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はてなキーワード: 若者たちとは

2024-06-18

なんというか、中年壮年にはもっと腕白でいて欲しい。

芸能人とか高給取りが元気なのは当たり前過ぎるから

中の下みたいなおじさんおばさんが世間に怯まずにしたい事をしたいようにしてる姿が見たい。

未来が見えない若者たちにこんなんでもいいんだって思わせて欲しい

2024-06-17

https://anond.hatelabo.jp/20240614205200 タグ付けソースつづき

文字数制限かなんかで途中で切れる……

2003年 (第8巻)11月 特集食の安全安心環境
2003年 (第8巻) 4月 特集学術の再点検  ―ジェンダー視点から(2)ジェンダー
2003年 (第8巻) 1月 特集日本計画 Japan Perspective社会
2003年 (第8巻) 5月 特集地域生活安全保障社会
2003年 (第8巻) 6月 特集:ITによる科学能力開発国際会議情報
2004年 (第9巻) 2月 特集こころ科学する医療人間
2004年 (第9巻) 5月 特集:持続可能社会のための科学技術に関する国際会議2003 -エネルギーと持続可能社会のための科学エネルギー
2004年 (第9巻) 1月 ●学術会議は考える学術教育
2004年 (第9巻) 3月 ●「日本学術会議法の一部を改正する法律案」について学術教育
2004年 (第9巻) 6月 ●日本学術会議法の改正によせて学術教育
2004年 (第9巻) 8月 特集科学する心を育てる学術教育
2004年 (第9巻)10月 特集科学ジャーナリズムの進展のために学術教育
2004年 (第9巻)12月 特集日本学術会議第143回総会について学術教育
2004年 (第9巻)特集:第4回アジア学術会議(SCA)学術教育
2004年 (第9巻) 特集日本学術会議主催公開講演会学術教育
2004年 (第9巻) 科学技術への理解共感を醸成するために学術教育
2004年 (第9巻) 特集日本学術会議第142回総会 新生日本学術会議の在り方学術教育
2004年 (第9巻) 特集科学技術政策の在り方学術教育
2004年 (第9巻) 特集:高度専門職教育日本社会学術教育
2004年 (第9巻) 特集科学責任所在学術教育
2004年 (第9巻) 9月 特集日本学術会議から農林水産大臣への答申  地球環境人間生活にかかわる水産業及び漁村多面的機能の内容及び評価について環境
2004年 (第9巻)11月 特集都市生活環境を考える環境
2004年 (第9巻) 4月 特集学術の再点検 -ジェンダー視点から(その3)-ジェンダー
2004年 (第9巻) 7月 特集人口減少社会パースペクティブ社会
2004年 (第9巻) 特集科学国境歴史政治・国際
2005年 (第10巻) 5月 特集国境を越える生殖医療と法医療人間
2005年 (第10巻) 1月 ●学術会議は考える学術教育
2005年 (第10巻) 6月 特集日本学術会議第144回総会について学術教育
2005年 (第10巻) 7月 特集:今、教養教育を考える学術教育
2005年 (第10巻) 8月 特集21世紀学術における横断型基幹科学技術役割学術教育
2005年 (第10巻)10月 特集日本学術会議第145回総会学術教育
2005年 (第10巻)11月 特集日本学術会議20始動学術教育
2005年 (第10巻)12月 特集:第146回日本学術会議総会 日本学術会議新体制スタート学術教育
2005年 (第10巻) 特集:第19期の活動を振り返って学術教育
2005年 (第10巻) 特集新日本学術会議における人文・社会科学系の活動について学術教育
2005年 (第10巻) 2月 特集大陸棚画定を考える環境
2005年 (第10巻) 特集自然災害災害
2005年 (第10巻) 4月 特集:どこまで進んだ男女共同参画ジェンダー
2005年 (第10巻) 特集犯罪科学する社会
2005年 (第10巻) 特集:事例を中心に見る統計科学現代価値情報
2005年 (第10巻) 特集学術研究個人情報情報
2005年 (第10巻) 9月 特集人間宇宙物理
2005年 (第10巻) 3月 特集:持続可能社会のための科学技術に関する国際会議2004 ―アジアの巨大都市地球の持続可能性―歴史政治・国際
2005年 (第10巻) 特集:第5回アジア学術会議(SCA)歴史政治・国際
2006年 (第11巻) 5月 特集ライフスタイル健康医療人間
2006年 (第11巻) 6月 特集:終末期医療 ─医療倫理・法の現段階─医療人間
2006年 (第11巻) 8月 特集臨床医学研究の発展のために医療人間
2006年 (第11巻)10月 特集スポーツ科学医療人間
2006年 (第11巻)12月 特集科学技術イノベーション学術学術教育
2006年 (第11巻) 1月 特別座談会科学コミュニティーとしての新たなミッションを考える学術教育
2006年 (第11巻) 2月 特集新世代が変える日本学術会議学術教育
2006年 (第11巻) 4月 特集日本学術会議第147回臨時総会学術教育
2006年 (第11巻)11月 特集日本学術会議新体制 ─日本学術会議第149回総会─学術教育
2006年 (第11巻) 特集座談会:「科学上のミスコンダクト」学術教育
2006年 (第11巻) 特集 シンポジウム:「技術者の倫理社会システム学術教育
2006年 (第11巻) 特集新世代が変える日本学術会議(続編)学術教育
2006年 (第11巻) 特集日本学術会議改革ヘの軌跡と課題学術教育
2006年 (第11巻) 特集日本学術会議第148回総会学術教育
2006年 (第11巻) 9月 特集海洋生物学の新たな時代環境
2006年 (第11巻) 特集環境教育環境
2006年 (第11巻) 3月 特集男女共同参画の一層の推進に向けてジェンダー
2006年 (第11巻) 特集ジェンダー学と生物学対話ジェンダー
2006年 (第11巻) 7月 特集公共性ルネッサンス ─21世紀市民社会を考える─社会
2006年 (第11巻) 特集統計から見た日本経済格差社会
2007年 (第12巻) 5月 特集医療崩壊させないために医療人間
2007年 (第12巻)12月 特集保健医療と個人情報保護医療人間
2007年 (第12巻) 特集社会福祉教育近未来医療人間
2007年 (第12巻) 特別講演:寄生動物国民及び政策感染症ミレニアム開発目標 / ロバート・メイ卿医療人間
2007年 (第12巻) 特集化学今日から明日へ化学生物
2007年 (第12巻) 1月 特集科学者の行動規範学術教育
2007年 (第12巻) 2月 特集博物館が危ない! 美術館が危ない!学術教育
2007年 (第12巻) 9月 特集:第7回アジア学術会議学術教育
2007年 (第12巻) 特集:学協会機能強化のための調査学術教育
2007年 (第12巻) 特集日本学術会議第150回総会学術教育
2007年 (第12巻) 7月 特集:脱温暖化社会へのチャレンジ環境
2007年 (第12巻) 特集子どもを元気にする環境とは ─政策の現状と評価こども
2007年 (第12巻)11月 特集自然災害軽減に向けてパラダイムの変換を災害
2007年 (第12巻) 6月 特集地域研究最前線 ─知の創成─社会
2007年 (第12巻) 8月 特集:法的制度としての私と公をめぐって社会
2007年 (第12巻) 特集21世紀における生活科学役割社会
2007年 (第12巻) 4月 特集:人文社会科学役割責任人文
2007年 (第12巻) 特集物理学の今日から明日へ物理
2007年 (第12巻) 3月 特集歴史としての戦後思想としての戦後歴史政治・国際
2007年 (第12巻)10月 特集中国東アジア科学技術と持続的社会歴史政治・国際
2007年 (第12巻) 特集政治学の今日から明日へ歴史政治・国際
2008年 (第13巻) 1月 特集シンポジウム 医療システムのゆくえ医療人間
2008年 (第13巻) 8月 特集生殖補助医療のいま ─社会合意を求めて─医療人間
2008年 (第13巻)12月 特集:信頼に支えられた医療の実現 ─医療崩壊させないために─医療人間
2008年 (第13巻) 特集:医工学先端研究と教育創造的結合医療人間
2008年 (第13巻) 特集生物科学今日から明日へ化学生物
2008年 (第13巻) 7月 特集科学コミュニケーションメディア学術教育
2008年 (第13巻) 9月 特集:若手研究者の育成学術教育
2008年 (第13巻)10月 特集高校における地理歴史教育改革学術教育
2008年 (第13巻)11月 日本学術会議第21期スタート -第154回総会開催-学術教育
2008年 (第13巻) 6月 特集瀬戸内海浅海を考える ~浅海その生物生産環境とその保全防災環境
2008年 (第13巻) 特集:脱温暖化森林木材役割環境
2008年 (第13巻) 特集環境学のミッション環境
2008年 (第13巻) 特集総合工学役割展望工学
2008年 (第13巻) 特集明日社会共通資産 ―建設系分野からの重点研究課題提案工学
2008年 (第13巻) 4月 特集人口ジェンダー  ―少子化対策可能か―ジェンダー
2008年 (第13巻) 3月 特集:わが国の自殺の現状と対策社会
2008年 (第13巻) 特集リスク Permalink | 記事への反応(0) | 10:30

2024-06-16

若者世代が「ご愁傷様」の意味を正しく理解してないのを感じる

会社で身内に不幸があった人に

「この度はご愁傷様でした」

って伝えたら若者たちちょっとざわついてて理由を聞いたら

いきなり煽りだしたかビビったとか言ってた

どうも煽りかに使う用語だと思ってるらしい

2024-06-15

女性」を書けないなろう作家が多すぎる

あるいは、なろう作家限定したことではないかもしれませんが。


なろう小説を3桁ほど読ませてもらいましたが、話の巧拙に関わらず共通点が一つ。

それは女性描写の少なさ。あまりに少ないもので、ひとしきり笑ってしまいました。

かに作中に女性キャラは登場しますが、決して彼女たちは「女性」として扱われていません。

最初キャラクター紹介で雑な外見設定を付けられ、あとは大抵が主人公の妾になるだけ。

いくら女性とのお付き合いが日々の中でないからって、自分理想を書いているからって、

流石に薄っぺらすぎて、悲しくなってきます


今の若者は「女性」を本当に書けません。外見も、内面も。

そして書くことが苦手なので、どんどん女性描写が減っていく。思考単一化していく。

これってもはや女性差別じゃありませんか???

その様な本を若者たちに読ませたら、ああどうなることやら。考えたくもありません。


お色気・破廉恥さに拠らなくても彼女たちは描写できるはずです。思考内面を文に落とし込めるはずです。

巨乳主人公ベタボレで優しくて才女で……ほとほと繰り返される安易女性描写には辟易しました。

女性」は自分で熟慮し、行動でき、なおかつ確固たる意見を発現できる、そういうものだと認識しています

もっとも、今あげたのは女性の一部要素であり、他にも長所はたくさんあるのですが!)

……頼みますからもっと質感的な、深みのある「女性」を書いてください。

女性」を書くことを忌避しているうちは、到底真の作家にはなれませんよ?


貴方達が変わり、成長できることを、そしていつかちゃんとした「女性」を書けることを、心から願っています

2024-06-14

https://anond.hatelabo.jp/20240614204953勝手タグ付けソースだよ

1996年 (第1巻) 5月 特集:脳の科学こころ問題医療人間
1996年 (第1巻)11月 特集高齢者介護医療人間
1996年 (第1巻) 4月 (創刊号) 特集戦略研究と高度研究体制学術教育
1996年 (第1巻) 6月 特集:第3回アジア学術会議学術教育
1996年 (第1巻) 8月 特集日本国際賞受賞記念講演会から学術教育
1996年 (第1巻) 9月 特集:若手研究学術教育
1996年 (第1巻)12月 特集:第124回日本学術会議総会学術教育
1996年 (第1巻) 7月 特集地球環境問題を考える環境
1996年 (第1巻) 特集:転換期にある工業産業工学
1996年 (第1巻)10月 特集女性科学研究ジェンダー
1997年 (第2巻) 2月 特集パラダイムの転換学術教育
1997年 (第2巻) 3月 特集大学改革任期制学術教育
1997年 (第2巻) 6月 特集伝統と新しい地平 ―第4回アジア学術会議学術教育
1997年 (第2巻) 7月 特集:第125回日本学術会議総会学術教育
1997年 (第2巻) 8月 特集:第16期から17期へ学術教育
1997年 (第2巻) 9月 特集:第17期の発足 ―第126回日本学術会議総会学術教育
1997年 (第2巻)10月 特集:高度研究体制確立を目指して学術教育
1997年 (第2巻)11月 特集地域における学術活性化を目指して学術教育
1997年 (第2巻)12月 特集:第127回日本学術会議総会学術教育
1997年 (第2巻) 特集:2国間学術交流レイシア派遣団報告学術教育
1997年 (第2巻) 4月 特集地球食料問題を考える環境
1997年 (第2巻) 1月 特集平和共生歴史政治・国際
1997年 (第2巻) 5月 特集グローバリゼーション産業空洞化歴史政治・国際
1998年 (第3巻) 3月 特集クローン羊"ドリー":遺伝子科学のはかり知れないインパクト    化学生物
1998年 (第3巻) 特集クローン羊"ドリー":バイオテクノロジー最先端で今、何が、どうなっているか    化学生物
1998年 (第3巻) 2月 特集二国間学術交流 スイス及びスウェーデン派遣団報告学術教育
1998年 (第3巻) 6月 特集21世紀科学への視点 ―第128回日本学術会議総会学術教育
1998年 (第3巻) 7月 特集アジアにおける学術の直面する課題 ―第5回アジア学術会議学術教育
1998年 (第3巻)12月 特集:新たなる研究理念を求めて ―第129回日本学術会議総会学術教育
1998年 (第3巻) 1月 特集地球未来 ~人間の存続環境
1998年 (第3巻) 5月 特集地球惑星宇宙科学の現状環境
1998年 (第3巻)11月 特集食品研究の新領域をさぐる ―食とからだの科学を中心に環境
1998年 (第3巻) 4月 特集ジェンダー   ―社会的文化的性別」と現代ジェンダー
1998年 (第3巻) 8月 特集日本経済課題展望日本ビックバンに向けて社会
1998年 (第3巻) 9月 特集行政改革課題展望社会
1998年 (第3巻)10月 特集ライフスタイルの転換と新しい倫理 ―21世紀社会に向けて社会
1999年 (第4巻) 4月 特集生殖医療とその社会的受容医療人間
1999年 (第4巻) 1月 特集21世紀に向けた学術の新たな改革学術教育
1999年 (第4巻) 3月 特集国民の期待に応えて ―科学最前線から学術教育
1999年 (第4巻) 6月 特集:IGBPの研究成果の統合に向けて ―第130回日本学術会議総会学術教育
1999年 (第4巻)10月 特集日本学術会議創立50周年学術教育
1999年 (第4巻)12月 特集:わが国の大学等における研究環境改善について(勧告) -第131回日本学術会議総会学術教育
1999年 (第4巻) 2月 特集ごみを考える環境
1999年 (第4巻) 8月 特集海洋環境
1999年 (第4巻)11月 特集科学技術社会社会
1999年 (第4巻) 特集少子化問題社会
1999年 (第4巻) 5月 特集学会インターネット情報
1999年 (第4巻) 9月 特集学術からみた「美しさ」について人文
1999年 (第4巻) 7月 特集人口環境 ―持続的発展に不可欠なアジア役割 ― 第6回アジア学術会議歴史政治・国際
1999年 (第4巻) 特集科学技術の発展と新たな平和問題歴史政治・国際
2000年 (第5巻) 1月 特集学術研究の国際ネットワーク学術教育
2000年 (第5巻) 3月 特集:第7回アジア学術会議学術教育
2000年 (第5巻) 4月 特集世界科学会議21世紀のための科学学術教育
2000年 (第5巻) 7月 特集:第17期を締めくくる成果 ―第132回日本学術会議総会学術教育
2000年 (第5巻) 8月 特集:第17から第18期へ学術教育
2000年 (第5巻) 9月 特集:第18期始まる学術教育
2000年 (第5巻)10月 特集俯瞰研究プロジェクトへのアプローチ学術教育
2000年 (第5巻)11月 特集研究業績評価 ―実態問題学術教育
2000年 (第5巻)12月 特集:第18期活動計画の全容学術教育
2000年 (第5巻) 特集各部抱負学術教育
2000年 (第5巻) 特集:第8回アジア学術会議学術教育
2000年 (第5巻) 特集世界科学アカデミー会議学術教育
2000年 (第5巻) 2月 特集安全災害
2000年 (第5巻) 6月 特集男女共同参画社会における日本学術ジェンダー
2000年 (第5巻) 5月 特集司法改革課題展望社会
2001年 (第6巻) 2月 特集21世紀とヒトゲノム医療人間
2001年 (第6巻) 4月 特集21世紀と新エネルギーエネルギー
2001年 (第6巻) 1月 特集21世紀科学役割を問う学術教育
2001年 (第6巻) 3月 特集21世紀科学アカデミーデザインする学術教育
2001年 (第6巻) 5月 特集学術活動のための次世代育成学術教育
2001年 (第6巻) 6月 特集:「科学技術」の概念を人文・社会科学へと拡張学術教育
2001年 (第6巻) 7月 特集大衆化された大学での教育はいかにあるべきか学術教育
2001年 (第6巻)11月 特集日本学術会議改革に向けて学術教育
2001年 (第6巻) 特集:常置委員会の目指すもの学術教育
2001年 (第6巻) 特集日本社会の変容と教育の将来学術教育
2001年 (第6巻) 特集:第1回アジア学術会議学術教育
2001年 (第6巻) 特集特別委員会活動経過学術教育
2001年 (第6巻) 8月 特集遺伝子組換え食品をめぐる最近の動向環境
2001年 (第6巻)10月 特集:食から見た21世紀課題環境
2001年 (第6巻) 9月 特集10代は変わったか!こども
2001年 (第6巻)12月 特集データベースの新たな保護権利制度導入反対への初の声明情報
2001年 (第6巻) 特集21世紀IT社会情報
2002年 (第7巻) 5月 特集医療最先端医療人間
2002年 (第7巻) 8月 特集ナノテクノロジー化学生物
2002年 (第7巻) 9月 特集動物実験化学生物
2002年 (第7巻) 1月 特集新世紀の日本学術会議学術教育
2002年 (第7巻) 3月 特集科学技術新世学術教育
2002年 (第7巻) 6月 特集:新しい日本学術会議に向けて!学術教育
2002年 (第7巻) 7月 特集ノーベル賞100周年記念国際フォーラム創造性とは何か」学術教育
2002年 (第7巻)11月 特集:変革をめざす国立大学 ―学長たちは考える学術教育
2002年 (第7巻)12月 特集日本学術会議の今後の方向に向けて!学術教育
2002年 (第7巻) 特集:「大学の自立」と「学術経営」のあり方を探る学術教育
2002年 (第7巻) 特集:第2回アジア学術会議(SCA)学術教育
2002年 (第7巻) 特集学術科学研究の成果と社会学術教育
2002年 (第7巻) 4月 特集学術の再点検  ―ジェンダー視点から(1)ジェンダー
2002年 (第7巻) 2月 特集創造性と日本社会社会
2002年 (第7巻)10月 特集:「身体障害者との共生社会」の構築に向けて社会
2002年 (第7巻) 特集日本計画社会
2002年 (第7巻) 特集グローバル化時代対応する高等教育課題歴史政治・国際
2003年 (第8巻) 2月 特集研究教育現場から見た国立大学改革学術教育
2003年 (第8巻) 3月 特集科学社会 ―いま科学者とジャーナリストが問われている―学術教育
2003年 (第8巻) 7月 特集私立大学さらなる発展学術教育
2003年 (第8巻) 8月 特集:第18期から第19期へ学術教育
2003年 (第8巻) 9月 特集:第19期始まる学術教育
2003年 (第8巻)10月 特集:新しい学術の体系学術教育
2003年 (第8巻)12月 特集:第19期活動計画学術教育
2003年 (第8巻) 特集活動計画各部抱負学術教育
2003年 (第8巻) 特集:第3回アジア学術会議(SCA)学術教育

2024-06-11

保護司の件でTwitterを見ていたら革命志向若者がたくさんいた

ネトウヨ時代反動だろうか、

保護司事件犯人革命志向の同志たちといいねリプしあっていた


ネット上のマジョリティは常にネトウヨ、だいぶ下がってネトサヨだったが、

これらとはまったく違う革命志向(極左とも極右ともどっちともいえない)の若者たち結構な数群れていた

まだまだ知らない世界があるもの

2024-06-05

グッドナイト

東京出生率は「0.99」になったらしい。

東京以外も、1999年以来、24年ぶりに全都道府県で前年を下回ったそうだ。

まるで映画の中のディストピアみたいだな。東京という大都会で、人々は未来を感じることができなくなっているのかもしれない。夜遅くまで働き続けるサラリーマンたちや、家賃生活費に追われる若者たち。そんな現実の中で、新しい命を育むことに対する不安や恐れは、日々増しているように感じる。

未来希望を持てない中で、子どもは作らなければいけないものなの?

子育てには膨大な時間お金がかかるし、仕事と両立するのは難しい。それに、子どもを育てるための環境が整っているとは言い難い。保育所の不足、教育費の高騰、そして社会的サポートの欠如。これらの問題が積み重なって、ますます若い世代子どもを持つことをためらってしまう。

しかし、一方で家族を持つことの喜びや、子どもたちの成長を見る幸せも確かにある。人々が安心して子どもを育てられる社会を作るためには、政府だけでなく、社会全体で取り組む必要がある。住宅政策働き方改革教育の質の向上など、多くの分野での改革が求められるだろう。

これが今のところ最後ニュース。今、あなたにGood-Night。

2024-06-04

とあるアラサーの釈明あるいは弁明

若い人たちへ。

ごめんな、初めに謝っておく

これから書き連ねるのは、くだらない懺悔言い訳だ。

若い人、といってもどのくらいの年代に向けてのもの

これを書いている俺にもわかっちゃいない。

ただただ、世の中の分断というか、世相の居心地の悪さに、いたたまれなくなっただけのこと。

いわゆるデジタルネイティブとか。

コロナ禍を高校大学生または社会人成りたての頃に経験したとか。

そういう世代対象にはなるとは思う。

もちろん、これは地域によって異なる可能性もあるだろうし

その時に受けた教育やら環境やらも影響するだろうから

二十歳±5くらいが基本の対象で、

何か共感できる部分があるのなら、対象だと思ってくれていいと思う。

さて。

謝罪、というからには、何かについて後悔や悪いことをしたという思いがあって

それをするということが一般的だろう。

けれど、例えば知らず知らずのうちに誰かを傷つけてしまったような場合

例えばそれが、20年、40年前のことだったとしたら。

これはもう、ただただ、とにかく、謝っておくしかない。

謝っておくしかないし、その何十年か前に起こしたこと

回りまわって今になって何か悪い結果を残した、ようなときも同様だろう。

今回、書いていくのはそういった類のことだ。

けれども、これに関して何が悪かったとか、どうすれば防げたとか、

そういったことを語るには少々難しい問題でもある。

から、これからどうやって生きていくのがベターなのか、

そういうことを書いていけたらと思う。

まあ別に、俺が世代代表というわけでもないか

N=1の戯言だと思って適当に聞き流してくれていい。

前置きはこれくらいにして、本題に入っていきたいと思うが

その前に軽く自己紹介をさせてくれ

俺はアラサーのおじさん。

最近話題実家ちょっとだけ太い系のおじさんだ。

太さに関して言えばそれほどでもない。

上位1%か0.1%とかそういうレベルだ。

別荘があって、クルーザーがあって、継いでもいいと思える家業があるレベル

毎週のように一人数万数十万の外食に行って、毎月ヴィトンを買って、連休海外旅行に行く、そういうレベルではない。

やろうと思えば、いずこかのブラック企業のように従業員を絞り上げて

自分たち一族の私腹を肥やすこともできるだろうし、

廃業して、どこか海外治安の良いリゾート地に移り住むこともできるが、

数十年ほど続く家業でそれをやる理由も意義も見いだせない。

そういうわけで、自分はいわゆる中高大一貫校に通い

大学では2年ほど海外留学経験し、大手上場企業入社した。

10年ほど馬車馬のように働いて丁稚奉公を済ませ、家業に舞い戻った。

給料は半分。仕事量も半分。

どういう人間が書いているのか気になる人もいるだろうから

以上で最低限の自己紹介とさせてもらう。

そして、本題。

働きたい若者だっているだろうに、なぜ働いてはいけない風潮になったか

ということだ。

いわゆるJTCにおいて、若手を大切にし過ぎる風潮ができている。

この際、今の管理職指導力がないとか、そういった話はもうどうでもいい。

人のせいにするな。お前がどう成長したいか物事を語れ。

元気なうちにたくさん働いて、様々な経験知識を吸収することが許されない。

間違ったときに、その内容を丁寧に言語化して教えてくれない。

経験もさせてもらえなかったとしたら、どうなるだろうか想像して欲しい。

それから先の、彼ら彼女らが担うべき最前線管理者管理職

自分がそれに就いた時のことを考えてほしい。

別に管理職にならないからいい?

家業など継ぐつもりないか別に関係ない?

まあ、そう言われてみればそうだ。

けれど、結局誰かがやらなくちゃならないのなら、嫌々ではあっても、出来るようになっておいても損はないんじゃないのか。

インターネットに巣くうこどおじや氷河期世代の亡霊たちが

ジジイどもをもっと働かせろだとか、

そういうことを発信しているのを見かけることもあるだろう。

そんなことは賞味どうでもいい。

そんな、もうあと5年か10年かで引退するジジイどもに、

貴重な経験の機会を奪わせてどうする。

これからは維持していくだけの社会だ。

新しいプロジェクトも、研究も、全て先細りになるだろう。

若者たちよ、お願いだからそんなたわ言に耳を貸さないでほしい

もちろん、反社会的行為ギリギリ商売で5年だか10年だかで

メンタル崩壊するような経験を積めばいいと言っているわけではない。

真っ当な商売で、まともな感覚を持ち、何かあったときにケツを拭いてくれる管理者がいる組織

自分の体力と精神力健全に保てる範囲で、最前線で頑張ってほしい、ということ。

これから先、経験値の奪い合いの時代がくる。

ジジイババア死ぬまで働かせられる。

老若男女問わず働かせられる。

脳みそと腕と足がついていれば、何が何でも働かせられる。

学の無い人間やらせていた単純作業ロボットが代わりに行う。

自由だ?民主主義だ?

赤紙が無いだけで、マクロ経済蛇口を開けたり閉めたりするだけで

好きなだけ調整が出来るのが中央銀行がある国家本質だ。

そんな中で、気力体力が十分で、

インターネット妄言に騙されずにスタートアップ外資系海外

馬車馬のごとく働いて経験値を十分に積んだ人間と。

はたまた、インターネット妄言に騙され、働きたくないでござると

成長期たる30歳まで時間を浪費し続け、

60代のジジイと同じような仕事のんべんだらりと過ごした人間と。

当然、格差が生まれるに決まっている。

もちろん、現実すべてがこうまで両極端ではない。

それらは多く見積もったって数パーセントずつしかいない。

ではそれ以外の九割の人間はどうしているか

JTCでほどほどにパワハラを受けながらしょうもない仕事をやらされているか

ほどほどに守られながら蝶よ花よとぬくぬくと育てられた結果何もできない人間に育つか。

FIREだって?お前たち、本当にFIREした人間が羨ましいか

お願いだから、一度でいいから、まともな人間FIREしたいか聞いてみてくれ。

そんな人間一人だっていないから。

稼ぎ切った人間こそ、どうやって社会お金経験還元するか、考えているはずだから

大人に、期待を、するな

ほとんどの、9割9分の日本大人たちは、事なかれ主義だ。

自分が定年になるくらいまで、自分の子どもたちを大学まで育て上げ、社会に出せるくらいまで何事もなく、両親と子供たちが無病息災、とまではいかないが

五体満足に生きていられればそれでいいと考えている。

それを間違っても口に出したりはしないが、ほとんどがそうだ。

そうでなかったら、今のようになってはいない。

俺がオギャーと生まれた30年ほど前。

バブルがパーンと弾けたり、Windows日本上陸するかしないかと言った頃。

それから10年経ったころ、「失われた10年」、そういわれていた。

おれはインターネットHTMLを書いたりUOに勤しんでたりした。

それから10年経ったころ、「失われた20年」、そういわれていた。

おれはアメリカ留学したり、ネットゲーム外国人煽り合いをしていた。

それから10年経ったいま、「失われた30年」、そういわれている。

おれは体力の衰えを感じ、家業へ逃げた。ゲームは積むか観るかだ。

おれがオギャーと生まれて三十年間、何ごともなかったらしい。

かに、何が変わったかと言われれば何も変わっていないようにも思える。

100円だったお水やジュースは、買おうと思えばコンビニに売っている。

うまい棒10から12円くらいになったんだっけか。

3,000円持たされて買いに行っていた赤マルはそろそろ倍か。

物価以外はどうだ。

FAXはもうそろそろ無くなりそうか。ハンコは早く無くなれ。

リュックサラリーマンが増えたようには思える。

地下鉄ホームドアほとんど設置されたか

25年前、南北線けが未来的だった。

ゲームお金を稼げるなんてな。日本でも最近FPS格ゲーも勢いがあるな。

MMOは全部3Dになった。スマホで出来るのは正直にすごいと思う。

けれど、やっていることは当時からそれほど変わってないよな。

遅延は少なくなったとは思うけれど。

こうして振り返ってみると、対して変わってないようにも思える。

そう、本質ほとんど変わっていない。文字通り変わっていなかったのだ。

そうして昨今、ようやく変わりつつある。変わらなければならない、と言った方が正確だろうか。

何となく肌で感じているのではないだろうか。

これはもう日本人の、というより人類お家芸だ。外圧しか変われないという。

だが、これから先の変化はとんでもないものになるだろう

高齢化少子化社会AIの台頭。ロボット化。宇宙開発競争

そして30年間、失われていた社会の中でのうのうと暮らしてきた自分たち

氷河期世代からゆとり世代くらいまで、だろうか。

正直、これから先の変化に着いていける気がしない。

と考えるのは無責任だろうか。

後進のために、ラッダイト運動よろしく半導体製造装置を壊して回るべきだろうか。

そりゃあ俺たちだって、これからは読み書きそろばん時代から

英語クリティカルシンキングコンピュータ時代だ、とかなんとか世間で騒がれていて、

中学校から多少は意識してただろうさ。

ほとんどの親世代は分かってなかったと思うけど。

けれど、これから待ち受けているのはそういうレベルのちゃちな変化じゃない。

一部の超天才たちがAIIOTで繋がれた機械コンピュータを操る時代

産業革命で一部の資本家が全てを手にしたように、

彼らがこれからの数十年か百年ほどを牛耳っていくのだろう。

いや、もう牛耳られているのだろうけれど。

それは止めようがない。

から申し訳ない。謝りたい。

その一部の超天才たちを日本国内で育てるような体制を作ってこなかったこと。

しろ、超天才たちをないがしろにして、

日本が嫌なら海外勉強したら?と言わんばかりに対立を煽ってしまって。

そこについていけない、残された人間たちも、

いーよいーよ、そんなに無理してはたらかなくて。

と言われて経験値を全く積まずに育ったのちに、

ごめーん、あとはまかせた!とばかりに後進に残された負の遺産対峙させる。

ごめん。確かにその期間、何もせずのうのうと暮らしてきていた。

先人たちに下駄を履かされていたことにも気づかず。自分たち権利だけを主張し、

ただただ、社会歯車であることだけで、義務を果たしたかのように。

もっと声を上げるべきだった。

ももう、こうなってしまたからには仕方がない。

世界第二位経済大国だった30年前の日本で生まれておきながら。

30年間何もしてこなかったせいで失わせてしまった。

30過ぎたおじさんに何ができるだろう

ひとつ言えるのは、若者よ、若い時の苦労は買ってでもせよ。

これを伝えるくらいしか俺みたいな無能には思いつかない。

おれは、おれに下駄を履かせてくれていた従業員に報いるくらいしか思いつかない低能だ。

あと20年か30年かくらいは零細企業経営者という名の、

雑用係、兼謝罪役として仕えるつもりだ。

人にもよるが30を過ぎると、色々なところにガタがくる。

厄年、という風習があるが、これは至極的を得ているように思える。

おおよそ30~40歳で不調が出るものなのだ

から、それまではどうか馬車馬のように働ける環境に身を置いてほしい。

さてこれから先、日本世界20番目か30番目くらいの規模の経済力で

飯と油を何とか買って食いつないでいくのだろう。

日本人の気質的に、皆で一緒に貧乏になろう、という形で収まることだろう。

江戸時代までとは言わないが、人口は今の半分くらいで

細々と生きていけるくらいの形で没落していくのではないかと思う。

ただ、別にこれはネガティブなことではない。

これはただのこれから起こるであろう仮説であり、単なる現象だ。

そんな中でも、何かに楽しみや嬉しさを見出して生きていくことは可能だ。

どうか、インターネットなどに惑わされず

あなた自身と身近にいる人、これから出会う人を大切に、対面コミュニケーションを密にして。

失われた30年が無かったことになるくらいの、次の10年を目指していこう。

最後にもう一度。

失われた期間が30年に膨れ上がるまで何もできなくて申し訳ない。

けれど、「そうだよふざけんな、お前らのせいで○○」

ということを前の世代、親世代人生の先輩たちに投げかけるようなのは

日本人ではないし、今回の文章で謝りたい対象ではないことは強調したい。

世の9割くらいの人間は、長幼の序を大切にしつつ、

これからの激動の世代を生きる若者たちの味方だということを

ここに伝えて筆をおきたいと思う。

長すぎだよくそジジイ

2024-06-02

それほど好きでもない相手結婚するというのはどういう感覚なのだろう?

どうやら世の中、好きとか嫌いとか恋愛感情とかそういうのは抜きにして結婚する人たちが少なからずいるようだ。

まるで企業就職でもするように結婚相手を選ぶ。

そういう人たちの感覚がよくわからない。

この疑問は、

恋愛を経て結婚に至ったカップルだとか、

もっともっと若くて結婚なんて遠い未来の話と感じる若者たちなんかが共通して抱くものだ。

いや、百歩譲ってそういう人たちが結婚に至るまでの過程に考えること、感じるであろうことはわからないでもない。

この人となら結婚生活を大過なく過ごすことが出来るだろうか?という選別を主体とした気持ちの移り変わり?みたいなもの想像ができる。

問題はその後だ。

ただ単に好感が持てる、くらいの感情しかない相手だろ?

そんな相手結婚するわけだろ?

下手したら婚前交渉すらない場合もある。

そんな相手と一緒に暮らし

セックスをして、

子供をつくり、

育てる、

というステップを踏んでいくときの心の移り変わりのようなものがうまく想像できない。

たいして好きでもない相手結婚して、子供を作って育てる頃には、その相手に対して何らかの愛情のようなものは生まれているのだろうか?

そして、その愛情はいったいどういう過程を経て生まれものなのか?

あるいは、たいして好きではなかった相手は、変わらずたいして好きでもないままで、たいして好きでもないまま共に人生を過ごしていくことになるのか?

2024-05-30

anond:20240530165612

生きる意義など簡単だ。今日まで脈々と命のバトンを繋いできてくれた先祖代々のご恩に感謝し、子供たちと未来に対して一生懸命働くことで恩返しする。

欧米個人主義に毒された現代若者たちは、こんな簡単なことすら見失ってしまう。

いただいたご恩に感謝し、日々額に汗を流し、次代の世に尽くす。

これぞ日本人として生きる意義である

日本人としての自覚を持ち、伝統を引き継ぎ、次の時代へつないでいく。

2024-05-25

なぜ日本FPS流行らなかったか

なぜ日本FPS流行らなかったかといえば、制作されるのがチーム対戦ゲームばかりだったかである

チーム対戦ゲームは「労働」に過ぎないと、以前述べた。

チームで勝つためのセオリー規範確立は、参加者を隷属させ、そこには「労働」が現出した。

普段から臆面もなく雑に働く欧州人にとっては「労働」がレジャーたりえるのであって、

日本人はさような「労働」に無賃休日出勤するほど殊勝ではなかっただけである

かつて唯一の希望があったとすれば、ArenaFPS1on1路線の重大さに気づいていればよかったのである

しかに「デュエル」という個人対戦モードはあった。

しかし、数ある対戦モードの一つ、余興の一つという扱いを辞めるべきで、

覚悟と決意をもって、FPSにおける個人対戦ゲームの道のりを進むべきだった。

個人参加なら「デスマッチ」でも「バトルロイヤル」でも良いというわけではない。

数ある群像の中の一人では、観戦コンテンツとして弱いのである

無論、「チームデスマッチ」だの「キャプチャーフラッグ」だの「サドンデス」だの「ドミネーション」だの「エスコート」だの、

いくら対戦ルールをこねくり回してみたところで、ダメである

それがチーム対戦ゲームの時点で、運命は決まっていた。

デュエル」にしても、遮蔽物ごしの駆け引きという消極的なシーンが多々見られる点はいただけない。

観客にしてもプレイヤーにしても、壁や景色監視し続けるために、わざわざ休日を割いているわけではない。

格闘ゲームのように、対戦プレイヤー位置は常に表示しても構わなかったのだ。

FPSにおいては、位置情報秘匿も駆け引きの内と、信じて疑わなかったところが限界だった。

防御を軸にした格闘の駆け引きと、回避を軸にした銃器駆け引き、題材の根本差異が生み出す限界であった。

マップ上に点在する武器リソースを拾い集めるというArenaFPSのコンセプトは、それに付随するものだ。

そうでもしなければ、有利なポジションで銃を構え続けるだけなのだから

怠惰FPSプレイヤーたちを動かすために、ゲームデザイナーはエサをバラまいて釣らなければならなかった。

だが、その涙ぐましい工夫でさえ、リソース差をつけて、まだ何も拾っていない丸腰に等しい相手蹂躙し続けるという、

観戦に堪えないシーンを産み出し、それがテクニックや力量の証であるという開き直りに至る始末であったが、

もちろん内輪の人間以外に通るわけもなく、順調に衰退コンテンツたる現状に至っているわけである

それでもかつて「デュエル」による競技の試みはあった。

だが、日本世間一般では格闘ゲームesportsプロゲーマー第一号とされているとおり、その試みは歴史の闇に潰えたと見るのが客観的妥当であろう。

その観戦のつまらなさと敷居の高さは内輪志向を加速させ、限界集落と揶揄される衰退コンテンツとなった。

私としては、個人対戦FPSが、プロスポーツのように、生計を立てる手段の一つとして勃興していてほしかった。

野球ダルビッシュ選手は「自分価値がある人間じゃない、1番最初野球ルールを作ってくれた人がいて、そこに自分達が生まれてきて、その才能がたまたまあっただけ」という。

FPS以外になんの取り柄もない私が生計を立てるには、FPSを通じて身を立てるのが自他共に最も幸福だろう。

しかし、そうはならなかった。

私は価値がなく、運もない人間だった。

数少ない上位プレイヤーたちは、内輪の馴れ合いとゲーミングデバイス実演販売業で満足してしまった。

からFPSにきた若者たちも、チーム対戦ゲーム限界気づき、今ではゲーム配信者として、揃いも揃って格ゲーを嗜む有様である

すでに全員、取るモン取って逃げ切り体勢、焼畑農業である

芽は、私が来る前に、とうに枯れていたのである

2024-05-14

anond:20240514090803

これからそういうやつはいくらでも増えていきそう

退職行使うくらいのコミュ障が当たり前の世代なわけでしょ

就職代行、退職代行、結婚代行、出産代行、離婚代行、葬儀代行

あらゆることを代行、代行で済ませる世代なのだから

まー、いいんじゃない

資本家にとっちゃ、ますます資本主義内面化する若者たち奴隷にしやすくなって言う事無し

会社会社で、通話記録、移動記録、すべてログを残して

ヤバいやつは監視下に置くようになってるし、もう少し時代の流れを読んだほうがいいな

2024-05-13

横一列で歩く集団について(主に男集団への愚痴

オフィス街で働いている

真新しいスーツに身を包んで硬い顔つきをしていた若者たちも、GWが明けた今は少し慣れてきたように見える

夕方5時を過ぎて外に出ると、同期同士なのか仲睦まじく帰宅する姿が見える

微笑ましい

増田も数年前はあんな姿だったかな、いや同期1人も居ないし今も昔もぼっち帰宅だわ、とか思いつつ駅に向かう

だがたまにイライラする事がある

仕事も少しずつこなせるようになり、同期とも仲良くなり、おしゃべりするの楽しいよな

でもな、横一列で歩道塞ぐのやめてくれないか

最近、この横一列フレッシャーズも、男女で傾向があると思うようになった

・女集団

一般的に群れることが多くて、増田では「周り見てない」「ぶつかってくる」と言われる女の集団

まあ男よりは周り見えてないよなって思う。狭い道で自分たち邪魔してたと気づくとビクッとされるし、そのままペコリと会釈されたりシュンとされればまだいい子だねって感じ。

たまに「怖いんですけど!」って感じでこっち見てくる奴もいる。歩いてるだけじゃん…声掛けてもないじゃん…詰めてくれや…

ただ、女集団場合はどんな年齢やタイプでも「おしゃべりに夢中で周り見えてない」パターンに思える。

悪意とかは多分ない。自己中さは感じるが、数ヵ月後にはオフィス街の歩き方にも慣れるだろって感じ。慣れてくれ。

まあ数ヵ月後にはさらに細かな部署分けやグループ変更が起きて、大人数で帰宅するのは難しいかもしれんが、慣れてほしい。

・男集団

問題はこっち。

横一列フレッシャーズは圧倒的に女の方が多い気がするが、数少ない男集団はなんかえぐい

肩で風切って歩いてるというか、こちらを値踏みして避ける必要ないと感じれば避けない。

端っこのお前とかわざと横に膨らんでるだろってぐらい道幅広げてる。

なんなら通行の邪魔になってることに気がついてるにも関わらず、すれ違う人間を選んで避けたり避けなかったりする。

集団の群れってなんなんだろうか。

例えば狭い歩道を2人組が横並びで歩いてる時、女2人組は避けない。すぐ真後ろを歩いているこちらにそもそも気づいてないパターンが多い。

男2人組の場合は、そもそも周囲に気を使ってる歩いてるのか、すれ違う結構から邪魔になってるのに気づくと黙って片方が身を引く。

カップル場合は、彼氏側が彼女を引っ張ったりして道を譲ってくれる。

まり男は気づけるんだよ。

周りみて歩いてるから、通行の邪魔になってることにも気づいてるんだよ。

なんなんだよ横一列フレッシャーズの男集団はよ。

男は3人組以上になるとなんで道譲らなくなるんだよ。

ひとりぼっち増田に教えてくれ。

anond:20240513155847

就職氷河期は仕方ないと思うけど…

それこそ、当時の窓際どもが自分たち雇用を守るために団結して若者たちを締め出したわけで

彼らと、当時の年功序列終身雇用を守った会社のせいなんだよね。

そしてそれが何を意味するかといえば、氷河期世代の"経験"と"コネ"を奪ったことに他ならない。

今は、まともでありさえすればどこでも働けるわけで

人様に迷惑を掛けない、という一点のみだけクリアしていればどこでも働けるなんて、

それこそビックリするほどユートピア

anond:20240105191053

言葉定義については確かにそう思うが、それよりも

5chとか、増田とか、30過ぎた人間匿名便所の落書きとして冗談で書いてる分にはいいんだが、

その言葉自体が、若者の間で〇〇だから仕方ない、という免罪符になっていることが恐ろしい

ADHDでも、HSPでも、これまでだって一定はいて、その人達なりに折り合いを付けてうまく付き合って生きてきた人がいる中で

それを免罪符に、頑張らなくていいよね、まともじゃなくてもいいよね、人とずれていてもいいよね、

なんていうディストピアが生まれつつあることに恐怖を感じる

ハードは変えられないにしろ、親ガチャかいって騒いでいる奴らの妬み、僻みの対象となっていることなんてソフトでどうとでもなるだろ

ただ、一点現代若者がかわいそうなのは、それを教えてくれるのが両親しかいなくなってしまたこと。

核家族化が進み、祖父母兄弟姉妹、従兄妹との付き合いも薄くなり、

地域社会義務教育も、ホワイト化した中で通り一遍でうわべだけの責任感のない教育に留まる。

そうなると、両親がまともでないのなら、自分自分をきつく律して、自学自習し続けるしか無い。

けれど、それに気づく頃、二十代の中頃には、肉体的、知能的には人間の成長は止まる。

もちろん、そこから色々な出会い精神的にアップデートされることはあるものの、それこそ運でしかない。

若者たちよ、頼むから勉強してくれ。

お前を救えるのはお前だけだ。

最も過大評価されている作家三島由紀夫

三島由紀夫日本代表する文豪憂国の士といわれるが、過大評価され過ぎだと思い、所感を書いておく。

駄作が多すぎる

三島由紀夫はかなり多作作家で、小説戯曲だけでおそらく200作を超える。

新潮社三島由紀夫全集バカデカサイズの全42巻からなり、通読した人間三島専門家くらいだろう…専門家すら怪しいが。

なぜならあまりにしょーもない作品が多すぎるから

三島由紀夫といえば金閣寺。少し落ちるものとしては仮面の告白潮騒美徳のよろめき鏡子の家憂国豊饒の海がある。

しかし他の95%の作品・・・

私は三島由紀夫が好きで、小説だけでなく戯曲を含めて結構読んでいる方だと自認しているが、若者がつまら観念を語るだけの作品、あまり紋切り型恋愛作品が多すぎて、読むのが時間無駄苦痛だ。

打率の低さは擁護しきれないほどである

三島由紀夫vs東大全共闘

2021年に『三島由紀夫vs東大全共闘』という映画が公開された。三島由紀夫 = 憂国の士という共通認識を前提とした筋書きのようだ。

しかし当時(1969年)の共通認識は「ややこしい人がクビを突っ込んだな」である

当時の三島由紀夫はボディービルディングに熱中したり、鍛えた裸を披露するために自分映画写真集作ってみたりと、脇道にそれる活動が多く、作家としての存在感が薄らいでいた。

それどころかいい年したおじさんなのにUFO超能力の探求にハマったり、ハタチそこそこの若者を誘って私兵部隊を結成したり(後に市ヶ谷駐屯地突入した楯の会である)と、お騒がせキャラクター確立していた。

まりUFO超能力に興味があり、自分映画写真集をつくり、若者を集めて軍事訓練を積ませている40過ぎのおじさんが、ソ連マルクス主義の嵐が吹きすさぶ東大に入って論戦しようというのであるいくらなんでもツッコミどころが多すぎるよ。

当時は同性愛天皇礼賛主義への偏見が強かったこともマイナスイメージ形成しており、三島由紀夫は"へんなおじさん"であった。

楯の会事件

散々語られていることだが計画性がなさすぎる。拡声器すら用意していなかったとは…。

社会思想を訴えることについて、本気度・想像力が足りない。

偉い人を人質にとって吠えれば自衛隊が動くと思ったのだろうか。組織とはそのような属人的ものではない。

ずさんな計画のわりに、割腹自殺の準備だけはキッチリしていたらしいが。

派手に割腹たかっただけでしょ。割と当たっていると思う。三島由紀夫エッセイ映像インタビューで度々語っているお気に入りエピソードに、終戦の日に夏の静かな日差しを見ていると自分は"生き残ってしまった、後に残されてしまった"という強い感覚を持ち、それ以来死に場所を探しているという話があり、その"死に場所"を選んだということなのだろう。

三島自己満足に付き合って死んだ若者たちが可愛そうだ…。

最後

三島由紀夫エッセイストとして優秀だとおもう。"高貴なる野蛮人たれ"という言葉を残した。上品で、教養があり、裕福な人間一見洗練されているようではあるが、実は個性がなく退屈で、柔順で、脆弱人間なのである種の誇り高き野蛮さを備えておくべきだという三島由紀夫の主張。この主張は私の人生の指針にもなってきた。

ただ文豪憂国の士というのは過大評価であり、観念に引きこもるあまり最期は周りに迷惑をかけて死んだへんてこ作家、くらいが妥当評価だと思う。

2024-05-06

anond:20240506190449

阪神・淡路大震災でも劣悪な住環境に甘んじざるを得なかった若者たちが多く命を落としたとか

2024-04-29

anond:20240427120441

「もう、選挙では何も変わらないんだよー」

外山恒一じゃないけど、人口比を理解しているからそれはもうわかってる...

https://www.soumu.go.jp/main_content/000341053.pdf を見る限り、40歳未満が束になっても65歳以上には勝てない。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/b27ee53336578ecc28b0bffddae1afdaea03c901

でも言っている通り、それに加えて若者投票率の低さなんだろうな。

数では勝てない若い世代が数で勝てるようにするワークアラウンドが0歳児投票権なんだろうなというのはみんなわかっていることだと思う。

あとは核家族化が進んで年寄り若者はタダでさえ話す機会がないからなぁみたいなのも思うね。

よく知らない人が多少の不利益を被っても知ったことではないし、実際のところ政策がその人たちにプラスだったのかマイナスだったのかなんて知る由もないし。

やってますよ感を出す政策によって、その世代家計を同一にしない65歳以上は若者優遇みたいに見えているだろうなというのはわかるし、

多分同様の理由によって若者たちは老人優遇みたいに見えている。

まあ、実際はこのやってますよ感をだす政策を実行するために委託された人たちが公金チューチューなんだろうけれど。

2024-04-26

anond:20240425112115

Gender therapy review reveals devastating impacts on teens | UN News

ジェンダーセラピーレビューで十代の若者たちへの壊滅的な影響が明らかに

ジェンダー扱いに関する政策少女を含む子どもたちの人権に壊滅的な影響を及ぼしていることを非常に明確に示している

国連が、ジェンダーイデオロギーが、女性特に少女人権に壊滅的な悪影響をもたらしていることに警鐘を鳴らしている。

2024-04-22

歴史的な収蔵物の保存と、若者文化の発展はバーターだということを忘れてはいけない

収蔵物が博物館キャパティを超えて保存され、その扱いに困っているという新聞社Web記事を見ていて、改めてそう思った。

昔、「正しい日本語」という概念流行り、それが何なのかという議論が多数交わされたが、それらは結局のところ、世代対立に過ぎなかった。

そして、この収蔵物もそうなのだと思う。

若者でない世代が、自分たち大事だと感じる資料を、「歴史的」というあたか価値のありそうな形容詞で装飾して、

キャパティ無視してでも、それに親しむものよりは若者だろう管理者に、たくさん押しつけようとした結果に見える。

どちらかいえば老人世代に近い自分だが、個人的には、キャパティを超えた分はすっぱりと処分すべきに思う。

若者もきっと、歴史的呼称した老人世代の未練に興味はないのだ。私たち世代のもの私たち世代で諦めるしかない。

そもそも、収蔵物の保存にはコストがかかるので、若者文化の発展はその分遅れてしまうし、

歴史的事物の保存という行為自体も、若者文化の発展には抑圧的に働くので、収蔵物の保存というのは若者たちに本質的に好まれない。

そして、誰も明言しないが、歴史的資料は「古いものは尊ぶべきだ」という価値観を無言で内包している。

歴史的資料は「文化『財』」という名称で、あたか自然財産然としているが、その実は若者にとってコストというか、若者文化を発露する際の重荷でしかない。

そして、歴史的資料は「歴史」という教科となって、あたかも覚えるべき知識であるかのように振る舞い、若者キャパティまで削ってしまう。

個人的には、若者認知未来に向かって注がれるべきと思われ、合理的でも道徳的でもない偶然の連なりである歴史」などに充てられるべきではないように感じる。

そもそもなんで、偶然でしかない、未来に決して通用することもない老人たちの教訓を、若者たちに記憶させないといけないのか。

そういった保守的歴史のがんじがらめが、地元流れる人間関係の重さと相まって、若者たちを都心部に押し出す格好になっている気がする。

すると文化財は、その費用からもその思想からも、若者たちを都市部に押し出すのを助けてしまっているとさえ思えてしまう。

掘れば遺跡が出てしまい、その保存で開発が全く進まない「文化財」だらけの地方自治体に、どんな若者が残り続けたいと思うのか。

思春期の子供が両親に反抗するように、若者たちはきっと、古い文化象徴である歴史的資料など捨てたい、

その保存コストを、古い文化の代わりに自分たち享受したいと思っているはずなのだ

まりは、歴史的資料は非明示的ながら、そしておそらく無意図的ながら、古い者たちの権力となってしまっていると思うのだ。

から一部の人たちにとっては無意識的に、歴史的資料コストをかけてでも博物館占有していないといけないのだろう。

でも、歴史的資料をとるか、若者主体文化としていくかは択一であり、どちらが本当に重要かってことを、今一度考えてほしいと、この老いぼれはひそかに思う。

偉い学者が、日本人口回復のためには、面倒みるべき親を早く捨てろと言ったらしく、それは耳が痛いことでもあるが、

同様に、若者文化の隆盛のためには、キャパティを越えてまでも保存され続ける「歴史」は捨てるべきではないのかと、

老いたる人々には若者未来のために考えてほしいと思う。若者迷惑をかけないでおきたく思う。

2024-04-20

ビール広告気持ち悪い

4月20日

この日が何を意味するのか、インターネットの暗部や特定文化精通している増田ならお分かりだろう。

そう、それは「大麻の日」であるしかし、現大日本帝国においては大麻は厳しく禁じられており、THCを含む製品は法の壁に阻まれている。

一方で、若者たちの間での認知度は高まっており、それにも関わらず、社会は変わりゆくペースに追いつけていない。

一方で毎日散々とCMがやられているビールという他の「ドラッグ」は、クリーンイメージで大々的に広告され、広く社会に受け入れられている。

アルコールによる健康への害は広く知られており、私の友人二人もその犠牲になった。彼らは過労と飲酒により肝臓を痛め、苦しんでいる。

な~んてことを書くと「大麻カス解禁したすぎて必死だな」「大麻で脳をやられた下戸依存症が僻みで書いている」

アルコール大麻を同一扱いする馬鹿」「大麻を使うとこうなります(笑)

とか色々言われそうな気もするが、まあ今日はそういう日なのでそれくらいは書かせてほしい。

私自身の経験からも、大麻がもたらす影響はアルコールのそれとはまったく異なる。

初めて大麻体験した時……場所は伏す

ここで有能な効能を書くとろくなことにならないのは知っているので詳しくは書かないが、

私はその安全性ポジティブ効果に驚かされた。なぜなら、それは心を開き、新たな認識を促すものだったからだ。

この二面性には明らかな矛盾があり、私はこの認知破壊を促したい。

アルコールが「無害」として受け入れられ、いや、「有害であるのにも関わらずそれは当然と黙認され、

飲み会というなのドラッグパーティーが平然と行われる中で大麻での娯楽は一切許されず、

アルコール広告が出される一方で、より安全である可能性のある大麻がなお禁じられている現状には、根本的な見直し必要だと感じている。

そんなことを書きながらテレビに目をやるとキンキンに冷えたビールの滴がグラスの外側に流れる様子が強調された

若々しく活動的な人々が友人や家族との楽しいひととき自然や開放感のある場所飲酒する広告が否応なしに流れる

さも健全であるかのように。

では大麻はどうだ。ラッパーニット帽を被った子供路地裏でモクモク吸ってるイメージだろう。

そう一人で悪態をつきながら私は安倍晋三のおかげで安くなった発泡酒の蓋を開けた。

もう終わりだよこの国

ビール広告気持ち悪い

4月20日

この日が何を意味するのか、インターネットの暗部や特定文化精通している増田ならお分かりだろう。

そう、それは「大麻の日」であるしかし、現大日本帝国においては大麻は厳しく禁じられており、THCを含む製品は法の壁に阻まれている。

一方で、若者たちの間での認知度は高まっており、それにも関わらず、社会は変わりゆくペースに追いつけていない。

一方で毎日散々とCMがやられているビールという他の「ドラッグ」は、クリーンイメージで大々的に広告され、広く社会に受け入れられている。

アルコールによる健康への害は広く知られており、私の友人二人もその犠牲になった。彼らは過労と飲酒により肝臓を痛め、苦しんでいる。

な~んてことを書くと「大麻カス解禁したすぎて必死だな」「大麻で脳をやられた下戸依存症が僻みで書いている」

アルコール大麻を同一扱いする馬鹿」「大麻を使うとこうなります(笑)

とか色々言われそうな気もするが、まあ今日はそういう日なのでそれくらいは書かせてほしい。

私自身の経験からも、大麻がもたらす影響はアルコールのそれとはまったく異なる。

初めて大麻体験した時……場所は伏す

ここで有能な効能を書くとろくなことにならないのは知っているので詳しくは書かないが、

私はその安全性ポジティブ効果に驚かされた。なぜなら、それは心を開き、新たな認識を促すものだったからだ。

この二面性には明らかな矛盾があり、私はこの認知破壊を促したい。

アルコールが「無害」として受け入れられ、いや、「有害であるのにも関わらずそれは当然と黙認され、

飲み会というなのドラッグパーティーが平然と行われる中で大麻での娯楽は一切許されず、

アルコール広告が出される一方で、より安全である可能性のある大麻がなお禁じられている現状には、根本的な見直し必要だと感じている。

そんなことを書きながらテレビに目をやるとキンキンに冷えたビールの滴がグラスの外側に流れる様子が強調された

若々しく活動的な人々が友人や家族との楽しいひととき自然や開放感のある場所飲酒する広告が否応なしに流れる

さも健全であるかのように。

では大麻はどうだ。ラッパーニット帽を被った子供路地裏でモクモク吸ってるイメージだろう。

そう一人で悪態をつきながら私は安い発泡酒の蓋を開けた。

もう終わりだよこの国

2024-04-16

パンティーで出勤しはじめた中国若者たち

自分が快適なのが一番」パンティーで出勤しはじめた中国若者たち

https://panpan.jp/news/panties/361231/

自宅でも職場でも、自分が心地良くいられることを重視するパンティー・ルオという概念が発生している。

服装にうるさい日本ではパンティー・ルオは普及しないと思うが、効率的でいいと思う。

在宅勤務ですらわざわざパンティシャツ仕事をしていたという人がいるくらいだ。

ネクタイすら嫌でしょうがない自分は、パンティー・ルオに大賛成。

日本でもパンティー・ルオが流行ってくれたらと思う。

2024-04-15

anond:20240415151447

だいたい老いのせい

未来は常に若者たちのためのもので、自分たち世代が死に絶えた後は若者世代のための時代だけど

自分たち時代を忘れられない人は「最近若い人は」と言ってしま

2024-04-05

この沖縄事件ひどすぎる

中学生性的暴行したクルド人難民申請中だった 地元市議は「実態を正しく直視するべき」 | デイリー新潮

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.dailyshincho.jp/article/2024/04050558/

12歳の女子小学生性的暴行したアメリカ人米海軍海兵隊だった」こちらの方も「実態を正しく直視するべき」ですよね。https://www.tokyo-np.co.jp/article/174853

https://b.hatena.ne.jp/entry/4751630356195896512/comment/donovantree

挙げてもらったこ沖縄事件

今回の埼玉事件とは直接の関係こそ何もないけど、確かにひどいな。

12少女が3人の米兵暴行され…それでもアメリカに物言えない政府沖縄は復帰したのか~50年の現在地

https://www.tokyo-np.co.jp/article/174853

難民男性はまだ社会的に弱い立場かもしれないけど、その難民男性事件コメントで書かれた沖縄米兵事件の方は、擁護すべきところがまったくない。

wikipediaで調べたらもっとひどいことが書かれてた。

沖縄米兵少女暴行事件

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%96%E7%B8%84%E7%B1%B3%E5%85%B5%E5%B0%91%E5%A5%B3%E6%9A%B4%E8%A1%8C%E4%BA%8B%E4%BB%B6

また、被告人となった海兵隊員の家族は「人種差別によるでっち上げだ」「若者たち日本に連れ去られようとしている」と主張し来日した。来日後も「沖縄だと陪審員に良く思われないか裁判が我々に不利になる。だから裁判の場を九州に移せ」などと被告人の妻らが主張する様子が日米双方のメディアに流された[注釈 3]。被告人家族は泣きながら失神する姿まで披露したものの、そもそも裁判員制度が始まったのが2009年であり当時は導入されておらず、日本では的外れで空回りに終わった。また文化的にも白人黒人が絡む人種差別問題になじみが無いため全く同情の声は挙がらず、むしろ反感を煽る結果となり、世論から相手にされなかった[16]。

沖縄でも一番弱い立場の人を襲った被告家族が、あろうことか、自分たちの方が人種的差別された弱者僭称して大騒ぎしたらしい。

人種差別運動の主張に乗っかれば、自分達の身内の男も難民男性みたいな社会的弱者を装えると考えたんだろうか。

加害者からアメリカ本土では弱者からだの何だの言われたら、そりゃアメリカ被害に遭った沖縄の人も怒るよ。

しろ犯罪者に利用されて、BLM系の運動に取り組んでる人にも失礼だと思う。

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