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はてなキーワード: 信仰心とは

2020-05-09

anond:20200509233152

やはり耐えて忍び、信仰心を見せるしかないということですか・・・

2020-05-07

anond:20200507170720

一度でも性交渉した者は脳下垂体の幸三が不可逆的に変化して、いくつかの生理的変化を経験する。苦痛への耐性の上昇、認知機能の低下、男性では特に信仰心の上昇などが知られている。

価値観も変化する可能性は充分にあると個人的には想像する。極端な言い方をすれば性交渉にとりつかれてしまう。人生に男女以外の要素が存在することを忘れてしまたかのような者を見たことがある。

彼らはえてしてタフである。その身の全てを捧げるように労働するような者で性経験のない者は見たことがない。タフで、そして浅い。貪るように生き、短絡的に決断する。全ての者に両親がいる一方で、生涯で一度も性交渉をしない者が常に存在することは生物学的になんらかの意味もつと信じたい。

かくいう私も童貞でね。

2020-04-21

anond:20200421174846

政治に対する信頼、っていうのは信仰心に似たところがある。

 

一般的信仰っていうのは、子供のころに最初に教わったことが根付いて、大人になっても死ぬまでまで変わることがない。

 

そして現代日本人っていうのは、大日本帝国政府への不信感を小学校ぐらいから教えられてきた世代だ。

この不信は信仰一種であるから世代が変わるまで変わる事は無い。

変化の兆しは既に明確にあるわけだが(高齢者と若年層の違いが良く取りざたされる)、今の若年層が高齢者が変わるまでは今のままで続くことになる。

anond:20200419173543

神への信仰を試してるんやで

旧約聖書ヨブ記とか、ヨブさんは信心いからどれだけ痛めつけても信仰心を失わない!と

サタンに言うために、ジャンジャカ酷い厄災をヨブに降りかからせるという鬼畜所業をやってのけてるで

2020-04-05

[] #84-5「幸せ世界

≪ 前

生活教は“生活をより良くする”という教義のもと、日々ライフハック的なことを広めている。

この辺りを中心に活動しており、地域新聞に載る程度には有名な新興宗教だ。

しかし、その知名度に対して信者数は少ない。

宗教のもの形骸化している現代では、信仰心が薄れているからだ。

ましてや歴史や実績を持たない新興宗教なら尚更である

数少ない信者面白半分で入信しているのがほとんどで、実質的布教しているのは教祖のみだ。

そんなローカルマイナー宗教が、この世界では熱狂的に信仰されているとは。

いくら可能性の数だけ未来があるとはいえ、俺の世界にこんな可能性が?」

「これこそが“分裂世界”さ」

俺の世界では、そもそも宗教が廃れているから、信仰が盛んになる分岐点存在しない。

だが分裂した世界では、このように有り得ない未来すら有り得てしまうのか。

宗教民意意図的に調整できるからね。それが実権を握れば、こういう世界になるんだろう。まあ分裂した世界では、何がどう変わってもおかしくない」

それにしても、見れば見るほど異様な光景だ。

同じ服を着た人間が一堂に会すると、こんなに気色悪くなるんだな。

「さあ 回しなさい 救いは 回した 先に あるの です」

特に気になるのは、この声だ。

信者たちの喚声に紛れて聴こえるが、独特なイントネーションがすごく耳に残る。

今日は 水曜日 たくさん 回せる のです」

聴こえた方向に目を向けると、声の主はすぐに分かった。

広場中央に建てられた壇、そこに立っているのが張本人だ。

一際、装飾が豪華なあたり、恐らくあれが教祖だろう。

「さあ 布施て “生活式回転抽選器”を そして 自分を 信じて 回しな さい」

そして教祖の隣には、機械的な箱が十数台ほど置かれている。

大層な名で呼ばれているが、あれはカプセルトイマシン、いわゆる“ガチャ”っていうやつだ。

さっきから言っている「回す」ってのはガチャのことだったのか。

遠巻きからじゃ中身は見えないが、どうやら信者たちの信仰心をくすぐるもの無作為に入っているようだ。

「やった! 『過剰な転売』の免罪符と、『非合法動画アップロード』の免罪符だ!」

免罪符商売とか、いつの時代だよ。

それをランダムガチャって、霊験あらたかな感じがまるでしない。

しか信者達はガチャに列を成して、取り憑かれたように一心不乱に回していた。

「同じものが 出ても 大丈夫 掛け合わせると 効果が 上がり ます! だから 布施て! 布施て!」

随分と露骨寄付を募っている。

金を巻き上げるにしろもっとマシな方法がありそうなもんだが。

次 ≫

2020-03-26

ジャパニーズトラディショナルオフィス環境呪術的なエネルギー

世の中は騒がしいが我々サラリーマンは今でもジャパニーズトラディショナルオフィス環境普通に仕事をしている。

日本が健闘しているのはジャパニーズトラディショナルスタイル呪術的なエネルギーの高さに秘密があるのだ。

ジャパニーズトラディショナルなそれらの儀式中は常に密閉されており密集しており密接している。高度に。当たり前に存在すべき仕切りすら存在しない。それがジャパニーズトラディショナルスタイルだ。仕切りがあるとジャパニーズアートたる労働エネルギー循環が損なわれるからな。もちろんそこで一日の半分以上を過ごすんだ。それもまたトラディショナルスタイルだ。時間こそが呪術的なエネルギーを深化させるんだ。対面の会議もするべきだ。それもまたトラディショナルスタイルを成立させる重要な要素の一つだからな。エネルギーの交換がそこで行われるんだ。交換することで更に高まるんだ。

もちろんジャパニーズトラディショナル満員電車に乗って通勤するべきだ。そこでは老若男女誰もが互いに過剰に触れ合うことでエネルギー高まるようになっている。大切な要素だ。

それらのトラディショナルスタイルを貫いてこそジャパニーズスタイルのオカルティックな強さが生まれるんだ。一つも欠かしちゃいけない。全ては呪術的なエネルギーを高めるためのトラディショナル儀式からな。我々の世代で失うわけにはいかない。

以上のジャパニーズトラディショナルスタイル宗教的儀式は今のところ禁止されていない。むしろ禁止することが検討すらされない。当たり前だ。一見して誰もが危険だとは思うがその儀式の中で感染が爆発したことはないんだ。おそらくは呪術的な強さのおかげだな。むしろこの儀式こそが近代医学には到底説明しえないジャパニーズの強さを支えているんだ。

禁止されていない理由がもう一点ある。誰も止められないんだ。この呪術的な儀式をやらないとどうなるのか?考えたこともないから恐ろしいんだ。まぁそもそも止める理由なんてないけどな。

この宗教的儀式ライブハウスとどちらがより危険か?科学的に考えればこの儀式だろう。でもこの儀式感染は爆発していないんだ。信仰心勝利だ。科学なんてクソ喰らえだ。信仰心こそが強さなんだ。

我々はバングラデシュを笑えない。

フィクションです。

2020-03-24

anond:20200324085716

べつにコロナがあろうがなかろうが、そんなもんは露呈し続けているし、そのせいで世俗化科学の発展によって神秘が消えて信仰心も併せて減っていくこと)は進んでいる。

 

ただ、信仰ってほとんどの場合子供が親や環境から教わったときに身についたものが、それから生涯変わることがないんだわ。

世代が変わるペースでしか大きくは変わらないというわけで、それくらいゆっくりのペースであれば、急激すぎて社会の変化がおいつかないとかいうこともないんじゃない。

コロナ騒動特に強く露呈したのは、宗教は今までもこれからも何もしてくれないということ。

べつに宗教行事に参加しなくとも何も利益も罰もないし、まして神の奇跡もありゃしない。

海外信仰生活の基礎だけど、みんな信仰心なくなるよ、どうすんだろ。

2020-03-11

ごはんはおかずにならねえよ

グラタンはおかずになるぜ?

ドリアがそれを証明する

お好み焼きはおかずになるぜ?

大阪人がそれを証明する

コロッケはおかずになるぜ?

グラコロバーガーがそれを証明する

炭水化物からじゃねえんだよ

ごはんはおかずに向かねえからおかずにならねえんだよ

認めろよ

ごはんはおかずにならねえよ

そしてそれはごはん主食として優れているからじゃねえ

お前なんて世界主食の中じゃ栄養バランス壊滅ランキング上位だ

信仰心真実を曇らせる

ごはんを崇拝するな

お前が一人でやりたいだけならせめて他人強要するな

宗教の何が悪かといえば信仰強要

ごはん宗教

ごはんは悪

ごはん邪教

ごはんを許すな

ごはんを崇める者たちを許すな

ごはん麻薬

ごはんからまれた水の名前を知ってるか?

キチガイ水と人は言う

人の心を壊して回るキチガイ水の産みの親

ごはん邪悪

ごはんは敵だ

ごはんを殺せ

2020-03-10

anond:20200310104211

人間こころの弱い生き物です。

信仰心無しに生きられる人は、好きな水を飲んで暮らせばよいと思いますが、

世の中には、何かに頼らずには生きられない人も大勢いるのです。

そんな不自由人達が、水素水やらナントカ還元水を飲むことでシアワセになれるのならば、

そっとしておいてあげるのが、大人の優しさというものではないでしょうか。

2020-02-12

神父とかシスターも神と結婚してる設定ではあるけど性欲は残ってるわけじゃない?

あれは本能から信仰心でどうにかなる話じゃないし溜まったらどうすんだろうね

2020-02-08

anond:20200208133539

日本人の信じてる宗教は、おそらくだけど、太陽神だと思う。

から、初の日の出あんなにありがたがる。

太陽神につけられた名の1つが天照大神で、その信仰開始時期は、弥生時代後期まで遡る。

最初信仰を始めた者の記録は既に無く、もはや教祖も教えの内容も定かではないが、

信仰心だけが伝統的に受け継がれている。

教祖や教えが失われたせいで、日本人宗教はあらゆる宗教イベントを受け入れることができるようになった。

初詣七五三には神社に行き、

結婚式キリスト教式で挙げ、

ハロウィンクリスマスを祝い、

大晦日にはお雑煮を食べて、

死んだら仏教の寺の墓に入る。

日本人宗教心が薄いどころか、生涯を通じて、宗教と切り離されない信仰ガチ勢の集まりだと思う。

2020-01-19

今年の3週目が終わった

年末中学時代の友人と集まって飲み会をした。

人間での飲み会ほとんどして来なかったし無職ニートの今行くのはなあと思いつつ、2回目のニートだしどうにでもなれと思って参加した。

皆それぞれの職に就いてそれぞれの生活をしている様だった。家業を継いだ者、責任ある職位で頑張っている者、故郷を離れ少し遠い田舎の地に勤める者もいる。

ちゃん大人になっていた。彼女とか結婚とか、貯金とか株の事とか、将来の事をちゃんと考えて生きていた。

丸2年しか続けられなかった仕事を辞め、半年以上何もしていないのは自分だけだった。その事を告げても友人達は気を遣って冗談交じりに優しい言葉を掛けてくれたが、酒の席だからその場に居られた様なものだ。

自分は将来の事をいつの間にか考えられなくなり、死にたいと思う様に気付けばなっていた。高校の時からだが、働き始めてもやはり変わらなかったし今でも変わっていない。

友人は「増田大人っぽくなったね」と言ったが、確かに「ぽい」だけだ。中身も外身も大人ではない事は解っているつもりだ。

趣味免許を取った事を話すと、運送関係仕事をしている友人に連絡してみたらと連絡先を教えてくれた。しかしその友人に連絡もできないまま気付けば2週間が過ぎた。

その間に25歳になってしまった。高校の時は18で死にたいとか思っていたのにずるずる来て7年生きている。高校卒業後2年間ニートになり、2年間職業訓練校に行き、2年間正社員で働き、昨年またニートになった。では2年目の今年は? 即死イベントが来たら言う事は無いが願って起きる様なものでもない。死にたければ自分死ぬしかない。しか中途半端でもいけない。

そう言えば昨年は厄年だったが面倒だったので厄払いをしていなかった。そうしたら辞める様な事になった。その後で厄払いしたがもう遅い。仏教だの神道だの宗教に関する物事面白いとは思っているが、厄年とか厄払いとか気持ち問題だろとしか思わない程度に信仰心は無い。だから厄年関係無いと思っているが、「厄年」というミームが内心影響した…のかも分からない。他者に原因を求めるのは楽だけれど空しくなるだけだ。結局環境適応出来ない自分が悪いのだ。

教育者だった祖父は「増田は賢くなるよ」と言っていたそうだが、実際は違った。全体ではなく当座の、それもとても小さな利益だけしか見えないずる賢い小心者になっただけだった。

もし私が狂気に走り何かの大罪を犯したら、刑事だったというもう一方の祖父は生きていたらどういう顔をするのだろうか。

どうせ日記から良いんだけど取り留めもなくなってきたしそろそろ寝よう。寝ても強い自殺願望が残っていたのはまだ一度しか無い。

2020-01-16

anond:20200116041016

元増田です。レスありがとう。返信の方法ってこれで合ってるのだろうか?

私は自分経験から、親が自分を産み出したことに対しての恨みは持っていたんだ。あなたが書いてる言葉そのままの気持ち。だけど、長い時間かかったものの、その気持ちを薄くすることができたから、今は「子供同意無くしてこの世界生命として産み落とすな」という言葉自分しかさないようにしてる。私は信仰心もうないから、他の理由でなんだけど。

ただ、これから子供を作ろう、産もうとしている人たちにその言葉強制するようなことはとてもできないなと思う。というかしたくない、っていうのが正しいのかな。私の場合宗教っていう要素だったけど、もっと過酷環境の子供たちもいるのは事実で…その状況を突き詰めていったら産むなという意見に寄ってしまいそうだけど、やっぱり他人強制するようなことは言いたくないと思う。

長い文章なうえにヘロヘロな返信で申し訳ない。私の意見すごい矛盾してる気がする…でもすごく考えさせられる、ありがとう

親の勝手判断で、子供宗教に入れるな。

<注意事項>

※この記事は「個人信仰自由」や「特定団体」を批判否定するものではありません



私が言いたいことは、

「親の勝手判断で、子供宗教に入れるな」ということだ。

匿名ダイアリーでも散々語られてきた話題かもしれないが、こういう体験をしている人は意外と多いのじゃないかと思う。

長い文章になり、途中で少し口調が荒くなってしまうかもしれない。でも、もし興味が湧いたら読んでいって欲しい。


ここからは私の“個人的な”経験だ。私の家族はある宗教信仰していて、私自身は産まれたその日に入れられたらしい。物心ついた頃から行事などに連れて行かれ、わりと宗教色の強い生活をしていたのを覚えている。小さかった私は疑問を持たず、それが普通だと思って成長していった。

だがいつかは必ず分かれ道がやってくる。信じ続けていくか、信じないか

私が強烈な違和感を感じたのは、思春期の頃だった。学校のことで酷く悩んでいることがあり、たまらなくなって両親に相談した。すると両親は口を揃えてこう言った。

「祈れば分かる」

と。

ここで何か思い出した人は、この時の心境がどれほどのものだったか想像できると思う。私はそんな答えが欲しかったわけじゃない。両親が“自分の頭で考えた言葉”が欲しかったのだ。経験、あるいは何かしらの感情によって。

さっき、いつかは分かれ道がやってくると書いたが、私にとっては「祈れば分かる」がそれだったのだ。その日から、両親の発する言葉には“信仰”というフィルターがかかっているのだと知ったのだから。不信感が生まれるのは自然な流れだっただろう。

問題はそこからだった。私は一気に懐疑的になった。今まで当たり前だと思っていた自分思考も、宗教が土台になっていたのだろうかと考えるようになった。フィルターのかかった両親には、疑問をぶつけても満足のいく答えをもらえるどころか、「信仰が足りないのではないか」と叱責されたり白い目で見られることが何度もあった。何をするにも、何を話すにも必ずと言っていいほど宗教がまとわりついてくる。

私は、家族との「共通言語」をあっという間に失った。同じ土台に立とうにも、私はとっくにそこから転がり落ちてしまっているのだから

自分の置かれた環境勇気を持って必死に立ち向かう子供たちは世の中にたくさんいるけれど、小心者の私は不信感を隠して生きていく道を選んでしまった。それと同時に私は信仰心を捨てた。

その頃の絶望感は、どう言葉にしていいかからない。

知識が足りないのかと宗教について学んでみたりもしたけれど、論理的理解するよりも先にやってくるのはいつも悲しみと喪失感だった。

私はこの家で食べて、寝て、話して、育ってきたのに。 もうここは、私の「帰るべき場所」では無くなったと感じたことが何よりも辛かった。物理的には家には帰れても、もう家族とは同じ目線で会話が出来ないのだと気づいてしまたから。

たったひとつ信仰心を持ち続けられなかったがために。

少し感傷的になってしまって申し訳ない。今、私は信仰心を捨てたまま元気にひとり暮らしているが、どうもこのことに関してだけは平静ではいられない時がある。両親は健在で、正月に顔を合わせるくらいだが相変わらず同じ土台には立っていない。


ここで一番最初に書いたことに戻る。

「親の勝手判断で、子供宗教に入れるな」

一人の人間が、何かを信仰することは否定しない。

人間の、人生の寄る辺なさというものは、とても居心地の悪いものだということは分かるのだ。

それでも、産まれてきたばかりの何も知らない赤ん坊や、自分で考えることを覚える前の小さな子供を、勝手判断宗教に入れることだけはしないでくれ。

の子供たちが自分意思で同じ信仰心を持って生き続けられるなら良い。だけど、そう出来ない子供たちもいるのだということを知っていて欲しい。出来なかった時の、あの胸を抉るような絶望を、親たちは想像してくれ。そして、子供たちには“自分の頭で考えた言葉”で接してあげてくれ。

本当に、お願いだ。

2020-01-15

信仰ある人間不正行為を行うとき、神はどこにいるのだろうか

プッチーニオペラトスカ》の第一幕は、スカルピア教会で一人トスカへの邪な欲望を歌い上げるなか、聖歌が響き渡り幕が下りる。《テ・デウム》と言われる名シーンだ。

https://www.youtube.com/watch?v=tgWW6o1y9xI

このときスカルピアは「トスカ、お前は俺に神をも忘れさせる」と叫ぶ。これは、神を忘れなければ非道をなしえないという、彼の拭い切れない信仰心残滓を感じさせる言葉であるオペラ最後で、トスカは「スカルピアよ、神の前で会おう」と言って飛び降りる。トスカと並んで神の前に立ったスカルピア心中や如何。忘れ去ったはずの神を目前にして、彼の良心は傷んだのだろうか。

職場キリスト教徒フィリピン人がいる。こいつが、ちょっとした不正行為を行って、しかもその協力を俺に要求してくるんで困っているのだ。1回数百円程度の不正で、頻度も多いわけではないが、他の同僚にも協力してあげなよ的なプレッシャーをかけられるし、本人も当然のごとく不正の協力を要求してくるので断りづらく、ズルズルとやってしまっている。やってはいるが、不愉快もやもやしている。その不正自由にできる立場にありながら自分はやらないのは、それが不正からだ。信仰心のある人間よりない俺の方が倫理的だというのはおもしろい話ではある。しか不思議なのは、その不正行為を行っているとき、彼の神はどこにいるのだろうかということ。神の前で恥ずかしくないのだろうか。それとも神が不道徳であるとか盲目であるとかが想定されているのか。ひょっとしたら「数百円、お前は俺に神をも忘れさせる」なのかもしれないが。

2020-01-10

[] #82-11「壱弐参拝」

≪ 前

「我々もそうだが、この国の人間ほとんどが信仰心を持っていない」

「そりゃあ、そうだろ。現代人の不平不満を神様解決してもらおうなんてのは時代錯誤だ」

昔の偉い人は「神は死んだ」なんて言っていたらしいが、俺たちから言わせれば、そもそも生きていたかどうかすら怪しい。

三種の神器』だとか言うのもあるが、あれだって世代ごとにコロコロ変わって安定しないだろう?

しかも、あれらは全て人間が作った物なのが明らかだ。

「人々の信仰心が薄れるのは、技術経済が発展した国では珍しくない。資本主義の晩期は、特にそれが顕著だ」

まあ、さっきの教祖みたいなイレギュラーもいるにはいる。

けれども、それが何で俺たちと似ているって話になるのかが分からない。

生活教にも信者がいるらしいが、あれだって大半が面白半分ネタ半分でやっているだけだ。

誰も信仰心なんてものは持ち合わせちゃいない。

不思議だと思ってな。そんな我々が、こうして初詣といって神社に参拝するのはなぜだろう、と」

ウサクの言葉に俺たちはドキリとした。

かに、そう言われてみると変な話だ。

初日の出のために夜更かしをしたり、祈る神も分からず拝む。

そんな非合理な慣習を、俺たちは何の疑問もなく受け入れている。

初詣に限った話ではない。夏祭りなどでは神社などの宗教施設を使い、自治体含めて多くの人間がそれを後援している」

宗教自由があるとはいえ、いつだって自由”はリソースとの相談だ。

俺たちはそのリソース宗教的なことに割いているって意識が今までなかった。

信仰心の欠片もないのに、事実上積極的に参加している。

ハロウィンとか、クリスマスも元々は宗教的なものだっけ」

「なるほどな、ある意味で俺たちは宗教にどっぷり浸かってるわけか」

「なーんか……変な感じ」

俺たちは軽く身震いした。

それは決して気温の低さからくる生理現象ではない。

上手くいえないが、ゲーム画面が暗転したら自分の顔が映った時みたいな感覚だ。

「改めて考えてみると、何とも奇妙な社会だな」

ここにカジマやタイナイがいたら、陰謀論だとかに繋げるだろうな。

あいつら、都市伝説特番とか好きだから

「ん~、確かにアニメ漫画とかでも、登場人物たちが神社とか行くシーン多いよなあ。葬儀も大抵は仏式だし」

そう思っていたら、誰かが藪から棒に喋りだした。

バイト仲間のオサカだ。

まるで最初からたかのように話の輪に入りこんできた。

次 ≫

2020-01-08

[] #82-9「壱弐参拝」

≪ 前

俺たちはコンビニに辿り着くと、粛々と目ぼしいものを買い物カゴに放り込む。

まり長居するのは危険だ。

手ぶらで冷やかしに入った人間が、数分後には強盗になっていた」というミームあまりにも有名である

それだけ最近コンビニは手広くて狡猾ってことだ。

財布の紐を緩める罠が、至る所に張り巡らされている。

兄貴福袋があるよ」

案の定、弟が引っかかった。

「いらん、いらん。こういうところの福袋は、体よく在庫処理したいのが狙いなんだよ」

「でも定価より断然お得だって書いてある」

「定価でいらないものは、安くてもいらないものなんだよ。そういうものを“お得”だとは言わない」

漠然とした消費者意識を、コンビニ容赦なく刈り取ってくる。

実際、コンビニは手軽さの割に強力だ。

食いもの日用品多種多様で、一定品質保証されている。

入用のサービスも大体が網羅されているときた。

今やコンビニに出来ないことはない。

……とまで言うのは大袈裟だが、同レベルで便利な量販店が他にないのは確かだ。

せいぜい他系列コンビニチェーンくらいだろう。

それほどまでに便利で、携帯端末と同じくらい人々の日常から切り離せない存在なんだ。

兄貴ハムカツ揚げたてだぜ」

「ここのは注文直後に二度揚げするから、いつも揚げたてだっての。というか、初詣の出店はいいのか?」

「だいじょーぶ、食える食える。それにコンビニ飯の方が安くて美味いし、どうしても食べたいわけじゃないし」

弟なんて正にそれで、価値観までコンビニ規格である

昔の偉い人は「コンビニ日常を席巻する」と言っていたが、それでもここまでだとは思っていなかっただろう。

…………

焼き鳥って、よほどのことがない限り買ったほうがいい食い物だと思う。近年は特にレベルが高くなってる」

「自宅で炭火焼き難易度が高いからな。そもそも木炭市場に出回ってないし」

「仕方ないだろう。一時期、集団自殺手段として社会現象になったからな」

俺たちは他愛のない話をしながら、少し遠回りをしてカジマたちのもとへ戻る。

もと来た道には、あの酔っ払い達がまだ十中八九いるからな。

「む……」

公園までもうすぐというところで、ふと俺たちは足を止めた。

初詣に行く予定の神社が見えたんだ。

意外だったのは、この時間帯にしては参拝客がチラホラ見えたことだった。

結構せっかちな人がいるんだな」

「まあ、年は越しているからな。早いに越したことはない、って考え方もある」

こりゃあ、初日の出の後に来てたら混みそうだぞ。

「……ひとつ提案だが、初日の出の前に、初詣を済ましておくのはどうだ?」

ウサクの提案に、俺たちは頷くまでもなかった。

みんな考えることは同じだ。

「よし、カジマとタイナイたちには、後で交代して行ってもらおう」

俺たちはレジ袋を揺らしながら、玉砂利を踏み鳴らして賽銭箱へと向かう。

「おい、提案したのは我だが、参道の通り方とか色々あるだろ」

「あるとは思うが、そんなコードを気にするほどの信仰心がない」

「そうそう、コードなんて無視するのが現代スタンダードだよ」

「だったら、もう参拝自体やめてしまえと思うが……」

次 ≫

anond:20200108112706

イスラム教徒人口割合が増えているのは、先進国でないか都市化が進んでない地域が大半だからで、政党がとうとかでパワーを持つころには少子化にも入るだろうよ。

 

あと、欧州に住んでる難民2世みたいなイスラム教徒なんかは、今のカトリックと同じで、世俗化原因の信仰心喪失に直面しているのが見られるので、やっぱり都市化によってイスラム教勢力は減っていくと思われるよ。

2019-12-30

anond:20191228104234

神社という場所の身近さと特殊性2000年以前よりは明らかに減少した、のはあるだろうな。

まず信仰心とかは明らかに減って、老人のものになった。

あと、オカルトとか霊験あらたかみたいな発想もだいぶ消え去った。

 

神社っていうのは、いまや大学の先輩がバイトおみくじを売っている場所であって、フィクションであっても専業の巫女などリアリティが無くて古臭い存在なのかもな。

2019-12-24

神は死んだ

狭いコミュニティに、小さな宗教があった。

青少年時代絶対的な、神のような存在がいたならば、縋りたくなるのかもしれない。

それとも単に流されていただけかもしれない。

逃げ出すことをしなければ、洗脳され、崇拝し、盲目的になり、排他的になる。そうしてますます絶対感が増し、信仰心高まる

部活動顧問と、生徒の話だ。

あれは、まごうことな宗教だった。

私は神のことを信じられず、けれどとある理由から逃げることも出来なかったので、そのコミュニティに身を寄せていた。

クソガキという異分子だった私は狭い世界で浮いていた。

からは集中攻撃に遭い、背後から信者に刺される。そんな日々だった。

結果という形で力を持っていた私は立場が低いわけではなかったので、一人で異分子派として居座っていたけれど。

いいや、何人か異分子はいたのだ。

しろ表面上は私と同じように振る舞う人間が多かったように思う。肩身が狭い中、彼らは仲間だとは思っていた。

一度、事件が起きた。

神がその立場追放される、そんな歴史的な日があった。

実に晴れやかな気分だった。荒れた土地の整理は面倒だなあと思ったけれど。

裏腹に、困ったのは信者たちだ。

流されるままに生きてきた彼らは、憐れな程に狼狽え、悲しんだ。

やがて、神を戻すべきだと立ち上がった。

分子だと思っていた人間とともに。

そう。真の異分子は私だけだったのだ。

これには裏切られた悲しみよりも、面白さの方がやって来た。

まず初めに鎖国して、国交を断裂した。卒業まで半年の頃だった。

ニセモノの異分子たちは、正式に神の信者になる者と、異分子ですが?という顔をしてこちら側に来た者に別れた。

卒業までそれは続いた。私は鎖国したまま、しれっと卒業した。

私は卒業してから一度だけ礼儀として挨拶に来たが、それ以降そのコミュニティに顔を出すことをしなかった。

信者や、ニセモノの異分子たちは、仲睦まじく傷を舐め合うような関係を保っていたようだけれど。

解放されて少しして、神が死んだと連絡が来た。

重大なそのニュースは、後輩である信者の、恋人から知らされた。

どうでもいいと思って聞き流した。

けれど、少しだけ連絡のとっていた信者確認したところ、連絡が来ていないというのだ。

信者たちだけで形成された連絡手段があるというのに、だ。

信者の後輩が私の友人でなければ、私も知ることは無かっただろう。

使える僅かなツテで、各地に散っている信者に連絡をしろと伝えた。

お前たちの神なのだから最期は見届けるべきだ。私は見届けないけれど、役目を果たしたのだから十分だろう。

もう奇跡の復活はない。

神は死んだ

何も出来ない愚かな信者だけを残して。

2019-12-13

anond:20191213143022

世界的にみれば、信仰心で買ってくれるのはほんのごくわずかだよ

ゲーム機ってどうしてもやりたいソフトが出たら買うんじゃないの?

でもネットだとそういう感じじゃなくて信仰心で買うみたいね

2019-12-11

anond:20191211110112

徐々に信仰の力を知るからだよ。

信仰心のみが正しいプログラミングを導くと悟りを得たら、広めないわけにはいかないだろう。

心の清い人たちは、さいわいである、

彼らは神を見るであろう。

マタイ第五章8節

意識高いエンジニア界隈の宗教的なところ嫌い

何で徐々に信仰心的なものになっていくの?

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