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はてなキーワード: 対峙とは

2021-05-09

匿名おむすび山を大きく(自己証明に)する人たち

キッチンペーパーもトイレットペーパーも結局のところ文脈によって存在規定されているだけなので、キッチンペーパーをトイレに、トイレペーパーをキッチンに置いて生活するようにしてから、どうもお尻が痛い。これはトイレの神様の怒りをかったかなと思い、中学同級生フリーランス除霊師になったバレー部キャプテンがいたから、思い切って除霊を依頼することにした。「便座の保証が効かなくなるけど良い?」と4回くらい確認されたもの無料で引き受けて貰い、後でネットDMのやり取りを晒す絵師のような事されるくらいならお金払ったほうがこっちとしては安心なんだけど、今後もっと大きな巨悪(55年体制とか)と対峙する時になった時に仕事をくれれば良いという相手方好意に甘えることにした。神殺し儀式は15分ほどで終わり、これなら確かに無料でも当然かなと思いつつも、口には出さずハーゲンダッツを12個渡して帰ってもらった。塩撒いた方が良かったかな。

2021-04-25

anond:20210424185039

対峙されるのはウザいけど、対峙されないと見捨てられたように感じるという、若さゆえの矛盾した思いを感じた。まぁ、長い人生、色々あるよ。いずれにせよ「こうでなければならん」と思いすぎると、しんどいね。

2021-04-21

anond:20210420224603

アメリカが矢面に立って対峙することはなくなるし「市場から中国を閉め出す」なんてことは起こらなくなるよね

=中国覇権主義に屈する以外の何だというのか?

2021-04-18

有名な短歌外国人差別として炎上し、短歌の終わりを感じた

はじめに言っておくが、増田は「ポリコレ短歌を殺した」というつもりはない。

お父さんお元気ですかフィリピンの女の乳首は何色ですか

https://twitter.com/aymusk/status/1382910231223562244

若手歌人の上坂氏による短歌で、そのキャッチーさ・ショッキングからSNSでも何度かバズっている作品である。ここで「有名」というのは歌壇での話ではなく、一般ウケの話で恐縮なのだが、見たことある人も多かろうということで「有名」と評した。

今回、その「父」が死去したことにより上坂氏が再度ツイートしたところ、以前は見かけなかった「差別的だ」との引用RTリプライが寄せられているようで、上坂氏は謝罪に至っている。

増田短歌評価を書くような場所じゃないと思うのでその辺は省くが、ちょっとした短歌ファンとして今回の件はショッキングだった。

言うまでもなく、そして穂村弘による評価でも言われている通り、この作品は父に対する強い負のイメージからまれ短歌である

これはフィリピンに対するネガティブイメージではなく、「あのクソ親父は女がいたかフィリピン駆け落ちしたんだろう」というのが詠まれた状況であろう。なお、駆け落ちという言葉でわかると思うが、ここでいう「女がいたから」というのは「フィリピンに行けば女がいくらでもいる」といったものではなく、「特定フィリピン出身の女が居て、そいつのために行ったのだろう」という意である

上坂氏は後日談のように当時の心境を書いており( https://twitter.com/aymusk/status/1382914438290804739 )、それなりに上記解釈が合っているとは思っている。もし上坂氏が「そうじゃない」といえばそれまでだが。

仮に上坂氏の父親大阪に逃げたならば「大阪の女」、フランスに逃げたならば「フランスの女」、で短歌構成することは不可能ではなかろう。

さて、今回見受けられる批判は主に人種差別、例えば「フィリピンといえば女だと決めつけているのだろう」といったものが多い。

困ったことに、そう解釈することも不可能ではないのである

短歌とは極限まで言葉の数を削ぎ落とし、鑑賞者に想像余地を持たせるものであろう。たとえば「歌人フィリピン女性に悪意を抱いていたのではないか?」という解釈を試みる事自体を間違っている行為だと断言できる気はしない(もちろん歌人意図とは異なるのであろうが)。

昨今のTwitterにおけるポリコレにまつわる炎上は、文脈がどうであったかが論争になるケースが多いように思う。要は「これは差別的発言表現コンテンツだ」という批判に対し、「切り抜きだ」「このコンテンツにはこういう意図があったのに、そこを無視して炎上させるなんておかしい」といった流れがよくある。

そういう点では短歌炎上の題材として「最適」である文脈が削ぎ落とされており、批判擁護もしやすい。更に元々表現抽象であるため、曲解するほうが悪いと断言するのも難しかろう。

そもそも炎上する短歌なんてあるのかよと思うかもしれないが、家庭や人間関係のことを詠んだ歌は多い。

今回の「フィリピンの女の乳首」は極端な例だが、例えば家庭の光景を詠んだものに「この表現ジェンダーロールの固定を想起させる」といった批判が寄せられることは今後ありうるだろう。

歌人がこの状況に対峙するには、「この短歌はこういう意図です」と声明を発表することしかないように思われる。しかし、作者によって説明が付けられた短歌短歌といっていいのか?それエッセイじゃない?

それとも、釈明・説明付与することを避けるため、誤解を招くかもしれないという理由表現選択肢が狭まっていくのだろうか。もちろん差別的表現なら論外としても、誤解を招くかもといった理由表現が狭まっていくことは果たして「コレクト」なのだろうか。

省かれた文脈に対して説明が求められ、作品表現ポリティカルにコレクトであることを示さなければならないこの時代短歌の命は短いのかもしれないと感じてしまった。

本件を歌人の方々はどのように捉えているのだろうか。

2021-04-14

女性ホームレス、どっちが弱者か?

炎上中のnote記事

女性というマイノリティと、

ホームレス男性というマイノリティ対立

フェミニズム理論では、男性はすべて下駄を履いており、特権を持っている。

ホームレス男性という特権階級に、女性というマイノリティ弱者対峙したという内容のnote

なぜ執筆者女性批判されているのかが理解できない。

あらゆる状況においても、女性男性より強者になることは有り得ない。

それがフェミニズム

2021-04-11

自分の弱さを認めることが出来た男

弱者男性とは希望の光。

男の中の最前線

自分の弱さと対峙することでしか人は成長できない。

一歩一歩前に進め。

anond:20210411124755

いや最初から俺の敗けだよ

化け物と対峙してお前も化け物にはなるな

2021-04-06

anond:20210406224223

いからさっさと書けよ

お前が先に仕掛けてきたんだ、自分の行動には自分責任を取れよ

こっちはお前の変身に対応してやったんだお前が誠意を見せる番なんだよ

さっさと書けよ住所と電話番後と本名を、お前と同定できるようにしっかりと俺に教えるんだ

そうでなければ議論はしないぞ

お前が誠意を見せて俺と対峙するなら俺はお前と十万時間でも二十万時間でも議論してやるよ

ほらさっさと書けよ下痢グソ野郎

2021-03-31

戦争で刀による死者が少ないか剣術は大したことないという人、日本刀持ち同士が対峙しあう近接戦闘がいつでも誰でもできると思い込んでいるパターンが多いな。

あんなに切れる刃物を持ってあえて接近して戦おうと思う奴はそんなにいねえことを理解してない。

剣術日本刀が大したことないのではなく、心理的ハードルが高くて実際に日本刀で近接戦闘をとことんやり合える戦士が少ないというだけの話。

精神修養を積んだ侍同士でも怖いのに足軽農民が同じように戦えるわけがない。

男女平等女性拳銃持たせて実現させる

 わたし女性拳銃携帯義務付けをすれば男女平等社会の実現に近づくのではないかと考えている。女性男性に対して感じている不満の9割は拳銃を額に突きつけるだけで解決するからだ。

 もちろん満員電車痴漢問題はなくなる。ある1人の女性痴漢をついつい射殺してしまうという過剰防衛事件報道を境に壊滅する。会社内のセクハラ問題だって同様にしてなくなる。

 女性社会進出を阻害する男性が抱えた利権団体既得権益なんかも、拳銃を手にした女性たちからすれば時間をかければ解体できる対象になると思われる。田舎村社会権力構造も同様だ。

 批判はあるだろう。

 まず、「拳銃を奪われた時のリスクがある」とか、「銃はそんな簡単に扱えない」といった鋭い批判が考えられる。

 たしかにその通りだ。しか教育フォローしていく形でどうにかならないだろうか。

 わたしの考える女性への教育小学生の頃から銃の扱いや組み立て方、射撃、銃に関する法知識について徹底的に教育すること。これにより筋力差があっても簡単に奪われない立ち方構え方や、やむを得ず男性を射殺する際に躊躇しない考え方、射殺時に量刑を軽くする証言の仕方と弁護士の雇い方など習得できる。

 こうしたアプローチ改善させていくのが良さそうに思うがどうだろうか。

 次に「女性の力が強くなり過ぎるからダメ」という批判もあるだろう。

 これに対しては、むしろ現在女性が日々感じている恐怖を想像してほしい。もしかしたら拳銃を持っている異性と対峙し続けている心境なのかも知れないのだから

 こんな話で説得していきたい。

 男性メリットについても考えておこう。

 まず善良な市民を困らせている男性暴力団活動は厳しくなり壊滅的打撃を受ける。その辺の女性が銃を携帯している社会では彼らの武器である脅しが脅しになりにくくなるからだ。

 例えば深夜1人で暗い道を歩いている女性1人を想像してほしい。暴力団半グレを雇って彼女拉致しようとする時、小学生の頃から銃の授業だけは真面目に取り組んできたと通知表に書かれる女性側の反撃によって男性の死傷3名程度を覚悟しなければならなくなる。こんなコストパフォーマンスの悪さでは彼らの実現したいビジネスにはならないだろう。

 なお、女性暴力団が現れて強大な影響力を持つ可能性は非常に高い。その点だけそれはそれとすれば男性側のメリットと言えるのではないだろうか。

 また、夜歩く時の送り迎えを女性がしてくれるようになる。

 夜とは、拳銃所持している上に酔っ払っている非常に危険女性がその辺をふらふらしている時間である。そんな中、歌舞伎町の裏路地男性がひとり歩きしているは「射殺してください」と懇願しているようなものである

 そんな時、IMI systems社のデザートイーグルガーターベルトに標準装備している彼女に連絡することで、ついに送り迎えをしてもらえる身分となるのだ。

2021-03-28

一生手放したくないくらい好きな相手の中のクソ無理で大嫌いな部分と対峙せねばいけない時間コンスタント存在する苦しみ

俺は鬼神化して乱舞するミラ・ジョヴォヴィッチが見たかった

公式サイト

https://monsterhunter-movie.jp/sp/

期待を大きく裏切る一作

端的にいえば(暫定)今年一番おもんなかった映画でした。

かに実写化ってもともと地雷ワードだったかもしれない。だけど、ここ数年は『名探偵ピカチュウ』『ソニック』など、ファンの期待にしっかり応える映画が作られてきていただけに、ある程度期待してた。だけど実際は、クソだった。

モンハン」っていう看板を外せば、その実態B級モンスタームービーだ。それならそれでもいいという映画ファンもいるだろうけど、そう物分かり良くもなれんよ。

とにかくテンポ悪い。

オープニングで部隊が全滅した後は、人間同士の取っ組み合いか気持ち悪いネルスキュラから逃げ惑うかのシーンで尺の大半を浪費する。

そこからディアブロスを倒してようやく話が動くかと思ったら......。

かなり冷めるオチ

個人的に一番不満を覚えたのは劇伴。つまり音楽モンハンシリーズで聴きなれた音楽は一切流れない。正直そこさえしっかり押さえてくれてたらこっちだって雰囲気に流されて盛り上がれるんだよ!!

ところで、予告編って皆さん観ました?

https://youtu.be/-I8Oz06alxM

英雄の証』流れない。

『上手に焼けました〜♪』流れない。

予告編からといって、いや予告編からこそやって良いことと悪いことがあるだろ。

これを信頼して観に行く奴がバカだと言うなら、それで良いよもう。

リスペクトなき実写化だったなと、がっかり

映像面に関しては流石に100点です。そこは流石にケチつけられん。ディアブロスやリオレオスがブンブン動いている!という感動は感じられます。ただ、そのリアルモンスターとの交戦ゲームから相当かけ離れた表現になるので、これも結構しんどい

せめて鬼神化して乱舞するミラ・ジョヴォビッチくらい見せてくれよ。アプケロスの前で剣振り回して終わりって。

弾の火薬根性消毒したりグレネード弾を素手根性着火するのもカッコいいけどさ......。

というわけで、「思い入れのあるファンほど辛い映画」という評価は避けられないと思います

一方で、ゲームモンハンを知らない人の感想ではちらほら「ゲームファンなら楽しめるかも」なんて書かれてるんですよね。つまりお前は「知らんから」楽しめなかったんだな?「知ってる」からこそ俺も楽しめなかったんだよ。

じゃあこの映画は誰にも刺さんないじゃん。

「『英雄の証』をバックにリオレオスと対峙して乱舞で斬りかかるミラ・ジョヴォヴィッチ

これが見れてさえいればガバガバ判定で百億満点だったのにな......。

サクラバクシンオーシナリオが笑えない

中長距離路線希望するバクシンオーに対して

「いつか出させてあげるから」と口先八丁で騙して短距離レースに出走させ続ける、というお話

プレイしながらトレーナーが正面からぶつかるシーンを今か今かと待っていたけど、うまぴょいしても最後まで騙し続けていた。

あれを「乗せられちゃうバクシンオーカワイイ」で俺は済ませられない。

ウマ娘対峙するにあたってトレーナーには誠実であって欲しいと俺は思う。

少なくとも、いつの日か本音を打ち明けるというニュアンスだけでも仄めかしておいてくれれば良かったものの、あの終わりかたではずっと騙し続ける気でいる。

サクラバクシンオー自体は大好きなので、余計に煮え切らない。

2021-03-26

スーマリ3Dシリーズポチる増田須丸地歩D3ズー利子吏マース(回文

おはようございます

あのさ、

有名な映画大林監督作品尾道三部作と言えばターミネーター三部作と肩を並べて超有名なビッグタイトルだけど、

スーパーマリオ3D三部作といえば、

また話は別よね、

最近ゲームの話しばかり多いような気がするけど

販売が今月末までだと言うことで、

例のスーパーマリオ35が面白かったので、

これを機に3Dシリーズも挑戦してみようか!ってやる気満々の満身創痍暖簾に腕押しでポチったワケなのよ。

買ってから気が付いたんだけど、

この三部作クリアするまでの時間ボリューム私にはあるのかしら?って

もうスイッチにはたくさんゲームが入りすぎて、

重さが重くならないのはどうなってるのよ?って思ってしまうわ。

とりあえず

スーパーマリオ64から挑戦よ!

早速思ったのが

もしかして3Dゲーム苦手なのかも説。

そしたらよ、

そしたらスーパーマリオ64最初ステージからもういきなりどこに行っていいかからない状態

1ステージからもういきなり攻略本を開いてみてしまったわ。

どうやら一番上の所まで言って、

バクダン兵の王様を投げ飛ばせばいいらしいことは分かったのよね。

で、なんとか頂上まで行ってバクダン兵の王様を投げ飛ばせることまでは成功したの。

でも何回かやっぱり投げ飛ばさなくちゃいけないみたいで、

私もだんだん操作方法マスターしてきたか調子に乗って

バクダン兵の王様の周りをうろちょろして

ヘイヘイヘイ!って挑発したら、

まんまとむんずと掴まれて放り投げられて一番下の地上まで投げ飛ばされちゃったわ。

えーまたあの頂上まで登るの?と思ったら絶句だけど、

なんとかバクダン兵の王様を倒すことができて、

もうスーパーマリオ64ですら前途多難感ありありな出だしで、

でもちょっとサンシャインギャラクシーも冒頭のちょっとだけ遊んでみようかなって、

もう早速5分やって他のゲームに移っちゃったの。

そしたらサンシャインギャラクシー

なんか凄いゲームでとにかく、

3Dの中を歩き回って

鉄砲撃ったり夜空を飛び回ったりと

なんかこれもあと2作あると思うと、

クリアまでのボリューム大変だなってゾッとする次第よ。

私この3D三部作全クリできるのかしら?って

いったいスーパーマリオシリーズ何作あるんだよ!ってもう遊び尽くせない感じがして、

マリオ恐るべしって思ったのよ。

調子に乗ってまたギャラクシーの方を遊んでいたら、

なんか小さな惑星を逆さまに歩いたり走ったりするので気持ち悪くなっちゃいそうな雰囲気

これも慣れ、いや修行必要なんだな!って思ったのよ。

面白すぎて前途多難すぎるわ。

ボタンもいっぱいあるから

それにともなって色々な技を繰り出せるみたいなんだけど、

電子マニュアルをみたら、

こんなのフラッシュ暗記暗算大会の上位入賞者の人じゃないと一画面を見て一度に暗記できないわ!ってゾッとする操作方法の種類にまた驚愕よ。

楽しいけどさ、

これをまたクリアしていくと思うと辛いわ。

でも毎回毎作ごとに連れ去られるピーチ姫のことを思うと

彼女不憫さと比べると私の三部作へのクリアの重荷と比べるとたいしたことないのよね。

ピーチ姫は毎作大変な思いをさせられて大変だなーって。

でね、

ちょっと前にスマホ携帯ゲームで出てるスーパーマリオランもやってみたんだけど、

あれはただただタイミング良くボタンを押していくだけでクリア出来ちゃうから

マリオ感を味わうにはいまいちだったか

あんまりマリオに接したこと無い私だったからこんなモノなのねって楽しさがよく分かってなかったのよ。

だけど、

ちゃんマリオコントローラー操作する感じを体感しないと

あのマリオマリオたる所以のよく上手く言い表せないけど

マリオ感がやっぱり堪能できないのよね。

きっとそう思うわ。

そうなると対峙するソニックシリーズもまた私研究対象として研究しなくてはいけないソニックシリーズコンプしてクリアするという苦行を行わなくてはならないと思うと今からゾッとするわ。

ソニックで遊ぶと言う話しはまた遊びだしたらするとして、

やっぱり超巨大コンテンツとしてのマリオって楽しくてスゴいわね!って思うしかないのよね。

時間いくらあっても足りないぐらいだし、

これを機にまたユニバーサルスタジオジャパンマリオアトラクションも私遊びたくなっちゃうのかしら?と今から思うと、

関西に行く口実にもなるわよね。

何度ここへ来たって大阪弁上手くなれへんのよ。

そんな思いも裏腹に、

まずは

尾道三部作いや、

スーパーマリオ3D三部作を私クリアしなくては!って

ゼルダもまだハートが3つのままで

序盤の4つの祠が見つからないまま、

あーこれもどうしたものかと思っちゃうのよ。

時間いくらあっても足りないし、

心に決めた攻略本を見ないって誓いも

スーパーマリオ64の一番最初ステージでどこに行っていいかからいからすぐ見ちゃったという、

私の意志の弱さ。

ため息が出るわ。

でもまあ一歩一歩頑張るのみよ。

前途多難長い道のりだなーって

道のり×速さ÷2で到着する時間が分かる公式をもって解けば

クリアまでのボリューム時間も分かるってモノじゃない。

からちゃんと真面目に向き合うことにして行きたいと思うわ。

クリアまで長きに渡る私のアドベンチャー

応援してね!

うふふ。


今日朝ご飯

プリプリ海老サンドしました。

ちと朝からは重たかたかもと思いつつこれってもしかしてチンして温める前提なのかしら?って思うほどの出来栄えで美味しかったわ。

デトックスウォーター

ホッツほうじ茶ウォーラーしました。

朝たくさん沸かしておいておいたので

たくさん飲めるわよ!

ごくごくごく!

水分補給はこまめにまめにしてね!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2021-03-22

スクールカースト後遺症と、エヴァンゲリオン

エヴァを初めて見たのは中学校2年生のころだった。

端的に言って、2度と当時には戻りたくないと思う。

穏やかな小学校生活が終わって、中学校に上がった。中学校は周囲のいくつかの小学校から生徒が合流し、顔ぶれは半分ぐらい変わった。

新しい同級生、新しい先輩、見知らぬ古い校舎、荒れた空気で余裕のない先生同級生はみんな、自分の居場所リセットされて、それを確保するのに必死だったと思う。

一部の同級生が、先輩らの影響で短ランやボンタンのような制服を着て、髪の色が明るくなり、言動が激しくなった。

それに伴って、学校は腕っぷしの強さや声の大きさ、容姿の美醜、スポーツの出来不出来、笑いが取れるかどうか、を軸とした上下関係階層構造が強まった。

勉強のできる学校地域ではなかったから、勉強の出来不出来や知識豊富さはそこまで階層への影響はなかった。むしろ、真面目に勉強をしていることはダサいという空気感すらあった

当時の僕は、身長は高い方だが、容姿は下、スポーツは並、笑いは全く取れない、勉強はそれなりにできるが、トータルでは平凡な男の子だった。

ただ、良好な人間関係の作り方や上下関係のやり過ごし方などの処世術に鈍く、学校に上手く馴染めないまま過ごしていた。

プライドが高かったのだと思う。

階層トップの不良グループクラスの場を支配していたけれど、僕は、支配されたフリをして上手く立ち回るのはイヤだった。

イジられても笑いで返せず、キレ返した。物がなくなっているなどの軽いいじめに、張本人を殴ったり同じことを仕返しした。

お前、小学校の頃は休み時間に一緒にサッカーしてたよな?僕のお父さんの車で一緒に釣りに行ったよな?何でこうなっちゃったんだよ!とずっと思っていた。だからこそ、負けたくなかった、譲れなかった。

昔は仲が良かったみんなも、自分のいる階層を保つ or 上昇させるために、グループ所属して、その勢いに流され、僕や立場の弱いグループを、気まぐれに攻撃することが、中学校のなかで当たり前になった。

そして、いつも反抗的な態度の僕は、特に標的にされ、孤立した。

カバンや筆箱が無くなっていたり、お金が盗まれていたり、パンツを脱がされたり、通りがかりに殴られたり、いろいろ。当時はよくがんばって学校に行っていたなと思う。えらい。だけど今思えば、がんばり過ぎないで欲しいなと思う。

こんな感じで、安心できる場所学校には一切なかった毎日心も体もかなり緊張していて、ビクビクしながら過ごしていた。

その時の身体の強張りはクセになってしまい、他人がいると男子トイレの小便器おしっこすることが出来なくなった。おしっこをしている時はイタズラされることから逃げられないから、他に人がいると落ち着かず、どんなに頭でおしっこをしようと思っても、出てこない。

学校の中でも奥の奥にある、ほとんど誰も使わないトイレに、休み時間になると駆け込んだ。たまに先に人がいると、その周りを歩いて出てくるのを待った。

小学校からやっていた陸上部を、中学校に入っても続けていた。

年間のなかで最も大きい大会に、中体連の県大会、といったものがあった。

うちの中学校では、この県大会大会出場のときには、様々な部活から各種陸上競技に出演するメンバーが選ばれた。

僕はどの競技選抜からも落ちたが、大会までの練習や当日の飲用水の用意など、陸上部としてサポート役のため駆り出された。

小学校から続けてきたが、なかなか結果は出なかった。そして、陸上部ではないみんなとの競争に勝てなかった。

知らないメンバーのために、部活からサポートをすることは、楽しいことではなかった。大事大会で走れない陸上部、ということが情けなくて、恥ずかしくて、自信が持てなくなった。

陸上のもの楽しいから続けている、という内的動機も弱くなったこともあって、部活という居場所自分から閉じてしまった。

部活を辞めてからは、授業が終わり次第すぐ帰り、毎日自宅のPCインターネットを利用した。

Yahoo!チャットでは、立場や背景も関係ない、見知らぬ人とフラットに会話できることがとても楽しかった。私は当時南の島に住んでいたが、その島には映画館が無いと本気で思っている人がいるなど、この嫌な地元とは切り離された人と、遠く距離を超えて繋がれることにワクワクした。

オンラインゲームでは、徐々に強くなっていくキャラと、連帯感のあるギルド所属するチーム)でゲーム内に居場所ができた。

ただ、Yahoo! チャットでは人とのごく短い付き合いしかできなかったし、親はオンラインゲームお金をかけることは許さなかったから、オープンβテストの期間が終わったら、ゲームはそれ以上続けられなかった。

それでも、毎日急いで家に帰って、ここではないどこかに場所を求めた。

ここまでがだいたい中学1年生。

2年生になりクラスが変わってからも、同じような軽いいじめ、イジリがある構造は変わっていなかった。そんな中、ある事をきっかけに階層に反抗する心は折れることとなった。

小学6年生の時から好きだった女の子と、同じクラスになった(初恋だったんだと思う)。

修学旅行のはずみもあって、就寝前、端っこあたりで寝そべっていた僕にも、みんなで好きな子暴露する順番が回された。そこで、迂闊にもその子が好きであることを話してしまった。

僕は次の日の朝、ある場所に連れ出された。女子から男子からも人気のあったイケてるグループメンバーが、勝手にその子を呼び出していた。

事前に、僕が彼女のことを好きだということは伝えられていたようで、女の子は戸惑った、迷惑そうな顔をしていた。

そして、ちゃん好意を伝えることもできないまま、一方的に、僕のことを好きではないことを伝えられた。

好きではないという事実以上に、あの迷惑そうな顔に、かなり心が傷ついた。あれは、階層の中で下位グループと同じ括りにされることを嫌がる拒否反応のような、そんな表情とリアクションだった。

ひどく鼓動が早くなった。気持ちが塞がってしまい、僕の修学旅行はそこで終わった。

この女の子とも、小学生のときは、同じクラスの隣の席でよくお喋りをした。いつも落ち着いていて、知性があるような雰囲気で、スピッツが好きだった。

小学6年生の遠足の時、移動までのバスカセットテープを流すことができた。僕は遠足の前日、スピッツの「recycle」をカセットテープに録音して、当日のバスで流した。

歌うことが大好きだったし、上手だと思っていたから、その子の近くの席でこれ見よがしに、特に好きだった「渚」か「楓」を歌っていたと思う。

小学生らしく、好きだからといって何ら関係を変えるためのアクションは取らなかったが、日々その子と話ができることが嬉しかった。

中学校に上がってからは、僕は廊下などで見かける度に意識していたけれど、クラスが違うこともあり疎遠だった。

そして、2年生に上がり同じクラスになってからも、思春期特有自意識過剰から、まともに話すことができなかった。

そしてそのまま、拒否された。

一方的彼女好意を伝え、呼び出した複数人男子グループは、彼女が嫌がるそぶりを見せたとき、「うわ、かわいそ〜」と他人事のように、少し面白がっているように話していた。

個人としてどういう人だ、と言う前に、どの階層に属するかによって、こういう風に軽んじられる存在があることを強く認識したし、軽く扱われる自分自身のことも好きじゃなくなっていった。

自信をなくして、自分のことを好きじゃなくなっていくのと並行して、上の階層である不良グループ嫌がらせをされても、ヘラヘラと笑ってその場をやり過ごせるようになった。そしてもっと自分のことが嫌になった。

体育の授業で複数人グループを組んだ時に、兄の影響でアニメに詳しいクラスメイトがエヴァンゲリオンの話をしているのを聞いた。

ガンダムの仲間かな、というぐらいにしか知らなかったけれど、家族ゲオに来たついでに、何気なくレンタルをしてみた。

結果、見事にハマった。

戦闘シーンやメカニクス描写などに強い興味はなかったが、同じく14歳シンジや他のキャラ内面描写に、自分を重ね合わせて見ていた。

中でも人類補完計画セカンドインパクトは、思春期想像力と合わさって、朝起きたら本当に起きているのではないかと、期待しながら眠ることもあった。

意地悪をする同級生は、個人それぞれは悪いやつでないことは知っていた。グループ階層といった構造になると、途端に他人攻撃できることを体験的に知った。また、僕自身にも、階層の中で下のグループを軽んじてしま意識があることを知った。

何で人間はこんな生き物何だろう、と思った。それぞれ個人としては思いやれる人も、集団となると流されてしまう仕組みが、欠陥だと思った。

他人もそうだし、自分の暗い部分も怖いから、誰かと近づくのをやめようと思った。関係を深めることをやめようと思った。だけど、誰かと認め合いたいという矛盾した気持ちがあった。

人類補完計画のように、人々の壁がなくなってひとつになったら、人間の欠陥もなくなって、みんなが幸せになれると思っていた。本当に早く来てほしかった。

でも、当たり前だが、そんなものは来ないことも分かっていた。だから何度も何度も見直して、頭の中だけでもエヴァ世界から抜け出さないようにした。

繰り返し見る中で、分からない部分も多くあった。なぜシンジ人間ひとつになる世界をやめたのか、なぜアスカ気持ち悪いと言ったのか、結局それぞれのキャラは救われていくのか?

これらのモヤモヤと、いつまでも起きない人類補完計画への期待感は、中学3年生になって受験勉強に忙しくなったのもあって、少しずつ心の片隅に追いやられていった。心に残る形は歪なままだけれど、そのままフタをした。

その後、県内では進学校だった高校入学し、校内の暴力的上下関係などはなくなって、落ち着いた学校生活を送れるようになった。

大学第一志望には落ちたけれど、都内学校に進学でき、希望していた地元から脱出は叶った。

だけど、その都度、人間関係の構築は必要だった。苦手意識や恐れを感じて、中学生の頃のような緊張が蘇ってきて、上手くいかないことも多かった。言葉が上手く出てこない、出てきても変なことを言ってしまう、怖くて誘えない、など。

人がいる男子トイレでのおしっこも、出ないままだった。

大学1年生の終わり頃に、良い友人との出会いがあった。何かと心の距離を取りたがる僕を、何度も何度も誘ってくれて、しつこく自宅に招いてくれた。そして、人に近づく怖さがだんだんと薄れていった。

また、その友人を起点に人間関係が広がっていった。みんな優しく受け入れてくれて、少しずつ人付き合いの自信がついていった。

いつまでもどこか漠然とした孤独感や居場所のない不安はあり、心のクセになっていてなかなか取れなかった。同時に、エヴァのこともよく思い出した。

それでも、その後の学生生活はこれまでにないほど充実して終えることができた。

この時に身に付けた自信から就職先での人間関係も何とかやり過ごすことができるようになっていた。

今は、30歳になった。それなりに忙しく働いていて、家族もある。

誰かの心の痛みがよく分かる優しい人と一緒になった。

できることが増えて、自分人生俯瞰で見られるようになり、生活をうまくやる自信もつけている。

日常の中で中学生当時のことと、エヴァのことを思い出すことはほとんどなくなっていた。

そして、今回の新劇場が話題になっているのを見た。これで最後ということで、とても気になった。

なぜ今さら気になるのか考えてみると、過去集団の中で屈してしまった悔しさ、自信喪失ちゃんと受け止めて解釈して、成長することができているということを、大人になった今エヴァ対峙することで、確認たかったのだと思う。

今日映画館に見に行くことができた。

僕はとても救われた気持ちになった。

今回の物語では、シンジミサトさんを始め、みんなが過去の様々な間違いや未熟さを認めながら、前を向くことができた。

第3村のトウジとヒカリレイ田植えなどの描写は、日常に地に足をつけて生きていることに対して、背中を押してくれたように思う。

劇中のみんなが自分なりの希望を見つけていくのと同じように、今僕自身が生きている人生に対しても「それでいいんだ」と、認めることができたように思う。

本当に良かった。ああ、これでいいんだね。

ありがとうさようならエヴァンゲリオン。

2021-03-20

波とうまく付き合うことに関する雑記

さて、今年度の7月適応障害と診断を受けてから8ヶ月の時間が経ちました。

この8ヶ月の中での変化や、心や気持ち環境との対峙の仕方などについて書いてみたいと思います文脈崩壊したり、段落のつながりが見えなかったりしたら、ごめんなさい。

【読んでくれると嬉しいなーという人】

自分の心の状態と向き合っている方

自分と関わりのあるお友達

1、診断の効用と注意点

自己理解・波と付き合うための方法を身につける

診断が下ったことで、自身状態が外部のストレス環境に大きく依存するということがわかりました。環境によって波は大きくなったり小さくなったりしますが、そういった波とうまく付き合っていくための方法を獲得できました。もちろん、まだまだ未獲得だったり、未学習な部分も多いですが。

(これについてはあとで詳しく書きますね)

②「自責をしないためのラベル

一度自身精神的にきつい状態を認めて病院に行き、診断をもらうということは、”病理”の世界に立ち入るということなのだと思います

そうなったときに、一点不安だったことが、自分アイデンティティの根っこを「病気」に持っていかれるのではないかということでした。つまり病気だ」というラベル自分自身につけて剥がせなくなるということです。これはメリットデメリットもあることだと思います

例えば、症状がひどかった当時は、診断書かばんに入れて持ち歩いたりしていました。おそらく当時を振り返るに、自責傾向の強い自身にとっては、「自分病気だ」とラベルを貼ることが唯一自分を責めないための手段だったのだろうと思います。「がんばらないと自分価値がない」という精神シャカリキから、「もうがんばらなくてもいいんだ」という気持ちへ、診断を機にやっと切り替えることができた感じですね。診断の力はすごいです。

また、適応障害を機に、調べたり本を読んだりすることで、自分認知がかなり歪んでいるということにも気づくことができました。(「認知の歪み」は過去記事にもある通り、去年の7月に「みんな私のことが嫌いなんじゃないか」などの考えのことですが、これは日常のささいな他人言動を捉えるときにも適応されるので、取り組むことは一定重要課題だと思います)。これは一朝一夕では解消されないので、なかなか苦労していますが、長期的に改善できるといいなと思います

③別の病気への移行

適応障害ストレス環境により症状が出てしまうという一過性のものなので、ストレス環境から身を離せば、症状がなくなります。ただし、うつ病(恒常的な)だったり双極性障害にも移行するということもあり、ちょこっと注意しなきゃいけないな…と思っています

この移行は、診断をきっかけに起こることなのかわからないですし、ごく個人的な所感なのですが。あまり病識が強くなりすぎた場合に、「ほかの病気のこの側面も自分状態にあてはまるんじゃないか…」と強く思いすぎることにより、自分不安定な状態を強化していく…というサイクルに入るんじゃないかなと思います。ここについては、ちょっと個人的に思うところもあるので、また別の記事に機会を見てまとめます

2、波とうまく付き合うためのあれこれ

感情を記録する

「muute」というアプリを用いて感情とその日にあった出来事を記録しています。記録することでよかったことはまだよくわからないけれども、2ヶ月くらいやってみた所感として「気分がいい時には記録つけない」「気分が落ちすぎていても記録つけられない」ということ、軽くしんどい時には記録を取れます。記録を見返すことで、「何がきっかけで落ちることが多いのか」を把握することができます。あと、アプリデザインかわいい。そして、毎週AIからの「ニュースレター」が届くのが嬉しい。

もうちょっと重めの出来事を整理するのために「認知行動療法アプリ」というアプリを入れています。これは割とがっつりと書かなきゃいけなかったり、アプリデザインあんまりかわいくなかったりするので、個人的には使いにくいなーと思うんですが、ちゃんとやれるならよいと思う。私は一度だけ、先月末に仕事であった出来事を振り返るために使いましたが、頓挫しました。認知行動療法を一人でやりきるのは、結構エネルギーがいるので、信頼できる人と一緒にやれるといいかもです。だれか一緒にやろう。

依存先について

どっかの大学熊谷先生は「依存先を増やせ」ということを常々から言っていますが、その通りです。依存できる場所分散し、相談の内容もそれぞれに分けられると超ベスト。これは相手のためでもあるし、自分のためでもあります

ざっとあげると、「母親」「病院」「社内の相談窓口(キャリアセンターこころ相談センターなど)」「仕事の同僚」「退職した元同僚」「パートナー」「知人」「元劇団の人たち」などかな。大学とか会社とかなんらかの組織に属している人は、組織リソースガンガン使った方がいいです。これ読んでいる人に学生さんがいたら、とりあえず健康センターとか保健室とか、なんでもいいから、お茶しばきに行く感覚で軽めのノリで一度はいっとくことをおすすめします。相談ハードルを元気なときに下げておくことも大事です。

個人的な話に戻ると、最近は友人との接触頻度を増やすことに意識を向けています。例えば、「ゲームやるだけの仲間」に入れてもらったり、過去大学の友人に気軽に話せる場(「mocri」というアプリ)を持ったり、「〇〇の会」と称してエネルギーのある時には知人を家に呼んだりしています(例、「私たちのためのバレンタインの会」など)。対面で会うのは結構エネルギーいるから、そのときにはオンライン手段もまぜこぜにしながら、ぼちぼちね。

あと、予定の管理がなかなかできないので(当日体調が悪くなったり、コンディションが悪くなるということが結構ある)、気の知れた人には「波が読めないので、当日連絡するか、遊びをやってることだけ教えてもらえたら当日調子がよければ行く」というふうに事情をつけて話しています

③過敏さとの向き合い方

今「HSP」なんて言葉が大流行しており、書店での平積みも凄いことになってますが、「過敏さといかに向き合うか」という命題は、特性によりけりでしょうが、「すぐ疲れちゃう」と感じている方にとっては、とても大事です。情報の取り込みすぎは、疲れちゃうから制限しながらね。私の方法を載せておきます

【音】

音への過敏傾向のために「耳栓」はマストです。トイレキッチン換気扇冷蔵庫の「ブォーン」という音が気になった時には情報取り込みすぎのサインだと思っています

最近耳栓が役に立ったのは、水族館イルカショーに行った時でした。意図せずスピーカーの真ん前に席を陣取ってしまい、生の音に触れた時には頭が割れるかと思ったので、よいしょとつけました、危機回避成功。あとは最近電車ですね、地下鉄JR快速は要注意。窓が開いていて大変に脳みそに音が突き刺さってくるのでイヤホンもしくは耳栓マストです。

【光】

これは入社当時から苦労していたのですが、白熱電球が大の苦手でして。白熱電球の下にいるだけで、パフォーマンスが低下することがわかっています。だから、なるべく太陽光を取り込んだり、廊下の光だけで部屋の中は電気を消したりと、いろいろ工夫をしています。前の教室とかだと「電気ついてるけど消そうか?」とか「窓のある部屋がいいですよね」とか、スタッフみんなが配慮してくれました。感覚はひとそれぞれだからしんどいときにはちゃんと言えることが大事です。ちょっと勇気いるけど。

睡眠

ストレスサインとして「悪夢」と「途中覚醒」は念頭に入れておいていますキャパティを超えるストレスを受けた時って、交感神経優位な状態睡眠に入ってしまうことが多いので。交感神経鎮めてから入眠する(お風呂に入ったり、湯たんぽ使う)などがベストですが、極度に疲労しているとそれもできにくいと思うので、お薬の相談もできるといいかなと思っています自分はまだ眠剤使用していないですが、場合によっては。

【教えて】

スマホとの距離感は、今試行錯誤です。依存気味なので、いい方法あったら知りたいです。

【その他】

鬱の状態とき衝動性は怖いなとも思うんですが、早く通り過ぎるものに吸い込まれるってのは、本当にあるのね。だからホームの端っこにはいかない」「赤信号の時には道路のキワに立たない」ことは普段から意識をしたいものだなって思います

3、最後

新年度が始まり社会人4年目になる4月に向けて、近況報告がてら書いてみたいという思いで書き始めましたが、波と付き合うための手立てやアウトプットできることがなかなか増えていて、自分でも感心しました。

こないだ見た映画で「いいなあ、君は私とは別れられるけど、私は私とは別れられないんだよ」というセリフがあって、「あーその通りだなー」ってぼんやりと思ったんですよね。そうそう、別れられないなら仲良くする方法を探すしかないのです。死ぬ勇気もないので生きるしかないんですが、穏やかに生きられるための方法環境をゆるゆる作っていきたいものです。

シンエヴァクオリティで気になる点

脚本

シンジリハビリであるパート、いうてトウジ・ケンケンに話しかけられてぽつりぽつり返答する程度の描写(ほぼアヤナミ田植えやんけ)から

どこをどう汲み取ると「ゲンドウと対峙できるほど成長した碇シンジ」に対する納得感が得られるのか.

・せめて「村の住人にニアサー張本人であることが露呈したうえで受け入れられる」ならまだしも(それが見たいかというとかなり陳腐だが....)

・前作で大怪我負ったシンジがようやく軽いトレーニング程度できるようになったくらいで、そこから特に進展なくいきなり対ゲンドウ戦に入って

勝利するのがよくわからん

アヤナミレイ液化がキーとして、いうほど会話してたか????

ゲンドウ勝利後のアスカカヲルレイ、完全に消化試合のような尺と進行

・旧劇場版ラスト出してきて、「僕も好きだったよ」の一言ケンケン宛に郵送すな

マリ、どちらかといえば他者というよりかなり都合のいいアニメキャラのものでは

映像表現

・村パートで止め画カット(田植えと水量測定)に声だけで進行するやつ出すとは思わなかった。劇場版でやるか?TVでやるならまだしも

3DCG、これは好みでいいと思うが、やはりネルフ本部から棒立ちMark.07(あるいは冒頭の猫ドローン)が出荷されるシーンで笑う

マイナス宇宙ゴルゴダオブジェクトウルトラマンからの円谷撮影スタジオ、これ「こういうの好きだよな庵野監督」以外で必然性説明できる人いるのか?

特撮スタジオ出してメタ演出(ミサトの部屋にエヴァ二体は笑うが)、のわりにゲンドウ独白パート比較的すなおな演出になっているの、

ちぐはぐな印象が凄い、そこは普通にやるんだ.

エヴァ・イマジナリーからの巨大綾波レイの顔....

・巨大綾波レイ頭部、あれ演出上ああいった質感と言われたらそうかもしれない、だとしたら首から下は旧劇場版作画使用している意味わからん

どちらかといえば顔だけつくったが身体はどうにも前回のやつ使うしかない+作劇上あとは手は動かせないとまずいよね、の結果が、

あの「頭部と手だけ分離している綾波レイ」なのでは

・どう贔屓目に見てもアニメ表現力が旧TVリーズより下手したら苦しい感じなの、これカラー生産能力問題なのか、

本邦全体としてもうアニメを描ける人が少なくなってきているのかどっちなんですかね。

〇シンエヴァ

あれオタクの夢(なに?)すべて達成した庵野秀明さんを称える以外に何かあったのか?

2021-03-16

あーあー

力士が山でクマ対峙してたけど

クマビンタ一発で死んだ。

修行なんて無意味だったな。

2021-03-15

anond:20210315185354

良いエントリだと思う

農家の大変さがよくわかる

ただ、サラリーマンサラリーマンで大変である

夜中や午前まで残業してる人なんて今のコロナご時世でもまだまだいるし、

土日も働いている人もたくさんいる

テレワークで全体の仕事時間は増えた統計もあるらしい

土日にイオンとかで見かけるファミリーをみるとうらやましく見えるだろうが、

それは彼らの切り取られたごく一部の生活である

リーマンリーマンで大変なのである

彼らは逆に自然対峙する農業にあこがれているのである

結局隣の芝生キレイみえものである

死んでいくゴキブリネズミから学んだ事

バカみたいな話だが、特にゴキに関してCM等で怖がり不快に思うよう洗脳されている気がしてどうしても恐怖を克服したいと思い学生時代駆除業者アルバイトしたことがある。

一般家庭ではなく外食商業施設テナント害虫調査駆除、主にネズミとゴキがターゲットだ。

最初はトリモチについた数多のネズミ身体は千切れボロボロになっても必死に生きようとする無残な姿とそれを躊躇なくふたつに畳んでブスブス足で潰しながら歩いていく先輩の姿に何度も目を背けたくなった。

私達が担当するような商業テナントのゴキは小型のチャバネが多く一般家庭で見られる大型のクロゴキは屋内で大繁殖していることはほとんどない。

それでもとあるスポーツクラブの屋外練習場でクロゴキが大量繁殖ナイター営業している時に床を縦横無尽にクロゴキが行き交う様は凄まじかったし、見えているのか見えていないのか無造作練習道具やタオルの入ったバッグを置いてナイタースポーツに汗を流す利用者の姿は不思議だった。

(この時は従来の毒エサに加え、大元になっていた屋外の空調室外機器類への徹底的な殺虫が行われた)

基本的には小さなゴキホイホイみたいな調査キットで生息地を絞り込み毒エサで駆除をする。

ゴキというのは本当に頭が良くて、同じところで仲間が駆除されたら基本的にはもうそこには近づかないし住処を変える。

同じ毒エサも何度も繰り返し使用し続けると目に見えて効果が下がる。

このいたちごっこのサイクルを緩やかに間延びさせ生息数をできるだけ少数で抑え続けるのがプロ業者の真髄である

最初は恐怖を克服するつもりではじめたアルバイトだったが、何度もネズミやゴキを駆除しているうちに芽生えたのは彼らへのある種の畏敬の念だった。

ネズミもゴキも今この瞬間を生きるために本当に一生懸命考え抜いて生きている。

例えば彼らがひと刺しで人を死に至らしめる毒針や毒牙を持っていたら現代文明の中で生きながらえただろうか。

(もちろん衛生的に疫病を蔓延させる危険はある)

彼らはヒトが作り上げた文明の中でそのおこぼれをもらうことに適応する形に進化した。

動物園動物にヒトの残飯をあげたら腹を壊すが、小型化し群衆形成悪食で生き延びる事ができる野生の強さはまさに生きることそのものである

私はあの数年間のアルバイト一般人の何千倍、もしかしたらそれ以上ネズミとゴキを殺した。

父や祖母祖父のお墓参りに行く時など、ふと「私はきっと天国には行けないだろうな」と思ったりもする。

子供達もいっちょ前にゴキを怖がるのだが、スパーンと新聞で引っ叩き(出来るだけ潰れないように加減する)そのまま触覚を掴んでポイと窓の外に放り投げる私。

「母ちゃん・・・すげぇ」

という息子の声を聞くと、こういう事で母の威厳を保つのちょっと想定外だったんだけどなぁと苦笑いしてしまう。

ちなみにゴキと対峙した時に一番大切な心構えはむやみに恐れないことだ。

すべての生物には生きようとする本能がある。

恐怖が伝わった時、ゴキは決死覚悟あなたに向かったり、飛んで逃げようとする。

「殺る時はできるだけ素早く静かにな」

まさにハンターハンターカイトさんの名言そのままである。

バイト帰りに洗面所で髪を解くとパラパラと死んだチャバネが落ちてきて血の気が引いた事は忘れられないが、ゴキとネズミのおかげで少しだけ強くなった母ちゃんがここにいる。

2021-03-13

なんで対戦しなきゃならないの?

なんでやりこまなきゃならないの?

なんで難問に対峙しなきゃならないの?

なんで限界に挑戦しなきゃならないの?

なんで承認欲を満たさなきゃならないの?

ゲームって、もっと気楽に楽しむもんじゃないの?

なんでこんな、不愉快な思いばかりするつまんないことしてるの?

エヴァが好きなんじゃなかったと20年経って気付いた話

小学生の頃年末年始の一挙放送エヴァにハマって20年、シンエヴァを観てきた。

ストーリー云々はさておき胸いっぱいになって涙が止まらなくなった。

おいおいと思うところもあったのに「そんな事よりとにかく良かった!素晴らしかった!」って感想が先に出て

まぁ20年好きだったものが終わって感無量だからかなと鑑賞直後に自己分析してたけど数日経って気付いた。


自分が好きだと思っていたのはエヴァじゃなく庵野秀明だった。

シンジがずっと好きだと思ってたけどシンジを通じて庵野が好きなだけだった。

不安定で極端過ぎる二極思想自分しか興味のない庵野に惹かれてるだけだった。


旧劇で父性との対峙を描くつもりが描けなくて逃げた庵野ちゃんと面と向かって対峙できるようになったり

周囲から好意・暖かさに気付けなかったのが気付けるようになったり

逃げちゃダメだって口にするだけで満足してた人間が逃げずにちゃんと向かい合う勇気を持てるようになったり

あの庵野が…?ってびっくりする気持ちと嬉しい気持ちが混ざって訳分からなくなってる。


好きだったと気付けても今の庵野は昔の庵野ではないしか気持ちの置き場所に困ってる。


ここに居たのねママ!じゃないけど、ずっとエヴァが好きだと思ってたのに実は福耳メガネの猫口おじさんが好きでした!っていうのはかなり自分にとって衝撃で未だにどう受け入れたら良いのかわからない。

2021-03-12

anond:20210308234216

国内全体でも0.85あるかないかなので、北との統合は確実視されるだろう。

それだけは絶対にない。

北朝鮮支配階級の関心は自らの贅沢な生活この一点のみ。

韓国という緩衝地帯がなくなれば北朝鮮アメリカ(在日米軍)と直接対峙しなければならなくなるし、情報統制が取れていない韓国併呑したら北朝鮮独裁体制破壊しかねない。

まり統一しても何のうま味もない。

anond:20210312023833

っていうか霊界ってクソザコしかいないのにどうやって魔界対峙してたんだろ

2021-03-10

シン・エヴァ秘密(重大なネタバレあり)

公開から三日、はてぶ見てるだけでも様々な感想が、アニメカテゴリからはみ出すぐらい飛び交っていて楽しく読ませてもらっている。

だけど、一つだけ誰もあまり気にしていないように見えて自分にはどうしても納得できない点がある。

それはシンジの復活具合、というか変貌ぶりだ。

冒頭からかつてないほどの壊れっぷりだった彼が、チョーカーを見ただけでロッパーしてしま状態だった彼が、ゆっくりと第三村生活の中で回復していく話なのはもちろん分かる。

だが、そのあとヴィレの面々の信頼を勝ち取り、初号機に乗りゲンドウと対峙し、各登場人物を救う碇シンジの変貌ぶりは、ちょっと心の傷が回復したなどという生易しいものではない。復活しすぎて別人格になってませんか?

少なくとも自分はかつて見たことがない碇シンジだ。とんでもない極限状態の中、落ち込むこともなく激昂することもなく自らの考えを伝え、どこまでも冷静に他人を思いやって適切な判断を下していく。

圧倒的に大人だ。控えめに言って悟ってる。これじゃまるで別人だろ。これは別人です。ストーリーとしてつながっていないのだ。いくら作劇の都合だからといってやりすぎだ。

そうぶつくさ思いながらインフィニティの如くホッテントリを埋め尽くしたエヴァ感想群を徘徊していて、突然気がついた。

日本?の物語様式美としてひとつだけ、男子が一生のうち一回だけ、一日いや一瞬で全人格換装できる儀式存在することを。

やりやがった。

そっくりさん最後LCLか?LCLメタファーなのか?

それともアスカマリの寄り道のときか?どっちだよ?まさか両方か同時にか犬畜生

劇中ではっきりと描写されていないのが悔やまれるが間違いない。庵野に聞いてみろ。あの手のアニメ主人公人格変異を起こす理由はそれ以外にないのだから

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