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2021-06-15

なんで雲南市

増田島根県民なんだけどよお
県内2日ぶりに雲南市コロナ感染確認されたらしい
他県からすりゃ平和ニュースだね
ただ、この雲南市コロナ感染者が増えるのなんでなの?
県境でもないし、人口スカスカ特別観光地もない、せいぜいボチボチの温泉があるくらい
県内じゃ唯一雲南市だけ役所クラスター出て閉鎖した
雲南市なにどうなってんの???



益田市広島山口の両県境に近く、市の9割が製紙工場でできてるみたいな土地なので割と納得してる



あれ製紙工場益田じゃねえわ江津

益田どうなってんの??

人口密度コロナ感染者数
自治体密度(人/km2)感染者数(人)
雲南市6434
島根県99551
松江市354252
出雲市27784
浜田市7826
大田市7415
益田市6055
津和野町2210

2021-04-25

いわゆる「お金持ち」の家の子息が普段何をしているか

我が家明治期に興隆した商家で、現在も大枠を考えればモノやコトを売ることで生計をなしている。
いわゆる華族であったが、興隆の経過で江戸期以前の地主武家などと婚姻を経て結びついており、家系図を遡れば皇室とも血筋上の繋がりがあると解釈ができる。

さて、そんな家に生まれた筆者だが正直に言えば高校生くらいまで我が家がそんな家だとは気付いておらず、多少なりとも大きな家に住めている理由として両親や祖父母も「ご先祖様が努力の人だったから」と言っていたので、現在我が家はそこまでお金持ちではなくご先祖様が増やした資産恩恵を受けているのだ程度にしか思っていなかった。ご先祖様すげぇなと。
実際、筆者自身の子供の頃の夢はプロアーチャーであったので全く家業意識していなかった。

我が家はなんか他の家と違うぞ?と気付き始めたのは高校生になった時期で、父や祖父に連れられて社会科見学のような小旅行を頻繁にやるようになってからだった。
自動車工場や造船所、食品工場アパレル工場精密機器工場製紙工場など工業系を中心になぜか見学に連れられ、その工場担当者らしき壮年男性から説明を聞くということを頻繁にさせられた。
今思い出せば、父や祖父はそのくらいの時期から「AはBから生産されていて流通として……」のような話をよくしてくれるようになっていた。
社会科見学のような小旅行面白かったが、なぜ急にそんなことをやるようになったのかという疑問は晴れなかった。まさかそれが後継者教育の一環だったとは。

自分自身の興味と祖父の勧めもあり、大学ではアーチェリーを続けつつもロジスティクスを中心に学ばせてもらい、継続されていた社会科見学が非常に研究へ役立つようになっていた。
そして我が家歴史を完全に知ったのは大学3年生の正月に「就職はどうするのか?」と言われた際に「参考になるかはわからないが我が家家業説明しようか」のように教えられてからだった。
遡れば初代が江戸期に商家として暖簾分けを受け、現在まで続く家業の基盤を明治期に作ることができたとのこと。そこから登場する人名歴史の授業で習うような人々であり、まるで実感のなかった筆者は驚愕するしかなかった。

そんな家の子である筆者が普段何をしているのか?と言えば、某物流企業から商社を経て、現在は父から「そろそろ戻ってこい」と言われ、法人化している我が家の持ち企業へ務めさせていただいている。
筆者の専攻がロジスティクスなので新社会人の頃から数理的に物流計算するのが主な仕事で、笑ってしまうかも知れないが何処へ行くにもCASIO関数電卓ポケットへ入れている。現在関数電卓ソーラーパネル電池駆動するのでスマホなんかよりもよっぽど信頼度が高い。
弊社が集めたデータ取引からロジスティクスに関するデータを貰い、それを数理的に損益分岐点とのその確率をはじき出すというものだが、概算ではなく精密に計算する際はコンピューターに詳しい増田の皆様にも馴染み深いであろうAWSさくらを利用している。
ちなみに筆者のスマホAndroidiPhoneにはまともなターミナルがないので、ふと出先で大きな計算リソース必要になったときAWSSSHしにくい。まぁノートPC使えよって話だが。

もちろん計算するだけでなく、創作物イメージされやすいであろう会食などで人脈交流をしたりもするが、実際のところ筆者の世代ともなるとLINEZoomSlackなどで友人たちと交流している頻度のほうが多い。
正直LINEZoomは昨今の流れもあり使いたくないのだが友人たちは経営学部卒などの文系が多いので、どうもセキュアなコミュニケーションツール活用が上手く行かない。
可能ならば弊社で利用しているオフィススイートMicrosoft office 365やGoogle Workspaceへ移行したいのだが、一部の従業員の皆様の反発から上手く行ってない。後継者といっても実務へ強権を奮えるほど実力はないのだ。筆者の管轄研究グループは即座にSlackを導入できたり出来たのに。う〜む……。
流れのまま愚痴を言えば、例えば総務などはミドルハイエンド性能なChromebookで十分じゃないか?社内ツールもいつまでJavaベースのを使っているのか。HTML5ベースに移行してしまえば互換性の問題Windows使い続ける理由もないんだが。いまだ動いてる骨董品メインフレームをそろそろ引退させてあげようよ。
父は「実務に口を出すべきでない」と言うが、多少筆者の趣味も入ってはいもの環境を整えるのも我々の役目ではないだろうか。
強権を奮って一気にモダンコンピューティング環境にしたい。営業にも今のガラケーから最新のGoogle Pixel 5あたりのスマホを配ってあげるのに。

というようなことを青臭く思っているのだが、実際の後継者なんてこんなもんである。実権を握れるまでおとなしくしているしか無い。
従業員の皆様には申し訳ないが、おそらく筆者にはご先祖様ほどの商才は無いんだろう。苦労させてごめんね。

2020-06-27

リニア新幹線Aterm

静岡県掛川市民。

リニア新幹線静岡区間静岡県大井川の水減るって反対してて、県知事JR東海ガチ対決してる件、多分、県外の人は水が減るぐらい我慢しろよ、お茶なんて京都から買えばいい、静岡は2流って思ってるんだろうけどさ。

この辺り、工場たくさんあるんだよね。お茶だけじゃないんよ。

例えば、今、ネットNECAtermっていうルータで繋いでる奴、それは全部掛川市役所の隣のNEC工場で作られたものだ。大井川の水量減ったらモロに影響受けるよ。

あとは、ここ、首都圏名古屋圏の子育て世代も見てると思うけど…テレビCMで知ってる人も多いと思うけど、おむつムーニーマンも、大部分、掛川ユニ・チャーム工場で作ってるはず。大井川の水減ったらモロに影響受けるよ。

別に実家は茶業や農業じゃないんで、この辺の農家が困っても俺は困らんのだが、大井川の水減って移転せざるを得なくなる工場が出てくると、結構、このへんで作ってる東京向け出荷の工業製品も打撃受けると思うんだけどなぁ…工場移転ってめっちゃ金かかるし。

追記水道水を使えばよい、オカルトだ、というブコメがあったが、それはさすがに何も理解していないのでは…その掛川市水道水大井川から取水してるんですよ。大井川だけではないけどね。

JR湧水は戻すといってる」という意見があるが、そもそも、導水路を作ったところでJR試算でも6%も大井川の水減るんですよね。静岡県試算だと7.5%。さらに、この数字工事が終わってからの話で、トンネル工事間中は導水路は動かせないから、工事間中は最大18%ぐらい減るらしい。

平均で、だからね。渇水などがあった年に水の流れが変わって数十%減ってもおかしくない。現に、新東名トンネルの下にある地域では、茶畑に撒く水や温泉街の水が枯れた。新東名大井川については橋にして大井川の地下はいじらないことで解決したが、新幹線リニア地理的に地下を通すしかない。「一滴も減らすな」はさすがに難癖だと思うし、経済的解決する方法もあると思うが、水は足りなくなったところで他市・他県から買えるものではないし、そもそも導水管を作ったところで、減少分6%なり7.5%のなりの補償をどうするかの話にもなっていない。今は、リニア新幹線については「工事させろ、水減るかもだけどちょっとだけだからいいだろ、遅れたらお前の責任な」としか言われてなくて、経済補償の話も何もせずに、静岡県悪者にして政治的に追い詰めてとにかくトンネル掘らせろ、としか言われてないんですよねぇ…そんなの認めると思う方がおかしいでしょ。

追記2:静岡は水が豊富製紙工場がある…というのは、富士山の麓、富士川の方、富士市とか富士宮市とか?東部の話ね。

いま問題になってるのは浜松の数十キロ北東のあたりの地域

昔は遠州駿河で国が分かれていたぐらいなので、東部はまた全然違うんだろう。すまんが、正直よく知らん。

2020-02-28

製紙工場勤めの弟が

トイレットペーパーが無くなる?中国材料輸入?そんなわけあるかあたまおかしいのか」

って言ってる。



だよねえ。

買い占めてる人達バカなんだなあ

2020-02-09

マスクの次になくなるのはティッシュ

マスクの次というのは不正確だけど東海地震が起きるとティッシュ類の供給が止まるらしいよ

ティッシュ類の生産ほとんどが静岡県で行われていて、静岡製紙工場が止まると日本中ティッシュが不足する

トイレットペーパーは深刻になると予想されていて一ヶ月分は買い置き用意しとけと言っている

買い占めもあるだろうから一ヶ月分じゃ足りないかもしれない

https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/paper_consumergoods/sozai28.pdf

アナキズムはてなー無視しそうだけど

2019-06-04

50代引きこもりとタピオカ

https://anond.hatelabo.jp/20190604124232

タピオカというデンプンがある。

デンプンとして最下級もいいとこで、トウモロコシデンプンの数分の1の値段、現代では家畜ですら不味くてろくに食べない。

元は南米原住民が食べるイモだったが、小麦や米が導入されるとあっという間に珍味扱い。

生産効率問題ではない。

抜群に取れる。

問題は味だ。

しかも毒があってラリる。

精製してデンプンにすれば重宝されるが、それでも最下級の扱いだ。

まず食べない。

もっぱら製紙工場で紙に混ぜ込まれたり、糊の原料になったりする、デンプン界の日陰者だ。

そんなタピオカブームだという。

ここから得られる教訓は世の中に、無価値ものなんてない。

みなに嫌われたって、どこかで好かれることもある、ということだ。

誰でもいつか、日の当たる場所活躍できるのだ。

50代引きこもりだって、なにかのきっかけで人気者にもなれるかもしれない。

勇気を出して外の世界へ踏み出してほしい。

2018-10-23

スメハラ悪臭の違いがわからない

公害には大気汚染水質汚濁振動騒音悪臭などがある

悪臭不快感だけでなく、健康被害をもたらす

しかし、苦情を言えば営業妨害だと言われる


火葬場はきな臭い

きな臭さというのは爪や髪の毛を燃やしたときのあの臭いをいうが、

最近は生臭いという意味で使われることが多い



それはともかく、製紙工場のあるところは広域にわたって悪臭を放ち、新幹線の車内にすら漂ってくる


悪臭スメルハラスメントの違いがわからないのでお教えください

2018-10-19

釧路市の発展の要因をさぐる

本稿では、下記ブログで軽妙に紹介される釧路市の停滞について歴史的経緯から振り返ってみようと思う。

https://www.kansou-blog.jp/entry/2018/10/18/173838

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.kansou-blog.jp/entry/2018/10/18/173838

漁業築港

近世期には、釧路は「クスリ場所」という漁場が設定され、松前藩から委託された業者がそこから利益を独占していた。

そこでは鮭や昆布、鰊などの海産物のほか、内陸やその他獣の毛皮が収集されていた。

釧路には港がある。というか、大きな港を構築できた。これが大きかった。

函館から太平洋側に航路をとると、日高の小さな諸港を数えるばかりで、大きな築港ができない地形が続く。

例えば十勝国広尾港の小港を除けばずっと遠浅の地形が続く。内陸に続く十勝川河口も例外ではなく、ついに十勝では大規模な漁港を構築しえないまま現在に至っている。

苫小牧港は、実は昭和の初めから計画されたもので、陸地を魔改造した港。自然にできたものではない。

立地

釧路道東地域に程良く近い。厚岸にもいけるし、白糠にも近いし、内陸を通って今の北見国にも通ずる。

港を基点に色々なところに行ける。

採炭地と鉄道敷設

近世末~近代初期にかけて、釧路では石炭が取れることがわかってきた。

こうなると船舶だけでなく、鉄道敷設が期待されるようになる。

そもそも北海道鉄道濫觴は、採炭メインで三笠市小樽市とを接続したものファンが多い分野だからあえてここでは雑に触れる)。

っつーことで、明治34年釧路駅ができる。そこから十勝方面鉄路が伸びて、日高山脈と言うでかい山脈越えるのが明治40年

これで札幌小樽函館本州方面鉄路でモノを送れるようになる。

明治40年にここまで行けたのは結構重要結果的に、大正3年~の第一次世界大戦好景気に間に合う形になり、色々な階層を潤わせた。

林産と製紙工場

鉄道ができると、海産物石炭以外にも物資を運べるわけだ。

となりの十勝の連中は昔から今まで農畜産物本州輸送し続けてやがる。

釧路は何を集散したかというと、木材だ。

北海道森林資源豊富だが、でっかいどう過ぎて、山奥から運べないし、そもそも北海道から運べない。

鉄道ができたことで、山奥から何とか駅まで運べば何とかなることになった。

で、木材を運んだ先の釧路製紙工場ができる。

製紙業が発展するのが大正時代第一次世界大戦好景気後に「なんだ? 釧路工場作って船や鉄道で運べば産業になるじゃん」と本州資本が本腰入れ始めるわけだ。

王子製紙富士製紙なんかの巨大企業木材の切り出しか工場生産まで取り仕切るようになる。つまり、カネを投下してゴリゴリ生産し始める。まぁ切出しは下請けに任せるんだが。

また、水産加工業もまた、この時期にこうした大規模化がはかられる。ビートでんぷん工場も本格化する。

観光

昭和の初めになると、全国的観光ブームになる。すごいねJTB(の前身)。

そうなると、阿寒ですよ。成熟した鉄道路線の観光利用が始まる。

こうした中で、食品釧路ブランド化の萌芽が見られる。最近B級グルメブームまで尾を引いている。

まとめ 全て去ってゆく

さて、読んでいてわかる通り、釧路を支えてきた要因が全て転換期を迎えている。あるいは既に転換してしまっている。

魚は食が多様化してしまったし、石炭は使わねえし、紙はIT化で打撃を受けた。阿寒に行きたい? ちょっと一回くらい行きたいかなぁーーーくらいでしょう?

唯一の望みは工場敷設。釧路には、近隣の農水産物を加工する工場があるわけだが、そこも絶対的に振るっているかというとそうでもない。

輸送技術輸送ルート多様化して、釧路固有性が薄れてしまった。この辺りは正直詳しくない。

最近日本製紙釧路工場が規模縮小するというニュースがあった。また人口が減るねえ。

https://www.fukeiki.com/2018/05/nippon-paper-stop-production.html

ただし、釧路が栄えるにも衰えるにも、こうした地勢と歴史的要因にヒントがある。すべては地理とそこでの人の営みだ。

誰かがこうした地勢と歴史的経緯を持つ「クシロ」に、新たなビジネスの種を見出すことがあるかもしれない。

 
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