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はてなキーワード: 私刑とは

2018-02-08

anond:20180208142055

マジレスさせてもらうと、桃太郎活躍した中世日本には、日本全国を統一した中央政権存在していない。

ヤマト王権西日本豪族たちを束ねた連合体のようなものだし、領民帰属意識が低かった。

何が言いたいかというと、桃太郎法律で罰する法的根拠がない。というより、法律運用する国家自体存在していない。

国家暴力装置だ」と発言した政治家が昔いたが、確かにその通りで、警察軍事といった暴力国家が独占して初めて増田が書いた法律執行がなされる。

桃太郎一行が行ったのは確かに暴力、それも私刑に等しい行為だが、桃太郎達を法律咎め暴力装置国家が当時は存在していないのだ。

2018-02-02

anond:20180202214946

ガキの頃まあまあ重めのイジメをくらった経験があるので、その感情は分からなくも無いけど「私刑」はオススメ出来ないよ。

理由シンプルで「私刑」は執行者にも不可逆な心の傷を残すから特にイジメ被害を被る様な性格の人」が命に関わる行為執行をすると確実に修復不能な傷を残すよ。

スッキリせいせいするかも。とか思うのは完全な勘違いだと思うよ。一回「その道」に踏み込んだら、多分二度と元の平穏日常には戻れなくなると思った方が良い。

なにより「イジメを行う様な卑劣漢」の為にわざわざ、そんな傷を引き受ける必要はない。不幸にもイジメられてしまった人には「復讐」ではなく「幸せ」の道を進んで欲しいな。卑劣漢の為に不幸を背負う必要は無い。

「人を呪わば穴二つ」という言葉は存外真理なのだと思うよ。

死んだ方がいい人間

綺麗事抜きで話すと弱いものいじめする人とかカツアゲする人とかは死んだ方がいいよね。

そいつが死んで悲しむ人がいるって言うけどさ、そいつが生きてることで悲しんでる人よりも偉いの?その人達は。

多くの人にとっては良い存在でも一人の人間には致命的な被害を与えてるような人間は死んだ方がマシじゃない?

いじめ蔓延してるこの世界には私刑制度必要だと思う。

独自に定められたテスト合格した日本国民実弾が5発入ったピストル支給

その5発で人を殺しても罪にならないってことにしよう。

テスト内容は道徳倫理。明確な善悪基準があるかどうかを調べる。教育善悪基準一方的押し付けることはしない。

独自基準を一人一人に持たせる。

私刑制度が出来上がれば死んだ方がマシなやつを排除できる。

全てのいじめ先生やら教育委員会やら警察やら通して裁判で裁くなんて無理なんだよ。

いじめをしようとする人も少なくなると思う。死の危険があるのにいじめ快楽我慢できない人はいないでしょ。

政治とか経済不正が行われているのに、みんな平気な顔をして街を歩いている

今日ニュースを見ていると、政治経済ニュース憂鬱になる。

世界中政治家経営者格差に憂慮しているらしいが、誰も何もやろうとしないらしい。

国内では、籠池氏が私刑とも思える扱いを受けていたりする。

そんな状況なのに、よく皆平気な顔をして街を歩けるものだ。

気にするのは、芸能ニュースとか他人のつまらない書き込みとかスポーツとか自分容姿くらいだろう。

しかし、そのほうが確実に幸せになれる人間もいるのだ。

いや、幸せから気にする必要はないのだ。

今頃、慶応大学に進学しているケツがデカくて肌が綺麗なマナカちゃんは、求人サイトを見て笑っているのだろう。

顔がいい慶応生は、インターンだって引っ張りだこだろう。

何時だって愛されるためにまれてきた存在なのだ

高校生の時に自分被差別民だったが、マナカちゃんは祝福されたような存在だった。

そんな女の子政治経済を気にする必要ないのだろう。

しらなくても、容姿学歴で十分だ。

本当は自分も、政治経済よりも就活を気にするべきなのだろう。

ただ、低賃金労働集約産業過酷営業しか求人などなさそうだ。

関関同立グロメンは悲惨な結果が待っているのだ。

営業バイトしたことがあるが、あんもの3日も持たないから何もしないほうがマシだろう。

もう、やる気もない。

そのために政治経済不正を気にして現実逃避をするのかもしれない。

しかし、彼女みたいに就活に向き合ったところで笑える要素は何もない。

容姿をどうにかしようとしても、どうにもならなそうだ。

そうなると、政治経済を気にしていくしかないのだ。

しかし見比べれば惨めなのは明らかだ。

政治経済をぐちゃぐちゃ言う、グロテスク容姿関関同立底辺学部に通う学生

ただ、素直できれいな顔した慶応生。

でも自分が顔を気にしても良くならないのだろう。

出来ることなどないのだ。

2018-01-31

結局#metooっていうのは

証拠が無くて被害届出せないor時効過去セクハラした奴をソーシャルリンチして仕事出来なくさせる私刑だったんだなぁと改めて思った。

なにか不祥事があると「会社名だせよ」とか「個人名だせよ」と突っかかってくる人ネットにいるし親和性高かったんだろう。

証拠の残りにくいセクハラという特性もあるんだろうけどだからこそ「セクハラ防止に対する意識を高めていこうね」とか「証拠はこうやって残そう」とか「セクハラにあってる人は助けてあげよう」とかそういう活動シフトするのが一番いい展開だったよね。全部台無しになったけど。

某氏はてな民訴えられたら勝てるの?

勝つ見込みあるんですか?

というか某岸氏より先にこっちに矛先向かうのかぁ…なんだかな…

「岸氏はネット私刑により社会的制裁を受けているから訴える必要がない」ってアホな意見みたけど違うでしょ

metooの先導したかったのなら、証拠集めて訴えて「セクハラ加害者」をつくるべきだった

セクハラ犯罪なんだって法に認めてもらえたのに

ネット私刑を使ったから、ネット私刑を使われたってだけじゃないですかね

2018-01-30

#MeToo要素より#HurtYou要素が勝っていることが問題

まずは職場内や関係者間での解決を目指すべき。それかできないなら、法律がある。

#MeToo発祥アメリカ出羽裁判もセットになっていることを、なぜか日本出羽マスコミ含めて知らないふりをしている。

今回の手法私刑に近く、#HurtYou呼ばわりされることを覚悟すべき。

もっと言えば、法律は例えば量刑と言った形で問題解決定義している。

加害者と宣告された人物の、後日の社会的復帰まで、手を貸す覚悟はあるのか?

それが出来ないなら私刑見世物としての公開果たし打ち。

裁判で訴えている伊藤詩織氏こそが正しい。同じ応援するならこちらの方にすべき。マスコミはなにか不都合でもあるのだろうか。

2018-01-28

anond:20180128174231

あの時代は、イスラム国家と同じぐらいのモラルだったんだよ

世論的には被害者側がわるものだったし私刑みたいなものだよ。

2018-01-21

はてなーだけの村』ヲ作ろう

手斧棍棒を持ち歩く

童貞いじりをしたら、全力で攻撃する

私刑合法

他になんかある?

2018-01-20

私はマジンガーZERO…

私は45年間の間、全世界思想規範経済メインカルチャーサブカルチャー

見守ってきた…

だが2017年になって不届き者が現れてきた…

それが鉄血40話以降の件だ…

ロボット乗りが暗殺で退場して鉄の杭が台頭し最終回後も

一部の登場人物が.javaゲームの題材にされてからシリアスな歌とともに一気にギャグネタにされてきたのだ…

私はそれを止めようとしたが察知することが出来なかった。

その代わりとして正統なるロボットとして東映マジンガー新作を、

アニプレックスグレンラガン再放送を促した…

だがこのはてなにて許されない醜聞確認してしまった…https://anond.hatelabo.jp/20180110194621

ガンダム以外の作品まで巻き添えにする陰惨なるやり取り…

抑止となる「ネット私刑への問題提起」の意見無視され低レベル情報に付いていく愚民ども…

こんな事が起きるなら私はこの世界

1972年から現在までマジンガーZが続き全世界思想規範経済メインカルチャーサブカルマジンガーZ支配し、

マジンガーZヴォイジャー』『このマジンガーZの片隅に』など数多の派生が登場し、

世界中マジンガーZを称え、マジンガーZ以外の新しいロボットを思い浮かべる事が出来ず、

無論グレートマジンガーゲッターロボなど後続ロボット作品存在しない、マジンガーZがDr.ヘルと戦い続ける世界」に改変しておくべきだった。

そうすれば上記URLリンク先の様な事は起きなかった…

シリーズ不寛容社会』0001 日本人が「ネットバッシング」を止められない理由に「日本人が元来持つ特性」があった

 日々、ネット世界悪人が仕立てあげられ、ネットバッシングネットリンチが繰り広げられている。確かに、叩かれるほうには否があり、叩くほうの意見に理がある場合が少なくない。しかし、バッシングが開始され、その流れが定まってしまうと、にわか大勢が参加し、過激さが加速度的に増していくさまは、脅威を感じるときすらある。

 『他人非難してばかりいる人たち バッシングいじめネット私刑』(岩波 明/幻冬舎)は、こういったネット住民たちの多くは一見正義派」を装っているが、目的他人を徹底的に糾弾し、傷つけ、ひねりつぶすことにあるという。

そうだとすると、なぜ、「バッシングすること自体自己目的化したバッシング」が横行しているのだろうか。本書によると、これには「世界が小さくなっていること」と「社会の変化」、そして「日本人が元来持つ特性」が関係しているという。

 まず、「世界が小さくなっている」というのは、インターネットSNSが大きな役割果たしている。“隣人”の範囲が広がりつつあると共に、個人秘密を保つことが難しくなってきている。

新しいデバイスを得たことで容易に他人の弱みにアクセスし、付け込むことができるようになった。また、匿名性が声を過激にしている。

 「社会の変化」については、社会で「コンプライアンス」が重視されるようになってきたことを挙げている。昨今の「クレーマー」は、“普通の人”や“善人”が豹変する特徴があるといわれる。

なぜか。内面的には「他人を許せない」「非難せずにはいられない」という不寛容日本人が増えてきているからだ。背景にあるのが、社会の「コンプライアンス重視」らしい。

 社会で「透明化」が推奨され、会社などで「コンプライアンス」が強調されることを、マジメな日本人は表向き良しとしている。一方で、「コンプライアンス」によって、これまでの慣行が突如「悪」として否定されることがしばしば起きている。

コンプライアンスを遵守するということは、不自由煩雑手続きを伴うということだ。ルールが細かく決まっているほど、余裕がない現場では「違反」も生じやすくなる。もちろん、コンプライアンスは遵守すべきだが、「違反」が発覚したとき他者は「自分は守っているのに」という抑圧された気持ち反動で、バッシングの火を過剰なまでに燃え上がらせる、というのだ。

 「日本人が元来持つ特性」とは、「差異に敏感」なこと。日本という島国の“閉鎖的空間”が培ったものだという。

閉鎖的な空間ではしぜんと同質集団形成され、「微妙差異に敏感」になる。たとえば、多様な民族宗教的背景を内部に持つアメリカに比べると、同質集団である日本には大きな「安心感」があるが、バックボーン価値観が似たようなものになりやすいため、すこしの異質でも排除しようとする働きが起きるのだ。

「アイツはどこか浮いている」「同期で能力はたいして差がないはずなのに、アイツだけ出世した」「あのガンダム作品好きが気に食わない」など、学校職場とかで生じる「妬み」や「憎悪」が「イジメ」や「ハラスメント」に発展しやすいのも、この日本人特性と深く結びついている、と分析している。

 以上の3つの要因が複雑に絡み合い、「ルサンチマン(常日頃から感じている悔しい思いやねたみの気持ち)」を抱えやす日本人は、攻撃できるはけ口を見つけると、ボルテージが一気に増幅。日常は抑えている攻撃的な衝動があらわになる、というわけである

 バッシングをすることによって、物質的な利益を得られるわけではない。むしろ、相当の時間エネルギーを消費してしまう。非合理的な行動なのだ

本書によると、そもそも人の行動の多くは、合理性よりも「快、不快」あるいは「好き、嫌い」の感情で左右されるものだという。攻撃的で不寛容な人たちは、自らの感情に忠実な人たちという側面も併せ持つ。

 閉ざされた狭い島国において、似たような顔をしたものどうしがお互いを監視しつつ、ほんのすこしの差異のために競い合い、憎みそねみ合っている。

私たち日本人は、こういった状況を世界的にみて特別だと気づくこと、特殊だと認めることから始めるべきではないか、と投げかけている。

https://anond.hatelabo.jp/20180120162858

https://ddnavi.com/news/270886/a/

正義派を装い、他人を次々傷つけるのが日本人!?

他人非難してばかりいる人たち  〈バッシングいじめネット私刑リンチ)〉』著者・岩波明からメッセージ

閉ざされた「平和」なこの国で、ぼくらは満ち足りて暮らしているべきなのかもしれません。世界中のどこよりも安全で豊かなこの場所で、「幸福であるはずなのです。

けれども、ぼくらはいつも不満足で不機嫌で、ぼんやりとした退屈な世界の中で、他人の不幸を求めてしまう。自分は何も持っていないにもかかわらず、自らが「神」のように振る舞い、他人存在のもの糾弾することに喜びを見出しています

本書は、このような息苦しい日本の「空気」について、ネット社会で起こった実例をもとに検討を加えたものです。この淀んだ小さな世界では、だれもが加害者であるとともに、いつでも被害者にもなる可能性を持っています

オウム真理教

オウム真理教の連中に対する処罰が甘すぎる気がする。

毒(サリン)を撒いて大量殺人やらかし殺人集団のくせに死刑にもならず、無期懲役で済むとか。

無期懲役

たくさんの人を死なせておきながら、自分は死なずにすむんです。

模範囚を演じたら?

反省してるふりをしたら?

脱獄したら?

遺族視点でそれを考えたら、はらわた煮えくり返りますよ?

一番いいのは「私刑リンチの果ての死」だと思う。

でないと、

大量殺人やらかしても運が良ければ死刑にならずに済む。

無期懲役なら脱獄するチャンスもあるし、反省してるふりをして模範囚を演じれば仮釈放のチャンスもある。

…なんて考えるテロ宗教が涌いてくるかもよ?

不倫報道私刑に対してのジレンマ

私刑他者攻撃を減らす効果的な方法が思いつかない。

もう文春砲とか言って持ち上げるのやめよう。不倫報道はなくなるべきだ。

と、こういう意見多数派になっていて少し安心する。

小室哲哉さんの騒動を見ていても、不倫報道辟易している人はますます増えている。

じゃあどうやって不倫報道をなくすのか。現状として、不倫報道は儲かるらしい。需要があって利益が出るからだ。

単純に考えれば、需要ゼロにすればいい。もしくは不倫を扱うことでマスコミマイナスな影響を受ければいい。

そのための戦い方はいくつかあると思う。単純だけど、スポンサーへの抗議とか、不視聴運動とか。

でも、本質はそこじゃないと思っている。不倫報道需要がある理由を考えると。

簡単に言うと、たとえ不倫報道がなくなっても、別の「悪いことをした人」を見つけて、また嬉々として叩き出すんじゃないか?という不安がある。

不倫は悪いことだ→悪いことをした人間には何を言ってもいい、社会的制裁を加えるべきだ という流れこそ、一連の不倫報道を見ていて特に嫌悪感を覚える部分。

この流れは、不倫報道とは別の場面でもよく遭遇する。

テレビ容疑者実名報道してコメンテーター人格否定ネットでは住所が晒され、勘違いにより無関係な人・会社にまで誹謗中傷の声が届く。

必要以上に他者攻撃し、社会的制裁を加えようとする現代に、そして自分もまたそうした世間の一人であることに、本当に嫌気が差す。

前置きが長くなったが、「悪いことをした人を叩く行為」をなくす効果的な方法が思いつかなくて悩んでいる。

ネット私刑はここ数年ずっと問題に挙げられているトピックだ。しかし、それを批判しようとすると、「悪いことをした人を叩く行為を叩く行為」になってしまう。

現状では、不倫報道を倒してもまた次の倒すべき相手が生まれるだけだ。そもそも、何かを倒したいわけじゃない。息苦しさや嫌悪感をなくしたいだけ。

諦めて無視するしかないのかな。とにかくずっと苦しい。何か解決策あったら教えてくださいませんか。

2018-01-19

けんちん・F氏の文章面白い その1

けんちん・Fさんという人物がいまして。

彼はmixiを中心に、様々な映画作品の論評を投稿しており、

その切り口は身内同士でズブズブになっている九州福岡演劇界をバッサリと斬るものが多く、たまに面白く拝見していたのですが、

どうにもここ最近、彼の文章の質が変わってきたというかちょっと見るに堪えないものになってきました。


彼がどのくらい影響力があるのかはちょっとからないのですが、このまま福岡演劇界ご意見番ヅラしてるのもちょっといかがなものだろうかと思いまして、

ここに、記述させていただこうと思います


<はじめに>

私は、市原幹也氏を知りませんが、様々な記事などを見る限り今後、演劇には関わって欲しくないと思います

但し、彼が演劇をやりたいと言う気持ち、思いを禁じる権利は私にはないと思います。(何故なら知らない人だから)  というスタンスです。

人を裁けるのは司法、又はその直接の被害を受けた人だけ。というスタンスです。そうじゃなきゃ私刑だよ。


目的

1.昨今のけんちん・F氏の文章論理的でない事を広く知っていただくこと

2.九州演劇界に対するレッテル張りが少しなくなること

3.彼の文章が今後理論的になり、もとのキレのよい論評をしていただく事

達成できるかどうかは別ですが、この3つを目的に書いていきたいと思います


引用文章

①あの市原幹也がセクハラ! ……って、誰?

http://open.mixi.jp/user/1846031/diary/1964252256

あなたが本当に「演劇人」なら、市原幹也を救おうとはしないはずである

http://open.mixi.jp/user/1846031/diary/1964295122

③今そこにいる、一万人の市原幹也

http://open.mixi.jp/user/1846031/diary/1964416782

セクハラパワハラは本当に止められるのか

http://open.mixi.jp/user/1846031/diary/1964577327

演劇センターFの解散市原幹也の雲隠れ

http://open.mixi.jp/user/1846031/diary/1964600688

不透明さを増す市原幹也と、藤原から野村政之らの卑劣印象操作

http://open.mixi.jp/user/1846031/diary/1964756079

記事数は多いですが、出来れば正確さのためにきちんと目を通していただければ、と思います


問題点

さて、早速問題点ですがけんちん・F氏の文章、大まかに分類すると3つの問題点があると思います

1.事実と推論を分けておらず、非常に読みにくく、推論を事実すり替えさら理論を展開する

2.主語を大きくすることで、拡大解釈レッテル張りを行う

3.自論に対して反論する人に対し「擁護するから反論している」とレッテル張りを行い間違いを認めない

それぞれ見て行こうと思います


問題点1:推論と事実すり替え

対象者の悪い印象ありきで文章が書かれており、

「AということはBなのではないか、BということはCなのではないか、Cは問題からAは非常に問題だ!」という推論に推論が重なった故の結論が、ソース不在の論理性に欠けるものが多い。


例ア

文章①より引用

一応と言うか、市原氏は、2013年をもって、アイアンシアターの芸術監督を解任されてはいる。のこされ劇場≡の活動もそこで中断し、実質、解散状態にあるようだ。

当時はその理由不透明だったが、こうした事件が発覚してみると、「そこでも何かやらかしたんだろうな」と判断せざるを得ない。劇団員に手を付けたか

ワークショップ参加者に手を付けたか、そんなところだろう。彼の不始末のせいで、枝光演劇フェスティバルが開催不能になり、枝光から演劇の火が消えてしまたことは残念だが、

事情事情なら仕方がない。 でももし本当に私の憶測が正しければ、枝光商店街はその時点で、彼の解任理由をきちんと発表すべきだっただろう。そうすれば、その後、

新たな犠牲者が出ることを防げたかもしれないのだから

<以上引用

要約するとこうなります

2013年アイアンシアターの芸術監督を解任、のこされ劇場≡もそこで実質解散状態事実

「そこでなにかやらかしたんだろうな」と判断せざるを得ない(推論)

劇団員ワークショップに手をつけたのだろう(推論)

彼の不始末のせいで枝光演劇フェスティバルが開催不能になったのは残念(事実のように記述だがソースなし)

憶測が正しければ、枝光商店街が解任理由をはっきりさせれば犠牲者は防げたかもしれない(推論)

2013年の解任と解散事実だが、そこの理由ははっきりしていない。にも関わらず、枝光演劇フェスティバルの中止を彼が原因かのように記述

そしてその後の被害発生の責任枝光商店街に一部求めている。

有名な言葉がここにあります。「なんかそういうデータあるんですか?」

枝光演劇フェスティバル市原氏の不始末で開催不能になった」

推論を並べ立ててもいいけど、そこに至った経緯、又は根拠を示さないと説得力ないよ、けんちん氏。


例イ

文章①より引用

自主的引退してくれるのが一番マシではあろうが、どこぞの議員みたいに、どこかにずっと居座り続けそうだよね。周囲もそれを許してしまいそうな気がする。

まりそれだけ日本演劇界がユルい社会であるということだ。それも日本演劇レベルが沈滞し続けている原因の一つかもしれない。

<以上引用

市原って居座り続けそうだよね(推論)

周囲も許しそうだよね(推論)

それだけ日本演劇界はユルい社会で、演劇レベルが沈滞する原因かもしれない(推論)

はっきり言ってウケる脳内妄想垂れ流してもいいけど経緯又は根拠を示さないと説得力がねえよ。


例ウ

文章②より引用

逆に言えば、なぜ市原幹也は別の道を選ばず、また彼の仲間もそれを勧めないのか、ということなのだ。市原だけでなく、彼の周囲の人間も、演劇を愛してはいない。

演劇に対する愛があったのなら、とっくの昔に、彼を制止していたはずだ。

<以上引用

市原演劇をやめなかった(事実

それは周囲の人間が別の道を勧めなかったから(推論)

それは周囲の人間演劇を愛してないから(推論)

データと経緯がないのは先の例と一緒。さらに、さも自分部外者かのようにけんちん氏は記述しているが、それ以前の文章に「悪い噂は流れてはいたようだ」とか書いてんだから

同じ論法だとアンタも周囲の人間に一人に入っちゃうよ。ブーメランだよ。

あと、文章③において

引用

彼は、市原舞台に出演していた当時、既に、「ウワサ」は聞いていたようである。けれども、面倒ごとに関わるのは嫌だと、市原意見することを控えてしまった。

そのことが、次の被害者を生んでしまったと気づいて、今、深く責任を感じてしまっているのだ。いじめ現場を目撃していながら見て見ぬふりをして、その結果、被害者自殺をしてしまった、

そのことを悔いるような心境になっているのだろう。もともと心が弱い方であるから、このショックは相当にキツかったと思われる。

<以上引用

一個前の論理で行くとこの人完全に「別の道を勧めなかった周囲の人間」に入るわけで「演劇を愛してはいない人」になるわけですけど。

知人と分かった瞬間この手のひら返し。まごう事なきダブルスタンダードです。


例エ

文章③より引用

 野村氏は、市原電話で「死ぬな」と言ったとか書いているが、はっきり言って芝居がかっていてかえって白ける。電話でどのような会話をしたのかを

公的な報告」として記すのなら、本来は今後の対応をどうしていくかについて書くべきで、こんなプライベートな心情吐露を垂れ流してはいけない。まるで、泣きを誘って、

市原の方が被害者的な立場に見えるように、話を粉飾しているようにすら見える。 野村氏もここですっかり忘れてしまっているよ、被害者女の子たちなんだって! 

死にたい」と思った女の子たちが、今も「沈黙」するしかない被害者たちが、いったいどれだけいるのか、それを認識していたら、

たとえ本当にそのような会話をしたのだとしても、申し訳なくて公表なんかできないって。 野村氏もまた、人間として最低な部類に属するのである

<以上引用

この文章には山ほどの問題点があるのだけれど、とりあえず推論のすり替えについて言えば

野村氏は、市原電話で「死ぬな」と言ったとか書いた(嘘だけどここでは事実しましょう)

まるで、泣きを誘って、市原の方が被害者的な立場に見えるように、話を粉飾しているようにすら見える。(推論・感想

野村氏もここですっかり忘れてしまっているよ、被害者女の子たちなんだって!(事実のように記述

野村氏もまた、人間として最低な部類に属するのである。(結論

ものすごいとんだ論法。あと、後述するけど「死ぬな」って言ってないしね。「死ぬな」の意味合いも違うしね。


例オ

文章⑥より引用

 いつでもどこででも、これだけ派手にやらかし続けていれば、福岡演劇人が、あるいは市原関係があった人々が、「知らなかった」人間ばかりのはずはない。

なのに彼らの殆どが、自分セクハラ行為とは無関係だと強調するか、全くの沈黙を守り続けるかのどちらかしかしないのがどうにも解せないのだ。

前回の日記にも書いたように、市原セクハラを知りつつ看過したことを恥じて自らを責めたのは、私の知人一人だけである

他の「知ってたやつら」は、今どこで、何をしてるんだよ。 中には、市原が誘ったか誘われたかで、一緒にセクハラ行為に及んだ演劇関係者もいるはずなのだ

市原はその人物名前を明かしてはいないし、本人が名乗り出て謝罪する気配もない。市原同様の行為に及んでいながら、今ものうのうと「演劇人」の仮面を被り続けている人物が、

福岡演劇界に居残り続けている可能性を否定できないのである

<以上引用

市原関係があった人が知らなかったばかりのはずがない(推論)

何故なら看過して自ら責めたのは一人だけだから根拠

中には、市原が誘ったか誘われたかで、一緒にセクハラ行為に及んだ演劇関係者もいるはず(とんでもない推論)

ものうのうと「演劇人」の仮面を被り続けている人物が、福岡演劇界に居残り続けている可能性を否定できないのである。 (結論

一緒に及んだ人がいる根拠を示せ根拠を。バックデータのない論理はただの言いがかりだぞ。

とりあえず、問題点1.に関してはここまでと致します。



問題点2:主語を大きくすることで、拡大解釈レッテル張りを行う>

彼の文章はよく「個人問題」が「福岡九州演劇問題」に主語が大きくなっているように感じます感想

福岡九州演劇界は腐ってる!」という意識根底根付いているのでしょうか(推論)


例カ

文章①より引用

自主的引退してくれるのが一番マシではあろうが、どこぞの議員みたいに、どこかにずっと居座り続けそうだよね。周囲もそれを許してしまいそうな気がする。

まりそれだけ日本演劇界がユルい社会であるということだ。それも日本演劇レベルが沈滞し続けている原因の一つかもしれない。

<以上引用

さっきも出てきた文章ですね。引退しない、が周囲が許しそう、の周囲の話になり、日本演劇会の話にどんどん主語が拡大していく。しかも推測なのに。

一泡沫演出者の話を日本演劇界に持ってくんなよ。日本演劇界迷惑でしょうよ。それなら一連の騒動が大物の米映画女優の話からはじまってんだから、「米映画界はクソだ」くらい言ってもいいんだよ?


例キ

文章③より引用

それどころか、事件発覚から十日余りが過ぎて、事態は早くも風化しつつあるような印象である。 いやホント、Twitterをずっと追いかけてみても、九州演劇人の間でも、ろくに話題なっちゃいないのである

2ちゃんねるちょっと取り上げられて、あと何人かがブログで「市原擁護」としか取れないような文章を書いている程度。何だよ、それ。 ジャーナリスト江川紹子さんが、セクハラ告発が相次ぐ世界の情勢を俯瞰しながら、

市原についても触れた文章を綴っているのは非常に貴重だが、それくらいだ。

<以上引用

個人個人発言しない事がいつの間にか九州演劇人全体の問題に。え、だって市原のこと知らない人も結構いるよ?

身近に被害者もいない九州演劇人はどういう声明出せばいいんだろう?もしも、具体的に声明を発表して欲しいのにしてない人がいるならその人に言いな。

自分が知ってる演劇人発言しないからって、責任演劇界演劇人全員に持ってこないでくれる?


例ク

文章③より引用

九州演劇人たちが、沈黙するか、あるいは市原擁護に回った理由はそこにあるのだろう。 やはり「同じ穴の狢」を追及することができないでいるのだ。

指導と称して、セクハラパワハラが当たり前の世界に堕してしまっているのだ。もしかしたら、九州演劇界だけでなく、全国的に。

<以上引用

目の肥えた読者さんなら「あ、推論が置き換わってる」と感じ取れたかと思います

さらにいつの間にか全国の話になってますね。おお怖い怖い。

さら引用

 どの世界にも、同様の問題はあるだろう。けれども演劇界特に腐っている。仮に日本演劇人が全部で二万人いるとしよう。

そのうちの半分が加害者で、半分が被害者になる。そう考えてもらった方がいいくらい、どいつもこいつも腐っているのだ。

<以上引用

「なんかそういうデータあるんですか?」

君の知ってる演劇人に腐ってるやつが多いのかもしれないけどその井の中のレベル日本演劇界の話に拡大しないでくれるかな。ちゃんと統計取った?

主語の拡大はもう少し散見されるのですが、周囲はどこまで責任を持つべきか、というのには正解が出しにくいため

個人的に「明らかにデカすぎない?」と思うもののみ掲載しました。そのほかは是非皆さんで探してみてください。


その2に続きます

2018-01-13

欧米では」をつまみ食いした #MeTooマウンティング合戦不毛

ハリウッドに端を発する #MeTooで提起されている問題の中核部分が

「ある人物もつ権力濫用人間尊厳という基本的権利侵害し、女性たち(に限定はされないが)に性的被害をもたらした」

であることは、主張者・賛同者一人一人に聞いても「その通りだ」と言ってもらえると思う。

おそらく自由恋愛派のフランス勢もここは否定していない。

まさか、「権力強制力とは関係なく、いやらしいジョーク不快にさせられた」程度のことではあるまい。もしそうだというなら、本家運動と照らし合わせる限り、それは今回の#MeTooとは別のものだろう。

人権侵害ということであれば、個人間の解決を見ない場合法律に訴えるのが筋である

発端となったアメリカ映画界のケースは、"W"なる人物による被害をこれ以上広げないという意思も含めた「緊急避難」として告発を行ったという意味合いもあろかと思う。

法律の外だけで社会的抹殺を行おうという動きではない。きちんと訴訟も行われている。

[ハリウッドセクハラ騒動:ハーベイ・ワインスタインに関する訴訟はどうなっているのか(猿渡由紀) - 個人 - Yahoo!ニュース](https://news.yahoo.co.jp/byline/saruwatariyuki/20171128-00078657/)

メディアを利用した社会的告発に対しては、相手方から名誉棄損などで訴えられる可能性もある。また、復讐心に基づく私刑(リンチ)ではないことを示す必要もあり、訴訟行為は当然と思える。

さらに、現時点の#MeTooは、

https://news.goo.ne.jp/article/asahi/nation/ASL131P4HL13UHBI001.html(「もう終わり」ハリウッド俳優ら、セクハラ訴訟基金設立)

一般社会のケースでの訴訟費用支援話題となっている。#MeTooの結果として相手方から起こされる訴訟も想定しているだろう。

自分の感じ方にすぎないが、本家ハリウッドの人々は自らのアクションに少なから復讐心リンチ性の要素が含まれていることを自覚しており、また「しょせんハリウッドという舞台でのマッチョな人々の内輪喧嘩ではないか、我々の生活とは関係ない」という一般の人々の厳しいまなざしをも感じ取ったうえで、さらなる公益性を目指しているように思う。

本邦の #MeToo

翻って、本邦の#MeTooでは告発者が将来的に払うことになるコスト世間からの好奇の目・加害者から復讐など)の大きさを理由に、これ以上のコストを払う必要はなく、法律の外で加害者社会的抹殺する手法でよいと考えているように見受けられる。

そもそも職場環境内の問題であれば、

日本場合厚生労働省の「お問い合わせ先」がある。

[職場でのハラスメントでお悩みの方へ(セクシュアルハラスメント/妊娠出産育児休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント) |厚生労働省](http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html)

がある

まずもって、これは雇用された者同士の問題というより、雇用主が解決しなければならない問題である

もし話し合いで済まなかった場合は、まずは訴訟を考えるべきであるメディアを利用した告発とセットでも構わないとは思う。

仮に、話し合いで済んだにも拘わらず、社会的告発をしたいというのであれば、それこそ社会的非難覚悟で行われるべきであろう。

いずれにせよ日本アメリカ同様、法治国家なのだから本来の手順を意識する必要がある。

年末に本邦で見られた #MeTooスタイルは、標的を定めた #HurtYou になる可能性があり、私刑性を否定できない。

日本版#Metooで有名になった方が、

「#metooリンチではありません」と宣言しているが、それは独自解釈であろう。

被害者として名をさらしており、匿名立場から石を投げているわけではないからといって、ただちに私刑としての性質から逃れられるものでもない。

もし、メディアを利用した社会的告発だけで問題が済むというのであれば、少なくともアメリカ発の#MeTooに自らを連ねるのはやめたほうが良いと思う。

もし、法律の外の告発だけでよいとすると、下記のような懸念が考えられる。

  1. 冤罪可能性(そもそも被害を受けたと主張する側が嘘をついていないという保証はあるか)
  2. 時効概念をどうするか(もしこれがないなら、わざと被害を受け、被害を上回る利益が得られるタイミングを選ぶことが可能)。また、過去出来事現在価値観でもう一回評価できてしまうことの是非(現在常識は数年後の非常識になりうる)
  3. 告発された側が受けるべき社会的制裁の程度。また、社会的更生はどのようなものであるべきか。これらについてのコンセンサスがない。
  4. 罪と人の分離問題過去の業績の評価はどうするか。作品仕事個人の分離は可能か)。これについてはハリウッドのほうが深刻かもしれない。
  5. 公益性問題(ある人物社会的告発することに対する社会全体の意義。社会的無名な人を名指しで告発した場合名誉棄損の観点から法的にも危うい)

これらに対して社会的合意形成されない限り、このタイプの#MeToo運動は深刻な問題を起こす。

欧米では」のつまみ食いによる #MeTooマウンティング合戦不毛。これを契機に本邦独自問題として考えたほうが良い。

個人的意見ではあるが、

まず、#MeTooを「アメリカ出羽守」や「フランス出羽守」として我が正義マウンティングに走るより、もっと地べたから考えていくべきであろう。そして、それが#MeTooというハッシュタグのもとに語られる必要は全くない。

セクハラを「力関係濫用」ととらえるか「不愉快行為不愉快言動」まで広げるか(少なくともハリウッドの#MeTooは前者であろう)、本邦ではこの付近こそが争点になっていると見受けられる。それゆえ独自問題系もあるかと思う。

また、#MeTooの周辺問題系としては、過去現在についての個人的救済もさることながら、類似問題を未然に防ぎ、未来に向けてよりよい環境を作ろうというテーマも含まれるように思う。ここについての議論もっと必要なのではないかと感じる。これもまた、本家#MeTooベースで考える必要はない。例えば「就職時のOB訪問のあり方」、「副業解禁による個々人のフリーランス化(新たな上下関係が発生する)」など、具体的な問題をもとに性被害防止に向けたアイデアを出し合うといった、地に足がついた議論があってもよいのではないだろうか。

このことを思うとき、先般の件を受けてD通はどう変わったのであろうか。あくま組織内の問題かもしれないが、社会への還元があってもよいように思う。

ヌーヴに賛成でも教師の生徒への求婚に懲戒自然と思って当たり前

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.mbs.jp/news/sp/kansai/20180112/00000068.shtml

 

62歳既婚教師が生徒に恋心を抱いて猛アタックをかけていたことが学校にばれ、減給懲戒処分となったニュースに対して、ドヌーヴの「口説く自由」を持ち出して皮肉を言うコメントがみられる。

口説く自由」を認めるなら、この教師の行動も女子生徒は認めなければならなくなる、と言うのだ。

 

単純に62歳が18歳に恋して口説いてもいいか、に答えるならば、答えはイエスだ。口説いてもいい。ただし多くの国では未成年と付き合うには本人以上に保護者同意が法的に必要になるが。

次に教師が生徒に恋をして口説いてもいいか、になると、人間としては自由だが、職務上は許されない、となる。なので本気で口説きたいなら卒業してから、となる。

そして、この教師口説き方は問題か、と言われれば、問題があった。朝日新聞記事によれば、教師から口説かれた生徒は、その話を断った、とある。生徒が断った後も、教師からアプローチは続いたという。これドヌーヴの「口説く自由」「うざがられる自由」を超えている。

 

最後に、この「口説く自由」を超えた迷惑に対して、懲戒内容は妥当か、という点がくる。今回は免職ではなく減給である。重すぎることなく、かといって訓戒や注意だけのような軽すぎるものでもなく、表に出ている情報に対する懲戒処分としてちょうどいいものではないか、と個人的には思う。これが懲戒免職が出されたとなると、「報道には出なかった性的な酷い嫌がらせもあったのでは」と類推することになる。

 

ヌーヴの文章が出てくる背景には、「その#MeTooに対してはあまりに罰がひどすぎないか」という私刑の行きすぎ感がある。軽口まがいの性的呼びかけ、挨拶に便乗したキスやボディタッチなどに対して、凶悪性犯罪と同等に扱い、告発を受けた者が仕事を失う、過去の栄光が失われるなどすることは妥当なのか、という罪と罰バランス感覚に対する問題提起である

今回の62歳のケースは、「口説く自由」と「自由行使で発生した迷惑に対する社会の罰」とのバランスが取れてるから良しとするというのが、私の考えである

anond:20180111175142

事後的に吊るし上げて私刑にすることが「ノー」ということなわけ?

いからその場で言えよクソアマ

2017-12-30

anond:20171230183031

うん、「俺の『死ね』は良いが他人の『死ね』はダメだ」ってのが分からない

それともCunliffe,whiterose,masudamaster,rag_enは普段言動がアレだから差別してもいいってことか?

この人死刑反対みたいだが私刑自殺教唆はいいのか

2017-12-25

そろそろ、はあちゅう氏とMetooで消耗するのはやめて事後処理に入ろう

【要点】

はあちゅう氏は(社会のためには)今回のタイミングMetooすべきでなかった。もし日本Metoo運動スタートさせようとしていたのなら、その試みは既に失敗に終わった。

はあちゅう氏は日本セクハラ被害者の中に大きな爆弾を爆発させた。後に残ったのは、焼け野原でも逞しく生きることができるはあちゅう氏とその他大勢の屍である

・いま社会がよりよくなるための最善な手段は、はあちゅう氏のMetooは一旦リセットし、粛々と建設的で実効性のある対応策を議論することに人手を割くべきだ。

 

【お定まりの前提】

今回の件で明るみに出た岸氏の行為は許されることではなく、批判されるべきことである。(ただし、岸氏も含めて今回の登場人物全てに対して、人格攻撃はすべきではない。2人ともに人権はある)

 

【本論】

現在セクハラ告発したはあちゅう氏の一件は各所で爆発・炎上を繰り返している。そして尚も拡大中に見える。

 

彼女告発をした理由は分からない。本人は、このタイミング名前を売りたいという意図があったかもしれないし(※1)、岸氏が前所属を辞めたから言い出せるようになったかもしれない。もしくはよっぴー氏との会話の中で決意したのかもしれない。本人にとっては勇気のいる行為だろうし、BuzzFeed記事で公開された情報のみから考えると告発自体は正当なものだ。

 

ただ、今回BuzzFeed日本Metooキャンペーン鏑矢としてはあちゅう氏を登場させたように見える。そして、目論見は失敗に終わった。Metoo運動は、従来不可視化され社会無視されてきた構造的抑圧を可視化する、被害者たちの抵抗運動として発生したものだ。だが、この「従来不可視化され社会無視されてきた構造的抑圧」とは彼女が今までしてきたこと(むしろキャラクターのコアパーツ)と重複して見えてしまう人が多いのだ。簡単にいえば「お前が言うなである

 

お前が言うな」は本来誤謬である。実際、初期の頃ははあちゅう氏に批判的な立場の(もっと有り体に言えば彼女のことが嫌いな)人からも支持する声が多かったように思えるが、一部の人からお前が言うな理論を投げつけられてしまった。そして日本版Metooの不幸はここから始まった。

 

はあちゅう氏は静観もしくは黙殺すればよかったものを、批判者の感情逆撫でする形で反論してしまった(※2)。そして起こった事象としては「炎上である。これにより彼女批判的だが支持する層はハシゴを外されてしまった。そこからは、ネット界隈の有象無象が参戦し泥沼状態となり、ネットおもしろコンテンツとして消費されつつある。結果的に、構造的抑圧が見えないだけで大量にあるんだ、ということに耳目に集めて議論を深めるMetoo運動は起きず、はあちゅう氏本人の言動挙動に耳目を集まっている。そういった意味日本Metoo運動は終わったと言える。この燃え盛る炎を見たら現在声も上げられていない名も無き被害者たちは、声を上げるのを躊躇うだろうし、声を上げたところではあちゅう氏の方に注目が集まっている現状では効果は薄いだろう。

 

これを喜んでいるのは、今回告発されなかった無数の加害者である加害者いちばん恐れているのはMetoo告発相互作用的な増加だが、その心配が格段に少なくなっているのだから

 

では、いま社会がよりよくなるためには何をすべきか。それは、はあちゅう氏のことを静観もしくは黙殺することだ。彼女リソースを割かず、名も無き被害者たちに注目すべきだ。そして、告発合戦ではなくどうしたら再発防止ができるのか、広く事例を集め、対処方法を考えることではないだろうか。

 

なお、結論としては、はあちゅう氏は今回の告発すべきではなかったということになるが、それは岸氏の行為容認する訳ではない。あくま日本Metooの嵐を発生させ、それによりセクハラ被害を撲滅するムーブメントを起こそうという視座に立った場合結論である。今回の告発彼女報復と捉えるならば、それは成功しており告発すべきだったという結論になる。(※3)

※1 それ自体は悪いことではないと個人的には思う。告発正当性が有るならタイミングは本人の自由だ。それが金銭的な収入に直結するような目論見があったとしても、褒められることではないかもしれないが、否定はできない。

※2 はあちゅう氏が反論することは本人の自由であり、反論する行為自体を誰も批判できない。ただし、反論の論旨に正当性があるのかは別に検証すべきであるが、本稿の趣旨とは外れるので言及しない。

※3 個人的報復をすることは、私刑にならない限りにおいて(法律に反さない限りにおいて)、容認されるべきだ。今回は法律に反していないので、はあちゅう氏に非が有るとは思わない。

2017-12-24

anond:20171224135013

法の問題じゃないよ

違法じゃなくても嫌なことは嫌と拒否しようって話っしょ

キャリアのためとか仕事のためとか組織のためとか思わず

対立せずとも笑顔で「それは嫌です(した)」と言おうってことでしょ

周りの人は私刑に加担するんじゃなくて「これが嫌だったのか」と関心とともに発見してくれればいいんじゃね

全てを法で裁けとなったらハラスメントが横行するだけだよ

はあちゅうMeToo自力救済のための私刑ですらなく単なる復讐なんだよなあ。

最初に、もうここ数日、必ず冒頭に入れないといけないテンプレになってるけど、K氏の行為は、彼が謝罪文を出している内容において、ダメ絶対です。弁護の余地はないです。そこに関して繰り返し強調しておきますはあちゅうさんのことは好きでないけど、告発内容そのものは支持します。

俺はあらゆる私刑に反対だからはあちゅうの「告発」もMeToo評価してないんだけど、こういうカジュアル私刑肯定ってなんとかならんの?

はあちゅうを支持できない理由を同性の私が考えてみる

今回の騒動日本版#MeTooというハッシュタグも含めて、私ははあちゅうの行動の全てを支持できないでいる。

理由は主に3つあり、


1. なぜ裁判と言った公正な場で戦わずに、ネット晒すという卑怯な手に出たのか理解できない。

2. 男性の性に踏み込むキャラ自分で作っておきながら、逆の立場に置かれることは許容しない

3. 自分否定的意見をする人間を徹底的にブロックそもそも議論する気がないのに問題提起の声だけでかい

(補足. セックス話題を使って仕事をしている女は、同じ女に対して害悪だと思っている)


特に1.については絶対的な悪だと考えていて、実名晒してああ言う書き方をすれば、(はあちゅうの言ったこと内容が対して検証もされず)見た人たちが感情的ネットリンチに走ることは容易に想像できたことだし、そこまで考えられないのに言葉仕事にしているのは失格だと思う。

どういった被害を受けたのであれ、私刑に走るのは最低だと思う。


2.については、『あーこいつもかー』と思った部分。

男性からすれば理屈の上でおかしい、と感じるかもしれないけど、女性からするとこう言う女性を少なくない頻度で目にするのでうんざりしてる。

自分から男性の性に踏み込んだ話題を振る割に、自分の性の話になると拒絶反応を示して、後で女だけの会話になったら『あいセクハラ。最低』という女。

男性の性について会話の中で踏み込んだ時点で、自分の性についての話題を振られる間口を開けてしまっているのだから

そうされることを拒絶すれば一方的コミュニケーションになるし、男性から『なんだこいつ』と思われるのも当然じゃないかと思う。

私はそう言う女が正直言って面倒くさい。性についての話題は、自分の性だろうが他人の性だろうが、一切NGとするべきだと私は思っている。


3.ははあちゅうの子供じみた行動が、言葉仕事にしている人間として不適格だと感じている点。

過去何度も炎上させる度に、反対意見を持つ大量の人をブロックリスト送りにしているけど、不特定多数が目にする自分意見文章)に対して責任を持つという最低限の事ができていないこの行いは、もっと追求されるべきことだと思う。

そう言った、『特定意見しか受け入れません』という態度を取っているにも関わらず、未だに支持者がいることも理解できない。

手のひらを返すように意見を変えた瞬間、支持してる側だと思っていた人がブロックリストに送られることだってありえるのに(と言うか今回沢山起きてますよね)。


=== 最後に、読んでくれた女性に ===


女性自分キャリアのために、女性の性を使う必要はありません。

40代の私は過去数え切れない回数のセクハラを受けてきました。だからこそ、性に触れることを自分言動のなかで行うことは避けようと思っています

セクハラ問題においての唯一の特効薬は、性について(自分話題であろうが、人の話題であろうが)、一切公で触れてはいけないという風潮を作り出すことだと思っています

私が仕事をしているアメリカでは十数年前からそういった風潮が完成しており、今問題になっているのは密室で行われたセクハラです。

アメリカ女性たちが密室で行われたセクハラ告白することで、アメリカからついにセクハラが無くなるのではないか、という期待あってのムーブメントです。


日本はまだ、公に行われる軽いセクハラが許容されていると感じています

これは女性側の言動にも責任があると思っており、『女らしさ』や『女性性』といった言葉ヴェールをかけていますが、結局のところネットTVで目にする性の話題は、女性の側から男性に対して会話の間口を開いているにすぎません。

セクハラ撲滅の第一歩のためには、女性自身が性に触れることはセクハラのある風潮を助長することだと自覚し、公で話題にしないという意識の徹底が必要です。


はあちゅう童貞いじりや、恋愛セックスについての話題は、男性女性に対しても同じ話題を振っても良いと勘違い助長してるにすぎません。

そう言ったポジション仕事の上での強みの一つにしているので、はあちゅう特に悪質です。


彼女自信がこういった自分の悪質さに気がついてくれると良いのですが、残念ながら2.の通り、自分に対する否定的意見無視を決め込んでいます

そうなれば私達が取るべきアクションはたった1つで、はあちゅう無視して孤立させる他ありません。


今回の騒動でまた一歩、日本セクハラ撲滅への動きは後退したと感じています

女性自身が行動する他に、セクハラが減ることはありません。

2017-12-22

はあちゅうセクハラ加害事件ネット私刑で求める重さはどれくらい?

小保方レベル刑罰必要だと思っている。

廃業し、それまで得た金銭を何らかの形で返還させる。

関係者にも致命傷を残す。

それでも、本人には経験が残るし社会は教訓を得る。

これくらいが腑に落ちる顛末だと私は思う。

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