「愚行権」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 愚行権とは

2020-04-17

愚行権を最大限、認めようとすること」

そして、その結果

社会不快になり、美しくなくなる状態に耐えること」

 

愚行権」という言葉を目にするときにいつも思うのが「誰が」その行為を「愚行」と思うの?が気になってしょうかない。

社会不快(誰にとって?)になり、美しくなくなる(誰にとって?)状態に耐える(誰が?)こと」

 

とにかく主語もっとフォーカスしてくれよ頼むよ。

2020-04-14

ブクマカリベラルじゃない

日本では一応合法ってことになってる賭博紛いの、それも搾取する側じゃなくて自由意志自分から搾取されに行ってる奴らを叩くのはリベラルでも何でもない。

他人迷惑をかけない範囲で金をドブに突っ込むのは愚行権行使しかないし、それを辞めさせるのはパターナリズムだろう。

反論しづらい他人を叩いて気持ちよくなりたいだけの下衆。

2020-03-31

anond:20200331022752

徹底的隔離だよ

チベットとか政治犯と同じ。

患者日常から無理やり引き離され刑務所みたいなとこにいれられ「完治する」まで絶対監視され自由に行動できなくされる。

コロナかもしれないけど外食いっちゃお」とか「卒業式いっちゃお」とか1ミリでも考えられないようにされる。

人民愚行権行使できないことで定評ある政府から

日本だってもしかして外人かもと思った瞬間これだ

https://twitter.com/mainichi/status/1244398920689520641

2020-02-28

他人自由不快不快で仕方ない

電車に乗って移動する。このコロナコロナ言われてる昨今で、手で覆うだけでゴホンとかますボケがいる。でもマスクがないからってこいつの外出に制限かけられるわけじゃない。売ってないしな。

店に入って飯を頼む。店員はろくすっぽ敬語ができない。できないがそもそもコイツが俺を敬ういわれがない。コイツ個人が俺に約束したわけじゃない。だいたい敬うかどうかはコイツ個人的な行為で、俺とコイツは単なる店員と単なる客で対等だ。

店内でガキどもの笑い声が耳に障る。うるせぇ。うるせぇが狭い店で雑談くらいする権利がガキどもにある。しゃべんな。

店内のBGMが気に入らない。聴いたことあるが知らん。趣味じゃない。でも俺が決められることではない。変えられるか店員にそれとなく聞いたら不思議そうな顔で無視された。外国人店員声かけしまったのと、マニュアルにないんだろう。じゃあ給料外だ。もとより昼時に俺のワガママに付き合う人件費を費やす理由はない。

駅に着く。ミイラだかなんだかわからんババアがプルプルと階段下りる。もう少し先に行けばエスカレーターがあると言うが、大丈夫だのと意味不明な返答をする。そりゃもちろんババアは俺にキチンと受け答える義務はない。俺は話しかける権利行使して、ババアは聞き流す権利行使した。なにもない。

順当に下りればいくらかの確率ババアは転落する。だが愚行権大事権利だ。俺に理由を話す必要もない。

転げ落ちても気にならないが目の前では不快だ。可能性の存在がもう不快荷物を奪う権利はないが、渡されるなら問題ない。

しばらく頼むと階段下り最中荷物を取り上げることに成功した。持ち帰る権利がないので階段を降り次第返却した。

俺の権利は大変制約されていて、帰宅するだけで俺の自由弾圧され続けている。

俺と同乗する奴は息止めてほしいし、ガキどもは俺の入店直後にピタっと黙るべきだ。俺はそこに座っただけで人類無限の敬意を表し、ふらつくババアは真っ直ぐしゃきしゃき歩け。

俺以外の存在は俺の権利を最大限尊重して過ごしてくれ。誰かが自由なだけで目障りだ。

2020-02-15

anond:20200215102056

これらがごっちゃになってる……。

anond:20200215100709

自由にも色々あるが、現実場合愚行権」を行使するのは本人の自由だが、創作場合「愚行」と本人は直結しておらずそれを行う創作上のキャタクターを描いているという違いはあるね。この回答は参考になりましたか

2020-01-23

子供権利制限されているし、性行為に伴うリスク判断できない

子供権利は、その能力的未熟さを考慮して、当人保護のために一定レベルまで制限されてよい

元増田は「子供性的主体性を持つには未熟」が「ちょっと子供判断力をナメすぎ」とおっしゃるけれど、現代社会は性行為に限らず、子供のさまざまな権利制限しています飲酒喫煙公営ギャンブルは禁じられていますし、民法では制限行為能力といって「私法上の法律行為単独で完全におこなうことができる能力」を持っていないとみなされています。その理由は、未成年自己決定能力の未熟さを鑑みて適切に保護するという観点から未成年に対しては愚行権を含む自由権一定の制約を課すべきだという社会コンセンサスがあるからです。未成年に対しては人権を制約するレベルパターナリズム保護者的統制主義当事者能力リソースの不足を社会保護者として補い、庇護する)をとってもよいし、分野・状況によっては積極的にそうしなければいけない、というのが近代国家原則です。

あなた論法に則ると、たとえば未成年が法的契約の十全な主体になれない(正確には、未成年契約はいつでも無効にされうる)こと、つまり子供は法的主体性を持つには未熟」とされている現況に対しても、「ちょっと子供判断力をナメすぎ」と言えることになりますが、これに同意する人はほとんどいないでしょう。大人と同等の判断力を持つ子供もいますが、そうでない子供もたくさんいます

行為には身体精神経済的リスクが伴い、実際に多くの児童がそのコストを払っている

元増田は「一生のトラウマ」というメンタル問題のみを取り上げていますが、そもそも行為というのは適切な知識配慮をもって行わなければ様々な身体リスクがある行為です。たとえば性感染症未成年クラミジア感染率は、少し古いデータですが、15~18 歳健康高校生 6,000 人での陽性率が男5%・女子13%。そして19歳までの未婚妊婦の27.3%が感染していますhttp://www.jspid.jp/journal/full/02301/023010063.pdf また女性場合HPVヒトパピローマウイルス)のように、若いうちに感染するほど、後の子宮頸がん発症の強い因子となる性感染症もあります。そして多くの性感染症は、たとえコンドーム避妊していても咽頭経由で感染します。これらの事実を正しく認識している未成年者は決して多くありません。

そして妊娠。多くの未成年女子が正しい避妊知識を持っておらず、また力関係的に性行為の場で避妊を求めることができず、その結果として性的交際により妊娠しています未成年人工妊娠中絶数は、2014年厚労省データで約18.000件/年ですhttps://www.itmedia.co.jp/business/articles/1610/19/news017.html このように未成年中絶に到る妊娠が突出して多いのは、妊娠リスクに関する未成年判断力の未熟さの傍証だといえるでしょう。妊娠ゼロリスクではなく、母親にもそれなりの周産期死亡率がある、非常に身体負担の大きい事象です。臨まない妊娠妊娠中断(中絶)にも多大なお金がかかります。また、学校や家庭などのコミュニティでのサンクション(制裁)も発生します。そうした性行為にまつわる事実を正しく認識し、そのリスクをもとに行動できる未成年者ばかりではありません。

から私たち社会は、子供に性行為を(特に金銭的対価の伴う性行為を)禁じているのです。

https://anond.hatelabo.jp/20181106132747

2020-01-18

昔はよくキレてたインターネット経由の対戦ゲームで切断されるやつ

相手愚行権を認めることで気にならなくなった

2020-01-05

anond:20200104152006

引用先の意見には強く共感するのだが、その結果として、生きる苦痛を感じる人間が「反出生主義」を主張する理由イマイチ謎だ。

だって、「反出生主義」が実現したところで、出産する他人自由制限されるだけで、生きる苦痛を抱える本人は既に産まれているのだから、何の解決にもならないだろう。

しかに私も、「反出生主義」は新たな不幸が産まれなくなるという点で思想的意義があるとは感じるけど、でも、自身の生きる苦痛身体的重さに比べたら、そんなことマジでどうでも良くない?

私も生きる苦痛を抱える人間だが、他人及びその子供が出産により不幸になろうが幸福になろうが、自分の抱える苦痛に与える影響を考えたら、本当に心の底の底からどうでもいい。

しろ、「反出生主義」が正しいと思っていながら、在るだろう自分の老後のために、他人は(なるべく社会的費用を伴わずに)どんどん子供を産むべきだとブコメさえする。

このような隠れ「反出生主義」者はブコメにも多いと思う。要するに、正しいと思う思想をそのまま声に出して頑張って主張する必要なんて無いと言いたいわけだ。

__

から私の場合は、今流行りの正しさ感じる「反出生主義」よりも「希望安楽死」の方に関心を集め、速やかに法制化すべきだと主張する。

さっきも書いたが、「反出生主義」は本当に正しい思想だと思ってはいる。ただ、他人の不幸にはさらさら興味がない。それに対称性を考えれば、愚行権は認めておくべきとも思う。

それより何より、≪既に産まれしまった自分には、「反出生主義」はあまりにも遅すぎる≫というその一点が、私にとって一番重要事実であり、それゆえ「反出生主義」に何の価値も感じないわけだ。

から他人に対する自由制限など経由せずに、自らの生きる苦痛を直接的に除去するしか方法が無いと思うので、本人の希望により苦痛くそれを叶えることができる「希望安楽死」を実現すべきだと主張する。

__

そもそも、生きることに苦痛を感じるのは、処置無く死ぬことも苦痛から葛藤が生じるためであって、その点で引用先のブコメにあった「じゃあ死ねよ」的な反論(?)は全くの的外れなのだが、

苦痛を無くす処置により死ぬハードルを下げてしまえば、生きることはもはや苦痛を伴う葛藤ではなくなる。そうすれば、産まれしまたことも容易にキャンセルできるようになり、さほど重要問題ではなくなる。

まり、「反出生主義」の呪い社会的黙殺ではなく、代替案(希望安楽死)を提示することによって初めて無効化できると思うのだ。少なくとも、生きる苦痛を感じて「反出生主義」に期待する人々を取り崩すことはできる。

そういう点で、「反出生主義」に違和感を感じる人々は、それが正しいと思っていなくても対抗手段として「希望安楽死」を主張すべきだろう。「希望安楽死」は、出産する自由を守る。

よって、生きるのが苦痛な人々にも、社会継続のために「反出生主義」を嫌う人々にも、「反出生主義」の代わりの「希望安楽死」は、幅広く共通解になり得るだろう。

__

ちなみに「希望安楽死」だと、「反出生主義」者の、そもそもまれたくないor産ませたくないという願望は叶わない。しかし、出生前子供の出生への意思確認できない以上は仕方ないことだし、

一番問題なのは、産まれる前に産まれたいと思った子供が、出生後にやっぱり産まれなければよかったと思った場合はどうするのだろう。出生後の世界も知らないのに、出生前判断に何の意味があるのか。

から出産否定するより、出生後の本人の判断苦痛くそれをキャンセルできる方が、そもそもまれたくない人々に加え、出生後に生きる苦痛を感じる人々を含めて対応できるので合理的だろう。

そういう点でも、「反出生主義」は正しいと思うけれども、産まれしまった後の人間のことを考えていないとも思う。だからこそ、産まれしまって、生きる苦痛を感じている人々が「反出生主義」に期待する理由ますますからなくなる。

それって、「反出生主義」は根本的に正しい、だからそれを主張しなくてはいけない、みたいな感情に捕らわれてるからなのかな。何かが本当に正しくても、自分の得になる別な代替案(希望安楽死)を主張したっていいと思うんだが。

2019-12-21

家族ハンバーガーショップに並ぶ気持ちが分からない

時々、というか珍しい光景でも無いんだけど、ハンバーガーショップハンバーガー食べようとして、家族が列に並んでると「フードデザート!」「食の貧困!」って思ってギョッとする。

自身ハンバーガー好きなんだけど、教育か習慣か家庭環境か、「アレは基本的には健康に悪いモノだ」という認識がある為、食べる時は「愚行権」とか「背徳」って言葉と共に食べる。

認識として酒タバコと同じカテゴリー収納されているので、一人や大人同士で食べてても違和感を感じないけど、家族4人で並ぶ姿にどうもそのワードカテゴライズがそぐわない。

あいつらは知的水準が低いか栄養無頓着なんだ」とかそういう話じゃなくて、家族で列に並んだり、大量のテイクアウトをしているおばあちゃんはどういう感情ハンバーガーに向き合っているんだろう。

2019-11-19

anond:20191119154208

そもそも出産危険性がある以上、高校生出産を推奨する方向にはどうあっても行かないよ

未成年者の飲酒喫煙健康上の理由禁止されているけど、未成年者の出産飲酒喫煙より遥かに危険もの

危険だろうと本人の意思があれば許されるべき」ってなら飲酒喫煙自由化するべき、となってしま

勿論「理想性教育」はそういう事を教える事も含まれている

増田でも「若ければ若いほど出産リスクは減る」と考えている無知な奴は時々出るが、そういう奴はまともな性教育を施されていないし理解もしてないわけだ

そういう無知子供や元子供をそのままにしておくのは理想的な状況ではないよね)

んでそういうリスクを把握したら、普通判断力がある人間なら「高校生セックスなんてリスク高杉でやるもんじゃねえ」ってなるはずなんだよ

そりゃ人間には愚行権ってのもあるから敢えて愚行に走る子供も出てくるだろうし

その場合子供不利益にならないよう何とかしようって考え方もあって、それが「子供社会で育てよう云々」だったりするが

そもそも子供がそんな羽目に陥らないよう教育するのが大前提

教育しない前提で「子供妊娠しようが産ませりゃいいじゃん子供社会で育てりゃいいんだから」とはならん

2019-10-26

デヴィッド・ベネター『生まれてこないほうが良かった』要約

本稿の著作権著作人格権は完全に放棄する。無断での利用・転載はむしろ推奨する。

○第1章『序論』

p.10 子供を産むことの決断には様々な理由があるだろうが、そこに存在することになる子供の利害が含まれているはずはない。

●『誰がそんなに幸運なのか?』

p.12 「生はあまりにも酷い。生まれしまわない方がよかっただろう。誰がそんなに幸運なのか?」(ユダヤ人格言

「決して誕生しないことは、死ぬ運命にある人間にとっては最善の事柄だろう。しかし、このことは十万人のなかの一人の人間だってほとんど生じない」(フロイトジョーク)…「非同一性問題」→私たちはたしか非存在がよりよい状態にあるとは言えない。しかし、存在するものについては、存在することは当人たちにとって悪いことだと言える。「これは哲学的ゲームでも冗談でもない」

p.15 生殖をするカップルは、苦しみを生みだす氷山の頂点にいる。遺伝的な起源責任。=デレク・パーフィット起源説」

●『反出生主義と出生を促進する偏見

p.16 反出生主義の偏見子供嫌い、子供を持つことによる自由財産制限

p.17 出生の偏見子供をもたないことは利己的で未発達→①子供は別の人間なのだから子供もつ動機利己的でしかありえない。②(1)子供もつことはしばしば不注意の結果でしかない。(2)生殖衝動原始的ものである

p.19 全体主義者の政治団体軍事的理由生殖奨励する。民主主義国家も、つねに生殖を支持する層が勢力の大半を占めている。…あらゆる国家移民より生殖により人口構成されている方が正当化される。

●『本書の概要

●『読者への指針』

○第2章『存在してしまうことが害悪である理由

●『存在してしまうことが害悪であるということがあり得るか?』

p.27 「非同一性問題」「未来個人パラドックス」…(ex)遺伝性の障碍

・『生きる価値のある人生と生きる価値のない人生

p.29 非存在存在比較できないため、存在することがしないことよりも「より悪い」と言うことはできない。…存在害悪は単に「悪い」というだけで十分だ。

 …誰かが死んだ方がマシだと考えるとき自分状態が良くなると考えるわけではない。存在しなくなる方が良いほど人生が悪いものである可能性と同じく、はじめから存在しない方がいいほど人生が悪いものである可能性はある。

p.31 誰かが存在していることとしないことを比較するのは、2つの状態比較するのではなく、まったく別の事態比較することだ。…障碍が耐えがたいにしろ人生を生きるに値しないものにするほどではない場合は、そうでない場合より難しいと考えられている。=生きるに値する人生において、存在するよりしない方がいいというのは矛盾だ。→これは「生きるに値する人生」という表現多義性が原因だ。

・『始めるに値する人生と続けるに値する人生

p.32 「生きるに値する人生」は実際には「生き続けるに価する人生」だ。だが、問題は今はまだない人生であり、これに「生きるに値する人生」という表現を使うことはできない。「始めるに値する人生」を始めない方がいいというのは矛盾だ。

p.34 道徳的問題に関わる意味で、人が存在するようになる過程は長く、段階的だ。

●『何故存在してしまうことは常に害悪であるのか』

・『快楽苦痛非対称性

p.40 非存在苦痛がないことはいいことだと言える。可能性において存在する誰かの利害で判断することができる。我々は、自分たちについて存在しなければよかったのにと仮定することができる。

p.42 人々を幸福にする積極的義務があると考えている人でも、幸福な人々を存在させる積極的義務があると考える人ほとんどいない。

p.44 非対称性思考実験「遠く離れた(異国の住民の)苦痛と、無人場所無人島・火星)」(…非対称的判断)で実証できる。

p.46 積極的功利主義者は幸福を増加させようとする。そこにも①人々を幸福にすること、②幸福な人々を生みだすこと、の違いがある。①は倫理要請だと言える。しかし、②を倫理要請だとすると、個人価値幸福価値から派生することになり、人々を幸福を生みだす手段だと見なすことになる。

・『存在することと決して存在しないことを比較する』

p.52 つねに健康な人と、病気がちだがすぐ回復する能力もつ人を比較すれば、存在しないことの利点がつねに勝ることは明らかだ。回復するのは手段的な善であり、内在的な善ではない…という批判は成立しない。実在する人物について善がないことに「奪われていない」という判断ができるのは手段的な善のみだ。この区分意味がない。

p.54 楽観主義者快楽苦痛費用対効果分析…は「存在しない」場合との比較でなされていなく、無意味だ。…快楽苦痛の2倍以上の値がある場合、「存在する」ことの費用対効果分析は成立する。しかし、QOLを決定する快楽苦痛割合苦痛の下限の問題がある。何より、思考実験「つねに健康な人と、病気がちだがすぐ回復する能力もつ人」はつねに相対的に前者が勝る。

・『別の非対称性

p.59 シフリン:より大きな害悪を防ぐために小さな害悪をもたらすことはいい。しかし(純粋な)利益をもたらすために害悪をもたらすことは悪い。よって、生殖は悪い。存在利益をもたらすとしても、あらかじめその存在の承諾を得ることは不可能だ。また、その仮想上の承諾を想定することもできない。…①存在しなければ害悪を被らない。②存在することの害悪は耐えがたいものでありえる。③人生という害悪を逃れるには大きな代償を支払わなければならない。④仮想上の承諾はその個人人格無視している。…そもそも、出生が利益もつことはない。

p.63 出生された人物権利生殖侵害するということは、その権利請負人間はその時点で存在していないためにありえない…という議論生殖特別な特徴を無視している。害悪を被り「得る」ということで、特別権利を認めるべきだ。なぜなら、存在しない権利がないということはありえない。…自律していない存在(=子供)にはより大きな利益をもたらすために害悪を与えていいというパターナリズム的な議論…は、子供とまだ生まれていない子供は異なり、出生は絶対に悪いということで否定できる。

p.64 フェーイゲ「反失望主義(antifrustrationism)」:選好が充足した場合も選好がない場合も等しくいい。悪いのは選好が充足しない場合だけだ。よって、出生は悪い。

・『生まれたことを悔いないことに逆らって』

p.68 自らの人生を楽しんでいるという理由で、存在してしまたことを良いことだと考える…もし存在してしまわなかったら、その楽しみを逃す人はいない。しかし、存在してしまわなかったことで、苦しみがなくなるのは良いことだ。

p.69 存在して良かったかどうかを間違うはずがないと考える…存在してしまった当人存在が良い/悪いということは、存在してしまたことが幸福/不幸ということと同じではない。

○第3章『存在してしまうことがどれほど悪いのか』

●『人生の良さと悪さの差が人生の質にはならない理由

p.72 人生の良さと悪さの差は、順番、強度・頻度、人生の長さ、閾値、で人生の質とは変わってくる。

●『何故人生の質の自己判断は信頼できないのか』

p.75 ①ポリアンナ効果:楽観主義人生の質を改善するらしく思われる要因のほとんどは、人生の質の自己判断にあまり影響を与えていない(例:体の各症状に対する自分健康状態への判断がほぼ一致するのに、幸福への判断とはあまり一致しない)。②適応。③比較幸福自己判断は、実際は相対的指標による。

●『人生の質に関する三つの見解のどれをとっても人生はうまくいかない理由

・『快楽説』

p.81 人間人生の大部分をマイナス精神状態で過ごす…空腹、渇き便意尿意疲労ストレス、暑さ・寒さ。前述の3つの心理学効果無視されているだけ。さらに…持病・加齢:痛み・苦しみ、眠気、挫折感。災厄:アレルギー頭痛挫折感、苛立ち、痒み、寒気、生理痛・閉経後の火照り、吐き気低血糖、発作、罪悪感、恥、退屈、悲しみ、憂鬱孤独無力感喪失感、その他、被害感情全般

・『欲求充足説』

p.84 精神状態について判断を間違うことはなくとも、欲求については間違うことがありうる(単に快楽を追求している場合は除く)。…欲求は当然、満たされていない時間の方が長い。また、欲求が満たされるのは一時的で、そもそも欲求が満たされないことも多い。現状維持欲求さえ、実現は不可能だ(老い、死)。

p.86 マズロー「つねに新たな欲求が生じる」。イングルハート人間永遠幸福を得ることができるなら、何ら行動しなくなる」。マズロー人間はおおむね幸福で、不満足は病的状態だと言うが、ショーペンハウアーは不幸こそ人生の当然の状態だと言う。

p.88 欲求の充足までに困難があった方が、あるいは充足の過程のものが良いという議論…は明らかに不条理だ。

・『客観的リスト説』

p.92客観的リスト」は「永遠の相のもとに」ではなく「人間の相のもとに」構成されている。…40歳死ぬことが不幸だとして、90歳でそうでないのは何故か? 「色んな芝生に生えている草を数えることに人生を捧げている男」(ロールズ)の人生無意味だが、その視点人類視点は大差ない。

p.93 人生の質は「人間の相のもとに」判断すべきである、あるいは、具体的な背景に応じて判断すべきであるという議論…は明らかに不条理だ。

・『三つの見解についてのまとめ』

p.98 害悪に満ちた人生を、①すでに存在している人のためでなく、②功利主義的な目的でなく(また、そうであっても)、生みだすことはできない。人生の質の判断は当てにならず、よって、人生を続けるに値するかは別論だ。

●『苦痛世界

〇第4章『子供を持つこと:反出生的見解

●『子作り』

・『子作りの義務はない』

p.103 子作りの義務…①射程:子供を(1)何人か、(2)できる限りたくさん、持つ。②正当化理由:(1)存在させられる人々の利害関心、(2)その他(他者の利害関心、功利性、信仰、等)。…存在させられる人々の利害関心によれば、子作りの義務はあり得ない。それ以外の理由ならあり得るが、それにしても相当に疑わしい。とくにできる限りたくさんの子供を持つべきだという場合は。

・『子どもを作ってはいけないという義務はあるのか?』

p.105 生殖衝動、子作りへの関心…「性交への関心」「親になることへの関心」と「子作りへの関心」を分ける。前2者に子作りは必要ない。

p.107 他者の関心…両親、部族民族国家しかし、こうした他者利益を適えることは、それによる当人利益を適えることと表裏一体だ。

p.109 子作りへの関心は…これまでの議論から権利制限されるべきだ。

●『子どもを作る自由

・『子どもを作る権利とされているもの理解する』

p.113 子供を持つべきでない道徳的義務があるなら、子供を持つ道徳的権利はあり得ない。よって、子供を作る権利は(愚行権を含む)法的権利だ。

・『子どもを作る権利自律性に根拠付ける』

p.114 法的権利道徳的義務対立する場合、そうした方が良いという仮説を必要とする条件付きのものとなる。そして、阻却可能条件(子供を作るべきでない)がつねに適合する場合、その法的権利妥当ではない。

・『子どもを作る権利無益さに根拠付ける』

p.115 政府子供を持つべきでない道徳的義務を認めると、施策としてあり得るのは①権利を与えず自由放任する、②禁止する、のどちらか。①は権利を与えず容認するというのは矛盾で、いずれも積極的な②を包含する。②はその道徳的代償が子作りの禁止による利益を上回ることはないと思われる…非最大化主義的非帰結主義者の見解

・『子どもを作る権利意見の相違があるということに根拠付ける』

p.116 法的権利とその正当化にはこのことだけで十分だ。危害原理必要条件:ある行為害悪であるかどうか意見の相違がある場合は、危害原理の射程の外にある(例:人工妊娠中絶)。…ただし、奴隷制のように、ある行為害悪議論余地があるだけでは許されないものもある。

・『子どもを生む権利妥当意見の相違に根拠付ける』

p.118 危害原理例外となる意見の相違は妥当/無条件のどちらか。奴隷制アパルトヘイトは明らかに妥当ではない。

p.120 少なくとも反出生主義が最も優れた反論比較して十分に検討されるまでは、妥当判断のできる理性的な人々によって、意見妥当に違えることができるかは結論付けられない。

p.121 少なくともリベラル社会において子供を作る法的権利撤回されるのには長い時間がかかり、そのときにはその意見は広く認められているだろう。それまで、新しい人間存在させてはならない道徳的義務を認めつつ、子供を作る法的権利を認めることはできる。…実際、テイサックス病やハンチントン病のような遺伝性の病気エイズのような感染病など、他の場面では許されないほどの害悪を与えることが、子供を作る場面では容認されている。

●『障碍とロングフライフ(望まずに生まれた命)』

p.123 障碍…障碍は社会構成されたもので、実際には障害(disability)ではなく不能(inability)だ。また、障碍の出生前診断政治的に悪いメッセージとなるという「表出主義者」の議論…障碍が不能ということは、「より悪い」ということを否定するものではない。健常者と同じQOLを持つ障碍者も、さらなる障碍についてはQOLを低く見積もる。また、反出生主義はむしろ平等主義だ。

p.132 ロングフライフ訴訟は①子供を持つ法的権利に関する妥当意見の相違。②QOL評価個人的なものだ(とくに現在のロングフライフ訴訟代理人によることが多い)。もし判例ができれば、もうQOL評価個人に独特なものではない。の2点の課題がある。

●『生殖補助と人工生殖

・『生殖倫理と性倫理

p.135 セックスは子作りの目的でなされる場合のみ道徳的容認されるという多くの反論がある見解オーラル・アナルセックスレイプ不倫不妊症)を、反出生主義は「性倫理の反生殖見解」として完全に退ける。

・『誕生悲劇婦人科学(gynaecology)の道徳』…『悲劇誕生』と『道徳の系譜(genealogy)のもじり。

●『将来生まれてくる人間を単なる手段として考えること』

p.140 1人の子供を救うために新たに子供を持つという場合は…(a)自分たちの関心(interest)を満たすため、(b)今存在する子供に弟妹を与えるため、(c)家族部族民族種族を大きくするため、(d)何の理由もない、という場合よりはるかに良い。これらは、他人手段として扱ってはならないというカンティアン命題によりいっそう当てはまる。

デヴィッド・ベネター『生まれてこないほうが良かった』要約

本稿の著作権著作人格権は完全に放棄する。無断での利用・転載はむしろ推奨する。

○第1章『序論』

p.10 子供を産むことの決断には様々な理由があるだろうが、そこに存在することになる子供の利害が含まれているはずはない。

●『誰がそんなに幸運なのか?』

p.12 「生はあまりにも酷い。生まれしまわない方がよかっただろう。誰がそんなに幸運なのか?」(ユダヤ人格言

 「決して誕生しないことは、死ぬ運命にある人間にとっては最善の事柄だろう。しかし、このことは十万人のなかの一人の人間だってほとんど生じない」(フロイトジョーク)…「非同一性問題」→私たちはたしか非存在がよりよい状態にあるとは言えない。しかし、存在するものについては、存在することは当人たちにとって悪いことだと言える。「これは哲学的ゲームでも冗談でもない」

p.15 生殖をするカップルは、苦しみを生みだす氷山の頂点にいる。遺伝的な起源責任。=デレク・パーフィット起源説」

●『反出生主義と出生を促進する偏見

p.16 反出生主義の偏見子供嫌い、子供を持つことによる自由財産制限

p.17 出生の偏見子供をもたないことは利己的で未発達→①子供は別の人間なのだから子供もつ動機利己的でしかありえない。②(1)子供もつことはしばしば不注意の結果でしかない。(2)生殖衝動原始的ものである

p.19 全体主義者の政治団体軍事的理由生殖奨励する。民主主義国家も、つねに生殖を支持する層が勢力の大半を占めている。…あらゆる国家移民より生殖により人口構成されている方が正当化される。

●『本書の概要

●『読者への指針』

○第2章『存在してしまうことが害悪である理由

●『存在してしまうことが害悪であるということがあり得るか?』

p.27 「非同一性問題」「未来個人パラドックス」…(ex)遺伝性の障碍

・『生きる価値のある人生と生きる価値のない人生

p.29 非存在存在比較できないため、存在することがしないことよりも「より悪い」と言うことはできない。…存在害悪は単に「悪い」というだけで十分だ。

 …誰かが死んだ方がマシだと考えるとき自分状態が良くなると考えるわけではない。存在しなくなる方が良いほど人生が悪いものである可能性と同じく、はじめから存在しない方がいいほど人生が悪いものである可能性はある。

p.31 誰かが存在していることとしないことを比較するのは、2つの状態比較するのではなく、まったく別の事態比較することだ。…障碍が耐えがたいにしろ人生を生きるに値しないものにするほどではない場合は、そうでない場合より難しいと考えられている。=生きるに値する人生において、存在するよりしない方がいいというのは矛盾だ。→これは「生きるに値する人生」という表現多義性が原因だ。

・『始めるに値する人生と続けるに値する人生

p.32 「生きるに値する人生」は実際には「生き続けるに価する人生」だ。だが、問題は今はまだない人生であり、これに「生きるに値する人生」という表現を使うことはできない。「始めるに値する人生」を始めない方がいいというのは矛盾だ。

p.34 道徳的問題に関わる意味で、人が存在するようになる過程は長く、段階的だ。

●『何故存在してしまうことは常に害悪であるのか』

・『快楽苦痛非対称性

p.40 非存在苦痛がないことはいいことだと言える。可能性において存在する誰かの利害で判断することができる。我々は、自分たちについて存在しなければよかったのにと仮定することができる。

p.42 人々を幸福にする積極的義務があると考えている人でも、幸福な人々を存在させる積極的義務があると考える人ほとんどいない。

p.44 非対称性思考実験「遠く離れた(異国の住民の)苦痛と、無人場所無人島・火星)」(…非対称的判断)で実証できる。

p.46 積極的功利主義者は幸福を増加させようとする。そこにも①人々を幸福にすること、②幸福な人々を生みだすこと、の違いがある。①は倫理要請だと言える。しかし、②を倫理要請だとすると、個人価値幸福価値から派生することになり、人々を幸福を生みだす手段だと見なすことになる。

・『存在することと決して存在しないことを比較する』

p.52 つねに健康な人と、病気がちだがすぐ回復する能力もつ人を比較すれば、存在しないことの利点がつねに勝ることは明らかだ。回復するのは手段的な善であり、内在的な善ではない…という批判は成立しない。実在する人物について善がないことに「奪われていない」という判断ができるのは手段的な善のみだ。この区分意味がない。

p.54 楽観主義者快楽苦痛費用対効果分析…は「存在しない」場合との比較でなされていなく、無意味だ。…快楽苦痛の2倍以上の値がある場合、「存在する」ことの費用対効果分析は成立する。しかし、QOLを決定する快楽苦痛割合苦痛の下限の問題がある。何より、思考実験「つねに健康な人と、病気がちだがすぐ回復する能力もつ人」はつねに相対的に前者が勝る。

・『別の非対称性

p.59 シフリン:より大きな害悪を防ぐために小さな害悪をもたらすことはいい。しかし(純粋な)利益をもたらすために害悪をもたらすことは悪い。よって、生殖は悪い。存在利益をもたらすとしても、あらかじめその存在の承諾を得ることは不可能だ。また、その仮想上の承諾を想定することもできない。…①存在しなければ害悪を被らない。②存在することの害悪は耐えがたいものでありえる。③人生という害悪を逃れるには大きな代償を支払わなければならない。④仮想上の承諾はその個人人格無視している。…そもそも、出生が利益もつことはない。

p.63 出生された人物権利生殖侵害するということは、その権利請負人間はその時点で存在していないためにありえない…という議論生殖特別な特徴を無視している。害悪を被り「得る」ということで、特別権利を認めるべきだ。なぜなら、存在しない権利がないということはありえない。…自律していない存在(=子供)にはより大きな利益をもたらすために害悪を与えていいというパターナリズム的な議論…は、子供とまだ生まれていない子供は異なり、出生は絶対に悪いということで否定できる。

p.64 フェーイゲ「反失望主義(antifrustrationism)」:選好が充足した場合も選好がない場合も等しくいい。悪いのは選好が充足しない場合だけだ。よって、出生は悪い。

・『生まれたことを悔いないことに逆らって』

p.68 自らの人生を楽しんでいるという理由で、存在してしまたことを良いことだと考える…もし存在してしまわなかったら、その楽しみを逃す人はいない。しかし、存在してしまわなかったことで、苦しみがなくなるのは良いことだ。

p.69 存在して良かったかどうかを間違うはずがないと考える…存在してしまった当人存在が良い/悪いということは、存在してしまたことが幸福/不幸ということと同じではない。

○第3章『存在してしまうことがどれほど悪いのか』

●『人生の良さと悪さの差が人生の質にはならない理由

p.72 人生の良さと悪さの差は、順番、強度・頻度、人生の長さ、閾値、で人生の質とは変わってくる。

●『何故人生の質の自己判断は信頼できないのか』

p.75 ①ポリアンナ効果:楽観主義人生の質を改善するらしく思われる要因のほとんどは、人生の質の自己判断にあまり影響を与えていない(例:体の各症状に対する自分健康状態への判断がほぼ一致するのに、幸福への判断とはあまり一致しない)。②適応。③比較幸福自己判断は、実際は相対的指標による。

●『人生の質に関する三つの見解のどれをとっても人生はうまくいかない理由

・『快楽説』

p.81 人間人生の大部分をマイナス精神状態で過ごす…空腹、渇き便意尿意疲労ストレス、暑さ・寒さ。前述の3つの心理学効果無視されているだけ。さらに…持病・加齢:痛み・苦しみ、眠気、挫折感。災厄:アレルギー頭痛挫折感、苛立ち、痒み、寒気、生理痛・閉経後の火照り、吐き気低血糖、発作、罪悪感、恥、退屈、悲しみ、憂鬱孤独無力感喪失感、その他、被害感情全般

・『欲求充足説』

p.84 精神状態について判断を間違うことはなくとも、欲求については間違うことがありうる(単に快楽を追求している場合は除く)。…欲求は当然、満たされていない時間の方が長い。また、欲求が満たされるのは一時的で、そもそも欲求が満たされないことも多い。現状維持欲求さえ、実現は不可能だ(老い、死)。

p.86 マズロー「つねに新たな欲求が生じる」。イングルハート人間永遠幸福を得ることができるなら、何ら行動しなくなる」。マズロー人間はおおむね幸福で、不満足は病的状態だと言うが、ショーペンハウアーは不幸こそ人生の当然の状態だと言う。

p.88 欲求の充足までに困難があった方が、あるいは充足の過程のものが良いという議論…は明らかに不条理だ。

・『客観的リスト説』

p.92客観的リスト」は「永遠の相のもとに」ではなく「人間の相のもとに」構成されている。…40歳死ぬことが不幸だとして、90歳でそうでないのは何故か? 「色んな芝生に生えている草を数えることに人生を捧げている男」(ロールズ)の人生無意味だが、その視点人類視点は大差ない。

p.93 人生の質は「人間の相のもとに」判断すべきである、あるいは、具体的な背景に応じて判断すべきであるという議論…は明らかに不条理だ。

・『三つの見解についてのまとめ』

p.98 害悪に満ちた人生を、①すでに存在している人のためでなく、②功利主義的な目的でなく(また、そうであっても)、生みだすことはできない。人生の質の判断は当てにならず、よって、人生を続けるに値するかは別論だ。

●『苦痛世界

〇第4章『子供を持つこと:反出生的見解

●『子作り』

・『子作りの義務はない』

p.103 子作りの義務…①射程:子供を(1)何人か、(2)できる限りたくさん、持つ。②正当化理由:(1)存在させられる人々の利害関心、(2)その他(他者の利害関心、功利性、信仰、等)。…存在させられる人々の利害関心によれば、子作りの義務はあり得ない。それ以外の理由ならあり得るが、それにしても相当に疑わしい。とくにできる限りたくさんの子供を持つべきだという場合は。

・『子どもを作ってはいけないという義務はあるのか?』

p.105 生殖衝動、子作りへの関心…「性交への関心」「親になることへの関心」と「子作りへの関心」を分ける。前2者に子作りは必要ない。

p.107 他者の関心…両親、部族民族国家しかし、こうした他者利益を適えることは、それによる当人利益を適えることと表裏一体だ。

p.109 子作りへの関心は…これまでの議論から権利制限されるべきだ。

●『子どもを作る自由

・『子どもを作る権利とされているもの理解する』

p.113 子供を持つべきでない道徳的義務があるなら、子供を持つ道徳的権利はあり得ない。よって、子供を作る権利は(愚行権を含む)法的権利だ。

・『子どもを作る権利自律性に根拠付ける』

p.114 法的権利道徳的義務対立する場合、そうした方が良いという仮説を必要とする条件付きのものとなる。そして、阻却可能条件(子供を作るべきでない)がつねに適合する場合、その法的権利妥当ではない。

・『子どもを作る権利無益さに根拠付ける』

p.115 政府子供を持つべきでない道徳的義務を認めると、施策としてあり得るのは①権利を与えず自由放任する、②禁止する、のどちらか。①は権利を与えず容認するというのは矛盾で、いずれも積極的な②を包含する。②はその道徳的代償が子作りの禁止による利益を上回ることはないと思われる…非最大化主義的非帰結主義者の見解

・『子どもを作る権利意見の相違があるということに根拠付ける』

p.116 法的権利とその正当化にはこのことだけで十分だ。危害原理必要条件:ある行為害悪であるかどうか意見の相違がある場合は、危害原理の射程の外にある(例:人工妊娠中絶)。…ただし、奴隷制のように、ある行為害悪議論余地があるだけでは許されないものもある。

・『子どもを生む権利妥当意見の相違に根拠付ける』

p.118 危害原理例外となる意見の相違は妥当/無条件のどちらか。奴隷制アパルトヘイトは明らかに妥当ではない。

p.120 少なくとも反出生主義が最も優れた反論比較して十分に検討されるまでは、妥当判断のできる理性的な人々によって、意見妥当に違えることができるかは結論付けられない。

p.121 少なくともリベラル社会において子供を作る法的権利撤回されるのには長い時間がかかり、そのときにはその意見は広く認められているだろう。それまで、新しい人間存在させてはならない道徳的義務を認めつつ、子供を作る法的権利を認めることはできる。…実際、テイサックス病やハンチントン病のような遺伝性の病気エイズのような感染病など、他の場面では許されないほどの害悪を与えることが、子供を作る場面では容認されている。

●『障碍とロングフライフ(望まずに生まれた命)』

p.123 障碍…障碍は社会構成されたもので、実際には障害(disability)ではなく不能(inability)だ。また、障碍の出生前診断政治的に悪いメッセージとなるという「表出主義者」の議論…障碍が不能ということは、「より悪い」ということを否定するものではない。健常者と同じQOLを持つ障碍者も、さらなる障碍についてはQOLを低く見積もる。また、反出生主義はむしろ平等主義だ。

p.132 ロングフライフ訴訟は①子供を持つ法的権利に関する妥当意見の相違。②QOL評価個人的なものだ(とくに現在のロングフライフ訴訟代理人によることが多い)。もし判例ができれば、もうQOL評価個人に独特なものではない。の2点の課題がある。

●『生殖補助と人工生殖

・『生殖倫理と性倫理

p.135 セックスは子作りの目的でなされる場合のみ道徳的容認されるという多くの反論がある見解オーラル・アナルセックスレイプ不倫不妊症)を、反出生主義は「性倫理の反生殖見解」として完全に退ける。

・『誕生悲劇婦人科学(gynaecology)の道徳』…『悲劇誕生』と『道徳の系譜(genealogy)のもじり。

●『将来生まれてくる人間を単なる手段として考えること』

p.140 1人の子供を救うために新たに子供を持つという場合は…(a)自分たちの関心(interest)を満たすため、(b)今存在する子供に弟妹を与えるため、(c)家族部族民族種族を大きくするため、(d)何の理由もない、という場合よりはるかに良い。これらは、他人手段として扱ってはならないというカンティアン命題によりいっそう当てはまる。

○第5章『妊娠中絶:「 Permalink | 記事への反応(1) | 21:07

2019-10-18

anond:20191018182426

とりま中国の「愚民愚行権あたえてキメエ」は一理あるけど

政府虐待だの人権だので愚行してるし

そういう今までの愚行を隠すためにさらグーグル禁止天安門禁止で愚行積み重ねるしで

あんまきれいな解決にはみえない

愚行はあとからみれば愚行とわかるものもおおいか

せめて今わかるクソ書き込み程度はなくなるといいな

2019-09-28

日本にうまれた君たちはディストピアを選ぶ権利がある

現在の国なんてものは、最大多数の最大幸福パレート平衡に達して

いってみればSFディストピアレベルは達成してしまっているわけですよ

愚行権行使できない中国とできる日本にいて

中国なみに合理性ものすごく考えてる人って中国を選べるわけですよ

どうぞいってらっしゃいだな

2019-07-31

高校野球コロッセオ高校球児グラディエーター

これは大前提なんだよ。

若い命が真っ赤に燃え尽き灰になる姿を、老人たちがコンテンツとして消費する場所

さしずめカイジの鉄骨渡り

高校球児現代グラディエーター現代奴隷である

古代ローマでは奴隷階級剣闘士が殺し合いの中で傷ついても誰も気にもとめなかった。

傷つくことを恐れた剣闘士処刑されるべき小悪党だった。

人間であることを主張した奴隷ライオンに食い殺されるべき愚か者だった。

奴隷奴隷が殺し合う姿を残酷だと感じるものはいても、それが非人間的だと思うものはいなかった。

なぜなら奴隷人間ではないから。

高校球児現代剣闘士奴隷だ。

現代高校野球システムに組み込まれるためには、自分人権を手渡す必要がある。

彼らは、輝ける英雄になることを目指し、自分の手で自分人権を手放していく。

その様子を見てしまうと、私は高校球児に対して同情することができなくなる。

夢のためだからといって自ら人権を投げ捨てたものが、その行為の結果として傷つくことは、愚行権行使にほかならない。

愚行権行使するものに対する余計な憐憫は、かえって彼らのプライドに泥を塗りつけるだけなのではなかろうか。

もしも彼らが人権を主張するならば、まずは高校野球のもの否定することから始めて欲しい。

奴隷契約を結ぶことをまずはやめて欲しい。

2019-07-20

anond:20190720031402

まあ一理あるよな

中国からしたら日本人幸福自由なんて「愚行権」にすぎないか

犯人愚行権行使したにすぎない、なんでそもそもそんな権利与えるんだってなるわな

天安門チベットも天輪功がプラスティネーションされたこともなにも知らない「国民全員未熟者扱い」の国家の下で

なにが愚行かわかるわけねーだろ、ばかばかしい、とはおもってたけど

まあ犯罪を繰り返すやつを野放しにするのは愚行と認めざるを得ないかもな

2019-07-16

それでも私は絶対絶対選挙行きたくない

普段インターネットでふざけた話をしていた人間が急に政治を語りだすのは、辞書の「焼きが回る」の項の例文に載せてもいいくら典型的な病だと思っているので匿名で書くことにした。

私の選挙への嫌悪感は今に始まったものではない。

選挙権を与えられて初めての選挙ときもそうだったし、その前もそうだった。おそらく外山恒一中田考のせいだと思う。

特に外山恒一2007年東京都知事選政見放送は今見ると改めてパフォーマンスとしても完成されていることがわかる。時間があれば是非見てほしい。

とはいえ、私は国家転覆にもカリフ制再興にも特に興味がない。

イチオシは超絶頭の良いコンピュータによる全世界一管理だが、残念ながら今の所そのようなものは影も形もないので、消極的にではあるが選挙に基づく間接民主制を支持している。

消極的に、というのがポイントで、別に選挙に行くのが正しいとか義務だとか思っているわけでは決してない。

投票とは、例えるなら祈りであると思っている。

私が祈ろうと祈るまいと世界は何も変わらない。一票差で結果が変わる選挙などまずないからだ。

しかし私は祈ることを冷笑はしない。それは祈るという行為が(私のように)愚かで怠惰人間が唯一可能意思表示であり、一種の反射であるからだ。

そのような弱々しいものでも、数が集まれば話は変わってくる。

多くの人の祈りが届けば天は翻意し、我々に何か恵みのようなものを与えるかもしれない。しかし私達の祈りが正しいものであったか、また天からの贈り物が本当に恵みであるかどうかなど事前にわかりはしない。

投票とは所詮そんな、とてつもなく大雑把でどうしようもなく頼りないものだ。

それでも多分、投票率は上がったほうが良いのではないかとうっすらと思う。

投票率が上がれば民意が正しく反映されるとか、若者向けの政策が増えて世の中が良くなるだとかは正直眉唾ものだと思っている。そもそも人間は愚かなので民意が正しく反映されたところで合理的判断を正しく下せるとは思えない。

しかしまノイズが増えて右往左往するほうが崖に向かって全力疾走ダイブするよりは幾分かマシだろう。

私にとって選挙はこれくらいの認識だ。

さて、選挙が近づいてきた。本当に嫌な季節だ。

顔出しアイコンインテリ仕草で、あるいは匿名アイコンがさも庶民意志を代弁するかのように、いずれにせよ厚顔無恥な態度で若者選挙へ行けと叫びだす。

選挙へ行かない人間非国民だ、人非人だと偉そうに喚いている。

こんなにも頼りない投票という行為を、どうしてそんなに正義面して他人押し付けられるのか私にはさっぱり理解できない。

選挙に行かない、または白票を投じる理由はたくさんあるだろう。

単に面倒臭くて投票しないのかもしれないし、どうせ自分の一票では何も変わらないのだから(これはほぼ確実に正しい)と考えてもっと有意義時間を過ごしたいのかもしれない。納得できる政党個人存在しないのかもしれないし、あるいは棄権することで自分より賢い人間選択委託するほうが自分にとってプラスだと考えているのかもしれない。

いずれにせよ、棄権は一つの選択だと私は思う。

結果的にそれが自分不利益をもたらす行為であったとあとからわかったとしても、自由主義愚行権正当化したのではなかったか投票棄権することそれ自体社会的正義を損なうと、本当に言い切れるのか。

もしあなた特定団体からしつこく電話を受け、「X党に投票してよ」と言われれば、多少X党の人物マニフェストに魅力を感じていたとしてもX党に投票したくなくなるのではないか

少なくとも私はそういう人間である選挙自体否定するつもりはないが、選挙に行くことが絶対に正しいという思想の持ち主からしつこく勧誘されたら絶対選挙行きたくないと思う。

なぜ若者選挙に行かないのか。それは多分、あなた方のことが嫌いだからだ。

この文章が嫌味ったらしすぎて、逆に選挙に行きたくなる人もいるかもしれない。それならそれで良いと思う。もし選挙に行くなら、それくらい感情的かつ雑に選挙に行ってほしい。

いつか私も「まあ大人だし選挙くらい行かないとダメだよね」などとぬけぬけと話すようになるのかもしれない。

この文章若気の至りとして恥じ入ることになるのかもしれないが、一応残しておく。

2019-06-10

anond:20190610030003

正しいことが正しいとは限らないというとき、前提条件として環境能力の違いがある。その二つの違いが異なる正しさを生み出すといっていい。

角が立つのは難しいと感じるから。何が難しいかが人による。メンサの会員ほど生きにくい世の中だ。一般論だけどIQ20違うと話が通じない。

多様性容認とは馬鹿に対する諦めのことであって当然差別主義者の愚行権も認めざるをえない。

日記をどこに書くかの自由も人にある。迷惑をかけてはいけないと繰り返すのなら乳離れができていない。

2019-05-20

anond:20190520124433

美食タバコetcなんかは、まあ愚行権というか、それで不利益被る範囲当人健康とかだけど

(広く捉えれば医療費圧迫とかはあるかもしれんけど、まあ金銭的なレベル

運転場合第三者含めて致命的な被害が出るからなあ、自分怪我する/死ぬだけならまだしも

2019-05-14

[] #73-9「娯楽留年生」

≪ 前

娘が好きになりそうなものを、フォンさんは率先して好きになることで親子の絆を築いた。

時が経ち、なんのためにやっていたかフォンさん自身は忘れていたが、あの『キュークール』によってその習性が呼び起こされたらしい。

「好きなものを好きなように愛でる、お父様はそれをワタクシに教えてくれていた。その想いの強さを、大人になって改めて実感しました。涙がちょちょぎれましたわ……」

俺はさすがに涙は出てこないが、確かに悲しい話だと思う。

子供のために自分を捨てた人間が、今はただ自分を見失っている。

自分のためにやる趣味なのに、そこに自分がいないんだから虚しいのは当たり前だ。

当事者ともいえるジョウ先輩にとって、そんな父の姿は見るに堪えないだろう。

「……ですが、それでも、野暮を承知で、あえてワタクシはお父様に言わなければなりません」

ジョウ先輩は袖で涙やらその他もろもろの汁を拭う。

そして意を決し、慈悲に溢れた言葉をフォンさんに送った。

「お父様、今のあなたは……みっともないだけですわ!

「っっっ!?

俺たちが予想していた以上に鋭い言葉弾丸

それがフォンさんの脳天に打ち込まれた。

「がっ……は……」

「い、言いやがったぞ、あのドギツい格好した嬢ちゃん。オレたちが言わないことを、平然と」

社会的に自立した子が、親の趣味に物申すってのはよっぽどですよ」

「言うにしても、もう少し穏当な表現もあったでしょうに、まさかあそこまで……」

愛娘からモロに喰らった急所攻撃に、フォンさんは呼吸もままならない。

身内だからこそ出来る会心の一撃といえよう。

愚行権行使だとか、その是非だとかは俺には分からない。

だが愚かな真似をしていると思ったのなら、言ってやるべきだ。

少なくとも、互いを想い合っている親子ならば。

「み、みっともない……ワタシが……」

「好きなものを貫くということは、自分を貫くということです。今のお父様に、その高潔さはまるで感じられませんわ。自分の心に嘘をついて、半ば意地になってやっている。そうでしょう?」

こんなことを言っているが、ジョウ先輩も少し前までは趣味に対して大人気なかった。

俺の弟と新発売のカードを巡って小競り合いを起こしたこともある。

趣味自分自身の“心”がモノを言います。ですが自分の“心”さえ誤魔化していたら、それは趣味として不適切ですわ」

だけど、社会人を続けていく中で何か思うところでもあったのだろう。

はいくつになっても学べる。

その学びを、今度は自分の親に教えているのかもしれない。

「それに、お父様。ワタクシもう成人してましてよ? さすがにキュアキュアは卒業しましたわ。だから同じジャンルの『キュークール』も観ていませんの」

「ソツギョウ? 卒業ってなんだ。好きなもの卒業なんてものはないんだぞ」

「お父様の手前、今まで言いにくかったのですが……とうの昔に興味を失っていましたわ。大した理由もありません。蝶が蜜を吸うのと同じですわ」

「な、なに?」

「お父さまがいつも言っていたことですわ。『他人趣味ケチをつけるな』と。だからワタクシも言わないようにしていたのです。でも、未だに誘ってくるんですもの

お互いのことを想っていたのに、すれ違っていたんだな。

自分の子供が卒業したものを、親が未だ持てはやす

その肩身の狭さに耐えられるほど、フォンさんの『キュークール』に対する想いは強くない。

娘への想いがきっかけで始めたんだ、娘には勝てない。

「はは……ワタシは娘の卒業式を見そびれたというわけか」

「お父様……あなたの“趣味のもの”に文句を言うつもりは、今でも毛頭ありませんわ。いくつになっても、環境が変わろうとも、好きなものをを貫く姿は素晴らしいと思います。ですが、“趣味との付き合い方”まで同じであろうともがく、そのお姿は美しくありませんわ」

こうして十数年越しに、娘の手から、フォンさんへ卒業証書が渡されたのであった。

「感動的な親子シーンですね……」

そうかあ? どこぞの作品より安っぽいドラマじゃねえか?」


…………

それから数日後、フォンさんはまるで憑き物が落ちたかのように元に戻った。

本当にあの『キュークール』には変な魔力でもあったのだろうか。

「フォンさん、最近キュークール』の話をしませんね。少し前までは、隙あらば語っていたのに」

「ええ、年甲斐もなく、ちょっとハシャぎ過ぎましたからね。これから等身大の楽しみ方をしますよ」

フォンさんは、そう爽やかに答えた。

「“等身大”……ねえ」

しかし、スタッフたちの反応は懐疑的だった。

「あ、あれ、シューゴさん、どうしました?」

ふと周りを見渡すと、スタッフ全員がフォンさんに冷ややかな視線を向けていた。

その突き刺さる視線意味を、フォンさんは理解できない。

ただ、漂う倦怠感にただ沈黙し続けるしかなかった。

サンドオフロ・サイレン

歌:サーモン&シーファンネル

やあ 大きいお友達

そのサブカル

痛々しくて キモい

薄っぺらくて サムい

体と 景色は 

ずっと前に 通り過ぎた

けれど心は そこかい

(#73-おわり)

2019-02-16



増田虎達 @MasudaKotatsu

だって男性はベッドルームでは痴漢みたいなことしなきゃいけないんだもん。痴漢の話を男に聞かされても、賢明男性は黙るしかないし(「でも俺も彼女のことは触ってるしなぁ・・・」)、愚かな男性は「俺は彼女痴漢みたいなことしてるけど本当の痴漢じゃないから!」とアピールするしかない。痴漢の話を聞かされたところで、男性にはやれることがない。監視カメラの設置台数を増やすなどの話しかできない。痴漢の生態自体男性は叩けないわけよ。だってベッドルームではほとんどの男は痴漢になるんだから痴漢と同じ生態を以て女性を愛し繁殖していくんだから痴漢を叩くっていうのは男性の生態を叩くのと同じ。

女性同意があるかどうかで痴漢行為か愛の営みかに分かれるというのは、それは人間精神をフル稼働して自分を騙しているだけであって、実際のところは普通男性は「同意ありの痴漢」をしているだけであって、普通男性痴漢の間にほとんど違いは無い。もう一度言う。あなた彼氏旦那は「同意ありの痴漢」をしているだけである







ふぇいす☆政治厨鬼威惨 @FaceFromFallout

@MasudaKotatsu 殆ど犯罪同意が無いか犯罪なのだ







増田虎達 @MasudaKotatsu

@FaceFromFallout

女性同意があるかどうかで痴漢行為か愛の営みかに分かれるというのは、それは人間妄想をフル稼働して自分を騙しているから成立している区別であって、実際のところは普通男性はベッドルームで「同意ありの痴漢」をしているだけであって、普通男性痴漢の間にほとんど違いは無い。もう一度言う。女性彼氏あるいは旦那は、パートナー女性に「同意ありの痴漢」をしているだけである







ふぇいす☆政治厨鬼威惨 @FaceFromFallout

@MasudaKotatsu なんで同意が取れない相手痴漢というコミニュケーションを取ろうとするのでしょうか?







増田虎達 @MasudaKotatsu

@FaceFromFallout

知りませんよそんなの痴漢に聞いてくださいよ。僕は同意が取れた女性相手であっても愛撫しませんしクンニしませんし正常位をはじめとした腰振り行動もしません。







ふぇいす☆政治厨鬼威惨 @FaceFromFallout

@MasudaKotatsu 女性が嫌いなのですか?







増田虎達 @MasudaKotatsu

@FaceFromFallout

好きですよ。好きだからこそしないんです。女性の体に敬意を払っていたら女性の体をいやらしくまさぐることなんてできないはずです。たとえ相手女性愛撫や正常位に同意してくれたとしても、僕はできません。







ふぇいす☆政治厨鬼威惨 @FaceFromFallout

@MasudaKotatsu つまり同意の上の痴漢行為をする女性ではなく、男性非難しているのですか?







増田虎達 @MasudaKotatsu

@FaceFromFallout

男性女性もどちらも非難しています。「フェミニストなのに正常位する」「フェミニストなのに正常位される」オカシイでしょう。田嶋陽子セックスとき絶対に下にならないし、自分の体への愛撫も許さないと言っていました。私は田嶋陽子フェミニストの鑑だと思います







ふぇいす☆政治厨鬼威惨 @FaceFromFallout

@MasudaKotatsu フェミニズムは性の解放ではなく、性の統制なのですか。あなた女性ですか?







増田虎達 @MasudaKotatsu

@FaceFromFallout

全ての女性性犯罪被害に遭うこと無く、平和に暮らせる世界を目指した場合女性愚行権は一部制限しなければならないことは残念ながら事実です。「女性が危ない目に遭う自由」「女性が酷い目に遭う自由」はありません。女性被害に遭う確率が少しでもあるもの規制していかなければなりません。







増田虎達

@MasudaKotatsu@mstdn.jp

女性愚行権制限しないで女性自由にしていれば、これからも痛ましい事件は起こり続けます。そして、そういう事件が起こるたびに人々は男性男性性を責めて、一般男性たちは少しの罪悪感を感じて、それで終わり、ということを繰り返すでしょう。確かにそれで人々の心は納得するでしょうが、それで済ませてばかりいると、「人々の心はスッキリするが女性被害は相変わらず減らない」ということがずっと続きます

「人々がどう感じるかよりも、性犯罪絶対数を減らす」という立場に立った場合は、男性能動的な恋愛行為・性行為禁止と、女性愚行権制限必須です。私がもし為政者になれば、男女間の恋愛女性から男性アプローチすることしかしませんし、女性に対しては「自分女性)が危ない目に遭う自由」「自分女性)が酷い目に遭う自由」「自分女性)が貶められる自由」というものを認めません。セックス最中に首を絞めて欲しいとか言う女は死刑モノですよほんと。お前のせいでどれだけの男が勘違いし、どれだけの女性が危ない目に遭うか。







https://mstdn.jp/@MasudaKotatsu/101598915906340749

.

2019-01-14

anond:20190114023556

とりあえず愚行権禁止とSJWが正面衝突してブラックホールかになるとこまでは見えた

2019-01-07

anond:20190107144102

実は「愚行権」そのものの「犯罪権」、日本国憲法ではその自由保障されてたりするぞ。公共の福祉ワードはあるが、犯罪しちゃアカンという法は無いのだ。

anond:20190107132132

まあ手作業ごっさり要求される騎空士よりずっとまともだよ・・

ゲーム中毒者は作り出しにくいだろ

さすが中国首脳部さまのかんがえそうなことだ

民衆愚行権は与えない

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