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はてなキーワード: デフォルメとは

2019-04-23

anond:20190423163224

マジかボケわからんけどマジだったらあれだからマジレスしておくけど

勃起ってイラスト用語からな?


昔のアニメは幼さの強調のデフォルメ美少女キャラの眼から上が伸びる傾向があった

(目から下を伸ばすとまのびした馬面になったりふけ顔になったりするから試してみ)

それが行き過ぎると誇張としても違和感が出て受け入れられず

そういう行き過ぎたイラストは「脳勃起」と言われるようになった


まり美少女キャラの頭がチンポみてえ」という揶揄であって性的なことは関係ないし

男性の頭の話、まして三次元男性の毛髪の話とは何も関係ない

2019-04-22

anond:20101116125116

デフォルメしたキャラクターをさまざまな角度で動きをつけてかけること

さまざまな感情に表情がかきわけられること

その辺でしょ

よく知らないけど

2019-04-15

デフォルメしたイラストを手抜きって言われた

いらすとやの方がまだ手が込んでるとかふざけんな

オリンピックロゴでやたら色使った桜を絶賛する素人の分際で

一度自分で何か書いて見ろクソが

2019-04-14

テレビを久しぶりに見たけど面白い面白い面白い

東京独身男子

SNSの要素も盛り込んである

中上流階層独身男の生活や苦悩がめちゃわかりやすデフォルメされてて

面白い!!!

主人公は37歳、メガバンク勤務なわけだが

作中ではめちゃ良いタワマンに住んでいるシーンがあり「銀行マンときでこんないいとこ住めるかよ?ああ?!」って思ったらそれは大間違いで

たとえば三井住友銀行でそこまで勤めてると1200万円の年収と言われている。

そうすると独身でも家賃20万のタワマン住めるわけだ

その収入わたしには縁はないけどメガバン当たりつとめてるやつはこんな生活レベルができるのかとすご!!!となった

届きはしないけどこういう生活って夢のまた夢とかそういうわけではないのな

(何回もいうがわたしには縁はない。)

2019-04-08

現実感重視のコスプレが見てみたい

アニメゲームコスプレって、原作そのままの色でがっちり固めたウィッグに厚いメイクカラコンばっかりなんだけど

もっと「このキャラ現実にいたらこんな感じ」系のコスプレってないのかな

青とか緑の髪色も黒髪表現一種、赤やオレンジも明るめの毛色のデフォルメの結果だと思うんだよね。

化粧で顔の特徴変えられない分、できるキャラは限られちゃうだろうけど。

ファンタジー系のキャラはともかくアイドルとか学生キャラなら、そのキャラの特徴を抑えつつ現実感を出せそうだしそういうのが見たい。

ってここまで書いて、コスプレというか一般的実写化はこういう方向性だなと気付いた。

賭ケグルイ森川葵めっちゃ良い。

2019-03-20

anond:20190319145739

ぽぽちゃん」はちょっと性欲の対象にするのはきついと思うんだけど、

「レミン&ソラン」はかなりイケると思うんだけどどうかな

それとももっとガチリアル赤ちゃん人形のほうがいいのかな

海外製も含めると赤ちゃん人形って生まれたてから6ヶ月ぐらいまで

リアルデフォルメいろいろあるし、

股間オナホと合体改造するとかなり安価ダッチワイフが手に入ることになる

幼児小学生ぐらいのダッチワイフよりよほど選択肢豊富・入手容易だから羨ましいよ

2019-03-17

anond:20190317202111

けもフレは一期二期通して、きほん一話ずつ景色が変わるよね。旅行してる感の一助になってる気がする。

二期になって冒険っぽさは減ったかもしれない。モノレールを割とあっさり乗り捨てたのがよくなかったか。あるいはビースト探偵ふたりが神出鬼没すぎて、主人公勢があまり移動してないように思えてしまうのかも。その点、一期の追跡者ふたり組はピッタリ後をつけてくるので、距離感が狂う怖れはあまりなかった。そうだ、アライさん&フェネックの追跡劇が何度も番組の締めになっているのが緊張感を高めているってのはありそうだ。

一期二期共に地図は出てくるが旅路の経路はわからないので、冒険らしさにはあまり貢献してないように思う。他方、ケムリクサでは移動の様子はずっと明示的だ。一島から十島まで。ナンバリングの形であからさまにデフォルメされた道程は、旅の進行を意識させることを意図したものに思える。減っていく水。定期的に現れる"ボス"。切迫感と達成感は、ケムリクサでは計算されて配置されている。題材は剣と魔法ではないけれど、指摘は当たっていると思う。監督RPG由来の冒険の楽しみを前面に押し出している。

決定打はわからないが、仮説2の「先の見えなさ」はかなり大きいでしょう。図書館や赤い木の根など、大まかな目標はあるものの、次の話では何が起こるかは判らない。これが次回予告をしないスタイルとも相まって、ワクワクを高めていると思う。

(話が逸れるが「ストレス回避欲求」に応えたことがけもフレ一期の人気の最大の要因だったのではという定説に、改めて頷いている。毎週安心して視聴できて、しか冒険楽しい。二期とケムリクサ。あえて挑戦したんだろうか。どちらも視聴はストレスフルな作品になった。)

2019-03-14

Twitterに浸かりすぎた

泥酔して抵抗できない女性性的暴行をした男性無罪になった。

信じられない。目を開けたり声を出したか同意したと勘違いした可能性がある?眠りこんだり嘔吐するまで泥酔した人間に正常な判断能力が無いことくらい高校生だって知っている。この判決だけ見ればあまりにも男性に甘いと思う。

加害男性裁判官への怒りは本当だし、文字には起こせてる。それなのに、私が今1番ムカついてるのは日本では全ての強姦無罪になると誤解させるようなデマツイなんだ。

どうしてか。

最近ずっといわゆるツイフェミモヤモヤすることが多かった。クソでかい主語キズナアイジェンダーロール、アニメ調の絵本エロ本コンビニ名誉男性ということば...

主に表現に対する批判とそれがバズる様子にもやついていたように思う。それは私自アニメゲームといった文化、それと共にあったデフォルメ表現が好きで、かつ親からその趣味否定されてきたという背景もあるので私怨と言われればそれまでで。

加えて、萌え絵は確かに性的な誇張を含むものだ。ゾーニングはもちろん大切で実在する子供は守らなければならない存在で男女は平等であるべきだ。でもその誇張が現実に生きる女性達を実際に傷つけることになるのか?犯罪を誘発するのか?日本はクソ男はクソっていう言葉で何か救えるのか?そう思えなかった。でも傷ついた人がいるって事実と私がシスヘテロ女性であるから反感を持つこと自体いけないように思えて口を噤んだ。

こういったストレスが少しずつ少しずつ溜まって、次第にフェミニズムそのものに対する嫌悪感に変わっていき、その類のツイートを見かけるだけで無条件にイライラするようになった。

それが、冒頭で述べたデマツイへの怒りの大きさの原因だろう。

フェミニストを自称するアカウントは見つけ次第ブロックしてしまうし、どんなに正しいとわかっていても、フェミニズム的観点から述べられた意見にはマイナスフィルターがかかるようになった。

それを自覚する度に罪悪感に苛まれてぐちゃぐちゃになる。頭の中をずっとその問題がぐるぐるして眠れない。女性でありながら自分ミソジニーの化け物になっていく気がする。フェミニズムも、フェミニストも、その名称だけで語れるものじゃない。そこには考え方の違う個人存在する。私もフェミニズムの恩恵を受けている。わかってる。わかってる。フラットでありたいのに、もうこの嫌悪感からは逃れられないのだろうか。

Twitterやめたら時間解決するのかな。

2019-03-05

anond:20190304092619

単に相応しくないというのとその判断が出来てない事の問題であるのに環境セクハラなんて言葉で間接的に自身への被害を主張するのは気持ちが悪いです。

あなた女性でないならセクハラという言葉をダシにした男性オタクへの嫌悪感の発露でしかなく同じく自身嫌悪感セクハラという言葉を利用する点が気持ちが悪いです。

これが少女写真なら、なんて言っておられます少女写真だったとしてその問題の焦点が女性へのセクハラだなんて言う人はどこかおかしいように思います

その場合どう考えても問題子供の人権範疇のものであり、その大きな何より優先すべきものを前にしてハラスメント理由の中心に問題提起するという異様さは自身で疑問に思われなかったのでしょうか。

その例はイラスト死体が描かれたポスターに対して実際の人間死体がそこにあったら問題だろう、皆嫌だと思うだろう、というようなズレたものです。

法的に倫理的問題性を提起し得るものを挙げているのにその問題の中心を個人に与える主観的不快感に据えて論じるのはいささか自己中心的に過ぎます常識を疑います

そしてその法的な問題と法的には問題が無い部分での許容されるかされないかの話が然も比例するかのようにやるのもわざとなら逆に自論への自信の無さを感じ説得力を削ぎますし気付いていないなら混乱しているように思います

壇蜜CM問題お茶の間に相応しくない表現であるという話で彼女キャラクター彼女がやっていた過激グラビアから自己プロデュース女性へのセクハラの一旦であるから、という話ではないです。

また未成年児童ポルノ搾取男性向けの完全に一から作られた理想像女性像と彼女のようなある程度自己責任においてセクシャルさを滲ませている女性をそのキャラクター性で起用したCM等を混同するのはそのような性的オープン女性への差別であり女性性的ものに対してこうあるべきだ、という旧時代的な役割強制です。

それをセクハラ、と定義するのも本来主観的ものであるハラスメントへの価値観女性全体に強いる女性性的許容度の幅を一視点で決め付け無視した全体主義的で短絡的なステレオタイプ的発想です。

媒体時間帯に相応しいかどうかとその対象自体問題は全くの別の話です。

私はこの起用はパンツでも水着でもズボンでもあなたと同じく相応しくはないと思います

私は現実存在しない少女キャラクターには抵抗嫌悪感もありません。

なぜなら二次元少女女性現実女性とは全く違う存在からです。

あなた混同されているようですが。

児童ポルノ吐き気しますしもっと厳罰化してもいいと思っています

個人的にはアイドルという免罪符未成年特に義務教育修了以前の少年少女商品化において露出仕事内容を規制すべきではとも思っています

ですがアニメ漫画キャラクター性的さについて内容の必然性に関わらず女性向けの作品における男性の扱いと同じくそれが女性の権利を侵すものであるとは全く思っていません。

でもこの場合税金での起用には相応しくないと思っています

アニメ自体もある程度知っていますが内容が例え全編シリアス所謂男性向けと言われる描写が全く無かったとしても放送されていた時間からして、加えてその放送時間に合わせた明らかに意図された性的さを含むキャラデザとしても公的機関による人目に触れる範囲の起用は相応しいとは思えません。

それが深夜アニメ視聴層が主な対象であるイベント等で期限付きで限定的掲示されるものであるというなら別ですが。

いであなたは露出の面で異議があるようですが露出それ自体問題ではないかと思います

問題媒体とそこに合わせたキャラクターデザインです。

これが攻殻機動隊少佐であったなら露出度は変わらずともここまで問題視はされなかったはずです。

そしてまたこのような少女的にデフォルメされた絵柄の成人女性作家性別を問わず存在し、もし作中の少女達が成人女性という設定であってもこの問題は起きていたように思います

ですから対象キャラクター実年齢も問題ではありません。

あなたがやられたように現実女性で表すなら幼い顔つきの成人女性写真なら、という話になります当人人間性や選択実年齢でなく見た目による年齢でもって、前述した攻殻機動隊のように例えばしっかりした歳相応の顔立ちでモデル的な体躯女性では同じような露出度で性的さや倫理性の面で問題がないとされる事を幼い顔付きの女性ハラスメントという視点で語られるのであればそれは顔つきによって制限を強いる差別意識によるものでそれこそ嫌悪すべきものですがイラスト場合は違います

現実ならば成人しているかどうかが焦点になるのも当然ですが二次元の絵は現実女性ではありません。

問題少女であるという部分や露出自体ではなく深夜帯に放送されるアニメに沿ってデザインされた性的さを伴うキャラクターデザイン、という部分です。

ドラえもんのび太達と共に水着姿のしずかちゃんが描かれた海水浴ポスターがあったとして、それが税金によるものだとしてもこんな風に問題視はされません。

そんなアニメCMが流れたとして壇蜜CMのように問題になりますか?私はそうは思いませんし実際そうはならないでしょう。

あなた少女露出度合い自体問題の核のように壇蜜の明らかな性的さと並べていましたが、ワカメピノコ下着を短いスカートから覗かせる姿は同じ性的さを伴うものでしょうか。アトム露出度はそれ以上ですが問題ではありませんか?

同じようにレジャー施設CMで楽しく遊びはしゃぐ水着姿の女児男児は肌の露出度という面では変わりませんがいかがでしょうか。

また少女漫画誌の夏号での少女水着姿が描かれた表紙やポスター付録女性へのセクハラだと捉える人がどれ程いるでしょうか。

少女性的さが描かれる事が女性全てにおいて一律にセクハラ定義だとするのならバルテュス公的に所有されている美術館では展示すべきではないのですか?

あなた少女である事や露出度について一線を越えたと表現されているようですがそれではそれらは筋が通りません。

繰り返しますが、問題税金で深夜帯用に性的意図を持ってあつらえられた見た目のキャラクターを起用した、その1点です。

また、これがもし成人女性で、明らかに成人しているという見た目のキャラデザで絵柄も一般的アニメと変わらず衣装性的でなく露出が少なかったとしても、成人向けゲームで著しく性的な役目を持つキャラクターであれば、それが税金でもって多数の目に触れる場へ掲示されるのであるならそこに問題があるのは明らかです。

それを知れば嫌悪感を持つ女性も多いでしょう。

ですがよく知らなければただのきちんとした成人女性イラストです。

少女でなく露出もなく性的もの連想させる絵柄でないか問題ない、としますか?

それもそのキャラクター女性へのセクハラから問題なのではありません。

ハラスメント主観的概念であり、性的キャラクターだと気付かなければ嫌悪感は抱きようがありませんし、イラスト自体のものには何ら問題はありません。

そしてまた上述したように少女であっても露出度の面でもキャラクターによっては税金での起用も問題にはなりません。

そこで考えるべきなのはただ公の場に税金で起用する媒体のものか、という問題なのです。

キャラクターの持つ性的さへの意識の低さ自体、それが問題なのではと思っておられるのかもしれませんが、それも違うかと思います

例えば峰不二子露出如何に関わらず性的アイコニックさを存在として含むキャラクターであり、その起用は知名度としてそれをも加味したものなのは明らかですが、ならばそれは意図されたセクハラにあたるとされるのでしょうか。

問題媒体による特徴的方向性一般的な許容度の差への意識の低さです。

許容度とは単純に知名度と個々の主観の集積であり実際の客観的性的さの度合いは関係がありません。

実際峰不二子は多くの少女女性キャラクターよりも露骨性的さをもって描かれています

そしてゴールデンタイムでの峰不二子であれば許容される性的表現知名度のない深夜アニメ女性キャラクターであれば同じ時間帯でそこに印象の差が出るのは明白です。

それが許容度の差です。

そしてそれはハラスメント客観的性的さで定義されるものではない、出来るものではない、という事でもあります

峰不二子自体は実際のところ成熟した大人の女性とはかけ離れた少女性が前面に押し出され、そのような感性でもって同時に性的である、というある意味一部の方が口にする男性に都合の良いキャラクター像ですが、広範囲メディア露出による知名度によって逆に印象の部分的角化が起こりそれが許容度に影響しています

攻殻機動隊なら、と書きましたが少佐原作での性的さがアニメ知名度に押されている例です。

ですから性的自体、またその対象の実際のキャラクター自体への印象はそのまま許容度に比例するものでもありません。

一切性的な要素がない役回りだとしても成人向けゲームキャラクターであるなら顰蹙を買うように内容やキャラクター性的さは必ずしも直接的に問題に繋がるものではありません。

BPOが深夜帯のアニメの子供への影響に関してのクレームに苦言を呈しているように深夜帯のものは深夜だからこそ許容されている部分があるからこそ逆に人の目に触れるのであれば気を付けるべき事があり、あのキャラクターデザインはまさにその部分の象徴のようなものです。

海外アイコン的スーパーモデルの方は男性誌と女性誌で同じ水着姿でも表情やポーズを変えていく、といいます

露出度やその当人自体問題なのならそこに差は無いはずですが実際は媒体により、求められる印象によって差を持たせている、というのです。

腕で胸を隠したようなマタニティヌード女性誌とAVパッケージでは公での許容度は全く違うものです。

オタク勢の意識おかしさを指摘するにしてもそこです。

パンツ水着ズボンかは大した問題ではないのです。

そして深夜ノリをそうだと理解できていないバランス感覚の無さ、許容度、拒絶感に対しての意識の低さ、それらの問題露出度、年齢による倫理的適当性も別の話です。

許容度が高ければキャラクター性的な要素があっても問題の声はあがり難く、また少女水着姿、下着露出した姿でも倫理性を問う声は大きくならず、逆に性的な面での許容度が低い媒体であればどれだけ性的さを削ごうと問題視は免れない、というのは少し考えれば分かると思います

また現実フィクション、絵では何もかもが変わって来るというのも常識で考えれば分かる事かと思います

加えてそれが税金で行われるかどうか、もそうです。税金で無ければ許容度が跳ね上がるようなものは山ほどあります

からこそ私は税金での起用が相応しくない、という表現をしています

そこを全て混同し、または混同させるように現実少女に対する倫理性を問題としてすりかえる事で主観である自身嫌悪感客観的正当性付与しようとするのは人の我が見えるようで違和感しかなく気持ちが悪いです。

もの区別ぐらい、少なくとも現実少女と絵の区別くらいつけられたらいかがかと思います

2019-01-30

コスプレするとき普通の髪の色にしてほしい

アニメピンクや緑になってるのはデフォルメした表現としてそうなってるのであって現実では普通の髪で表現するべきなのが持論ですね

2019-01-29

2019年アニメ1話ほぼ全部観たか感想書く その2

2019年冬アニメ1話ほぼ全部観たから感想書く その1 からの続き )

 

約束のネバーランド

AmazonPrimeVideoのみ見放題

 鬼ごっこClover works(旧A-1 Picturesスタジオ)によるサスペンス作品原作週刊少年ジャンプ連載の漫画神戸守とA-1によるノイタミナ枠といえば「すべてがFになる」だけど、本作もほぼ同じスタッフ(まだ観てない)。

 日常→非日常までの流れがすごい綺麗。1話ちゃんと2回観てね。無邪気な子どもたちの会話シーンに流れる、流麗だけど緊張感のある音楽音楽小畑貴裕)と、音楽のないシーンを織り交ぜて不穏な感じを徐々に演出していく。

 そして例のシーンにおける容赦のない作画特にCloverWorks作品は表情のアニメーション作画が強烈(スロスタ、ダリフラ、青ブタとか)で、本作も非常にエモい特に人外の表情もいけるクチだったのね。その後の、諸星すみれの絶叫がこわかった。そのあと力強くて優しい曲が流れる演出好き。

 作画で言うと、細かい仕草作画が丁寧。5~12の子どもたちが甘える仕草。甘えん坊~自立した子まで丁寧に書き分けてる。あとメイン2人の恐怖を、全身使って描くシーン。

 そして2話以降、遠くの物陰から二人をこっそり覗き見ているようなカットが急に増える。これが非常に強烈な緊張感を醸し出しててキツイ

 そういえば、カメラをフィックスしたカット演出って神戸守監督結構好きなんだっけ。神戸守絵コンテ担当した「宇宙よりも遠い場所」の7話、8話でもちょくちょく使ってて好きな演出

 よりもい8話で「ついに流氷を見た4人が順番に短いセリフを言っていく際、喋るキャラに一人ずつピントを合わせる」という超エモい演出があったけど、ああい被写界深度を駆使した演出が本作でも見られるのが嬉しい。

 

どろろ

AmazonPrimeVideo独占

 半世紀前に連載された手塚治虫マンガを再アニメ化。制作MAPPA手塚プロゲゲゲの鬼太郎よりもグロくてシリアス時代劇犬夜叉からギャグを引いた感じ。割と長編作品ゆえ、シナリオはある程度改変しているみたい。魔物の数が48から12体に減ってる所とか。1話につき1妖怪なのかな。

 時代劇専門チャンネルで放送されている本作は全体的な作りも時代劇っぽい。キャラ原案浅田弘幸最近だと「あかねさす少女」のキャラ原案)で、あの濃いキャラデザが時代劇っぽさによく合っている。手塚治虫っぽさは感じにくいんだけど、OPどろろの顔とか急に手塚治虫っぽくなる感じは狙ってやってるよね。OPED両方凄く良いのでぜひ観てね。特にワンマン作画ED浅田弘幸挿絵すっげえ綺麗。

 あと背景が良い。「かぐや姫の物語」ほどではないけど、おとぎ話世界にいるような雰囲気がある。世界観的にも「蟲師」に似てる(2話の「妖怪よりも人間のほうが…」っていう古典的モチーフとか蟲師っぽい)。どろろの背景を担当したスタジオPabloの、筆っぽさが残ってる背景いいよね。最近だと「少女☆歌劇 レヴュースタァライト」とか。

 池頼広による劇伴和楽器を使った曲がメインだけど、それでいてすごくJazzyでおしゃれだったり、重厚戦闘BGMだったり。同氏が劇伴担当してるTVドラマ相棒シリーズっぽさを感じる。

 

エガオノダイ

 国家間戦争を描くタツノコプロのロボアニメ。スタジオ設立55周年記念となるオリジナル作品

 キービジュアルとかキャラデザ的が可愛いのと裏腹に、タツノコらしい硬派なシナリオガンダム作品くらいキッツい話なので注意。

 王国のお飾り首長こと主人公自国の将来をどうするのかっていう視点とは別に自国兵士視点、敵国の兵士視点でそれぞれ戦争を描いていく。群像劇戦闘群像劇→…。3話では王国戦争孤児帝国軍兵士が仲良くしてたり。戦争モノの作品個人的兵士たちの何気ない会話が好きで、本作で言えば主人公は側近と、王国軍の兵士戦闘前にワイワイと、帝国軍兵士は偵察で王国内をウィンドウショッピングしてるシーン。ああいうシーンが、彼らに感情移入するキッカケになるよね。特に本作の登場人物はみんな割といい人として描かれてるのが印象的。「こんな戦争、いつまで続くんだかなぁ…」とは帝国軍兵士セリフ

 その戦争基本的に人型巨大機動兵器を使う。基本的3DCGで描かれるんだけど、デザイン挙動、戦い方がすごい。1話ではVR模擬戦、2話では中隊大隊による大規模戦闘。量産機による小隊を最小単位とする戦闘がメインで描かれてる。1話の模擬戦では5vs5で、近距離:中距離遠距離=1:3:1。武装も近接用の打撃武器サブマシンガンライフルバリエーションがあって、威力もそれぞれ描き分けてる。機体はホバリングで高速移動が可能なんだけど、姿勢制御用の羽根みたいなスラスターが機体の前後に展開されてて、停止する時ちゃん慣性制御してる。すごい格好良かったのが狙撃機で、移動時は狙撃銃を縦に持ってたり、攻撃時頭部が変形したり、放った弾丸が緩やかな放物線を描いて着弾したり。めっちゃかっこいい。かといって狙撃機=強いでもなく、それぞれのバランスを考えた戦闘演出になってる。2話以降もエース機による無双(なんだ!あの機体の動きは!?)ではなく戦術的な展開にフォーカスしてる(敵も戦術を練ってくる)のが面白い。あれだけの機体数を画面内で動かしまくるシーンは壮観。

 OPを観ての通り、「王女笑顔」と「一兵卒笑顔」という対比構造物語の中心に据えられている。王女笑顔…周りの人間が、彼女笑顔を守ろうと尽力している。そういった努力象徴。お花みたい。そういえばニコニコ生放送特番で「タイトルが敢えてカタカナになっているのは意味がある」的な発言してたけど、花の名前だったりして。対して一兵卒ちゃん笑顔...何もかも失った彼女の、悲しみや虚無感の象徴。持つ者と持たざる者支配階級労働階級的な?

 

明治東亰恋伽

 「フルーツバスケット」でおなじみ大地丙太郎監督によるタイムスリップラブコメ原作ブロッコリー恋愛ADVタイムスリップ先は明治時代日本で、攻略対象歴史偉人イケメン)。森鴎外泉鏡花文化人が多い。

 転移タイプの導入が流行っているのだろうか。去年の作品だと夢100は夢の中の世界に飛ばされた主人公世界を救う旅に出る話で、BAKUMATSUは(主人公が不在だったけど)別の世界線に存在する日本を救う話。で、これはもうちょっと規模の小さいお話。今期で言えば「不機嫌なモノノケ庵」みたいな感じ。モノノケが見える能力を活かして、身の回りに起こる出来事解決しながらみんなと仲良くなっていく。

 お正月フルバ一気見してたんだけど、大地丙太郎監督アニメはほんとテンポ感が気持ちいい。基本的ラブコメなんだけど、話の縦軸は多少シリアス。でも「あ、結構シリアスになりそう」っていう絶妙タイミングでガスを抜くっていうか、緊張と緩和の波が穏やかになっていて、最後までほっこりした雰囲気で終わる作品になっている。そういえば今年放送されるフルバリメイクも、本作と同じトムス・エンタテインメント制作なのね。

 背景も含めて、全体的にコスト抑えめな作品。この時代を描いた作品は去年いくつかあったけど、背景の緻密さでいうと これ(明治)<ニル・アドミラリの天秤大正)<天狼(大正?)という感じ。また、多用されるデフォルメ顔は引きの画になった際キャラの顔が崩れるのを防ぐため積極的に使ってるのかもしれないけど、文脈破綻しないくらい表情が豊かでかわいい

 現代明治タイムスリップなので文化の違いに主人公が驚くシーンがちょくちょくあるんだけど、一瞬で順応する適応力の高さ。そんな物怖じしない主人公が周りをを引っ張って行く感じが好きだし、なんやかんや付いていく菱田くんや、付かず離れず二人を見守る森さんも好き。

 

臨死!!江古田ちゃん

 現代版「徒然草」。東京都練馬区江古田駅ら辺に住んでいるフリーター女性視点で描くルポルタージュ

 1話ごとに監督キャラクターデザイン声優アニメスタジオなどすべてが変わるオムニバス形式ショートアニメ。構想12年らしい。d'アニメストアでは、各話を担当した監督江古田ちゃん役の声優による対談を加えたロングバージョン配信されている。1話大地丙太郎監督江古田ちゃんが送る日々から切り取られたワンシーンがテンポよく描かれていく様はまさに「つれづれなるまゝに、日ぐらし硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書き付くれば、あやしうこそ物狂ほしけれ」みたいな感じ。いやぁ、あるあるだわー。そしてきっつい。なお1話の対談で大地監督が言ってたけど、「ショートアニメしか1話だけで表現できることなんかねえよ!」とのこと。今の所2話の人間味溢れる江古田ちゃんめっちゃ好き。2話…監督杉井ギサブロー 江古田ちゃん朴璐美 脚本岡田麿里。既に各回の監督キャストは発表されているので、興味がある人はチェックしておこう。一番楽しみなのは高橋丈夫x小清水亜美の回。

 

ケムリクサ

AmazonPrimeVideo独占

 たつき監督率いるirodoriの新作。ニコニコ動画等で配信されている自主制作アニメリメイクけもフレみのある低コスト志向作品けもフレ同様ポストアポカリプス世界感なので、少女終末旅行みたいな灰色廃墟が背景として登場する(軍艦島っぽい)。好き。

 エンドロールたつきからまりたつきで終わるあたり、「たつきの、たつきによる~」って感じが伝わってくる。

 まず説明的なセリフを極限まで削って伏線を散りばめるシナリオうまい。良く分からないようで要所はちゃん理解できるし、後のシーンを理解するのに必要な因子を事前に描いておく手法も、絵の中に必要以上な情報が含まれていないからこそって感じがある。

 また島を離れる準備をするシーンを見ると、一連の動作を短いカットに分け、的確につなげて描く演出になっていて、けもフレでいえばジャングル回で橋を作るシーンみたいなテンポ感のある、分かりやすくて間延びしない絵になってる。結果として「はじめこそよくわかんないけど、すんなり観ていられる上に話の輪郭が分かりやすい」という印象に。

 手さぐれ!でも思ってたけど、キャラの芝居が細かくてかわいい1話2:00頃「階段登ってて振り返るリナコの仕草」とか、2話14:30頃「リンの帰還をリツが耳で察知する仕草」とか。

 作品世界観こそシリアスだけど、割とゆるいパートから戦闘パートまで振れ幅が大きい。そしてそれらを彩る音楽がかなり良くて、特にシリアスパートの曲がエモい音楽高橋哲也)。

 

HERO MASK

Netflix独占(全話配信済み)

 アメリカ刑事ドラマスタジオぴえろ制作オリジナルアニメアメリカ警察組織凶悪犯罪者の戦いを描くサスペンスミステリーハードストーリー

 制作こそ日本だけど展開やセリフ回し、登場人物アメリカ刑事ドラマっぽい。作品雰囲気を印象づける背景も、遠景に映る建物デザインや道幅、街路樹の種類や植えられている間隔等すべてが新鮮に感じる(聖地巡礼という文化海外にもあるんだろうか)。葬式の後3人で歩くシーンなんか、街路樹の枝の描き方がヤバイあんなに主張の強い街路樹あんまり見ないよね。色味もキャラデザインに対して全体的に淡いし(各キャラビビット差し色めっちゃ目立つ)。

 キャラクターのお芝居も全然違くて、例えば泣きの演技も「伏し目→手で顔を隠す→天を仰ぐ→涙をこぼす」みたいな、日本アニメでは中々見ないような「あ、ここ海外ドラマでやったやつだ!」という印象が強かった。

 そしてかなりアクションシーンがかっこいい。刑事ドラマアクションということで、1話は激しいカーチェイス。激しい動きなのにまさかの手描き。手描きの車によるアクションシーンを観たのは「ルパン三世 Part5」以来かも。アニメ映えするアクションというより、「カーアクション映画らしさ」にこだわったアクションになっていたのが印象的。カメラの使い方とかカットの割り方とか、ぶつかってスピンする車の動きとか。先のアニメ「SSSS.GRIDMAN」が「特撮らしさ」を追求したアクションだったように、本作もそういう趣向を強く感じた。

anond:20190129151711

からデフォルメされていて可愛いと思うが…

元増田もっとこう花沢さんみたいなのを求めていると思う。

花沢さんはメインキャラかどうかかなり悩んでる。

あとはまる子の野口さんとかみぎわさんのことだろ。

2019-01-28

anond:20190128014052

>SNはノリが痛い

 痛いのは悪いことじゃないんだけどね。作品としてそれで成立してるんならそれで。

 ただ女に対して高尚な飯じゃなくて、日常平和を与えてやればそれで幸せになれる、みたいデフォルメが多すぎる。

 シリアスな話をシリアスに描けてないし。

 キャラクターに関する人物の掘り下げが雑。

2019-01-26

fate//ZEROとStayNightの矛盾点を指摘する人の気が知れない

HFが公開されたついでに、ZEROとSNを見直したりしていた。んで、snの人がわりとZEROを受け入れてないという話がちらほら聞かれるんだが、正直まったく共感できないので書き散らす。個人的に思うんだが、snとZEROをやたら違うといいたがる奴は、単にセイバーに対するキャラ萌えが足を引っ張ってるんじゃないかZEROでのセイバーの扱われ方が気に食わないか虚淵に噛み付いてるんじゃないか

セイバー騎士道馬鹿ではない

よくこういう反論を聞くんだが、これってそんなに重要ことなのか?ZERO騎士道馬鹿みたいな描かれ方をしていたことが気に食わなかった、としか読めないんだが。ZEROにおいてセイバー挫折切嗣との決定的な考え方の違いや齟齬を描く上で、彼女英雄としての立場と実際に救われる側の意識の違いは避けて通れないし、『祖国を救った救世主』が何故『民草の心が分からない人物』と評価を下されるに至ったかにおいて、十分説得力のあるデフォルメになっていたと思うけどな。ZEROでの出来事彼女に大きな影響を与え、SNでの行動になっている、という考え方を大きく嫌う理由も分からない。単に気に食わない、というだけにしか聞こえない。SNにおける士郎の謎な『女の子は守る』行動なんかよりもよっぽどZEROにおけるセイバー騎士道理念という行動基準は至極まっとうで納得できる設定に思える。それにSNでもセイバーは愚直で不器用少女として描かれていたと思う。そういう意味でも、騎士道を前面に押し出す選択が何故そこまで矛盾表現されるのかが分からない。さっぱり理解できない。

セイバーの願いが『選定のやり直し』から祖国の救済』に変わっている

これも反論としてよく効くんだが、これってそんなに(ry 実際ZEROの影響を受けてSNで変わったと考えてもまったく問題ないんじゃないの?『選定のやり直し』も本質的には祖国の救済であることに変わりはないだろう。どこに矛盾があるのか??というよりこの二つにそれほど大きな乖離があるとも思えない。ただセイバー自分自身がその役を辞すことを望んでいるというだけで、その理由も明確にZEROで示されているだろう。むしろZEROではセイバー挫折をしっかりと描いているわけで、これほど説得力のあるスピンオフもないと思うんだが。

イスカンダルギルガメッシュとの問答シーンでのセイバーの扱われ方が不満

ここはむしろZEROの良いところだと思うんだが。やっぱりセイバーに対するキャラ萌えが起こしている不満なんじゃないかセイバーの『人の心が分からない』理由は、『聖人である』ことが原因だ、という至極全うな指摘だろう。イスカンダルギルガメッシュが正しいとは言っているわけではないが、セイバーに欠けている資質をこれ以上ない仕方で言い表していたと思うぜ。実際よくあることなんじゃないか?人を大いに動かすのは夢を持つことであり、大成する人間はたいていそういうものちゃんと持っている。それは言い方を変えれば『欲望』だ。学校優等生だったからといって、世の中に出て大成するわけじゃない。優等生優等生的な生き方しかできないし、大抵そういう子は世の中に出て挫折経験してしまものだろう。重要なのは自分がどうなりたいのか、何をもってして幸福になるのかをきちんと考えることであり、いわばそれは『利己的になること』そのものだ。そこを見据えずに幸福のための『自己犠牲』と『優等生的な生き方』だけを追求してしまえば、やり方は間違っていなかったはずなのにどういうわけか息子や娘がグレてしまった親=国を救えなかった王、となってしまうことはさほど想像に苦しくないと思うし、SNのセイバー矛盾するとは思えない。

おそらくだが、イスカンダルギルガメッシュが正しい、みたいな描かれ方が気に食わなかったんじゃないか?それはあくまで作中での描写であって別にセイバーが間違っていると断罪したわけではなく、そういう受け取り方をしたのは「あくま視聴者」だろ。そしてそういう風に受けとれるような作品の作り方をしている。だってそういうコンセプトなんだもん。それを真に受けて「あんな書き方はないんじゃないかセイバーの扱いがあんまりだ」と反感を買うのは、ぶっちゃけ作者の思うツボであって、むしろそういう読者の反応を引き出すことが出来ている虚淵さんが上手いと俺は思うけどね。

セイバーエクスカリバーイスカンダルジャンプでよけたことが不満

これってそんなに(ry  こういう発言自体疑惑を抱かざるを得ない原因というか、、やっぱりsnとの矛盾点を指摘する奴らのセイバーに対するキャラ萌えから来る擁護愛がすべての根っこだと思えてならない。お前らそんなにセイバー好きかよ??

ZEROにおける『騎士の誇り』を否定する描き方が不満

これもやっぱり否定された、と思ったのは「視聴者」であって(ry 切嗣セイバーとの考え方の決定的な断絶を表す上ではこれ以上ないほどの表現であろう。セイバー切嗣は根幹は似ているけど、置かれている立場が決定的に異なるせいで、視座の違いからどうしても見解が相容れないものになってしまった。間違っているわけではないけど、結果的挫折に繋がってしまった決定的なセイバー視点の見逃をここまできっちり描いているスピンオフは明らかに原作リスペクトからくるものだし、正直この点はきのこ氏の描き方よりも虚淵氏の描き方の方がはっきり言って上手い。むしりSNも虚淵氏が書いた方が、士郎のキャラクターとしての説得力もっと増すんじゃないかとすら思う。そもそもZEROという作品は「騎士道批判している」わけではないし、別にセイバーが間違っていると断罪する作品というわけではない。ただセイバーの『実直で気品と正道を重んじる在り方』(それそのものは正しく、そしてそれがあるからこそ世界を成り立たせている非常に重要な要素)=優等生であるからこそ、彼女挫折した、という運命フェイト)についてきっちりした情報補完をしただけ( というか優等生ってのは挫折するって相場が決まってんだよぶっちゃけ。もうそれは運命みたいなもんだ。彼女別に失敗したわけではなくて、為政者としてあまり優等生であり正解を選び続けて成功し続けたからこそ、運命的にというか優等生宿命的に王として国が滅亡するという結果になったというか。そこに王としての自分のあり方はあったけど、もっとそうではない生き方についての考察がなかったというか)

なんでこういう感想(「セイバーの扱い方が不満」)になっちゃうのかというと、やっぱりキャラ愛のせいなんじゃない?「ボクのセイバーはこんな無能じゃない!!」みたいな?

切嗣セイバー関係原作SNと大きく矛盾している

これに関しては矛盾というか、印象論だと思うんだよな。だってSNであんまり切嗣の話しないじゃん。ほとんど語られていない内容に矛盾も糞もあんのかよ。

(1)三回しかしかけないなんて切嗣が幼稚すぎて、効率主義とは思えない

三回についてはSNの設定準拠だろ。というか、そもそも効率を考えるとコミュニケーション重要だ、という主張そのものが間違ってると思う。だってコミュニケーションを取れない奴って現実いるからね。コミュニケーションって言葉は基本「相手自分の言うことを分かってくれる」という思い込み押し付けから来る理想論であって、本質的に人と人は分かり合えないものだし、対立って本質的には決定的なもので落としどころを作って妥協するしかない代物だし。最終的には殺し殺される関係で結果だけがすべてを物語るという世界に生きて何よりもそれを重視してきた切嗣が、「正しさ」とか「語る」なんてまどろこっしいことするか?ぶっちゃければ軍隊みたいなもんだよ。「視聴者」として層が厚いだろうヲタクが一番大嫌いな体育会系世界理屈だよこれは。そりゃお前らには受けが悪いだろうけどさ、やっぱり問答無用じゃないと先に進まないことってあるぜ。それのどこが幼稚なのかさっぱり分からんアイリを間に噛ませることで精神的なケア軋轢をしっかりと回避しているあたりも、切嗣はしっかり妥協をしている。妥協できる奴っでのは子供じゃなくて大人代表だよ。そういう意味でも、切嗣の行動が幼稚だという指摘は受け取り手側の問題といわざるを得ない。

(2)切嗣が泣き言言い過ぎ

これって矛盾なのか???切嗣ロボットになりきれなった人間。これを見事に表現できていると思うんだが。

(3)切嗣セイバーペアが強かったと思える程の活躍をしていない

これに関しては表現問題しか言いようがない。が、別に矛盾でもないだろう。セイバーはもともと最優サーヴァントなわけで、そこにさらに「星の聖剣」を使える奴をセイバーとして召喚できたらそりゃ強いに決まってる。作品では内輪事情に踏み込んで表現されているからさほどそうは見えないが、相手からすりゃ十分脅威だったと思うし、結果的セイバー相手方のサーヴァントをきちんと切伏せているわけだからその名に恥じない活躍をしている。単に「扱われ方がセイバー推しには納得のいくものではなかった」っていうだけ。それにしたって、ZEROセイバー挫折を描くというコンセプトで作られているのだから、当たり前のことなはずだが。

(4)ケイネスを殺した後の、切嗣セイバーアイリをはさんでの会話=「英雄のせいで戦場悲惨さが覆い隠されている」という話が意味不明

なにが意味不明なのか分からない。切嗣言葉には説得力しかないと思うんだが。そもそもこの反論ってセイバー英雄馬鹿ではないとしたら成立しないのでは?彼女英雄馬鹿ではないのなら、切嗣のこの考え方に賛同してもおかしくはない。戦場地獄であり騎士道なんてもので誤魔化そうとも敗者は敗者でしかないし、そもそもいくら周りがなんといおうと本質的兵士英雄として死んでいくわけではない(※この辺は与謝野晶子でも読んどけって感じでいまさら語ることでもないだろ)このくだりを意味不明と扱うのは、やっぱりセイバー切嗣にけちょんけちょんに言われているという扱われ方不満なのであって、ストーリーの完成度というよりは単にキャラ萌え問題なんじゃないのか?

ていうかそんなにセイバーが好きか?

見ていて多分ここが決定的に違うと思うんだよな。増田別にセイバーきじゃないです。リビドーをぶつける対象ではあるけど、それ以上の目線特にないです。別に彼女のあり方とか考え方とかにはあまり興味もないし、snを通してセイバーが最終的に救われたとも特に思わない。そもそも士郎自体理解不能に描かれているので「士郎がどうにかしたいと思うセイバー」という存在にもあまり共感は出来ていないのがそもそもの原因だとは思う。ぶっちゃけセイバーENDよりもUBWエンドの方が好きだしな。。。士郎は何かとセイバー不憫に思ったり彼女を救いたいと思ったりしているけど、セイバーってそういう存在だっけ??という違和感がどうしても先行してしまう。もともとヒロイン枠で作られた存在ではなかったというだけあって、やっぱり攻略対象としてはちょっと異質なのが彼女なんじゃないかなぁ。。。

ZERO原作矛盾批判する人はやっぱりどこかsnセイバー好きな感じがあって、snセイバーものすごく神聖ものとして扱っている節があるんだけど、個人的にそれは癌だと思う。だってsnのセイバーってストーリー強度や設定で言えばかなりガバガバで無理がある存在なんだよ。あそこでキャラクター個性をFixしてしまうと、そりゃその後の作品が受け付けなくなるよな、と思う。キャラ萌えひとつ作品の楽しみ方ではあるけれど、もっと純粋ストーリーとしてのFate考察をするべきでは?

余談:snのセイバー好きの人はHFの桜とか嫌いなんじゃね?

これも結構あって、俺はわりと桜好きなんだよなー。Fate//EXTRA CCCとかのBBを見てると、桜はリビドー対象としてもヒロインとしても実に正統派だと思うんだけどどうなんだろう。HFルートはいいと思うよ、あれ。桜嫌いって言う人がわりといるんだけど、結構確率セイバー好きが混じってる気がする。そしてそういう奴に限ってsnセイバーに拘ったりする。まあ楽しみ方は人それぞれだし、別に俺はキャラ愛を誰かと共有したいとかそういう願望はないんだけど、あえてここに切り込みをいれると、おそらくこういう層の楽しみ方や考え方ってある種アイドルヲタに似てるんだよね。自分推しメンがいて、それを共有できるかできないか、みたいな思考回路なんだと思う。いいとか悪いとかではなくて、まあそういう思考回路なんだってことなんだけど。

問題なのはアイドル的な楽しみ方でFateを語るときに、そこにZEROとsnにおけるセイバーの扱われ方の確執という問題が起こっているに過ぎないのであって、決してZERO矛盾しているというわけではないということを俺は断言したい。そういう意味でもイスカンダル女体化ではなく渋い男として表現した虚淵ファインプレーと称えたいし、設定ガバガバで厨二前回の型月Fateシリーズの中で実に渋い出来栄えとなっているZEROを俺は推したい。ZEROという作品のおかげでFateキャラ萌えだけではない作品になっているし、切嗣代表とする厨二とはまた一線を画すキャラクターが織り成す絶望と儚く淡い幸福への渇望の描き方が非常に上手い、絶妙作品になっている。OPの曲もいいしね。

2019-01-18

素人が考える「演技が上手い」とは

素人というのは自分のことです

声優オタクなのでそういうコミュニティにいるわけだけど、「演技の上手さ」みたいな話になったとき、上手さの指標について2パターンあるように感じる

一つは「声色の幅」

要するに子供、老人、クール、熱血などの役の幅をこなせる人

簡単に言えば「一人N役」みたいなのをこなせる人

もう一つが「感情の幅」

一人のキャラの中で喜怒哀楽がきっちり表現できる人

「怒っていると別のキャラが見えてくる」みたいな事がない人

これはアニメ自体リアル寄りなのか表現としてデフォルメされたものなのかにもよってどっちが重要かっていうのは変わると思う

リアル寄りなものでは感情を上手に表現できないと一気にしらけるし

デフォルメされたものでは「キャラ属性」を強く表現出来ることが求められる

ただ、いわゆる声豚間だと「声色の幅」ばかり評価されがちだよなというのが個人的感想

でも実際のところ最終的に求められるのは「感情の幅」の方で、声色の幅は無くても一芸特化みたいな人が沢山いるように思える

例を出すのが難しいんだけど、例えば子安さんはどのキャラでも「テラ子安ww」になるけど、でもそれで演技が下手ってなるわけではないよねみたいな

釘宮さんも「ザ・ツンデレ」のイメージが強いけど、そのツンデレという枠の中で泣いたり笑ったりの演技が上手だと思う

まあそもそも声豚は声優演技力を求めてねーよってなるのでそれ以前の問題なんだけど

2019-01-17

あるグッズのデザインが苦手でオフ会が辛い

ジャンルにはまりオフ会も何度かさせていただきました。

みなさん親切で、楽しくて、時間爆速で過ぎていく。

とあるグッズの撮影時間以外は。

おもち

おもちである

正しくは「もちもちマスコット」。通称おもち。

女性向けジャンルで発展しているグッズ(※今調べたら男性向けジャンル女性向けジャンルに比べて圧倒的に少ない)。俵型になったデフォルメキャラクターに、フェルト上の手足がついているぬいぐるみ。気になった方は調べてほしい。

ジャンルではこの通称「おもち」がめちゃくちゃな覇権グッズで、オフ会では一人で10個近く持ってくる方もいる。手作りのお洋服を着せたり、きれいなリボンを付けたり、並べたり積んだりしておもいおもいに写真撮影をしている。

私はこの「おもち」のデザインがどうしても苦手で、「かわいくないなぁ」と思っている。こればかりは個人感性なので許してほしい。口には出していないから。

グッズはいろいろあるけど

キャラクターデフォルメグッズは世の中にたくさんある。

例えば、キャラクターイメージカラーにお洋服をあわせた「ちゅんコレ」(通称ちゅん)。

丸いフォルムに顔や髪形だけをプリントした「おまんじゅうにぎにぎマスコット」(通称おまんじゅう)。

この二つは、とってもかわいいと思っている。

キラキラしたデフォルメに小さな体をつけた「ぬい」(ぷちぬい、など派生あり。正式名称はわからない)は、可愛いとも思わないが、特別おかしいとも思わない。

本当に「おもち」のあの独特の目が、俵状のデザインが、ただ理由もわからないけど苦手。申し訳ないけど、気持ち悪いなとすら思う。

主役はむしろおもち

ただ、みんな、オフ会で会う人は私以外みんな、この「おもち」を連れてくるのだ。かわいい洋服を着せて。おふとんをかぶせたりして。わぁかわいいですね、ケーキと一緒に写真撮っちゃいましょう♡ ってのはもう当たり前のことだ。

私はそうですね~!かわいい~!と言いつつ、「おもち」が写っている写真データオフ会後にデータ消去している。

みんながかわいいかわいい、という、私達の推しデフォルメしたおもち…

それをかわいい、と思えない罪悪感がすごい。

そしてかわいくないので視界に入ってくると疲れてくる。「友人の姉の旦那さんの弟夫婦の間にうまれ赤ちゃん(つまり他人)」を見せられる不快感に近い。

オフ会楽しい

主役は彼女たちが愛情をこめてあつめている「おもち」であることは否めない。写真撮影自分たちの顔は写さないが、おもちは写す。これは私たちアラサーなので、ネットリテラシー無駄に高すぎて「知らない人に写真を撮らせると出会い系サイトかに勝手に使われるリスクがあるのでは????」と思ってるからかもしれない。話がそれた。

そして私がおもちを持っていないと知ると、2つあるのでお譲りしましょうか?と言われたりする。みんな本当に親切ないい人なのです。でも本気でいらない。いらないのです。

おもちが覇権ではない別のジャンルに移動しつつある

オフ会で会った人が嫌で、そのジャンルを移動してしまった人はいるだろう。

私はあった人はみんな大好きなのに、おもちに耐えられずに移動してしまった。書いてみるとバカみたいな理由である

オフ会に行って、このジャンルについて直接語り合ってますます大好きになった。オフ会に行かなければ、今も好きでい続けるのは難しかたかもしれない。

このジャンル出会った方々は素敵な人たちばかりだ。今後もコラボカフェにいく予定を立てた。会えるのはうれしいが、おもちもいるんだろうなぁと思うと今からすでに少し気が重い。

そんな折に、別ジャンルCD友達に借りたところ、思いっきり沼に落ちた。

そのジャンルは「おもち」もあるのだが「おもち一強」ではなく、「くまめいと」「ちゅん」のように、動物モチーフぬいぐるみ洋服を着せる文化のほうが強かった。

さらにありがたかったのは、「アクリルキーホルダー」「フィギュア」「イメージグッズ」などグッズの種類が多岐にわたりオフ会をやっても全員持ってくるものが異なり(何も持ってこない人もいた)、「おもちを持っていない?こんなにかわいいのになぜ?」という空気が全くなかったのだ。

もともと私は「一人で黙々と楽しむ」ことが苦手なオタクなのだと思う。

いいアニメを見れば同志と語り合いたいし、展示会があればSNS感想を上げたい。一人で行動することはできるが、感情を一人でとどめておけないタイプだ。

なのでオフ会にも軽率に参加してしまう。同人活動をしていないので、オフ会は本当に貴重なチャンスだから逃したくない。やっぱりそこで「楽しかったけど、申し訳ない」と思いながら参加するよりも、「また何度でも気兼ねなく集まりたい」と簡単に思えるほうに、流れてしまうのです。

2019-01-12

anond:20190112180619

わかるけど新鮮だったし結構動いてたからイケる気がしてきた

 

CGバトルってあまり良いイメージなかったけど

なんかすんなり見れた

弱点をわかった上で作ってる感じ?

デフォルメが強いからかな

2018-12-31

公共施設の案内キャラとか教科書人物イラストみたいなのが好き

マンガっぽくなくて、スッキリしたデフォルメのきいた絵好き

アニメだとジブリみたいな、落ち着いた感じ

目がキラキラしてなくて線の少ない、さっぱりとしたうるさくないかんじ

最近教科書でもエレン先生みたいなやつがあって

自分子供の時の教材イラストは減ってるのかな

2018-12-13

anond:20181213114145

デフォルメの具合なんだろうなあ

リアリティ路線だと監修行き届いてなかったら腹立つだろうね

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