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はてなキーワード: 若者たちとは

2018-08-15

戦争はいけない」と泣くババアの白々しさ

終戦の日

テレビババアが泣いていた

戦争はいけない」と

でもおれには見える

ババア戦時中

兵隊さんをバンザイして見送った姿を

からだが弱くて戦地に行けない男たちを

非国民と呼んで後ろ指さした姿を

竹槍で天を突く姿を

それは国から騙されたか

なんて言い訳するに違いないが

そんなはずはない

福島原発周辺の住民たちだって

昔は原発反対を叫ぶ人たちに

「俺たちの生活邪魔するな」

そう怒鳴っていたんだ

戦争はいけない」と

抽象的に言ってはいけない

「あの戦争」の

「何」が

「誰」が

「どう」悪かったのか

具体的に言わなければならない

特に「誰」が「何」をしたのかは

徹底的に暴かれなければならない

それは泣くババアも同じだ

小市民に罪はない

死人に鞭打つな

などという

無責任論理鵜呑みにしてはいけない

「あやまちは繰り返しませんから

なんて主語を隠して

センチな気分に浸ってはいけない

次の戦争

「あの戦争」と同じ形をしている

とは限らない

しろ機銃掃射も焼夷弾原子爆弾

使われることはない

徴兵制も敷かれることはない

どういう形の戦争になるか分からない

しろ「あの戦争」は

すでに何度も起こっていて

しかしそのことに

戦争はいけない」と

泣いたババアは気づかずに

長い間加担してきた

そのことをババア自覚しない限り

「あの戦争」は形を変えて

必ず繰り返される

ブラック企業で虐げられ

心身を病み

死を選んだ若者たち

きっとババアは彼らを

「男のくせにだらしがない」

「わしらが若いころは」

と蔑んでいたことだろう

強いものに巻かれ

逆らわず忖度

匿名安全地帯から

人を傷つけて溜飲を下げる

そんな卑怯国民

あの無謀な戦争を起こし

いつまでもグズグズと戦線を引き伸ばし

犠牲者を増やしていったんじゃないか

真夏甲子園

暑さに苦しむ球児見世物にして

カネ儲けをしている朝日新聞

戦時中

戦意高揚に加担したことを隠して

まるで最初から反戦だったかのように

自らを偽装している

しかし根は変わっていない

サマータイム打ち水

東京五輪

「あの戦争」は

いまもこの国に偏在している

2018-07-30

お絵かきサイトの将来性について

お絵かき掲示板ってトレンドについていけているのかな

ある程度、ネットは普及してきた。大人になれば使いこなすことが努力しだいでできるだろうと自分は思う。

お絵かきサイトはあまり使用されなくなるのではないか、ということを感じてしまった。

子供若者たちが関心あるのってなんだろなー

ただのつぶやきです

2018-07-29

彼氏写真撮るのが恥ずかしい

かれこれ5年以上付き合っている彼氏とのツーショット写真を撮るのが恥ずかしい。

今の若者たち自撮りしまくりで正直羨ましい。

きっと、「何を馬鹿たことで悩んでいるのだ、このババアは。」と思われるだろう。

彼氏と一緒に撮るのは緊張するし、元々自分写真を撮る習慣もなくて、とにかく人生の大きな課題になっている。

彼氏は「撮ればいいじゃん」と言うけれど、そんな簡単にできないからこんなに日が経ってしまっても撮れないのだ。

思えば、昔から好きな人の顔を直視するのは苦手だった。

好きなアイドルの載った雑誌直視できず、テレビからも顔を背け、とにかく目を合わせる(実際には合っていないが)のが恥ずかしかった。

彼氏に対しても同じで、昔はデート前に緊張しすぎて何度もトイレに行ったり、いざ合流しても目を見て話せなかった。

さすがに、今では緊張もほとんどないし目を見て話せる。

それでも、写真に残すなどということは簡単にできることではない。

他人結婚披露宴に行くと、当たり前のように思い出の写真たちが映し出され、出会った頃からの記録がしっかり残っている。

しかし、私達にはその記録がほとんどない。

結婚の予定もなければ、披露宴写真を流したい訳でもない。

それでも、特別に思っている人と一緒に写った写真に憧れがある。

今年が終わるまで、いや、平成が終わるまでにはツーショット写真撮影したいと思う。

撮れても直視はできない気がするけど、大切にしたい。

2018-07-26

anond:20180726204908

連合赤軍

当時(冷戦時)のソ連中国共産党共産主義思想共鳴した運動家の中の過激派やはねっ返りが、日本共産主義革命を起こそうとして、色々なテロを起こして最終的にはあさま山荘事件を起こした。

連合赤軍思想共感を持っていたのは団塊の世代

当時の日本はまだ社会全体が貧しかったので、ソ連共産主義のやり方で豊かな社会を目指そうとした。

オウム真理教

1970~80年代オカルトブームに乗って、テレビ雑誌メディア経由で時代の寵児のような存在となった麻原彰晃を中心とした教団の暴走。1999年7月のノストラダムスの大予言に基づいて、東京アルマゲドン最終戦争)を起こすという思想の下にサリン事件を起こした。

オウム真理教思想オカルトブーム共感を持っていたのは氷河期世代

豊かな日本に育った氷河期世代若者たちが、物質的な豊かさより精神的な豊かさとは何かの答えを提示していたオウム共感していた。

連合赤軍にしてもオウム真理教にしても、共産主義思想や終末思想が先鋭化すると、組織の内外に対して攻撃的になる性質を持っているのではないか

2018-07-25

今まで一億総中流自体が実現したことが無い

1990年代前半のバブル崩壊によって日本は長期に渡って経済が停滞し続けている。

その間の期間は失われた20年とも、30年とも呼ばれていて、日本では中流ボリュームゾーン消失し、日本経済のものが縮小し続けていることになっている。

今の若者たちは皆、経済力が無いので結婚して子供を作ることができず、人口再生自体が危ぶまれている。

しかし、今までの約70年間の戦後歴史の中で、本当に一億総中流が実現したことがあったのだろうか。

1980年代バブル経済期にしても、国全体のGDPは増えているけど、実質的経済成長率はそれほど高くはなかったし、国民1人1人の所得も増えていない。

その証拠に、バブル期非婚化や少子化は進んでいたではないか

現在(2018年)の日本人の大半は、1980年代前半の時期の日本人の豊かさと大して変わっていないのではないか

格差社会化と言っても、高度経済成長期の時代から経済格差は存在していて、最近になって現れた問題ではない。

多くの日本人は昔からずっと下流のままであり、一億総中流中流世代消失自体最初から存在していなかったと思う。

2018-07-21

anond:20180721005001

いい旅になるといいね

俺は30年くらいジャカルタに通ってる爺ビジネスマンだが、初めはそんな感じでワクワクしていた。

今もワクワクすることはあるが、増田のような新鮮さはもう持てそうもない。羨ましさしかない。何が羨ましいかと言えば、現在の方が経済格差が少ないことだ。たぶん現地の若者たちと、よりフラットに付き合える。いいなあ。

2018-07-11

ゆとり世代シンパシーを感じるのはイスラム国

氷河期世代オカルトブームに嵌り、オウム思想共感を示していたとすると。

今の若者たちがあこがれるのはイスラム国、ということになるのだろうか。

団塊の世代連合赤軍氷河期世代オウム

高度経済成長後の豊かな社会に生まれ氷河期世代シンパシーを感じるのがオウム真理教だと仮定してみる。

では、戦後貧困の中を生きている団塊世代シンパシーを感じていたのは連合赤軍だということになるのではないか

団塊の世代青春期を送っていた1950・60年代は、戦後の混乱と高度経済成長期となっていて、団塊の世代少年たちはひたすら右肩上がり経済成長社会を目の当たりにして生きていた。

日本西側世界なので資本主義経済議会民主主義の仕組みのもとで経済成長を成し遂げていたが、当時の若者たちの中には共産主義社会主義の方が優れているのではないか、と考えている人達一定数いた。

の子たちが学生運動原動力となり、連合赤軍などに参加する若者となっていった。

オカルトに嵌った氷河期世代が、オウム思想に惹かれていくように。

オカルトブームが始まったのは高度経済成長が終わりつつある1970年代前半だと言われていて、それ以前の1950~60年代は何がブームだったのだろうか。

それは、鉄腕アトム代表されるような「科学ブーム」だったのだ。

その科学ブーム自体は、高度経済成長大阪万博の終わりを境に、見事に終焉を迎える。

1973年の石油ショック以降は日本不景気が続き、これから経済的な豊かさより精神的な豊かさを求めるべきだというような論調が出てくる。

そのことと、科学ブーム終焉オカルトブーム黎明期が見事に重なっていることは、偶然ではないはずである

2018-07-07

声優の演技って様式化しはじめてるよね

長くアニメみてると

知らない名前声優でも

以前にどこかで聞いたような声とか抑揚であることがほとんどだし

「あ、あの有名な声優さんとそっくりだなー」とか思うこともしばしば

きっと

声優という職業確立されて

有名声優という人気と実力のある存在がすくなくとも声優業界認知されて

そこを目指していく若者たちは有名声優マネから訓練をスタートする

から基本的模倣的なもの

もちろん模倣からはじまっても結局は本人の個性というのはどこか残るものだし

キャリアのなかで変化もしていくものだろう

人気のあるもの模倣するのは手堅くクオリティを維持できるから

賢明選択だし

声優も年をとるから若手が過去声優さんの技量や芸風を継承していくのはいいことだと思う

もっと

声優の演技が、「いかにもアニメらしい声優の演技」という印象を抱かせている

のはまるでこの業界伝統芸能世界のように古びて様式化してしまっていて

新規性や幅の広がりを失っているのかもしれないけど

このようなスタンダードの土台があるからこそ

新しい試みが成功したときに驚きをもって迎えられることもあるのではないか

2018-07-06

anond:20180706100120

70年代は、若者たちの関心は学生運動が「主」だったような気がする。

冷戦終結によって学生運動から離れた人達が、90年代オカルトブームを作ったのではないかな。

1990年代オカルトブームは異常だった

オウム真理教麻原彰晃死刑囚死刑執行ニュースを見て感じたことを書いてみようと思う。

一言で言えば、当時の日本社会オウム真理教のようなものを求めていたのではないか

1990年代テレビ雑誌では、表題のようなオカルトブームの全盛期だった。

スプーン曲げとか超能力であるとか、当時の若者たち神秘的な現象にあこがれていた。

ユリ・ゲラー宜保愛子とか、今考えるとインチキしか思えない霊能力者が当たり前のようにテレビに出ていた。

ノストラダムスの大予言によって、1999年7月に人類は滅亡するということが繰り返しのようにテレビ放送されていれば、それを鵜呑みにする人間が多く出てきてもおかしくなかったのだ。

掴みどころのない社会不安支配している中において、オウム真理教は出現したのだ。

松本サリン事件地下鉄サリン事件を起こした後は、世の中は手のひらを返したようにオカルトブームを忘れていったけどね。

2018-07-03

大谷翔平野球ではなくサッカーに興味を持っていれば・・・

大谷ほどの身体能力を持つ人間であれば、サッカーJリーグでもエース級の人材として活躍することは出来ただろう。

GKでもいいし、MFも務まりそうだよね。

今回のワールドカップでも、日本代表チームの中に岡崎の代わりにいれば、ベルギーに勝てたんじゃないか・・・

かつて、日本テレビの徳光アナウンサーが1990年代前半に「Jリーグが出来ると、今までプロ野球に来てくれた選手サッカーに行ってしまう」と述べていたことがあった。

それは、Jリーグ立場から見ても同じことなんだよね。

1990年代までの日本プロスポーツと言えば、プロ野球大相撲しかなかった(社会人ラクビーについては割愛)。

Jリーグが出来たことによって、運動神経のいい若者達が、どのスポーツプロを目指すか選ぶようになったのだ。

プロスポーツ同士の選手の獲得競争が始まったとも言える(日本横綱が生まれにくくなったのも、これが原因ではないかと思っている)。

個人的には、日本プロ野球の人気のピークは過ぎたと考えている。

今思えば、2002年の原巨人の優勝と2003年の星野阪神の優勝の2年間が、日本プロ野球絶頂だったのではないか

今後は、運動神経が飛び抜けている若者たちは、サッカー世界を目指すようにしてほしいなあ。

思想の具現化としての非婚化・少子化

今の日本非婚社会・少子社会になっているのは、子供を作ることが出来る若者経済力が激減しているからだと言われている。

しかし、本当に経済的理由だけで非婚化・少子化が進んでいるだけなのかな?

お金という現実問題だけではなく、男女平等価値観思想の変化によって、若者たちが恋愛結婚拒否している可能だってある。

例えば、男女平等価値観が当たり前の社会になっているはずなのに、相変わらず男性側に経済力甲斐性を求める考え方は根強く残っている。

それに男性側が猛反発し、恋愛結婚拒否しているとしたらどうだろうか。

女性側が考えを改めない限り、非婚化・少子化絶対になくなることはないだろう。

今の時代は「女性が輝く時代である政府スローガンを掲げて、国を挙げて女性活躍を推奨している。

しかし、女性達の経済力発言力が増えれば増えるほど、非婚化・少子化解決する主導権を握るのは男性側になるのである

男は一人で子供を作ることが出来ないのは当たり前だが、それは女だって同じなのである

2018-07-02

ロスジェネ問題提起、どこへ 若者雇用格差…関心下火

 就職氷河期を経た2000年代後半の日本で、「ロストジェネレーション」(ロスジェネ失われた世代)という言葉一世を風靡

(ふうび)した。安定した収入を得られず、職を転々とする若者たちは、「豊かな」社会のひずみを体現する存在として注目を浴びた。

だが、「ロスジェネ」論壇とも呼ばれた活発な議論の姿はすでにない。なぜ失われたのか。

https://digital.asahi.com/articles/DA3S13566311.html

赤木智弘雨宮処凛北田暁大コメントしてる。

anond:20180630231844

2018-06-24

anond:20180624105233

私も転職活動中だけど、時々落ち込んだりしながらなんとか生きてるよ。新卒ときってみんなで動くから比べてばかりで疲れるよね。結局頑張って入った会社を辞めることもあるし辞めなきゃいけなくなることもあるし、なんだか人生って何があるか分からいから、就職だけじゃなく今の若者たちには何があっても楽しく生きられるように自分の芯を強くしてほしいな〜と思ってます

2018-06-22

anond:20180622123838

意識うんぬんで解決するのは無理。若者は老人に対して年金等金では大変助けているんだから「ついでに血もよろしく!」なんてのは都合が良過ぎる。直接金を払ってはいかん。図書券いかん…みたいな色々理屈を抜かしていないで、今時献血してくれる感心な若者たちに報いる方策もっと考えてしてあげてくれ。献血+簡易な健康診断をしてあげるとかさ。なんか方法を考えてくれよ。

2018-06-16

日本人弱者を救うのはリベラル人権思想ではなく自民族中心主義

はてなブックマーク - irrさんのツイート: "はっきり言うけど、日本人に生まれたというだけで、日本人には価値がある。リベラルは「自分の力で何も成し遂げられないから、日本人性に頼るのだ」という。その通

http://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/irrtenko/status/1007263346326769664

deztecjp 私は国連食糧計画に毎月寄付し続けている。全人類平等なので、国内相対的貧困対策など世界絶対的貧困を撲滅した後だ、と私は主張してきた。絶対的貧困撲滅目的なら増税も支持する。日本一国の景気より重要

このブクマ人権思想リベラルとしては全く正しくて、万人に平等価値があると信ずるならば必然的にこうなるはず。

世界には今も内戦飢餓明日の命をも知れぬ人々がいるのだから、彼らが全て救われるまでは、放っておいても死ぬわけでもない日本人弱者

例えばトリプルワークで疲弊して子供虐待しそうになっている日本人シングルマザーや頭は良いのに親に経済力が無く進学を諦めている日本人若者……なんてのは後回しになる。

もし日本政府人権思想に基づいて本気で世界から紛争飢餓を無くすために惜しみなく外国を援助し国連資金を出せば、とてもじゃないが日本人相対的貧困層に回す福祉予算など無くなる。

日本人弱者を救うのは、

次世代日本人を生み育てている母親たちは報われるべきだ」

若者たちを我が国明日を担う国家有為人材とすべく教育への援助は惜しんではならない」

「我々は苦しむ同胞を見捨てるなどという恥知らずな真似はできない」

という自民族中心の日の丸のもとでの権利平等の訴えだ。

2018-05-30

朝日新聞真人 経済成長永遠なのか 「この200年、むしろ例外

2017年1月4日 [脱成長論][成熟社会][定常社会]

 いつしか経済成長」は私たちにとって当たり前のものになっていた。だが、それは永遠のものなのだろうか。

 アベノミクス大黒柱である日本銀行異次元緩和はお札をどんどん刷って国債買い支えるという、かなり危うい政策である。にもかかわらず世論の支持が高いことが不思議だった。

 思えば「成長よ再び」という威勢のいい掛け声と、「必ず物価は上がって経済は好循環になる」と自信満々の公約に、人々は希望を託したのかもしれない。

 希望をくじいたのはくしくも日銀が放った新たな切り札マイナス金利政策」だった。昨年1月に日銀が打ち出すや世論調査で6割超の人が「評価できない」と答えた。いわばお金を預けたら利息をとられる異常な政策によって、人々がお金を使うようせかす狙いだった。これには、そこまでする必要があるのか、と疑問を抱いた人が多かったのだろう。

 政府国民も高度成長やバブル経済を経て税収や給料が増えることに慣れ、それを前提に制度人生設計してきた。

 だがこの25年間の名目成長率はほぼゼロ。ならばもう一度右肩上がり経済を取り戻そう、と政府財政出動を繰り返してきた結果が世界一借金大国である

 そこで疑問が浮かぶゼロ成長はそれほど「悪」なのか。失われた20年と言われたその間も、私たちの豊かさへの歩みが止まっていたわけではない。

 その間、日本ミシュラン三つ星店は世界最多になったし、宅配便のおかげで遠方の特産生鮮品が手軽に手に入るようになった。温水洗浄便座の急普及でトイレは格段に快適になった。

 若者たちが当たり前に使う1台8万円の最新スマホが、25年前ならいくらの価値があったか想像してほしい。ずっと性能が劣るパソコンは30万円、テレビ20万円、固定電話7万円、カメラ3万円、世界大百科事典は全35巻で20万円超……。控えめに見積もったとしても、軽く80万円を超える。

 スマホに備わるテレビ電話や会話する人工知能機能となると、25年前ならSF映画世界の話だった。

 ただ、この便益の飛躍的な向上は国内総生産GDP)というモノサシで測ったとたんに見えなくなる。80万円超の大型消費が、統計上はスマホの8万円だけに減ることさえあるのだ。

 そこで見えなくなってしまう豊かさの向上を考慮せず、「どんな政策手段を使ってでもとにかくGDPを膨らませよ」というのがアベノミクス思想である

 人間はそうまでして成長を追い求めるべきなのか。

 実は、いまのような経済成長歴史が始まったのは200年前にすぎない。長い人類史のなかでは、ほんの最近だ。GDP統計が初めて作られたのは、さらにずっとあとのこと。1930年代大恐慌、第2次世界大戦がきっかけだった。

GDP、語られぬ限界

 昨年夏、GDP統計をめぐるちょっとした論争があった。所管官庁内閣府日本銀行が「実態より過小評価されているのではないか」と問題提起したのだ。

 きっかけは日銀の若手職員が発表した個人論文。ただ論争には日銀上層部意向も働いていた。アベノミクスの主軸として史上空前の超金融緩和をしながらインフレ目標を実現できず、成長にも結びつかない。現実へのいらだちがあった。

 数字ひとつ財政金融政策を動かし、人々の景況感にも影響するGDP。その歴史は、長い人類史のなかでは意外と短い。

 世界で初めて国の経済全体の大きさを測ろうとしたのは英国。17世紀の英蘭戦争のためにどれくらい戦費が調達できるか知ろうとしたのだ。そこから現在のようなGDPになったのは、さらにあと。1930年代英国米国大恐慌対策を探り、第2次世界大戦に向けた生産力の分析を進めるためだった。(『GDPダイアン・コイル

 一般的には1760年代英国産業革命が成長の起点とされる。だが西暦1年~2000年代世界の成長を人口歴史資料から推定した経済学者アンガス・マディソンによると、1人当たりGDPがはっきり伸び始めた起点は60年ほど後の1820年ごろだった。

 その理由投資理論家で歴史研究家のウィリアムバーンスタインが『「豊かさ」の誕生』で分析している。1820年ごろになると、ようやく私有財産制度資本市場が整い、迅速で効率的通信輸送手段が発達。技術進歩や新しいアイデア評価する文化制度ができて、成長を後押しする基盤が整ったという。

■もとは冷戦期の産物

 社会思想家の佐伯啓思京都大名教授によると、国家が成長を必要としたのはもともと冷戦期に資本主義陣営が社会主義陣営に勝つためだった。「それだけのことにすぎない。なぜ成長が必要なのかという根源的な問いに、経済理論には実は答えがないのです」

 冷戦が終わったあとも成長への渇望だけが残った。むしろ成長の限界弊害について、以前より語られなくなったのかもしれない。

 1970年代初頭、世界科学者経済学者たちが集まる民間組織ローマクラブがまとめた報告書成長の限界』は、経済成長謳歌(おうか)する人類への警告だった。人口が増え、先進国経済が膨張しすぎると、資源の使いすぎや環境悪化などからいずれ限界が生じる、という問題提起だった。

 いつしかその問題意識は薄れ、成長信仰だけがひとり歩きしはじめた。

 佐伯氏は「ローマクラブが指摘した問題重要性は今も変わらない。これから無理やり市場を膨張させ、成長させようとする試みは競争格差を激しくして、人間にとってますます生きにくい社会にしてしまうのではないか」と話す。

■低成長容認社会に変化の兆し

 紙幣を発行し、金融政策をつかさどる中央銀行。その「元祖」は英国イングランド銀行とされる。もともと民間銀行の一つだったが1844年の制度改正中央銀行進化した。

 つまり1820年ごろに始まる「成長」とともに誕生した機能だった。

 いま世界経済の成長スピードが落ちている。2008年のリーマン・ショックマイナス成長に陥った先進諸国は、危機から回復した後も以前のような成長軌道に戻れていない。

 サマーズ元米財務長官は3年前、物質的に満たされた先進国簡単に低成長から脱せないという「長期停滞論」を唱えた。

 日米欧の中央銀行はまるで自分存在意義を確かめるように、ゼロ金利政策、量的金融緩和マイナス金利政策……と成長を取り戻すための異例の緩和策を次々と繰り出した。

 「これは長い目でみれば中央銀行の終わりの始まりだ」と言うのは日銀出身金融史にも詳しい岩村充・早稲田大大学院教授だ。

 中央銀行政府から独立する必要があるのは、たとえ政権が代わっても、お金価値が変わらない金融政策を続けることが経済の安定には大事からだ。岩村氏は「政府といっしょになって成長のために異常な金融緩和を進める。そんな今の中央銀行独立性はない。存在意義がなくなってしまった」と指摘する。

 経済史の泰斗である猪木武徳大阪大名教授は、成長を謳歌たこの200年間を「経済史のなかではむしろ例外的な時期」と言う。そのうえで無理やり成長率を引き上げようとする最近政策に異を唱える。

 「低成長を受け入れる成熟こそ、いまの私たちに求められているのではないでしょうか」

 成長の意義も認めてきた猪木氏が最近そう考えるのは、成長そのもの役割が変質してきたからだ。

 「かつて経済成長には個人を豊かにし、格差を縮める大きなパワーがあった。最近国家間の経済格差は縮まったものの、上っ面の成長ばかり追い求める風潮が広がり、各国の国内格差が広がってしまった」

 主要国の成長戦略金融政策は往々にして強く富めるものを、さらに強くさらに富ませる傾向がある。それがトリクルダウン(滴がしたたり落ちること)で中間層低所得層に広がるという想定だ。現実にはそうなっていない。

 19世紀の経済思想ジョン・スチュアート・ミルゼロ成長の「定常社会」を構想した。だが近代経済学事実上、成長ぬきには語られなくなった。いつしかあらゆる経済理論が成長の持続を前提に組み立てられるようになったからだ。

 むしろ現実社会に変化の兆しが出てきた。たとえば最近広がりつつある、買わずにモノを共有するシェアリングエコノミー。大量消費と一線を画す動きだ。

 四半世紀にわたるゼロ成長期を過ごした日本人の意識に変化もうかがえる。

 博報堂生活総合研究所定点観測調査によると、「日本の現状はこの先も、とくに変化はない」と見る人は昨年54%で、9年前より22ポイントも増えた。さら身の回りで「楽しいことが多い」人が増え、「いやなことが多い」人は減った。

 同総研の石寺修三所長は「人々の意識が定常社会を前向きに受け止めつつある変化がはっきり示されている。いわば『常温』を楽しむ社会です」と話す。

 いま世界が直面する低成長が「成長の限界」を示すものかどうかは、はっきりしない。ただマディソンの2千年の成長率推計を見れば、この200年の2~3%成長が、まるでバブルを示す急騰曲線のようだとわかる。

 成長の鈍化はむしろ経済活動の「正常化」を意味しているのかもしれない。少なくとも成長は「永遠」だと思わないほうがいい。(編集委員・原真人

元ページ(リンク切れ): http://www.asahi.com/articles/ASJDY5DR2JDYULZU005.html

ブコメhttp://b.hatena.ne.jp/entry/www.asahi.com/articles/ASJDY5DR2JDYULZU005.html

2018-05-23

控えめに言って教師なんて社会人としてクソ

教師という職業バカにしているのではなくて、勘違いしていると誰も幸せになれないよという話だ。

単純に言えば教師教師しかないということ。

アメフトの話をみてつくづく思うのだが、そのことを知らずして大事子供を預けることなんて絶対してはダメだ。

教師というのは、基本的学校出て教職員になるための指導を受けて教師になる。

それで教師になったら、教師世界の中で教師としての成長を遂げて、教師世界の中での生き残り方を学ぶことになる。

それによって生み出されるのは教師としてのスペシャリストであって、社会の中で揉まれに揉まれまくって角が取れた成熟した大人ではないということだ。

彼らは一見して社会人みたいな顔をしているが、一般社会企業に務めるという経験ほとんどしてない。

教師教師世界理不尽なこともあるだろうが、普通社会人が社会に出て味わうであろう日常的な理不尽とは縁遠い存在なのだ

売上のためにクソみたいな顧客とクソみたいな上司に板挟みにされても笑ってなければいけないようなこともなければ、行き詰まって職を転々としながら居場所を見つけるような経験したことはない。

その中から針に糸を通すような光明見出して、人間性を大きく成長させるような機会もないのだ。

教師という閉じられた特殊世界の中にいる人間が、どうしてこれから社会に出る若者たち社会のことを教えることができるというのか。

もし教師世界限界を感じた人間がいたとしたら、彼らはすでに教師を続けていない。

いうなれば、教師を続けている人間は、教師という世界適応できた人間に限られているということだ。

そのことを理解していない大人が多すぎる。

所詮教師が教えられるのは、学問教師としての生き方しかない。

それなのに人間として立派な教えを教師に期待するは矛盾だ。

そんな人間子供を平気で預けておいて、ひどい目にあってから教師を恨んでもなにも始まらないではないか

学校は生徒を立派な人間に育て上げるだなんてエゴはもう捨ててしまえ。

人間性を育てるのは家庭であり親の役目だ。

学校学問を学ぶ場所であり、教師を志す人間を育てる場所しかない。

それが理解できない限り、自分の子供が正しく成長することは諦めたほうが良い。

学校が悪いのではない。学校にそんなことを期待している親が悪いだけだ。

そしていつだって被害を被るのは子どもたちだ。

クソみたいな大人エゴで、子どもたちだけが傷つき続ける世の中を本当に終わらせたい。

2018-05-22

おっさんずラブ」が素晴らしすぎるから、長文で語りたい

おっさんずラブ」が凄く良い。

あと2話で終わってしまうからもっとみんなに見て欲しくて、熱く語るよ。

ざっくり言うと、ダメリーマン田中圭)とエリート営業マン(牧凌太)のボーイズラブに、部長吉田鋼太郎)と牧の元カレ武川主任眞島秀和)が当て馬的に横恋慕って感じなんだけど。

5話で牧の過去が語られることで、人物に深みが出て「愛」の深みが尋常じゃなく深まった。もはや、沼。抜けられなくなってる人も多いし、もっと沢山の人にぬかるんで欲しい。

まずさ。就活中はオドオド大学生だった牧くんが、入社後4年で本社勤務のエリート営業マンになれたのは、武川さんの導きがあったからだよね。

対して、ヘボリーマン春田入社10年たっても、にこにこ朗らかでいられるのは、部長の見守りがあったからだと思う。

ついつい、牧くんと春田恋愛事情を追ってしまうけど。この2人の裏には部長主任、2人のオッサンの愛があることが分かる。

部長は、10年かけて春田の良いところを伸ばし続けて、フォローしまくってきたんだと思うよ。ダメダメなところさえ、春田個性として潰さずに、大切に大切に守ってきたんだよね。そりゃ、「今のはるたんを作ったのはオレだ!」って言いたくもなるよ。

武川主任もさ。

牧が会社で自信を持って仕事が出来るように、丁寧に導いてあげたんだと思うよ。四年で本社勤務のエリート営業マンに仕上がったのは、本人の資質武川主任庇護の賜物。それより何より。真っ直ぐ目を見て春田に愛を伝えられる、今の牧になれたところが素晴らしい。

部長武川の注いだ愛は、同性愛でも何でもなくて。

子どもを育てているお母さんの中にも、部活の先輩にも、会社上司にも、みんなの中にある普遍的な愛だ。

からこそ、部長の愛を受け止め、それを振り切って牧を選ぶ春田を見て、部長の奥さん(大塚寧々)大号泣ちゃうし。「牧がいないとダメなんだ!返してくれ」とすがる武川には、見ているこっちの心が締め付けられる。

若者たちは先へ進む。オッさんの愛を置き去りにして。その残酷さが、とても美しく描かれてるドラマだと思う。

私は年齢的には、もうおっさん側の人間からね。見送る側の未練も分かる。そしてそれ以上に、置き去りにしてきた愛が古傷みたいに疼く。「あの時は、ホントにごめん」ってなる。

おっさんずラブ」は、そんなドラマなんですよ。老若男女問わず、全方位でみんなに見て欲しい。あと2話だし。

そして、制作部の人たちに。ステキドラマありがとう。この土曜日のためだけに、平日がんばれてるよ。

2018-05-21

anond:20180521183917

描きたいものっていうのは「歴史なかに滅びゆく若者たち」で、それはしっかり描かれていたと思うけど。

anond:20180521123910

モチーフ新撰組は、

多摩田舎者武士に憧れて上京してきて、幕府の手先として犯罪者をぶっ殺しまくったけど、

明治維新幕府が倒れて、それに殉じて死んでいった、という感じの人たち。

維新志士は「日本を変える」ことを考えていたけど、

新撰組は「既存体制のもとで成り上がる」ことしか考えてなかった。

鉄華団も序盤から「より強い存在の下につく」ことで成り上がっていった。

最初はCGS、次にテイワズ、蒔苗、そしてマクギリス。

「この道しかない」と突き進んでいくんだけど、他の道はいくらでもあった。

悪く言えば自分たちで考える頭がないんだよ、鉄華団には。

からずっと無知・無教養が強調されてるわけ。

「急に頭が悪くなった」みたいなこと言われてるけど「元からだよ」としか言いようがない。

明治維新では、天皇(=アグニカ)を手中に収めた新政府軍(=マクギリスの革命軍)が、その権威でもって幕府勝利する。

錦の御旗 - Wikipedia

バエルは錦の御旗だって劇中でも言われていたけど、比喩でなく「錦の御旗」を踏まえているわけで、

「バエルを引っ張りだせば従うはず」にはそれなりに説得力があるんだよね。

なんてったって史実では通用しちゃったんだし。

実際、ラスタル以外のセブンスターズ大人しかったわけだし。

それにバエル=錦の御旗だって分かれば、「バエルには何の能力もない」ほうがむしろ自然だと思えてくる。

ただの権威象徴なんだよね。

その後、オルフェンズは史実から分岐していく。

新撰組と違って、ギャラルホルン(=幕府)には義理のない鉄華団は、

若手将校を率いてクーデターを起こすマクギリス(=維新志士)と手を組む。

そしてマクギリスも、実際の維新志士とは違って、革命なんてどうでもよかった。

マクギリスの策謀はすべてバエルを手に入れるためのもので、それ以降のことなんて考えていなかった。

かくして、優秀な鉄華団とマクギリスが、腐ったギャラルホルンを倒して理想社会を築くという物語にはならなかった。

はいえ、ギャラルホルン肯定されたのかと言えばそういうわけでもない。

ギャラルホルンの緩やかな改革を成し遂げたラスタル高潔人物ではなく、

革命乙女となったクーデリアも聖女のままではいられなかった。

そこに「何が正しいか」という意味でのテーマはない。

オルフェンズはただの歴史だ。

若者たちはいかにして敗れたか」を描いただけにすぎない。

2018-05-02

anond:20180502113258

マジレスするとスキャナ運用の面倒臭さを考えたらカメラパシャーで済ませる若者たち気持ち分からんでもないぞ。

2018-04-23

増田マウンティングおじさん

増田社会につま弾きものにされたおじさんがいます。おじさんたちは若い増田説教します。おじさんたちは社会若者たち尊敬されておらず、承認欲求を満たせていないからです。

おじさんたちは新しいものが苦手です。なぜならわからないことが多くて怖いからです。新しいものに関しては若者マウントをとれません。

おじさんたちが新しいものを避ける理由はただこれだけです。慣れてないから。わからいから。怖いから。今ので十分だから

それでもいい。仕方ないことです。しかし、それ以外にいちいち理由をつけて現状を正当化しているおじさんを見るとなんだか哀れです。

ところでSNSって流行り廃りのサイクルがありますけど、あれって若者マウンティングおじさんを避けるために、おじさんが避けがちな新しいサービスに移行しているように思えるのです。

2018-04-18

倒れるまで働かされる若者たち

所詮この国ではマイノリティ

人口の半分が60歳以上なんだから若者奴隷になるしか道はない

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