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2017-09-24

なろう系の長編と、1クールアニメ相性の悪さと、今後のアニメ化

書いている内にすごく長くなっちゃいました

2017年アニメで「小説家になろう」発でアニメ化された作品は下記のような作品がある

(※ 2017年アニメの一つであるゲーマーズ!』も「なろう」ではないがWeb小説発とも言える作品しか継続してWeb執筆が続けられた作品ではないので、ここでは分かった上で除外してしましたと、一応ツッコまれない程度の知識開陳しておく)


異世界食堂』は連作短編作品なので、1クールアニメ構成する際に非常に楽な作品だっただろう。

原作ストックにも余裕があり、アニメにはなっていないエピソードもまだ多く残っていて、登場していないキャラクターもまだ多いです。

原作の方でも「常連」と言われるようなキャラはまだ他にもいて、アニメではその全員が登場したわけでもない。

この辺りの判断監督判断してエピソードを絞り、アニメ放送する上で必要最低限のキャラエピソードをチョイスしたのだろう。

常連キャラには中堅・ベテラン声優を配して、複数話に登場するようにして、うまくバランスを取ったシリーズ構成物語を仕上げたと思う。

ちなみにキチンとアニメを観ていた人は気付いたかと思うが、アニメ監督シリーズ構成脚本も兼ねて担当し、かつ全12話の脚本執筆された作品でもある。

なので他の作品ではたまにあることだが、OPEDには登場しているが、アニメでは登場しなかったみたいなキャラクターがなかった理由の一つにもなっているかと考えている。

異世界食堂』はニコニコでは動画有料で一週間無料公開なく、無料ニコニコ生放送配信となってしまったが、毎回アンケートでは90%以上の高いアベレージの高評価を保ち、最終回は97.0%の高評価で終りました。

評価だったので円盤が売れるとは限りませんが、評価が売上にも繋がることは期待したいと思います


ナイツ&マジック』は長編作品ですが、今回のアニメ化に際して物語というか、小説的な描写にかなりの圧縮を施されたかと。

大原さやかによるナレーションにより、幻晶騎士(シルエットナイト)の細かい製作過程や、敵国との関係や動き、アニメで描くと面倒が色々なところが必要最低限に圧縮されて視聴者情報として提供されたと思う。

原作ストーリーの違いが少しあったが、ほぼ大筋は変わらないし、1クール全13話で切りのよいところでまとめるとなると、こういう形になるかと思われる。

シリーズ構成であるベテラン横手美智子の手腕が大きく影響したのではないかと。

これを書いているのは最終回放映当日。最終話はかなりガンダム意識したところが多く、オマージュ要素を読み解くのが楽しいエピソードでした。

幻晶騎士3DCGによる戦闘シーンの描写は、マクロスアクエリオンなどで慣れた「サテライト」によるものなので、なかなかの迫力のある仕上がりだったと思う。

1クールアニメ作品としては悪くなく、トータルで見れば良作以上の出来になっているので、これも円盤が売れて欲しい作品だと思っています


……で問題の『異世界はスマートフォンとともに。』ですが、自分放送からこの作品は1クールにまとめるにはかなり難しい作品だと考えていました。

そもそも原作大長編で、「なろう」の方の原作では大きな区切りとなるところはありますが、書籍版のHJノベルス最新10巻の方でもまだそこに達していません。

仮に今のアニメ放映のペースで区切りまで持っていくとなると、+1クールでも多分足りず、+2クールの全36話分ぐらいは必要になるんじゃないかと思っています

なのでストーリー的には半端なところで終わると思われる作品ですが、そういう意味合いも込めて、出来として考えると余り上手な作品ではないと。

そもそも問題として大長編作品を1クールにまとめる困難さがあると思います

とりあえずアニメ異世界はスマートフォンとともに。』の出来を今、論ずるよりはこの問題を抱えている今後アニメ化される可能性のある作品言及して思考した方が少しは建設的なのではないかと思い筆を走らせた次第。


今後「なろう」発の作品アニメ化が予告されているものがあります

自分が知らないだけで他にもアニメ化公表されている作品があるかもしれませんが、知っている限りの四作品を並べました。

(※ 2017年末に何か発表予定のある『ありふれた職業世界最強』もアニメ化されるのかも)

(※ 二期製作決定が発表されている『オーバーロード』は既にアニメ化されたということで除外)


異世界居酒屋「のぶ」』は、同じ系統の『異世界食堂』が好評だっただけに、比べられる後発の苦しさのようなものがあるかもしれません。

ただ同系統、つまり連作短編なので、ストーリーを1クールにまとめるのであれば比較的楽な作品になるかと思います


自分としては問題作だと考えているのは、『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』です。

正直言ってストーリー構成の面から考えると、『異世界はスマートフォンとともに。』と同じような問題を抱えていると思います

まり1クールにまとめる場合の着地点は中途半端。かと言って、2クールでも全く足りない。仮に4クールやっても終わらないんじゃないかとか思うほど、すごく長いし、区切りの難しい作品です。

明確な区切りという点では「なろう」の方のオリジナルを読んだ限り、『異世界はスマートフォンとともに。』よりも今のところはハッキリしてなく、大筋のストーリーをずっと継続している感じです。

主人公目的の一つが「この異世界観光したい」なので、ある意味で終わりのないロードムービーをずっと続けている作品という側面が。

その為、区切りという観点から考えると、主人公の行動や目的が明確な終着点のあるものではないので、それが区切り邪魔をしていると思います


盾の勇者の成り上がり』はもしかすると1クールなら、そこそこまとまる可能性はあるような気がします。

書籍版の4巻〈ISBN:9784040663210〉、コミックスの8巻〈ISBN:9784040691541〉までを区切りと考えると、1クールの尺に収まるようにストーリー構成することは難しくないかも知れません。

俯瞰的ストーリーをなぞると要所要所で強敵が登場するので、うまく区切っていけば、1クールでも二期に繋げるようなストーリー展開も可能物語だと思います


そして変な意味ネット上ではネタ枠扱いもされている『賢者の孫』ですが、凄く強引にストーリー圧縮してまとめれば1クールで完結しちゃう可能性があるような気がしま(笑)

自分が読んだ限りは「なろう」の方の原作はまだ完結していませんが、ラスボス戦は近いので、それさえ終わればストーリー的には完結してもおかしくはないかと思います

作品的にキャラはそれほど多くなく、作中の(強くなる為の成長要素を加える為の旅のような)移動も多くないし、最初から強い無双系の主人公で、ストーリーシンプルなので、もしかすると構成次第では1クールで強引に圧縮してまとめることも可能ではないかと思いますが、『賢者の孫』という作品を知っている方々はどう考えますか?とアンケートしたいところ。

良い意味で言えばあっさり、悪い意味で言えば薄っぺら物語作品……と言えちゃうかもしれないので、もしかしたらアニメオリジナルな大きな改変を入れたりして仕上がる可能性もあるかもしれないと書いておけば、もし当たらったら予想的中とちょっと自慢できるかもしれないので続く駄文






……でここまでは書いたのは前提で、やっと本題に。

自分問題視した大長編の『異世界はスマートフォンとともに。』と『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』がなぜ1クールアニメとしてまとめるのが難しいのか、その問題を考えたいと思います


この二作品主人公最初から無双できるぐらいに異常に強いことが問題じゃないかと思っています

なぜかと言うと登場する敵よりも主人公の方が圧倒的に強く、作中では一応中ボス級の敵はそこそこ出現しますが、主人公相対的にみると強敵と言えるレベルでなく、簡単に倒してしまうので話の区切りにはならず、それがストーリー構造的な弱点になっているのです。

主人公が敵とのバトルで多少の苦労する、てこずるシーンはありますが、命の危機に追い詰めらるほどの切迫感はなく、主人公の心身の成長を余り感じず、物語区切りとなるピークに達しない状況です。

異世界はスマートフォンとともに。』と『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』では、自分が読んだ範囲になりますが、自分と同格以上の強敵と相対するようなことがありません。

多少てこずることはありますが、ちょっと別の手札を使えばあっさり解決みたいなパターンが多いと思います

「なろう」の異世界での無双パターンで、「無限収納四次元ポケット系)」「レベルMAX(もしくはレベル上限なし)」「瞬間移動(転移どこでもドア系)」「鑑定&スキル学習能力魔法)」「トンデモ錬金」あたりの能力定番ですが(強さには直接は繋がらないが「和食ではなく日本での食知識による無双」もあったりします)、これらの能力複数持っていると強さに限界がないので、ドンドン強くなっていきます

特にデスマーチからはじまる異世界狂想曲』は今後発売される書籍版の12巻以降に主人公の強さ(というか正確には能力)も極まってくる設定になってしまい、『ドラゴンボール』で言えばパターン化した展開である悟空は仲間が強敵と戦っている間は別のところにいるので遅れて登場するということが多々ありましたが、この作品でもそれを踏襲というはおかしいですが、そんなパターンを何回かやっています

主人公転移能力を持っているので、ある意味ではすぐに仲間のいる現場に来れるのだが、その状況が混迷し、もしくは登場が遅れるように物語が展開しています

遅れる状況を作り出すのに苦労している描写垣間見れ、穿った読み方をしたい方は、その辺りの描写を見つけて楽しむという変な方法があることを記しておきます


話が飛びそうになったので閑話休題

例を挙げて考えると、「なろう」発のアニメ作品であるRe:ゼロから始める異世界生活』は物語全体で考えると、中盤に「王選」という主軸となりそうなストーリー提示されましたが、アニメストーリーの終わり方を考えると、「王選」を考えた場合、結局のところ多少の同盟的な繋がりと、主人公意思を味方と敵に認めさせるぐらいのことしか結果達していません。

ただしストーリーの抑揚というか、物語の浮き沈みから見ると、主人公は中盤に絶望どん底に落ちるが、そこから這い上がって復活し、そして強大な敵を倒してヒロインを救ったことで、根幹のストーリーは余り進んでいないが、主人公の大きな成長をみせたところで終わったので、印象的には凄く区切りの良いところで終わった感じのアニメ作品になったかと思います

まあ1クールではなく、2クールというそれなりの尺を使ったことも大きいと思いますが、物語にキチンとした起伏があるからこその区切りとなったと思います


まり自分と同格以上の強敵、手強い中ボスラスボスを倒すようなシチュエーションを作り出していない作品は、区切りがないように感じると思います

ひと昔前だと、原作ありのアニメ化作品の中にはたまに、1クール枠の終盤に原作にはないアニメオリジナル強敵が出現し、それを倒して終わりを飾る作品結構あったかと。

しか継続連載している「なろう」の作品だと、アニメオリジナルラスボスキャラが登場するような事態は、話に齟齬が出来る為かそういう展開に持っていくことを避けている傾向を感じます

その辺りが足枷になっているし、原作物語の展開を兼ねて考えると、そういう展開にもできないジレンマかもしれません。


ここで視点を少し変えて、原作が既に完結している「なろう」系の作品ならアニメ化可能か?という問題提示したいと思います

「なろう」発の作品で、アニメ化が発表されておらず、かつ書籍版が100万部以上売れている作品自分が知っている範囲では二作品あります

無職転生
https://twitter.com/mushoku_tensei
転生したらスライムだった件
http://micromagazine.net/gcn/slime/

アニメ化した上でシリーズ累計100万部以上売れれば大ヒット作品と呼べる言われるこの業界異論はあるかと思いますが、一つの分かりやす基準として)。

書籍版の方はまだまだ出版が続いていますが、オリジナルであるなろう版はストーリーが完結している作品です。

作品ともに文庫ではなく、単価の高いソフトカバー出版されている作品で、まだアニメ化していないのにも関わらず、現時点でこれだけの売上を誇っています

これだけの売上を記録していれば普通アニメ化の噂も聞こえてくるかと思いますが、2017年秋の時点ではまだそれらしい話は入ってきません。

その理由は今までここで考察している通り、1クール枠では中途半端なところまでしか描けない問題を抱えているからではないかと思われます

もしもの話ですが、仮に2クール枠を用意できたとしても、ラストまでアニメ化不可能だと思われます物語を凄く圧縮しても4クールぐらいには)。

これだけの売上を誇っているのならもしもアニメ化した場合、売上ブーストがかかり倍増し、ファンが増えラストまでのアニメ化を期待する方も多くなると思います

ただこれら二作品ソフトカバー書籍版で20巻ぐらいにはなるかと思われる大長編なので、ファンが多くなればなるほど、更にアニメ化した上での目指す先がかなり高い場所になっているジレンマがあるのかもしれません。


この二作品ストーリー俯瞰すると、自分考察になりますが、『転生したらスライムだった件』より『無職転生』の方がアニメ化ハードルが高い気がします。

ネタバレに感じになります、『無職転生』の締めはよくあるパターンラスボス撃破してのエンディング……という感じではないからです。

しかすると書籍化にあたり、大きく手を入れて修正する可能性は高いかもしれません。

それを別に考えても、前半はかなり波乱万丈なストーリーで、区切りの良いところはどこだろうと考えると意外と難しく、ストーリー構成が難しくアニメ化の際の高いハードルになっていると思います


転生したらスライムだった件』の方は書籍化に際して、オリジナルであるなろう版には登場していない新しい中ボス級の敵が登場し、大きな相違点があります

それが影響しかなり設定が変わっているキャラもいて、その辺りのストーリー全体の構成の見通しが立たない限りは、アニメ化は難しいのではないかと思っています

逆に言えば2クール枠が用意できるなら、そこそこ切りの良いところである書籍である6巻か7巻(もしかしたら10巻の可能性も)あたりまで、アニメ化するようなプロジェクトが動いていたりするかもしれません(いい加減な期待値を込めた予想です)。


編集の手が入らず自由に書かれた「なろう」の大長編作品は、アニメ化する上ではかなり難しいものが多いのかも。まだ文章あるが文字数限界 このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

別にアドバイスのもの異論はないけどクリエイターぶった人が「ガイジ」とか言い出すとご、語彙力…ってなるよね。

2017-09-23

サッポロビール園のタクシーがひどい

大変に美味しくいただき、外に出ると大雨。タクシー。使いますよね。観光客ですから

こちらは最寄りの「バスセンター前駅」にとお願いしたところ、運転手に、寝てしまっている子供もいるし、「バスセンター」がよいと言われたんです。「地下鉄東西線にのるんです」そして、再度「バスセンター前駅」と伝えたのですが、ついたところは「バスセンター

大雨ですし、急いで降りて中に入ります

エレベーターなし。

エスカレーター上りのみ。

寝てしまった子供をかかえて地下三階まで階段降りましたよ。

やっと降り立つと。

「←バスセンター前210m 大通220m→」の表示。

これ。

切れていいですよね。

タクシー会社クレーム入れてもいいですよね。何故中間地点で降ろした?

ということで。一番言いたいことは。

タクシーサッポロビールから地下鉄東西線に乗りたい場合は「バスセンター前駅。8番出口(エレベーターある)」以外信じてはいけない。

異論は認めまくる。

でも、何故タクシー運転手、寝てしまった子供を抱えてるのに、「便利だから」と力説された上でこの苦行をさせたのかと。

札幌駅送迎は宿泊所の関係で乗り換えがあるから選択肢にないです。

宿泊所までタクシー予算関係で無理です。

上西小百合ってなんでいつも殴られた顔してるの?

自分では深田恭子似だ、松たか子似だいってるけど、自分の中ではイモトクラス、つまり5段階評価で余裕の1をつけるレベルだと思っている。

まあ異論はないだろう。本人以外。

つうか、なんでいつも100発くらい殴られた顔してるんだよ??DV夫でもいるのか?

2017-09-22

日本学術会議声明新潟県への宣戦布告である

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1153261

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/mainichi.jp/articles/20170921/ddm/016/070/003000c

あとシノドスフリーライターレポートもあったが、どれも「医術と呪術混同する両論併記をやめよ」という趣旨確認できる。

林智裕についてもそうだが、「これ以上福島県の健康被害について口をはさんではならない。それは差別だ」という論旨であり、

林氏は心無い中傷県民が傷ついているという批判の中で「呪い」という言葉を使っていた。

本来は全文を読むべきだろうがまず書いておく。

壊滅的な被災のなか、復興への向けて頑張っている人が悲観的な話を聴くのがつらく、実際に精神を病むこともあるだろう。

そうした福島県民を始めとする東日本大震災被災者の皆様の気持ち自然であることは認める。

しかし、隣県の新潟県では原発事故についての検証委員会始動しだしたところである

本職が医師である米山隆一牽制する文章と言ってよい。

私自身、なぜ「子供たちの未来」云々が危険視しようが安全視しようが登場してきており、政治的支配欲が出ているようで非常に不快だし、

泥流による放射線健康被害から本来定住すべきではない場所だと言われてむっとしたこともあるが、

新潟県知事選当時、県内在住の反原発から「お前は本当に福島県民か?」というような差別発言は聞かれなかった。

インターネット上で選挙運動訴訟活動を行っていることを明記した人物限定した話ではある)

現在在日コリアン念頭外国ルーツある人物へのヘイトスピーチ違法化された。

この前例に則り、学術会議への異論福島県へのヘイトスピーチとして違法化され、

最終的には検証委員が全員逮捕されることになるだろう。

事実在日朝鮮人沖縄人への民族差別アナロジーとして、福島県民への差別説明するレトリック存在している。

このような議論被差別民族への想像力の欠如と思われるかも知れないが、対策法で最も懸念されていた問題点である

いじめ偏見等の被災者への差別は続くだろう。

しかポストコロニアル当事者性を強調することで国や東電構造責任が看過されてしまうことはないのか。

実際に被災した地域を二度と同じことを繰り返さないよう防災観点から引用検討することすら差別呪術であり、

野蛮な攻撃とすることは学問権威化であり、自由を害することである

こうした声明が突き付けられた以上、このような論理は粗雑過ぎると一県民として明白に考えざるを得ない。

過激発言を繰り返したとされる泉田裕彦知事も、

2007年中越沖地震での放射能漏れ原体験として上げられている。岩手県震災瓦礫の件はここを改めて意識してほしい。

チェルノブイリ福島第一よりも安全という発言海外への県の農産物輸出戦略の一環である

国際的観点から見て廃炉出来ていない原発チェルノブイリに比して安全だと言えるのか。

ショッキング発言だったかとは思うが、公人として県政運営のなかで必要見解だったのであり、

過激さをもって差別発言と断じることは不公平であり、思いとどまってほしかった。

(不幸にも彼は権力基盤上、排外主義扇動している自民党からしか国政候補立候補できなかった。これは彼を被災者レイシストと断ずる根拠になりうる)

私の知る限り、泉田知事被爆が疑われる人物意識的差別的な県政を行ったという情報はない。

四期目を断念した後自ら原発屋根を作った云々という恩着せがましい発言をしているが、

撤退理由であるフェリー問題は船を売りつけた韓国企業東京電力からの度重なる広告出稿を受けた新潟日報と結託しており、

県は二度と船が取引できないと脅迫していた点もある。

そのような形で追い込まれ撤退した人物が、悪いことばかりしたわけではないという弁明はある程度必要なはずだ。

このような極めて強引なかたちで引きずり降ろされた人物に、撤退後まで完全に無難言動を求めるのは酷すぎる。

県民代表が、極めて不自然に引きずり降ろされたなか、このような声明を出すこと意味想像していただきたい。

民主政治自由言論に対する脅迫であり、圧力のものである

学会権威を持って検証委は怖気づいてはならない。

6年間の学術会議議論を覆すなら、検証委員会も相応の規模の時間人員を掛けて検証を延長すれば良い。

anond:20170922130644

それに関しては全く同意するし異論も無いが、日本全国津々浦々の難読地名を完読できるというのは最早特技の領域であって、「そうでないからといって教養が無いとは言い切れない」のではないの?

2017-09-19

憲法二条改正論

序論

安倍首相が、「2020年を新しい憲法施行される年にしたい」と憲法記念日ビデオメッセージ発言したことが、改憲論議を活発化させている。

安倍首相改憲の焦点として挙げているのは第九条だ。また、第九十六条改正して改正発議要件を緩和すべきという議論もある。しかし、第二条をめぐっては、天皇の退位の問題に関連して言及されることはあっても、改正すべきという議論は聞こえてこない。しかし、第二条ほど改正必要とする条項は他にないのではないだろうか。

日本国憲法二条は次のような条文だ。

皇位は、世襲のものであつて、国会議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。

問題は、皇位世襲のものとしている点だ。世襲制度の採用合理的か否かはケースバイケースだが、現行の天皇制世襲制度を維持することに、果たしてどんな利点があるのだろうか。むしろ弊害のほうが大きいのではないか

本稿は、皇位世襲制度は廃止すべきであるという立場から、この問題を論ずる。

日本国憲法二条問題点

日本国憲法二条が定めている皇位世襲制度には、次の二つの点で瑕疵がある。

以下、詳論する。

人権侵害

ワタミフードサービス電通ゼリア新薬ベネッセコーポレーションLDHのような、長時間労働強要洗脳退職勧奨、暴力行為といった、社員に対する人権侵害常態化している企業は、「ブラック企業」と称される。企業社員とは言えないが、天皇が置かれている境遇もまた、あたかブラック企業社員のごとく、人権侵害が甚だしい。

天皇に対する最大の人権侵害は、職務過酷さだ。天皇職務過酷だと思わない者は、所功天皇の「まつりごと」』を読むとよい。そうすれば、天皇仕事量がいかに膨大である理解できるだろう。

信教の自由を奪われていることも、天皇に対する人権侵害の一つだ。天皇信仰を許される唯一の宗教神道だ。明治維新までは仏教信仰も許されていたが、それ以降、天皇仏教帰依することは暗黙のタブーとなっている。

天皇職務過酷さも、信教の自由侵害も、その原因は世襲制度だ。天皇職務過酷であるのは、天皇という一人の人間に二人分の職務が課せられているからだ。すなわち、国家機関としての天皇が果たすべき職務と、祭祀王としての天皇が果たすべき職務は、それぞれが一人分の仕事量に相当する。天皇信教の自由侵害されているのも、天皇祭祀王を兼任しているからだ。

皇位世襲制度を廃止するということは、国家機関としての天皇と、祭祀王としての天皇との分離を意味する(後者呼称は「天皇」以外のものに改称されることが望ましい)。天皇二名に分離すれば、職務過酷さの問題も、信教の自由問題解決する。新たな制度における国家機関としての天皇は、宮中祭祀の重責から解放され、信教の自由も獲得するだろう。

余談だが、現行の天皇制において人権侵害されるのは、皇嗣として生まれてきた者のみに留まらない。その者の配偶者もまた同様だ。

皇嗣の配偶者になることは自身自由放棄することだ。誰が喜んでそんなことをするだろう。雅子さまも、本人の意思によって浩宮さまと結婚されたわけではない。Newsweek誌は雅子さまThe Reluctant Princess(不承不承のプリンセス)と呼んだが、この言葉彼女の身の上に何が起こったかを的確に表現するものだ。来る悠仁さまのお后選びでは、このような悲劇が繰り返されないことを願いたい。

天皇資質

子供は親のクローンではない。ゆえに、鳶が鷹を生むこともあれば、逆に鷹が鳶を生むこともある。世襲制度を厳格に運用した場合、もしも生まれてきた者が鳶ならば、鳶が何らかの地位継承することになるが、これは悲劇を生む蓋然性が高い。

次のような事例がある。

https://twitter.com/osakadenshi/status/863981952474300416

ウィキペディアによれば、この学校がこれまでに輩出した卒業生の数は3万人だそうだ。しかし、現状がこれだとすると、4万人に到達する日は永遠に来ないだろう。

この学校が急激に衰退した原因は、世襲制度だ。生まれてきた者が鷹ではなく鳶だった場合は、どこかから鷹を連れて来て禅譲すべきだった。世襲制度に拘泥した結果がこの悲劇だ。

現行の天皇制もまた、鳶が皇位に即く危険性と無縁ではない。皇位世襲制度に固執し続けるならば、日本はいつか、鳶が天皇即位する日を迎えるだろう。天皇庶民の前に姿を見せる必要がなかった時代においては、鳶であろうと雀であろうと問題はなかったかもしれないが、象徴天皇制における天皇が鳶に務まるかどうかは心もとない。

皇室血統伝統いかに維持するか

皇位世襲制度を廃止すべきという主張に対して、おそらく保守派の人々は、「万世一系血統」乃至「皇室伝統」というような議論を持ち出すだろう。しかし、国家制度において血統伝統を維持することにはいかなる合理的必要性もない。さらに、皇室伝統には宮中祭祀という宗教的活動が含まれているが、これは憲法第二十条規定される政教分離抵触しているおそれがある。

おそらく日本国民の大多数は、皇室保有している血統伝統はいかなる価値もないという主張には賛同しないだろう。ゆえに、それを維持すべきであるという主張にも一定合理性がある。しかし、何らかの組織血統伝統を維持するために、それが国家機関であることを必要とするだろうか。血統伝統を維持している民間組織枚挙に遑がない。

皇位世襲制度を廃止するということは、国家機関としての天皇と、祭祀王としての天皇との分離を意味する」と上で述べたが、それらが分離されたとき、それと同時に皇室民営化されるべきだ。そうすれば、憲法第二十条抵触することな宮中祭祀を維持することができる。

世襲制度に代わる制度

本稿の目的は、皇位世襲制度は廃止すべきだと主張することであり、それに代わる制度について述べることは本稿の目的ではない。しかし、世襲制度に代わる制度について、付論として筆者の見解を述べておきたい。

世襲制度に代わる制度としては、公選制度が望ましいとする意見が出されることが予想される。しかし筆者は、皇位公選制度には反対だ。その理由は、天皇の人選には反知性主義的な見解が反映されるべきではないと考えるからだ。天皇は、今上陛下がそうであるごとく、正しい歴史認識を持つ者でなければならないが、公選制度によって選出された天皇がその条件を満たすとは考え難い。

世襲制度に代わる制度設計する上で参考となるのは、元号の選定の制度だ。なぜなら、元号の選定もまた、反知性主義的な見解を避けなければならない制度の一つだからだ。元号は、漢文学国文学関連の有識者候補を考案することになっていて、決して一般公募ではない。しかし、これに対する異論寡聞にして知らない。大多数の国民DQN元号キラキラ元号を望んでいないからだろう。

結論

日本国憲法二条規定する皇位世襲制度は、人権侵害及び天皇資質に関する懸念があり、廃止すべきだ。

そして、憲法第二十条規定する政教分離抵触することを避けるため、宮中祭祀実施する主体である皇室民営化すべきだ。

2017-09-18

ホワイト企業ブラック企業を作る

私は運輸系の企業で働いている。

運輸系というと昨今のトラック運転手や船員の高齢化人手不足問題

残業未払い、休みの少なさ、過剰な労働時間という話題には事欠かない業界だ。

そんなななかで私の勤めるこの会社は定時で帰れて有給ボーナスもしっかりでる俗に言うホワイト企業である

だがしかし、当社のホワイト環境というもの下請け企業ブラック労働によって成し遂げられているのだ。

具体的に言うと当社は元請けという立場であり自分で運ぶことももちろんするが

そこからさら下請け企業仕事を割り振り手数料を頂いて利益を得ている。

ここまではいいのだがその金額がかなりえげつない

なぜかというと詳しくは言わないが下請け企業は我が社から仕事がないと立ち行かないし

荷物を受注先を開拓する体力もなく立場が非常に弱いのである

それを良いことに必要最低限の運転資金がなんとか残る具合で調整し残りを当社が搾り取っているわけだ。

こんなことが許されるのかと若手の社員から異論があるが現在の良好な福利厚生給与は全てこれで成り立っているのだから表立っては誰も言えない。

これから何かが起きそうな気もするがその時が起こるまで当社はこの搾取体質をやめはしないだろう。

よくブラック企業自助努力やそれが出来ないなら潰すことを是とする意見があるが

このような下を犠牲にする企業存在する限りブラック企業はなくなることはないと思う。

なぜなら弱みのある立場のある企業は無数にありビジネスにおいて上下関係存在する限り同じ構図が無限に生み出されるからだ。

ブラック企業問題に詳しい人達はこの現状についてどう考え、どうするべきと思いますか?

2017-09-17

anond:20170916225832

からあれだが

「俺の案よりもっと正しい奴がいるか?いない。ならば俺の案は正しい」という、詭弁にも近い対偶をして正当化したいだけなんよ。

ましてや、アイツらは金かけてネット対策組織作ってる。

きみの意見がわかりにくいのではない。始めっから、上の怪しい対偶をして、自分正当化したいだけなんだわ。

それに対抗する意見が出ないのも問題だが、供託金で、大企業富裕層のバックか、宗教か、共産党しかなくなってしまたからね。

まあ、それでも異論言うことに意味はあると思うよ。それに加えて、組織的自己正当化のための組織を有していることも頭の隅に置いとくだけでいい。

その上で、聞かないかもしれないことを意識して行く。そして、引きどころもわきまえる経験を積んでいけばいい。

でないと、ネット対策組織独裁しかなくなる。

あえて言うなら、もっと短くな。ある程度短くないと意見はつうじない。

2017-09-15

映画ワンダーウーマンを見た

ワンダーウーマン」を見たので感想。と言うか考えたこととかのメモネタバレ気にしてないのでそういうの嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので、見た人向けだと思いますフェミの話とかも出てくるんでそういうの苦手な人も回避でよろしくっす。

総評

まず最初に、「ワンダーウーマン」、個人的にはそんなに評価高くない。少なくとも世間で(特に欧米で)いうほど大絶賛、大感動をすることはできなかった。これは映画を見終わったあとのファーストインプレッション

しかしじゃあ評価低いのかというとそんなこともない。

「1800円という価格&2時間という投資に見合った体験できるのか?」という視点で自問したところ、その答えは「100点」なのだ。十分高評価だろう。いい加減な脳みそだなあ、オレ。とも思った。

なんでこんな評価のすれ違いが発生してしまったかというと、今年見たアメコミ映画の先行2本、すなわち「レゴバットマン ザ・ムービー」と「スパイダーマン:ホームカミング」の評価が高すぎた、というのが原因であるらしい。前出の基準で言うと、「レゴバットマン」も「スパイダーマン ホームカミング」も200点くらいの評価なので、「ワンダーウーマン」はタイミング的に損をしてしまったのかもしれない。これが「ドクター・ストレンジ」のあとだったら感激できてたのに。

「100点である理由」としては大きく2つ。

まず「予告編で期待される要素が全て入っている」。無垢主人公ダイアナの島での生活スティーブとの出会い、「外の世界」への出発、人間社会との交流、第一次世界大戦の泥臭い戦争描写、圧倒的な戦闘シーン、ど派手なCGバトル。主人公ダイアナの衣装替えもアマゾン戦闘服マント姿→1910年代のヴィクトリアンはいったロンドンファッション→鮮やかな青のナイトドレス神の子戦闘服と飽きさせない。

そして「アメコミ映画ありがちなダメダメ要素を極力入れないようにしてある」。とくに3点「主人公の不幸描写に力点をおいたヒーロー誕生秘話」「クリフハンガーの繰り返しによるピンチ感の陳腐化」「取ってつけたような絶対悪敵役」の排除には成功している。そういう意味では、既存作品の悪いところがよく研究されているのだ。これは簡単なことじゃない(アメコミ映画はこの3つの罠によくハマるのだ)。

要約すると、よくできている。期待通りの作品だ。

一方で「100点でしかない理由」としては「取ってつけたような批判回避策」、「人物描写の底の浅さ」だろうか。

主人公ダイアナスティーブ自分たちの定めた使命を果たすためにチームを結成して第一次対戦の最前線に向かうのだが、そのチームは「絶海の孤島で育った主人公の女戦士ダイアナ」「イギリス軍諜報部に協力中のアメリカ外征軍大尉スティーブ」の2名を中心としているのだが、それ以外の参加者が3名いる。

フランス領モロッコ諜報員サミーア(おそらくイスラム系)」「ネイティブ・アメリカン密輸業者で通称酋長」「スコットランド人の酔いどれ狙撃チャーリー」この三人なかなか個性豊かで好感がもてるにはもてるのだが、「イギリスvsドイツ塹壕戦」にたいしてイギリス陣営でこれを主人公チームにするのは、いかにもPC的な取ってつけた感があった。

それを言うと映画冒頭のアマゾン族が暮らす絶海の孤島にも、白人だけじゃなく黒人アマゾンが配置されてたりして「こんな風に色のバランス取っとけばいいよね」的なそれを感じる。

この種の気遣いがあるのはもちろん良いことなのだが、それが気遣いの要素を超えていない、多様性テーマに対して踏み込んでないという部分があったせいで、浮いて見えてしまっている。またそれに対応するドイツ軍が通り一辺倒な描写で(つまりは白人集団なので)片手落ちに見えてしまう(ドイツ下げをしたかったわけじゃないだろうに)のも気にかかる点だった。

総じてエンタメ作品として秀作ではあるけれど、秀作止まりというのが個人的評価である

無垢子供ダイアナ

たぶんこのPC的なディレクション――批判に対して自覚的で先手を打って内容を適正に作っていこう――は最近ハリウッド映画では多かれ少なかれあるのだと思う。ただ、そういう制約(どういってもある種の制約ではあるだろう)を逆手に取って笑いやネタにしたり(デッドプールにおける「女性も男同様にブン殴ったほうが公平じゃない?」)、むしろそこに正面から踏み込んでえぐり出す(スパーダーマン:ホームカミングの敵役ヴァルチャーはいま注目されている「見捨てられた白人労働者」)のにくらべ、ワンダーウーマンのそれは踏み込みが浅くどうしても「そういうルールなので設置しました」感が出てしまっている。

重ねていうけれど、これは減点部分だという話ではなく、加点はなかったという話だ。

おそらく「ワンダーウーマン」という作品――つまり女性戦場に出て戦うという作品を作るにあたって、制作側は、(フェミニズムを中心に)炎上の可能性を覚悟して作ったのだと思う。だから、予め潰せる問題点は潰しておいた。

それは主人公ダイアナの人物設定にも反映されていて、彼女美女で、アマゾン族の王女で、めっちゃ強い。すごい跳躍力や筋力を持ってるし、噛み殺しの特殊能力を持つスーパーゴリラだ。だが多分そのままだと脳筋批判も巻き起こすだろうから、島で英才教育を受けてた設定になっている。作中でも数百の言語を操り、古典に詳しく、第一次世界大戦当時の最先端化学式を読み取るなど知能面でも卓越している。(第一次世界大戦当時の)女性だからといって馬鹿ではないのだ!

しかし、だからこそというか、逆説的にというか、なんだかすごく残念な人物描写になってしまっている。

彼女世間から隔絶された島で育ったので無垢だ……という設定なので、物語終盤になるまで「人間は悪神アレス洗脳されているせいで地獄のような戦争をしているのだ。悪神アレスさえ倒せば人間は正義と慈悲に立ち返り戦争は即座に終わる」と信じ込んでいる。ここは物語のテーマなので、外せない重要な要素だ。

それはそうで、重要に間違いはないのだが、それってどうなのだろう。

言語というのは必ずその文化を含んでいる。外語を学んだことがある人ならわかると思うけれど、外語を学ぶというのはその言語を操る民族や地域文化を学ぶということをニアリーイコールだ。文化も歴史も言語には含まれているからで、そこに理解無くしては言語の意味を理解するなんてできない。ましてや古典まで学んだダイアナが、人間の持つ二面性や、善悪といった内面を「全く理解してない」なんてのはありうるんだろうか? いやまあそこが物語のキーなわけだから、理解していないということにしないといけないのはわかるのだが、そういう描写にしてしまったせいで作品は別のメッセージを持ってしまった。

すなわち「知識も教育も倫理や人間について理解の助けには全くならない。世界を良くするという意味では、教育は全く無意味である」というメッセージだ。多分これは随分うがった見方だろうし、制作側はそんなメッセージを発信するつもりはないだろう。けれど、物語上ここでねじれが生じているために、そう取られかねない「隙き」が生じてしまっている。批判される要素をなくそうと頑張っていた制作陣が、塞げなかった穴に見えてしまうのだ。こういうねじれが、どうも彼女をそこの浅い子供に見せてしまっている。

ワンダーウーマン」は「(邦画では珍しくもないが)戦う女性主人公」「女性が監督した初めての大手スタジオによるスーパーヒーロー映画」という点で、フェミニズム界隈から賞賛を受けた。

けれど、個人的にはダイアナ女性ではないのだと思う。すくなくとも、フェミニズムが想定するような「解放されるべき女性」ではまだなくて、子供なのだ。まだ思春期すら迎えていないような子供で、世界に対して良く言えば無垢だし、シニカルに言えば無知無責任だ。

ダイアナに強い好感を覚えられなかったのがこの映画評価に加点が少ない理由だと、整理した今なら自覚できる。

善き大人スティーブ

多分、自分にとって不幸だったのはこの部分で、それは「ワンダーウーマン」を観るまえに「ウーマンリブ的な文脈でフェミニスト絶賛」みたいな評価を知ってしまった点だ。「そういうつもり」で見てしまったせいで捻じれが目についてしまった。

しかし、見終わったあとに思い返してみると、魅力的な部分がいくつもある映画だ。その最大のものアメリカ外征軍大尉のスティーブトレバである

彼はドイツ軍スパイした結果恐るべき毒ガス計画を知り、逃亡の最中に絶海の孤島アマゾン島に漂着し、主人公ダイアナを「外の世界」に連れ出す役目をする。無垢美女ダイアナエスコート役であり物語最終局面まで彼女を支えて導き続ける。

ぶっちゃけ、序盤はただのイケメン俳優だと思っていた。

いやイケメンなのは最終盤まで変わらないけど。

ヌードシーンがあったりもするので、女性向けの眼福要素も担当させられたイケメン俳優だと思っていたのだ。二回もイケメンって言ってしまったよ。

彼は優秀な軍人でありパイロットなのだが当然人間なので、スーパーヒーロー神の子であるダイアナに比べたら喧嘩においてはまったく弱い(軍人として適正に強くはあると思う)。おまけに非文明圏であるアマゾン島では虜囚に近い扱いも受けていたし、さらにいえば彼はアメリカ軍大尉であり、物語中盤の舞台イギリス(&イギリス議会イギリス軍)では大きな権力を持っているわけでもない。上司に対しては愛想笑いを浮かべたり、自分意見をひっこめたりもする。

物語中盤、未知の世界である外界に出たダイアナは完全にお上りさん状態であり、大都会ロンドンにおいて常識を知らないことから、スティーヴに迷惑をかける。それにたいしてスティーブはなだめたり、すかしたりしてダイアナに行動を抑制しようとする(そして失敗する)。スティーブダイアナに「外の世界常識や考え」を事細かに説明して理解を得ようとはせず、断念する。命の恩人ではあるし天下無双の戦闘能力を持ってはいるけれど、「面倒くさい子供」でしかないダイアナに呆れているように見えることもある。

こうやって説明すると際立つけれど、スティーブイケメンが売りなだけのダイアナの介添に見えていた。

しかし、上映後に振り返ってみるとこの映画の中心はスティーブだと思う。

ド派手なCGバトルアクションとか、世間フェミ的な評価を全部取っ払って、個人的に「ワンダーウーマン」の感想を述べるならば、「ワンダーウーマンスティーブ映画なのだ

全般的に人物の内面描写が浅いきらいのあるこの映画だが、スティーブに関しては脚本も俳優も素晴らしい仕事をしている。

彼は心の中にロールを持っている男だ。それは「善き男」であり「善き大人」であり、おそらくだけど「善きアメリカ人」であり「善き隣人」だ。彼はそういうふうに生きたいのだ。正しさや信念というよりも、自分の中に理想像ロールモデルがあると表現したほうがしっくりくるのがスティーブである

彼が軍に身を投じたのは、混迷続く世界情勢の中で、善きアメリカ人として社会に奉仕しようとした時、そのモデルが軍人だったかである。今の価値観で言えばもちろん異論はたくさんあるだろうけれど、その当時の常識で言えばそれは愛国心であったし、善き市民の善き行動だった。

ドイツ軍に密偵した結果、彼は恐るべきマスタードガスの開発と、それが講和間近のイギリス軍へ向けられていることを知ってしまう。彼はこの情報を持ち帰るために命を捨てるような危険を犯す。それもまた、彼の中にある「それが善き男の行動」だからだ。

その過程ダイアナに命を救われ、彼女の「外の世界戦争を止めたい」という希望を叶えるためにも、一緒にイギリスまで情報を持ち帰ることにする。

しかし、イギリスにそれを報告したが、結果ははかばかしくない。講和が間近に迫ったイギリス軍は、ドイツ軍(の一部)に災厄的な行動があったとしても全面攻勢には移りたくない。スティーブ情報事実上握りつぶされる。

彼はここで彼自身の行動規範である「善き人」を曲げられる。軍の階級差という世俗の権力構造のせいで、彼がすべきだと信じる行為を行うことができない。

講和のためとは言え、前線舞台をマスタードガスの脅威の前に放り出してよいのか? 良いはずはないが、議会や政府の決定に従うのも「善き国民」の義務ではあるのだ。

でも隣には精神的に子供ダイアナがいて「ねえなんでなんで? なんで正義しないの? まさかここでやめるわけ? 処す? 処そうか?」という視線で見てくる。彼は、その結果、軍の命令を無視して、私費で(というかボランティアのつもりだった?)傭兵を雇い前線に向かう決意をする。彼は心の中にある「善き人」の指し示すところに従ったのだ。ダイアナがあんまりにも無垢なので引っ込みがつかなくなったという側面があったにせよ。

前線に向かい、血みどろの後背地を抜けて塹壕にたどり着き、取り残された村をダイアナ神話的な能力にも助けられて開放して、ダイアナスティーブの関係は接近する。男女間の性愛的な意味での愛情もあったような描写だったけれど、個人的にはスティーブ父性も強く感じた。その父性というのは、子供しかないダイアナに「善き大人」を見せるというものだ。戦争なんて醜悪なものなのだけれど、それだけではないということ、世界には「善き隣人」の「善き努力」もあるということを示したかったように見えた。孤島から世界に連れ出した人間として、世界に失望してほしくなかったのかもしれない。

終盤。マスタードガスの大量生産はすでに完了しており、その暴挙を止めるために一行は秘密基地に忍び込む。ダイアナはその中で、アレス化身だと思われるドイツ軍ルーデンドルフ総監を倒すことに成功する。ダイアナは「これで悪神アレス洗脳は溶けて戦争は終了する!」と歓喜するが、兵士たちは戦闘をやめない。殺戮の準備を辞めない兵士ダイアナパニック状態になる。ダイアナにとっては今まで信じてきた世界観が崩れ去った瞬間なのだ

そのダイアナに向かって、スティーブは今まで何度も説明しようとしてしきれなかったことを告げることになる。

それは「この戦争は人間が開始して人間が拡大させたものなんだ。神はいない。僕たちの責任だ」ということだ。その告白はとても辛い。「善き男」として生きたかったスティーブは、まったく「善き男」ではなかった。戦争をしちゃってるのだから極悪人なのだしかし、スティーブは「この戦争は僕達の罪なのだ」ということを認める。なぜなら、戦争の責任を誰かに転嫁するのは、戦争を始めるよりも更に恥ずべきことだからだ。「善き男」として彼は、世界の醜さの責任を取らなければいけないと決意する。

スティーブダイアナの間にあったものは多分とても複雑で、男女でもあったし、父と娘でもあったと思う。でもその一部には神と人間というものもあった。

彼女の戦闘能力があまりにも隔絶してたかスティーブもその視点を持たざるを得なかったのだろう。

ダイアナの考えは「神が神の邪悪を振りまいたせいで人間が迷惑をしている」から「神の使命を持つ私が人間を救う」というものなわけだけれど、スティーブはこれに「善き人間」としてノーを叩きつける。ダイアナの考えはある種のパターナリズムだが、スティーブの答えはそこからの脱却だった。

神々の戦いは神々であるアレスゼウスの娘ダイアナが決着をつけるだろうし、人間であるスティーブは戦闘能力の関係上そこには関与することができない。しかし人間の始めた戦争であり、人間の悪意であるマスタードガスは人間であるスティーブが止めなければならない。筋としてそれが正しい。

ダイアナの戦闘能力やスティーブたちの状況を考え合わせると、彼らはここで戦闘を放棄すれば逃げて安全に暮らすことは十分に可能だったように見える。その場合はもちろんマスタードガスで前線の部隊は凄惨なことになるのだけれど、倫理的に考えてスティーブが彼らを救う(その結果命を落とす)絶対的な義務があったわけではない。戦争の悲惨すべてを、個人であるスティーブが背負う必要はないからだ。

スティーブが命をかけた動機として、父(先行者)として娘(後続)に「この醜悪な外の世界にも善はあるのだ」という事を示したかったのか、人間として神に「あなただけにすべてを背負わせない。人間は弱いけれどそれでも自分たちのしでかした行為の責任は取る」ということを示したかったのか、それとも男として女に「俺も戦う」といいたかったのか、それはわからない(そこが返ってスティーブという男のテーマとしてよかったと思う。彼の愛情には名前がつけられない)。

けれど、スティーブは「自分の戦い」として今まさに離陸していこうとする毒ガス満載の爆撃機を止めるために飛び出す。そして乗り込み、爆弾を抱えて、前線を救って、結果としてダイアナを残して死ぬ。

こうやって思い直してみると、中盤、ロンドンの街で常識知らずにうろつくダイアナに手を焼いていたのも、「善き大人」として子育てに苦労してたんだなあ、と思える。

スティーブは大尉だからおそらくエリートなんだろうけれど、まだ若いし、それ以前にすべての人間がそうであるように、不完全で未熟だ。しかしそうであるからこそ、彼には「こんな存在でありたい」という理想像があった。そして常にそうであろうと、努力していた。都会ではトラブルメーカーダイアナを「善き保護者」として(オロオロしつつも新米父親のように)導こうと思ってたし、最前線では「善き戦友」として肩を並べて戦った。戦火から救い出した村でチャーリーが歌ったときは「善き男」としてダイアナを熱っぽく見つめた。彼は最終的に、「惚れた美人との安全な生活」よりも自らの役割を優先した。自分自身の信じる正しさに殉じた。それは「善き人間」として神の前に立った時、他の誰でもなく自分が、人間すべての代表として神に「人間の誠実」を見せるべきだと思ったからだ。

それは上野千鶴子あたりの言葉を借りると「男性の安っぽいヒロイズム」であり「戦争に興ずる幼児性」なのかもしれないけれど、物語としてみるとスティーブの人物描写はこの映画の中で一番複雑で深みがあった。魅力的だった。

そんなことを考えると、「ワンダーウーマン」はウーマンリブ的な価値観映画というよりも、男性的な価値観の、そして「神(あるいは超越的な力を持つスーパーヒーロー)の前に立った『善き人間』の覚悟と誠意」の映画だと思う。そして、そこがこの映画の美点だと思える。

2017-09-13

現代のくだらない主張

最近ネットを見ているとくだらない意見を見かけることがある。(最近ネット限らず以前から一部では根強い意見かもしれません)

 

 よくある例としては

 「~(個人)は、社会に何の貢献をしてくれるのか」




そもそも個人社会に対して何かをしなければならないわけではない。

最も社会個人に対して何をしてくれるのかを求めてはいけない。







くだらない主張は無くしてしていきましょう。

現実から乖離した精神論など以ての外です。

道徳教育廃止しましょう。

異論あればどうぞ

2017-09-12

日本三大一刻も早く続きが読みたい漫画 2017年9月

響 ~小説家になる方法

BLUE GIANT SUPREME

進撃の巨人

 

次点

ザ・ファブル

 

異論は認めなくもない

2017-09-10

日本三大マクロスちょっと考えてから本文を読んでね❤)

初代 マクロスと言えばマクロストートロジー

マクロスゼロ 2人の歌姫・2人の男・最強の敵・人類の意地 これぞマクロス

マクロス7 歌で異文化コミュニケーションするという概念極北

流石に異論はないと思う

2017-09-07

へそ曲がりオタクの居場所

自分ネットに入り浸ってオタク談議をするようになって、もう15年くらい経つわけだが、最近ネット自分のようなへそ曲がりにとっては、あまり居心地のいい場所ではなくなってきたように思う。

例えばアニメ特撮漫画の話にしても、昔のネットは通り一遍雑誌テレビ受け売りのような論評ばかりではなく、

「この作品は名作と言われているが、本当に名作か?駄作と言われているが、本当に駄作か?」

「今、世間じゃこの作品がすごく流行っているらしいけど、どうも俺には合わないなぁ」

「この作り手は深いテーマを描き続けた偉大なクリエーター評価されているが、そうかね。俺はそこまで素晴らしい作品ばかりとは思わないし、かなり問題も多かったと思うがねぇ」

という意見も割と見かけたものだった。

その中には共感をおぼえるものも少なくなかったし、時にはそれこそ雑誌テレビではまずお目にかかれないような、深く感銘を受ける意見出会うことも度々あった。

それがここ5、6年くらいだろうか、いつ来てみても、2chTwitterも他のSNSブログサイトも、

「名作と言ったら名作なんだよ、異論は認めん。やいやい文句をつける奴はバカだ」

「お前は偉大な大御所の○○先生ケチをつけるのか?!上っ面しか見ていないくせにわきまえろ」

という空気支配的になっていった。

そして気づけば文字通り薄っぺらな、何処かから拾ってきたような通り一遍評価しか見られなくなった。

近年の作品はまだ評価が固まっていないせいか、それほどでもないのだが、90年代以前のもの特に昭和の名作と呼ばれるような作品や作り手になると、もうどうしようもない。

もちろん、じゃあ昔のネットはそこまで風通しが良かったか?と言えば、別にそんなことはない。

昔でも基本的には誰かの受け売りのような評価の方が多かったし、自分のようなへそ曲がりオタクにそこまで居場所があったわけではないのだが・・・

今は少数どころかほとんど絶無になってしまったし、意見を表明できる場もそんなにない、無理矢理主張したところで誰から同意してもらえず、逆にフルボッコされて終わり、というのが当たり前になってしまったようだ。

2017-09-01

https://anond.hatelabo.jp/20170901142839

なにかと発達障害理由にするのはどうかということを書いているのだが。

君は何か意味の取り違いをしていないか

それだけ食って掛かるということは君もまた発達障害当事者なのかい

発達障害代表なのか?

代表なんてどこにもかいていない、が君はそう受け取った。

まり代表気取りが気に入らない、つまり私もまた当事者からとでもいいたいのか?

発達障害である可能性を殊更指摘することが合理的とは思わないが

ここは私も同意見、というよりそれを書いたわけだが。

あんたの言ってることも全然説得力がない。

私はあなたや他この記事を見ている第三者説得力を持たせるつもりも何もないが。

思ったことをただ書いただけなのに、説得されてると感じてしまあなた不思議に思える。

前述した「あんたは発達障害代表なのか?」に通じるところがあるとみたね。

もしかして「俺こそが代表者異論は認めない」とでも述べたいのだろうか?

ASD空気を読まないんじゃなくて読めない。

発達障害という大きなくくりであるからしてそういう人もいるかもしれないが、

完全に空気を読めないのか、半ば読めないのか、若干読めないのか等での違いでも

すべてASD発達障害として組み込まれるんだよ。

君の意見しているように1通りじゃないということだね。

また、読めないつまり結果として読まないともいえる。

よって読まないんじゃなくて読めないという発言にも齟齬があるよ。

>読まないんだったらただの人格障害じゃねーか。

とも限らない。

おやおや、私は発達障害だけど君もも発達障害とするならば

言語性にとても大きな隔たりがあるね。難しいものだね。

なお私は言語性<動作性の方がたか発達障害言語に対してはとても苦手意識があるのだけれど、

それでもこうやって渡り合えるってことはそれほど私の言語性は低くはないのかもしれないね

満足です。

田舎の)フリーランスプログラマに送る、ヤバい地雷クライアント

ヤバいといっても、見た目の特徴のことじゃない。

普通の見た目なのに、「なんでこんな人が社会で生きていけるの?」という人は確実にいる。

そんな人がクライアントになることはある。絶対に避けられないし、事前には見抜けない。

そして、人は慣れる。

慣れたときに「あなたを大切にしない人のことを、大切にする必要はない」といわれても、判断するのは難しい。

そこでチェックリストを用意した。

以下のチェックリストに3つ以上当てはまったら、次の仕事は断った方がいいだろう。


いくつかわかりにくい箇所があるので説明しよう。

"相場を知らない"、"値切られた"あたりは論外なので説明しない。

仕事を頼まれる前に値切られたことがあり、値切り前の相場が半値だった、という地獄のケースもある。

あなた地方在住の普通フリーランスプログラマなら、4500円/時×あなた地元最低賃金 / 東京都最低賃金相場だ。)

"昔プログラマ/Webデザイナーなどだった"は異論があると思う。私がいいたいことは、半可通はヤバいということだ。

とにかく意味のないところにこだわって、その割に品質が低いので「これ私が作りました」と言いづらい。

それに、勝手に社内で仕様を決められていたこともあった。

"契約書がない"、"仕事の進め方が決まっていない"あたりも論外だ。

ただし、社内にIT担当者がいないのでIT仕事の進め方がわからない、といった場合は別だ。

(なお契約書がない場合契約書を作っても契約内容を守らない輩が多い。)

"締め切りがない"というのは、請負なのに事前に見積もりできない案件だ。

「何を作るのか決まっていないが、金額は固定で最終的な納期ASAPで」という案件は実際にある。

こんな仕事を知人だからというだけで請けてしまったら、次からは断ろう。

"仕様がよく変わる"は悪いこととは限らない。そのたびにお金がもらえるのなら。

もし「仕様が変わったので直してほしい」と言われたら、「いくら出す?」と聞こう。そして、メールや音声は証拠としてとっておこう。

——これは最悪なケースだが——過去クライアントの社内メールシステムでやりとりしていたら、プロジェクト終了時にアカウントごと消された例があるのでNDAに気をつけつつ証拠はとってほしい。

"顧客第一主義"というのは、顧客に振り回されてあなたの都合を大切にしない主義のことだ。

顧客と折衝できない担当者は、あなたとも折衝できない。

ましてフリーランスなのだからスケジュールを押さえずに「ちょっと待って」を繰り返されたら、他の仕事もとりづらくなる。

"誤字脱字が多い"も、相手あなたを大切にしていないポイントだ。

他にも"収入印紙を2枚とも買いに行かせる"、"レベニューシェアを持ちかけられる"、"常に電話で返信される"、

"返信に3日以上かかる"、"仕様追加をバグ修正といって無料で済まそうとする"などがある。

説明は以上だ。

ところでこれは、WEB+DB PRESS Vol.100の"あのとき自分へ"へのリスペクトだ。

文中の「あなた」は5年前の私のことだ。

タイトルに(田舎で)と入れたのは、関東田舎起業した自分最初出会ったのがこのタイプの人だから

業界は狭いし信用は大切だから、請けた仕事は完遂する。

でも続けるかどうかは、あなたが選べる。相性が悪ければ、穏やかに断ろう。

この文章関東田舎にいた5年前の自分と、中部地方田舎にいる知人のフリーランスプログラマーに送る。

お前は他人を大切にしすぎるから自分という他人も大切にしてくれ。

(あと遠慮してないで、仕事くださいって言え。)

おっさん自分を大切にしたので8月は全休してイカのゲームやってました 🦑)

体罰について

ジャズミュージシャン日野某が中学生コンサート中にビンタした。

たまたま著名人が起こしただけでこういった体罰問題になることは平成の世になってからでも星の数ほど起こっている。

法律的にも社会コンセンサスでもアウトである事は分かり切っているはずなのに減ってはいるが無くなる気配は無い。

西洋社会では体罰絶対悪であり行えば壮絶なリンチすら受ける。

現代日本は間違いなく西洋社会だ。

憲法からしてそうだし殆ど全ての枠組みは西洋社会模倣だ。

西洋人は知に優れ世間知を尊ぶ社会を作った。知に優れるからそのような社会的には理性に頼らないルール必要な事を理解実践している。

エコーチャンバーのような問題はまさに現代西洋社会象徴している。

世間知の世間範囲個人社会的地位により個別隔離された結果で世間知が尊ばれている証左だ。

日本西洋社会を模しているはずだから体罰を行なえば悪であり社会的制裁を受けるはずだ。

しか日野氏の件にしても同様の理由体罰を行なった件にしても世間絶対悪である認識は無い。

私も絶対悪だとは言い切れないし体罰についての議論は紛糾するのが事実だ。

自分だって音楽プロなら客前でふざけてる中学生のガキをどつきたい。

何故現在体罰を行うものがいなくならないのか?

人は言うだろう、昭和の悪習・戦前の慣習であると。

私も異論は無いし世間コンセンサスだろう。

戦前日本は全てが知に基づいた社会ではなかったのだ。情に基づく美しさを範とした江戸時代の慣習も当然残していたし現代も消えていないのが今も体罰が行われる証左だ。

大岡裁き現代でもそこにある情の美しさは否定出来ない。現代日本社会問題のほぼ全てが知で規定されるべきルールを情や儒が侵犯した結果だ。

日本方針は今もこれから日本的な僅かな良いものを部分残してあとは西洋模倣します、といったもののはずだ。

政府首脳関係者日本会議とかそっち系グループ所属しそういった活動を行なっていると聞く。

なんか言葉にするとみっともないし本当にそんな事が可能なのだろうか?

過去社会の要素は密接に絡みついているはずだ。

こんな奇形的な社会構造自身障害でこれからも苦しむはずだし国際社会で不具者扱いされたままな予感しかしない。

2017-08-29

既出だと思うけど。

北朝鮮挑発行為を機会に憲法改正について、議論する良い機会だと思う。

もう、右も左も関係ないよな。

のんびり、平和憲法が−、九条がーとは言えない。

誰が首相であっても、非常事態には国連の決議に異論を挟む国とは、武力をちらつかせながら、

行動を改めてもらうしか無いよな。。

  

2017-08-28

ネタバレ注意)打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?

https://anond.hatelabo.jp/20170827163748

アニメではそのタイムリープを全く別の意味で使っています

〉行動を変えれば、運命は変えられる

〉凝り固まった考え方では運命は変えられない。花火は平面の場合もあれば、丸い場合もある。

〉のような、能動的なメッセージを伝えようとしているあたりが違うところですね。

この記述には私的には異論ありです。

作品では、遡りを繰り返すたびに世界が変形し(変化ではなく)、事実が歪められていっている。

その状況を、しかも決して肯定的に描いているように見えなかった。

(口にすれば陳腐だが、儚い夢を経て現実に帰る物語のように見える)

そのことからして、「行動を変えれば運命は変えられる」なんて強権的なポジティブさよりも、むしろ人生、どんな状況であれ選んだ場所真実。腹を決めてその状況を生きろ」という明るい諦念を自分は読み取った。

ロスジェネ壮年を、バブル世代中年をもがきながら手探りで生きているなかで、過ぎていく人生の夏を惜しむ気配も感じた。

そのあたりは、製作自身感情も反映しているのではと想像するし、作品選びからして、壮年中年の心の琴線に触れたいという意思を感じた。

からブコメの「キモくて金の無いおっさん向け」というコメントは、案外良い筋だと思っている。

まあ見方は人それぞれ。どれが正しいとかは無いのだけれど。

(追記)

whkrさん

誤読すまない、お恥ずかしい限り。

ただ、根底の主張は似たものを共有しているように思えて、何気に嬉しい。

コメントありがとう

2017-08-22

https://anond.hatelabo.jp/20170822185034

どこでトレードオフをするのかの考え方の違いだな。

全ての犯罪は根絶できないが、予防できるものは当然予防した方がいい。

予防に張り切った結果、無条件で投獄されました。もしこれだったら俺も警察には異論の声をあげるさ。

けれども、予防に張り切って、職質を拒否した一般市民と1時間半ほど話をして最終的にカバンの中身を手触りで確認しました。だったら俺は十分許容範囲。なぜなら、犯罪が起こったらもっと悲惨なことが起こるから

自分が職質される側になっても納得する。実際職質されたことあるけど拒否ったことなんかないし。

https://anond.hatelabo.jp/20170822174444

>というか、もしも「怪しい人物手荷物検査を求めたのに応じられなかったか解放した。しかし、その手荷物には爆弾が入っており無辜市民殺害された」みたいな事件が起きた時、「手荷物検査任意なので拒否られたら仕方がない」とかそれご遺族の前で言えんの?と思うわ。

もちろん言えるよ。

正しさで人の心を踏みにじれる奴は嫌いだわ。正しければ正しいって顔をしている傲慢さはヘドが出る。まぁ、これは個人的気持ち問題でもう話とは関係いか無視してくれ。

もし「拒否されても強制的荷物検査できたほうが国民利益になる」というなら、

なぜ法律がそうなっていないのかを考えたほうがいい。

法はそうなっていないがそれだと足りないから受忍義務という解釈があるんじゃね?

きっと法をそうしていないで解釈という恣意的運用をしているのを叩くだろう。しかし俺自身解釈による弾力的な運用ができないルールには意味がないと思う立場だ。この件の前からずっとな。ルールで全てのパターン網羅しきれる完全さが人間にあるのか?というと、そんなことはない。それが理想だということはわかるからそれを目指すことに異論はないが、しかしその理想に囚われて現実無視するのはアホだとしか思わん。

から

しろその場の感情次第で法律いくらでも無視していい

とまでは言わんが、しかし法を守ることが最初に来てしまってそれで人間を守れない方がよっぽど怖い。

人間は法のためにあるんじゃないんだ。人間を守るために法がある。そして法は不完全だから、法を守れば人間が守れる、という命題は真じゃない。

次の反論はこの点を理解してからどうぞ。

生徒の成績に1をつけたことがある

https://anond.hatelabo.jp/20170821045503

中学校で5教科の1つを担当していた。成績は4つの観点評価(「関心・意欲・態度」「知識理解」「技能」「思考判断」をそれぞれA~Cで評価)によって定める教科だった。AAABなら5、AABBなら4、…、CCCBなら2、CCCCなら1といった具合に。
知識理解」以降はテストにより決まる。提出物や授業姿勢、教え合いで決まるのが「関心・意欲・態度」だった。

転任してきて最初の1学期、あるクラスで私は二人に1をつけた。エスケープもしない、毎回授業に出ていた生徒だった。でも勉強はできない。放課後に補習の機会を何度となく設けたけれど、テストの点数ははかばかしいものではなかった。「関心・意欲・態度」でCをつければ1になる。提出物も教え合いも評価できなかった。残るは授業姿勢。静かな二人だった。しかし、当てても答えがなく、机に突っ伏してしまときも珍しくない二人にうんざりしていた私は「C」をつけた。教科内で授業姿勢について議論したときも、他の教員から異論は出なかった。

終業式の日の午後、一人の保護者から問い合わせがあった。なんでうちの子が1なのか、とのことだった。翌日来校され、私は授業姿勢を記録したノートを見せた。これだけ寝ておられますので……と。寝ていたかなんて私が知るわけないのに。わからいから、私の顔を見たくないから、突っ伏していただけだろう。なのに「これだけ寝ておられますので……」と私は言った。しぶしぶながらも納得されて帰られた。もう一人の保護者は何も言ってはこなかった。

前年までの成績を確認すると、その教科で二人に1がついたことはなかった。二人はどれだけ傷ついたことだろう。あいつに1をつけられた!と今でも恨みに思っているかもしれない。それは当然のことだ。本当に申し訳なく思っている。

2017-08-20

コザクラインコ、生後5ヶ月弱の選択

コザクラインコ性別を見分けるのは困難だと言われている。

素人目にも確実なのは卵を産んだら♀で間違いない、くらいの話で。

血液採取して遺伝子検査にかける手もあるそうだが、そうでもなければ発情行動から推定するしかないのが現状。


うちの子も生後4ヶ月を過ぎたあたりから発情行動の真似事みたいな、拙いなりにそれっぽい挙動をたまに見せるようになってきた。

まず見られたのが、紙を切って背中に挿そうとする行動。

次に、背後から迫ると翼を垂直に立てる行動。

そして、丸めティッシュを見つけると不穏なステップで踏みつける行動。


紙を細長く切って背中に挿すのは巣材をこしらえて巣に持ち帰るためで、以前は♀特有の行動だといわれていた。実際には雌雄どちらも行うが、やはり♀の方が仕事は丁寧だ。うちの子は細長く切ることができず、一口フレーク状の紙片を腰に埋めようとしてポロポロこぼしている。紙を噛んでいる姿を1ヶ月近く見ているが、上達する気配がない。

背後から飼い主の手が近づくと翼を開き、姿勢を低くしておしりを上げる行動の意味は察しがつくだろう。上に♂を乗っけて交尾したい♀の行動である。ところがこの行動、たまに♂もするんだ。種を超えて夫婦愛を築くことのできるラブバード愛情においては、性別など些細な問題に過ぎないのである。うちの子は翼を開くところまでいかないが、翼を閉じたまま垂直に立てたりする。ちょっとかわいい

ティッシュを見つけると畳んで丸めてその上に乗って腰を振ってしまうのは♂の悲しい性である最後に翼を開く姿とか、まさにフィニッシュという言葉しか思い浮かばない。これは数日前に気付いたのだが、うちの子ティッシュを見つけると、独特なステップで踏み踏みするようになってしまった。腰を振るところまではしてないようだが。試しにその状態背中から迫ってみたら翼がピクッと動いた。


もしかして雌雄どっちになりたいか決めてなくて、まだ迷ってるんじゃないだろうかとすら思う。

飼い主増田おすすめとしては♂だけどな。卵産まなくてもいいし。

でも本人が♀になりたいのであれば、そこに異論はない。

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