた。

求人に応募するだけで1000円(遠方なら5000円)が支給される、お金がない求職者には有り難い制度だ。

早速利用しようとするが、応募時のフォーム申請用の項目が無い。

問い合わせてみると対象新卒者だけで既卒蚊帳の外だそうだ。

利用規約を見ると

当社は、会員のうち、新規学卒者を対象として、当該会員が求人企業へ応募し、面談を適正に受けた場合、以下各号に定める要件を全て満たすことを条件として、当該会員に対し、別途定める就活サポート(以下「本制度」といいます。)を提供するものします。なお、新規学卒者とは、大学大学院短期大学専門学校高等専門学校高等学校各種学校海外大学を含む)を卒業又は卒業見込みとなる者で、原則として業務経験を有さない者をいいます

とあるので明らかに既卒対象となりそうだがどういうことなのだろうか。

いずれにせよ1000円貰えないなら面接を受ける気は無く、明日からも駄目人間ニート生活が続くのであった。

2017-05-07

ワガママ独り言

つい数時間前にこの匿名はてなダイアリーというサービスを見つけ、

ブログも初めてで日本語力もないし

自分が今から書くことはワガママだと分かっていながら書くから

イラっとしたらすぐ引き返してほしい。

私は北陸の某県に住む高3女子だ。

県内ではトップ10くらいに入る謂わば進学校に通っている。つまり受験生だ。関東大学第一志望で、滑り止めも関東大学にする予定だ。

家族構成は父、母、兄、私の4人家族だ。

兄は東京専門学校に通っていて、某大手企業内定が決まっている。長期休暇には必ずうちに帰ってくる。

我が家は私が幼い頃から仲が悪かった。

私が小2か小3の時は離婚しかけた。

父と母は見合い結婚で、周りの友達の両親の様に恋愛結婚じゃないから、元から愛なんてものはなかった(と思っている)。見合い結婚全てが愛がないと思ってるのではない。

離婚しかけた時はまだ私にとっては家族は大切な存在で、離婚してほしくなかった。兄と私がいるからということで離婚はせずに済んだ。

小6くらいから少しずつ嫌な場所になりつつあったけど、中2くらいまでは家は好きな場所だった。中3からは完全に嫌な場所になった。

兄が高校入学した小6の時から、母が兄を甘やかす様になった。周りの大人にそれを言うと、そんな事ないと言うが、今でもそう思っている。

小6の最後の方〜中2の間に、父もよく分からないことで機嫌が悪くなるようになり、私や母の悪口を大声で、目の前ではないけど聞こえる様に言うことが目立ってきて、父も母もだんだん嫌いになり、中3で完全に家が嫌いになった。

えこひいきや怒られることだけで家族が嫌になったのではない。

私はライブ参戦、観劇イベント参加が趣味で、アニメ女性アイドルグループ舞台俳優も好きなオタクである

両親が典型的昭和人間なので、オタクは歩く公害ライブ舞台等の形の残らないものお金無駄アニメマンガ子供の見るもの という考えだから、私とは本当に考え方が合わない。

ライブ観劇イベントも何回か行ったけど全然回数的に満足していない。

こんな田舎に住んでるから私自身が田舎者からライブ等に満足に行けなかった。

からえこひいきする母を、怒って一人で騒ぐ父を、自由にさせてくれないしこんな場所に生んだ両親を、自分の生まれ場所を、憎んでいる。

中3の高校受験の時、今通っている高校に入りたかったので、それを両親に言うと、父は好きにしろと言ったが、母は距離問題や私が合格しないだろうと思って、兄が通った高校を勧めた。

兄の母校は、正直に言うと私が通っている高校よりレベルが一つ下で、センター試験は学年の半分くらいしか受けないし、専門学校に行く人もそれなりにいる。そういう高校やそういう進路が悪いのではない。けれど私は可能性があるのに安全からと一つ下のレベル高校に行くのは嫌だった。厳しい世界だけど頑張っていこうと思って今通っている高校受験した。

成績が芳しくなくても、私は中3の時の決断は間違ってないと思っている。楽しい仲間、憧れの先輩、課題の量は鬼だけど親身になってくれる先生…どれを取っても私は私の意志を貫いて良かったと確信している。

今に至る経緯がとても長くなってしまったが、ここからが本題だ。

GW中に母は実家(県内)に帰り、父は稼ぎどき、兄は帰省してきてうちにいる。

GW前に母からスタバを奢ってもらい、父から直接「稼ぎどきだから協力してくれ」と言われていて、家事を頑張るつもりだった。勉強もそれなりに頑張るつもりだった。

五月病もあって、こころが少ししんどかった。

そんな時に不慣れな家事。でも一つ疑問があった。

なぜ帰省してきている兄は家事をしなくて良いのか?

これを父に尋ねたら、女だからと言われた。戦前かよ。男尊女卑かよ。

確かに不慣れだからやる必要はあるのだけれど、それなりに出来るし、兄がやらなくていい理論は成り立たない。私だって受験生だし勉強したい。成績悪いからそれなりに焦りだってある。

時間ないのに家事やって、でも文句言われて…少ししんどかったこころがどんどんボロボロになって…家事やらないと誰もやらないからやるしかないし…

こんなことを考えて、少し家事ストライキしたら兄から「おい、家事やれ」と言われた。私はおいなんていう名前じゃないし、兄がやればいい。そう思ったが口にしなかった。

家事ボロボロになった私のこころ勉強する元気はなかった。この気持ち家族全員に理解してもらえないのだが、家事がいい気分でできていたなら勉強もいい気分で始められた。確かに私は段取りが悪くて、家事時間かかるし勉強家事の前に済ませておけば良いのに、昼間はゆっくり寝てダラダラしていた。でも、メンタルボロボロの時に早く起きて勉強しようという気分になれない。新しい一日が始まってしまった、また連休無駄にしてしまった、また家事をしなければいけない…こう考えたら現実逃避としてまだ寝ていたくなる。だから昼頃まで寝た。昼からでも勉強すれば良かったのだが、憂鬱すぎてそんな気分ではなかった。そしてまた家事を嫌々やり、また一日を無駄にした。

やっと母が家に戻ってきた。私は全てに投げやりになって、居間で寝ていた。昨晩の洗濯物が洗濯機の中に入ったまま、干していなかった。母が兄にそれを言うと、「いや、妹がやらなかったし…」と言った。私は昨晩、兄に洗濯機を回す様に頼んだ。心の中で、兄が干してくれるか試していた。干してくれなかったし、私のせいにした。どうして全て私がやらなければいけないのだろう。ここで私は怒りを我慢できなくなり、掃除中の母に当たってしまった。

受験生の娘を置いて実家に帰るなんてひどい。なぜ兄は好きな時に出ていって好きな時間に帰ってきて、家事もやらなくて良くて、どうして周りもそういう空気を作るのか。どうして私のことは誰も考えてくれないのか。私だって忙しい。家事していた時間を返してほしい。

こう母に言った。

母は、何が受験生だ。自立するのに家事必要だ。お前の学力で受かる大学なんてない。もう遅い。私のありがたみを感じろ。お前は段取りが悪い。

と言った。

母にはありがたいと思っている。だが、大学受験経験したことのない人にもう遅いなんて言われたくなかった。まだまだ伸び代はある。これから頑張れば絶対第一志望は受かる。私はこう信じて勉強している。

やはり母も兄が家事をしなくて良いと言い、受験についても口を突っ込まれて、私は爆発した。勢いで食器棚ガラスを割った。私はもう家事なんて一切しねえよ!飯もいらねえ!と言い捨てて自分の部屋に行った。

からこの時から家事を一切していないし、ご飯も食べていない。あほらしいのは分かっているけど、食べたら負けだと思っている。私は絶対に負けない。どうなるか知らないけど絶対に食べない。

兄が私の部屋に勝手に入ってきて、勝手にべらべら何かを喋っていった。その中で私は不幸せだと言った。私は自分意思で不幸せになっているのではない。家族全員が私を不幸せにしている。そう言ったら、いつか俺の言った事が分かる日が来るよと言って私の部屋を出て行った。いつまでも勝手な人で本当に腹が立つ。

父は何も言わなかった。居間では何か言っていたのだが、聞きたくなかったから聞かなかった。私のことは本当に呆れたのだと思う。

母も何も言わなくなった。

すごくワガママだと思うが、これからどうしたら良いのだろう。

何も食べていないから頭が痛くて、文章書くのもやっとだ。だからご飯を食べたら絶対楽になれる。

でもあんなことをして、あんなことを言ったのだから食べる資格なんてないと思っている。

本当にどうすればいいかからない。

これ以上のことばが思い浮かばない。どうすればいいのだろう。

乱文失礼しました。

どんな批判のことばでもいいので、何かコメントもらえたら幸いです。

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